とにかくおすすめ

ジャンル関係なくオススメを知りたい人向け

とにかく面白い

ページをめくる手が止まらない、寝る時間さえ惜しくなる最高のエンターテイメント

泣ける本

思いっきり泣きたい人向け

優しい気持ちになれる本

悲しいとかハラハラするとか怖いとか必要なく、ただただほんわかして、暖かい気持ちを感じたい人におすすめの本

深い物語

いろいろ考えさせられる、深い物語

生き方を考える

人生の密度を上げたい方が読むべき本

学習・進歩

常に向上していたい人が読むべき本

組織を導く人向け

日本の経済力を強くするために、組織づくりに関わる経営者などにおすすめしたい本

デザイン

ただ美しいものを作れるだけじゃなく、一歩上のデザイナーになりたいデザイナーが読むべき本

英語読書初心者向け

英語は簡単だけど面白い、そんな面白さと英語の易しさのバランスの良いものを厳選

英語でしか読めないおすすめ

英語で読む以上、英語でしか読めない本を読みたい。現在和訳版がない本のなかでぜひ読んでほしい本。

「半落ち」横山秀夫

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2003年このミステリーがすごい!国内編第1位

現職警察官の梶聡一郎(かじそういちろう)がアルツハイマーを患う妻を殺害し自首した。動機などを素直に話すが殺害から自首までの2日間の行動がはっきりしない。その2日間の謎を解くために関わる人々の物語である。
物語は事件の処理に関わる6人の人物の別々の視点によって時系列に展開していく。6人とは、W県警本部操作第一課の志木和正(しきかずまさ)、W地方検察庁の検察官である佐瀬銛男(させもりお)、東洋新聞の記者である中尾洋平(なかおようへい)、弁護士の植村学(うえむらまなぶ)、裁判官の藤林圭吾(ふじばやしけいご)、そして刑務官の古賀誠司(こがせいじ)である。
そのため、物語の展開だけでなく、普段あまり縁のない職業に就く6人の心の葛藤、所属する組織内の軋轢、仕事に対する誇りにも触れることができる。W県警の志木和正(しきかずまさ)は取り調べを次のように例える。

取り調べは一冊の本だ。被疑者はその本の主人公なのだ。彼らは実に様々なストーリーを持っている。しかし、本の中の主人公は本の中から出ることはできない。こちらが本を開くことによって、初めて何かを語れるのだ。

東洋新聞の中途採用者で「傭兵」という隠語をあてられる中尾(なかお)はこんな思いを抱いている。

傭兵は必ず這い上がる。だが、それは他人の二倍三倍働き、二倍三倍抜いてこそだ。人並みでは駄目なのだ。

物語は、6人の心を描写し、視点を変えながらも一本のしっかりとした筋をもって読者を飽きさせることなく展開していく。そんな中で物語に関わるアルツハイマーという病気の怖さを改めて知り、「生きる」ことの意味さえ考えさせられる。
梶(かじ)はアルツハイマーを発病した妻のことを語る。

物忘れがひどくなり、ミスを防ごうとメモをするようになったが、そのメモをしたことを忘れる。そして、後で忘れたことに気づき、深く傷つく。恐怖に戦(おのの)く。自分はいつまで人間でいられるのか−−

横山秀夫作品の「顔」にも同様のことがいえるが、本書も物語の展開のうえで不必要な場面描写や説明が極力省かれており、ページ数の割に内容が濃いという印象を受け、非常に読みやすい。そして謎が解けるラストは泣ける展開だった。急性骨髄性白血病、ドナー登録など考えさせられることの多い作品であった。


検察庁へ身柄付送致
警察は、被疑者を逮捕したときには逮捕の時から48時間以内に被疑者を事件記録とともに検察官に事件を送致しなければならない。被疑者を起訴するか否かを決定するのは公訴の主宰者である検察官だけの権限。
嘱託(しょくたく)殺人
死にたいと思っていても死ぬことができない重病人等が第三者に依頼して、殺してもらうことによって成り立つ行為のこと。
グリーニッカー橋
ベルリンとポツダムを結ぶ橋梁。冷戦時代、スパイ捕虜を交換する際に使われた。

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「誰か」宮部みゆき

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
今多コンツェルン会長の専属運転手だった梶田信夫(かじたのぶお)が自転車に撥ねられ、頭を強く打って死亡した。遺族である梶田の娘の梨子(りこ)と聡美(さとみ)は父である梶田についての本を出版したいという。そこで今多コンツェルンの広報室に勤める杉村三郎(すぎむらさぶろう)は梶田の過去を調べることになる。
どんな人にも大きな人生があり、山があり谷がある。それを轢き逃げした犯人に訴えようとする梨子(りこ)の気持ちは理解できる。

「わたし、その子の目の前につきつけてやりたいんです。六十五年間、一生懸命生きてきた、この人の人生を、あんたが終わらせちゃったんだよって」

道端ですれ違う人、その一人一人に「その人の人生がある」ということを常に意識できれば、多くの小さな争いがなくなるのに、と思った。
物語の中では主人公である杉村(すぎむら)の考え方が多く出てくる。読み進めながらその考え方に触れていくうちに、僕自身が持っているどっちつかずのの考えは、他の多くの人も持っているものであるような感じを抱いた。

母は、子供のころから、さまざまなことを教えてくれた。正しい教えもあれば、間違った教えもあった。いまだに判断を保留している教えもある。

「判断を保留している教え」そんなものを誰しも心の中に抱えているのだろう。それに対して自分なりの判断を下すたびに人は成長していくのかな・・そんなことを思った。
物語全体としては、自転車による交通事故という普段はあまり目が向けられない問題、そして恋愛の形の多様性という新たな視点を僕に与えてくれた。しかし、書店で本書を手にとったときに期待した、宮部みゆき特有の鋭い文章はなりを潜め、残念ながら一般的なサスペンスの域を出ないと言う感想である。当たり外れの激しいこの著者の作品の中で、この作品は「外れ」に該当してしまう。期待が大きい分評価が辛口になってしまう。


鬼籍
日本では過去帳(かこちょう)のことを指す。過去帳とは、寺院で所属している檀家で亡くなった人の法名、俗名、死亡年月日、享年などが書かれている帳簿である。
セルロイド
紙や木を原料としたニトロセルロースに樟脳(しょうのう)を混ぜたもの。天然樹脂を固めた物なので、プラスチックと違って微生物で分解し土に還る特性がある。弱点は燃えやすいという点。特に戦後の1954年にアメリカが、セルロイドは発火しやすく危険との理由で輸入を禁止したため、セルロイド製おもちゃ大国であった日本はその素材をビニールやプラスチックへと変えていくこととなった。

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「人間の証明」森村誠一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
初版は1977年で、2004年に竹野内豊主演でドラマ化された作品である。
20代と見られる黒人男性が東京ロイヤルホテルの最上階へ向かうエレベーターの中で死亡した。棟居(むねすえ)刑事は犯行現場に残されていた麦わら帽子と、タクシーの運転手が聞いた「ストウハ」という黒人の言葉のわずかな手がかりをもとに真実に迫る。
事件の操作は遠く黒人の生活していたニューヨークにまで広がる。ニューヨークのスラムでてがかりをさがすケン・シュフタンが日本とニューヨークを比較して日本人について考えるコメントが印象に残る。

日本人の強さと恐さは、大和民族という、同一民族によって単一国歌を構成する身内意識と精神主義にあるのではあるまいか。日本人であるかぎり、だいたい身許がわかっている。要するに日本人同士には、「どこの馬の骨」はいないのだ。

そしてアメリカ人についてのコメントに、アメリカの恐さが潜む。

無関係な人間が、生きようと殺されようと、まったく感心がない。自分の私生活の平穏無事させ保障されていればそれでよいのだ。だから、それを少しでも脅かす虞れのあるものは徹底的に忌避する。正義のための戦いは、自分の安全が保障された後のことだ。

この物語が書かれた1977年には日本とアメリカにはここまでの考えの違いがあったのかもしれないが、28年後の今、日本の考え方もまたアメリカのそれに確実に追っているように思うのは僕だけだろうか。
そして多くの推理小説と同様にこの物語も最後に一気に解決へと動くことになる。そして、その解決はタイトルでもある「人間の証明」へ繋がるのである。
全体的に、読者を引き込む力に乏しいように感じるが、それは事件の解決のために、捜査が地道に行われていることを表現した結果なのかもしれない。確かに一昔前に流行った刑事ドラマのようになんでも拳銃の打ち合いからスピード解決してしまっても現実感が薄い印象を受けるのだろう。それでも登場人物の人間関係に若干の強引さは感じてしまう。


国際刑事警察機構(ICPO)
国際的な犯罪防止のために世界各国の警察により結成された任意組織であり、インターポール(Interpol、テレタイプの宛先略号より)とも呼ばれる。
傀儡(かいらい)
陰にいる人物に思いどおりに操られ、利用されている者や操り人形のこと。
西条八十(1892〜1970)
童謡詩、象徴詩の詩人としてだけではなく、歌謡曲の作詞家としても活躍し、『東京行進曲』、『青い山脈』、『蘇州夜曲』、『誰か故郷を想わざる』、『ゲイシャ・ワルツ』、『王将』等無数のヒットを放った。戦後は著作権協会会長を務めた。薄幸の童謡詩人金子みすゞを最初に見出した人でもある。

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「カウンセラー」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
松岡圭祐の「催眠」シリーズの第三弾であり、嵯峨敏也(さがとしや)を主人公とする物語である。
響野由佳里(ひびのゆかり)は、児童にピアノを自由に弾かせることで、その児童と心で会話することができる。そのような考えを基に教育を行い続けた結果、文部科学賞から表賞されるに至った。そして同じ日、由佳里(ゆかり)が外出中に、息子の巽(たつみ、娘の麻里(まり)を含む家族4人が13才の少年によって残殺された。少年法によって刑罰の科せられない少年に対して、由佳里(ゆかり)の心には復讐の気持ちが膨らみはじめる。
聴覚に著しい才能に恵まれたが故に、悩み、葛藤するが由佳里(ゆかり)の考えは新鮮である。

才能が人との壁をつくる。たとえ肉親が相手であっても。そのことは否定できない。才能とともにうまれたことを呪うか、生きる希望にかえていくかは、自分次第なのだ。

嵯峨(さが)は復讐の念に捕われた由佳里(ゆかり)を責めるでもなく、心を救おうとするのである。
この物語を通じて考えさせられたのは13歳以下の少年へは刑罰の対象としない現行の少年法への疑問である。インターネットの普及という情報社会の波の中で、犯罪が低年齢化するのは誰にも疑いのないものである。それに対して法律がどのように犯罪を抑制する方向に働くのか、一歩間違えば14歳以下の犯罪を助長することにもなりかねない。今後の動向を気にかけていきたいと思った。


脅迫神経症
手を何度も洗ってしまったり、火の元の確認を何度もしてしまったり、一つの事に捕らわれてしまったりするなど、自分でも一見すれば「ばかばかしい事」だと解っていながらも、その観念や思考、行動などを繰り返してしまい、その事で苦しんでしまう症状。
ミュンヒハウゼン症候群
他者から注目されたいために病気などの症状を作り上げ病院などに行ったりする行動を生ずるケースのこと。一方で、子どもを代理にして生ずるケースもある、つまり、もともと何の健康上の問題もない子どもに病気をでっちあげ、そしてそれを深刻化させ、「子どもを懸命に看護するやさしい親」「不幸な親」を演じ、他者から同情などを集めようとすること。
犯罪被害給付制度
大きく3種類に分類され、それぞれ次のようなもの
・遺族給付金
下記の人のうち、第一順位遺族となる遺族(順位は)番号順に支給されます。
1 配偶者、2 子、3 父母、4 孫、5 祖父母、6 兄弟姉妹
・重傷病給付金
重傷病を負った被害者本人に3か月を限度として、保険診療による医療費の被害者負担額が支給される。
・障害給付金
障害が残った被害者本人に支給されます。
分離不安
分離不安とは、幼い子供が、親が自分を置いてどこかへ行ってしまうのではないかという恐れを抱くこと。

【Amazon.co.jp】「カウンセラー」

「後催眠」松岡圭祐

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
松岡圭祐の「催眠」シリーズの第二弾であり、時間軸から見ると「催眠」の物語の数年前の出来事となる。
嵯峨敏也(さがとしや)はあるとき謎の女から電話を受け、伝言を頼まれる。

「木村絵美子(きむらえみこ)に深崎透(ふかざきとおる)のことを忘れるように伝えてちょうだい」

聞いたことのない名前を突然指示されて嵯峨(さが)は戸惑いながらも、真実を知ろうとする。
一方で、神経症を患っている木村絵美子(きむらえみこ)はカウンセラーの深崎透(ふかざきとおる)と再会し、同時に神経症の治療も再開することとなる。
カウンセラーと相談者との恋愛というタブーに触れながら、それを爽やかな作品に仕上げられている。嵯峨敏也(さがとしや)は語り手として登場するのみであるが、彼の視点なくしては物語のテーマは成立しない。

彼は優れたカウンセラーだったといえるのだろうか。それとも、たんなる恋に溺れた利己的な人物に過ぎなかったのか。

そしてラストは驚きと感動の結末である。松岡作品には珍しく、読むのに半日もかからない薄さで、一読しても決して後悔することはないだろう。


アダルトチャイルド
成長過程で、親や養育者に愛されなかった、虐待された、または親の不在で早くから大人としての責任を負わなければならなかった、などの理由で愛し方、愛され方がわからないまま育ってしまった人のこと。
インナーチャイルド
失われた子供時代に本当はいるはずだった自分であり、本来の自分の姿だと言える。インナーチャイルドとの出会いは、本来の自分を知るきっかけとして、また自分との語らいの手段として非常に大切なもので、子供時代の自分に出会いたいと願い、静かに瞑想する事によってインナーチャイルドと出会える場合が多いらしい。

【Amazon.co.jp】「後催眠」

「記憶の中の殺人」内田康夫

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大学時代に読み漁った内田康夫の浅見光彦シリーズ。その中でも特に印象に残っていたこの作品を読みなおしてみた。
物語の中で「軽井沢のセンセ」として登場する少し意地悪な小説家、内田康夫の墓前に備えられていた不審な花が発端となり、浅見光彦は今回も事件に深く関わってくこととなる。
そして今回の事件は光彦の少年時代の軽井沢の出来事であり、記憶の欠落した部分に大きく関わることになり、徐々に明らかになるその記憶によって自分自身も事件の大きなカギを握ることを知ることとなる。
光彦は犯罪者が自分の犯罪が露見した先にとる行動について懸念するその言動は。犯罪者の家族には優しく、そして犯罪者自身には厳しい。

なんとかして罪を逃れようと醜くもがく、恥も美意識もありはしない。家族や身内の末端いいたるまで犯罪者の汚名に汚され、没落の憂き目を見るかもしれないのになぜその悲劇から逃れる唯一のチャンスを掴まないのか

内容をある程度覚えていたせいか、残念ながら最初にこの本を読んだ時のような強烈なインパクトは感じなかった。それでもひさしぶりに触れた、光彦の洞察力と優しさには大いに刺激を受けた。
【Amazon.co.jp】「記憶の中の殺人」

「催眠―Hypnosis」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
松岡圭祐の「催眠」シリーズの第一弾である。
ニセ催眠術師としてテレビなどに出演して生活していた実相寺則之(じっそうじのりゆき)の前にある日、奇妙な女性、入絵由香(いりえゆか)が現れた。その女性は突如、「ワタシハウチュウジンデス」と語りだし、予知能力も備えていた。そのため実相寺は彼女を占いの館の目玉として売り出すことにした。そして、にわかに世間から注目され始めた由香(ゆか)をテレビで見かけた嵯峨敏也(さがとしや)は彼女への接触を図ることになる。
以前より興味を持っていた「多重人格障害(解離性同一性障害)」という症状について理解を深めたいと思ったのだが、その点については若干掘り下げが浅いように感じた。しかし、それでも新たな知識を充分なまでに提供してくれる。
物語は嵯峨と由香とのやりとりの中で、由香がこのような精神病に至った原因を究明し、解決しようということがメインに進む。そして、嵯峨は入絵由香(いりえゆか)と接することで、今の世の中の家族の形の難しい問題とも言える部分に気づく。

入絵由香の両親は離婚してはいない。両親もいるし帰る家もあるのだから恵まれているように見える。しかし、本当は違っていた。彼女は孤独だった。もっと親の愛情を欲していた。店や仕事なんかより、自分をかまってくれる両親を欲していた。

さらに物語終盤で、嵯峨(さが)は精神病に対する現代の世間の冷たさに問題があることも訴える。

自分が正常であることを再確認したがる心理がはたらき、自分と精神病の人とのあいだに明確な線引きをもとめたがり、差別的な衝動が生じることもあるでしょう。それは現代人ならだれでも持ち合わせている欠点です。しかしその欠点を認め、正しい認識を得る努力をする前に、目を背けてしまう人が多すぎるんです。

少なからず心に響く言葉である。
物語の中で催眠効果が世の中のいたるところに存在していることが述べられている。例えばパチンコに熱中する人が存在するのは、パチンコの仕組みの中に催眠効果を取り入れていることによるものであり、パチンコに熱中するかしないかはその人が生まれ持った被催眠性の強弱によるものだという。読み進めていくうちに、世の中の多く人に対して「悪いのは人間ではなく社会なのだから、そのことで悩んでいる人を救わなければならない」そんなメッセージが込められているように感じる。
そうやって理解するなら、僕の嫌いなタバコもCMによる暗示と依存のせいであるから、被催眠性の強い人が一方的に「意志の弱い人」として世間から攻められるのはおかしい。ということになる。僕自身はこの本を読んでも、やはり「意志の力でなんとかできるはずだ」と主張したい。この辺り、被催眠性が弱いせいで、「自分は意志が強い」と思いこんでいる僕の身勝手な部分なのかもしれない。
しかし、だとしたら一体誰を責めればいいのだろう、何を変えればいいのだろう。大きな命題を突きつけられても答えは見つからない。自分なりの答えを見つけたときにまた一つ成長するのかな。
主人公の嵯峨敏也(さがとしや)は後に千里眼シリーズで岬美由紀(みさきみゆき)と行動を共にすることになるが本作はその松岡ワールドの最初の作品である。


フーグ(遁走)
精神医学用語で、恐怖や強いショックに反応して現実社会からの逃避を起こすこと。場合によっては意識を失ってしまうなどの症状も見られ、多重人格障害で人格が交代するきっかけとしてしばしば報告されている。

【Amazon.co.jp】「催眠―Hypnosis」

「野性の証明」森村誠一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
山間の村でハイキングで通りかかった女性、越智美佐子(おちみさこ)を含む住人が殺されると言う事件が起こった。そして、その3日後、唯一の生存者である少女が発見された。
猟奇殺人事件から2年後、被害者となった越智美佐子(おちみさこ)の妹の越智朋子(おちともこ)は生命保険会社で働く、味沢岳志(あじさわたけし)という魅力的だが不思議な男と出会うことから物語は少しずつ動き始める。
この本の初版は昭和53年である。物語の中に、自治体と警察と暴力団の癒着が鍵を握る場面が多々含まれている。今読むと若干違和感を感じるが、25年前とはそういう時代だったのか、それとも現在でも目に見えない場所でこのようなことは平然とまかりとおっているのか。そんなことを考えさせる。
森村誠一作品には毎回のように感じさせられることだが、重要と思われた登場人物があっさり死んでしまったり、正義を行っている人の行為が報われなかったりする。もちろん世に多くある物語のように、正義がいつだって勝つことのほうが現実では少ないのかもしれないが、それでもやはり後味の悪さを感じてしまうのだ。


マリオットの盲点
網膜の視神経系乳頭の部分には視神経細胞が存在しないため、視野のなかでこの部分に相当するところは見えない。この生理的な視野欠損部のことをマリオットの盲点と呼ぶ。

【Amazon.co.jp】「野性の証明」

「イリュージョン:マジシャン第2幕」松岡圭祐

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
マジックだけを唯一の趣味とする少年、椎橋彬(しいばしあきら)は15才のとき、世の中にも両親にも絶望したて家を飛び出すことになった。そして椎橋(しいばし)は生きるために年齢を偽り、唯一の趣味を生かして悪事に手を染めていく。
タイトルの通り「マジシャン」の続編である。「マジシャン」で天才マジック少女として登場した里見沙希(さとみさき)は椎橋を追う舛城(ますじょう)警部補の協力者として登場するが、残念ながら見せ場はあまり多くはない。この物語の中では、椎橋(しいばし)の社会や大人への嫌悪、次第に孤独を深めることに対する心の葛藤や、それを追跡する舛城(ますじょう)の同行に多くのページが割かれている。
椎橋(しいばし)は社会から認められないことの原因を、理解力のない大人のせいだと解釈することで自身を正当化する。

世の中は矛盾だらけだ。偽善がはびこり、資本主義が人々の心をくさらせていく。それなあら、反旗を翻す人間がひとりぐらいいてもいいだろう。

彼の家庭環境が、歪んだモノの見方を作り出したことが痛ましい。

やはり大人は裏切り者だ。情がある振りをして、歩み寄ってきて手を差し伸べるそぶりをしては、その手を払いのけて子供を沼のなかにたたきこむ。そして嘲笑う。

椎橋(しいばし)の世の中に対する敵意は、世の中で葛藤を繰り返しながら生きている多くの人に、多少なりとも共感できるものではないだろうか。そして、そんな人には舛城(ますじょう)が椎橋(しいばし)言う言葉が強く胸に響くに違いない。

「世間のルールもあれば、自分のルールもある。どちらに従うかは自分で決めろ。世間には受け入れられないことでも、それを承知で曲げたくなることもある。そのとき、自分のなかにある判断を仰ぐんだよ。自分にとってのルールでだ。それが正しいかどうか。自分の胸に聞くってことだ。

この物語は、椎橋(しいばし)と真っ正面から向き合う舛城(ますじょう)の行動を通じて、読者の生き方まで考えさせられる作品に仕上がっていると感じた。


FISM
FEDERATION INTERNATIONALE DES SOCIETIES MAGIQUES(マジック協会国際連合)の略称でFISM(フィズム)と呼ぶ。3年に1度ヨーロッパで行われ、参加国30ヶ国以上、世界中のマジシャンやマジックショップが参加する世界最大のマジックコンベンション。
エルムズレイカウント
マジックのテクニックの一つ。右手に持ったパケットを1枚ずつ4枚を数え取った様に見せる テクニックだが、実際は観客に特定の位置のカードを見せない方法。
検察官送致
死刑、懲役又は禁錮に当たる罪の事件について、家庭裁判所が刑事処分相当と判断した場合の措置で、送致を受けた検察官により刑事裁判手続に移行される。検察官から家庭裁判所に送致する場合と対比して、これを一般に「逆送」という。

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「時生」東野圭吾

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
以前より東野圭吾作品の中で傑作の部類に入ると聞いていた作品。文庫化にあたって手に取ることにした。
宮本拓実(みやもとたくみ)と麗子(れいこ)の息子のトキオは数年前にグレゴリウス症候群を発症し、まもなく最期の瞬間を迎えようとしている。
グレゴリウス症候群とは遺伝病で、十代半ばに発症し、運動機能を徐々に失った後、意識障害を起こし、最終的に死に至るという病気である。トキオがグレゴリウス症候群を発症するであろうことは生まれる前から、予想されていたにもかかわらず、二人の意志で産むことを決意したのである。
そして、病院のベンチで二人は「本当に産んだことは正しかったのか」そんな葛藤をする。麗子(れいこ)は言う。

「あの子に訊いてみたかった。生まれてきてよおかったとおもったことがあるかどうか。幸せだったかどうか。あたしたちを恨んでいなかったかどうか。でももう無理ね。」

そんなとき、拓実(たくみ)は昔トキオに会ったことがあることを思いだし、麗子(れいこ)にその出来事を語り始める。物語は拓実(たくみ)の回想シーンを中心に進む。
20年前の世界で、拓実(たくみ)はトキオは浅草の花やしきで出会い、行動を共にする。
拓実(たくみ)とトキオが知り合ったホステスの竹美(たけみ)は、若くて未熟な拓実(たくみ)に言う。

苦労が顔に出たら惨めやからね。それに悲観しててもしょうがない。誰でも恵まれた家庭に生まれたいけど、自分では親を選べ変。配られたカードで精一杯勝負するしかないやろ

そしてトキオもまた拓実(たくみ)にいろいろなことを訴える。

「どんな短い人生でも、たとえほんの一瞬であっても、生きているという実感さえあれば未来はあるんだよ。明日だけが未来じゃないんだ」

物語のテーマを単純に受け取るなら、「生まれてきたことは幸福なはずだ」という解釈で間違いないと感じるのだが、それでは浅いように感じた。なぜならそれが多くの人間に共通するものとは決して思えないし、特に思春期という人格形成の初期にグレゴリウス症候群を発症したトキオがそんな前向きな考えを維持できたとはとても思えないのである。実在する人間の心はもっともっと複雑なように感じたのだ。
むしろ「記憶は事実に応じて塗り替えられる。」という別の解釈が僕の中に残った。つまり、過去にトキオと会ったという記憶は、拓実(たくみ)と麗子(れいこ)が心の葛藤から逃れるために無意識下で作り出したもので、現実に起きたことではない。というものである。そんな解釈は深読みしすぎだろうか。
どうやらグレゴリウス症候群も作者が作り出した架空の病気である。読みやすい文章と、スピード感のある物語で、読者を引き込む手法は相変わらずだが、実在の病気と絡めるなど、現実世界ともう少しリンクした物語で、面白さと同時に興味や好奇心を喚起してくれる作品を僕は求めていて、感動はするものの少し物足りなく感じた。ただ、「複雑なことを考えずに感動したい」という人には好まれる作品だと思った。
この作品と同様に遺伝病をテーマとした作品として、鈴木光司の「光射す海」が思い浮かぶ。こちらは実在の病気をしっかりと取り入れていて非常に完成度が高くオススメである。
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「千里眼 トランス・オブ・ウォー」松岡圭祐

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
千里眼シリーズ。岬美由紀(みさきみゆき)が活躍する物語である。
混乱の続くイラクで日本人4名が人質に取られるという事件が発生。人質のPTSDを考慮した政府は元自衛官であり臨床心理士の美由紀(みゆき)を派遣することとなった。ところが、人質の救出のために行動した美由紀(みゆき)はイスラム教シーア派の部族アル=ベベイルと行動を共にすることになる。混乱の続くイラクの中で美由紀(みゆき)は戦争の無意味さを訴える。
この作品でも全作「test」と同様。美由紀(みゆき)の自衛隊訓練時代の回想シーンが含まれている。両親との突然の別れ。救難ヘリのパイロットになるための訓練の様子が描かれていて、美由紀(みゆき)の過去がまた少し明らかになる。
毎度のことながら美由紀の生き方、考え方には少なからず影響を受ける。

自分は冷静だっただろうか。だが、現在に至っても後悔の念は湧いてこない。運命などというものがあるとは信じたくないが、人生における選択の結果をそう呼ぶのだとすれば、あれはまさしく自分にとって運命づけられていたことだったのだろう。
ひとりだけ安全な場所に逃れて、ただ悲嘆に暮れてはるか遠くの戦場に同情を寄せる、それで平和に貢献した気分に浸る。そんな毎日は送りたくない。人にとって罪なのは、なによりも自分自身を欺くことだ。

残念ながら美由紀(みゆき)のような勇気と行動力を現在の僕は持ち合わせていないが自分自身を欺かない生き方は続けていきたいと思った。
そして美由紀(みゆき)が行動を共にするイラク人に語る言葉の中に日本人として誇るべき一端を見つけた。

「あなたたちが日本に学ぶべきは、終戦後の第二の戦争よ。焼け野原になった国土に放り出された人々が、復興に全力で取りかかり、半世紀後には世界で最も豊かな国のひとつになり得た。戦いはいつの時代にもある。でも戦う相手を間違っていれば、国を滅ぼす。真の戦いは、いつも自分たちのなかにある」

物語の中で、美由紀(みゆき)はタイトルでもある「トランス・オブ・ウォー」について、常に理性を保つことが大切だと訴え、それが戦場で殺戮を繰り返さないための第一歩と説くき続ける。しかし、それが普通の人間ならば不可能に近いことも同時に教えてくれるのだ。
感情的にならずに理性を保つ。常に僕自身こころがけているつもりだがどんな状況においてもそれを保てるかと尋ねられれば全く自信がない。日々意識するしかないのだろう。
この物語はフィクションであるが、イラク国内だけでなくアメリカという国、そしてブッシュ大統領という人間についても作者の考えが強く主張されている。きっと、部分部分は真実なのだろう。曲げられる報道、アメリカよりの物の見方をせざるをえない日本という国に生きて、一人一人が溢れた情報の中から真実を見つける努力をしなければならないということだ。
ちなみに、この作品によって松岡圭祐の他の作品である「test」と世界が繋がることとなる。今後の松岡ワールドの広がりにも大いに興味を喚起させる作品である。


ナジャフ
バグダッドの南約160km、ユーフラテス川西岸に位置し、シーア派の最大分派である12イマーム派の聖地とされている。同時に宗教を越えた様々な学問の中心地としての発展ももたらした。そこは、イラクにおける民族主義や世俗主義に関わる多くの思想や政治運動の発祥地でもある。ナジャフを、「シーア派」という観点からのみ捉えることは決して現実的ではない。今後のイラク全体の政治的な主張や運動に、ナジャフが果たす役割はより広く大きなものとなる可能性も存在する。
カーバ神殿
サウジアラビアのイスラム教の聖地メッカにある大モスク(イスラム教の寺院)の中央にあり、石造で高さ15メートルの立方体の建物である。コーランの言葉を刺繍した黒い布で覆われている。東隅の壁の下に神聖視された黒石がはめ込まれている。イスラム暦の12月には世界中から多くの巡礼者が集まる。
クルド人
トルコとイラク、イラン、シリアの国境地帯に跨って住む中東の先住民族で、人口は約3000万人と言われている。 19世紀から自治や独立を求める闘争を続けており、現在でもトルコやイラク、イランで様々な政治組織が独立や自治を求める戦いを続けている。

【Amazon.co.jp】「千里眼 トランス・オブ・ウォー(上)」「千里眼 トランス・オブ・ウォー(下)」

「ヘーメラーの千里眼」松岡圭祐

オススメ度 ★★★★★ 5/5
千里眼シリーズ。岬美由紀(みさきみゆき)のストーリー。今回は美由紀(みゆき)の航空自衛隊時代の先輩であり恋人でもあった伊吹直哉(いぶきなおや)一等空尉が訓練中に誤って基地内に進入して標的の中に隠れていた少年、篠海悠平(しのみゆうへい)を誤射してしまったことから始る。

前作「千里眼の死角」で若干ストーリーの設定的に行き過ぎた感があったため、このシリーズをしばらく手に取ることを憚(はばか)られていたが、結局番外編を除いた千里眼シリーズをすべて順番どおりに読破していることとなる。

そんなシリーズの中で、この作品は少し趣が異なり、美由紀(みゆき)の臨床心理士としての活躍よりも二等空尉としての活躍の方が多く、また過去の美由紀の自衛隊時代の話にも触れている点が非常に新鮮である。また伊吹直哉(いぶきなおや)にも同様に深い心理描写があり、2人の主役がいるようなシリーズの中では珍しい設定となっている。

事件の内容を確認する会議の中で伊吹(いぶき)が発する言葉に戦争の矛盾を感じる。

「いつかは人を殺す運命だったんです。それが仕事ですから。過失は、殺した子が日本人だったという点のみです。」

また太平洋戦争中のミッドウェイ海戦で国民に嘘の情報を伝えた国家の隠蔽体質にも触れるなど、今回の物語はシリーズの中でももっとも多くのテーマに盛り込んでいるように感じた。悠平(ゆうへい)の祖父の峯尾(みねお)はこんなふうに昔のことを語った

「きみらの想像では、当時の私らはみんな暗い顔で、虐げられたわが身の不幸を嘆きながら飢えに耐えていたと信じてるかもしれないが、そんなことはない。みんな生き生きしていたし、活力もあったし、正しいと信じてた。だから玉音放送は悔しかったし、悲しかった。」

僕らは物心つく前の時代を教科書でしか知らない。そして教科書に載っている文字から当時を想像し、それを現実として受け止めてきたのだ。時代の流れの中で仕方がないにしても、可能な限り言葉で語り継ぐべきものなのかもしれない。

物語中、僕から見ると完璧としか見えない美由紀(みゆき)が多く葛藤を繰り返すシーンもまた考えさせられる。

 
結局、自己嫌悪にしか陥るしかない自分に気づいた。なにもかも人を嫌うことばかり結びつけて、いったい自分は何様のつもりだろう。もう少し謙虚さを抱けないものだろうか

結局人はいつになっても満足することはできないのだろうか。
物語終盤では自衛隊という組織の中で国を守るという自衛隊員の強い連帯感を感じる。そんな中、迷いのある隊員に向かって美由紀は叫んだ。

人の価値は定まってなどいない。未来が自分の価値を決めるんだ」

そして出撃前にこうも叫んだ。

「かつて、いちどたりとも侵略に屈せず、支配に没せず、途絶えることのなきわが民族、わが文化。四季折々の美しき母国。栄えある歴史も過ちも、すべてわれらのなかにあり。日本国の名を背負い、命を懸けて守り抜く」

僕らは国民の誇りなどすっかり忘れていないだろうか?

そして、そんな忘れ去られたものが「自衛隊」という、普段は近づきがたいフェンスの向こうに、日本の中に確かに残っているのだ。さらに、任務を遂行することでいつまでも青春に浸っていられる彼らをうらやましくも感じた。きっとそれは厳しい訓練を乗り越えたものだけが味わえるものなのだろう。もしまだチャンスがあるならそんな気持ちを味わってみたいものだ。そう思わせてくれる作品であった。数ある千里眼シリーズの中でも特にオススメの作品である。

ストローク(心理学用語)
人間同士が交流する時の、相手に対する投げかけのことをいう。
この投げかけとは、言葉をかけることだけでなく、握手したり、抱きしめたりするスキンシップもそうだし、微笑みかけたり、頷いたりするような視線のやりとり、動作等も含まれます。気持ちの良いストロークが得られないと、逆にマイナスのストロークであっても与えてもらいたいという行動や言動を取るという。

F15
実戦配備されている戦闘機では最強といわれている戦闘機、非常に高価なため、アメリカ以外には日本、イスラエル、サウジアラビアしか保有していない。

ブルーインパルス
航空自衛隊松島基地第4航空団に所属するアクロバットチーム「第11飛行隊」の通称。

フライトアテンダント
最近まで「スチュワーデス」(男性の場合には「スチュワード」「パーサー」など)と呼ばれていたが、1980年代以降、欧米における「ポリティカル・コレクトネス」(この場合は性表現のない単語への言い換え)の浸透により、性別を問わないフライトアテンダントという単語に言い換えられた。

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「グレイヴディッガー」高野和明

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
映画化された「13階段」の原作者である高野和明の新作と知って手に取った。
内容は、小さな悪事を積み重ねてきた八神(やがみ)がそんな自分に嫌気が差して、骨髄ドナーとなって他人の命を救おうとする。しかしいざ、骨髄移植を目前にして大量猟奇殺人事件が発生するというもの。
骨髄移植の提供者は2つの命に責任があるということを知った。つまりドナー登録まではいいとしても、移植を了承した瞬間に他の人の命の責任もあるということだ。また、物語の中の大量猟奇殺人事件がキリスト教の魔女狩り(※1)を模倣しており、その残酷さが、誤った道へ進んだ世の中の怖さと人間の奥にある残虐性を教えてくれる。過去の人間が犯した大きな過ちの一つに「魔女狩り」という事実があったといことは忘れてはならないということだ。
そして物語は今まで知らなかった警察組織についても触れている。

警視庁内には二つの指揮系統が存在する。警視総監が掌握する刑事警察と、警察庁警備局長を頂点とする警備・公安警察である。

骨髄移植のために八神が病院に来るのを待つ医師が八神と電話で話す言葉も印象的だった。

「悪そうな顔の人ってね、良心の葛藤があるから悪そうな顔になるのよ。良心のかけらもない本物の悪人は、普通の顔をしてるわ」

さらに物語の中で現在の世の中に対しても軽く疑問を投げかける。

「民主主義だって完全じゃない。多数決の原理っていうのは、四十九人の不幸の上に五十一人の幸福を築き上げるシステムなのさ」

僕のなかにいろいろな興味を喚起させてはくれたものの、ストーリー性には若干の物足りなさを覚えた。犯人の動機の弱さや、登場人物の中に尊敬できる人物もしくは応援したくなる人物がいないせいだろう。そもそもそれぞれの人物の描写が薄い感じがした。

※1 魔女狩り
キリスト教国家で中世から近世に行われた宗教に名を借りた魔女とされた人間に対する差別と火刑などによる虐殺のこと。犠牲者は200万人とも300万人とも言われている。
魔女狩りが猛威をふるったのは、16〜17世紀。これは宗教改革とほぼ重なり、カトリックとプロテスタントの対立が激化した時期であった魔女狩りの犠牲となったのは、一人暮らしの貧しい老婆が多かった。つまり、人々が不安にかられる中、弱者が「社会の敵」として犠牲になったと考えられる。

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「封印再度」森博嗣

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
犀川&萌絵シリーズの第五作。50年前、日本画家、香山風采(かやまふうさい)は息子の香山林水(かやまりんすい)に「無我の匣(はこ)」という鍵のかかった箱と、その箱を開けるための鍵が入っているとされる壺である「天地の瓢(こひょう)」を託して謎の死を遂げた。そんな不思議な話を聞きつけた西野園萌絵は例によって香山家へ訪れるが、そんな折、林水(りんすい)がまたしても謎の死を遂げる。そんな流れである。
壺の入り口より大きな鍵が入っているという不思議な物の存在だけですぐにでもストーリーの謎に引き込まれてしまう。毎度のことながら犀川創平(さいかわそうへい)のドライなものの考え方は非常に共感できる。そして、僕らの日々の生活の中では、おかしなことでも慣れていくうちにそれが常識になっていることが意外に多く存在することに気づかされた。

「親父がそういった。お前、電池がなくなったんだ、ってね。それで、すぐ中を開けて、見てみたんだ。そうしたら・・・電池はやっぱりちゃんとあるんだ、これが・・・」

そしてこの物語にあって他のこのシリーズにないのは、西野園萌絵(にしのそのもえ)が取り乱すシーンである。普段は知性的で猫舌以外につけいるすきのなさそうな彼女が犀川の前で取り乱す人間臭さがたまらなく可愛い。

「私だってよく人を待たせることありますけどね、でも、この私を待たせるなんて人は、先生だけなんですから・・・。ああっと、だめだめ、何言ってるのかしら・・・」

さらに今回は犀川と萌絵の仲も少し進展があってそれもまたうれしいことだ。

法隆寺金堂壁画
1949年、模写作業をしていた画家が消し忘れた電気座布団が原因で焼失したと言われている。

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「冷たい密室と博士たち」森博嗣

オススメ度 ★★★☆☆
犀川&萌絵シリーズの第二弾。どうやら僕は犀川創平(さいかわそうへい)と西野園萌絵(にしのそのもえ)のやり取りの虜になってしまったようだ。今回の事件は犀川と萌絵の目の前で起こった。低温度実験室の実験の見学に訪れた二人の前で2人の大学院生が死体となって発見されたのである。
今回の事件は理系ミステリ。いつでも物事を論理的に考えることを教えてくれる。僕らは世の中のいろんなものに目を奪われて本質を見ることを忘れている。犀川と萌絵の思考回路、そしてその言葉のやりとりは僕にそう思わせてくれるのである。
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「詩的私的ジャック」森博嗣

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
大学施設で女子大生が連続して殺害された。現場はいずれも密室状態で、死体にはアルファベットと見られる傷が残されていた。捜査線上に浮かんだのはロック歌手の結城稔(ゆうきみのる)であった。
このシリーズの魅力はなんといっても犀川創平(さいかわそうへい)と西野園萌絵(にしのそのもえ)という2人の常識をはずれた思考能力の持ち主が交わす会話である。その会話は僕自身にいろいろなものを気付かせる。今回も犀川(さいかわ)は言っていた。

みんな、不思議を見逃しているだけだよ。ブーメランがどうして戻ってくるのか、ヘリコプターがどうして前進するのか、工学部の学生だって誰も知らない。

好奇心は目の前を通り過ぎる物事の多さの前で忘れ去られ、不思議は常に存在することで不思議ではなくなる。そしてみんな、深く考えずに事実を受け止めることに慣れていくのだと思った。
今回も萌絵(もえ)の特殊な立場によって2人は捜査の中に介入していき、そして謎が解ける。人を殺さなければならない理由。人に惚れる理由。病的なまでの思い込みが良心を凌駕し、凶悪な事件を起こすさまを見せ付けられる。

あの人は、汚れたものが嫌いなんだ。純粋で、学問が好きで、高尚で、完璧な人だ。傷があったら、腕ごと切り落とすような人なんだ。

僕はこの言葉に共感した。きっと狂気は誰の中にもあるということだ。
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「ダイスをころがせ」真保裕一

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
駒井健一郎(こまいけんいちろう)34歳は職を失い、ハローワークで職を探していた。そんな折、高校時代の友人、天知達彦(あまちたつひこ)と出会った。達彦(たつひこ)は次の衆議院選挙に立候補するから手伝ってほしいと告げる。度重なる説得の末、健一郎は第二の人生を選挙戦へと注ぎ込むこととなる。
真保裕一は好きな作家とはいえ、堅苦しい政治の話だと思って、この本を手に取るまで時間がかかった。なぜなら、僕にとっては自民党にも民主党にも大した違いは見えないし、今の政治に満足しているわけでは決してないが、興味を注いで動向を見つめるほどでもないからだ。そんな僕には達彦(たつひこ)が健一郎(けんいちろう)を説得するために語った言葉は耳が痛い言葉ばかりだ。

この国がどうなったって、自分の暮らしさえ今と変わらなきゃいい。そんなことしか考えられない身勝手な連中に、今の政治家を笑う資格があるか

「投票に行け」とか、「政治を駄目にしているのは国民だ」などと頭ごなしに言われればつい反論したくなるが、この本を読み進めていくうちに「国民の政治への無関心さ」を良くないことだと素直に受け入れざるを得なくなる。
また、今まで見えなかった選挙というものの裏側がリアルに伝わってくるとともに。政治を腐敗させる原因が選挙制度の中にもあるということを教えてくれる。

政治家は、落選してしまえば、即収入の道を絶たれて仕事を失う。落選すればただの人、という恐怖心が、過剰な広報活動の出費を引き出していくのだ

しかし、達彦(たつひこ)はこう語る

政治っていうのは解決のために道を探るのではなく、道を示すものだ

達彦(たつひこ)が語った政治論は「理想」であり「現実」とは程遠い考え方なのかもしれない。そして理想だけでは政治家であり続けることができず、政治家でなくなればなにも実現できない。そんな葛藤が現実にはあるのだろう。しかし政治家には「理想」と「絶対に譲れない線」は持ち続けて欲しいと思った。
そして達彦(たつひこ)はこうも語る。

俺は思うんだよ。選挙は政治家の姿勢が試される時なんかじゃない。有権者である国民の姿勢が試される時なんだって、な

本当に耳が痛い・・
なにより僕を刺激してくれたのは健一郎とその仲間たちの仲間を支えようという想いである。情熱を注ぐものさえ見つければ、何歳になっても熱い感動を味わうことができるということだ。眠る時間も惜しんで情熱を注げるもの。そんなものをまた見つけたくなった。
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「玉蘭」桐野夏生

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
「新しい世界で何かを始めたい。新しく生まれ変わりたい」。そう決心して広野有子(ひろのゆうこ)は上海へ留学した。しかしそれでもそこで有子(ゆうこ)を待っていたのは日本の社会を凝縮したような留学生たちの姿である。そんなとき、有子(ゆうこ)の大伯父で、70年前に上海で失踪した質(ただし)の幽霊が現れる。それを機に有子(ゆうこ)は質(ただし)の遺した日記「トラブル」を紐解く。広野質(ひろのただし)の生きた70年前の上海、そして今、有子(ゆうこ)が生きる上海が、夢と現実の中で重なってくる。
物語のテーマはむしろ前半に濃密に描かれているように感じる。男性と違って、女性は地方出身者は大きなハンデを背負うことになる。と有子は分かれた恋人の行生(ゆきお)に宛てた手紙で訴える。

東京で生まれ、就職する女たち。化粧がうまくセンスもいい、私たち地方出身者は安いアパートに住み、貧乏な暮らしにも耐えなければならない。仕事なら負けないと自身はあったのに、彼女たちは私なんかよりはるかに優秀で、しかもリスクがないから物怖じしない。怖じないから、どんどん冒険して伸びていく。こうした不公平さに怒りを覚える。

つい僕の周囲の女性たちのことを考えてみた。残念ながらみんな親元でリスクもなく生活しながら、それなのに冒険らしきものをしていない人ばかりだ。そんな女性が、有子(ゆうこ)のような女性にとってはもっとも許せないのかもしれない。
一方、物語の後半はというと、恋人だろうと家族だろうと、人を理解することがどれだけ難しいかをを訴えてくる。
全体的には作者が読者に訴えたいことが物語の最初と最後で少しずれてきているように感じた。訴えたいことが複数あり、にもかかわらずそのうちどれにも焦点が合っていないという印象を受けた。
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「顔 FACE」横山秀夫

オススメ度 ★★★★☆
2003年4月にフジテレビ系で放送されていたドラマ「顔」の原作である。当時、ドラマを途中まで見ていたのだが、仕事が忙しくなって終盤は見ることが出来なかった。結末を知りたかったのと、心の描写を合わせて読みたかったのでこの本を手に取った。ちなみにドラマの中では主人公である平野瑞穂(ひらのみずほ)役を仲間由紀恵(なかまゆきえ)が演じていた。ドラマで共演していたオダギリジョーの西島耕輔(にしじまこうすけ)という役は残念ながら原作には登場していなかった。
物語は警察という縦社会、かつ男性社会の中で、犯人の似顔絵描くことを仕事のひとつとしている平野瑞穂(ひらのみずほ)を描く。女だからといって男性から差別されることに対する嫌悪と、女であるがゆえに男にはない「やさしさ」や「甘え」がときおり現れる。そんな瑞穂(みずほ)の人間くささがこの物語を面白くさせるのだろう。
いくつか心に深く残ったシーンを挙げてみる。
沖縄出身の新聞記者の大城冬実(おおしろふゆみ)が瑞穂(みずほ)に語るシーン。

「いないのよ。基地があった方がいいなんて、本気で思ってる人が沖縄にいるはずないでしょう。ウチの父だって──自分は死ぬまでここで基地と生きていくしかない。でも、お前は冬のある平凡な土地で生きていけ。そう言いたくて『冬美』って名前を付けたんだと思う。・・こんな話わからないよね。本土の人には」

僕は何も知らずに生きているのだと思った。
瑞穂(みずほ)と同僚の三浦真奈美(みうらまなみ)が瑞穂に語るシーン

「だって、人間ってそうじゃないですか。頑張ってる人を見て勇気をもらうとか言うけど、そんなの嘘で、ホントは頑張ってない人とか、頑張りたいのに頑張れない人とか見て、ああ、よかったって安心したり、ざまあみろって思ったり、そういうの励みに生きてるじゃないですか」

言葉にする人は少ないが、誰の心の中にもそういう部分はある、と思った。
そのほかにも瑞穂(みずほ)の絵を描くことに対する姿勢や、人を見る目は大いに刺激を与えてくれた。
物語の中では「男性社会」が根強く残っている警察を取り上げているが、一般の社会でも警察ほどではないにしろ「男性社会」は残っている。
この問題は当分解決しないのだろう。少なくともこの問題が解決するまでは男性が女性を守ってやるべきなのかな。(解決しても?)
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「鎖」乃南アサ

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第115回直木賞受賞作品の「凍える牙」で活躍した音道貴子(おとみちたかこ)刑事が登場すると知って、この本を手に取った。
占い師夫婦とその信者2名の計4人が殺害された事件に関わったことによって、音道貴子(おとみちたかこ)自らも大きな犯罪に巻き込まれていく。
物語の冒頭で貴子(たかこ)が同僚の男を見て感じる言葉が印象的だ。

男という生き物は、いったいいつから少年でなくなるのだろう。少年どころか、青年の面影すら残さずに中年になっている男は、いつからすべてを捨てているのだろうか。

前半は貴子(たかこ)の過酷さの中でもポジティブに物を考える姿勢が好意的に移る。そして、後半は自分だけは助かりたいという弱い心と人を助けようという使命感。その二つを行き来する貴子の心の描写がに引き込まれる。
また、犯罪に走った犯人たちの心にも共感できる部分があり、それもまたこの物語を引き立ててくれて、単純な犯罪小説には終わらせない。特に、自身の不幸から犯罪に加担せざるを得なかった中田加恵子(なかたかえこ)の人生は、「同情」などという表現で片付くはずもない。そして、今の世の中、彼女のような人間が現実に存在しても決しておかしくないということを訴えかける。
貴子の友人がぼやく言葉が心に残る。

この世の中っていうのはただ息してくらしてるっていうだけで、金がかかるように出来ているのよ。やれ税金だ、保険料だ、年金に、受信料だなんたって。

松岡圭輔の書く岬美由紀(みさきみゆき)、内田康夫の書く(浅見光彦)。彼らと同じくらい音道貴子(おとみちたかこ)は芯のしっかり通った人間で、彼女の存在はこの「鎖」によって僕の中で一段と大きくなった。彼らが架空の人物だということは知っていてもである。
乃南アサにはもっと音道貴子(おとみちたかこ)シリーズを書いてほしい、そしてその後の彼女を知りたいと思った。

Nシステム
警察によって路上に設置された監視カメラ。正式名称は「赤外線自動車ナンバー自動読取装置」と言う。その数は、全国の公道上に600個所以上設置されており、類似したシステムである「オービス」が違反車両だけを撮影するのに対し、Nシステムは、通過した全車両、全ドライバーの移動を記録している。
参考サイト:http://www.npkai-ngo.com/N-Killer/01whats-nsys.html
ストックホルムシンドローム(ストックホルム症候群)
被害者が犯人に、必要以上の同情や連帯感、好意などをもってしまうこと。
1973年にストックホルムの銀行を強盗が襲い、1週間後事件が解決した後、人質の1人であった女性が、犯人グループの一人と結婚してしまったことから由来する。
参考サイト:http//www.angelfire.com/in/ptsdinfo/crime/crm3gsto.html
武蔵村山市
埼玉県との県境にある新興住宅地。鉄道も幹線道路も通っておらず、桐野夏生の「OUT」でも舞台になっている。

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