とにかくおすすめ

ジャンル関係なくオススメを知りたい人向け

とにかく面白い

ページをめくる手が止まらない、寝る時間さえ惜しくなる最高のエンターテイメント

泣ける本

思いっきり泣きたい人向け

優しい気持ちになれる本

悲しいとかハラハラするとか怖いとか必要なく、ただただほんわかして、暖かい気持ちを感じたい人におすすめの本

深い物語

いろいろ考えさせられる、深い物語

生き方を考える

人生の密度を上げたい方が読むべき本

学習・進歩

常に向上していたい人が読むべき本

組織を導く人向け

日本の経済力を強くするために、組織づくりに関わる経営者などにおすすめしたい本

デザイン

ただ美しいものを作れるだけじゃなく、一歩上のデザイナーになりたいデザイナーが読むべき本

英語読書初心者向け

英語は簡単だけど面白い、そんな面白さと英語の易しさのバランスの良いものを厳選

英語でしか読めないおすすめ

英語で読む以上、英語でしか読めない本を読みたい。現在和訳版がない本のなかでぜひ読んでほしい本。

「影踏み」横山秀夫

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
主人公の真壁修一(まかべしゅういち)はノビカベと呼ばれる泥棒。15年前に焼死した双子の弟の啓二(けいじ)の魂と共に生きている。二年前に逮捕された真壁が、出所してからの出来事を7編収録してある。
真壁(まかべ)の耳に響く啓二(けいじ)の声が物語を面白くさせている。泥棒という視点も勿論面白いが、双子という視点からの独特な考え方もまた興味をそそる。そしてその人間関係の中に、啓二と真壁の二人が愛した女性、久子(ひさこ)が絡んでくる。

双子というものは、互いの影を踏み合うようにして生きているところがある。真壁(まかべ)が自分ならそうするであろうと思うことは即ち、啓二(けいじ)がそうする確率が極めて高いことを意味していた。

泥棒同士の人間関係、刑事との駆け引き。「第三の時効」に登場する刑事たちが見せたような、鋭い観察力を持つ男を、今回は泥棒である真壁が務める。ただ、「泥棒」という題材のせいか、やはり現実から程遠い感じは否めない。とはいえ実生活の中で、経験やメディアを通じてもまず触れることのない世界を見せてくれるという点では秀作と言えるだろう。


ニコイチ
2台のクルマを各々の使用できる部分を利用して1台のクルマにする修理方法

【Amazon.co.jp】「影踏み」

「千里眼 TheStart」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
小学館文庫で刊行されていた千里眼シリーズの続編という位置づけではなく、新たなシリーズとなっている。過去十二作を刊行する際に7年の月日が経ち、その間、心理学の分野にも考え方もまた少し変わってきたことがその理由であると。著者の松岡圭祐があとがきで書いている。
物語は主人公の岬美由紀(みさきみゆき)が自衛隊を除隊して、臨床心理士を目指すところから始まる。飛行機の墜落をもくろむ犯人の計画を防ぐことがメインとなって展開し、美由紀の恋愛にまで触れるところが今回は新鮮である。また航空機の構造やそれを墜落させる難しさに触れているが、基本的には心理学に関する内容が多い。
松岡圭祐が本作品のあとがきで書いているように、前シリーズよりも真実に近い形にすることを重視したせいか、少し大人しい印象も受ける。とはいえ前シリーズはやや行き過ぎな印象もかなり多くそのたびに興ざめすることもあったのでこれからの展開に期待したいところである。岬美由紀(みさきみゆき)の知識や頭の回転の速さは前シリーズと変わらず大きな刺激を与えてくれることだろう。(もちろん空想の人物であるがゆえにできることではあるのだが)


意味飽和
同一の単語を繰り返し見たり読んだりしているとき、一時的にその言葉の意味が曖昧になったり思い出せなくなったりする現象。
適応機制
緊張や不安などの不快な感情をやわらげ、心理的な安定を保とうとする働き。適応機制の種類にはつぎのようなものがある。
 代償・・・欲求が満たされないとき、似通った別のもので満足しようとする機制
 同一化・・自分にない名声や権威に近づくことによって、自らの価値を高めようとする機制
 合理化・・もっともらしい理由をつけて、自分を正当化しようとする機制
 逃避・・・直面している苦しく辛い現実から逃避することにより安定を求める機制
 抑圧・・・実現困難な欲求を心の中におさえこんでしまう機制
 退行・・・耐え難い事態に直面したとき、発達の未熟な段階にあともどりして自分を守ろうとする機制
 攻撃・・・他人や物を傷つけるなどして、欲求不満を解消しようとする機制

【Amazon.co.jp】「千里眼 TheStart」

「バリアセグメント 水の通う回路[完全版]」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
ゲームメーカーフォレストの人気ゲームである「シティ・エクスパンダー4」をプレーした小学生が、黒いコートの男の幻覚を見るという事件が全国に拡大した。フォレストの社長である桐生直人(きりゅうなおと)を含めた各分野の専門家たちが真相解明へと動き出す。
物語は2001年に発刊された「バグ」の改訂版である。かなりの部分に加筆されているとは言え、一度「バグ」を読んでいる人にはある程度展開に予想がつくかもしれない。
音声認識アプリケーション、ポリゴン、テクスチャーなど、最先端ではないが、CG技術の発展したゲーム業界で用いられる言葉を多く物語中に取り入れて展開していく。個人的にはゲームプログラマーが音声認識アプリケーションなど使うのかという疑問はあるのだが、それ以外にも「2ちゃんねる」ならぬ「Nちゃんねる」、「ミクシィ」ならぬ「メクシィ」、ライブドア粉飾決算などニュースをいち早く物語の中に取り入れるあたりはさすが松岡圭祐という印象を受けた。
ゲームの中で「死」という表現を用いないことをポリシーとする桐生直人(きりゅうなおと)とそれに対する意見も興味深く、また一つ僕の中にテーマを植えつけてくれた。

死という概念がない世界では、人間はどうなると思うかね?釣り人が釣った魚をまた川に逃がすことでヒューマニストをきどったりするが、私にいわせればそのほうが残酷趣味だよ。逃がされた魚はまた釣られる運命にある。一生、人間さまにもてあそばれる

最終的には「水の通う回路」という言葉についても理解できることだろう。ただ、松岡作品に時々感じられる「突飛すぎる展開」をこの作品でも感じてしまった。数年前に「バグ」を読んでおり、そのときもやや強引な印象を受け、今回大幅に加筆されたというのでその辺りの改善を期待していたのだが、相変わらずやや強引な印象を受けた。


光感受性発作
光源癇癪ともいい、通常、大脳の異常から、激しく点滅する光の刺激を受けると、痙攣などの発作が誘発される癇癪とされ、テレビ画面などの閃光や点滅(1秒間に10回程度点滅する赤い光のような強い刺激)を直視すると既往歴のない人でも発作が起こる「光感受性反応」(PPS)が原因で、4000人に1人に発祥する。
トリクロロエチレン
無色透明の液体でクロロホルムに似た匂いを有し、揮発性、不燃性、水に難溶。ドライクリーニングのシミ抜き、金属・機械等の脱脂洗浄剤等に使われるなど洗浄剤・溶剤として優れている反面、環境中に排出されても安定で、地下水汚染の原因物質となっている。
アタリショック
ゲームソフトの供給過剰や粗製濫造により、ユーザーがゲームに対する興味を急速に失い、市場需要および市場規模が急激に縮退する現象を指す。
マキャベリスト
目的達成のために手段を選ばない人のこと。15世紀末から16世紀初頭に活躍したイタリアの外交官マキャベリが「君主論」の中で述べた政治思想。
サージ
短い時間、過電圧の状態になること。

【Amazon.co.jp】「バリアセグメント 水の通う回路[完全版]」

「ハサミ男」殊能将之

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第13回メフィスト賞受賞作品。すでに3人の少女を殺害し、殺人の際には研ぎ上げたハサミを被害者の首に突き刺すハサミ男である主人公の「わたし」。3人目の獲物を求めて歩き回が、ハサミ男の模倣犯が現れてしまう。
「わたし」は妄想癖を持っているため常に博識な「医師」と呼ばれる想像上の人との会話を繰り返す。その博識ぶりはや考えの斬新さは、物語の展開以外の刺激を与えてくれる。

自殺未遂者が嫌われる理由はふたつある。ひとつは、自殺未遂によって他人を支配しようとするからだ。別れるくらいなら死んでやる、とか叫んで、剃刀で手首を切って見せるやつが典型的な例だね。わたしは自殺という普通の人間にはできない行為を試みた。ゆえに他人はわたしの言うことを聞かなければならない。そんな馬鹿げた論理を押しつけようとする

加えて、事件の真相を追うフリーライターやハサミ男を追う警察関係者達の会話も面白い。

高校生の男の子が年上の女性と何人もつきあったら、かっこいい、あいつもやるなあ、って言われるのに、女の子だといきなりインランだもの。やってることは、なんにも変わらないのにね
犯罪を犯す「普通の動機」なんて、本当にあるのだろうか。それに、保険金殺人は納得できるが、快楽作人は納得できないというのも妙な話です。まるで、金のためなら人を殺してもしかたがない、と言っているみたいだ

物語は、警察関係者目線、「わたし」目線を交互に繰り返していく、読者の誰もが終盤には「わたし」に一杯くわされることだろう。
この手の手法を用いる作品は、この状況を作り出すために、話の展開だけに重点を置きすぎて、心理描写などが薄くなりがちだが、この作品はそんなことがなかった。ただ、唯一この物語のために作られた「偶然」は、あまりにも確率の低いもので、「作られた物語」という感覚は読んでいる最中に常に付きまとわれてしまった。
また、妄想癖と自殺願望を持つ「わたし」を主人公にした以上、そのような心理を持った原因などにも少し言及して欲しかった。


ポルシチ
ウクライナからロシアに入った色に特長のあるスープの一種。スビヨークラ(赤い砂糖大根)が入っている。
バゲット
フランスパンの一種で、細長い形をしたパンのこと。バゲットはフランス語で杖や棒という意味。
ハインリヒ・ハイネ
ドイツの著名な詩人、作家、ジャーナリスト。1797年12月13日-1856年2月17日

【Amazon.co.jp】「ハサミ男」

「龍は眠る」宮部みゆき

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第45回日本推理作家協会賞受賞作品。10年ぶり2回目の読了である。
雑誌記者の高坂昭吾(こうさかしょうご)は、車で東京に向かう途中で、自転車をパンクさせ立ち往生していた高校生の少年、稲村慎司(いなむらしんじ)を拾った。これが高坂(こうさか)と超能力者との出会いであり、不思議な体験の始まりであった。
宮部みゆきの初期の作品には超能力者が多く登場する。「魔術はささやく」「蒲生邸事件」「クロスファイア」などがそれである。超能力者を描いた作品と言えば筒井康隆の七瀬が印象に残っているが、宮部みゆきの描く超能力者の物語もまた例外なく面白い。この物語に登場するのは二人のサイコメトラーである。
稲村慎司(いなむらしんじ)は超能力を持ったからこそ他の人にはできない何かをしなければいけないと考え、さらに優れた超能力を持った織田直也(おだなおや)は超能力を持ってしまったからこそ人生を狂わされ、その力を隠して普通の人間として生きようとする。そんな二人の過去の経験がリアルに描かれているためどちらの考え方にも共感できることだろう。二人の周囲の人間の考え方もまた印象的である。
稲村慎司(いなむらしんじ)の父親は言う。

信じる、信じないの問題ではなのですよ。私と家内にとっては、それがそこにあるんです

織田直也(おだなおや)の友人で幼い頃に声を失った女性は言う。

わたしみたいに、あったはずの能力が消えてしまったからじゃなくて、余計な能力があるから、あの人は苦労しているんです

物語展開の面白さ以外にも随所に宮部みゆきらしい心に突き刺さる表現が見られる。

男でも女でも、傷ついて優しくなるタイプと、残酷になるタイプとがいるそうだ。おまえは前の方だ
信じてやりたい、などと逃げてはいけない。そんなふうに思うのは、彼らに本当に騙されていた場合、自分に言い訳したいからです。それでは駄目だ。信じるか、信じないか、あるいはまったくデータを集めるだけの機械になりきって、すべての予断や感情移入を捨てるか、どれかに徹することです

人間としての心構えまで教えてもらっているようだ。

すぐうしろに立っている主婦が、怪しまれずに姑を殺してしまうにはどうしたらいいかしきりと考えている−−その人たちを追いかけていって、そんな恐ろしいことはやめなさいって言ったところで、どうにもならないでしょ?黙って見過ごすしかなかったんです。それだけだって、死ぬほど辛いことだった

過去アニメやドラマなどで数多くの超能力者が描かれてきた。それらを目にして、誰でも一度は超能力というものに憧れを持ったことだろう。しかし本作品を読めば、それが決して羨ましいものではないことがわかるはずだ。10年ほど前、この作品で宮部みゆきに初めて触れた。今思うと、これが僕を読書の世界へ引き込んだきっかけだったかもしれない。
【Amazon.co.jp】「龍は眠る」

「グロテスク」桐野夏生

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
第31回泉鏡花文学賞受賞作品。スイス人と日本人の間に生まれたハーフである主人公の「わたし」。妹のユリコと高校時代の同級生の和恵(かずえ)が殺されたことで、「わたし」の手記として物語は進む。
「わたし」は悪魔的な美貌を持つユリコという妹を持ってしまったがために常に比較されて育ち、その過程で世の中に対して普通とは異なる見方をするようになった。

努力を信じる種族は、なぜにこうも、楽しいことを先へ先へと延ばすのでしょう。手遅れかもしれないのに。そして、どうして他人の言葉をいとも簡単に信じてしまうのでしょう。
自分を知らない女は、他人の価値観を鏡にして生きるしかないのです。でも、世間に自分を合わせることなんて、到底できるものではありません。いずれ壊れるに決まってるじゃないですか。

「わたし」の考え方は僕自身の考え方とかぶる部分もあり、とりたてて新しいものではないが、ここまではっきり文章として表現してもらうと爽快である。
娼婦に走った和恵やユリコの考え方もまた新鮮であるが、僕にとっては殺人犯とされた中国人張万力(チャンワンリー)の手記が印象的である。文化の違いがここまで人生をどれほど不公平にさせるかそれを強く感じることだろう。

中国人は生まれた場所によって運命が決まる。よく言われる言葉ですが、私はその通りだと思います。

張(チャン)の手記の中には四川省の山奥で育ち、富を求めて都市に出て、そして日本へ向かう過程が描かれている。日本という豊かな国に生きていれば決して知ることのできない現実である。著者の意図とは違うと思うが、この部分が僕にとって最も大きな収穫となった。
物語全体は「わたし」目線で進むため、すべての努力を否定するような内容ではあるが、そんな考え自体は嫌いではない。ただ「手記」であることを強調したいのか、余計な記述が多く物語の展開のじれったさを感じてしまう作品ではあった。
【Amazon.co.jp】「グロテスク(上)」「グロテスク(下)」

「博士の愛した数式」小川洋子

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第55回読売文学小説賞受賞作品。第1回本屋大賞受賞作品。
家政婦を務める主人公は、家政婦紹介組合からの紹介でとある男性の世話をすることになった。その男性はその男性は数学の博士で、交通事故により80分間しか記憶を保持することができない。博士と主人公の私、そしてその息子のルート、3人の不思議な物語である。
素数、友愛数、完全数など昔習ったような記憶を持ちながらも忘れてしまった数学の言葉が多々出てくる。この物語は理系の人間が読むか、文型の人間が読むかで大きく印象が異なるかもしれない。また、80分しか記憶が持たない人間がどのような気持ちになるのか物語を読み進めるうちに考えることだろう。たった80分間のために何かを学ぼうと思うだろうか、向上心がわくだろうか。人と会話をしようと思うだろうか、と。普段考えないことを考えさせてくれる作品ではあったが、この物語が世間で受けている評価ほどすばらしい作品とは思えなかった。
【Amazon.co.jp】「博士の愛した数式」

「バトル・ロワイアル」高見広春

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
映画を先に見ているので「殺し合い」という物語に抵抗があったのだが、あるところで「読まず嫌いが多いが、いつの時代にも読みつがれる青春小説」という書評を目にして手にとった。西暦1997年、東洋の全体主義国歌、大東和共和国。城岩中学3年B組の生徒42人は、修学旅行バスごと無人の島へと拉致され、政府主催の殺人実験を強制される。
「相手を殺さないと生き残れない」という現実の中で、42人が様々な生き方を見せる。誰も信用しない者、生き残ることを諦めて信念を貫く者、欲望に走る者、人を信じて助かる道を探る者。読者は42人のいずれかに自分を重ねることだろう。個人的には桐山和雄(きりやまかずお)と杉村弘樹(すぎむらひろき)の生き方に共感した。僕も同じ立場に立たされたならこの2人のどちらかの生き方をすることだろう。桐山(きりやま)の言葉が印象的だ。

俺には、時々、何が正しいのかよくわからなくなるよ

他にも死という現実に直面した生徒達の、恐怖、欲望、友情、愛情など多くの感情の間で揺れ動く感情が緻密に描かれている。この心情描写こそがこの作品の最大の見所なのだろう。映画ではただの「殺し合い」で終わってしまったが、小説ではこの心情描写が救いである。

いつの場合でもそうだが、善人が救われるかっていうとそうじゃない、調子のいいやつの方がうまくやっていくもんだ。でも、誰に認められなくても失敗しても、自分の良心をきちんと保っているやつっていうのは偉いよ。

全体的には、もう少し現実の世界と繋げて欲しいと言う感想を持った。というのも、舞台は香川県の瀬戸内海に浮かぶ島で明らかに日本を題材にしているが物語中では大東和共和国という空想の世界である。殺人実験が行われる物語としては山田悠介の「スイッチを押すとき」が思い浮かぶが、あの物語のように未来の話という設定にして何故このような殺人実験が行われているのかをもう少し説得力を持たせて描けたらもっと評価ができる気がした。また生徒達が、人によっては専門分野に対して豊富な知識を持っており、また恋愛に対しても一貫した考え方を持っている人もいることから中学3年生という年齢設定に違和感を感じた。高校生もしくは大学生という設定であればもう少し受け入れやすかった気がする。
最終的に「人を信じることの難しさ」「信念を貫くために真実を知ることの大切さ」を問題として投げかけられた気がした。作者自信が何を意図してこの作品を描いたのかは分からないが、文庫本上下2冊に渡って42人の生徒が一人一人死んでいく様を詳細に描かないと、著者の訴えたいことを描くことはできなかったのだろうか。


マリーセレスト号
1972年11月5日ニューヨークからイタリアに向けて出港した船。12月5日に大西洋を無人で漂流しているのを発見されたときには、マリー・セレスト号の船長室の朝食は食べかけのままで暖かく、コーヒーは、まだ湯気を立っていた。
バードコール
鳥の声を真似た音を出して、野生の鳥たちを誘い出す道具。

【Amazon.co.jp】「バトル・ロワイアル(上)」「バトル・ロワイアル(下)」

「ループ」鈴木光司

オススメ度 ★★★★★ 5/5
6年ぶり2回目の読了である。科学者の父親と穏和な母親に育てられた医学生の主人公の馨(かおる)。父親が新種のガンウィルスに侵され発病したことで馨(かおる)は、ガンウィルスの原因を探ろうとする。
本作品は「リング」「らせん」」を読んでこそ最大限に楽しめるが。「リング」「らせん」の続編というよりも、もう一つの物語という位置づけである。
前作「らせん」に引き続き、理系的な視点で物語は進む。物語の舞台は2040年頃の未来に設定されており、技術の発展や進化論における新たな発見を前提としているようだ。コンピュータの中の仮想空間の存在に触れており、読者は自身の存在や世界の存在に疑問を感じることだろう。現実とは一体なんなのだ。風景とは一体なんなのだ。音とは一体なんなのだ。そういう感覚を与えられているだけかもしれない。自分がコンピューターの中のシミュレーションによって生まれた存在と言われてもそれを否定する証拠はこの世界で生きている限り見つからないのである。

特に科学の得意な子供でなくても、一度ぐらいはこんなふうに想像を働かせたことがあるんじゃないか。物質の基本である原子の構造が、太陽系のモデルとそっくりであることから、原始や素粒子もまたひとつの宇宙を形づくっているのであり、その小さな世界にも我々と同じような生命が住んでいるのではないかと。

前作「らせん」で多くの読者が感じたであろう違和感を見事に払拭してくれる作品であった。小説という伝達手段の特長を巧に利用したこの物語は、読者に強烈な驚きを与えるに違いない。そしてその手段こそが、「最高傑作」と言われながら映像化されることのない理由と言えるだろう。これだけの傑作でありながら、題材が理系に偏りすぎているため万人に受け入れられるかどうかは懸念されるところである。


重力異常
重力の実測値とその緯度の標準重力の差のこと。
有性生殖
親個体の雌雄生殖細胞の融合によって,遺伝的に多様な新個体が形成される。
無性生殖
親個体の一部の体細胞から,遺伝的に同じ新個体が形成される。
ニュートリノ
1933年にパウリによって理論的に存在を予言され、26年後に実験で確認された電気的に中性(電荷ゼロ)で、重さ(質量)がほとんどゼロの粒子のこと。他の粒子との相互作用が弱く、物質を素通りするため、宇宙のはるか彼方や太陽の中心部で発生したニュートリノは、そのまま地球にやってくる。そのため、観測が非常に難しく、実際には塩素やガリウム、水素などの原子核に衝突したときにごくまれに起こる逆ベータ反応などにより検出する。

【Amazon.co.jp】「ループ」

「らせん」鈴木光司

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第17回吉川英治文学新人賞受賞作品。10年ぶり2回目の読了である。
幼い息子を海で亡くした監察医の安藤満男(あんどうみつお)は謎の死をとげた友人、高山竜司(たかやまりゅうじ)の解剖を担当する。冠動脈から正体不明の肉腫が発見されたことで、その原因に興味を抱くことになる。
この物語はもちろん前作「リング」を読んでこそ楽しむことができる。「リング」と比較すると読者に恐怖心与える箇所は少ないだろう。DNA、塩基配列など瀬名英明の「パラサイト・イヴ」と似た理系的な物語の印象を受ける。未だ解明できていない科学的な分野を巧妙に利用し、非現実的な出来事を説明しながら展開していく。

現代の科学では根本的な問いには何ひとつ答えることはできないんだ。地球上に最初の生命がどのようにして誕生したのか、進化はどのようにしてなされるのか、進化は偶然の連続なのかそれとも目的論的に方向が定まっているのか・・・様々な説はあれども何ひとつ証明はされていない。

ストレスが胃壁に穴を開ける例などを挙げて、質量を持たない心の状態が肉体に様々な影響を与えるという前提で物語は構築されている。

人間の眼は恐ろしく複雑なメカニズムを持っている。偶然、皮膚の一部が角膜や瞳孔へと変化し、眼球から視神経が脳に延び、見ることになったとは到底考えられない。見たいという意思が生命の内部から浮上してこなければ、ああいった複雑なメカニズムなど形成されるはずがない。

一部の展開には「そうかもしれない」と受け入れられ、人間の新たな可能性に心を刺激されるが、一部では大胆すぎる発想に受け入れ難い箇所もあった。そして、「リング」で作り上げられた山村貞子(やまむらさだこ)の崇高な印象も本作によって大きく修正せざるを得なくなる。「リング」との繋がりに対しても違和感を感じずにはいられない。
また、本作品からは「リング」のようなテンポの良さは感じられない。著者があとがきでも「これほど苦労した作品はない」と書いているが、読んでいても感じられる。それは無駄に長く、受け入れ難い展開として読者に伝わってしまうだろう。
終盤は話を大きくしすぎて「なんでもあり」のような印象を受ける。それによって前作「リング」と本作の途中まで読者に抱かせていた「どこかで現実に起こっているかもしれない」という気持ちから来る恐怖心があっけなく壊されてしまっている点が非常に残念で、本作品の評価を落としている気がする。もちろん、現在の僕にはこの不満が「ループ」によって見事に払拭されることを知っているのであるが、「リング」「らせん」と読み終えた読者の多くは同じような感想を抱くことだろう。
【Amazon.co.jp】「らせん」

「夜のピクニック」恩田陸

オススメ度 ★★★★★ 5/5
第26回吉川英治文学新人賞受賞作品。第2回本屋大賞受賞作品。
高校生活最後を飾る「歩行祭」。それは全校生徒が夜を徹して80キロ歩き通すという、北高の伝統の行事である。互いに意識し合う西脇融(にしわきとおる)と甲田貴子(こうだたかこ)の2人も各々いろいろな想いを抱えながら高校最後の「歩行祭」がスタートする。
物語の視点は融(とおる)と貴子(たかこ)に交互に切り替わる。それぞれの目に映るもの、記憶、友人達との会話、気持ちの描写だけで物語は展開されていく。
スタートしたばかりの前半は余裕から会話も弾む。転校していった友達の話。学校内で広がっている噂話。友人の恋愛の話。そして、そんな中で3年生である融(とおる)や貴子(たかこ)は歩行祭が人生で得難い機会であることを実感している。

みんなで、夜歩く。たったそれだけのことなのにね。
どうして、それだけのことが、こんなに特別なんだろうね。

物語中盤からは、距離を歩いたことで疲労が増しそれぞれが無駄な会話を辞め、夜が訪れると共に気持ちが昂ぶり、本当に語りたいことを語り始める。そして人の言葉に対しても自分を偽らない素直な反応しかできなくなる。
学生時代の部活の合宿や、旅行の夜の妙な高揚感を思い出す。人の気持ちを素直にさせるのは非現実的な環境なのかもしれない。
そして、そんな状況で、普段言えないことを素直に口に出した、融(とおる)や貴子(たかこ)の友人達の言葉が心に残る。融(とおる)の友人の忍(しのぶ)、貴子(たかこ)の友人の美和子(みわこ)は物語の中で特に重要な役割を果たしているように感じる。

雑音をシャットアウトして、さっさと階段を上りきりたい気持ちは痛いほど分かるけどさ、雑音だって、おまえを作っているんだよ。おまえにはノイズにしか聞こえないだろうけど、このノイズが聞こえるのって、今だけだから、あとからテープを巻き戻して聞こうと思った時にはもう聞こえない。いつか絶対、あの時聞いておけばよかったって後悔する日が来ると思う。

高校生の恋愛感についても鋭い視点が見える。僕が中学生の頃に感じていた恋愛感、周囲の女性達に感じていた違和感。例えばそれは恋に恋する気持ちだったり、思い出として恋愛したい気持ちだったりする。それらの感情を融(とおる)や忍(しのぶ)が代弁してくれているようだ。

何か変だよ。愛がない。打算だよ、打算。青春したいだけだよ。あたし彼氏いますって言いたいだけ

物語は歩行祭の80キロの道のりのみを描き、言い換えるなら登場人物はひたすら歩くだけである。それでも思い出や気持ち、友人達との会話を巧妙に織り交ぜて読者を飽きさせることがない。大人になってからはめったに味わうことのできない懐かしく甘い気持ちにさせてくれる作品だった。「六番目の小夜子」「ネバーランド」に代表されるように、恩田陸のこの世代を主人公とした作品にはいい作品が多いが、そんな中でも最もオススメの作品になった。
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「リング」鈴木光司

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
10年ぶり2回目の読了である。初めて「ループ」を読んだときの衝撃をもう一度味わいたくて、三部作(「リング」「らせん」「ループ」)を最初から読み直すことにした。
出版社に勤める浅川和行(あさかわかずゆき)は姪の死をきっかけに、同じ日のほぼ同じ時刻に起こった4人の男女の突然死に興味を抱く。4人に共通した行動を洗い出すうちに、4人が死んだ一週間前の夏休みに貸し別荘に宿泊していたことを突き止める。そして、その場所に赴いた浅川(あさかわ)は1本のビデオテープと出会う。浅川(あさかわ)は友人の高山竜司(たかやまりゅうじ)と共にビデオテープの真相に迫る。
物語の中で視点は常に移り変わる。それぞれの登場人物の恐怖に対して抱く気持ちは、誰もが身に覚えのあるもので非常に共感できる。そして、そんな心情描写によりすぐに物語にひきこまれていった。
また、物語中では随所に科学では説明できない小さな出来事が散りばめられており、読者の心の中には非現実的なものを受け入れる体制が作られていくだろう。そのため読み進めるうちに嫌でも心の中にある恐怖心は膨らんでいく。

捜査員も含めあの場所にいた人々の間に広がった雰囲気。それぞれ似たりよったりのことを考えているにもかかわらず、そして、そのことが喉まで出かかっているというのに、誰ひとり言い出そうとしない。あの雰囲気。一組の男女がまったく同時に心臓発作で死亡することなどありえないのに、医学的なこじつけで自分を納得させてしまう。

人の恐怖に対する行動を見事に表現しているように感じる。特に竜司(りゅうじ)が語るこの2つの言葉は初めて読んで10年以上経過した今でも頭の中にしっかり残っている。

高校の頃、陸上部の合宿中、あの野郎、部屋に飛び込むなり、顎をがくがく揺らせて『幽霊を見た!』って大声で喚きやがった。トイレのドアを開けようとしたら小さな女の子の泣き顔を見たんだとよ。怪奇映画とかテレビの世界だと、最初は皆信じなくて、そのうち一人一人怪物に襲われて・・・、というパターンだ。しかしなあ、現実は違う。だれひとり例外なく、彼の話を信じたんだ。十人ともな。
オマジナイを実行すれば、死の運命から逃れられる、としたら、たとえ信じなくとも実行してみようかという気にならないか。

物語は無駄な箇所を一切省いてテンポ良く進んでいく。そんな中、ビデオテープの謎を解明する浅川(あさかわ)と竜司(りゅうじ)の行動には、ホラーの登場人物にありがちな「愚かさ」は微塵も感じさせない。むしろわずかな映像から的確に判断して少しずつ真実に近づいていく過程はこの物語を面白くさせている大きな要素と言えるだろう。
物語中盤で、山村貞子(やまむらさだこ)という超能力者の存在が浮かび上がる。そして、貞子(さだこ)からも超能力という特異なものを持ってしまったこと以外は夢を追う普通の女性の生き方が感じられ、共感していくだろう。
ドラマや映画で脚色された「リング」の物語が一人歩きする中、やはり原作が一番だということを改めて感じた。一番の違いは山村貞子(やまむらさだこ)が「恐怖の対象」というよりも、「並外れた能力を持ったがゆえに普通の人生を送ることができなかった可哀想な女性」として描かれている点である。間違ってもテレビの中から這い出てくるような真似はしない。


天然痘
感染すると9〜14日の潜伏期の後に、突然の高熱、頭痛、背および四肢の強直と特徴的な腰部の激痛で発病する。3日ほどで一旦解熱するが再び発熱し多数の痘疹を伴い激烈な痒みと痛みを訴える。この時期を乗り切れば、一生免疫が得られるが死亡率も高い。世界的に種痘が廃止された現在、およそ30歳以下の人は天然痘に対する免疫がなく感染すれば、死亡率は30〜400%に達すると考えられている。
睾丸性女性化症候群
外見上は全く女性であり、ごく普通の女性として育ち結婚して不妊治療などで病院を訪れて発覚するケースがほとんどである。遺伝子的には完全に男性であるが、何らかの原因で男性化が働かず人間の体の基本形である女性型のまま生まれそのまま女性として育ったもの。子供が産めないことをのぞけば完全に女性である。

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「贋作師」篠田節子

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
日本洋画界の大御所、高岡荘三郎(たかおかそうざぶろう)が死んだ。主人公であり修復家の栗本成美(くりもとなるみ)は、高岡邸に保管されている、状態の悪い絵画を、市場に出回るために修復することになった。修復の過程で成美(なるみ)は、高岡(たかおか)の元に弟子入りして、3年前に自殺した昔の恋人の存在を強く意識することになる。
この物語は常に成美(なるみ)の視点で描かれている。修復家という一般的には馴染みのない職業の中に、大きな夢を追いながらもあるとき自分の才能に見切りをつけ、相応の居場所を見つける人たちの生き方が見える。
また、筆のタッチから描いた人が同一人物かどうか見極めようとする成美(なるみ)の絵画に対する観察力などはとても新鮮に映った。成美(なるみ)が真実に迫る過程で、売るためだけに書く売り絵の存在。絵画界の狭さ。世間が上下させる絵画の価値など、普段触れることのない絵画の世界を知ることができた。
全体的には、じわじわと核心に迫る前半部分とは対照的に、最後は拍子抜けするような展開だったと感じた。後半部分で触れている病気に犯された男女の変わった愛の形は、この物語の表面的な心情描写だけでは到底理解し難いものだった。篠田節子の作品に触れるのは「女たちのジハード」「ゴサインタン」に続いて3作目だが、未だ共通するような個性を感じることはできない。


粟粒結核
大量の結核菌が血流を通して全身に広がった結果起こる結核で、命にかかわる病気。「粟粒」と呼ばれるのは、体中にできる数百万個もの小さな病巣が、ちょうど鳥の餌の粟(あわ)と同じ大きさだからである。

【Amazon.co.jp】「贋作師」

「虚貌」雫井脩介

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
1980年、運送会社を経営する一家が襲われた。社長夫妻は惨殺され、長女は半身不随、長男は大火傷を負う。間もなく、解雇されたばかりの三人が逮捕されて事件は終わったかに見えた。それから21年、事件の主犯とされていた荒勝明(あらかつあき)の出所をきっかけとして再び悲劇は起こる。
この物語の視点はさまざまな登場人物に切り替わる。襲撃を企てる若者たち、事件を追う刑事たちなど、それによって多く人物の心情が描写されている。自分とは全く考えの違う人物の気持ちに対してもところどころ共感できる部分があるだろう。その視点の多さに、最初は誰が主人公かすらわからないかもしれない。
襲撃を企てる若者たちの間に共通の意識として上った「人を殺したら人間として成長する」という考え方は否定できないものを感じた。事の善悪は別にして実行するまでに強い気持ちを必要とする行動は、達成すれば後に大きな自分の財産になるだろう。もちろんだからといって僕は犯罪に手を染めるつもりなどない。
物語のテーマは「顔」。そう一言で表現しても言い過ぎではないだろう。それぐらい「顔」に関連する内容が多々見られた。事件を追う滝中守年(たきなかもりとし)は人の顔を憶えるのが苦手な刑事。守年(もりとし)の人を見る目。それは顔よりも立ち振る舞いや全体的な風貌、雰囲気でその人間性を判断する考え方である。非常に自分に似ているものを感じた。
また、守年(もりとし)と共に行動することになる刑事、辻薫平(つじくんぺい)は顔の青痣をコンプレックスとして抱え、それが鬱病の原因となっているという。その他にも、似顔絵作成、醜形恐怖症、カバーマーク、整形手術、人口皮膚など、何度も顔について触れている。
守年(もりとし)の娘でありアイドルの滝中朱音(たきなかあかね)の生活と心情の描写には、芸能界が人を惹きつける理由と、そこで生きる厳しさを感じる。そして朱音(あかね)は自分の顔の醜さに悩む。

私は本当にこんな顔をしているのか?こんな醜い顔を・・・。ひどい。なぜ今まで気づかなかったのだろう。自分の顔は顔の形を成していない。

そういえば僕も中学生の頃は鏡で自分の顔を眺めては人生の不公平を恨んだりしたこともあったっけ。そんな昔のことをつい思い出してしまう。
そんな中で、辻(つじ)のセラピストである北見宣之(きたみのぶゆき)先生の話は特に興味深く心に響くものがある。

心とは切り離されたところに顔は存在している。いや、心が独立して存在していると言った方がいいでしょう。顔などというのは世の中を渡っていくための認識票に過ぎない。素顔でも化粧でも整形でも、自分に都合のいい仮面をつければいい。

心を表情に表さない人が多い日本社会の中だからこそ、「顔は仮面」と言い張れるのだろう。また、前向きに生きるためであれば、整形手術という手段もまた偏見を抱かれることなく認められるべきだと改めて感じた。
自分が思っている顔、人から見える顔、顔が心に与える作用、表情の重要性など、「顔」についていろいろ考えさせられた。前回読んだ雫井脩介作品の「火の粉」が注目を浴びている割に満足の行く内容ではなかったので、今回もあまり期待しないで読み始めた。しかし、この物語は展開にやや強引さを感じなくもないが、しっかりとテーマを含んだ作品に仕上がっていた。「火の粉」よりはるかに評価できる作品であった。


醜形恐怖症
自分の顔の表情が人から変に思われていると気になってしまう症状。
参考サイト
飛騨川バス転落事故

【Amazon.co.jp】「虚貌(上)」「虚貌(下)」

「火車」宮部みゆき

オススメ度 ★★★★★ 5/5
第6回山本周五郎賞受賞作品。9年程前に初めて読んで以来、今回で4回目の読了である。
休職中の刑事、本間俊介(ほんましゅんすけ)は、遠縁の男性からの依頼により、その男性の失踪した婚約者関根彰子(せきねしょうこ)の行方を探すことになった。本間(ほんま)は関根彰子(せきねしょうこ)の過去を知る過程で、別の一人の女性の存在を知るとともに、社会が作り出した悲しい現実と向き合っていくことになる。
この物語は常に本間(ほんま)の目線に立って進められていく。捜索の過程で見せる本間(ほんま)の人間観察眼に驚かされる。
物語は関根彰子(せきねしょうこ)の失踪した理由に絡んで、カード破産という社会問題に触れる。今の社会で便利に生きるうえでは必要不可欠なクレジットカード。紙一重の場所にあるカード破産という現実。二十歳かそこらの若者に一千万も二千万も貸す業者がいる現実。クレジットカードを利用している人のうち一体どれほどの人がその現実を理解しているのだろうか。そんな問いを自分自身にも投げかけるとともに、教育の在り方まで考えさせられてしまう。破産に追い込まれるような人たちに対してつい抱きがちな先入観は読み進めていくうちに薄れていくことだろう。
僕自身は、この社会問題だけがこの物語が訴えようとしているものではないと強く感じる。なぜなら登場人物たちの台詞や考え方が心を強くえぐるからだ。まるで直視したくない人間の心の中を見せ付けられるているかのようだ。
関根彰子(せきねしょうこ)の幼馴染みでもある、本多保(ほんだたもつ)の妻、郁美(いくみ)は突然友人からかかってきた電話にこんな感想を抱いた。

たぶん、彼女、自分に負けている仲間を探していたんだと思うな。会社を辞めて田舎へ引っ込んだあたしなら、少なくとも、東京にいて華やかにやっているように見える自分よりは惨めな気分でいるはずだって当たりをつけて

階段から落ちて死んだ関根彰子(せきねしょうこ)の母親。この事件を担当した境(さかい)刑事は母親の当時の気持ちをこう見ている。

酔っ払って、危ないからやめろといわれても、この階段を降りてたんですよ。それはね、そうやって何度か降りていれば、そのうち、どうかして足が滑って、パッと死ねるんじゃないか、そんなふうに考えてたからじゃないかと思うんですわ

そして物語後半では、破産だけでなく、そこに至る人間の心情にまで触れている。お金もなく、学歴もなく、能力もない。そういう人は昔は夢を見るだけで終わっていたのに、今は夢が叶ったような気分になれる方法がたくさんある。エステや美容整形や強力な予備校、ブランドなど、そして見境なく気軽に貸してくれるクレジット。世間のそこかしこに夢を見る人を待ち構えて「罠」が仕掛けてあるのだ。自分がそんな世の中の「罠」にかからないからといって、夢を見て「罠」にかかって人生を転げ落ちていく人たちを「愚か」と一言で片付けられるのだろうか。

どうしてこんなに借金をつくることになったのか、あたしにもよくわかんないのよね。あたし、ただ、幸せになりたかっただけなんだけど。

読み進めるうちにもう一人の女性の人物像も次第に明らかになっていく。彼女の背負っている過去は、不自由なく暮らしている僕等のような人間には到底理解できるものではない。彼女の発したこんな台詞がそのことを伝えてくれるだろう。

どうかお願い。頼むから死んでいてちょうだい、お父さん。

本間(ほんま)と同様に読者の多くもこの犯人と思われる女性を嫌いにはなれないのではないだろうか。むしろ、その強く孤独な生き方に感心するかもしれない。

わたしのところに遊びに来て、帰るときはいつも、じゃ、またねと言ってたんです。手を振って、また来ます、と。だけどあの時だけは、そうじゃなかった。さよなら、と言ったんです。わざわざ頭を下げて、さよならと言って帰ったんです

彼女は礼儀正しく優しい女性だったのだろう、人の心を思いやれる人間でもあっただろう。そして社会の犠牲者だった。辛い想いをたくさんしたからこそ彼女は強い心を育み、悲運な運命と決別する道を選んだ。彼女を一方的に責めることなどできやしない。彼女の心情を最後まで読者の想像に委ねたこの物語のラストが好きだ。
本間が携帯電話を持っていないあたりなど、初めて読んだときには感じなかった時代の違いを今は感じるが、何度読んでもこの物語から受ける衝撃は健在である。全体的には、カード破産という社会の問題を訴えているようにも取れるが、僕は、人間の醜い部分がじわじわ染み出してくるような印象を毎回受けるのである。


特別養子制度
従来の普通養子制度では、養子縁組をしても、実方の父母との関係は残っており、父母が養父母と実父母二組いることになっていたが、特別養子縁組をすると父母は養父母だけになる。
割賦
分割払いのこと。
買取屋
多重多額債務に苦しむものを助けるといって近づき、クレジットカードを作らせ、カードで買い物をさせたうえで、その商品を質屋などで換金して手数料を取る業者のこと。
利息制限法
貸金業者の金利を制限する法律。貸金業者の貸付金利の上限を、元本10万円未満は年率20%、元本10万円以上100万円未満は年率18%、元本100万円以上は年率15%と定めている。これを破っても罰則規定はないため有名無実化しており、現在、利息制限法を守っている貸金業者はほとんど存在しない。
出資法
年利29.2%を超える利息で金貸し業を営む事を禁止している法律で、違反すると5年以下の懲役又は3000万円以下の罰金が科せられる。
参考サイト
出資法と利息制限法について

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「リミット」野沢尚

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2000年7月から9月まで日本テレビ系で放送されたドラマの原作である。ドラマの記憶が薄れた今になって、ようやく小説という形で改めてこの物語を味うことにした。
各地で連続幼児失踪事件が発生する中、世田谷区と川崎市高津区の県境で幼児誘拐事件が発生した。警視庁捜査一課特殊犯捜査係の主人公有働公子(うどうきみこ)は被害者宅に派遣される。事件発生から二週目に入ったとき、公子(きみこ)の携帯電話に犯人から直接電話がかかってくる。「お宅の息子さんを預かっています。一億円をあなたの手でこちらに届けてください」と。公子(きみこ)は息子を取り戻すために、犯人のみならず警視庁4万人を敵に回すことになる。
物語が進む過程で、事件を見つめる視点は常に切り替わるため、登場人物によってはその過去の描写から現在の人格形成の原因が見える。特に主犯の澤松知永(さわまつともえ)や、同じ犯行グループのチャイニーズ系タイ人であるグレイ・ウォンが犯罪に手を染めるまでの過程には、家庭などの生まれ育った環境が人格に与える影響や、現在の日本及びタイなど東南アジア諸国が抱える社会問題が見えてくるようだ。
中でも日本の臓器移植法があるためにこの犯罪が成り立つという考え方が印象的である。脳死と臓器移植について改めて考えさせられ、臓器売買という現実にも目を向けさせられる。

腎臓や肝臓疾患で苦しむ日本人の患者。中でも先天的な障害を持つ子供の場合、親はどんなに高い金を払っても子供に健康な臓器を移植させたいと願うが、臓器提供者は少なすぎる。親は闇ルートに頼ってでも何とかしたいと考える。

また、犯罪捜査の過程で繰り広げられる神奈川県警と警視庁の縄張り争い、ライバル意識もまた物語を面白くさせている一つの要素だろう。
気がつけば、母親として息子を取り戻そうとする公子(きみこ)よりも主犯の知永(ともえ)の冷静に物事を分析する目やその感情に非常に興味を覚えながら読み進めていた。
物語の展開から、それぞれ登場人物の心情の描写、各国の社会問題まで、最後まで読者を飽きさせることがない要素が充分に詰まった作品に仕上がっている。


ペドフィリア(pedophilia)
精神医学用語で異常性欲の一つ。幼児を性的欲求の対象とする性的倒錯。小児性愛。この性質を持つ人を、ペドファイル(pedophiles)という。

【Amazon.co.jp】「リミット」

「第三の時効」横山秀夫

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
本作は6つの物語から構成されている。どの物語もF県警捜査第一課のに所属している警察職員を中心に繰り広げられるため、視点はそれぞれの物語で異なるものの、登場人物は同じである。
物語ごとに視点を変える手法は、同じ著者の作品「半落ち」を思い出させる。その手法によって登場人物の内面、外面がしっかり描写されているように感じる。その中でも特に個性が際立つのは強行犯捜査係の3人の班長達である。一班の朽木(くちき)、決して笑顔を見せない男。二班の楠見(くすみ)、冷血で女性を執拗までに憎む男。三判の村瀬(むらせ)、事件を直観力で見抜く男。
さすがに警察小説を描かせたら横山秀夫は上手い。新聞記者への対応、班同士の競争意識、被疑者との駆け引き、そして警察職員の正義感などでが見事に描かれている。個人的には被疑者との駆け引きで自白に追い込む場面が好きである。6つの物語のなかでもタイトルにもなっている「第三の時効」が特に気に入っている。
この作品の登場人物達のような頭のキレる人間が実在するのなら、実際に会ってその刺激を肌で感じてみたいものだ。


容疑者
マスコミ用語での犯罪の嫌疑を受けているものをいう。
被疑者
法律用語での犯罪の嫌疑を受けているものをいう。
ハルシオン
医薬品。睡眠薬の名称。入眠剤として使われる。健忘を起こす副作用がある。作用時間は「超短時間型」。ハルシオンを大量投与して寝るのを我慢するとトリップできると言う話が出回って悪用する人が出たため、この薬を出したがらないところも多い。この薬を飲むと、寝ている間に起こった出来事を覚えていないという副作用がおこることがあるので注意が必要。
ポリグラフ
血圧、心電、心拍、呼吸、皮膚抵抗など生体のさまざまな情報を電気信号として計測し、記録する装置であり、「多現象同時記憶装置」のことである。一般的には嘘発見器(うそはっけんき)と同一視されることが多いが、手術室で術中の患者監視装置として使われるほか、医療分野で広く用いられている。

【Amazon.co.jp】「第三の時効」

「出口のない海」横山秀夫

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
人間魚雷「回天」。発射と同時に死を約束される極秘作戦が、第二次世界大戦の終戦前に展開されていた。主人公の並木浩二(なみきこうじ)は甲子園優勝投手として期待されてA大学に入ったもののヒジの故障のために大学野球を棒に振った。そして抗うことのできない戦争という時代の流れに飲み込まれ、回天への搭乗を決意する。それまでの経緯を描いた物語である。
戦争に青春を奪われた並木(なみき)達の気持ちがよく描かれている。「生」への希望と、仲間たちと一緒に死ななければならないという気持ちの葛藤。特に並木(なみき)の、故郷で待つ恋人の美奈子(みなこ)からの手紙に返事を書くことができない気持ちは理解できる。

手紙で優しいこと言って、喜ばすだけ喜ばして、それで後はどうする──嫁さんにしてやれるわけでもないんだぞ

野球と言うスポーツでさえも軍部から敵性語を使うなと迫られ、「ストライク」が「よし」に「アウト」が「だめ」とか「ひけ」に変えられようとしている戦時下でも、日本の軍国主義に染まらない人達の中に日本の将来への希望が見えるような気がする。並木を含めたA大野球部の部員たちが溜まり場としていた「喫茶ボレロ」のマスターは言った。

僕はね、スペインへ逃げようと思ってる。一度捨ててもいいと思うんだ。今の日本という国は

また一方では、軍国主義に染まりつつあることを実感しながらも並木(なみき)も友人の前で言った。

日本は降伏して一からやり直すべきだ。一億総玉砕などということにならないうちに。今ならまだ間に合う。

こういう周囲の考えに流されずに客観的に日本を見つめる目を持っている人たちが戦後の日本を支えてきたのではないだろうか。この物語はフィクションであるが、こういう考えを持っていた人達が実際に存在していたと信じる。僕も、周囲の人達が何を叫ぼうとも何を主張しようとも、周囲に流されずに真実を見つめる目と強い意志を持ち続けていたいものだ。
そして今まで嫌悪感を抱いていた「特攻」という行動に対する考え方も大きく変えざるを得なくなった。きっと自分もあの時代に生き、並木(なみき)と同じ状況下に置かれたなら「回天」への搭乗を志願していたに違いない。それは愚かな行動などでは決してない、そして特別に勇気ある行動でもない、単に恋人や親や兄弟を守りたいという純粋な気持ちから生まれた自然な行動だったのだと感じた。
全体的には、残念ながら描写が薄くリアルに伝わって来ない印象を受けた。横山秀夫が他の作品で見せる持ち前の臨場感はどこへ行ったのか。特に回天に乗り込んだ並木(なみき)の気持ち、目に見えるもの、思い出したもの、死を受け入れた瞬間の様子をもっと繊細に描いて欲しかった。第二次大戦中の出来事を描くのだから仕方がないのかもしれない、実際に経験したわけではないのだから仕方がないのかもしれない、しかし横山秀夫ならそれを補った描写をしてくれると期待していただけに残念である。
それでも僕は、この感想を書きながらCDチェンジャーに収まっているラヴェルのボレロを聴いた。並木浩二(なみきこうじ)の思い出の曲だ。

参考サイト
回天特攻隊

【Amazon.co.jp】「出口のない海」

「クライマーズ・ハイ」横山秀夫

オススメ度 ★★★★★ 5/5
1985年8月12日、日航ジャンボ機が群馬県の御巣鷹山に墜落した。一瞬にして520人の命が散った。この物語は群馬県の地元紙である「北関東新聞」でその当時日航機墜落事故の全権デスクを務めた主人公の悠木和雅(ゆうきかずまさ)が、その17年後の群馬県の最北端にある衝立岩登攀(ついたていわとうはん)の際、当時の事故の報道に奮闘する自分の姿を思い起こす。そんな回想シーンを主に描いた作品である。
この物語自体は勿論フィクションであるが、1985年8月12日に起こった日航機墜落事故は事実である。当時僕は小学校3年生だった。事故の大きさも悲惨さも理解できなかったあの頃の僕の中にも、生存者が会見に応じるシーンを映したテレビ画面はうっすらと記憶として残っている。
そしてこの物語は、当時僕が知ることのできなかった事故の大きさや悲惨さを教えてくれた。

若い自衛官は仁王立ちしていた。
両手でしっかりと小さな女の子を抱きかかえていた。
自衛官は地獄に目を落とした。
そのどこかにあるはずの、女の子の左手を探してあげねばならなかった──。

また、著者自身が12年間の記者生活を送ってきたからこそ描けるのであろう。新聞社同士の報道合戦、社内の派閥争い、部署間の縄張り争い、記者のプライド、紙面展開など、新聞社の内部の様子が綿密に描かれ、非常にリアルに伝わってくる。
特に、主人公の悠木(ゆうき)の組織に属する人間として抗うことのできない人間関係に挟まれた無力感、報道に関わる人間としての使命感、地元紙の在り方について考える姿、事実と確信が持てない情報の紙面化に葛藤する姿には読み進めていくうちにどんどん惹き込まれていく。
そして物語終盤では「命の重さ」という人間として生きていくうえで避けられないテーマについて触れている。

どの命も等価だなどと口先で言いつつ、メディアが人を選別し、等級化し、命の重い軽いを決めつけ、その価値観を世の中に押しつけてきた。
偉い人の死。そうでない人の死。
可愛そうな死に方。そうでない死に方。

メディアの在り方だけでなく、人間の命に対する受け止め方についても改めて考えさせられた。勿論すべての命は等価でなくてはならない、しかし僕等にはそういう扱いができているだろうか。

私の父や従兄弟の死に泣いてくれなかった人のために、私は泣きません。たとえそれが、世界最大の悲惨な事故で亡くなった方々のためであっても

残りのページ数が少なくなるのが惜しかった。この、心を深く刺激する時間にもっと没頭していたかった。本を読んでいてこんな感情を抱く機会はそれほど多くあることではないだろう。


玉串(たまぐし)
神道の神事において参拝者や神職が神前に捧げる、紙垂(しで)や木綿(ゆう)をつけた榊の枝である。杉の枝などを用いることもある。
参考サイト
日航機墜落事故で亡くなった人の遺書とメモ書き
墜落現場・御巣鷹の尾根、85年8月13日
生存者の一人・落合由美さんの証言
生存者救出映像(YouTube)

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「レイクサイド」東野圭吾

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
四組の親子が参加する中学校受験の勉強合宿で起きた殺人事件。主人公の並木俊介(なみきしゅんすけ)は、他のメンバーの提案によって事件を隠蔽することに同意するが事件の周囲からは少しずつ不自然な陰が見えてくる。
物語が進むにつれて少しずつ真実が明らかになっていくありがちなミステリーと思いきや少し趣が異なる。俊介(しゅんすけ)が実行犯側にいる点が物語を新鮮にさせているのだろう。それでも最終的に物語を完結させるまでにもう一つ展開が欲しかった気がする。少し物足りない作品であった。
【Amazon.co.jp】「レイクサイド」