とにかくおすすめ

ジャンル関係なくオススメを知りたい人向け

とにかく面白い

ページをめくる手が止まらない、寝る時間さえ惜しくなる最高のエンターテイメント

泣ける本

思いっきり泣きたい人向け

優しい気持ちになれる本

悲しいとかハラハラするとか怖いとか必要なく、ただただほんわかして、暖かい気持ちを感じたい人におすすめの本

深い物語

いろいろ考えさせられる、深い物語

生き方を考える

人生の密度を上げたい方が読むべき本

学習・進歩

常に向上していたい人が読むべき本

組織を導く人向け

日本の経済力を強くするために、組織づくりに関わる経営者などにおすすめしたい本

デザイン

ただ美しいものを作れるだけじゃなく、一歩上のデザイナーになりたいデザイナーが読むべき本

英語読書初心者向け

英語は簡単だけど面白い、そんな面白さと英語の易しさのバランスの良いものを厳選

英語でしか読めないおすすめ

英語で読む以上、英語でしか読めない本を読みたい。現在和訳版がない本のなかでぜひ読んでほしい本。

「照柿」高村薫

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
昔極道に手を染めながらも今は真面目に働く野田達夫(のだたつお)、難航するホステス殺人事件に関わる刑事・合田雄一郎(ごうだゆういちろう)。幼馴染である2人は1人の女性を接点として18年ぶりに再会する。
心情描写や情景描写の細かい高村薫。その描写の細かさは本作品でも健在である。人は常に何かを考えている。一度にいくつものことを考え、その多くは頭の中で言葉を形成する前に処理され、また別の考えに変わる。そういうどうでもいい頭の中の断片までを高村薫という著者は詳細に描くことで、人間という生物の複雑さを訴えているような気がする。
本作品も、野田達夫(のだたつお)という工場で働く男と、刑事である合田雄一郎(ごうだゆういちろう)という2人の人物に焦点を当てて、その頭の中を詳細に描いている。仕事に追われ、人間関係に悩み、遠い昔の出来事の記憶に大きく影響を受けながら、少しずつ自分でも理解しがたい行動に走り始めていく。
この2人は決して特別なのではない。人間は誰しも、どこかに狂気を備えており、時に説明のつかない行動を起こす、そんな可能性を秘めているのだと思う。それはきっと何かの出来事をきっかけに一気に外側に溢れ出すものなのかもしれない。
高村薫らしい作品ではあるが、物語のスピード感はいつまで経ってもあがらない。途中その遅々とした展開にやや飽きもしたが、最後はそれなりの考えるテーマを僕の心に残してくれたように思う。


ヘンリー・ムーア
20世紀のイギリスを代表する芸術家・彫刻家。(Wikipedia「ヘンリー・ムーア」
赤線
日本で1958年以前に公認で売春が行われていた地域の俗称。(Wikipedia「赤線」
ラシーヌ
17世紀フランスの劇作家で、フランス古典主義を代表する悲劇作家。「ブリタニキュス」「アレクサンドル大王」など。(Wikipedia「ジャン・ラシーヌ」

【楽天ブックス】「照柿(上)」「照柿(下)」

「査察機長」内田幹樹

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
新米機長の村井知洋(むらいともひろ)は成田発ニューヨーク息の敏で社内のチェックを受ける。チェッカーは仲間から恐れられる氏原政信(うじはらまさのぶ)であった。
物語の視点は、新米機長である村井(むらい)と、ベテラン機長である、大隈(おおすみ)の間を行き来する。僕を含めた読者には日付変更線を日常的に超える環境にいる人間の考え方がとても新鮮に感じることだろう。
著者にとっては日常的なのだろうが、コックピットのやりとりなどのすべてが興味深く読むことができた。美しい飛び方を追求しようとする村井(むらい)と、乗客の年齢からほんのわずかな揺れにまで気を使って飛行機を飛ばすべきという氏原(うじはら)。僕の人生にほとんど接点のない生き方であるにもかかわらず、そんな中にも個々の仕事へのこだわりが見えるところが面白い。
特別引き込むような文章力は感じられず、淡々と物語が進んでいくが、航空会社で働いていたという題材だけでそれを補うだけの物語になるから面白い。


マッキンリー山
北米最高峰の山、標高は6194m。
バシキール航空2937便空中衝突事故
2002年7月1日深夜、ドイツ南部の上空において、ロシア民間旅客機のバシキール航空2937便と国際宅配会社DHLの貨物機DHL611便が空中衝突し、墜落した事故である。(Wikipedia「バシキール航空2937便空中衝突事故」
杉原千畝(すぎはらちうね)
ナチスによる迫害からおよそ6000人にのぼるユダヤ人を救ったことで世界中に広く知られている。(Wikipedia「杉原千畝」

【楽天ブックス】「査察機長」

「パプリカ」筒井康隆

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
精神医学研究所に勤める千葉敦子(ちばあつこ)はサイコセラピストであるとともに、人の夢に入って悩みなどを解決する夢探偵パプリカという顔を持つ。そんな人の夢に入ることができる世の中で、最新型精神治療技術「DCミニ」が発明されたことで、それを悪用しようとする人の行動をきっかけとして、次第に夢と現実の区別がなくなっていく。
最初この物語の世界観を理解するのにしばらく時間を要するだろう。ただ、夢という未だ謎の多い部分をうまく題材にしている。この物語の中で描かれているように、夢に出てくる人や物はなにかしら現実世界とリンクしていると僕自身も思う。例えば小さなころの思い出だったり、直前に読んだ本の内容だったり、願望だったり、本人の無意識の中にあるものが目に見える形で現れたものが夢なのだろう。おそらく多くの人間がそう思っているからこそ、この物語はただの架空の話としては片付けられないリアルさを持ち合わせているのではないだろうか。
そして、この物語でかぎとなる「DCミニ」と呼ばれる機器。これによって「DCミニ」利用者は双方の夢に入り込むことができる。2人の人間が1つの夢を共有したら、その夢は次第に意志の強いほうの望む世界に変わっていく。現実には夢を共有するなどということはありえない(あってもそれとわからない)ことでありながらも、きっとそうなるだろう、と読者を納得させてしまうその設定が面白い。合わせて、場所を移動していないのに気がつくと別の場所にいたり、いつのまにかに隣にいる人が別の人物になっていたり、という夢の特性を面白く描いている。

無茶ではなく夢茶、無理ではなく夢理。これは夢なのだ。

とはいえ、やはり冒頭で述べたように、この非現実な世界に入り込むまでに非常に時間がかかった。架空の物語でもある程度専門用語を書き連ねることによって読者にリアルさを伝える手法は僕自身嫌いではない。瀬名英明の「パラサイトイブ」の詳細な描写はその最たるものだと思っているが、そのような手法は物語の非現実具合と密接に関わってくるものだけに加減が難しいのかもしれない。個人的にはこの物語程の非現実の世界であれば、もっと単純でわかりやすい導入部分にしたほうが読者にとっては読みやすい作品になったのではないだろうか。
本作品は映画になったことを知って手に取ったわけだが、内容はまさに映像向きであった。夢と現実が混沌としたクライマックスは、アキラの大友克洋や宮崎駿が好みそうなである。機会があれば2006年に公開された「パプリカ」を観てみたいものだ。


アニマ
男性の人格の無意識の女性的な側を意味する。(Wikipedia「アニマ」
役不足
「素晴らしい役者に対して、役柄が不足している」という意味だが逆の意味で使われることが多い。
海千山千(うみせんやません)
世の中で様々な経験を積み、物事の裏表を知り尽くしてずる賢いこと。また、そのような人。したたか者。(語源由来時点「海千山千」
ラポール
二人またはそれ以上の人たちの間で理解と相互信頼の関係を成立させ、維持する過程。相手の反応を引き出す能力。(はてなダイアリー「ラポール」
容喙(ようかい)
横から口を出すこと。くちばしを入れること。(goo辞書「容喙」
アクババ
トルコの伝説に登場するハゲタカ。死骸を食べて千年生きるとされる。
エディプス・コンプレックス
母親を確保しようと強い感情を抱き、父親に対して強い対抗心を抱く心理状態の事。(Wikipedia「エディプスコンプレックス」
参考サイト
パプリカ オフィシャルサイト

【楽天ブックス】「パプリカ」

「空中ブランコ」奥田英朗

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第131回直木賞受賞作品。
やたらと注射をしたがる妙な精神科医伊良部一郎(いらぶいちろう)と彼の病院を訪れる患者の物語の第2弾。
全体で5編から成り、それぞれブランコで飛べなくなった空中ブランコ演技者。尖ったものが怖くなったヤクザ。送球ができなくなったプロ野球の三塁手。羽目をはずしたい医者。ネタに困った恋愛小説家。という患者を描いている。それほど重いテーマというわけでもなく、伊良部一郎(いらぶいちろう)という主人公がそれほど魅力的なわけでもない、それでも読者を引き込むテンポの良さは、奥田英雄の作品には常にあり、今回も例外ではない。
しかし、ただのドタバタ劇という感じがして、途中、このまま読み終わって、自分の中になにも残らない「読書のための読書」で終わりそうな予感を抱いたりもしたが、ラストの恋愛小説家を描いた物語にはメッセージを感じた。
小説家を描いているだけに、きっと奥田英朗自身の過去なども反映していることだろう。周囲に流される人が多いからいいものが評価されない。大したものでなくてもメディアが飛びつけば売れるし、評価される。いいものを作っても評価されるわけでもなく売れるわけでもない。かといって売れるものを作っても自分の中の満足感は満たせない。そんなクリエイターなら誰もが感じたことのあるジレンマを見事に描いている。
恋愛小説家の友人のフリーの編集者が言う台詞が印象的である。

この国で映画の仕事をやっているとこんなのばっかだよ。ここで報われないとこの人だめになる、だから神様お願いですからヒットさせてくださいって天に手を合わせるんだけど、それでも成功することの方がはるかに少ない。わたしは彼らを前にして思うよ。せめて自分は誠実な仕事をしよう、インチキだけには加担すまい、そして謙虚な人間でいようって──

作者でなく、編集者という作品と作者を客観的に見れる立場の人間の台詞なだけに見事に世の中の矛盾を言っているように感じる。それぞれの人たちが自分の目、自分の耳で、いいモノわるいモノを判断できればこんなジレンマはなくなるはずなのに、日本という国の国民はその意識が極端に低い。それは国民性として受け入れるしかないが、自分のモノに対する姿勢については考えさせられる。
直木賞という評価も最後の作品に因るところが大きいのではないだろうか。


イップス
精神的な原因などによりスポーツの動作に支障をきたし、自分の思い通りのプレーができなくなる運動障害のことである。本来はパットなどへの悪影響を表すゴルフ用語であるが、現在では他のスポーツでも使われるようになっている。(Wikipedia「イップス」
キュレーター
美術館の学芸員。

【楽天ブックス】「空中ブランコ」

「しゃぼん玉」乃南アサ

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
目的もなく、引ったくりを繰り返して放浪していた伊豆見翔人(いずみしょうと)は九州、宮崎の山奥の村にたどり着く。田舎の人の温かさに触れることで起こった翔人(しょうと)の心の変化を描いた物語。
実際には世の中の大半がこの物語の翔人(しょうと)のように、誰かを頼ることもなければ、頼られることもなく孤独で希薄な人間関係の中に生きているのかもしれない。そして、頼れる人がいないから、自分のことでいっぱいになり、他人の痛みに築かなくなるのだろう。

こういう一生はきっと最後の最後まで、このままなのだ。どこかで弾けて消えるまでの間だけ、ふわふわと漂っているより仕方がない。いずれにせよ、そう長いことではない。何分も漂い続けられるしゃぼん玉がないのと同じように。

田舎の温かい人たちの気持ちに触れて生活しているうちに、すこしずつ今までと違った感情が芽生え始める。このままの空気で終わってしまうのかと思い始めた終盤に、急展開が待っていた。
世の中には見た目はしっかりとした大人であるにもかかわらず、「この人には罪悪感というのがないのだろうか」と思うような、信じられないような行動を平気でする人がいる。しかし、いつかそんな人が自分のそんな行動に気づいて、「あれはひどい行動だった」と過去を思いかえすとき、それまで積み重ねてきた行動の記憶は、一生消えない罪悪感となって襲ってくるのかもしれない。そんなふうに思った。
【楽天ブックス】「しゃぼん玉」

「再生巨流」楡周平

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
大手運送会社の第一営業部に勤める吉野公啓(よしのまさひろ)は新規事業開発部の部長に昇進となった。3名しかいない部署の部長。それは実質左遷人事だった。しかし吉野(よしの)は起死回生のための巨大プロジェクトを考え始める。
この物語の中心となっている巨大プロジェクトは、文具通販をヒントに吉野(よしの)が思いつくという設定である。物語中では文具通販社の社名は架空の名前となっているが、もちろんモデルはアスクルだろう。序盤は吉野(よしの)が考えを構築するヒントとして、文具通販のビジネスモデルがわかりやすく説明されている。
そして吉野の思いついた案についても、考えを構築する過程、ビジネスパートナーである業界第3位の文具メーカーへの説明、そして上司に承認をもらうための説明、と複雑なビジネスモデルを言葉を変えて物語中で3回説明している。幅広い読者にこの物語の肝となる経済の一部分を理解してもらい、面白く読み進めてもらうための配慮なのだろう。
そして、そのビジネスモデルは、周囲の多くの人の助けを借りながら少しずつ障害を乗り越え、形作ってくる。その過程で、高齢化社会、オンラインショッピング、価格比較サイトなどのにもしっかりと話が絡んでくるあたりに著者の周到な計画が見える。
そしてまた吉野(よしの)の周囲の人間たちの成長も見所の一つだろう。部下のモチベーションを上げさせることが、部下の能力を上げる一番手っ取り早い方法なのかもしれない。
藤原伊織の「シリウスの道」、垣根涼介の「君たちに明日はない」と同じように、業種は違えど自分の仕事に誇りを持った人間を描いた作品。億の単位のお金が動く仕事など僕にとっては無縁だが、どんな仕事でも面白い否かは、携わる人次第なのかもしれないと感じた。経済に興味がない人でもきっと面白く読むことができるだろう。ひょっとしたらこの本をきっかけに経済に興味を持つ読者もいるのかもしれない。


ドライグローサリー
冷蔵を要しない食品(一般食品)、雑貨のこと。
レコメンデーション
ユーザの好みを分析し、各ユーザごとに興味のありそうな情報を選択して表示するサービス(IT用語辞典「レコメンデーション」
フィージビリティ・スタディ
新製品や新サービス、新制度に関する実行可能性や実現可能性を検証する作業のこと。
ステルス・マーケティング
消費者に宣伝と気づかれないように宣伝行為をすること。
参考サイト
@IT:勝ち組アスクル、ビジネスモデルの本質
顧客のために進化するアスクルビジネス

【楽天ブックス】「再生巨流」

「隠蔽捜査」今野敏

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
吉川英治文学新人賞受賞作品。
警察庁長官官房でマスコミ対策を担う竜崎伸也(りゅうざきしんや)と警視庁刑事部長の伊丹俊太郎(いたみしゅんたろう)という2人の警察官僚が1つの事件をきっかけに自らの立場や警察組織を守るために奔走する様子を描いている。
まず興味を引くのは、「出世がすべて」「東大以外は大学ではない」と考えている竜崎(りゅうざき)のほうが、警察内部の怠慢や汚職を許さず、逆に、私大卒で周囲から警察官僚の中でもっとも人間味の有る人と評価される伊丹の方が、警察内の不祥事をもみ消そうとする点である。
おそらく一般的には、警察官僚とか、警察の縦社会という考えに縛られた竜崎のような人間こそが、警察組織内の不祥事を助長し、伊丹のような警察官が正義を貫くと考えられているのだろう。にもかかわらず、そんな先入観を早々と砕く人物設定によって瞬く間に物語に引き込まれていった。
物語の目線となっている、竜崎(りゅうざき)の家族を顧みない考え方や、警察組織として人生を貫こうとする姿勢、その価値観は決して共感できるものではないが、一方で彼の感情に左右されない論理的なものの考え方は個人的にとても理解できる。そして、彼の考え方に触れるうちに、事件を解決することだけが警察組織の人間の役割ではないことがわかるだろう。

組織というのは、あらゆるレベルの思惑の集合体だ。下のものがいいかげんだったら、いくら上が立派な戦略を立てても伝わらないのだ。常にうまく部下を使う方法を考え、同時に、いかにして上司を動かすかを考えなければならない。

物語は最後まで、事件を大して大きく扱わない。あくまでも事件は警察組織の中の対立関係や駆け引きを描くための素材に過ぎない。警察を扱った物語は世の中に数え切れないほどあるが、これほど事件に焦点を当てないで最後まで展開する物語も珍しいだろう。
とはいえ、少年犯罪者の社会復帰を支援するような日本の少年法への疑問もしっかり投げかけている。私刑を許してしまったら法治国家ではなくなる、という警察組織に身をおくものとしての建前と、過去に凶悪犯罪をしながらも、今は普通に世の中で生活している彼らが許せないという気持ちも併せ持つ。私刑や復讐を扱った物語の中では必ずといっていいほど見られる葛藤であるが、それでも人によって意見の分かれる問題であるから面白い。私刑を扱った他の作品として思い浮かぶのは宮部みゆきの「クロスファイア」などがそうだろうか。
ページが残り少なくなるころには、序盤にあれほど忌み嫌った竜崎(りゅうざき)の生き方が好きになっているのだから、見事に著者の思惑にはまってしまったということなのだろう。


KGB
ソ連国家保安委員会の略称。1954年からソ連崩壊まで存在したソビエト社会主義共和国連邦の情報機関・秘密警察。
参考サイト
Wikipedia「警察庁長官狙撃事件」

【楽天ブックス】「隠蔽捜査」

「閉鎖病棟」帚木蓬生

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
第8回山本周五郎賞受賞作品。
とある精神病院には、重い過去を背負った患者たちが日々の生活を送っている。そんな精神病院の患者たちを描いた物語。
冒頭部分は患者たちの病院に入る前のエピソードが細切れに描かれていて、物語の繋がりを把握するまでに時間がかかるだろう、加えて、精神病院という普通の人にはおそらく馴染みのないであろう舞台設定にややページが重く感じる。それでも馴染みの薄い舞台設定だからこそ感じるものは多く存在していたように思う。
過去に犯した過ちを悔い、外の世界に出ると浴びせられる好奇の視線。いつか退院して外の世界で暮らしたいと思いながらも、もはや普通の生活には戻れないという諦め。そういった一人一人の患者たちの生活や悩みが現実味を帯びて描かれている。普通の人から見れば、奇異な行動と映る彼らの行動にも、彼らにとってはしっかりと意味を持った行動なのだと、感じることができるのではないだろうか。

家に帰りたいけど帰れない。その冷たい壁の存在をすべての患者がどれほど思い知らされてきたことだろう。本当はみんな退院を心から待ち望んでいるのにできない。ここは開放病棟であっても、その実、社会からは拒絶された閉鎖病棟なのだ。

僕らのような「正常」(と世間ではされている)人間こそが彼らのような人の気持ちの理解にもっと努めなければならないのではないか。そんな訴えがこの物語からはひしひしと感じられる。一気に読ませるというようなパワーは残念ながらないし、正直、自分の生活とあまりにもかけ離れた世界の描写に、ページをめくるスピードは最後までゆるやかなままだったが、ラストには相応の感動が用意されていた。
【楽天ブックス】「閉鎖病棟」

「脳男」首藤瓜於

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第46回江戸川乱歩賞受賞作品。
連続爆発犯のアジトで2人の男が争っていた。警察が逮捕した1人の男、鈴木一郎(すずきいちろう)は、痛みを感じない男であった。彼は連続爆弾事件の犯人なのか。医師、鷲屋真梨子(わしやまりこ)は男の精神鑑定を担当することとなる。
真梨子(まりこ)は鈴木(すずき)の奇妙な行動の中から、知識として持っている特異な能力を持った人間たちの記憶をたどり始める。未だ謎に包まれている人間の脳。そして、世界に数人しかいないサヴァン症候群の人間たちの能力を物語の素材として、「ではこんな人間もひょっとしたらいるのではないか」と真意実を帯びて伝わってくる。

部屋の隅でじっとしているなどというのではない。文字通り微動だにしないのだ。瞬きもしなければ、指をほんの一ミリ動かすこともな。だれかが手を添えて腕をあげさせるとそのまま腕を上げたままの姿勢でおり、直立させて背中を押すと壁に当たるまで真っすぐ歩き続ける。

一度見ただけですべてのものを暗記してしまうという能力。その並外れた能力は、人間としての生活を送りにくくなる障害とともに現れる。この物語で最大の謎となっている、鈴木一郎(すずきいちろう)の能力も、それに類するもので、物語の中で鷲屋真梨子(わしやまりこ)が鈴木(すずき)の能力を見極めようとするその過程で、実は普通の人間こそがものすごい多様な判断を無意識のうちにしていることに読者は気づくことだろう。

きみはきのう町を歩いているときにすれ違った車のナンバーを全部いえるかね。すれ違った人間の服装をすべて記憶しているかね。生まれつき脳にこの簡単な認識のパターンがそなわっていないせいで、日常生活においてさえなにが必要でなにが必要でないかがわからない人間がいたとしたらどうなると思うかね。

物語中で鈴木一郎(すずきいちろう)が見せるうらやましくなるような記憶力。しかし、それは日常生活を送る上では不要なものである。正常な人間は何が必要な情報で何が必要でない情報なのかを瞬時に判断しているのである。コンピューターが人間の脳に近づくまでにはまだまだ長い年月がかかる。ひょっとしたら永遠にそんな日は来ないのかもしれない。改めて人間の脳について考えさせられる。


壊死性筋膜炎
筋肉を覆っている筋膜という部分に細菌が侵入し、細胞を壊死させてしまう病気
バビンスキー反射
2才未満の幼児には普通に見られる脊髄反射。成長後もこの反射が見られると錐体路障害が疑われる。
サヴァン症候群
知的障害や自閉性障害のある者のうち、ごく特定の分野に限って、常人には及びもつかない能力を発揮する者を指す。(Wikipedia「サヴァン症候群」
後見人
財産に関するすべての事項で、制限能力者に対する法定代理人となる者で、かつ、親権を行う者(親権者: 父母、養親)でないものをいう。(Wikipedia「後見人」

【楽天ブックス】「脳男」

「午前三時のルースター」垣根涼介

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
サントリーミステリー大賞、読者賞受賞作品。
旅行代理店に勤務する長瀬(ながせ)は得意先の社長から、その孫の慎一郎(しんいちろう)のベトナム旅行への付き添いを依頼される。しかし、実際には慎一郎(しんいちろう)の本当の目的は5年前にベトナムで失踪した父を探すことだった。
物語の大部分はベトナムを舞台にしている。この作品とあわせて、真保裕一の「黄金の島」を読めばかなりベトナムの文化が理解できることだろう。常々言っていることであるが、自分の知らない世界や知らない考え方に触れられるのが度読書の至福の時である。そして、それは日本以外を扱った作品には特にそういう傾向が強い。
そして本作品では、慎太郎(しんたろう)がベトナムという普段触れているものとは違った文化に触れ、たくさんの刺激を受ける役割を担っている。印象的なのはベトナムで案内役として雇われた女性、メイが実は娼婦であると知ってショックを受けるシーンだろうか。慎太郎(しんたろう)はメイの行動に行為を持ちながらも、「娼婦」という存在に近寄りがたいものを感じるのである。

この国じゃ誰も好き好んで娼婦になる奴なんていやしない
結局は、感じること、気持ちとして残る部分がすべてに優先するんだと思った。どんな過去があろうがどんな仕事をしてようが、それでも相手のことを嫌いになれないのなら、最後にはそれがすべてなんだと思う。

豊かな国ではないから生き方も限られてくる。それでも日本という豊かな環境の中で育まれた考え方や常識に慎太郎(しんたろう)はとらわれる。これは慎太郎(しんたろう)が思春期の少年という未熟さゆえの考えではない。世の中の大部分の人間に当てはまることである。触りもせず話しもせず、人や物を「邪悪」と判断して自分の世界との接触を許さない人のなんと多いことか。
物語の目線は長瀬(ながせ)から動くことはないが、この物語は慎一郎(しんいちろう)の大人への変化の過程を見せようとしている。そこに込められた大人になるための大切な経験、大切な考え方。著者がもっとも訴えたいのはそれなのだと感じた。間接的な訴え方ではあるが多くの読者にきっと伝わるだろう。


ドイモイ
1986年のベトナム共産党・第6回大会で提起されたスローガン。日本語で「刷新」を意味する。市場経済導入や対外開放政策などを行った。(はてなダイアリー「ドイモイ」
パクチー
セリ科。インド、ベトナム、タイなど東南アジア料理によく使われる。消化を助け食中毒や二日酔いの予防に効果があるといわれてる。(はてなダイアリー「パクチー」
コロニアル様式
17〜18世紀に、ヨーロッパ諸国の植民地で発達した建築やインテリアの様式のこと。
参考サイト
ベトナムビジネス開拓サポート

【楽天ブックス】「午前三時のルースター」

「感染」仙川環

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第1回小学館文庫小説賞受賞作品。
ウィルス研究医の仲沢葉月(なかざははづき)は、外科医の夫である、仲沢啓介(なかざわけいすけ)とその前妻との間の子供が誘拐されたという連絡を受ける。遺体として帰ってきた子供と、失踪した夫啓介(けいすけ)。葉月(はづき)は啓介(けいすけ)の行動の本当の意味を知るために調査を始める。
葉月(はづき)と啓介(けいすけ)という、どちらも医療のスペシャリスト。結局意思疎通はできていなかったがどちらも大奥の人を救いたいという信念を持っていて、当然のように日本の医療制度や日本人の医療への関心の低さに不満を持っている。そんな世の中への問題提起と物語のストーリー展開とのバランスがいい。

教えてくれよ。どうして子供の臓器移植は認められていないんだ。そもそも、どうして臓器を提供してくれる人が少ないのか。俺にはわからない。脳死になったら判定ミスでもない限り、生き返ったりはしない。それなのにどいつもこいつも心臓や肝臓を灰にしてしまう。俺のこの手は何のためにある?俺は手術をうまくやってのける自信がある。心臓を提供してもらえれば、何人の命を救えたか…

物語中には著者の思う、今の医療に対する問題が随所にちりばめられている。この本を読んだ人の中の、ほんのわずかな割合の人でも、ドナーカードを持とうと思ったり、日本の医療に対する関心を高めることになったら、それこそ著者の本望なのだろう。


インターフェロン
もともと動物の体内に存在する物質で、ヒトに使用していたものをネコに応用したもの。ウイルスに直接作用するものではなく、予防や症状の緩和のために用いられるで、抗ウイルス性、抗腫瘍作用(抗ガン剤)、免疫系への作用という主に3つの働きがある。
異種移植
ヒト以外の動物の体を用いて移植や再生を行うこと

【楽天ブックス】「感染」

「リカ」五十嵐貴久

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第2回ホラーサスペンス大賞受賞作品。
妻と子どもを持つ42際の会社員の本間(ほんま)は、部下の奨めによって出会い系サイトにはまりだす。そして、そこで「リカ」と名乗る女性と知り合う。
序盤は、本間(ほんま)が出会い系サイトで、毎日大量のメールを受け取る女性に、読んでもらうためのメールの書き方などを少しずつ学んでいく様が描かれている。

私が書き送ったことは、別に特殊なことでも何でもない。自分のことが好きになれない、というような女性は、実際にはその正反対で自己愛が強すぎるタイプが多い。彼女達が真に恐れているのは、自分自身が周りの人たちから嫌われること、だから、どうしても他人との係わりを避けてしまう。他人と係わってしまえば、どうしても軋轢が生まれ、感情的になり、好き嫌いが出てしまうだろう。

出会い系サイトは「悪」と、世間一般で言われているような単純な分類をせずに、都会に生きている孤独や不安に苛まれている人が、それを解消するための一つの手段として描く点が非常に好感が持てる。
しかし、そんな世の中の問題を描い視点に感心してられるのも序盤だけで、本間(ほんま)がリカという女性とインターネット上で出会うことによって、物語は一気にホラーの様相を呈してくる。
他人との関わりをあまりせずに来た人は、自分の中に自分だけのルールを蓄積していく。そういう人たちは時に、被害妄想の強く、一般的な考え方が通用しない。そして、法による刑罰を恐れずに、自分自身以外に守るものが一切ないからこそ心の抑止作用はまったく期待できない。そんな人間と関わってしまったときの恐怖が本間の様子から伝わってくる。

わたしはね、最近こう思うんです。無意識の悪意、無作為の悪意ほど、恐ろしいものはないと…

久しぶりに恐い本を読んだ。一時期流行ったホラーのようなただひたすら恐いシーンを並べるだけではなく、本当に恐い物語は必ずどこか真実味を帯びているのだ。
【楽天ブックス】「リカ」

「福音の少年」あさのあつこ

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
北畠藍子(きたはたあいこ)を含む9人がアパートの火事で犠牲になった。藍子(あいこ)の同級生で、恋人の明帆(あきほ)と幼馴染の柏木陽(かしわぎよう)、事件の背後の不穏な空気を感じ、真実を知ろうとする。
不思議な力を持っている少年。永見明帆(ながみあきほ)と幼馴染の柏木陽(かしわぎよう)という点で描かれているが、その設定自体があまり物語に大きく作用していない。物語の大半を永見明帆(ながみあきほ)と柏木陽(かしわぎよう)という二人の高校生の視点で占められているため、どこにでもいる一般的な少年達という設定にしたほうがその言葉や気持ちの描写がリアルに伝わってきたような気がする。

隠し事?隠し事ばかりやで。おれたちが大人に晒す部分なんて紛い物か、ほんの一部かに過ぎない。海面下の氷山みたいに本物の過半は見えない、見せたりしないんだ。

そして、永見明帆(ながみあきほ)と柏木陽(かしわぎよう)の少年二人を、唯一対等の立場から見つめる大人の視点で、秋庭大吾(あきばだいご)というジャーナリストが登場する。

たかが子ども相手に本気になって……子ども?子供じゃないな。人は生きた年月で大人になるのではない。何十年の歳を経ながらガキの思考と戯言しか知らない連中が、この国にはうようよいる。

読みどころはやはり秋庭(あきば)と2人の少年が向かい合うところだろうか、物語の緊張感はそのシーンで一気に高まったが残念ながらその後にそれにつりあうだけのエンディングは用意されていなかった。
全体的に不完全燃焼で終わってしまったという感じ。読み終えて感じたこと以外に、もっと著者が訴えたいことがあるような気がしてならない。単に僕がその意図を感じ取れなかっただけではないのか、と。少年少女の青春小説のようでありながら、メインのストーリーは目に見えない陰謀を暴くミステリーの要素が強く、どっちつかずで中途半端な作品に思える。
【楽天ブックス】「福音の少年」

「貴賓室の怪人『飛鳥』編」内田康夫

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
浅見光彦(あさみみつひこ)は仕事の依頼により、豪華客船「飛鳥」へ乗船することとなる。そんな船内という密室で殺人事件が起きる。
学生時代に読み漁った内田康夫の浅見光彦(あさみみつひこ)シリーズ。所轄の刑事が浅見を容疑者として詰問し、浅見の兄が刑事局長であることを知ったとたんに態度を豹変させるシーンがお約束のパターンでありながらも、毎回読んでいて非常に爽快であり、時々思い出したようにそのシーンに触れたくなることがあるのだ。
そんな気持ちで今回も本作品を手に取ったものの、今回は舞台が豪華客船「飛鳥」という、シリーズの中では特異な設定のため、期待していた場面は最後まで見られなかった。
さらに、どうやら読後にあとがきを読んだ限りでは、本作品は「貴婦人の怪人」という全部で2部もしくは3部のうちの一つと位置づけられているようで、本作品ですべての謎が解けたとは言えず、少々後味の残る終わり方になっていた。これが2部作(もしくは3部作)読み終えた段階で、心地良い満足感に変わるかどうかは現時点では判断できない。
本作品を読んでの最大の驚きは、あと2年で浅見(あさみ)の年齢に追いついてしまうということだろうか。


開聞岳(かいもんだけ)
鹿児島県の薩摩半島の南端に位置する標高924mの火山で、日本百名山の一つ。山麓の北東半分は陸地に、南西半分は海に面しており、見事な円錐形の山容から別名薩摩富士とも言う。(Wikipedia「開聞岳」
水先案内人
水先人は、安全で効率的に船を導くのが仕事。依頼の船の乗船して、航行計画や港の特徴や状況を船長に説明し、目的の岸壁に接岸させる。
参考サイト
郵船クルーズ株式会社

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「ぶらんこ乗り」いしいしんじ

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
いまはいない弟のノートを見つけた女の子がそのノートをめくりながら弟の思い出を語る。
間違っても僕の好みの物語ではないが、先日見た劇、キャラメルボックスの「トリツカレ男」の原作者としていしいしんじ作品に触れてみようと思った。幼くして特異な才能を持っていた、弟。彼がノートに書き留めたストーリーは、どこかにありそうな暖かいつくり話のようで、それでいてなにかもっと深いものを訴えかけているような気がする。
やはり好みの作品ではないが、時にはこんな物語に触れるのもいいのだろう。

「わたしたちはずっと手をにぎっていることはできませんのね」
「ぶらんこのりだからな」
「おたがいにいのちがけで手をつなげるのは、ほかでもない、すてきなこととおもうんだよ」

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「君たちに明日はない」垣根涼介

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第18回山本周五郎賞受賞作品
リストラ請負会社に勤める村上真介(むらかみしんすけ)はクライアント企業の要望に従って候補者の中からリストラの対象者を決めて、退職を促すことを仕事としている。
終身雇用という制度が崩れたとはいえ、世の中にはまだまだ一生今の会社に勤めていえると信じている人は多いのだろう。そして、そんな人たちに退職を勧める立場だからこそ見える、多くの人間の生き方がこの作品の面白さである。
個人的に驚いたのは、物語中で退職を促された多くの人間が面接官である真介(しんすけ)に尋ねる言葉。「私が何か会社に不利益なことをしたのでしょうか」。日本の一般的なサラリーマンはマイナス評価がなければ会社にいつまでもいられると思っているのかもしれない。もらっている給料を補ってあまりあるだけのプラスがなければ会社にとってなんの得も無い、つまりクビにされてもまったく不思議ではないというのが、僕にとって普通の考え方だっただけに、少し面白い。
きっと安定した企業に勤めている人の方が、この本を読んで僕以上に多くのことを感じるのかもしれない。

リストラ最有力候補になる社員にかぎって、仕事と作業との区分けが明確に出来ていない。たとえば営業マンなら、自分が担当した商品の売値と仕入れ値の差額粗利から、自らの給料、厚生年金への掛け金、一人割りのフロア維持費、接待費、営業者代、交通費などを差っ引いた純益として考えたことなどないのだろう。

そして、物語の目線は退職を促す側だけでなく、退職を勧められる側にも移る。そこには多くの人生が描かれている。どんな人間も最初は熱意を持って仕事に取り組んでいたのだろう。それでもそんな気持ちを維持できないような、気持ちや能力だけではどうしようもないことが、社会という複雑な人間関係の中ではあるのだ。

人材能力開発室という窓も電話もない地下二階の部署に送り込まれ、朝から晩まで『自分は能無しです。銀行には不要な人間です』と、ノートに書付けることを命じられている元支店長もいる。
それに比べれば、自分などはるかに恵まれていると思う。分かってはいる。だが、それでも腐ってゆく自分をどうすることも出来ない。

物語中に登場するリストラ候補者の言い分や考えに目を通せば、そんな世の中の悲しい現実がはっきりと目に見えることだろう。
そんな物語であるが、個人的には最後に真介}(しんすけ)のアシスタントを勤める女性が言う言葉が好きだ。

わたし、この仕事、なんとなく好きです。コーヒーかけられそうになったり、罵倒されたりもしますけど、いろんなことを感じたり見れたりしますから。

この言葉は、この女性アシスタントの仕事に対する感想であると共に、この作品の面白さを表した表現でもある。
最初のわずか数ページで読者を物語中にひきこみ、そしてページを軽くさせる垣根涼介の技術の高さはもはや疑いようもない。とりあえず、次回本屋に立ち寄ったときには本作品の続編である「借金取りの王子」を忘れずに購入したい。
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「チームバチスタの栄光」海堂尊

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第4回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作品。
バチスタ手術の天才外科チームで原因不明の術中死が立て続けに起こった。田口(たぐち)医師は真相の究明に挑むこととなる。
病院という舞台を扱ったミステリーである。昨今のよくある病院内の物語と同様に、本作品でも医者の上下関係や立場を重視する姿や、その閉鎖的な世界の現状が描かれている。本来、人の話を聞くことを得意とする田口がチームバチスタのメンバーから話を聞くことで真相をつかもうと努める。よくあるミそして、人の話を聞くことを仕事としている田口であるがゆえの目線が、個人的に本作品で印象に残った。

人の話に本気で耳を傾ければ問題は解決する。そして本気で聞くためには黙ることが必要だ。

同時に日本の医療の問題点も随所に散りばめられている。

文化人や倫理学者に発言させ、子供の臓器移植を倫理的、あるいは感情的に問題視させる。日本で子供の臓器移植を推進しようとすると足を引っ張る。米国で行われる手術は美談として支援し、日本では問題視する。同じ小児心臓移植なのに、おかしいと思いませんか

中盤から白鳥(しらとり)という真相救命の鍵を握る人物の登場以降、既にそこまでにも頻出していた専門用語やカタカナ言葉が一気に増える、その一方でいつまで経っても話の展開にスピードが感じられなかったのが残念である。「このミス」大賞の評価には疑問が残る。


拡張型心筋症
心筋の細胞の性質が変わって、特にに心室の壁が薄く伸び、心臓内部の空間が大きくなる病気。

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「リアル鬼ごっこ」山田悠介

オススメ度 ★☆☆☆☆ 1/5
自分と同じ「佐藤」姓を名乗る人の多さに辟易した国王は、「佐藤」姓を減らすために、「佐藤」さんを捕まえる鬼ごっこを政策として実施することを決めた。いわゆる大量虐殺である。大学生の佐藤翼(さとうつばさ)もその対象となった。
山田悠介という作家の名前は以前から書店でよく見かける。どの作品もかなり現実離れした設定が多く、そのためなかなか手に取る気にならなかったのだ。現実離れした設定といえば、幽霊を主人公とした、高野和明の「幽霊人命救助隊」や、クラスで殺し合うことが国の政策となっている高見広春の「バトルロワイヤル」などが思い浮かぶ。
それを踏まえて考えると、現実離れした舞台設定をするというのは、読者離れを引き起こすリスクを犯してでもそれ以上に訴えたい何かがある。と考えることができるのではないか。今回この作品を手にとったのはそんな思いからである。
しかし、残念ながら数ページ読んだだけでそんな考えをもったことを後悔した。登場人物達の行動も心情描写もすべてが薄っぺらい。死を間近に控えた人間達、そしてその周囲の人間達がこの作品で描かれているような行動をすると、著者が本当に信じているとしたらなんと乏しい想像力なのだろう。リアルさのかけらもない。
物語の中の目線もいつまでたっても定まらず、誰の目線なのか誰の気持ちなのか非常にわかりにくく、素人が書いている文章を読んでいるようだった。各自好みがあるのでこの作品を「駄作」と断言することはしないが、この著者の本を読むことはもうないと思う。
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「サウダージ」垣根涼介

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
「ヒートアイランド」の2年後を描いた物語。裏金強奪団のメンバーに加わることを決意したアキは、柿沢(かきざわ)、桃井(ももい)の指導の下で裏金強奪団として生きるための訓練をする。
前作「ヒートアイランド」ではストリートギャングの頭として、強くてクールなイメージで描かれてあまり弱さを見せなかったアキが、本作品では、柿沢、桃井というプロの大人たちの間で学ぶことによって、その弱さを時折見せる。特に中盤で、佐々木和子(ささきかずこ)という大人の女性との恋愛をすることによって、少しずつ世の中に対する見方が変わってくる様子が描かれる。

彼女だって生身の人間だから、それまでの人生の中で嫌な思いや屈辱的なこともいろいろと経験してきただろうと思う。アタマにくることや、情けない思いもたくさんしてきただろう。
でも彼女は、それを世の中の恨みに転嫁しない。躓(つまず)いても転んでも、目に見えている今という現実を、ごく自然に受け入れている。

そんなアキの恋愛や訓練の様子と平行して、高木耕一(たかぎこういち)という日系ブラジル人の生活も描かれる。彼は日本でもブラジルでも外国人として扱われ、そんな劣等感をばねに生きてきた。その成長過程ゆえにときおり見せる理不尽な言動と、根は優しい人間であるがゆえに恋人の売春婦DDへの気遣いが、その複雑な生い立ちを表している。この物語の見所は、そんな対照的なアキと高木耕一(たかぎこういち)の姿を交互に見せているところなのだろう。物語終盤、そんな2人を比較して、アキの恋人の和子(かずこ)が語った表現がもっとも印象的な言葉である。

人にあんまり嫉妬したこと、ないでしょ?あいつはいいなーとか、ちぇっ、こいつは羨ましいな、とか、そんな感じで?そこがたぶん違うと思うんだ。自分の状況と人を引き比べたりしないもの。そんな貧乏くさい感じ、ないもの

本作品は少し恋愛色が強い。アキの内面の悩みや葛藤が見えて、男としては非常に感情移入しやすい内容では在るが、一般的な社会には認められていない生き方を選んだ人間達を描いている以上、世の中の矛盾やそれに向けた怒りをもっと描いて欲しかったと感じた。とはいえ、「ヒートアイランド」ど同様に非常に読みやすい作品。きっとこれからも定期的に続編が刊行されるのではないか。アキの今後の成長を楽しみにしたい。


ペデストリアン
遊歩道の意味。
トレイシー・チャップマン
80年代というMTV全盛期に、正反対な音楽性(アコースティック・ギターと必要最小限の伴奏で歌うフォーク・ソング)でデビューしたシンガー。(はてなダイアリー「トレイシー・チャップマン」

【楽天ブックス】「サウダージ」

「ヒートアイランド」垣根涼介

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
汚れた金だけを狙う裏金強奪団3人組の1人はヤクザの非合法カジノから金を盗み出した帰路、渋谷ストリートギャングを束ねるグループ雅(みやび)の一員と遭遇する。大金を巡って、ヤクザと裏金強奪団と渋谷のストリートギャングが繰り広げる物語。
渋谷のストリートギャングを束ねるグループ雅(みやび)その中心メンバーであるアキとカオルは、どちらも十代でありながら世の中の失望した若者である。

ほとんどの人間が戦後何十年も続いてきた右肩上がりの社会を信じていた。バブル前夜にはとっくに破綻寸前だったそのシステムに、何の疑問も持たずに乗っかってきた。知らなかったから仕方がないだろうという人もいる。しかし気づいていなかったことこそが、罪なのだ。

真面目に働いている人間は永遠に幸せを手にすることが出来ない。彼等はそんな世の中の不平等をを悟って、生き方を模索している途中である。
その一方で、汚れたお金をターゲットとする裏金強奪団の三人組、柿沢(かきざわ)、桃井(ももい)、折田(おりた)もまた世の中に失望した人間である。彼等はすてに世の中の枠に捕らわれずに自分達の生き方を全うしている。時として法律を破ることも躊躇しないが自分の中の信念に背くことだけは許さない。そんな生き方である。
世の中の多くの人間は社会の不平等に気づきながらも敷かれたレールの上から大きく外れるほどの勇気がない。だからこそ多くの読者はこの作品の登場人物達に魅力を感じるのだろう。
本作品の面白いところは、アキとカオルを中心としたグループ雅(みやび)と、窃盗集団がヤクザを交えながら、大金を巡って対立するところである。「魅力的な登場人物は簡単には死なない」というどんな物語にも共通する暗黙の了解の元、魅力的なグループ達が行き着く結末への期待感がページをめくる手を加速させる。
ストリートギャングの雅(みやび)、裏金強奪団3人組のほかにも、物語の視点は多くの人に移っていく。中でも、豊かな生活に憧れながらも、ケンカの強さしか誇れるものがなく、それを活かすためにヤクザの一員になったリュウイチや、破格の金額で非合法カジノのオーナーにスカウトされた井草(いぐさ)の生き方などは、周囲に流されて抜け出せない底なし沼にはまる世の中の多くの人を象徴しているようだ。
全体的には非常に読みやすい作品。政治とか国際問題とか複雑なことを考えずに読み進めることが出来るだろう。それは言い換えるなら、読者の好みによっては物足りなさを覚える作品と言えるのかもしれない。


女衒(ぜげん)
女の売買を生業(なりわい)とするブローカーのことである。「衒」は売るの意味。

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