とにかくおすすめ

ジャンル関係なくオススメを知りたい人向け

とにかく面白い

ページをめくる手が止まらない、寝る時間さえ惜しくなる最高のエンターテイメント

泣ける本

思いっきり泣きたい人向け

優しい気持ちになれる本

悲しいとかハラハラするとか怖いとか必要なく、ただただほんわかして、暖かい気持ちを感じたい人におすすめの本

深い物語

いろいろ考えさせられる、深い物語

生き方を考える

人生の密度を上げたい方が読むべき本

学習・進歩

常に向上していたい人が読むべき本

組織を導く人向け

日本の経済力を強くするために、組織づくりに関わる経営者などにおすすめしたい本

デザイン

ただ美しいものを作れるだけじゃなく、一歩上のデザイナーになりたいデザイナーが読むべき本

英語読書初心者向け

英語は簡単だけど面白い、そんな面白さと英語の易しさのバランスの良いものを厳選

英語でしか読めないおすすめ

英語で読む以上、英語でしか読めない本を読みたい。現在和訳版がない本のなかでぜひ読んでほしい本。

「凍りのくじら」辻村深月

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
高校生の理帆子(りほこ)は、失踪した父を持ち、病気で入院している母の見舞いに病院へ通い続ける。そしてある日、図書館で一人の青年と出会う。
幼い頃から読書が好きだった理帆子(りほこ)は、周囲と自分との温度差を感じながら生きている。そして、そう意識するからこそさらに周囲に溶け込めない自分を感じる。それでも周囲の雰囲気を乱すようなことはせずに、自分の求められる役割を演じることに努める。

自分が一人「違う」ことはこの場所では絶対に伏せる。彼らにわからない言葉や熟語は使わないし、必要以上に自分の意見も言わない。意見や感想っていうのは、それを受け止めることができる頭を持ってる人間相手じゃなければ、上滑りをして不快なだけだ。

そして、心の奥では場を楽しめない自分を感じながらも、自分なりの退屈しのぎに周囲の人間を観察してはSFの言葉を当てはめている。友人は「少し不安」「少し憤慨」、母親は「少し不幸」、そして理帆子(りほこ)自身は「少し不在」。
そうやって自分の居場所のないことを認識しながら、自分を含めて客観的に世の中を見つめるからこそ、その人間関係は次第に手遅れなほどいびつになっていく。そんんな、理帆子(りほこ)の招いた不幸によって、徐々に周囲にあるもの、あったものの大切さに気付いていく。

女のストーカーは相手に対する曲がった愛情によってそうなる。そして、男のストーカーというのは、自尊心の高さによってそうなる。

本作品で特徴的なのは、国民的なアニメであるドラえもんの道具やエピソードを物語に取り入れている点だろう。「先取り約束機」、「悪魔のパスポート」、「かわいそメダル」…、たびたび引用されるドラえもんの道具の数々、思わず「そんな道具もあったな」と懐かしさにまたドラえもんを読み直したくなってしまうだろう。

僕らはラブストーリーもSFも、一番最初は全部「ドラえもん」からなんだろう。大事なことは全部そこで教わった。

今まで読んだ二作品「冷たい校舎の時は止まる」「子どもたちは夜と遊ぶ」とはやや趣の違ったややゆっくりした展開。スリルやスピード感より、りほこのまわりを流れる「今」、今はいない父との思い出、という静かに存在する何かに重きを置いているように感じた。
主人公である理帆子(りほこ)から、視点を最後まで別の人間に移さない点も、他の辻村作品とは異なる点だろう。個人的には、この著者の、怖いほどにリアルに描き出してしまう心情描写が好きなだけに、もっと多くの登場人物へ目線を移して、各々にの気持ちやその結果として起こす行動までの過程を仔細に描いてほしかったと感じた。(本作品は設定上無理だったのかもしれないが)。
辻村作品らしく、終盤には心地の良い衝撃が待っていたが、それでも期待値が高いだけに、物足りなさを感じてしまった。
そういえば我が家のドラえもんのコミックはどこにいったのだろう。
【楽天ブックス】「凍りのくじら」

「ホームタウン」小路幸也

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
親が殺人者という過去を背負って生きている行島柾人(ゆきしままさと)は、札幌の百貨店の特別室に勤務していた。そこへ、結婚をひかえた妹の木実(きみ)が失踪したという知らせを受ける。
失踪した木実(きみ)を、その特異な人間関係を活かして探そうとする様子は多少の個性は感じられるとはいえ、辛い過去を背負って生きているがゆえの展開や心情描写などはほとんど見られず、謎解きの物語として終始してしまう。
本人ではなく、肉親に殺人者がいるがゆえに、本人ではどうしようもない理不尽な社会の目や罪悪感に悩まされるという本作品の状況は、殺人事件の被害者の娘と加害者の娘が知り合うという設定の野沢尚の「深紅」を思い出させてくれたが、本作品の物語展開からは、主人公たちが背負ったそのような不幸な過去など必要ないのではないかと思えるほど、物語展開と過去の関連の薄さを感じてしまった。
それでもそんな中印象に残った言葉もある。

子供の頃は、自分が知らない世界のドアばかりが目の前にあるんだ。開いても開いてもどんどんそのドアは現われる。開けば開くほど楽しくて・・・どんどん走って進んでいくんだ。でも、大人になるってことは、そのドアを閉めることを覚えるってことだ。あるいは開けるを知っているのに、目の前にあるのに開けないで引き返すことを覚えるということ

【楽天ブックス】「ホームタウン 」

「脳内出血」霧村悠康

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
東京近郊のホテルで女性の変死体が発見される。同じころ有名科学誌に掲載された若手の研究者の論文に捏造疑惑が持ち上がっていた。
物語の多くは、論文の捏造疑惑を巡って、医師や教授たちのやりとりを中心とした部分と、身元不明の変死体の謎を追う刑事達を中心とした部分で構成されている。
刑事達が真相に迫っていく展開は、よくある刑事物語と比較して特に新しいなにかがあるわけではないが、その一方で、論文をめぐる展開の部分では、このまま生きていれば決して知ることのないはずの、科学の矛盾や、研究者達の葛藤などが新鮮である。

上質の研究、発明や発見は、質に相応した科学誌に掲載されるべきであった。しかし、同質の論文であれば、そこに人間の感情が働くことも現実で、審査員の個人的感情から論文が却下されることも少なからず発生している。

しかし、物語の結論は満足のいくものだったかというと残念ながらそうでもない。むしろ、事件の解決は、研究室内部の様子のおまけのような印象を受けるぐらい安っぽさと物足りなさを感じてしまった。
【楽天ブックス】「脳内出血 」

「ファイナルシーカー レスキューウィングス」小川一水

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
レスキューの最高峰、航空自衛隊の救難飛行隊に所属する高巣英治(たかすえいじ)を描く。
本作品が一般的な人間物語と異なる点はやはり、英治(えいじ)の小学生時代に肩にとり憑いた少女の幽霊である。英治(えいじ)はその幽霊の力があるからこそ、救難飛行隊で遭難者の発見に誰よりも貢献できるが、それゆえに、他の隊員たちのように命を懸けていないという罪悪感や、自分の実力で今の地位を手にしたわけではないという満たされない達成感に悩むのである。
そんな英治(えいじ)と仲間達が悪戦苦闘する姿を描いた展開自体はもちろん魅力的だが、物語中で言及される自衛隊員としての自覚とその矛盾に対する葛藤が面白い。

自衛隊は救助システムとしか見なされない。システムだから壊れていれば咎められ、正常に作動すれば忘れられる。

また、遭難者と隊員を比較したときに明らかに隊員のほうが世の中のためになる存在だと誰もが認識しながも、自分勝手な行動から遭難した人々のために命をかけなければならないという葛藤も面白い。
いくらでも続編が作れそうだし、それを期待してしまうような作品であった。また、近いうちに「空へ 〜救いの翼」として映画化されるということだが、きっといい作品になるだろう。
【楽天ブックス】「レスキューウィングス ファイナルシーカー」

「魔王」伊坂幸太郎

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
安藤(あんどう)はあるとき、自分が念じれば他人を自分の思ったとおりの台詞を喋らせることができることに気付く。そして、同じころ一人の政治家が世の中を騒がしていた。
物語は二部で構成されている。前半は安藤(あんどう)目線に立った展開で、後半はその5年後、安藤(あんどう)の弟の恋人である詩織(しおり)目線で描かれている。
今まで、「重力ピエロ」「グラスホッパー」という2作品に触れて、正直、この著者、伊坂幸太郎の作品は自分とは合わないのだと思っていた。「良い」とか「悪い」ではなく、多くの鍵穴にしっかり合致するマスターキーが自分の心の鍵穴にだけは合わないような、そんな感覚であった。しかし、今回は届いてきた。なんかじわじわ伝わってきた。
他の作品同様、本作品も、物語の本筋と関係あるんだかないんだかいまいちはっきりしないエピソードや台詞で構成されいている。憲法第九条や自衛隊など、少しだけ現実の社会問題を含んでいるように感じられるそれらのエピソードを読みすすめるうちに、なんかいろいろ考えてしまうだろう。

馬鹿でかい規模の洪水が起きた時、俺はそれでも、水に流されないで、立ち尽くす一本の木になりたいんだよ。

だからつい僕もいろいろ考えてしまった。
人間が争うのはなんでだろう。
人間が物事を深く考えるからだろうか。
それとも、人間が物事を深く考えないからだろうか。
【楽天ブックス】「魔王 」

「ロンリー・ハート」久間十義

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
松島早紀(まつしまさき)巡査部長とその上司の永倉(ながくら)警部補の所属する所轄警察署は、拉致事件と中国人によるキャバクラ強盗事件を扱っていたる。その一方で、落ちこぼれの高校生3人組みは日々の鬱憤をナンパなどで晴らしていた。
高校生三人組の生活と、警察の捜査を交互に見せることで、いつかこの2つの物語が重なっていくのだろうという期待を持たせる。そして、高校生三人組の目線でも、他の二人の行き過ぎた悪さに戸惑う博史(ひろし)、自分を他の二人のおろかな行為の尻拭いをしなければならない被害者としか思わない、亮(あきら)など常に目線は移り変わり、一見自分勝手にしか見えない人間にもそれぞれポリシーがあり言い分があるのだということを認識させられる。
そして、捜査の忙しさによって家庭のケアに時間を割けない永倉(ながくら)とその高校生の娘、絢子(あやこ)のやりとりも重要な要素となっていく。そして、キャバクラ強盗事件から、中国人組織と、日本国内における、中国人、日本の暴力団、警察組織の駆け引きにも触れられている。
そんな捜査の過程で刑事達は嘆く…

オレたちが若いときは犯罪は貧困から始まると教えられた。貧乏と差別。それに当てはまらないものは、犯罪以前の”異常”の範疇だったんだ。それがどうだ。いまはぜんぶが”異常”だよ。

終盤の、目の前で起こる出来事に戸惑い暴走する少年と、恐怖によって判断力を失った少女の行動を共にするシーンは個人的にはもっとも印象に残っている部分である。前半の展開の遅さにはややストレスを感じたが、後半は十分によみごたえがあった。
ただ、個人的には、松島(まつしま)巡査部長の女性被害者を守る立場と、犯人を逮捕したいという気持ちや、女性蔑視がはびこる警察組織内ゆえの葛藤をもっと表現して欲しかったと感じる。


ユトリロ
近代のフランスの画家。(Wikipedia「ユトリロ」
ニール・セダカ
アメリカ合衆国のポピュラー音楽の シンガーソングライター。森口博子のデビュー曲でもある「機動戦士Ζガンダム」のテーマ曲「水の星へ愛をこめて」などを作曲。(Wikipedia「ニール・セダカ」
ポール・アンカ
カナダ出身のポピュラー・シンガーソングライター。(Wikipedia「ポール・アンカ」

【楽天ブックス】「ロンリー・ハート(上)」「ロンリー・ハート(下)」

「私という運命について」白石一文

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
以前から名作とは聞いていたが、そのタイトルから「人生を考えさせよう」という意図が見えるような説教臭い物語をイメージを抱いていたことも確かだ。しかし、実際読み始めてみると、描かれているのは、やや勝気ではありながらも一生懸命生きている自分と同年代の女性、亜紀(あき)の生活である。
亜紀(あき)は仕事や恋に悩み、理想と現実との間のギャップに違和感を覚えながら生きている。20代後半という年齢ゆえに、周囲は結婚という道を選び、そして自分の目の前にもそういう運命の選択が訪れるにもかかわらず、違う何かを求めて踏み出せない。女性だけでなく、将来を悩むすべての人に共感できるのではないだろうか。
そして人生には多くの喜びや悲しみがある。亜紀(あき)の人生も例外ではない。親しい友人の恋愛や、弟の結婚、そして身近な人の死、時に、空気の読み方すら知らない不条理な運命が襲いかかってくる。そしてあまりに不条理だからこそ、「運命」と思わずにはいられない。「何か意味があるのではないか」と願わずにはいられない。
そして亜紀(あき)の周囲で起こる小さな偶然。それは30年、40年と生きていれば誰でも数回は目にするような偶然ではあるが、運命を信じる者にはその偶然は運命として受け止められる。
死んだらどうなるんだろう?
運命って信じる?
誰でも一度は考えたことがある問いかけに対して、本作品もいくつか答えを提供している。

運命を信じるって、決して、あきらめたり我慢したりすることばかりじゃないでしょう?

恋人を失ったがゆえの答え。
死を常に意識して生きてきたがゆえの答え。
その考え方はみんな少しずつ異なるけれど、それでもみんな見えない何かの力を信じている。

運命というのは、たとえ瞬時に察知したとしても受け入れるだけでは足りず、めぐり合ったそれを我が手に掴み取り、必死の思いで守り通してこそ初めて自らのものとなるのだ。

一体、何度この作品の中に「運命」という言葉が出てきただろう。読む前に心配したような説教臭さは微塵もなく、読んでいるうちにいろんな考え方が僕の中に優しくしみこんでくる。読む人によっては人生のバイブルにさえなりかねない作品である。


ベルガモット
ミカン科の常緑低木樹の柑橘類。イタリア原産。(Wikipedia「ベルガモット」

【楽天ブックス】「私という運命について」

「サスツルギの亡霊」神山裕右

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
カメラマンの矢島拓海(やじまたくみ)は一枚の絵葉書を受け取った。その差出人は2年前南極で死亡したはずの義理の兄だった。期を同じくして拓海は南極越冬隊への仕事の依頼を受ける。
この作品の魅力は、その舞台を南極という地に設定している点だろう。その土地自体がすでに僕らにとっては未知の土地であるし、常に雪に覆われている点や、時に太陽さえも昇らないその場所はそれだけで十分に魅力的な素材となっている。しかし、本作品の仔細な描写と通じて、その生活の様子を知ることによって、南極という地に対して、僕ら一般の人間がどれほど偏見と幻想を抱いているか知るだろう。

昭和基地には郵便局、水道局、歯科を含めた病院施設など、人間が生活に必要なあらゆるものがあるのに、警察と刑務所だけがない。

物語は、南極へ向かう航路から不可解な事件が起こり始め、次第に2年前の義理の兄の死亡の裏に隠された真実に迫っていく、という流れであるが、個人的にはミステリーや謎解きの色合いよりも、南極という地特有の厳しさや不思議。そして、少人数社会ゆえに起こる諍いや各人が感じる存在意義などに焦点を当てているように感じた。
とはいえ、物語展開としての面白さが欠けているというわけでもなく、特に、鍵となる登場人物の背景がしっかり描かれていることに好感が持てる。そして、もちろん南極で過ごし、少しずつ義理の兄の生きてきた足跡に触れることによって変化する拓海(たくみ)の心情も描いている。

美しい景色をフィルムの中に閉じこめ、永遠に自分の物にしたいと思って、今までカメラを握ってきた。だが、誰かに何かを伝えたくて写真を撮りたいと思ったのは、初めてのことだった。

南極という地特有の出来事を要所要所に小道具として盛り込んでいるため、ややイメージしにくい部分もあるが、本作品を通じて得られる知識や、歓喜された好奇心という点では十分に満足のいく作品である。


ルッカリー
ペンギンやアザラシが、みんなで集まって子育てをする場所。(Weblio「ルッカリー」
アデリーペンギン
中型のペンギン。南極大陸で繁殖するペンギンはこの種とコウテイペンギンのみである。(Wikipedia「アデリーペンギン」
サスツルギ
風が作る雪の模様こと。
タイドクラック
潮の干満により海氷が動いてできる割れ目。
インマルサット
国際移動衛星機構(International Mobile Satellite Organization)という名称の組織で、 4つの静止衛星を運用して船舶や地上のインマルサット端末へさまざまな通信サービスを提供いる。(Wikipedia「インマルサット」
太陽フレア
太陽の大気中に発生する爆発現象。(Wikipedia「太陽フレア」
デリンジャー現象
電離層に何らかの理由で異常が発生する事により起こる通信障害の事。(Wikipedia「デリンジャー現象」
参考サイト
南極観測のホームページ
南極-ANTARCTICA

【楽天ブックス】「サスツルギの亡霊」

「千里眼 優しい悪魔」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
千里眼第2シリーズ第9作。スマトラ島自信で記憶を失った女性を治療するためにインドネシアに趣いた岬美由紀(みさきみゆき)はそこで、世界を操る闇の集団メフィスト・コンサルティング・グループのダビデと出会う。因縁の戦いが再び始まる。
例によって、時事ネタや、感心するような小話を随所に散りばめて展開しており、物語の面白さ以外にも楽しめる作品に仕上がっている。
本作品は、小学館の千里眼シリーズからたびたび登場するメフィスト・コンサルティング・グループのダビデと「千里眼 ファントム・クォーター」などで登場するジェニファーレイン、そして「千里眼 シンガポールフライヤー」で表に出てきた人の心を信じない集団、ノン=クオリアの間で繰り広げられる争いを描いており、角川文庫のシリーズの大きな区切りとなるような構成となっている。
中盤から利害が一致したことによってダビデと美由紀(みゆき)は行動を供にして、ジェニファーレインの悪事を阻もうと試みる。美由紀(みゆき)はいつのもとおりその正義感から、そして、ダビデは、かつての部下だったジェニファーレインを思ってか、仕事としてか…、今まで、そのおどけた表情の裏に隠されたダビデの本性だが、本作品ではダビデ目線で描かれるシーンもあり、過去のシリーズの流れとは少し違った空気を感じる取ることができるかもしれない。

きみが過食症の女性のカウンセリングをしているとき、地球の裏側では五人の子供が飢えによって死んでいる。

本作品では、登場人物だけでなく、過去の事件などが何度か引用される。僕自身この千里眼シリーズは小学館と角川文庫で10年近く、ほぼすべてを読んでいるが、それでもその引用される登場人物や事件の前後関係が思い出せない。このあたりに松岡圭祐のおごりを感じてしまう。
物語的にはやや物足りない印象も受けるが、今後の展開に対する期待を感じさせる作品である。

参考サイト
メフィストフェレス
ドイツにて民間に伝えられる悪魔。(Wikipedia「メフィストフェレス」
タリホー
アメリカ合衆国のメーカーであるU.Sプレイング・カード社によって製造されているトランプのひとつ。バイスクルと並ぶ同社の人気商品。(Wikipedia「タリホー」
マホガニー
センダン科の広葉樹で、古くから知られる世界的な銘木のひとつ。
参考サイト
エレベーターのキャンセル技

【楽天ブックス】「千里眼 優しい悪魔(上)」「千里眼 優しい悪魔(下)」

「ミッキーマウスの憂鬱」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
夢を支える仕事がしたいという思いから、ディズニーランドでの勤務が決まった青年、後藤大輔(ごとうだいすけ)の職場での姿を描いている。
松岡圭祐の初期の作品ということで、ずいぶん前からタイトルだけは耳にしていたが、なかなか触れる機会がなく、今回ようやく書店で目に止まり読むことができた。
本作品はもちろん、ディズニーランドを扱った作品である。物語中にはたくさんのアトラクション名が出てくるため、ディズニーランドに何度も足を運んだことのある人には非常に楽しめる作品かもしれない。残念ながら僕は2度しか行ったことがないので、そのイメージが湧いたのは、シンデレラ城、カリブの海賊、ビッグサンダーマウンテンなどわずか数点で、ディズニーシーに話が及ぶとまったくイメージできない、という具合であった。とはいえ物語はディズニーランドの舞台裏もかなり詳細に描いているので、夢は夢のままでとっておきたかった、と後悔する人もいるのかもいれない。
物語中でも、夢の世界の舞台裏に入ったことで、現実を突き付けられ、失望する後藤(ごとう)の姿が描かれる。

夢のディズニーキャラクターを演じる者たちの葛藤。そんなものが存在するなんて、できることなら知りたくなかった。夢は夢のまま、そのほうがどれだけよかったかわからない。

それでもやがて後藤(ごとう)は、周囲の人に支えられて、夢を支える仕事に自分の存在意義を見出していく。
物語の過程で描かれる、キャストたちの着付けの様子や、来場者の夢を壊さないためにキャストに強いられるさまざまなルールに、ディズニーランドの成功の秘訣を見ることができる。
また、物語の中で描かれる複雑な人間関係や、そこで発生する諸問題によって、東京ディズニーランドという、世界で唯一ディズニーカンパニーが経営権を持たないディズニーランドという企業としての利害関係についても理解を深めることができるだろう。
夢の舞台の裏側を描いたという展では本作品を読む意義はあっても、物語としてはややありきたりな印象を受けた。

【楽天ブックス】「ミッキーマウスの憂鬱」

「ストロベリーナイト」誉田哲也

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
溜池近くの植え込みから発見された惨殺死体から、捜査一課の警部補、姫川玲子(ひめかわれいこ)はその遺体損壊の必要性に気づく。類まれなる勘によって真実に近づいていく玲子の前に現れた謎の言葉は「ストロベリーナイト」。
最近では特に珍しくもなくなったが、本作品も、事件解決へ向かうとともん、警察組織内の縄張り争いや、刑事同士の足の引っ張り合いなどもしっかり描いている。
何か過去のトラウマを抱えていると思われる玲子(れいこ)の言動、そして、次第に浮かび上がる死体遺棄事件の関連性。それでいて読みにくさを感じさせないテンポや思わず笑ってしまう喜劇タッチも随所にちりばめられている面白さにも事欠かない。

…死後の損壊は、なんのため?主に、死体損壊は、なんのため?
「れれ、れ、玲子ちゃん」
…死体損壊は、死体損壊は……。
「玲子ちゃん、ワシの、この気持ち、受け止めて……」
…死体損壊は、死体損壊は……。
「玲子ちゃん、抱いてェーッ」
「やかましいッ」

前半部分で期待値は絶頂に達するが、残念ながら後半はあっけないほどあっさり事件が解決。やや拍子抜けである。
本作品では玲子(れいこ)の真実を見抜く力は、犯罪者に近い嗜好回路ゆえと結ばれている。しかし、それならば読者にも、犯罪者が犯罪者に走らざるを得なかったと納得させるような、苦悩や葛藤の描き方をして欲しかった、というのが個人的な感想である。
とはいえ総合的に評価すれば、今までにない刑事物語という印象を受けた。徐々に明らかになる玲子の過去と刑事になるまべのいきさつのくだりは、少々出来すぎな感もあるが、全体的には新しい警察物語で、読んでも損にはならないだろう。


ネグレリアフォーレリ
正式名はフォーラー・ネグレリア。温かい淡水中で増殖し、鼻の粘膜から脳に侵入する。その後1日‐2週間のうちに急激に悪化する。脳組織を破壊する。日本では1996年に鳥栖市で発生した。
二号警備
警備業務の種類。
一号警備
事務所、住宅、興行場、遊園地等における盗難等の事故の発生を警戒し、防止する業務
二号警備
人や車両の雑踏する場所またはこれらの通行に危険のある場所における負傷等の事故の発生を警戒し防止する業務
三号警備
運搬中の現金、貴金属、美術品等に係る盗難等の事故の発生を警戒し、防止する業務
四号警備
人の身体に対する危害の発生を、その身辺において警戒し、防止する業務
ロボトミー手術
前頭葉切断の手術。難治性の精神疾患患者に対して熱心に施術されたが、現在は精神疾患に対してロボトミーを行うことは禁止されている。

【楽天ブックス】「ストロベリーナイト」

「カディスの赤い星」逢坂剛

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第96回直木賞受賞作品。
1975年、楽器メーカーを得意先に持つPRマン漆田亮(うるしだりょう)はスペインから来日したギター製作家から、一人の男を捜すように依頼される。その調査はやがて独裁政権末期のスペインへと繋がっていく…。
以前より気になっていた逢坂剛(おうさかごう)という作家に触れるためとりあえず直木賞受賞作品から手に取った。
物語の舞台は日本とスペインに渡っているのだが、物語中では終始スペイン文化が溢れている。日本を舞台とした序盤では、メインとなる調査のほか、漆田の恋愛やPRマンという仕事の様子にも触れられていて、刑事物語と似た雰囲気を感じる。
一方舞台をスペインに移した後半では、独裁政権下のスペインの様子がよく描かれていて、冒険物のような絵がかれ方をしている。スペインというどちらかというとクールな印象を抱くヨーロッパの国が、実はわずか30数年前までヨーロッパ最後の独裁政権と呼ばれていたというのは新しい驚きであり、ヨーロッパ各国の時代背景をほとんど知らないことに気づかされる。
やや内容を詰めすぎた感は否めない。もう少しコンパクトにまとめられたのではないか、とも思うが、多くのスペインの都市の名前が挙がり、余裕があればGoogleストリートビューなどで町並を感じながら読むのもいいだろう。スペイン好きにはたまらない一冊かもしれない。


イサーク・アルベニス
スペインの作曲家・ピアニストであり、スペイン民族音楽の影響を受けたピアノ音楽の作曲で知られる。(Wikipedia「イサーク・アルベニス」
セヒージャ
カポタストのこと。
ソレア
苦悩や孤独を表現するフラメンコの代表的な歌のこと。(Wikipedia「フラメンコ」
種痘
天然痘の予防接種のこと。(Wikipedia「種痘」
ETA
バスク語で「バスク祖国と自由」を意味する言葉 Euskadi Ta Askatasuna を略したものであり、バスク地方の分離独立を目指す急進的な民族組織。(Wikipedia「ETA」
参考サイト
VentureView「「広報」と「広告」、その根本的な違いとは」

【楽天ブックス】「カディスの赤い星(上)」「カディスの赤い星(下)」

「首都直下地震<震度7>」柘植久慶

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
タイトルのとおり、東京を震度7の直下型地震が襲う。鉄道や電力などがマヒした中、、登場人物が未曾有の大惨事を生き延びようとする姿が描かれている。
午後6時という一日の中でもっとも慌しくなる時間に起きた大地震によって会社員はオフィスに閉じ込められ、帰宅ラッシュの電車や地下鉄はパニックを起こす人や浸水した水などで大惨事になる。
大地震によって起こりうる可能性をすべて描きたいためか、休暇でディズニーランドに行っている者、地下鉄に乗り合わせている者、高層階で食事を取っている者など、実に多様な人物が登場する。しかし残念ながら格人物の背景を描かずにひたすら人数ばかり増したため、読者は混乱するばかりだろう。
地盤のゆるい地域の大惨事が何度も描かれている。そして、多くの人は、何年かに一度起こるか起こらないかの大地震よりも毎日の通勤の便と価格を優先する。残念ながら物語としての完成度は低く、大地震への警鐘を鳴らす以外の意義は感じられない。こうこの手の本を軽んじてしまうこと自体が、災害に対する意識の低さを象徴しているのかもしれない。
【楽天ブックス】「首都直下地震〈震度7〉 」

「ハゲタカ」真山仁

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
ニューヨークの投資ファンドの鷲津政彦(わしずまさひこ)は日本の企業を買収し再生させ、そこから利益をあげるスペシャリストであり、その企業再生の様子を描く。
鷲津(わしず)率いるチームは、法律やマスコミを巧みに利用して、銀行から不良債権化した債権を安値で買い取り、それを基に、その企業を再生していく。「ハゲタカ」と呼ばれる彼らのそんなビジネスは一見血も涙もない利益だけを追求した行為にも思えるが、本物語の中で印象に残ったのが、結局、社員や経営者の反感を招いてはその企業を再生させるための大きな障害になるから敵対的買収はしない、というスタンスである。
むしろ本作品の中では、会社を利用して私腹を肥やし、身を粉にして働く社員達さえも大切にしようとしない経営者達の怠慢さが強調されている。かれらの多くは経営が立ち行かなくなった理由を、貸しはがしや貸し渋りをした銀行のせいにして、自分たちの経営の責任を最後まで認識しない。

今や”真の勇気”を持った経営者も官僚も、そして政治家も存在しなかった。

倒産間際の会社の経営者に名を連ねながら、信じられないほど豪勢な社宅に住んでいる経営者達に、最後通牒を突きつける鷲津(わしず)の戦略は時に爽快ですらあり、それが本作品の魅力なのだろう。
ただ、個人的にはリゾートホテル経営の家系に生まれ、立ち行かなくなったホテルの再建に悩む松平貴子(まつだいらたかこ)や、友人からスーパーチェーンの再建を任された芝野(しばの)の奮闘する様子をもう少し描いて欲しかったと感じた。
物語はもちろんフィクションであるが、現実に存在する名をもじったであろうと思われる企業名が多々登場し、過去の経済界の大事件にも再び興味をそそられる。例を挙げるなら丸紅、ローソン、山一証券、ナビスコ、など、時間があれば過去の買収劇の舞台裏を調べてみたいものだ。企業の買収劇に関して僕らは紙面で数行の文字としてみるだけだが、実際には多くの駆け引きや利害関係、人間物語が詰まっているものだと改めて感じた。
とはいえ、全体的には企業買収の駆け引きに終始し、鷲津という感情移入のしずらい人間を主人公格にすえているせいか、物語としての楽しみはあまり見出せなかった。僕の経済に関する知識の乏しさゆえなのかもしれないが。


ブラッド・メルドー
アメリカのジャズミュージシャンピアノ奏者、作曲家。(Wikipedia「ブラッド・メルドー」
総量規制
1990年3月に当時の大蔵省から金融機関に対して行われた行政指導。大蔵省銀行局長通達「土地関連融資の抑制について」のうちの不動産向け融資の伸び率を総貸出の伸び率以下に抑えることをいう。バブル崩壊の一つの要因となった。(Wikipedia「総量規制」
ビル・エバンス
ジャズのピアニスト。(Wikipedia「ビル・エヴァンス」
タルムード
ユダヤ教を教えを記した書物。聖書の解釈なども記してある。

【楽天ブックス】「ハゲタカ(上)」「ハゲタカ(下)」

「上海タイフーン」福田靖

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
美鈴は大手アパレルメーカーに勤める28歳。上海出張での苦い経験をきっかけとして会社を辞めて新たなキャリアをスタートさせようとするが、思うように進まない。やがて美鈴は因縁の地、上海での再出発を決断する。
自信過剰で自分は仕事が誰よりもできると疑わない美鈴が、厳しい現実に直面し、人との出会いによって少しずつ成長する様子が描かれている。最初は中国人や中国という国を見下したような態度を取りながらも徐々に変化していく。美鈴(みすず)の上海の生活の中に大きな影響を与える、花屋を営む香(かおる)や中国と日本のハーフである真里(まり)が物語に彩り(いろどり)を添えている。
ただ、残念ながら美鈴(みすず)の成長過程の心情描写が乏しく感情移入しずらいうえ、例えば中国人に対して心を開くシーンなど、心境の変化などに説得力が感じられない、福田靖という作家は本来脚本家ということだが、それゆえに生じる違和感なのかもしれない。とりあえず、現時点では、好きな女優の一人である木村多江が本作品のドラマ化にあたって主演するという点のみが楽しみである。
【楽天ブックス】「上海タイフーン」

「そして、警官は奔る」日明恩

オススメ度 ★★★★★ 5/5
武本(たけもと)は市民の通報により、男性の部屋に監禁されている幼い少女を救い出した。それをきっかけに武本(たけもと)は国籍を持たない子供たちの売買という現実と向き合うこととなる。
タイトルから想像できるように本作品は「それでも、警官は微笑う」の続編である。前作で魅力的なコンビを形成していた潮崎(しおざき)と武本(たけもと)は本作序盤で早くも再会を果たし、後の展開に大きく絡むこととなる。これは前作を読んだ多くの読者にとっても朗報であろう。
さて、武本(たけもと)と潮崎(しおざき)は事件の真相に迫る過程で、不法滞在をしている外国人女性達が産んだ国籍を持たない子供たちを取り巻く環境を知り、また、その子供の面倒を見る羽川のぞみ(はがわのぞみ)と辻岡(つじおか)という医者と出会う。明らかに違法な行為であるが、誰にも迷惑をかけていないどころか人の役にさえ立っている。そんな彼らを前に、警察に所属するものとして何をすべきか…、武本と潮崎は考え、悩む。

彼らのしていることで、誰か困るというのだろうか。弱い立場の女性や子供が救われる、それが罪になるのだろうか?法を基準とすれば、間違いなく罪を犯している。だが人として罪を犯しているのだろうか?

同時に事件に関連する警察関係者を通じて、警察内部の多様な考え方も描いている。温情こそが人を更正させる唯一の方法だという考えで犯罪者たちに接する小菅(こすげ)。一方で、情け容赦なく責め立てて、その家族も含めて一生後悔させることが再犯を防ぐ最善の方法と考える和田(わだ)。それぞれが、世の中に罪の意識の低さを憂い、警察の権力のなさを嘆くからこそ、警察本来の力を取り戻して平和な世の中にしたいと思うからこそ貫いている信念であるが、時にそれらは衝突し諍いの元になる。
そして、物語は後半へと進むに従い、それぞれの刑事達の持つ複雑な感情。人々が持つ多くの汚い部分を読者の目の前にさらけ出す。それぞれが持つ信念は、多くの人にとってそうであるように、親しい人の助言や悲しく辛い体験を基に形成されていく。本作品で描かれているように、きっと、過剰とも思えるような強固で信じ難い信念は、耳をふさぎたくなるような苦い経験によって形作られるのだろう。

名前すら判らないまま、亡骸になった子供を前に、ぜったいにこいつがやったと判っている犯人を前に、何もできないことがどれだけ悔しかったことか…

重いテーマを扱いながらも、潮崎(しおざき)の自由奔放な言動が本作品の空気を軽くしてくれている。特に、彼が物語中盤で発した言葉が個人的に印象に残っている。

経験は何にも勝る。僕もそう思っています。ですが、経験があるからこそ、先が見通せてしまって、やってみれば良いだけのことに二の足を踏んだり、もしかしたらやらずに終わってしまうことだってあるんじゃないでしょうか。

武本(たけもと)、潮崎(しおざき)はもちろん、武本とコンビを組む「冷血」と呼ばれる和田(わだ)、それと真逆な考えを持つ小菅(こすげ)など、すべての登場人物が分厚い。多くの経験を経て今の生き方があることが、強い説得力とともに描かれている。そして、傑作には欠かせない、読者をはっとさせるような表現もふんだんに盛り込まれている。

可哀想だから、困っているだろうから優しくしたい。気持ちは判るの。でも、だからって、ただで物を買い与えたりしないで。可哀想と思われることって、思われた側からすれば、最大の侮辱なのよ。

「鎮火報」「それでも、警官は微笑う」と質の高い作品を提供していたため、相応に高い期待値を持って本作品に触れたにも関わらず、それをさらにいい方向に裏切った。読みやすさ、テンポ、登場人物の個性と心情描写、物語が訴える社会問題。文句のつけようがない。
【楽天ブックス】「そして、警官は奔る 」

「闇の子供たち」梁石日

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
貧しい生活を送るタイの山岳地帯で、親たちはその子どもを売ることで生活費を稼ぐ。本作品は幼児売春や臓器売買など、売られた子どものその後を描くと共に、そんな悲惨な現状を変えるべく活動する社会福祉センターの人々の奮闘する姿を描く。
この物語が発展途上国と先進国の貧富の差をが生む悲惨な出来事をテーマにしていることはもちろん認識して(というよりも期待して)手に取った。しかし、序盤に描かれていたその悲惨な現実は僕の想像をあっさり裏切ってくれた。
そこには家族によって売られた8歳の女の子のその後が描かれている。言うことを聞かないと火のついたタバコを押し付けられ、先進国からやってくるペドファイルたちを満足させるためにあらゆる性行為の訓練する。そして運悪くエイズに感染すればゴミ捨て場に捨てられて一生を終える。野良犬のほうがはるかにまともな人生を送っているように感じられる。

人間にとって一番恐ろしいのは飢えでもなければ死でもないのです。一番恐ろしいのは絶望です。

そんな子どもたちの様子と平行してタイで活動する日本人の音羽恵子(おとわけいこ)を含む社会福祉センターの活動も描かれている。貧富の差ゆえに権力にすがりつく警察や政府関係者はもはや頼りにできる存在ではなく、子ども達を救おうとする行為はその利益を牛耳る人々の反感を招き、大きな権力と暴力の前に無力な正義が強烈に描かれている。
そして後半には、臓器提供を受けないと生きていけない日本人の子どもと、臓器移植にも焦点があてられる。貧しい国で起こる悲劇は、その国の不安定な政治だけが理由でないことを知るだろう。僕ら日本もまた当事者なのだと。
いつか僕に子どもができて、その子どもが違法な臓器移植なしでは助からないという状況になったとき、「自分の子どもを助けるために貧しい子どもの命を犠牲にするべきではない」と自分の子どもの命を諦められるだろうか。そんな問いかけを自らに投げかけることができれば上出来ではないだろうか。
そして物語は結末へ。その最後は、読者によって賛否両論あることだろうが、個人的には満足している。下手に理想を描かれるよりも、問題の根の深さが感じられる。

私が会った児童ポルノ愛好者によると、タイの山岳民族の子供が被写体として選ばれたのは、その土地の人々が特に貧しいからとか、親を納得させやすいからというよりも、容姿が日本人に似ているからなのだそうだ。日本の児童ポルノ愛好家たちは、日本人の幼女を好む。

さて、日本では、多くの人が「貧しい人が豊かになればいい」と言うだろう。それは決して偽善ではなく本当にそう思っているのだろうが、全財産を持ってアフリカなどの貧困地帯に渡るような日本人はいない。僕らが人助けをするのは、僕らの豊かな生活が壊れない範囲でしかないからだ。だから僕達は、ときどきユニセフに募金して、貧しさのかけらも伝わってこないような遠く離れた場所から、少し貧しい人々の生活を豊かにしたという満足感に浸るだけだ。それを批判するつもりもないしそれでいいと思っているし、僕もそんな中の一人である。
しかし、この物語ではこう言っているように感じる。僕らが豊かな生活を送れるということが、他のどこかで貧しい生活をしているということなのだ、と。つまり、この豊かさがあったうえでの人助けなどありえない…。


チャオプラヤー川
タイのバンコクなどを中心に流れる河川。(Wikipedia「チャオプラヤー川」

【楽天ブックス】「闇の子供たち」

「仇敵」池井戸潤

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
地方銀行である東都南銀行で庶務行員として働く恋窪商太郎(こいくぼしょうたろう)は基は都市銀行のエリート行員。商務行員としての優雅な日を満喫しながら、時々若い行員に助言を与えて日々を送る。そんな恋窪(こいくぼ)を中心とした銀行の出来事を描いている。
池井戸潤(いけいどじゅん)の経験からリアルに描かれた銀行を舞台とした物語。
序盤は地方銀行の一般的ともいえる業務の様子を通じて、地域に根ざした企業と銀行員の物語を描いている。大企業を相手にできない地方銀行は、行員たちが必死で歩き回って融資先を探すしかない。経営者と親しくなることによって、経営に関して的確な助言を与えられることもあれば、逆に融資先として適当かどうかを客観的に判断できなくなることもある。
そして一方では、かつては壮大な夢を語って自信に満ちていた経営者たちが資金繰りに苦しんで会社をたたんだり、時には親友さえも裏切って会社を守ろうとする。
恋窪(こいくぼ)の仕事を通して見えてくる、夢や希望や努力だけではどうしようもない人生の厳しさが感じられる。
そして後半は、都市銀行の幹部たちが絡む陰謀へと焦点が移っていく。人の弱みに付け込んだり、意図的に会社を倒産させて設けようとするその企みの、細かい部分まで理解しようとするのは、その専門性ゆえにやや難しい印象も受けたが、その雰囲気を理解していくだけでも楽しめることだろう。


ベンチャー・キャピタリスト
将来性のある企業を発掘し、株式投資することで成長する可能性のある企業に資金を提供し、さらに事業を伸ばすためにアドバイスを行なう。

【楽天ブックス】「仇敵」

「空の中」有川浩

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
地上20,000メートルで航空機と自衛隊機が何かにぶつかって爆発した。調査するためにその空域に向かった光稀(みき)と高巳(たかみ)はそこで人類が発生する以前より人知れず漂っていた知的生命体と出会う。
序盤は言葉も人類の文化も知らない知的生命体との出会いに終始する。光稀(みき)と高巳(たかみ)の掛け合いがいい味を出している。女性でありながら優れた動体視力を備えた航空自衛隊パイロットの光稀(みき)からは千里眼シリーズの岬美由紀(みさきみゆき)を連想せずにはいられない。
そんな地上2万メートルに現れた生命体との遭遇と平行して、小さな知的生命体と出会った四国に住む斉木瞬(さいきしゅん)とその友人の佳枝(かえ)のエピソードも進む。中学生という多感な時期の様子が描かれていて、周囲の大人たちが思っている以上に、人との間に複雑な駆け引きをしている思春期の様子が巧くが描かれている。
しかし、残念ながら本作品中もっとも多くのページを費やされている、「白鯨(はくげい)」と呼ばれたその知的生命体と人類の間に発生する誤解や共存のための話し合いなどは、個人的には面白くもなんともない。、現実に存在する生き物からヒントを得たわけでもなくほぼ100%著者の想像の生き物であるから、その言動には大して興味をかきたてる要素もなく、その間、何度本を閉じたくなったかわからない。
結局、本作品の中でもっとも印象的だったのは、瞬(しゅん)の近所にすむ宮じいのしごく当たり前ともいえる言葉。

間違うたことは間違ごうたと認めるしかないがよね。辛うても、ああ、自分は間違うたにゃあと思わんとしょうがないがよ。皆、そうして生きちょらぁね。

いろいろな要素が詰まっているといえば聞こえはいいが、僕にいわせれば作者の訴えたいことがひどくあいまいで、バランスさえも考慮せずに思いつくままに書いた作品といった印象を受けてしまった。


ハーマン・メルヴィル
アメリカの作家(Wikipedia「ハーマン・メルヴィル」
参考サイト
イオンクラフト(リフター)

【楽天ブックス】「空の中」

「ララピポ」奥田英郎

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
格差社会の底辺で生きる6人の男女を描いている。
人に頼まれたら断ることができないために徐々に泥沼にはまっていく男。作家という栄光にすがって生きていたらいつのまにか官能小説しか書いていない男。そのほかにも対人恐怖症のフリーライターや風俗専門のスカウトマンなど、僕にとってはあまり縁のない類のかなり刺激的な日常を描いている。
この物語の主人公はみんな自分の才能をみかぎってしまったひとばかり。そして、普通に会社で働いている人たちに気後れして生きていて、だからこそどんどん世間に認められる生き方からはずれていく。そして追い詰められた生活をしているからこそ人を思いやる余裕を持てない。それはもはや不幸のスパイラルである。

互いに尊敬できない人間関係は、なんて悲惨なのか。

そんな希薄な人間関係の中で生活するから、寂しく、風俗などのつかの間の人との触れ合いにわずかなお金と時間を費やして、更なるどの沼へと落ちていくのだろう。
それでもこの物語を読みながら感じたのはこんなこと。平和な日本では、プライドさえ捨てれば生きていくことはできる、ということだ。ホームレスとしてでも、体を売ってでも。
また、人間は意図するしないにかかわらず同じような境遇の人間と近付いていくのだとも改めて思った。お金のある人はお金のある人同士。そしてこの物語のようにお金も希望もない人たちは、お金も希望もない人となぜか近づいていく。だから、視野を広げるには無理をしてでもその人間関係の自然の法則に逆らうしかない。
最後に裏ビデオ女優がが嘆く言葉が心に響く。

世の中には成功体験のない人間がいる。何かを達成したこともなければ、人から羨まれたこともない。才能はなく、容姿には恵まれず、自慢できることは何もない。それでも、人生は続く。この不公平に、みんなはどうやって耐えているのだろう。

こういう人間が世の中に存在するということを僕たちはもっと意識しなければいけないのかもしれない。「一生懸命生きれば幸せになれる。」などという言葉は彼らにとっては幻想でしかないのだ。
ふと魔が差したことを発端として人生を転がり落ちるそのスピード感はもはや奥田英郎の最大の売りと言えるかもしれない。「最悪」「真夜中のマーチ」で存分に繰り広げられたその展開力は本作品でも健在である。
【楽天ブックス】「ララピポ」