ムードボードの力

デザイナーとしてもっと早く知っておきたかったことは何か?と聞かれたら、迷わずムードボードの使い方と答えるだろう。これを聞いて同意できない方はきっとムードボードを使い方やその秘めたる力を知らないのではないかとさえ思う。

Fiona Murrayによる写真: https://www.pexels.com/ja-jp/photo/17789974/

ムードボードとは何か。定義するなら、向かうデザインの方向に近いデザインを集めたものとなるだろう。

基本的に僕が勧めるムードボード作成は、依頼主と一緒に作るものであり、流れは次のようになる。

  • 1.デザインの言語化
  • 2.ムードボード作成
  • 3.デザインの再言語化
  • 4.ムードボード調整
    以降3, 4の繰り返し

最後の3.デザインの再言語化と4.ムードボード調整は、精度がこれ以上上がらないというところまで繰り返すといいだろう。長くても1時間程度で終わるはずである。場合によっては、通常の向かうべきデザインを集めたムードボードだけでなく、惜しいムードボードも作るといいだろう。自分がかなり高い形でこちらも用意する。

惜しいムードボードとは向かいたいデザインから際どく外れたデザインを集めたものである。ムードボード作成・調整のためにデザインを収集している際に、依頼主から「近いけどちょっと違うかな」みたいな言葉で却下されたデザインがここを集める。さらにその際、ストライクゾーンからどの方向になぜはずれているのかを確認するといいだろう。そうすると、ちょっと女の子っぽすぎる、とかちょっと色使いがおとなしすぎる、とか意見が出るだろう。

最終的にこのような流れを経て、ムードボードと場合によっては惜しいムードボード(実際にはGoodデザイン、Badデザインと名付けてしまうことが多い)が作成できればムードボード作りは完了である。

ちなみに僕自身はこの作業をPinterestを使用して行うことが多い。選択したデザインと近いデザインを表示してくれて、コメントもつけられるPinterestはムードボード作りに大変役立つツールである。

ムードボード作りのメリットは2つある。

  • 1.デザインを作らずにデザインの方向性を高い精度で確認できる
  • 2.依頼主の中のデザインを固める

1は言うまでもないだろう。言うまでもないことだが、ムードボードを作らないと無駄に却下される案作りに時間を費やすことになり、僕自身も昔はそんな無駄デザインをたくさんやっていたし、今でもやっているデザイナーは多いだろう。

ただし、むしろムードボードの効果として多くの人が見過ごしがちなのは2の依頼主の中のデザインを固めるの方である。そもそも依頼主は非デザイナーであることが多く、作りたいイメージがデザイナーが思っている以上にぼやっとしたまま依頼していることが多い。

ぼやっとしているからこそ、かっこいいデザインに出逢ったら「カッコイイデザインにしてほしい」と言いたくなるし、かわいいデザインに出逢ったら「かわいいデザインにしてほしい」と言いたくなるのである。

ムードボード作りは、そんな依頼主のぼやっとしたイメージを少しでも具体的な方向へ固めるためにこそ最高に力を発揮するツールなのだ。

クライアントの言うことがころころ変わる、というのはよくデザイナーが口にする不満だが、そんなときは依頼主が悪いから良いデザインができない。と嘆いて投げ出したり適当なデザインを出すべきではない。ムードボードを使ってデザイナーがうまく依頼主を導ければその問題は解決するのである。

「早めに取り組む」は不幸を招く

UIデザインはエンジニアとの共同作業であり、多くの場合デザイナーがデザインを作り、それをエンジニアが実装するという流れで進む。しかし、常にエンジニアとデザイナーの作業量のバランスが取れているわけではない。

悩ましいのはエンジニアが忙しいが、デザイナーの手が空いている時である。そんなときありがちなのが、

実装は先になってしまうが、先にデザインだけ作っておこう

という展開である。リソースを有効利用しているように聞こえるこの提案は、残念ながら多くの場合、不幸しか招かない

Andrea Piacquadioによる写真: https://www.pexels.com/ja-jp/photo/3807738/

問題は、そのデザインを作るデザイナーもそのほかの関係者も、このデザイン作業を急ぐ必要がないということをわかっているという点である。デザイン作業に限ったことではないが、効率よく作業を完遂するために適度な締め切り設定ほど重要なものはない。締め切りまでの時間が短が過ぎれば成果物の質を落とさざるを得ないのは明らかである。

しかし、逆に締め切りまでの時間が長ければ良いかというとそんなことはない。個人としても組織としても必要以上に修正や試行錯誤を繰り返すこととなるだけである。結果、リソースの無駄遣いだけでなく、デザイナー自身のモチベーション低下にも繋がることさえある。

最悪の場合、せっかく作成したデザインがお蔵入りすることもある。なぜなら実装の目処が経った頃には、デザインしたときとはビジネスやサービスの状況が変わっていて最初から考え直さなければならないこともあるからである。

デザイン作業とは発散と収束を経て完成になる。時間があればいくらでも発散することができるが、その一方で永遠に完璧には辿り着けないのもデザイン作業の特徴である。時間をかければ良いものができる、というのは間違ってはいないが、気をつけなければいけないのは、費やした時間に比例してデザインがよくなるわけではないということだ。

結局、作成したデザインが望んだ効果を生むかは、リリースするまで誰にもわからないのである。時間をかけ過ぎずに適度なタイミングでリリースするべきなのだ。

では、デザイナーの手が空いて、エンジニアが忙しい時、デザイナーは何をすべきか。そんなときこそ、デザインシステムなどのデザイン環境の整備や、社内へのデザイン文化の布教活動に時間を使うべきである。

デザイン本の使い方とデザイナーの語彙力

どこの書店にもデザイン関連の本を扱ったエリアがある。大部分が簡単に見た目を良くするための工夫だったりと、どちらかというとデザイン初心者向けの本で、ターゲットとなるのはせいぜい5年程度までのデザイン経験を持つデザイナーか、またはちょっとデザインをかじってみたい非デザイナーだろう。

どれも一冊1,500円から2,000円程度するので、デザイナーになりたての頃は頑張って買って読んだかもしれないが、デザイナーとして経験を重ねるに従って、内容も知っていることばかりになるので、次第に遠ざかっていくことだろう。

Büşra Karabulutによる写真: https://www.pexels.com/ja-jp/photo/30383406/

しかし、初心者を脱したかけたデザイナーにこそ、このようなデザイン本をこれまでとは異なる視点で読むことをお勧めする。なぜなら、デザイン書籍には、デザインを説明するための言葉が詰まっているから。

そもそもデザイナーの求められる能力とは何か。デザイナーとして最初に求められるのはもちろん一般的なデザイン作成能力、つまり見た目を良くする能力である。そして、その後、経験を積むに従って徐々にビジネス目標とデザインをより密接に関連づけるための橋渡しとしての役割も求められていく、つまりデザインを非デザイナーに説明するコミュニケーション能力である。

ここでデザインを説明する語彙が必要性が強くなってくる。デザインに限った話ではないが、「伝える」とは、自分の言葉で語ることではない。相手の理解しやすい言葉を選んで感覚的に理解させることである。そのためには自分の説明スタイルを一つ持っていて常にそのスタイルを貫いたところでまったく意味はない。言葉や表現を相手や状況に応じて使い分けなければならないのだ。

そんなデザインを表現するための語彙がデザイン本には詰まっているのである。デザイン本を見ながらデザインでなく言葉を覚える、という矛盾した行為だからこそ見過ごしがちであるが、ぜひデザインコミュニケーション能力向上の手段として選択肢に入れていただきたい。

テンションのあるデザイン

デザインを考えるときにデザイナーは常にバランスを考える。形のバランス、色のバランスなど、バランスはデザインを始めると最初に意識することと言ってもいいだろう。バランスをしっかり考えるからこそ綺麗なデザインが出来上がるのである。

しかし、残念ながら良いデザインとはバランスの良さだけで成り立つものではない。もちろん、それは何をどんな目的でデザインするかによって大きく変わる。例えば、毎日触れるようなアプリのUIであれば、綺麗でシンプルなデザインの方が飽きず長く使ってもらえるだろう。一方で、わずかな接点から行動を起こさせるバナー広告などは、綺麗でバランスが良いだけではなかなか記憶に残らない、もちろん結果にもつながらない。

そこで考えるべきがテンションである。バランスだけでなくテンションを使いこなしてこそ良いデザインを生まれるのだ。

テンションを一言で説明するのはなかなか難しいが、人間はどんなときに行動を起こす必要性を感じるか、つまりどんなときに焦るかを考えるとわかりやすいだろう。それは誰かが怒ったり泣いたりしているとき、何かが倒れたり崩れたりしようとしているときである。

自分が最もテンションの説明としてわかりやすかったのは次のようなものである。

バランスは良いがテンションがない
バランスは良くテンションもある
バランスは良いがテンションがない
バランスは良くテンションもある

テンションとバランスの違いが伝わっただろうか。

こちらの記事ではテンションという言葉を使ったが、動きのあるデザイン物語(ストーリー)のあるデザイン、などの言葉も同じようなことを指すと考えていいだろう。

デザインを作る際、今作っているデザインにテンションがあるべきかテンションが込められているか、を常に考える癖をつけるといいだろう。

デザインレビューのマインドセット

最近はデザインレビューという文化が浸透してきた。未だデザインレビューが浸透していない組織においても、上司や他のデザイナーから自分の作ったデザインのフィードバックの指摘を受ける機会はあるだろう。それはデザイナーとして生きている限り、デザイン力向上のためには避けて通れない時間である。

Christina Morilloによる写真: https://www.pexels.com/ja-jp/photo/1181346/

このフィードバックの時間が怖いデザイナーがいるようだ。自分の過去の同僚の中にもデザインの改善点や感想を述べただけであからさまに不機嫌になったデザイナーは何人か思い浮かぶ。限られた進歩の機会を自ら潰しているそんなふるまいはもったいないの一言に尽きる。そんなデザイナーへのアドバイスはこうである。

自分のデザインから自分という存在を切り離せ

デザイン力の自信のなさからくる部分ももちろんあるだろうが、自分とデザインを密接に関連させ過ぎているからこそ、デザインの改善点や懸念点の指摘を、自分自身の否定と受け取ってしまうのである。

デザインレビューの時間にやるべきは、他のメンバーと一緒に目の前のデザインがより良くなる道を模索することなのである。さらに付け加えるなら、改善点や懸念点は一つの意見であって絶対的なものではない。必ず従わなくてはならないものではないということ。つまり、それは

自分が手に入れた新たな選択肢

なのである。ということはどういうことかというと、その時間に得られる考えは自分がデザイナーとして成長する宝の山なのである。そう考えるとデザインレビューが恐怖の時間ではなく、楽しみな時間になるのではないだろうか。

年齢とともに組織内で少しずつ立場が上がってくると、周囲の人間も若かった頃よりもデザインのフィードバックを与えづらくなるもの。そうなると当然上達も頭打ちになる。どのように自分からフィードバックを取りに行くか、上達の手がかりを探しに行くかがデザイナーとして向上し続ける人と成長が止まる人を分ける鍵となる。ぜひ、貴重な機会をプラスに利用してほしい。