「ツイッターノミクス」タラ・ハント

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
本書で一貫して主張しているのは「ウッフィーを増やす」ということである。「ウッフィー」とは何か。明確に本書でそれが定義されているわけではないが、「信頼」とか「安心」とか「尊敬」といった言葉で置き換えられそうなもの。
著者が言うのは、現在ほど、SNSが浸透している今、利益をあげようとするなら、「ユーザー数を増やす」「利益をあげる」「価格をあげる」とか、過去の慣習に従うのではなく、ウッフィーを増やすことこそその近道だと説くのである。
この考え方には僕自身非常に納得できるものがある。例えば映画を例にとってみても、映画館に足を運ぶ人の多くはCMで観た映像だけを頼りに決断して、実際に面白かったかどうかを知る手段はほとんどなかったが、インターネットが浸透した今では、映画を観終わった人がすぐにその感想を情報を発信してしまうのである。「クチコミ」の広まるスピードがインターネット以前と以後では何倍にもあがってしまったのである。
つまりそれは、言い換えるならインターネット以前の時代では「印象」だけで顧客を得ることのできていたものが、今は「内容」を伴わなければ不可能になったおいうことなのだ。
著者の体験をもとに、あらゆるウッフィーの増やし方と、自らの成功例、そして、いくつかのアメリカの企業を例にとってウッフィーを増やすことに成功した例や失敗した例を挙げている。どの例もとても興味深い。

多くの企業がマーケティングで犯す過ちは、顧客獲得にエネルギーとリソースをすべて投じてしまうことだ。だがほんとうは、解約率の縮小に使うべきである。カスタマー・サービスの改善に努力すれば、満足した顧客はオンラインでクチコミを起こしてくれる。
大切なのは、「ターゲット顧客」を設定して売り込みの対象にするのではなく、本物の顧客とつながりを持つことだ。

またアメリカの企業のSNSに関する認知上は日本のそれよりはるかに進んでいることがわかる。日本にも速く追随して欲しいものだ。
さて、この「ウッフィーを増やす」という感覚。企業であれ個人であれ、その重要性を知っている人はすでにその何年も実践しているのだろう。そして、きっとその重要性を知らない人はいつまで経っても理解できないのだろう。結局それは人を信じるということに繋がってくるのだから。
なんにせよ、多くの企業がウッフィーの重要性を理解し、それを獲得することを第一に考え始めたら、すべてに人にとって過ごしやすい世界になるだろうと感じた。

クルートレイン宣言
米国のマーケティング・コンサルタントのクリストファー・ロックが新しい時代のマーケティングのための「95のテーゼ」を発表し、1999年に書籍として出版されたもの。インターネットによって組織と消費者の間に今までないレベルのコミュニケーションが生まれるようになり、組織は市場への反応して変化することが求められる。と言うもの。(Wikipedia「The Cluetrain Manifesto」
モレスキン
のモレスキン社(Moleskine, 旧社名:Modo & Modo)が販売する手帳のブランド。撥水加工の黒く硬い表紙と手帳を閉じるためのゴムバンドが特徴である。(Wikipedia「モレスキン」
TED(Technology Entertainment Design)
アメリカのカリフォルニア州モントレーで年一回、講演会を主催しているグループのこと。
TEDが主催している講演会の名称をTED Conference(テド・カンファレンス)と言い、学術・エンターテイメント・デザインなど様々な分野の人物が講演を行なう。講演会は1984年に極々身内のサロン的集まりとして始まったが、2006年から講演会の内容をインターネット上で無料で動画配信するようになり、それを契機にその名が広く知られるようになった。(Wikipedia「TED (カンファレンス)」

【楽天ブックス】「ツイッターノミクス」

「グーグル秘録 完全なる破壊」ケン・オーレッタ

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
ラリー・ペイジとサーゲイ・ブリン。スタンフォードの大学院で出会った2人がGoogleを起こしてから、これまでの進化の過程を描く。
アップルのスティーブ・ジョブスや、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグに比べるとはるかにメディアに顔を出すことの少ないGoogle創業者の2人。そんな2人の生い立ちや出会いなどから時系列に、Googleの成長の過程と、周囲の反応などを描いている。
僕の印象では、ラリー・ページもサーゲイ・ブリンも非常に知的でストイックなイメージだったのだが本書を読むと、実はずいぶんその印象と異なることがわかる。2人はむしろ何かに夢中になって周囲が眼に入らない少年のようである。2人が繰り返し口にしたというこんな言葉が印象的である。

「不可能という言葉に、健全な疑いを持とう」

さてそんな子供のような2人でも、そのアイデアとエンジニアとしての発想に未来を感じた人々が集まることによって、Googleという企業は大きくなっていくのだ。実際には僕らが思っているほど、世界を変えるのに必ずしもリーダーシップは必要ないし、幅広い知識も必要ないということなのだろうか。Googleの成長の過程では、知識や技術が必要であればそれを持った人が加わってくるように見える。
さて、面白いのはGoogleの成長だけでなく、Googleの成長とその無料でサービスを提供してしまう手法によって、慌てふためく既存メディアの対応である。訴訟を起こす企業、新しい波に乗ろうとする企業などさまざまであり、そこには今ある利益を守ろうとするためにイノベーションを起こせない大企業の弱点がはっきり浮かび上がる。
向かうところ敵なしに見えるGoogleだが、本書ではGoogleの弱点として、たびたび人々の感情に鈍感な点を挙げている。例えば大容量のGmailにはメールを永遠に蓄えられる余裕があるため、削除機能は必要ないと主張し、人には消したいメールがあるという感情に気づかないし、YouTubeの広告枠を売りながら、動画によっては広告主はそのこに広告を表示したくないという感情に気づかないのだ。
多くの企業がGoogleによって苦しめられるなか、一般ユーザーはその恩恵に享受している。しかし、僕らもその行く末を楽観視していいのだろうか。本書を読み進めるなかで僕はそんな著者からの問いかけを何度も感じた。

これから見極めるべきは、ネットという新たな流通システムが、コンテンツ・プロバイダーに十分な対価をもたらすほどの収入を生むかどうかだ。

流通が簡略化され仲介業者がいなくなればコストは抑えられる。しかしそれによって、そのコンテンツの製作者はそれに見合う利益を得られるだろうか。長期的に見れば、今の流れは将来的にコンテンツの品質の低下を招く恐れがあるのである。今からそんな事態を回避する動きをするべきなのかもしれない。
【楽天ブックス】「グーグル秘録 完全なる破壊」

「野村の「眼」」野村克也

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
弱小チームだったヤクルトスワローズにID野球を浸透させ、3度の日本一に導いた野村克也。その野球に対する考え方を語る。
「ID野球」「野村再生工場」。このような単語は野球に詳しくない人間でも何度か聞いたことがあるだろう。こういう言葉が浸透したのは、おそらく野村の監督としての振る舞いが、ほかの監督とは違っていたからだろう。
本書では、野村克也がプロになってレギュラーを掴むまでの過程。そして中盤以降は、ヤクルト、阪神、楽天での監督としての目線で、選手や試合、戦術について語っている。
残念ながらその内容は、野球以外のものに応用できるとは言いがたく、野球ファンのための内容と言える。すでに70歳を超えている著者に対して求めるのは酷なのかもしれないが、その語り口調からは謙虚さよりも傲慢さが感じられる点が残念である。
【楽天ブックス】「野村の「眼」」

「外科医 須磨久善」海堂尊

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
日本人でありながら世界からも注目を浴びる心臓外科医。日本初のバチスタ手術に挑んだ男でもある。その心臓外科医としての地位を固める過程が綴られる。
著者海堂尊はドラマや映画にもなった「チームバチスタの栄光」で一躍有名になり自信も医者であるという異例の経歴の持ち主である。そんな彼が出した実際の外科医についての本ということで興味を抱かずにはいられなかった。
本書では今までに須磨(すま)が越えてきたいくつかの壁について語っている。序盤に触れられているのは須磨(すま)が海外からのオファーによって経験することになった公開手術である。
似たような状況をドラマなどで見たことがあるからある程度は想像できるものの、実際にはそれは通常の手術とは比べ物にならないくらい多くのことを気にかけながら進めなければいけない手術で、緊張やプレッシャーも信じられないほどのものだということがわかるだろう。
それ以外のいくつもの困難とわずかなチャンスをものにしながらその地位を固めていく須磨(すま)。そこでは日本の医学会の保守的で異端児を嫌う風潮が何度となく触れられている。
そして後半はバチスタ手術について触れている。現在バチスタ手術の状況や、臓器移植が実質ほとんど行われていないという実情が、須磨にバチスタ手術の必要性を強く感じさせたこと。など、日本最初のバチスタ手術が本当に多くの人の助けを借り、また、費用いくつかの解決しなければいけない問題を越えてようやく実現されたものであることがわかる。

バチスタ手術を今、一番必要としているのは日本ではないのか。
当時の日本ではまだ脳死が認められておらず、心臓移植再開のメドも立っていなかった。なので、拡張型心筋症という難病に罹った日本人には希望がなかった。
現在、バチスタ手術が生き残っているのは世界中を見回しても日本だけだ。バチスタ手術は他国では全部死に絶えた、と言っていいだろう。なぜ須磨が有名なのかといえば、いまだにバチスタ手術をやっていて、しかも数多くの患者を助けているからだ。

医療現場の実情だけでなく、ぶれない須磨(すま)の生き方も本書を通じて見えてくる。自分を複雑化しないで単純に「外科医」という基本から逸脱しないで物事を考え決断するその姿勢には見習うべきものを感じた。
そのほかにも「本物」に対する須磨(すま)の考え方が印象的だった。

ニセモノは、できた直後にはきらびやかですが、その瞬間からすでに滅びに向かっている。本物は違う。年月とともにその威厳を増すものなんです。

人とは違う生き方をずっと続けていた人というのはやはりそれなりのものが身につくのだと、それが本書を読んでいて伝わってくる点に驚かされた。
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「本田にパスの36%を集中せよ ザックJAPANvs.岡田ジャパンのデ-タ解析」森本美行

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
ワールドカップやアジアカップなど、日本代表の主要な試合を詳細なデータで解説する。
つい先日「マネーボール」という本を読んだ。その本はメジャーリーグで選手への年俸総額は下から数えたほうが早いにもかかわらず毎年地区優勝を争うアスレチックスがどのようにデータを分析しどのような尺度で選手を評価しているかを興味深く解説したものである。それを読み終えたとき「同じことがサッカーでもできないものか?」という感想を抱いたのだが、その「マネーボール」のサッカー版がまさに本書であり、本書でも「マネーボール」について言及されておりそれなりに影響を受けたことが窺える。
サッカーは野球よりデータの取り方が複雑になるようだが、本書ではいくつかの尺度を用いて解説している。詳細なデータを見ると、僕らが試合を見た印象のいくつかはデータと矛盾していることがわかる。

スペイン代表はほぼ全ての試合をボールポゼッション率で圧倒してきた。当然スペインの攻撃はパスを華麗に繋いでシュートまでいくと思うだろう。データで言えば相手ボールを奪ってからシュートまでの時間は多くかかっていると思われるだろう。しかし、相手ボールを奪ってから16秒以内にシュートを打ったのが6番目に多いチームだった。
Jリーグ2010年のトラッキングデータで瞬間的に最も速く走った選手のランキング表を作ってみた。Jリーグの中で誰が最も早い選手なのだろうか?
答えはおそらくサッカーに詳しい人であれば名前を挙げる事が殆どないと思われる鹿島アントラーズの小笠原満男選手だ。

試合の中で試合をコントロールするゲームキャプテンも、ピッチの外から冷静に分析して指示を出す監督もこの印象に左右される。だからこそ客観的なデータが重要になってくるのだろう。
日本代表の主要な試合のデータをいろんな角度で見ることで、たとえば岡田ジャパンとザックジャパンの考え方の違いなど、またひとつサッカーを楽しむ視点が増えた気がする。ただ、どうしても上でも述べた「マネー・ボール」と比較してしまうのだが、そのデータ解析を面白くわかりやすく説明しているとはいい難く、データ、解説、データ、解説という単調な繰り返しで終わってしまっている点が残念である。サッカーを知っていて、日本代表の試合をある程度見ている人にしか楽しめない内容になっているような印象を受けた。
【楽天ブックス】「本田にパスの36%を集中せよ ザックJAPAN vs.岡田ジャパンのデ-タ解析」

「オバマも救えないアメリカ」林壮一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2008年、そのスピーチに未来の希望を感じ、オバマ大統領は選ばれた。その後アメリカの貧困層にはどんな変化があったのか。著者が実際にアメリカの貧困層の人々たちに接してその声を届ける。
「すべてのアメリカンに大学教育を受けさせる」「国民全員に医療保険を与える」。弱者を思いやる発言に胸を打たれ、多くの人が、彼なら本当に世の中を変えるかもしれない、と将来への希望を見たのだろう。期待が大きかっただけにその失望も大きいのだ。本書のなかに描かれる人々の声は、失望と、期待しすぎた自分への憤りが見える。

私はあなたに投票した。でも、もう本当に疲れきっているの。一体、何がCHANGEしたのかしら?あなたには本当に失望しています

本書のなかで貧困層の現状を訴える過程で、いくつか議論を巻き起こした事件が取り上げられる。()いまだ根強く残る人種差別と貧困ゆえに高まる犯罪率。日本と同じ先進国でありながら、最下層にここまで差があること、生まれてから努力しても変えようのない状況に人生の不公平を感じてしまう。
大統領が変わることに将来の希望を見た彼らの声を聞くと、アメリカという国で、大統領選挙があれほど国民の関心を引く理由がよくわかる。僕ら日本人がアメリカ人と比べて政治に関心がないのは、ある意味、それが僕らの人生を左右するほどの影響をもたらさないためだろう。それは幸せなことだとも言えるかもしれない。どんな無能な人間が総理大臣になろうと政治によって命の危機を感じることはないだろう。
多くの声をまとめているだけで、著者の考えがあまり介入していない点に好感が持てる。おそらく、本書を読んで、いくつかの貧困にあえぐアメリカ人が口にしているように「オバマは口だけだ」と思う読者もいれば、「そう簡単に改善できないぐらいひどい国にブッシュはしてしまったのだ」とオバマ大統領への期待の目で見続ける読者もいるだろう。貧困層の現状を伝えるだけでそれによる判断は読者に委ねているのである。

オスカー・グラント
サンフランシスコとベイエリアの各地をつなぐ公営高速鉄道システム「BART(Bay Area Rapid Transit)」の駅で、内でけんかをしているとの通報に応じて駆けつけた鉄道警察官らに電車から降ろされ、地面に押さえつけられた状態で撃たれ、死亡した。事件の様子は、通行人が携帯電話で撮影しており、動画がインターネットやテレビで広く放映された。(AFPBB News
アマドゥ・ディアロ
ニューヨーク市に住んでいた23歳のギニア人の移民。1999年2月4日に、ニューヨーク市警察に勤める4人の白人警官から、合計で41発の銃弾を受けて射殺された。 4人の警官は解雇され起訴されたが、その全員が裁判で無罪となった。(Wikipedia「アマドゥ・ディアロ」
ジェニファー・ハドソン
アメリカ合衆国の歌手、女優。(Wikipedia「ジェニファー・ハドソン」

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「心を整える 。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣」長谷部誠

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
日本代表長谷部誠(はせべまこと)。華麗なパスを送るわけでも強烈なシュートを放つわけでもないのに日本代表の主将まで登りつめた男。その視点からサッカーに対する考え方や日々の生活を語る。
なんとも 日本人らしいサッカー選手。読み始めて、いやむしろ読み始める前から長谷部に対して僕の持っている印象はそんなだった。そもそも「日本人らしい選手」とはどんな選手だろう。たとえばマラドーナのように海外ではサッカーさえうまければ認めてもらえる国もあるが、日本はそうではない。中田英寿、宮本恒靖などがいい例だろう。
サッカーだけが上手くても決して驕り高ぶることなく、サッカーどころかスポーツに限らずすべてに目を向けて、勤勉すぎるまでに向上させる。僕の思う「日本人らしいサッカー選手」とはまさにそんなイメージである。そして多くの「日本人らしいサッカー選手」のなかでも、長谷部に対しては、テレビ出演のときの応対やその風貌からか、特に謙虚なイメージを持っていた。
本書を読み始めてもそんな彼に対するイメージは崩れることなく、むしろより強固に固まっていった。本書のなかで彼がなんども強調しているのは、一人の時間の大切さ、読書の大切さ、常にフラットでいることの大切さである。半分も読まないうちに、ものすごく僕自身の考え方をと共通する部分があると感じた。遅刻に対する考え方などまさに寸分たがわず同じ。

遅刻というのは、まわりにとっても、自分にとっても何もプラスを生み出さない。まず、遅刻というのは相手の時間を奪うことにつながる。

僕より7歳も年下の人間と考えが共通することを喜んでいいのかよくわからないが、日本代表にまでなるほどの男と共通する部分が多い、と前向きに受け取ろうと思う。全体的に特に新しい考え方はほとんどなかったが、多くのことを再確認させてもらった気がする。ちなみに「これも自分と同じだ」と思った考え方のなかで特に驚いたのがこんな考え方である。実は本書を読むまで自分でも意識してなかったのだが。

僕は何が起こっても心が乱れないように、普段から常に「最悪の状況」を想定しておく習慣があるということだ。

長谷部の言葉を僕自身の感覚で補足すると、常に「最悪の状況」と「最高の状況」を想像しておく、ということになるだろう。そうすることによってすべてが予想の範囲におさまり、決して動じることなく常に冷静に最高の決断ができる。実は結構なこれによって、リアクションが薄かったり冷淡に見られたりすることもあるのだが、とにかく僕にとっては非常に理解できる感覚である。
終盤ではワールドカップや、優勝したアジアカップについても語っている。

一度は心が折れそうになった。けれど、まわりのチームメイトを見て、そしてベンチで手を叩いて励まそうとしてくれている仲間を見たら、こいつらとだったら試合をひっくり返せるんじゃないかと思った。

若干サッカーや試合に関するエピソードが少なく、普段の生活や日々の心がけ、といった内容に重点が置かれているため、多くの人が楽しめるだろう。全体を通して、僕にとっては共感できることばかりで、一つ一つの言葉がやけにしっくりくる。しかし、逆に、女性や無秩序に生きることに重みをおく人間が読んだらどんな感想を抱くのだろう。
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「マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男」マイケル・ルイス

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
オークランド・アスレチックスの総年俸は全チームのなかで下から数えたほうが早い。にもかかわらずレギュラーシーズンの勝利数はトップレベルである。そんなメジャーリーグのなかで「異質な例外」であるアスレチックスの成功を描く。
正直、冒頭から一気に本書に惹き込まれてしまった。打率、勝利数、被安打率、超打率、防御率、出塁率、決定率、打点、得点、セーブ…。数あるスポーツのなかでも圧倒的に数字の評価が多い野球。しかし、本当にそれぞれの数字は、僕らが語るほどに意味のあるものなのか。
きっと誰もがそれに似たような疑問を一度ならずと考えたことがあるに違いない。たとえば僕が昔思ったことがあるのが、「本当にチャンスに強い人を4番打者にすることがもっとも効率がいいのか?」という疑問である。1番から3番までがしっかり出塁すれば確かに塁がもっとも埋まった状態で打席にまわるがそんなことは早々起きるものではない…。などである。本書にその答えは残念ながらないが、世間を惑わしている数字のマジックにしっかりと切り込んでくれる。

足の速さ、守備のうまさ、身体能力の高さは、とかく過大評価されがちだ。しかし、だいじな要素のなかには、注目すべきものとそうでないものがある。ストライクゾーンをコントロールできる能力こそが、じつは、将来成功する可能性ともっともつながりが深い。そして、一番わかりやすい指標が四球の数なのだ。
スリーアウトになるまでは何が起こるかわからない。したがって、アウト数を増やす可能性が高い攻撃はどれも、賢明ではない。逆にその可能性が低い攻撃ほど良い。出塁率とは、簡単にいえば、打者がアウトにならない確率である。出塁率とは、その打者がイニング終了を引き寄せない可能性を表している。

特に気に入ったのは、得点期待値によって、個人の試合への貢献度を数値化する部分だろう。それは、たとえばタイムリーエラーをして敵に点を献上した選手は、ヒットを何本打てばその失敗を取り返せるのか、という問題を数値的に表すのである。
さて、本書はそんなアスレチックスのとっている数値的な解析をベースにした選手選びや戦術などのほか、そんな特異なアスレチックスの選手選別によって発掘された選手たちの生き方にも触れている。
スポーツ好きまたは理系人間には間違いなく楽しめる一冊である。サッカーでも近いことができないものだろうか。ついついそう考えてしまう。

最高の野手と最低の野手の差は、最高の打者と最低の打者の差にくらべ試合結果におよぼす影響がずっと小さいんです。

【楽天ブックス】「マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男」

「世界一周!大陸横断鉄道の旅」桜井寛

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
中国、オーストラリア、ロシア、カナダ、アメリカの大陸横断鉄道での旅の記録である。それぞれの鉄道で起こった出来事、知り合った人々、驚きなどを描いている。
中国の長江横断、オーストラリアのナラーバー平原、ロシアのバイカル湖など、間違いなく日本の鉄道旅行とはスケールが違うであろうその景色をもちろん文字でしか感じることはできないが、それでもわくわくしてきてしまう。
鉄道好きな人には間違いなくお勧めの一冊。本書を読めば、きっと誰もが大陸横断鉄道の旅にでかけたくなるだろう。
【楽天ブックス】「界一周!大陸横断鉄道の旅」

「「天才」の育て方」五嶋節

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
五嶋みどり、五嶋龍と2人のヴァイオリニストを育てた五嶋節が、その子育ての考え方を語る。
タイトルを見て、どんな英才教育が語られるのだろう、などと少し身構えてしまったが、実際ここで語られているのは僕らが一般的に思っている子育ての考え方とそんなに大きく変わらない。親はこどもがいろんなものを見聞きする環境を作ってやることが大事なのと、子供に対しても敬意をもって接すること。そもそも、著者本人は2人のヴァイオリニストを「天才」とは思っていない。ただ2人がヴァイオリンに興味を持ったから与えて、教えただけなのだそうだ。
そんな母親の目線で語られる内容、その経験談に触れることで、なにか感じとることができるのではないだろうか。

【楽天ブックス】「「天才」の育て方)」

「船に乗れ」藤谷治

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
学生時代チェロに打ち込んだ津島サトルが大人になってから、その音楽漬けだった過去を振り返って語る。
チェロを始めたきっかけや受験の失敗から入り、物語は高校時代の3年間が中心となる。音楽を中心に生きているひとの生き方は日々の生活から、学校の授業、友人との会話まで僕にとってはどれも非常に新鮮である。
序盤では高校1年のときに出会ったバイオリンを学ぶ生徒南(みなみ)との恋愛物語が中心となっている。初々しい2人のやりとりは、なんか高校時代の甘い記憶を思い起こさせてくれるようだ。アンサンブルのためにひたすら一緒に練習する中で、音楽に対して真剣に取り組んできたからこそ通じる言葉や音楽に対する共感によって次第に深まっていく二人の仲は、なんともうらやましい。
物語の進む中で多くの曲名や作曲家名また音楽独自の表現が登場する。そういうとなんか難しく身構えてしまう人もいるのかもしれないが、本作品はそんな、僕らが理解できない音楽の感覚を、理解できる形にして見せてくれる点がありがたい。非常に読みやすく、数年前にはやったドラマ「のだめカンタービレ」的な感覚で楽しめるのではないだろうか。
そして、サトルを含む学生たちは、文化祭など年に何回かの発表を行うために練習を繰り返す様子のなかから、本書を読むまでわからなかった音楽に打ち込む人々の苦労が見えてくる。
たとえば僕らが「オーケストラ」と聞いて思い浮かぶこと。多くの楽器の音を合わせて作り出す音楽。それを作り出すためにどれほど楽器奏者たちが苦労しているか、そこにたどり着くためにどれほど練習を重ねているか、というのも本作品を読むまで想像すらしてこなかったことである。

音楽を個性的に弾くのは簡単だ。どんなこともごまかせる。一番難しいのはね、楽譜どおりに弾くことだよ。

そしてまた、そのオーケストラを通じてひとつの曲の完成度をあげていくなかで彼らが味わう喜びや悔しさ、そしてそれによって作られていく仲間意識、それは、僕が触れてきたサッカーや野球などの部活動で作られるものとは少し異なるもののように見える。音楽に対する理解度がある程度のレベルに達しているからこそ伝わる言葉や感覚。そういうものによって作られる絆のようなものになんだか魅了されてしまうのだ。
そんな音楽関連の内容とはべつに、サトルのお気に入りの先生である金窪(かねくぼ)先生の授業も印象的である。ソクラテスやニーチェ。僕自身が、何で有名なのか知らないことに気づかされてしまったが、本書で触れられているその内容は好奇心をかきたてるには十分すぎるものだった。
ひとつのことにひたすら真剣に取り組むこと。それは人生においては逃げ道のない非常にリスキーな生き方ではあるが、本書を読むと、「こんな生き方もしてみたかった」と思ってしまう。
こうやって書いてみるとなんだか音楽の話ばかりのように聞こえてしまうかもしれないが、全体としては音楽に情熱を注いだ十代の生徒たちの青春物語である。南との恋愛だけでなく、天才不ルーティストの伊藤慧(いとうけい)との友情もまた印象的である。この甘い空気をぜひほかの人にも味わってほしい。
文字量は決して少なくないが、難しい単語や余計な表現が少なく、非常に読みやすい。特に最終巻は3時間の一気読みだった。

誰もいないところで弾く独奏にも、聴衆はいる。なぜなら、君をみているもう一人の君が、かならずいるからだ。
サモトラケのニケ
ギリシャ共和国のサモトラケ島(現在のサモトラキ島)で発掘され、現在はルーヴル美術館に所蔵されている勝利の女神ニケの彫像である。(Wikipedia「サモトラケのニケ」
トマス・ホッブス
イングランドの哲学者であり、近代政治思想を基礎づけた思想家。(Wikipedia「トマス・ホッブズ」
ハンナ・アーレント
ドイツ出身のアメリカ合衆国の政治哲学者、政治思想家。(Wikipedia「ハンナ・アーレント」

【楽天ブックス】「船に乗れ(I)」「船に乗れ(II)」「船に乗れ(III)」

「日本語の謎を探る―外国人教育の視点から」森本順子

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
外国人の日本語教師である著者がその経験から日本語を語る。
日本語教育の現場では、僕らが知らないたくさんの困難があることがわかる。たとえば文法をわかりやすく理解するために、日常会話で使うはずのないフレーズを学ばなければならなかったり、テキストは標準語をベースに作られているのに、関西と関東で一般的な表現方法がしばしば異なっていたりとる。
日本語の表現の難しさとしてよく語られる「は」と「が」の違いについて本作品でも触れている。本書では「は」=既知、「が」=未知と説明している点が非常にわかりやすく新しい。
説明のいくつかは少々専門的になりすぎて僕自身正直正確に理解できたのかは非常にあやしいが、それでも興味をもって読み進めることができた。
言語学習者はその過程で自身の母国語を客観的に見つめることがある。母国語である僕らにとってはまったく普通に受け入れてしまっているが、実は外国人にとっては不可解極まりない法則。その一部分に触れることができる。何かきっと新しい発見があることだろう。

「フェイスブック 若き天才の野望 5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた」デビッド・カークパトリック

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
Facebookの始まりから現在に至るまで(といっても2009年まで)を時系列に、マークザッカーバーグやその他買収に名乗りを上げた企業たち、よきアドバイザーたちとのエピソードを交えながら描く。
多くの人名や、資金調達のためのベンチャーキャピタルやGooggleやMicrosoftとの駆け引きなど、経済面に関する知識がお世辞にも豊富ではない僕にとっては、なかなかすべてを理解するのは難しく、多くの人にとっても、きっと読みやすいとはいえないだろう。しかし、それでも今までフェイスブックが辿ってきた成長の経緯と、フェイスブックのCEOであるマークザッカーバーグのフェイスブックに対する姿勢、そして、そのフェイスブックという巨大なSNSが持つ可能性はしっかり伝わってくる。
その進化の過程は必ずしも順風満帆なものではなく、フェイスブックが人とのつながりをより容易にしたがゆえに、自ら作った機能によって結束したユーザーたちが、フェイスブックの機能変更やポリシーに対して反対運動を始めるということもあったし、多くの企業が買収に乗り出したりもした。そして、もちろん問題は外部からだけでなく内部からも生じたりもした。莫大な人口に影響を与える会社を運営していくことに伴う障害やその困難、圧力を多少なりとも感じることができるだろう。
そして、本書中盤で触れている、フェイスブックの基本となる考え方が特に印象的である。

2種類のアイデンティティーを持つことは、不誠実さの見本だ。現代社会の透明性は、ひとりがふたつのアイデンティティーを持つことを許さない。

たとえばmixiを例にあげるなら、mixiで会社の人間はマイミクにしたくない、と思っている人は多いだろう。これはつまり、その人がプライベートと会社で2つのアイデンティティーを使い分けているためなのだ。
しかしフェイスブックはそれを許さない。それはつまり何かどこかで悪い行動をすれば、それが最初は一人の友達が知ることだとしても、たちどころに会社の同僚や恋人に知れてしまう可能性があることを意味する。
僕らがSNSに対して持っている恐怖の根源はこういう可能性にあると思う。しかし、本書が説明するフェイスブックのこの哲学の根源にある考えは、人々の透明性がSNSを通して増すことによって、人々はどんな場所でもどんなときでも自分の行動に責任を持たなければならなくなる。つまり人々の誠実さが増す、というのである。
話が大きくなりすぎて実感がわかないし、ただの理想論のように聞こえなくもないが、SNSというもののなかにこのような可能性を見出しているということ感心してしまった。
間違えなく本書は、読む前と読んだあとで読者のフェイスブックに対する姿勢を大きく変えてくれることだろう。そして今後のフェイスブックの動向を楽しみにさせてくれるに違いない。
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「スティーブ・ジョブズ驚異のプレゼン 人々を惹きつける18の法則」カーマイン・ガロ

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
アップル製品に興味のある人や、IT業界の動向に関心のある人は誰でも一度は彼のプレゼンを見たことがあるのではないだろうか。本書は、スティーブ・ジョブズのその魅力的なプレゼンテーションを分析し、聴衆を魅了するテクニックの数々を明らかにしていく。
僕自身はプレゼンなどほとんど縁のない仕事をしているが、それでも興味を持って読むことができた。魅力的なプレゼンをするための手法として印象的で僕らが陥りがちな手法は本書でたくさん触れられているが、パワーポイントの箇条書きの部分が一番耳が痛い。同じように感じる人は多いはずだ。

パワーポイントも上手に使えばプレゼンテーションをひきたてることができる。パワーポイントを捨てろというわけではない。用意されている箇条書き「だらけ」のテンプレートを捨てろと言うのだ。

そのほかにも「3点ルール」や「敵役の導入」「数字のドレスアップ」などは面白く読ませてもらった。

普通なら市場シェア5%は少ないと思うだろうが、ジョブズは別の見方を提示した。
「アップルの市場シェアは自動車業界におけるBMWやメルセデスよりも大きい。だからといって、BMWやメルセデスが消える運命にあると思う人はいないし、シェアが小さくて不利だと思う人もいない。

読めば誰もがプレゼンをしたくなるだろう。必ずしも大勢の人の前でのプレゼンだけでなく、コミュニケーションの根本にあるあり方について考えさせられる内容である。

スティーブ・バルマー
アメリカ合衆国の実業家、マイクロソフト社最高経営責任者(2000年1月 – )。(Wikipedia「スティーブ・バルマー」)
ジャック・ウェルチ
アメリカ合衆国の実業家。1981年から2001年にかけて、ゼネラル・エレクトリック社の最高経営責任者を務め、そこでの経営手腕から「伝説の経営者」と呼ばれた。(Wikipedia「ジャック・ウェルチ」)
YouTube「Steve Jobs’ 2005 Stanford Commencement Address」
YouTube「iPhone を発表するスティーブ・ジョブス(日本語字幕)」
YouTube「スティーブジョブズによるiPodプレゼン(2001)」
YouTube「MacBook Air 」
YouTube「The Lost 1984 Video: young Steve Jobs introduces the Macintosh」
YouTube「The First iMac Introduction」

【楽天ブックス】「スティーブ・ジョブズ驚異のプレゼン 人々を惹きつける18の法則」

「弧宿の人」宮部みゆき

オススメ度 ★★★★★ 5/5
瀬戸内海に面した讃岐国・丸海藩。そこへ元勘定奉行・加賀殿が流罪となって送られてくる。やがて領内は不審な毒死が相次ぐようになる。

時代は徳川十一代将軍家斉の。藩内で起きる事件を、そこで生きるさまざまな人の視点から描く。その中心にいるのが捨て子同然に置き去りにされたほうと、引手見習いの宇佐(うさ)である。自分が阿呆だと思い込んで生きているほうは、親切な人に出会うことで、少しずつ成長していき、また、偶然のからほうとであった宇佐(うさ)も、その強い信念と行動力で物事の裏に潜むものに目を向ける力を育んでいく。

宇佐やほうが出会う人々が、物事を説くその内容には、どんな世界にも通じるような説得力がある。

半端な賢さは、愚よりも不幸じゃ。それを承知の上で賢さを選ぶ覚悟がなければ、知恵からは遠ざかっていた方が身のためなのじゃ。
嘘が要るときは嘘をつこう。隠せることは隠そう。正すより、受けて、受け止めて、やり過ごせるよう、わしらは知恵を働かせるしか道はないのだよ

物語は、そんな2人だけでなく、宇佐(うさ)が思いを寄せる藩医の後次ぎの啓一郎(けいいちろう)や、その父、舷州(げんしゅう)。同じく宇佐(うさ)が仕えるお寺の英心(えいしん)和尚など、世の中の裏も表も知りながら、どうやって人々の不安を抑え藩の平穏を保とうかと考える彼らの行動や考えもしっかりと描いている。
そして物語は、終盤に進むつれて、人々の心の中に潜んでいた不安が表に出てきて多きな災いへと発展する。

温和で優しく、つつましい働き者のこの民が、これほど度を失い乱れ狂ってしまうまで、いったい誰が追い詰めたのか。

誰かが原因なわけではなく、誰かが悪いわけでもなく、しかし、人々の心のすれ違いから誤解は生じ、やがてそれは大きな災いとなる。宮部みゆき作品はどれをとっても、そんなテーマが根底にあるが、本作品もそんな中の一つである。。
人の心の弱さ、不安や恐れが災いを生む。そして、時にはその恐れを沈めるためにも、妖怪や呪いなどが生まれるのである。迷信や伝説は決して意味なく生まれたものではないということを納得させてくれるだろう。

物語が終わりに近づくにつれ、この物語が示してくれることの深さに震えてしまった。単に、この物語が200年以上も昔を描いているゆえ、僕らの生きている現代とは別世界の話、と軽んじられるようなものではなく、迷信や伝説は、弱い心の人間がいる限り、

どんなに文明が進もうとも必ず存在し続けるものなのだ。
序盤、やや聞きなれない職業名や地名に物語に入りにくい部分もあるかもしれないが、我慢して読み進めて決して後悔することはない。心にどこまでも染み込むような物語。この域の作品はもはや宮部みゆきにしか書けないだろう。

丸亀藩
物語で登場する丸海藩のモデル。讃岐国(香川県)の西部を領し、丸亀城(丸亀市)を本城とした藩。藩主は生駒氏、山崎氏、京極氏と続き廃藩置県を迎えた。(Wikipedia「丸亀藩」

江戸時代に1万石以上の領土を保有する封建領主である大名が支配した領域と、その支配機構を指す歴史用語である。(Wikipedia「藩」

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「中澤佑二 不屈」

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
ドイツワールドカップ、南アフリカワールドカップなど、日本代表だけでなく、横浜マリノスでの出来事など、そのサッカー人生を通じて、日本打表DF中澤佑二の知られざる一面を描く。
僕が彼について知っているのは、テスト生からヴェルディのレギュラーをつかんだということと、ドイツワールドカップ後に代表引退を決意したにもかかわらずバスケット界のパイオニアである田伏勇太と出会って代表復帰をきめたことぐらいだろう。本書はその認識を補いながらも、そのストイックで孤独な生き様を存分に見せてくれる。
本書は3つの章に別れていて、2,3章はそれぞれドイツ、南アフリカワールドカップを中心に描かれている。個人的には1章の「プロへの挑戦」が印象的である。特に高校時代のひとり「プロになる」というモチベーションのもとでサッカーに接するうちに、周囲から孤立していき、それでも目的のために信念を曲げない姿にはなんか共感できるものがある。
文中で中澤が影響を受けたとして引用されている言葉にはどれも重みを感じる。

多くの人が、僕にも「お前には無理だよ」と言った。彼らは、君に成功してほしくないんだ。なぜなら、彼らは成功できなかったから。途中で諦めてしまったから。だから、君にもその夢を諦めて欲しいんだよ。不幸な人は不幸な人を友達にしたいんだよ。
人生に成功は約束されていない。でも成長は約束されている。

本書でもドイツワールドカップを大きな衝撃と語っている。中田英寿の「鼓動」でもそうだし、数多くの日本のワールドカップを描いた書籍でも同様に選手同士の内部崩壊が招いた悲劇と語られているドイツワールドカップは、本書でも中澤だけでなく、宮本恒靖の目線からも語られており、興味深いものとなっている。
そして最後は記憶に新しい南アフリカワールドカップ。その内容からは決してそれが外から観ているほど輝かしいものではなかったことが伝わってくるだろう。チーム崩壊寸前の状態にありながら、4年前のドイツワールドカップの経験者たちがその失敗を糧に、崖っぷちの状態からチームを結束させた結果だとわかる。

言いたいことを言うのと、チームのためを思って言うのではまったく意味合いが異なる。個性は一定の規律のある組織の中にあって初めて力を発揮するものであって、ルールを無視すれば、単なる我が儘と取られても仕方がない。

それでも最終的にカメルーン戦のゴールで波に乗って、デンマーク戦ですばらしい試合をしたあのチームのなかにいて、あのチームとしての一体感を味わえた中澤がうらやましくてたまらない。

チームの一体感というものを初めて、強烈に感じた。一人のゴールをチームのみんなが祝福している。心の底から突き上げていくような喜びをだれもが共有している。四年前のドイツでは決して訪れなかった瞬間だった。このチームはいける。この勢いでいける。そう確信した。
仲間たちとの共鳴。すべてはこのためにやってきたのだと、心の底から思った。

中澤のサッカー選手としての成功を語るときに、「彼は努力だけで上り詰めた」という人が多いのかもしれないが、本書を読めばそうは思えない。人生の要所要所で彼は運命的な出会いによって救われている。見習うべきはそんな偶然が近づいてきたときに、それを掴み取る努力をいつの日も怠らなかったことだろう。
「日本代表」とか「ワールドカップ」とかそんな壮大なジャパニーズドリームだけでなく、何かを達成する上ではそれがどんな目標であれそんな意識は大事なんだと思えた。
余談だが、本書で中澤は自身のベストげーむとして、ドイツワールドカップ前のドイツ戦をあげている。中田英寿も「鼓動」のなかで、ドイツ戦での柳沢とのプレーが最高のプレーと語っている点が印象に残った。どうやらあの試合はサッカーファンにとっては見逃してはいけない試合だったらしい。
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「やめないよ」三浦知良

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
日本サッカーの大きな進歩の中で中心的位置にいた一人と言える三浦知良。その視点から今の日本のサッカーやスポーツ界を語る
正直、僕自身も彼に対して「もう、いいんじゃないの?」と思っている一人である。オフトジャパンのころはその勝負強さに何度も期待にこたえてもらったりしたけど、日本代表からはずされてからはプレーを見る機会も少なく、ときどき目にしては、「まだやってるのか」とか「サッカーだけが人生じゃないだろうに」とか思っているのである。
世の中に同じように思っている人は決して少なくないだろう。本書のタイトル「やめないよ」がそのままこうした疑問を抱いている人に対する答えのように響くから興味をもったのかもしれない。そして、実際読んでみてそんな彼に対する考え方も少しは変わることだろう。
読んでみると、結果を重視するフォワードで日本代表にいたにもかかわらず、その生き方からは、彼が「結果」ではなく「過程」を楽しむことができる人間だということがひしひしと伝わってくる。
本書のなかでの彼の思いは、2006年から2010年にまでわたっているため、ドイツワールドカップやその後の中田の引退から、南アフリカワールドカップにまで及ぶ。そして、その内容の多くはもちろん、ブラジルと日本のサッカーの違いや、横浜FCの残留争いなどのサッカー中心だが、、必ずしもそこにとどまらず、斉藤祐樹の甲子園での熱闘や、イチローの大リーグ記録にも触れている。
やはり、信念を持って生きている人の言葉には、何か伝わってくるものがある。

ふつう、会社員であれば、40歳を過ぎるとそれなりの地位に就いているのかもしれない。けれども、僕は一選手だから、あるときは監督からの指示に従い、あるときは18歳の選手と同じジャージを着て、同じメシを食堂で食べる。そんな環境にサッカー選手として浸っていられることが本当に幸せで、楽しい。自分はサッカー選手なんだ、と思える瞬間が、楽しくてしかたがない。

【楽天ブックス】「やめないよ」

「インパラの朝 ユーラシア・アフリカ大陸684日」中村安希

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
著者中村安希(なかむらあき)が2年かけて行った、ユーラシア大陸とアフリカ大陸の一人旅を描く。

女性の旅行記は今回が初挑戦である。旅行記というとどうしても、「自分は勇敢な挑戦者」的な自己陶酔や、「無謀」を「勇気」と勘違いしたような内容のものが少なくないのだが、(単純に僕が読んできたものがそうだっただけかもしれないが)、本書は、読み始めてすぐにその客観的表現と豊富で的確な表現力、そして綺麗な文体に好感を抱いた。旅に描写からは、著者の鋭い観察力と知性を感じる。

多くを旅行記を同様、訪れる国々で受けた異文化による衝撃や、出会った予想外の親切などのほか、その国の問題やそれを生じさせている原因やそこで起こっている矛盾、そういったものを文章を通じてしっかり読者に伝えてくるその視点と表現力に感心しっぱなしだった。

著者の心に響いたであろう言葉の一つ一つが、読者である僕の心も揺さぶった。例えば、インドのマザーズハウスで出会ったボランティアの嘆き。

僕は風邪で一日だけボランティアの活動を休んだけど、僕がいなければ他の誰かが、代わりに仕事をするだけだ。僕がいてもいなくてもあまり関係ない気がしている・・・
私は、毎日疲れて眠りたいのよ。『今日も自分は頑張った』って、そういう疲れを体に感じて夜はベッドに入りたい。ただそれだけよ。

旅の途中で出会った人たちとも、単純に表面的にいい関係を築いて「出会ってよかった」と旅を美化するのではなく、ときには「だからアフリカはいつまで経っても貧困から抜け出せないのだ」と批判したりと奮闘する様子からは、今まで見えなかったいろんなものが見えてくる。

地域にしっかり足を下ろして何かにじっくり取り組むことなど、そもそも求められてはいない。なぜなら一番大切なのは、派遣された隊員数と、援助する予算の額を国連で競うことだから。

正直、読み終えて、何がこんなに僕のなかでヒットしたのだろう、と考えてしまった。僕自身と物事を見る視点が似ているというだけではないだろう。

旅行記を手にとる人というのは、今回の僕のように、きっと自分自身がそういう体験をしたいからなのだろう。そして、にもかかわらず時間と費用など、そのために犠牲にしなければいけないものと、その先で得られるものの不確実性を考えて踏み切れないでいるのだろう。踏み切れないながらも、その体験を間接的にでも味わいたいのだ。

そしてきっと、そんな人たちの何人かは、すでにその旅の果てに感じるであろう失望を予期しているのかもしれない。海外でボランティアに従事してみたい、とかそこに住んでいる人と同じような生活をして文化を感じてみたい、という先にある「旅行で訪れただけでは結局表面的にしかわからない」というどうにもならないことに対する失望である。

本書のほかの旅行記をと異なっている点はきっとそこなのだ。よくある旅行記のように「辛いこともあったけど行ってよかった」というように著者が費やした時間を「間違いなくそれだけの価値のあったもの」と誇らしげに自慢するのではなく、むしろ「辛いこともいいこともあったけど、結局この旅は求めていたものに答えてくれたのだろうか?」なのである。「一読の価値あり」と思わせるには充分の内容だった。

彼らの声や行いが新聞の記事になることはない。テレビの画面に流れることも、世界中の誰かに向けて発信されることもない。すべては記憶に収められ、記録としては残らない。私は彼らに電話をかけて「ありがとう」とさえ伝えられない。

【楽天ブックス】「インパラの朝 ユーラシア・アフリカ大陸684日」

「サッカー日本代表システム進化論」西部謙司

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
日本代表の進化の過程をその戦術に焦点をあて、当時の中心選手やコーチなどの意見を交えながら描く。
期間でいうと1984年から南アフリカワールドカップ直前の2010年という30年弱である。僕にとっての日本代表はオフトジャパンから始まっているので、それ以前の日本代表は想像するしかないが、それでも本書で描かれている内容から、当時の日本代表のレベルや選手層の薄さが見て取れる。
内容がオフトジャパン以降に及ぶと、どの試合も選手も記憶にあるものばかりで、懐かしさとともに涙腺が緩んでしまう。ブラウン管を通して観た試合の様子やその結果だけでは伝わってこないような内容にも触れているので、すでに忘れ去られようとしている重要な一戦を(いまさらだが)さらに理解するのに役立つだろう。
そしていままで、ただ「日本代表」と単一の存在として観ていたもの(もちろんサッカーファンの多くはその戦術の違いはおおよそ理解しているだろうが)が、それぞれの監督の持つ個性や意図を本書を通じて理解することでより個性を持っていた。見えてくるとともに、サッカーを見る目も養われることだろう。

オフトは”言葉”を持っていた。コンパクト、スモールフィールド、トライアングル、アイコンタクト・・・・・いわれてみれば当たり前のことばかりで、選手たちも知らなかったわけではない。でも知ってはいても明確な言葉はなかった。
ファルカンのサッカーは、いま思えば、とてもいいサッカーだった。ただ、当時の選手のレベルには全く合っていなかった(柱谷)
ゾーンプレスはパスをつないでくる相手、プレッシングをかけてくる相手に対しては効果があった。だが、ひたすらロングボールを蹴ってくるような相手、カウンター狙いに徹した相手に対して、威力を発揮しきれなかった。
フラットスリーはやられそうで、意外とやられない。ただ、一瞬でも気を抜いたらダメ
どこかで、誰かがまとめなければならない。迷ったときに誰を見るのか、何を拠り所にするのか、そこがジーコ監督のチームでは徹底されていなかったのではないだろうか。
ピッチ上では、さまざまな問題が起こる。予め解答を用意するのではなく、解決能力をのものを上げていくのがオシム監督のやり方だった。

「ゾーンプレス」や「フラットスリー」という言葉を聞いただけでサッカーファンには過去の日本代表の試合が頭のなかに蘇るのかもしれない。日本代表の戦術の軌跡を通じて、ここ20年の間にどれほど日本のサッカーが人も戦術も進化したのかわかるだろう。そして、日本に限らずサッカーが戦術はいまなお進化しつづけているのだ。
サッカーファンには間違いなくオススメの一冊。この一冊で間違いなくさらに一枚も二枚も上手なサッカーにうるさい人になれるだろう。
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「怖い絵」中島京子

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
タイトルのとおり、西洋絵画を「怖い絵」という視点で見つめなおす。「怖い絵」と言っても「怖い」の種類にはいくつかあり、単純に絵自体がグロテスクだったり残虐なシーンを描いたものを語ることもあれば、その時代の背景を知って初めてその絵が怖くなる場合や、その絵の描かれた前後に起こったことを含めて恐ろしかったりと、読者を飽きさせない。
確かに僕らはどうしても今の時代の常識をもって絵を鑑賞してしまう。たとえばドガはバレリーナを数多く描いたことで有名だが、現代のバレリーナと当時のバレリーナの持つ地位はまったく異なるもので、それを理解することで初めてこの絵の持つ意味が理解できる、と著者は書いている。
そうやって著者は多くの絵画のその背景に潜む意味を解説していくのだが、好感がもてるのは、いずれも断定せずに「?をあらわしているのではないだろうか」「?はなぜだろう」という表現を使用している点だろう。結局その絵が何を示そうとして描かれたのかは画家本人にしかわからない。鑑賞者はあくまでもそれを推測することで楽しむ、それが絵画の楽しみ方なのだろう。
本書を読んでまた少し絵画の見かたが変わった気がする。またいくつかの歴史的事実や神話のエピソードを知るきっかけになった。

ティントレット
師匠のティツィアーノとともにルネサンス期のヴェネツィア派を代表する画家。ティツィアーノの色彩とミケランジェロの形体を結びつけ、情熱的な宗教画を描いた。(Wikipedia「ティントレット」
サトゥルヌス
ローマ神話に登場する農耕神。英語ではサターン。ギリシア神話のクロノスと同一視され、土星の守護神ともされる。(Wikipedia「サートゥルヌス」
アルテミジア・ジェンティレスキ
17世紀イタリア、カラヴァッジオ派の女性画家。(Wikipedia「アルテミジア・ジェンティレスキ」
ガニュメデス
ギリシア神話の登場人物である。イーリオス(トロイア)の王子で、美しい少年だったとされる。オリュンポス十二神に不死の酒ネクタルを給仕するとも、ゼウスの杯を奉げ持つともいわれる。(Wikipedia「ガニュメーデース」
メデゥース号
フランス海軍のパラス級40門帆走フリゲート。1810年進水、就役。ナポレオン戦争後期、1809年から1811年にかけてのモーリシャス侵攻に参加し、またカリブ海でも活動した。メデュース号、メデューサ号などと表記されることもある。(Wikipedia「メデューズ (帆走フリゲート)」

【楽天ブックス】「怖い絵」