「リミット」野沢尚

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2000年7月から9月まで日本テレビ系で放送されたドラマの原作である。ドラマの記憶が薄れた今になって、ようやく小説という形で改めてこの物語を味うことにした。
各地で連続幼児失踪事件が発生する中、世田谷区と川崎市高津区の県境で幼児誘拐事件が発生した。警視庁捜査一課特殊犯捜査係の主人公有働公子(うどうきみこ)は被害者宅に派遣される。事件発生から二週目に入ったとき、公子(きみこ)の携帯電話に犯人から直接電話がかかってくる。「お宅の息子さんを預かっています。一億円をあなたの手でこちらに届けてください」と。公子(きみこ)は息子を取り戻すために、犯人のみならず警視庁4万人を敵に回すことになる。
物語が進む過程で、事件を見つめる視点は常に切り替わるため、登場人物によってはその過去の描写から現在の人格形成の原因が見える。特に主犯の澤松知永(さわまつともえ)や、同じ犯行グループのチャイニーズ系タイ人であるグレイ・ウォンが犯罪に手を染めるまでの過程には、家庭などの生まれ育った環境が人格に与える影響や、現在の日本及びタイなど東南アジア諸国が抱える社会問題が見えてくるようだ。
中でも日本の臓器移植法があるためにこの犯罪が成り立つという考え方が印象的である。脳死と臓器移植について改めて考えさせられ、臓器売買という現実にも目を向けさせられる。

腎臓や肝臓疾患で苦しむ日本人の患者。中でも先天的な障害を持つ子供の場合、親はどんなに高い金を払っても子供に健康な臓器を移植させたいと願うが、臓器提供者は少なすぎる。親は闇ルートに頼ってでも何とかしたいと考える。

また、犯罪捜査の過程で繰り広げられる神奈川県警と警視庁の縄張り争い、ライバル意識もまた物語を面白くさせている一つの要素だろう。
気がつけば、母親として息子を取り戻そうとする公子(きみこ)よりも主犯の知永(ともえ)の冷静に物事を分析する目やその感情に非常に興味を覚えながら読み進めていた。
物語の展開から、それぞれ登場人物の心情の描写、各国の社会問題まで、最後まで読者を飽きさせることがない要素が充分に詰まった作品に仕上がっている。


ペドフィリア(pedophilia)
精神医学用語で異常性欲の一つ。幼児を性的欲求の対象とする性的倒錯。小児性愛。この性質を持つ人を、ペドファイル(pedophiles)という。

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「魔笛」野沢尚

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
僕にとっては、野沢尚が亡くなった後、始めて読む彼の作品となった。そして過去に読んだ事のある野沢作品の中でもっとも印象的なストーリーとなった。ストーリーは渋谷のスクランブル交差点で爆弾を爆発させた犯人の手記を中心に進む。
爆弾の爆発する瞬間の被害者の描写がリアルである。爆発によって体がバラバラになる瞬間まで、彼等は、彼女らは確かに意識を持って行動していた。今日の予定や未来のことを普段の僕らと同じように普通に考えていた。その事実をイヤというほど伝えてくる。
また、ストーリーは犯人の育った過程に多く触れる、その人の育った環境、周囲の人によって人はどうにでもなってしまうのである。
僕はそう受け止めたが、読む人によって感じ方はさまざまであろう。
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「砦なき者」野沢尚

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
1994年、松本サリン事件のとき河野義行(こうのよしゆき)さんが容疑者として扱われたことがあった。テレビでニュースを見ていた僕は「こいつが犯人だろう」みたいに思っていた記憶がある。僕は、履歴書の「長所」の欄に「周囲には流されない性格である」と書くことが多い。それでもメディアの報道には知らず知らずのうちに流されているのだと思う。なぜなら情報化社会の現代において、インターネット、新聞、テレビを通じた情報を得ないでは生活できないからだ。
「砦なき者」ではニュース番組「ナイン・トゥ・テン」のディレクターの赤松を主人公としている。「テレビはこんなこともできてしまうのか」そう思わせる。個人的には物語の序章に当たる、第一章が印象的である。ニュースは真実を報道しなければならないのか、正義のためには偽りの報道をしても許されるのか、そんな疑問が生まれてくる。前作「破線のマリス」の続編に当たるが、もちろん前作を読んでいなくても99%この作品を楽しむことができる。
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「深紅」野沢尚

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第22回吉川英治文学新人賞受賞作品。
凶悪犯罪が起きてもあまり驚かないようになった。1年も経てばワイドショーをにぎわせた犯罪も記憶の片隅に追いやられてしまう。「深紅」は一家残殺という事件で唯一生き残った少女を主人公としている物語である。

「破線のマリス」野沢尚

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第43回江戸川乱歩賞受賞作品。
テレビというメディアには力がある。ほんの数十秒の映像で世の中を味方にも敵にもできるのだ。「破線のマリス」の中では、編集によって真実とは別の意図を持った映像が電波に乗って流れて行くシーンがある。実際、現代でも世間の思いをある方向に導こうとする、おおげさな表現や映像は使われていると聞く、そんな中この作品の中で作者が必死になって伝えようとしているのは、今見ている映像が真実かどうか、それを疑い、それを判断する力をつけろということだ。幸いなことに僕らはインターネットという道具を手にしている。真実を探すことができるではないか。
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