「一億円のさようなら」白石一文

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
50歳を超えた鉄平(てっぺい)はある日、長年連れ添った妻が20歳のときに34億円の遺産を受け取っていたことを知る。妻の大きな秘密を知ってしまったことで鉄平(てっぺい)の人生は動いていく。

なによりもこの34億円という一生遊んで暮らせるだけのお金がいきなり目の前に現れた、という設定が面白い。秘密を知られたことを知った、妻の夏代(なつよ)は鉄平にお金のことを黙っていた理由を告げるのである。過去には経済的な理由で断念したこといくつかあったために、鉄平はその考え方理解できないのだ。

個人的には、夏代(なつよ)の考えは理解できる。お金があるからこそわかる悩みというのがあるのだろう。

こんなお金があったら、これからの自分の人生は何をしても本気になれないし、楽しくもないし、きっと誰のことも信用できなうなるだろうって。・・・こんなお金は最初からなかったことにするしかないんだって。

やがてお金の力を理解してほしいということで夏代(なつよ)は鉄平に1億円をわたして自由に使うように言うのである。人は、お金の悩みがなくなったゆえに人生で本当に大切なものを人は探し出すのだろう。鉄平(てっぺい)も心機一転これまでやりたくてできなかったことに挑戦していくのである。

鉄平(てっぺい)の会社の権力争い、妻の夏代(なつよ)との関係、新たな道へ進もうとする子供達、学生時代のエピソードを描いており、舞台も福岡を中心に、鹿児島、長崎、金沢を舞台にその人生を描く。50歳を超えても人生は気持ち次第でいくらでも楽しくできるのだと教えてくれる一冊。

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「彼が通る不思議なコースを私も」白石一文

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
霧子(きりこ)がある日出会った死神のような男性、椿林太郎(つばきりんたろう)は教育に情熱を注ぐ男だった。やがて2人は結婚しともに生きることとなる。
白石一文は人生を描くのが非常にうまい。本作もそんな作品を期待して手に取った。実は霧子(きりこ)が出会った椿林太郎(つばきりんたろう)は人の人生の長さがわかるという。そんな彼が結婚相手として霧子を選んだ理由はなんだったのだろう。彼の能力が霧子との結婚にどのような結末をもたらすのかが、物語の焦点となる。
貶すほどの内容ではないが、期待に応えてくれるような印象的な内容ではなかった。人の残りの人生の長さが見えるというのは、最近読んだ百田尚輝の「フォルトゥナの瞳」と重なる部分が多いからなのかもしれない。
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「快挙」白石一文

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
高校を中退して東京に出て、離婚歴のあるみすみと、写真家を目指しながらも満足に生活費を稼ぐ事のできない俊彦(としひこ)の2人が、人生の数々の障害を乗り越えながらも共に生きて行く様子を描いている。
数年前に読んで、今でも好きな本である同じ著者の「私という運命について」は女性を主人公としているが、本作品は俊彦(としひこ)という男性目線で展開する。
写真家として大成しなかった俊彦(としひこ)はやがて小説家を志すようになる。成功間近で不幸が重なりつらい日々が続き、さらに病気に悩まされたりする中、妻のみすみが俊彦(としひこ)を支える。また一方で、みすみも流産を繰り返し失意の日々を送るときは俊彦(としひこ)がその支えとなる。
決して幸せとは言えない人生をお互いに支え合う様子がなんとも心に染みる。人生にはいい時もあれば悪い時もあり、そんななかの平穏が人生にとてもっとも幸せな瞬間だったいるするのだ。自らの人生を振り返る俊彦(としひこ)はみすみと過ごしたいくつかの時期に対してこんな風に語るのだ。

いまにして思えば、手をつなぎ、毎日と言っていいほど共に須磨寺を歩いたあの頃が、私たち夫婦にとって最も幸福な季節だったのかもしれない。
いまにして振り返れば、地蔵通りに転居してからの数年間は、私とみすみにとって最も穏やかな日々だった。

幸せは、過ぎ去って初めて気付くものなのだと、改めて気付かせてくれる。
安定した人生を相手に提供するのではなく、不安定な人生を共に乗り越えて行くという生き方こそ素敵で、2人の間に強い絆を作るものだと教えてくれる。
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「この胸に深々と突き刺さる矢を抜け」白石一文

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第22回山本周五郎賞受賞作品。
雑誌社の編集長であるカワバタは胃ガンと診断される。そんなカワバタが死を意識しながらも世の中を見つめながら生きていく。
最近の白石一文の作品はどれも死と隣り合わせの場所で生きている人の目線で世の中を語るものが多く、本作品もそんな物語である。胃ガンと診断され手術を受けた後も再発を恐れ、死を意識し続けるからこそ見えてくる世の中の形が描かれている。
それは、僕らがもはや疑問も持たずに受け入れている人生の形や、社会のシステムなどに対して、もう一度疑いの目を向けさせてくれる内容である。

結婚というのは人間関係じゃないのよ。純然たる経済行為。繁殖や相互扶助という目的はあるにしても、この社会は夫婦や家族を単位として動いたときに最も経済効率が高くなるように作られているから。
どうして誰も彼も金が入ると豪勢な家に住みたがるんだろう?家がでかくなればなるだけ家族はバラバラになるってのに

ネットカフェ難民や、貧困問題など現在の社会問題や、その一方で使い切れないようなお金を手にしている有名人にも触れ、世の中の矛盾を指摘していく。カワバタの目線で語られるから、何か無視できない重みを感じてしまう。
ページをめくる手を加速させるような面白さはないが、世の中について考えさせる内容に溢れている。似たような本ばかりが溢れるなかちょっと違う本を読んでみたい、という方は、一度読んでみるべき本かもしれない。
【楽天ブックス】「この胸に深々と突き刺さる矢を抜け(上)」「この胸に深々と突き刺さる矢を抜け(下)」

「ほかならぬ人へ」白石一文

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第142回直木賞受賞作品。
本作品は2つの物語で構成されている。1つ目は宇津木明生(うつぎあきお)という、名家に生まれながらも才能豊かな2人の兄にコンプレックスを抱きながら生きてきた男の物語。2つ目は結婚を目前に控えたOLみはるの物語である。
どちらの物語にも、生きていくことの目的や意義や、幸せの形や、そういった答えのないもの(もしくは各自答えの異なるもの)に対する疑問を読者のなかにじわじわと染みこませてくるような世界観を漂わせている。
たとえば1つ目の物語では宇津木明生(うつぎあきお)の周囲には叶わぬ恋に突き進む2人女性がいて、恋愛についての考えを語る。

みんな徹底的に探してないだけだよ。ベストの相手を見つけた人は全員そういう証拠を手に入れてるんだ。

年をとろうとも、結婚しようともベストな相手を見つけることが人生の目標…、そんな考え方にどきっとさせられてしまう。
そして2つめの物語も結婚を目前にもほかの男性と関係をもちながらゆれる女性を描く。

足元の地面が固まれば固まるほど、その硬い地面をほじくり返したい衝動に駆られるのはなぜだろう?

目的を達成することが幸せなのか、目的を達成できないから幸せなのか。安定しているから幸せなのか、安定していないから幸せなのか。長生きすることが幸せなのか、もっと生きたいと思って死ぬから幸せなのか…。
残念なのは2つの物語に関連性があまり見出せなかった点だろう。過去にもいい作品がありながら(特に「私という運命について」は傑作)本作品で初めて直木賞を受賞したということでいままでとは違う何かを期待したのだが、そういう意味での新しさは残念ながら感じられなかった。
【楽天ブックス】「ほかならぬ人」

「永遠のとなり」白石一文

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
まもなく50歳に届く青野誠一郎(あおのせいいちろう)。うつ病をきっかけに会社を辞めて生まれ故郷で小学校時代からの親友の敦(あつし)と過ごす。
部下の自殺を期にうつ病になり、誠一郎(せいいちろう)は過去の含めて自分の人生を考える。また、敦(あつし)は、肺がんと闘いながら、年寄りの話し相手となることを生きがいとしている。
どたばたするわけでもなく、寝る間を惜しんで動き回るわけでもないが、誠一郎(せいいちろう)と敦(あつし)が、その人生に陰り、もしくは終りを意識したがゆえに、その人生の意味を探そうとする心の焦りが見えてくる。
それはただ他人の世話を焼いたり、金銭的な援助をしたりといった形で現れてくる。それでも答えのない人生の意味。2人は嘆く、世の中は一体なんなのか、なんのために生まれてきたのか、と。それでも生きていく、小さな出来事に一喜一憂しながら。
決して読み手を強く引き込むようなエピソードがあるわけでもないが、読んでいるうちにじわじわしみこんでくるものを感じる。
この物語が教えてくれるのは、幸せな生きかたでも、運命をいい方向に変える方法でもなく、ただ、どうしようもなく不公平な運命の受け入れ方なのかもしれない。
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「どれくらいの愛情」白石一文

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
男女の恋愛模様を描いた短編集である。
名作「私という運命について」のあの独特な空気をもう一度味わいたくて手に取った。実際、最初の物語「20年後の私へ」はその期待に応えてくれたと言えるだろう。
39歳にして離婚暦を持つ岬(みさき)は、多くの同年代の女性と同じように、人生を考え、自分の存在意義を考え、そして、恋愛に悩む。仕事を一生懸命こなしながら、お見合いなどをして人生が満足のできるものになるように努力もしている。
そんな中で遭遇するいくつかの真理や新たな疑問が、岬(みさき)の考えを通して見えてくる。

この人は愛するべき人を探しているのではなく、妻となるべき人を探しているのだ。その二つのどこがどう異なるのかはわからないが、そこはどうしても譲れない一線だった。

答えのない疑問だからこそ、それを考えることの無意味さと重要さという相反するものを感じる。
本作品自体は短編集という形式をとっているが、表題作「どれくらいの愛情」は十分なボリュームがある。その中で主人公である正平(しょうへい)の良き助言者である、不思議な力を持った男性の言葉が素敵である。

与えられた運命というのはいわば地面のようなもので、その地面があるからこそ、そこから飛び立つことができる。または与えられた運命は、最初に電車に乗る駅のようなもので、その始発の駅があるからこそ、別の目的地に向かって旅立つことができる。

主人公にすえられた登場人物だけでなく、その周辺の登場人物からも、お手本となるような生きかたをいくつも見れた気がした。カッコいいことは若いときだけ限ってできることではなく、強い意志を持ち、深く自分を見つめ続けて、その生きかたの意味を考え続ければ、何歳になってもできるものなのだと、教えられた気がした。

カリエス
脊椎を含む骨組織の結核菌による侵食などを指す医学用語。(Wikipedia「カリエス」)

【楽天ブックス】「どれくらいの愛情」

「私という運命について」白石一文

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
以前から名作とは聞いていたが、そのタイトルから「人生を考えさせよう」という意図が見えるような説教臭い物語をイメージを抱いていたことも確かだ。しかし、実際読み始めてみると、描かれているのは、やや勝気ではありながらも一生懸命生きている自分と同年代の女性、亜紀(あき)の生活である。
亜紀(あき)は仕事や恋に悩み、理想と現実との間のギャップに違和感を覚えながら生きている。20代後半という年齢ゆえに、周囲は結婚という道を選び、そして自分の目の前にもそういう運命の選択が訪れるにもかかわらず、違う何かを求めて踏み出せない。女性だけでなく、将来を悩むすべての人に共感できるのではないだろうか。
そして人生には多くの喜びや悲しみがある。亜紀(あき)の人生も例外ではない。親しい友人の恋愛や、弟の結婚、そして身近な人の死、時に、空気の読み方すら知らない不条理な運命が襲いかかってくる。そしてあまりに不条理だからこそ、「運命」と思わずにはいられない。「何か意味があるのではないか」と願わずにはいられない。
そして亜紀(あき)の周囲で起こる小さな偶然。それは30年、40年と生きていれば誰でも数回は目にするような偶然ではあるが、運命を信じる者にはその偶然は運命として受け止められる。
死んだらどうなるんだろう?
運命って信じる?
誰でも一度は考えたことがある問いかけに対して、本作品もいくつか答えを提供している。

運命を信じるって、決して、あきらめたり我慢したりすることばかりじゃないでしょう?

恋人を失ったがゆえの答え。
死を常に意識して生きてきたがゆえの答え。
その考え方はみんな少しずつ異なるけれど、それでもみんな見えない何かの力を信じている。

運命というのは、たとえ瞬時に察知したとしても受け入れるだけでは足りず、めぐり合ったそれを我が手に掴み取り、必死の思いで守り通してこそ初めて自らのものとなるのだ。

一体、何度この作品の中に「運命」という言葉が出てきただろう。読む前に心配したような説教臭さは微塵もなく、読んでいるうちにいろんな考え方が僕の中に優しくしみこんでくる。読む人によっては人生のバイブルにさえなりかねない作品である。


ベルガモット
ミカン科の常緑低木樹の柑橘類。イタリア原産。(Wikipedia「ベルガモット」

【楽天ブックス】「私という運命について」

「一瞬の光」白石一文

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
日本を代表する企業の人事課に勤める橋田。幼い頃から母親と兄から虐待を受けて来て、誰にも心を許すことの出来ない20才の女性、香折(かおり)。社長の姪ということで何不自由なく育てられた琉衣(るい)。
登場人物は嫌味なぐらい完璧な人が多い。中でも主人公である橋田は美男子であり、お金も地位も女も持っているのでなかなか共感しにくい。それでも橋田のような、わき目もふらず会社のために生きている生き方は、日本の社会の中では多いのかもしれない。会社の組織の上に行くにしたがって、同僚などを蹴落として行かなければならない現実は感じさせてくれた。
全体的には男1人女2人の三角関係を描いたストーリーなのだが、裏には深いのテーマがちりばめられている。生まれつき困難を背負う人のわずかな愛情と、暗然な立場にいる人の豊富な愛情では、後者の方が分があるかもしれないが、しかしそれがそのままその人の人間の価値と比例するとは言えるだろうか。僕の心に残ったのはそんな問いかけだ。
そしてラストは涙なしには読めないだろう。満足させてくれた内容ではあったが、「本の雑誌が選ぶ2003年度<文庫>第2位」という評価には少々首をひねらざるを得ない。
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