「1995年のスモーク・オン・ザ・ウォーター」五十嵐貴久

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
真面目に生きていた主婦美恵子(みえこ)は、息子が高校受験に失敗したのを機にアルバイトを始める。そこでの出会いからやがてバンドをやることになる。
「青春に年齢制限はない」的な、陽気な青春小説で、物語の持つメッセージ性はある意味、すでに使い古されたもの。それでもいろいろ心に訴えかけてくるものがある。本作品の特長はその舞台を1995年に設定している点だろう。オウム真理教や阪神大震災が起こったのがまさに1995年なのである。
親友であるかおりの離婚を繰り返す自由奔放の生き方と、美恵子(みえこ)の堅実な生き方を対照的に描きながら、幸せの形に絶対的なものはなく、どんな人でも人を羨みながら生きていることを訴えてくる。
そして、そこに万引きして美恵子(みえこ)に見つかった雪見(ゆきみ)と元プロの新子(しんこ)が加わってディープパープルを演奏することになる。少しずつ本音をさらけ出すなかでそれぞれの人生観が見えてくるのが面白い。
特に、堅実に生きてきた美恵子(みえこ)がバンドの練習に打ち込むうちに、過去の自分の行き方に思いを馳せるシーンが印象的である。高校のころ、バンドを組んでいた先輩に憧れながらも、当時は女子がバンドを組むなんて考えられなかった、と。
きっと、誰もが今の自分と違う自分に憧れながらも、自分という殻を敗れずに退屈した日々に埋もれていくのだろう。それでも失敗を恐れずに動き出せば、そこにはきっと新しい何かが待っている。そんなメッセージが感じられる一冊である。
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「For You」五十嵐貴久

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
叔母の冬子(ふゆこ)が突然急死し、その遺品を整理することとなった朝美(あさみ)は、冬子(ふゆこ)の高校時代の日記を見つける。そこには当時の冬子(ふゆこ)の青春が描かれていた。
映画雑誌の編集者という忙しい日々を送っている朝美(あさみ)のその多忙な仕事の様子が描かれるなかで、ときどき思い出したように朝美(あさみ)は冬子(ふゆこ)の遺した日記を開いて読み進める。
現代の朝美(あさみ)の様子と、数十年前の冬子(ふゆこ)の青春という、時間の差のある2つの物語が交互に進んでいく。ただのよくある高校生の恋愛に見えた冬子(ふゆこ)の日記は、やがてその時代の問題へと繋がっていく。また、現代の朝美(あさみ)は大物俳優のインタビューの準備に奮闘することとなる。
個人的には冬子(ふゆこ)の日記の中で描かれている一時代前の高校生の恋愛模様にはどこか懐かしい空気を感じる。携帯電話もパソコンもない時代。多くの場合恋愛の窓口は家の固定電話だったのだろう。
冬子(ふゆこ)はなぜ魅力的な女性でありながら生涯独身で過ごしたのか、そんな謎が遺された日記から少しずつ明らかになっていく。
やや最後は物語的に作られ過ぎた感を感じなくもない。ひょっとしたら妙な捻りをいれずに単純な高校生の恋愛物語にしたほうが素敵な作品に仕上がったかもしれない、と感じた。
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「年下の男の子」五十嵐貴久

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大手飲料メーカー勤務の37歳川村晶子(かわむらあきこ)はついにマンションの購入を決意。それはつまり独身で生きることを決意したのか。そんなとき取引先の新入社員と児島(こじま)と出会う。
14歳の年の差の恋愛を描いている。勢いだけで恋愛できる若い児島(こじま)に対して、もはや相手の収入や地位や、世間体など、現実的にならざるを得ない晶子(あきこ)の後ろ向きな考え方を理解できてしまうのは僕自身もそれに近い年齢だからだろうか。
とはいえ、物語を面白くするためだろう、晶子の周囲には意外と恋愛の機会が落ちていて少し非現実的な印象を抱いてしまうが、それでも全体を通じては爽快で、勇気をもらえるような内容である。三十代の独身女性が本書に対してどのような感想を抱くのかが気になる。
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「交渉人・爆弾魔」五十嵐貴久

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
交渉人である遠野麻衣子の携帯に、シヴァと名乗る人物から、宗教団体の幹部を釈放するよう要求があった。時を同じくして都内で爆弾事件が発生する。
「交渉人」の続編であり、遠野麻衣子も前作で活躍したヒロインであり、前作の2年後を描いている。交渉人という言葉は、すでにその名を使った数多くのドラマや映画が存在していることからも分かるとおり、一般的なものとなっている。
そんな中、僕らが持っているイメージはおそらく、立てこもり犯などと電話で交渉する姿だろう。ところが本作品の「交渉」はメールと、警視庁のウェブサイトへのメッセージのアップロードという形を取っている。どちらかというと「交渉人」というより、優れた洞察力を持つ女性刑事の事件といった印象が強い。
物語では中盤、爆弾が仕掛けられているという情報をメディアが流したことによって、都内は逃げようとする人々でパニックになり、交通網は麻痺していく様子が描かれている。そこには物語の展開という以上に、日本の大都市の大規模なテロに対する備えに対する作者の危惧が見て取れるような気がする。
ただ個人的にはやや違和感を覚えた。たった一つの爆弾の存在だけで、人々は電車から勝手に降りようとするだろうか、と。物語に必要な展開だったから、と言ってしまえばそれまでだが。
ケチをつけられるところはいくつかあったが、物語の演出として受け入れられる程度のもの、五十嵐貴久のほかの作品と同様に、一気に読ませるそのスピード感は評価できる。
ちなみに本作品は米倉涼子主演のドラマ「交渉人」とはまったく関係がない。
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「1985年の奇跡」五十嵐貴久

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
高校の弱小野球部にすごいピッチャー沢渡(さわたり)がやってきた。勝利の味と悔しさを知った野球ことで部員達とその周囲に少しずつ変化が起こり始める。
舞台となっているのは1985年である。「キャプテン翼」によってサッカーの人気が出てきたあの時代。弱小野球部の野球部員はおニャン子倶楽部に夢中だった。そんな、僕自身よりも10歳ほど上の世代の青春時代を描いた作品。
この時代に対する僕らのイメージは、この時代に世にでていた漫画やドラマのせいだろうか、「根性」とか「青春」とか、なんかどこか敬遠してしまうようなイメージばかり抱いてしまうが、時代は違えど、高校生などどの時代も似たようなものなのだろう。手を抜くことと女の子と仲良くなることばかり考えていたのかもしれない。
本作品で描かれる野球部員達も、そんな種類の人間。「努力」と「根性」はせずに目の前の人生を楽しく生きたいという考え方。それでもそんな彼らが、野球とその仲間を通じて、少しずつ変化していく様子を描いている。

ただ、あいつが見せてくれた夢があまりに美しかったから、それがやっぱり夢だとわかった瞬間、どうしていいのかわからなくなっただけなのだ。

夏休みのこの時期にぴったりな爽快な物語。
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「TVJ」五十嵐貴久

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
お台場にあるテレビ局が生放送中に武装集団によって占拠された。経理部に勤める女性社員の岡本由紀子(おかもとゆきこ)も事件に巻き込まれるが、恋人を救うために行動を起こす。
「女性版ダイハード」とか「女性版ホワイトアウト」と聞いていた本作品だが、感想はというとどちらとも言えない新しい物語という印象。なぜなら、ダイハードのブルースウィルスもホワイトアウトの織田裕二も賢かったのだが、本作品のヒロイン、由紀子(ゆきこ)は時々賢そうな素振りを見せることはあっても、プラスチック爆弾どころかパソコンも操作できないどこにでもいそうな無知な女性なのだ。
本作品は最初に由紀子(ゆきこ)の結婚願望から始まる。

あの頃までは、本当に心からお祝いが言えたと思う。幸せになってね、と祈ることが出来た。ちょっと待ってよ、と思うようになったのは、次の年の六月から秋にかけていきなり四人の友達が結婚した時だ。

これで多くの読者が彼女の味方になってしまったのだろう。相変わらず五十嵐貴久の読者を一気に物語に引き込む技術には感心するばかりである。
また、犯人グループの警察を欺くその手口も本作品の大きな魅力の一つである。五十嵐貴久作品に触れたのはこれで4回目だが、この著者の作品にハズレはないと感じた。


参考サイト
金嬉老事件

【楽天ブックス】「TVJ」

「リカ」五十嵐貴久

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第2回ホラーサスペンス大賞受賞作品。
妻と子どもを持つ42際の会社員の本間(ほんま)は、部下の奨めによって出会い系サイトにはまりだす。そして、そこで「リカ」と名乗る女性と知り合う。
序盤は、本間(ほんま)が出会い系サイトで、毎日大量のメールを受け取る女性に、読んでもらうためのメールの書き方などを少しずつ学んでいく様が描かれている。

私が書き送ったことは、別に特殊なことでも何でもない。自分のことが好きになれない、というような女性は、実際にはその正反対で自己愛が強すぎるタイプが多い。彼女達が真に恐れているのは、自分自身が周りの人たちから嫌われること、だから、どうしても他人との係わりを避けてしまう。他人と係わってしまえば、どうしても軋轢が生まれ、感情的になり、好き嫌いが出てしまうだろう。

出会い系サイトは「悪」と、世間一般で言われているような単純な分類をせずに、都会に生きている孤独や不安に苛まれている人が、それを解消するための一つの手段として描く点が非常に好感が持てる。
しかし、そんな世の中の問題を描い視点に感心してられるのも序盤だけで、本間(ほんま)がリカという女性とインターネット上で出会うことによって、物語は一気にホラーの様相を呈してくる。
他人との関わりをあまりせずに来た人は、自分の中に自分だけのルールを蓄積していく。そういう人たちは時に、被害妄想の強く、一般的な考え方が通用しない。そして、法による刑罰を恐れずに、自分自身以外に守るものが一切ないからこそ心の抑止作用はまったく期待できない。そんな人間と関わってしまったときの恐怖が本間の様子から伝わってくる。

わたしはね、最近こう思うんです。無意識の悪意、無作為の悪意ほど、恐ろしいものはないと…

久しぶりに恐い本を読んだ。一時期流行ったホラーのようなただひたすら恐いシーンを並べるだけではなく、本当に恐い物語は必ずどこか真実味を帯びているのだ。
【楽天ブックス】「リカ」

「Fake」五十嵐貴久

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
興信所の調査員であり主人公の宮本と東大生の加奈は、芸術の才能はあるものの学力は最低レベルの昌史を東京芸術大学に合格させるため、最先端の技術を駆使してカンニングの手助けをする。しかしその先には大きな罠が待ち構えていた。
前回読んだ五十嵐貴久作品である「交渉人」が物語の展開とともに世の中の問題点をうまく描いていたので、今回もそれを期待して手にとったのだが、今回は少し趣が違った。
最終的に宮本らは、10億円をかけて、自分たちを罠に嵌めたカジノのオーナーとポーカーで勝負することになる。そのポーカーのシーンで描かれるブラフ(はったり)による駆け引きやカードチェンジの枚数によってよそうされる相手の役など、ポーカーを知っている人には非常に面白いだろう。
上でも述べたように、僕が物語に求めているような、世の中の矛盾や問題点を見事に描く。というような内容ではなかったが、1ヶ月ほど前に読んだ同名の作品、楡周平の「フェイク」と同様に、多くのお金を持っている人からお金を奪おうという内容が共通している点が非常に興味を惹いた。
格差社会と呼ばれる今、どんなに努力しても豊かな生活を得ることはできず、才能を発揮して誰もやったことのない事業に手を出しても、いずれ法律に阻まれる。今、ジャパニーズドリームとされるのは、弱者を蹴落として大金を稼いでいる人からお金を騙し取ることなのかもしれない。


ジャンフランコ・フェレ
自身のコレクションを手がける一方、1989年から1996年までクリスチャン・ディオールのチーフデザイナーを務めた。
ハリー・ウィンストン
アメリカの宝飾デザイナー、宝石商、またそのブランドである。父親のヤコブ・ウィンストンも宝石商。

【Amazon.co.jp】「Fake」

「交渉人」五十嵐貴久

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
三人組のコンビニ強盗が総合病院に人質をとって立てこもった。交渉人の石田修平(いしだしゅうへい)警視正が現場に到着するまでの間、遠野麻衣子(とおのまいこ)は現場を守る任務に就く。
海外では一般的となりつつあり、日本でも「踊る大捜査線」のシリーズ「交渉人 真下正義」などによって認知されつつある交渉人という職業。この物語では交渉人の第一人者とされる石田修平(いしだしゅうへい)が犯人との巧みな交渉を中心に展開されていく。

ネゴシエーターにとって一番重要なことは、喋らないということなんです。自分は話さずに、相手の話を聞く。それがすべてだ。

仕事でもプライベートでも、社会は人間関係を無視して生きることなどできない。多くの読者は物語中で展開する交渉術を自身の淀みない人間関係を構築するために役立てたいと思うことだろう。
また、捜査の合間に触れている警察の最新技術もまた非常に興味を掻き立てられる。

昔ならともかく、今はいちいち警察の担当者が番号を書き写したりはしない。並べた札をビデオカメラで撮影しておけば後は警視庁装備課の画像解析機で紙幣の番号を読み取ることが出来る。さらに警察はすべての札に特殊塗料を塗布していた。一定時間以上が経過すると札の表面に模様が浮き出すため、使用することは不可能になる。

圧倒的なスピード感、一切中だるみすることなく終わりまで完結する作品である。そして、スピード感だけでなく現代社会を蝕み見過ごされている大きな問題もしっかりと物語中に取り入れているところを評価したい。


医療過誤
医療に関わる場所で発生する人身事故を医療事故という。そのうち人為的ミスに起因し、医療従事者が注意を払い対策を講じていれば防げるケースを医療過誤という。病院側が素直に過失を認めることは少なく、被害者が病院側に謝罪・賠償を求めるには、告訴(医療過誤訴訟)するしかないのが現状。原告の主張が認められた割合は一般的な民事訴訟の約3分の1。一審が終わるまで最低5年かかるという。当然、弁護士費用もかかる
心筋炎
心臓の筋肉(心筋)に主にウイルスが感染し炎症がおこり心筋自体の破壊が生じて、結果として心臓の収縮機能を低下させる疾患。
返報性の原理
人間が何か人からもらったり、手伝ってもらった際に自然と感じてしまう「お礼をしなくては」心理のこと。
ドア・イン・ザ・フェイス
初めに誰もが拒否するような負担の大きな要請し、一度断らせる。その後に、それよりも負担の小さい要請をすると、それが受け入れられやすくなるというもの。
フット・イン・ザ・ドア
初めに小さいお願い事を受け入れてもらうことで、次に大きなお願い事を受け入れてもらいやすくする方法。販売活動でよく使われる技術で、販売員は、商品を購入する気持ちのない主婦に、最初は「あいさつ だけでも・・・」と玄関に入れてもらえるように頼む。あいさつを受け入れれば(小さな承諾)、 次の機会に商品購入の同意(大きな承諾)が得られやすくなる。

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