「邪魔」奥田英朗

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第4回大藪春彦賞受賞作品。今回で二回目の読了である。
過去に最愛の妻を事故で亡くした九野薫(くのかおる)は現在警部補として所轄勤務をしている。同僚の花村(はなむら)の素行調査を担当し、逆恨みされる。及川恭子(おいかわきょうこ)はサラリーマンの夫と子供二人と東京郊外の建売住宅に生活している。平凡だが幸福な生活が、夫の勤務先で起きた放火事件を期に揺らぎ始める。
30代半ばという人生の中間地点。それは「もはや人生にやり直しが効かない」という事を少しずつ実感する世代なのか。そんな中で人はどう現実と折り合いをつけて生きてくのだろう。

自分はいつから現実をみないようにしてきたのだろう。心の中にシェルターをこしらえ、そこに逃げ込むようになったのだろう。

現実を直視しないようにすることも幸せに生きる術なのかもしれない。中には、目の前にある幸せに気づずに生きている人もいるのかもしれない。

先月までは何不自由ない暮らしをしていた。家計を助ける程度のパートをして、家で子供や夫の帰りを待っていた。退屈だが特に不満はなかった。それがどこで歯車が狂ったのか。

幸福とはこんなにも儚いものなのか。リアルに描かれるその様子はただただやりきれない。九野薫(くのかお)と及川恭子(おいかわきょうこ)の二人を中心としながらも、いろんな要素を絡めて展開するこの物語には読者を夢中にさせるに十分な力があった。
【Amazon.co.jp】「邪魔(上)」「邪魔(下)」

「神々のプロムナード」鈴木光司

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
妻の深雪(みゆき)と長女の亜美(あみ)を残して松岡邦夫(まつおかくにお)は失踪した。友人の村上史郎(むらかみしろう)は松岡(まつおか)の行方を捜すことになり、次第に宗教組織の存在が明らかになっていく。という物語。
失踪した松岡(まつおか)を捜すというメインのストーリーの過程で、自分の仕事にやり甲斐を感じていない史郎(しろう)や男に頼らないと生きていけない深雪(みゆき)を題材として、人としての生き方や存在意義などにしばしば触れていて、そんなテーマ自体は個人的には好きなのだが、残念ながらそれによってこの物語を通じて著者の訴えたい部分がぼやける印象がある。登場人物の心情を効果的に描いたとは言い難い。全体的にもう一つアクセントが欲しかった。
【Amazon.co.jp】「神々のプロムナード」

「ライオンハート」恩田陸

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
時代は17世紀から20世紀。時間と空間を超えた、エリザベスとエドワードの不思議な出会いと別れを描く。
物語の展開に慣れ始めた中盤以降はすべての章で、エリザベスとエドワードの登場が待ち遠しく、章が終わるのが寂しく、次の章の始まりがまた楽しみ。夢の中の出来事と記憶の中の出来事を豊かな描写で描くことで、読者を物語の舞台となる時代に引き込んでいく。久々にそんな気持ちにさせてくれる物語であった。ただ、最後だけはもう少し納得のいく解釈を用意してもらいたかった。
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「99%の誘拐」岡嶋二人

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
昭和43年、イコマ電子工業社長の生駒洋一郎(いこまよういちろう)は息子の生駒慎吾(いこましんご)を誘拐された。そして約20年後の昭和62年、また一つの誘拐事件が発生する。最新の技術を用いた犯罪が警察の追跡を翻弄する様子を描く。
物語全体としては謎解きの部分が非常に少なく、読者に推理を楽しませようという意図あまり感じられない。また、登場人物の背景についての記述が少なく、キャラクターとして薄い存在のまま犯罪の動機についても納得できかねる部分がある。最新の技術を駆使した誘拐という大それた犯罪を行う様子はこの物語の見せ場で一気に読ませるだけのスピード感を持った部分ではあるのだが、登場する技術について詳細な説明の多くが省かれているために、残念ながらリアルさがあまり伝わってこない。(もちろん詳細に書きすぎると実際の犯罪に応用する輩が存在してしまうと言うことも考慮した結果ではあるだろうが)その結果、どこをとっても物足りなさを覚えてしまう作品であった。
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「ルパンの消息」横山秀夫

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
15年前に自殺として処理された女性教師の墜落死は、実は殺人事件だった。そんなタレ込み情報が警視庁にもたらされた。時効まで24時間。当時不良高校生だった喜多芳夫(きたよしお)と竜見譲二郎(たつみじょうじろう)と橘宗一(たちばなそういち)の三人組が決行した悪戯がその事件に大きく関わっていた。喜多(きた)と竜見(たつみ)の供述により二転三転しながら次第に15年前の真実が明らかになっていく過程がスリリングに描かれている。
一気に読ませるストーリー展開はさすが横山秀夫作品といった感じである。そして物語中においても、聡明だったが現在はホームレスとなり公園のベンチで寝ている男、不良だったがある女性との出会いを期に進学を志し、しっかりした家庭を持った男など、事件関係者の人生が適度に描かれていて、十人十色の生き方があるのだと感じさせてくれる。そしてそんな人生をつくった昭和という時代に疑問をも投げかけてくれるのだ。

戦争も戦後も薄れた昭和の後半という奴は確かにそんな時代だったかもしれない。何もかもが膨れて、伸びて、伸びきって・・・。なぜ豊かになったのかみんな次第にわからなくなっていった。アポロの仕組みも技術も何もわからずに、テレビの映像で月面を跳ね回る男たちを繰り返し見せられる、あの奇妙な感覚が昭和の後半、ずっと続いていたような気がする・・・

ただの刑事物語では決して終わらない。これが横山作品の魅力である。この作品は横山秀夫の処女作であるが、後に書かれた「半落ち」「顔」以上の傑作だと感じた。
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「4TEEN」石田衣良

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第129回直木賞受賞作品。
太って大きなダイ、小柄でメガネで賢いジュン、ウェルナー症という病気を抱えたナオト、そして読書が趣味の主人公テツロー。東京湾に浮かぶ島。月島を舞台に14歳の中学生4人の青春を描く。
友情、恋、性、暴力、病気、死。彼らの生活の中で多くの出来事が展開する。そんな4人の前で起こるバリエーションに豊かさに、若干作られたストーリーという面を強く感じないでもない。それでも自分が14歳だった頃、何をして楽しんでいたかをつい考えてしまう物語であった。時代は違えど、目の前で起こる出来事、興味の対象に対してストレートに感情を表現する彼らの姿に、読者は昔の自分との共通点など、忘れていたものをいろいろ思い出すことだろう。


ウェルナー症候群
20世紀初頭に、ドイツ人の眼科医オットー・ウェルナーによりアルプスの谷間に住む4人兄弟の患者が初めて報告されたことから、この名前がつけられた。 一般の人より数倍のスピードで年をとる病気「早期老化症」の一つで、20歳頃から白髪や皮膚の皺などの老化の特徴が現れ始め、糖尿病,癌などで40歳あまりで死亡してしまう。
 また、ウェルナー症候群は日本人に極めて多い早期老化症である。この症状を長年にわたって診断してきた東京都立大塚病院の後藤眞博士らによると、ウェルナー症候群の臨床報告数は世界でおよそ1200例。そのうち日本からのものが800例を超えて群を抜いている。

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「誘拐の果実」真保裕一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
都内で大病院の孫娘、17歳の辻倉恵美(つじくらえみ)が誘拐された。犯人の要求は入院患者、永淵孝治(ながぶちたかはる)という患者の命である。一方、神奈川県内では書店の息子で19歳の工藤巧(くどうたくみ)が誘拐された。こちらの犯人の要求は七千万円分の株券である。
別の場所で起こった二つの誘拐事件が、それに取り組む刑事たちの努力の末に次第に共通点が見えてくる。
物語全体としては、誘拐を起こした犯人たちの意図や家庭環境が複雑で感情移入できない箇所も多い。それでも「自分を許せない」というような、今では多くの人が忘れかけている純粋な気持ちを思い出させてくれる話ではある。作者の多くのアイデアが詰まった作品であるというのは感じるが、それが効果的に物語りに取り入れられたとは言いがたく、一般的な刑事物語の範囲を出るものではないと感じた。
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「千里眼とニュアージュ」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
史上最大のIT企業が設置した”48番目の都道府県”萩原県。そこはニートと呼ばれる無職の人々や失業者たちが、生活費も支給されながら暮らす最先端の福祉都市である。
ところが住民たちは悪夢にうなされて臨床心理士への相談を希望する。そんな舞台の上で、「蒼い瞳とニュアージュ」の主人公であり、萩原県で生活する一ノ瀬恵梨香(いちのせえりか)と、千里眼シリーズの主人公であり、「千里眼 トランス・オブ・ウォー」の話の後にイラクから帰国したばかりの岬美由紀(みさきみゆき)の人生が重なるという、松岡作品ファンにとっては待ちに待った作品だったのではないだろうか。
物語は、主人公クラスの二人が活躍するという内容ではなく、どちらかというと主役の座は美由紀(みゆき)に譲り、恵梨香(えりか)は自分の生き方に迷い、時に投げやりな姿勢が印象に残る。
美由紀(みゆき)は相変わらず、読者の誰もが憧れるような行動力と聡明さを併せ持ちながらも完璧な女性であり続けるわけではなく、誰もが味わいそうな悩みや葛藤を見せるところがまた読者のヒロインであり続ける要素なのであろう。

イラクで過ごした日々は、あまりにもわたしの視野を大きくしすぎた。たとえ相談者でなくとも、目の前にいる人に苦痛を与えておいてカウンセラーといえるのだろうか。多数が少数に優先するという考えは、自衛隊を辞したときに捨てたはずなのに。

物語全体としては、美由紀(みゆき)と恵梨香(えりか)が出会うこと意外は今までの松岡作品と比べて目新しいことも、感動する場面もないように思えた。ニッポン放送株買収問題で脚光を浴びたライブドア、2000年に発覚した藤村真一氏の遺跡捏造事件など、社会の出来事を上手く素材として物語に取り入れようとするあまり、内容が薄くなってしまったように感じる。次回作品に期待する。


モノマニアック
幼少の頃の偏執的な性格を残し、他人を所有物で判断する傾向のある人格のこと

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「波のうえの魔術師」石田衣良

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
私大の文学部を卒業しながらも職がなく、親の仕送りに頼りながら残りの生活費をパチンコで稼ぐという就職浪人生活を送っていた主人公の白戸則道(しらとのりみち)。あるとき彼は老人に声をかけられる。「わたしの秘書として働いてみないか?」それがマーケットへの入り口だった。そんな物語。
タイトルとなっている「波のうえの魔術師」とはその老人のこと。つまり上下に揺れ動く株価を利用するということ。そんな内容なので株式投資に関する知識がある人ほど楽しめるだろう。知識がない人は大いに興味を掻き立てられることだろう。個人的にはわからない単語が多々出てきたのですべてを理解できるくらいの知識を身につけたいと感じた。それでも物語を最低限楽しむことは出来た。


ブルとベア
相場の先行きに対する予想を表しおり、英語で雄牛を意味する「ブル」は相場に対して強気を、クマを意味する「ベア」は相場に対して弱気を表している。「ブル型」投信は、相場に対して強気ということなので、相場が上昇すると利益が出る仕組みの投信。逆に「ベア型」投信は相場が下落すると利益が出る投信。

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「パーフェクト・プラン」柳原慧

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第2回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作品。
代理母として生計を立てる小田桐良江(おだぎりよしえ)と歌舞伎町で働く田代幸司(たしろこうじ)、赤星(あかぼし)サトル、張龍生(ちょうりゅうせい)の4人は投資アドバイザーである三輪俊英(みわとしひで)の息子である俊成(としなり)を誘拐して、ある犯罪計画を立てる。彼ら4人の計画通りに進むかに思えたところで物語りは大きく展開していく、という話。
物語はクラッキング、オンライントレードなど旬な題材を盛り込んだ、まさに今風な物語に仕上がっているが、物語自体の面白さ、深みは予想を超えるものではなかった。物語よりも新たな専門知識の風を吹き込んでくれたことが印象的である。


ソーシャルエンジニアリング
ネットワークの管理者や利用者などから、話術や盗み聞き、盗み見などの「社会的」な手段によって、パスワードなどのセキュリティ上重要な情報を入手すること。パスワードを入力するところを後ろから盗み見たり、オフィスから出る書類のごみをあさってパスワードや手がかりとなる個人情報の記されたメモを探し出したり、ネットワークの利用者や顧客になりすまして電話で管理者にパスワードの変更を依頼して新しいパスワードを聞き出す、などの手法がある。
ベルフェゴール(Belphegor)
ベルフェゴールは、人間界の結婚生活などをのぞき見る悪魔で、牛の尾にねじれた二本の角、顎には髭を蓄えた醜悪な姿をした悪魔とされる。しかし、それとは別に妖艶な美女として描かれることもある。何故か車輪付きの椅子、または寝室の奥で洋式便所に座った姿で現される。
七つの大罪
「七つの罪源」ともいわれ、「罪そのもの」というより、キリスト教徒が伝統的に人間を罪に導く可能性があるとみなしてきた欲望や感情のことを指す。伝統的な七つの大罪とは高慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲の7つを指す。
エニグマ
第二次世界大戦でドイツ軍が使用した暗号システム。ドイツ軍はエニグマに絶大の自信を持っていたため、 これが連合軍に解読されるとは夢にも思っていなかった。エニグマ暗号がもし解読されていなければ、 ノルマンディ上陸作戦や大戦での連合軍の勝利はずっと遅れたか、 あるいは、勝利そのものさえなかったかもしれない。
ES細胞
embryonic stem cellsの略語で、正式には「胚性幹細胞」という。不死化し、がん細胞のようにいくらでも永く増殖しつづける力をもっている。しかし、ヒトES細胞は、“人の生命の始まりである受精卵”を破壊して作り出すものだけに、いかに有用な細胞とはいえ、倫理的に果たして作製が許されるものかどうか、欧米を中心に真剣に議論されている。
ディスレキシア
学習障害の一つのタイプで、脳内の中枢神経系の機能障害。特徴としては、平均の知的能力があり、その他の障害が無いのにも関わらず、文字をすらすらと読むことができなかったり、スペリングをよく間違い、文字を書くことが苦手などがある。
ウィザード
本来「魔法使い」を意味する英語で、コンピュータの世界では稀に見る天才的技術者をウィザードと呼んだりもする。
サヴァン症候群
知能障害をもちながらも、例えば音楽や目で見た風景を写真と同じくらいに見事に再現できるなど、突出した記憶力を持つ人々のこと

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「光射す海」鈴木光司

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
入水自殺をはかって病院に入院することになった若い女性のさゆりは記憶を失っていた。同じ病院に入院していた砂子健史(すなこたけし)はさゆりがたまに口ずさむハミングに聞き覚えがあり、さゆりのことを調べ始める。そして物語は、遺伝子病を絡め、太平洋を航海中のマグロ漁船まで広がっていく。
今回で約5年ぶり2回目の読破となったが内容を知っていても十分に楽しむことが出来た。僕自身は、現状から逃げ出してマグロ漁船で人生を模索する真木洋一(まきよういち)にもっとも感情が多く重なる。真木洋一(まきよういち)は同じようにマグロ漁船に初めて乗り込んだ水越(みずこし)をこう表現する。

道そ捜そうとする「あがき」においては、五歳年下の水越に負けると常々感じていた。持って生まれた体力、知力は人それぞれ異なる。与えられた領域の中で、精一杯あがかなければ生きる意味がないことを、水越(みずこし)から学んだつもりだ。

ハンティントン舞踏病という逃れられない運命に悩む女と、逃げようと思えば逃げられる現実を突きつけられた男。自分だったらどうするか、そんなことを考えてしまう内容である。全体としては、普段の生活からは想像もつかないマグロ漁船での生活と、実在する恐ろしい遺伝病を絡めた物語の展開が非常に上手い。そして結論への導き方も無駄がなくすっきり読ませてくれたうえで、さまざまな興味を掻き立ててくれる。


ケースワーカー
福祉事務所で現業を行う職員の通称。現業員とは、相談援助の第一線で働く職員のことで、これには生活保護だけではなく、障害者や児童、高齢者の相談業務を担当する職員も含まる。通称ですから、本来なら役所内での言葉で終わりそうなのだが、行政機関で福祉関係の相談業務に従事する人数が相対的に多いため、「福祉を中心に生活の相談にのる人」の通り名として一般的に使われるようになっている。
ハンチントン舞踏病
錐体外路障害のうちの運動増加筋緊張低下症候群の一つで、顔面筋・眼筋・舌筋、頚部・四肢などの筋に踊るような不随意運動がみらる。中年すぎに発症し、遺伝性家族性があり、精神障害や痴呆を伴う。有病率は人種によって異なり、欧米では人口10万人あたり4〜7人と比較的多い疾患とされているが、東洋人、アフリカ人では少なく、我が国では人口10万人あたり0.4人となっている。

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「発火点」真保裕一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
杉本敦也(すぎもとあつや)は12歳の夏、父親を殺された。以来、何をやっているときも、常に周囲からの奇異の視線を感じてしまう。そして、21歳になった今、多くの経験を経て、12歳の夏に一体何があったのか、なぜ父は友人に殺されたのか、9年前の真実に目を向けようとする。
物語は敦也(あつや)の一人称で綴られるため良くも悪くも敦也(あつや)の物の考え方が多く描かれている。大人になりきれない21歳の敦也(あつや)の心がよく見える。

少年期はもう大人と等しい打算を抱いているし、他人への嫉妬に胸を焦がしもする。本当の意味での純粋さを持ち合わせているのは、物心つくか点かないかの幼少期の、ほんの一瞬のことにしかすぎない。なのに大人は、少年の日々を甘酸っぱい幻想に見落ちた言葉で飾りたがる。

敦也(あつや)は12歳の夏から「父を殺された少年」だったことで複雑な思いを抱き続けていたのである。

あの子は可愛そうな身の上だから、みんなで応援してあげよう。そういう態度こそが高慢さに満ちている、と理解できない者がいる。
最初はいたわりと同情を、やがては好奇心がまざり、ゆくゆくは親切の押し売りが増えていく。

敦也(あつや)の自分勝手な考え方に、身に覚えを感じてしまう。数年前の自分と重ねてしまうからだろうか。

人は傷つきたくない。傷つけられたのだ、と思いたい。自分以外のところに原因をつくり、被害者の位置に立ち続けていれば誰からも非難はされなくてすむ。

物語は犯罪者と被害者の人権の問題へも触れることとなる。ジャーナリストとして敦也(あつや)と接点を持った武藤(むとう)は敦也にこう語る。

刑期を終えたら罪は消えるのか、と問われれば、やっぱり綺麗さっぱり消えてしまうことにはならないような気がする。でも刑期を終えて出てきた人を、無理やり過去に引き戻すようなことはしていいのか、迷う気持ちもある。

また僕の中に、答えの出ていない問題が出来上がったような気がした。
この物語自体は真保裕一としての新たな試みだったようで、すべてが敦也(あつや)の回想シーンとして描かれているため、話の展開が遅く、特に真実を求め始めるまでが長すぎて間延びする感がある。また、21歳の青年の回想としては感想などがあまりにも大人びているような印象も受けるが、作者の視点から敦也(あつや)の気持ちを描いてしまうためなのだろう。内容としてはページ数のわりに薄い印象を受けた。
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「半落ち」横山秀夫

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2003年このミステリーがすごい!国内編第1位

現職警察官の梶聡一郎(かじそういちろう)がアルツハイマーを患う妻を殺害し自首した。動機などを素直に話すが殺害から自首までの2日間の行動がはっきりしない。その2日間の謎を解くために関わる人々の物語である。
物語は事件の処理に関わる6人の人物の別々の視点によって時系列に展開していく。6人とは、W県警本部操作第一課の志木和正(しきかずまさ)、W地方検察庁の検察官である佐瀬銛男(させもりお)、東洋新聞の記者である中尾洋平(なかおようへい)、弁護士の植村学(うえむらまなぶ)、裁判官の藤林圭吾(ふじばやしけいご)、そして刑務官の古賀誠司(こがせいじ)である。
そのため、物語の展開だけでなく、普段あまり縁のない職業に就く6人の心の葛藤、所属する組織内の軋轢、仕事に対する誇りにも触れることができる。W県警の志木和正(しきかずまさ)は取り調べを次のように例える。

取り調べは一冊の本だ。被疑者はその本の主人公なのだ。彼らは実に様々なストーリーを持っている。しかし、本の中の主人公は本の中から出ることはできない。こちらが本を開くことによって、初めて何かを語れるのだ。

東洋新聞の中途採用者で「傭兵」という隠語をあてられる中尾(なかお)はこんな思いを抱いている。

傭兵は必ず這い上がる。だが、それは他人の二倍三倍働き、二倍三倍抜いてこそだ。人並みでは駄目なのだ。

物語は、6人の心を描写し、視点を変えながらも一本のしっかりとした筋をもって読者を飽きさせることなく展開していく。そんな中で物語に関わるアルツハイマーという病気の怖さを改めて知り、「生きる」ことの意味さえ考えさせられる。
梶(かじ)はアルツハイマーを発病した妻のことを語る。

物忘れがひどくなり、ミスを防ごうとメモをするようになったが、そのメモをしたことを忘れる。そして、後で忘れたことに気づき、深く傷つく。恐怖に戦(おのの)く。自分はいつまで人間でいられるのか−−

横山秀夫作品の「顔」にも同様のことがいえるが、本書も物語の展開のうえで不必要な場面描写や説明が極力省かれており、ページ数の割に内容が濃いという印象を受け、非常に読みやすい。そして謎が解けるラストは泣ける展開だった。急性骨髄性白血病、ドナー登録など考えさせられることの多い作品であった。


検察庁へ身柄付送致
警察は、被疑者を逮捕したときには逮捕の時から48時間以内に被疑者を事件記録とともに検察官に事件を送致しなければならない。被疑者を起訴するか否かを決定するのは公訴の主宰者である検察官だけの権限。
嘱託(しょくたく)殺人
死にたいと思っていても死ぬことができない重病人等が第三者に依頼して、殺してもらうことによって成り立つ行為のこと。
グリーニッカー橋
ベルリンとポツダムを結ぶ橋梁。冷戦時代、スパイ捕虜を交換する際に使われた。

【Amazon.co.jp】「半落ち」

「誰か」宮部みゆき

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
今多コンツェルン会長の専属運転手だった梶田信夫(かじたのぶお)が自転車に撥ねられ、頭を強く打って死亡した。遺族である梶田の娘の梨子(りこ)と聡美(さとみ)は父である梶田についての本を出版したいという。そこで今多コンツェルンの広報室に勤める杉村三郎(すぎむらさぶろう)は梶田の過去を調べることになる。
どんな人にも大きな人生があり、山があり谷がある。それを轢き逃げした犯人に訴えようとする梨子(りこ)の気持ちは理解できる。

「わたし、その子の目の前につきつけてやりたいんです。六十五年間、一生懸命生きてきた、この人の人生を、あんたが終わらせちゃったんだよって」

道端ですれ違う人、その一人一人に「その人の人生がある」ということを常に意識できれば、多くの小さな争いがなくなるのに、と思った。
物語の中では主人公である杉村(すぎむら)の考え方が多く出てくる。読み進めながらその考え方に触れていくうちに、僕自身が持っているどっちつかずのの考えは、他の多くの人も持っているものであるような感じを抱いた。

母は、子供のころから、さまざまなことを教えてくれた。正しい教えもあれば、間違った教えもあった。いまだに判断を保留している教えもある。

「判断を保留している教え」そんなものを誰しも心の中に抱えているのだろう。それに対して自分なりの判断を下すたびに人は成長していくのかな・・そんなことを思った。
物語全体としては、自転車による交通事故という普段はあまり目が向けられない問題、そして恋愛の形の多様性という新たな視点を僕に与えてくれた。しかし、書店で本書を手にとったときに期待した、宮部みゆき特有の鋭い文章はなりを潜め、残念ながら一般的なサスペンスの域を出ないと言う感想である。当たり外れの激しいこの著者の作品の中で、この作品は「外れ」に該当してしまう。期待が大きい分評価が辛口になってしまう。


鬼籍
日本では過去帳(かこちょう)のことを指す。過去帳とは、寺院で所属している檀家で亡くなった人の法名、俗名、死亡年月日、享年などが書かれている帳簿である。
セルロイド
紙や木を原料としたニトロセルロースに樟脳(しょうのう)を混ぜたもの。天然樹脂を固めた物なので、プラスチックと違って微生物で分解し土に還る特性がある。弱点は燃えやすいという点。特に戦後の1954年にアメリカが、セルロイドは発火しやすく危険との理由で輸入を禁止したため、セルロイド製おもちゃ大国であった日本はその素材をビニールやプラスチックへと変えていくこととなった。

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「人間の証明」森村誠一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
初版は1977年で、2004年に竹野内豊主演でドラマ化された作品である。
20代と見られる黒人男性が東京ロイヤルホテルの最上階へ向かうエレベーターの中で死亡した。棟居(むねすえ)刑事は犯行現場に残されていた麦わら帽子と、タクシーの運転手が聞いた「ストウハ」という黒人の言葉のわずかな手がかりをもとに真実に迫る。
事件の操作は遠く黒人の生活していたニューヨークにまで広がる。ニューヨークのスラムでてがかりをさがすケン・シュフタンが日本とニューヨークを比較して日本人について考えるコメントが印象に残る。

日本人の強さと恐さは、大和民族という、同一民族によって単一国歌を構成する身内意識と精神主義にあるのではあるまいか。日本人であるかぎり、だいたい身許がわかっている。要するに日本人同士には、「どこの馬の骨」はいないのだ。

そしてアメリカ人についてのコメントに、アメリカの恐さが潜む。

無関係な人間が、生きようと殺されようと、まったく感心がない。自分の私生活の平穏無事させ保障されていればそれでよいのだ。だから、それを少しでも脅かす虞れのあるものは徹底的に忌避する。正義のための戦いは、自分の安全が保障された後のことだ。

この物語が書かれた1977年には日本とアメリカにはここまでの考えの違いがあったのかもしれないが、28年後の今、日本の考え方もまたアメリカのそれに確実に追っているように思うのは僕だけだろうか。
そして多くの推理小説と同様にこの物語も最後に一気に解決へと動くことになる。そして、その解決はタイトルでもある「人間の証明」へ繋がるのである。
全体的に、読者を引き込む力に乏しいように感じるが、それは事件の解決のために、捜査が地道に行われていることを表現した結果なのかもしれない。確かに一昔前に流行った刑事ドラマのようになんでも拳銃の打ち合いからスピード解決してしまっても現実感が薄い印象を受けるのだろう。それでも登場人物の人間関係に若干の強引さは感じてしまう。


国際刑事警察機構(ICPO)
国際的な犯罪防止のために世界各国の警察により結成された任意組織であり、インターポール(Interpol、テレタイプの宛先略号より)とも呼ばれる。
傀儡(かいらい)
陰にいる人物に思いどおりに操られ、利用されている者や操り人形のこと。
西条八十(1892〜1970)
童謡詩、象徴詩の詩人としてだけではなく、歌謡曲の作詞家としても活躍し、『東京行進曲』、『青い山脈』、『蘇州夜曲』、『誰か故郷を想わざる』、『ゲイシャ・ワルツ』、『王将』等無数のヒットを放った。戦後は著作権協会会長を務めた。薄幸の童謡詩人金子みすゞを最初に見出した人でもある。

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「カウンセラー」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
松岡圭祐の「催眠」シリーズの第三弾であり、嵯峨敏也(さがとしや)を主人公とする物語である。
響野由佳里(ひびのゆかり)は、児童にピアノを自由に弾かせることで、その児童と心で会話することができる。そのような考えを基に教育を行い続けた結果、文部科学賞から表賞されるに至った。そして同じ日、由佳里(ゆかり)が外出中に、息子の巽(たつみ、娘の麻里(まり)を含む家族4人が13才の少年によって残殺された。少年法によって刑罰の科せられない少年に対して、由佳里(ゆかり)の心には復讐の気持ちが膨らみはじめる。
聴覚に著しい才能に恵まれたが故に、悩み、葛藤するが由佳里(ゆかり)の考えは新鮮である。

才能が人との壁をつくる。たとえ肉親が相手であっても。そのことは否定できない。才能とともにうまれたことを呪うか、生きる希望にかえていくかは、自分次第なのだ。

嵯峨(さが)は復讐の念に捕われた由佳里(ゆかり)を責めるでもなく、心を救おうとするのである。
この物語を通じて考えさせられたのは13歳以下の少年へは刑罰の対象としない現行の少年法への疑問である。インターネットの普及という情報社会の波の中で、犯罪が低年齢化するのは誰にも疑いのないものである。それに対して法律がどのように犯罪を抑制する方向に働くのか、一歩間違えば14歳以下の犯罪を助長することにもなりかねない。今後の動向を気にかけていきたいと思った。


脅迫神経症
手を何度も洗ってしまったり、火の元の確認を何度もしてしまったり、一つの事に捕らわれてしまったりするなど、自分でも一見すれば「ばかばかしい事」だと解っていながらも、その観念や思考、行動などを繰り返してしまい、その事で苦しんでしまう症状。
ミュンヒハウゼン症候群
他者から注目されたいために病気などの症状を作り上げ病院などに行ったりする行動を生ずるケースのこと。一方で、子どもを代理にして生ずるケースもある、つまり、もともと何の健康上の問題もない子どもに病気をでっちあげ、そしてそれを深刻化させ、「子どもを懸命に看護するやさしい親」「不幸な親」を演じ、他者から同情などを集めようとすること。
犯罪被害給付制度
大きく3種類に分類され、それぞれ次のようなもの
・遺族給付金
下記の人のうち、第一順位遺族となる遺族(順位は)番号順に支給されます。
1 配偶者、2 子、3 父母、4 孫、5 祖父母、6 兄弟姉妹
・重傷病給付金
重傷病を負った被害者本人に3か月を限度として、保険診療による医療費の被害者負担額が支給される。
・障害給付金
障害が残った被害者本人に支給されます。
分離不安
分離不安とは、幼い子供が、親が自分を置いてどこかへ行ってしまうのではないかという恐れを抱くこと。

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「後催眠」松岡圭祐

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
松岡圭祐の「催眠」シリーズの第二弾であり、時間軸から見ると「催眠」の物語の数年前の出来事となる。
嵯峨敏也(さがとしや)はあるとき謎の女から電話を受け、伝言を頼まれる。

「木村絵美子(きむらえみこ)に深崎透(ふかざきとおる)のことを忘れるように伝えてちょうだい」

聞いたことのない名前を突然指示されて嵯峨(さが)は戸惑いながらも、真実を知ろうとする。
一方で、神経症を患っている木村絵美子(きむらえみこ)はカウンセラーの深崎透(ふかざきとおる)と再会し、同時に神経症の治療も再開することとなる。
カウンセラーと相談者との恋愛というタブーに触れながら、それを爽やかな作品に仕上げられている。嵯峨敏也(さがとしや)は語り手として登場するのみであるが、彼の視点なくしては物語のテーマは成立しない。

彼は優れたカウンセラーだったといえるのだろうか。それとも、たんなる恋に溺れた利己的な人物に過ぎなかったのか。

そしてラストは驚きと感動の結末である。松岡作品には珍しく、読むのに半日もかからない薄さで、一読しても決して後悔することはないだろう。


アダルトチャイルド
成長過程で、親や養育者に愛されなかった、虐待された、または親の不在で早くから大人としての責任を負わなければならなかった、などの理由で愛し方、愛され方がわからないまま育ってしまった人のこと。
インナーチャイルド
失われた子供時代に本当はいるはずだった自分であり、本来の自分の姿だと言える。インナーチャイルドとの出会いは、本来の自分を知るきっかけとして、また自分との語らいの手段として非常に大切なもので、子供時代の自分に出会いたいと願い、静かに瞑想する事によってインナーチャイルドと出会える場合が多いらしい。

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「記憶の中の殺人」内田康夫

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大学時代に読み漁った内田康夫の浅見光彦シリーズ。その中でも特に印象に残っていたこの作品を読みなおしてみた。
物語の中で「軽井沢のセンセ」として登場する少し意地悪な小説家、内田康夫の墓前に備えられていた不審な花が発端となり、浅見光彦は今回も事件に深く関わってくこととなる。
そして今回の事件は光彦の少年時代の軽井沢の出来事であり、記憶の欠落した部分に大きく関わることになり、徐々に明らかになるその記憶によって自分自身も事件の大きなカギを握ることを知ることとなる。
光彦は犯罪者が自分の犯罪が露見した先にとる行動について懸念するその言動は。犯罪者の家族には優しく、そして犯罪者自身には厳しい。

なんとかして罪を逃れようと醜くもがく、恥も美意識もありはしない。家族や身内の末端いいたるまで犯罪者の汚名に汚され、没落の憂き目を見るかもしれないのになぜその悲劇から逃れる唯一のチャンスを掴まないのか

内容をある程度覚えていたせいか、残念ながら最初にこの本を読んだ時のような強烈なインパクトは感じなかった。それでもひさしぶりに触れた、光彦の洞察力と優しさには大いに刺激を受けた。
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「催眠―Hypnosis」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
松岡圭祐の「催眠」シリーズの第一弾である。
ニセ催眠術師としてテレビなどに出演して生活していた実相寺則之(じっそうじのりゆき)の前にある日、奇妙な女性、入絵由香(いりえゆか)が現れた。その女性は突如、「ワタシハウチュウジンデス」と語りだし、予知能力も備えていた。そのため実相寺は彼女を占いの館の目玉として売り出すことにした。そして、にわかに世間から注目され始めた由香(ゆか)をテレビで見かけた嵯峨敏也(さがとしや)は彼女への接触を図ることになる。
以前より興味を持っていた「多重人格障害(解離性同一性障害)」という症状について理解を深めたいと思ったのだが、その点については若干掘り下げが浅いように感じた。しかし、それでも新たな知識を充分なまでに提供してくれる。
物語は嵯峨と由香とのやりとりの中で、由香がこのような精神病に至った原因を究明し、解決しようということがメインに進む。そして、嵯峨は入絵由香(いりえゆか)と接することで、今の世の中の家族の形の難しい問題とも言える部分に気づく。

入絵由香の両親は離婚してはいない。両親もいるし帰る家もあるのだから恵まれているように見える。しかし、本当は違っていた。彼女は孤独だった。もっと親の愛情を欲していた。店や仕事なんかより、自分をかまってくれる両親を欲していた。

さらに物語終盤で、嵯峨(さが)は精神病に対する現代の世間の冷たさに問題があることも訴える。

自分が正常であることを再確認したがる心理がはたらき、自分と精神病の人とのあいだに明確な線引きをもとめたがり、差別的な衝動が生じることもあるでしょう。それは現代人ならだれでも持ち合わせている欠点です。しかしその欠点を認め、正しい認識を得る努力をする前に、目を背けてしまう人が多すぎるんです。

少なからず心に響く言葉である。
物語の中で催眠効果が世の中のいたるところに存在していることが述べられている。例えばパチンコに熱中する人が存在するのは、パチンコの仕組みの中に催眠効果を取り入れていることによるものであり、パチンコに熱中するかしないかはその人が生まれ持った被催眠性の強弱によるものだという。読み進めていくうちに、世の中の多く人に対して「悪いのは人間ではなく社会なのだから、そのことで悩んでいる人を救わなければならない」そんなメッセージが込められているように感じる。
そうやって理解するなら、僕の嫌いなタバコもCMによる暗示と依存のせいであるから、被催眠性の強い人が一方的に「意志の弱い人」として世間から攻められるのはおかしい。ということになる。僕自身はこの本を読んでも、やはり「意志の力でなんとかできるはずだ」と主張したい。この辺り、被催眠性が弱いせいで、「自分は意志が強い」と思いこんでいる僕の身勝手な部分なのかもしれない。
しかし、だとしたら一体誰を責めればいいのだろう、何を変えればいいのだろう。大きな命題を突きつけられても答えは見つからない。自分なりの答えを見つけたときにまた一つ成長するのかな。
主人公の嵯峨敏也(さがとしや)は後に千里眼シリーズで岬美由紀(みさきみゆき)と行動を共にすることになるが本作はその松岡ワールドの最初の作品である。


フーグ(遁走)
精神医学用語で、恐怖や強いショックに反応して現実社会からの逃避を起こすこと。場合によっては意識を失ってしまうなどの症状も見られ、多重人格障害で人格が交代するきっかけとしてしばしば報告されている。

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「野性の証明」森村誠一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
山間の村でハイキングで通りかかった女性、越智美佐子(おちみさこ)を含む住人が殺されると言う事件が起こった。そして、その3日後、唯一の生存者である少女が発見された。
猟奇殺人事件から2年後、被害者となった越智美佐子(おちみさこ)の妹の越智朋子(おちともこ)は生命保険会社で働く、味沢岳志(あじさわたけし)という魅力的だが不思議な男と出会うことから物語は少しずつ動き始める。
この本の初版は昭和53年である。物語の中に、自治体と警察と暴力団の癒着が鍵を握る場面が多々含まれている。今読むと若干違和感を感じるが、25年前とはそういう時代だったのか、それとも現在でも目に見えない場所でこのようなことは平然とまかりとおっているのか。そんなことを考えさせる。
森村誠一作品には毎回のように感じさせられることだが、重要と思われた登場人物があっさり死んでしまったり、正義を行っている人の行為が報われなかったりする。もちろん世に多くある物語のように、正義がいつだって勝つことのほうが現実では少ないのかもしれないが、それでもやはり後味の悪さを感じてしまうのだ。


マリオットの盲点
網膜の視神経系乳頭の部分には視神経細胞が存在しないため、視野のなかでこの部分に相当するところは見えない。この生理的な視野欠損部のことをマリオットの盲点と呼ぶ。

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