「金のゆりかご」北川歩実

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
GCS幼児教育センターのGC理論は、幼児期の教育が天才を作り出すというもの。過去の何人もの子供たちにその教育を受けさせてきた。野上雄貴(のがみゆうき)も過去、その教育を受けた一人。そんな彼が今回GCS幼児教育センターに社員として迎えられようとしている。どんな意図が働いているのか。
「胎教」も含めて、幼い頃の教育方法は多くの人の関心の向くところである。本作品では、幼い頃の環境の作り方が多くの知識や考え方を詰め込むのに適した、容量の大きい脳を形成するという考え方を、「CG理論」として挙げており、その教育によって成長した子どもたちと、その周辺の大人たちの様子を描いている。
多くの人が心の奥ではすでに理解している。必ずしも数学や教科ができて、
多くの知識を持っていることが必ずしも「幸せ」に繋がることではないと。だからこそ、本作品の登場人物たちは、その葛藤に苦しめられる。そんな倫理的な側面に加えて、もちろん本編のほうもしっかり楽しませてくれる。
何度も真実の裏に本当の真実が見えてくる。意表をつく展開の本など何度も読んで慣れていると自負している僕でも、「やってくれる」と思わせてくれる展開で、一方でそういう意表をつく展開の物語には、読者の予想を裏切ろうと努めるがあまり内容が希薄になるのだが、本作品はそんなことはなく満足できる一冊だった。
【楽天ブックス】「金のゆりかご」

「竜巻ガール」垣谷美雨

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
今を生きる女性4人を描く短編集。
今でも世の中には男尊女卑の文化は残っているのだろう。僕ら男から見てもたびたびそう感じるのだから、女性たちが感じるその不平等はさらに強く映っているに違いない。
自分の容姿の美しさのせいで性の対照として見られ続け、それを避けるためにガングロになる女子高生。一方、ある三十代の女性は、婚期を逃して会社にとどまり続ける。多くの男性社員が自分より出世し自分は常に若い女性社員と比較され続ける。
男と同じように評価されたとしても、女性たちは仕事ができれば「女性らしくない」とか「家事はできない」「可愛くない」と言われるのだろう。女性たちが生きるのをここまで難しくさせているのは、社会の評価と、男性の評価と、女性の評価があまりにも異なった審査方法をとっているからに違いない。
女性が女性を評価するときの腹黒さに比べれば、男性が女性を「かわいいから許す」などという本人たちの努力無関係に女性を評価する姿勢さえも可愛く見えてくる。

彼女は安心したいのだ。かつての私がそうだったように。
結婚したところで数々の問題を抱えて、不幸になる女が多いという事例をひとつでも多く見て、今の独身生活を選んだ自分が間違っていなかったことを確認したいのだ。

最期の章は日本に住む中国人を夫にした女性の話。仲良くやっていけるか不安がる日本人に対して、仲の良さなど大した問題じゃないと言い張る中国人。そのやりとりはなんとも心に残った。

日本デハ、大抵ノ人、生キテルデショウ

女性達の生き方の困難を理解していない男性たちにお勧めである。
【楽天ブックス】「竜巻ガール」

「終末のフール」伊坂幸太郎

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
3年後に小惑星が地球に衝突する。人々は働くのを辞め、学ぶのを辞め、何人かは暴徒と化し、何人かは自ら命を絶った。残された3年という月日を生きている人々を描く。

僕らはいつか死ぬということをもちろん知っていながらも、常にそれは遠い未来だと考えている。だからこそ「3年」と明確に自分の最期のときを突きつけられた人々の様子を通じて、生きることの意味を考えさせようとしているのだろう。

人々がそんなに簡単に命を絶ったり、そう簡単に食料を求めて暴徒と化すのか、正直疑問である。登場人物の一人のキックボクサーの苗場(なえば)さんは、世界の終りが3年後に迫ってもジムに通ってミットにハイキックを撃ち続けている、一風変わった人間のように描かれている。
彼はこういう。

明日死ぬとしたら、行き方が変わるんですか?
あなたの今の生き方は、どれくらい生きるつもりの行き方なんですか?

「明日死ぬとしたら?」と仮定して自分の行き方を見つめなおす考え方は、新しくもなんともなく、むしろ昔からたびたび語られることであるが、僕が思ったのは、むしろ、これって特別なことだろうか?ということ。こういう人、結構いるんじゃないかと思う。人間そんなに捨てたものではなく、最期まで格好よく生きることがきるのはのは一握りのヒーローだけじゃなく、日本にだって、僕の周りにだってたくさんいるんじゃないかと思うのだ。

そして僕自身も、もちろん実際にそんな状況になってみないとどうなるかなんてわからないが、この物語の中のような状況に陥ったら、なんか、毎日サッカーして、最期の日には空を眺めて楽しめそうな気がするのだが、他の読者はどう感じるだろうか?今回、伊坂幸太郎という著者が人気ある理由が少しわかった気がする。彼の作品は何かを考えさせようとする、でも決して答えは示さない。そんな内容だから、「人生とは何か?」など、普段深く考えないで生きる人々になにか「はっ」とさせるような強い衝撃を与えるのではないだろうか?

【楽天ブックス】「終末のフール」

「女神」明野照葉

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
誰もがあこがれる美貌を持ち、仕事もトップセールスを誇る。そして恋人はエリート医師、と完璧な女性に見える沙和子(さわこ)。そんな折、同じ職場に勤め、周囲と同じように沙和子(さわこ)に憧れる真澄(ますみ)は、ときどき見せる沙和子(さわこ)の不思議な行動に興味を持って、彼女を観察し始める。
本作品で沙和子(さわこ)が見せる生き方は、人々の心に存在する強い願望を象徴しているようだ。人は誰もが誰かにあこがれている。自分より頭のいい誰か、自分より運動の得意な誰か、自分より優れた容姿を持っている誰か。悩みを持っていない人など世の中にはいないのに、人は誰かにそんな理想の生き方を感じるのだろう。
本作品でもる沙和子(さわこ)は、周囲から見ると完璧な女性。しかし物語は沙和子(さわこ)の視点も移り、沙和子(さわこ)にもまた大きな悩みやコンプレックスを抱えながら生きていることが窺える。そして、だからこそそれが自分の描く完璧な人間を演じようといる努力に変わっていくのである。
沙和子(さわこ)の世の中の一般論に左右されない考え方が爽快である。

主婦として家におさまっている女だって、突き詰めてしまえば同じことだ。からだと居心地のよい住環境を提供して、男に食わせてもらっている。客は夫一人かもしれなくても、売春とたいした違いはない。

僕の頭の中にある常識にも波紋を作る。

男というのは「君の幸せ」と言いながら、自分の人生の設計図に女を同伴者として取り込もうとする。

物語は昨今の世の中の怖さを伝えてくる。お金さえ払えば戸籍を買うことも、整形手術をして顔を変えることもできる。皺や肌のたるみを除去して若くみせることもできる。
しかし、多くの人が誰かにあこがれ、「こんな自分は嫌だ」と思ってはいても、実際に行動に移すことはできない。親からもらった顔を変えるのは良くない。体を売るのは良くない。人を欺くのは良くない。そんな「倫理」と呼ばれるものを言い訳にして、何もせずにただ自分の不幸だけを嘆き続けるのだ。
沙和子(さわこ)がこの作品の中でみせてくれるその生き様は、人によっては「そんなもの『幸せ』ではない」と断じるかもしれない。そういう生き方しかできない彼女を「哀れな人」と蔑むかもしれない。でも、「こんな生き方もありなのかもしれない」「こんなふうに強く生きてみたい」と思わせてくれる部分があるからこそ心に響く何かを感じるのだろう。
本作品で興味深いのは、そんな沙和子(さわこ)の生き方を知った数人の人々の見せた反応である。
僕らが持っているそれぞれの価値観は僕らだけのものであり、必ずしも他人の価値観に依存する必要はないのだから、そんな価値観に正直に生きてもいいのじゃないだろうか。たとえ誰も認めてくれなくたって…。
しかし東野圭吾の「白夜行」に登場する雪穂を思い出したのは僕だけではないだろう。
【楽天ブックス】「女神」

「放火」久間十義

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
池袋の雑居ビルで19名の死傷者を出す火災が発生した。新聞記者のまゆ子は真相を究明するため、そして警部補の黒田(くろだ)も警察上層部の動きに不信を感じながらも関係者を当たる。
2001年に起こった歌舞伎町ビル火災を思い起こさせる。実際著者もこの事件をヒントに本作品を描いたのだろう、最初の従業員が脱出するシーンや都市ガスのガスメーターがガス管から外れている点も事件と同じであり、すでに忘れ去った過去の傷ましい事件へと僕の関心を向けさせてくれたが、その一方で、誰にも知られずに夜な夜な放火を繰り返す、というタイトルの「放火(アカイヌ)」という言葉が僕に与えたイメージとその内容はかけ離れているような違和感を感じた。
とはいえ、風俗店に認可を与える公安委員会の事務作業を警察が行うことよって発生する矛盾、すなわち癒着に触れており、物語の視点は非常に面白い。この視点の面白さをもう少し物語の面白さに繋げられないものか、登場人物に誰一人として感情移入できないほどその薄い描写にそう感じずにはいられない、なんとも残念な作品である。

【楽天ブックス】「放火」

「ゆれる」西川美和

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
母の一周忌のために猛(たける)は兄、稔(みのる)のいる田舎に戻り、そこで幼馴染だった智恵子(ちえこ)と再会をする。3人で出かけた際に起きた智恵子(ちえこ)の死という出来事によって、猛(たける)と稔(みのる)という仲のいい兄弟の間に今までと違う空気が流れ始める。
オダギリジョー主演で映画化されて高い評価を得ている「ゆれる」の原作である。と言っても、映画を監督した西川美和による著なので、その内容はほぼ完全に映画と重なる。すでに本を読む2日ほど前に映画を見ているので、物語中の文字に心の中に残っている映像を重ねながら読み進めることができた。
タイトルのとおり、ある出来事を期にゆれる2人の心がなんとも怖く描かれている。幼い頃から優しかった兄、稔(みのる)。弟の猛(たける)もずっと感謝をしていた。優しかった兄が自慢だった。でも、本当に兄は僕に優しかったのか。妬んだり、嫌ったりしたことはなかったのか。自分は本当に兄に感謝していたのか、うっとうしく感じたり、そんな自分を抑えた生き方をしている兄を蔑んだりしていなかったのか。
僕自身も、3人兄弟の真ん中として育ったから、兄弟の間に起こる妬みなどはよくわかる。そして、兄弟の中で「自分だけが両親に愛されていないのじゃないか」という気持ちも。

兄はその冷たさを、その不快さを、感じることがないのだろうか。むしろそういった不快さを常に体に追いながら生きるのが兄の「自然」なのか。
これまで兄が全く怒りの感情を持たないかのようであったことを不思議にも思い。時には苛立ちさで感じながらも、その一方で去勢された不能者を見るような悪趣味な愉悦感を覚えてきた。

この物語中で描かれているそんな複雑で落ち着きどころのしらない心の揺れは決して特別なものでもなく、なにか突発的な出来事が起こったからという理由で、必ずしも引き起こされることではなく、どんな人でも心の中に、抱え、それでも表面上は隠して生きている、そういう類のものなのだ。
とはいえ、個人的には最後の猛(たける)の心を、もう少し説得力を持って描いてほしかった。きっと著者の中では明確な理由を持って説明できていることなのだろうが、読者としてはいまいち納得しかねる、といった印象。それでもこういう人間の感情を描ける著者は自分の知る限り数えるほどなので、その点は評価したい。一般的には映画のほうが小説より評価されているようだが、両方あわせてその世界に浸ることをお勧めする。
【楽天ブックス】「ゆれる」

「警察庁から来た男」佐々木譲

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
北海道県警に警察庁から特別監査が入った、監察官であるキャリアの藤川警視正は、監察の協力者として、半年前に北海道県警の裏金問題を証言した津久井(つくい)刑事を指名する。
舞台は「笑う警官」の半年後である。目線は監察官の協力者を努める津久井(つくい)と、別方面の捜査から、道警内部に疑いの目を向ける佐伯(さえき)、新宮(しんぐう)を基本として、物語は展開される。
前作品「笑う警官」を読んだときも感じたのだが、実は「笑う警官」の一個前の作品が存在して単に自分がその作品を読んでいないだけではないか?という疑問は本作品を読んでいる際も感じた。それは、言い換えるなら、この作品の登場人物の過去がそれだけリアルに描かれているということなのかもしれない。
「笑う警官」でも活躍した女性刑事小島百合(こじまゆり)巡査は本作品でも登場し、その、一般的な刑事とは違ったスキルを披露して真実の究明に貢献する。その描写からは間違えなく自分が好む燐とした女性像が想像でき、僕にこのシリーズを好きにさせた大きな要素である。
また、新人警察官の新宮(しんぐう)の成長も注目である。本作品で一つの忘れられない経験をした彼が今後どうやって一人前の刑事になっていくのか。

「おれたちは、骨の髄まで刑事だよな。ただの地方公務員とはちがうよな」
「おれたちは、刑事です」
「目の前にやるべき事件があり、しかもおれたちが解決できることだ。こいつを組織に引き渡すなんて真似はやるべきじゃないよな」
「そのとおりです」

本シリーズの魅力はやはり、その捜査の様子に違和感がないことだろうか、もちろん素人意見ではあるが、不自然な捜査や信じられないような偶然が起きたりしないから、リアルな警察官を感じられる。読者によっては物足りないと思う人もいるかもしれないが個人的には支持したい。

エドウィン・ダン
明治期のお雇い外国人。開拓使に雇用され、北海道における畜産業の発展に大きく貢献した。(Wikipedia「エドウィン・ダン」

【楽天ブックス】「警察庁から来た男」

「ブレイクスルー・トライアル」伊園旬

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
第5回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作品。
門脇(かどわき)は久しぶりに再会した旧友、丹羽(にわ)の誘いにより、ブレイクスルートライアルというセキュリティ会社が企画するとある施設への浸入コンテンストに参加することを決意する。ともに人には言えない過去を抱えながら、最新の防犯技術を備えた施設への侵入を試みる。
「浸入」を目的として話は展開するから、そこには多くのセキュリティ技術について触れられている。指紋認証や静脈認証がそれである。それぞれのセキュリティシステムの長所や短所にも触れられている点はいろんな興味を掻き立ててくれるかもしれない。
物語としては、門脇(かどわき)を中心とした視点のほかに、その施設への侵入、もしくはたまたま居合わせたいくつかのグループへと移るが、いずれもその描写は感情移入できるレベルとは言い難く、個人的には、どれか一つに絞ってもっと詳細な成長過程などまで描いて欲しかったと感じている。
また、本筋の施設への浸入のくだりも、読んでて手に汗握るというレベルとは程遠く、全体的には、現代のセキュリティシステムに関する描写に適当に登場人物と物語を肉付けした、というレベル。
正直、この作品と言い「パーフェクトプラン」といい、この「このミステリーがすごい!」という賞自体に疑問を感じさせる内容であった。ひょっとしたら審査員達が「新しくなければならない」「ミステリーでなければならない」などのように、何か間違った方向の意識に縛られているのではないだろうか。

アリステア・マクリーン
スコットランドの小説家。スリラーと冒険小説で成功した。『ナヴァロンの要塞』で最もよく知られている。(Wikipedia「アリステア・マクリーン」
ギャビン・ライアル
イギリスの冒険小説・スリラー小説家。(Wikipedia「ギャビン・ライアル」
ジャック・フットレル
アメリカのジャーナリスト・小説家・推理作家。1912年タイタニック号の遭難事故で死亡。(Wikipedia「ジャック・フットレル」

【楽天ブックス】「ブレイクスルー・トライアル」

「フレンズ シックスティーン」高嶋哲夫

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
15歳のアキの目の前で、親友ユキの父親と妹の優子(ゆうこ)は、暴力団の抗争に巻き込まれて死亡した。親友のユキは心を閉ざし言葉を喋らなくなった。アキは友人の3人と「親友のユキのために自分たちにできること」を探し始める。
15歳という、肉体的には成熟しながらも、精神的には不安定な、アキを含む4人の友人たちの行動が興味深い。それは読者の予想通り、少しずつ間違ったほうに進んでいく。(「間違っている」という考え方自体、僕らの主観的意見に過ぎないのだが)。
何をすればユキは再び喋るようになってくれて、幸せになるのか、そして自分たちは?。若いからこそ、何をすればいいかわからないけど何かをせずにはいられない。冷静にならなければいけないとわかってても心の中に沸き起こる感情に抗うことができない。
それは単純に友人に対して起こった悲劇に対する怒りからだけでなく、不条理な世の中に対する思いや、やりきれない自分に対する怒りの捌け口へと変わっていくようにみえる。
以外だったのは、最後まで読んでも、著者である高嶋哲夫の結論的なものが見つからなかったということだ。そういう点で、過去読んだ彼の作品「ミッドナイトイーグル」や「イントゥルーダー」とはやや異なる印象を持つとともに、結局、この作品はどういう意図で書かれたのだろう?、といった、少々もやもやしたものを感じている。
【楽天ブックス】「フレンズ シックスティーン」

「当確への布石」高山聖史

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
犯罪被害者救済の活動を続けてきて、自らも心に傷を持つ大原奈津子(おおはらなつこ)は衆議院統一補欠選挙への立候補を決める。その仲間達と当選するために奔走する姿を描く。
選挙の内側が見える作品である。多くの人がすでに認識しているとおり、有権者の心はきまぐれである。政策や候補者の人柄によって決まるのであれば日本はもっと過ごしやすい国になっているのかもしれない。
本作品でも奈津子(なつこ)たちはそのきまぐれな有権者にどう訴えるかを考える。補欠選挙という注目を集めにくい状況をどう利用するか。
そして、政治という多くの利害が絡むことだからこそ、メディアへの対応方法や候補者同士の駆け引きも一歩間違えれば致命的となる。そして本作品をさらに一味変わったものにしているのが、対立候補と決裂した森崎啓子(もりさきけいこ)という女性の存在である。彼女が支持した候補は必ず当選するという実績を持つ。その森崎が奈津子(なつこ)の街頭演説の場に頻繁に現れるようになる。彼女の目的はなんなのか。
そんな選挙の描写に加えて、奈津子(なつこ)が犯罪被害を救うことをスローガンに掲げていることから、犯罪者と被害者に対する日本の状況と、進んでいる海外の状況などにも触れられている。

患者が再犯したのは、医師としてのミスではない。先進資本主義国のなかにあって、精神障害犯罪者を処遇する施設が存在しないのは唯一、日本だけなのだ。

物語の面白さと社会的背景、そして登場人物の魅力まで満足の行く作品だった、加えて、こうやって多くの仲間達と一つの目的に向かう姿に憧れを感じさせてくれた。

辻立ち
街を練り、人が聞いてくれそうな辻に立って挨拶をすること。
シャペローン
イギリスにおいて被害者に対する支援活動を行う警察官
参考サイト
Wikipedia「補欠選挙」

【楽天ブックス】「当確への布石(上)」「当確への布石(下)」

「魔女の笑窪」大沢在昌

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
裏の世界でコンサルタント業を営む女性、水原(みずはら)。過去何人もの男性と関係を持ってきたがゆえに、人を見てその人の人間性を見抜く技術を持つ。
水原のクライアントの多くは、裏の世界に生きるものたち。おのおのが独自のルールに則って生きている。裏の世界を舞台にした物語の中ではよく語られることだが、彼らは表の世界以上に、「義理」…言い換えるなら「貸し借り」を重んじる。なぜなら、法律を気にしないで生きている以上そこには刑罰の類のものが存在しない。それはいわゆる強い恨みを買えばそれはすぐに「死」につながるからである。そのような考えは本作品でも大きく扱われている。
そしてそれと対比するように、法律の許す範囲でなら平気で人を裏切る人間として表の世界の人々に触れている。
いくつか興味深い内容はあったが、そこまでである。物語というのは、その主人公に共感したり、その主人公の生き方にあこがれたりしてこそ楽しめるもの。すでに中年の域に差し掛かりながら体を武器にして裏の世界で生きる女性に、どうやって読者は魅力を感じればいいのだろう。

トローリング
曳き釣り。ルアーやベイトをボートで引っ張って行う釣りの一種。

【楽天ブックス】「魔女の笑窪」

「屈折率」佐々木譲

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
安積啓二郎(あづみけいじろう)は自分の事業からの撤退を機に、兄の経営していて存続の危機に瀕していた実家のガラス工場の建て直しを担うこととなる。啓二郎(けいじろう)はそのガラス工場で透子(とうこ)というガラス工芸作家に出会う。
本作品には、優秀な営業マンが企業を立て直す経済小説の要素と、恋愛小説の要素が取り入れられている。
この物語で新しいのはその恋愛の形だろうか。啓次郎の妻は経済的にも自立したキャリアウーマンで夫の浮気も仕方がないものと考える。また、透子もガラスと恋人ならガラスを選ぶという女性。男性目線で描かれた物語でありながらも女性の強い生き方を魅せてくれる。
また、ガラス工場という点でも、面白い。大田区という世界でも有名な工場地帯を舞台としており、やや頑固な生き方をしながらも、そこで働く人々は高い技術を持つが、市場調査や営業力を持たない。そこに経験豊かな啓二郎(けいじろう)が取締役として加わることで徐々に業績は上向いていく。
屈折率のものすごい高いガラスのエピソードはなんとも興味深くロマンチックで印象に残った。自分の中の話のネタの一つに加えておきたい。
その厚さにやや戸惑うかもしれないが、個人的には、読んで後悔することのない作品と感じた。

予納金
自己破産を裁判所に申立てする際、裁判所に収めるお金のこと。これを収める事が出来ないと自己破産の手続を受けることはできない。

クラインの壺
境界も表裏の区別も持たない(2次元)曲面の一種。(Wikipedia「クラインの壺」
参考サイト
日本ガラス工芸協会

【楽天ブックス】「屈折率」

「スクープ」今野敏

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
テレビ報道局に勤める布施京一(ふせきょういち)は独自の取材で数々のスクープをものにする。
布施(ふせ)が真実を知るために、現場に潜入していく様子が繰り返し描かれる。時にはマリファナやコカインを楽しむ芸能人達と遊んだり、中国人との博打に勤しんだり。スクープが目的なのか、スリルを楽しみながら生きているうちにスクープが副産物として生まれるだけなのか…。
本作品から改めて伝わってくることだが、ただの殺人事件や芸能人の覚せい剤所持のような日常的事件ではスクープになりえない。多くの問題が未解決のまま、裏の世界で徐々にその触手を伸ばしていることに気付くだろう。大物政治家の癒着などはいまさら驚くようなことでもないが、マフィアと組んで援助交際をしながらコカインを売りさばく女子高生などはその1例である。
本作品の魅力は、布施(ふせ)と、刑事の黒田(くろだ)のやりとりにあるかもしれない。頻繁に情報交換をする2人は、一見互いに毛嫌いしていながらもお互いの心のそこにある「正義」を認めている。

「俺たちだって、若い頃は将来についての不安はあった。」
「そんなのとは質的に違いますね。将来の夢が持てないんですよ。どうしたって、世の中よくなりそうにない。大人は世の中に絶望している。その絶望を子供たちは敏感に感じ取るのかもしれませんね。」
「誰がこんな国にしちまったんだろうな。」
「俺たちでしょう。」

人間の中に、お金や性に対する欲望があるかぎり単純に取り締まることのできない多くのこと。そんな類の多くの問題に改めて目を向けさせてくれる作品であった。

LSD
非常に強烈な作用を有する半合成の幻覚剤である。(Wikipedia「LSD(薬物)」

アメリカ禁酒法
1920年から1933年までアメリカで実施された。(Wikipedia「アメリカ合衆国憲法修正第18条」

【楽天ブックス】「スクープ」

「天使と悪魔」ダン・ブラウン

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
1グラムで20キロトンの核爆弾に匹敵する反物質が盗まれ、バチカンのどこかへ持ち込まれた隠された。犯行は宗教と敵対し、過去迫害され続けたいた組織イルミナティによるものだった。
翻訳によるニュアンスの違いが嫌いで、ずいぶん長いこと海外小説から離れていたのだが、周知のようにこの話題性。これだけ話題になる作品はどれほどのものなのか、と久しぶりに手に取ってみた。
物語の舞台はバチカン市国とその周辺のつまりイタリア、ローマである。物語中に出てくる通りの名前や建造物、彫刻まですべて実在する物なので、いやがおうにもそこにある芸術への興味を喚起されることだろう。
また、イルミナティなる、科学を追求しながら教会から迫害されていた組織がその黒幕であるということから、物語中では科学側の主張と、それと相反する宗教側の主張が見られ、それは僕ら日本人のような、無神論者からみても決して理解し難いものではなく、また、ガリレオの地動説など、教会と科学者と間で起こった過去の諍いなどにも触れられているため、いろいろな考え方に触れられるだけでなく、多くのことを考えさせてくれる逸品である。
物事の謎をすべて解き明かそうとするのが科学なら、謎を「神の力」としてきたのが宗教であり、それならその科学と宗教は共存できないのか、敵対しつづけるものなのか…。
なかでも、イルミナティの策略によって窮地に立たされた教会がメディアを通じて教会の必要性を訴えるシーンは強烈な印象を残してくれた。

科学とはどんな神なのでしょうか。民に力だけを与え、その使い方に関する倫理の枠組みを示さないというのは、どんな神でしょうか。子供に火を与えるだけで、それが危険だと注意してやらない神とは、いったい何者ですか。
あなたがたは大量破壊兵器を量産しますが、世界中を飛び回って指導者達に抑制を求めるのは教会です。あなたがたはクローン生物を創り出しますが、人々におのれの行動の倫理的な意味を考えるよう釘を刺すのは教会です。

そして個人的に興味深々だったのが、イルミナティに伝わる伝統的なアンビグラム。土(earth)、空気(air)、火(fire)、水(water)の四台元素の文字が、いずれも点対称(つまり上から見ても下から見てもearthと読める。)で描かれる。そんなことあるのか、と思うかもしれないが、実際にその印は本の中で見ることができる。個人的には本作品のもっとも魅力的な要素の一つだと感じている。
「ダビンチコード」など、他の作品も読まなければならないような気にさせてくれた。

アクアバ人形
ガーナのアシャンティ族の若い女性が妊娠中に背中にくくりつける木彫りの像。将来、強壮な子供が授けられるようにという願いが込められている。
参考サイト
Wikipedia「イルミナティ」
Wikipedia「ビックバン」
Wikipedia「反物質」
Wikipedia「アンビグラム」

【楽天ブックス】「天使と悪魔(上)」「天使と悪魔(中)」「天使と悪魔(下)」

「神南署安積班」今野敏

渋谷の街を管轄する神南署。刑事課強行班係の安積(あずみ)係長とその部下達の様子を描く。
なんといっても本作品の見所は、安積班の4人の個性豊かな刑事たちだろう。生真面目な村雨(むらさめ)、最年少の桜井(さくらい)、太って緩慢な動作しかできないにも関わらず鋭い洞察力を持つ須田(すだ)。そして、俊敏で緻密な黒木(くろき)。読み終わった後には安積班の4人の名前と特徴を覚えてしまっていることからもその個性の強さがわかるだろう。
そして当然のように、昨今の刑事物語では当然のように語られる、現場捜査員と上層部の幹部たちの間で起こる摩擦やそ子にはさまれる中間管理職たちの葛藤も描かれている。

警察に限らずどんな組織にも二つのタイプの人間がいる。上司に可愛がられるタイプと部下に慕われるタイプだ。それはなかなか両立しない。

8編の物語から構成され、いずれも安積班を扱っているがそれぞれ活躍する人物は微妙に異なる。刑事という職場にある強い信頼関係がなんとも爽快である。
【楽天ブックス】「神南署安積班」

「あの日にドライブ」荻原浩

オススメ度 ★★★☆☆
現在43歳の伸郎(のぶろう)は元銀行員で現在はタクシーの運転手。その生活を描く。
「もしあのときこうしていたら…ああしていたら…」。誰もが一度は考えたことがあるのではないだろうか。生きているうちに時に迫られる選択。人生のターニングポイント。一つの道を選択したら、もう一方の道を選択した場合に自分の人生に起こる結果を僕らは知ることができない。
過去のエリート人生から脱落して、その間の期間だけのつもりで選んだタクシーの運転手という職業。長距離の客に出会えるかどうかが運に左右され、それ以外の時間を車の中で一人でいろいろ考えてしまうからこそ陥いる、後ろ向きな後悔のスパイラル。読んでいる人間までへこませるようなマイナス思考のオンパレードだが、やがて自分だけが不幸なわけではなく、また、青く見える隣の芝生も、実際には多くの欠点を抱えていることに気付いていく。

曲がるべき道を、何度も曲がりそこねた。脇道に迷ったし、遠回りもした。でも、どっちにしたって、通り過ぎた道に、もう一度戻るのは、ちっとも楽しいことじゃない。

結局は今を前向きにとらえて生きることこそ人生を楽しむ最良の方法なのだと伝えたいのだろう。僕にとってはそれは新しい考え方でもなんでもなく普段から意識していることではあるが、普段人生や運命をどうとらえているか、そういう読者の人生に対する姿勢によって、本作品の受け止め方は変わってくるのではないだろうか。
難しいことを考えずにのんびりとした気分で読むには悪くないかもしれない。
【楽天ブックス】「あの日にドライブ」

「猛禽の宴」楡周平

オススメ度 ★★★☆☆
日本でコカインネットワークを築いた朝倉恭介はアメリカで組織の長であるファルージオを介して幹部たちと顔を合わせる。その後ファルージオが襲撃されたことで組織は、トップ争いの混乱に向かう。
「Cの福音」の続編に当たる。舞台をニューヨークに移し、そこをテリトリーとする多くの組織、中国系マフィア、イタリア系マフィアなどの間で広げられる勢力争いと、駆け引きに焦点があてられている。
メインはそのマフィア間の抗争であるが、むしろ興味をひかれたのが、湾岸戦争の後遺症に悩む元米軍兵士のアラン・ギャレットの人生である。
国を守るために多くのものを犠牲にしたのに、国は何も助けてはくれない…。この物語はもちろんフィクションであるが、似たような話は世界中にあるのだろう。
物語自体は朝倉(あさくら)とギャレットが出会って自らの安全やプライドを守るために闘いを始めるというものだが、朝倉恭介シリーズの「つなぎ」的な印象が否めない。このシリーズの続編を今後も買うか考えてしまう。
ただの人間の物語であるだけでなく、なんらかのテーマを内包した物語でなければ貴重な時間を割いてまで読む意味を見出せなくなるかもしれない。

アパラチン会議
1957年11月14日にアメリカ合衆国ニューヨーク州の町オウェゴ(Owego)の郊外アパラチン(Apalachin)で開かれたマフィアによる秘密会談のこと。 (Wikipedia「アパラチン会議」

【楽天ブックス】「猛禽の宴」

「RYU」柴田哲孝

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
沖縄の川で無人のボートが発見された。そのボートに残されていたカメラには不思議な生物が写っていた。沖縄の伝説のクチフラチャは実在するのか、ルポライターの有賀雄二郎が動き出す。
「TENGU」「KAPPA」に続く、柴田哲孝の未確認生物シリーズの第3段である。さすがに3作目となると、その生物が醸し出す不穏な空気などで、マンネリな感を出してしまうかと思いきやそんなこともなくしっかり楽しませてもらった。
沖縄の文化やその土地の人柄、アメリカの支配下におかれた沖縄の歴史的背景にまで触れながら構成されるストーリー。科学と迷信や伝統を組み合わせるそのバランスの良さは本作品でも健在である。
ただ、今回は最終的にその生き物と地元の人間との戦いになることから、そのシーンには人間のエゴのようなものを感じてしまった。

【楽天ブックス】「Ryu」

「ぼくのメジャースプーン」辻村深月

オススメ度 ★★★☆☆
人を操る不思議な力をもつ「ぼく」は、学校で起きた事件のために言葉を失った幼馴染み「ふみちゃん」のために、その犯人と会うことなった。不思議な力を使って犯人に罰を与えるために。
基本的に物語は、不思議な力を持ちながらその力の使い方を知らない小学四年生の「ぼく」と、同じ力を持って過去に何度かその力をつかったことがある大学教授の秋(あき)先生との間の会話が軸となって進む。
学校のウサギを殺した犯人と一週間後に面会する約束をとりつけ、2人は犯人にどんな罰がふさわしいかを話し合う。
物語は大人である秋(あき)先生が、小学生の「ぼく」の気持ちに対して、いくつかの疑問をなげかけ、時にはいろんなたとえ話や経験談を交えながら進むのが、それが「ぼく」と20歳以上も歳の離れた僕の心にもここまで響くのは、その問題が決して答えの出ない問題だからだろう。物語の中でもその場にいないほかの人物の意見としていくつかの考えが紹介されている。

復讐しても、元通りにはならない。すごく悔しいし、悲しいけど、その感情に縛られてしまうこと自体が、犯人に対して負けてしまうことなんだ。
犯人を、うさぎと同じ目に遇わせる。自分のために犯人がひどい暴力を受けることは、その子だって望まないかもしれない。だけど、自分のために狂って、誰かが大声を上げて泣いてくれる。必死になって間違ったことをしてくれる誰かがいることを知って欲しい。

生きているうちに知らぬ間に組み立てられていた自分の心の中の常識、生命の価値だったり、正義の形だったり、強さの形だったり、人を想う坑道だったり、そういった、今までとりたてて疑問に想ってこなかったものに対して、「もう一度考え直してみよう…本当にこれでいいのか、本当にこれは正しいのか…」。そう思わせてくれる作品である。
【楽天ブックス】「ぼくのメジャースプーン」

「疾風ガール」誉田哲也

オススメ度 ★★★☆☆
タレント事務所で働く祐二(ゆうじ)はあるとき、バンドでギターを弾いている夏美(なつみ)というとびっきりの才能と出会う。事務所の方針とは相反するものの彼女を売り出すことを決意する。
一見軽率なイメージを与えがちな、タレント事務所であるが、本作品では最初から、そこで働く祐二(ゆうじ)の、優しいがゆえに、苦しむ様子が描かれている。

お前が食い潰したんだよ。彼女の2年をな。二度とは戻らない。十代の最後を、二年間もな。

普段接することのな世界で生きる人々のその一生懸命な姿、そこで生きるがゆえに感じる多くの矛盾や葛藤が描きながら進む夏美と雄二の夢物語を期待し、期待感は膨らんだのだのだが、夏美(なつみ)の所属するバンドのボーカル、薫(かおる)の自殺をきっかけに話は一気に動き出す。
どうして薫は自殺したのか…。
しんみりとしがちなテーマではあるが、自分の才能を知らずに思ったまま行動をする夏美(なつみ)の姿はとそれに振り回される祐二(ゆうじ)のやりとりはなんとも微笑ましくタイトルの「疾風ガール」を裏切らない。

一人でも輝けるあんたには、周りの人間が自分と同じぐらい輝いて見えちゃうのかもね。でも、それはあんたが照らしてるからであって、その人の背中は、実は真っ暗になってるってこと、あるんだよ。

幼い頃は「がんばればなんでもできる」なんて言われて育ったけど、20代も過ぎれば「才能」というものが世の中には存在することは誰もが理解している。生きる道によってはその「才能」の違いは努力で補えたりもするが、「才能」がなければいきていけない道もある。
そういう道で生きている人たちがどんなことを感じ、その道でそんな嫉妬や葛藤、そして絶望が生じるのか、ほんのすこし理解できたような気がした。
【楽天ブックス】「疾風ガール」