「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」岩崎夏海

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
もはや説明もないぐらい今話題の本だが、改めて説明するなら、ドラッカーの「マネジメント」を読んだ弱小高校野球部のマネージャーみなみが、その内容を野球部に少しずつ取り入れていくという内容。
この本がなぜここまで人気があるのかは理解しがたいが、「マネジメント」と聞くと、会社経営に興味がある人向け、と思って敬遠してしまう人が多いであろう内容を、会社以外の身近な組織(ここでは野球部)で説明している点と、そのタイトルとはイメージとしてかけ離れた表紙絵、挿絵などによるところも大きいだろう。
実際僕自身、そのオリジナルのドラッカーの考えなど一切知らないが、抵抗なくその基本的な考えに触れられる。

あらゆる組織において、共通のものの見方、理解、方向づけ、努力を実現するには、「われわれの事業は何か。何であるべきか」を定義することが不可欠である。

こういう説明をするとただのドラッカーの「マネジメント」の初心者版、というような響きをもってしまうだろうが、繰り返しになるが、それを「高校野球」という非営利な組織に適用している点は単に「身近な例」という意味以外においても大きな意味を持つように思う。特に「顧客とは誰か」という問いを高校野球について問う、というのが新鮮で、読む人によっては、人間関係を損得で計ろうという考え方を嫌う人がいるのかもしれないが、僕自身にとっては好意的に捕らえられる。

「顧客は誰か」との問いこそ、個々の企業の使命を定義するうえで、もっとも重要な問いである。

また、そんな「マネジメント」だけでなく、高校野球の物語そのものも結構面白くて、感動的だったりするのはうれしい驚きだった。
さて、結局本作品ではそうやって高校野球を例にとって「マネジメント」の考え方はどんな組織にも応用できる、という内容なのだが、個人的には、組織に関わらず「個人」にも応用できると思った。
たとえば僕自身という「個人」に当てはめて、「われわれの事業は何か」との問いに、「人生を楽しく生きること」と定義するなら、その顧客は、生きるために必要なお金を与えくれる勤務先や、楽しい機会を与えてくれる友人だったりする。多少の悪行では見放さない親や兄弟は、筆頭株主といったところだろうか。
そうなるとマーケティングとはどういうことだろう。顧客が僕自身の商品である、「発言」や「雰囲気」や「外観」に何を求めているのか。個人にあてはめたときマーケティングだけが突然難しくなるのだが、それはきっと、飲み会のような砕けた場所に出向いて意見を聞いたりすることなのだろうか、自分の言動の直後の周囲の人の表情の変化、つまり「空気を読む」というのもマーケティングになるのだろう。
結局「マネジメント」なんて自分には縁のないもの、と切り捨てるのも読者次第。個人的にはただの話題性だけでなく、内容もオススメできる作品だと感じた。

ピーター・ドラッカー
オーストリア・ウィーン生まれのユダヤ系経営学者・社会学者。(Wikipedia「ピーター・ドラッカー」

「「英語公用語」は何が問題か」鳥飼玖美子

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
楽天やユニクロが社内の公用語を英語にするなかで、いったいそれにどれほどの意味があるのか、そもそも僕ら日本人はなんのために英語を勉強し、その問題点はどこにあるのか、そんな視点からプロの同時通訳者の著者が語る。
最近の迫りくる英語熱に「待った」をかけるような内容で、実際に多くの人が感じているであろうことを代弁している。何も考えずに「世の中の流れだから」と英語を勉強している人には耳の痛い内容も多々含まれているだろう。

三木谷氏は「英語はストレートに表現するが、日本語だとあいまいになる」から、「仕事の効率が上がる」と、よくわからない私見を開陳したようである(英語はストレートに表現するだけの言語ではなく、婉曲な表現もふんだんにあることは、言語コミュニケーションを少しでも勉強すれば分かる)。

著者が語っているのは、グローバル化=英語ではなく、グローバル化というのは文化や言語の多様性を最大限に利用してこそ成り立つもので、英語というひとつの言語を押し付ければ成り立つものではないということ。
そして英語をネイティブ波に使いこなせるようになるのは不可能であり、英語をなんのために勉強するのか、という目的を常に意識して勉強する必要があるということ、などである。
そんな中、なによりおおいに著者に同意したいのは次のこと。

大事なのは英語ができるかどうかの前に、話す内容があるかどうかである。

僕も英語を勉強していてたくさんの人と英語で会話を重ねるが、ときどきどんな質問をしても、熱心に語ってくれない人がいる。「この人にはどんな話題をふればいいのだろう」「そもそもこの人に話したいことなんてあるのだろうか」と。
そういう人は、自分がなにをどのように考え、なにを求めているか、そういうことをもう一度考え直す必要があるのだろう。そういう人が話せるか話せないかというのはもはや英語以前の、人間としての問題なのである。
また、著者は日本の英語教育や、多くの企業がその英語力を計る尺度として利用しているTOEICの信用性についても語っている。英語を学んでいる人、学ぼうとしている人はぜひ目を通すべき内容だろう。

外国語青年招致事業
地方公共団体が総務省、外務省、文部科学省及び財団法人自治体国際化協会 (CLAIR)の協力の下に実施する事業。英語の略称である『JETプログラム(ジェット・プログラム)』という名称も頻繁に用いられ、事業参加者は総じてJETと呼ばれることになる。(Wikipedia「外国語青年招致事業」
参考サイト
JETプログラム公式ホームページ

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「キラークエスチョン 会話は「何を聞くか」で決まる」山田玲司

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
200人を超える「初対面対談」を繰り返してきた著者がその経験から、人との会話を盛り上げるために有効な質問とその理由をまとめている。
久しくこういう本は手にとっていなかったのだが、軽くさらっとなにか読みたいなと思って購入してしまった。数年前に読んだ本、確か「聞く技術」というようなタイトルだったと思うが、そこに書かれていたことと若干共通する部分もあり、本書でも、人は誰でも自分のことを話したがる生き物だから、会話では「話す」ことよりも「聞く」ことのほうが大切と書いてある。
実際自分もなるべく「話す」より「聞く」を実行しようと意識はしていて(実際にできているかは別問題)、その結果として、何度も会話をしたことがある人が自分の仕事さえも知らないなんてこともたまにあったりする。
そんな「聞く」ことの重要性を理解した上で、こんな質問が共通点のない人物同士でも会話を盛り上げる、というような20個ほどのキラークエスチョンはがまとめてある。
そこであげられているキラークエスチョンの詳細へはここでは触れないとして、結局大事なのは、相手へのリスペクト、そして、いかに相手を主人公にできるような質問をするかということなのだろう。そして印象的だったのが、自分の弱点を見せることで相手は話しやすくなる、という部分だろうか。次回から実行してみたいとこだ。
そんなふうに、いくつか考え方として面白い部分があるにはあったが、30分もしないで読めてしまう本書に660円とは・・・。気になった方には立ち読みをお勧めしめする。
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「ひなた」吉田修一

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
就職したばかりの進藤レイ、その恋人で就職活動中の大路尚純(おおじなおずみ)、その兄の浩一(こういち)その妻の桂子(けいこ)。4人の男女の日常を描く。
4人それぞれの視点から日常を順番に眺めて行くため、誰もが悩みや不安を抱え、存在意義や居場所を求めて生きているのが見えて来る。
それとあわせて見えてくるのは、人は誰でも秘密を抱えているということだろうか。必ずしも、自分の非道徳的な行いや恥ずかしい過去を隠すためではなく、むしろその多くが今現在の人間関係を平和に維持したいがために維持されるのかもしれない。
生まれたときから自然と周囲にあった幸せ。気がついたら存在していたやさしい友人や家族。それらが何故そこに存在して、自分はどうやってそれを維持しているのか…。そんな、普段は考えないし、考えても簡単には納得のいく答えの出ないことを考えさせてくれるような不思議な雰囲気を持つ物語。
一般的な僕の小説に対する好みとして、あまり吉田修一作品が傾向として持っている、言いたいことを明確に示さない曖昧さは好きではないのだが、今回はなんか結構心揺さぶられた。
なにげなく散りばめられた他愛のない文章や、台詞のなかにも、なにか深いものを感じれるのではないだろうか。

子供のころ、秋になるとどこかもの悲しいのは、遊べなくなるからではなくて、遊び続けることに、楽しみ続けることに、人間が飽きてしまうということを、知らず知らずのうちに知ってしまうからではないだろうか。
ボリス・ヴィアン
フランスの作家、詩人である。セミプロのジャズ・トランペット奏者としても名をはせ、余技として歌手活動も行った。

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「万能鑑定士Qの事件簿II」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
各テレビ局に送られた2枚の番号まで同じ1万円札。日本中に偽札があふれている現実に世の中が慌てふためく。
「万能鑑定士Qの事件簿I」とほぼ2冊で一つの物語となっており、凛田莉子(りんだりこ)の紹介的な流れだった前作とはことなり、今回は偽札があふれかえったことによって混乱する日本を描いている。
実際、世の中に真偽の判定ができないほどの精巧な偽札が出回っていると世間が知ったときの世の中の動きというのは、なかなか想像しがたいものではあるが、商店が紙幣での支払いを拒否し、人は外貨への両替に走る、というように、そんな状態で起こりうるいくつかの人々の行動は本書のなかで描かれているように見える。「ほかにどんなことが起こりうるだろう」と考えながら読むと面白いかもしれない。
ちなみに偽札というと、偽札作りに命をかける男たちを描いた真保裕一(しんぽゆういち)の「奪取」などが頭に浮かぶ。紙幣に注ぎ込まれている最新技術などに興味のある方はこちらもお勧めしたい。
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「輝く夜」百田尚樹

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
クリスマスイブの女性たちの奇跡を描いた5つの物語。
注目の百田尚樹の新作ということでやや好みのテイストとは異なるにも関わらず「こういう物語はどんなふうに描くのだろう」という想いで手に取った。5編ともクリスマスイブに女性に起こった奇跡を描いている。
最初の1編、2編あたりは、こんな物語もたまにはいいな、などと思いながら読んでいたが、さすがに4編、5編とありえない偶然が続けば、感動よりもむしろ冷めてしまう。むしろ想ったのは、こんなありえない確率のできごとでも起きない限り恋愛は成立しないのだろうか、という疑問。
この物語で感動するには現実を知りすぎてしまったようだ。どちらかというえば中学生、高校生向けのラブストーリーという感じ。5編とも主人公の女性のこころがあまりにも美しすぎるのも現実感が乏しい、あまり百田尚樹に恋愛ものは期待できないかも。
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「埋み火 Fire’s Out」日明恩

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
希望を失った老人ばかりが火災で死亡するという事件が続いていた。消防士の雄大(たけひろ)は死亡した老人たちの間の関連性に気づく。
前作「鎮火報」の続編で文庫化を待ちに待った作品。自称「安定して金がもらえるからなった」という「やる気のない」消防士雄大(たけひろ)を中心とした物語。序盤は前作同様に、僕ら一般人が描く消防士というものが、実際のそれと大きく異なっていることをリアルに語ってくれる。

助けられなかった要救助者をみつけるたびに、消防士の誰もがしてもし切れない後悔という名の炎で、自身を焼き焦がす。死者を出しても、ま、仕方ないやと気にも留めない消防士なんていやしない。いるわけがない。

雄大(たけひろ)は火災で死亡した老人たちの関連性に気づいて、その背後をさぐろうとする。その背後には、家族に必要とされなくなった老人たちの孤独さや、家族のありかたや理想、世代間の価値観の相違などが描かれている。

人にはそれぞれ事情がある。死ぬことでしか楽になれな人だっている。確かに死ねば終わりだし、本人はそれで良いだろう。だが、死んで楽になれるのは本人だけだ。逆に残された人は、死んだ人の何倍も苦しむ。

そんな物語と平行して、雄大(たけひろ)の周囲の人たちの悩みや生き方についてもしっかりと描いている。目の前で母親が自殺するのを止めなかったことをずっと後悔しながら生きている雄大(たけひろ)の親友の祐二(ゆうじ)や、親の都合のいい子供になっていることに気づいて悩む中学生の裕孝(ゆたか)など、それぞれの登場人物にしっかりとした背景があって説得力があるという点で、日明恩(たちもりめぐみ)作品に例外はないようだ。
後半、女で一人で雄大(たけひろ)を育てた母民子(たみこ)に雄大(たけひろ)が積年の感謝の思いを口にするシーンが特に印象的である。
全体的には若干期待値が大きすぎたせいか、前作に比べるとやや物足りなさも覚えたが、それでも読みどころ満載である。
【楽天ブックス】「埋み火 Fire’s Out」

「遠い国のアリス」今野敏

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
少女漫画家の有栖(ありす)は休暇中に熱にうなされて、不思議な世界にたどり着く。そこでは自分の知っている人たちが少しずつ違うように振舞っていた。
警察小説で有名な今野敏の作品である。警察小説の面白さはすでに知っているが、その著者がこうも異なるジャンルをどう描くのか興味があって手に取った。「不思議の国のアリス」をもじったタイトルにどうしてもファンタジーを連想させるが、実際には本作品はむしろSFである。有栖(ありす)が別世界から来たことを受け入れて、みんなで彼女をもとの世界に送り返す方法を考え始める。
そこで議論される時間と空間の話、「四次元」「時空」「亜空間」などは、どちらかといえば理系的な話でファンタジー小説を求めて本作品を買った読者にはひょっとしたら敬遠したい話かもしれない。とはいえ、夢と現実、四次元空間における時間の受け止め方、などはすでに知られている考え方とはいえ、改めて別視点から説明してもらった気がする。
ただ、物語としてはかなり未熟な感が否めない。時間と空間の話を会話形式で進めた初心者向けの教科書、みたいなちょっと残念な出来である。
【楽天ブックス】「遠い国のアリス」

「ボックス!」百田尚樹

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
電車内で喫煙している男たちに絡まれた教師、耀子(ようこ)を救ったのは同じ高校のボクシング部の生徒だった。それが耀子(ようこ)のボクシングとの出会いだった。
物語は20代半ばの女性教師耀子(ようこ)と、天才と呼ばれるボクサーであり高校の期待の星である鏑矢(かぶらや)、そしてその幼馴染でいじめられっこでありながらもボクシング部への入部を考える勇紀(ゆうき)を中心に進む。
マイナースポーツでありながらも、通常のスポーツと同一視できないボクシングという競技の特殊性を語りながら、さまざまな動機をもって集まってきたボクシング部の生徒たちの青春を描いている。
生まれながらの天才鏑矢(かぶらや)、そして努力の天才であることが次第に明らかになる勇紀(ゆうき)。そんな親友でありながらも対照的な2人を中心にすえている点が物語を面白くさせている。そして2人の前に立ちはだかるライバル校の無敗のモンスター稲村(いなむら)。複雑なことを考えずに一揆読みできる作品である。
「武士道シックスティーン」や「ひかりの剣」など最近スポーツものに涙腺が甘いようだ。常に思いっきり打ち込める何かを探し続けている僕にとっては、本作品で歩けなくなるほど力を出し尽くす登場人物たちがなんともうらやましい。
そもそもこの本を手にとったのは、その物語に惹かれたからではなく「永遠の0」で魅力的な作品を書いた著者百田尚樹がほかにはどんな作品を書いているのだろう、という思いからである。太平洋戦争を描いた「永遠の0」とはジャンルが違いすぎて比較にならないかもしれないが、ボクシングという一歩間違えれば命さえも奪いかねないスポーツに対して、物語を通じて、多くの見方を提供するあたりに共通点が見え隠れする。

真に強い軍鶏は嘴が折れても闘う。腹を切り裂かれてはらわたが飛び出しても闘う。頭を割られて脳みそが飛び散っても闘うんや。

とりあえずしばらく百田尚樹作品は見逃さないようにしたい。
【楽天ブックス】「ボックス!(上)」「ボックス!(下)」

「万能鑑定士Qの事件簿I」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
出版社に勤める小笠原(おがさわら)は、東京の街中に張られている「力士シール」の鑑定を依頼するため、「万能鑑定士Q」という鑑定士と出会う。その鑑定士は凛田莉子(りんだりこ)。まだ20代前半の若く女性だった。
気がつけばずいぶん長いこと松岡圭祐作品から遠ざかっていた気がする。「千里眼シリーズはもう完結してしまったのか。そんな、松岡ワールドへ久しぶりに触れたいと思い、その新たなヒロインと思える本書を手に取った。
物語は、鑑定士である凛田莉子(りんだりこ)と、かなり不器用な雑誌記者小笠原(おがさわら)の出会いから始まる。同時に、高校を卒業し東京に出てくる凛田莉子(りんだりこ)という過去のエピソードが平行して展開する。本作品のメインはむしろその過去の凛田莉子(りんだりこ)のエピソードで、勉強は苦手なのにもかかわらず、東京での暖かい人たちの出会いでその才能を開花させ、鑑定士としての生き方光明を見出すまでが描かれている。
本書は物語としては凛田莉子(りんだりこ)の紹介に以上の部分はないと言っていいだろう。これから起こる大きな混乱が続編「万能鑑定士Qの事件簿II」で解決されるらしく、本書中にちりばめられた多くの謎は「II」まで持ち越しとなっている。
松岡圭祐作品はいままで現実的な話は「催眠シリーズ」で、やや過渡なエンターテイメント性を持った物語は「千里眼シリーズ」で展開していたが、本シリーズはどちらかというと後者に近くなりそうな印象を受けた。
ただの思いつきだけで出来上がったヒロインではなく、今後取り上げられるエピソードで、強く読者に訴えるものがすでに用意された上で、それをつくりあげられるために用意されたヒロインであってほしいものだ。

リンネ
スウェーデンの博物学者、生物学者、植物学者。(Wikipedia「カール・フォン・リンネ」

【楽天ブックス】「万能鑑定士Qの事件簿I」

「ジェネラル・ルージュの伝説」海堂尊

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
「ジェネラル・ルージュ」と呼ばれる東城医大の天才救命医、速水晃一(はやみ)の短編集。
速水(はやみ)を主人公とする「ジェネラルルージュの凱旋」は僕が海堂尊作品を好きになったきっかけとなる作品。そこで大活躍した速水晃一(はやみ)に焦点をあてた、短編集。「ひかりの剣」は速水の医大生時代を描いているが、本作品中の3編はいずれも医師時代。とはいえ最初のエピソードは新米医師の速水を描いており、類まれなる才能に恵まれながらも、自らの技術を過信し、先輩医師にはむかう生意気な新米を描き、物語としてはもっともオススメである。
実際の救命の混乱と、己を知らなかった自分と向き合い、自らを向上させる決意をする、と、言ってしまえばありがちな展開なのだが、その細かい展開と、速水という人物の魅力に楽しませてもらえる。相変わらず看護婦の猫田は存在感抜群である。

イカロスは人々の希望なの。その失墜を見て、意気地なしたちは安全地帯から指さしあざ笑う。だけど心ある人はイカロスを尊敬する。

2章目は「ジェネラルルージュの凱旋」と同じ時間を、経費削減に奔走する事務長三船(みふね)目線で描いた作品。すでに「ジェネラルルージュの凱旋」を読んだのが2年以上まえなために若干記憶が薄れているが、展開もほとんどそのままなのだろう。
そのとき心を動かされた言葉に、今回も同様にゆすぶられた。

だが、現実にはこの病院にはドクター・ヘリはない。なぜ?
事故を報道し続ける、報道ヘリは飛んでいるのに。

3編については満足だが、その後の「海堂尊物語」や登場人物の解説はページを稼ぐためだけのものにしか見えない。
【楽天ブックス】「ジェネラル・ルージュの伝説」

「名前探しの放課後」辻村深月

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
新年を迎えたはずの依田いつかは、突然3ヶ月前にタイムスリップした。同級生の誰かが自殺した記憶だけをもったまま。誰かの意思の力で自分が選ばれたのか?名前のわからない自殺者の自殺を食い止めるためにいつかは動き出す。
誰かが自殺をしたはずだが、それがだれかがわからない。というこの設定。思いっきり辻村深月のデビュー作の「冷たい校舎の時は止まる」とかぶっている気がするが、それが彼女の僕のなかでの最高傑作には違いないので手にとった。
いつかは同級生の誰かが自殺をするという手がかりだけを頼りに、自分がタイムスリップしたしたということも含めて、同級生の何人かに協力を求める。
相変わらず辻村作品の登場人物は魅力的な人ばかり。タイムスリップという事実をかなりすんなり受け入れてしまう同級生たちに抵抗を抱く読者も多いかもしれないが、個人的には、本作品中で、未来の学級委員長である天木(あまき)が見せるように、信じる信じないではなく、要求された仕事をするから、と見返りを求めるほうが現実味があるように思える。
さて、そんな自殺を防ぐという目的のもとでいつかの2回目の3ヶ月はまったく違ったものになっていく。
物語がいつかだけでなく、最初にいつかがタイムスリップを告白した同じクラスの女生徒坂崎(さかざき)あすなの目線にたびたび変わるのが面白い。
いつかもあすなも過去の苦い経験と次第に向かい合っていく。人は誰でも、忘れたいような過去を経験し、コンプレックスを抱えて生きているということが伝わって来るだろう。そしてそんな出来事に対して、向き合うことは勇気がいるし、逃げることにもまた勇気がいる。
人間同士の関係のこの独特な描き方は辻村作品でしか味わえないものだろう。
それにしても「子供たちは夜と遊ぶ」のときにも感じたのだが、辻村作品にはどこか、「かっこわるく不器用にあがいている男こそかっこいい」的な表現がよく見られる。そこも含めて自分が辻村ワールドにはまっていることを感じる。
【楽天ブックス】「名前探しの放課後(上)」「名前探しの放課後(下)」

「姑獲鳥の夏」京極夏彦

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
20ヶ月も妊娠したまま出産しない女性。そんな奇怪な事件を知り、関口(せきぐち)は古本屋の変わり者、京極堂に話を持ちかける。やがて事件に深く関わることになり、忘れていた過去の出来事にも気づいていく。
見た目の厚さのせいで完全な食わず嫌いであった京極夏彦だが、友人が進めてくれたのを期に、京極作品の中でもっとも薄くもっとも有名な本作品を手にとった。そしてそれは予想通りユニークな世界だった。分厚い本の最初の1/10にもわたって古本屋の京極堂と関口の不思議な会話で占められる。
たとえば「幽霊が存在するかしないか」と考えるなら、なによりもさきに「存在」という言葉の定義をはっきりさせる必要があるだろう…。短くたとえるならこんな感じだろうか。
実際京極堂は徳川家康と妖怪のダイダラホウシを例に挙げて、「なぜ、どちらも実際にみたわけではないのに、家康の存在は信じて、ダイダラホウシの存在は信じないのだ?」と関口に問いかける。読者はその問いに対する自分なりの答えを持とうとするだろう。
個人的に、今まで深く考えもせずに受け入れていたもの、つまり「常識」にもう一度疑問を投げかけて考え直させるような流れは嫌いではない。とはいえ、嫌悪するひとも、逆に病みつきになるひともいるのだろう。
本作品の面白さはそんな独特な視点だけでなく、京極堂を含む不思議な登場人物にもある。探偵の榎木津(えのきづ)などもその一人である。本作品では微妙な存在感だけを残すにとどまったが、シリーズのほかの作品では活躍したりするのだろうか?
物語の流れはやや複雑怪奇で受け入れがたい部分もあるが、京極ワールドに病みつきになる人も気持ちもなんとなくわかる。

ダチュラ
全草(根・茎・葉・花・種子などすべての部位)に幻覚性のアルカロイドを含む有毒植物。モルヒネのような直接的な鎮痛効果はないが、痛覚が鈍くなる為、麻酔薬や喘息薬として知られる。(ダチュラとは? 朝鮮朝顔
シャルル・ボネ症候群
打撲、脳卒中、脳溢血、薬物などによって起こる脳の障害などにより、脳の情報伝達が正常に行われないことから起こる現象の総称。(マルチメディア・インターネット事典「シャルル・ボネ症候群」

【楽天ブックス】「姑獲鳥の夏」

「悪人」吉田修一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
石橋佳乃(いしばしよしの)は携帯サイトで知り合った男と会った翌日、遺体となって発見される。容疑者としてあがった2人の男性。1人は男性からも女性からも人気のある大学生増田圭吾(ますだけいご)、もう一人は土木作業員として働き、車だけが趣味の清水祐一である。
物語の序盤は増田圭吾(ますだけいご)が逃亡中ということで、真犯人が誰かわからない状態でしばらく展開するが、、むしろ物語の面白さは単純な犯人探しではなく、その事件の周囲の人間たち内面にこそある。
犯人や被害者の友人、上司、親戚、家族など、多くの人の目線から物語が展開するため、その人の悩みや思いが見えて来る。そんな数ある登場人物の中の誰一人として、「こんな人間になりたい!」と思えるような人はいないが、むしろだかこそ現実的であると言えるだろう。周囲からはどんなに輝かしい人だろうと誰もが悩みを抱えていきているのだから・・・。読者の多くは、そんな数多くの登場人物のいずれかに自分を重ね合わせることができるのではないだろうか。
本作品から伝わってくるのは希望ではなく、悲しいむなしさである。多くの人がひしめきあってこんなに近くで生きているにもかかわらず、心は通じ合えない。だからこそ、単純に一人でいる以上にさびしい…。そんな現代の寂しさがにじみ出てくる。必ずしも悪意を持った人間や、際立って不幸な環境に育ったものだけが犯罪を犯すのではなく、世の中のどんな人にも殺人者となりうる可能性がある…。そんな、なんとも吉田修一らしい作品である。
【楽天ブックス】「悪人(上)」「悪人(下)」

「沈底魚」曽根圭介

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
第53回江戸川乱歩賞受賞作品。
中国のスパイが日本に潜んでいるという情報を得て、警視庁外事課は動き出す。
江戸川乱歩賞受賞作品ということで期待したのだが、残念ながら最近増えてきた公安警察小説のなかでも特に際立ったところはない。スパイものはどうしても2重スパイ、3重スパイ、騙し合いという展開になってしまって、その範囲内ではいくら裏をかこうとも読者の想像を超える面白さには繋がらないのだろう。もう少し何かスパイスがほしいところだ。
とはいえ、このような中国などを相手にしたスパイ物語を最近よく読むようになった気がする。つまりそれが現実のものとして受け入れ始めているからなのだろう。
本作品に限らずスパイ物語というのは登場人物の名前が多くなりすぎるうえ、おのおのの利害関係が複雑になりすぎるため、なかなか物語にしっかりと着いていきずらいのもよくあることで、いかにその多くの登場人物を個性を持って描けるかが、諜報活動を描く小説には求められるのではないだろうか。
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「テレビの大罪」和田秀樹

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
昨今のテレビ番組がどれだけ世の中に悪影響を及ぼしているか、という視点に立った内容である。昨今の若者のテレビ離れは、インターネットなど、テレビ以外のエンターテイメントの普及だけによるものではなく、発信者としての責任を負うことを恐れて、ひたすらクイズ番組に走る、というテレビ局側のモラルの低下も影響しているのだろう。
僕自身ここ数年で一気にテレビを見なくなったから、その「テレビ離れ」の裏にある原因や人の考え方にはおおいに興味があったので、本書を手にとったのだが、ところどころうなずける部分はあるものの、著者のかなり強引な論理と断定的な書き方にやや抵抗を抱きながら読み進めることになってしまった。
とはいえ、確かに、テレビ局が東京に集中していなかったらおそらく飲酒運転の取り締まりは今ほど厳しくはならなかっただろう、という考え方には納得できるものがあるし、自殺報道は規制すべき、という考え方もうなずける。
結局テレビの大罪が「大罪」になってしまう原因は、情報を取捨選択せずに鵜呑みにしてしまう視聴者の側にもあるのだということは、改めて今回思ったことである。
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「金持ち父さん貧乏父さん」ロバート・キヨサキ

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
先日参加したキャッシュフローゲーム会の主催者が「大きく衝撃を受けた」と言っていた本。人の人生を変えるほどの本といわれるととりあえず読まなければ、というわけで読んでみた。
実は結構有名な本らしく、内容は一言で言えば「お金の作り方」を書いたもの。「お金の稼ぎ方」ではなく「お金の作り方」である。そして、現在の教育の仕組みを真っ向から否定している。どんなに勉強してどんなに大きな企業に入っても、稼いだ分のお金は出て行って、一生働き続けなければならない。お金の心配をせずに生きるにはどうすればいいか、ということを書いている。
僕自身あまりお金に興味はなく、お金なんてなくても楽しく生きている自信はあるのだが、「働きたいか遊びたいか?」とたずねられれば答えは明確だろう。世の中の流れなどを考慮すると、単純にそのまま書かれている内容を受け入れるというわけにはいかないが、お金に対する新たな考え方を受け入れて選択肢を増やす、という意味においては非常に面白い内容だった。
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「激流」柴田よしき

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
修学旅行の途中で行方不明になった女生徒冬葉(ふゆは)。20年後、彼女から、同じバスにのっていた同級生6人にメールが届く。「私を憶えていますか?」。大人になった彼らは再び20年前の出来事と向き合うことになる。
移動中のバスからいなくなる女生徒。こんな謎めいて、「真実を知りたい」と思わせる序章は、エンディングのハードルまで上げてしまうとはいえ、読者を引き込むには最良の方法だろう。
物語は不思議なメールをきっかけに、集まった6人。再会をそれぞれの目線から見つめることで、20年という決して短くない期間の人生が見えてくる。20年前に抱いていたお互いに対する気持ちや、20年前とのギャップ、夢を掴んだものとそうでないもの、想像通りの生き方をしているものとそうでないもの…。本作品の面白さは、行方不明になった女生徒というなぞの解明よりも、その過程で描かれるそれぞれの人生にあるといってもいいのではないだろうか。

どちらも若かったのだ。若く幼く、必死だった。自分が心地好いと感じる価値観にしがみつき、それ以外はすっぱりと否定してしまう。妥協、という言葉はあの頃の自分たちにはとても汚らわしい響きを持つ言葉だった。

その同級生の中でも、特に特徴をもって描かれているのが、芸能人として有名になった美弥(みや)と、中学生のころから誰もがうらやむ美貌をもった貴子(たかこ)である。個人的には、そんな恵まれた容姿をもちながらも決して幸せな生き方をしていない貴子の生き方が印象的だった。
ラストの展開が冒頭で引き上げた期待値に達したかどうかは疑問だが、決して悪い作品ではない。ただ、同級生6人のなかに刑事、芸能人、美人というありがちな人物設定しかできなかった点がやや残念である。
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「世界は日本サッカーをどう報じたか」木崎伸也

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
ワールドカップが終わってすでに一ヶ月。期待以上の結果に日本は熱狂したが世界はそれをどのように見たのだろう。日本の4試合は、それが自分の国であるということそ除いて考えると、普段世界のサッカーを見慣れたファンにとっては退屈の試合だったに違いない。そして、それは世界各国が日本の試合に対して抱いた感想とそう大きくは違わない。
本書は、世界各国、特にサッカー大国と呼ばれる国々の紙面や解説者のコメントを通じて日本のサッカーの長所や短所を客観的に見せてくれる。
今の問題点や今後日本サッカーのレベルの向上のために取り組むべきことを知ることができるとともに、各国の評価の違いから、それぞれのサッカー大国が何を重んじてサッカーを見ているか、という文化的な違いまでも楽しめるだろう。

「オランダのGKに、ほとんどボールが飛んでません」
「日本は何もしたくないチームのようです。」

【楽天ブックス】「世界は日本サッカーをどう報じたか」

「ひかりの剣」海堂尊

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
医学部剣道部の大会で、今年も東城大と帝華大は優勝を狙う。東城大の主将は速水(はやみ)。帝華大の主将は清川(きよかわ)である。
「チームバチスタの栄光」などの作品からなる世界の物語のひとつ。東城大の速水(はやみ)は後に「ジェネラルルージュの凱旋」で天才外科医となって活躍する。また清川(きよかわ)は「ジーン・ワルツ」で産婦人科医師として登場する。どちらも後に優れた医師となる。そんな2人がまだ学生で医者になるための勉強をしていたころ、物語としては「ブラックペアン1983」と時期を同じくしている。
そういった意味では、剣道を題材とした青春物語としても楽しめるが、海堂尊のほかの作品を読んでいればさらに楽しめるだろう。剣道部の顧問として速水(はやみ)や清川(きよかわ)とかかわる後の院長の高階(たかしな)先生の行動の理由も「ブラックペアン」を読んでいれば理解できるだろう。
さて、それにしても最近映画化された誉田哲也の「武士道シックスティーン」といい本作品といい、世の中は剣道ブームなのだろうか。実際に経験したことはないが、本作品の描写を素直に受け取ると、なんとも剣道というスポーツが魅力的に見えてしまう。そしてそんな剣道物語につきものなのが、すぐれた女性剣士の存在ではないだろうか。本作品でも帝華大にひかりという剣士が登場する。
また、本作品で面白いのは、数十年前を物語の舞台としているにもかかわらず、そこで活躍する剣道を愛した青年たちは、決して古い青春ドラマに出てくるような、頭の固い努力家ではない点ではないだろうか。清川(きよかわ)などは常に手を抜こうと考えている点が面白い。
そしてもうひとつ顧問の高階(たかしな)先生の言葉の奥深さも本作品の魅力である。

今の君は自分の才能を持て余し、その重さに押し潰されている。大きな才能は祝福ではない。呪いだよ。

余計なことを考えずに一気に読書の世界に没頭したい人にお勧めである。
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