「砂のクロニクル」船戸与一

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第5回山本周五郎賞受賞、1993年このミステリーがすごい!国内編1位作品。

独立国家の建設を求めて放棄しようとするクルド人。イランはホメイニ体制の下でそれを抑えようとする。そんな混乱のなかの中東に2人の「ハジ」と名乗る日本人がいた。

イランイラク戦争。まだ政治に関心を持つような年齢でもなかった僕は、その名前しか知らない。しかし、戦争というのは、他の国で豊かな暮らしを送っている人にとっては他人事でも、当人にとっては人生を左右するもの、人に寄っては人生そのものでもあったりする。本書が描いているのはまさにそんな人達である。

本書は「ハジ」と名乗る2人の日本人のほかに、イランの共和国軍である革命防衛隊に属するサミル・セイフ、クルド人でクルド国家の樹立を目指すハッサン・ヘルムートの視点からも語られる。サミル・セイフは国を守るためにそのすべてを注いでいるが、革命防衛隊内の腐敗に葛藤を続ける。また、ハッサン・ヘルムートもクルドの聖地マハバードの奪還を目指す中で、イランクルドとイラククルドの諍いなどの不和にも頭を悩まされる。

そんな状況のなか、「ハジ」と名乗る日本人の一人駒井雄仁によって2万梃のカラシニコフがカスピ海をわたってクルド人に届けられようとしている。そしてその後武器を得たクルド人たちはマハバードへ向かうこととなる。

かなりの部分が史実に基づいているのだろう。これほど大きな混乱を知らずに今まで生きていた自分がなんとも恥ずかしくも感じた。

本書はハッピーエンドとは言えないだろう。そもそも戦争とは悲しみしか生まないのなのかもしれない。それでも、そんな時代だからこそすべてをかけて人生を全うする登場人物たちが羨ましく思えてしまう。

イスラム革命防衛隊
1979年のイラン・イスラム革命後、旧帝政への忠誠心が未だ残っていると政権側から疑念を抱かれた従来の正規軍であるイラン・イスラム共和国軍への平衡力として創設されたイラン・イスラム共和国の軍事組織。(Wikipedia「イスラム革命防衛隊」
ルーホッラー・ホメイニー
イランにおけるシーア派の十二イマーム派の精神的指導者であり、政治家、法学者。1979年にパフラヴィー皇帝を国外に追放し、イスラム共和制政体を成立させたイラン革命の指導者で、以後は新生「イラン・イスラム共和国」の元首である最高指導者(師)として、同国を精神面から指導した。(Wikipedia「ルーホッラー・ホメイニー」
イラン・イラク戦争
イランとイラクが国境をめぐって行った戦争で、1980年9月22日に始まり1988年8月20日に国際連合安全保障理事会の決議を受け入れる形で停戦を迎えた。(Wikipedia「イラン・イラク戦争」

【楽天ブックス】「砂のクロニクル(上)」「砂のクロニクル(下)」

「日本イラストレーション史」美術手帖

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
日本のイラストレーションの歴史を一気にまとめて見せてくれる。
そもそもイラストレーションの起こりとは何のか。著者は冒頭で語っているように、必ずしもイラストレーションにイラストレーション史が必要なわけではない。しかし、知っていて損するものでもないし、知ることによって知識も視野も広がるのである。
本書に登場する数々のイラストレーターたちは正直なところほとんど知らない名前ばかりだったが、その作品はどこかで見たようなものばかり。そうやって心に刷り込まれていることが、彼らがイラストレーションのを日本に根付かせるために大きな役割を担ってきた証拠と言えるだろう。
「スーパーリアル」「ヘタうま」など大きくカテゴリ分けするとともにその関連作品を紹介し、同時に11人のアーティストの経歴を紹介する。印象的だったのは、エアブラシを使って時代を作った山口はるみ、スーパーリアルの滝野晴夫(たきのはるお)、カールおじさんで有名なひこねのりお、そしてスイカペンギンの坂崎千春(さかざきちはる)だろうか。
とてもすべての作品とイラストレーターの名は心に刻みこめないが、この4人はしっかり覚えておきたい。誰でもきっと一度はその作品を目にしたことがあるだろう。
しかし、考えうる表現がすでに出尽くしたと思われるイラストレーションは今後どこへ向かうのだろう。

ひこねのりお
日本のアニメーター、イラストレーターである。東京都生まれ、東京芸術大学美術学部工芸科卒業。東宝映画、東映動画、虫プロダクションを経て1966年にフリーとなり、自身の「ひこねスタジオ」を興す。TVアニメ、TVコマーシャル等のアニメーターとして仕事のほか、キャラクターデザインも数多く手がけ広告などマルチメディアに使用されている。(Wikipedia「ひこねのりお」

「フォントのふしぎ ブランドのロゴはなぜ高そうに見えるのか?」小林章

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
ドイツで活躍する日本人の書体デザイナー小林章(こばやしあきら)が外国語のフォントについて独自の切り口で語る。
サブタイトルの「ブランドのロゴはなぜ高そうに見えるのか?」にあるように。普段フォントというものに関心を持っていない人にとっても興味をひく切り口で始めている。LOUIS VUITTON、GODIVAなど、フォント単体で見ると普通に見えるのに、なぜ高級感が感じられるのか。
そんな出だしで始まって、海外のフォントの文化や手書き文字の文化の違いについても触れている。日本語でも同じだが、印刷につかわれるフォントと手書き文字ではその見え方や書き方は異なる。外国でもそれは同じで、特に手書き文字にはその国独自の文化が根付いているらしい。数字の「1」の書き方がこんなにも国によって違う事に驚かされた。何も知らずに海外にいったら、僕らは手書きの「1」という文字すら識別できないだろう。
そして、フォントに関する使えそうなトリビアも満載。フォント好きにはおすすめである。世の中のそこらじゅうにあふれているフォント。それを知れば普段の生活はもっと楽しくなるはず。
【楽天ブックス】「フォントのふしぎ ブランドのロゴはなぜ高そうに見えるのか?」

「ダイナー」平山夢明

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大藪春彦賞受賞作品。
退屈な人生に嫌気がさし、ちょっと魔が差した末に殺されかけて、最終的に、殺し屋が集まる会員制のダイナーでウェイトレスをすることなったオオバカナコ。下手な事をしたらその場で殺されかねない日々を送り始める。
設定が設定なだけにそのレストランで起きること、そこを訪れる人、いずれも小説だからこそできるような残酷さ、醜悪さを持っている。したがって、物語自体は非常に現実離れしたものになっている。
しかし、ダイナーを訪れる殺し屋たちも、もちろんなんの理由もなく殺し屋になったわけではなく、物語中で語られるその「殺し屋になったきっかけ」は、まだ「正常な生活」の範囲にいる僕らが見ないようにしている現実世界の暗い部分を見せつけてくれるようだ。今の状況を放っておいたらこんなことにもなるかもよ、こんな人が生まれるかもよ、と。
そんななかで、オオバカナコはコックであるボンベロとその飼い犬でこれまた殺し屋の菊千代とダイナーを切り盛りしていくのだが、少しずつ過去のつらい経験が明らかになっていく。
なにか訴えるものが感じられるかもしれない。
【楽天ブックス】「ダイナー」

「龍神の雨」道尾秀介

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第12回大藪春彦賞受賞作品。
添木田連(そえきだれん)と妹の楓(かえで)は事故で母を亡くし、継父と暮らしている。また、溝田辰也(みぞたたつや)とその弟の圭介(けいすけ)は母に続いて父を亡くし、父の再婚相手とともに暮らしている。家庭に不和を抱えた2組の兄弟が少しずつ近づいていく。
2組の兄弟がそれぞれ、添木田連(そえきだれん)目線と、溝田圭介(みぞたけいすけ)目線で展開する。添木田連(そえきだれん)と楓(かえで)は、働きに出ない継父の行為に嫌悪感を抱いている一方で、溝田辰也(みぞたたつや)と圭介(けいすけ)は、必死に本当の母親になろうとしてくれる、父親の再婚相手の里江(さとえ)に心を開けないでいる。2組の兄弟は似たような境遇に置かれながらあるいみ対照的なところが面白い。前半はそんな家庭の不和のなかで思い悩み、葛藤するそれぞれの心のうちが非常にいい空気を醸し出している気がする。
後半は一点物語が大きく動き出すのだが、個人的にはむしろ物語前半の雰囲気が気に入っていて、むしろ後半の大きな展開は物語全体の質を落としてしまったようにも感じる。
今回で著者道尾秀介の作品に触れるのは3回目だが、その内容の変化に驚かされる。まだ独自のスタイルが確立されていないような印象はあるが、この先が楽しみでもある
【楽天ブックス】「龍神の雨」

「一瞬の風になれ」佐藤多佳子

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2007年本屋大賞受賞作品。
神谷新二(かみやしんじ)は高校に入ってからそれまで打ち込んできたサッカーを辞めて陸上部に入部することを決めた。一緒に入部したのは天性の才能を持つスプリンター連(れん)。陸上にかける高校生たちの青春物語。
最近陸上を扱った物語というと、マラソンか駅伝であることが多いが、本作品は、短距離100メートル走と、400メートルリレーを扱っている点が新しい。著者は実際にある陸上部を長い間かけて取材し、その結果本作品を書いたという事なので、物語中で語られる理論や練習法はいずれも非常に興味をひかれる内容である。そもそも、陸上経験者でない人にとっては、100メートル走を走る選手がどんな理論でトレーニングを積み重ね、どのように意識しては知っているのかについて触れる機会がない。読んでいるだけで少し自分も速く走れるのではないか、という気がしてしまうから面白い。
もちろん、そんな陸上理論は物語の一部分でしかなく、高校生らしいいろいろなドラマを繰り広げてくれる。部活内の恋愛や、顧問の先生の過去などはもちろんであるが、1年ごとに後輩から先輩へと立場が変わり、やがて引退を迎えるという部活動ならではのエピソードも懐かしい。結果を残せずに引退をすることになった先輩を見送る場面は印象的である。

ここで何回、トラックの白線を引き、何回その線に沿って走ったのだろう。どんな試合の喜びの涙も、みな、ここから生まれてきたものだ。かけがえのない場所だ。俺たちに皆にとって。

そんななかで、神谷(かみや)もまた一時期心を折りそうになるが、それでも再び陸上へと戻ってくるのだ。

短距離でも長距離でも、タイムにも順位にもかかわらず、限界にチャレンジして走ることが、単純に尊い。その苦しさと喜びを共有できるのだ。走るのは一人ひとりでも、バトンや襷がなくても、俺たちは分かち合うことができる。

そして物語は終盤にかけてライバル校との直接対決へと向かっていく。全身全霊をかけて物事に取り組むことの尊さを改めて感じさせてくれる。力を与えてくれる青春小説。
【楽天ブックス】「一瞬の風になれ(第1部)」「一瞬の風になれ(第2部)」「一瞬の風になれ(第3部)」

「成功はゴミ箱の中に レイ・クロック自伝」レイ・クロック/ロバート・アンダーソン

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
マクドナルドを築いたレイ・クロック。マクドナルド兄弟に出会う前の彼の人生と、マクドナルド兄弟に出会ってからマクドナルドを拡大する過程も含め、その生涯を描く。
まず最初の驚きは、彼がマクドナルド兄弟に出会ってそれを大きくしようと決断したのが、彼がすでに50歳を超えていたということだ。確かに今とは時代が違うかもしれないが、人間は歳をとるにしたがって若いころ持っていた情熱やエネルギーは少しずつ薄れていくというのが一般的に言われていることだけに、50歳を超えてからその情熱をマクドナルドに注いだというのは印象的である。
基本的には、マクドナルドを拡大させる過程での人との出会い、困難や葛藤などを語っている。本人も語っているように、誰も注目していなかったフライドポテトに力を入れた点がマクドナルドの拡大の最初の決め手になったようだ。
例によってこの手の成功物語というのは、人名や法的手続きに関する内容が多く、若干わかりにくい部分もあったが、レイ・クロックがその生涯にわたって持ち続けた情熱は伝わってくるだろう。

やり遂げろ──この世界で継続ほど価値のあるものはない。才能は違う──才能があっても失敗している人はたくさんいる。──天才も違う──恵まれなかった天才はことわざになるほどこの世にいる。教育も違う──世界には教育を受けた落後者があふれている。信念と継続だけが全能である。

【楽天ブックス】「成功はゴミ箱の中に レイ・クロック自伝」

「勝者のエスプリ」 アーセン・ベンゲル

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
現在では「人の才能を見抜く天才」と呼ばれ、日本の名古屋グランパスの指揮をとったのち、イングランドプレミアリーグの名門アーセナルで偉業を成し遂げたベンゲルであるが、そんな彼がアーセナルへの発ったのちに日本のサッカーについて語った内容をまとめている。
序盤からその物事を分析する観察力の鋭さに驚かされる。才能のある人間が陥りやすい罠と、監督がするべき役割が非常に説得力のある形で描かれている。大人になって、若手を指導する立場へと変わっていく人々にとって参考になるのではないだろうか。
そして後半では、グランパスでの出来事や、日本のサッカーの将来についても語っている。残念ながら、本書が出版されたのがすでに15年以上前という事で、その空白による違和感は拭えないが、ベンゲルが本書で述べている日本サッカーへの提言はいくつかはすでにJリーグの中に反映されているように見える。
むしろ、アーセナルで何人もの若手選手を世界的選手に育て上げた現在の彼の考えに触れてみたいと思った。
【楽天ブックス】「勝者のエスプリ」

「ボーダー」垣根涼介

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大学生になったカオルはある日友人からファイトパーティの話を聞く。それはかつてカオル自身が仕切っていたパーティでしかも主催者たちは自分たちの名前を語っているという。カオルはかつてのリーダー、アキに連絡を取る事を決める。
「ヒートアイランド」シリーズの第4弾だが、同時に同著者の作品「午前3時のルースター」の内容も絡んでくるため、本作品から読んで楽しむにはややハードルが高いかもしれない。逆に、今までの4作品を読んでいる人にとっては間違いなく読み逃せない内容である。
その後のアキ、その後のカオルの生活を描きながら、過去の出来事についてもハイライトのように触れているので、必ずしも過去の物語をすべて憶えている必要はない。
物語の主な展開のほかに印象的なのは、カオルとカオルの大学の友人である慎一郎(しんいちろう)の心の内面だろう。どこかその年齢以上に達観した雰囲気を持つ2人は次第に近づいていく。終盤にはその理由と、それぞれのその複雑な思いが見えてくる。
個人的にはこのシリーズで出てくる柿沢(かきざわ)という男の常に冷酷までに最善の行動を選択する部分に魅力を感じているのだが、本作品でもそれは健在である。ぜひいままでの4作すべて読んでから読んで欲しい。
【楽天ブックス】「ボーダー」

「オシムの言葉」木村元彦

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
元日本代表監督でその前は降格寸前のジェフ千葉を再建させた手腕を持つオシム。しかし、彼もまたユーゴスラビア出身故に戦争に振り回された人間の一人。そんなオシムの人生を描く。
前半は日本に来る前のそのサッカー人生について書いているが、その人生からは何より日本とユーゴスラビアの環境の違いが見えてくる。サッカー以外にできることがなかったからサッカーを始めた、というそのコメントには、サッカーに対する日本人と貧しい国の人々の考え方の違いを表しているように思う。
やはり90年のイタリアワールドカップの内容が非常に印象深い。準々決勝のアルゼンチン対ユーゴスラビア。あの当時、僕自身はようやく世界のサッカーに興味を持ち出して、正直アルゼンチンのマラドーナを含む一握りの選手しか知らなかったので、ユーゴスラビアなどというチームがこのようなドラマを抱えていたとは知るはずもない。実際には彼らは崩壊しつつある国のユニフォームをまとって戦っていて、その試合はPK戦にもつれこんだのだ。

監督、どうか、自分に蹴らせないで欲しい。
オシムの下で9人中7人がそう告げて来たのだ。彼らはもうひとつの敵と戦わなくてはいけなかった。
祖国崩壊が始まる直前のW杯でのPK戦。これほど、衆目を集める瞬間があうだろうか。

当時の状況を知ると、PKを蹴る事が文字通り命がけ、どころか家族までも危険に晒す事になったかもしれないのである。
後半は日本に来てからの様子が描かれている。最初は不可解だったオシムの振る舞いが、少しずつジェフの選手の理解を得て、チームや個々の強さへと変わっていく様子がうかがえる。リーダーという役割を持つ人間のあるべき姿が見えてくる。むしろリーダーシップを学びたい人はオシムの言葉をしっかり受け止めるべきだろう。また、海外から来て日本の文化にとけ込もうとする人のみ見える日本の文化の問題点も見えてくる。

私には、日本人の選手やコーチたちがよく使う言葉で嫌いなものが二つあります。「しょうがない」と「切り換え、切り換え」です。それで全部を誤摩化すことができてしまう。これは諦めるべきではない何かを諦めてしまう、非常に嫌な語感だと思います。

ユーゴスラビア代表でそのたぐいまれなる才能にもかかわらずオシムによってベンチに退けられながらも、サビチェビッチは数年後チャンピオンズリーグを制して、観客として感染していたオシムとその息子のもとに駆け寄って感謝を伝えたという。
試合に出させてもらえなかった選手が、その監督にこれほど感謝の念を抱くという状況が信じられない。そんな指導者に出会える幸運に恵まれた人間が本当に羨ましく思えてくる。
サッカー関連の本を漁っていて偶然にも今回、ストイコビッチを描いた「誇り」と2冊連続で、ユーゴスラビア出身のサッカー選手を描いた、同じ著者の作品を読む事になってしまったが、ユーゴ紛争についてもっと知らなければならない、とも思った。
【楽天ブックス】「オシムの言葉」

「誇り ドラガン・ストイコビッチの軌跡」木村元彦

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
フィールドの妖精ピクシー。Jリーグ史上最高の外国人選手と言われ、見る者を魅了したてドラガン・ストイコビッチ。そのサッカー人生は政治に翻弄されたといっていいだろう。そんな彼の人生の軌跡を描く。
僕はサッカーをずっとやっていたし、同時にサッカーファンでもあるからJリーグやワールドカップにはそれなりに関心を持っている。だから、一般の日本人がどれだけストイコビッチのことを知っているのかわからない。
簡単に説明するなら、ストイコビッチは90年のイタリア大会でユーゴスラビア代表の中心となってプレーするが、その後は国内紛争に起因する制裁措置によってユーゴスラビア代表は国際大会に出られなくなるのである。個人的にもっとも印象的なのは、1999年名古屋グランパス時代、ゴールを決めた後に、ユニフォームを脱いでそのうちがわに来ていたシャツに書いた文字を示したときである。「NATO STOP STRIKES」。
サッカーという分野に技術を極めたその心構えは多くのアスリートと同様に非常に刺激になるだろう。そのうえでそんな国が分裂するなかで生きるというその強い意志を感じたいと思ったのだ。
内容はピクシーのたどったサッカー人生の軌跡を丁寧に面白く描いている。僕は90年のワールドカップとその後1997年頃のJリーグのストイコビッチしか知らないが、その間を本書はしっかりと埋めてくれる。しかし残念ながら、その間を埋めるのはほとんど悲劇ばかりである。

国連の経済制裁にはいったい何の効果があったのか。ボスニア・ヘルツェゴビナの紛争に微塵でも貢献したのか。断じてそうではない。戦争を巻き起こした張本人たちの地位はむしろ盤石になり、シワ寄せは政治的弱者に及んだ。ストイコビッチとそのイレブンをフィールドから追放し、セルビア共和国の庶民をどん底の生活に叩き落とした忌まわしい措置。

思ったのは、ストイコビッチを襲った悲劇はとてもやるせないものだが、それがなければストイコビッチが日本でプレーすることもなかったということ。そしてストイコビッチが国民から愛されているという事だ。
【楽天ブックス】「誇り ドラガン・ストイコビッチの軌跡」

「決断できない日本」ケビン・メア

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
対日政策30年のキャリアを持つ著者が、日米関係や日本人について語る。
タイトルだけ読むと、その内容が日本人に批判的な内容で構成されているような、印象を与えてしまうかもしれないが、著者自身日本人の妻を持ち、日本を愛しているゆえに、決して日本人が読んで不愉快になるような内容ではない。僕は知らなかったのだが、著者自身は東北大震災前に、彼の発言が物議を醸し出したという事でひょっとしたら知っている人の方が多いのかもしれない。
さて、本書の内容は、普段あまり触れる事のできないような客観的な視点にたって日米関係を語っているように思える。なぜなら、著者は、日本人でないから日本の文化やメディアに過剰に毒される事もなく、かといってアメリカに住むアメリカ人のように日本に対して妙な偏見を抱いてもいないのだ。沖縄基地問題や、日本の政権交代による影響。そして東北大震災、政治に常に関心があるひとしかわからないような内容ではなく、むしろ僕のような政治に疎い人間にも分かりやすく、そして好奇心を刺激してくれる内容になっている。
特に沖縄基地問題についてはまた今までと違った視点から見つめる事ができるようになるだろう。

振り出しに戻っただけならまだましでしょう。県外移設を持ち出した民主党政権によって、せっかくの辺野古移設合意は推進力をほぼ失ってしまったのかもしれません。沖縄のため、と言いながら、沖縄県民の感情をいいように玩(もてあそ)んだだけです。

改めて言うが、本作品は決して日本人を非難している訳ではない。締めくくりとして著者は書いている。日本人という我慢強く規律のある国民はもっとよい指導力に恵まれるべきだ、と。

思いやり予算
防衛省予算に計上されている在日米軍駐留経費負担の通称である。在日米軍の駐留経費における日本側の負担のうち、日米地位協定及び、在日米軍駐留経費負担特別協定[1]を根拠に支出されている。ニュースや討論番組等報道関係でしばしば「日本側負担駐留経費=思いやり予算」のように扱われることがあるが後述のように「思いやり予算」とは在日米軍駐留経費の日本側負担のうちの全部ではなく一部を示すものであり用語の意義としては誤用である。Wikipedia「思いやり予算」
キジムナー
沖縄諸島周辺で伝承されてきた伝説上の生物、妖怪で、樹木(一般的にガジュマルの古木であることが多い)の精霊。 沖縄県を代表する精霊ということで、これをデフォルメしたデザインの民芸品や衣類なども数多く販売されている。(Wikipedia「キジムナー」

【楽天ブックス】「決断できない日本」

「鍵のない夢を見る」辻村深月

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第147回直木賞受賞作品。
辻村深月がついに直木賞を受賞した作品ということで期待したのだが残念ながら短編集である。5編ともそれぞれの年代の女性を主人公とした物語で、それぞれの物語から見えてくる女性の視点、考え方は、いずれも新鮮で、世の中で女性が生きていくことの難しさまで伝わってくる気がする。
5編のなかで印象的だったのは最初の2編。1編目は社会人になって小学校時代の友人と再会する物語で、ほとんど女性だけで構成される物語でありながら、周囲に流されがちな小学生の残酷さや、若さゆえの甘酸っぱさが漂う。確かに小学校や中学校のころは学校が違えば世界はまったく違っていて、人によってはその世界の違いを切り捨て、また人によってはその世界の違いをうまく利用していたのだろう。
2編目は狭い町に住む故に合コンで知り合った男性と再会する社会人の女性の物語。どちらも30歳を過ぎているために結婚に焦り、周囲に蔑まれている事を薄々感じながら生きている。そんな2人の言動や考え方がどこか他人事ではなく心に残る。
やはり直木賞ということで期待しすぎてしまったせいか、普段の辻村深月の他の短編集とそう変わらない印象だったのが残念である。
楽天ブックス】「鍵のない夢を見る」

「永遠の仔」天童荒太

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2000年このミステリーがすごい!国内編第1位。

幼い頃の経験ゆえにトラウマを抱えた3人の少年少女、優希(ゆうき)、笙一郎(しょういちろう)、梁平(りょうへい)は初年時代を四国の病院で過ごした。17年後、大人になった彼らは再び出会うことになる。
優希(ゆうき)は看護師、笙一郎(しょういちろう)は弁護士、そして梁平(りょうへい)は刑事として生活しているが、過去のトラウマゆえにそれぞれ社会の中で苦しみながら生きている。彼らは心を開いて人と付き合う事ができないゆえに、幼い頃その心の傷をさらけ出してつきあったお互いの存在を強く意識しているのである。
笙一郎(しょういちろう)も梁平(りょうへい)も優希(ゆうき)のことを想っているが、「自分にはその資格はない」と言って、一歩を踏み出せずにいる。物語が進むにしたがって、2人をそう思わせている理由は、四国の病院で3人が過ごした時期にその病院で行われていた登山中、優希(ゆうき)の父親が死亡した事件に関連しているらしいことがわかってくる。
病院での幼い3人の様子と、現代を交互に展開していき、いくつもの悲劇が次第に明らかになっていく。何が起こったのか。父親はどうして死んだのか。
物語を通じて見えてくるのが、すべての人が被害者であるということ、読み進めるにつれてタイトルの持つ「永遠の仔」の意味が見えてくる気がする。僕らは年齢を重ねるにつれて大人になる事を当然のように思っている。大人とはつまり、理性的に生きなければならない。強くなければならない、などであるが、世の中の多くの人は大人になっても弱さを抱えていて、ときにはそのはけ口を求めているのだ。そんな結果生まれた負の連鎖こそ、まさに本書が描いているものだろう。生きたいように生きる事ができず、生きている事で苦しみしか感じられず、そんな彼らはどうするのだろうか。
印象に残ったシーンはいくつかあるが、なかでも梁平(りょうへい)が久しぶりに叔父と再会するシーンが個人的に涙を誘ってくれた。父親に捨てられ、母親に幼い頃からタバコの火を何度も押し付けられてそだったゆえに、人を信用できない梁平(りょうへい)。そこに現れた叔父夫婦だったから最初は「何が目的なんだ」と思っていたのだが、大人になって再会してその本音を晒す。

おれは・・・あなたたちに、似たかったですよ。おれなんかに精一杯、気をつかってくれて・・・。おれは、あなたたちのように生きたかった・・・。

もっと前に読んでおくべきだった作品。最近「歓喜の仔」というおそらく続編と思われるタイトルが書店に並んでいたのを見て、本書を手に取った。

わたしたちは、世界的な惨事と比べて、自分たちの日常的な悲しみや過ちを、つい、つまらないことと言いがちです。けれど、きまりきった平凡な暮らしをしていても、次から次にふりかかってくる問題は、本当に世界的な惨事とかけ離れているのでしょうか。もしかしたらふかいところでは、同じ根でつながっている場合も少なくないのではないかと、疑います。
日本七霊山
日本古来の山岳信仰や信仰登山の盛んな7つの山。単に「七霊山」、あるいは「七霊峰」ともいう。一般的に、日本三霊山とされる、富士山(静岡県、山梨県)、立山(富山県)、白山(石川県、岐阜県)の3つの山に、大峰山(奈良県)、釈迦ヶ岳(奈良県)、大山(鳥取県)、石鎚山(愛媛県)の4つの山を加えたものである。(Wikipedia「日本七霊山」

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「小さいおうち」中島京子

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第143回直木三十五賞受賞作品。

昭和の初めに東京に出て、平井家という家庭で「女中」として過ごしたタキが、今、当時を振り返って綴る。
戦前から戦時にかけても物語は数多くあるが、本作品のタキのように戦争を「どこか他人事」として描いた物語は珍しいのではないだろうか。だからこそ、極端に当時を批判したり美化したりする事もなく、その当時の人々の自然な生活の雰囲気が伝わってくる。
一方で、そのタキが書いているものを、甥の息子である健史がときどき読んでしまってタキに対して意見を述べるのが面白い。その健史の視点こそ、僕ら現代に生きる人々の、当時に対する印象を代表しているように思う。
僕らは歴史的事実としてしか当時を知らない。例えば、その当時、東京でオリンピックが開催される事が決まって、人々がどこかわくわくしていたことを知らないのだ。なぜなら結果的にそのオリンピックは戦争によってなくなり、20年遅れて1960年に開催される事になったのだから。僕らが見る過去は、最終的な結果としてのこった過去であり、それが作られる過程はその時代を生きている人にしかわからないのだろう。
2.26時間や太平洋戦争など、まちがいなく激動の時代ではあったのだろうが、当時の人々は決して不幸ではなかったと、伝わってくる作品である。
【楽天ブックス】「小さいおうち」

「ロードス島攻防記」塩野七生

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
イスラム世界に対してキリスト教世界の最前線にあたるロードス島。1522年オスマントルコのスレイマン1世は聖ヨハネ騎士団を相手にロードス島攻略を開始する。
先日観光にいってきたトルコという国に興味を持ったため本書を読み始めたのだが、読み始めてみると自分の無知さに驚かされる。十字軍、オスマントルコ、神聖ローマ帝国などなど、いずれも世界史で聞きかじったことなある内容ではあるものの、それがなんで、どういう理由で行われ、結果どうなったかをまったく知らないのである。
物語の焦点がトルコとロードス島の戦いであるから、当時の防衛の技術、地雷や大砲といった戦争の技術から、それぞれの軍隊の国民やそこで話される言語など、当時の生活の様子や人々の考え方も含めて、わずかではあるがいろいろなものが伝わってくる。
どうしても歴史について知識を得ようとして本を読み始めると退屈だったり、物語を読むと極端な展開に辟易したりするが、本書は知識を退屈しない程度に楽しみながら得たい、という読者にはぴったりである。著者「塩野七生」という名を実は何度か目にしたことがあって実際その作品を読んだのは今回が初めてだったのだが、こういうスタイルで多くの歴史的事実について書いているのであればぜひもっとたくさん読んでみたいと思った。

聖ヨハネ騎士団
11世紀に起源を持つ宗教騎士団。テンプル騎士団、ドイツ騎士団と共に、中世ヨーロッパの三大騎士修道会の1つに数えられる。本来は聖地巡礼に訪れたキリスト教徒の保護を任務としたが、聖地防衛の主力として活躍した。ホスピタル騎士団(Knights Hospitaller)ともいい、本拠地を移すに従ってロードス騎士団、マルタ騎士団とも呼ばれるようになった。(Wikipedia「聖ヨハネ騎士団」)
十字軍
中世に西ヨーロッパのキリスト教、主にカトリック教会の諸国が、聖地エルサレムをイスラム教諸国から奪還することを目的に派遣した遠征軍のことである。(Wikipedia「十字軍」)

【楽天ブックス】「ロードス島攻防記」

「心臓と左手 座間味くんの推理」石持浅海

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
警視庁の大迫警視はあるハイジャック事件を機に知り合った沖縄を愛する青年、通称「座間味くん」とたびたび過去の事件について意見を交わす。そんな中で「座間味くん」はその推理力を見せる。
本物語は、石持浅海の別の作品「月の扉」と関連する部分が多く、「月の扉」を読んだ人のほうがより楽しめるだろう。僕自身、「月の扉」の物語を漠然としか覚えていなかったのだが、「座間味くん」の推理を楽しむ分にはまったく問題がなかった。
短編集の形をとっていて、最後の一編をのぞいてはいずれも大迫警視が事件の概要を話して、それに対して「座間味くん」が意見を述べる、という形をとっている。つまり、「座間味くん」は大迫警視が語った言葉だけで状況を分析し、警察が気づかなかった真実を推理してみせるのだ。物語が展開する場所の狭さはいかにも石持浅海らしい。
しかし、感想としてはやや「座間味くん」の推理は行き過ぎていて納得しかねると感じる部分も多々あった。また、最後の1編をのぞいた6編ともに事件の概要以外はほとんど同じ展開だったため、やや退屈を感じてしまった。
ちなみに石持作品ではすでに碓氷優香(うすいゆか)というヒロインがいるが、この本名の明らかになっていない「座間味くん」も今後何かほかの展開があるのだろうか。
【楽天ブックス】「心臓と左手 座間味くんの推理」

「彼女が追ってくる」石持浅海

オススメ度 ★★★★☆ 4/5

コテージ村で年に1度開催される親睦会。それを数少ないチャンスと捉えて、中条夏子(なかじょうなつこ)は死んだ恋人の復讐として黒羽姫乃(くろはひめの)を殺害する。そして罪の問われないために策を練るのだが、参加者の一人の碓氷優香(うすいゆか)が立ちはだかる。
石持浅海らしい作品と言えるだろう。世界を限定し、登場人物を限定し、その中で特に大きな行動を起こす訳ではなく、会話と推測、駆け引きだけで物語をすすめるのである。現実感がないと切り捨ててしまう事もできるが、どこか中毒性のあるミステリーである。
本作品でも殺人者となった夏子(なつこ)が自分の無実を示すためにいろいろな策を練り、姫乃(ひめの)の死体が発見されて親睦会の人たちと何が起こったかを論じている間も、自らの思い描く方向に状況をすすめるために、慎重に言葉を選んで行動するのだ。
何度か石持作品を読んだ事のある人には結末は見えているのだが、その過程に期待するのだ。碓氷優香(うすいゆか)はどうやって謎を解き、どういう結論へ導いていくのか、と。
好みは別れるだろうが、今回はこれを期待して本書を読み始めたのでしっかりと期待に応えてくれたと言える。
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「るり姉」椰月美智子

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
さつき、みやこ、みのりの三姉妹が「るり姉」と呼んで慕う母親の妹るり子はエネルギッシュで自由奔放、周囲の人まで元気にさせる。しかし三姉妹はそんな彼女が入院し次第に衰弱する様子に愕然とする。
非常に近い関係の人々がそれぞれの視点で物語を語る、という最近よく出会う形式の物語。この形式の物語を読むと、「見る人によって善悪や常識・非常識が変わるのだと言う当たり前のことが改めて分かる気がする。
本物語を語る目線となるのは中学生のさつき、みやこ、小学生のみのりの三姉妹である。そのため、部活のことだったり飼い犬のことだったりと向き合う問題は非常にたわいもないものでそんなに深刻な事を考えたりはしないが、だからこそそれぞれが慕っている「るり姉」が入院したという事実が3人に大きな出来事として影響していくのだろう。
物語は3人のほかにも母親で看護師のけい子、そして「るり姉」の夫である開人(かいと)を含めた5人から語られる。周囲の人の目線ゆえなのか、「るり姉」という一人の女性が与える存在の大きさを感じる。きっと多くの人はこんなふうに身近な人にプラスの影響を与える人間になりたいのだろう。
自分の周囲の人間関係ついてちょっと考えてしまうかもしれない。
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「世界でいちばん長い写真」誉田哲也

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
仲の良かった友人が引っ越してしまった事で沈んでいた写真部は宏伸(ひろのぶ)はある日不思議なカメラに出会う。それは長い写真の撮れるカメラだった。
全体を見れば単純な青春小説というカテゴリに収まってしまうのかもしれないが、印象的だったのは、主人公である中学生宏伸(ひろのぶ)の心のうちの描写である。宏伸(ひろのぶ)はクラスの中心的存在でもなければいじめられっこでもない。当たり障りのない、というもっとも目立たないタイプの生徒。将来何をやりたいかがまだ見つからないのは、この年代であれば珍しい事でもないが、自分が何が楽しいかすらわかっていない。そんなことにある日気づくのである。

よく考えたら、僕ができることでこんなに楽しいことって、一つもないんだよな。いや。よく考えなくても、ちょっと考えただけで分かってたけど。

そんな宏伸(ひろのぶ)が不思議なカメラに出会ったことで少しずつそれに夢中になっていく様子が微笑ましい。宏伸(ひろのぶ)の従姉妹の美人でクールなあっちゃんや写真部の怖い女子部長の三好(みよし)が物語を面白くしている。
放課後の部活の喧噪、校庭の砂埃、そんな懐かしいものが漂ってくるような作品。読むと何か新しいことを始めたくなる。
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