「武士道ジェネレーション」誉田哲也

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
「武士道シックスティーン」に始まるシリーズの第4作目。剣道に青春を捧げた香織と早苗の大学以降の物語である。
序盤は早苗の結婚式に始まり、大学時代の回想シーンで2人の高校後の様子が描かれるが、物語が主に早苗(さなえ)の結婚後、香織(かおり)の大学卒業後である。香織は毎日桐谷道場で子供達の稽古を任されるようになる。
相変わらず剣道に関してだけはおそろしくストイックな香織と、のんびりした早苗のやり取りはほのぼのしていてのんびり読み進めることができる。その一方で、「武士道セブンティーン」から続く、香織(かおり)と黒岩レナの因縁の対決も健在である。2人の関係が友情に変わって行く様子が暖かい。また、香織(かおり)が道場で子供達を指導する中で、自らの剣道に対する情熱を、子供達に伝えようとする様子も素敵である。
そんな中、特に香織(かおり)が道場の少年の1人に伝えた言葉が強烈である。

世のためを思い、他人を敬い、精進を怠らない。人はこの三つを守っていれば、どこででも、どんな時代でも、生きていける

どこかに書いてとっておきたいような素敵な言葉である。
そんな時、師範である桐谷玄明(きりたにげんめい)が体調の衰えを理由に道場を閉じる事を示唆するのである。香織(かおり)が自ら跡継ぎになろうと名乗り出てもかたくなに道場の閉鎖を取り返さない玄明。やがて香織(かおり)は桐谷道場の剣道秘密に迫って行くのだ。
厳しい鍛錬を通じて、香織は身をもってその信念を体現しようとする。

誰かを守れる力を、あたしも今、勉強中なんだ。あたしはな、胸を張って、お前たちに伝えたいんだ。正しい力っていうのは、こういうことだって、お前たちに、教えてあげたいんだ。それがな、あたしなりの武士道なんだよ。

また、同じ時期に桐谷道場にやってきたアメリカ人、ジェフも物語に彩りを与えている。議論の好きなジェフとの会話からアメリカと日本の考え方の違いが見えてくる。戦争に対する考え方、力に対する考え方。武士道の考え方の価値を改めて感じられるだろう。

日本は、とても強い。でも戦争しナイ。強い力、持ってる。強い技、たくさん持ってる。でも、相手を倒すは、しナイ。戦いを終わらせる、ために、戦う。アメリカも、それをしタイ。そういう勉強、始めるといい、思いマス。

信念を持って生きる事のすばらしさを感じられる1冊。改めてシリーズまとめて読み直したくなった。
【楽天ブックス】「武士道ジェネレーション」

「働く理由 99の名言に学ぶシゴト論。」戸田 智弘

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
著者自身大学卒業と同時に会社で働き始めて3年後に会社を辞めている。その後本当に面白いと思える仕事を探しつづけるなかで出会った人や言葉や彼自身が至った考えを紹介している。
まず印象的だったのは、好きなことを仕事にしようと考えるとき、自分の好きな事が「趣味」なのか「娯楽」なのかをはっきりさせる、ということ。「趣味」ならばそれがやがて「特技」になる可能性があるが、「娯楽」は発展性のないただの息抜き、というのである。確かにこの考え方は「好きな事を仕事にすべき」と「好きな事は仕事にしないほうがいい」という2つのよく聞く意見があり、どちらの意見もそれなりに理解できる部分がある中で、「娯楽」という考え方を取り入れる事によって考えやすくなるのではないだろうか。
また、「いい我慢」と「悪い我慢」の話も悩める人にとっては有益な考え方だと感じた。

自分に適した仕事がほかにあると思っているにも関わらず、変化を恐れて一歩も動けない人がいる。こういう人には「悪い我慢」はするな、変化を恐れずに行動せよとアドバイスしたい。一方、自分に適した仕事を探すのに一生懸命のあまり、現在就いている仕事が自分に合っていかどうかを確認できるほど十分な努力をする前に仕事を変えてしまう人がいる。そういう人には「良い我慢」をすべきあとアドバイスしたい。

僕自身今好きな仕事ができているので、人生を変えるような言葉に出会えた訳ではないが、今も悩んでいる人にアドバイスに使えそうな表現や、これから悩んだときに手がかりにできそうな言葉に出会う事ができた。
【楽天ブックス】「働く理由 99の名言に学ぶシゴト論。」

「リーン顧客開発 「売れないリスク」を極小化する技術」シンディ・アルバレス

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
本当に顧客が求めているものは何なのか知るための、顧客インタビューの方法について語る。
本書ではまずこう語る。僕らが「いい製品」だと思っているのが顧客にとって「いい製品」とは限らない。本当の「いい製品」は顧客にしかわからないのだ。インタビューに数週間費やしたとしても、エンジニア達が開発に費やす数ヶ月が本当に意味のあるものなのか判断する事が非常に重要なのである。恐らく誰もがこれを事実だと認めることだろう。しかしどのようにそれを調べればいいかがわからない、というのが多くの人が感じている事ではないだろうか。
本書ではそれを実現するためのインタビューの技術や進め方について理由や著者の経験を交えて語っている。ユーザビリティテストなどを扱った他の書籍でも説明されている内容などと重なる部分もあるが、インタビューで起こりがちな失敗や、回答から学べる事、などインタビューに対して深い洞察を示してくれる。
印象的だったのは次の質問。

あなたは、私たちの製品を他の人に勧めますか?
勧める場合、その相手は誰ですか?
その相手に話している状況を想像してください。あなたは製品をどのように説明していますか?

2つめの質問で、制作者側の考えているターゲットと異なる場合、なぜそのギャップが生まれるのかを理解する事が重要になるという。また、顧客が別の人に説明する言葉こそ、顧客への宣伝の言葉になるのだそうだ。
役に立ちそうなインタビューの質問が多く含まれていたが、アメリカの製品開発を基に書かれていたものなので、海外の製品を例にとって説明している場面が多く、日本人の僕に取ってはやや理解しにくいと感じる部分もあった。同じように、インタビュー用のスクリプトも英語から翻訳されたもののためか、若干不自然に感じたり、日本の文化にはあわないのではないかという感じる部分もあった。
それでも、全体的には顧客インタビューの重要性とその進め方が見えてくるだろう。
【楽天ブックス】「リーン顧客開発 「売れないリスク」を極小化する技術」

「未来を拓く君たちへ」田坂広志

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
志しを抱いて充実した人生を送るための考えかたを伝えている。その内容はというと、自分がこの世に生まれた奇跡に感謝することだったり、いつ死ぬかわからないから常に死を意識する事だったりと、今まで多くの人が語ったようなことばかりではあるが、それでも印象に残る内容がいくつか含まれている。
例えば、成功よりも成長を目的に生きること。

人生において「成功」は約束されていない。
しかし、人生において「成長」は約束されている。

そして、僕らは人類の歴史の「前史」を生きており、僕らが作る「前史」ののちに人類の「本史」
が始まるという考え方である。僕らは人類の「本史」を始めるために、戦争や紛争、迫害や差別、飢餓や貧困をなくさなければならない、と説くのである。
本としては分厚いが文字が少なく間隔が広いのでただページ数を稼ごうとしているようで、反発を覚える部分もあるが、人生の見方を変える言葉に出会えるかもしれない。

死とは、人生の終わりではない
死とは、成長の最後の段階である。
あなたは、人生にその「意味」を問うべきではない。
人生が、あなたに、「意味」を問うている。

【楽天ブックス】「未来を拓く君たちへ」

「ハケンアニメ」辻村深月

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
その時期にもっともDVDを売り上げる「ハケンアニメ」を目指すプロデューサーやアニメーター達の様子を描く。

最近はあまりアニメを見る機会がないが、別に興味がない訳ではなく時間が取れないだけ。僕らが子供の頃とは違って今はアニメは深夜に放映されることが多く、またそこに割かれるお金や人も大きくなっているようだ。本書はそんなアニメ制作の様子を3人の登場人物に焦点をあてて描く。

1人目はプロデューサーである有科香屋子(ありしなかやこ)。才能を認めている監督に存分に力を発揮してもらうために振り回されながらも奮闘するのである。アニメーション制作の現場を描く様子には、アニメと小説という風に形は違うけれども、同じようにクリエイティブな仕事をする著者辻村深月が、普段感じているだろうことがにじみ出てくるのが面白い。例えば、香屋子(かやこ)に対してアニメーターがこんなことを言うのだ。

勝てると思いますよ。あの人、人の顔覚えないから。そこが弱点。

きっと辻村深月自身が人の顔を覚える人に対して特別な思いを抱くのだろう。こういう部分がフィクションを単純に「作り話」として済ませられない理由である。フィクションでありながらも現実に適応できる考え方が多く埋め込まれている作品こそ僕にとっての「いい作品」である。

ちなみに、2人目の登場人物は法律を学んだ後にアニメ業界に転身した映画監督斉藤瞳(さいとうひとみ)である。女性でありながらもドライな正確な瞳(ひとみ)は、声優やプロデューサーやアニメーターなど現場のいろんな人との関係に悩みながらも、自分の理想とする作品を作り上げて行くのである。

3人目はアニメーターで驚くほど上手い絵を描く並澤和奈(なみさわかずな)。絵を描くのが好きで仕事をしているが、自らオタク女子と認識しており、リア充にコンプレックスを持っている。もっとの多くのページが割かれているこの和奈(かずな)の章は、アニメの世界に没頭する「オタク女子」と呼ばれる女性の複雑な心を爽やかに描く。

和奈(かずな)が制作に関わったアニメの舞台となった地方の街が「聖地巡礼」によって観光を盛り上げようとしているなか、和奈(かずな)自身もその活動の担当を任され、熱血公務員宗森(むねもり)と協力することとなるのである。地方公務員の「リア充」宗森(むねもり)の地域を盛り上げようとする努力を目の当たりにするなかで、少しずつ和奈(かずな)の心が変化して行く様子が面白い。

理解できない相手のことが怖いから、仰ぎ見るふりをして、この人を突き放して、下に見ていた。自分は非リアで、充実した青春にも恋愛にも恵まれてないんだから、これくらいのことを思う権利があると、勝手に思っていた。人より欠けたところが多い分、自分の方が深く物を見てるんだからと自惚れていた。

そしてそれぞれがすばらしいアニメを制作することを目指しやがてハケンアニメが決まるのである。時間を確保して良いアニメが見たくなる爽やかな1冊。

【楽天ブックス】「ハケンアニメ」

「成功する子失敗する子」ポール・タフ

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
世の中には成功する子と失敗する子がいる。自分の子供を成功させたくて、お金をかけて教育を施したり、厳しくしつけたりする親がいるが、果たしてそれは正しいのだろうか。
まず誤解しないで頂きたいのは、本書で言う「成功」とは、いい大学に入ったり、いい成績を取ったり、という「短期的な成功」ではないという点である。逆境のもくじけず、物事に挑戦するこころを常に持ち、それによって人生を幸せに生きることが本書の言う「成功」なのである。
まず本書が紹介しているのが、子供時代の逆境によるストレスと成人してからの人生のネガティブな結果には明らかな相関関係である。ストレスが発達段階の体や脳にダメージを与えるのというのである。しかし、一方で親の愛情によってそのストレスは軽減することもできるのだという。つまり、不幸な境遇や貧しい家庭に育っても、親が愛情を注いで育てることで将来成功をする心を持った子供は育てることができるのである。
そしていくつかの教育機関と人に焦点を当てている。そのうちの一つがKIPPアカデミーである。KIPPアカデミーは革命的な教育で低所得層の子供達の成績を向上させ多くのメディアにも取り上げられたにもかかわらず、卒業生のうち大学を卒業した者はわずか21%だった。「一体卒業生達が大学を卒業するために何が必要だったのか」KIPPの創立者であるレヴィンは成績以外の生徒達に必要な者を探し始めるのである。
後半ではチェスの強豪であるIS318の生徒達とチェスの指導者スピーゲルのやり取りを紹介している。スピーゲルが試合に負けた生徒達に必ず試合の後、自分の駒の動かし方と向き合わせて検証させているシーンが印象的である。負けと向き合い、困難と向き合うことの一つの答えだろう。また同時に、チェスだけに打ち込むことが本当に子供達にとって幸せかどうかはわからないとしているスピーゲルの態度も興味深い。
結局本書はどんな育て方が正しいとか、どんな人生が幸せであるとか書いてはいない。貧困問題など現在アメリカ社会が抱える問題を指摘して締めくくっている。
多くのことを考えさせる1冊。機会があれば定期的に読み返したい。

KIPPアカデミー
The Knowledge is Power Program (KIPP) is a nationwide network of free open-enrollment college-preparatory schools in under-resourced communities throughout the United States.(Wikipedia「Knowledge Is Power Program」)
関連書籍
「オプティミストはなぜ成功するのか」
「ちいさなことへのこだわり」(未邦訳)「Sweating the Small Stuff」
「情熱教室のふたり」ダイヤモンド社
「特権の代償」(未邦訳)「The Price of Privilege」
「過食にさようなら」デイヴィッド・ケスラー
「ゴールラインを超える」(未邦訳)「Crossing the Finish Line」
「本物の教育」(未邦訳)「Real Education」
「ここに子供はいない」(未邦訳)「There are No Children Here」
「野蛮なる不平等」(未邦訳)「Savage Inequalities」

【楽天ブックス】「成功する子失敗する子」

「ジョコビッチの生まれ変わる食事」ノバク・ジョコビッチ

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
度重なる体調不良によって敗退することの多かったジョコビッチは医師のアドバイスで食事を買えてから劇的なる変化を果たし、ついに世界ランキング1位に上りつめた。そんなジョコビッチが食事の重要性について語る。
子供時代やこれまでの成功の過程を挟みながら、食事に対する考え方を書いている。ジョコビッチの食事の改善はひと言で言ってしまえばグルテンフリーである。グルテン不耐性という小麦製品に対して過敏な体だったために試合中に不調を起こしていたのである。グルテンとは大麦や穀物に含まれるタンパク質でパンに柔らかさを出すために使われるが、一部の人間はグルテンを消化できないために深刻な肉体反応を引き起こすのだと言う。

私たちのほとんどが大なり小なり恒常的なグルテン反応ーー体が重かったり、疲れたり、気弱になったりーーを経ている可能性が非常に高い。そして、こういった症状を普段の生活から来ている疲れだと思い込んでいる場合が多いはずだ。

本書はこのようにグルテンというものの存在を意識を向けてくれるが、すべての人にグルテンフリーを勧めているわけではない。人には、乳製品、カフェインなどそれぞれ体に合わない製品があり、それを知ることによってもっと健康な生活を送れるというのである。本書はそんな自分にあわない食べ物を見つける方法として、14日間一部の食物を食べない期間を設け、体調の変化を見ることを勧めている。実際、ジョコビッチはグルテンフリーを最初に14日間試したとき、1週間で毎日悩まされていた鼻づまりが消えたのだそうだ。確かに14日だけなら我慢できるものもたくさんあるだろう。実際体に合うか合わないかわからないのに怪しい食べ物をすべて辞めるよりも手軽に始められる。
また、ジョコビッチの食事に対する真摯な向き合い方にも感心する。ジョコビッチはそれぞれの食べ物を口にするときに、筋肉になるように、エネルギーになるように、と意識しながらゆっくり食べるのだそうだ。部分的にでもぜひ見習いたいと思った。

セリアック病
小麦・大麦・ライ麦などに含まれるタンパク質の一種であるグルテンに対する免疫反応が引き金になって起こる自己免疫疾患。(Wikipedia「セリアック病」

【楽天ブックス】「ジョコビッチの生まれ変わる食事」

「人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの」松尾豊

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
人工知能研究者で東京大学の准教授である著者が現在3回目のブームに差し掛かっているという人工知能について語る。
著者が書いているように、これまで人工知能はブームと誰の話題にも上らないような冬の時代を繰り返してきたという。確かに「人工知能」という言葉はかなり以前から耳にするが、現実に人工知能が生活のなかに浸透しているとは言い難い。本書ではまず、その理由の1つとして「人工知能」という言葉による世間の認識と専門家の考えのずれを指摘する。そして、第一次人工知能ブーム、第二次ブーム、第三次ブームをそれぞれの特長を交えて説明するのである。
著者が意識的に簡単な言葉を使おうとしているのは伝わってくるが、それでもなかなか説明を読んだだけで理解することは難しい。第1次ブームが「推論」と「探索」の時代、第2次ブームが「知識」の時代、第3次ブームが「機会学習」と、なんとなく過去の人工知能ブームの違いが感じられる程度である。
後半では人工知能の未来として、ターミネーターなどの映画で御馴染みの「特異点」についても触れている。この辺りの内容は、多くの人が興味ある内容かもしれない。
全体的にあまり上手く書かれているとは言い難い。初心者向けと言えるほどわかりやすく書かれているわけでもなく、かといってしっかり理解したい人向けに詳細に書かれている訳でもない。書きたいことを書いてそれぞれを無理に繋ぎ合わせたという印象である。

モンテカルロ法
シミュレーションや数値計算を乱数を用いて行う手法の総称。(Wikipedia「モンテカルロ法」
ディープブルー
IBMが開発したチェス専用のスーパーコンピュータ。(Wikipedia「ディープ・ブルー (コンピュータ)」
フレーム問題
人工知能における重要な難問の一つで、有限の情報処理能力しかないロボットには、現実に起こりうる問題全てに対処することができないこと。(Wikipedia「フレーム問題」
シンボルグラウンディング問題
記号システム内のシンボルがどのようにして実世界の意味と結びつけられるかという問題。(Wikipedia「シンボルグラウンディング問題」
ミーム
人類の文化を進化させる遺伝子以外の遺伝情報。(Wikipedia「ミーム」
DARPA
アメリカ国防高等研究計画局(Defense Advanced Research Projects)。軍隊使用のための新技術開発および研究を行うアメリカ国防総省の機関。(Wikipedia「国防高等研究計画局」
関連本
「われ敗れたり―コンピュータ棋戦のすべてを語る」米長邦雄

【楽天ブックス】「人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの」

「きのうの影踏み」辻村深月

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
17個の少し不思議で怖い話。どれもとても読みやすく、それでいて今までに聞いたことのある話と少し違う。
17もの話が含まれているということで、短い話は5ページに満たない。子供の頃やったかくれんぼや、小学生の頃のキューピッドさんなど、懐かしさを感じることを取り入れている話も多々ある。
個人的に好きなのは「ナマハゲと私」。小学校低学年の子供は怖がっているが、高学年になるとナマハゲが来てもテレビを見ることを優先するなど、地元の人にしかわからないナマハゲの現実が見える。もちろん、この物語の結末もただ単にナマハゲの現状を語るだけでは終わらない…。
その他にも短くて少し不思議で怖い物語がたくさん含まれている。夏に向かうこの季節にちょうどいいのではないだろうか。
【楽天ブックス】「きのうの影踏み」

「ペテロの葬列」宮部みゆき

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
杉村三郎(すぎむらさぶろう)は同僚と取材した帰りにバスジャックに遭遇する。妙なことに犯人の老人は人質となった人々に事件解決後に慰謝料として大金を払うことを約束するのである。
物語の発端はバスジャックという形をとっているがバスジャック自体はすぐに解決し、物語は人質となった7名が、名前の知れない老人の正体を突き止める過程を描く。そして、その過程でネットワークビジネスや詐欺など、社会の問題に踏み込んで行くのだ。
そして、その流れとは別に、杉村三郎(すぎむらさぶろう)とその妻菜穂子(なおこ)の関係や会社での同僚との関係もシリーズ内の他の作品よりも多く描かれている。派閥争いに敗れた同僚との関係は、今の世の中どこにでも起こりうることで、やけに現実味を感じてしまった。
バスジャックという一見派手な物語展開を取り入れながらも、それぞれの登場人物の人生に焦点を当てていくあたりは、人の心を描き出すのが上手い宮部みゆきらしい。しかし、若干詰め込みすぎの印象も受けた。同じことを訴えるのに、ここまでたくさん詰め込みここまで物語全体を長くする必要はあったのだろうか、と。
最後は次回作へのつながりを予感させる終わり方。若干後味の悪さを感じさせるが、続編のための伏線なのかもしれない。
【楽天ブックス】「ペテロの葬列」

「アジャイルサムライ 達人開発者への道」Jonathan Rasmusson

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
アジャイルという言葉をよく耳にするようになってすでに数年が経った。言葉としては何度もその説明を聞くことはあっても、なかなか実際の進め方がわからない。本書はそんな人がさらに深くアジャイルな開発を理解するのに役立つだろう。

アジャイル開発の手法がいくつかあるなかで、本書はエクストリーム・プログラミングに焦点をあてて書いている。正直、まだスクラムやリーンとの詳細な違いがわからないが、よく使用される言葉はスクラムでは次のように対応するということだ。

  • イテレーション(スプリント)
  • マスターストーリーリスト(プロダクトバックログ)
  • 顧客(プロダクトオーナー)

全体を通じで感じるのは、結局臨機応変にプロジェクトを走らせることを突き詰めた結果がアジャイルという手法だということで、正確に定義された枠組みはないし、まだまだ発展の余地はあるということ。むしろアジャイル開発との比較で描かれる、アジャイルではない開発手法の無駄の多さに驚かされる。

また本書ではアジャイルなメンバーとしてゼネラリストが求められていると書いているが、デザイナーとプログラマーの垣根を維持している点が興味深い。デザイナーもプログラムを、プログラマーもデザインをできることこそゼネラリストの理想形だと思った。

後半では著者自身それぞれの項目だけで1冊の本が書けるというユニットテスト、リファクタリング、テスト駆動開発にも軽く説明している。その内容よりもそれに抵抗する人の考えや、それによって説得方法が見えてくる点の方がありがたい。
現在僕の会社ではアジャイルコーチを迎えてアジャイル開発を少しずつ取り入れているが、そこで話している内容をさらに理解するのに役立った。
【楽天ブックス】「アジャイルサムライ 達人開発者への道」

「自分を動かす言葉」中澤佑二

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
日本代表主将までのぼり詰めだ著者はその徹底した生き方の力の源の一つとして「言葉の力」を挙げている。イビチャ・オシム、岡田武史、貴重な出会いのなかで著者が授かった言葉を紹介している。

本書のなかではいくつも印象的な言葉が紹介されているが、なかでも印象的だったのはこの言葉。

人生において『成功』は約束されていない。しかし人生において『成長』は約束されている

田坂広志さんの「未来を拓く君たちへ」のなかで紹介されていた言葉だそうである。また、この言葉は以前も聞いたことがあるような気がするが、マジックジョンソンのこの言葉も印象的である。ちょっと長いのだが全文引用させていただく。

『お前には無理だよ』と言う人のことを聞いてはならない。
もし、自分で何かを成し遂げたかったら、できなかったときに
他人のせいにしないで、自分のせいにしなさい。
多くの人が、僕にも『お前には無理だよ』と言った。
彼らは、君に成功してほしくないんだ。
なぜなら、彼らは成功できなかったから。
途中であきらめてしまったから。
だから、君にもその夢をあきらめてほしいんだよ。
不幸な人は不幸な人を友達にしたいんだよ。
決してあきらめては駄目だ。
自分のまわりをエネルギーであふれたしっかりした
考え方を持っている人で固めなさい。
近くに誰か憧れる人がいたら、その人のアドバイスを求めなさい。
君の人生を帰ることができるのは君だけだ。
君の夢が何であれ、それにまっすぐ向かって行くんだ。
君は、幸せになるために生まれてきたんだから

一方で「この言葉のどこに動かされたんだろう?」と思うような言葉も紹介されている。きっと言葉の重さは、その言葉を構成する単語や文と同じくらい、その言葉を与える人や、その言葉を与えられる状況に影響されるのだろう。そして本書で言葉について語るなかで、中澤の支えになった人々との交流が描かれる。悔しさや悲しさや情けなさや優しさ、そういったものすべてを自分の力にしてきたことが伝わってくる。

【楽天ブックス】自分を動かす言葉

「努力したぶんだけ魔法のように成果が出る英語勉強法」清涼院流水

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
英語の上達法法をTOEIC満点を獲得したことのある著者が語る。
冒頭で著者が言っているように、努力をしないで上達する方法は存在しない。しかし努力した分だけ成果を出す方法は存在するのである。本書はTOEICのスコアで言うと700以下を対象とした内容だし、残念ながら紹介されている多くの方法は、英語をすでに長年勉強している人間にとってはすでに聞いたことのある方法だろう。しかし、改めて自身の勉強法と向き合う機会にはなるかもしれない。
例えば、著者はディクテーションの重要性について触れている。実際英語は8割程度単語が理解できれば、相手が何を言おうとしているかがわかるのだが、そうすると残りの2割の理解が永遠にできない。残りのわずかな理解できない部分を自分に気付かせてくれるのがディクテーションなのである。ディクテーションという方法自体はまったく新しい内容ではないが、ある程度話せるようにはなったものの、なかなかその先が上達しないという人は、もう一度ディクテーションに立ち返ってみてもいいのかもしれない。
その他にも僕自身(TOEIC930,英検1級)の経験からも同意できる意見、お勧めできる方法が満載である。英語を勉強しているけれどもなかなか成果が出ないという人は本書の方法を試してみるといいだろう。

The Elements of Style
スティーブンキングも史上最高のテキストとして勧めるライティングのテキスト

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「いつやるか?今でしょ? 今すぐできる自分改造術」林修

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
「いつやるか?今でしょ?」の台詞で有名な東新ハイスクールの講師林修が、最近元気がないと感じる若者たちにその生き方を語る。
読んでて思ったのが、この人の考え方は自分に似ているということ。早足で歩くところや、車を使わない事を推奨する事など共感できることばかりだった。冒頭で著者自信が言っているように、楽しく生きている人にとってはここに書かれている内容は「普通」の考え方ばかりなのだろう。
それでも今まであまり意識していなかったような考え方もあった。「権威トレンド」の扱い方である。「権威トレンド」とは人が何に権威を感じるかということで、世の中の多くの人は、お金持ちや、政治家や、先生や、アーチストなどの特定の人の話をよく聞こうとする傾向があるのだ。著者が語っているのは、何か話をするとき、何かの意思を伝えたいときに、相手の「権威トレンド」を見極めて、それに応じた伝え方をすることの効果である。
もちろん、強い「権威トレンド」を持っている人は、進んで付き合いたい人ではないのかもしれないが、何かを達成するためにはしばしばそのような人を説得しなければいけないのも事実。そのようなときは、その人の「権威トレンド」を見極めて、自分の態度を変えたり、人を介して伝えたりすることが効果的だというのである。
また、章の間に差し込まれているコラムも楽しむ事ができた。最も印象にのこったのは「今の生徒たちの”名前”に感じること」である。話のネタとしても使えそうだ。
【楽天ブックス】「いつやるか?今でしょ? 今すぐできる自分改造術」

「一流の人はなぜそこまで、コンディションにこだわるのか?」上野啓樹/俣野成敏

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
前半はコンディションの重要性について語っている。遅くまで働くことが本当に効率的なのか、徹夜をすることが格好いいのか。10年ほど前に比べると、すでに多くの人がコンディションの重要性について気付いているとは思うが、それでも遅くまで飲み会などに参加し、朝は出社ぎりぎりに起きるという人をよく目にするし、相変わらず徹夜したことをわざわざネットで公言する人も見かける。そんな人は本書で本当にそれが人生にとって意味のある事なのか考えてみるといいだろう。
中盤以降は、体調を整えるための食事法について書いている。従来は正しいと信じられていたこと、例えば、一般的には、朝ご飯は抜くよりも食べる方がいいとされているし、三角食べがいいとされているが、本書はそれを否定しながらその理由と正しい方法を説明している。なによりもフルーツの重要さをひたすら語っている点が普段果物を食べない僕にとっては新鮮だった。
本書の真髄となる考え方は1日を三分割するものである。朝4時から12時までを排泄の時間。12時から20時までを消化の時間、そして20時から翌朝4時までを吸収の時間とし、カラダのエネルギーをどれかに集中させるのである。つまり食べ物を食べるのは消化の時間である12時から20時にすべきだというのである。
なかなかカラダに染み付いた週間を急に変えることはできないし、食事に関していろんな説があるなかで本書で書かれている内容だけをすぐに信じて実践する事は危険だとは思うが、1つの考え方として頭に入れておくのはいいのではないだろうか。

あなたのカラダは半年前に食べた物でできている。

【楽天ブックス】「一流の人はなぜそこまで、コンディションにこだわるのか?」

「中級スペイン語読み解く文法」西村君代

オススメ度 ★★★★☆ 4/5

「中級スペイン語」ということで、一通りスペイン語の文法を学んだ人向けの内容である。どんな言語にも言えることかもしれないが、スペイン語においても接続法まで一通り学んで本をスペイン語で読み始めると、どうしても理解しにくい文章や、使い分けの難しい文章に出会うことが多々ある。本書はそんな悩みをすべてではないが解決してくれるだろう。
例えば、スペイン語においては主語を省くことができたり、主語がある場合でもその位置は英語ほど明確に決まっていない。そのため、読むときには理解はできても、実際書いたり話したりする状況では、主語をどこに置くべきか悩むことがある。本書はその点についてこのように説明している。

聞き手との間であらかじめ共有されている情報を旧情報と呼び、新しく情報価値のある情報を新情報と呼ぶとすると、旧情報、新情報の順に現れることが普通です。通常<主語→動詞>の順になるのは、主語が文の話題になることが多いからです。したがって、主語が新情報である場合には、語順が入れ替わります。

その他にも英語学習の後にスペイン語に入った人には非常に悩ましい箇所をわかりやすく解説している。文法の基本的な部分に軽く触れた上で、文法の先の、実際に使われている傾向に踏み込んで解説している点が非常に有り難い。
また、最後の数ページではスペイン語の成り立ちや地域による違いについて説明している。ラテン語の変化からアラビア語やアメリカ大陸の先住民の言語の影響など言語の発展に対する興味も喚起してくれる。また、スペイン語の地域差についても説明している。例えばvosotrosとustedesの使い分けや、直接人称代名詞の地域による傾向等、どれもある程度スペイン語を学んでいる人には避けて通ることのできないことなので少しずつ覚えて行きたいと思った。
もちろん1回読んだだけですべてを理解すること等できないのでスペイン語に触れながら繰り返し読み返したい。
【楽天ブックス】「中級スペイン語読みとく文法」

「ダンス・ダンス・ダンス」村上春樹

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
「僕」は引きつけられるように以前泊まったことのある「いるかホテル」を訪れる。そこで出会う受付の女性、バーで音楽を聴く少女、暗いフロア等、「いるかホテル」が「僕」を導いていく。
今まで「海辺のカフカ」と「スプートニクの恋人」という2作品を読んだだけだが、村上春樹の作品というのは僕にとっては理解不能である。にもかかわらず、僕はたびたび村上春樹ファンに出会い、その熱い話を聞かされるのでその面白さを理解したいとは思い続けている。そのせいか先日「遠い太鼓」という村上春樹の海外生活を描いた作品を読み、彼が物語だけでなく文章の成り立ちにも気を使って書いていることを知った。今回再び村上作品を手に取ったのは、物語の面白いさだけではなく文章の成り立ちについても意識して読んでみよう、と思ったからである。
本作品は以前恋人と訪れた北海道の「いるかホテル」を「僕」が訪れることから始まる。特にやることのない「僕」は、受付の女性と親しくなり、また最後には13歳の少女に東京まで付き添うという役を担うことになる。そんななか常に昔の恋人キキの姿を探し続けるのである。また、昔の同級生で今や売れっ子俳優の五反田(ごたんだ)君の存在も重要な位置をしめる。「僕」は何をしても華麗に見える五反田(ごたんだ)君とたびたび会っていろんな悩みを共有するようになる。
著者が意図したことを理解したのかはわからないが、今までに読んだ村上作品のなかでは最も読みやすく感じたし、もっとも楽しめた気がする。
一つ気付いたのは、浮世離れした印象を与える村上作品は、そのせいで時代の変化による劣化が少ないということ。実際本書は1988年に出版したというから30年近く前なのだがあまり読んでいて古さを感じなかった。村上春樹ファン(ハルキストと呼ぶらしい)が本作品をどのように語るのか知りたいと思った。
【楽天ブックス】「ダンス・ダンス・ダンス(上)」「ダンス・ダンス・ダンス(下)」

「啓火心」日明恩

オススメ度 ★★★☆☆ 4/5
大山雄大(おおやまゆうだい)は都内に努める消防士。日々消火作業に従事するなか不審な火災と出会う事となる。友人である守(まもる)と裕二(ゆうじ)とともに真実に近づいて行く。
消防士大山雄大(おおやまゆうだい)の物語の第3弾である。まずはこのシリーズ御馴染みの展開ではあるが、雄大(ゆうだい)の勤める職場と消防士という職業の過酷さ、理不尽さでの描写から始まる。消防士という普段接する事のない職業について楽しみながら知る事ができるのはこのシリーズの醍醐味である。
さて、本作品では雄大(ゆうだい)の友人である守(まもる)と裕二(ゆうじ)が大活躍する。ハッキング等情報収集を得意とする守(まもる)は不審な火災に興味を持って調べるうちにそれぞれの共通点に気付く。また雄大(ゆうだい)は火災現場で見かけた不審な男達に関わることで組織犯罪に巻き込まれて行くのである。
このシリーズでは雄大(ゆうだい)は「別になりたくて消防士になったわけではない」と言い続けている。同じ消防士として殉職した父を持ちながらも、公務員として楽に生きて行きたいから消防士になったのだという。それでも雄大(ゆうだい)の心の中にある正義感が本シリーズの魅力ではあるが、今回はそんな部分が大いに発揮される。
ちなみに、雄大(ゆうだい)が狭いことをひたすら嘆き続ける飯倉消防署はどうやら実際に存在するようで、地図で検索すると高速道路の上に存在している。
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「キアズマ」近藤史恵

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大学に入学するとともに、ちょっとしたきっかけから自転車部に入部する事となった正樹(まさき)は次第にロードレースの面白さに惹かれて行く。
著者近藤史恵がこれまでに出した作品はいずれもロードレースを扱ったもので、人間の自尊心や嫉妬などや複雑な感情を描き出して見せてくれるのでロードレースのことを良く知らなくても楽しむ事ができるだろう。過去の作品とは違って本作品は大学生のロードレースを題材にしている点である。大学で立ち上げたばかりの自転車部だが、そこに情熱を注ぐ人たちから頼まれて1年限定で参加する事になった正樹(まさき)だが、日常生活で常に重い自転車に乗っていたことと、以前に柔道をやっていたことから次第に自転車でもその才能を発揮して行く。
物語を深く面白いものにしているのは、正樹(まさき)と、そのライバルとなる同じ自転車部の桜井(さくらい)の過去である。正樹(まさき)は中学時代の柔道の練習中に、顧問の先生からの過度な指導によって親友が目の前で全身付随になるという経験をしている。その友人宅に訪れるたびに、「なぜ助けられなかったのだろう」という後悔の念に苦しむのである。そして桜井(さくらい)もまた兄弟のことを触れられるのを極度に嫌う。桜井が自転車に入れ込む理由は、兄弟にあるように見えるのだが周囲の人間もそれ以上深く踏み込むことができないでいる。2人はそんな過去と向き合いながらも、次第に正樹(まさき)が力を付けていくことで真剣勝負に発展して行くのである。
目の前にあるロードレースというものに真剣に取り組む2人の姿は十分な刺激を与えてくれた。
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「狐狼の血」柚木裕子

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
広島県警に勤める25歳の日岡秀一(ひおかしゅういち)は、敏腕のマル暴刑事として有名な44歳の大上(おおがみ)とペアを組むこととなる。しかし、時を同じくして広島県内では暴力団同士の抗争が始まろうとしていた。
マル暴刑事として有名な大上の下につくこととなった日岡だが、大上と共に行動するうちに、暴力団からお金を受け取ったり、また、そのお金を捜査費用に充てたりと、大上の違法な捜査を多く目にするようになる。時にはその違法である事に抵抗を感じながらも、そうせざるを得ない状況を知り、大上と長く行動するうちに、暴力団との共存を重視する大上の考えに理解を示すようになっていく。
そんななか暴力団同士の関係に少しずつ不穏な空気が立ちこめる。大上が指示する尾谷組と加古村組の間のもめ事が重なるのである。2つの組はそれほど大きくないにも関わらず、大きな組とのつながりがあるために扱いを間違うと大きな暴力団抗争に発展する可能性がある。大上は尾谷組とともに、加古村組をつぶそうと奔走するのである。
本書がどこまで現実の捜査を忠実に描いているのかはわからないが、暴力団同士の抗争が始まる事を防ぐために、それぞれの暴力団に対してその面子を重んじながら駆け引きをする大上(おおがみ)の様子は、今までどんな映画や物語も見せてくれなかったもので、非常に現実味を感じさせる。新聞などで報道される暴力団の行動の裏には、きっとこのようなやりとりがあるのだろう、と思わせてくれた。
残念ながら終わり方は後味のいいものではなかったが、むしろその後味の悪さが、物語を非常にリアルに魅せているような気がした。物語は昭和63年の広島を舞台としており、現代の東京ではなくその舞台設定を著者が選んだ理由は最後までわからなかった。ひょっとしたら実際に起きた出来事をモデルにしているのかもしれない。
著者柚木裕子は、「検事の本懐」に代表される検事佐方貞人(さかたさだと)を扱ったシリーズに非常に良く、その流れで他の作品も読みあさっていた。本作品はそんななかでも深みを感じさせる物語に仕上がっている。
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