「後催眠」松岡圭祐

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
松岡圭祐の「催眠」シリーズの第二弾であり、時間軸から見ると「催眠」の物語の数年前の出来事となる。
嵯峨敏也(さがとしや)はあるとき謎の女から電話を受け、伝言を頼まれる。

「木村絵美子(きむらえみこ)に深崎透(ふかざきとおる)のことを忘れるように伝えてちょうだい」

聞いたことのない名前を突然指示されて嵯峨(さが)は戸惑いながらも、真実を知ろうとする。
一方で、神経症を患っている木村絵美子(きむらえみこ)はカウンセラーの深崎透(ふかざきとおる)と再会し、同時に神経症の治療も再開することとなる。
カウンセラーと相談者との恋愛というタブーに触れながら、それを爽やかな作品に仕上げられている。嵯峨敏也(さがとしや)は語り手として登場するのみであるが、彼の視点なくしては物語のテーマは成立しない。

彼は優れたカウンセラーだったといえるのだろうか。それとも、たんなる恋に溺れた利己的な人物に過ぎなかったのか。

そしてラストは驚きと感動の結末である。松岡作品には珍しく、読むのに半日もかからない薄さで、一読しても決して後悔することはないだろう。


アダルトチャイルド
成長過程で、親や養育者に愛されなかった、虐待された、または親の不在で早くから大人としての責任を負わなければならなかった、などの理由で愛し方、愛され方がわからないまま育ってしまった人のこと。
インナーチャイルド
失われた子供時代に本当はいるはずだった自分であり、本来の自分の姿だと言える。インナーチャイルドとの出会いは、本来の自分を知るきっかけとして、また自分との語らいの手段として非常に大切なもので、子供時代の自分に出会いたいと願い、静かに瞑想する事によってインナーチャイルドと出会える場合が多いらしい。

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「イリュージョン:マジシャン第2幕」松岡圭祐

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
マジックだけを唯一の趣味とする少年、椎橋彬(しいばしあきら)は15才のとき、世の中にも両親にも絶望したて家を飛び出すことになった。そして椎橋(しいばし)は生きるために年齢を偽り、唯一の趣味を生かして悪事に手を染めていく。
タイトルの通り「マジシャン」の続編である。「マジシャン」で天才マジック少女として登場した里見沙希(さとみさき)は椎橋を追う舛城(ますじょう)警部補の協力者として登場するが、残念ながら見せ場はあまり多くはない。この物語の中では、椎橋(しいばし)の社会や大人への嫌悪、次第に孤独を深めることに対する心の葛藤や、それを追跡する舛城(ますじょう)の同行に多くのページが割かれている。
椎橋(しいばし)は社会から認められないことの原因を、理解力のない大人のせいだと解釈することで自身を正当化する。

世の中は矛盾だらけだ。偽善がはびこり、資本主義が人々の心をくさらせていく。それなあら、反旗を翻す人間がひとりぐらいいてもいいだろう。

彼の家庭環境が、歪んだモノの見方を作り出したことが痛ましい。

やはり大人は裏切り者だ。情がある振りをして、歩み寄ってきて手を差し伸べるそぶりをしては、その手を払いのけて子供を沼のなかにたたきこむ。そして嘲笑う。

椎橋(しいばし)の世の中に対する敵意は、世の中で葛藤を繰り返しながら生きている多くの人に、多少なりとも共感できるものではないだろうか。そして、そんな人には舛城(ますじょう)が椎橋(しいばし)言う言葉が強く胸に響くに違いない。

「世間のルールもあれば、自分のルールもある。どちらに従うかは自分で決めろ。世間には受け入れられないことでも、それを承知で曲げたくなることもある。そのとき、自分のなかにある判断を仰ぐんだよ。自分にとってのルールでだ。それが正しいかどうか。自分の胸に聞くってことだ。

この物語は、椎橋(しいばし)と真っ正面から向き合う舛城(ますじょう)の行動を通じて、読者の生き方まで考えさせられる作品に仕上がっていると感じた。


FISM
FEDERATION INTERNATIONALE DES SOCIETIES MAGIQUES(マジック協会国際連合)の略称でFISM(フィズム)と呼ぶ。3年に1度ヨーロッパで行われ、参加国30ヶ国以上、世界中のマジシャンやマジックショップが参加する世界最大のマジックコンベンション。
エルムズレイカウント
マジックのテクニックの一つ。右手に持ったパケットを1枚ずつ4枚を数え取った様に見せる テクニックだが、実際は観客に特定の位置のカードを見せない方法。
検察官送致
死刑、懲役又は禁錮に当たる罪の事件について、家庭裁判所が刑事処分相当と判断した場合の措置で、送致を受けた検察官により刑事裁判手続に移行される。検察官から家庭裁判所に送致する場合と対比して、これを一般に「逆送」という。

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「千里眼 トランス・オブ・ウォー」松岡圭祐

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
千里眼シリーズ。岬美由紀(みさきみゆき)が活躍する物語である。
混乱の続くイラクで日本人4名が人質に取られるという事件が発生。人質のPTSDを考慮した政府は元自衛官であり臨床心理士の美由紀(みゆき)を派遣することとなった。ところが、人質の救出のために行動した美由紀(みゆき)はイスラム教シーア派の部族アル=ベベイルと行動を共にすることになる。混乱の続くイラクの中で美由紀(みゆき)は戦争の無意味さを訴える。
この作品でも全作「test」と同様。美由紀(みゆき)の自衛隊訓練時代の回想シーンが含まれている。両親との突然の別れ。救難ヘリのパイロットになるための訓練の様子が描かれていて、美由紀(みゆき)の過去がまた少し明らかになる。
毎度のことながら美由紀の生き方、考え方には少なからず影響を受ける。

自分は冷静だっただろうか。だが、現在に至っても後悔の念は湧いてこない。運命などというものがあるとは信じたくないが、人生における選択の結果をそう呼ぶのだとすれば、あれはまさしく自分にとって運命づけられていたことだったのだろう。
ひとりだけ安全な場所に逃れて、ただ悲嘆に暮れてはるか遠くの戦場に同情を寄せる、それで平和に貢献した気分に浸る。そんな毎日は送りたくない。人にとって罪なのは、なによりも自分自身を欺くことだ。

残念ながら美由紀(みゆき)のような勇気と行動力を現在の僕は持ち合わせていないが自分自身を欺かない生き方は続けていきたいと思った。
そして美由紀(みゆき)が行動を共にするイラク人に語る言葉の中に日本人として誇るべき一端を見つけた。

「あなたたちが日本に学ぶべきは、終戦後の第二の戦争よ。焼け野原になった国土に放り出された人々が、復興に全力で取りかかり、半世紀後には世界で最も豊かな国のひとつになり得た。戦いはいつの時代にもある。でも戦う相手を間違っていれば、国を滅ぼす。真の戦いは、いつも自分たちのなかにある」

物語の中で、美由紀(みゆき)はタイトルでもある「トランス・オブ・ウォー」について、常に理性を保つことが大切だと訴え、それが戦場で殺戮を繰り返さないための第一歩と説くき続ける。しかし、それが普通の人間ならば不可能に近いことも同時に教えてくれるのだ。
感情的にならずに理性を保つ。常に僕自身こころがけているつもりだがどんな状況においてもそれを保てるかと尋ねられれば全く自信がない。日々意識するしかないのだろう。
この物語はフィクションであるが、イラク国内だけでなくアメリカという国、そしてブッシュ大統領という人間についても作者の考えが強く主張されている。きっと、部分部分は真実なのだろう。曲げられる報道、アメリカよりの物の見方をせざるをえない日本という国に生きて、一人一人が溢れた情報の中から真実を見つける努力をしなければならないということだ。
ちなみに、この作品によって松岡圭祐の他の作品である「test」と世界が繋がることとなる。今後の松岡ワールドの広がりにも大いに興味を喚起させる作品である。


ナジャフ
バグダッドの南約160km、ユーフラテス川西岸に位置し、シーア派の最大分派である12イマーム派の聖地とされている。同時に宗教を越えた様々な学問の中心地としての発展ももたらした。そこは、イラクにおける民族主義や世俗主義に関わる多くの思想や政治運動の発祥地でもある。ナジャフを、「シーア派」という観点からのみ捉えることは決して現実的ではない。今後のイラク全体の政治的な主張や運動に、ナジャフが果たす役割はより広く大きなものとなる可能性も存在する。
カーバ神殿
サウジアラビアのイスラム教の聖地メッカにある大モスク(イスラム教の寺院)の中央にあり、石造で高さ15メートルの立方体の建物である。コーランの言葉を刺繍した黒い布で覆われている。東隅の壁の下に神聖視された黒石がはめ込まれている。イスラム暦の12月には世界中から多くの巡礼者が集まる。
クルド人
トルコとイラク、イラン、シリアの国境地帯に跨って住む中東の先住民族で、人口は約3000万人と言われている。 19世紀から自治や独立を求める闘争を続けており、現在でもトルコやイラク、イランで様々な政治組織が独立や自治を求める戦いを続けている。

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「詩的私的ジャック」森博嗣

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
大学施設で女子大生が連続して殺害された。現場はいずれも密室状態で、死体にはアルファベットと見られる傷が残されていた。捜査線上に浮かんだのはロック歌手の結城稔(ゆうきみのる)であった。
このシリーズの魅力はなんといっても犀川創平(さいかわそうへい)と西野園萌絵(にしのそのもえ)という2人の常識をはずれた思考能力の持ち主が交わす会話である。その会話は僕自身にいろいろなものを気付かせる。今回も犀川(さいかわ)は言っていた。

みんな、不思議を見逃しているだけだよ。ブーメランがどうして戻ってくるのか、ヘリコプターがどうして前進するのか、工学部の学生だって誰も知らない。

好奇心は目の前を通り過ぎる物事の多さの前で忘れ去られ、不思議は常に存在することで不思議ではなくなる。そしてみんな、深く考えずに事実を受け止めることに慣れていくのだと思った。
今回も萌絵(もえ)の特殊な立場によって2人は捜査の中に介入していき、そして謎が解ける。人を殺さなければならない理由。人に惚れる理由。病的なまでの思い込みが良心を凌駕し、凶悪な事件を起こすさまを見せ付けられる。

あの人は、汚れたものが嫌いなんだ。純粋で、学問が好きで、高尚で、完璧な人だ。傷があったら、腕ごと切り落とすような人なんだ。

僕はこの言葉に共感した。きっと狂気は誰の中にもあるということだ。
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「ダイスをころがせ」真保裕一

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
駒井健一郎(こまいけんいちろう)34歳は職を失い、ハローワークで職を探していた。そんな折、高校時代の友人、天知達彦(あまちたつひこ)と出会った。達彦(たつひこ)は次の衆議院選挙に立候補するから手伝ってほしいと告げる。度重なる説得の末、健一郎は第二の人生を選挙戦へと注ぎ込むこととなる。
真保裕一は好きな作家とはいえ、堅苦しい政治の話だと思って、この本を手に取るまで時間がかかった。なぜなら、僕にとっては自民党にも民主党にも大した違いは見えないし、今の政治に満足しているわけでは決してないが、興味を注いで動向を見つめるほどでもないからだ。そんな僕には達彦(たつひこ)が健一郎(けんいちろう)を説得するために語った言葉は耳が痛い言葉ばかりだ。

この国がどうなったって、自分の暮らしさえ今と変わらなきゃいい。そんなことしか考えられない身勝手な連中に、今の政治家を笑う資格があるか

「投票に行け」とか、「政治を駄目にしているのは国民だ」などと頭ごなしに言われればつい反論したくなるが、この本を読み進めていくうちに「国民の政治への無関心さ」を良くないことだと素直に受け入れざるを得なくなる。
また、今まで見えなかった選挙というものの裏側がリアルに伝わってくるとともに。政治を腐敗させる原因が選挙制度の中にもあるということを教えてくれる。

政治家は、落選してしまえば、即収入の道を絶たれて仕事を失う。落選すればただの人、という恐怖心が、過剰な広報活動の出費を引き出していくのだ

しかし、達彦(たつひこ)はこう語る

政治っていうのは解決のために道を探るのではなく、道を示すものだ

達彦(たつひこ)が語った政治論は「理想」であり「現実」とは程遠い考え方なのかもしれない。そして理想だけでは政治家であり続けることができず、政治家でなくなればなにも実現できない。そんな葛藤が現実にはあるのだろう。しかし政治家には「理想」と「絶対に譲れない線」は持ち続けて欲しいと思った。
そして達彦(たつひこ)はこうも語る。

俺は思うんだよ。選挙は政治家の姿勢が試される時なんかじゃない。有権者である国民の姿勢が試される時なんだって、な

本当に耳が痛い・・
なにより僕を刺激してくれたのは健一郎とその仲間たちの仲間を支えようという想いである。情熱を注ぐものさえ見つければ、何歳になっても熱い感動を味わうことができるということだ。眠る時間も惜しんで情熱を注げるもの。そんなものをまた見つけたくなった。
【Amazon.co.jp】「ダイスをころがせ(上)」「ダイスをころがせ(下)」

「顔 FACE」横山秀夫

オススメ度 ★★★★☆
2003年4月にフジテレビ系で放送されていたドラマ「顔」の原作である。当時、ドラマを途中まで見ていたのだが、仕事が忙しくなって終盤は見ることが出来なかった。結末を知りたかったのと、心の描写を合わせて読みたかったのでこの本を手に取った。ちなみにドラマの中では主人公である平野瑞穂(ひらのみずほ)役を仲間由紀恵(なかまゆきえ)が演じていた。ドラマで共演していたオダギリジョーの西島耕輔(にしじまこうすけ)という役は残念ながら原作には登場していなかった。
物語は警察という縦社会、かつ男性社会の中で、犯人の似顔絵描くことを仕事のひとつとしている平野瑞穂(ひらのみずほ)を描く。女だからといって男性から差別されることに対する嫌悪と、女であるがゆえに男にはない「やさしさ」や「甘え」がときおり現れる。そんな瑞穂(みずほ)の人間くささがこの物語を面白くさせるのだろう。
いくつか心に深く残ったシーンを挙げてみる。
沖縄出身の新聞記者の大城冬実(おおしろふゆみ)が瑞穂(みずほ)に語るシーン。

「いないのよ。基地があった方がいいなんて、本気で思ってる人が沖縄にいるはずないでしょう。ウチの父だって──自分は死ぬまでここで基地と生きていくしかない。でも、お前は冬のある平凡な土地で生きていけ。そう言いたくて『冬美』って名前を付けたんだと思う。・・こんな話わからないよね。本土の人には」

僕は何も知らずに生きているのだと思った。
瑞穂(みずほ)と同僚の三浦真奈美(みうらまなみ)が瑞穂に語るシーン

「だって、人間ってそうじゃないですか。頑張ってる人を見て勇気をもらうとか言うけど、そんなの嘘で、ホントは頑張ってない人とか、頑張りたいのに頑張れない人とか見て、ああ、よかったって安心したり、ざまあみろって思ったり、そういうの励みに生きてるじゃないですか」

言葉にする人は少ないが、誰の心の中にもそういう部分はある、と思った。
そのほかにも瑞穂(みずほ)の絵を描くことに対する姿勢や、人を見る目は大いに刺激を与えてくれた。
物語の中では「男性社会」が根強く残っている警察を取り上げているが、一般の社会でも警察ほどではないにしろ「男性社会」は残っている。
この問題は当分解決しないのだろう。少なくともこの問題が解決するまでは男性が女性を守ってやるべきなのかな。(解決しても?)
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「鎖」乃南アサ

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第115回直木賞受賞作品の「凍える牙」で活躍した音道貴子(おとみちたかこ)刑事が登場すると知って、この本を手に取った。
占い師夫婦とその信者2名の計4人が殺害された事件に関わったことによって、音道貴子(おとみちたかこ)自らも大きな犯罪に巻き込まれていく。
物語の冒頭で貴子(たかこ)が同僚の男を見て感じる言葉が印象的だ。

男という生き物は、いったいいつから少年でなくなるのだろう。少年どころか、青年の面影すら残さずに中年になっている男は、いつからすべてを捨てているのだろうか。

前半は貴子(たかこ)の過酷さの中でもポジティブに物を考える姿勢が好意的に移る。そして、後半は自分だけは助かりたいという弱い心と人を助けようという使命感。その二つを行き来する貴子の心の描写がに引き込まれる。
また、犯罪に走った犯人たちの心にも共感できる部分があり、それもまたこの物語を引き立ててくれて、単純な犯罪小説には終わらせない。特に、自身の不幸から犯罪に加担せざるを得なかった中田加恵子(なかたかえこ)の人生は、「同情」などという表現で片付くはずもない。そして、今の世の中、彼女のような人間が現実に存在しても決しておかしくないということを訴えかける。
貴子の友人がぼやく言葉が心に残る。

この世の中っていうのはただ息してくらしてるっていうだけで、金がかかるように出来ているのよ。やれ税金だ、保険料だ、年金に、受信料だなんたって。

松岡圭輔の書く岬美由紀(みさきみゆき)、内田康夫の書く(浅見光彦)。彼らと同じくらい音道貴子(おとみちたかこ)は芯のしっかり通った人間で、彼女の存在はこの「鎖」によって僕の中で一段と大きくなった。彼らが架空の人物だということは知っていてもである。
乃南アサにはもっと音道貴子(おとみちたかこ)シリーズを書いてほしい、そしてその後の彼女を知りたいと思った。

Nシステム
警察によって路上に設置された監視カメラ。正式名称は「赤外線自動車ナンバー自動読取装置」と言う。その数は、全国の公道上に600個所以上設置されており、類似したシステムである「オービス」が違反車両だけを撮影するのに対し、Nシステムは、通過した全車両、全ドライバーの移動を記録している。
参考サイト:http://www.npkai-ngo.com/N-Killer/01whats-nsys.html
ストックホルムシンドローム(ストックホルム症候群)
被害者が犯人に、必要以上の同情や連帯感、好意などをもってしまうこと。
1973年にストックホルムの銀行を強盗が襲い、1週間後事件が解決した後、人質の1人であった女性が、犯人グループの一人と結婚してしまったことから由来する。
参考サイト:http//www.angelfire.com/in/ptsdinfo/crime/crm3gsto.html
武蔵村山市
埼玉県との県境にある新興住宅地。鉄道も幹線道路も通っておらず、桐野夏生の「OUT」でも舞台になっている。

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「刹那に似てせつなく」唯川恵

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
人を殺して警察に追われる身となった並木響子(なみききょうこ)42才と、暴力団に追われる道田(みちだ)ユミ19才の二人は偶然の出会いから一緒に逃亡をすることになった。とそんな唯川恵らしくないストーリーが展開していく。
非日常的な2人の行動が普段の生活では感じない多くのことを考えさせてくれる。特に、ユミのひねくれながらも本質を見極めた物事の感じ方が印象的である。

言っておくけど、この国のやつらはみんな貧乏だよ。モノがいっぱいあるってことは何もないことと同じなの。シャネルもグッチもプラダもあるのに、そこら辺で売っている安物の財布を持てる?

また、登場人物の一人である弁護士の皆川久美子(みながわくみこ)が響子(きょうこ)に向けて言う言葉も心に残る

このまま引き下がってはますますそういう男をのさばらすばかりです。弁護士らしくない発言だと言われてしまいそうですが、判決だけが目的ではない戦いがあってもいいのではないかと思っています。

最後の「解説」のページで書評家が、「この本は『買い』だ」と書いている。激しく同意する。特に古本屋で250円で買った僕にとっては。250円では十分すぎるくらい僕の心に変化を与えてくれた。


蛇頭(じゃとう)
中国から日本や米国等の外国への密入国をビジネスとして行う密航請負組織のこと。欧米では「スネークヘッド」と呼ばれる。
じゃぱゆきさん
歌手・ダンサー等の資格を持って日本に入国し、実際にはクラブ・パブ等でホステスとして働いた(働かされた)経験を持つフィリピーナのこと
からゆきさん
明治、大正、昭和のはじめに貧しさのために東南アジアの娼館に売られていった女性たちのこと

【Amazon.co.jp】「刹那に似てせつなく」

「魔術はささやく」宮部みゆき

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
日本推理サスペンス大賞受賞作品。宮部みゆきの名作である。もう5年も前に一度読んだのだが、なぜかもう一度読み直してみたくなった。

主人公の守(まもる)は父親は横領の罪をかぶったまま失踪し、母親が早くに亡くなったことで、母親の姉の家庭で育てられた。そんな中、彼の周囲には妙な事件がおき始めた。3人の女性が立て続けに死亡したのである。そんななぞめいた事件の一つにかかわったことから守の周囲は動き始める。

周囲の目や障害にも負けない守(まもる)の強さや正義感に共感を覚える。そして読み進めていくうちに守の強さは周囲の人に支えられて形成されたものであることも伝わってくる。

守ると親しい近所のおじいちゃんは守(まもる)にこう言った。

おまえのおやじさんは悪い人ではなかった。ただ、弱かったんだ。悲しいくらいに弱かった。その弱さは誰の中にもある、おまえの中にもある。そしておまえがその自分の中にあるその弱さに気がついたとき、ああ、親父と同じだとおもうだろう。ひょっとしたら親が親なんだから仕方がないと思うこともあるかもしれない。じいちゃんが怖いのはそれだ

守(まもる)の通う学校の先生は守(まもる)にこう言った

俺は遺伝は信じない主義だ。蛙の子がみんな蛙になってたら、周りじゅう蛙だらけでうるさくてらかなわん。ただ世間には、目の悪いやつらがごまんといる。象のしっぽをさわって蛇だと騒いだり、牛の角をつかんでサイだと信じていたりする。

周囲の流れは風当たりがどんなに強くても、気持ちの持ちようで道は開けるということを教えてくれるのと同時に、その風当たりに負けてしまう人がいるのも仕方がなく、そんな弱い人を責めてはいけないのだとも教えてくれる。

さらに物語の中で「あんなやつは殺されて当然だ」という台詞が出てくる。実際に憎らしい人が死ぬことはめったにないにしても、「あんなやつは死んだほうがいい」という強烈な殺意を抱いたことぐらい、誰でも一度か二度はあるのだろう。しかし、僕らそうやって殺意を覚えることはあってもはそんなに簡単に人を殺したりしない。なぜなら、そこにはリスクが伴うからだ。リスクとは信用や社会的地位の失墜である。

では、リスクを負わないだけの力を得たら人を殺したりするだろうか。ほんの少しの労力で、僕がやったとわからないのなら、責任を問われることがないという確信があるのなら殺したかもしれない。きっと多くの人がそうなのだろう、人は力を得ると自分で裁きたがるのだ。「これが正義だ!」「悪いやつはこの世からいなくなれ!」と。としかし人には感情があり、感情がある以上、人を冷静に裁くなどできるはずがないのである。

これがこの本が読者に訴えてきた一番大きなテーマなのだ。僕はそう受け取った。ちなみにこの「力を得たことによって、自らの手で人を裁く」というテーマを中心に据えたのがその後の宮部作品「クロスファイア」なのだと2回目にして感じた。

最後、守(まもる)が父親の最後の行動を知って一人つぶやくシーンは涙を誘う。
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「ボーダーライン」真保裕一

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
ロサンゼルスの日系企業で働く探偵のサム永岡(ながおか)は、一人の日本人の若者を安田真吾(やすだしんご)を探すように依頼を受ける。安田を探すウチに彼の冷酷な性格が見えてくる。という話。
人はどうやって人間性を形成するのか。人や動物や虫どの命の尊さを生きているどの過程で知るのか。そして、生まれつきの犯罪者などいるのか。そんな周囲の環境が与える人の性格の難しさを考えさせてくれる。永岡が真吾の父親の英明(ひであき) に語るシーンは印象的である。

「空っぽな連中ほど、仲間と群れたがり、一人になるのを忌み嫌う。一人ぽっちで時を過ごすのは辛いですからね、嫌でも自分ってものを見つめざるをえなくなる。そんな勇気すら持ち合わせちゃいない連中ばかりが増えて、街にあふれている」

一人暮らしで、人を部屋にいれたがらない僕には勇気の出るメッセージ。この本を読んで、僕は自分と向き合える中身のある人間だ。そう思えるようになった。
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「柔らかな頬」桐野夏生

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第121回 直木賞受賞作品。
失踪した5才の娘、有香を探して、カスミは生活する。娘の失踪から4 年後、内海という元刑事の男が捜索に名乗り出る。内海は胃ガンですでに余命わずかと宣告されていて、その余生を、有香を探すことに費やそうと考えたのだ。こんな物語である。
娘の有香がいなくなった謎を解こうとするではなく、どちらかというと、娘が失踪した事実と向かい合って、どうやって生きて行こうか探しているカスミ。自分の死が迫っていて、どうやって現実を受け入れて生きて行くか悩む内海。そんな2人の姿が強烈だった。
僕が余命を宣告されたらどんな生き方を選ぶだろうか。
真実を知るために「今」を犠牲にできるだろうか。
幼い頃、僕はどこまで周囲の出来事を把握していたのだろうか。
この本を読んで実際に直面しないと答えの出ない疑問が僕の周りにわきあがってきた。
【Amazon.co.jp】「柔らかな頬(上)」「柔らかな頬(下)」

「肩ごしの恋人」唯川恵

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第126回直木賞受賞作品。
欲しい者は欲しい、人の男を奪う事をなんとも思わないるり子。そして、仕事も恋も常にブレーキがかかって、理屈抜きでは楽しめないクールな萌。この二人は親友でありながら性格は正反対。そんな二人の仕事や恋や友情がこの物語の中では展開していく。
僕自身はどちらかと言えば萌に似ている。極端な言い方をすれば誰も信用しないし、すべて自分で解決するという生き方である。それでも、自分が幸せになるためには同性に嫌われようが構わないというるり子の生き方も少し爽快に感じる。僕自身はそんな女性を今まで軽蔑していたが、ある意味、もっとも自分に素直な生き方なのかもしれない。そう思わせてくれた。
きっと萌のような生き方をしている人はるり子のような生き方に、るり子のような生き方をしている人は萌のような生き方に、多少なりとも憧れているのだろう。
るり子の言ったこんなセリフが印象的である

「不幸になることを考えるのは現実で、幸せになることを考えるのは幻想なの?」

確かに一般的にはそうかもしれない。そう考えると、みんなの言う「現実」ってなんなんだろう。
【Amazon.co.jp】「肩ごしの恋人」

「スカイ・クロラ」森博嗣

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
どこの国の話かわからない。いつの時代の話かわからない。そして僕には縁のない戦闘機のパイロットの話。だから話に入っていくまでに少し時間がかかるかもしれない。
「死」に近い場所で生きている主人公たち。こんな生活をしていればこんな考え方になるのかもしれない。決して共感はできないが、ひょっとしたらそうかも・・・そう思わせてくれるシーンが多々ある。一つ印象的なセリフを挙げる

生きている間にする行為は、すべて退屈凌ぎなのだ。

なるほど、そうなのかもしれない。結局いつか自分がこの世からいなくなることはわかっている。それなのになぜ僕らは学んだり遊んだり恋したりするのか。そう、退屈だからだ。なんかそれで説明できてしまうからおもしろい。
今まで読んだ本にはなかった不思議な感覚を覚える。ありきたりな本に飽きた人にはお勧めである。
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「魔笛」野沢尚

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
僕にとっては、野沢尚が亡くなった後、始めて読む彼の作品となった。そして過去に読んだ事のある野沢作品の中でもっとも印象的なストーリーとなった。ストーリーは渋谷のスクランブル交差点で爆弾を爆発させた犯人の手記を中心に進む。
爆弾の爆発する瞬間の被害者の描写がリアルである。爆発によって体がバラバラになる瞬間まで、彼等は、彼女らは確かに意識を持って行動していた。今日の予定や未来のことを普段の僕らと同じように普通に考えていた。その事実をイヤというほど伝えてくる。
また、ストーリーは犯人の育った過程に多く触れる、その人の育った環境、周囲の人によって人はどうにでもなってしまうのである。
僕はそう受け止めたが、読む人によって感じ方はさまざまであろう。
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「東京物語」奥田英朗

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
1978年、に上京した田村久雄の社会に出て自立して行く11年を少しづつ切り取ったストーリー。ジョンレノンの殺害、ベルリンの壁の崩壊。久雄の成長とともに世の中も大きく変わって行く。
みんな今の自分に満足出来ず、それでもどこかで夢を捨てなければならないことを悟りつつ、だからこそ今は好きなように生きる。そんなことを感じさせてくれた。今の僕と同じ年代の人に読んでもらいたい。
久雄の周囲の人たちがなにげなく彼に言う言葉がまた印象的だ。

失敗のない仕事には成功もない。成功と失敗があるってことは素晴らしいことなんだぞ。
俺も若い頃は他人に厳しかったよ。自分と同じ能力を他人にも求めていた。

人はいろんな人とかかわりを持ち、言葉を交わすことによって成長して行くのだと感じさせてくれた。
【Amazon.co.jp】「東京物語」

「四日間の奇蹟」浅倉卓弥

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第1回「このミステリーがすごい!」大賞金賞受賞作品。指を失ったピアニスト如月敬輔と障害を持った少女、千織。二人に起こった奇蹟の物語である。

正直このテの奇跡の話は良く有る。「このテ」というのがどんなテだかというのは、ネタバレになってしまうのでここで書くのは避けることにする。そんなよく使われる奇跡であるにも関わらず、この本は描写が非常にリアルで、こんな奇跡が起こってもおかしくないのではないかと思わせてくれる。つい「実際にどこかで起こったノンフィクションなのかな?」と思ってしまったぐらいである。

この本の魅力はそんなストーリーだけでなく、要所要所に読み直したくなる文章や言葉がある、読み終わった時にはページのスミがたくさん折れていた。

心というのは肉体を離れても存在できるものなのか
人間だけが親子でもない別の個体のために命を投げだせる特別な存在なのではないか

読んだあとにいろんな問いかけを自分に向けてみたくなる。
【Amazon.co.jp】「四日間の奇蹟」

「女たちのジハード」篠田節子

オススメ度 ★★★★☆ 4/5

第117回直木賞受賞作品。
保険会社に勤める3人の女性を描いている。条件の良い結婚をするために策略を練るリサ。得意の英語で仕事をしたいと考える沙織。そして康子。それぞれ自分は「どこに向かって生きて行けばいいのか」それを必死で追い求めている。
誰もが今の自分の人生にまど満足してはいない。かといって「何を目指して生きて行くか?」それすら見えていない人が大半なのではないか・・それでもきっと「夢はなんですか?」と聞かれたら「デザイナーを目指している」とか「弁護士」を目指している・・とか、そう言うのだ。彼等はその後にどんな生活が待っているのかわかっているのだろうか。それが本当に自分を満足させてくれるとでも思っているのだろうか。
僕は何を目指しているのか・・そしてその先に何が有るのか、そんなことも考えさせられてしまう。とりあえず、この本に出てくる主人公の女性達の生きざまは見事である。
【Amazon.co.jp】「女たちのジハード」

「最悪」奥田英朗

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
最近、奥田英朗の本がおもしろい。「邪魔」につづいてこの本を手にとった。
自分は100万の札束を近くで見たことはない。別に貧しい暮らしをしているわけではないが、それでも10万もの現金が財布の中に入っていると気になって仕方がない。そういえば銀行に勤める友人がいつかこんなことを言っていた。仕事中に200万足りなかったのでみんなで探したらゴミ箱の中に2つ札束が落ちていた・・と。銀行に勤める人にとっては100万の札束など100万の価値はない。本屋さんが扱う本と、八百屋が扱うキャベツと大して変わらないのだ。
そう、社会には何千万のお金を右から左へ動かす仕事がある一方で、10万のお金を工面するのに苦労している人もいる。そんなお金に対する間隔の違いが、人と人との間に誤解や嫉妬やトラブルを生むことになるのだ。
この「最悪」では、町工場を経営している川谷。チンピラとして生活している和也。銀行に勤めるみどり。まったく違う境遇で生活している3人はそれぞれ人間関係やお金に悩みつつ生き抜こうとする。そしてあるとき3人の人生は絡みあう。人生落ちていくってのはこういうことなのか・・川谷と和也の境遇は他人事のように傍観していられないリアルさがある。これこそ最悪である。
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「パレード」吉田修一

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第15回山本周五郎賞受賞作品。
社会人一年目、僕は会社の寮に入った。3LDKのマンションの一室に同期の人間と一緒に住むのだ。隣の部屋も反対の隣の部屋も、同期や先輩の社員が住んでいた。3ヶ月でイヤになって一人暮らしを始めた。一人暮らしを始めてもう5年。「誰かと一緒に住むのもいいかも」と、この本を読んで思った。
この「パレード」では同じマンションの一室に住む5人の男女をそれぞれの視点から展開していく。同じ部屋で一緒に生活していくためにはそれぞれ「この部屋用の自分」を演じる必要がある。読み進めて行くうちに「共同生活ってそんなにも楽しいモノなのだろうか」という思いと、「そんなにも悲しいモノなのだろうか」という思いが浮かんでくる。そして最後は怖い。
近いウチにまた読み直したい。時間があれば今すぐにでも読み直したい。
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「クロスファイア」宮部みゆき

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
念じるだけでものを燃やす力を持って生まれた青木淳子(あおきじゅんこ)が、その力ゆえに正義感と使命感に苛まれる。そんな話である。
小さな頃は「超能力」という言葉に憧れたりもした。自分にしかない力があったらいろんな人を助けて、嫌いなやつをこらしめて、ヒーローになれるのに・・。大人になった今、人と違った力を持つと、どういうことになるか、周囲からどういう目で見られるか、どんな接し方をされるのかなんとなく想像できるようになった。
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