「氷菓」米澤穂信

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
折木奉太郎(おれきほうたろう)は成り行きで入部した高校の古典部で、千反田える(ちたんだえる)という女性と出会う。そして、古典部の日常のなかで起きる不思議な出来事に対して不思議な才能をみせることとなる。
ほのぼのとした学園物語で肩の力を抜いて読むことができる。なぜか閉まってしまったドアや、なくなってしまった文集など、他愛もない謎を、奉太郎(ほうたろう)が友人たちと協力して解いていくうちに物語は、30年前の学園祭での出来事に向かっていく。
冒頭の軽いノリとその魅力的な登場人物によって物語に引きずり込まれて読み進めているうちに、思った以上に深い内容にまで踏み込んでいた。
軽く読めるけど決して浅くはない。そんな絶妙なバランスが評価できる。ちょっと時間があるときに読書を楽しみたい。そんな人にはおすすめできる作品である。

プリシュティナ
コソボ共和国の首都。1990年代のコソボ紛争で深刻な打撃を受け、現在も復興の途にある。(Wikipedia「プリシュティナ」

【楽天ブックス】「氷菓」

「The Stone Monkey」Jeffery Deaver

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
Lincoln RhymeとAmelia Sachsは中国からアメリカへの密入国を大規模に行う男、通称「Ghost」追跡の任務に就くこととなる。一方、Ghostはアメリカに到着直前に、多くの中国人を乗せたままの船を爆発させ沈没させ、自らは逃亡する。
RhymeとAmeliaの「Bone Collector」に続く物語の第4作目に当たる。現場に残されたわずかな証拠から、犯人に迫るシリーズではすでにおなじみとなっている捜査手法はもちろん大きな魅力の一つだが、本作品ではさらにいくつかの要素が加わって魅力的な作品になっている。
まずは、自ら密入国船に密入国を目論む男として潜入し、最終的にGhostに法の裁きを受けさせようとする中国人刑事、Sonny Liの存在だろう。互いに協力してGhostを捕まえようとする過程で、RhymeとLiは少しずつその実力を認めるようになり、やがて、RhymeはそのLiの人と常にまっすぐ向き合おうとする姿勢から、ほかの人にはいだかなかった親密さを感じるようになる。その2人の会話のなかからは、中国とアメリカという2つの国の文化や裕福さの違いが伝わってくるだろう。
そしてもうひとつの面白さは、中国で反体制派としての活動に従事し、アメリカへ亡命をしようとするなかで密入国船に乗り込んだSam Changとその家族の存在である。なんの基盤もない新しい国で、自らが持っている技術だけを元手に家族を養っていこうとするChang。彼が見せる葛藤や、自らの家族の命を脅かそうとするGhostに対する計画など、どれも非常にスリリングである。
そしてラストは悲しくもあり、うれしくもあり、そして予想をさらに超えてくれるだろう。まだ本シリーズは3作目だが、個人的にもっとも好きな作品である。一読の価値ありの一冊。

Chiang Kai-shek(蒋介石)
中華民国の政治家、軍人。国民政府主席、初代総統で5回当選し、あわせて1943年から死去するまで中華民国元首の地位にあった。(Wikipedia「蒋介石」
Mao Zedong(毛沢東)
中華人民共和国の政治家、軍人、思想家。字は詠芝、潤芝、潤之、筆名は子任。中国共産党の創立党員の1人。中国革命の指導者で、中華人民共和国の建国の父とされている。(Wikipedia「毛沢東」
ESU(Emerdency Service Unit)
地方、国、州の法執行機関にある多面的で多方面の能力を持ち合わせた特殊部隊。主にニューヨークに拠点を置く。(Wikipedia「Emergency Service Unit」
Joey Gallo(ジョーイ・ギャロ)
ニューヨークの5大ファミリーの一つプロファチ一家のメンバーで殺し屋。別名、クレージー・ジョー(Crazy Joe)。三兄弟の次男。ボブ・ディラン(Bob Dylan) が1976年に発表したアルバム『欲望』(Desire)に収録された「Joey」(ライナー表記は「ジョーイー」)のモデルとして著名。(Wikipedia「ジョーイ・ギャロ」

「悼む人」天童荒太

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第140回直木賞受賞作品。
その場所で亡くなった人が、誰に愛され、誰を愛していたかを尋ねて、記憶にとどおめておくために旅をしている男、「悼む人」を描いた物語。
「悼む」という行為を行いながら日本を旅する坂築静人(さかつきしずと)の行動はなんとも奇異に映る。無意味なのか自己満足なのか、偽善なのか、とにかく近づいてはいけないもののように感じる。そして、「その行動にどんな意味があるのか・・・」そんな読者が当然のように抱く疑問を、静人(しずと)が旅先で出会う人は問いかける。
そして、また静人(しずと)の母、巡子(じゅんこ)は娘の妊娠を機に、静人(しずと)の生き方の理由を家族に知ってもらおうとする。巡子(じゅんこ)の語りによって、過去の静人(しずと)の経験してきた、親しい人の死など、「悼む」という行為に駆り立てたできごとが明らかになっていく。きっと、読者もその行為自体に、なにか意味を感じることができるようになるのではないだろうか。
よく言われることだが、たとえどんなに印象的な凶悪な事件さえも、一週間ほどワイドショーや新聞の紙面をにぎわせればすぐに人々の記憶から薄れていく。凶悪犯だろうが、殺人犯だろうが、区別なく記憶にとどめようとしていきていく静人(しずと)「悼む人」の行動とその動機を描くことで、逆に、人の死がどれほど簡単に忘れ去られていくかを際立たせて訴えかけているようだ。「人の存在」というものについて考えさせられる何かが本作品に感じられる。

或る人の行動をあれこれ評価するより……その人との出会いで、わたしは何を得たか、何が残ったのか、ということが大切だろうと思うんです。

【楽天ブックス】「悼む人」

「インパラの朝 ユーラシア・アフリカ大陸684日」中村安希

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
著者中村安希(なかむらあき)が2年かけて行った、ユーラシア大陸とアフリカ大陸の一人旅を描く。

女性の旅行記は今回が初挑戦である。旅行記というとどうしても、「自分は勇敢な挑戦者」的な自己陶酔や、「無謀」を「勇気」と勘違いしたような内容のものが少なくないのだが、(単純に僕が読んできたものがそうだっただけかもしれないが)、本書は、読み始めてすぐにその客観的表現と豊富で的確な表現力、そして綺麗な文体に好感を抱いた。旅に描写からは、著者の鋭い観察力と知性を感じる。

多くを旅行記を同様、訪れる国々で受けた異文化による衝撃や、出会った予想外の親切などのほか、その国の問題やそれを生じさせている原因やそこで起こっている矛盾、そういったものを文章を通じてしっかり読者に伝えてくるその視点と表現力に感心しっぱなしだった。

著者の心に響いたであろう言葉の一つ一つが、読者である僕の心も揺さぶった。例えば、インドのマザーズハウスで出会ったボランティアの嘆き。

僕は風邪で一日だけボランティアの活動を休んだけど、僕がいなければ他の誰かが、代わりに仕事をするだけだ。僕がいてもいなくてもあまり関係ない気がしている・・・
私は、毎日疲れて眠りたいのよ。『今日も自分は頑張った』って、そういう疲れを体に感じて夜はベッドに入りたい。ただそれだけよ。

旅の途中で出会った人たちとも、単純に表面的にいい関係を築いて「出会ってよかった」と旅を美化するのではなく、ときには「だからアフリカはいつまで経っても貧困から抜け出せないのだ」と批判したりと奮闘する様子からは、今まで見えなかったいろんなものが見えてくる。

地域にしっかり足を下ろして何かにじっくり取り組むことなど、そもそも求められてはいない。なぜなら一番大切なのは、派遣された隊員数と、援助する予算の額を国連で競うことだから。

正直、読み終えて、何がこんなに僕のなかでヒットしたのだろう、と考えてしまった。僕自身と物事を見る視点が似ているというだけではないだろう。

旅行記を手にとる人というのは、今回の僕のように、きっと自分自身がそういう体験をしたいからなのだろう。そして、にもかかわらず時間と費用など、そのために犠牲にしなければいけないものと、その先で得られるものの不確実性を考えて踏み切れないでいるのだろう。踏み切れないながらも、その体験を間接的にでも味わいたいのだ。

そしてきっと、そんな人たちの何人かは、すでにその旅の果てに感じるであろう失望を予期しているのかもしれない。海外でボランティアに従事してみたい、とかそこに住んでいる人と同じような生活をして文化を感じてみたい、という先にある「旅行で訪れただけでは結局表面的にしかわからない」というどうにもならないことに対する失望である。

本書のほかの旅行記をと異なっている点はきっとそこなのだ。よくある旅行記のように「辛いこともあったけど行ってよかった」というように著者が費やした時間を「間違いなくそれだけの価値のあったもの」と誇らしげに自慢するのではなく、むしろ「辛いこともいいこともあったけど、結局この旅は求めていたものに答えてくれたのだろうか?」なのである。「一読の価値あり」と思わせるには充分の内容だった。

彼らの声や行いが新聞の記事になることはない。テレビの画面に流れることも、世界中の誰かに向けて発信されることもない。すべては記憶に収められ、記録としては残らない。私は彼らに電話をかけて「ありがとう」とさえ伝えられない。

【楽天ブックス】「インパラの朝 ユーラシア・アフリカ大陸684日」

「サッカー日本代表システム進化論」西部謙司

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
日本代表の進化の過程をその戦術に焦点をあて、当時の中心選手やコーチなどの意見を交えながら描く。
期間でいうと1984年から南アフリカワールドカップ直前の2010年という30年弱である。僕にとっての日本代表はオフトジャパンから始まっているので、それ以前の日本代表は想像するしかないが、それでも本書で描かれている内容から、当時の日本代表のレベルや選手層の薄さが見て取れる。
内容がオフトジャパン以降に及ぶと、どの試合も選手も記憶にあるものばかりで、懐かしさとともに涙腺が緩んでしまう。ブラウン管を通して観た試合の様子やその結果だけでは伝わってこないような内容にも触れているので、すでに忘れ去られようとしている重要な一戦を(いまさらだが)さらに理解するのに役立つだろう。
そしていままで、ただ「日本代表」と単一の存在として観ていたもの(もちろんサッカーファンの多くはその戦術の違いはおおよそ理解しているだろうが)が、それぞれの監督の持つ個性や意図を本書を通じて理解することでより個性を持っていた。見えてくるとともに、サッカーを見る目も養われることだろう。

オフトは”言葉”を持っていた。コンパクト、スモールフィールド、トライアングル、アイコンタクト・・・・・いわれてみれば当たり前のことばかりで、選手たちも知らなかったわけではない。でも知ってはいても明確な言葉はなかった。
ファルカンのサッカーは、いま思えば、とてもいいサッカーだった。ただ、当時の選手のレベルには全く合っていなかった(柱谷)
ゾーンプレスはパスをつないでくる相手、プレッシングをかけてくる相手に対しては効果があった。だが、ひたすらロングボールを蹴ってくるような相手、カウンター狙いに徹した相手に対して、威力を発揮しきれなかった。
フラットスリーはやられそうで、意外とやられない。ただ、一瞬でも気を抜いたらダメ
どこかで、誰かがまとめなければならない。迷ったときに誰を見るのか、何を拠り所にするのか、そこがジーコ監督のチームでは徹底されていなかったのではないだろうか。
ピッチ上では、さまざまな問題が起こる。予め解答を用意するのではなく、解決能力をのものを上げていくのがオシム監督のやり方だった。

「ゾーンプレス」や「フラットスリー」という言葉を聞いただけでサッカーファンには過去の日本代表の試合が頭のなかに蘇るのかもしれない。日本代表の戦術の軌跡を通じて、ここ20年の間にどれほど日本のサッカーが人も戦術も進化したのかわかるだろう。そして、日本に限らずサッカーが戦術はいまなお進化しつづけているのだ。
サッカーファンには間違いなくオススメの一冊。この一冊で間違いなくさらに一枚も二枚も上手なサッカーにうるさい人になれるだろう。
【楽天ブックス】「サッカー日本代表システム進化論」

「オレたち花のバブル組」池井戸潤

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
東京銀行の半沢直樹(はんざわなおき)は、多額の損失を出した融資先ホテルの担当を引き継ぐこととなる。
本書は同じく半沢(はんざわ)を主人公とする物語「オレたちバブル入行組」の続編である。バブルの好景気に沸く1988年に入行した半沢(はんざわ)とその同期の銀行員たちを描いている。本作品でも前作同様、利益をあげるために、優良な融資先を見つけ、その業績を審査する、という一連の銀行業務の中で、ここの銀行員たちの出世争いや派閥間の駆け引きが中心となっている。
すでに本書で、著者池井戸潤(いけいどじゅん)の銀行を舞台とする物語も5冊目となっているため、銀行業務の流れがわかってきた気がする。そして、同時にその物語のなかで見えてくる銀行員同士の意地の張り合い、足の引っ張り合い、効率の悪く古臭い業務の流れなどを見ると、本当に銀行員になどならなくてよかったと思うのである。しかし、こんな醜い銀行内部の様子を描きながらも、こうも物語を面白く魅力的に仕上げているのは、やはり、半沢(はんざわ)という、正義感あふれ、立場のちがいにも恐れることなく信念を貫き通す人間の存在なのだろう。
本作はバブル入社組のキレ者、半沢(はんざわ)だけでなく、一度は神経的な病によって出世レースから脱落した、半沢(はんざわ)の同期である近藤(こんどう)の物語も並行してすすむ。取引先の会社に出向というかたちで部長におさまり、居心地の悪さを感じながらも、次第に銀行員としてのプライドを取り戻していく姿はなんとも頼もしい。
そして、近藤(こんどう)にも焦点をあてることで、信念を貫き通せない人間の存在を許しているようだ。実際、物語中で弱さを見せる近藤(こんどう)に対して半沢(はんざわ)が語る言葉が印象に残った。

人間ってのは生きていかなきゃならない。だが、そのためには金も夢も必要だ。それを手に入れようとするのは当然のことだと思う。

現実の世界でもこういう人間が銀行を支えていると信じたいものだ。
【楽天ブックス】「オレたち花のバブル組」

「The Judas Child」Carol O’Connel

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
小さな町で2人の少女が行方不明になった。幼い頃双子の妹を殺害されるという経験を持つRouge Kedallは、2人の少女の失踪という類似性によって再び過去の事件と向き合うことになる。
物語は2つの側面から展開する。誘拐を解決するために動いているFBIなどの捜査側の視点と、監禁されている建物の中で、必死で生き抜こうとする2人の10歳の症状、GwenとSadieの視点である。
少女達の視点で展開される側では、それぞれの少女の個性が際立っている点が物語を興味深いものにしている。Gwenは副知事の娘で大人しく控えめである一方で、Sadieはいたずら好きで行動力があり、常にGwenをリードしていくのである、まだ10歳という年齢でありながらも固い友情で結ばれているゆえの2人の言動が見所だろう。
そんな一方で、Rouge KendallはFBIの人間と協力しながら、幼い頃に殺された妹、Susan Kendallの事件の真相を解明しようとする。一卵性双生児で常に一緒に行動し、ほかに友達を持たなかったことによって、幼い頃にRougeとSusanが見せた非科学的な行動には好奇心をかきたててくれるだろう。

たくさんの双子のを見てきたが、彼らのようなのは初めてだった。私がRougeの手術の準備をしているときに麻酔をかけた。看護師はSusanにガウンをかけて、マスクをつけさせた。だから彼女には針が見えなかったはずなのに、麻酔は彼女にも効いたんだ。まるで、2つの体を持つ1人の子供を扱っているようだった。

物語の舞台となっているのが非常に小さな田舎町なのだろう。それぞれの立場や職業が相互に依存しあっており、その結果として登場する多くの人物名のせいで、途中、やや話についていけない感も抱いたが、最後の数ページでそんな鬱憤のすべてを吹き飛ばされてしまった。正直、もう犯人なんてどうでもよくて、公共の場所で呼んでいたために涙をこらえるのに必死になってしまった。
挑戦するひとにはぜひ、途中の中だるみで諦めずに最後まで読み切って欲しい。記憶に残る本は、読後に喜びや悲しみよりもなにか喪失感のようなものを与えてくれる気がするが本作品もそんななかの一つと言っていいだろう。

「日本人が誤解する英語」マーク・ピーターセン

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
日本人が間違えやすいポイントに絞って英語を解説している。
日本の英語教育の家庭ではその意味的な違いにまで踏み込んで勉強することのなかった部分を、わかりやすい例文を用いて解説している。
たとえば「will」と「be going to」の意味的な違いなどは、何度かきいたことがあるのかもしれないが、あまり意識して使っていなかったことに気づいた。著者が例文をもって、そのニュアンスの違いを示すのを見て初めて、その違いをしっかりと意識して使い分けなければならないということを知った。
たとえば、上司と部下の会話を想定して、

We have to inform the Chicago office be the day after tomorrow.
「明日の朝までにシカゴオフィスに連絡しなければならない」」

という問いに対して「will」と「be going to」の意味的な違いを考えると、

I’m going to do that tomorrow morning.「明日の朝やるつもりでした(言われなくてもわかっているよ)」
I will do that tomorrow morning.「わかりました、明日の朝やります」

となるのである。こうしてその英文が使用される状況を想像して考えると、その違いが日常会話においては無視できないものであることがわかるだろう。同様に、過去形と過去完了のニュアンスの違いなども解説している。
また、個人的に印象的だったのは「make」「have」「get」「let」という4つの使役動詞の使い分けである。日本語にするといずれも「?させる」という意味になるため混乱しやすいのだが、いずれも微妙にニュアンスが違うということがよくわかるだろう。
後半では英文において日本人が「therefore」「so」「because」を多用する傾向があることについて書いていて、その使い方を解説している。実際僕もどうしても日記を英語で書くと「because」を使いたくなってしまうので、この部分の考え方はしっかりと身につけたいものだ。
同様に「したがって」と日本語で訳される、「Consequently」「Accordingly」「Therefore」もしっかりと使い分けをしなければいけないことがわかるだろう。
そして、終盤は制限用法と非制限用法の意味の違いである。話し言葉ではあまり意識する必要がないが、英語でしっかりとした文章を書く技術を身につけるためにはおさえておきたいポイントである。
【楽天ブックス】「日本人が誤解する英語」

「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」岩崎夏海

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
もはや説明もないぐらい今話題の本だが、改めて説明するなら、ドラッカーの「マネジメント」を読んだ弱小高校野球部のマネージャーみなみが、その内容を野球部に少しずつ取り入れていくという内容。
この本がなぜここまで人気があるのかは理解しがたいが、「マネジメント」と聞くと、会社経営に興味がある人向け、と思って敬遠してしまう人が多いであろう内容を、会社以外の身近な組織(ここでは野球部)で説明している点と、そのタイトルとはイメージとしてかけ離れた表紙絵、挿絵などによるところも大きいだろう。
実際僕自身、そのオリジナルのドラッカーの考えなど一切知らないが、抵抗なくその基本的な考えに触れられる。

あらゆる組織において、共通のものの見方、理解、方向づけ、努力を実現するには、「われわれの事業は何か。何であるべきか」を定義することが不可欠である。

こういう説明をするとただのドラッカーの「マネジメント」の初心者版、というような響きをもってしまうだろうが、繰り返しになるが、それを「高校野球」という非営利な組織に適用している点は単に「身近な例」という意味以外においても大きな意味を持つように思う。特に「顧客とは誰か」という問いを高校野球について問う、というのが新鮮で、読む人によっては、人間関係を損得で計ろうという考え方を嫌う人がいるのかもしれないが、僕自身にとっては好意的に捕らえられる。

「顧客は誰か」との問いこそ、個々の企業の使命を定義するうえで、もっとも重要な問いである。

また、そんな「マネジメント」だけでなく、高校野球の物語そのものも結構面白くて、感動的だったりするのはうれしい驚きだった。
さて、結局本作品ではそうやって高校野球を例にとって「マネジメント」の考え方はどんな組織にも応用できる、という内容なのだが、個人的には、組織に関わらず「個人」にも応用できると思った。
たとえば僕自身という「個人」に当てはめて、「われわれの事業は何か」との問いに、「人生を楽しく生きること」と定義するなら、その顧客は、生きるために必要なお金を与えくれる勤務先や、楽しい機会を与えてくれる友人だったりする。多少の悪行では見放さない親や兄弟は、筆頭株主といったところだろうか。
そうなるとマーケティングとはどういうことだろう。顧客が僕自身の商品である、「発言」や「雰囲気」や「外観」に何を求めているのか。個人にあてはめたときマーケティングだけが突然難しくなるのだが、それはきっと、飲み会のような砕けた場所に出向いて意見を聞いたりすることなのだろうか、自分の言動の直後の周囲の人の表情の変化、つまり「空気を読む」というのもマーケティングになるのだろう。
結局「マネジメント」なんて自分には縁のないもの、と切り捨てるのも読者次第。個人的にはただの話題性だけでなく、内容もオススメできる作品だと感じた。

ピーター・ドラッカー
オーストリア・ウィーン生まれのユダヤ系経営学者・社会学者。(Wikipedia「ピーター・ドラッカー」

「「英語公用語」は何が問題か」鳥飼玖美子

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
楽天やユニクロが社内の公用語を英語にするなかで、いったいそれにどれほどの意味があるのか、そもそも僕ら日本人はなんのために英語を勉強し、その問題点はどこにあるのか、そんな視点からプロの同時通訳者の著者が語る。
最近の迫りくる英語熱に「待った」をかけるような内容で、実際に多くの人が感じているであろうことを代弁している。何も考えずに「世の中の流れだから」と英語を勉強している人には耳の痛い内容も多々含まれているだろう。

三木谷氏は「英語はストレートに表現するが、日本語だとあいまいになる」から、「仕事の効率が上がる」と、よくわからない私見を開陳したようである(英語はストレートに表現するだけの言語ではなく、婉曲な表現もふんだんにあることは、言語コミュニケーションを少しでも勉強すれば分かる)。

著者が語っているのは、グローバル化=英語ではなく、グローバル化というのは文化や言語の多様性を最大限に利用してこそ成り立つもので、英語というひとつの言語を押し付ければ成り立つものではないということ。
そして英語をネイティブ波に使いこなせるようになるのは不可能であり、英語をなんのために勉強するのか、という目的を常に意識して勉強する必要があるということ、などである。
そんな中、なによりおおいに著者に同意したいのは次のこと。

大事なのは英語ができるかどうかの前に、話す内容があるかどうかである。

僕も英語を勉強していてたくさんの人と英語で会話を重ねるが、ときどきどんな質問をしても、熱心に語ってくれない人がいる。「この人にはどんな話題をふればいいのだろう」「そもそもこの人に話したいことなんてあるのだろうか」と。
そういう人は、自分がなにをどのように考え、なにを求めているか、そういうことをもう一度考え直す必要があるのだろう。そういう人が話せるか話せないかというのはもはや英語以前の、人間としての問題なのである。
また、著者は日本の英語教育や、多くの企業がその英語力を計る尺度として利用しているTOEICの信用性についても語っている。英語を学んでいる人、学ぼうとしている人はぜひ目を通すべき内容だろう。

外国語青年招致事業
地方公共団体が総務省、外務省、文部科学省及び財団法人自治体国際化協会 (CLAIR)の協力の下に実施する事業。英語の略称である『JETプログラム(ジェット・プログラム)』という名称も頻繁に用いられ、事業参加者は総じてJETと呼ばれることになる。(Wikipedia「外国語青年招致事業」
参考サイト
JETプログラム公式ホームページ

【楽天ブックス】「「英語公用語」は何が問題か」

「ひなた」吉田修一

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
就職したばかりの進藤レイ、その恋人で就職活動中の大路尚純(おおじなおずみ)、その兄の浩一(こういち)その妻の桂子(けいこ)。4人の男女の日常を描く。
4人それぞれの視点から日常を順番に眺めて行くため、誰もが悩みや不安を抱え、存在意義や居場所を求めて生きているのが見えて来る。
それとあわせて見えてくるのは、人は誰でも秘密を抱えているということだろうか。必ずしも、自分の非道徳的な行いや恥ずかしい過去を隠すためではなく、むしろその多くが今現在の人間関係を平和に維持したいがために維持されるのかもしれない。
生まれたときから自然と周囲にあった幸せ。気がついたら存在していたやさしい友人や家族。それらが何故そこに存在して、自分はどうやってそれを維持しているのか…。そんな、普段は考えないし、考えても簡単には納得のいく答えの出ないことを考えさせてくれるような不思議な雰囲気を持つ物語。
一般的な僕の小説に対する好みとして、あまり吉田修一作品が傾向として持っている、言いたいことを明確に示さない曖昧さは好きではないのだが、今回はなんか結構心揺さぶられた。
なにげなく散りばめられた他愛のない文章や、台詞のなかにも、なにか深いものを感じれるのではないだろうか。

子供のころ、秋になるとどこかもの悲しいのは、遊べなくなるからではなくて、遊び続けることに、楽しみ続けることに、人間が飽きてしまうということを、知らず知らずのうちに知ってしまうからではないだろうか。
ボリス・ヴィアン
フランスの作家、詩人である。セミプロのジャズ・トランペット奏者としても名をはせ、余技として歌手活動も行った。

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「日本サッカー現場検証 あの0トップを読み解く」杉山茂樹

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
ワールドカップの日本の闘いぶりを著者の視点から解説している。
実は本書を買って読み進めるまで気づかなかったのだが、この著者は、僕に「サッカーの布陣を考えるとこうもサッカーが面白くなるのか」と思わせた本「4-2-3-1」の著者はと同じである。本書でもワールドカップの日本の布陣とその結果をその独特の視点で語っていて、サッカーファンにははずせない作品となっている。
著者はカメルーン戦で突如日本が採用した本田の1トップは(著者はそれは「0トップ」と呼んでいるが)、まさに著者がずっと推奨してきたものだと語り、その利点と、過去にその布陣が見られたチームや試合をあわせて解説している。
そしてワールドカップでの日本の4試合をその布陣と関連して原因と結果をわかりやすく解説している。例えば、なぜあの瞬間カメルーンのディフェンスは本田を見失ったのか、そして、本田のトラップがやや浮いてしまったからこそキーパーはコースを読みにくかったはず、など、長年サッカーをやっている僕でさえも見てないような細かい部分を解説しており、もう一度そのシーンをインターネットを探さずにはいられないだろう。
そして、著者は、日本の監督軽視の考え方にも警鐘を鳴らしている。
布陣の試合への影響を見る目は、テレビでサッカーをみていても養えない、会場をいってスタンドから常に全体をみてこそ養われるという。そして、だからこそ、日本のサッカーに身をおいて、スペインやイングランドの最先端のサッカーをスタジアムで観戦することが物理的に不可能な日本人監督が最先端の戦術を理解できるはずがない、と語っている。

僕がこれまでの日本代表のどこに問題を感じていたかと言えば、選手ではない。監督になる。「監督負け」を繰り返してきた思いの方が断然勝る。

また、日本が最先端の布陣に馴染めない一つの理由として、Jリーグの各チームが新しい布陣を取り入れていないためにそういう人材が育たないということのほかに、古くから伝わる日本のサイドバックの職人気質にあるという。
そこで日本の選手ができないサイドバックの動きとしてあげられているオランダのファンブロンクホルストの動きでなのだが、図だけではなかなかイメージしずらく、ぜひCD付属本ならぬDVD付属本にしてもらえないかとさえ思ってしまう。
嬉しいのが、そんな辛口かつ客観的視点に立って日本のサッカーを観ている著者も、デンマーク戦を「日本サッカー史上最高のエンターテイメント」と絶賛している点だろう。とはいえデンマーク戦以外はほとんどダメだしばかりである。

PK戦はともかく、パラグアイ対日本は、エンターテイメントとしてはまったく成立してなかった。噛み合いの悪いサッカーを意図的にした日本の責任は重い。ワールドカップは日本人だけのものではない。ワールドカップは世界最大のエンターテイメントだ。

また、終盤では優勝したスペインのサッカーについても語っている。スペインですら理想の形ができているとは言えずに、EUROで優勝したときのスペインのほうが優れていたと語る。
この著者の作品を読むといつも、テレビで観戦で比較的満足している自分が恥ずかしくなってくる。なんにせよ、ワールドカップの日本の試合を見たサッカーファンには間違いなく楽しめるに違いない。
【楽天ブックス】「日本サッカー現場検証 あの0トップを読み解く」

「埋み火 Fire’s Out」日明恩

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
希望を失った老人ばかりが火災で死亡するという事件が続いていた。消防士の雄大(たけひろ)は死亡した老人たちの間の関連性に気づく。
前作「鎮火報」の続編で文庫化を待ちに待った作品。自称「安定して金がもらえるからなった」という「やる気のない」消防士雄大(たけひろ)を中心とした物語。序盤は前作同様に、僕ら一般人が描く消防士というものが、実際のそれと大きく異なっていることをリアルに語ってくれる。

助けられなかった要救助者をみつけるたびに、消防士の誰もがしてもし切れない後悔という名の炎で、自身を焼き焦がす。死者を出しても、ま、仕方ないやと気にも留めない消防士なんていやしない。いるわけがない。

雄大(たけひろ)は火災で死亡した老人たちの関連性に気づいて、その背後をさぐろうとする。その背後には、家族に必要とされなくなった老人たちの孤独さや、家族のありかたや理想、世代間の価値観の相違などが描かれている。

人にはそれぞれ事情がある。死ぬことでしか楽になれな人だっている。確かに死ねば終わりだし、本人はそれで良いだろう。だが、死んで楽になれるのは本人だけだ。逆に残された人は、死んだ人の何倍も苦しむ。

そんな物語と平行して、雄大(たけひろ)の周囲の人たちの悩みや生き方についてもしっかりと描いている。目の前で母親が自殺するのを止めなかったことをずっと後悔しながら生きている雄大(たけひろ)の親友の祐二(ゆうじ)や、親の都合のいい子供になっていることに気づいて悩む中学生の裕孝(ゆたか)など、それぞれの登場人物にしっかりとした背景があって説得力があるという点で、日明恩(たちもりめぐみ)作品に例外はないようだ。
後半、女で一人で雄大(たけひろ)を育てた母民子(たみこ)に雄大(たけひろ)が積年の感謝の思いを口にするシーンが特に印象的である。
全体的には若干期待値が大きすぎたせいか、前作に比べるとやや物足りなさも覚えたが、それでも読みどころ満載である。
【楽天ブックス】「埋み火 Fire’s Out」

「ロシア 語られない戦争 チェチェンゲリラ従軍記」常岡浩介

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
チェチェンで実際に独立軍とともに行動した日本人ジャーナリストが、チェチェンとロシアについて語る。
「チェチェン」と聞くと、中央アジアのカスピ海と黒海の間で紛争の耐えない地域…、そして、ロシアはその対応に悩まされている、正直、僕のイメージはこんなものである。どちらかといえば、チェチェン側が無差別な殺戮を繰り返しているようなイメージさえある。しかし、本書によって語られているのは、ほとんど反対の内容であった。
また、チェチェンだけでなく、プーチンの就任後、どれほど多くの人が、暗殺されたり不審な死を遂げているかも語っている。この一冊だけで、それを事実と鵜呑みにするほど僕は子供ではないが、公になっている事実、諸外国からの報道をあわせて見比べてみると、その多くが事実に見えて来る。

2000年にプーチンが大統領になってからの4年余りの間に、殺害されたジャーナリストは15人に上る。解決された事件は一つもない。

2000年以降ロシアで起きた大きな事件。たとえば、モスクワ劇場占拠事件、北オセチア学校占拠事件など、当時の日常の忙しさのなかでは、遠い外国で起きている事件として、わずかに関心を向けた程度のものでしかなかったが、本書に書かれていることと、僕がそのニュースから理解したことがずいぶん異なることに気づかされる。
日本のメディアはどちらかというと、物事を客観的に報道できているほうだと思っているが、ロシアのニュースに関しては、かなりの部分、ロシア政府の情報操作によって捻じ曲げられたものを日本のメディアが報道し、それを僕らが目にしているということに恥ずかしながら今頃気づいた。本書を読んで改めてその事件をWikipediaで調べてみて、日本語版と英語版とで記述内容が大きく異なることを知った。
そして、巻末には著者が取材したときのアレクサンドル・リトビネンコのインタビューがそのまま掲載されている。この部分だけでも十分に読む価値ありである。彼はこの2年後に毒殺される。

われわれのすぐ近くに爆弾や戦車の下で、何の罪もない人が死んでいるのを理解しなくてはならない。すべてプーチンが悪い。日本人が聞いてくれるなら、これを日本人に言いたい。

著者が本書の冒頭で、本書と合わせて読んでほしいと挙げたいる2つの作品。アンナ・ポリトコフスカヤの「チェチェン やめられない戦争」、アレクサンドル・リトビネンコの「ロシア 闇の戦争」。どちらの著者もすでに殺されている。なんか、読まなければいけないような気がしてきた。

アレクサンドル・リトビネンコ
ソ連国家保安委員会(KGB)、ロシア連邦保安庁(FSB) の職員だったロシアの人物。当時の階級は中佐。後にイギリスに亡命しロシアに対する反体制活動家、ライターとなった。2006年、何者かに毒殺された。(Wikipedia「アレクサンドル・リトビネンコ」
アンナ・ポリトコフスカヤ
ロシア人女性のジャーナリスト。ノーヴァヤ・ガゼータ紙評論員。第二次チェチェン紛争やウラジーミル・プーチンに反対し、批判していたことで知られている。2006年、自宅アパートのエレベーター内で射殺された。(Wikipedia「アンナ・ポリトコフスカヤ」
モスクワ劇場占拠事件
2002年10月23日から10月26日にかけて、ロシア連邦内でチェチェン共和国の独立派武装勢力が起こしたテロ事件。(Wikipedia「モスクワ劇場占拠事件」)、(Wikipedia「Moscow theater hostage crisis」)
北オセチア学校占拠事件(ベスラン学校占拠事件)
Wikipedia「ベスラン学校占拠事件」)、(Wikipedia「Beslan school hostage crisis」
リャザン事件(ロシア高層アパート連続爆破事件)
1999年にモスクワなどロシア国内3都市で発生し、300人近い死者を出した爆弾テロ。チェチェン独立派武装勢力のテロとされ、同月に首相となったウラジーミル・プーチンはこれを理由にチェチェンへの侵攻を再開し、第二次チェチェン戦争の発端となった。(Wikipedia「ロシア高層アパート連続爆破事件」

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「ボックス!」百田尚樹

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
電車内で喫煙している男たちに絡まれた教師、耀子(ようこ)を救ったのは同じ高校のボクシング部の生徒だった。それが耀子(ようこ)のボクシングとの出会いだった。
物語は20代半ばの女性教師耀子(ようこ)と、天才と呼ばれるボクサーであり高校の期待の星である鏑矢(かぶらや)、そしてその幼馴染でいじめられっこでありながらもボクシング部への入部を考える勇紀(ゆうき)を中心に進む。
マイナースポーツでありながらも、通常のスポーツと同一視できないボクシングという競技の特殊性を語りながら、さまざまな動機をもって集まってきたボクシング部の生徒たちの青春を描いている。
生まれながらの天才鏑矢(かぶらや)、そして努力の天才であることが次第に明らかになる勇紀(ゆうき)。そんな親友でありながらも対照的な2人を中心にすえている点が物語を面白くさせている。そして2人の前に立ちはだかるライバル校の無敗のモンスター稲村(いなむら)。複雑なことを考えずに一揆読みできる作品である。
「武士道シックスティーン」や「ひかりの剣」など最近スポーツものに涙腺が甘いようだ。常に思いっきり打ち込める何かを探し続けている僕にとっては、本作品で歩けなくなるほど力を出し尽くす登場人物たちがなんともうらやましい。
そもそもこの本を手にとったのは、その物語に惹かれたからではなく「永遠の0」で魅力的な作品を書いた著者百田尚樹がほかにはどんな作品を書いているのだろう、という思いからである。太平洋戦争を描いた「永遠の0」とはジャンルが違いすぎて比較にならないかもしれないが、ボクシングという一歩間違えれば命さえも奪いかねないスポーツに対して、物語を通じて、多くの見方を提供するあたりに共通点が見え隠れする。

真に強い軍鶏は嘴が折れても闘う。腹を切り裂かれてはらわたが飛び出しても闘う。頭を割られて脳みそが飛び散っても闘うんや。

とりあえずしばらく百田尚樹作品は見逃さないようにしたい。
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「The Secret Speech」Tom Rob Smith

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
過去への償いから2人の少女と暮らし始めたLeoとRaisa。しかし、ある日少女の1人Zoyaが誘拐され、犯人の要求にしたがって、一人の男を強制労働所から救い出すために、犯罪者を装ってGulag57へ向かうことになる。

前作「Child44」の続編である。この物語のキーとなる事件、そして同時にタイトルとなっている「Secret Speech」とは、1956年にニキータ・フルシチョフよって行われた「スターリン批判」を描いている。体制側の悪口を言うことするできなかったKGBに監視された社会の中で、その国のトップに近い立場の人間がその方法を否定したことによって、大きく世の中が変わっていく。そんな混乱のソビエトを描いている。

物語中盤までは、MGB時代にLeo自身が犯罪人として捕らえたLazerを救うため、自らも犯罪人を装って船に乗り、Gulag57へ進入する。見所はなんといってもSecretSpeechを聞いて、不当に犯罪者とされて働かされていた人々が蜂起し、刑務所職員を拘束して逆に裁くシーンだろう。それは、13段の階段の前に職員を立たせて、ひとつの罪を告発されるごとに一段上り12個の罪で銃殺というもの。裁かれる際の、刑務所長の言葉がまた印象的である。

実際、私はここにある階段の段よりも多くの罪を犯しただろう。しかし、階段を上ることができるのなら、降りることも許されるべきではないのか?私が救った命もあるだろう。スターリンが死んでから、私はみんなの労働時間を短くして、休憩時間を多くした。だからこそみんな健康でいられて、だからこそ刑務官たちを打ち負かすことができた。言ってみればこの反乱を可能にした一因は私にある。

そして、平行して描かれるのは、誘拐された少女Zoyaのその後である。父親を殺された心の傷を癒せぬままLeoとの生活になじめず、誘拐されたことによって自らvory(ロシアのギャングのようなものらしい)の一員としての生活に自分の居場所を見つけていく。

そして終盤は隣国ハンガリーの動乱へとつながっていく。

正直、本作品を読んで初めて「スターリン批判」や「ハンガリーの動乱」について知ることとなり、ロシア史について改めて好奇心を掻き立ててくれた。また、上でも書いた、この時代のロシアの大きな変化は、なにかどうにもならない人間の醜い本章のようなものを見せてくれたように感じる。言ってみれば、「権力を持った人間は正義ではいられない」、とか、「多数派は少数派にも公平ではいられない」といったものである。
やや、物語の展開的には物足りない部分もあったが、基本的には満足のいく作品である。

スターリン批判
1956年、ソ連共産党第一書記ニキータ・フルシチョフが発表した報告と、それに基づく政治路線のこと。(Wikipedia「スターリン批判」
ニキータ・フルシチョフ
ビエト連邦の政治家。ヨシフ・スターリンの死後、スターリン批判によってその独裁と恐怖政治を世界に暴露し、非スターリン化に基づく、自由化の諸潮流をもたらした。(Wikipedia「ニキータ・フルシチョフ」
ハンガリー動乱
1956年にハンガリーで起きたソビエト連邦の権威と支配に対する民衆による全国規模の蜂起をさす。(Wikipedia「ハンガリー動乱」

「The Girl Who Kicked the Hornets’ Nest」Stieg Larsson

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
前作のラストで実の父親でありスパイであるZalachenkoとの死闘の末、頭に銃弾を浴びたSalander。本作品はまさにそのSalanderが病院に運び込まれるシーンから始まる。
前作「The Girl Who Played with Fire」の続編であり、「The Girl…」シリーズ三部作の最終話である。大怪我を追ったとはいえ、殺人未遂などの罪の容疑によって拘束中の身であるSalanderは、再び、Zalachenkoがロシアのスパイであるという事実を隠蔽しようとする闇の組織「The Section」のターゲットとなる。
その一方で、は「The Section」の秘密を暴いて世に知らしめようと、出版社Milleniumの仲間たちと動き出す。そんななか、再びネット上で協力し合う、SalanderとBlomkvistの少しちぐはぐな協力関係が面白い。実際、前作「The Girl Who Played with Fire」でもSalanderはひたすら、Blomkvistと顔をあわせるのを避けており、ようやくBlomkvistがSalanderに出会えたときはすでにSalanderは品詞の状態、という結末であった。本作品中で2人が平和に面と向かって会話をすることがあるのか、というのが気になるひとつである。
本作品では前二作で、脇役に徹していた人物の活躍も目覚しい。出版社Milleniumの代表のBergerは大手新聞社に引き抜かれてそこで新たなスタートを切り、新たな職場で、保守的な経営陣と対立する。また、Blomkvistの妹で、弁護士のGianniniはSalanderの弁護を担当し、Salanderの発言のすべてを社会不適格者の妄想として処理しようとする「The Section」の一味と法廷で争うことになる。本作品でもっともかっこいいのはGianniniかもしれない。
人付き合いの苦手なSalanderがGianniniに少しずつ心を開いていくシーンに心が温まる。いつものようにそれぞれの登場人物の個性や、それぞれの人間関係まで、最後まで飽きさせない作品である。
著者Stieg Larssonはすでに亡くなってしまったが、本作品の終わり方を見る限り、まだまだMilleniumシリーズには続く物語が彼の頭のなかにはあったのではないか、と思えてなんとも残念である。

「名前探しの放課後」辻村深月

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
新年を迎えたはずの依田いつかは、突然3ヶ月前にタイムスリップした。同級生の誰かが自殺した記憶だけをもったまま。誰かの意思の力で自分が選ばれたのか?名前のわからない自殺者の自殺を食い止めるためにいつかは動き出す。
誰かが自殺をしたはずだが、それがだれかがわからない。というこの設定。思いっきり辻村深月のデビュー作の「冷たい校舎の時は止まる」とかぶっている気がするが、それが彼女の僕のなかでの最高傑作には違いないので手にとった。
いつかは同級生の誰かが自殺をするという手がかりだけを頼りに、自分がタイムスリップしたしたということも含めて、同級生の何人かに協力を求める。
相変わらず辻村作品の登場人物は魅力的な人ばかり。タイムスリップという事実をかなりすんなり受け入れてしまう同級生たちに抵抗を抱く読者も多いかもしれないが、個人的には、本作品中で、未来の学級委員長である天木(あまき)が見せるように、信じる信じないではなく、要求された仕事をするから、と見返りを求めるほうが現実味があるように思える。
さて、そんな自殺を防ぐという目的のもとでいつかの2回目の3ヶ月はまったく違ったものになっていく。
物語がいつかだけでなく、最初にいつかがタイムスリップを告白した同じクラスの女生徒坂崎(さかざき)あすなの目線にたびたび変わるのが面白い。
いつかもあすなも過去の苦い経験と次第に向かい合っていく。人は誰でも、忘れたいような過去を経験し、コンプレックスを抱えて生きているということが伝わって来るだろう。そしてそんな出来事に対して、向き合うことは勇気がいるし、逃げることにもまた勇気がいる。
人間同士の関係のこの独特な描き方は辻村作品でしか味わえないものだろう。
それにしても「子供たちは夜と遊ぶ」のときにも感じたのだが、辻村作品にはどこか、「かっこわるく不器用にあがいている男こそかっこいい」的な表現がよく見られる。そこも含めて自分が辻村ワールドにはまっていることを感じる。
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「こんなに強い自衛隊」井上和彦

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
自衛隊について、その技術のすばらしさ、そこに勤める自衛隊員の質の良さ、そして北朝鮮、中国、韓国などの近隣諸国の脅威、などあらゆる面から自衛隊を描く。
筆者の根底にある考え方は一貫していて、日本の自衛隊のすばらしさ、軍備を増強し続けて脅威となりつつある近隣諸国への備えの必要性、そして、それを知らずにいる日本の政治家への懸念である。だから、若干本書で書かれている内容には偏りがあるという認識で読むのが適切なのかもしれない。
個人的には、イラクへの自衛隊派遣に触れている第8章が印象的である。4000人を超える犠牲者を出しているアメリカ軍に対して、なぜ自衛隊は一人の死傷者も出さずに済んだのか。それは、僕らが誇るべき空気や人の気持ちを読む日本の文化があったからこそである。つい自衛隊に入って「こんなすばらしい仕事をしてみたい」と思ってしまう
そもそも自衛隊とは存在自体が矛盾にあふれている。本書でも、自衛隊の発足の定義と、憲法の拡大解釈についてふれている。そんな自衛隊の過去の経緯が、現状の自衛隊に対する世の中の見方を説明している。日本では一般的に「防衛費は削る」「武器を捨てる」ということが「正しいこと」と認識されており、それゆえに現状を知らない政治家が、イラク派遣部隊の武器の数で議論するなどということが起きるのである。
メディアを通じて僕らの目に入ってくる自衛隊の情報が、どこまでゆがめられ、どこまで多くの思惑が絡んでいるか、ということがわかるだろう。そんな政治的な話を抜きにしても、序盤で触れている最新鋭の兵器の話などでも十分楽しめるのは、やはり僕が男だからだろうか。
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「金持ち父さん貧乏父さん」ロバート・キヨサキ

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
先日参加したキャッシュフローゲーム会の主催者が「大きく衝撃を受けた」と言っていた本。人の人生を変えるほどの本といわれるととりあえず読まなければ、というわけで読んでみた。
実は結構有名な本らしく、内容は一言で言えば「お金の作り方」を書いたもの。「お金の稼ぎ方」ではなく「お金の作り方」である。そして、現在の教育の仕組みを真っ向から否定している。どんなに勉強してどんなに大きな企業に入っても、稼いだ分のお金は出て行って、一生働き続けなければならない。お金の心配をせずに生きるにはどうすればいいか、ということを書いている。
僕自身あまりお金に興味はなく、お金なんてなくても楽しく生きている自信はあるのだが、「働きたいか遊びたいか?」とたずねられれば答えは明確だろう。世の中の流れなどを考慮すると、単純にそのまま書かれている内容を受け入れるというわけにはいかないが、お金に対する新たな考え方を受け入れて選択肢を増やす、という意味においては非常に面白い内容だった。
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