オススメ度 ★★★★☆ 4/5
ドイツで活躍する日本人の書体デザイナー小林章(こばやしあきら)が外国語のフォントについて独自の切り口で語る。
サブタイトルの「ブランドのロゴはなぜ高そうに見えるのか?」にあるように。普段フォントというものに関心を持っていない人にとっても興味をひく切り口で始めている。LOUIS VUITTON、GODIVAなど、フォント単体で見ると普通に見えるのに、なぜ高級感が感じられるのか。
そんな出だしで始まって、海外のフォントの文化や手書き文字の文化の違いについても触れている。日本語でも同じだが、印刷につかわれるフォントと手書き文字ではその見え方や書き方は異なる。外国でもそれは同じで、特に手書き文字にはその国独自の文化が根付いているらしい。数字の「1」の書き方がこんなにも国によって違う事に驚かされた。何も知らずに海外にいったら、僕らは手書きの「1」という文字すら識別できないだろう。
そして、フォントに関する使えそうなトリビアも満載。フォント好きにはおすすめである。世の中のそこらじゅうにあふれているフォント。それを知れば普段の生活はもっと楽しくなるはず。
【楽天ブックス】「フォントのふしぎ ブランドのロゴはなぜ高そうに見えるのか?」
カテゴリー: ★4つ
「一瞬の風になれ」佐藤多佳子
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2007年本屋大賞受賞作品。
神谷新二(かみやしんじ)は高校に入ってからそれまで打ち込んできたサッカーを辞めて陸上部に入部することを決めた。一緒に入部したのは天性の才能を持つスプリンター連(れん)。陸上にかける高校生たちの青春物語。
最近陸上を扱った物語というと、マラソンか駅伝であることが多いが、本作品は、短距離100メートル走と、400メートルリレーを扱っている点が新しい。著者は実際にある陸上部を長い間かけて取材し、その結果本作品を書いたという事なので、物語中で語られる理論や練習法はいずれも非常に興味をひかれる内容である。そもそも、陸上経験者でない人にとっては、100メートル走を走る選手がどんな理論でトレーニングを積み重ね、どのように意識しては知っているのかについて触れる機会がない。読んでいるだけで少し自分も速く走れるのではないか、という気がしてしまうから面白い。
もちろん、そんな陸上理論は物語の一部分でしかなく、高校生らしいいろいろなドラマを繰り広げてくれる。部活内の恋愛や、顧問の先生の過去などはもちろんであるが、1年ごとに後輩から先輩へと立場が変わり、やがて引退を迎えるという部活動ならではのエピソードも懐かしい。結果を残せずに引退をすることになった先輩を見送る場面は印象的である。
そんななかで、神谷(かみや)もまた一時期心を折りそうになるが、それでも再び陸上へと戻ってくるのだ。
そして物語は終盤にかけてライバル校との直接対決へと向かっていく。全身全霊をかけて物事に取り組むことの尊さを改めて感じさせてくれる。力を与えてくれる青春小説。
【楽天ブックス】「一瞬の風になれ(第1部)」、「一瞬の風になれ(第2部)」、「一瞬の風になれ(第3部)」
「ボーダー」垣根涼介
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大学生になったカオルはある日友人からファイトパーティの話を聞く。それはかつてカオル自身が仕切っていたパーティでしかも主催者たちは自分たちの名前を語っているという。カオルはかつてのリーダー、アキに連絡を取る事を決める。
「ヒートアイランド」シリーズの第4弾だが、同時に同著者の作品「午前3時のルースター」の内容も絡んでくるため、本作品から読んで楽しむにはややハードルが高いかもしれない。逆に、今までの4作品を読んでいる人にとっては間違いなく読み逃せない内容である。
その後のアキ、その後のカオルの生活を描きながら、過去の出来事についてもハイライトのように触れているので、必ずしも過去の物語をすべて憶えている必要はない。
物語の主な展開のほかに印象的なのは、カオルとカオルの大学の友人である慎一郎(しんいちろう)の心の内面だろう。どこかその年齢以上に達観した雰囲気を持つ2人は次第に近づいていく。終盤にはその理由と、それぞれのその複雑な思いが見えてくる。
個人的にはこのシリーズで出てくる柿沢(かきざわ)という男の常に冷酷までに最善の行動を選択する部分に魅力を感じているのだが、本作品でもそれは健在である。ぜひいままでの4作すべて読んでから読んで欲しい。
【楽天ブックス】「ボーダー」
「オシムの言葉」木村元彦
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
元日本代表監督でその前は降格寸前のジェフ千葉を再建させた手腕を持つオシム。しかし、彼もまたユーゴスラビア出身故に戦争に振り回された人間の一人。そんなオシムの人生を描く。
前半は日本に来る前のそのサッカー人生について書いているが、その人生からは何より日本とユーゴスラビアの環境の違いが見えてくる。サッカー以外にできることがなかったからサッカーを始めた、というそのコメントには、サッカーに対する日本人と貧しい国の人々の考え方の違いを表しているように思う。
やはり90年のイタリアワールドカップの内容が非常に印象深い。準々決勝のアルゼンチン対ユーゴスラビア。あの当時、僕自身はようやく世界のサッカーに興味を持ち出して、正直アルゼンチンのマラドーナを含む一握りの選手しか知らなかったので、ユーゴスラビアなどというチームがこのようなドラマを抱えていたとは知るはずもない。実際には彼らは崩壊しつつある国のユニフォームをまとって戦っていて、その試合はPK戦にもつれこんだのだ。
当時の状況を知ると、PKを蹴る事が文字通り命がけ、どころか家族までも危険に晒す事になったかもしれないのである。
後半は日本に来てからの様子が描かれている。最初は不可解だったオシムの振る舞いが、少しずつジェフの選手の理解を得て、チームや個々の強さへと変わっていく様子がうかがえる。リーダーという役割を持つ人間のあるべき姿が見えてくる。むしろリーダーシップを学びたい人はオシムの言葉をしっかり受け止めるべきだろう。また、海外から来て日本の文化にとけ込もうとする人のみ見える日本の文化の問題点も見えてくる。
ユーゴスラビア代表でそのたぐいまれなる才能にもかかわらずオシムによってベンチに退けられながらも、サビチェビッチは数年後チャンピオンズリーグを制して、観客として感染していたオシムとその息子のもとに駆け寄って感謝を伝えたという。
試合に出させてもらえなかった選手が、その監督にこれほど感謝の念を抱くという状況が信じられない。そんな指導者に出会える幸運に恵まれた人間が本当に羨ましく思えてくる。
サッカー関連の本を漁っていて偶然にも今回、ストイコビッチを描いた「誇り」と2冊連続で、ユーゴスラビア出身のサッカー選手を描いた、同じ著者の作品を読む事になってしまったが、ユーゴ紛争についてもっと知らなければならない、とも思った。
【楽天ブックス】「オシムの言葉」
「誇り ドラガン・ストイコビッチの軌跡」木村元彦
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
フィールドの妖精ピクシー。Jリーグ史上最高の外国人選手と言われ、見る者を魅了したてドラガン・ストイコビッチ。そのサッカー人生は政治に翻弄されたといっていいだろう。そんな彼の人生の軌跡を描く。
僕はサッカーをずっとやっていたし、同時にサッカーファンでもあるからJリーグやワールドカップにはそれなりに関心を持っている。だから、一般の日本人がどれだけストイコビッチのことを知っているのかわからない。
簡単に説明するなら、ストイコビッチは90年のイタリア大会でユーゴスラビア代表の中心となってプレーするが、その後は国内紛争に起因する制裁措置によってユーゴスラビア代表は国際大会に出られなくなるのである。個人的にもっとも印象的なのは、1999年名古屋グランパス時代、ゴールを決めた後に、ユニフォームを脱いでそのうちがわに来ていたシャツに書いた文字を示したときである。「NATO STOP STRIKES」。
サッカーという分野に技術を極めたその心構えは多くのアスリートと同様に非常に刺激になるだろう。そのうえでそんな国が分裂するなかで生きるというその強い意志を感じたいと思ったのだ。
内容はピクシーのたどったサッカー人生の軌跡を丁寧に面白く描いている。僕は90年のワールドカップとその後1997年頃のJリーグのストイコビッチしか知らないが、その間を本書はしっかりと埋めてくれる。しかし残念ながら、その間を埋めるのはほとんど悲劇ばかりである。
思ったのは、ストイコビッチを襲った悲劇はとてもやるせないものだが、それがなければストイコビッチが日本でプレーすることもなかったということ。そしてストイコビッチが国民から愛されているという事だ。
【楽天ブックス】「誇り ドラガン・ストイコビッチの軌跡」
「永遠の仔」天童荒太
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2000年このミステリーがすごい!国内編第1位。
幼い頃の経験ゆえにトラウマを抱えた3人の少年少女、優希(ゆうき)、笙一郎(しょういちろう)、梁平(りょうへい)は初年時代を四国の病院で過ごした。17年後、大人になった彼らは再び出会うことになる。
優希(ゆうき)は看護師、笙一郎(しょういちろう)は弁護士、そして梁平(りょうへい)は刑事として生活しているが、過去のトラウマゆえにそれぞれ社会の中で苦しみながら生きている。彼らは心を開いて人と付き合う事ができないゆえに、幼い頃その心の傷をさらけ出してつきあったお互いの存在を強く意識しているのである。
笙一郎(しょういちろう)も梁平(りょうへい)も優希(ゆうき)のことを想っているが、「自分にはその資格はない」と言って、一歩を踏み出せずにいる。物語が進むにしたがって、2人をそう思わせている理由は、四国の病院で3人が過ごした時期にその病院で行われていた登山中、優希(ゆうき)の父親が死亡した事件に関連しているらしいことがわかってくる。
病院での幼い3人の様子と、現代を交互に展開していき、いくつもの悲劇が次第に明らかになっていく。何が起こったのか。父親はどうして死んだのか。
物語を通じて見えてくるのが、すべての人が被害者であるということ、読み進めるにつれてタイトルの持つ「永遠の仔」の意味が見えてくる気がする。僕らは年齢を重ねるにつれて大人になる事を当然のように思っている。大人とはつまり、理性的に生きなければならない。強くなければならない、などであるが、世の中の多くの人は大人になっても弱さを抱えていて、ときにはそのはけ口を求めているのだ。そんな結果生まれた負の連鎖こそ、まさに本書が描いているものだろう。生きたいように生きる事ができず、生きている事で苦しみしか感じられず、そんな彼らはどうするのだろうか。
印象に残ったシーンはいくつかあるが、なかでも梁平(りょうへい)が久しぶりに叔父と再会するシーンが個人的に涙を誘ってくれた。父親に捨てられ、母親に幼い頃からタバコの火を何度も押し付けられてそだったゆえに、人を信用できない梁平(りょうへい)。そこに現れた叔父夫婦だったから最初は「何が目的なんだ」と思っていたのだが、大人になって再会してその本音を晒す。
もっと前に読んでおくべきだった作品。最近「歓喜の仔」というおそらく続編と思われるタイトルが書店に並んでいたのを見て、本書を手に取った。
「ロードス島攻防記」塩野七生
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
イスラム世界に対してキリスト教世界の最前線にあたるロードス島。1522年オスマントルコのスレイマン1世は聖ヨハネ騎士団を相手にロードス島攻略を開始する。
先日観光にいってきたトルコという国に興味を持ったため本書を読み始めたのだが、読み始めてみると自分の無知さに驚かされる。十字軍、オスマントルコ、神聖ローマ帝国などなど、いずれも世界史で聞きかじったことなある内容ではあるものの、それがなんで、どういう理由で行われ、結果どうなったかをまったく知らないのである。
物語の焦点がトルコとロードス島の戦いであるから、当時の防衛の技術、地雷や大砲といった戦争の技術から、それぞれの軍隊の国民やそこで話される言語など、当時の生活の様子や人々の考え方も含めて、わずかではあるがいろいろなものが伝わってくる。
どうしても歴史について知識を得ようとして本を読み始めると退屈だったり、物語を読むと極端な展開に辟易したりするが、本書は知識を退屈しない程度に楽しみながら得たい、という読者にはぴったりである。著者「塩野七生」という名を実は何度か目にしたことがあって実際その作品を読んだのは今回が初めてだったのだが、こういうスタイルで多くの歴史的事実について書いているのであればぜひもっとたくさん読んでみたいと思った。
【楽天ブックス】「ロードス島攻防記」
「彼女が追ってくる」石持浅海
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
コテージ村で年に1度開催される親睦会。それを数少ないチャンスと捉えて、中条夏子(なかじょうなつこ)は死んだ恋人の復讐として黒羽姫乃(くろはひめの)を殺害する。そして罪の問われないために策を練るのだが、参加者の一人の碓氷優香(うすいゆか)が立ちはだかる。
石持浅海らしい作品と言えるだろう。世界を限定し、登場人物を限定し、その中で特に大きな行動を起こす訳ではなく、会話と推測、駆け引きだけで物語をすすめるのである。現実感がないと切り捨ててしまう事もできるが、どこか中毒性のあるミステリーである。
本作品でも殺人者となった夏子(なつこ)が自分の無実を示すためにいろいろな策を練り、姫乃(ひめの)の死体が発見されて親睦会の人たちと何が起こったかを論じている間も、自らの思い描く方向に状況をすすめるために、慎重に言葉を選んで行動するのだ。
何度か石持作品を読んだ事のある人には結末は見えているのだが、その過程に期待するのだ。碓氷優香(うすいゆか)はどうやって謎を解き、どういう結論へ導いていくのか、と。
好みは別れるだろうが、今回はこれを期待して本書を読み始めたのでしっかりと期待に応えてくれたと言える。
【楽天ブックス】「彼女が追ってくる」
「世界でいちばん長い写真」誉田哲也
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
仲の良かった友人が引っ越してしまった事で沈んでいた写真部は宏伸(ひろのぶ)はある日不思議なカメラに出会う。それは長い写真の撮れるカメラだった。
全体を見れば単純な青春小説というカテゴリに収まってしまうのかもしれないが、印象的だったのは、主人公である中学生宏伸(ひろのぶ)の心のうちの描写である。宏伸(ひろのぶ)はクラスの中心的存在でもなければいじめられっこでもない。当たり障りのない、というもっとも目立たないタイプの生徒。将来何をやりたいかがまだ見つからないのは、この年代であれば珍しい事でもないが、自分が何が楽しいかすらわかっていない。そんなことにある日気づくのである。
そんな宏伸(ひろのぶ)が不思議なカメラに出会ったことで少しずつそれに夢中になっていく様子が微笑ましい。宏伸(ひろのぶ)の従姉妹の美人でクールなあっちゃんや写真部の怖い女子部長の三好(みよし)が物語を面白くしている。
放課後の部活の喧噪、校庭の砂埃、そんな懐かしいものが漂ってくるような作品。読むと何か新しいことを始めたくなる。
【楽天ブックス】「世界でいちばん長い写真」
「ハング」誉田哲也
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
警視庁捜査一課の堀田班は津村(つむら)を含む同年代の男性刑事で構成されていた。しかし、ある殺人事件の再捜査を機に死の連鎖が始まる。
著者誉田哲也は「ストロベリーナイト」「ジウ」「武士道シックスティーン」などいくつかのスタイルを使い分ける勢いのある著者という印象を個人的に持っているが、本作品はそんななかでも「ジウ」に近く、平和な日本のどこかにある金と権力をめぐる暗く悲しい争い続くをめぐる争いを見せてくれる。
捜査一課の堀田班は、班長の堀田以下、誰もが認めるいい男、植草(うえくさ)。植草(うえくさ)の妹遥(はるか)に思いを寄せる大河内(おおこうち)、小沢(おざわ)そして津村(つむら)という5人の刑事からなる。仲良く海水浴にいって仲間同士の恋人作りを応援するシーンから始まるが、物語が進むにつれて、次第に不気味な空気が物語を包んでいく。そんな明暗の使い分けが非常に印象が強い。
「ジウ」のときも感じたのだが、何がここまで強い印象を与えるかというと、それはきっと物語の非情さにあるのではないだろうか。この人は死ぬはずないとか、死ぬにしてもある程度の敬意をある最期であるべき、とか僕らがどこか心の奥に持っている常識を、あっさりと覆してしまうのだ。いい人も悪い人も死ぬときは虫けらのように一瞬。ドラマのようにかっこいい死に方なんてない、と。
この物語でも、刑事たちの運命はまさにそんな抗いようもない大きな力によって翻弄されていく。それでもそんななか津村(つむら)は、すべてを捨てて信念に従って生きていく事を選ぶのだ。
続編がありそうな終わり方をしたので、そちらも楽しみにしたい。
「ハング」
「ツナグ」辻村深月
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
生者が死んだ人に会う事ができる。死者にとっても、生者にとっても一度だけの機会。そんな機会をあたえてくれる人を「ツナグ」と呼ぶ。
「ツナグ」に依頼して死んだ人に会う人のいくつかの物語で構成されている。自殺したアイドルに会う女性の話。死んだ母親に会う男性の話。結婚を約束したまま行方不明になった女性を、生きているか死んでいるかもわからずにあ会う事を依頼した男性の話。友人を交通事故で失った女子高生の話。いずれも生と死の境目を扱う物語なだけに、心に訴えてくるものは多い。自分のことを忘れて欲しくない死者、しかしそれでも生者には次の人生のステップに向かってほしい…。生者と死者の出会いというと、生者が死者に感謝の言葉を伝えるような印象を勝手に持ってしまうが、本書ではむしろ、死者が生者の人生を心配し、新たな一歩を踏み出すようにと配慮する言動が印象的である。
そして締めくくりは、そんな、生者と死者の橋渡しとなった「ツナグ」自身の物語。祖母から「ツナグ」を引き継ぐことを決意した歩美(あゆみ)もまた何度か生者と死者の出会いを見ることで、変化を見せていくのだ。
この世とあの世の間で行われる人と人との助け合いの物語。想像を超えるような展開はないかもしれないが優しい気持ちにさせてくれるだろう。
【楽天ブックス】「ツナグ」
「星々の舟」村山由佳
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第129回直木賞受賞作品。
母の死後、父重之(しげゆき)は家政婦として働いていた2人の娘を連れた女性志津子(しづこ)と結婚する。兄貢(みつぐ)、次男の暁(あきら)腹違いの妹、沙恵(さえ)と美希(みき)。そんな複雑な家庭で生活するそれぞれの思いを描く。
短編集のような体裁をとっているが、目線が違うだけでどの章も同じ家庭を描いており、全体として一つの物語になっている。最初は兄弟としらなかったゆえに愛し合ってしまった暁(あきら)と沙恵(さえ)。家族全員と血が繋がっているのは自分だけだということを誇りに育った妹の美希(みき)など、各々の深い心のうちが明らかになっていく。誰もがおもいどおりにならない人生と時の早さに迷いながら生きているのだろうか。
人から見たら「なんであいつは・・・」と強く非難したくなるような言動も、本人の心の内側に触れるとなんとも理解できそうな気がするから不思議である。そして、そんな理解できそうな心を持つ人々の集まりでも、多くの衝突を生んでしまうのだ。僕らはもっと会話を重ねるべきなのだろうか。僕らはもっと人の気持ちに敏感であるべきなのだあろうか。そんな人や家族の奥深さを感じさせてくれる点が本物語の魅力なのだろう。
最終的に6人の目線で語られるが、最後を締めるのが父重之(しげゆき)である。子供や妻に手をあげる重之(しげゆき)は序盤ではもっとも理解し難い人間のようにも見えるが、その人間性もまた、その心のうちがあらわになるにつれて不思議と同情できるように思えてくる。それは太平洋戦争中のその体験と結びついていくのだ。すでに死が遠くないと悟った重之(しげゆき)の思いは、物語を締めくくるにふさわしい。
幸せとは何なのか、家族とは、人とは、心に染み入るような作品である。
【楽天ブックス】「星々の舟」
「私が弁護士になるまで」菊間千乃
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
元フジテレビアナウンサーの著者が30代から弁護士になることを目指し、新司法試験の合格を目指す様子を描く。
正直、アナウンサーとしての著者をまったく覚えてないのだが、30代になって人生を大きく変えようとするエネルギーはきっと大きな刺激になるだろうと思って読み始めた。キー局のアナウンサーというと誰もが憧れる職業の一つだろう。プロ野球選手と結婚して裕福な家庭を築いていく、というようなイメージを僕自身も持っていた。しかし、それはやはり他人から見た印象であって、当人はやはりいろいろ悩んでいるようだ。本書ではそんな著者の悩みから決断、その過程で出会った困難やよき友人たちが時系列に語られている。旧司法試験や新司法試験、その教育制度、現状のシステムの問題点などにも簡単に触れている点も面白い。
さて、著者は最初は仕事をしながら大宮の学校に通い3時間睡眠で勉強をし、仕事を辞めてからは1日14時間から15時間勉強し続けたという。きっと社会人になってから、日々の生活の忙しさに流されていくうちに、好きな事を本当に一生懸命勉強する事の楽しさを懐かしく、羨ましい気持ちが芽生えた人も少なくないだろう。僕自身もそんな人間の1人なだけに毎日勉強づくしの彼女がなんとも羨ましい。もちろん、3回限りの試験で合格しなければいけないというプレッシャーはつらいものだったのだろうが。切磋琢磨の状態に身をおくからこそ生まれる強い人間関係もまた魅力的である。
過去の出来事や発言から著者に対してはいくつかの批判があるようだが、それは本書から伝わってくる彼女のエネルギーを否定するものではない。30代にして弁護士を目指し、40歳にして弁護士。強い意志さえあれば僕らはまだなんだってできる。そんなエネルギーをくれる一冊。
それでも、今は、これから始まる第二の人生にわくわくしている。この高揚感を安定と引き換えに手に入れたのだとしたら、それも悪くない。私らしいと思う。一度きりの人生、限りある命、今日も精一杯生きたなと思って眠りにつき、朝は、今日はどんなことが待っているんだろうとわくわくしながら目覚める、これが私の理想。
私のこのつたない記録が、同じように人生に迷っている人に、少しでも参考になれば、これほどうれしいことはない。
【楽天ブックス】「私が弁護士になるまで」
「Sarah’s Key」Tatiana de Rosnay
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
パリに住むアメリカ人ジャーナリストのJuliaは第二次世界大戦中のパリで起こったユダヤ人迫害事件について調べ始める。やがて彼女は当時の一人のユダヤ人の女の子Sarahにたどりつく。
ホロコーストは世界史上の指折りの悲劇なだけに、それを扱った作品は世の中に多く存在している。本書もそのうちの一つだが、その舞台をパリに据えている点がやや異質かもしれない。実際僕も本書を読むまで、パリでパリの警察によってユダヤ人たちがポーランドに送られるたということを知らなかったのである。
本書では、現代のJuliaが当時を調べる様子と並行して、第二次大戦中のパリのユダヤ人たちの様子が一人の女の子目線で描かれる。彼女こそそのSarahなのである。ある朝、パリの警察によって家を出るように促されたSarahだが、すぐに迎えに帰ってこれると思って、弟を秘密の戸棚に隠して鍵をかけておいたのだ。2人はその後無事に再開を果たすことができたのか。そしてSarahのその後は。
また、物語が進む過程で、アメリカ人でありながらフランス人と結婚して家庭を築いたJulia目線でその2つの国民性の違いが見えてくる点も面白い。
大戦中の悲劇が現代によみがえる。忘れてはいけない負の歴史に目を向けさせてくれる一冊。
「対岸の彼女」角田光代
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第132回直木賞受賞作品。
3歳の娘あかりを育てる主婦小夜子(さよこ)は同い年の女性が経営する会社で働くことになった。人と関わる事を避けていた小夜子(さよこ)の生活が少しずつ変わっていく。
本書では2つの物語が平行して進む。娘を育てながらも働くことにした主婦小夜子(さよこ)の物語と、高校生葵(あおい)とナナコの物語である。小夜子(さよこ)は、過去の経験から、常に仲間はずれを作り仲間はずれにされないために必死で笑顔を取り繕うわなければならない女性社会に疲れ果てて、人との関わり合いを避けて生きてきた。しかし、面接で意気投合した女社長の経営する会社で働く事となる。また、女子高生の葵(あおい)はイジメが原因で横浜から田舎に引っ越してそこでナナコという風変わりな生徒と出会い次第に仲良くなっていく。
小夜子(さよこ)の勤める会社の社長が葵(あおい)という名前である事から、おそらくこの高校生と同一人物なのだろう、と予想し、どうやって繋がるのか、と期待しながら読み進めることになるだろう。
全体から伝わってくるのは、年をとって大人になっても、逃げているだけでは何一つ変わらない人生である。高校のときはいじめられるのを恐れて笑顔を取り繕い、大人になって子供を持っても、公園で出会う主婦たちから仲間はずれにされないように必死で話を合わせる。小夜子はときどき自らに問いかけるのだ。
それでも、葵(あおい)にとってはナナコが、そして小夜子にとっては大人になった葵(あおい)が世の中の新たな見つめ方を示してくれているようだ。
個人的に心に残ったのは、高校時代のナナコとの思い出を胸に、いつかまたそんな瞬間を、と求めながら孤独に生きていく葵(あおい)の姿である。
じわっと染み込んでくる作品。若い頃には理解できない何かが描かれている気がする。
【楽天ブックス】「対岸の彼女」
「Dead Zone」Stephen King
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
高校の教師のJohn Smithは幼いころの出来事によって未来が見える事がある。それでも恋人と普通の生活を送っていたが、交通事故によって4年半もの間昏睡状態に陥る。
予知能力を持った青年の物語。超能力を持つ人間の物語というのは決して珍しくない。人にはない力を持った故に起きるJohnnyの心の中の葛藤も他の多くの超能力者を扱った作品と共通する部分がある。「人には知られたくない」「普通の人間として生きたい」と思いながらも、予知能力ゆえ、知人が不幸にあうことを黙っていることはできないのだ。
本書ではそんな超能力者に対する大衆の行動も面白く描かれている。その力を利用して自らの知人や家族を捜してほしいと願うもの。スターとしてビジネスに利用しようとするもの。そのタネを見破ろうとするもの。それでも世間はすぐに忘れていくのである。
本作品で重要な役となるのは、恋人SarahとJohnnyの母Veraだろう。SarahはJohnnyが昏睡状態の間に新しいパートナーを見つけて家族を築いていたが、その後はJohnnyの良き友人となる。心身深いVeraはJohnnyのその力を見て、「神が目的を持って与えたもの」という。その言葉を強く意識するJohnnyは、最後までその力を使ってどうやって生きるべきか考え続けるのである。
そしてJohnny自身が政治に強く関心を持っていることもあり、物語は次第に大統領選へと移っていく。アメリカ国民の未来を左右しかねない大統領選。そこでJohnnyは何を見たのか。超能力者を扱った作品のなかでも傑作と言えるだろう。
「下町ロケット」池井戸潤
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第145回直木賞受賞作品。
かつてロケット開発に情熱を注いだ佃(つくだ)は、父の跡を継いでエンジン開発の工場を経営する。しかし数々の試練が訪れる。
元銀行員という経歴を持つ著者池井戸潤(いけいどじゅん)らしい視点が他の作品と同様、本作品でも見られる。会社を維持し、従業員の生活を守るためには、ただいい製品をつくるだけでなく、訴訟や特許、資金繰りなどあらゆる面にしっかりと取り組まなければならないのである。
本作品では佃(つくだ)の経営する、佃製作所が大型取引を打ち切られるところから始まり、その後、競合他社から特許を侵害したとして訴えられるなど試練が続いていく。しかし、そんな苦難のなか信頼できる弁護士やベンチャーキャピタルの助けを借りて、さらに成長していく姿が描かれている。
会社の生き残りに四苦八苦していた前半から、後半は、現実的である従業員の現在の生活かそれとも会社としての夢か、といったことが佃(つくだ)の懸念事項となる。
佃(つくだ)が仕事に情熱を注ぐ姿は本当に輝かしく、仕事とはどうあるべきか、人生とはどう生きるべきか。そんなことを考えさせてくれる。
【楽天ブックス】「下町ロケット」
「いちばんやさしいオブジェクト指向の本」井上樹
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
現代のプログラミングで頻繁に聞く「オブジェクト指向」という言葉。その意味はあらゆるところで解説されており、その名のとおり「オブジェクトを中心とした考え」なのだが、ではそれで実際その意味を理解できたかというとおそらく違うのだろう。
そんな考えで本書を手にとったのだが、まさに痒いところに手が届く内容だった。過去のプログラム言語を例に挙げてその不都合な部分を明確にし、その不都合さゆえに次第に「オブジェクト指向」という考えが根付いていく過程を示してくれる。プログラム言語の進化の過程を含めて理解することで、より説得力のある形で「オブジェクト指向」という考えを受け入れることが出来る。
おそらくプログラムを仕事にしている人にとっては当たり前の話ばかりなのだろうが、BASICやCなど昔プログラムをちょっとかじったけど最近のプログラムはなんだかよくわからない。という人にはぴったりかもしれない。
【楽天ブックス】「いちばんやさしいオブジェクト指向の本」
「ふたりの距離の概算」米澤穂信
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
毎年5月に行われる神山高校長距離走大会。これから走る20キロを前にして、折木奉太郎(おれきほうたろう)は、仮入部届けを出したにも関わらず、古典部に入部しないことを決めた新入生大日向友子(おおひなたともこ)のその理由に思いを巡らす。
本作品は著者米澤穂信(よねざわほのぶ)の古典部シリーズの第5作目であり、折木奉太郎(おれきほうたろう)や千反田える(ちたんだ)は2年生になって新入生を勧誘するという立場になっている。物語の舞台としては、長距離走大会の20キロのなかで主に、奉太郎(ほうたろう)の回想シーンで展開するというもの。恩田陸の「夜のピクニック」を思い出す人も多いのではないだろうか。
各所に散りばめられた伏線を奉太郎(ほうたろう)が真実に結びつけていくのが面白い。例によってその対象の出来事が、殺人事件などではなく、友人同士の仲違い、といったものであるから気楽に読み進められるのだろう。シリーズの他の作品と同じく、主要な登場人物のなかで繰り広げられるテンポのいい会話もまた魅力の一つである。
物語の場面の少なさから石持浅海(いしもちあさみ)の「扉は閉ざされたまま」にどこか共通するものを感じた。この本から多くを学べる、というような内容ではないが、著者の技術やこだわりを感じさせる内容である。
【楽天ブックス】「ふたりの距離の概算」
「ロード&ゴー」日明恩
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
恵比寿出張所の救急隊員生田温志(いくたあつし)が運転する救急車は搬送していた一人の負傷者によってハイジャックされる。
著者日明恩(たちもりめぐみ)は「鎮火報」「埋み火」で消防隊隊の様子を克明に描いていて、本作品も非常に共通する部分を感じる。周辺の道路事情に詳しい様子や、負傷者を搬送し、搬送中に治療を行うがゆえにその救急車の運転には非常に気を使わなければならないことなどが、運転手目線で描かれている。
序盤はそんな救急隊員の日常に始まり、やがてその日常の秒無のなかで搬送した、負傷していると思われた男によって救急車は乗っ取られることになる。言うことに従わなければ爆弾を爆発させるという犯人。そんな犯人自身も家族を人質にとられているゆえに犯行に及んでいるという。
その目的はなんなのか。物語が進むにつれ次第に見えてくる犯人の意図や、現在の救急医療の矛盾、社会制度の歪み。さすがに日明恩(たちもりめぐみ)、ただの犯罪小説には終わらない。
物語を面白くしているのは女性の救命救急士の森栄利子(もりえりこ)である。震災で身内を亡くしたために救急士を志し、自分だけでなく他人にも厳しいゆえに周囲と軋轢を抱える。男性が大部分を占める救急というなかで生きていくゆえの難しさや、人を救うことが仕事にもかかわらず、その容姿ゆえに広報役を担わなければならないために、複雑な思いを抱えている。
また、すでに著者日明恩(たちもりめぐみ)の本を読んでいるひとには嬉しいことに、途中、「鎮火報」や「埋み火」の登場人物も活躍する。一気に読める内容と言えるだろう。
【楽天ブックス】「ロード&ゴー」