「スリジエセンター1991」 海堂尊

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
東城医大へ赴任した天才外科医天城雪彦(あまぎゆきひこ)は常識はずれな行動で注目を浴びる。それに対抗しようとする未来の病院長高階(たかしな)や佐伯(さえき)病院長など病院内の権力争いは熾烈をきわめていく。
「ブラックペアン1988」「ブレイズメス1990」に続くチームバチスタの10年以上前を描いた物語。「チームバチスタの栄光」など現代のシリーズの方を読んでいる読者は、高階(たかしな)は病院長になるはずだし、本書では生意気な新人の速水(はやみ)は天才外科医になるということを知っているから、きっと物語とあわせてその関連性を楽しむ事ができるだろう。
本書では高階(たかしな)、佐伯(さえき)、天城(あまぎ)など、それぞれの思惑で病院内の主導権を握ろうとする。ただ単純に多くの支持を集めるために医療のあるべき姿を語るだけでなく、それぞれが状況に応じて手を組んだり裏切ったりしながら地位を固めようとする様子が面白い。
医療はすべての人に平等であるべき、という高階(たかしな)や看護婦たちの語る内容も正しいと思うが、一方で天城(あまぎ)の主張するように、お金がなければ高い技術の医療は提供できないという意見にもうなずける。そこに正しい答えはないのだ。その時の世間の意識が医療の形を変えていくのだろう。

患者を治すため、力を発揮できる環境を整えようとしただけなのに関係ない連中が罵り、謗り、私を舞台から引きずり下ろそうとする。

【楽天ブックス】「スリジエセンター1991」

「プロジェクトマネジメント 実践編」中憲治

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
仕事で関わるプロジェクトが少しずつ大きくなってきたために、どうすればプロジェクトというのは巧く進められるのかを考えるようになった。そんな中、PMBOKという言葉に出会った。
本作品はPMBOKの考え方の基本的な部分を説明している。PMBOKの考え方をすべて説明しようとすると何冊もの本になるというが、本書はそのほんのさわりの部分だけである。しかし普段プロジェクト管理について考える事が少ない人にとっては十分の内容である。クリティカル・パス、ガントチャート、マイルストーンなど普段何気なく使っていてわかったようになっている言葉も、本書によってより深くその背景と重要性が理解できるだろう。
年齢を重ねるに従って人は作業者から管理者へと変わっていく。そんな過程で常に手元に置いておきたい一冊。
【楽天ブックス】「プロジェクトマネジメント 実践編」

「あかんべえ」宮部みゆき 

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
生死の境を乗り得たおりんにはなぜか幽霊が見えるようになる。両親が開いた料理屋「ふね屋」に住み着く5人の幽霊。同い年の女の子お梅、美男子の玄之介(げんのすけ)、色っぽいおみつなど、彼らはなぜこの家に住み着いているのか、そしてなぜおりんにだけ5人全員が見えるのか。
江戸の時代を描きながら幽霊という存在を巧みに使って面白おかしく当時の人々の人間関係を描く。なんとも宮部みゆきらしい作品。本作品を面白くさせているのはそんな5人の幽霊たちだけじゃなく、純粋で真っすぐなおりんの言動だろう。

なによ、あの言いっぷりは!あんな意地悪なこと言うのなら、さっさと出ていってくれればいいのに!そうよ、あたしたちがこんなに苦労しているのは、みんなお化けさんたちのせいじゃないの!

きっと本当は誰もが心のうちを素直に表に出して、心の赴くままに行動したいのだろう。しかし、実際には大人になるに従ってそれは難しくなっていく。だからこそおりんに魅力を感じるのである。
そして次第に幽霊たちがその家に住み着いている理由が明らかになっていく。

どうしてあなたはお父とお母に大事にされて、どうしてあたしはお父に殺められて、井戸にいなくちゃならなかった?

産まれた場所や両親など、人にはどんなに強い意志を持とうと選べない物があり、それに翻弄されてしまう人生もまたあることを改めて認識させられる。
【楽天ブックス】「あかんべえ(上)」「あかんべえ(下)」

「海賊とよばれた男」百田尚樹

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
石油会社「国岡商店」を率いる国岡鐵造は社員は家族という信念を持って戦後の混乱期を乗り越えていく。
読み始めるまで知らなかったのだが、この物語は出光興産の創業者・出光佐三をモデルにして書かれている。石炭から石油へとエネルギーが移行していく時代にいち早く石油に目をつけて自ら会社を起こし、時代の流れにのって大きくなっていくのだ。
本書で描かれている出来事はフィクションの体裁をとってはいるが、いずれも実際に起こった出来事を描いている。そんな数ある出来事のなかでも、なんといってもイギリスの脅威のなかイランに向かった大型タンカー日章丸のエピソードは、単に「面白い」という言葉では説明しきれない。信念と誇りをもって物事に立ち向かうことの素晴らしさと尊さを改めて感じるだろう。

辛かった日々は、すべて、この日の喜びのためにあったのだ。

「信念」とか「誇り」という言葉は、戦争などの争乱の時代にしか語られないような印象があるが、そんなことはない、日々の仕事に大してもそんな心を忘れずに常に全力で立ち向かった人がいるのである。
僕らはなぜこんな偉大な出来事をもっと語りついでいかないのだろうか。本書を読めばきっとみんなそう感じるだろう。著者百田尚樹がこの物語を書かなければいけないと思った理由は読者には間違いなく伝わるだろう。

【楽天ブックス】「海賊とよばれた男(上)」「海賊とよばれた男(下)」

「小暮写真館」宮部みゆき

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
高校生の花菱英一(はなびしえいいち)の父親が引っ越し先として選んだのは、元写真屋さん「小暮写真館」の建物。ある女子高生が「小暮写真館」で撮ったとされる心霊写真を持ち込んでくる。
「小暮写真館」という看板のかかったままの家に住む事になったため、英一(えいいち)のもとには、心霊写真が持ち込まれ、それを基にいろんな形の人間関係やそれぞれの心のうちを描かれる。高校生ゆえに、同じ高校の登場人物たちも個性豊かで気楽に読み勧められるなかに、心に刺さる内容があるのが非常に巧い。

人は語りたがる。秘密を。重荷を。
いつでもいいというわけではない。誰でもいいというわけではない。時と相手を選ばない秘密は秘密ではないからだ。
僕を責めたりなんかしない。まず第一に自分の浅はかさを責めるだろう。そういう人なんだ。僕はよく知ってた。知りすぎるくらい知ってた
泣かせようなんて、これっぽっちも思わないんだよ。幸せにしようって、いつも本気で思ってるんだよ。だけどね、何でか泣かせちゃうことがあるんだ。

そして花菱(はなびし)家も複雑な事情を抱えている。現在は英一(えいいち)とその8歳年下の光(ひかる)との2人兄弟だが、7年前に妹の風子(ふうこ)が亡くなっているのである。そして常に家族の頭にはその亡くなった妹の存在が残っているのだ。物語が終盤に差し掛かるに連れて英一(えいいち)の向き合うものは、亡くなった妹を含めた自分自身の家族や友人との人間関係になっていく。
手に取った瞬間に挫けそうになるような分厚い本だが、読む価値ありである。
【楽天ブックス】「小暮写眞館」

「ヤバい経済学」スティーブン・D・レヴィット/スティーブン・J・ダブナー

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
1990年代の後半のアメリカ。誰もが犯罪の増加を予想する中、殺人率は5年間で50%以上も減少した。多くの人がその理由を語り始めたという。銃規制、好景気、取り締まりなど、しかしどれも直接的な理由ではない。犯罪が激減した理由はその20年以上前のあるできごとにあったのだ。
わずか数ページで心を引きつけられた。経済学と聞くと、どこか退屈な数学と経済の話のように感じるかもしれないが本書で書かれているのはいずれも身近で興味深い話ばかりである。大相撲の八百長はなぜ起こるのか。なぜギャングは麻薬を売るのか。子供の名前はどうやって決まるのか。こんな興味深い内容を、数値やインセンティブの考え方を用いて、今までになかった視点で説明する。
個人的には冒頭のアメリカの犯罪率の話だけでなく、お金を渡したら献血が減った話や、保育園で迎えにくる母親の遅刻に罰金を与えたらなぜか遅刻が増えた話などが印象的だった。お金を使って物事を重い通りに運びたいならそこで与えるお金の量は常に意識しなければならないのだろう。
なんだか世の中の仕組みが今まで以上に見えてくるような気にさせてくれる一冊。
【楽天ブックス】「ヤバい経済学」

「心を動かすリーダーシップ」鈴木義幸

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
一親から会社を引き継いだ社長を例にとって、社長のあるべき姿を描く。
大きな組織を動かそうとするとき、そこには様々な障害が予想される。企業にとってもっとも厄介なのは、社員が社長の意図した通りに動いてくれない事なのだろう。
本書では、これからの時代は社員一人一人の想像力を生かす経営を行う必要があるという。そして、そんな社員それぞれが自ら考えて行動するような企業を創るために、社長がするべきこと、とるべき態度を対話形式で説明している。必ずしも企業の社長だけでなく、部下に指示を出す立場の人にとっては役に立つであろう内容ばかりである。

チーダーといえども、時にはミスを犯す。
そのとき率直に謝ることで、かえって部下やメンバーの信頼とやる気を獲得することができる

タイトルを読むと何か古くさいリーダー像を押し付けられるのではないか、といった不安とともに読み始めたが、いい方向に裏切ってくれた。
【楽天ブックス】「心を動かすリーダーシップ」

「ウェブで学ぶ オープンエデュケーションと知の革命」梅田望夫/飯吉透 

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
現在アメリカを中心に教育機関がインターネット上で高品質な授業を無料で受けられる仕組みが整いつつある。その背景と現状、問題点を語る
1年ほど前にカーンアカデミーの取り組みを知ってオープンエデュケーションに非常に興味を持った。本書は手にとったのもそんな理由からだ。
面白いのはその発端となった出来事である。最初、アメリカの各大学は、利益を見込んでオンライン上で授業を公開しようとしたのだが、あまり収益があがらないと気付き各大学が撤退するなか、マサチューセッツ工科大学が「であればいっその事無料で公開しよう」となったというのだ。これはまさに日本では起こりえない発想なのだろう。そして、そんな流れは、iTunesやYoutubeなどさまざまなインターネットやIT技術の発展によって加速する事になったのだ。
CourseraやEdX、Udacityといった様々なオープンエデュケーションフォーマットについて語るとともに今後の課題についても語っている。
そんな中でも興味ひいたのは大学などの教育機関が持つ「強制力」の話。誰もが無料で勉強できるようになったかといってすべてが解決する訳ではないというのだ。つまり、宿題をやってこなければ怒る先生がいて、落ちこぼれになったら馬鹿にする嫌な生徒がいて、ある程度の点を試験でとらなければ落第するシステムがある。そういうシステムがあって初めて勉強を全う出来る人が世の中の大部分だと言うのである。オープンエデュケーションの今後の課題は、無料であるなかでどうやってその強制力をつけるか、ということなのだ。
とても勉強したくさせてくれる一冊。そして、改めて今後のオープンエデュケーションの流れを考えると、英語ができない日本人のハンデは世界との知識の格差を広げていくだろうと実感させられた。
【楽天ブックス】「ウェブで学ぶ オープンエデュケーションと知の革命」

「日暮らし」宮部みゆき

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
本所深川の同心平四郎(へいしろう)と甥っ子弓之助(ゆみのすけ)の繰り広げる物語。
序盤は平四郎(へいしろう)が弓之助(ゆみのすけ)やその友人のおでこの助けを借りながら諍いを解決していく。そんななかで次第に江戸の時代の人々の暮らしが見えてくる。
写真や動画という技術のなかった江戸のような時代の人々の生活を僕らはなかなか想像することができないが、本書はそんな生活を本当に現実味を帯びた形で見せてくる。生きている中で人間関係に悩み、将来に悩み、恋に悩むのはいつの時代も変わらないのだろう。
そして、そんな遠い時代のことを弓之助(ゆみのすけ)やおでこといった愛される登場人物を作り上げて、面白おかしく見せてくれるのは、やはり著者宮部みゆきの技術あってのことだろう。
【楽天ブックス】「日暮らし(上)」「日暮らし(中)」「日暮らし(下)」

「最後の証人」柚木裕子

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
「検事の本懐」に登場する元検察官の佐方貞人(さかたさだと)を扱った物語。本作品では息子を交通事故で失ったにも関わらず、加害者の権力者が、何の罰を受けない事に復讐を誓った夫婦の事件を担当する。
佐方(さかた)が裁判に向かう様子と、時間を数ヶ月前に遡って息子の復讐をしようと計画する夫婦の様子が交互に描かれる。終盤に向かうにつれてその二つの物語が一つに重なっていく。復讐を誓った夫婦が何らかの事件を起こしたのだろうがその詳細が裁判が始まるまで伏せられている点が面白い。
復讐は成功したのか、裁判の被告人は誰で佐方(さかた)は誰の弁護をしているのか。そして、裁判の行方を左右する最後の証人とは一体誰なのか。予想を越える展開だけでなく、正義感の強い佐方(さかた)の、胸に響く言葉は本作品でも健在である。

誰でも過ちは犯す。しかし、一度ならば過ちだが、二度は違う。二度目に犯した過ちはその人間の生き方だ

著者柚木裕子は今個人的に注目している作家である。佐方(さかた)弁護士を扱った作品だけでなく、今後の作品すべてが楽しみである。
【楽天ブックス】「最後の証人」

「鋼鉄の叫び」鈴木光司

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
テレビ局に勤める雪島忠信(ゆきしまただのぶ)は父親からの影響で戦時中の特攻についての番組を思い立つ。そこに、特攻を直前で辞めて生き延びた人がいるという不確かな情報を得る。生の声を聞くためにその人間を探そうとする。
本書のなかでも語られているが、戦争を経験した人の多くが他界し、戦争の生の声を聞けるのもあと数年なのだろう。きっとその後は戦争に対する関心も一気に薄れていくのだ。本書はそんな戦争における、日本のとった特攻という悲劇の作戦について読者に示してくれる一冊である。
忠信(ただのぶ)は戦争を体験している父親から一度戦時中の父親の体験を聞かされた事があり、それゆえに特攻という出来事へ執着する。そして、そんな忠信(ただのぶ)が得た特攻の生存者の情報。忠信(ただのぶ)はその情報の真偽を確かめるため奔走するのである。
一方で忠信(ただのぶ)の父親和広(かずひろ)の戦時中の体験も描かれる。そのつらい体験と、病気療養中に海軍病院で出会いその後特攻で亡くなった上官峰岸(みねぎし)の話。
そんな忠信(ただのぶ)とその父親のつながりをもって、戦争を遠い昔の出来事ではなく、世代を超えて現代に繋がる悲劇として巧みに伝えてくれる。
2,3年前に同じく特攻を描いて話題になった「永遠の0」といくつか共通する部分があるが、本作もまた鈴木光司らしく緻密に考え抜かれた深く感動的な作品に仕上がっている。
【楽天ブックス】「鋼鉄の叫び」

「エス」鈴木光司

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
ネット上にある人物の自殺する様子を撮影した動画がアップロードされていた。プロダクションで働く孝則(たかのり)はその真相を探ろうとする。
「リング」シリーズの鈴木光司が久しぶりにあたらしいホラー小説を描いたのか、とあまり期待せずに読み始めたの。四人の少女を連続して誘拐して殺人した殺人鬼のその動機はなんだったのか。序盤はすこし謎めいた殺人事件にしか見えなかった物が、読み進めるに従って読者は「リング」と無関係ではない事に気づくだろう。
孝則(たかのり)はその自殺映像を託されてその謎を解明しようとする一方で、婚約者である、丸山茜(まるやまあかね)が最近見知らぬ人につけられていると訴える。幼いころに事件に巻き込まれた経験のある茜(あかね)にとっては無視できない出来事なのである。
そうした複数の不思議な出来事がやがて一本の流れへと繋がっていくのである。「リング」シリーズで、「ループ」を読んだときの驚きがここにもあった。かつての人気歌手や人気漫画かが、過去の人気作品にこだわりすぎると見苦しさを感じてしまうが、ここまで見事に過去の名作を蘇らせてくれると、そのすごさに感心してしまう。
まだまだ続編がありそうな内容。生き返った「リング」はどこへいくのか、今後の展開が楽しみである。
【楽天ブックス】「エス」

「阪急電車」有川浩

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
関西圏の私鉄グループ阪急の路線の今津線で繰り広げられる人々のドラマを描く。
阪急電車はドラマを描く舞台を電車や駅に限定しただけにすぎない。電車のなかには通勤、通学など、送り迎えなど様々なドラマが繰り広げられる。本書が描くのはそんななかでも強く生きようとしている女性たちに焦点をあてているように感じる。
本書が扱う10人ほどの女性のなかでも特に印象的なのは、婚約者を同僚に奪われてその相手の結婚式に復讐を決意して参加する翔子(しょうこ)の生き方であるが、そのほかにも女子高生悦子(えつこ)と年上の馬鹿な彼氏の話や、ランドセルを背負った誇り高き少女の話など、魅力的な登場人物があふれている。
ローカル線ののんびりとした雰囲気を、強い女性たちの信念で味付した見事な一冊。
【楽天ブックス】「阪急電車」

「Different Seasons」Stephen King

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
四つの作品を集めた短編集であるが、一作目の「Rita Hayworth and the Shawshank Redemption」は映画「ショーシャンクの空に」の原作であり、三作目の「The Body」は映画「スタンドバイミー」の原作という短編集ながらもそれぞれの物語は非常に濃密で完成度の高い出来となっている。映画が非常に忠実に描かれているので、いまさらこの二つの作品の素晴らしさは語る必要もないが、四作目の物語「The Breathing Method」もまた強烈な作品に仕上がっている。
主人公である男性は、ある物語を語る会に通うようになる。そこでは毎回参加者の一人がほかの参加者に向けて物語を語るのだが、あるクリスマスの晩に参加者の一人の医師が過去を思い返してある女性の物語を語るのである。その女性は役者を夢見てニューヨークに出てきたが、出会った男と恋に落ちて妊娠し、男が去ったあとも一人でその子を産んで育てようとして、医者であるその語り手のもとを訪ねたのだと言う。彼女の産まれてくる子供のための強い意志は、その語り手である医師の心に永遠に刻まれることとなったのである。
出版されたのが1983年という本であるが、30年を経た今読んでも決して不満に思う事はないだろう。長く心に残るであろう作品。

「Agent6」Tom Rob Smith

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
ロシアでKGBの一線を退いたLeoと妻のRaisa、そして容姿にとった2人の姉妹の4人は質素だが平和な生活を送っていた。教師としてArisaは国際交流のイベントのために、2人の娘を連れてアメリカにいくこととなる。
「Child44」「SecretSpeech」に続く、冷戦時代のロシアを描いた第3弾。誰もが秘密警察KGBの目を恐れて生活しているロシア。前二作品でKGBの第一線から退いて両親を殺された姉妹ZoyaとElenaとともに暮らしていた。思春期を迎えた ZoyaとELenaを連れて、妻であり教師のRaisaがアメリカでアメリカの生徒たちとの交流イベントに向かうところから物語は大きく動き出す。
アメリカ人歌手Austinは、かつて共産主義を支持していたためCIAから睨まれてその活動の場所を失ったが、ソ連は彼を共産主義の象徴として再び表舞台に立つように説得しようとする。そんな陰謀に巻き込まれるRaisaとElena。そうしてアメリカで起こった出来事がその後のLeoをアフガニスタン、アメリカへと向かわせるのである。
僕ら日本人がアフガニスタンやタリバンについて意識したのはきっと9.11テロ以降であろう。本書はそんな混沌に陥るアフガニスタン、そしてそれを引き起こした冷戦時代のソ連、アメリカの関係を見せてくれる。太平洋を越えた3国にまたがって、前2作品以上に大きなスケールで展開される物語。
おそらくシリーズラストとなるであろう、むしろ終わりに近づくにつれて、読み応えのあるシリーズが終わってしまう事にさみしささえ覚えてしまう作品。

「利休にたずねよ」山本兼一

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第140回直木賞受賞作品。
千利休はその唯一にして確固たる美学ゆえにその地位を上りつめた。しかし、その美に対する信念ゆえに秀吉に疎まれ切腹を命じられる。

千利休の名前を聞いた事のない人など日本人でいるのだろうか。しかし、実際に彼が何をやっていたのか、そう考えると茶室に関わる何か、としか知らない。茶室や茶という文化が同時どのように人々に捉えられていたかすら普通は知らないだろう。本書は千利休の生活や行き方、そしてそこに関わる人たちの視点を通じてまさにそんな当時の様子を見せてくれる。

こういう風に書くと、ひどく退屈な歴史小説のように聞こえるかもしれないがそんなことはない。本書で何度も描かれる、利休の美しい物にたいする考え方は、永遠と受け継ぎたいと思わせる。むしろ日本人の物作りに対するこだわりの原点があるようにも感じられる。

本書を読むと世の中のすべてが違って見える。人の表情、仕草、歩き方、建物の形状、物の置き方…。すべてにおいてもっとも美しい方法というのがあるに違いない。きっと利休であれば最も美しい方法を選択しただろう。
【楽天ブックス】「利休にたずねよ」

「漂砂のうたう」木内昇

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第144回直木三十五賞受賞作品。

根津遊郭で働いている定九郎は大きな時代の流れに飲まれながらも、そこで働く花魁や遣手たちとともに生きていく。

そもそも遊郭とはどういう場所なのか。吉原という言葉やその話を聞いた事はあるけれど、実際にそれがどういったものでどうやって営業されるのか、そこで働く花魁たちはどのようにそこで働く事になったか、などわからないことばかりである。本書はまずそんな僕らには馴染みのない当時の遊郭の様子を見せてくれる。

そしてまた、本書の舞台は明治時代のはじめの頃。それまで武士として生きていた人々が他の生き方を探さなければいけないという大きな変革期。ちまたでは福沢諭吉の「学問のすすめ」が広まり学ぶことの重要性を世の中が意識し始める。そんな変化のなかで自らの生き方を考える人々の心のうちに、どこか現代の人々の悩みと共通したものを感じるだろう。

日本画のような非現実的な状態でしか知らない時代の人々の生活を、より現実味を帯びてみせてくれる作品。

学問のすすめ
福沢諭吉の著書のひとつ。原則的にそれぞれ独立した17つのテーマからなる、初編から十七編の17の分冊であった。最終的には300万部以上売れたとされ[1]、当時の日本の人口が3000万人程であったから実に10人に1人が読んだことになる。(Wikipedia「学問のすすめ」

【楽天ブックス】「漂砂のうたう」

「将棋の子」大崎善生

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
元将棋マガジン編集者の著者が何人かの棋士を目指す男たちを描いたノンフィクション。将棋界の厳しさを描く。
冒頭で一人の棋士の劇的な昇段の瞬間を描いている。奨励会というプロを目指す棋士たちのその厳しい現実に、一気にひきこまれてしまう。
将棋一筋に生きようとした彼らは、何をきっかけにこの道を進んだのか、そしてその道を進み続ける人はどうやってその後を生き、その道を諦めざるをえなかった人は今どうしているのか、何人かの奨励会にいた人たちに焦点をあてて、その子供時代、奨励会時代、そして今を描いている。どの人生も印象的で、そしてどの人生からも将棋界という世界の厳しさが感じられる。
同時に驚かされたのが、著者が本書のなかでなんども繰り返しているように、昭和57年組と呼ばれる、羽生善治のいる世代が将棋界にとってどれほど革命的だったかということである。また、コンピューターの発展によって、アマチュアからも強い人が育つようになり、将棋界は大きな変革期にあることも伺わせる。将棋界の現状を理解し、そこにさらに関心を持たせてくれる一冊である。
楽天ブックス】「将棋の子」

「検事の本懐」柚月裕子

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
検事佐方貞人(さかたさだと)。多くの検事と違って、人の話をしっかり聞いて人を人として接しようと努める。そんな検事佐方(さかた)を描いた物語。
本書は5つの物語から構成される短編集。いずれも視点こそ違えど、佐方貞人(さかたさだと)という検事が関わる事になる。刑事の視点、佐方(さかた)の上司の視点、佐方(さかた)の学生時代の友人の視点など、多数の視点から一人の人間を見つめる事で、その人間性が見えてくる。
それは、一見ぶっきらぼうで身だしなみに気を使わない粗野な印象であるが、非常に強い正義感を持っている。物語終盤は弁護士でありながら横領をしてその資格を剥奪された佐方(さかた)の父親について明らかになっていく。佐方(さかた)のその正義感の源が見えてくるだろう。男の行き方、信念が見えてくる作品。
本書によって著者柚月裕子は一気に僕自身の要チェック作家の一人になった。その作品をすべて読んでみたいと思わせる一冊。
【楽天ブックス】「検事の本懐」

「数学ガール」 結城浩

数学の好きな「僕」と同じクラスの数学を得意とする才女ミルカさん。そして一学年下で数学を学ぶテトラちゃんの3人が数学に取り組む物語。
なぜかシリーズ第二弾の「数学ガール フェルマーの最終定理」を先に読んでしまったので、若干人間関係が前に戻っているが、タイトルから想像できるようにそれはあまり重要ではない。本作品でも、同様に数学の面白さを読者に教えてくれる。
面白かったのは、フィボナッチ数列の一般項の話。1,1,2,3,5・・・と誰もがフィボナッチ数列というのは学生時代に見聞きしたことがあるだろうが、本書ではその一般項を導きだす。そもそもフィボナッチ数列の一般項を求めるなどという発想自体なかったので楽しく読ませてもらった。
すべて完璧に理解したとは言いがたいが、複素平面なども含めて数学の楽しさを思い出させてもらった気がする。ノートを微分や積分などの式で一心不乱に埋めたい気持ちにさせてくれるが残念ながら今のところその時間がとれない。いつかしっかり本書のすべての問題を鉛筆とノートで書きながらもう一度読んでみたい。
【楽天ブックス】「数学ガール」