「野性の証明」森村誠一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
山間の村でハイキングで通りかかった女性、越智美佐子(おちみさこ)を含む住人が殺されると言う事件が起こった。そして、その3日後、唯一の生存者である少女が発見された。
猟奇殺人事件から2年後、被害者となった越智美佐子(おちみさこ)の妹の越智朋子(おちともこ)は生命保険会社で働く、味沢岳志(あじさわたけし)という魅力的だが不思議な男と出会うことから物語は少しずつ動き始める。
この本の初版は昭和53年である。物語の中に、自治体と警察と暴力団の癒着が鍵を握る場面が多々含まれている。今読むと若干違和感を感じるが、25年前とはそういう時代だったのか、それとも現在でも目に見えない場所でこのようなことは平然とまかりとおっているのか。そんなことを考えさせる。
森村誠一作品には毎回のように感じさせられることだが、重要と思われた登場人物があっさり死んでしまったり、正義を行っている人の行為が報われなかったりする。もちろん世に多くある物語のように、正義がいつだって勝つことのほうが現実では少ないのかもしれないが、それでもやはり後味の悪さを感じてしまうのだ。


マリオットの盲点
網膜の視神経系乳頭の部分には視神経細胞が存在しないため、視野のなかでこの部分に相当するところは見えない。この生理的な視野欠損部のことをマリオットの盲点と呼ぶ。

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「時生」東野圭吾

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
以前より東野圭吾作品の中で傑作の部類に入ると聞いていた作品。文庫化にあたって手に取ることにした。
宮本拓実(みやもとたくみ)と麗子(れいこ)の息子のトキオは数年前にグレゴリウス症候群を発症し、まもなく最期の瞬間を迎えようとしている。
グレゴリウス症候群とは遺伝病で、十代半ばに発症し、運動機能を徐々に失った後、意識障害を起こし、最終的に死に至るという病気である。トキオがグレゴリウス症候群を発症するであろうことは生まれる前から、予想されていたにもかかわらず、二人の意志で産むことを決意したのである。
そして、病院のベンチで二人は「本当に産んだことは正しかったのか」そんな葛藤をする。麗子(れいこ)は言う。

「あの子に訊いてみたかった。生まれてきてよおかったとおもったことがあるかどうか。幸せだったかどうか。あたしたちを恨んでいなかったかどうか。でももう無理ね。」

そんなとき、拓実(たくみ)は昔トキオに会ったことがあることを思いだし、麗子(れいこ)にその出来事を語り始める。物語は拓実(たくみ)の回想シーンを中心に進む。
20年前の世界で、拓実(たくみ)はトキオは浅草の花やしきで出会い、行動を共にする。
拓実(たくみ)とトキオが知り合ったホステスの竹美(たけみ)は、若くて未熟な拓実(たくみ)に言う。

苦労が顔に出たら惨めやからね。それに悲観しててもしょうがない。誰でも恵まれた家庭に生まれたいけど、自分では親を選べ変。配られたカードで精一杯勝負するしかないやろ

そしてトキオもまた拓実(たくみ)にいろいろなことを訴える。

「どんな短い人生でも、たとえほんの一瞬であっても、生きているという実感さえあれば未来はあるんだよ。明日だけが未来じゃないんだ」

物語のテーマを単純に受け取るなら、「生まれてきたことは幸福なはずだ」という解釈で間違いないと感じるのだが、それでは浅いように感じた。なぜならそれが多くの人間に共通するものとは決して思えないし、特に思春期という人格形成の初期にグレゴリウス症候群を発症したトキオがそんな前向きな考えを維持できたとはとても思えないのである。実在する人間の心はもっともっと複雑なように感じたのだ。
むしろ「記憶は事実に応じて塗り替えられる。」という別の解釈が僕の中に残った。つまり、過去にトキオと会ったという記憶は、拓実(たくみ)と麗子(れいこ)が心の葛藤から逃れるために無意識下で作り出したもので、現実に起きたことではない。というものである。そんな解釈は深読みしすぎだろうか。
どうやらグレゴリウス症候群も作者が作り出した架空の病気である。読みやすい文章と、スピード感のある物語で、読者を引き込む手法は相変わらずだが、実在の病気と絡めるなど、現実世界ともう少しリンクした物語で、面白さと同時に興味や好奇心を喚起してくれる作品を僕は求めていて、感動はするものの少し物足りなく感じた。ただ、「複雑なことを考えずに感動したい」という人には好まれる作品だと思った。
この作品と同様に遺伝病をテーマとした作品として、鈴木光司の「光射す海」が思い浮かぶ。こちらは実在の病気をしっかりと取り入れていて非常に完成度が高くオススメである。
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「グレイヴディッガー」高野和明

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
映画化された「13階段」の原作者である高野和明の新作と知って手に取った。
内容は、小さな悪事を積み重ねてきた八神(やがみ)がそんな自分に嫌気が差して、骨髄ドナーとなって他人の命を救おうとする。しかしいざ、骨髄移植を目前にして大量猟奇殺人事件が発生するというもの。
骨髄移植の提供者は2つの命に責任があるということを知った。つまりドナー登録まではいいとしても、移植を了承した瞬間に他の人の命の責任もあるということだ。また、物語の中の大量猟奇殺人事件がキリスト教の魔女狩り(※1)を模倣しており、その残酷さが、誤った道へ進んだ世の中の怖さと人間の奥にある残虐性を教えてくれる。過去の人間が犯した大きな過ちの一つに「魔女狩り」という事実があったといことは忘れてはならないということだ。
そして物語は今まで知らなかった警察組織についても触れている。

警視庁内には二つの指揮系統が存在する。警視総監が掌握する刑事警察と、警察庁警備局長を頂点とする警備・公安警察である。

骨髄移植のために八神が病院に来るのを待つ医師が八神と電話で話す言葉も印象的だった。

「悪そうな顔の人ってね、良心の葛藤があるから悪そうな顔になるのよ。良心のかけらもない本物の悪人は、普通の顔をしてるわ」

さらに物語の中で現在の世の中に対しても軽く疑問を投げかける。

「民主主義だって完全じゃない。多数決の原理っていうのは、四十九人の不幸の上に五十一人の幸福を築き上げるシステムなのさ」

僕のなかにいろいろな興味を喚起させてはくれたものの、ストーリー性には若干の物足りなさを覚えた。犯人の動機の弱さや、登場人物の中に尊敬できる人物もしくは応援したくなる人物がいないせいだろう。そもそもそれぞれの人物の描写が薄い感じがした。

※1 魔女狩り
キリスト教国家で中世から近世に行われた宗教に名を借りた魔女とされた人間に対する差別と火刑などによる虐殺のこと。犠牲者は200万人とも300万人とも言われている。
魔女狩りが猛威をふるったのは、16〜17世紀。これは宗教改革とほぼ重なり、カトリックとプロテスタントの対立が激化した時期であった魔女狩りの犠牲となったのは、一人暮らしの貧しい老婆が多かった。つまり、人々が不安にかられる中、弱者が「社会の敵」として犠牲になったと考えられる。

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「封印再度」森博嗣

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
犀川&萌絵シリーズの第五作。50年前、日本画家、香山風采(かやまふうさい)は息子の香山林水(かやまりんすい)に「無我の匣(はこ)」という鍵のかかった箱と、その箱を開けるための鍵が入っているとされる壺である「天地の瓢(こひょう)」を託して謎の死を遂げた。そんな不思議な話を聞きつけた西野園萌絵は例によって香山家へ訪れるが、そんな折、林水(りんすい)がまたしても謎の死を遂げる。そんな流れである。
壺の入り口より大きな鍵が入っているという不思議な物の存在だけですぐにでもストーリーの謎に引き込まれてしまう。毎度のことながら犀川創平(さいかわそうへい)のドライなものの考え方は非常に共感できる。そして、僕らの日々の生活の中では、おかしなことでも慣れていくうちにそれが常識になっていることが意外に多く存在することに気づかされた。

「親父がそういった。お前、電池がなくなったんだ、ってね。それで、すぐ中を開けて、見てみたんだ。そうしたら・・・電池はやっぱりちゃんとあるんだ、これが・・・」

そしてこの物語にあって他のこのシリーズにないのは、西野園萌絵(にしのそのもえ)が取り乱すシーンである。普段は知性的で猫舌以外につけいるすきのなさそうな彼女が犀川の前で取り乱す人間臭さがたまらなく可愛い。

「私だってよく人を待たせることありますけどね、でも、この私を待たせるなんて人は、先生だけなんですから・・・。ああっと、だめだめ、何言ってるのかしら・・・」

さらに今回は犀川と萌絵の仲も少し進展があってそれもまたうれしいことだ。

法隆寺金堂壁画
1949年、模写作業をしていた画家が消し忘れた電気座布団が原因で焼失したと言われている。

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「冷たい密室と博士たち」森博嗣

オススメ度 ★★★☆☆
犀川&萌絵シリーズの第二弾。どうやら僕は犀川創平(さいかわそうへい)と西野園萌絵(にしのそのもえ)のやり取りの虜になってしまったようだ。今回の事件は犀川と萌絵の目の前で起こった。低温度実験室の実験の見学に訪れた二人の前で2人の大学院生が死体となって発見されたのである。
今回の事件は理系ミステリ。いつでも物事を論理的に考えることを教えてくれる。僕らは世の中のいろんなものに目を奪われて本質を見ることを忘れている。犀川と萌絵の思考回路、そしてその言葉のやりとりは僕にそう思わせてくれるのである。
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「玉蘭」桐野夏生

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
「新しい世界で何かを始めたい。新しく生まれ変わりたい」。そう決心して広野有子(ひろのゆうこ)は上海へ留学した。しかしそれでもそこで有子(ゆうこ)を待っていたのは日本の社会を凝縮したような留学生たちの姿である。そんなとき、有子(ゆうこ)の大伯父で、70年前に上海で失踪した質(ただし)の幽霊が現れる。それを機に有子(ゆうこ)は質(ただし)の遺した日記「トラブル」を紐解く。広野質(ひろのただし)の生きた70年前の上海、そして今、有子(ゆうこ)が生きる上海が、夢と現実の中で重なってくる。
物語のテーマはむしろ前半に濃密に描かれているように感じる。男性と違って、女性は地方出身者は大きなハンデを背負うことになる。と有子は分かれた恋人の行生(ゆきお)に宛てた手紙で訴える。

東京で生まれ、就職する女たち。化粧がうまくセンスもいい、私たち地方出身者は安いアパートに住み、貧乏な暮らしにも耐えなければならない。仕事なら負けないと自身はあったのに、彼女たちは私なんかよりはるかに優秀で、しかもリスクがないから物怖じしない。怖じないから、どんどん冒険して伸びていく。こうした不公平さに怒りを覚える。

つい僕の周囲の女性たちのことを考えてみた。残念ながらみんな親元でリスクもなく生活しながら、それなのに冒険らしきものをしていない人ばかりだ。そんな女性が、有子(ゆうこ)のような女性にとってはもっとも許せないのかもしれない。
一方、物語の後半はというと、恋人だろうと家族だろうと、人を理解することがどれだけ難しいかをを訴えてくる。
全体的には作者が読者に訴えたいことが物語の最初と最後で少しずれてきているように感じた。訴えたいことが複数あり、にもかかわらずそのうちどれにも焦点が合っていないという印象を受けた。
【Amazon.co.jp】「玉蘭」

「海辺のカフカ」村上春樹

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
村上春樹の作品を読むのは「スプートニクの恋人」に続いて2作品目である。
主人公のカフカ少年はそれまでの自分の生き方に疑問を持ち家出をする、そして運命に導かれたかのように四国の図書館に辿り着く。とそんなストーリーである。
感想はというと、正直わからない。この本が世界中の多くの人から支持を受けていることももちろん知っている。それでも僕にはわからない。
現実と非現実の境界線、意識下と無意識下の境界線が曖昧すぎて、謎が謎のまま残される。もちろん意図的に謎を残して、真実は読者自身の考えに委ねているのだろうが、明確な意図をもってその謎を残しているのか疑問が残る。また、登場人物がみんな個性が薄いことも気になる。「個性が薄い」という言い方は少し違うかもしれない。個性はあるのだが現実感が乏しいのである。大島さんも佐伯さんも、カフカ少年も、ホシノさんも、ナカタさんもあまりにも非現実なキャラクターなため誰一人として感情移入できないのだ。
作者自身、ホシノさんも、ナカタさんなどのキャラクターについて、こんなキャラがいたら読者はいろいろ考えるだろう。読者にたくさんのことを考えさせることを目的に書かれたような作品のように思う。そして、僕はいろいろ考えさせられ、そして答えが出ないことに悩むのである「指はなぜ6本ある?」そう聞かれたら誰もが困るように、やはり僕もこの本を読み終わって困るのであった。おそらくすべてに説明、理論を求める僕自身に問題があるのだろう。僕がこの本をもう一度開きたくなったときには僕自身少し違った人間になっていることだろう・・
【Amazon.co.jp】「海辺のカフカ(上)」「海辺のカフカ(下)」

「悪意」東野圭吾

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
楽な本を読みたい時に僕は東野圭吾の本を手に取る。今回もそうである。
物語は野々口修(ののぐちおさむ)と日高邦彦(ひだかくにひこ)という二人の作家の間に起きた殺人事件に対して、刑事の加賀恭一郎(かがきょういちろう)が少しづつ解明して行くという展開で進む。
作家を登場人物としているため、東野圭吾本人の実体験と思われるシーンが何度か物語中に含まれていて新鮮さを感じる。そして東野圭吾「らしさ」があらゆるところにちりばめられている。そもそも僕はこの本を単純な推理小説だと思って手にとったのだ。読み終わったら一息ついて、次の本を読みはじめられると思っていた。でもこの本は僕の目の前に突き付けて来た。今まで見えていて見ないようにしていた現実。裏表のない「善意」に対して、強烈な「悪意」が芽生えることも時にはあるということを。
【Amazon.co.jp】「悪意」

「スプートニクの恋人」村上春樹

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
食わず嫌いで、遅ればせながらようやく村上春樹デビューとなった。
主人公の「僕」が恋する女性のすみれは、年上の女性ミュウと恋に落ちることになった。ミュウは自分のことを「14年前のある出来事から自分を失った」と言う女性。「僕」とすみれとミュウという少し普通の人と違った3人が不思議に絡み合う。
3人それぞれに少しずつ理解できる部分がある。この物語の中では少し「変わった人」感を大きく表現されているが、彼等のような人は実際には世の中にたくさんいるのかもしれない。3人の中で僕は特にミュウの生き方、考え方に共感を覚える。そんなシーンを描いた箇所をいくつか挙げてみる。
「ぼく」がミュウと出会った時の印象。

ぼくがミュウにについていちばん好意を持ったのは彼女が自分の年齢を隠そうとしていないところだった。すみれの話によれば彼女は38か39だったはずだ。そして実際に38か39に見えた。ミュウは年齢が自然に浮かび上がらせるものをそのとおり受け入れ、そこに自分をうまく同化させているように見えた。

ミュウが過去を語ったときの一言

自分が強いことに慣れすぎていて、弱い人々について理解しようとしなかった。幸運であることに慣れすぎていて、たまたま幸運じゃない人たちについて理解しようとしなかった。いろんなことがうまくいかなくて困ったり、たちすくんでいたりする人たちを見ると、それは本人の努力が足りないだけだと考えた。不平をよく口にする人たちを、基本的には怠けものだと考えた。

登場する3人のような、普通の人とは違う考え方を持った人間は、自分を理解してもらえる人に出会えるか否かが非常に重要であるということを物語の中で訴えてくる。そしてその裏で、現実の世界」と、「気持ちや本能が求める世界」との接点のようなものをテーマにしているように感じる。
作者の言いたいことがなんとなく伝わっては来るが、正直僕には難しすぎる。10人が読んだら10通りの解釈の仕方があるようだ。全体的に「結局どうなの?」という疑問が残り、「後味が悪い」とまでは言わないが、不思議な余韻を残してくれた。
【Amazon.co.jp】「スプートニクの恋人」

「流星ワゴン」重松清

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
永田カズオ38才、妻ともうまくいかず、受験の失敗によって荒れた息子の家庭内暴力が日に日に増す中、ふと考えた。

死んじゃってもいいかなあ、もう

そこに一台のワゴンがやってきて、窓から顔を出した男の子が言った。「早く乗ってよ。ずっと待ってたんだから。」そして、そのワゴンはカズオを不思議な世界に連れて行った。
子供の頃、父親は大きく、そして言うことは常に正しい。そんな存在だった。もちろん怒られたこともある。今思うと時々理不尽な怒られ方をしていたようにも思う。それでも、あの頃の僕には度胸も気持ちを表現する言葉も足りなくて、自分の思いをぶつけることができなかったが、たくさんの言葉を身に付けた今ではいろいろ言い返せるかも知れない。もう一度あの瞬間に戻って自分の気持ちをぶつけてやりたい。そんな考えを持ったことがある人って意外と多いのではないだろうか。でもそれは決して実現することはない。
この本の中ではそんな実現することのない状況を見せてくれる。ワゴンでいろんな場所に連れて行ってもらったカズオは自分と同じ38歳の父親と会う。彼はそこでいろんな思いをぶつける。息子の素直な思いをぶつけられて戸惑う父親。そして、父親になって息子との接し方に戸惑っているカズオ。そんな二つの親子の関係を対比して子供の思いや父親の思いを伝えてくる。これから父親になるひとや子育てに悩む人にはなにか手がかりになるのかもしれない。
【Amazon.co.jp】「流星ワゴン」

「オルファクトグラム」井上夢人

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
主人公の稔(みのる)は姉の家を訪問した際に姉の知佳子(ちかこ)は殺され、稔(みのる)に頭をバットで殴られ、1ヶ月の意識不明の状態に陥った。奇跡的に意識を取り戻すと、常人の数億倍の嗅覚を身に付けていた。稔(みのる)はその嗅覚を利用して知佳子を殺した犯人を見つけようとする。
犯人探しというよくある物語の中に嗅覚という不思議な題材を絡めてあり、そのことで人間の五感について考えさせてくる。
人は視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚という五感を備えながら、人の世界の大部分は視覚によって構成されている。例えば、嗅覚を失っても人は日常生活を普通にすることができるが、視覚を失ったとたんに1人では生活できなくなる。人の五感の利用率の中は、視覚だけで8割を占めているのである。僕ら人間にとってはそれが当然でも、生き物全体から見ればここまで視覚を重視している生き物は特殊である。例えば犬などはモノクロの視覚しか備えていないにもかかわらず人間の何倍もの嗅覚を備えているためそれを補うことができる。犬の五感の利用率は嗅覚が4割、聴覚3割、視覚2割と言われている。そのことで、犬は飼い主の機嫌の良し悪しも匂いから判断することができるのだ。また蟻などの昆虫も匂いを有効なコミュニケーションの手段として利用している。僕ら人間は視覚という一つの能力を重視して嗅覚を放棄してきたた。それによって不便なこともあるはずだ。例えば相手の気分など、嗅覚を利用すればわかりやすいことに対して、視覚しか手段のない人間は相手の顔の表情から読み取るという非常に非効率的な方法をとるのである。
最初はその奇抜な発想だけに頼った物語のような感じがしたが、読み進めて行くウチにそのテーマに引き込まれていった。
【Amazon.co.jp】「オルファクトグラム(上)」「オルファクトグラム(下)」

「人質カノン」宮部みゆき

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
7つの物語で構成された短編集である。「八月の雪」という3つめの物語が印象的である。交通事故で右足を失った充(みつる)は家の中でおじいちゃんの遺書らしきものを見つける。これは一体なんなんだろう?そう思っておじいちゃんのことを調べてみようとする。
この世界に生きている人には例外なく、一冊の本にはおさまり切れないぐらいの物語があるということを再認識させてくれる。もちろん僕のおじいちゃんもおばあちゃんも、そして道ですれ違っただけの人生で一度しか会わないような人も、電車の中で隣にたまたまに乗り合わせた人も、例外などあるわけがない。どんな人にも敬意を払わなければならない。考えてみれば当たり前のことだ。
【Amazon.co.jp】「人質カノン」

「パイロットフィッシュ」 大崎善生

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第23回吉川英治文学新人賞受賞作品。
編集者に勤める主人公の山崎隆二(やまざきりゅうじ)の元に、昔の恋人である由紀子(ゆきこ)から電話がかかってきたところから物語は始まる。過去の二人の出会いや別れ、二人の間に起きた出来事。そして今の二人の生活を描く。
タイトルとなっている「パイロットフィッシュ」とは、他の魚が生活しやすいように水槽の水を奇麗にする魚のことである。人との出会いや別れ、そしてその人との間に起きた出来事が今の自分の言葉や行動に確かに根付いていることを意識させてくれる作品。僕のパイロットフィッシュは一体誰なのだろう。僕は誰のパイロットフィッシュになれるのだろう。いろんな人と出会い、いろんな経験をすることがしっかりしたオリジナリティのある人間をつくる礎であることを再認識させられた。
【Amazon.co.jp】「パイロットフィッシュ」

「人間の条件」森村誠一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
意外なことに森村誠一の作品を読むのは初めてである。
物語は新興宗教「人間の家」の周囲で起こる犯罪の謎を、棟居弘一郎(むねすえこういちろう)が少しづつ突き止めて行く流れで進んで行く。この物語のヒントになっているのはもちろんオウム真理教なのだろう。そしてオウムの事件を知っているからこそ、リアルに物語の中に引き込まれて行く。
この物語がただの刑事物語と違うところは、刑事とはどうあるべきか。人間とはどうあるべきか。生き方とは何か。生き甲斐とは何か。そんな問いを投げかけてくるところであろう。
【Amazon.co.jp】「人間の条件(上)」「人間の条件(下)」

「火の粉」雫井脩介

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
元裁判官・梶間勲の隣に、以前、勲自身が、無罪判決を言い渡した男、竹内真伍が引っ越して来た。そんな奇妙な偶然で始まる。

竹内が引っ越して来たことによって、梶間家に少しずつ変化が起こりはじめる。そんな展開である。そう、実際に家族なんていうのは、つながりは薄く、隣人のちょっとした策略で簡単に崩れてしまうものなのかもしれない。特に、嫁、姑などの微妙なバランスで保たれている家族はそうなのだろう。

また、裁判官という仕事についても衝撃を受けた。改めて考えてみると、なんて責任の重い職業なのだろう。一つ間違えれば何もしていない人の命までも奪いかねない。そして一方一つ間違えれば凶悪な殺人者を「無実」として世の中に解き放つこともまたあり得るのである。これは裁判官だけでなく、弁護士、検察官についても同様のことが言えるかもしれない、実力があるか否かによって無実の人が有罪判決を受けて人生を棒にふったり、有罪の人が無罪となって世の中に出ていったりするのである。

一時期、弁護士という職業に憧れた時期もあったが、憧れだけに留めていて良かったと感じる。
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「蒼い瞳とニュアージュ」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
松岡作品ではもはやお馴染みの登場人物である。岬美由紀、嵯峨敏也に続く3人目のカウンセラーの登場というテーマのこの作品。その3人目のカウンセラーと言うのが少々コギャルちっくな一ノ瀬恵梨香という女性。内閣情報調査室の宇崎俊一が絡んでストーリーは進んで行く。岬美由紀や嵯峨敏也のようなクールさや知的な主人公を求めている人には少し抵抗があるかもしれない。今回は一ノ瀬恵梨香の一作目だからか、登場人物の人となりに多くのページが費やされたためストーリー的には少し物足りなかった。今後に期待する。
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「宿命」東野圭吾

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
「貧しい家庭に育った和倉勇作、裕福な家庭に育った瓜生晃彦。二人はお互いを意識しながら時には妬み、時には憎み、そして時には憧れてもいた。」キャッチフレーズをつけるならこんなところだろう。1つの殺人事件をめぐって大きな謎が少しづつ解明されていく。最後は「宿命」というタイトルのとおりすっきりと謎が解ける事になる。毎度のことながら東野圭吾の作品は疲れない。「疲れない」というのは、例えば読んでいる最中に前のページを読み返したりしなくても一気に読めるという事だ。この作品も例外ではなかった。
ただ、ひとつ言わせてもらうなら東野圭吾の作品はフィクションなのだ。もちろんこのブログに掲載している本の大部分はフィクションなのだが、ノンフィクションを折り混ぜた作品の方が、自分自身にとってもいろいろな方向に興味が広がることになり結果的に自分の世界を広げる事になる。東野圭吾の本は作者の空想の部分が8割,9割を占める。そのため読んで、そこで完結してしまう。例えば松岡圭祐はいつも現実の世界と関連したストーリーを展開してくれる。例えば9.11のテロや新宿の雑居ビル火災である。宮部みゆきは世の中のおかしな制度や現代にはびこる不思議な人間関係をえぐってくれる。そういうものが東野圭吾にはない。ある意味ラクではあるが、ある意味物足りないのだ。それでものんびりしたいときにはまた東野圭吾の作品を手に取ることだろう。
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「千里眼の死角」松岡圭祐

おススメ度 ★★★☆☆ 3/5
例によって飛躍したストーリー展開が今回はいつも以上に激しかった。人工衛星からマイクロ波を発射して地上の人を焼き殺す兵器が乗っ取られた・・という話から始まるのだが、残念ながら人間はここまで馬鹿ではない。核兵器をいくつかの国で開発されたからといって、すぐに核戦争になるわけではないのと同じ事で、一人の思惑で世の中の平和が壊れるなどということはあってはならない、そう、ここまで馬鹿なはずがない。そう感じた。だが、たしかに今後このまま兵器が発展して行けばこのような世界になる可能性もゼロではない。そういうことなのだろう。
ヒロインである岬美由紀の恋の行方は少し発展したのかもしれない。だが、彼女の1ファンとしてはこのまま一人で突き進んでもらいたいものだ。彼女の「強いゆえに孤独」というのは非常に共感できる部分がある。僕自身も弱音を吐かない人間なもので。
松岡圭祐作品を僕が読み続ける理由に、ストーリーの面白さはもちろん、いろいろな分野への興味を抱かせてくれるということもあげられる。今回のストーリー展開のなかで興味を持ったキーワードは「突沸」「ステファンボルツマンの法則」「GPS」などである。聞いた事あるけど「それってなんだっけ?」そう思う事柄を、この本を読んで調べたくなるのである。
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「変身」東野圭吾

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
脳を入れ替えることによって、別の体を手に入れる。そんな話はよくある話で、この「変身」もそのテの話かと思っていた。ところが実際には、事故で欠損した脳の一部に、別の人の脳を移植したことによって、少しづつ性格が変わってくるという話である。
この物語のテーマはというとやはり、脳がただの細胞の変化したもので他の臓器と同じものなのか、それとも脳は特別な存在なのか、ということである。この「変身」の中では、主人公が、ドナーの性格に少しづつ変わって行くことから、やはり「脳は特別な存在」というふうに位置付けているのだろう。
僕もやはり、「脳は特別な存在」と思いたい。前者の意見であれば、「死ぬ」ということは、機械の「電源が切れる」となんら変わらなくなってしまう。僕にはその考えは非常に受け入れにくいものなのだ。僕にとって「死ぬ」とは、脳に宿っている特別ななにか(おそらく「霊魂」と言われるもの)が体の外にでることを言うのである。だから僕は幽霊を信じるし、死後の世界を信じるのだ。
ちなみに脳のはたらきについてもう少し掘り下げた話を読みたい方は瀬名秀明の「BrainValley」なんてオススメです。
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「エイジ」重松清

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5

第12回山本周五郎賞受賞作品。
昨日まで普通にクラスメイトとして過ごしていた一人が、通り魔だった。主人公のエイジは自分とその友人との間になんのちがいがあるのか考え、悩む。
僕自身がこの本のエイジに近いのか、この本の作者に近いのかはわからないけれど、あまりにもドラマチックに描かれる学性生活に違和感があることは否めない。「キレる」という言葉がたくさん出てくるが、少なくとも僕が学生のときにはそんなに人は簡単に「キレ」たりはしなかった。今の大人が考える中学生のイメージはこんなものなのか・・・それとも実際今の中学生はこうなのか?いや、やはり決してそんなことはないだろう、そういう人がいるのも事実なのかも知れないが、一部の話題性のある中学生を取り上げて、「今の中学生はこんなやつらだ」そう語るのはやめるべきだ。
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