「らせん」鈴木光司

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第17回吉川英治文学新人賞受賞作品。10年ぶり2回目の読了である。
幼い息子を海で亡くした監察医の安藤満男(あんどうみつお)は謎の死をとげた友人、高山竜司(たかやまりゅうじ)の解剖を担当する。冠動脈から正体不明の肉腫が発見されたことで、その原因に興味を抱くことになる。
この物語はもちろん前作「リング」を読んでこそ楽しむことができる。「リング」と比較すると読者に恐怖心与える箇所は少ないだろう。DNA、塩基配列など瀬名英明の「パラサイト・イヴ」と似た理系的な物語の印象を受ける。未だ解明できていない科学的な分野を巧妙に利用し、非現実的な出来事を説明しながら展開していく。

現代の科学では根本的な問いには何ひとつ答えることはできないんだ。地球上に最初の生命がどのようにして誕生したのか、進化はどのようにしてなされるのか、進化は偶然の連続なのかそれとも目的論的に方向が定まっているのか・・・様々な説はあれども何ひとつ証明はされていない。

ストレスが胃壁に穴を開ける例などを挙げて、質量を持たない心の状態が肉体に様々な影響を与えるという前提で物語は構築されている。

人間の眼は恐ろしく複雑なメカニズムを持っている。偶然、皮膚の一部が角膜や瞳孔へと変化し、眼球から視神経が脳に延び、見ることになったとは到底考えられない。見たいという意思が生命の内部から浮上してこなければ、ああいった複雑なメカニズムなど形成されるはずがない。

一部の展開には「そうかもしれない」と受け入れられ、人間の新たな可能性に心を刺激されるが、一部では大胆すぎる発想に受け入れ難い箇所もあった。そして、「リング」で作り上げられた山村貞子(やまむらさだこ)の崇高な印象も本作によって大きく修正せざるを得なくなる。「リング」との繋がりに対しても違和感を感じずにはいられない。
また、本作品からは「リング」のようなテンポの良さは感じられない。著者があとがきでも「これほど苦労した作品はない」と書いているが、読んでいても感じられる。それは無駄に長く、受け入れ難い展開として読者に伝わってしまうだろう。
終盤は話を大きくしすぎて「なんでもあり」のような印象を受ける。それによって前作「リング」と本作の途中まで読者に抱かせていた「どこかで現実に起こっているかもしれない」という気持ちから来る恐怖心があっけなく壊されてしまっている点が非常に残念で、本作品の評価を落としている気がする。もちろん、現在の僕にはこの不満が「ループ」によって見事に払拭されることを知っているのであるが、「リング」「らせん」と読み終えた読者の多くは同じような感想を抱くことだろう。
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「贋作師」篠田節子

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
日本洋画界の大御所、高岡荘三郎(たかおかそうざぶろう)が死んだ。主人公であり修復家の栗本成美(くりもとなるみ)は、高岡邸に保管されている、状態の悪い絵画を、市場に出回るために修復することになった。修復の過程で成美(なるみ)は、高岡(たかおか)の元に弟子入りして、3年前に自殺した昔の恋人の存在を強く意識することになる。
この物語は常に成美(なるみ)の視点で描かれている。修復家という一般的には馴染みのない職業の中に、大きな夢を追いながらもあるとき自分の才能に見切りをつけ、相応の居場所を見つける人たちの生き方が見える。
また、筆のタッチから描いた人が同一人物かどうか見極めようとする成美(なるみ)の絵画に対する観察力などはとても新鮮に映った。成美(なるみ)が真実に迫る過程で、売るためだけに書く売り絵の存在。絵画界の狭さ。世間が上下させる絵画の価値など、普段触れることのない絵画の世界を知ることができた。
全体的には、じわじわと核心に迫る前半部分とは対照的に、最後は拍子抜けするような展開だったと感じた。後半部分で触れている病気に犯された男女の変わった愛の形は、この物語の表面的な心情描写だけでは到底理解し難いものだった。篠田節子の作品に触れるのは「女たちのジハード」「ゴサインタン」に続いて3作目だが、未だ共通するような個性を感じることはできない。


粟粒結核
大量の結核菌が血流を通して全身に広がった結果起こる結核で、命にかかわる病気。「粟粒」と呼ばれるのは、体中にできる数百万個もの小さな病巣が、ちょうど鳥の餌の粟(あわ)と同じ大きさだからである。

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「第三の時効」横山秀夫

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
本作は6つの物語から構成されている。どの物語もF県警捜査第一課のに所属している警察職員を中心に繰り広げられるため、視点はそれぞれの物語で異なるものの、登場人物は同じである。
物語ごとに視点を変える手法は、同じ著者の作品「半落ち」を思い出させる。その手法によって登場人物の内面、外面がしっかり描写されているように感じる。その中でも特に個性が際立つのは強行犯捜査係の3人の班長達である。一班の朽木(くちき)、決して笑顔を見せない男。二班の楠見(くすみ)、冷血で女性を執拗までに憎む男。三判の村瀬(むらせ)、事件を直観力で見抜く男。
さすがに警察小説を描かせたら横山秀夫は上手い。新聞記者への対応、班同士の競争意識、被疑者との駆け引き、そして警察職員の正義感などでが見事に描かれている。個人的には被疑者との駆け引きで自白に追い込む場面が好きである。6つの物語のなかでもタイトルにもなっている「第三の時効」が特に気に入っている。
この作品の登場人物達のような頭のキレる人間が実在するのなら、実際に会ってその刺激を肌で感じてみたいものだ。


容疑者
マスコミ用語での犯罪の嫌疑を受けているものをいう。
被疑者
法律用語での犯罪の嫌疑を受けているものをいう。
ハルシオン
医薬品。睡眠薬の名称。入眠剤として使われる。健忘を起こす副作用がある。作用時間は「超短時間型」。ハルシオンを大量投与して寝るのを我慢するとトリップできると言う話が出回って悪用する人が出たため、この薬を出したがらないところも多い。この薬を飲むと、寝ている間に起こった出来事を覚えていないという副作用がおこることがあるので注意が必要。
ポリグラフ
血圧、心電、心拍、呼吸、皮膚抵抗など生体のさまざまな情報を電気信号として計測し、記録する装置であり、「多現象同時記憶装置」のことである。一般的には嘘発見器(うそはっけんき)と同一視されることが多いが、手術室で術中の患者監視装置として使われるほか、医療分野で広く用いられている。

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「出口のない海」横山秀夫

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
人間魚雷「回天」。発射と同時に死を約束される極秘作戦が、第二次世界大戦の終戦前に展開されていた。主人公の並木浩二(なみきこうじ)は甲子園優勝投手として期待されてA大学に入ったもののヒジの故障のために大学野球を棒に振った。そして抗うことのできない戦争という時代の流れに飲み込まれ、回天への搭乗を決意する。それまでの経緯を描いた物語である。
戦争に青春を奪われた並木(なみき)達の気持ちがよく描かれている。「生」への希望と、仲間たちと一緒に死ななければならないという気持ちの葛藤。特に並木(なみき)の、故郷で待つ恋人の美奈子(みなこ)からの手紙に返事を書くことができない気持ちは理解できる。

手紙で優しいこと言って、喜ばすだけ喜ばして、それで後はどうする──嫁さんにしてやれるわけでもないんだぞ

野球と言うスポーツでさえも軍部から敵性語を使うなと迫られ、「ストライク」が「よし」に「アウト」が「だめ」とか「ひけ」に変えられようとしている戦時下でも、日本の軍国主義に染まらない人達の中に日本の将来への希望が見えるような気がする。並木を含めたA大野球部の部員たちが溜まり場としていた「喫茶ボレロ」のマスターは言った。

僕はね、スペインへ逃げようと思ってる。一度捨ててもいいと思うんだ。今の日本という国は

また一方では、軍国主義に染まりつつあることを実感しながらも並木(なみき)も友人の前で言った。

日本は降伏して一からやり直すべきだ。一億総玉砕などということにならないうちに。今ならまだ間に合う。

こういう周囲の考えに流されずに客観的に日本を見つめる目を持っている人たちが戦後の日本を支えてきたのではないだろうか。この物語はフィクションであるが、こういう考えを持っていた人達が実際に存在していたと信じる。僕も、周囲の人達が何を叫ぼうとも何を主張しようとも、周囲に流されずに真実を見つめる目と強い意志を持ち続けていたいものだ。
そして今まで嫌悪感を抱いていた「特攻」という行動に対する考え方も大きく変えざるを得なくなった。きっと自分もあの時代に生き、並木(なみき)と同じ状況下に置かれたなら「回天」への搭乗を志願していたに違いない。それは愚かな行動などでは決してない、そして特別に勇気ある行動でもない、単に恋人や親や兄弟を守りたいという純粋な気持ちから生まれた自然な行動だったのだと感じた。
全体的には、残念ながら描写が薄くリアルに伝わって来ない印象を受けた。横山秀夫が他の作品で見せる持ち前の臨場感はどこへ行ったのか。特に回天に乗り込んだ並木(なみき)の気持ち、目に見えるもの、思い出したもの、死を受け入れた瞬間の様子をもっと繊細に描いて欲しかった。第二次大戦中の出来事を描くのだから仕方がないのかもしれない、実際に経験したわけではないのだから仕方がないのかもしれない、しかし横山秀夫ならそれを補った描写をしてくれると期待していただけに残念である。
それでも僕は、この感想を書きながらCDチェンジャーに収まっているラヴェルのボレロを聴いた。並木浩二(なみきこうじ)の思い出の曲だ。

参考サイト
回天特攻隊

【Amazon.co.jp】「出口のない海」

「鍵」乃南アサ

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
森家の3人の子供。長女の秀子(ひでこ)、長男の俊太郎(しゅんたろう)、次女の麻里子(まりこ)は両親を相次いで失ったショックを感じ始め、俊太郎と麻里子の関係もぎくしゃくし始めていた。そんな折、近所では通り魔事件が相次ぐ。
この物語は通り魔事件の犯人を追ったミステリーでもあり、暖かい家族の物語でもある。そんな中で、突然両親を失って悩む俊太郎(しゅんたろう)の心情と、麻里子(まりこ)が生まれつき持った両側感音性難聴というハンデが物語に深みを与えている。麻里子(まりこ)は健常者には意識しないような日常に普通に起きる出来事で麻里子(まりこ)は戦わなければならないのである。そんな麻里子(まりこ)の世間を見つめる視点は新鮮である。

世の中には親切な人ばかりいるわけではないことくらいは、痛いほど分かっている。自分のような女子高生が、突然目の前に現れて話し始めても、きちんと耳を傾けてくれるだろうか、自分のいっていることの意味を理解してもらえるだろうか──。いつだって、そんな不安を抱えて歩いているのだ。

通り魔事件は、3人の家族としての絆を深めるための要素、麻里子がハンデと戦って強くなるための要素として働いていて、残念ながら謎解きの要素などは少なく、また、解決までのくだりにも説得力を欠いた部分があり物足りなさを覚えた。家族の物語として展開するなら、3人の兄弟の一人一人にもっと読者の心を鋭くえぐるような深い心情の描写があればさらに物語の深みが増すだろうと感じた。
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「今はもうない」森博嗣

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
犀川&萌絵シリーズの第八作。避暑地にある別荘で、美人姉妹が隣り合った部屋で一人ずつ死体となって発見された。今回も犀川創平(さいかわそうへい)と西之園萌絵(にしのそのもえ)は真相に挑む。
今回の物語は事件の関係者である笹木(ささき)の手記という形で展開していく点が新鮮である。それでも、犀川(さいかわ)と萌絵(もえ)のやり取りは、相変わらず知的で論理的で時に子供っぽく、時に僕の理解を超えてしまう。物語中の表現にときにはっとさせられ、退屈な日常には大いに刺激になる。
特に今回の物語では最後にちょっとした嗜好がこらされて、読者に満足の行く終わり方をしている。期待以上ではないが無難に期待を裏切らない作品である。
【Amazon.co.jp】「今はもうない」

「繋がれた明日」真保裕一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
中道隆太(なかみちりゅうた)は19歳のときに喧嘩の弾みで人をナイフで刺して殺してしまった。そして6年後に仮釈放を迎え、その後の隆太(りゅうた)の社会への復帰の様子や人間関係などを含め、刑期を終える日までを描く。
罪を償ったはずの犯罪者の一つの生き方という、今までまったく縁のなかった世界が描かれている。そこには思っている以上に様々な障害があるのだ。「人殺し」であるがゆえに社会から誤解を受け、差別され、遺族からは恨みを買う。若干誇張があるのかもしれないが、現実に似たようなことは少なからず存在するのだろう。

死んだ者は生前におかした罪を問われず、被害者となって祀られる。残された加害者は、罪の足かせを一生引きずって歩くしかない。

「罪を償った」とする以上。「犯罪者」というだけで仕事に就けなかったり世間から奇異の目で見られることはあってはならないことなのだろう。とはいえ法律だけでは対応できないことも世の中にはたくさんあるのだ。物語中でも「人殺し」である隆太(りゅうた)と接する人々の反応は実に様々なものだ。
もし友達から「実は昔人を殺したことがあるのだ」などといわれたら、僕にはどんな反応ができるのだろう。とつい自分に置き換えて考えてしまう。しかし、そこに答えはない。少なくとも向かい合って偏見を持たずに話を聞き、しっかりと自分の意見を発することができるような人間でありたい。
物語中で隆太(りゅうた)は罪を償ってもなお、自分を犯罪者にしたきっかけを作った被害者への恨みを捨てきれずにいることで葛藤する。殺人は時として、被害者にも加害者にも「恨み」を残すのだと知った。
そして現在の日本の制度についても問題点を投げかけてくる。被害者の家族に出所日を通知するのが最良の選択なのか。無期懲役の判決を受けても20年以上勤め上げれば仮釈放されるのがいいことなのか悪いことなのか。縁のない世界だからといっていつ自分の身に降りかかるかわからない。いつまでも無関心ではいるわけには行かないようだ。
物語全体としては、隆太(りゅうた)の心情を表すシーンが非常にリアルで、読者は否応なく隆太(りゅうた)に感情移入させられていくだろう。ただ、殺人者とそれに対する偏見、差別、それゆえに起きる誤解、それらを題材に物語の大部分が展開していくため大きく心動かされるシーンは残念ながらなく、同じような展開ばかりで若干しつこい感じを受けた。この内容であればもう少しコンパクトにまとめられたように思う。もっと大きな展開があればこの厚さでもテンポ良く読み進められる作品に仕上がっていたのではないだろうか。
【Amazon.co.jp】「繋がれた明日」

「神々のプロムナード」鈴木光司

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
妻の深雪(みゆき)と長女の亜美(あみ)を残して松岡邦夫(まつおかくにお)は失踪した。友人の村上史郎(むらかみしろう)は松岡(まつおか)の行方を捜すことになり、次第に宗教組織の存在が明らかになっていく。という物語。
失踪した松岡(まつおか)を捜すというメインのストーリーの過程で、自分の仕事にやり甲斐を感じていない史郎(しろう)や男に頼らないと生きていけない深雪(みゆき)を題材として、人としての生き方や存在意義などにしばしば触れていて、そんなテーマ自体は個人的には好きなのだが、残念ながらそれによってこの物語を通じて著者の訴えたい部分がぼやける印象がある。登場人物の心情を効果的に描いたとは言い難い。全体的にもう一つアクセントが欲しかった。
【Amazon.co.jp】「神々のプロムナード」

「ライオンハート」恩田陸

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
時代は17世紀から20世紀。時間と空間を超えた、エリザベスとエドワードの不思議な出会いと別れを描く。
物語の展開に慣れ始めた中盤以降はすべての章で、エリザベスとエドワードの登場が待ち遠しく、章が終わるのが寂しく、次の章の始まりがまた楽しみ。夢の中の出来事と記憶の中の出来事を豊かな描写で描くことで、読者を物語の舞台となる時代に引き込んでいく。久々にそんな気持ちにさせてくれる物語であった。ただ、最後だけはもう少し納得のいく解釈を用意してもらいたかった。
【Amazon.co.jp】「ライオンハート」

「99%の誘拐」岡嶋二人

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
昭和43年、イコマ電子工業社長の生駒洋一郎(いこまよういちろう)は息子の生駒慎吾(いこましんご)を誘拐された。そして約20年後の昭和62年、また一つの誘拐事件が発生する。最新の技術を用いた犯罪が警察の追跡を翻弄する様子を描く。
物語全体としては謎解きの部分が非常に少なく、読者に推理を楽しませようという意図あまり感じられない。また、登場人物の背景についての記述が少なく、キャラクターとして薄い存在のまま犯罪の動機についても納得できかねる部分がある。最新の技術を駆使した誘拐という大それた犯罪を行う様子はこの物語の見せ場で一気に読ませるだけのスピード感を持った部分ではあるのだが、登場する技術について詳細な説明の多くが省かれているために、残念ながらリアルさがあまり伝わってこない。(もちろん詳細に書きすぎると実際の犯罪に応用する輩が存在してしまうと言うことも考慮した結果ではあるだろうが)その結果、どこをとっても物足りなさを覚えてしまう作品であった。
【Amazon.co.jp】「99%の誘拐」

「誘拐の果実」真保裕一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
都内で大病院の孫娘、17歳の辻倉恵美(つじくらえみ)が誘拐された。犯人の要求は入院患者、永淵孝治(ながぶちたかはる)という患者の命である。一方、神奈川県内では書店の息子で19歳の工藤巧(くどうたくみ)が誘拐された。こちらの犯人の要求は七千万円分の株券である。
別の場所で起こった二つの誘拐事件が、それに取り組む刑事たちの努力の末に次第に共通点が見えてくる。
物語全体としては、誘拐を起こした犯人たちの意図や家庭環境が複雑で感情移入できない箇所も多い。それでも「自分を許せない」というような、今では多くの人が忘れかけている純粋な気持ちを思い出させてくれる話ではある。作者の多くのアイデアが詰まった作品であるというのは感じるが、それが効果的に物語りに取り入れられたとは言いがたく、一般的な刑事物語の範囲を出るものではないと感じた。
【Amazon.co.jp】「誘拐の果実(上)」「誘拐の果実(下)」

「千里眼とニュアージュ」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
史上最大のIT企業が設置した”48番目の都道府県”萩原県。そこはニートと呼ばれる無職の人々や失業者たちが、生活費も支給されながら暮らす最先端の福祉都市である。
ところが住民たちは悪夢にうなされて臨床心理士への相談を希望する。そんな舞台の上で、「蒼い瞳とニュアージュ」の主人公であり、萩原県で生活する一ノ瀬恵梨香(いちのせえりか)と、千里眼シリーズの主人公であり、「千里眼 トランス・オブ・ウォー」の話の後にイラクから帰国したばかりの岬美由紀(みさきみゆき)の人生が重なるという、松岡作品ファンにとっては待ちに待った作品だったのではないだろうか。
物語は、主人公クラスの二人が活躍するという内容ではなく、どちらかというと主役の座は美由紀(みゆき)に譲り、恵梨香(えりか)は自分の生き方に迷い、時に投げやりな姿勢が印象に残る。
美由紀(みゆき)は相変わらず、読者の誰もが憧れるような行動力と聡明さを併せ持ちながらも完璧な女性であり続けるわけではなく、誰もが味わいそうな悩みや葛藤を見せるところがまた読者のヒロインであり続ける要素なのであろう。

イラクで過ごした日々は、あまりにもわたしの視野を大きくしすぎた。たとえ相談者でなくとも、目の前にいる人に苦痛を与えておいてカウンセラーといえるのだろうか。多数が少数に優先するという考えは、自衛隊を辞したときに捨てたはずなのに。

物語全体としては、美由紀(みゆき)と恵梨香(えりか)が出会うこと意外は今までの松岡作品と比べて目新しいことも、感動する場面もないように思えた。ニッポン放送株買収問題で脚光を浴びたライブドア、2000年に発覚した藤村真一氏の遺跡捏造事件など、社会の出来事を上手く素材として物語に取り入れようとするあまり、内容が薄くなってしまったように感じる。次回作品に期待する。


モノマニアック
幼少の頃の偏執的な性格を残し、他人を所有物で判断する傾向のある人格のこと

【Amazon.co.jp】「千里眼とニュアージュ(上)」「千里眼とニュアージュ(下)」

「波のうえの魔術師」石田衣良

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
私大の文学部を卒業しながらも職がなく、親の仕送りに頼りながら残りの生活費をパチンコで稼ぐという就職浪人生活を送っていた主人公の白戸則道(しらとのりみち)。あるとき彼は老人に声をかけられる。「わたしの秘書として働いてみないか?」それがマーケットへの入り口だった。そんな物語。

タイトルとなっている「波のうえの魔術師」とはその老人のこと。つまり上下に揺れ動く株価を利用するということ。そんな内容なので株式投資に関する知識がある人ほど楽しめるだろう。知識がない人は大いに興味を掻き立てられることだろう。個人的にはわからない単語が多々出てきたのですべてを理解できるくらいの知識を身につけたいと感じた。それでも物語を最低限楽しむことは出来た。

ブルとベア
相場の先行きに対する予想を表しおり、英語で雄牛を意味する「ブル」は相場に対して強気を、クマを意味する「ベア」は相場に対して弱気を表している。「ブル型」投信は、相場に対して強気ということなので、相場が上昇すると利益が出る仕組みの投信。逆に「ベア型」投信は相場が下落すると利益が出る投信。

【Amazon.co.jp】「波のうえの魔術師」

「パーフェクト・プラン」柳原慧

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第2回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作品。
代理母として生計を立てる小田桐良江(おだぎりよしえ)と歌舞伎町で働く田代幸司(たしろこうじ)、赤星(あかぼし)サトル、張龍生(ちょうりゅうせい)の4人は投資アドバイザーである三輪俊英(みわとしひで)の息子である俊成(としなり)を誘拐して、ある犯罪計画を立てる。彼ら4人の計画通りに進むかに思えたところで物語りは大きく展開していく、という話。
物語はクラッキング、オンライントレードなど旬な題材を盛り込んだ、まさに今風な物語に仕上がっているが、物語自体の面白さ、深みは予想を超えるものではなかった。物語よりも新たな専門知識の風を吹き込んでくれたことが印象的である。


ソーシャルエンジニアリング
ネットワークの管理者や利用者などから、話術や盗み聞き、盗み見などの「社会的」な手段によって、パスワードなどのセキュリティ上重要な情報を入手すること。パスワードを入力するところを後ろから盗み見たり、オフィスから出る書類のごみをあさってパスワードや手がかりとなる個人情報の記されたメモを探し出したり、ネットワークの利用者や顧客になりすまして電話で管理者にパスワードの変更を依頼して新しいパスワードを聞き出す、などの手法がある。
ベルフェゴール(Belphegor)
ベルフェゴールは、人間界の結婚生活などをのぞき見る悪魔で、牛の尾にねじれた二本の角、顎には髭を蓄えた醜悪な姿をした悪魔とされる。しかし、それとは別に妖艶な美女として描かれることもある。何故か車輪付きの椅子、または寝室の奥で洋式便所に座った姿で現される。
七つの大罪
「七つの罪源」ともいわれ、「罪そのもの」というより、キリスト教徒が伝統的に人間を罪に導く可能性があるとみなしてきた欲望や感情のことを指す。伝統的な七つの大罪とは高慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲の7つを指す。
エニグマ
第二次世界大戦でドイツ軍が使用した暗号システム。ドイツ軍はエニグマに絶大の自信を持っていたため、 これが連合軍に解読されるとは夢にも思っていなかった。エニグマ暗号がもし解読されていなければ、 ノルマンディ上陸作戦や大戦での連合軍の勝利はずっと遅れたか、 あるいは、勝利そのものさえなかったかもしれない。
ES細胞
embryonic stem cellsの略語で、正式には「胚性幹細胞」という。不死化し、がん細胞のようにいくらでも永く増殖しつづける力をもっている。しかし、ヒトES細胞は、“人の生命の始まりである受精卵”を破壊して作り出すものだけに、いかに有用な細胞とはいえ、倫理的に果たして作製が許されるものかどうか、欧米を中心に真剣に議論されている。
ディスレキシア
学習障害の一つのタイプで、脳内の中枢神経系の機能障害。特徴としては、平均の知的能力があり、その他の障害が無いのにも関わらず、文字をすらすらと読むことができなかったり、スペリングをよく間違い、文字を書くことが苦手などがある。
ウィザード
本来「魔法使い」を意味する英語で、コンピュータの世界では稀に見る天才的技術者をウィザードと呼んだりもする。
サヴァン症候群
知能障害をもちながらも、例えば音楽や目で見た風景を写真と同じくらいに見事に再現できるなど、突出した記憶力を持つ人々のこと

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「発火点」真保裕一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
杉本敦也(すぎもとあつや)は12歳の夏、父親を殺された。以来、何をやっているときも、常に周囲からの奇異の視線を感じてしまう。そして、21歳になった今、多くの経験を経て、12歳の夏に一体何があったのか、なぜ父は友人に殺されたのか、9年前の真実に目を向けようとする。
物語は敦也(あつや)の一人称で綴られるため良くも悪くも敦也(あつや)の物の考え方が多く描かれている。大人になりきれない21歳の敦也(あつや)の心がよく見える。

少年期はもう大人と等しい打算を抱いているし、他人への嫉妬に胸を焦がしもする。本当の意味での純粋さを持ち合わせているのは、物心つくか点かないかの幼少期の、ほんの一瞬のことにしかすぎない。なのに大人は、少年の日々を甘酸っぱい幻想に見落ちた言葉で飾りたがる。

敦也(あつや)は12歳の夏から「父を殺された少年」だったことで複雑な思いを抱き続けていたのである。

あの子は可愛そうな身の上だから、みんなで応援してあげよう。そういう態度こそが高慢さに満ちている、と理解できない者がいる。
最初はいたわりと同情を、やがては好奇心がまざり、ゆくゆくは親切の押し売りが増えていく。

敦也(あつや)の自分勝手な考え方に、身に覚えを感じてしまう。数年前の自分と重ねてしまうからだろうか。

人は傷つきたくない。傷つけられたのだ、と思いたい。自分以外のところに原因をつくり、被害者の位置に立ち続けていれば誰からも非難はされなくてすむ。

物語は犯罪者と被害者の人権の問題へも触れることとなる。ジャーナリストとして敦也(あつや)と接点を持った武藤(むとう)は敦也にこう語る。

刑期を終えたら罪は消えるのか、と問われれば、やっぱり綺麗さっぱり消えてしまうことにはならないような気がする。でも刑期を終えて出てきた人を、無理やり過去に引き戻すようなことはしていいのか、迷う気持ちもある。

また僕の中に、答えの出ていない問題が出来上がったような気がした。
この物語自体は真保裕一としての新たな試みだったようで、すべてが敦也(あつや)の回想シーンとして描かれているため、話の展開が遅く、特に真実を求め始めるまでが長すぎて間延びする感がある。また、21歳の青年の回想としては感想などがあまりにも大人びているような印象も受けるが、作者の視点から敦也(あつや)の気持ちを描いてしまうためなのだろう。内容としてはページ数のわりに薄い印象を受けた。
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「誰か」宮部みゆき

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
今多コンツェルン会長の専属運転手だった梶田信夫(かじたのぶお)が自転車に撥ねられ、頭を強く打って死亡した。遺族である梶田の娘の梨子(りこ)と聡美(さとみ)は父である梶田についての本を出版したいという。そこで今多コンツェルンの広報室に勤める杉村三郎(すぎむらさぶろう)は梶田の過去を調べることになる。
どんな人にも大きな人生があり、山があり谷がある。それを轢き逃げした犯人に訴えようとする梨子(りこ)の気持ちは理解できる。

「わたし、その子の目の前につきつけてやりたいんです。六十五年間、一生懸命生きてきた、この人の人生を、あんたが終わらせちゃったんだよって」

道端ですれ違う人、その一人一人に「その人の人生がある」ということを常に意識できれば、多くの小さな争いがなくなるのに、と思った。
物語の中では主人公である杉村(すぎむら)の考え方が多く出てくる。読み進めながらその考え方に触れていくうちに、僕自身が持っているどっちつかずのの考えは、他の多くの人も持っているものであるような感じを抱いた。

母は、子供のころから、さまざまなことを教えてくれた。正しい教えもあれば、間違った教えもあった。いまだに判断を保留している教えもある。

「判断を保留している教え」そんなものを誰しも心の中に抱えているのだろう。それに対して自分なりの判断を下すたびに人は成長していくのかな・・そんなことを思った。
物語全体としては、自転車による交通事故という普段はあまり目が向けられない問題、そして恋愛の形の多様性という新たな視点を僕に与えてくれた。しかし、書店で本書を手にとったときに期待した、宮部みゆき特有の鋭い文章はなりを潜め、残念ながら一般的なサスペンスの域を出ないと言う感想である。当たり外れの激しいこの著者の作品の中で、この作品は「外れ」に該当してしまう。期待が大きい分評価が辛口になってしまう。


鬼籍
日本では過去帳(かこちょう)のことを指す。過去帳とは、寺院で所属している檀家で亡くなった人の法名、俗名、死亡年月日、享年などが書かれている帳簿である。
セルロイド
紙や木を原料としたニトロセルロースに樟脳(しょうのう)を混ぜたもの。天然樹脂を固めた物なので、プラスチックと違って微生物で分解し土に還る特性がある。弱点は燃えやすいという点。特に戦後の1954年にアメリカが、セルロイドは発火しやすく危険との理由で輸入を禁止したため、セルロイド製おもちゃ大国であった日本はその素材をビニールやプラスチックへと変えていくこととなった。

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「人間の証明」森村誠一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
初版は1977年で、2004年に竹野内豊主演でドラマ化された作品である。
20代と見られる黒人男性が東京ロイヤルホテルの最上階へ向かうエレベーターの中で死亡した。棟居(むねすえ)刑事は犯行現場に残されていた麦わら帽子と、タクシーの運転手が聞いた「ストウハ」という黒人の言葉のわずかな手がかりをもとに真実に迫る。
事件の操作は遠く黒人の生活していたニューヨークにまで広がる。ニューヨークのスラムでてがかりをさがすケン・シュフタンが日本とニューヨークを比較して日本人について考えるコメントが印象に残る。

日本人の強さと恐さは、大和民族という、同一民族によって単一国歌を構成する身内意識と精神主義にあるのではあるまいか。日本人であるかぎり、だいたい身許がわかっている。要するに日本人同士には、「どこの馬の骨」はいないのだ。

そしてアメリカ人についてのコメントに、アメリカの恐さが潜む。

無関係な人間が、生きようと殺されようと、まったく感心がない。自分の私生活の平穏無事させ保障されていればそれでよいのだ。だから、それを少しでも脅かす虞れのあるものは徹底的に忌避する。正義のための戦いは、自分の安全が保障された後のことだ。

この物語が書かれた1977年には日本とアメリカにはここまでの考えの違いがあったのかもしれないが、28年後の今、日本の考え方もまたアメリカのそれに確実に追っているように思うのは僕だけだろうか。
そして多くの推理小説と同様にこの物語も最後に一気に解決へと動くことになる。そして、その解決はタイトルでもある「人間の証明」へ繋がるのである。
全体的に、読者を引き込む力に乏しいように感じるが、それは事件の解決のために、捜査が地道に行われていることを表現した結果なのかもしれない。確かに一昔前に流行った刑事ドラマのようになんでも拳銃の打ち合いからスピード解決してしまっても現実感が薄い印象を受けるのだろう。それでも登場人物の人間関係に若干の強引さは感じてしまう。


国際刑事警察機構(ICPO)
国際的な犯罪防止のために世界各国の警察により結成された任意組織であり、インターポール(Interpol、テレタイプの宛先略号より)とも呼ばれる。
傀儡(かいらい)
陰にいる人物に思いどおりに操られ、利用されている者や操り人形のこと。
西条八十(1892〜1970)
童謡詩、象徴詩の詩人としてだけではなく、歌謡曲の作詞家としても活躍し、『東京行進曲』、『青い山脈』、『蘇州夜曲』、『誰か故郷を想わざる』、『ゲイシャ・ワルツ』、『王将』等無数のヒットを放った。戦後は著作権協会会長を務めた。薄幸の童謡詩人金子みすゞを最初に見出した人でもある。

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「カウンセラー」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
松岡圭祐の「催眠」シリーズの第三弾であり、嵯峨敏也(さがとしや)を主人公とする物語である。
響野由佳里(ひびのゆかり)は、児童にピアノを自由に弾かせることで、その児童と心で会話することができる。そのような考えを基に教育を行い続けた結果、文部科学賞から表賞されるに至った。そして同じ日、由佳里(ゆかり)が外出中に、息子の巽(たつみ、娘の麻里(まり)を含む家族4人が13才の少年によって残殺された。少年法によって刑罰の科せられない少年に対して、由佳里(ゆかり)の心には復讐の気持ちが膨らみはじめる。
聴覚に著しい才能に恵まれたが故に、悩み、葛藤するが由佳里(ゆかり)の考えは新鮮である。

才能が人との壁をつくる。たとえ肉親が相手であっても。そのことは否定できない。才能とともにうまれたことを呪うか、生きる希望にかえていくかは、自分次第なのだ。

嵯峨(さが)は復讐の念に捕われた由佳里(ゆかり)を責めるでもなく、心を救おうとするのである。
この物語を通じて考えさせられたのは13歳以下の少年へは刑罰の対象としない現行の少年法への疑問である。インターネットの普及という情報社会の波の中で、犯罪が低年齢化するのは誰にも疑いのないものである。それに対して法律がどのように犯罪を抑制する方向に働くのか、一歩間違えば14歳以下の犯罪を助長することにもなりかねない。今後の動向を気にかけていきたいと思った。


脅迫神経症
手を何度も洗ってしまったり、火の元の確認を何度もしてしまったり、一つの事に捕らわれてしまったりするなど、自分でも一見すれば「ばかばかしい事」だと解っていながらも、その観念や思考、行動などを繰り返してしまい、その事で苦しんでしまう症状。
ミュンヒハウゼン症候群
他者から注目されたいために病気などの症状を作り上げ病院などに行ったりする行動を生ずるケースのこと。一方で、子どもを代理にして生ずるケースもある、つまり、もともと何の健康上の問題もない子どもに病気をでっちあげ、そしてそれを深刻化させ、「子どもを懸命に看護するやさしい親」「不幸な親」を演じ、他者から同情などを集めようとすること。
犯罪被害給付制度
大きく3種類に分類され、それぞれ次のようなもの
・遺族給付金
下記の人のうち、第一順位遺族となる遺族(順位は)番号順に支給されます。
1 配偶者、2 子、3 父母、4 孫、5 祖父母、6 兄弟姉妹
・重傷病給付金
重傷病を負った被害者本人に3か月を限度として、保険診療による医療費の被害者負担額が支給される。
・障害給付金
障害が残った被害者本人に支給されます。
分離不安
分離不安とは、幼い子供が、親が自分を置いてどこかへ行ってしまうのではないかという恐れを抱くこと。

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「記憶の中の殺人」内田康夫

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大学時代に読み漁った内田康夫の浅見光彦シリーズ。その中でも特に印象に残っていたこの作品を読みなおしてみた。
物語の中で「軽井沢のセンセ」として登場する少し意地悪な小説家、内田康夫の墓前に備えられていた不審な花が発端となり、浅見光彦は今回も事件に深く関わってくこととなる。
そして今回の事件は光彦の少年時代の軽井沢の出来事であり、記憶の欠落した部分に大きく関わることになり、徐々に明らかになるその記憶によって自分自身も事件の大きなカギを握ることを知ることとなる。
光彦は犯罪者が自分の犯罪が露見した先にとる行動について懸念するその言動は。犯罪者の家族には優しく、そして犯罪者自身には厳しい。

なんとかして罪を逃れようと醜くもがく、恥も美意識もありはしない。家族や身内の末端いいたるまで犯罪者の汚名に汚され、没落の憂き目を見るかもしれないのになぜその悲劇から逃れる唯一のチャンスを掴まないのか

内容をある程度覚えていたせいか、残念ながら最初にこの本を読んだ時のような強烈なインパクトは感じなかった。それでもひさしぶりに触れた、光彦の洞察力と優しさには大いに刺激を受けた。
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「催眠―Hypnosis」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
松岡圭祐の「催眠」シリーズの第一弾である。
ニセ催眠術師としてテレビなどに出演して生活していた実相寺則之(じっそうじのりゆき)の前にある日、奇妙な女性、入絵由香(いりえゆか)が現れた。その女性は突如、「ワタシハウチュウジンデス」と語りだし、予知能力も備えていた。そのため実相寺は彼女を占いの館の目玉として売り出すことにした。そして、にわかに世間から注目され始めた由香(ゆか)をテレビで見かけた嵯峨敏也(さがとしや)は彼女への接触を図ることになる。
以前より興味を持っていた「多重人格障害(解離性同一性障害)」という症状について理解を深めたいと思ったのだが、その点については若干掘り下げが浅いように感じた。しかし、それでも新たな知識を充分なまでに提供してくれる。
物語は嵯峨と由香とのやりとりの中で、由香がこのような精神病に至った原因を究明し、解決しようということがメインに進む。そして、嵯峨は入絵由香(いりえゆか)と接することで、今の世の中の家族の形の難しい問題とも言える部分に気づく。

入絵由香の両親は離婚してはいない。両親もいるし帰る家もあるのだから恵まれているように見える。しかし、本当は違っていた。彼女は孤独だった。もっと親の愛情を欲していた。店や仕事なんかより、自分をかまってくれる両親を欲していた。

さらに物語終盤で、嵯峨(さが)は精神病に対する現代の世間の冷たさに問題があることも訴える。

自分が正常であることを再確認したがる心理がはたらき、自分と精神病の人とのあいだに明確な線引きをもとめたがり、差別的な衝動が生じることもあるでしょう。それは現代人ならだれでも持ち合わせている欠点です。しかしその欠点を認め、正しい認識を得る努力をする前に、目を背けてしまう人が多すぎるんです。

少なからず心に響く言葉である。
物語の中で催眠効果が世の中のいたるところに存在していることが述べられている。例えばパチンコに熱中する人が存在するのは、パチンコの仕組みの中に催眠効果を取り入れていることによるものであり、パチンコに熱中するかしないかはその人が生まれ持った被催眠性の強弱によるものだという。読み進めていくうちに、世の中の多く人に対して「悪いのは人間ではなく社会なのだから、そのことで悩んでいる人を救わなければならない」そんなメッセージが込められているように感じる。
そうやって理解するなら、僕の嫌いなタバコもCMによる暗示と依存のせいであるから、被催眠性の強い人が一方的に「意志の弱い人」として世間から攻められるのはおかしい。ということになる。僕自身はこの本を読んでも、やはり「意志の力でなんとかできるはずだ」と主張したい。この辺り、被催眠性が弱いせいで、「自分は意志が強い」と思いこんでいる僕の身勝手な部分なのかもしれない。
しかし、だとしたら一体誰を責めればいいのだろう、何を変えればいいのだろう。大きな命題を突きつけられても答えは見つからない。自分なりの答えを見つけたときにまた一つ成長するのかな。
主人公の嵯峨敏也(さがとしや)は後に千里眼シリーズで岬美由紀(みさきみゆき)と行動を共にすることになるが本作はその松岡ワールドの最初の作品である。


フーグ(遁走)
精神医学用語で、恐怖や強いショックに反応して現実社会からの逃避を起こすこと。場合によっては意識を失ってしまうなどの症状も見られ、多重人格障害で人格が交代するきっかけとしてしばしば報告されている。

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