「リング」鈴木光司

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
10年ぶり2回目の読了である。初めて「ループ」を読んだときの衝撃をもう一度味わいたくて、三部作(「リング」「らせん」「ループ」)を最初から読み直すことにした。
出版社に勤める浅川和行(あさかわかずゆき)は姪の死をきっかけに、同じ日のほぼ同じ時刻に起こった4人の男女の突然死に興味を抱く。4人に共通した行動を洗い出すうちに、4人が死んだ一週間前の夏休みに貸し別荘に宿泊していたことを突き止める。そして、その場所に赴いた浅川(あさかわ)は1本のビデオテープと出会う。浅川(あさかわ)は友人の高山竜司(たかやまりゅうじ)と共にビデオテープの真相に迫る。
物語の中で視点は常に移り変わる。それぞれの登場人物の恐怖に対して抱く気持ちは、誰もが身に覚えのあるもので非常に共感できる。そして、そんな心情描写によりすぐに物語にひきこまれていった。
また、物語中では随所に科学では説明できない小さな出来事が散りばめられており、読者の心の中には非現実的なものを受け入れる体制が作られていくだろう。そのため読み進めるうちに嫌でも心の中にある恐怖心は膨らんでいく。

捜査員も含めあの場所にいた人々の間に広がった雰囲気。それぞれ似たりよったりのことを考えているにもかかわらず、そして、そのことが喉まで出かかっているというのに、誰ひとり言い出そうとしない。あの雰囲気。一組の男女がまったく同時に心臓発作で死亡することなどありえないのに、医学的なこじつけで自分を納得させてしまう。

人の恐怖に対する行動を見事に表現しているように感じる。特に竜司(りゅうじ)が語るこの2つの言葉は初めて読んで10年以上経過した今でも頭の中にしっかり残っている。

高校の頃、陸上部の合宿中、あの野郎、部屋に飛び込むなり、顎をがくがく揺らせて『幽霊を見た!』って大声で喚きやがった。トイレのドアを開けようとしたら小さな女の子の泣き顔を見たんだとよ。怪奇映画とかテレビの世界だと、最初は皆信じなくて、そのうち一人一人怪物に襲われて・・・、というパターンだ。しかしなあ、現実は違う。だれひとり例外なく、彼の話を信じたんだ。十人ともな。
オマジナイを実行すれば、死の運命から逃れられる、としたら、たとえ信じなくとも実行してみようかという気にならないか。

物語は無駄な箇所を一切省いてテンポ良く進んでいく。そんな中、ビデオテープの謎を解明する浅川(あさかわ)と竜司(りゅうじ)の行動には、ホラーの登場人物にありがちな「愚かさ」は微塵も感じさせない。むしろわずかな映像から的確に判断して少しずつ真実に近づいていく過程はこの物語を面白くさせている大きな要素と言えるだろう。
物語中盤で、山村貞子(やまむらさだこ)という超能力者の存在が浮かび上がる。そして、貞子(さだこ)からも超能力という特異なものを持ってしまったこと以外は夢を追う普通の女性の生き方が感じられ、共感していくだろう。
ドラマや映画で脚色された「リング」の物語が一人歩きする中、やはり原作が一番だということを改めて感じた。一番の違いは山村貞子(やまむらさだこ)が「恐怖の対象」というよりも、「並外れた能力を持ったがゆえに普通の人生を送ることができなかった可哀想な女性」として描かれている点である。間違ってもテレビの中から這い出てくるような真似はしない。


天然痘
感染すると9〜14日の潜伏期の後に、突然の高熱、頭痛、背および四肢の強直と特徴的な腰部の激痛で発病する。3日ほどで一旦解熱するが再び発熱し多数の痘疹を伴い激烈な痒みと痛みを訴える。この時期を乗り切れば、一生免疫が得られるが死亡率も高い。世界的に種痘が廃止された現在、およそ30歳以下の人は天然痘に対する免疫がなく感染すれば、死亡率は30〜400%に達すると考えられている。
睾丸性女性化症候群
外見上は全く女性であり、ごく普通の女性として育ち結婚して不妊治療などで病院を訪れて発覚するケースがほとんどである。遺伝子的には完全に男性であるが、何らかの原因で男性化が働かず人間の体の基本形である女性型のまま生まれそのまま女性として育ったもの。子供が産めないことをのぞけば完全に女性である。

【Amazon.co.jp】「リング」

「贋作師」篠田節子

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
日本洋画界の大御所、高岡荘三郎(たかおかそうざぶろう)が死んだ。主人公であり修復家の栗本成美(くりもとなるみ)は、高岡邸に保管されている、状態の悪い絵画を、市場に出回るために修復することになった。修復の過程で成美(なるみ)は、高岡(たかおか)の元に弟子入りして、3年前に自殺した昔の恋人の存在を強く意識することになる。
この物語は常に成美(なるみ)の視点で描かれている。修復家という一般的には馴染みのない職業の中に、大きな夢を追いながらもあるとき自分の才能に見切りをつけ、相応の居場所を見つける人たちの生き方が見える。
また、筆のタッチから描いた人が同一人物かどうか見極めようとする成美(なるみ)の絵画に対する観察力などはとても新鮮に映った。成美(なるみ)が真実に迫る過程で、売るためだけに書く売り絵の存在。絵画界の狭さ。世間が上下させる絵画の価値など、普段触れることのない絵画の世界を知ることができた。
全体的には、じわじわと核心に迫る前半部分とは対照的に、最後は拍子抜けするような展開だったと感じた。後半部分で触れている病気に犯された男女の変わった愛の形は、この物語の表面的な心情描写だけでは到底理解し難いものだった。篠田節子の作品に触れるのは「女たちのジハード」「ゴサインタン」に続いて3作目だが、未だ共通するような個性を感じることはできない。


粟粒結核
大量の結核菌が血流を通して全身に広がった結果起こる結核で、命にかかわる病気。「粟粒」と呼ばれるのは、体中にできる数百万個もの小さな病巣が、ちょうど鳥の餌の粟(あわ)と同じ大きさだからである。

【Amazon.co.jp】「贋作師」

「虚貌」雫井脩介

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
1980年、運送会社を経営する一家が襲われた。社長夫妻は惨殺され、長女は半身不随、長男は大火傷を負う。間もなく、解雇されたばかりの三人が逮捕されて事件は終わったかに見えた。それから21年、事件の主犯とされていた荒勝明(あらかつあき)の出所をきっかけとして再び悲劇は起こる。
この物語の視点はさまざまな登場人物に切り替わる。襲撃を企てる若者たち、事件を追う刑事たちなど、それによって多く人物の心情が描写されている。自分とは全く考えの違う人物の気持ちに対してもところどころ共感できる部分があるだろう。その視点の多さに、最初は誰が主人公かすらわからないかもしれない。
襲撃を企てる若者たちの間に共通の意識として上った「人を殺したら人間として成長する」という考え方は否定できないものを感じた。事の善悪は別にして実行するまでに強い気持ちを必要とする行動は、達成すれば後に大きな自分の財産になるだろう。もちろんだからといって僕は犯罪に手を染めるつもりなどない。
物語のテーマは「顔」。そう一言で表現しても言い過ぎではないだろう。それぐらい「顔」に関連する内容が多々見られた。事件を追う滝中守年(たきなかもりとし)は人の顔を憶えるのが苦手な刑事。守年(もりとし)の人を見る目。それは顔よりも立ち振る舞いや全体的な風貌、雰囲気でその人間性を判断する考え方である。非常に自分に似ているものを感じた。
また、守年(もりとし)と共に行動することになる刑事、辻薫平(つじくんぺい)は顔の青痣をコンプレックスとして抱え、それが鬱病の原因となっているという。その他にも、似顔絵作成、醜形恐怖症、カバーマーク、整形手術、人口皮膚など、何度も顔について触れている。
守年(もりとし)の娘でありアイドルの滝中朱音(たきなかあかね)の生活と心情の描写には、芸能界が人を惹きつける理由と、そこで生きる厳しさを感じる。そして朱音(あかね)は自分の顔の醜さに悩む。

私は本当にこんな顔をしているのか?こんな醜い顔を・・・。ひどい。なぜ今まで気づかなかったのだろう。自分の顔は顔の形を成していない。

そういえば僕も中学生の頃は鏡で自分の顔を眺めては人生の不公平を恨んだりしたこともあったっけ。そんな昔のことをつい思い出してしまう。
そんな中で、辻(つじ)のセラピストである北見宣之(きたみのぶゆき)先生の話は特に興味深く心に響くものがある。

心とは切り離されたところに顔は存在している。いや、心が独立して存在していると言った方がいいでしょう。顔などというのは世の中を渡っていくための認識票に過ぎない。素顔でも化粧でも整形でも、自分に都合のいい仮面をつければいい。

心を表情に表さない人が多い日本社会の中だからこそ、「顔は仮面」と言い張れるのだろう。また、前向きに生きるためであれば、整形手術という手段もまた偏見を抱かれることなく認められるべきだと改めて感じた。
自分が思っている顔、人から見える顔、顔が心に与える作用、表情の重要性など、「顔」についていろいろ考えさせられた。前回読んだ雫井脩介作品の「火の粉」が注目を浴びている割に満足の行く内容ではなかったので、今回もあまり期待しないで読み始めた。しかし、この物語は展開にやや強引さを感じなくもないが、しっかりとテーマを含んだ作品に仕上がっていた。「火の粉」よりはるかに評価できる作品であった。


醜形恐怖症
自分の顔の表情が人から変に思われていると気になってしまう症状。
参考サイト
飛騨川バス転落事故

【Amazon.co.jp】「虚貌(上)」「虚貌(下)」

「火車」宮部みゆき

オススメ度 ★★★★★ 5/5
第6回山本周五郎賞受賞作品。9年程前に初めて読んで以来、今回で4回目の読了である。
休職中の刑事、本間俊介(ほんましゅんすけ)は、遠縁の男性からの依頼により、その男性の失踪した婚約者関根彰子(せきねしょうこ)の行方を探すことになった。本間(ほんま)は関根彰子(せきねしょうこ)の過去を知る過程で、別の一人の女性の存在を知るとともに、社会が作り出した悲しい現実と向き合っていくことになる。
この物語は常に本間(ほんま)の目線に立って進められていく。捜索の過程で見せる本間(ほんま)の人間観察眼に驚かされる。
物語は関根彰子(せきねしょうこ)の失踪した理由に絡んで、カード破産という社会問題に触れる。今の社会で便利に生きるうえでは必要不可欠なクレジットカード。紙一重の場所にあるカード破産という現実。二十歳かそこらの若者に一千万も二千万も貸す業者がいる現実。クレジットカードを利用している人のうち一体どれほどの人がその現実を理解しているのだろうか。そんな問いを自分自身にも投げかけるとともに、教育の在り方まで考えさせられてしまう。破産に追い込まれるような人たちに対してつい抱きがちな先入観は読み進めていくうちに薄れていくことだろう。
僕自身は、この社会問題だけがこの物語が訴えようとしているものではないと強く感じる。なぜなら登場人物たちの台詞や考え方が心を強くえぐるからだ。まるで直視したくない人間の心の中を見せ付けられるているかのようだ。
関根彰子(せきねしょうこ)の幼馴染みでもある、本多保(ほんだたもつ)の妻、郁美(いくみ)は突然友人からかかってきた電話にこんな感想を抱いた。

たぶん、彼女、自分に負けている仲間を探していたんだと思うな。会社を辞めて田舎へ引っ込んだあたしなら、少なくとも、東京にいて華やかにやっているように見える自分よりは惨めな気分でいるはずだって当たりをつけて

階段から落ちて死んだ関根彰子(せきねしょうこ)の母親。この事件を担当した境(さかい)刑事は母親の当時の気持ちをこう見ている。

酔っ払って、危ないからやめろといわれても、この階段を降りてたんですよ。それはね、そうやって何度か降りていれば、そのうち、どうかして足が滑って、パッと死ねるんじゃないか、そんなふうに考えてたからじゃないかと思うんですわ

そして物語後半では、破産だけでなく、そこに至る人間の心情にまで触れている。お金もなく、学歴もなく、能力もない。そういう人は昔は夢を見るだけで終わっていたのに、今は夢が叶ったような気分になれる方法がたくさんある。エステや美容整形や強力な予備校、ブランドなど、そして見境なく気軽に貸してくれるクレジット。世間のそこかしこに夢を見る人を待ち構えて「罠」が仕掛けてあるのだ。自分がそんな世の中の「罠」にかからないからといって、夢を見て「罠」にかかって人生を転げ落ちていく人たちを「愚か」と一言で片付けられるのだろうか。

どうしてこんなに借金をつくることになったのか、あたしにもよくわかんないのよね。あたし、ただ、幸せになりたかっただけなんだけど。

読み進めるうちにもう一人の女性の人物像も次第に明らかになっていく。彼女の背負っている過去は、不自由なく暮らしている僕等のような人間には到底理解できるものではない。彼女の発したこんな台詞がそのことを伝えてくれるだろう。

どうかお願い。頼むから死んでいてちょうだい、お父さん。

本間(ほんま)と同様に読者の多くもこの犯人と思われる女性を嫌いにはなれないのではないだろうか。むしろ、その強く孤独な生き方に感心するかもしれない。

わたしのところに遊びに来て、帰るときはいつも、じゃ、またねと言ってたんです。手を振って、また来ます、と。だけどあの時だけは、そうじゃなかった。さよなら、と言ったんです。わざわざ頭を下げて、さよならと言って帰ったんです

彼女は礼儀正しく優しい女性だったのだろう、人の心を思いやれる人間でもあっただろう。そして社会の犠牲者だった。辛い想いをたくさんしたからこそ彼女は強い心を育み、悲運な運命と決別する道を選んだ。彼女を一方的に責めることなどできやしない。彼女の心情を最後まで読者の想像に委ねたこの物語のラストが好きだ。
本間が携帯電話を持っていないあたりなど、初めて読んだときには感じなかった時代の違いを今は感じるが、何度読んでもこの物語から受ける衝撃は健在である。全体的には、カード破産という社会の問題を訴えているようにも取れるが、僕は、人間の醜い部分がじわじわ染み出してくるような印象を毎回受けるのである。


特別養子制度
従来の普通養子制度では、養子縁組をしても、実方の父母との関係は残っており、父母が養父母と実父母二組いることになっていたが、特別養子縁組をすると父母は養父母だけになる。
割賦
分割払いのこと。
買取屋
多重多額債務に苦しむものを助けるといって近づき、クレジットカードを作らせ、カードで買い物をさせたうえで、その商品を質屋などで換金して手数料を取る業者のこと。
利息制限法
貸金業者の金利を制限する法律。貸金業者の貸付金利の上限を、元本10万円未満は年率20%、元本10万円以上100万円未満は年率18%、元本100万円以上は年率15%と定めている。これを破っても罰則規定はないため有名無実化しており、現在、利息制限法を守っている貸金業者はほとんど存在しない。
出資法
年利29.2%を超える利息で金貸し業を営む事を禁止している法律で、違反すると5年以下の懲役又は3000万円以下の罰金が科せられる。
参考サイト
出資法と利息制限法について

【Amazon.co.jp】「火車」

「リミット」野沢尚

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2000年7月から9月まで日本テレビ系で放送されたドラマの原作である。ドラマの記憶が薄れた今になって、ようやく小説という形で改めてこの物語を味うことにした。
各地で連続幼児失踪事件が発生する中、世田谷区と川崎市高津区の県境で幼児誘拐事件が発生した。警視庁捜査一課特殊犯捜査係の主人公有働公子(うどうきみこ)は被害者宅に派遣される。事件発生から二週目に入ったとき、公子(きみこ)の携帯電話に犯人から直接電話がかかってくる。「お宅の息子さんを預かっています。一億円をあなたの手でこちらに届けてください」と。公子(きみこ)は息子を取り戻すために、犯人のみならず警視庁4万人を敵に回すことになる。
物語が進む過程で、事件を見つめる視点は常に切り替わるため、登場人物によってはその過去の描写から現在の人格形成の原因が見える。特に主犯の澤松知永(さわまつともえ)や、同じ犯行グループのチャイニーズ系タイ人であるグレイ・ウォンが犯罪に手を染めるまでの過程には、家庭などの生まれ育った環境が人格に与える影響や、現在の日本及びタイなど東南アジア諸国が抱える社会問題が見えてくるようだ。
中でも日本の臓器移植法があるためにこの犯罪が成り立つという考え方が印象的である。脳死と臓器移植について改めて考えさせられ、臓器売買という現実にも目を向けさせられる。

腎臓や肝臓疾患で苦しむ日本人の患者。中でも先天的な障害を持つ子供の場合、親はどんなに高い金を払っても子供に健康な臓器を移植させたいと願うが、臓器提供者は少なすぎる。親は闇ルートに頼ってでも何とかしたいと考える。

また、犯罪捜査の過程で繰り広げられる神奈川県警と警視庁の縄張り争い、ライバル意識もまた物語を面白くさせている一つの要素だろう。
気がつけば、母親として息子を取り戻そうとする公子(きみこ)よりも主犯の知永(ともえ)の冷静に物事を分析する目やその感情に非常に興味を覚えながら読み進めていた。
物語の展開から、それぞれ登場人物の心情の描写、各国の社会問題まで、最後まで読者を飽きさせることがない要素が充分に詰まった作品に仕上がっている。


ペドフィリア(pedophilia)
精神医学用語で異常性欲の一つ。幼児を性的欲求の対象とする性的倒錯。小児性愛。この性質を持つ人を、ペドファイル(pedophiles)という。

【Amazon.co.jp】「リミット」

「第三の時効」横山秀夫

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
本作は6つの物語から構成されている。どの物語もF県警捜査第一課のに所属している警察職員を中心に繰り広げられるため、視点はそれぞれの物語で異なるものの、登場人物は同じである。
物語ごとに視点を変える手法は、同じ著者の作品「半落ち」を思い出させる。その手法によって登場人物の内面、外面がしっかり描写されているように感じる。その中でも特に個性が際立つのは強行犯捜査係の3人の班長達である。一班の朽木(くちき)、決して笑顔を見せない男。二班の楠見(くすみ)、冷血で女性を執拗までに憎む男。三判の村瀬(むらせ)、事件を直観力で見抜く男。
さすがに警察小説を描かせたら横山秀夫は上手い。新聞記者への対応、班同士の競争意識、被疑者との駆け引き、そして警察職員の正義感などでが見事に描かれている。個人的には被疑者との駆け引きで自白に追い込む場面が好きである。6つの物語のなかでもタイトルにもなっている「第三の時効」が特に気に入っている。
この作品の登場人物達のような頭のキレる人間が実在するのなら、実際に会ってその刺激を肌で感じてみたいものだ。


容疑者
マスコミ用語での犯罪の嫌疑を受けているものをいう。
被疑者
法律用語での犯罪の嫌疑を受けているものをいう。
ハルシオン
医薬品。睡眠薬の名称。入眠剤として使われる。健忘を起こす副作用がある。作用時間は「超短時間型」。ハルシオンを大量投与して寝るのを我慢するとトリップできると言う話が出回って悪用する人が出たため、この薬を出したがらないところも多い。この薬を飲むと、寝ている間に起こった出来事を覚えていないという副作用がおこることがあるので注意が必要。
ポリグラフ
血圧、心電、心拍、呼吸、皮膚抵抗など生体のさまざまな情報を電気信号として計測し、記録する装置であり、「多現象同時記憶装置」のことである。一般的には嘘発見器(うそはっけんき)と同一視されることが多いが、手術室で術中の患者監視装置として使われるほか、医療分野で広く用いられている。

【Amazon.co.jp】「第三の時効」

「出口のない海」横山秀夫

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
人間魚雷「回天」。発射と同時に死を約束される極秘作戦が、第二次世界大戦の終戦前に展開されていた。主人公の並木浩二(なみきこうじ)は甲子園優勝投手として期待されてA大学に入ったもののヒジの故障のために大学野球を棒に振った。そして抗うことのできない戦争という時代の流れに飲み込まれ、回天への搭乗を決意する。それまでの経緯を描いた物語である。
戦争に青春を奪われた並木(なみき)達の気持ちがよく描かれている。「生」への希望と、仲間たちと一緒に死ななければならないという気持ちの葛藤。特に並木(なみき)の、故郷で待つ恋人の美奈子(みなこ)からの手紙に返事を書くことができない気持ちは理解できる。

手紙で優しいこと言って、喜ばすだけ喜ばして、それで後はどうする──嫁さんにしてやれるわけでもないんだぞ

野球と言うスポーツでさえも軍部から敵性語を使うなと迫られ、「ストライク」が「よし」に「アウト」が「だめ」とか「ひけ」に変えられようとしている戦時下でも、日本の軍国主義に染まらない人達の中に日本の将来への希望が見えるような気がする。並木を含めたA大野球部の部員たちが溜まり場としていた「喫茶ボレロ」のマスターは言った。

僕はね、スペインへ逃げようと思ってる。一度捨ててもいいと思うんだ。今の日本という国は

また一方では、軍国主義に染まりつつあることを実感しながらも並木(なみき)も友人の前で言った。

日本は降伏して一からやり直すべきだ。一億総玉砕などということにならないうちに。今ならまだ間に合う。

こういう周囲の考えに流されずに客観的に日本を見つめる目を持っている人たちが戦後の日本を支えてきたのではないだろうか。この物語はフィクションであるが、こういう考えを持っていた人達が実際に存在していたと信じる。僕も、周囲の人達が何を叫ぼうとも何を主張しようとも、周囲に流されずに真実を見つめる目と強い意志を持ち続けていたいものだ。
そして今まで嫌悪感を抱いていた「特攻」という行動に対する考え方も大きく変えざるを得なくなった。きっと自分もあの時代に生き、並木(なみき)と同じ状況下に置かれたなら「回天」への搭乗を志願していたに違いない。それは愚かな行動などでは決してない、そして特別に勇気ある行動でもない、単に恋人や親や兄弟を守りたいという純粋な気持ちから生まれた自然な行動だったのだと感じた。
全体的には、残念ながら描写が薄くリアルに伝わって来ない印象を受けた。横山秀夫が他の作品で見せる持ち前の臨場感はどこへ行ったのか。特に回天に乗り込んだ並木(なみき)の気持ち、目に見えるもの、思い出したもの、死を受け入れた瞬間の様子をもっと繊細に描いて欲しかった。第二次大戦中の出来事を描くのだから仕方がないのかもしれない、実際に経験したわけではないのだから仕方がないのかもしれない、しかし横山秀夫ならそれを補った描写をしてくれると期待していただけに残念である。
それでも僕は、この感想を書きながらCDチェンジャーに収まっているラヴェルのボレロを聴いた。並木浩二(なみきこうじ)の思い出の曲だ。

参考サイト
回天特攻隊

【Amazon.co.jp】「出口のない海」

「クライマーズ・ハイ」横山秀夫

オススメ度 ★★★★★ 5/5
1985年8月12日、日航ジャンボ機が群馬県の御巣鷹山に墜落した。一瞬にして520人の命が散った。この物語は群馬県の地元紙である「北関東新聞」でその当時日航機墜落事故の全権デスクを務めた主人公の悠木和雅(ゆうきかずまさ)が、その17年後の群馬県の最北端にある衝立岩登攀(ついたていわとうはん)の際、当時の事故の報道に奮闘する自分の姿を思い起こす。そんな回想シーンを主に描いた作品である。
この物語自体は勿論フィクションであるが、1985年8月12日に起こった日航機墜落事故は事実である。当時僕は小学校3年生だった。事故の大きさも悲惨さも理解できなかったあの頃の僕の中にも、生存者が会見に応じるシーンを映したテレビ画面はうっすらと記憶として残っている。
そしてこの物語は、当時僕が知ることのできなかった事故の大きさや悲惨さを教えてくれた。

若い自衛官は仁王立ちしていた。
両手でしっかりと小さな女の子を抱きかかえていた。
自衛官は地獄に目を落とした。
そのどこかにあるはずの、女の子の左手を探してあげねばならなかった──。

また、著者自身が12年間の記者生活を送ってきたからこそ描けるのであろう。新聞社同士の報道合戦、社内の派閥争い、部署間の縄張り争い、記者のプライド、紙面展開など、新聞社の内部の様子が綿密に描かれ、非常にリアルに伝わってくる。
特に、主人公の悠木(ゆうき)の組織に属する人間として抗うことのできない人間関係に挟まれた無力感、報道に関わる人間としての使命感、地元紙の在り方について考える姿、事実と確信が持てない情報の紙面化に葛藤する姿には読み進めていくうちにどんどん惹き込まれていく。
そして物語終盤では「命の重さ」という人間として生きていくうえで避けられないテーマについて触れている。

どの命も等価だなどと口先で言いつつ、メディアが人を選別し、等級化し、命の重い軽いを決めつけ、その価値観を世の中に押しつけてきた。
偉い人の死。そうでない人の死。
可愛そうな死に方。そうでない死に方。

メディアの在り方だけでなく、人間の命に対する受け止め方についても改めて考えさせられた。勿論すべての命は等価でなくてはならない、しかし僕等にはそういう扱いができているだろうか。

私の父や従兄弟の死に泣いてくれなかった人のために、私は泣きません。たとえそれが、世界最大の悲惨な事故で亡くなった方々のためであっても

残りのページ数が少なくなるのが惜しかった。この、心を深く刺激する時間にもっと没頭していたかった。本を読んでいてこんな感情を抱く機会はそれほど多くあることではないだろう。


玉串(たまぐし)
神道の神事において参拝者や神職が神前に捧げる、紙垂(しで)や木綿(ゆう)をつけた榊の枝である。杉の枝などを用いることもある。
参考サイト
日航機墜落事故で亡くなった人の遺書とメモ書き
墜落現場・御巣鷹の尾根、85年8月13日
生存者の一人・落合由美さんの証言
生存者救出映像(YouTube)

【Amazon.co.jp】「クライマーズ・ハイ」

「レイクサイド」東野圭吾

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
四組の親子が参加する中学校受験の勉強合宿で起きた殺人事件。主人公の並木俊介(なみきしゅんすけ)は、他のメンバーの提案によって事件を隠蔽することに同意するが事件の周囲からは少しずつ不自然な陰が見えてくる。
物語が進むにつれて少しずつ真実が明らかになっていくありがちなミステリーと思いきや少し趣が異なる。俊介(しゅんすけ)が実行犯側にいる点が物語を新鮮にさせているのだろう。それでも最終的に物語を完結させるまでにもう一つ展開が欲しかった気がする。少し物足りない作品であった。
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「千里眼 背徳のシンデレラ」松岡圭祐

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
岬美由紀(みさきみゆき)の活躍する千里眼シリーズ。「千里眼」でテロを実行した友里佐知子(ゆうりさちこ)の後継者である鬼芭阿諛子(きばあゆこ)が能登の白紅神社で宮司を務めているという。能登に急行した美由紀は、恐るべき内容が綴られた友里(ゆうり)の生涯を記録した日記を入手する。
物語の大半が友里佐知子(ゆうりさちこ)の日記で占められていて若干本編の内容に物足りなさを覚えた。それでも友里(ゆうり)の日記には波乱万丈な人生とともに共産主義の理想国家をつくるために揺れ動く考え方などが描かれていて、「全共闘」やよど号ハイジャック事件をリアルタイムで知らない僕等の世代には新鮮かつ刺激的でページをめくっていて飽きさせることがない。
そして相変わらず能力を持ったことによって悩む美由紀(みゆき)の考え方やその葛藤も今後の展開を楽しみにさせてくれる。

真の意味での千里眼は存在しない。だから人は、心を通わそうと努力する。理解しあおうと人を思いやる。そこに人の温かさがある。人の心が見えないからこそ、人に優しくなれるのだろう。

次回作にまた期待する。


コリオリの力
地球は自転しているため、北極点上空から見ると反時計回り、南極点上空から見ると時計回りに回っている。そのため、北半球では右向き、南半球では左向きのコリオリの力が働く。地球が(ほぼ)球体のため、その大きさは緯度によって異なる。そのため、大砲やロケットなどの弾道計算にはコリオリの力による補正が必要である。台風が北半球で反時計回りの渦を巻くのは、風が中心に向かって進む際にコリオリの力を受けるためである。また、大気だけでなく、海流の運動もコリオリの力の影響を受けている。
全共闘
全学共闘会議の略称。大学の学生自治会の全国連合組織が「全学連(全国大学自治会総連合)」であるが、それとは異なり、基本的には、70年安保闘争あるいは、個別大学闘争勝利のために、学部やセクトを越えた連合体として各大学に作られたのもの。
リストラ
事業再編成(リストラクチャリング Restructuring)に由来する略語。現在では解雇の意味で用いるのが通常となっている。

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「北の狩人」大沢在昌

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
秋田県警の警察官である梶雪人(かじゆきと)は12年前に父親を殺された事件の真相を突き止めるために新宿にやってきた。歌舞伎町で十年以上前につぶれた暴力団のことを聞きまわることで、過去の秘密が次第に明らかになっていく。
歌舞伎町を舞台にした暴力団同士の抗争、台湾マフィアとの駆け引きなどで展開するストーリーはあまりにも普段の私生活とかけ離れているために現実感に乏しい。それでも雪人(ゆきと)に関わる人の少し変わったものの見つめ方が新鮮である。
新宿でキャッチのバイトをしている高校生の杏(あん)はある時思うのだ。

お洒落と男の子と夜遊び。そのみっつしかない毎日が、ひどく下らないことのように思えてきた。

雪人(ゆき)と目的を共にする新宿署の刑事である佐江(さえ)は新宿をこんなふうに語る。

新宿てのは、深い海みたいなもんだ。いつもでかい魚がじぶんより小せえ魚を狙っている。どいつもこいつもゆだんすりゃ食われるのよ。

物語の長さのわりに展開が小さく感じた。主人公の雪人(ゆきと)が東北出身であるという人物設定が感情移入をしずらくさせている感じを受けた。物語中の大きな役割を担う暴力団幹部達にも、その生きてきた背景をしっかり描けばラストのシーンはもっと大きな感動を受けるのではないかと感じた。全体的にはやや物足りなさを覚えた作品である。
【Amazon.co.jp】「北の狩人(上)」「北の狩人(下)」

「鍵」乃南アサ

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
森家の3人の子供。長女の秀子(ひでこ)、長男の俊太郎(しゅんたろう)、次女の麻里子(まりこ)は両親を相次いで失ったショックを感じ始め、俊太郎と麻里子の関係もぎくしゃくし始めていた。そんな折、近所では通り魔事件が相次ぐ。
この物語は通り魔事件の犯人を追ったミステリーでもあり、暖かい家族の物語でもある。そんな中で、突然両親を失って悩む俊太郎(しゅんたろう)の心情と、麻里子(まりこ)が生まれつき持った両側感音性難聴というハンデが物語に深みを与えている。麻里子(まりこ)は健常者には意識しないような日常に普通に起きる出来事で麻里子(まりこ)は戦わなければならないのである。そんな麻里子(まりこ)の世間を見つめる視点は新鮮である。

世の中には親切な人ばかりいるわけではないことくらいは、痛いほど分かっている。自分のような女子高生が、突然目の前に現れて話し始めても、きちんと耳を傾けてくれるだろうか、自分のいっていることの意味を理解してもらえるだろうか──。いつだって、そんな不安を抱えて歩いているのだ。

通り魔事件は、3人の家族としての絆を深めるための要素、麻里子がハンデと戦って強くなるための要素として働いていて、残念ながら謎解きの要素などは少なく、また、解決までのくだりにも説得力を欠いた部分があり物足りなさを覚えた。家族の物語として展開するなら、3人の兄弟の一人一人にもっと読者の心を鋭くえぐるような深い心情の描写があればさらに物語の深みが増すだろうと感じた。
【Amazon.co.jp】「鍵」

「今はもうない」森博嗣

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
犀川&萌絵シリーズの第八作。避暑地にある別荘で、美人姉妹が隣り合った部屋で一人ずつ死体となって発見された。今回も犀川創平(さいかわそうへい)と西之園萌絵(にしのそのもえ)は真相に挑む。
今回の物語は事件の関係者である笹木(ささき)の手記という形で展開していく点が新鮮である。それでも、犀川(さいかわ)と萌絵(もえ)のやり取りは、相変わらず知的で論理的で時に子供っぽく、時に僕の理解を超えてしまう。物語中の表現にときにはっとさせられ、退屈な日常には大いに刺激になる。
特に今回の物語では最後にちょっとした嗜好がこらされて、読者に満足の行く終わり方をしている。期待以上ではないが無難に期待を裏切らない作品である。
【Amazon.co.jp】「今はもうない」

「地下鉄に乗って」浅田次郎

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第16回吉川英治文学新人賞受賞作品。
小沼真次(こぬましんじ)はクラス会の帰り道。永田町駅と赤坂見附駅の間にある階段を上がった。するとそこは三十年前だった。ワンマンだった父とその父に反発して自殺した兄の昭一(しょういち)、そして恋人のみち子。タイムスリップという奇跡が真次(しんじ)人の記憶や出来事を塗り替えていく。
父親とは子供にとって頑固でわからずやだったりするものだ。そしてそれが父親が子供に見せているほんの一つの顔だということを子供は気付かずに生きていく。ひょっとすると一生父親の他の顔を見ずに終わることが大部分なのかもしれない。物語中で真次(しんじ)は憎かった父の過去にタイムスリップし、過去の父と出会うことで、父も苦労を重ねて生き抜いてきたと理解していくのである。
そして、タイムスリップという奇跡は、真次(しんじ)と父親の間だけでなく、恋人であるちか子との間にも大きく影響し、ラストには悲しく切ない結末が用意されている。

おかあさんとこの人とを、秤にかけてもいいですか。私を産んでくれたおかあさんの幸せと、私の愛したこの人の幸せの、どっちかを選べって言われたら・・・

しっかりとコンパクトにまとめられた一冊だった。
【Amazon.co.jp】「地下鉄に乗って」

「ストロボ」真保裕一

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
今回で二回目の読了である。50歳を迎えた写真家喜多川光司(きたがわこうじ)は今、人生の転機となった過去を振り返る。愛し合った女性カメラマンを失った42歳、昔の師と再会した37歳、病床の少女の撮影を思い出した31歳、若かった学生時代の22歳と時代を遡って行く。
一人の写真家の人生の光と影を強烈なまでに見せられた。写真家としてのキャリアや名声と手にする一方で失われていく情熱。刺激よりもお金を優先する仕事を受けて葛藤する姿。人生を送る上で得るものと失うものがあることがリアルに描かれている。そうやって割り切らなければ長いこと同じ業界では仕事を続けていくことはできないのだろう。

今は仕事を選べる立場になった。採算とは無縁の誠意ある支援のおかげで地位をてにしながら、今は報酬を優先した仕事を当然のような顔で引き受けている。

仕事だけではなく、プライベートにおいても長い間生活を共にすることで夫婦間が冷え込む様子が描かれる。

長い年月、気持ちのすれ違いの生じない夫婦などありはしない。こうやっていまずい時さえやり過ごしてしまえば、あとはもとの平穏な暮らしに戻っていける。

あらゆる面で納得のいく人生を送ることはやはり難しいことなのだろう。
小さな偶然がその後の人生を大きく変えることもある。そして若い頃の過ちを清算することもできずにずっと心の奥に背負っていかなければならないこともある。僕自身、身に覚えのあることばかりである。
そして物語中では主人公の喜多川(きたがわ)だけでなく彼に関わった多くの人達の生き方もまたしっかりと描かれている。そしてその生き方もまた小さな出来事に大きく左右され揺れ動いて進んでいくのである。
そんな人生を強烈に見せられて、結局人生やみくもに今目の前にある道を信じて進むしかないのだと感じた。というよりも実際にそうやって手抜きせずに自分の人生と向き合うことがもっとも大切なことなのだろう。大きな転機や出会いは一生懸命人生を生きていれば自然と付いてくるものなのだ。
人生を考える上でいいきっかけを与えてくれる一冊である。
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「繋がれた明日」真保裕一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
中道隆太(なかみちりゅうた)は19歳のときに喧嘩の弾みで人をナイフで刺して殺してしまった。そして6年後に仮釈放を迎え、その後の隆太(りゅうた)の社会への復帰の様子や人間関係などを含め、刑期を終える日までを描く。
罪を償ったはずの犯罪者の一つの生き方という、今までまったく縁のなかった世界が描かれている。そこには思っている以上に様々な障害があるのだ。「人殺し」であるがゆえに社会から誤解を受け、差別され、遺族からは恨みを買う。若干誇張があるのかもしれないが、現実に似たようなことは少なからず存在するのだろう。

死んだ者は生前におかした罪を問われず、被害者となって祀られる。残された加害者は、罪の足かせを一生引きずって歩くしかない。

「罪を償った」とする以上。「犯罪者」というだけで仕事に就けなかったり世間から奇異の目で見られることはあってはならないことなのだろう。とはいえ法律だけでは対応できないことも世の中にはたくさんあるのだ。物語中でも「人殺し」である隆太(りゅうた)と接する人々の反応は実に様々なものだ。
もし友達から「実は昔人を殺したことがあるのだ」などといわれたら、僕にはどんな反応ができるのだろう。とつい自分に置き換えて考えてしまう。しかし、そこに答えはない。少なくとも向かい合って偏見を持たずに話を聞き、しっかりと自分の意見を発することができるような人間でありたい。
物語中で隆太(りゅうた)は罪を償ってもなお、自分を犯罪者にしたきっかけを作った被害者への恨みを捨てきれずにいることで葛藤する。殺人は時として、被害者にも加害者にも「恨み」を残すのだと知った。
そして現在の日本の制度についても問題点を投げかけてくる。被害者の家族に出所日を通知するのが最良の選択なのか。無期懲役の判決を受けても20年以上勤め上げれば仮釈放されるのがいいことなのか悪いことなのか。縁のない世界だからといっていつ自分の身に降りかかるかわからない。いつまでも無関心ではいるわけには行かないようだ。
物語全体としては、隆太(りゅうた)の心情を表すシーンが非常にリアルで、読者は否応なく隆太(りゅうた)に感情移入させられていくだろう。ただ、殺人者とそれに対する偏見、差別、それゆえに起きる誤解、それらを題材に物語の大部分が展開していくため大きく心動かされるシーンは残念ながらなく、同じような展開ばかりで若干しつこい感じを受けた。この内容であればもう少しコンパクトにまとめられたように思う。もっと大きな展開があればこの厚さでもテンポ良く読み進められる作品に仕上がっていたのではないだろうか。
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「西の魔女が死んだ」梨木香歩

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
「西の魔女」であるおばあちゃんが死んだ。主人公であるまいは2年前のおばあちゃんと過ごした中学生に入ったばかりの事を思い出し、物語の大部分はその回想シーンで展開していく。
まいのおばあちゃんと過ごした家は、ジャムを作ったり、手で洗濯物をしたりと、幼い頃に味わった田舎の匂いや風景を思い出してしまう。そして「魔女修行」という名の下にまいは人としての心構えのようなものをおばあちゃんから学んでいく。その過程や、学校生活に悩むまいを見て、ついつい僕は同じ年齢だった中学生の自分自身と比較してしまうのだった。

わたし、やっぱり弱かったと思う。一匹狼で突っ張る強さを養うか、群れで生きる楽さを選ぶか・・・・

きっとまいの「魔女修行」はまいの今後の人生の基盤をつくる大切な時間だったのだろう。
物語全体の感想はというと、やや込められたメッセージが弱いように感じた。物語自体が比較的単調に進むので、最後に心を鋭くえぐるような強烈なメッセージが出てくるのではと期待したが、そのまま終わってしまった感じ。
【Amazon.co.jp】「西の魔女が死んだ」

「シーズ・ザ・デイ」鈴木光司

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2年ぶり2回目の読了である。17年前、ヨットで大平洋を横断途中に沈没というアクシデントに見舞われ、それ以来満足の行く人生が送れていなかった主人公の船越達哉(ふなこしたつや)41歳。そこに、沈没したヨットの正確な位置を記した海図をもった女性、稲森裕子(いなもりゆうこ)が現れ、船越はもう一度その夢に再挑戦することとなる。そしてその過程で17年前の沈没の原因が少しずつ明らかになっていく。
ヨットによる航海というあまり馴染みのないものを題材にしながらも、広い海の上で何ヶ月も集団生活を送るという難しさ。大海原に昇る朝日や沈む夕日、著者のリアルな描写によりその困難や魅力は存分に伝わってくる。そしてその魅力を読者に止むことなく伝えながら物語は進み、船越(ふなこし)の生まれる前に失踪した父親と、娘の陽子(ようこ)を絡めて見事に物語は見事に完結される。父と子の辿った運命、沈んだ船にもう一度出会う運命。そんな抗うことのできない強い運命を感じずにはいられない。

その瞬間、ぞくりと背筋に悪寒が走った。直感がもたらされたのだ。文明の利器によって与えられる情報より確かに、彼はこの世にないことを知った。

そして、もちろん本人の意識次第ではあるが、41歳という年齢でここまで青春を謳歌できる船越(ふなこし)とその友人たちの生き方もまた僕の心を強く刺激するのである。久しぶりに余韻に浸れるような本に巡り合えたと言った感じである。
【Amazon.co.jp】「シーズザデイ(上)」「シーズザデイ(下)」

「邪魔」奥田英朗

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第4回大藪春彦賞受賞作品。今回で二回目の読了である。
過去に最愛の妻を事故で亡くした九野薫(くのかおる)は現在警部補として所轄勤務をしている。同僚の花村(はなむら)の素行調査を担当し、逆恨みされる。及川恭子(おいかわきょうこ)はサラリーマンの夫と子供二人と東京郊外の建売住宅に生活している。平凡だが幸福な生活が、夫の勤務先で起きた放火事件を期に揺らぎ始める。
30代半ばという人生の中間地点。それは「もはや人生にやり直しが効かない」という事を少しずつ実感する世代なのか。そんな中で人はどう現実と折り合いをつけて生きてくのだろう。

自分はいつから現実をみないようにしてきたのだろう。心の中にシェルターをこしらえ、そこに逃げ込むようになったのだろう。

現実を直視しないようにすることも幸せに生きる術なのかもしれない。中には、目の前にある幸せに気づずに生きている人もいるのかもしれない。

先月までは何不自由ない暮らしをしていた。家計を助ける程度のパートをして、家で子供や夫の帰りを待っていた。退屈だが特に不満はなかった。それがどこで歯車が狂ったのか。

幸福とはこんなにも儚いものなのか。リアルに描かれるその様子はただただやりきれない。九野薫(くのかお)と及川恭子(おいかわきょうこ)の二人を中心としながらも、いろんな要素を絡めて展開するこの物語には読者を夢中にさせるに十分な力があった。
【Amazon.co.jp】「邪魔(上)」「邪魔(下)」

「神々のプロムナード」鈴木光司

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
妻の深雪(みゆき)と長女の亜美(あみ)を残して松岡邦夫(まつおかくにお)は失踪した。友人の村上史郎(むらかみしろう)は松岡(まつおか)の行方を捜すことになり、次第に宗教組織の存在が明らかになっていく。という物語。
失踪した松岡(まつおか)を捜すというメインのストーリーの過程で、自分の仕事にやり甲斐を感じていない史郎(しろう)や男に頼らないと生きていけない深雪(みゆき)を題材として、人としての生き方や存在意義などにしばしば触れていて、そんなテーマ自体は個人的には好きなのだが、残念ながらそれによってこの物語を通じて著者の訴えたい部分がぼやける印象がある。登場人物の心情を効果的に描いたとは言い難い。全体的にもう一つアクセントが欲しかった。
【Amazon.co.jp】「神々のプロムナード」