「千里眼 ミドリの猿」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
4年ぶり2回目の読了。「千里眼」第1シリーズ第2作である。岬美由紀(みさきみゆき)がODA査察中に戦火に巻き込まれているアフリカの子供を救ったことが、中国の対日感情を悪化させ、開戦の気運を高める。追われる身となった美由紀は、同様に追われている立場で優秀なカウンセラーの嵯峨敏也(さがとしや)と出会う。
第1シリーズ第2作である本作品は、第3作の「千里眼 運命の暗示」とあわせて一つの話を形成している。本作品は「催眠」シリーズと「千里眼」シリーズの世界が交わる作品である。この作品では、美由紀(みゆき)と嵯峨(さが)の周囲の奇妙な出来事の謎を、倉石勝正(くらいしかつまさ)というベテランのカウンセラーを加えた3人で解いていく。
読み進めていくうちに「催眠」というものに対する世間一般的な誤解と、正しい解釈をわずかであるが知ることができるだろう。人を意のままに操るなど不可能ということを繰り返しながら、それを可能にしている陰謀の真相に迫っていく。本作品は次作「千里眼 運命の暗示」の序章といった感じである。


クロム
原子番号24の元素。元素記号はCr。金属としての利用は、光沢があること、固いこと、耐食性があることを利用するクロムめっきとしての用途が大きい。また、鉄とニッケルと10.5%以上のクロムを含む合金(フェロクロム)はステンレス鋼と呼ぶ。
アンチモン
原子番号51の元素。元素記号はSb。アンチモン化合物は古代より顔料(化粧品)として利用され、最古のものでは有史前のアフリカで利用されていた痕跡が残っている。
公安調査庁
破壊活動防止法や無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律に基づき、日本に対する治安・安全保障上の脅威に関する情報収集(諜報活動)を行う組織。
ガムラン
東南アジア・インドネシア・ジャワ島中部の伝統芸能であるカラウィタンで使われる楽器の総称。
ナルコレプシー
日中において場所や状況を選ばず起きる強い眠気の発作を主な症状とする精神疾患(睡眠障害)である。笑う、怒るなどの感情変化が誘因となる情動脱力発作(カタプレキシー)を伴う人が多い。入眠時もしくは起床時の金縛り・幻覚・幻聴の経験がある人も多い。夜間は頻回の中途覚醒や、幻覚や金縛りを体験するなど、むしろ不眠となる。1日の睡眠時間の合計は健常者とほとんど変わらない。
ヒエロニムス・ボス
ルネサンス期のネーデルラント(フランドル)の画家。

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「千里眼 ミッドタウンタワーの迷宮」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
自衛隊の航空祭で最新ヘリが盗まれた。六本木にそびえるミッドタウンタワーには毎晩侵入者が現れる。中国大使館の敷地で企てられた陰謀に岬美由紀(みさきみゆき)が挑む。
今回も話題のオープン間近のミッドタウンを舞台に設定しており、最近の話題や社会問題を物語に取り入れようとしている姿勢が松岡圭祐らしい。山場の一つとなるギャンブルのカードゲーム「愛新覚羅」は物語を盛り上げ、同時に中国の歴史にまで興味を向けさせてくれる。また、そんな知識欲を刺激する内容以外で、本作品の中で印象的だったのが、岬美由紀(みさきみゆき)、雪村藍(ゆきむらあい)、高遠由愛香(たかとおゆめか)という、一見どこにでもいるような女性の仲良し三人組の人間関係についての描写である。

「友人同士らしい、由愛香(ゆめか)はいつも、藍(あい)を見下した態度でからかっている。」
ふたりの関係はその指摘とは逆に見えた。からかっているのはむしろ藍(あい)のほうだ。由愛香(ゆめか)のセレブ気取りを内心で嘲笑している。藍はときおり、その態度をあからさまにちらつかせるが、由愛香(ゆめか)のほうはそれを皮肉と気付かず、ますますのぼせあがるといった図式だ。

高遠由愛香(たかとおゆめか)は精神的に追い詰められて、美由紀(みゆき)に本音をぶつける。

そもそもあなたと付き合っていること時代、わたしにとっちゃ高級車を持ってるのと同じことだったの。クルマなんて走りゃいいけど、だからといって軽自動車じゃ世の中になめられるでしょ。岬美由紀(みさきみゆき)と友人だってうそぶいて、ずいぶん社交や取引で役に立ったわ。でも本心ではあなたって人、嫌い。

人間関係は必ず双方によってなんらかのメリットがあってこそ成り立つもの。それは僕自身が常々思っていることであるが、世間の人は「無償の愛」が存在すると考えたがり(もちろん「無償」が「金銭的のやり取りのない」を意味するのであればそれは存在するのだが)、この事実を認めたがらないようだ。本作品では美由紀(みゆき)の友人である高遠由愛香(たかとおゆめか)がそれをはっきりと表現しており、もちろんそれは世間一般的には受け入れられ難い行動なのだろうが、僕はその潔さは逆に良い印象を受けた。


光岡自動車
富山県に本拠地を持つ、日本第10番目の自動車メーカー。
ウィーン条約
ウィーン条約と呼ばれているものは多いが、国際法上最も重要かつ基本的なものが「外交関係に関するウィーン条約」である。1961年にウィーンで開かれた外交関係会議で採択された多国間条約で、53条から成り、外交関係の開設、外交使節団の派遣と接受、外交特権や免除など外交に関する諸問題を規定。外交特権では公館や公文書の不可侵や、外交官がいかなる方法でも抑留、拘禁されないことなどを定めている。
セルフ・ハンディキャッピング
失敗したときにその原因が自分の能力や意欲にあることがはっきりすると自尊心が傷ついてしまう。それを避けるために、あらかじめ自分自身にハンディキャップをつけて自尊心を守ること。

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「幽霊人命救助隊」高野和明

オススメ度 ★★★★★ 5/5
受験に失敗して首吊り自殺を図った主人公の高岡裕一(たかおかゆういち)は、現世と天国の間で、同じく自殺を図って天国に行きそびれた3人の男女に出会う。4人は神と名乗る老人から、天国に行くための条件として、100人の自殺志願者の命を救うことを命令される。
この現実離れした設定から、正直あまり期待していなかったのだが、その内容は期待を大きく裏切るすばらしいものだった。
物語は裕一(ゆういち)を含む4人の幽霊が、自殺志願者達の悩みを知り、自殺に向いたその心を救う。ということを繰り返すのだが、裕一(ゆういち)達は幽霊となって現世に降りたために、自殺志願者に直接触れることはできない、その代わりに、自殺志願者の考えていることを理解し、彼等の心に直接訴えることができる。
彼等の救助劇を目の当たりにする過程で、人が持つ悩みの数々に触れることが出来る。悲観的だからこそ、悩む必要のないことで悩む人。法律に無知だからこそ救われる手段があるのに追い詰められる人。完璧を求めるがゆえに他人を信じられない人。そして同時に、人を自殺に追い込む一つの原因として、責任感の強い者が損をする、日本の社会の不平等さを訴えている。

この国には一億二千万人もの人々が生活しているのに、どうして孤独というものがあるんだろう
多種多様に見える悩みの中の共通点。他人から見れば「どうしてそんなことで」と言いたくなるような苦悩が多いのである。不確定なはずの未来を、不必要に怖れていると言ってもいい。悲観的に見える将来は、同時に好転する可能性をも秘めていることに本人は気づいていないらしい。
人間は白でも黒でもない、灰色の多面体なのよ。人間だけじゃない。すべての物事には中間があるの。不安定で嫌かもしれないけど見つめなさい。いい人でもあり悪い人でもあるあなたの友達を。やさしくて意地悪な、あなた自身を

また、死ぬことを美とする日本の文化にも疑問を投げかけている。

人は皆、いのちを投げ出すという行為に崇高さを感じ取ってしまう。特に日本には、切腹した武士とか戦争中の特攻隊の話が語り継がれて、何かあれば死ねばいいという危うい風潮ができあがってしまっている。たとえ歴史に名を残さなくとも、何があっても生き延びる人間のほうが崇高なはずなのに。

そして、裕一たちは、そんな自殺志願者たちの救助作業を繰り返すうちに、「死」というものが決して美しくないこと、自分たちが大切な命を粗末にしたことに気付く。裕一(ゆういち)が、遺された自分の家族の心に触れるラストは涙無しでは読めないだろう。以前から、自殺という人間の心理に興味を持っていた僕にとっては非常に満足の行く作品であった。


傷痍軍人
戦傷を負った軍人のこと。
ウェルテル効果
一般的に知名度があるカリスマ的存在の人間が自殺すると、連鎖的に自殺が増えてしまう現象を指す。連鎖自殺、誘発効果、ドミノ連鎖とも言う。
任意整理
裁判所などの公的機関を利用せず、司法書士などの専門家が私的に債権者と話し合いをして、借金の減額や利息の一部カット、返済方法などを決め、和解を求めていく手続のこと。
オルグ
organizeまたはorganizerの略で、(特に左派系の)組織を作ったり拡大したりすること。組織への勧誘行為。および、それをする人のこと。
傅く(かしずく)
人に仕えて大事に世話をすること。
参考サイト
自殺(Wikipedia)

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「プラスティック」井上夢人

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
第二グリーンハイツで殺人事件が起きた。物語はその事件に関連する出来事を、5人の男女がそれぞれの視点からワープロで綴る。
井上夢人が新たなミステリーの手法に挑戦した物語といった印象を受ける。ミステリーを読み慣れている読者は恐らく半分も読まずに、物語を包み込んでいる謎の正体に気付くことだろう。そして、ありふれたその題材に対して、作者がどうやってこの物語を終わらせるか、というところに興味を抱くのかもしれない。
ある程度実績を積んだ作家にしばしば見られる実験的手法の物語。同様に実験的手法を用いた物語で思い浮かぶものといえば、恩田陸の「三月は深き紅の淵を」、桐野夏生の「グロテスク」、宮部みゆきの「長い長い殺人」などがあるが、未だその特異な手法で物語を何倍も面白くした作品に出会ったことはない。
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「交渉人」五十嵐貴久

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
三人組のコンビニ強盗が総合病院に人質をとって立てこもった。交渉人の石田修平(いしだしゅうへい)警視正が現場に到着するまでの間、遠野麻衣子(とおのまいこ)は現場を守る任務に就く。
海外では一般的となりつつあり、日本でも「踊る大捜査線」のシリーズ「交渉人 真下正義」などによって認知されつつある交渉人という職業。この物語では交渉人の第一人者とされる石田修平(いしだしゅうへい)が犯人との巧みな交渉を中心に展開されていく。

ネゴシエーターにとって一番重要なことは、喋らないということなんです。自分は話さずに、相手の話を聞く。それがすべてだ。

仕事でもプライベートでも、社会は人間関係を無視して生きることなどできない。多くの読者は物語中で展開する交渉術を自身の淀みない人間関係を構築するために役立てたいと思うことだろう。
また、捜査の合間に触れている警察の最新技術もまた非常に興味を掻き立てられる。

昔ならともかく、今はいちいち警察の担当者が番号を書き写したりはしない。並べた札をビデオカメラで撮影しておけば後は警視庁装備課の画像解析機で紙幣の番号を読み取ることが出来る。さらに警察はすべての札に特殊塗料を塗布していた。一定時間以上が経過すると札の表面に模様が浮き出すため、使用することは不可能になる。

圧倒的なスピード感、一切中だるみすることなく終わりまで完結する作品である。そして、スピード感だけでなく現代社会を蝕み見過ごされている大きな問題もしっかりと物語中に取り入れているところを評価したい。


医療過誤
医療に関わる場所で発生する人身事故を医療事故という。そのうち人為的ミスに起因し、医療従事者が注意を払い対策を講じていれば防げるケースを医療過誤という。病院側が素直に過失を認めることは少なく、被害者が病院側に謝罪・賠償を求めるには、告訴(医療過誤訴訟)するしかないのが現状。原告の主張が認められた割合は一般的な民事訴訟の約3分の1。一審が終わるまで最低5年かかるという。当然、弁護士費用もかかる
心筋炎
心臓の筋肉(心筋)に主にウイルスが感染し炎症がおこり心筋自体の破壊が生じて、結果として心臓の収縮機能を低下させる疾患。
返報性の原理
人間が何か人からもらったり、手伝ってもらった際に自然と感じてしまう「お礼をしなくては」心理のこと。
ドア・イン・ザ・フェイス
初めに誰もが拒否するような負担の大きな要請し、一度断らせる。その後に、それよりも負担の小さい要請をすると、それが受け入れられやすくなるというもの。
フット・イン・ザ・ドア
初めに小さいお願い事を受け入れてもらうことで、次に大きなお願い事を受け入れてもらいやすくする方法。販売活動でよく使われる技術で、販売員は、商品を購入する気持ちのない主婦に、最初は「あいさつ だけでも・・・」と玄関に入れてもらえるように頼む。あいさつを受け入れれば(小さな承諾)、 次の機会に商品購入の同意(大きな承諾)が得られやすくなる。

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「千里眼の水晶体」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
旧日本軍の生物化学兵器、冠摩(かんま)が温暖化によって猛威を振るいだした。岬美由紀(みさきみゆき)の友人、雪村藍(ゆきむらあい)もそのウイルスに感染され命の危険にさらされる。
地球温暖化と極度の潔癖症という現代の社会が生む問題を重要な鍵として物語を展開している。

「最近じゃ東北地方も含めて真夏には四十度前後に達する地域も増えた。水温が上がって水蒸気となる回数の寮が増え、スコールを思わせる豪雨が降って洪水を引き起こす。このところ上野公園ではジャージャーというクマゼミの鳴き声が聞こえるが、ああいう南方原産の虫も、以前なら関東で生きられるはずはなかった」
「八王子の高尾山にもツマグロヒョウモンという蝶が飛んでいる。熱帯魚のクマノミは本州では産卵しないと言われていたが、いまでは相模湾で繁殖している」

悪意と罪に対する社会の対処の仕方について深く考えさせられる。物語中では小さな悪意が結果的に、ウイルスを広めて人々を恐怖に追いやることとなるのだが、小さな悪意が、その人の思惑以上に多くの人に被害を与える結果になった場合、その罪と責任はどこにあるべきなのだろうか。

本当に不幸なのは誰なのか知ってんの?わたしがどれだけ孤独な人生を歩んできたか、知りもしないくせに。

世の中の多くの犯罪者は、現代の社会が生み出した犠牲者なのである。しかし、昨今増え続ける凶悪犯罪に対して、その犯罪者を裁判にかけて、被害者と世間を納得させるだけ。決して凶悪犯罪が減っているとは思えない。本当に目を向けるべき場所は他にあるのだということをみんな気付いているはずだ。
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「幻夜」東野圭吾

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
阪神淡路大震災の混乱の中、主人公の雅也は、地震で両親を亡くして天涯孤独となった新海美冬(しんかいみふゆ)と出会う。二人は協力して平成不況の世の中を生き抜いていく。
この作品は昨年ドラマにもなった「白夜行」の続編とされている。「白夜行」の登場人物であった雪穂(ゆきほ)と亮司(りょうじ)のような、その善悪は別として、法律や世間の常識に対して決して揺らぐことのない強い生き方に触れたくて手に取った。その期待にはしっかりと応えてくれた言えるだろう。
物語の展開のみを頼りにし、舞台や題材は想像で補うことの多い東野圭吾にしては珍しく、物語の舞台となる時代や、鍵となる細かい題材が現実に基づいており、展開以外にも今まで知らなかった世の中の一面を僕に見せてくれた。

父の自殺を予期しながら考えまいとしていた、というのは正確ではなかった。自殺の気配に気付かない演技をしていた、というのが正しい。父の生命保険のことも知っていた。だから首を吊っている父を見た時の最も正直な気持ちは、これで助かった、というものだった。

平成不況の中、その大きな影響を受ける町工場で働く人たちの気持ちや、美しくなることにこだわリ続ける女性は、現代の社会の病を象徴しているようだ。
「白夜行」の続編ではありながらも一つの作品としてしっかりと成立しており、「白夜行」を知らなくても十分楽しめるが、「白夜行」の読者であれば読み進めるににしたがってその関連に気付くことだろう。
人以上に不幸な境遇に育ったからこそ、人以上に幸せ求める。そんな彼らの行き着いた先は他人を蹴落としてでも幸せになろうという生き方。富と美しさを手に入れても決して人に心を開くことのできない生き方はやはり悲しいくつらい生き方でしかない。世間で言われる幸せの大きな要素、富と美しさ。それは本当に必要なものだろうか。そんな問いかけこそがこのシリーズで東野圭吾が伝えたいテーマなのかもしれない。


日本遊戯銃協同組合
エアソフトガン、モデルガンなどの遊戯銃(トイガン)の改造防止などを図ることにより遊戯銃の安全対策の確立に努めるとともに、組合員の取り扱う遊戯銃の適正な使用方法に関する啓蒙、普及を図る団体。

【Amazon.co.jp】「幻夜」

「真夜中のマーチ」奥田英朗

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
横山健司(よこやまけんじ)は仕込んだパーティで三田総一郎(みたそういちろう)と出会う。さらに、ひょんなことから二人でヤクザの金を盗もうとして黒川千恵(くろかわちえ)と出会う。ヨコケン、ミタゾウ、クロチェの3人は一つの計画のために協力することとなる。
読みやすさを維持しながら登場人物と共に。読者を混乱の渦中にひきこんで行くテンポのよさは、著者の別の作品「最悪」に似たものがある。特に深い知識や思想を得られるわけではないが、もやもやしたものを吹き飛ばすエネルギーをもった作品である。
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「千里眼 ファントム・クォーター」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
日本企業の株価が一斉に値を下げ、岬美由紀(みさきみゆき)の元には航空自衛隊の幹部から、「目に見えないミサイルが日本を狙っている」という情報が入る。そんな中で美由紀(みゆき)は拉致され、奇妙な街、ファントムクォーターへ送り込まれる。
ワンセグやHDDレコーダーなど最新機器をトリックに取り入れており、それ以外にも多くの物事に興味を引き起こす要素に事欠かない。そしてラストは目に見えないトマホークを防ぐために美由紀が奔走する。前シリーズに比べやや大人しい印象を受けたのは前作と変わらないが、そんな中、早くも話の展開に現実離れした感覚を覚えた。


トマホーク
水上艦艇や潜水艦から発射可能な長距離巡航ミサイル。有人攻撃・爆撃機を危険にさらすことなく、敵地深くの戦略目標に攻撃を行う精密誘導陸上攻撃兵器。速度は最大でマッハ0.75と、ロケット推進のミサイルマッハ2以上で飛行するのに比べて遅いが射程は1000kmを超える。小型で、低空を飛行するため、戦闘機や地対空ミサイルで迎撃するのは難しい。
マトリョーシカ
ロシアの代表的な民芸品の一つ。木製の人形で、胴の部分で上下に二分され中から同形の小さな人形がいくつも出てくる入れ子式の構造になっている。この構造から子孫繁栄や開運の象徴として親しまれている。名前の由来はロシア女性の名前、マトリョーニャから。

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「影踏み」横山秀夫

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
主人公の真壁修一(まかべしゅういち)はノビカベと呼ばれる泥棒。15年前に焼死した双子の弟の啓二(けいじ)の魂と共に生きている。二年前に逮捕された真壁が、出所してからの出来事を7編収録してある。
真壁(まかべ)の耳に響く啓二(けいじ)の声が物語を面白くさせている。泥棒という視点も勿論面白いが、双子という視点からの独特な考え方もまた興味をそそる。そしてその人間関係の中に、啓二と真壁の二人が愛した女性、久子(ひさこ)が絡んでくる。

双子というものは、互いの影を踏み合うようにして生きているところがある。真壁(まかべ)が自分ならそうするであろうと思うことは即ち、啓二(けいじ)がそうする確率が極めて高いことを意味していた。

泥棒同士の人間関係、刑事との駆け引き。「第三の時効」に登場する刑事たちが見せたような、鋭い観察力を持つ男を、今回は泥棒である真壁が務める。ただ、「泥棒」という題材のせいか、やはり現実から程遠い感じは否めない。とはいえ実生活の中で、経験やメディアを通じてもまず触れることのない世界を見せてくれるという点では秀作と言えるだろう。


ニコイチ
2台のクルマを各々の使用できる部分を利用して1台のクルマにする修理方法

【Amazon.co.jp】「影踏み」

「千里眼 TheStart」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
小学館文庫で刊行されていた千里眼シリーズの続編という位置づけではなく、新たなシリーズとなっている。過去十二作を刊行する際に7年の月日が経ち、その間、心理学の分野にも考え方もまた少し変わってきたことがその理由であると。著者の松岡圭祐があとがきで書いている。
物語は主人公の岬美由紀(みさきみゆき)が自衛隊を除隊して、臨床心理士を目指すところから始まる。飛行機の墜落をもくろむ犯人の計画を防ぐことがメインとなって展開し、美由紀の恋愛にまで触れるところが今回は新鮮である。また航空機の構造やそれを墜落させる難しさに触れているが、基本的には心理学に関する内容が多い。
松岡圭祐が本作品のあとがきで書いているように、前シリーズよりも真実に近い形にすることを重視したせいか、少し大人しい印象も受ける。とはいえ前シリーズはやや行き過ぎな印象もかなり多くそのたびに興ざめすることもあったのでこれからの展開に期待したいところである。岬美由紀(みさきみゆき)の知識や頭の回転の速さは前シリーズと変わらず大きな刺激を与えてくれることだろう。(もちろん空想の人物であるがゆえにできることではあるのだが)


意味飽和
同一の単語を繰り返し見たり読んだりしているとき、一時的にその言葉の意味が曖昧になったり思い出せなくなったりする現象。
適応機制
緊張や不安などの不快な感情をやわらげ、心理的な安定を保とうとする働き。適応機制の種類にはつぎのようなものがある。
 代償・・・欲求が満たされないとき、似通った別のもので満足しようとする機制
 同一化・・自分にない名声や権威に近づくことによって、自らの価値を高めようとする機制
 合理化・・もっともらしい理由をつけて、自分を正当化しようとする機制
 逃避・・・直面している苦しく辛い現実から逃避することにより安定を求める機制
 抑圧・・・実現困難な欲求を心の中におさえこんでしまう機制
 退行・・・耐え難い事態に直面したとき、発達の未熟な段階にあともどりして自分を守ろうとする機制
 攻撃・・・他人や物を傷つけるなどして、欲求不満を解消しようとする機制

【Amazon.co.jp】「千里眼 TheStart」

「バリアセグメント 水の通う回路[完全版]」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
ゲームメーカーフォレストの人気ゲームである「シティ・エクスパンダー4」をプレーした小学生が、黒いコートの男の幻覚を見るという事件が全国に拡大した。フォレストの社長である桐生直人(きりゅうなおと)を含めた各分野の専門家たちが真相解明へと動き出す。
物語は2001年に発刊された「バグ」の改訂版である。かなりの部分に加筆されているとは言え、一度「バグ」を読んでいる人にはある程度展開に予想がつくかもしれない。
音声認識アプリケーション、ポリゴン、テクスチャーなど、最先端ではないが、CG技術の発展したゲーム業界で用いられる言葉を多く物語中に取り入れて展開していく。個人的にはゲームプログラマーが音声認識アプリケーションなど使うのかという疑問はあるのだが、それ以外にも「2ちゃんねる」ならぬ「Nちゃんねる」、「ミクシィ」ならぬ「メクシィ」、ライブドア粉飾決算などニュースをいち早く物語の中に取り入れるあたりはさすが松岡圭祐という印象を受けた。
ゲームの中で「死」という表現を用いないことをポリシーとする桐生直人(きりゅうなおと)とそれに対する意見も興味深く、また一つ僕の中にテーマを植えつけてくれた。

死という概念がない世界では、人間はどうなると思うかね?釣り人が釣った魚をまた川に逃がすことでヒューマニストをきどったりするが、私にいわせればそのほうが残酷趣味だよ。逃がされた魚はまた釣られる運命にある。一生、人間さまにもてあそばれる

最終的には「水の通う回路」という言葉についても理解できることだろう。ただ、松岡作品に時々感じられる「突飛すぎる展開」をこの作品でも感じてしまった。数年前に「バグ」を読んでおり、そのときもやや強引な印象を受け、今回大幅に加筆されたというのでその辺りの改善を期待していたのだが、相変わらずやや強引な印象を受けた。


光感受性発作
光源癇癪ともいい、通常、大脳の異常から、激しく点滅する光の刺激を受けると、痙攣などの発作が誘発される癇癪とされ、テレビ画面などの閃光や点滅(1秒間に10回程度点滅する赤い光のような強い刺激)を直視すると既往歴のない人でも発作が起こる「光感受性反応」(PPS)が原因で、4000人に1人に発祥する。
トリクロロエチレン
無色透明の液体でクロロホルムに似た匂いを有し、揮発性、不燃性、水に難溶。ドライクリーニングのシミ抜き、金属・機械等の脱脂洗浄剤等に使われるなど洗浄剤・溶剤として優れている反面、環境中に排出されても安定で、地下水汚染の原因物質となっている。
アタリショック
ゲームソフトの供給過剰や粗製濫造により、ユーザーがゲームに対する興味を急速に失い、市場需要および市場規模が急激に縮退する現象を指す。
マキャベリスト
目的達成のために手段を選ばない人のこと。15世紀末から16世紀初頭に活躍したイタリアの外交官マキャベリが「君主論」の中で述べた政治思想。
サージ
短い時間、過電圧の状態になること。

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「ハサミ男」殊能将之

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第13回メフィスト賞受賞作品。すでに3人の少女を殺害し、殺人の際には研ぎ上げたハサミを被害者の首に突き刺すハサミ男である主人公の「わたし」。3人目の獲物を求めて歩き回が、ハサミ男の模倣犯が現れてしまう。
「わたし」は妄想癖を持っているため常に博識な「医師」と呼ばれる想像上の人との会話を繰り返す。その博識ぶりはや考えの斬新さは、物語の展開以外の刺激を与えてくれる。

自殺未遂者が嫌われる理由はふたつある。ひとつは、自殺未遂によって他人を支配しようとするからだ。別れるくらいなら死んでやる、とか叫んで、剃刀で手首を切って見せるやつが典型的な例だね。わたしは自殺という普通の人間にはできない行為を試みた。ゆえに他人はわたしの言うことを聞かなければならない。そんな馬鹿げた論理を押しつけようとする

加えて、事件の真相を追うフリーライターやハサミ男を追う警察関係者達の会話も面白い。

高校生の男の子が年上の女性と何人もつきあったら、かっこいい、あいつもやるなあ、って言われるのに、女の子だといきなりインランだもの。やってることは、なんにも変わらないのにね
犯罪を犯す「普通の動機」なんて、本当にあるのだろうか。それに、保険金殺人は納得できるが、快楽作人は納得できないというのも妙な話です。まるで、金のためなら人を殺してもしかたがない、と言っているみたいだ

物語は、警察関係者目線、「わたし」目線を交互に繰り返していく、読者の誰もが終盤には「わたし」に一杯くわされることだろう。
この手の手法を用いる作品は、この状況を作り出すために、話の展開だけに重点を置きすぎて、心理描写などが薄くなりがちだが、この作品はそんなことがなかった。ただ、唯一この物語のために作られた「偶然」は、あまりにも確率の低いもので、「作られた物語」という感覚は読んでいる最中に常に付きまとわれてしまった。
また、妄想癖と自殺願望を持つ「わたし」を主人公にした以上、そのような心理を持った原因などにも少し言及して欲しかった。


ポルシチ
ウクライナからロシアに入った色に特長のあるスープの一種。スビヨークラ(赤い砂糖大根)が入っている。
バゲット
フランスパンの一種で、細長い形をしたパンのこと。バゲットはフランス語で杖や棒という意味。
ハインリヒ・ハイネ
ドイツの著名な詩人、作家、ジャーナリスト。1797年12月13日-1856年2月17日

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「龍は眠る」宮部みゆき

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第45回日本推理作家協会賞受賞作品。10年ぶり2回目の読了である。
雑誌記者の高坂昭吾(こうさかしょうご)は、車で東京に向かう途中で、自転車をパンクさせ立ち往生していた高校生の少年、稲村慎司(いなむらしんじ)を拾った。これが高坂(こうさか)と超能力者との出会いであり、不思議な体験の始まりであった。
宮部みゆきの初期の作品には超能力者が多く登場する。「魔術はささやく」「蒲生邸事件」「クロスファイア」などがそれである。超能力者を描いた作品と言えば筒井康隆の七瀬が印象に残っているが、宮部みゆきの描く超能力者の物語もまた例外なく面白い。この物語に登場するのは二人のサイコメトラーである。
稲村慎司(いなむらしんじ)は超能力を持ったからこそ他の人にはできない何かをしなければいけないと考え、さらに優れた超能力を持った織田直也(おだなおや)は超能力を持ってしまったからこそ人生を狂わされ、その力を隠して普通の人間として生きようとする。そんな二人の過去の経験がリアルに描かれているためどちらの考え方にも共感できることだろう。二人の周囲の人間の考え方もまた印象的である。
稲村慎司(いなむらしんじ)の父親は言う。

信じる、信じないの問題ではなのですよ。私と家内にとっては、それがそこにあるんです

織田直也(おだなおや)の友人で幼い頃に声を失った女性は言う。

わたしみたいに、あったはずの能力が消えてしまったからじゃなくて、余計な能力があるから、あの人は苦労しているんです

物語展開の面白さ以外にも随所に宮部みゆきらしい心に突き刺さる表現が見られる。

男でも女でも、傷ついて優しくなるタイプと、残酷になるタイプとがいるそうだ。おまえは前の方だ
信じてやりたい、などと逃げてはいけない。そんなふうに思うのは、彼らに本当に騙されていた場合、自分に言い訳したいからです。それでは駄目だ。信じるか、信じないか、あるいはまったくデータを集めるだけの機械になりきって、すべての予断や感情移入を捨てるか、どれかに徹することです

人間としての心構えまで教えてもらっているようだ。

すぐうしろに立っている主婦が、怪しまれずに姑を殺してしまうにはどうしたらいいかしきりと考えている−−その人たちを追いかけていって、そんな恐ろしいことはやめなさいって言ったところで、どうにもならないでしょ?黙って見過ごすしかなかったんです。それだけだって、死ぬほど辛いことだった

過去アニメやドラマなどで数多くの超能力者が描かれてきた。それらを目にして、誰でも一度は超能力というものに憧れを持ったことだろう。しかし本作品を読めば、それが決して羨ましいものではないことがわかるはずだ。10年ほど前、この作品で宮部みゆきに初めて触れた。今思うと、これが僕を読書の世界へ引き込んだきっかけだったかもしれない。
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「グロテスク」桐野夏生

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
第31回泉鏡花文学賞受賞作品。スイス人と日本人の間に生まれたハーフである主人公の「わたし」。妹のユリコと高校時代の同級生の和恵(かずえ)が殺されたことで、「わたし」の手記として物語は進む。
「わたし」は悪魔的な美貌を持つユリコという妹を持ってしまったがために常に比較されて育ち、その過程で世の中に対して普通とは異なる見方をするようになった。

努力を信じる種族は、なぜにこうも、楽しいことを先へ先へと延ばすのでしょう。手遅れかもしれないのに。そして、どうして他人の言葉をいとも簡単に信じてしまうのでしょう。
自分を知らない女は、他人の価値観を鏡にして生きるしかないのです。でも、世間に自分を合わせることなんて、到底できるものではありません。いずれ壊れるに決まってるじゃないですか。

「わたし」の考え方は僕自身の考え方とかぶる部分もあり、とりたてて新しいものではないが、ここまではっきり文章として表現してもらうと爽快である。
娼婦に走った和恵やユリコの考え方もまた新鮮であるが、僕にとっては殺人犯とされた中国人張万力(チャンワンリー)の手記が印象的である。文化の違いがここまで人生をどれほど不公平にさせるかそれを強く感じることだろう。

中国人は生まれた場所によって運命が決まる。よく言われる言葉ですが、私はその通りだと思います。

張(チャン)の手記の中には四川省の山奥で育ち、富を求めて都市に出て、そして日本へ向かう過程が描かれている。日本という豊かな国に生きていれば決して知ることのできない現実である。著者の意図とは違うと思うが、この部分が僕にとって最も大きな収穫となった。
物語全体は「わたし」目線で進むため、すべての努力を否定するような内容ではあるが、そんな考え自体は嫌いではない。ただ「手記」であることを強調したいのか、余計な記述が多く物語の展開のじれったさを感じてしまう作品ではあった。
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「博士の愛した数式」小川洋子

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第55回読売文学小説賞受賞作品。第1回本屋大賞受賞作品。
家政婦を務める主人公は、家政婦紹介組合からの紹介でとある男性の世話をすることになった。その男性はその男性は数学の博士で、交通事故により80分間しか記憶を保持することができない。博士と主人公の私、そしてその息子のルート、3人の不思議な物語である。
素数、友愛数、完全数など昔習ったような記憶を持ちながらも忘れてしまった数学の言葉が多々出てくる。この物語は理系の人間が読むか、文型の人間が読むかで大きく印象が異なるかもしれない。また、80分しか記憶が持たない人間がどのような気持ちになるのか物語を読み進めるうちに考えることだろう。たった80分間のために何かを学ぼうと思うだろうか、向上心がわくだろうか。人と会話をしようと思うだろうか、と。普段考えないことを考えさせてくれる作品ではあったが、この物語が世間で受けている評価ほどすばらしい作品とは思えなかった。
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「バトル・ロワイアル」高見広春

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
映画を先に見ているので「殺し合い」という物語に抵抗があったのだが、あるところで「読まず嫌いが多いが、いつの時代にも読みつがれる青春小説」という書評を目にして手にとった。西暦1997年、東洋の全体主義国歌、大東和共和国。城岩中学3年B組の生徒42人は、修学旅行バスごと無人の島へと拉致され、政府主催の殺人実験を強制される。
「相手を殺さないと生き残れない」という現実の中で、42人が様々な生き方を見せる。誰も信用しない者、生き残ることを諦めて信念を貫く者、欲望に走る者、人を信じて助かる道を探る者。読者は42人のいずれかに自分を重ねることだろう。個人的には桐山和雄(きりやまかずお)と杉村弘樹(すぎむらひろき)の生き方に共感した。僕も同じ立場に立たされたならこの2人のどちらかの生き方をすることだろう。桐山(きりやま)の言葉が印象的だ。

俺には、時々、何が正しいのかよくわからなくなるよ

他にも死という現実に直面した生徒達の、恐怖、欲望、友情、愛情など多くの感情の間で揺れ動く感情が緻密に描かれている。この心情描写こそがこの作品の最大の見所なのだろう。映画ではただの「殺し合い」で終わってしまったが、小説ではこの心情描写が救いである。

いつの場合でもそうだが、善人が救われるかっていうとそうじゃない、調子のいいやつの方がうまくやっていくもんだ。でも、誰に認められなくても失敗しても、自分の良心をきちんと保っているやつっていうのは偉いよ。

全体的には、もう少し現実の世界と繋げて欲しいと言う感想を持った。というのも、舞台は香川県の瀬戸内海に浮かぶ島で明らかに日本を題材にしているが物語中では大東和共和国という空想の世界である。殺人実験が行われる物語としては山田悠介の「スイッチを押すとき」が思い浮かぶが、あの物語のように未来の話という設定にして何故このような殺人実験が行われているのかをもう少し説得力を持たせて描けたらもっと評価ができる気がした。また生徒達が、人によっては専門分野に対して豊富な知識を持っており、また恋愛に対しても一貫した考え方を持っている人もいることから中学3年生という年齢設定に違和感を感じた。高校生もしくは大学生という設定であればもう少し受け入れやすかった気がする。
最終的に「人を信じることの難しさ」「信念を貫くために真実を知ることの大切さ」を問題として投げかけられた気がした。作者自信が何を意図してこの作品を描いたのかは分からないが、文庫本上下2冊に渡って42人の生徒が一人一人死んでいく様を詳細に描かないと、著者の訴えたいことを描くことはできなかったのだろうか。


マリーセレスト号
1972年11月5日ニューヨークからイタリアに向けて出港した船。12月5日に大西洋を無人で漂流しているのを発見されたときには、マリー・セレスト号の船長室の朝食は食べかけのままで暖かく、コーヒーは、まだ湯気を立っていた。
バードコール
鳥の声を真似た音を出して、野生の鳥たちを誘い出す道具。

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「ループ」鈴木光司

オススメ度 ★★★★★ 5/5
6年ぶり2回目の読了である。科学者の父親と穏和な母親に育てられた医学生の主人公の馨(かおる)。父親が新種のガンウィルスに侵され発病したことで馨(かおる)は、ガンウィルスの原因を探ろうとする。
本作品は「リング」「らせん」」を読んでこそ最大限に楽しめるが。「リング」「らせん」の続編というよりも、もう一つの物語という位置づけである。
前作「らせん」に引き続き、理系的な視点で物語は進む。物語の舞台は2040年頃の未来に設定されており、技術の発展や進化論における新たな発見を前提としているようだ。コンピュータの中の仮想空間の存在に触れており、読者は自身の存在や世界の存在に疑問を感じることだろう。現実とは一体なんなのだ。風景とは一体なんなのだ。音とは一体なんなのだ。そういう感覚を与えられているだけかもしれない。自分がコンピューターの中のシミュレーションによって生まれた存在と言われてもそれを否定する証拠はこの世界で生きている限り見つからないのである。

特に科学の得意な子供でなくても、一度ぐらいはこんなふうに想像を働かせたことがあるんじゃないか。物質の基本である原子の構造が、太陽系のモデルとそっくりであることから、原始や素粒子もまたひとつの宇宙を形づくっているのであり、その小さな世界にも我々と同じような生命が住んでいるのではないかと。

前作「らせん」で多くの読者が感じたであろう違和感を見事に払拭してくれる作品であった。小説という伝達手段の特長を巧に利用したこの物語は、読者に強烈な驚きを与えるに違いない。そしてその手段こそが、「最高傑作」と言われながら映像化されることのない理由と言えるだろう。これだけの傑作でありながら、題材が理系に偏りすぎているため万人に受け入れられるかどうかは懸念されるところである。


重力異常
重力の実測値とその緯度の標準重力の差のこと。
有性生殖
親個体の雌雄生殖細胞の融合によって,遺伝的に多様な新個体が形成される。
無性生殖
親個体の一部の体細胞から,遺伝的に同じ新個体が形成される。
ニュートリノ
1933年にパウリによって理論的に存在を予言され、26年後に実験で確認された電気的に中性(電荷ゼロ)で、重さ(質量)がほとんどゼロの粒子のこと。他の粒子との相互作用が弱く、物質を素通りするため、宇宙のはるか彼方や太陽の中心部で発生したニュートリノは、そのまま地球にやってくる。そのため、観測が非常に難しく、実際には塩素やガリウム、水素などの原子核に衝突したときにごくまれに起こる逆ベータ反応などにより検出する。

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「らせん」鈴木光司

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第17回吉川英治文学新人賞受賞作品。10年ぶり2回目の読了である。
幼い息子を海で亡くした監察医の安藤満男(あんどうみつお)は謎の死をとげた友人、高山竜司(たかやまりゅうじ)の解剖を担当する。冠動脈から正体不明の肉腫が発見されたことで、その原因に興味を抱くことになる。
この物語はもちろん前作「リング」を読んでこそ楽しむことができる。「リング」と比較すると読者に恐怖心与える箇所は少ないだろう。DNA、塩基配列など瀬名英明の「パラサイト・イヴ」と似た理系的な物語の印象を受ける。未だ解明できていない科学的な分野を巧妙に利用し、非現実的な出来事を説明しながら展開していく。

現代の科学では根本的な問いには何ひとつ答えることはできないんだ。地球上に最初の生命がどのようにして誕生したのか、進化はどのようにしてなされるのか、進化は偶然の連続なのかそれとも目的論的に方向が定まっているのか・・・様々な説はあれども何ひとつ証明はされていない。

ストレスが胃壁に穴を開ける例などを挙げて、質量を持たない心の状態が肉体に様々な影響を与えるという前提で物語は構築されている。

人間の眼は恐ろしく複雑なメカニズムを持っている。偶然、皮膚の一部が角膜や瞳孔へと変化し、眼球から視神経が脳に延び、見ることになったとは到底考えられない。見たいという意思が生命の内部から浮上してこなければ、ああいった複雑なメカニズムなど形成されるはずがない。

一部の展開には「そうかもしれない」と受け入れられ、人間の新たな可能性に心を刺激されるが、一部では大胆すぎる発想に受け入れ難い箇所もあった。そして、「リング」で作り上げられた山村貞子(やまむらさだこ)の崇高な印象も本作によって大きく修正せざるを得なくなる。「リング」との繋がりに対しても違和感を感じずにはいられない。
また、本作品からは「リング」のようなテンポの良さは感じられない。著者があとがきでも「これほど苦労した作品はない」と書いているが、読んでいても感じられる。それは無駄に長く、受け入れ難い展開として読者に伝わってしまうだろう。
終盤は話を大きくしすぎて「なんでもあり」のような印象を受ける。それによって前作「リング」と本作の途中まで読者に抱かせていた「どこかで現実に起こっているかもしれない」という気持ちから来る恐怖心があっけなく壊されてしまっている点が非常に残念で、本作品の評価を落としている気がする。もちろん、現在の僕にはこの不満が「ループ」によって見事に払拭されることを知っているのであるが、「リング」「らせん」と読み終えた読者の多くは同じような感想を抱くことだろう。
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「夜のピクニック」恩田陸

オススメ度 ★★★★★ 5/5
第26回吉川英治文学新人賞受賞作品。第2回本屋大賞受賞作品。
高校生活最後を飾る「歩行祭」。それは全校生徒が夜を徹して80キロ歩き通すという、北高の伝統の行事である。互いに意識し合う西脇融(にしわきとおる)と甲田貴子(こうだたかこ)の2人も各々いろいろな想いを抱えながら高校最後の「歩行祭」がスタートする。
物語の視点は融(とおる)と貴子(たかこ)に交互に切り替わる。それぞれの目に映るもの、記憶、友人達との会話、気持ちの描写だけで物語は展開されていく。
スタートしたばかりの前半は余裕から会話も弾む。転校していった友達の話。学校内で広がっている噂話。友人の恋愛の話。そして、そんな中で3年生である融(とおる)や貴子(たかこ)は歩行祭が人生で得難い機会であることを実感している。

みんなで、夜歩く。たったそれだけのことなのにね。
どうして、それだけのことが、こんなに特別なんだろうね。

物語中盤からは、距離を歩いたことで疲労が増しそれぞれが無駄な会話を辞め、夜が訪れると共に気持ちが昂ぶり、本当に語りたいことを語り始める。そして人の言葉に対しても自分を偽らない素直な反応しかできなくなる。
学生時代の部活の合宿や、旅行の夜の妙な高揚感を思い出す。人の気持ちを素直にさせるのは非現実的な環境なのかもしれない。
そして、そんな状況で、普段言えないことを素直に口に出した、融(とおる)や貴子(たかこ)の友人達の言葉が心に残る。融(とおる)の友人の忍(しのぶ)、貴子(たかこ)の友人の美和子(みわこ)は物語の中で特に重要な役割を果たしているように感じる。

雑音をシャットアウトして、さっさと階段を上りきりたい気持ちは痛いほど分かるけどさ、雑音だって、おまえを作っているんだよ。おまえにはノイズにしか聞こえないだろうけど、このノイズが聞こえるのって、今だけだから、あとからテープを巻き戻して聞こうと思った時にはもう聞こえない。いつか絶対、あの時聞いておけばよかったって後悔する日が来ると思う。

高校生の恋愛感についても鋭い視点が見える。僕が中学生の頃に感じていた恋愛感、周囲の女性達に感じていた違和感。例えばそれは恋に恋する気持ちだったり、思い出として恋愛したい気持ちだったりする。それらの感情を融(とおる)や忍(しのぶ)が代弁してくれているようだ。

何か変だよ。愛がない。打算だよ、打算。青春したいだけだよ。あたし彼氏いますって言いたいだけ

物語は歩行祭の80キロの道のりのみを描き、言い換えるなら登場人物はひたすら歩くだけである。それでも思い出や気持ち、友人達との会話を巧妙に織り交ぜて読者を飽きさせることがない。大人になってからはめったに味わうことのできない懐かしく甘い気持ちにさせてくれる作品だった。「六番目の小夜子」「ネバーランド」に代表されるように、恩田陸のこの世代を主人公とした作品にはいい作品が多いが、そんな中でも最もオススメの作品になった。
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