「子どもたちは夜と遊ぶ」辻村深月

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
始まりは論文コンクールでもっとも高い評価を受けた匿名の応募i(アイ)の登場だった。最優秀賞を逃した、狐塚(こづか)、浅葱(あさぎ)とその友人たちの間で起こった出来事を描く。
昨年衝撃を受けた作品の一つである「冷たい校舎の時は止まる」の作者であることから、同じような強いインパクトを求めて本作品を手にとった。本作品も数人の学生たちとそこに関わる大人たちを描いた物語であり、人間関係を形成する引力である、人の気持ちについて非常にシビアな描写がいくつも見られる。その悲しいほどに客観的な人間関係の表現が、辻村深月作品に独特な雰囲気を持たせているような気がする。

それを見たら、駄目でした。ああ、この人は本当はこんなに弱くてかっこ悪いんだ。そう思ったら駄目でした。私、彼を好きになってしまった。そばにいたいと思ってしまった。
彼女が泣けば泣くほど、気持ちはどんどん頑なになっていく。所詮、俺と真剣に関わる気持ちなんかない癖に。その必死な声の裏側には、帰ることのできる居場所を用意しているくせに。

そんな中、指導役である秋山教授の言葉はどれも非常に印象的である。

恋と愛の違いはなんでしょう。昔「恋は落ちるもので、愛は陥るものだ」と答えた女性がいました。彼女が言っていたのは、どういう意味だったのかと…。
目の届く範囲の人々の幸せしか、僕には関心がない。難民の飢餓、傷ましい動物実験、世界のどこかで起こる戦争。僕はそれらを率先して見ることは絶対にしない。

序盤から感じ続けていた不思議な違和感。それは終盤になって一つの事実になる。そしてその事実は大きな惨劇を生む。

どうして誰も、最悪の状態を考えてそれに向けて準備しないのだろう。今からそれを考えなければ、到底耐えられないのに…

物語の面白さを損なわない範囲で計算尽くされた驚きの展開。この衝撃は癖になる。また間にちりばめられたこばなしも魅力的。特に寄生蜂の話と、「かごめかごめ」の解釈にはぞっとさせられた。
どうやらしばらく辻村作品のチェックを怠ることはできなくなったようだ。


野口雨情(のぐちうじょう)
詩人、童謡・民謡作詞家。「赤い靴」「しゃぼん玉」「七つの子」などが有名。(Wikipedia「野口雨情」
参考サイト
Herend ヘレンド
寄生バチ

【楽天ブックス】「子どもたちは夜と遊ぶ(上)」「子どもたちは夜と遊ぶ(下)」

「さまよう刃」東野圭吾

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
長峰(ながみね)の娘、絵摩(えま)は若者3人組に誘拐され殺された。長峰(ながみね)はタレコミによって知ることができた犯人のうちの一人の部屋で、娘が強姦されている映像を映したビデオを見つけ強い怒りを覚える。
読みはじめてすぐに違和感を覚える。なんという東野圭吾らしからぬストーリーなのだろうか、と。東野圭吾作品は往々にして、物語が物語だけに完結してしまい、人生に生かせそうなテーマや教訓含んでいることはほとんどない。それが僕の東野作品に対する不満だったのだが、本作品は序盤から社会派ミステリーの雰囲気をかもし出しており、、その一方で、少年法に守られた極悪非道な犯罪者に復讐するという、そこらじゅうで使い古された物語である。「社会派ミステリー」という点も「使い古された」という点も僕の中の東野圭吾イメージとかけ離れているのだ。
さて、物語の大半は、長峰(ながみね)が逃亡した主犯格の少年を探すという段階で展開する。そして警察は復讐を阻止するために、長峰(ながみね)と逃亡している少年を探す。長峰(ながみね)の行動に理解を示しながらもその復讐を阻止するための捜査に加わざるを得ない警察関係者、そして、人を殺すことはよくないとわかっていながらも、警察に素直に協力できない峰崎(みねざき)の周囲の人たちの心情がよく描かれている。

自分たちは一体なんなのだろう。法を犯したものたちを捕まえることが仕事ではある。それによって悪を滅ぼしていける、という建前になっている。だがこんなことで悪は滅びるのか。彼らは知っているのではないか。罪を犯したところで、何からも報復されないことを。国家が彼らを守ってくれることを。

少年法がどうあるべきか、などという著者なりの答えは残念ながら示されていない。僕らに問題を投げかけているだけだ。

警察ってのは法律を犯した人間を捕まえているだけだ。市民を守っているわけじゃない。警察が守ろうとするのは法律のほうだ。

「さまよう刃(やいば)」という本作品のタイトル。それは最初、銃を持って主犯格の少年を探して放浪する長峰(ながみね)を指す言葉だと思っていたが終盤になってその本当の意味がわかる…。
さて、全体的な感想はというと上でも書いたように、東野作品に対する予想は裏切られたが、とても意義の有る時間だったと思う。ただやはり、社会派ミステリーを描くならやはり現実の事件なども引用してその問題の深刻さ、フィクションの中のノンフィクションをもっと読者に訴えて欲しかったと感じた。
とはいえ、せっかく著者によって問題を投げかけてもらったのだから少し考えてみた。
このように少年法の問題点を扱った物語は世の中に多々存在するし、多くの人が少年法に関する議論を一度は耳にしたことだあるだろう。しかし、少年法によって守られた犯罪者たちがその後更生したのか、ということを世の中のいったいどれほどの人が知っているのだろうか。それを知らずして少年法についての考えをまとめることなどできない…しかし、少年法で守られているがゆえにそれさえ僕らには知ることができないのだ。
少年法の是非を議論するための素材を手に入れることを、少年法が許していないのである。実名報道は許されるはずもないが、せめて、彼らがその後どんな人生を送ったのかだけでももっとオープンにすべきなのではないだろうか。

【楽天ブックス】「さまよう刃」

「クローズド・ノート」雫井脩介

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大学で音楽サークルに所属する堀井香恵(ほりいかえ)は部屋のクローゼットの中で一冊のノートを見つけた。小学校の先生の日記で、そこにはその先生の日常や悩みが描かれていた。
沢尻エリカの「別に」騒動で映画化時に話題になっていたこの作品。僕はむしろ雫井脩介らしくないラブストーリーテイストな作品ということで注目していた。刑事事件やミステリーに定評のある作家なので、ある程度ハズレ作品であることも覚悟して手に取った。
物語は大学生である加絵(かえ)の友人関係や恋愛、アルバイトなど日常を描いている。内容として特に大きなテーマがあるわけでもないが、加絵(かえ)の文房具屋でのアルバイトの風景から万年筆というもに非常に興味を掻き立てられた。
多くの読者は物語中盤でその結末に気づくことだろう。ありふれた結末とありふれた泣かせの手法。他の読者がこれをやると途中で醒めてしまうのだが、本作品についてはしっかりと泣かせてもらうことができた。

アウロラ
イタリアの文具メーカー
スーベレーン
文具メーカーペリカンの万年筆の1シリーズ
サンテグジュペリ
フランスの作家・飛行機乗り。郵便輸送のためのパイロットとして、欧州-南米間の飛行航路開拓などにも携わった。読者からは、サンテックスの愛称で親しまれる。
マーク・トウェイン
アメリカ合衆国の作家、小説家。「トム・ソーヤーの冒険」の作者。
参考サイト
アウロラ
星の王子さまファンクラブ

【楽天ブックス】「クローズド・ノート」

「モビィ・ドール」熊谷達也

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
太平洋に浮かぶ巌倉島ではイルカウォッチングを観光の目玉として成り立っていた。ところがシャチの出現を期に、島の周囲にいるイルカが奇妙な行動を見せる。動物行動学者の比嘉涼子(ひがりょうこ)は問題の解決に動き始める。
太平洋の小さな島で起こった問題を島民が一丸となって解決する物語、と一言で言ってしまえばそれまでだが、その過程で描かれるイルカやシャチの生態に対する説明に好感が持てる。島で起こった謎のイルカの行動を解決するために奔走する比嘉涼子を描くとともに、イルカなどの人気のある動物を観光の目玉として扱う人間の身勝手さにも当然のように触れている。

人間と一緒に遊べてイルカも楽しそうだなんて、それって、人間側の勝手な思い込みじゃないですか。もしかしたら、イルカたちにとってはすごく迷惑なことなのかもしれない。

そして、しだいに話の中心はイルカからシャチへと移っていく。イルカの捕食者として序盤ではその獰猛なイメージで描かれたシャチは、終盤へ向かうに従い、その知的で人間と同じように複雑な感情を持った面をさらけ出していく。そして、そんな物語の流れの中で、世界を騒がせている環境保護団体とそれに対する主張などもしっかりとストーリーの中に取り込んでおり、非常にバランスの取れた作品である。
熊谷達也という作家は最初に読んだ「迎え火の山」という作品で少々失望し、今年になって「邂逅の森」と本作品を読んで少し見方が変わった。描きたい物語に対する徹底的な下調べにこの作者の姿勢が見える。
とりあえず本作品を読んで、御蔵島へイルカウォッチングに行きたくなった。ジョンストン海峡へオルカウォッチングにも。

ジョンストン海峡
カナダで200頭以上のシャチが住み着いている場所。
ヤナムン
琉球用語で「悪霊」の
参考サイト
イルカセラピーと野生イルカの保護
「Wikipedia「シャチ」
御蔵島村公式ホームページ
ジョンストン海峡・オルカの海
クジラ14頭座礁〜座礁から海へ帰すまでの11日間〜
Wikipedia「トド」

【楽天ブックス】「モビィ・ドール」

「イコン」今野敏

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
有森恵美(ありもりめぐみ)というアイドルのイベントの最中に殺人事件が起きた。警察は事件の解決に動き出すが、肝心の有森恵美(ありもりめぐみ)というアイドルの実態を関係者の誰も知らないという不思議な事態に戸惑う。
本作品はインターネットが日常になる以前の1990年代中ごろを舞台としているため、キーとなるオンラインのやりとりはもちろん「インターネット」ではなく「パソコン通信」とである。そして、そのコミュニケーションはほんの一部の人間のみが楽しむものとして描かれている。
そして、有森恵美(ありもりめぐみ)というオンライン上から広まったアイドルの奇妙な存在を描くことで、アイドルという存在の変化、ファンにとってアイドルという存在の意味を考えさせられる。
物語の二つの主な視点である安積(あづみ)は事件を担当する所轄の刑事として捜査を行い、偶然第一の犯行に居合わせた少年課に勤める宇津木(うつぎ)は、旧友である安積(あづみ)の仕事に対する姿勢への嫉妬と、初めて触れる文化への興味から事件を調べ始める。
宇津木(うつぎ)は実在が確認できていないのにアイドルが多くのファンを抱えることに戸惑うが、自分が若かったころのアイドルもテレビを通じて顔が見れて声が聞けただけで、実際にあったことがあるわけではないのだと、思い至る。
そして真実に迫る過程で、新しい文化と向き合ったときの、とても柔軟とは言い切れない対応に走る警察組織の脆さも描かれている。容疑者としてネットアイドルの名前を挙げただけでその人物をタレント名鑑から探そうとした警視庁刑事の大下(おおした)の行動などはその典型と言えるだろう。

刑事たちはどんな怨恨の話を聞かされようが平気だ。だが、、非現実的な話にはそっぽを向いてしまう傾向がある。警察というのは、法律で縛られている世界だ。そして、法律というのは、きわめて現実的なものなのだ。

特異な事件を中心に、変化する若者文化を変化するメディアへと関連付けて描いている。80年代にベストテンやトップテンなどの番組に代表されるようなアイドルをもてはやした番組が90年代に入ってなくなり、アイドルがゴールデンタイムから姿を消す、そんな文化の変化を説得力のある形で説明しており、ただの刑事物語とは一線を画す作品に仕上がっている。
本作品は「時代が今野敏に追いついた」のキャッチコピーの帯とともに店頭にひだ積みされていた1冊。確かに本作品の内容は、初版発行の1998年よりも、インターネットが人々の生活に広まった今だからこそ理解される作品なのかもしれない。

【楽天ブックス】「イコン」

「楽園」宮部みゆき

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
前畑滋子(まえはたしげこ)のもとに、息子を交通事故で亡くした女性が訪ねてくる。その息子がスケッチブックに残した稚拙な絵は、本来その息子、等(ひとし)が知るはずのない事件を描いたものだった。
読み始めてすぐに、これは「当たり」だと思った。「蒲生邸事件」「魔術はささやく」「龍は眠る」など、<宮部みゆきが超能力者を扱った作品にハズレはないからである。 本作品の大部分で目線の主を務める前畑滋子は「模倣犯」で活躍したジャーナリストである。そのため、本作品でもしばしば「模倣犯」の連続殺人事件に触れており、その事件が関係者の心に作った傷の深さが伝えられる。そういう意味ではもちろん「模倣犯」を読んでこそ本作品は最大限に楽しめる作品といえるだろう。 滋子は遺された絵の謎を解くため、絵に描かれた事件の真相を追い始める。その絵に描かれた事件とは、両親が娘を殺して家の床下に埋めたまま16年の月日を過ごして時効を迎えるというものである。なぜ両親は娘を殺したのか、どうして永遠に心の中に封印せずに、自白せずにいられなかたのしたのか、そして、等(ひとし)はなぜその事実を絵に描くことができたのか。 そして前畑滋子(まえはたしげこ)の想像力の豊かさは本作品でも健在。その想像力の鋭さ(もちろんそれは実際には著者である宮部みゆきの想像力なのだが)は読者に冷気でで包み込まれたような錯覚を与えるかもしれない。事実僕は、何度も気温が下がるような背筋の寒さを感じた。

あたしはこの家にいるの。この家で、ずっと死んでいるのよ、あたし。

途中、等(ひとし)の美術の先生の語る話が印象的である。。小学生には母親の絵を客観的に描くことができず、中学生は客観的に描きすぎるという内容である。「模倣犯」でも、家の設計からその家主の心理を分析する専門家がいて、その内容は今でも強烈に心に残っている、人の作り出すもの一つ一つにその人の心理が色濃く反映されるのだと認識する瞬間である。
真実が明らかになるにつれ、別の問いかけを突きつけられる。ではどうすればよかったのだろう?、悲劇を避ける方法があったのだろうか?と。

家族はどうすればよろしいのです?そんな出来損ないなど放っておけ。切り捨ててしまえ。そうおっしゃるのですか?

そこに答えはない。宮部みゆきも答えを用意していない。僕らは受け入れるしかないのだ。「これが現実だ」と。それはつまり、誰かが幸せになるためには、誰かがその周囲で犠牲になっているということだ。現実に失望しながらも心の奥の理想を捨てきれない僕らに突きつけてくる。「現実というのはそういうものなのだ、みんな幸せになどなれないのだ」と。

誰かを切り捨てなければ、排除しなければ、得ることのできない幸福がある。

宮部みゆきの刃(やいば)は錆びてはいなかった。彼女がつきつけてくるそんな現実に久しぶりに興奮すら覚えた。僕らが見ていない現実。僕らが理想という言葉で覆い隠そうとしている現実。僕らが必死で目をそらそうとする現実。そういうものをしっかりと突きつけてくるのだ。知らないほうが幸せに生きられるのかもしれないことまで。これこそが宮部みゆきの世界と言えるだろう。
最終的に等(ひとし)の描いた絵についていくつか解決されていない部分があるような気がするが、その辺は別の読者の解説を待ちたいところである。
こうして感想を書いている今僕は、中学生の女の子の視線を背中に感じている。トイレに行くのさえ怖く感じたのは何年ぶりだろう。

真実は、必ずしも人を癒さない。

大宅文庫
ジャーナリスト大宅壮一が亡くなった翌年の1971年、膨大な雑誌のコレクションを基礎として作られた私立図書館。(Wikipedia「大宅壮一文庫」

【楽天ブックス】「楽園(上)」「楽園(下)」

「サヨナライツカ」辻仁成

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
入籍を控えた東垣内豊(ひがしがいとうゆたか)は、バンコクで真山沓子(まやまとうこ)という女性と出会う。日本で待つ婚約者、光子(みつこ)に対する罪悪感を感じながらも、豊かは沓子(まとうこ)に惹かれて行く。
名作と呼ばれながら読んでいない本が、僕にもたくさんある。本作品も自分にとってはそんな中の一つで、タイトルだけはかなり前からたびたび耳にしていた。
一言で言うなら、時代を超えたラブストーリーと言えるだろう。中盤までは1975年の出会いを描き、中盤以降は2000年以降の物語となっている。「二股」とか「不倫」と言うと汚らわしいイメージがあるが、「立場や体裁を気にせず誰かを好きになる」と言うとなんだか美しく聞こえてくるから不思議である。そして、終盤には涙を誘う展開が待っている。
「世界の中心で愛を叫ぶ」など、この類の本と出会うと必ずといっていいほど僕は思うことであり、今回も同様に言わせてもらうが、涙を誘うだけの物語を創るのはそれほど難しいことではない。悲しい人生をその主人公に感情移入できる形で描けばいいのだから。涙を誘ったうえで心の中に何か大きなものを残してこそ傑作といえるのだと僕は思うのだ。残念ながらこの作品は、涙を何ccか外に出しただけで心の中にはほとんど何も残らない作品だった。
しかしそれではあまりにも悲しいので、本作品の肝となる言葉を引用する。

人間は死ぬとき、愛されたことを思い出すヒトと
愛したことを思い出すヒトとにわかれる。
私はきっと愛したことを思い出す

【楽天ブックス】「サヨナライツカ」

「名もなき毒」宮部みゆき

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5

連続無差別毒殺事件が世間を騒がしていた、そんなとき、大企業の社内報編集部に勤める杉村三郎(すぎむらさぶろう)を含めた社員たちは、アルバイトである原田(げんだ)いずみの感情的過ぎる行動に悩み解雇することを決意する。
世の中で大きな連続殺人事件が起きているとはいえ、多くの人は自分は無関係なのだと、どこか他人事で過ごしている。なぜなら誰もが多少なりとも悩みを抱えているからだ。娘の喘息のこと、母親の介護のこと、職場の人間関係など、世間的に見れば小さな悩みでも本人にとってはそれが悩みの大部分を占める大問題なのである。
それでも物語の視点となる杉村(すぎむら)は、毒殺被害者の孫で女子高生の美知子と出会うことによって、それは他人事ではなくなる。そして関係者と会話を重ねるうちに気づいていく。世の中の多くの場所に、人の体を蝕む物質が、人の心を蝕む空気や環境が存在するということに。この物語はそれを総称して「毒」と読んでいる。名もなき、正体不明の「毒」だ。
そして、そんな「毒」はふとした瞬間に人の心に悪意を芽生えさせ、さらには悪へと走らせる。本来ならそれを周囲の人間が気づいて止めてやらなければならないのだろう。

正義なんてものはこの世にないと思わせてはいけない。それが大人の役目だ。なのに果たせん。我々がこしらえたはずの社会は、いつからこんな無様な代物に落ちてしまったんだろう。

でも、都会で生きている僕らは周囲に無関心で、塀を一枚隔てた先で何が起きているか、誰が住んでいるかを知らない。悪意を咎めてくれる友達も、大人もいなければ、その悪意は犯罪という形の悪へと変わっていき、不幸の連鎖が始まる。

なんで、僕だって少しは楽をしたいと思わなくちゃならないんだろう。少しどころか山ほどの楽をしている若者が、この世の中には掃いて捨てるほどにいるのに。何も願わなくても、すべてかなっている人たちが大勢いるのに。

この物語は世の中の何かが悪いと訴えているわけではない、しかし、世の中には犯罪因子がいくつも存在するという事実を突きつけてくる。ふとしたきっかけで世間を騒がす事件に変わる。僕らが普段目を向けていないだけだ。
宮部みゆきらしい視点と展開。悪くはないが、期待値はもっと大きいのだ。
【楽天ブックス】「名もなき毒」

「セリヌンティウスの舟」石持浅見

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
年齢も職業もバラバラの6人は石垣島のダイビング中に起きた遭難事故によって絆を深める。しかしそれから数ヶ月、そのうちの1人である米村美月(よねむらみつき)が自殺を遂げた。彼女は仲間を裏切ったのだろうか。鎮魂のために、その死の疑問点について残された5人が考え始める。
物語の大半は、ダイビングメンバーの1人で最年長者の三好(みよし)の部屋の中でのみ展開することとなる。小さな世界の中で、知性あふれる人たちが問題や謎を解決するために言葉を交わして真実に近づいていくのが石持浅見作品の特徴である。今回の物語も登場人物は死んだ美月(みつき)を除けばわずか5人で、そのうち真実への近づくための牽引役となるのは、どちらも冷静で論理的思考回路を持つ磯崎義春(いそざきよしはる)と吉川清美(よしかわきよみ)である。
発端は、なぜ美月(みつき)は自殺の際に青酸カリの入った瓶のふたを閉めることができて、なぜその瓶は転がっていたのか。ということである。小さな不審点に対して異常とも思えるこだわりを持ってすべての可能性を検討する5人。そのやや強すぎるこだわりと、すべての人間が合理的な行動をするはずだという考え方の2つの不自然さにさえ目をつぶれば、石持浅見作品は大いに楽しむことができる。
そして往々にしてこの著者の物語の結末には、ゾクリとするような瞬間が用意されている。だからこそ僕は、やや広がりに欠けるという不満をこの著者の世界観に感じながらも、繰り返し作品に手を伸ばすのだろう。また、今回は「セリヌンティウス」という言葉も僕の目には新鮮に映ったのだ。

わからない。セリヌンティウスには、メロスがどうやって帰ってきたのかがわからない。

今回も石持浅見らしいラストが用意されていた。残念ながら僕の心をわしづかみにするほどのものではなかったが…。
【楽天ブックス】「セリヌンティウスの舟 」

「デカルトの密室」瀬名秀明

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
人型ロボットを開発した尾形祐輔(おがたゆうすけ)は、そのロボット「ケンイチ」と共に日々の生活を送っていた。しかしある人工知能のコンテストの会場で起こった出来事によってその平穏な生活も打ち破られることとなる。
僕らは普段意識していないが、科学者たちが人型ロボット、俗に言うヒューマノイドを人間に似せてつくるにあたった、「人間とは何か」というものを考えるのだろう。内臓などの目に見えない部分は除外したとしても、「四肢と二つの目と鼻と口があって二足歩行していれば人間」などという単純なものでは決してない。どんなに精巧なヒューマノイドを作ったとしても、僕らは瞬時にそれが人間でないと判断できることだろう。なぜなら、人間はまっすぐ立っていても決して静止はしていないし、寝ているときでさえ、寝息だけ立てているわけではないのだから。
人間の中で日常的に行われている動作を、ヒューマノイドで再現させようとして始めて、人間が無意識下でしている多くの行動や動作に思い至るのである。
どこからがロボットでどこからが人間なのか…。そんなテーマで本作品の導入部分も展開されていたように思うのだが、中盤あたりから増え始めた哲学的な言葉の数々にかなり困惑した。そして頻出する「ぼく」という一人称視点が、開発者の尾形祐輔(おがたゆうすけ)を指すのか、ロボットのケンイチを指すのか、そしてそのシーンも現在を指すのか、それとも誰かの回想シーンを描いているのか…、残念ながら最終的に著者の言いたいことの三分の一も理解できていないように思う。
瀬名秀明の久しぶりの作品ということで期待値が高かっただけ残念である。一体どれほどの人がこの作品の内容を理解できたのだろうか。


アラン・チューリング
イギリスの数学者(Wikipedia「アラン・チューリング」)
フレーム問題
人工知能における重要な難問の一つで、有限の情報処理能力しかないロボットには、現実に起こりうる問題全てに対処することができないことを示すもの。(Wikipedia「フレーム問題」
不気味の谷
ロボットや他の非人間的対象に対する、人間の感情的反応に関するロボット工学上の概念。(Wikipedia「不気味の谷」

【楽天ブックス】「デカルトの密室」

「鎮火報」日明恩

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
新米消防士の大山雄大(おおやまたけひろ)を描いた作品。
まずは雄大の仕事に対する情熱のなさにどこか共感する。「人を救うことが俺の使命だ」などと昔の英雄のような台詞を言わないどころか、消防署を見学に来る小学生たちに説明するのも面倒だし、愛想笑いを浮かべるのもつらい、と言い切ってしまうところが
火事の現場を見て「あ〜行きたくね〜」と素直に考えるところも素敵である。なぜそれが素敵に思えるのかというと、雄大(たけひろ)のそんな非情熱的な台詞の数々の裏にひそむ正義が匂いが漂ってくるからだろう。この類の人間が「根性」とか「情熱」という言葉や、かいた汗の量でその人の気持ちの大きさを計ることを嫌うのは、それが結果に直結しないことを知っているからなのだ。「いまどきの若いやつら」と一言で片付けて理解しようとしない人たちにはぜひこの物語はいいかもしれない。
さて、そんな少し現代向きな消防士の幾多の救出劇を描いた物語になるかと思いきや、最初に雄大が出動した現場で一気に話は深いテーマへと掘り下げられていく。不法滞在をする外国人たちを狙った連続放火事件を中心に展開し、入国管理局と、不法滞在者を利用する日本の企業や暴力団の関係が描かれるからだ。

間違いなく違法に日本にいる外国人は悪い。だとしても、違法でも真面目に働いて金を貰っている連中まで罪人扱いできるか?だいたい、雇う日本人がいるから、奴らはいるんだろう?悪いのは奴らだけなのか?

「善」と「悪」。世の中の出来事はそんなわずか2つのカテゴリーに簡単に分類できる物事ばかりではない。だからこそ世の中には争いごとが耐えないのだろう。
そして後半に進むにしたがって、雄大(たけひろ)の周囲にいるつらい過去を背負って生きている人たちに物語の焦点が移っていく。自分の体を痛めつけるようにして働く元消防士の仁藤(にとう)もそんな一人である。仁藤(にとう)が雄大(たけひろ)に言ったこんな言葉が心に残る。

過度な正義には理由がある。

誰しも心の中に良心を持っている(そう僕は思いたい)。そしてそれは時に正義の心へと変わる。しかし、正義に対する異常な執着は、悲惨な過去なくしては形成され得ないということだ。そして押さないときに母親を失った、雄大(たけひろ)の親友の裕二(ゆうじ)の言葉も強烈だった。

既存の常識や知識を基に自分で考えて自分で物事を決める。そうできるように学ばされていると俺は思っている。だから死だって、その人に決める権利があると思う。もしも生きろというのなら、言った奴は責任を取るべきじゃないのか?人間には生きる権利がある。ならば死ぬ権利もあるはずだ。尊厳ある死って、俺はあると思う。

間違いなく今年ここまで読んだ三十数冊の中で最高の作品である。


カルバドス
フランス・ノルマンディー地方のカルバドスで作られる、リンゴ酒を蒸留したアップルブランデーのこと。

【楽天ブックス】「鎮火報」

「破滅への疾走」高杉良

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大手自動車メーカーとその労働組合の間の抗争を描いている。
何万人もの社員を抱えるほどの大企業であれば、そこに勤める人にとってはそれは世界も同然であり、生活の中の大きな割合を占めることだろう。だからこそ人事権を持っている人間の決定が人生をも左右する。そうやって大企業の中の恐怖政治は進んでいくのだろう。
そしてそんな企業の中で、各幹部たちは、各々の権力や情報を武器に、社内の人間関係を渡り歩く。人によっては企業や社員のために働く立派な人間もいるが、一方で、自分の財産や権力を守るためという人間もまた少なくない。
本作品は、労働組合の長となり、企業の人事権にも影響を及ぼすまでに力をつけた塩野(しおの)という男を主に描いている。自らの権力に執着するその行動はにわかには信じられないほどの徹底ぶりだが、これが現実に起こった日産自動車の労働組合との抗争をモデルにしているというから興味深い。そして、物語の登場人物の多くも実在した人間をモデルに描かれており、物語の軸となる塩野(しおの)も現実に存在した塩路一郎(しおじいちろう)に由来する。だからこそ単にフィクションとしては片づけられないリアリティを醸し出すのだろう。
物語自体は大きな山や谷もなく進められており、客観的な目線で終始展開するため登場人物の深い心情描写などはされていない。そのため詳細に描写された歴史年表を見ているような感覚であり、読者を引き込む巧みな描写力などとはとてもいえないが、一つの大企業内で起こる問題点やそれに対する対策や駆け引きなど、おおいに興味を喚起させられる作品だった。

【楽天ブックス】「破滅への疾走」

「少年の輝く海」堂場瞬一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
瀬戸内海の瀬戸島に山村留学にきた中学二年生の鳥海浩次(とりうみこうじ)は、娯楽のない島の生活に飽き飽きしていた。それでも同級生の水谷計(みずたに)が海に沈んだ財宝の地図を見せてから、退屈な生活が動き出す。本作品はそんな島で過ごす少年たちの生活を描いている。
僕の半分も生きていない中学二年生の彼らだが、いろいろな悩みを抱えて日々の生活を送っている。同じクラスの女の子と口を喧嘩したり、沈没船を探して海に潜ったり、と、大人になった僕らから見れば、彼らの悩みはとても「悩み」と呼べるような類のものではなく、彼らの経験する大事件も些細な出来事に見えてしまうのだが、14年しか生きていない彼らにとっては、その経験のうちの何個かが一生心に残る大切な思い出になるのだろう。
そんなふうに、自分の中学生時代を思い出して、少し懐かしく、少しそんな彼らに嫉妬させてくれるような作品であった。もう何年も前に読んだ氷室冴子の「海が聞こえる」と似た匂いを感じた。
時には肩の力を抜いたこんな読書も悪くない。

サルベージ
沈没船の引揚作業。海難救助。(はてなダイアリー「サルベージ」

【楽天ブックス】「少年の輝く海」

「迷走人事」高杉良

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
離婚後、大手アパレルメーカーに復職した竹中麻希(たけなかまき)は、広報部の戦力としその力を発揮する。社内の人間関係や将来に悩む女性視点で企業の内部を描いている。
物語の中には大きな山場もなく、一つの企業の日常が淡々と展開されていく。社長の交代劇や業務提携に伴うマスコミ対策などの、上場企業ゆえの業務のほか、訪問販売大手との提携、カタログ販売への進出などアパレルメーカーの企業戦略も盛り込まれている。
また業務以外では、竹中麻希(たけなかまき)と次期社長と目される松岡浩太郎(まつおかこうたろう)そして、麻希(まき)に思いを寄せる営業のホープ、秋山弘(あきやまひろし)の3人の人間関係が軸となって展開する。
ラストは若干物足りなさも覚えたが、アパレルメーカーなど、自分のかかわりのない業界に大しても十分に興味を掻き立ててくれた作品である。
【楽天ブックス】「迷走人事」

「ウルトラ・ダラー」手嶋龍一

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
ダブリンで新種の偽百ドル札が発見された。英国情報部員のスティーブンは、真実の究明のために世界を走り回る。
偽百ドル札の出現によって徐々に明らかになる国家間の情報戦を描いている。各国の情報部員たちの、暗号を交えたやりとりや駆け引き。それはそれで現実に近い様子を描いているのかもしれないが、僕の生活圏とあまりにかけ離れた世界と、過剰とも思えるな視点の切り替えが、話に入るのを難しくさせている。
そんな仲、物語の中で重要な役割を演じる日本人女性、内閣官房副長官の高遠希恵(たかとおきえ)、や篠笛の師範である槙原麻子(まきはらあさこ)の多才かつ知性溢れる振る舞いは数少ない魅力の一つである。
また物語中に多くの芸術品や伝統的文化が描かれていて、知識欲を刺激する点も個人的には評価したいところである。
偽百ドル札によって世界情勢が大きく変化するという設定は非常に面白いし、国家間の駆け引きの大部分が国民の目の届かない範囲で行われているのだろうと考えさせてくれたが、残念ながらその魅力的な材料を読者に巧く伝える技量がこの物語にはなかったという印象を受けた。
正直何度本を閉じようと思ったかわからないが、最後まで読み終えたのは、「一度読み始めた本は最後まで読破する」という僕自身の性格によるものだろう。

篠笛
日本の木管楽器の一つ。篠竹(雌竹)に歌口と指孔(手孔)を開け、漆ないしは合成樹脂を管の内面に塗った簡素な構造の横笛(Wikipedia「篠笛」

イムジン河
朝鮮半島38度線付近を流れる臨津江のこと。フォーク・クルセダーズの代表曲。
韃靼海峡(だったんかいきょう)
間宮海峡のこと。
コリドラス
南米に広く分布するナマズ目カリクティス科コリドラス亜科コリドラス属に分類される熱帯魚の総称。(Wikipedia「コリドラス」
参考サイト
篠笛ManiaX – 和風横笛愛好(日本伝統的竹管)
Wikipedia「フォークランド紛争」
Wikipedia「Moto-Lita」

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「告白倒産」高任和夫

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大手百貨店の総務部長の倉橋(くらはし)は百貨店の業務に関連して警察に任意同行を求められる。執拗な取調べに対して対応するうちに次第に、会社の対応が厳しくなっていく。
序盤の警察での取調べシーンでは、百貨店の総会屋との付き合いについて書かれている。

わたしらつきあっている範囲の総会屋は、べつに怖くないんですよ。怖いのは暴力団でね。警察は頼りにならないが、総会屋はそんなときおさえてくれる。はっきりしているのは、こんな便利な人間を雇っておけるなら、二千万円なんて安いもんだ。役立たずの社員二人分だ。

理想ばかりでは大きな会社の経営維持的ないというのは事実なのだろう。どこまでが罰せられる犯罪で、どこからが見逃してもらえる犯罪なのかを探りながら、世の中を渡っていくしかないのだろう。それは言い換えれば、警察を含めた世の中のさじ加減でそれらの罪はいつでも「罰せられる罪」に変わるのである。
世の中に認知され、そのイメージが大きく業績を左右するような企業は、その判断ミスが命取りになる。ライブドア事件や、最近では日本教職員組合の会合を拒否したプリンスホテルの対応を思い出した。
百貨店業界の裏を濃密に描いた経済小説を期待して読み始めたのだが、残念ながら期待に応えてくれたのは最初だけで、後半はあまり個性のないミステリーで終わってしまった。高任和夫という作家自体、経済小説を思わせる題名の書籍を多く出版しているようだが、この内容を考えると、今後もその作品に手を伸ばすかどうかは悩むところである。
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「オレたちバブル入行組」池井戸潤

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
日本が好景気に沸いていた1988年。大手銀行への入社という狭き門を突破した半沢(はんざわ)。それから十数年、融資課長となった半沢(はんざわ)の支店では、とある企業に5億円の融資をした承認した矢先にその企業が倒産した。銀行内部の軋轢と債権回収の裏側を描く。
冒頭の内定確定までのエピソードは、バブル期という時代と大不況といわれる現在との違いを強く印象付ける。当時、銀行とは入社することができたらその家族も含めて一生安泰といわれた時代である。それが、バブルの崩壊を経て大きく変わる、半沢(はんざわ)はその大きな変化に翻弄されたバブル期入社のエリートの一人である。

銀行不倒神話は過去のものとなり、赤字になれば銀行もまた淘汰される時代になったのである。銀行はもはや特別な組織ではなく、もう儲からなければ当然のように潰れるフツーの会社になった。

銀行の内部が詳細に描かれている。融資の決定、債権の回収。そして極めつけは社内の人間関係である。国に守られている企業という過去ゆえに、その内部は効率や実力主義とは無縁で、人脈や人事権を持っている人間が社内のもっとも恐れられる存在である。この辺は警察組織と非常に似た印象を受ける。
世間では憧れの存在であったエリートである半沢(はんざわ)とその社内の友人たちはも、銀行という融通の効かない組織の中で、次第に理想と現実のギャップに打ちひしがれていく。

ピラミッド構造をなすための当然の結果として勝者があり敗者があるのはわかる。だが、その敗因が、無能な上司の差配にあり、ほおかむりした組織の無責任にあるのなら、これはひとりの人生に対する冒涜といっていいのではないか。

銀行という後ろ盾を一度失えば、不必要なほどの高いプライドを持った無能な人間になりさがる。だからこそ、家族の生活や家のローンに苦しむとともに、社内の人間関係に振り回される。その生き方にうらやむような部分は一つもないように今の僕には感じられるが、バブル期という時代はそんな影の部分を見せないくらい光輝いていたのだろう。
夢と現実に折り合いをつけつつ必死に自分の生き方をまっとうしようとする人々の人生がしっかりと描かれているうえに、経済小説としてもオススメできる濃密な作品であった。

参考サイト
イトマン事件

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「ギャングスター・レッスン」垣根涼介

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
渋谷で若者たちを率いていたアキはチーム解散後、裏金窃盗集団の一員になると決めた。柿沢(かきざわ)、桃井(ももい)という2人の犯罪プロフェッショナルの下で、訓練と必要な知識を学び始める。
時間的には「ヒートアイランド」と「サウダージ」の間に位置する。アキを描いたこの作品は垣根涼介のほかの作品に比べて、社会問題や人間の内なる悩みなどのテーマ性が薄いが、気軽に読める手軽さがある。
表の顔を裏の顔を持つアキを含む3人。法律の及ばない生活だからこそ、口にしたことは必ず守ろうと努力する姿勢と、いつでも冷静に物事に対応できる者が信用を勝ち取る。戸籍を売っているホームレスや武器の密輸を手伝うコロンビアの日本人たちとのエピソードから見えるのは、結局どんな状況にも共通する人間の重要な部分である。
アキ以外にも、未来に悩むヤクザの柏木(かしわぎ)や、コンパニオンのバイトをしているアケミにも目線が移る。肩で風を切って歩くヤクザも、綺麗な顔をしたコンパニオンも、みんな理想と現実のギャップに悩みながら生きている。読んでいるうちに世の中のすべての人が可愛い憎めない存在に思えてしまうから面白い。このどこか爽快な感じは垣根涼介作品に共通する空気である。
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「償い」矢口敦子

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
ホームレスとなった元医者の日高は、たどり着いた町で、一人の少年と出会う。その少年は13年前に日高(ひだか)が命を救った人間だった。時を同じくしてその町では社会的弱者を狙った連続殺人事件が起こっていた。日高は刑事に依頼されて真相の解明に一役買うことになる。
本作品では幼いころに日高(ひだか)が命を救った少年、真人(まさと)と日高(ひだか)が人間の生き方についてお互いの考えを言い合う展開が多く描かれている。複雑な家庭環境の中で育ったがゆえに、少し風変わりな人生観を持つ真人(まさと)、そして、その過去ゆえに自分の送ってきた考え方を「正しい」とは言い切れない日高(ひだか)。正解のないそんな問いかけが最後まで物語を包んでいる。
特に、この作品の中で繰り返し行われている問いかけは、命を救うことが必ずしも本人にとっていいことなのか?ということである。結果的に不幸になるのであればあえて命を繋ぎ止めないどころか、時にはその命を終わらせてあげることも必要、と主張する真人(まさと)の考え方を、日高(ひだか)は否定することができない。
そして、日高(ひだか)は連続殺人事件と真人(まさと)の関連に気づき始める。

私はとんでもない過ちを犯したのだろうか。善だと信じた行為が、悪への加担だったのだろうか。

ホームレスとなった日高(ひだか)の過去が少しづつ明らかになるとともに、真人(まさと)の家庭環境も少しづつ見えてくる。
興味深いテーマではあるが、ラストは、そんな少しづつ物語を覆ってくる不穏な空気に見合う結末とは言いがたい。読むタイミングが異なればもっと感動できたのかもしれない。
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「扉は閉ざされたまま」石持浅見

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大邸宅で行われた同窓会の最中に、伏見亮輔(ふしみりょうすけ)は新山(にいやま)を事故に見せかけて殺した。しかし、参加者の中には並外れた洞察力を持つ碓氷優佳(うすいゆか)がいた。
登場人物は7名のみで、ほとんど殺人の舞台となる大邸宅のみで物語が完結する王道のミステリー。犯人である伏見(ふしみ)が新山(にいやま)を殺すところから物語は始まり、そのまま犯人である伏見(ふしみ)の目線で展開していく。
同窓会参加者の優佳(ゆか)がずば抜けた洞察力の持ち主であることも早い段階で描かれるため、多くの読者が早々に物語の最後を推測できることだろう。最終的には優佳(ゆか)が真相を解明し、犯人が伏見(ふしみ)であることに気づくのだろう、と。
だからこそ、多くの読者は伏見(ふしみ)の言動を注意しるのだ。一体どこで優佳(ゆか)が真相を突き止めるためのボロを出すのか、と。僕もそうやって物語を読み進んでいったが、残念ながら優佳(ゆか)の気づいた小さなてがかりに僕自身は気づくことができなかった。(もちろん小説ゆえになせる業だと信じたいところだが)そして、そんなミステリーの王道ともいえる物語展開に加えて、本作品は臓器提供という未だ日本では広まっているとはいえない文化についても言及しており、個人的にはその考え方も物語に負けず劣らず印象的であった。
久しぶりにミステリーらしいミステリーを読んだ。石持浅見作品は本作品で3作目の読了になるが、いずれも非常に狭い範囲で物語が完結する点が特徴的である。例えば「月の扉」はハイジャックされた飛行機と飛行場のみで物語が終わり、「水の迷宮」は水族館という狭い建物の中だけであった。もう少し広く現実世界をうまく取り込んだ作品もあるのであれば読んでみたいものだ。
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