「ロンリー・ハート」久間十義

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
松島早紀(まつしまさき)巡査部長とその上司の永倉(ながくら)警部補の所属する所轄警察署は、拉致事件と中国人によるキャバクラ強盗事件を扱っていたる。その一方で、落ちこぼれの高校生3人組みは日々の鬱憤をナンパなどで晴らしていた。
高校生三人組の生活と、警察の捜査を交互に見せることで、いつかこの2つの物語が重なっていくのだろうという期待を持たせる。そして、高校生三人組の目線でも、他の二人の行き過ぎた悪さに戸惑う博史(ひろし)、自分を他の二人のおろかな行為の尻拭いをしなければならない被害者としか思わない、亮(あきら)など常に目線は移り変わり、一見自分勝手にしか見えない人間にもそれぞれポリシーがあり言い分があるのだということを認識させられる。
そして、捜査の忙しさによって家庭のケアに時間を割けない永倉(ながくら)とその高校生の娘、絢子(あやこ)のやりとりも重要な要素となっていく。そして、キャバクラ強盗事件から、中国人組織と、日本国内における、中国人、日本の暴力団、警察組織の駆け引きにも触れられている。
そんな捜査の過程で刑事達は嘆く…

オレたちが若いときは犯罪は貧困から始まると教えられた。貧乏と差別。それに当てはまらないものは、犯罪以前の”異常”の範疇だったんだ。それがどうだ。いまはぜんぶが”異常”だよ。

終盤の、目の前で起こる出来事に戸惑い暴走する少年と、恐怖によって判断力を失った少女の行動を共にするシーンは個人的にはもっとも印象に残っている部分である。前半の展開の遅さにはややストレスを感じたが、後半は十分によみごたえがあった。
ただ、個人的には、松島(まつしま)巡査部長の女性被害者を守る立場と、犯人を逮捕したいという気持ちや、女性蔑視がはびこる警察組織内ゆえの葛藤をもっと表現して欲しかったと感じる。


ユトリロ
近代のフランスの画家。(Wikipedia「ユトリロ」
ニール・セダカ
アメリカ合衆国のポピュラー音楽の シンガーソングライター。森口博子のデビュー曲でもある「機動戦士Ζガンダム」のテーマ曲「水の星へ愛をこめて」などを作曲。(Wikipedia「ニール・セダカ」
ポール・アンカ
カナダ出身のポピュラー・シンガーソングライター。(Wikipedia「ポール・アンカ」

【楽天ブックス】「ロンリー・ハート(上)」「ロンリー・ハート(下)」

「私という運命について」白石一文

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
以前から名作とは聞いていたが、そのタイトルから「人生を考えさせよう」という意図が見えるような説教臭い物語をイメージを抱いていたことも確かだ。しかし、実際読み始めてみると、描かれているのは、やや勝気ではありながらも一生懸命生きている自分と同年代の女性、亜紀(あき)の生活である。
亜紀(あき)は仕事や恋に悩み、理想と現実との間のギャップに違和感を覚えながら生きている。20代後半という年齢ゆえに、周囲は結婚という道を選び、そして自分の目の前にもそういう運命の選択が訪れるにもかかわらず、違う何かを求めて踏み出せない。女性だけでなく、将来を悩むすべての人に共感できるのではないだろうか。
そして人生には多くの喜びや悲しみがある。亜紀(あき)の人生も例外ではない。親しい友人の恋愛や、弟の結婚、そして身近な人の死、時に、空気の読み方すら知らない不条理な運命が襲いかかってくる。そしてあまりに不条理だからこそ、「運命」と思わずにはいられない。「何か意味があるのではないか」と願わずにはいられない。
そして亜紀(あき)の周囲で起こる小さな偶然。それは30年、40年と生きていれば誰でも数回は目にするような偶然ではあるが、運命を信じる者にはその偶然は運命として受け止められる。
死んだらどうなるんだろう?
運命って信じる?
誰でも一度は考えたことがある問いかけに対して、本作品もいくつか答えを提供している。

運命を信じるって、決して、あきらめたり我慢したりすることばかりじゃないでしょう?

恋人を失ったがゆえの答え。
死を常に意識して生きてきたがゆえの答え。
その考え方はみんな少しずつ異なるけれど、それでもみんな見えない何かの力を信じている。

運命というのは、たとえ瞬時に察知したとしても受け入れるだけでは足りず、めぐり合ったそれを我が手に掴み取り、必死の思いで守り通してこそ初めて自らのものとなるのだ。

一体、何度この作品の中に「運命」という言葉が出てきただろう。読む前に心配したような説教臭さは微塵もなく、読んでいるうちにいろんな考え方が僕の中に優しくしみこんでくる。読む人によっては人生のバイブルにさえなりかねない作品である。


ベルガモット
ミカン科の常緑低木樹の柑橘類。イタリア原産。(Wikipedia「ベルガモット」

【楽天ブックス】「私という運命について」

「サスツルギの亡霊」神山裕右

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
カメラマンの矢島拓海(やじまたくみ)は一枚の絵葉書を受け取った。その差出人は2年前南極で死亡したはずの義理の兄だった。期を同じくして拓海は南極越冬隊への仕事の依頼を受ける。
この作品の魅力は、その舞台を南極という地に設定している点だろう。その土地自体がすでに僕らにとっては未知の土地であるし、常に雪に覆われている点や、時に太陽さえも昇らないその場所はそれだけで十分に魅力的な素材となっている。しかし、本作品の仔細な描写と通じて、その生活の様子を知ることによって、南極という地に対して、僕ら一般の人間がどれほど偏見と幻想を抱いているか知るだろう。

昭和基地には郵便局、水道局、歯科を含めた病院施設など、人間が生活に必要なあらゆるものがあるのに、警察と刑務所だけがない。

物語は、南極へ向かう航路から不可解な事件が起こり始め、次第に2年前の義理の兄の死亡の裏に隠された真実に迫っていく、という流れであるが、個人的にはミステリーや謎解きの色合いよりも、南極という地特有の厳しさや不思議。そして、少人数社会ゆえに起こる諍いや各人が感じる存在意義などに焦点を当てているように感じた。
とはいえ、物語展開としての面白さが欠けているというわけでもなく、特に、鍵となる登場人物の背景がしっかり描かれていることに好感が持てる。そして、もちろん南極で過ごし、少しずつ義理の兄の生きてきた足跡に触れることによって変化する拓海(たくみ)の心情も描いている。

美しい景色をフィルムの中に閉じこめ、永遠に自分の物にしたいと思って、今までカメラを握ってきた。だが、誰かに何かを伝えたくて写真を撮りたいと思ったのは、初めてのことだった。

南極という地特有の出来事を要所要所に小道具として盛り込んでいるため、ややイメージしにくい部分もあるが、本作品を通じて得られる知識や、歓喜された好奇心という点では十分に満足のいく作品である。


ルッカリー
ペンギンやアザラシが、みんなで集まって子育てをする場所。(Weblio「ルッカリー」
アデリーペンギン
中型のペンギン。南極大陸で繁殖するペンギンはこの種とコウテイペンギンのみである。(Wikipedia「アデリーペンギン」
サスツルギ
風が作る雪の模様こと。
タイドクラック
潮の干満により海氷が動いてできる割れ目。
インマルサット
国際移動衛星機構(International Mobile Satellite Organization)という名称の組織で、 4つの静止衛星を運用して船舶や地上のインマルサット端末へさまざまな通信サービスを提供いる。(Wikipedia「インマルサット」
太陽フレア
太陽の大気中に発生する爆発現象。(Wikipedia「太陽フレア」
デリンジャー現象
電離層に何らかの理由で異常が発生する事により起こる通信障害の事。(Wikipedia「デリンジャー現象」
参考サイト
南極観測のホームページ
南極-ANTARCTICA

【楽天ブックス】「サスツルギの亡霊」

「千里眼 優しい悪魔」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
千里眼第2シリーズ第9作。スマトラ島自信で記憶を失った女性を治療するためにインドネシアに趣いた岬美由紀(みさきみゆき)はそこで、世界を操る闇の集団メフィスト・コンサルティング・グループのダビデと出会う。因縁の戦いが再び始まる。
例によって、時事ネタや、感心するような小話を随所に散りばめて展開しており、物語の面白さ以外にも楽しめる作品に仕上がっている。
本作品は、小学館の千里眼シリーズからたびたび登場するメフィスト・コンサルティング・グループのダビデと「千里眼 ファントム・クォーター」などで登場するジェニファーレイン、そして「千里眼 シンガポールフライヤー」で表に出てきた人の心を信じない集団、ノン=クオリアの間で繰り広げられる争いを描いており、角川文庫のシリーズの大きな区切りとなるような構成となっている。
中盤から利害が一致したことによってダビデと美由紀(みゆき)は行動を供にして、ジェニファーレインの悪事を阻もうと試みる。美由紀(みゆき)はいつのもとおりその正義感から、そして、ダビデは、かつての部下だったジェニファーレインを思ってか、仕事としてか…、今まで、そのおどけた表情の裏に隠されたダビデの本性だが、本作品ではダビデ目線で描かれるシーンもあり、過去のシリーズの流れとは少し違った空気を感じる取ることができるかもしれない。

きみが過食症の女性のカウンセリングをしているとき、地球の裏側では五人の子供が飢えによって死んでいる。

本作品では、登場人物だけでなく、過去の事件などが何度か引用される。僕自身この千里眼シリーズは小学館と角川文庫で10年近く、ほぼすべてを読んでいるが、それでもその引用される登場人物や事件の前後関係が思い出せない。このあたりに松岡圭祐のおごりを感じてしまう。
物語的にはやや物足りない印象も受けるが、今後の展開に対する期待を感じさせる作品である。

参考サイト
メフィストフェレス
ドイツにて民間に伝えられる悪魔。(Wikipedia「メフィストフェレス」
タリホー
アメリカ合衆国のメーカーであるU.Sプレイング・カード社によって製造されているトランプのひとつ。バイスクルと並ぶ同社の人気商品。(Wikipedia「タリホー」
マホガニー
センダン科の広葉樹で、古くから知られる世界的な銘木のひとつ。
参考サイト
エレベーターのキャンセル技

【楽天ブックス】「千里眼 優しい悪魔(上)」「千里眼 優しい悪魔(下)」

「ミッキーマウスの憂鬱」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
夢を支える仕事がしたいという思いから、ディズニーランドでの勤務が決まった青年、後藤大輔(ごとうだいすけ)の職場での姿を描いている。
松岡圭祐の初期の作品ということで、ずいぶん前からタイトルだけは耳にしていたが、なかなか触れる機会がなく、今回ようやく書店で目に止まり読むことができた。
本作品はもちろん、ディズニーランドを扱った作品である。物語中にはたくさんのアトラクション名が出てくるため、ディズニーランドに何度も足を運んだことのある人には非常に楽しめる作品かもしれない。残念ながら僕は2度しか行ったことがないので、そのイメージが湧いたのは、シンデレラ城、カリブの海賊、ビッグサンダーマウンテンなどわずか数点で、ディズニーシーに話が及ぶとまったくイメージできない、という具合であった。とはいえ物語はディズニーランドの舞台裏もかなり詳細に描いているので、夢は夢のままでとっておきたかった、と後悔する人もいるのかもいれない。
物語中でも、夢の世界の舞台裏に入ったことで、現実を突き付けられ、失望する後藤(ごとう)の姿が描かれる。

夢のディズニーキャラクターを演じる者たちの葛藤。そんなものが存在するなんて、できることなら知りたくなかった。夢は夢のまま、そのほうがどれだけよかったかわからない。

それでもやがて後藤(ごとう)は、周囲の人に支えられて、夢を支える仕事に自分の存在意義を見出していく。
物語の過程で描かれる、キャストたちの着付けの様子や、来場者の夢を壊さないためにキャストに強いられるさまざまなルールに、ディズニーランドの成功の秘訣を見ることができる。
また、物語の中で描かれる複雑な人間関係や、そこで発生する諸問題によって、東京ディズニーランドという、世界で唯一ディズニーカンパニーが経営権を持たないディズニーランドという企業としての利害関係についても理解を深めることができるだろう。
夢の舞台の裏側を描いたという展では本作品を読む意義はあっても、物語としてはややありきたりな印象を受けた。

【楽天ブックス】「ミッキーマウスの憂鬱」

「ストロベリーナイト」誉田哲也

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
溜池近くの植え込みから発見された惨殺死体から、捜査一課の警部補、姫川玲子(ひめかわれいこ)はその遺体損壊の必要性に気づく。類まれなる勘によって真実に近づいていく玲子の前に現れた謎の言葉は「ストロベリーナイト」。
最近では特に珍しくもなくなったが、本作品も、事件解決へ向かうとともん、警察組織内の縄張り争いや、刑事同士の足の引っ張り合いなどもしっかり描いている。
何か過去のトラウマを抱えていると思われる玲子(れいこ)の言動、そして、次第に浮かび上がる死体遺棄事件の関連性。それでいて読みにくさを感じさせないテンポや思わず笑ってしまう喜劇タッチも随所にちりばめられている面白さにも事欠かない。

…死後の損壊は、なんのため?主に、死体損壊は、なんのため?
「れれ、れ、玲子ちゃん」
…死体損壊は、死体損壊は……。
「玲子ちゃん、ワシの、この気持ち、受け止めて……」
…死体損壊は、死体損壊は……。
「玲子ちゃん、抱いてェーッ」
「やかましいッ」

前半部分で期待値は絶頂に達するが、残念ながら後半はあっけないほどあっさり事件が解決。やや拍子抜けである。
本作品では玲子(れいこ)の真実を見抜く力は、犯罪者に近い嗜好回路ゆえと結ばれている。しかし、それならば読者にも、犯罪者が犯罪者に走らざるを得なかったと納得させるような、苦悩や葛藤の描き方をして欲しかった、というのが個人的な感想である。
とはいえ総合的に評価すれば、今までにない刑事物語という印象を受けた。徐々に明らかになる玲子の過去と刑事になるまべのいきさつのくだりは、少々出来すぎな感もあるが、全体的には新しい警察物語で、読んでも損にはならないだろう。


ネグレリアフォーレリ
正式名はフォーラー・ネグレリア。温かい淡水中で増殖し、鼻の粘膜から脳に侵入する。その後1日‐2週間のうちに急激に悪化する。脳組織を破壊する。日本では1996年に鳥栖市で発生した。
二号警備
警備業務の種類。
一号警備
事務所、住宅、興行場、遊園地等における盗難等の事故の発生を警戒し、防止する業務
二号警備
人や車両の雑踏する場所またはこれらの通行に危険のある場所における負傷等の事故の発生を警戒し防止する業務
三号警備
運搬中の現金、貴金属、美術品等に係る盗難等の事故の発生を警戒し、防止する業務
四号警備
人の身体に対する危害の発生を、その身辺において警戒し、防止する業務
ロボトミー手術
前頭葉切断の手術。難治性の精神疾患患者に対して熱心に施術されたが、現在は精神疾患に対してロボトミーを行うことは禁止されている。

【楽天ブックス】「ストロベリーナイト」

「カディスの赤い星」逢坂剛

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第96回直木賞受賞作品。
1975年、楽器メーカーを得意先に持つPRマン漆田亮(うるしだりょう)はスペインから来日したギター製作家から、一人の男を捜すように依頼される。その調査はやがて独裁政権末期のスペインへと繋がっていく…。
以前より気になっていた逢坂剛(おうさかごう)という作家に触れるためとりあえず直木賞受賞作品から手に取った。
物語の舞台は日本とスペインに渡っているのだが、物語中では終始スペイン文化が溢れている。日本を舞台とした序盤では、メインとなる調査のほか、漆田の恋愛やPRマンという仕事の様子にも触れられていて、刑事物語と似た雰囲気を感じる。
一方舞台をスペインに移した後半では、独裁政権下のスペインの様子がよく描かれていて、冒険物のような絵がかれ方をしている。スペインというどちらかというとクールな印象を抱くヨーロッパの国が、実はわずか30数年前までヨーロッパ最後の独裁政権と呼ばれていたというのは新しい驚きであり、ヨーロッパ各国の時代背景をほとんど知らないことに気づかされる。
やや内容を詰めすぎた感は否めない。もう少しコンパクトにまとめられたのではないか、とも思うが、多くのスペインの都市の名前が挙がり、余裕があればGoogleストリートビューなどで町並を感じながら読むのもいいだろう。スペイン好きにはたまらない一冊かもしれない。


イサーク・アルベニス
スペインの作曲家・ピアニストであり、スペイン民族音楽の影響を受けたピアノ音楽の作曲で知られる。(Wikipedia「イサーク・アルベニス」
セヒージャ
カポタストのこと。
ソレア
苦悩や孤独を表現するフラメンコの代表的な歌のこと。(Wikipedia「フラメンコ」
種痘
天然痘の予防接種のこと。(Wikipedia「種痘」
ETA
バスク語で「バスク祖国と自由」を意味する言葉 Euskadi Ta Askatasuna を略したものであり、バスク地方の分離独立を目指す急進的な民族組織。(Wikipedia「ETA」
参考サイト
VentureView「「広報」と「広告」、その根本的な違いとは」

【楽天ブックス】「カディスの赤い星(上)」「カディスの赤い星(下)」

「首都直下地震<震度7>」柘植久慶

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
タイトルのとおり、東京を震度7の直下型地震が襲う。鉄道や電力などがマヒした中、、登場人物が未曾有の大惨事を生き延びようとする姿が描かれている。
午後6時という一日の中でもっとも慌しくなる時間に起きた大地震によって会社員はオフィスに閉じ込められ、帰宅ラッシュの電車や地下鉄はパニックを起こす人や浸水した水などで大惨事になる。
大地震によって起こりうる可能性をすべて描きたいためか、休暇でディズニーランドに行っている者、地下鉄に乗り合わせている者、高層階で食事を取っている者など、実に多様な人物が登場する。しかし残念ながら格人物の背景を描かずにひたすら人数ばかり増したため、読者は混乱するばかりだろう。
地盤のゆるい地域の大惨事が何度も描かれている。そして、多くの人は、何年かに一度起こるか起こらないかの大地震よりも毎日の通勤の便と価格を優先する。残念ながら物語としての完成度は低く、大地震への警鐘を鳴らす以外の意義は感じられない。こうこの手の本を軽んじてしまうこと自体が、災害に対する意識の低さを象徴しているのかもしれない。
【楽天ブックス】「首都直下地震〈震度7〉 」

「ハゲタカ」真山仁

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
ニューヨークの投資ファンドの鷲津政彦(わしずまさひこ)は日本の企業を買収し再生させ、そこから利益をあげるスペシャリストであり、その企業再生の様子を描く。
鷲津(わしず)率いるチームは、法律やマスコミを巧みに利用して、銀行から不良債権化した債権を安値で買い取り、それを基に、その企業を再生していく。「ハゲタカ」と呼ばれる彼らのそんなビジネスは一見血も涙もない利益だけを追求した行為にも思えるが、本物語の中で印象に残ったのが、結局、社員や経営者の反感を招いてはその企業を再生させるための大きな障害になるから敵対的買収はしない、というスタンスである。
むしろ本作品の中では、会社を利用して私腹を肥やし、身を粉にして働く社員達さえも大切にしようとしない経営者達の怠慢さが強調されている。かれらの多くは経営が立ち行かなくなった理由を、貸しはがしや貸し渋りをした銀行のせいにして、自分たちの経営の責任を最後まで認識しない。

今や”真の勇気”を持った経営者も官僚も、そして政治家も存在しなかった。

倒産間際の会社の経営者に名を連ねながら、信じられないほど豪勢な社宅に住んでいる経営者達に、最後通牒を突きつける鷲津(わしず)の戦略は時に爽快ですらあり、それが本作品の魅力なのだろう。
ただ、個人的にはリゾートホテル経営の家系に生まれ、立ち行かなくなったホテルの再建に悩む松平貴子(まつだいらたかこ)や、友人からスーパーチェーンの再建を任された芝野(しばの)の奮闘する様子をもう少し描いて欲しかったと感じた。
物語はもちろんフィクションであるが、現実に存在する名をもじったであろうと思われる企業名が多々登場し、過去の経済界の大事件にも再び興味をそそられる。例を挙げるなら丸紅、ローソン、山一証券、ナビスコ、など、時間があれば過去の買収劇の舞台裏を調べてみたいものだ。企業の買収劇に関して僕らは紙面で数行の文字としてみるだけだが、実際には多くの駆け引きや利害関係、人間物語が詰まっているものだと改めて感じた。
とはいえ、全体的には企業買収の駆け引きに終始し、鷲津という感情移入のしずらい人間を主人公格にすえているせいか、物語としての楽しみはあまり見出せなかった。僕の経済に関する知識の乏しさゆえなのかもしれないが。


ブラッド・メルドー
アメリカのジャズミュージシャンピアノ奏者、作曲家。(Wikipedia「ブラッド・メルドー」
総量規制
1990年3月に当時の大蔵省から金融機関に対して行われた行政指導。大蔵省銀行局長通達「土地関連融資の抑制について」のうちの不動産向け融資の伸び率を総貸出の伸び率以下に抑えることをいう。バブル崩壊の一つの要因となった。(Wikipedia「総量規制」
ビル・エバンス
ジャズのピアニスト。(Wikipedia「ビル・エヴァンス」
タルムード
ユダヤ教を教えを記した書物。聖書の解釈なども記してある。

【楽天ブックス】「ハゲタカ(上)」「ハゲタカ(下)」

「そして、警官は奔る」日明恩

オススメ度 ★★★★★ 5/5
武本(たけもと)は市民の通報により、男性の部屋に監禁されている幼い少女を救い出した。それをきっかけに武本(たけもと)は国籍を持たない子供たちの売買という現実と向き合うこととなる。
タイトルから想像できるように本作品は「それでも、警官は微笑う」の続編である。前作で魅力的なコンビを形成していた潮崎(しおざき)と武本(たけもと)は本作序盤で早くも再会を果たし、後の展開に大きく絡むこととなる。これは前作を読んだ多くの読者にとっても朗報であろう。
さて、武本(たけもと)と潮崎(しおざき)は事件の真相に迫る過程で、不法滞在をしている外国人女性達が産んだ国籍を持たない子供たちを取り巻く環境を知り、また、その子供の面倒を見る羽川のぞみ(はがわのぞみ)と辻岡(つじおか)という医者と出会う。明らかに違法な行為であるが、誰にも迷惑をかけていないどころか人の役にさえ立っている。そんな彼らを前に、警察に所属するものとして何をすべきか…、武本と潮崎は考え、悩む。

彼らのしていることで、誰か困るというのだろうか。弱い立場の女性や子供が救われる、それが罪になるのだろうか?法を基準とすれば、間違いなく罪を犯している。だが人として罪を犯しているのだろうか?

同時に事件に関連する警察関係者を通じて、警察内部の多様な考え方も描いている。温情こそが人を更正させる唯一の方法だという考えで犯罪者たちに接する小菅(こすげ)。一方で、情け容赦なく責め立てて、その家族も含めて一生後悔させることが再犯を防ぐ最善の方法と考える和田(わだ)。それぞれが、世の中に罪の意識の低さを憂い、警察の権力のなさを嘆くからこそ、警察本来の力を取り戻して平和な世の中にしたいと思うからこそ貫いている信念であるが、時にそれらは衝突し諍いの元になる。
そして、物語は後半へと進むに従い、それぞれの刑事達の持つ複雑な感情。人々が持つ多くの汚い部分を読者の目の前にさらけ出す。それぞれが持つ信念は、多くの人にとってそうであるように、親しい人の助言や悲しく辛い体験を基に形成されていく。本作品で描かれているように、きっと、過剰とも思えるような強固で信じ難い信念は、耳をふさぎたくなるような苦い経験によって形作られるのだろう。

名前すら判らないまま、亡骸になった子供を前に、ぜったいにこいつがやったと判っている犯人を前に、何もできないことがどれだけ悔しかったことか…

重いテーマを扱いながらも、潮崎(しおざき)の自由奔放な言動が本作品の空気を軽くしてくれている。特に、彼が物語中盤で発した言葉が個人的に印象に残っている。

経験は何にも勝る。僕もそう思っています。ですが、経験があるからこそ、先が見通せてしまって、やってみれば良いだけのことに二の足を踏んだり、もしかしたらやらずに終わってしまうことだってあるんじゃないでしょうか。

武本(たけもと)、潮崎(しおざき)はもちろん、武本とコンビを組む「冷血」と呼ばれる和田(わだ)、それと真逆な考えを持つ小菅(こすげ)など、すべての登場人物が分厚い。多くの経験を経て今の生き方があることが、強い説得力とともに描かれている。そして、傑作には欠かせない、読者をはっとさせるような表現もふんだんに盛り込まれている。

可哀想だから、困っているだろうから優しくしたい。気持ちは判るの。でも、だからって、ただで物を買い与えたりしないで。可哀想と思われることって、思われた側からすれば、最大の侮辱なのよ。

「鎮火報」「それでも、警官は微笑う」と質の高い作品を提供していたため、相応に高い期待値を持って本作品に触れたにも関わらず、それをさらにいい方向に裏切った。読みやすさ、テンポ、登場人物の個性と心情描写、物語が訴える社会問題。文句のつけようがない。
【楽天ブックス】「そして、警官は奔る 」

「闇の子供たち」梁石日

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
貧しい生活を送るタイの山岳地帯で、親たちはその子どもを売ることで生活費を稼ぐ。本作品は幼児売春や臓器売買など、売られた子どものその後を描くと共に、そんな悲惨な現状を変えるべく活動する社会福祉センターの人々の奮闘する姿を描く。
この物語が発展途上国と先進国の貧富の差をが生む悲惨な出来事をテーマにしていることはもちろん認識して(というよりも期待して)手に取った。しかし、序盤に描かれていたその悲惨な現実は僕の想像をあっさり裏切ってくれた。
そこには家族によって売られた8歳の女の子のその後が描かれている。言うことを聞かないと火のついたタバコを押し付けられ、先進国からやってくるペドファイルたちを満足させるためにあらゆる性行為の訓練する。そして運悪くエイズに感染すればゴミ捨て場に捨てられて一生を終える。野良犬のほうがはるかにまともな人生を送っているように感じられる。

人間にとって一番恐ろしいのは飢えでもなければ死でもないのです。一番恐ろしいのは絶望です。

そんな子どもたちの様子と平行してタイで活動する日本人の音羽恵子(おとわけいこ)を含む社会福祉センターの活動も描かれている。貧富の差ゆえに権力にすがりつく警察や政府関係者はもはや頼りにできる存在ではなく、子ども達を救おうとする行為はその利益を牛耳る人々の反感を招き、大きな権力と暴力の前に無力な正義が強烈に描かれている。
そして後半には、臓器提供を受けないと生きていけない日本人の子どもと、臓器移植にも焦点があてられる。貧しい国で起こる悲劇は、その国の不安定な政治だけが理由でないことを知るだろう。僕ら日本もまた当事者なのだと。
いつか僕に子どもができて、その子どもが違法な臓器移植なしでは助からないという状況になったとき、「自分の子どもを助けるために貧しい子どもの命を犠牲にするべきではない」と自分の子どもの命を諦められるだろうか。そんな問いかけを自らに投げかけることができれば上出来ではないだろうか。
そして物語は結末へ。その最後は、読者によって賛否両論あることだろうが、個人的には満足している。下手に理想を描かれるよりも、問題の根の深さが感じられる。

私が会った児童ポルノ愛好者によると、タイの山岳民族の子供が被写体として選ばれたのは、その土地の人々が特に貧しいからとか、親を納得させやすいからというよりも、容姿が日本人に似ているからなのだそうだ。日本の児童ポルノ愛好家たちは、日本人の幼女を好む。

さて、日本では、多くの人が「貧しい人が豊かになればいい」と言うだろう。それは決して偽善ではなく本当にそう思っているのだろうが、全財産を持ってアフリカなどの貧困地帯に渡るような日本人はいない。僕らが人助けをするのは、僕らの豊かな生活が壊れない範囲でしかないからだ。だから僕達は、ときどきユニセフに募金して、貧しさのかけらも伝わってこないような遠く離れた場所から、少し貧しい人々の生活を豊かにしたという満足感に浸るだけだ。それを批判するつもりもないしそれでいいと思っているし、僕もそんな中の一人である。
しかし、この物語ではこう言っているように感じる。僕らが豊かな生活を送れるということが、他のどこかで貧しい生活をしているということなのだ、と。つまり、この豊かさがあったうえでの人助けなどありえない…。


チャオプラヤー川
タイのバンコクなどを中心に流れる河川。(Wikipedia「チャオプラヤー川」

【楽天ブックス】「闇の子供たち」

「仇敵」池井戸潤

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
地方銀行である東都南銀行で庶務行員として働く恋窪商太郎(こいくぼしょうたろう)は基は都市銀行のエリート行員。商務行員としての優雅な日を満喫しながら、時々若い行員に助言を与えて日々を送る。そんな恋窪(こいくぼ)を中心とした銀行の出来事を描いている。
池井戸潤(いけいどじゅん)の経験からリアルに描かれた銀行を舞台とした物語。
序盤は地方銀行の一般的ともいえる業務の様子を通じて、地域に根ざした企業と銀行員の物語を描いている。大企業を相手にできない地方銀行は、行員たちが必死で歩き回って融資先を探すしかない。経営者と親しくなることによって、経営に関して的確な助言を与えられることもあれば、逆に融資先として適当かどうかを客観的に判断できなくなることもある。
そして一方では、かつては壮大な夢を語って自信に満ちていた経営者たちが資金繰りに苦しんで会社をたたんだり、時には親友さえも裏切って会社を守ろうとする。
恋窪(こいくぼ)の仕事を通して見えてくる、夢や希望や努力だけではどうしようもない人生の厳しさが感じられる。
そして後半は、都市銀行の幹部たちが絡む陰謀へと焦点が移っていく。人の弱みに付け込んだり、意図的に会社を倒産させて設けようとするその企みの、細かい部分まで理解しようとするのは、その専門性ゆえにやや難しい印象も受けたが、その雰囲気を理解していくだけでも楽しめることだろう。


ベンチャー・キャピタリスト
将来性のある企業を発掘し、株式投資することで成長する可能性のある企業に資金を提供し、さらに事業を伸ばすためにアドバイスを行なう。

【楽天ブックス】「仇敵」

「空の中」有川浩

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
地上20,000メートルで航空機と自衛隊機が何かにぶつかって爆発した。調査するためにその空域に向かった光稀(みき)と高巳(たかみ)はそこで人類が発生する以前より人知れず漂っていた知的生命体と出会う。
序盤は言葉も人類の文化も知らない知的生命体との出会いに終始する。光稀(みき)と高巳(たかみ)の掛け合いがいい味を出している。女性でありながら優れた動体視力を備えた航空自衛隊パイロットの光稀(みき)からは千里眼シリーズの岬美由紀(みさきみゆき)を連想せずにはいられない。
そんな地上2万メートルに現れた生命体との遭遇と平行して、小さな知的生命体と出会った四国に住む斉木瞬(さいきしゅん)とその友人の佳枝(かえ)のエピソードも進む。中学生という多感な時期の様子が描かれていて、周囲の大人たちが思っている以上に、人との間に複雑な駆け引きをしている思春期の様子が巧くが描かれている。
しかし、残念ながら本作品中もっとも多くのページを費やされている、「白鯨(はくげい)」と呼ばれたその知的生命体と人類の間に発生する誤解や共存のための話し合いなどは、個人的には面白くもなんともない。、現実に存在する生き物からヒントを得たわけでもなくほぼ100%著者の想像の生き物であるから、その言動には大して興味をかきたてる要素もなく、その間、何度本を閉じたくなったかわからない。
結局、本作品の中でもっとも印象的だったのは、瞬(しゅん)の近所にすむ宮じいのしごく当たり前ともいえる言葉。

間違うたことは間違ごうたと認めるしかないがよね。辛うても、ああ、自分は間違うたにゃあと思わんとしょうがないがよ。皆、そうして生きちょらぁね。

いろいろな要素が詰まっているといえば聞こえはいいが、僕にいわせれば作者の訴えたいことがひどくあいまいで、バランスさえも考慮せずに思いつくままに書いた作品といった印象を受けてしまった。


ハーマン・メルヴィル
アメリカの作家(Wikipedia「ハーマン・メルヴィル」
参考サイト
イオンクラフト(リフター)

【楽天ブックス】「空の中」

「ララピポ」奥田英郎

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
格差社会の底辺で生きる6人の男女を描いている。
人に頼まれたら断ることができないために徐々に泥沼にはまっていく男。作家という栄光にすがって生きていたらいつのまにか官能小説しか書いていない男。そのほかにも対人恐怖症のフリーライターや風俗専門のスカウトマンなど、僕にとってはあまり縁のない類のかなり刺激的な日常を描いている。
この物語の主人公はみんな自分の才能をみかぎってしまったひとばかり。そして、普通に会社で働いている人たちに気後れして生きていて、だからこそどんどん世間に認められる生き方からはずれていく。そして追い詰められた生活をしているからこそ人を思いやる余裕を持てない。それはもはや不幸のスパイラルである。

互いに尊敬できない人間関係は、なんて悲惨なのか。

そんな希薄な人間関係の中で生活するから、寂しく、風俗などのつかの間の人との触れ合いにわずかなお金と時間を費やして、更なるどの沼へと落ちていくのだろう。
それでもこの物語を読みながら感じたのはこんなこと。平和な日本では、プライドさえ捨てれば生きていくことはできる、ということだ。ホームレスとしてでも、体を売ってでも。
また、人間は意図するしないにかかわらず同じような境遇の人間と近付いていくのだとも改めて思った。お金のある人はお金のある人同士。そしてこの物語のようにお金も希望もない人たちは、お金も希望もない人となぜか近づいていく。だから、視野を広げるには無理をしてでもその人間関係の自然の法則に逆らうしかない。
最後に裏ビデオ女優がが嘆く言葉が心に響く。

世の中には成功体験のない人間がいる。何かを達成したこともなければ、人から羨まれたこともない。才能はなく、容姿には恵まれず、自慢できることは何もない。それでも、人生は続く。この不公平に、みんなはどうやって耐えているのだろう。

こういう人間が世の中に存在するということを僕たちはもっと意識しなければいけないのかもしれない。「一生懸命生きれば幸せになれる。」などという言葉は彼らにとっては幻想でしかないのだ。
ふと魔が差したことを発端として人生を転がり落ちるそのスピード感はもはや奥田英郎の最大の売りと言えるかもしれない。「最悪」「真夜中のマーチ」で存分に繰り広げられたその展開力は本作品でも健在である。
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「容疑者xの献身」東野圭吾

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第134回直木賞受賞作品。2006年このミステリーがすごい!国内編第1位

一人娘と暮らす靖子(やすこ)のもとに、別れた夫である富樫(とがし)が現れる。口論の末に富樫(とがし)を殺してしまった靖子(やすこ)は、隣にすむ石神(いしがみ)の指示でアリバイ工作をする。
本作品の面白さは、犯罪を犯して犯罪を隠蔽しようとする靖子(やすこ)や石神(いしがみ)といった犯人側の目線をメインに描きながらも、その偽装工作の詳細が最後まで明らかにならない点である。
そして、そんな数学者である石神の考え抜かれた偽装工作に、これまた数学者でありドラマ化された「ガリレオ」の主人公としても名をはせた湯川学(ゆかわまなぶ)が挑む。湯川(ゆかわ)の追及によって少しずつ危機感を抱く石神。2人の天才の対決がこの物語の見所であるが、それだけでは終わらないのが東野圭吾ワールドである。最後は読者の想像のさらに上を行ってくれることだろう。
直木賞受賞作品ということでかなり期待したのだが、残念ながら、過去の東野作品の面白さの範囲を出ない。むしろ前回読んだ「さまよう刃」や名作「白夜行」のほうがはるかに強烈な物語だった。


エルデシュ
ハンガリーの数学者。
四色定理
いかなる地図も、隣接する領域が異なる色になるように塗るには4色あれば十分だという定理。(Wikipedia「四色定理」

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「不祥事」池井戸潤

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
花咲舞と相馬は事務管理部ループ調査役。問題を抱える支店を訪問し指導することで、解決に導くのが仕事である。本作品はそんな2人の仕事の様子を描いている。
本作品も「オレたちバブル入行組」と同様に銀行を舞台とした物語。多少、問題の発生する頻度には誇張があるだろうが、著者の経歴を考慮するとかなり現実の銀行内の出来事を忠実に描いているのであろう。
そして、本作品では相馬と花咲舞が指導役として支店を巡ることから、それぞれの支店にそれぞれの物語が描かれる。雰囲気のいい支店、悪い支店。土地柄忙しい支店とそうでない支店。物語はもちろん取引先や窓口を訪れる顧客との間でも起きる。融資をめぐった取引先との人間物語。そして銀行という組織の中に蔓延する出世競争と派閥間の内部闘争などである。

ここには人を動かし、時に狂わせるいくつかの物差しが同時に存在してる。銀行の利益という物差し、そして派閥や個人的な私利私欲という物差し、だけど私たち個人が幸せになれるか、本当にやりたい仕事ができるかという物差しはいつだって後回し

銀行という古い体質の組織に嫌気を感じながらも、その正義感とその歯に衣着せぬ花咲舞(はなさきまい)の物言いが最終的には物語に痛快な空気を漂わせている。実際に勤めなければわからないであろう、一つの業種の中を読者にわかりやすくリアルに描いたという点だけでなく、物語のテンポも含めて読みやすくほどよくスリリングで非常にバランスの取れた作品だと感じた。
ちなみに本作品の主人公的役割を担う花咲舞(はなさきまい)のような、気が強くても、賢くそして優しい女性はなんと魅力的に映ることだろう。彼女の登場が本作品だけに限らないことを望む。


引当金(ひきあてきん)
引当金とは、将来の特定の費用又は損失であって、その発生が当期以前の事象に起因し、発生の可能性が高く、かつ、その金額を合理的に見積ることができる場合に、貸借対照表上に積み立てられる金額。(exBuzzwords用語解説「引当金とは」
債務者区分
金融機関が融資先を債務の返済状態に応じて分類している区分で、正常先、要注意先、破たん懸念先、実質破たん先、破たん先の5段階ある。(用語集:マネー・経済「債務者区分」

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「聖域」篠田節子

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
出版社に勤める実藤(さねとう)は、退社予定の社員の机を整理していて未発表の原稿を見つける。実藤(さねとう)はその内容に魅力を感じて、完成させるためにその作家を探し始める。
冒頭は書きかけの原稿の中に描かれた物語が詳細に描かれる。東北を舞台としたその物語は、一つの神に仕える若者が東北を旅する物語であり、地方によって神の形も崇拝の方法も異なっていた時代の日本の不思議な空気を感じさせてくれる。
そして物語は現代に戻り、その原稿の作家を探す実藤(さねとう)の様子を描く。終盤は探していた作家との出会い。そして普通の生き方を捨てたその作者が見せる生と死のハザマの世界。死者を現世に導く媒体となる人間、沖縄で言えばユタ、東北で言えばイタコと呼ばれる人間に焦点が移っていく。
全体的にはややアンバランスな印象を受けた。登場する作家が書いた物語なのか、それとも死者と現世のかかわりなのか、著者がこの作品で訴えたい箇所がぼやけている気がした。
本作品のように、登場人物として小説家が登場するような物語は、著者が自分の一つの理想像を描いているような印象を受けることが多い。この作品で言うなら、著者の篠田節子はこの作品の中に登場するその小説家に、「こんな小説も書いて見たい」という自身の願望を映したのではないだろうか。前半部分は少し実験的な小説という印象さえ受けた。
その点も含めて、残念ながら共感したり強く感動をするような内容ではなかった。篠田節子の作品は読むたびにテンポも雰囲気もがらりと変わる。だからこそこの著者の作品を表紙の印象や背面のあらすじだけを頼りに手に取るのは賭けに近く、アタリかハズレのどちらかになってしまう。自分の知識のなさを棚に上げているだけなのかもしれないが、あまりオススメできるような作品ではなかった。


口寄せ
死霊を呼び出して喋らせる事
参考サイト
Wikipedia「蝦夷」

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「1985年の奇跡」五十嵐貴久

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
高校の弱小野球部にすごいピッチャー沢渡(さわたり)がやってきた。勝利の味と悔しさを知った野球ことで部員達とその周囲に少しずつ変化が起こり始める。
舞台となっているのは1985年である。「キャプテン翼」によってサッカーの人気が出てきたあの時代。弱小野球部の野球部員はおニャン子倶楽部に夢中だった。そんな、僕自身よりも10歳ほど上の世代の青春時代を描いた作品。
この時代に対する僕らのイメージは、この時代に世にでていた漫画やドラマのせいだろうか、「根性」とか「青春」とか、なんかどこか敬遠してしまうようなイメージばかり抱いてしまうが、時代は違えど、高校生などどの時代も似たようなものなのだろう。手を抜くことと女の子と仲良くなることばかり考えていたのかもしれない。
本作品で描かれる野球部員達も、そんな種類の人間。「努力」と「根性」はせずに目の前の人生を楽しく生きたいという考え方。それでもそんな彼らが、野球とその仲間を通じて、少しずつ変化していく様子を描いている。

ただ、あいつが見せてくれた夢があまりに美しかったから、それがやっぱり夢だとわかった瞬間、どうしていいのかわからなくなっただけなのだ。

夏休みのこの時期にぴったりな爽快な物語。
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「ガラス張りの誘拐」歌野晶午

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
連続婦女誘拐殺人事件が発生した。佐原を含む刑事たちの努力によって事件は終結したかに見えたが不振な点を残す。そして第二の事件が起きる。
物語の目線である佐原(さわら)は娘との関係に悩む刑事である。彼を中心として2つの事件が描かれていて、それぞれの事件は単純な刑事物語のように感じられるが、少しずつ不振な点を残して最終的に一つの大きな意図が見えてくる。
特に大きなテーマがあるわけではなく、数ある刑事事件を扱ったミステリーの中に、一つの回答例を挙げているような印象を受けた。ただその意外性だけに頼りすぎてしまった感が否めない。例えば佐原と娘の関係など、もうすこしリアルな心情描写、読者が感情移入できるような表現が盛り込まれていたならもっと強烈な何かを感じることができたのではないだろうか。


ハッブルの法則
天体が我々から遠ざかる速さとその距離が正比例することを表す法則。(Wikipedia「ハッブルの法則」

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「それでも、警官は微笑う」日明恵

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第25回メフィスト賞受賞作品。
刑事の武本(たけもと)と麻薬取締官の宮田(みやた)は違う組織に所属しながらも一人の麻薬常習犯の起こした事件で遭遇し、事件の全貌を追求するために協力しあうことになる。
物語の目線の大部分は刑事である武本に置かれている。武本は強い正義感と曲げることのない信念を持った、どちらかというと頑固で融通の利かない古い刑事という描かれ方をする。彼のモットーとしている父親の台詞が印象的だ。

「石橋を叩いて渡る」ということわざがある。しかし、ただ叩くだけでなく爆薬まで使って橋を試し、結果自ら叩き壊してしまう奴もいる。そして、「やっぱり壊れた」と、橋を渡らなかった自分の賢さに満足する。それは俺から見れば、ただの臆病者だ。

そして武本だけではどうしても事件の謎解きだけに焦点があたってしまっただろう警察内部の登場人物に、潮崎(しおざき)という、これまた個性的な人間をペアとして組ませることで、本作品の大きな魅力の一つとなっている。
潮崎(しおざき)はその由緒ある家系のせいで、警察上層部さえも扱いに困る存在。しかしそれゆえに本人は自分の実力を正当に評価されないという悩みにぶつかる。家系に恵まれているからこそ陥る葛藤。「シリウスの道」の新入社員、戸塚英明(とつかひであき)を思い出してしまったのは僕だけだろうか。悪い環境に悩む人間もいれば、いい環境に悩む人間もまた存在するのである。
物語は序盤から宮田ら麻薬取締官と武本ら警察官がたびたび衝突し、ここでも警察の高慢さや柔軟性の乏しさが言及される。

お前らポリ公は、専門性なんて言い方をすりゃぁ格好もつくだろうが、実際はただの融通の利かない分業制だ。しかも内部で妙な権力闘争や意地の張り合いがある。そうして捕まえられるものすら、取り逃がしちまう。

正義を全うするという共通の目的を持ちながらも、その方法も権力の範囲も異なる麻薬取締官と警察。少しずつお互いを理解し認めていくその過程をリアルに描くからこそ、現実の問題点が浮き彫りになるのだろう。

この情に厚く職務に誠実な男は、誠実であるがために、どれだけ辛く悔しい思いをしてきたのだろうか。しかもそうさせたのは他ならぬ警察、自分たちなのだ。

さらに、個人的に印象に残っているのは、潮崎(しおざき)が情報を得るために行った掲示板への書き込みが、特定の個人への攻撃へと発展し、潮崎(しおざき)がきっかけを作った自分の行動を悔やむシーンである。

自分を正義だとでも思っているんですかね。見当違いも甚だしい。正義を語って自分の悪意を正当化しているだけなんだ。なのに…僕という人間は…悪意の行方がどこに行き着くのか、すでに知っていたのに。…

深い。物語に取り入れられているすべてが深くしっかり描かれている。本作品だけでなく「鎮火報」についても同様だが、僕にとって魅力的な物語を創るために必要な、人の心に対する深い洞察力と、現実に起こっている問題を読者に伝える優れた表現力。日明恵という作者にはその2つの能力がしっかり備わっていると感じた。またすべての作品を読まなければならない作家が増えてしまったようだ。


警察法六十三条
警察官は、上官の指揮監督を受け、警察の事務を執行する。(警察法
参考サイト
Wikipedia「動物の愛護および管理に関する法律」
Wikipadia「保税施設」

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