「追伸」真保裕一

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
ギリシアに滞在している山上悟と日本にいる奈美子の手紙のやりとりで構成される物語。本作品に手紙の内容以外の要素は一切ない。作者である真保裕一の一つの挑戦的な作品である。
2人の何往復にもわたる手紙のやりとりによって少しずつ2人の置かれた状況や、その家族、周囲の人との関係までもが明らかになっていく。きっと、小説を書いた経験のある人や、実際に小説家として生きている人にとってはそれなりにその技法に読み応えを感じるのだろう。しかし、ただ単に読者として普段物語を楽しんでいる僕は物足りなさを感じた。
とはいえ、携帯電話やメールやインスタントメッセンジャーなど、多くの気軽なコミュニケーション手段が日常の中に取り入れられている昨今において、手紙というものの存在意義のようなものを感じるきっかけにはなった。

便箋に向かって一語一語選んでいく言葉は思うがまま口にするより、たとえわずかながらでも時間を費やした文、相手の胸へと確実に響き、残っていくのでしょう。

【楽天ブックス】「追伸」

「武士道シックスティーン」誉田哲也

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
幼い頃から剣道で強くなるためだけを目標に生きてきた香織(かおり)と、日本舞踊から剣道の道に入った勝ち負けにこだわらない早苗は高校で同じ剣道部に所属することとなる。
基本的に物語は、香織(かおり)と早苗(さなえ)という、同じ剣道部に所属しながらもまったく正反対の取り組み方をする二人の目線で交互に展開していく。最初はやはり香織(かおり)の異様なまでの勝負へのこだわり方が面白いだろう。そして、その剣道に対する姿勢は当然のように他の部員や顧問の先生との摩擦を生む。

「お前には、負ける者の気持ちが、分かるか」
「・・・・・・わかりますよ。人並みになら」
「どう分かる。どう思った。負けたとき。」
「・・・・・・次は斬る。ただそれだけです。」

一方で早苗(さなえ)は勝ち負けよりも、自分の剣道を少しでもいいものにしようと心がける。序盤はそんな張り詰めた香織(かおり)目線と、のほほんとした早苗(さなえ)目線がなんともリズミカルに進んでいく。
次第に今までの自分の剣道への取り組み方に疑問を抱き始める香織(かおり)。そして早苗(さなえ)もまた香織(かおり)に影響されていろんなことを考えるようになる。
違ったタイプの人間が出会ってお互い刺激を受け合い、少しずつ人間として成長していく、と。言ってしまえばそんなありがちの物語なのだが、まあそれでも自身を持ってお勧めできるのは、誉田哲也らしい独特の会話のテンポと、登場人物それぞれが持っているしっかりした個性のせいだろうか。香織(かおり)には優しい兄と厳しい父が、早苗(さなえ)には、情けない父と自分勝手な姉が、それぞれ物語にとってもいい味を出しており、香織(かおり)、早苗(さなえ)の生きかたにも大きく影響を与えていることがわかる。
すがすがしい読み心地の青春小説。新しい何かを始めたくなる4月。こんな時期に読むのにまさにぴったりの作品。といってもいまさら剣道はさすがに始められないが。
【楽天ブックス】「武士道シックスティーン」

「永遠のとなり」白石一文

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
まもなく50歳に届く青野誠一郎(あおのせいいちろう)。うつ病をきっかけに会社を辞めて生まれ故郷で小学校時代からの親友の敦(あつし)と過ごす。
部下の自殺を期にうつ病になり、誠一郎(せいいちろう)は過去の含めて自分の人生を考える。また、敦(あつし)は、肺がんと闘いながら、年寄りの話し相手となることを生きがいとしている。
どたばたするわけでもなく、寝る間を惜しんで動き回るわけでもないが、誠一郎(せいいちろう)と敦(あつし)が、その人生に陰り、もしくは終りを意識したがゆえに、その人生の意味を探そうとする心の焦りが見えてくる。
それはただ他人の世話を焼いたり、金銭的な援助をしたりといった形で現れてくる。それでも答えのない人生の意味。2人は嘆く、世の中は一体なんなのか、なんのために生まれてきたのか、と。それでも生きていく、小さな出来事に一喜一憂しながら。
決して読み手を強く引き込むようなエピソードがあるわけでもないが、読んでいるうちにじわじわしみこんでくるものを感じる。
この物語が教えてくれるのは、幸せな生きかたでも、運命をいい方向に変える方法でもなく、ただ、どうしようもなく不公平な運命の受け入れ方なのかもしれない。
【楽天ブックス】「永遠のとなり」

「ボトルネック」米澤穂信

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
兄を失った失意のリョウがたどり着いたのは、もうひとつの世界。その世界ではリョウは生まれずに、代わりに姉のサキが生きていた。
別の世界に飛び込んでしまうという突飛な展開ながら、決してその非現実な舞台設定で読者を遠ざけることなく、そこから描かれる世界観はむしろ妙に引き付けてくれる。なぜなら、リョウとサキはお互いの世界の違いが自分たち2人がそれぞれの世界に及ぼした影響だということに気付いていて、それが自分自身の世の中に対する存在価値だと気づいて行くからである。
1人の人間が男か女か、そしてその性格の違いだけで、少しずつ世界に違いが生じている。あるはずの木がなかったり、捨てたはずの皿が残っていたり、死んだはずの人が生きていたり…。
やがてリョウは自分がやってきたこと、やらなかったことの意味に気付いていく、ラストはもちろん読者次第だと思うが、僕の中には他の作品では味わえない感情を起こしてくれた。僕らはこんな非現実な経験をすることはまずないが、それはむしろ幸せないことなのかもしれない。また、舞台が石川、福井と北陸地方で、その観光名所がうまく物語に取り入れられている点も面白いだろう。

兼六園
石川県金沢市にある日本庭園。広さ約3万坪、江戸時代を代表する池泉回遊式庭園としてその特徴をよく残している。(Wikipedia「兼六園」
東尋坊
福井県坂井市三国町安島に位置する崖。
「東尋坊」

【楽天ブックス】「ボトルネック」

「戦場のニーナ」なかにし礼

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
戦場で瓦礫の中で生き残った一人の赤ん坊は、ロシア兵に助け出され、「ニーナ」と名づけられ、中国人として育てられることになった。
「戦場のニーナ」というタイトルがなんとも魅力的でついつい買ってしまった。戦争に人生を振り回されたという話だと、中国残留孤児や、真保裕一の「栄光無き凱旋」で描かれた、アメリカに住む日本人たちなどが僕の頭に思い浮かび、いずれの人生にもいろいろ考えさせられるものがある。
本作品もそういう刺激を期待していて、実際ニーナはロシアで自分の国籍をはっきり知らぬままその人生の大部分を過ごし、その間には多くの悲しい出来事が起こるのだが、物語中で展開する会話は残念ながら非常に現実感に乏しく、小学生の演劇のような表面的な台詞に終始している。その一方でなぜか恋人であるユダヤ人とのベッドシーンだけはやたらと長くしつこくて半分も読んだところで残りのページの多さに途方にくれてしまった。
巻末にある参考文献の数々や物語中に登場する多くの都市や歴史的建造物の多さに、著者が相応の下調べをしたことがわかるだけに、登場人物の心情描写や台詞のチープさが作品全体の質を下げてしまってこのような作品にしか仕上がらなかったことが本当に残念である。
ぜひ著者に真保裕一の「栄光無き凱旋」を読んで人の心の中に現れては消えていく複雑に入り混じった感情とその表現方法を知って欲しいと思った。
【楽天ブックス】「戦場のニーナ」

「日本人の英語」マーク・ピーターセン

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
日本人が間違えがちな単語の使い方を分かりやすく解説している。
冠詞の「a」と「the」と「my」の使い方や、副詞(off、out、over、around)などのニュアンスの説明はどれも目からうろこである。
中でも印象的だったのが「over」と「around」の違いである。本書ではこういっている、「over」も「around」も回転を表す副詞だが「over」はその回転軸が水平で「around」はその回転軸が垂直だというのである。
なるほど、だから人が「turn around」したらスピンだし、「turn over」なら「寝返りを打つ」なのか、「get over」なら「乗り越える」だし「get around」なら「回避する」なのだ。
副詞と組み合わさった慣用句をすべて日本語の意味とつなげようとするのではなく、副詞の意味を直感的に理解して全体をイメージするほうがずっと早いに違いない。
同じように「車に乗る」は「get in the car」なのに「電車に乗る」は「get on the train」。こんな違いの理由についても解説している。
「この一冊を読めばもう完璧」などということは決してないが、今までの理解度を50%増しぐらいにはしてくれるだろう。
【楽天ブックス】「日本人の英語」

「1/2の騎士」初野晴

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
高校のアーチェリー部主将の円(まどか)はある日、オカマの幽霊サファイアと出会う。時を同じくして中高生の間に広まる不思議な噂。円(まどか)はサファイアとともに見えない犯罪に立ち向かうことになる。
読み終わったときは「まあまあ」という評価でも、時が経つに従って、印象を強めていく物語がある。僕にとってはそれが吉田修一の「パレード」と初野晴の「水の時計」なのだ。そんなわけで、期待とそれを裏切られる不安とともに購入した本作品。
女子高生を中心に据えた物語のため、「時をかける少女」のようなさわやかな物語を想像したが、読んでみると、もちろんさわやかなテンポで描かれているものの、それぞれの犯罪者と、そこで登場する人たちの間で描かれる妬みや失望などの表現にはときどきハッとさせられた。
かといって、そんなに重い内容というわけではない。一方では円(まどか)とその友人たちの友情の物語という側面も持っていて、ときにはおっちょこちょいで、ときには熱い物語が繰り広げられている。
基本的に5つの章に分かれているが、個人的には障害者たちとともに真相に迫っていく4番目の物語が心に残った。特に、障害者の近くで生きている人間が言ったこんな台詞。

ひとりでトイレに行けるようになりたい。それが叶うなら、歩けないことも口がきけないことも我慢する。本気でそう願っていた十六歳の少女を、私は二年前に看取った。

少し怖くなるような生々しい表現に「水の時計」との共通点を感じた。しばらくこの著者の作品は見逃さないように、と思った。

四色型色覚
色情報を伝えるために4つの独立したチャンネルを持つ状況をいう。(Wikipeida「4色型色覚」

【楽天ブックス】「1/2の騎士」

「臨床真理」柚木裕子

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第7回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作品。
臨床心理士の佐久間美帆(さくまみほ)は、患者として藤木司(ふじきつかさ)という青年を担当することとなった。美帆(みほ)に心を開き始めたように見えた司は「声の色が見える」と言う。
著者柚木裕子のデビュー作品ということらしい。昨今注目が集まる心のケアという分野と、共感覚という一般の人にはおそらく一生かけても出会うことのないだろう特殊能力を組み合わせて、物語を構成している。
物語の中で、信頼を築いた美帆(みほ)と司(つかさ)は手首を切って死んだ女の子、彩(あや)の死の本当の理由を探ろうとするのだが、彩(あや)もまた失語症という普通の生活を送りにくい症状を抱えているため、彼らの生きかたやその特異な能力ゆえの生活のしかたや考え方が見えてくる点は面白いだろう。

失語症患者がパソコンをなかなか使わない理由のひとつに、感じよりもひらがなのほうが判別しにくいということがある。漢字ならば文字を見ただけでイメージが頭の中に浮かびやすいが、ひらがなはひつつひとつ読んでいかないと意味がわからない。

若い著者であろうことをうかがわせるようなIT用語もいくつか出てきて、新しさを感じさせてくれたが、共感覚や福祉施設、臨床心理士など、掘り下げようと思えばいくらでも掘り下げられる題材が揃っていただけに、全体的にちょっと変わったミステリーに過ぎない程度の作品で終わってしまった点が残念である。

【楽天ブックス】「臨床真理(上)」「臨床真理(下)」

「Down River」John Hart

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2008年エドガー賞受賞作品。
5年前に町を離れたAdamの元へ、旧友のDannyから連絡が入り、Adamは生まれ育った町に戻ることを決める。殺人の容疑をかけられた町、そして母が自殺した町へ。
舞台となるのはノースカロライナ州シャーロット。大きなブドウ園を所有する地元の名士の下に生まれ幸せな子供時代をすごしながらも、母親が目の前で拳銃自殺を図ってから家族の歯車が狂い始める、Adamの行動の中からときどきそんなトラウマが見え隠れする。
5年ぶりに故郷に戻ったAdamは、義理の兄弟や旧友、昔の恋人との再会するなかで、その5年という月日の中で変わってしまったもの、そして未だ変わらないものと向き合い、自分だけでなく、多くの人が同じように5年間苦しみながら過ごしてきたことに気付く。
本作品からは、家族でブドウ園を切り盛りしようとするアメリカの一つの家庭の様子が見えてくる。これはそんな家族の中で起こった小さな間違いから生じた大きな悲劇の物語といえよう。
登場人物それぞれが持っている苦悩の描き方が印象的である。誰もが人は弱く、間違いを犯すものだと知りながらも、自分の不幸を他人のせいにしたり、自分を正当化したり、とその心は常に揺れ動いているのである。そしてそれでも月日は流れていく。近くを流れる、子供時代から親しんだ川、そしてなにかを伝えるかのように表れる白いシカ。いったい何を意味するのだろう。

シャーロット(ノースカロライナ州)
ノースカロライナ州南西部に位置する商工業、金融都市。(Wikipedia「シャーロット(ノースカロライナ州)」

「南アフリカの衝撃」平野克己

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
1ワールドカップが近づくにあたって関心の南アフリカ。本書ではその歴史や経済、そしてアパルトヘイトについて書いている。
アパルトヘイトの撤廃からすでに15年近くが経過しながらも未だに犯罪天国と呼ばれ、大きな貧富の格差がある南アフリカ。章ごとに、南アフリカの経済、歴史、日本との関係、と余計な話でページを稼いだりせずに無駄のない構成となっている。ボーア戦争などの植民地時代の歴史から、マンデラ後の、大統領ムベキ、ズマの政策などにも触れている。南アフリカといえばアパルトヘイト。それ以外に大したイメージを持たない僕には多くの興味を与えてくれた。
団体名が最初以外はすべて略称になってしまうので、そのたびにいちいち読み返さなければならないなど、お世辞にも読みやすいとは言い難かったが、内容の濃さを感じた。また、歴史的事実だけでなく南アフリカに在住経験のある著者の視点からだからこそ見えてくるその激動っぷりが見えてくる。
しかし南アフリカのみならず他国の実情を見て、そこに国の自由や平和だけに人生をささげた人のエピソードを知るたびに、自由の認められている国に生まれたことの幸運を感じる。

SADC(南部アフリカ開発共同体) 
南部アフリカ開発調整会議を改組し1992年に設立された地域機関。経済統合や域内安全保障を目指している。(Wikipedia「南部アフリカ開発共同体」
アフリカーナー 
南アフリカ共和国に居住する白人のうち、ケープ植民地を形成したオランダ系移民を主体に、フランスのユグノー、ドイツ系プロテスタント教徒など、宗教的自由を求めてヨーロッパからアフリカ南部に入植したプロテスタント教徒が合流して形成された民族集団である。(Wikipedia「アフリカーナー」
プラチナ 
装飾品に多く利用される一方、触媒としても自動車の排気ガスの浄化をはじめ多方面で使用されている。自動車産業の発達している日本はアフリカからのプラチナの最大の輸入国である。
ボーア戦争  
イギリスと、オランダ系ボーア人(アフリカーナー)が南アフリカの植民地化を争った二次にわたる戦争。南アフリカ戦争、ブール戦争ともいう。(Wikipedia「ボーア戦争」
ナント勅令 
1598年4月13日にアンリ4世が発布。プロテスタント(ユグノー)などの新教徒に対してカトリック教徒とほぼ同じ権利を与え、近代ヨーロッパでは初めて個人の信仰の自由を認めた。1658年の、フォーテヌブローの勅令によりこの勅令は廃止され、迫害を恐れたプロテスタント(ユグノー)の一部が南アフリカに入植する。

【楽天ブックス】「南アフリカの衝撃」

「硝子のドレス」北川歩実

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
菅見英晴(すがみひではる)は突然行方をくらました恋人の実咲(みさき)を探して奔走する。一方、肥満に悩む千夏(ちなつ)はやせるためにダイエットコンテストに参加する。
「金のゆりかご」の巧妙に計算された物語とその過程を裏切らないラストが良かったので、同じく北川歩実の作品ということで手にとってみた。
物語中では千夏(ちなつ)だけでなく多くの痩せたい女性たちが描かれている。その多くが、家族や親類からは「見た目が大事なんじゃない」と諭されながらもそれを受け入れることができずに、「痩せれば私の人生は変わるはず」という考えに縛られながら生きている。
自分の外見が嫌いだから、外出することを控え、それによって運動ができずに、ストレスを発散するには家の中で食べるだけ、という悪循環にはまっている。そして外見に関するコンプレックスはその性格にも現れ、時に被害妄想的な行動をも起こす。
本作品の中でそんな悲劇の一部を見ることができるだろう。
細かいどんでん返しの数々は、「金のゆりかご」と共通するものがあるが、ダイエットを扱った物語ということで、女性でもなく、痩せたいなどと思ったこともない僕にとってはやや共感できかねるシーンが多くなかなか物語に入っていくことができなかった。この辺はひょっとしたら女性の方が理解しやすいのかもしれない。ぜひ女性の感想を聞いてみたいものだ
【楽天ブックス】「硝子のドレス」

「春を嫌いになった理由」誉田哲也

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
フリーターの秋川瑞希(あきかわみずき)はとある霊能力者の通訳を勤めることとなった。過去の苦い経験から霊能力を嫌悪しながらも、初日から男性の遺体を発見してしまう。
瑞希(みずき)がテレビスタッフと霊能力者の間で右往左往するエピソードと平行して、本作品中ではもう一つの物語が進んでいく。それは中国の田舎で育ちながらも、日本でお金を手にする夢を描く、中国人兄妹である。
個人的にはその中国人兄妹の日本に密入国するための過程や、日本に到着した後の現実と夢のギャップに打ちひしがれる姿などに、興味を覚えた。
そんな2つの物語が終盤どのように結びつくのか、読者はそんなことを考えながら読むことだろう。
さて、誉田哲也の作品といえば女性の主人公がいつも魅力的なのだが、本作品の秋川瑞希(あきかわみずき)にはやや個性の弱さを覚えた。霊能力という部分ですでに現実からやや離れているという点が、それぞれの登場人物の現実味を薄めている一因かもしれない。
【楽天ブックス】「春を嫌いになった理由」

「サクリファイス」近藤史恵

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第10回大藪春彦賞受賞作品。
ロードレースチームに所属する白石誓(しらいしちかう)は、チームのエースを優勝に導くためのアシストとなることに魅力を感じる。しかしチームのエースには嫌なうわさが囁かれていた。
過去自転車を職業としている人の物語というのは読んだことがあってもロードレースをメインに扱ったものは記憶にない。それぐらい自転車競技というのは日本ではマイナーな存在なのだ。それを裏付けるように、最初の数ページで僕らがどれだけロードレースというものに対する知識がないか知るだろう。そして同時にロードレースが単にマラソンの自転車版という程度の単純なものではなく、他のスポーツにはない魅力をもったものであることも。
さて、物語中では誓(ちかう)が次第にレースで力を発揮できるようになるのだが、そこでチームのエースである石尾(いしお)にまつわる噂が頭から離れなくなる。強い若手に対する嫉妬から過去、若手の一人の大怪我をさせているという噂。
タイトルとなっている「サクリファイス」つまり「犠牲」。これがどんな意味を含んでいるのか。そんなことを考えて読むのも面白いだろう。
最終的にはやや誓(ちかう)の刑事なみの洞察力に違和感を感じながらも、心地よい汗のにおいを感じさせるような青春小説として読むことができた。
【楽天ブックス】「サクリファイス」

「果断 隠蔽捜査2」今野敏

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第21回山本周五郎賞、第61回日本推理作家協会賞受賞作品。
家族の不祥事による降格人事に従って、大森署の署長となった竜崎。その管内で拳銃を持った立てこもり事件が発生する。
「隠蔽捜査」の続編である。そして、主人公は今回も、恐ろしいまでに自分に厳しく生きる東大法学部卒のキャリア竜崎(りゅうざき)である。縦割り社会の警察組織の中にあって、人の顔色を伺うことなく合理的な行動をしようとする竜崎(りゅうざき)は今回も周囲から異質な存在として見られる。それでも少しずつ新しい環境にあって周囲から信頼を得ていくすがたが面白いだろう。
さて、この竜崎(りゅうざき)という登場人物がなぜこんなにも強烈かというと、それはきっと、「真面目」と「賢い」という2つの要素が融合した登場人物というのが日本の文化に今までなかったからではないだろうか。
賢く頭の切れる人間は時にルールを逸脱する。そしていい結果を導くことが長く日本人に受け入れられてきた美学だったのだ。そしてそれと対になるように、真面目な人間はどこか融通が効かずに最終的に損をする。それが良くあるお約束だったのだ。
ところがここで竜崎(りゅうざき)には「真面目」と「賢い」が同居してしまった。そうするとさぞ近づきがたい人間のように聞こえるのかもしれないが、物語はその竜崎本人の目線で進む。理想に近い行動を選択しながらも、心の奥ではつねに信念と規則と人の気持ちと、いろいろなものの重さを量りにかけて決断しているのだとわかるだろう。

「そんなに堅苦しく考えることはない。私用でちょっと出かけるなんてのは、誰だってやっていることだ。」
「みんながやっているからといって正しいというわけではない。」

実はそんな竜崎(りゅうざき)の物事の考え方は、かなり僕にとっても共感できる部分があり、特にこの台詞は印象に残った。

「相変わらずですね。ご自分が正しいと信じておいでなので、何があろうと揺るがないのです。」
「俺は、いつも揺れ動いているよ。ただ、迷ったときに、原則を大切にしようと努力しているだけだ。」

そう、結局、国や誰かの決めたルールで判断するのでなく、人は自分のなかの何かにしたがって判断をし、行動しているのだ。しかしその「何か」が不安定なものならば意味がないし、その「何か」と目の前で起こっている事実を照らし合わせるためには、知識や観察力が必要。だから僕らは学ぶのだ。
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「イノセント・ゲリラの祝祭」海堂尊

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
田口公平(たぐちこうへい)は病院長の命により、厚生労働省で行われる会議へ出席することとなった。
残念ながら御世辞にも序盤は面白いとは言えない。多くが会話につきており、登場人物の名前や組織名の多さに、一つ一つ整理して読まないととても話についていけない。漠然と理解した範囲でまとめると、どうやら物語は先進国の中できわめて低い解剖率のせいで、多くの犯罪が見過ごされるであろうという日本の社会の懸念を解決する手段として、エーアイの導入を改革派が叫んでいるにもかかわらず、現在の地位を守るために保守派が難癖をつけて却下させようとしている、ということらしい。
ところが「イノセント・ゲリラ」こと、彦根信吾(ひこねしんご)の登場によって物語りは一気に面白くなる。過去の作品で「ロジカルモンスター」こと厚生労働省の役人、白鳥圭輔(しらとりけいすけ)が行ってきた、権力にしがみつく保守派の医者たちの屁理屈をことごとく論破していく姿。今回はそれを彦根信吾(ひこねしんご)が見せてくれる。必死で現状の破綻した制度を維持しようとする官僚たちを切り捨てていく姿はなんとも爽快である。

「国家システムに競争原理を働かせては、ゆがんで壊れてしまう」
「競争原理を行政制度に導入した時に壊れるのは、官僚が手にしている既得権益だけだ」

しかし、全体的に見るとなかなかお勧めできる作品ではない。日本の医療問題をいろいろ考えさせたいのはわかるが、やはりある程度面白さを全体的に意地しなければ、読者を引き込んで、その方向へ目を向けさせるのは難しいのではないだろうか。
そういう意味では前半は僕にとってはひたすら退屈な展開であり、後半部分の面白さを評価したとしても、及第点を与えられる内容ではない。

検案
医師が死体に対し、死因、死因の種類、死亡時刻、異状死との鑑別を総合的に判断することをいう。死体検案の結果、異状死でないと判断したら、医師は死体検案書を作成する。異状死の疑いがある場合は検視を行い、死因などが判断できない場合は解剖を行う。(Wikipedia「検案」
参考サイト
Wikipedia「監察医」

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「ブラックペアン1988」海堂尊

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
1988年。世良正志(せらまさし)は研修医として東城大学医学部付属病院で外科としての第一歩を踏み出す。そこで初めて見る現実や、常識はずれな医師たちに出会う。
海堂尊作品ということで、過去の経験から、他の海堂作品と繋がっているのだろうと思いながら読み進めていたがなかなかつながらない。何人かの登場人物の名に聞き覚えを感じながらもなかなか繋がらない。そう思いながら上巻の中盤に差し掛かったところで、研修医として、田口、速水、島津という3人が登場。どうやら「チームバチスタの栄光」の数年前を描いたものらしい。そこでようやくタイトルの1988の意味に気付くに至った。
つまり生意気で破天荒な振る舞いをする医師高階(たかしな)は将来、「チームバチスタの栄光」で東城する病院長ということになるのだ。世良を驚かせた医師は高階(たかしな)だけでなく、昇進を拒みながらも技術の向上にこだわる渡海(とかい)もまたその一人である。
物語前半は対照的な考え方をする高階(たかしな)と渡海(とかい)のやりとりが面白い。

どんなに綺麗ごとを言っても、技術が伴わない医療は質が低い医療だ。いくら心を磨いても、患者は治せない。
心無き医療では高みには辿りつけません。患者を治すのは医師の技術ではない。患者自身が自分の身体を治していくんだ。医者はそのお手伝いをするだけ。手術手技を磨き上げるのも大切だが、患者自身の回復力を高めてやることも同じくらい重要なことだ。

そして、その2人の間に挟まれながらもいい刺激を受けて成長していく世良(せら)が前半の見所といえるだろう。
一見いがみ合っているように見えながらもこんな個性的な医師たちが、最終的に見事な化学反応を起こし病院という巨大組織を機能させていくところが面白い。「ジェネラル・ルージュの凱旋」でも感じたことだが、お互いの力を認め合うこんなシーンを見ると、かっこよさよりもそんな環境で仕事ができることに対する嫉妬を覚えてしまう。
そして終盤は、教授である佐伯(さえき)に焦点があてられる。物語序盤は医療の脚を引っ張る癌細胞のような存在に見えていた佐伯(さえき)も、その本音を知ればかっこよく見えてくることだろう。

私が病院長を目指す理由は、てっぺんに近づけば近づくほど自由度が上がるからだ。自由度が上がれば、自分より能力が低い連中にとやかく指図されなくなる。

そして最期は佐伯(さえき)が執刀するときのみに使用するという黒いペアン(医療器具)の存在理由が明らかになる。
かっこよく、すがすがしく、そして医療の在り方、医師の在り方について考えさせてくれる作品である。

ウィルヒョウ
ドイツ人の医師、病理学者、先史学者、生物学者、政治家。白血病の発見者として知られる。(Wikipedia「ルドルフ・ルートヴィヒ・カール・ウィルヒョー」

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「警官の血」佐々木譲

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2008年このミステリーがすごい!国内編第1位

昭和23年。警察官として人生を歩み始めた安城清二(あんじょうせいじ)。そんな父親の警察官としての生きかたを見て、息子の民雄(たみお)、そしてその息子の和也(かずや)も警察官として生きることを選ぶ。
” >笑う警官」以降、今野敏と並んで警察小説の雄とされる佐々木譲の長編である。物語の始まりは、戦後の混乱の続く、昭和23年である。家族を支えるために警察官になろうという清二(せいじ)の決意から、60年にも及ぶ親子3代の警察物語が始まるのである。
面白いのはその時代背景の描き方だろう。時代は大きく移りながらも、基本的にはその舞台は上野周辺を描いているため、その時代の日本人の生活事情が大きく反映されている。昭和の清二(せいじ)の時代からは、戦後の混乱ゆえに、多くのホームレスが上野周辺で生活しており、多くの人々が生きることにすら不安を覚えている、今からは考えられないような生活である。そして、そこで起きる、窃盗や殺人事件に対応しながら治安を守るのが、清二(せいじ)の主な仕事であったのに対して、二代目の民雄(たみお)の捜査の対象は赤軍派というテロ組織へと変わる。そして三代目の和也(かずや)の任務は、同じ警察組織の刑事の汚職を疑った内部調査となる。
警察の組織が大きくなるに従い、対応しなければいけない犯罪の規模も大きくなるとともに、大きくなったがゆえに内側から汚職が発生する、というように、時代に伴って変化する警察組織が見て取れる。
警察物語としては特に大きな事件が発生するわけでも、興味深い謎が発生するわけでもなく、読者を寝不足にさせるほどの吸着力もないが、警察という職業に対する、3人の強い気持ちと、それと同時に、組織の大きさゆえに人生を大きく狂わせてしまうような、圧倒的な、その組織や時代の流れの大きさを感じさせるような作品である。

ノンポリ
英語の「nonpolitical」の略で、政治運動に関心が無いこと、あるいは関心が無い人。(Wikipedia「ノンポリ」
Wikipedia「共産主義者同盟赤軍派」
Wikipedia「巣鴨拘置所」
Wikipeida「キューバ革命」
Wikipeida「谷中五重塔放火心中事件」

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「ひまわりの祝祭」藤原伊織

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
自殺した妻と瓜二つの女性と出会った秋山(あきやま)は、その後、数人の男たちに監視されていることに気付く。それは亡くなった妻が残した謎に拘わることだった。
本作品はゴッホの作品を物語の鍵として扱っている。秋山(あきやま)やその亡くなった妻も美術に造詣が深く、おのおののエピソードには、ゴッホだけでなく、多くの画家の名前や、用語がちりばめられている点が、非常に面白く、その方向に興味のある人には物語の面白さをさらに深く味わえるのではないだろうか。
物語は藤原伊織の作品らしく、年配の少し浮世離れした男性を主人公として扱っていて、その生きかたがまたかっこよく、思春期を過ぎた僕らに「まだまだこれからだ」と思わせてくれるような力がある。
前回読んだ「シリウスの道」があまりにも傑作だったために、本作品は読む前にハードルが上がりすぎていた感があるが、悪くないできである。

人間を動かす要素は三つあるそうです。カネ、権力、それに加えて、美。つまり欲望の要素ですね。だけど、僕はその逆もあるんじゃないかと考えた。この時代、人はまだ誠実によって動かされることがあるかもしれない。
コルサコフ症候群
側頭葉のウェルニッケ野の機能障害によって発生する健忘症状である。(Wikipedia「コルサコフ症候群」
デ・クーニング
20世紀のオランダ出身の画家。主にアメリカで活動した。抽象表現主義の画家で、具象とも抽象ともつかない表現と激しい筆触が特色である。(Wikipedia「ウィレム・デ・クーニング」
アーシル・ゴーキー
20世紀のアルメニア出身のアメリカの画家。(Wikipedia「アーシル・ゴーキー」
国吉康雄
洋画家。岡山県岡山市中出石町(現・岡山市北区出石町一丁目)出身。 20世紀前半にアメリカを拠点に活躍、国際的名声を博した。(Wikipedia「国吉康雄」
アンドリュー・ワイエス
アメリカン・リアリズムの代表的画家であり、アメリカの国民的画家といえる。日本においてもたびたび展覧会で紹介され、人気が高い。(Wikipedia「アンドリュー・ワイエス」

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「失われた町」三崎亜紀

オススメ度 ★☆☆☆☆ 1/5
数年に一度起きる「町の消滅」。そんな不思議な世界で人生を左右される人々を描く。
登場人物の名前や地名などから、途中まで日本を舞台にしたとした物語と思って読み進めていたのだが、途中からどこか別の惑星の話のようなファンタジーのような雰囲気さえも感じた。にもかかわらず最終的に結局どこだかわからない。空想の世界の話であれば最初から登場人物の名前をカタカナにしてくれればわかりやすいと感じた。
そもそもの「町が消滅する」という常識はずれな設定は、本作品の根底となるテーマらしいから目をつぶるとしてもそれ以外も展開も登場人物たちの判断もスピーディすぎて、台詞も行動もすべてが現実感に乏しく感情移入などできるはずもなく、きっと著者の中では素敵な物語が展開しているのだろうが、読んでいる側としては、登場人物たちが、物語の中で頑張れば頑張るほどその薄っぺらでありきたりな行動に冷めていってしまった。
人々の一生懸命生きるさまや、運命に翻弄される姿、出会いや別れの感動を伝えたいならなにも「町が消滅する」などという設定じゃなくても、戦争だったり、災害だったりと、いろいろ描き方はある気がする。最終的になぜ、「町が消滅する」という舞台設定にしたのかの著者の意図も見えてこない。たびたび語っていることだが、常識外れの舞台設定をした場合、その違和感を覆い隠すぐらいの感動や面白さを提供しなければただの駄作で終わってしまう。今回はその悪い例。
読むのがつらくてあと何ページあるんだろうとなんども残りのページ数を確認してしまった。著者が好き勝手に書いただけという印象。残念ながら本作品には昨今の読書離れの一端を見た気がする。いろいろ批判してしまったが唯一、文章の紡ぎ方は非常に綺麗だった。(だからこそ物語の失望が大きかった)。
とはいえ、広い世の中にはこういう物語が好き、という人もいるのかもしれない。
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「パンデミックアイ 呪眼連鎖」桂修司

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
弁護士の伊崎(いざき)は北海道の刑務所の保護房に入った直後に不審な死をとげた2名の事件を調べるため、同じように保護房に入るが、その日から悪夢に悩まされるようになる。同じように悪夢に悩まされ始めた刑務所職員たちとその解決に奔走する。
怨念を扱った作品ということで、怨念の名作「リング」とついつい比較してしまうが、本作品が、「リング」と異なるのは、不思議な悪夢に悩まされる伊崎(いさき)がその謎を解こうとする現代を舞台とした物語と、その悪夢の中に登場する、泰造(たいぞう)と、同じ名を持つ男の明治時代の物語が交互に進むことだ。
それによって読者は、現代と過去の2つの方向から、その悪夢の原因となった出来事へ少しずつ迫っていくような感覚を抱くことができるだろう。弁護士である伊崎(いさき)たちの現代の物語からはただの怨念の謎解きだけでなく、犯罪者たちの近くで生きている刑務所職員との会話などから、犯罪者という人間に対する興味深い考えに触れることができる。

できる子の側から見れば、どうしてできないのかも分からない、そんな子供たちがいたでしょう?それと同じように、どうしても善悪が分からない人間がいるのです。

そして明治時代を舞台とした泰造(たいぞう)の物語からも、発展途上の日本であったがゆえに未完成のシステムの中で犠牲になった多くの人々のその悲劇にも目を向けさせてくれる。「あの時代に北海道で一体何があったのだろう。」と、歴史の教科書に書かれていないことに多くの読者が興味を持つのではないだろうか。
数十年前に起こっていた日本の悲劇は、アフリカや東南アジアなど、現在でも多くの発展途上国で起こっている悲劇と共通する部分があるに違いない。ただ単に読者を怖がらせるだけでなく、歴史的な出来事に目を向けさせる広がりを持った作品である。
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