「ベルカ、吠えないのか?」古川日出男

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
太平洋戦争末期に太平洋の島に残された日本の軍用犬、北、正勇、勝と米軍のエクスポロージョン。4頭の犬たちはさまざまなかたちで子孫を作り、その血は、戦争の時代に翻弄され世界に広がっていく。
最初の4頭の子供たちはその類稀なる才能ゆえに、ある犬は犬橇でその才能を生かし、あるものは、先祖と同様に戦争でその才能を発揮する。
太平洋戦争から、冷戦の時代に入り、ベトナム戦争、アフガン戦争と20世紀に起こった戦争や紛争、そして、それだけではなく、米ソの宇宙開発など、歴史的な出来事とその背景を描きながら犬たちの動向を描いていく。むしろ20世紀の戦争史として読んだほうが期待に沿うかもしれない。
そして、軍用犬を戦力として重宝する国々によって、気がつけば数世代前には兄弟だった犬たちが敵と味方に分かれて戦っているのである。
考えてみれば人間の所在は、国籍や民族などしっかりと記録されているが、犬においてはそのようなものはなく、その犬の先祖がどこで生まれたか、とかその犬の従兄弟が今どこで何をしているか、など正確に把握することなどまず不可能なのだろう。そう考えると本作品が描く世界は、決して物語のための誇張とはいえないのかもしれない。
そういった意味では本作品は間違いなく斬新的な作品と言える。ただ、斬新的ゆえに読む人によって好みが分かれし、僕としても、もっと少ない数の犬に集中して描いてくれたほうがありがたく、犬も人間も誰一人共感できる形で描かれていないことによって、ずいぶん読みにくさを感じてしまった。
【楽天ブックス】「ベルカ、吠えないのか?」

「日本人が誤解する英語」マーク・ピーターセン

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
日本人が間違えやすいポイントに絞って英語を解説している。
日本の英語教育の家庭ではその意味的な違いにまで踏み込んで勉強することのなかった部分を、わかりやすい例文を用いて解説している。
たとえば「will」と「be going to」の意味的な違いなどは、何度かきいたことがあるのかもしれないが、あまり意識して使っていなかったことに気づいた。著者が例文をもって、そのニュアンスの違いを示すのを見て初めて、その違いをしっかりと意識して使い分けなければならないということを知った。
たとえば、上司と部下の会話を想定して、

We have to inform the Chicago office be the day after tomorrow.
「明日の朝までにシカゴオフィスに連絡しなければならない」」

という問いに対して「will」と「be going to」の意味的な違いを考えると、

I’m going to do that tomorrow morning.「明日の朝やるつもりでした(言われなくてもわかっているよ)」
I will do that tomorrow morning.「わかりました、明日の朝やります」

となるのである。こうしてその英文が使用される状況を想像して考えると、その違いが日常会話においては無視できないものであることがわかるだろう。同様に、過去形と過去完了のニュアンスの違いなども解説している。
また、個人的に印象的だったのは「make」「have」「get」「let」という4つの使役動詞の使い分けである。日本語にするといずれも「?させる」という意味になるため混乱しやすいのだが、いずれも微妙にニュアンスが違うということがよくわかるだろう。
後半では英文において日本人が「therefore」「so」「because」を多用する傾向があることについて書いていて、その使い方を解説している。実際僕もどうしても日記を英語で書くと「because」を使いたくなってしまうので、この部分の考え方はしっかりと身につけたいものだ。
同様に「したがって」と日本語で訳される、「Consequently」「Accordingly」「Therefore」もしっかりと使い分けをしなければいけないことがわかるだろう。
そして、終盤は制限用法と非制限用法の意味の違いである。話し言葉ではあまり意識する必要がないが、英語でしっかりとした文章を書く技術を身につけるためにはおさえておきたいポイントである。
【楽天ブックス】「日本人が誤解する英語」

「バレエ漬け」草刈民代

おススメ度 ★★★☆☆ 3/5
映画「Shall we dance」で有名になったバレリーナ、草刈民代がそのバレエ漬けの生活を振り返る。
僕自身が、何か一つを極めるという生き方をしてこなかったため、何か一つを極めるために他の、普通の人間なら普通に楽むようなことをすべて犠牲にして一つの道を究めるような生き方には非常に興味を持っている。周囲の人が楽しそうにふるまう中、違う生き方をした自分が、その厳しい人生にどうやって意味を見出し続け、また、そこで感じた葛藤などが知りたいのだ。
そうやって読み始めたのだが、前半はむしろ幼いころの思い出話や、バレエのツアーを通じて体験した海外旅行記のような感じでやや期待はずれな感じを受けた。とはいえ、海外と日本とのバレエに対する社会の考えや環境の違いや、そもそもバレエそのものについてもおおいに好奇心を掻き立てられた。
後半になってようやく僕が読みたかった、その人生の意味や葛藤などに触れている。自分が何のために踊るのか、椎間板ヘルニアに悩まされたことによって改めてそんな問いかけをするのである。
当然と言えば当然なのだが、やはり文章にやや表現力に欠ける感は否めないが、こうして一つの道で大成した人がその人生を振り返った内容だけに、それなりに印象に残る部分はあった。むしろ驚いたのは「白鳥の湖」「くるみ割り人形」「ドン・キホーテ」。いずれも名前に聞き覚えはあっても、物語の内容をまったく知らないことである。機会があれば劇場に足を運んでみたいものだ。
【楽天ブックス】「バレエ漬け」

「誰も知らない「名画の見方」」高階秀爾

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
「絵の見方」と称して、さまざまな西洋絵画を時代背景や画家の気持ちの変化などとともに解説している。
どうやら世の中には、「絵画の見方がわからない」と言って、それを避けてしまう人がいるようだ。考えて見れば僕の友人にもそんなようなことを言っていた人がいる。個人的には、絵画などというのは、何度も見ていれば、それなりにその画家の個性が見えてくるものだと思うし、その画家の絵のタッチや絵のテーマに興味を持てば、自然と宗教や神話や歴史にも興味が広がっていき理解が深まるもの。絵を見る前に「絵の見方」を学ばなければならないなんてものでは決してないと思っている。
本書の「はじめに」で著者が言っているものまさに僕の考えと一致している。著者のそんなスタンスがなによりも気に入った。
さて、本書はそうやって今まで気にしてなかった絵画の見えなかった部分を教えてくれる。たとえばモナリザについての興味深い説明はこうである。

モナ・リザが座っているのは、腰壁に囲まれたテラスである。つまり室内から外部へと続いていく空間のはざまであると同時に、自然と人工物ののはざまでもある。つぎに時間はどうだろう。どうやら夕暮れ時の光のなかのようだ。つまり、昼から夜へと変化していく時間のはざまだ。さらに季節は秋だ。これも暑い夏から寒い冬への変わり目であり、やはり、はざまといえる。

あれほど見慣れているモナ・リザにもこんな見方があったということに驚かされる。
さて、本書はまた、僕自身のお気に入りの画家について書かれている部分が思いのほか多かったのもうれしい。たとえば、ジョン・エヴァレット・ミレイ、ジャン=フランソワ・ミレー、ギュスターヴ・モロー、ヒエロニムス・ボス、ビーテル・ブリューゲルなどがそれである。
絵画好きだけでなく、興味はあるけどいまいちわからない、などと思っている人にもオススメである。

ファン・エイク
兄のフーベルト(ヒューベルト)・ファン・エイクとともに油彩技法の大成者として知られる。フィリップ2世(豪胆公)の宮廷で活躍した。フーベルトの事績は不詳で、確実な作品もないが、現存のヤンの作例は兄との合作も含まれている。(Wikipedia「ヤン・ファン・エイク」

【楽天ブックス】「誰も知らない「名画の見方」」

「アップル、グーグル、マイクロソフト クラウド、携帯端末戦争のゆくえ」岡嶋裕史

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
「クラウド」とはなんなのか。人々が漠然と受け入れているその言葉の意味とその有効性を、アップル、グーグル、マイクロソフトというIT界の巨人たちの動向をふまえて説明していく。
本書によると「クラウド」という言葉のブームは2006年に続いて2度目なのだそうだ。しかし一体、世の中のどれほどの人が「クラウド」という言葉の意味を言葉にすることができるのだろうか。実際僕も「Saas」と「クラウド」を同じものとして今まで受け止めてきた。本書ではまずはそんな言葉の意味から説明していく。
決してわかりやすいとは言いがたく、どこか教科書的になってしまう1章、2章は正直やや退屈だったが、「クラウド」「Saas」「Paas」「Iaas」という鍵となる言葉を理解するうえではおおいに役立つだろう。そして各社がどのような戦略をとっているのか、という視点にたってクラウド解説している後半は世の中に対する新しい見方を提供してくれる。
現在3社がそれぞれクラウドに向かって進んでいるが、それぞれの歩んできた道は異なる。印象的だったのが、マイクロソフトのとってきた戦略とグーグルのとってきた戦略が真逆だという考え方である。

マイクロソフトは既存のパソコンに多くの資産を持ち、クラウドを取り込もうとしているが、グーグルはクラウドに莫大な資産を抱え、次は人とクラウドの接点たるパソコンに入り込もうとしている。

そんなふうに中ほどまではマイクロソフトとグーグルの比較に多くのページが割かれるが、その後は、アップルやアマゾンの手法にも触れられる。この手の多くの著者同様、本書もアップルびいきが感じられるが、世の中の状況を見ると、今のアップルの手法を賞賛せずにはいられないのだろう。アップルの賢さ、(したたかさ?)ばかりが印象に残ってしまった。
スマートフォンや電子書籍など、今後のIT界の動向を見つめるのを少し楽しくさせてくれる一冊となるだろう。
【楽天ブックス】「アップル、グーグル、マイクロソフト クラウド、携帯端末戦争のゆくえ」

「田村はまだか」朝倉かすみ

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
第30回吉川英治文学新人賞受賞作品。
クラス会の3次会でとあるバーになだれこんだ5人。彼らは同じく同級生だった田村(たむら)を待ちながら、思い出話、近況報告に花を咲かせる。
物語の中心となる5人は40歳。夢を追ったり、甘い恋をするには歳をとりすぎているが、人生をあきらめるには早すぎる。そんな人生の中だるみ的な位置を生きている。
そんな5人が酒を飲みながら交わす会話は、いずれも、ものすごく面白くもなければものすごく退屈でもない、ほどほどの話。そしてみんな純情でもなければ、悪人でもない。そんな中途半端な年齢を生きる彼らのなかから何か感じられるものがあるのかもしれない。面白いのは、この友人田村(たむら)を待っている、という設定だろう。なにかの折りに彼らはつぶやくのだ「田村はまだか」「田村遅すぎる」と。そうやって登場していないにも関わらず、なんども会話のなかで触れられていくうちに田村(たむら)がどこか伝説めいた響きをもってくるから不思議である。
ただ、残念ながら、末尾の解説で「若いひとにはぴんと来ないんじゃないかとすら思う。」と書かれているように、ちょっと僕にはこの作品のよさを掬い取ることができなかったようだ。(僕が「若いひと」かどうかは置いておいて)。
【楽天ブックス】「田村はまだか」

「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」岩崎夏海

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
もはや説明もないぐらい今話題の本だが、改めて説明するなら、ドラッカーの「マネジメント」を読んだ弱小高校野球部のマネージャーみなみが、その内容を野球部に少しずつ取り入れていくという内容。
この本がなぜここまで人気があるのかは理解しがたいが、「マネジメント」と聞くと、会社経営に興味がある人向け、と思って敬遠してしまう人が多いであろう内容を、会社以外の身近な組織(ここでは野球部)で説明している点と、そのタイトルとはイメージとしてかけ離れた表紙絵、挿絵などによるところも大きいだろう。
実際僕自身、そのオリジナルのドラッカーの考えなど一切知らないが、抵抗なくその基本的な考えに触れられる。

あらゆる組織において、共通のものの見方、理解、方向づけ、努力を実現するには、「われわれの事業は何か。何であるべきか」を定義することが不可欠である。

こういう説明をするとただのドラッカーの「マネジメント」の初心者版、というような響きをもってしまうだろうが、繰り返しになるが、それを「高校野球」という非営利な組織に適用している点は単に「身近な例」という意味以外においても大きな意味を持つように思う。特に「顧客とは誰か」という問いを高校野球について問う、というのが新鮮で、読む人によっては、人間関係を損得で計ろうという考え方を嫌う人がいるのかもしれないが、僕自身にとっては好意的に捕らえられる。

「顧客は誰か」との問いこそ、個々の企業の使命を定義するうえで、もっとも重要な問いである。

また、そんな「マネジメント」だけでなく、高校野球の物語そのものも結構面白くて、感動的だったりするのはうれしい驚きだった。
さて、結局本作品ではそうやって高校野球を例にとって「マネジメント」の考え方はどんな組織にも応用できる、という内容なのだが、個人的には、組織に関わらず「個人」にも応用できると思った。
たとえば僕自身という「個人」に当てはめて、「われわれの事業は何か」との問いに、「人生を楽しく生きること」と定義するなら、その顧客は、生きるために必要なお金を与えくれる勤務先や、楽しい機会を与えてくれる友人だったりする。多少の悪行では見放さない親や兄弟は、筆頭株主といったところだろうか。
そうなるとマーケティングとはどういうことだろう。顧客が僕自身の商品である、「発言」や「雰囲気」や「外観」に何を求めているのか。個人にあてはめたときマーケティングだけが突然難しくなるのだが、それはきっと、飲み会のような砕けた場所に出向いて意見を聞いたりすることなのだろうか、自分の言動の直後の周囲の人の表情の変化、つまり「空気を読む」というのもマーケティングになるのだろう。
結局「マネジメント」なんて自分には縁のないもの、と切り捨てるのも読者次第。個人的にはただの話題性だけでなく、内容もオススメできる作品だと感じた。

ピーター・ドラッカー
オーストリア・ウィーン生まれのユダヤ系経営学者・社会学者。(Wikipedia「ピーター・ドラッカー」

「Say Goodbye」Lisa Gardner

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
FBIの特別調査官であるKimberly Quencyを指名して助けを求めてきた女性は毒蜘蛛を飼いならす男性による暴力の支配から逃れたい、というものだった。
その女性によって、何人かの売春婦たちが殺されていることが告げられる。そこには、売春婦ゆえに、いなくなっても誰も気にかけない、という世の中の悲しい仕組みが指摘されているのだろう。
そして少しずつ犯人とその協力者の少年の姿が描かれていく。幼さゆえに人生の意味すら知らずにひたすら犯人に命じられるまま協力し続ける少年。その少年目線の記述もまた見所のひとつだろう。また犯人が毒蜘蛛を愛している点も好奇心を書き立ててくれる。
そんな犯人を次第に追い詰めていく、という、よくある面白さのほかに興味深いのが、物語の中心となるKimberlyが第一子を妊娠していて、これから母親になろうとしている点だ。FBIの第一線で仕事に没頭しながらも、子供を身ごもったばかりに、今までどおりに働くことができない。おなかの中の子供を危険にさらすことができない。そんな不自由や、自分の仕事を妨げる子供というわずらわしさに、自責の念を抱いたり、母親になるということに自信を持てない、そんな葛藤が物語の随所に見えて来るのである。
そんなKimberlyが同じく刑事である父親に自分が生まれたときのことをたずねるシーンが印象に残った。

お父さんが1年に100件もの捜査に関わっている中に、私たちはいた、家に帰ってきて一緒に食事を取ることを求め、学校の演劇に参加してくれることを求め、一緒にタレントショーを見ることを求めていた。どうやってそれにストレスを感じずにいられたの?そんなつまらない要求にどうやって答えられたの?

そして最後はなんとも切ない展開。世の中の犯罪のいくつかはきっと、本作品の彼ら、彼女らのように、簡単に、被害者と加害者の区別が簡単にはできないものなのだ。悲しい負の連鎖、犯罪の連鎖はきっと僕らの気づかないところで進んでいるのだろう。

ACLU(アメリカ自由人権協会, American Civil Liberties Union)
主に米権利章典で保証されている言論の自由を守ることを目的とした、アメリカ合衆国で最も影響力のあるNGO団体の一つ。1920年設立。2005年度の会員数は約500,000人。政府などにより言論の自由が侵害されている個人や団体に弁護士や法律の専門家によるサポートを提供している。(Wikipedia「アメリカ自由人権協会」

「「英語公用語」は何が問題か」鳥飼玖美子

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
楽天やユニクロが社内の公用語を英語にするなかで、いったいそれにどれほどの意味があるのか、そもそも僕ら日本人はなんのために英語を勉強し、その問題点はどこにあるのか、そんな視点からプロの同時通訳者の著者が語る。
最近の迫りくる英語熱に「待った」をかけるような内容で、実際に多くの人が感じているであろうことを代弁している。何も考えずに「世の中の流れだから」と英語を勉強している人には耳の痛い内容も多々含まれているだろう。

三木谷氏は「英語はストレートに表現するが、日本語だとあいまいになる」から、「仕事の効率が上がる」と、よくわからない私見を開陳したようである(英語はストレートに表現するだけの言語ではなく、婉曲な表現もふんだんにあることは、言語コミュニケーションを少しでも勉強すれば分かる)。

著者が語っているのは、グローバル化=英語ではなく、グローバル化というのは文化や言語の多様性を最大限に利用してこそ成り立つもので、英語というひとつの言語を押し付ければ成り立つものではないということ。
そして英語をネイティブ波に使いこなせるようになるのは不可能であり、英語をなんのために勉強するのか、という目的を常に意識して勉強する必要があるということ、などである。
そんな中、なによりおおいに著者に同意したいのは次のこと。

大事なのは英語ができるかどうかの前に、話す内容があるかどうかである。

僕も英語を勉強していてたくさんの人と英語で会話を重ねるが、ときどきどんな質問をしても、熱心に語ってくれない人がいる。「この人にはどんな話題をふればいいのだろう」「そもそもこの人に話したいことなんてあるのだろうか」と。
そういう人は、自分がなにをどのように考え、なにを求めているか、そういうことをもう一度考え直す必要があるのだろう。そういう人が話せるか話せないかというのはもはや英語以前の、人間としての問題なのである。
また、著者は日本の英語教育や、多くの企業がその英語力を計る尺度として利用しているTOEICの信用性についても語っている。英語を学んでいる人、学ぼうとしている人はぜひ目を通すべき内容だろう。

外国語青年招致事業
地方公共団体が総務省、外務省、文部科学省及び財団法人自治体国際化協会 (CLAIR)の協力の下に実施する事業。英語の略称である『JETプログラム(ジェット・プログラム)』という名称も頻繁に用いられ、事業参加者は総じてJETと呼ばれることになる。(Wikipedia「外国語青年招致事業」
参考サイト
JETプログラム公式ホームページ

【楽天ブックス】「「英語公用語」は何が問題か」

「北海道警察の冷たい夏」曽我部司

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2002年7月。渡辺司(わたなべつかさ)は覚せい剤をもって札幌北警察署へ向かった。それは北海道警察の冷たい夏の始まりだった。
映画化された佐々木譲の小説「笑う警官」とその続編「警視庁から来た男」「警官の紋章」の中で、常に過去の出来事として描かれている北海道警察の汚職事件。そのリアルな描写が、実は現実に起こっていた事件をベースに描かれていることを知ったのは恥ずかしながら最近のことである。本書はその現実にあった北海道警察の不祥事を克明にまとめたものである。
一人の男の出頭によって、稲葉(いなば)という一人の幹部警察官が、覚せい剤や拳銃の応手実績を挙げるために、暴力団やロシアンマフィアたちと共謀して事件を捏造していたことが明らかになり、さらに北海道警察がその事実を隠蔽しようとした、と筆者は本書で主張している。
興味深いのは、稲葉(いなば)が決してただ私欲に目がくらんで自らの立場を利用した犯罪者ではなく、彼は、その人を思う気持ちゆえに、自らのために危険を冒してくれた捜査協力者を守り、多くの人と同じように実績を挙げて認めてもらうために犯罪に走ったということだろう。
著者の目線ゆえにだろうか、稲葉(いなば)という人間がむしろ北海道警察という大きな組織によって仕立てられて被害者に見えて来る。そして、悲しいことに、その隠蔽体質は事件後も一切改善されていないということだ。むしろ、それは日韓ワールドカップや朝鮮拉致被害者など、同じ時期に起きたわかりやすい出来事のなかで、しっかりと目を向けるべきものに目を向けて、批判すべきものを批判することをしなかったメディアや国民にも責任があるのかもしれない。
また、本書を読みながらこんなことを考えてしまった。世の中には多くの警察小説やドラマが溢れていて、その多くに日常的に接していながら、一体僕自身がどれだけそれらを現実のものとして受け入れているのだろう…、と。そんな架空の物語の中で、覚せい剤や拳銃の密売、警察の腐敗などを描いているものにも多々出会ってきたが、実際その多くを、どこか物語の演出として過剰に描いたもののように受け入れてきた自分に気づかされたのである。しかし、本書を読むと、現実の世界でも警察は、暴力団の中に暴力団を装って捜査員を潜入させたり、Sと呼ばれる捜査協力者を利用して情報を集めたりするのである。そして、社会の秩序を守るべき警察が大規模な犯罪に手を染めたりする。
先日、ロシアの秘密警察の話を読んで、こんな国に生まれなくて本当に良かった、と思ったが、本書を読むと、日本も根本的にはあまり変わらなく、大きくなりすぎた組織が自らの失態を隠蔽する土壌は日本という国にも確かに存在するのである。
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「キラークエスチョン 会話は「何を聞くか」で決まる」山田玲司

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
200人を超える「初対面対談」を繰り返してきた著者がその経験から、人との会話を盛り上げるために有効な質問とその理由をまとめている。
久しくこういう本は手にとっていなかったのだが、軽くさらっとなにか読みたいなと思って購入してしまった。数年前に読んだ本、確か「聞く技術」というようなタイトルだったと思うが、そこに書かれていたことと若干共通する部分もあり、本書でも、人は誰でも自分のことを話したがる生き物だから、会話では「話す」ことよりも「聞く」ことのほうが大切と書いてある。
実際自分もなるべく「話す」より「聞く」を実行しようと意識はしていて(実際にできているかは別問題)、その結果として、何度も会話をしたことがある人が自分の仕事さえも知らないなんてこともたまにあったりする。
そんな「聞く」ことの重要性を理解した上で、こんな質問が共通点のない人物同士でも会話を盛り上げる、というような20個ほどのキラークエスチョンはがまとめてある。
そこであげられているキラークエスチョンの詳細へはここでは触れないとして、結局大事なのは、相手へのリスペクト、そして、いかに相手を主人公にできるような質問をするかということなのだろう。そして印象的だったのが、自分の弱点を見せることで相手は話しやすくなる、という部分だろうか。次回から実行してみたいとこだ。
そんなふうに、いくつか考え方として面白い部分があるにはあったが、30分もしないで読めてしまう本書に660円とは・・・。気になった方には立ち読みをお勧めしめする。
【楽天ブックス】「キラークエスチョン 会話は「何を聞くか」で決まる」

「ひなた」吉田修一

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
就職したばかりの進藤レイ、その恋人で就職活動中の大路尚純(おおじなおずみ)、その兄の浩一(こういち)その妻の桂子(けいこ)。4人の男女の日常を描く。
4人それぞれの視点から日常を順番に眺めて行くため、誰もが悩みや不安を抱え、存在意義や居場所を求めて生きているのが見えて来る。
それとあわせて見えてくるのは、人は誰でも秘密を抱えているということだろうか。必ずしも、自分の非道徳的な行いや恥ずかしい過去を隠すためではなく、むしろその多くが今現在の人間関係を平和に維持したいがために維持されるのかもしれない。
生まれたときから自然と周囲にあった幸せ。気がついたら存在していたやさしい友人や家族。それらが何故そこに存在して、自分はどうやってそれを維持しているのか…。そんな、普段は考えないし、考えても簡単には納得のいく答えの出ないことを考えさせてくれるような不思議な雰囲気を持つ物語。
一般的な僕の小説に対する好みとして、あまり吉田修一作品が傾向として持っている、言いたいことを明確に示さない曖昧さは好きではないのだが、今回はなんか結構心揺さぶられた。
なにげなく散りばめられた他愛のない文章や、台詞のなかにも、なにか深いものを感じれるのではないだろうか。

子供のころ、秋になるとどこかもの悲しいのは、遊べなくなるからではなくて、遊び続けることに、楽しみ続けることに、人間が飽きてしまうということを、知らず知らずのうちに知ってしまうからではないだろうか。
ボリス・ヴィアン
フランスの作家、詩人である。セミプロのジャズ・トランペット奏者としても名をはせ、余技として歌手活動も行った。

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「日本サッカー現場検証 あの0トップを読み解く」杉山茂樹

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
ワールドカップの日本の闘いぶりを著者の視点から解説している。
実は本書を買って読み進めるまで気づかなかったのだが、この著者は、僕に「サッカーの布陣を考えるとこうもサッカーが面白くなるのか」と思わせた本「4-2-3-1」の著者はと同じである。本書でもワールドカップの日本の布陣とその結果をその独特の視点で語っていて、サッカーファンにははずせない作品となっている。
著者はカメルーン戦で突如日本が採用した本田の1トップは(著者はそれは「0トップ」と呼んでいるが)、まさに著者がずっと推奨してきたものだと語り、その利点と、過去にその布陣が見られたチームや試合をあわせて解説している。
そしてワールドカップでの日本の4試合をその布陣と関連して原因と結果をわかりやすく解説している。例えば、なぜあの瞬間カメルーンのディフェンスは本田を見失ったのか、そして、本田のトラップがやや浮いてしまったからこそキーパーはコースを読みにくかったはず、など、長年サッカーをやっている僕でさえも見てないような細かい部分を解説しており、もう一度そのシーンをインターネットを探さずにはいられないだろう。
そして、著者は、日本の監督軽視の考え方にも警鐘を鳴らしている。
布陣の試合への影響を見る目は、テレビでサッカーをみていても養えない、会場をいってスタンドから常に全体をみてこそ養われるという。そして、だからこそ、日本のサッカーに身をおいて、スペインやイングランドの最先端のサッカーをスタジアムで観戦することが物理的に不可能な日本人監督が最先端の戦術を理解できるはずがない、と語っている。

僕がこれまでの日本代表のどこに問題を感じていたかと言えば、選手ではない。監督になる。「監督負け」を繰り返してきた思いの方が断然勝る。

また、日本が最先端の布陣に馴染めない一つの理由として、Jリーグの各チームが新しい布陣を取り入れていないためにそういう人材が育たないということのほかに、古くから伝わる日本のサイドバックの職人気質にあるという。
そこで日本の選手ができないサイドバックの動きとしてあげられているオランダのファンブロンクホルストの動きでなのだが、図だけではなかなかイメージしずらく、ぜひCD付属本ならぬDVD付属本にしてもらえないかとさえ思ってしまう。
嬉しいのが、そんな辛口かつ客観的視点に立って日本のサッカーを観ている著者も、デンマーク戦を「日本サッカー史上最高のエンターテイメント」と絶賛している点だろう。とはいえデンマーク戦以外はほとんどダメだしばかりである。

PK戦はともかく、パラグアイ対日本は、エンターテイメントとしてはまったく成立してなかった。噛み合いの悪いサッカーを意図的にした日本の責任は重い。ワールドカップは日本人だけのものではない。ワールドカップは世界最大のエンターテイメントだ。

また、終盤では優勝したスペインのサッカーについても語っている。スペインですら理想の形ができているとは言えずに、EUROで優勝したときのスペインのほうが優れていたと語る。
この著者の作品を読むといつも、テレビで観戦で比較的満足している自分が恥ずかしくなってくる。なんにせよ、ワールドカップの日本の試合を見たサッカーファンには間違いなく楽しめるに違いない。
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「万能鑑定士Qの事件簿II」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
各テレビ局に送られた2枚の番号まで同じ1万円札。日本中に偽札があふれている現実に世の中が慌てふためく。
「万能鑑定士Qの事件簿I」とほぼ2冊で一つの物語となっており、凛田莉子(りんだりこ)の紹介的な流れだった前作とはことなり、今回は偽札があふれかえったことによって混乱する日本を描いている。
実際、世の中に真偽の判定ができないほどの精巧な偽札が出回っていると世間が知ったときの世の中の動きというのは、なかなか想像しがたいものではあるが、商店が紙幣での支払いを拒否し、人は外貨への両替に走る、というように、そんな状態で起こりうるいくつかの人々の行動は本書のなかで描かれているように見える。「ほかにどんなことが起こりうるだろう」と考えながら読むと面白いかもしれない。
ちなみに偽札というと、偽札作りに命をかける男たちを描いた真保裕一(しんぽゆういち)の「奪取」などが頭に浮かぶ。紙幣に注ぎ込まれている最新技術などに興味のある方はこちらもお勧めしたい。
【楽天ブックス】「万能鑑定士Qの事件簿II」

「輝く夜」百田尚樹

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
クリスマスイブの女性たちの奇跡を描いた5つの物語。
注目の百田尚樹の新作ということでやや好みのテイストとは異なるにも関わらず「こういう物語はどんなふうに描くのだろう」という想いで手に取った。5編ともクリスマスイブに女性に起こった奇跡を描いている。
最初の1編、2編あたりは、こんな物語もたまにはいいな、などと思いながら読んでいたが、さすがに4編、5編とありえない偶然が続けば、感動よりもむしろ冷めてしまう。むしろ想ったのは、こんなありえない確率のできごとでも起きない限り恋愛は成立しないのだろうか、という疑問。
この物語で感動するには現実を知りすぎてしまったようだ。どちらかというえば中学生、高校生向けのラブストーリーという感じ。5編とも主人公の女性のこころがあまりにも美しすぎるのも現実感が乏しい、あまり百田尚樹に恋愛ものは期待できないかも。
【楽天ブックス】「輝く夜」

「埋み火 Fire’s Out」日明恩

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
希望を失った老人ばかりが火災で死亡するという事件が続いていた。消防士の雄大(たけひろ)は死亡した老人たちの間の関連性に気づく。
前作「鎮火報」の続編で文庫化を待ちに待った作品。自称「安定して金がもらえるからなった」という「やる気のない」消防士雄大(たけひろ)を中心とした物語。序盤は前作同様に、僕ら一般人が描く消防士というものが、実際のそれと大きく異なっていることをリアルに語ってくれる。

助けられなかった要救助者をみつけるたびに、消防士の誰もがしてもし切れない後悔という名の炎で、自身を焼き焦がす。死者を出しても、ま、仕方ないやと気にも留めない消防士なんていやしない。いるわけがない。

雄大(たけひろ)は火災で死亡した老人たちの関連性に気づいて、その背後をさぐろうとする。その背後には、家族に必要とされなくなった老人たちの孤独さや、家族のありかたや理想、世代間の価値観の相違などが描かれている。

人にはそれぞれ事情がある。死ぬことでしか楽になれな人だっている。確かに死ねば終わりだし、本人はそれで良いだろう。だが、死んで楽になれるのは本人だけだ。逆に残された人は、死んだ人の何倍も苦しむ。

そんな物語と平行して、雄大(たけひろ)の周囲の人たちの悩みや生き方についてもしっかりと描いている。目の前で母親が自殺するのを止めなかったことをずっと後悔しながら生きている雄大(たけひろ)の親友の祐二(ゆうじ)や、親の都合のいい子供になっていることに気づいて悩む中学生の裕孝(ゆたか)など、それぞれの登場人物にしっかりとした背景があって説得力があるという点で、日明恩(たちもりめぐみ)作品に例外はないようだ。
後半、女で一人で雄大(たけひろ)を育てた母民子(たみこ)に雄大(たけひろ)が積年の感謝の思いを口にするシーンが特に印象的である。
全体的には若干期待値が大きすぎたせいか、前作に比べるとやや物足りなさも覚えたが、それでも読みどころ満載である。
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「ロシア 語られない戦争 チェチェンゲリラ従軍記」常岡浩介

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
チェチェンで実際に独立軍とともに行動した日本人ジャーナリストが、チェチェンとロシアについて語る。
「チェチェン」と聞くと、中央アジアのカスピ海と黒海の間で紛争の耐えない地域…、そして、ロシアはその対応に悩まされている、正直、僕のイメージはこんなものである。どちらかといえば、チェチェン側が無差別な殺戮を繰り返しているようなイメージさえある。しかし、本書によって語られているのは、ほとんど反対の内容であった。
また、チェチェンだけでなく、プーチンの就任後、どれほど多くの人が、暗殺されたり不審な死を遂げているかも語っている。この一冊だけで、それを事実と鵜呑みにするほど僕は子供ではないが、公になっている事実、諸外国からの報道をあわせて見比べてみると、その多くが事実に見えて来る。

2000年にプーチンが大統領になってからの4年余りの間に、殺害されたジャーナリストは15人に上る。解決された事件は一つもない。

2000年以降ロシアで起きた大きな事件。たとえば、モスクワ劇場占拠事件、北オセチア学校占拠事件など、当時の日常の忙しさのなかでは、遠い外国で起きている事件として、わずかに関心を向けた程度のものでしかなかったが、本書に書かれていることと、僕がそのニュースから理解したことがずいぶん異なることに気づかされる。
日本のメディアはどちらかというと、物事を客観的に報道できているほうだと思っているが、ロシアのニュースに関しては、かなりの部分、ロシア政府の情報操作によって捻じ曲げられたものを日本のメディアが報道し、それを僕らが目にしているということに恥ずかしながら今頃気づいた。本書を読んで改めてその事件をWikipediaで調べてみて、日本語版と英語版とで記述内容が大きく異なることを知った。
そして、巻末には著者が取材したときのアレクサンドル・リトビネンコのインタビューがそのまま掲載されている。この部分だけでも十分に読む価値ありである。彼はこの2年後に毒殺される。

われわれのすぐ近くに爆弾や戦車の下で、何の罪もない人が死んでいるのを理解しなくてはならない。すべてプーチンが悪い。日本人が聞いてくれるなら、これを日本人に言いたい。

著者が本書の冒頭で、本書と合わせて読んでほしいと挙げたいる2つの作品。アンナ・ポリトコフスカヤの「チェチェン やめられない戦争」、アレクサンドル・リトビネンコの「ロシア 闇の戦争」。どちらの著者もすでに殺されている。なんか、読まなければいけないような気がしてきた。

アレクサンドル・リトビネンコ
ソ連国家保安委員会(KGB)、ロシア連邦保安庁(FSB) の職員だったロシアの人物。当時の階級は中佐。後にイギリスに亡命しロシアに対する反体制活動家、ライターとなった。2006年、何者かに毒殺された。(Wikipedia「アレクサンドル・リトビネンコ」
アンナ・ポリトコフスカヤ
ロシア人女性のジャーナリスト。ノーヴァヤ・ガゼータ紙評論員。第二次チェチェン紛争やウラジーミル・プーチンに反対し、批判していたことで知られている。2006年、自宅アパートのエレベーター内で射殺された。(Wikipedia「アンナ・ポリトコフスカヤ」
モスクワ劇場占拠事件
2002年10月23日から10月26日にかけて、ロシア連邦内でチェチェン共和国の独立派武装勢力が起こしたテロ事件。(Wikipedia「モスクワ劇場占拠事件」)、(Wikipedia「Moscow theater hostage crisis」)
北オセチア学校占拠事件(ベスラン学校占拠事件)
Wikipedia「ベスラン学校占拠事件」)、(Wikipedia「Beslan school hostage crisis」
リャザン事件(ロシア高層アパート連続爆破事件)
1999年にモスクワなどロシア国内3都市で発生し、300人近い死者を出した爆弾テロ。チェチェン独立派武装勢力のテロとされ、同月に首相となったウラジーミル・プーチンはこれを理由にチェチェンへの侵攻を再開し、第二次チェチェン戦争の発端となった。(Wikipedia「ロシア高層アパート連続爆破事件」

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「ボックス!」百田尚樹

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
電車内で喫煙している男たちに絡まれた教師、耀子(ようこ)を救ったのは同じ高校のボクシング部の生徒だった。それが耀子(ようこ)のボクシングとの出会いだった。
物語は20代半ばの女性教師耀子(ようこ)と、天才と呼ばれるボクサーであり高校の期待の星である鏑矢(かぶらや)、そしてその幼馴染でいじめられっこでありながらもボクシング部への入部を考える勇紀(ゆうき)を中心に進む。
マイナースポーツでありながらも、通常のスポーツと同一視できないボクシングという競技の特殊性を語りながら、さまざまな動機をもって集まってきたボクシング部の生徒たちの青春を描いている。
生まれながらの天才鏑矢(かぶらや)、そして努力の天才であることが次第に明らかになる勇紀(ゆうき)。そんな親友でありながらも対照的な2人を中心にすえている点が物語を面白くさせている。そして2人の前に立ちはだかるライバル校の無敗のモンスター稲村(いなむら)。複雑なことを考えずに一揆読みできる作品である。
「武士道シックスティーン」や「ひかりの剣」など最近スポーツものに涙腺が甘いようだ。常に思いっきり打ち込める何かを探し続けている僕にとっては、本作品で歩けなくなるほど力を出し尽くす登場人物たちがなんともうらやましい。
そもそもこの本を手にとったのは、その物語に惹かれたからではなく「永遠の0」で魅力的な作品を書いた著者百田尚樹がほかにはどんな作品を書いているのだろう、という思いからである。太平洋戦争を描いた「永遠の0」とはジャンルが違いすぎて比較にならないかもしれないが、ボクシングという一歩間違えれば命さえも奪いかねないスポーツに対して、物語を通じて、多くの見方を提供するあたりに共通点が見え隠れする。

真に強い軍鶏は嘴が折れても闘う。腹を切り裂かれてはらわたが飛び出しても闘う。頭を割られて脳みそが飛び散っても闘うんや。

とりあえずしばらく百田尚樹作品は見逃さないようにしたい。
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「万能鑑定士Qの事件簿I」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
出版社に勤める小笠原(おがさわら)は、東京の街中に張られている「力士シール」の鑑定を依頼するため、「万能鑑定士Q」という鑑定士と出会う。その鑑定士は凛田莉子(りんだりこ)。まだ20代前半の若く女性だった。
気がつけばずいぶん長いこと松岡圭祐作品から遠ざかっていた気がする。「千里眼シリーズはもう完結してしまったのか。そんな、松岡ワールドへ久しぶりに触れたいと思い、その新たなヒロインと思える本書を手に取った。
物語は、鑑定士である凛田莉子(りんだりこ)と、かなり不器用な雑誌記者小笠原(おがさわら)の出会いから始まる。同時に、高校を卒業し東京に出てくる凛田莉子(りんだりこ)という過去のエピソードが平行して展開する。本作品のメインはむしろその過去の凛田莉子(りんだりこ)のエピソードで、勉強は苦手なのにもかかわらず、東京での暖かい人たちの出会いでその才能を開花させ、鑑定士としての生き方光明を見出すまでが描かれている。
本書は物語としては凛田莉子(りんだりこ)の紹介に以上の部分はないと言っていいだろう。これから起こる大きな混乱が続編「万能鑑定士Qの事件簿II」で解決されるらしく、本書中にちりばめられた多くの謎は「II」まで持ち越しとなっている。
松岡圭祐作品はいままで現実的な話は「催眠シリーズ」で、やや過渡なエンターテイメント性を持った物語は「千里眼シリーズ」で展開していたが、本シリーズはどちらかというと後者に近くなりそうな印象を受けた。
ただの思いつきだけで出来上がったヒロインではなく、今後取り上げられるエピソードで、強く読者に訴えるものがすでに用意された上で、それをつくりあげられるために用意されたヒロインであってほしいものだ。

リンネ
スウェーデンの博物学者、生物学者、植物学者。(Wikipedia「カール・フォン・リンネ」

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「The Secret Speech」Tom Rob Smith

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
過去への償いから2人の少女と暮らし始めたLeoとRaisa。しかし、ある日少女の1人Zoyaが誘拐され、犯人の要求にしたがって、一人の男を強制労働所から救い出すために、犯罪者を装ってGulag57へ向かうことになる。

前作「Child44」の続編である。この物語のキーとなる事件、そして同時にタイトルとなっている「Secret Speech」とは、1956年にニキータ・フルシチョフよって行われた「スターリン批判」を描いている。体制側の悪口を言うことするできなかったKGBに監視された社会の中で、その国のトップに近い立場の人間がその方法を否定したことによって、大きく世の中が変わっていく。そんな混乱のソビエトを描いている。

物語中盤までは、MGB時代にLeo自身が犯罪人として捕らえたLazerを救うため、自らも犯罪人を装って船に乗り、Gulag57へ進入する。見所はなんといってもSecretSpeechを聞いて、不当に犯罪者とされて働かされていた人々が蜂起し、刑務所職員を拘束して逆に裁くシーンだろう。それは、13段の階段の前に職員を立たせて、ひとつの罪を告発されるごとに一段上り12個の罪で銃殺というもの。裁かれる際の、刑務所長の言葉がまた印象的である。

実際、私はここにある階段の段よりも多くの罪を犯しただろう。しかし、階段を上ることができるのなら、降りることも許されるべきではないのか?私が救った命もあるだろう。スターリンが死んでから、私はみんなの労働時間を短くして、休憩時間を多くした。だからこそみんな健康でいられて、だからこそ刑務官たちを打ち負かすことができた。言ってみればこの反乱を可能にした一因は私にある。

そして、平行して描かれるのは、誘拐された少女Zoyaのその後である。父親を殺された心の傷を癒せぬままLeoとの生活になじめず、誘拐されたことによって自らvory(ロシアのギャングのようなものらしい)の一員としての生活に自分の居場所を見つけていく。

そして終盤は隣国ハンガリーの動乱へとつながっていく。

正直、本作品を読んで初めて「スターリン批判」や「ハンガリーの動乱」について知ることとなり、ロシア史について改めて好奇心を掻き立ててくれた。また、上でも書いた、この時代のロシアの大きな変化は、なにかどうにもならない人間の醜い本章のようなものを見せてくれたように感じる。言ってみれば、「権力を持った人間は正義ではいられない」、とか、「多数派は少数派にも公平ではいられない」といったものである。
やや、物語の展開的には物足りない部分もあったが、基本的には満足のいく作品である。

スターリン批判
1956年、ソ連共産党第一書記ニキータ・フルシチョフが発表した報告と、それに基づく政治路線のこと。(Wikipedia「スターリン批判」
ニキータ・フルシチョフ
ビエト連邦の政治家。ヨシフ・スターリンの死後、スターリン批判によってその独裁と恐怖政治を世界に暴露し、非スターリン化に基づく、自由化の諸潮流をもたらした。(Wikipedia「ニキータ・フルシチョフ」
ハンガリー動乱
1956年にハンガリーで起きたソビエト連邦の権威と支配に対する民衆による全国規模の蜂起をさす。(Wikipedia「ハンガリー動乱」