オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2010年このミステリーがすごい!第1位。
1970年代から30年近くにわたり、メキシコ、アメリカ国境付近で広がるアメリカへの麻薬を密輸する組織と、それを摘発しようと奮闘するアメリカ人Artを描く。
なんといっても注目すべきはこの物語が実話をベースに描かれているということだろう。もちろん組織の名前などは架空のものが付けられているが、事実に詳しい人間が読めば、物語のなかの誰が実在した誰を描いているのかすぐにわかるのではないだろうか。。
メキシコの地名やアルファベットの頭文字だけで表現される多くの組織名など、お世辞にも読みやすいとは言いがたいが、メキシコとアメリカの国境付近の歪んだ空気が伝わってくる。
裏切りと制裁の組織のなかで地位を固めていくAdanとRaul。そしてニューヨークから成り上がったCallan。友人を拷問のすえ殺されたことで麻薬組織撲滅を使命としていきるArt。コールガールとして成功したがゆえに組織と深くかかわることになったNora。それぞれの視点からその犯罪を見つめて言うr。
平和な日本に生きている僕らには想像もできないような現実がそこにあることに驚くだろう。アメリカ、メキシコ国境で、なぜ何年もの間お金は北から南に流れ、麻薬は南から北へ流れるのか、その理由がわかるだろう。
カテゴリー: 評価
「猫鳴り」沼田まほかる
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
モンと名づけられた猫の3つの物語。
中年夫婦の元に現れた子猫モン。第一部では子猫のモンを夫婦が飼うことを決断するまでの過程、第二部はその10年ほど後、近所に住む男の視点からモンを見つめ、最後は命の終わりを迎えようとするモンとすでに妻に先立たれた飼い主、藤治(とうじ)を描く。
正直、三部に別れているそれぞれの章にどんな意味があるのか、表面的に文章を読むだけで理解できるもの以上のなにかが込められている気もしたが結局よくわからず、本作品をしっかり理解できたなどとは到底思えないが、それでも最後、死を迎えようとするモンを世話しながらも、すでに自分も妻に先立たれてそう遠くない日に死を迎えるであろうと自らの人生と比較するような描写は、心に染み入るものがあった。
【楽天ブックス】「猫鳴り」
「マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男」マイケル・ルイス
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
オークランド・アスレチックスの総年俸は全チームのなかで下から数えたほうが早い。にもかかわらずレギュラーシーズンの勝利数はトップレベルである。そんなメジャーリーグのなかで「異質な例外」であるアスレチックスの成功を描く。
正直、冒頭から一気に本書に惹き込まれてしまった。打率、勝利数、被安打率、超打率、防御率、出塁率、決定率、打点、得点、セーブ…。数あるスポーツのなかでも圧倒的に数字の評価が多い野球。しかし、本当にそれぞれの数字は、僕らが語るほどに意味のあるものなのか。
きっと誰もがそれに似たような疑問を一度ならずと考えたことがあるに違いない。たとえば僕が昔思ったことがあるのが、「本当にチャンスに強い人を4番打者にすることがもっとも効率がいいのか?」という疑問である。1番から3番までがしっかり出塁すれば確かに塁がもっとも埋まった状態で打席にまわるがそんなことは早々起きるものではない…。などである。本書にその答えは残念ながらないが、世間を惑わしている数字のマジックにしっかりと切り込んでくれる。
特に気に入ったのは、得点期待値によって、個人の試合への貢献度を数値化する部分だろう。それは、たとえばタイムリーエラーをして敵に点を献上した選手は、ヒットを何本打てばその失敗を取り返せるのか、という問題を数値的に表すのである。
さて、本書はそんなアスレチックスのとっている数値的な解析をベースにした選手選びや戦術などのほか、そんな特異なアスレチックスの選手選別によって発掘された選手たちの生き方にも触れている。
スポーツ好きまたは理系人間には間違いなく楽しめる一冊である。サッカーでも近いことができないものだろうか。ついついそう考えてしまう。
【楽天ブックス】「マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男」
「いつかX橋で」熊谷達也
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
空襲で母と妹を失った裕輔(ゆうすけ)は、靴磨きから生活を再開する。そこで彰太(しょうた)という同年代の青年と出会い意気投合する。戦後の混乱のなか生き抜く若者2人を描く。
戦後を扱った物語となると、その舞台は都心か、もしくは原爆の投下された広島、長崎になることが多いが、本作品は仙台を舞台としている。そもそも仙台に空襲はあったのか、そんなことも知らなかった僕にはその舞台設定が新鮮に感じた。
そして、そんな時代のなかでも堅実に生きようとする裕輔(ゆうすけ)と、そんな混乱の中だからこそ成り上がろうとする彰太(しょうた)や、アメリカ人に体を売ることで食いつなぐ淑子(よしこ)など、時代は違えどそれぞれの生き方に個性を感じる。
裕輔(ゆうすけ)と彰太(しょうた)は「X橋のうえに虹をかける」を合言葉に別々の道を歩むことを決めるが、さらなる困難が2人の行方を阻む。
現代の恵まれたなかで安穏と生きる僕らにはいい刺激になるのではないだろうか。
【楽天ブックス】「いつかX橋で」
「JAL崩壊 ある客室乗務員の告白」
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2010年1月に自主再建を断念した日本航空。その知られざる内部を客室乗務員の著者が語る。
内部で長い間働いていたからこそ語れる内容ばかりである。機能しない評価手法。強すぎる組合によって弱腰な経営方法など、現在の日本航空の状況を作り出した原因らしきものは多々読み取れるが、なかでも印象的だったのはパイロットの世間ずれした感覚だろうか。パイロットというとどこか神格化されたイメージがあるからこそ、本書で語られる内容に驚くかもしれない。
そして後半は客室乗務員に焦点をあてている。出産によるメリットデメリット、外国人乗務員との条件の違いや、珍エピソードなど。それなりに面白く読ませてもらったが、やや全体的な文体が愚痴っぽいのが残念なところ。フライトアテンダントにあこがれる世の女性たちも一度本書を読んでみたらどうだろうか。少し考え方が変わるかもしれない。
【楽天ブックス】「JAL崩壊 ある客室乗務員の告白」
「錯覚」仙川環
オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
結婚直前に失明した菜穂子(なほこ)は人口眼の埋め込みの手術をする。わずかな視力を取り戻した菜穂子(なほこ)の目の前で事件が起きる。
物語の核となるのは、失明と、人口がんによるわずかな視力の間にある人生に及ぶを違いの大きさによって、悩む菜穂子(なほこ)の思いだろう。当事者の菜穂子(なほこ)だけでなく、むしろ婚約者の功(いさお)の反応のほうが興味深い。「好き」という気持ちだけでなく、今後訪れるであろう困難なども含めて、現実的に考えて決断しようとする人間がいる一方、眼が見えるか見えないかで態度を変えるのはおかしい、と主張する人間もいる。
本書はむしろ事件による展開よりも、そんな人々の葛藤のほうが面白く思えた。とはいえ、全体的には事件に焦点をあてているためやや焦点の定まらない物語のように感じた。
【楽天ブックス】「錯覚」
「世界一周!大陸横断鉄道の旅」桜井寛
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
中国、オーストラリア、ロシア、カナダ、アメリカの大陸横断鉄道での旅の記録である。それぞれの鉄道で起こった出来事、知り合った人々、驚きなどを描いている。
中国の長江横断、オーストラリアのナラーバー平原、ロシアのバイカル湖など、間違いなく日本の鉄道旅行とはスケールが違うであろうその景色をもちろん文字でしか感じることはできないが、それでもわくわくしてきてしまう。
鉄道好きな人には間違いなくお勧めの一冊。本書を読めば、きっと誰もが大陸横断鉄道の旅にでかけたくなるだろう。
【楽天ブックス】「界一周!大陸横断鉄道の旅」
「年下の男の子」五十嵐貴久
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大手飲料メーカー勤務の37歳川村晶子(かわむらあきこ)はついにマンションの購入を決意。それはつまり独身で生きることを決意したのか。そんなとき取引先の新入社員と児島(こじま)と出会う。
14歳の年の差の恋愛を描いている。勢いだけで恋愛できる若い児島(こじま)に対して、もはや相手の収入や地位や、世間体など、現実的にならざるを得ない晶子(あきこ)の後ろ向きな考え方を理解できてしまうのは僕自身もそれに近い年齢だからだろうか。
とはいえ、物語を面白くするためだろう、晶子の周囲には意外と恋愛の機会が落ちていて少し非現実的な印象を抱いてしまうが、それでも全体を通じては爽快で、勇気をもらえるような内容である。三十代の独身女性が本書に対してどのような感想を抱くのかが気になる。
【楽天ブックス】「年下の男の子」
「The Lincoln Lawyer」Michael Connelly
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
高級車リンカーンをオフィス代わりに忙しく働く弁護士Mickey Hallerは大きな利益を期待できる容疑者Louis Ross Rouletの弁護を担当することとなる。売春婦に暴行を加えた容疑で訴えられているRoulet。真実が明らかになるに連れて、Mickeyは逃れられない罠にはまっていることに気づく。
日本でも弁護士を扱った物語や検事を扱った物語はあり、内容は想像の範囲内と言えるだろう。序盤は、単にMickeyはお金のためにドライに弁護士という職業をこなしているように見えたが、中盤以降に、その職業ゆえに出会った困難によって心の葛藤を見せてくれる。
面白いのは、すでに2回の離婚暦を持ちながらも、2人の元妻と依然として良好な関係を維持している点だろう。2人との元妻との間ではどこか憎めない男といった雰囲気を出すMickeyに好感が持てる。
本作品はシリーズ物ではないが、同じ著者のほかの作品にも挑戦してみたいと思った。
「ファントム・ピークス」北林一光
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
長野県の山中で半年前に行方不明になった女性の頭蓋骨が発見された。夫の三井周平(みついしゅうへい)は妻の原因不明の死の真相を知りたいと願いその後も頻繁に現場に足を運ぶ。そんな中、さらに女性が行方不明になる。
序盤に、一人ずつ女性が行方不明になるシーンは、大自然の中にある非科学的なものの存在を感じさせる。なにか得たいの知れない生き物が潜んでいるのか、本人が自ら行方をくらましたのか、それとも一緒にいた男がその女性を殺害したのか。やがて、その捜査線上には一匹の獣が浮上する。
謎めいた事件が起きて、その原因が明らかになり、人々がその原因に対して挑戦する、と物語の展開としては非常にオーソドックスであるが、オーソドックスであるからこそしっかり読者を引き込む力を備えている。何か書けば即ネタばれになりそうで書けないが、一気読みできる一冊である。
【楽天ブックス】「ファントム・ピークス」
「「天才」の育て方」五嶋節
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
五嶋みどり、五嶋龍と2人のヴァイオリニストを育てた五嶋節が、その子育ての考え方を語る。
タイトルを見て、どんな英才教育が語られるのだろう、などと少し身構えてしまったが、実際ここで語られているのは僕らが一般的に思っている子育ての考え方とそんなに大きく変わらない。親はこどもがいろんなものを見聞きする環境を作ってやることが大事なのと、子供に対しても敬意をもって接すること。そもそも、著者本人は2人のヴァイオリニストを「天才」とは思っていない。ただ2人がヴァイオリンに興味を持ったから与えて、教えただけなのだそうだ。
そんな母親の目線で語られる内容、その経験談に触れることで、なにか感じとることができるのではないだろうか。
【楽天ブックス】「「天才」の育て方)」
「船に乗れ」藤谷治
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
学生時代チェロに打ち込んだ津島サトルが大人になってから、その音楽漬けだった過去を振り返って語る。
チェロを始めたきっかけや受験の失敗から入り、物語は高校時代の3年間が中心となる。音楽を中心に生きているひとの生き方は日々の生活から、学校の授業、友人との会話まで僕にとってはどれも非常に新鮮である。
序盤では高校1年のときに出会ったバイオリンを学ぶ生徒南(みなみ)との恋愛物語が中心となっている。初々しい2人のやりとりは、なんか高校時代の甘い記憶を思い起こさせてくれるようだ。アンサンブルのためにひたすら一緒に練習する中で、音楽に対して真剣に取り組んできたからこそ通じる言葉や音楽に対する共感によって次第に深まっていく二人の仲は、なんともうらやましい。
物語の進む中で多くの曲名や作曲家名また音楽独自の表現が登場する。そういうとなんか難しく身構えてしまう人もいるのかもしれないが、本作品はそんな、僕らが理解できない音楽の感覚を、理解できる形にして見せてくれる点がありがたい。非常に読みやすく、数年前にはやったドラマ「のだめカンタービレ」的な感覚で楽しめるのではないだろうか。
そして、サトルを含む学生たちは、文化祭など年に何回かの発表を行うために練習を繰り返す様子のなかから、本書を読むまでわからなかった音楽に打ち込む人々の苦労が見えてくる。
たとえば僕らが「オーケストラ」と聞いて思い浮かぶこと。多くの楽器の音を合わせて作り出す音楽。それを作り出すためにどれほど楽器奏者たちが苦労しているか、そこにたどり着くためにどれほど練習を重ねているか、というのも本作品を読むまで想像すらしてこなかったことである。
そしてまた、そのオーケストラを通じてひとつの曲の完成度をあげていくなかで彼らが味わう喜びや悔しさ、そしてそれによって作られていく仲間意識、それは、僕が触れてきたサッカーや野球などの部活動で作られるものとは少し異なるもののように見える。音楽に対する理解度がある程度のレベルに達しているからこそ伝わる言葉や感覚。そういうものによって作られる絆のようなものになんだか魅了されてしまうのだ。
そんな音楽関連の内容とはべつに、サトルのお気に入りの先生である金窪(かねくぼ)先生の授業も印象的である。ソクラテスやニーチェ。僕自身が、何で有名なのか知らないことに気づかされてしまったが、本書で触れられているその内容は好奇心をかきたてるには十分すぎるものだった。
ひとつのことにひたすら真剣に取り組むこと。それは人生においては逃げ道のない非常にリスキーな生き方ではあるが、本書を読むと、「こんな生き方もしてみたかった」と思ってしまう。
こうやって書いてみるとなんだか音楽の話ばかりのように聞こえてしまうかもしれないが、全体としては音楽に情熱を注いだ十代の生徒たちの青春物語である。南との恋愛だけでなく、天才不ルーティストの伊藤慧(いとうけい)との友情もまた印象的である。この甘い空気をぜひほかの人にも味わってほしい。
文字量は決して少なくないが、難しい単語や余計な表現が少なく、非常に読みやすい。特に最終巻は3時間の一気読みだった。
【楽天ブックス】「船に乗れ(I)」、「船に乗れ(II)」、「船に乗れ(III)」
「日本語の謎を探る―外国人教育の視点から」森本順子
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
外国人の日本語教師である著者がその経験から日本語を語る。
日本語教育の現場では、僕らが知らないたくさんの困難があることがわかる。たとえば文法をわかりやすく理解するために、日常会話で使うはずのないフレーズを学ばなければならなかったり、テキストは標準語をベースに作られているのに、関西と関東で一般的な表現方法がしばしば異なっていたりとる。
日本語の表現の難しさとしてよく語られる「は」と「が」の違いについて本作品でも触れている。本書では「は」=既知、「が」=未知と説明している点が非常にわかりやすく新しい。
説明のいくつかは少々専門的になりすぎて僕自身正直正確に理解できたのかは非常にあやしいが、それでも興味をもって読み進めることができた。
言語学習者はその過程で自身の母国語を客観的に見つめることがある。母国語である僕らにとってはまったく普通に受け入れてしまっているが、実は外国人にとっては不可解極まりない法則。その一部分に触れることができる。何かきっと新しい発見があることだろう。
「The Empty Chair」Jeffery Deaver
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
Rhymeの手術のために訪れたノースカロライナの町で地元の保安官から誘拐事件の調査を依頼される。RhymeとAmeliaは手術までの1日、その捜査を手伝うこととなった。
事故によって四肢のマヒした犯罪学者Lincoln Rhymeのシリーズの第3弾である。普段はその操作の大部分はニューヨークにあるRhymeの部屋で多くの専用機器を用いて行われるのだが、今回は田舎町の操作ということもあり、機器を取り寄せ、またその操作をサポートするにふさわしい人材を選別するところから始まるのが面白く、シリーズのほかの作品とは異なるところである。
そして今回の追跡対象はInsect Boy。家族を交通事故で失ってから、虫に傾倒し、その習性にだれよりも詳しく、その習性から攻撃や防御の手段などを学んだ少年である。犯罪現場に残された微量な物質をてがかりに、RhymeはInsect Boyを次第に追い詰めていく。一方で、AmeliaはInsect Boyと対面し、その少年の言動から、その少年が過去に殺人を犯し、殺人を意図して今回も誘拐をしたという多くの人が語る少年のなかにある悪意の存在に疑問を持ち始める。
Insect Boyは本当に彼自信の言うように、ただ純粋に友人を守るために保護しただけなのか、それともその供述のすべてがAmeliaを導くための虚構なのか…、この謎が物語の大きな柱となる。Ameliaだけでなく、読者までもが次第にInsect Boyの無実を信じてしまうだろう。治安維持のために憤る保安官たち。報奨金目当てにInsect Boyを追う町の若者たち。物語は小さな田舎町全体を巻き込んで進行していく。そして、物語を面白くしているもう一つの要素は、その町が湿地帯に囲まれている点だろう。町では車での移動よりもボートでの移動が有効で、地図には載っていない入り江や水路が網の目のようにはりめぐらされている。Insect Boyはそんな地の利を利用して巧みに逃走していくのである。
最後まで誰が犯罪に関わっているのかわからない展開。シリーズの中でも異質な存在といえるだろう。
「レディ・ジョーカー」高村薫
オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
1999年このミステリーがすごい!国内編第1位
競馬仲間として知り合った男たち5人はある日、企業を脅して大金を得ることを思いつく。お金の使い道も、目的もなく。
久しぶりの高村薫作品である。競馬場通いの男たちが、明確な目的もなく企画したビール会社相手の誘拐恐喝事件。面白いのは、犯人たちの誰一人として、お金が必要な切迫した理由があったわけでもなく、ただ退屈な毎日とすでにこの先にもなんの期待も持てない自分の人生を悟った上で「なんとなく」と犯罪に走ってしまったことだろう。
一方で誘拐されたビール会社社長の城山(しろやま)の、社会における企業の立場、社内における自分の立場。企業の利益を優先するがゆえに警察に嘘の証言をしなければならない葛藤や罪の意識なども見所である。
そして、「マークスの山」や「照柿」など、高村作品にはおなじみの刑事。合田刑事も本作品で重要な役どころを演じている。
さて、これは高村作品においてはどの作品にも共通した世界観と言えるかもしれないが、思い通りにならない世の中、そして、それでも生きていかなければならないむなしさ。そんな空気が作品全体に漂っている。犯人の追跡劇や、優れた刑事の推理劇に焦点をあてたよくある警察物語とは大きく一線を画しているといえるだろう。
一方で、決してスピーディではない本作品の展開は読者によって好みの分かれるところである。僕自身も、この展開で3冊ものページ数を費やすのはやや受け入れがたいものがあった。
【楽天ブックス】「レディ・ジョーカー(上)」、「レディ・ジョーカー(中)」、「レディ・ジョーカー(下)」
「クリエイター・スピリットとは何か?」杉山知之
オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
デジタルハリウッド学長の杉山知之がクリエイター・スピリットについて語る。
どちらかというとこれからクリエイターを目指そうという若い人に向けられた内容ではあるが、すでに社会に出て10年以上経っている僕にとってもところどころ心に残る内容はある。
特に著者が本書内でたびたび繰り返しているのは、日本という国にすんでいるということが、どれほどクリエイターにとって恵まれているか、ということである。
技術的なことももちろんあるが、それよりも特定の宗教を持たないからこそ、多くの国の人が縛られる先入観を持たないために自由に発想することができる、というのが印象的だった。
1時間もかからず読めてしまうないようなだけに値段ほどの価値があるかどうかは疑問であるが、軽い気持ちで手にとって見るのも悪くないだろう。クリエイターの視点で日本という国を外から見ることができるのは新鮮である。
【楽天ブックス】「クリエイター・スピリットとは何か?」
「The Vanished Man」Jeffery Deaver
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
マンハッタンの学校で起こった殺人事件で犯人が密室から消えた、ステージマジック技術に長ける犯人はRhymeとSechsの追跡を予想外の方法でかわしていく。
法医学のスペシャリストLinkcoln RhymeとAmelia Sechsの物語の第3弾である。毎回、犯人は突出した能力を持ち、Rhymeたちと互角に渡り合う。今回の犯人はステージマジックに長けている。鏡などを用いて暗闇と同化し、どんな年齢、どんな性別の人間にも扮することができるうえ、どんな鍵でも数秒で開けることができる。読者を惹きこむ圧倒的な物語展開は本作品でも健在である。
RhymeとSechsに加えて、BellやSellittoなど御馴染みの警察関係者はいつものように活躍するが、今回はマジックのアドバイザーとして女性マジシャンKaraが捜査に加わる。犯人の逮捕のために、KaraがRhymeたちにマジックの技術について語る内容はいずれも興味深いものばかり。中でも本作品で鍵となるは「Misdirection」。つまり、どうやって観客の注意を、自分の見てほしくない部分に向けるか、という技術である。実際、本作品中の犯人はいくつものmisdirectionを行いながら目的を遂行しようとする。
そのほかにも印象的なシーンがいくつかあった。犯人と対面したRhymeをSechsが聴取するシーンなどもそんな中のひとつである。証拠至上主義のRhymeに対して、Sechsは人との対話のなかに手がかりを見出す。普段捜査の指示を出す側のRhymeがこのときだけはSechsに主導権を握られた点が面白い。
そして、なんといっても際立ったのはやはりKaraの存在だろう。入院中の母の世話をしながら、手品を勉強し、いつか大きな舞台に立つことを夢見る女性マジシャン。物語中で小さな舞台で演じるその姿は文字から伝わってくるイメージだけで魅了されてしまう。マジックという何か「古臭いもの」というイメージがついているものにたいして考え直すきっかけになった気がする。
「プラ・バロック」結城充考
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第12回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作品。
冷凍コンテナのなかで集団自殺した14人の男女。女性刑事クロハは事件の深部へと迫っていく。
女性刑事を主人公にした小説は決して少なくない。そして、そのどれもが小説という容姿を見せない媒体ゆえに、読者の頭のなかで魅力的な女性へと変わるから、強く賢く美しい女性が生まれるのだ。そんな競争率の激しい枠に本作品も挑んでいるのだが、本作品の女性刑事クロハも決してほかの作品のヒロインに負けてはいない。
クロハは捜査の第一線で働きたいがゆえに、自動車警邏隊から機動捜査隊の一員となる。事件の捜査に明け暮れるクロハの息抜きは、仮想現実の世界である。その世界は、SecondLifeと印象が重なるように思う。一般的にはいまだ抵抗があるであろう仮想現実の世界を、犯人側だけでなく、刑事である主人公の側も日常の一部として描いている点に、本作品の斬新さを感じる。
また、クロハがたまに会う精神科医の姉の存在も面白い。姉が犯人像について語る言葉はどれも印象的である。
そして、次第にクロハは犯人に近づいていく。読みやすく読者を引き込むスピード感。そんな中でも見えない犯人に対する不気味さが広がってくる。非常に完成度の高い作品である。
気になるのは本作品に続編があるのか、というところ。クロハの存在が本作品だけで終わってしまうのであれば非常にもったいない気がする。
【楽天ブックス】「プラ・バロック」
「スティーブ・ジョブズ驚異のプレゼン 人々を惹きつける18の法則」カーマイン・ガロ
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
アップル製品に興味のある人や、IT業界の動向に関心のある人は誰でも一度は彼のプレゼンを見たことがあるのではないだろうか。本書は、スティーブ・ジョブズのその魅力的なプレゼンテーションを分析し、聴衆を魅了するテクニックの数々を明らかにしていく。
僕自身はプレゼンなどほとんど縁のない仕事をしているが、それでも興味を持って読むことができた。魅力的なプレゼンをするための手法として印象的で僕らが陥りがちな手法は本書でたくさん触れられているが、パワーポイントの箇条書きの部分が一番耳が痛い。同じように感じる人は多いはずだ。
そのほかにも「3点ルール」や「敵役の導入」「数字のドレスアップ」などは面白く読ませてもらった。
読めば誰もがプレゼンをしたくなるだろう。必ずしも大勢の人の前でのプレゼンだけでなく、コミュニケーションの根本にあるあり方について考えさせられる内容である。
「奇跡のリンゴ 「絶対不可能」を覆した農家木村秋則の記録」石川拓治
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
農薬も肥料も使わずにりんごを実らせることを実現したりんご農家、木村明則(きむらあきのり)さんの8年に及ぶ試行錯誤の記録である。
僕らが「無農薬○○」と聞くと、農薬なしで作物を作るよりは手間はかかるのだろうが、決して不可能ではないだろう、と思ってしまう。ところが、本書序盤でその考えが間違っていることを教えられる。すでに僕らが「りんご」と呼んでいるものは、農薬なしでは育たないように何年、何十年もかけて品種改良された末の「りんご」なのだ、それはもはや難しいというものではなく、「不可能」の域のことなのだ。
では、その「不可能」をどうやって実現したのか、その努力の過程を本書は追っている。8年にも及ぶそれはもはや「信念」などというものではなく、本書でも書かれているように正気を失った、「狂気」に近い。それでも家族を支えていかなければならないというプレッシャー、とか、周囲の目にさらされながらも、その一つの道を突き進むなかで、木村さんがふとした折に何かに気づき、少しずつその不可能を可能にするためのステップを登っていく。
そこで教見えてくるのは、りんごや害虫や土の習性といったリンゴに直接的に関わる事柄がもちろん大部分なのだが、それ以外にも常識を打ち破るための人間としての心構えなどにも触れている。きっとなにか感じる部分があるだろう。
【楽天ブックス】「奇跡のリンゴ 「絶対不可能」を覆した農家木村秋則の記録」