「いつかX橋で」熊谷達也

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
空襲で母と妹を失った裕輔(ゆうすけ)は、靴磨きから生活を再開する。そこで彰太(しょうた)という同年代の青年と出会い意気投合する。戦後の混乱のなか生き抜く若者2人を描く。
戦後を扱った物語となると、その舞台は都心か、もしくは原爆の投下された広島、長崎になることが多いが、本作品は仙台を舞台としている。そもそも仙台に空襲はあったのか、そんなことも知らなかった僕にはその舞台設定が新鮮に感じた。
そして、そんな時代のなかでも堅実に生きようとする裕輔(ゆうすけ)と、そんな混乱の中だからこそ成り上がろうとする彰太(しょうた)や、アメリカ人に体を売ることで食いつなぐ淑子(よしこ)など、時代は違えどそれぞれの生き方に個性を感じる。
裕輔(ゆうすけ)と彰太(しょうた)は「X橋のうえに虹をかける」を合言葉に別々の道を歩むことを決めるが、さらなる困難が2人の行方を阻む。
現代の恵まれたなかで安穏と生きる僕らにはいい刺激になるのではないだろうか。
【楽天ブックス】「いつかX橋で」

「JAL崩壊 ある客室乗務員の告白」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2010年1月に自主再建を断念した日本航空。その知られざる内部を客室乗務員の著者が語る。
内部で長い間働いていたからこそ語れる内容ばかりである。機能しない評価手法。強すぎる組合によって弱腰な経営方法など、現在の日本航空の状況を作り出した原因らしきものは多々読み取れるが、なかでも印象的だったのはパイロットの世間ずれした感覚だろうか。パイロットというとどこか神格化されたイメージがあるからこそ、本書で語られる内容に驚くかもしれない。
そして後半は客室乗務員に焦点をあてている。出産によるメリットデメリット、外国人乗務員との条件の違いや、珍エピソードなど。それなりに面白く読ませてもらったが、やや全体的な文体が愚痴っぽいのが残念なところ。フライトアテンダントにあこがれる世の女性たちも一度本書を読んでみたらどうだろうか。少し考え方が変わるかもしれない。
【楽天ブックス】「JAL崩壊 ある客室乗務員の告白」

「錯覚」仙川環

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
結婚直前に失明した菜穂子(なほこ)は人口眼の埋め込みの手術をする。わずかな視力を取り戻した菜穂子(なほこ)の目の前で事件が起きる。
物語の核となるのは、失明と、人口がんによるわずかな視力の間にある人生に及ぶを違いの大きさによって、悩む菜穂子(なほこ)の思いだろう。当事者の菜穂子(なほこ)だけでなく、むしろ婚約者の功(いさお)の反応のほうが興味深い。「好き」という気持ちだけでなく、今後訪れるであろう困難なども含めて、現実的に考えて決断しようとする人間がいる一方、眼が見えるか見えないかで態度を変えるのはおかしい、と主張する人間もいる。
本書はむしろ事件による展開よりも、そんな人々の葛藤のほうが面白く思えた。とはいえ、全体的には事件に焦点をあてているためやや焦点の定まらない物語のように感じた。
【楽天ブックス】「錯覚」

「世界一周!大陸横断鉄道の旅」桜井寛

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
中国、オーストラリア、ロシア、カナダ、アメリカの大陸横断鉄道での旅の記録である。それぞれの鉄道で起こった出来事、知り合った人々、驚きなどを描いている。
中国の長江横断、オーストラリアのナラーバー平原、ロシアのバイカル湖など、間違いなく日本の鉄道旅行とはスケールが違うであろうその景色をもちろん文字でしか感じることはできないが、それでもわくわくしてきてしまう。
鉄道好きな人には間違いなくお勧めの一冊。本書を読めば、きっと誰もが大陸横断鉄道の旅にでかけたくなるだろう。
【楽天ブックス】「界一周!大陸横断鉄道の旅」

「年下の男の子」五十嵐貴久

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大手飲料メーカー勤務の37歳川村晶子(かわむらあきこ)はついにマンションの購入を決意。それはつまり独身で生きることを決意したのか。そんなとき取引先の新入社員と児島(こじま)と出会う。
14歳の年の差の恋愛を描いている。勢いだけで恋愛できる若い児島(こじま)に対して、もはや相手の収入や地位や、世間体など、現実的にならざるを得ない晶子(あきこ)の後ろ向きな考え方を理解できてしまうのは僕自身もそれに近い年齢だからだろうか。
とはいえ、物語を面白くするためだろう、晶子の周囲には意外と恋愛の機会が落ちていて少し非現実的な印象を抱いてしまうが、それでも全体を通じては爽快で、勇気をもらえるような内容である。三十代の独身女性が本書に対してどのような感想を抱くのかが気になる。
【楽天ブックス】「年下の男の子」

「The Lincoln Lawyer」Michael Connelly

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
高級車リンカーンをオフィス代わりに忙しく働く弁護士Mickey Hallerは大きな利益を期待できる容疑者Louis Ross Rouletの弁護を担当することとなる。売春婦に暴行を加えた容疑で訴えられているRoulet。真実が明らかになるに連れて、Mickeyは逃れられない罠にはまっていることに気づく。
日本でも弁護士を扱った物語や検事を扱った物語はあり、内容は想像の範囲内と言えるだろう。序盤は、単にMickeyはお金のためにドライに弁護士という職業をこなしているように見えたが、中盤以降に、その職業ゆえに出会った困難によって心の葛藤を見せてくれる。

俺が弁護をした人の多くは「悪」ではなかった。彼らは有罪だったが「悪」ではない。そこには大きな違いがあるんだ。この曲を聞くと、なんで彼らがそんな行動をしたのかがわかってくる。人は誰も、与えられたもので生きていかなければならない、やっていかなければならない。でも「悪」とは違うものだ。

面白いのは、すでに2回の離婚暦を持ちながらも、2人の元妻と依然として良好な関係を維持している点だろう。2人との元妻との間ではどこか憎めない男といった雰囲気を出すMickeyに好感が持てる。
本作品はシリーズ物ではないが、同じ著者のほかの作品にも挑戦してみたいと思った。

「ファントム・ピークス」北林一光

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
長野県の山中で半年前に行方不明になった女性の頭蓋骨が発見された。夫の三井周平(みついしゅうへい)は妻の原因不明の死の真相を知りたいと願いその後も頻繁に現場に足を運ぶ。そんな中、さらに女性が行方不明になる。
序盤に、一人ずつ女性が行方不明になるシーンは、大自然の中にある非科学的なものの存在を感じさせる。なにか得たいの知れない生き物が潜んでいるのか、本人が自ら行方をくらましたのか、それとも一緒にいた男がその女性を殺害したのか。やがて、その捜査線上には一匹の獣が浮上する。
謎めいた事件が起きて、その原因が明らかになり、人々がその原因に対して挑戦する、と物語の展開としては非常にオーソドックスであるが、オーソドックスであるからこそしっかり読者を引き込む力を備えている。何か書けば即ネタばれになりそうで書けないが、一気読みできる一冊である。
【楽天ブックス】「ファントム・ピークス」

「「天才」の育て方」五嶋節

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
五嶋みどり、五嶋龍と2人のヴァイオリニストを育てた五嶋節が、その子育ての考え方を語る。
タイトルを見て、どんな英才教育が語られるのだろう、などと少し身構えてしまったが、実際ここで語られているのは僕らが一般的に思っている子育ての考え方とそんなに大きく変わらない。親はこどもがいろんなものを見聞きする環境を作ってやることが大事なのと、子供に対しても敬意をもって接すること。そもそも、著者本人は2人のヴァイオリニストを「天才」とは思っていない。ただ2人がヴァイオリンに興味を持ったから与えて、教えただけなのだそうだ。
そんな母親の目線で語られる内容、その経験談に触れることで、なにか感じとることができるのではないだろうか。

【楽天ブックス】「「天才」の育て方)」

「船に乗れ」藤谷治

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
学生時代チェロに打ち込んだ津島サトルが大人になってから、その音楽漬けだった過去を振り返って語る。
チェロを始めたきっかけや受験の失敗から入り、物語は高校時代の3年間が中心となる。音楽を中心に生きているひとの生き方は日々の生活から、学校の授業、友人との会話まで僕にとってはどれも非常に新鮮である。
序盤では高校1年のときに出会ったバイオリンを学ぶ生徒南(みなみ)との恋愛物語が中心となっている。初々しい2人のやりとりは、なんか高校時代の甘い記憶を思い起こさせてくれるようだ。アンサンブルのためにひたすら一緒に練習する中で、音楽に対して真剣に取り組んできたからこそ通じる言葉や音楽に対する共感によって次第に深まっていく二人の仲は、なんともうらやましい。
物語の進む中で多くの曲名や作曲家名また音楽独自の表現が登場する。そういうとなんか難しく身構えてしまう人もいるのかもしれないが、本作品はそんな、僕らが理解できない音楽の感覚を、理解できる形にして見せてくれる点がありがたい。非常に読みやすく、数年前にはやったドラマ「のだめカンタービレ」的な感覚で楽しめるのではないだろうか。
そして、サトルを含む学生たちは、文化祭など年に何回かの発表を行うために練習を繰り返す様子のなかから、本書を読むまでわからなかった音楽に打ち込む人々の苦労が見えてくる。
たとえば僕らが「オーケストラ」と聞いて思い浮かぶこと。多くの楽器の音を合わせて作り出す音楽。それを作り出すためにどれほど楽器奏者たちが苦労しているか、そこにたどり着くためにどれほど練習を重ねているか、というのも本作品を読むまで想像すらしてこなかったことである。

音楽を個性的に弾くのは簡単だ。どんなこともごまかせる。一番難しいのはね、楽譜どおりに弾くことだよ。

そしてまた、そのオーケストラを通じてひとつの曲の完成度をあげていくなかで彼らが味わう喜びや悔しさ、そしてそれによって作られていく仲間意識、それは、僕が触れてきたサッカーや野球などの部活動で作られるものとは少し異なるもののように見える。音楽に対する理解度がある程度のレベルに達しているからこそ伝わる言葉や感覚。そういうものによって作られる絆のようなものになんだか魅了されてしまうのだ。
そんな音楽関連の内容とはべつに、サトルのお気に入りの先生である金窪(かねくぼ)先生の授業も印象的である。ソクラテスやニーチェ。僕自身が、何で有名なのか知らないことに気づかされてしまったが、本書で触れられているその内容は好奇心をかきたてるには十分すぎるものだった。
ひとつのことにひたすら真剣に取り組むこと。それは人生においては逃げ道のない非常にリスキーな生き方ではあるが、本書を読むと、「こんな生き方もしてみたかった」と思ってしまう。
こうやって書いてみるとなんだか音楽の話ばかりのように聞こえてしまうかもしれないが、全体としては音楽に情熱を注いだ十代の生徒たちの青春物語である。南との恋愛だけでなく、天才不ルーティストの伊藤慧(いとうけい)との友情もまた印象的である。この甘い空気をぜひほかの人にも味わってほしい。
文字量は決して少なくないが、難しい単語や余計な表現が少なく、非常に読みやすい。特に最終巻は3時間の一気読みだった。

誰もいないところで弾く独奏にも、聴衆はいる。なぜなら、君をみているもう一人の君が、かならずいるからだ。
サモトラケのニケ
ギリシャ共和国のサモトラケ島(現在のサモトラキ島)で発掘され、現在はルーヴル美術館に所蔵されている勝利の女神ニケの彫像である。(Wikipedia「サモトラケのニケ」
トマス・ホッブス
イングランドの哲学者であり、近代政治思想を基礎づけた思想家。(Wikipedia「トマス・ホッブズ」
ハンナ・アーレント
ドイツ出身のアメリカ合衆国の政治哲学者、政治思想家。(Wikipedia「ハンナ・アーレント」

【楽天ブックス】「船に乗れ(I)」「船に乗れ(II)」「船に乗れ(III)」

「日本語の謎を探る―外国人教育の視点から」森本順子

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
外国人の日本語教師である著者がその経験から日本語を語る。
日本語教育の現場では、僕らが知らないたくさんの困難があることがわかる。たとえば文法をわかりやすく理解するために、日常会話で使うはずのないフレーズを学ばなければならなかったり、テキストは標準語をベースに作られているのに、関西と関東で一般的な表現方法がしばしば異なっていたりとる。
日本語の表現の難しさとしてよく語られる「は」と「が」の違いについて本作品でも触れている。本書では「は」=既知、「が」=未知と説明している点が非常にわかりやすく新しい。
説明のいくつかは少々専門的になりすぎて僕自身正直正確に理解できたのかは非常にあやしいが、それでも興味をもって読み進めることができた。
言語学習者はその過程で自身の母国語を客観的に見つめることがある。母国語である僕らにとってはまったく普通に受け入れてしまっているが、実は外国人にとっては不可解極まりない法則。その一部分に触れることができる。何かきっと新しい発見があることだろう。

「The Empty Chair」Jeffery Deaver

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
Rhymeの手術のために訪れたノースカロライナの町で地元の保安官から誘拐事件の調査を依頼される。RhymeとAmeliaは手術までの1日、その捜査を手伝うこととなった。
事故によって四肢のマヒした犯罪学者Lincoln Rhymeのシリーズの第3弾である。普段はその操作の大部分はニューヨークにあるRhymeの部屋で多くの専用機器を用いて行われるのだが、今回は田舎町の操作ということもあり、機器を取り寄せ、またその操作をサポートするにふさわしい人材を選別するところから始まるのが面白く、シリーズのほかの作品とは異なるところである。
そして今回の追跡対象はInsect Boy。家族を交通事故で失ってから、虫に傾倒し、その習性にだれよりも詳しく、その習性から攻撃や防御の手段などを学んだ少年である。犯罪現場に残された微量な物質をてがかりに、RhymeはInsect Boyを次第に追い詰めていく。一方で、AmeliaはInsect Boyと対面し、その少年の言動から、その少年が過去に殺人を犯し、殺人を意図して今回も誘拐をしたという多くの人が語る少年のなかにある悪意の存在に疑問を持ち始める。
Insect Boyは本当に彼自信の言うように、ただ純粋に友人を守るために保護しただけなのか、それともその供述のすべてがAmeliaを導くための虚構なのか…、この謎が物語の大きな柱となる。Ameliaだけでなく、読者までもが次第にInsect Boyの無実を信じてしまうだろう。治安維持のために憤る保安官たち。報奨金目当てにInsect Boyを追う町の若者たち。物語は小さな田舎町全体を巻き込んで進行していく。そして、物語を面白くしているもう一つの要素は、その町が湿地帯に囲まれている点だろう。町では車での移動よりもボートでの移動が有効で、地図には載っていない入り江や水路が網の目のようにはりめぐらされている。Insect Boyはそんな地の利を利用して巧みに逃走していくのである。
最後まで誰が犯罪に関わっているのかわからない展開。シリーズの中でも異質な存在といえるだろう。

「レディ・ジョーカー」高村薫

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
1999年このミステリーがすごい!国内編第1位

競馬仲間として知り合った男たち5人はある日、企業を脅して大金を得ることを思いつく。お金の使い道も、目的もなく。
久しぶりの高村薫作品である。競馬場通いの男たちが、明確な目的もなく企画したビール会社相手の誘拐恐喝事件。面白いのは、犯人たちの誰一人として、お金が必要な切迫した理由があったわけでもなく、ただ退屈な毎日とすでにこの先にもなんの期待も持てない自分の人生を悟った上で「なんとなく」と犯罪に走ってしまったことだろう。
一方で誘拐されたビール会社社長の城山(しろやま)の、社会における企業の立場、社内における自分の立場。企業の利益を優先するがゆえに警察に嘘の証言をしなければならない葛藤や罪の意識なども見所である。
そして、「マークスの山」や「照柿」など、高村作品にはおなじみの刑事。合田刑事も本作品で重要な役どころを演じている。
さて、これは高村作品においてはどの作品にも共通した世界観と言えるかもしれないが、思い通りにならない世の中、そして、それでも生きていかなければならないむなしさ。そんな空気が作品全体に漂っている。犯人の追跡劇や、優れた刑事の推理劇に焦点をあてたよくある警察物語とは大きく一線を画しているといえるだろう。
一方で、決してスピーディではない本作品の展開は読者によって好みの分かれるところである。僕自身も、この展開で3冊ものページ数を費やすのはやや受け入れがたいものがあった。
【楽天ブックス】「レディ・ジョーカー(上)」「レディ・ジョーカー(中)」「レディ・ジョーカー(下)」

「クリエイター・スピリットとは何か?」杉山知之

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
デジタルハリウッド学長の杉山知之がクリエイター・スピリットについて語る。
どちらかというとこれからクリエイターを目指そうという若い人に向けられた内容ではあるが、すでに社会に出て10年以上経っている僕にとってもところどころ心に残る内容はある。
特に著者が本書内でたびたび繰り返しているのは、日本という国にすんでいるということが、どれほどクリエイターにとって恵まれているか、ということである。
技術的なことももちろんあるが、それよりも特定の宗教を持たないからこそ、多くの国の人が縛られる先入観を持たないために自由に発想することができる、というのが印象的だった。

日本はずっとディズニーにあこがれてきたわけだけれど、気がついたらディズニーを追い越しちゃっているのだ。それに気づいていないのは日本人だけだったりするのだが……。

1時間もかからず読めてしまうないようなだけに値段ほどの価値があるかどうかは疑問であるが、軽い気持ちで手にとって見るのも悪くないだろう。クリエイターの視点で日本という国を外から見ることができるのは新鮮である。
【楽天ブックス】「クリエイター・スピリットとは何か?」

「The Vanished Man」Jeffery Deaver

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
マンハッタンの学校で起こった殺人事件で犯人が密室から消えた、ステージマジック技術に長ける犯人はRhymeとSechsの追跡を予想外の方法でかわしていく。
法医学のスペシャリストLinkcoln RhymeとAmelia Sechsの物語の第3弾である。毎回、犯人は突出した能力を持ち、Rhymeたちと互角に渡り合う。今回の犯人はステージマジックに長けている。鏡などを用いて暗闇と同化し、どんな年齢、どんな性別の人間にも扮することができるうえ、どんな鍵でも数秒で開けることができる。読者を惹きこむ圧倒的な物語展開は本作品でも健在である。
RhymeとSechsに加えて、BellやSellittoなど御馴染みの警察関係者はいつものように活躍するが、今回はマジックのアドバイザーとして女性マジシャンKaraが捜査に加わる。犯人の逮捕のために、KaraがRhymeたちにマジックの技術について語る内容はいずれも興味深いものばかり。中でも本作品で鍵となるは「Misdirection」。つまり、どうやって観客の注意を、自分の見てほしくない部分に向けるか、という技術である。実際、本作品中の犯人はいくつものmisdirectionを行いながら目的を遂行しようとする。
そのほかにも印象的なシーンがいくつかあった。犯人と対面したRhymeをSechsが聴取するシーンなどもそんな中のひとつである。証拠至上主義のRhymeに対して、Sechsは人との対話のなかに手がかりを見出す。普段捜査の指示を出す側のRhymeがこのときだけはSechsに主導権を握られた点が面白い。

「犯人は…確かこう言った…犠牲者に対して個人的な感情はない…と」
「w私が聞きたいのは犯人の言葉よ。自分の言葉に置き換えないで。絶対犯人はそんなこと言うはずがない。犯人は自分が殺した人を『犠牲者』と呼んだりしない。犯人はいつだって、なんらかの理由で犠牲者は死ぬべきだと思っているはずよ」

そして、なんといっても際立ったのはやはりKaraの存在だろう。入院中の母の世話をしながら、手品を勉強し、いつか大きな舞台に立つことを夢見る女性マジシャン。物語中で小さな舞台で演じるその姿は文字から伝わってくるイメージだけで魅了されてしまう。マジックという何か「古臭いもの」というイメージがついているものにたいして考え直すきっかけになった気がする。

「プラ・バロック」結城充考

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第12回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作品。
冷凍コンテナのなかで集団自殺した14人の男女。女性刑事クロハは事件の深部へと迫っていく。
女性刑事を主人公にした小説は決して少なくない。そして、そのどれもが小説という容姿を見せない媒体ゆえに、読者の頭のなかで魅力的な女性へと変わるから、強く賢く美しい女性が生まれるのだ。そんな競争率の激しい枠に本作品も挑んでいるのだが、本作品の女性刑事クロハも決してほかの作品のヒロインに負けてはいない。
クロハは捜査の第一線で働きたいがゆえに、自動車警邏隊から機動捜査隊の一員となる。事件の捜査に明け暮れるクロハの息抜きは、仮想現実の世界である。その世界は、SecondLifeと印象が重なるように思う。一般的にはいまだ抵抗があるであろう仮想現実の世界を、犯人側だけでなく、刑事である主人公の側も日常の一部として描いている点に、本作品の斬新さを感じる。
また、クロハがたまに会う精神科医の姉の存在も面白い。姉が犯人像について語る言葉はどれも印象的である。

集団に参加するのは、死ぬことの責任感を自分に植えつけて、逃げられないようにするため。

そして、次第にクロハは犯人に近づいていく。読みやすく読者を引き込むスピード感。そんな中でも見えない犯人に対する不気味さが広がってくる。非常に完成度の高い作品である。
気になるのは本作品に続編があるのか、というところ。クロハの存在が本作品だけで終わってしまうのであれば非常にもったいない気がする。
【楽天ブックス】「プラ・バロック」

「スティーブ・ジョブズ驚異のプレゼン 人々を惹きつける18の法則」カーマイン・ガロ

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
アップル製品に興味のある人や、IT業界の動向に関心のある人は誰でも一度は彼のプレゼンを見たことがあるのではないだろうか。本書は、スティーブ・ジョブズのその魅力的なプレゼンテーションを分析し、聴衆を魅了するテクニックの数々を明らかにしていく。
僕自身はプレゼンなどほとんど縁のない仕事をしているが、それでも興味を持って読むことができた。魅力的なプレゼンをするための手法として印象的で僕らが陥りがちな手法は本書でたくさん触れられているが、パワーポイントの箇条書きの部分が一番耳が痛い。同じように感じる人は多いはずだ。

パワーポイントも上手に使えばプレゼンテーションをひきたてることができる。パワーポイントを捨てろというわけではない。用意されている箇条書き「だらけ」のテンプレートを捨てろと言うのだ。

そのほかにも「3点ルール」や「敵役の導入」「数字のドレスアップ」などは面白く読ませてもらった。

普通なら市場シェア5%は少ないと思うだろうが、ジョブズは別の見方を提示した。
「アップルの市場シェアは自動車業界におけるBMWやメルセデスよりも大きい。だからといって、BMWやメルセデスが消える運命にあると思う人はいないし、シェアが小さくて不利だと思う人もいない。

読めば誰もがプレゼンをしたくなるだろう。必ずしも大勢の人の前でのプレゼンだけでなく、コミュニケーションの根本にあるあり方について考えさせられる内容である。

スティーブ・バルマー
アメリカ合衆国の実業家、マイクロソフト社最高経営責任者(2000年1月 – )。(Wikipedia「スティーブ・バルマー」)
ジャック・ウェルチ
アメリカ合衆国の実業家。1981年から2001年にかけて、ゼネラル・エレクトリック社の最高経営責任者を務め、そこでの経営手腕から「伝説の経営者」と呼ばれた。(Wikipedia「ジャック・ウェルチ」)
YouTube「Steve Jobs’ 2005 Stanford Commencement Address」
YouTube「iPhone を発表するスティーブ・ジョブス(日本語字幕)」
YouTube「スティーブジョブズによるiPodプレゼン(2001)」
YouTube「MacBook Air 」
YouTube「The Lost 1984 Video: young Steve Jobs introduces the Macintosh」
YouTube「The First iMac Introduction」

【楽天ブックス】「スティーブ・ジョブズ驚異のプレゼン 人々を惹きつける18の法則」

「奇跡のリンゴ 「絶対不可能」を覆した農家木村秋則の記録」石川拓治

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
農薬も肥料も使わずにりんごを実らせることを実現したりんご農家、木村明則(きむらあきのり)さんの8年に及ぶ試行錯誤の記録である。
僕らが「無農薬○○」と聞くと、農薬なしで作物を作るよりは手間はかかるのだろうが、決して不可能ではないだろう、と思ってしまう。ところが、本書序盤でその考えが間違っていることを教えられる。すでに僕らが「りんご」と呼んでいるものは、農薬なしでは育たないように何年、何十年もかけて品種改良された末の「りんご」なのだ、それはもはや難しいというものではなく、「不可能」の域のことなのだ。
では、その「不可能」をどうやって実現したのか、その努力の過程を本書は追っている。8年にも及ぶそれはもはや「信念」などというものではなく、本書でも書かれているように正気を失った、「狂気」に近い。それでも家族を支えていかなければならないというプレッシャー、とか、周囲の目にさらされながらも、その一つの道を突き進むなかで、木村さんがふとした折に何かに気づき、少しずつその不可能を可能にするためのステップを登っていく。
そこで教見えてくるのは、りんごや害虫や土の習性といったリンゴに直接的に関わる事柄がもちろん大部分なのだが、それ以外にも常識を打ち破るための人間としての心構えなどにも触れている。きっとなにか感じる部分があるだろう。

パイオニアは孤独だ。何か新しいこと、人類にとって本当の意味で革新的なことを成し遂げた人は、昔からみんな孤独だった。
リンゴの実をならせるのはリンゴの木で、それを支えているのは自然だけれどもな、私を支えてくれたのはやっぱり人であったな。
ジョニー・アップルシード
アメリカ合衆国初期の開拓者であり、実在の人物である。西部開拓期の伝説的人物の一人として、現在もさまざまな逸話や伝説で語り継がれている。(Wikipedia「ジョニー・アップルシード」
華岡青洲(はなおかせいしゅう)
江戸時代の外科医。世界で初めて麻酔を用いた手術(乳癌手術)を成功させた。(Wikipedia「華岡青洲」

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「弧宿の人」宮部みゆき

オススメ度 ★★★★★ 5/5
瀬戸内海に面した讃岐国・丸海藩。そこへ元勘定奉行・加賀殿が流罪となって送られてくる。やがて領内は不審な毒死が相次ぐようになる。

時代は徳川十一代将軍家斉の。藩内で起きる事件を、そこで生きるさまざまな人の視点から描く。その中心にいるのが捨て子同然に置き去りにされたほうと、引手見習いの宇佐(うさ)である。自分が阿呆だと思い込んで生きているほうは、親切な人に出会うことで、少しずつ成長していき、また、偶然のからほうとであった宇佐(うさ)も、その強い信念と行動力で物事の裏に潜むものに目を向ける力を育んでいく。

宇佐やほうが出会う人々が、物事を説くその内容には、どんな世界にも通じるような説得力がある。

半端な賢さは、愚よりも不幸じゃ。それを承知の上で賢さを選ぶ覚悟がなければ、知恵からは遠ざかっていた方が身のためなのじゃ。
嘘が要るときは嘘をつこう。隠せることは隠そう。正すより、受けて、受け止めて、やり過ごせるよう、わしらは知恵を働かせるしか道はないのだよ

物語は、そんな2人だけでなく、宇佐(うさ)が思いを寄せる藩医の後次ぎの啓一郎(けいいちろう)や、その父、舷州(げんしゅう)。同じく宇佐(うさ)が仕えるお寺の英心(えいしん)和尚など、世の中の裏も表も知りながら、どうやって人々の不安を抑え藩の平穏を保とうかと考える彼らの行動や考えもしっかりと描いている。
そして物語は、終盤に進むつれて、人々の心の中に潜んでいた不安が表に出てきて多きな災いへと発展する。

温和で優しく、つつましい働き者のこの民が、これほど度を失い乱れ狂ってしまうまで、いったい誰が追い詰めたのか。

誰かが原因なわけではなく、誰かが悪いわけでもなく、しかし、人々の心のすれ違いから誤解は生じ、やがてそれは大きな災いとなる。宮部みゆき作品はどれをとっても、そんなテーマが根底にあるが、本作品もそんな中の一つである。。
人の心の弱さ、不安や恐れが災いを生む。そして、時にはその恐れを沈めるためにも、妖怪や呪いなどが生まれるのである。迷信や伝説は決して意味なく生まれたものではないということを納得させてくれるだろう。

物語が終わりに近づくにつれ、この物語が示してくれることの深さに震えてしまった。単に、この物語が200年以上も昔を描いているゆえ、僕らの生きている現代とは別世界の話、と軽んじられるようなものではなく、迷信や伝説は、弱い心の人間がいる限り、

どんなに文明が進もうとも必ず存在し続けるものなのだ。
序盤、やや聞きなれない職業名や地名に物語に入りにくい部分もあるかもしれないが、我慢して読み進めて決して後悔することはない。心にどこまでも染み込むような物語。この域の作品はもはや宮部みゆきにしか書けないだろう。

丸亀藩
物語で登場する丸海藩のモデル。讃岐国(香川県)の西部を領し、丸亀城(丸亀市)を本城とした藩。藩主は生駒氏、山崎氏、京極氏と続き廃藩置県を迎えた。(Wikipedia「丸亀藩」

江戸時代に1万石以上の領土を保有する封建領主である大名が支配した領域と、その支配機構を指す歴史用語である。(Wikipedia「藩」

【楽天ブックス】「弧宿の人(上)」「弧宿の人(下)」

「夢の中まで左足」名波浩

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
好きなサッカー選手はいつでも僕の頭のなかにはいて、名波は大学時代から社会人になりたてのころ、常に僕のなかのそのポジションにいた。
本書では、名波が、過去の試合や経験を、過去のチームメイトなどと振り返って語る。左足にこだわりにこだわって、日本代表やジュビロの一時代を築いた彼の、サッカー観に触れることができるだろう。
本書はいくつかの章に分けることができる。前半の藤田俊哉との章では、名波と藤田という、高校からジュビロ、と、20年も一緒にプレーをしてきたからこそ語られる思い出や意見が描かれている。

オレが走れば、パスが出るに決まっている。名波は見ているに決まっている。どうしてパスが出るかなんて、考えたこともない

こんなのを読んでしまうと、そんな2人の関係に嫉妬してしまう。そしてまた、会話の節々から名波のパスに対するこだわりの深さを知るだろう。

受け手が「完璧だ」言っているというのに、しかしコンビは不満顔である。
─完璧なパスではなかったかと。
いや、違う。最後に詰めてきたDFが、少しだけボールにかすっている。DFに触れられない、でも、FWが早くダイレクトを打てる地点は、もう少し手前だったことになる。ボール半転がし手前ならば、触れられることなく入ったと思う。

そして後半では、山口素弘(やまぐちもとひろ)と共に、フランスワールドカップの日本代表を語る。

よく、若い選手が、アイツとは息が合うんですよ、と言っているのを聞くけれど、聞きながらいつもこう思うんだ。それでもあのときのオレたちほどじゃないだろう、って。少なくてもオレはそう思っていた。

その後の、Mr.Childrenの桜井和寿を交えて、サッカーと音楽のその創造性の部分に共通点を見出して語るシーンも悪くない。
あ?、やっぱりサッカーがしたいな。フットサルも楽しいけどサッカーがしたい。見なくても「お前はここにいるんんだろう・・・ほら」って、パスを出したい。
きっと読んだらみんな同じ様なことを思うだろう。

【楽天ブックス】「夢の中まで左足」

「Bone by bone」Carrol O’Connel

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
20年前に行方不明になった弟Josh。兄Orenは軍隊を辞めて、生まれ育った街に戻ってくる。
舞台となるのはアメリカの田舎町。
みんな街のすべてのひとの、仕事や人間関係や趣味まで知り尽くしているような小さい街。そんな限られた人間関係のなかで、20年前に失踪した少年の事件がふたたび街の人々を動かし始める。
前に読んだ同じ著者の作品「Judas Child」と非常に視点が似ているように思う。前作でもそうだったのだが、小さい町ゆえの人々の人間関係が物語の根底となっている。本作品では、その緊密さは、緊密さはゆえの暖かい親密さというようなポジティブな方向ではなく、緊密ゆえにすべてを知っていて、そんななかで人は人の悪いところを見ようとする余りに、生きるための窮屈さとして、ネガティブな描かれ方をしているようだ。
物語は行方不明になっているOrenの弟の骨と思われるものがときどきOrenの家のポーチに置かれていることから動き出す。真実が次第に明らかになる過程でいくつか印象的な要素が取り入れられている。たとえば、行方不明になったJoshが写真を撮ることに関しては類稀な才能を持っていたこと、一人の女性が書き続けているバードウォッチングのログブック、街の人は誰れでも一度は参加してしたことがあると言われる「死者を呼ぶ会」などである。そのログブックにはある日を境に実在する鳥は一切描かれなくなり町の人の人間性を暗示するスタイルへと変わっていた。そして、「死者を呼ぶ会」では、参加者は行方不明のJoshに毎回呼びかける話をする。これらの要素も物語を魅力的なものにしていると言えるだろう。
事件の真実よりも、その過程で描かれる、人間関係や人々の苦悩など心情に焦点がおかれている様に感じた。個人的にはもう少しスピード感が欲しいところである。