「「なぜ?から始める現代アート」長谷川祐子

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
東京現代美術館のチーフ・キュレーターである著者が現代アートについてわかりやすく語る。
現代アートというと、西洋絵画や日本画と比べるとどうしても「わかりにくい」というイメージがあるが、著者は多くの現代アートを例にとって、それが制作された考え方などをわかりやすく語ってくれるので初心者にとっても非常にわかりやすい。現代アートというと「アートとは何か?」という定義への挑戦、的なイメージを僕は持っているのだが、そんなアートの定義として本書で著者が書いている次の言葉が印象に残った。

アートは、時を越えて生き残る「通時性」と、共有する現在をときめかせる「共時性」の、二つの力をあわせもっている。

いろんなアートやその考え方を説明する過程で出てくる作品やそのアーティストの考え方に魅了されてしまうだろう。「政治性」を持ったアートを説明している章では、「ゲルニカ」や「お腹が痛くなった原発くん」を例に挙げている。
アートを見る目を少し肥えさせてくれる一冊

フランク・ステラ
戦後アメリカの抽象絵画を代表する作家の1人。マサチューセッツ州、ボストン郊外モールデンに生まれ、プリンストン大学で美術史を学ぶ。(Wikipedia「フランク・ステラ」
ドナルド・ジャッド
20世紀のアメリカ合衆国の画家、彫刻家、美術家、美術評論家。当初は画家・版画家であり美術評論でも高い評価を受けたが、次第に立体作品の制作に移った。箱型など純粋な形態の立体作品は多くの美術家や建築家、デザイナーらに影響を与えている。抽象表現主義の情念の混沌とした世界の表現に反対し、その対極をめざすミニマル・アートを代表するアーティストの1人。(Wikipedia「ドナルド・ジャッド」
エルネスト・ネト
ブラジルを代表する現代美術家の一人で、布や香辛料など自然の素材を用いた作品で知られるアーティスト。2001年のヴェネチア・ビエンナーレではブラジル館の代表となるなど、既に世界的な評価は高く、出身地であるリオ・デ・ジャネイロを拠点にしながら、多くの展覧会、プロジェクトに参加している。(はてなキーワード「エルネスト・ネト」
マシュー・バーニー
アメリカの現代美術家。現在はニューヨーク在住。コンテポラリー・アートを代表する作家のひとりとして近年、台頭してきた。
フランシス・アリス
1959年ベルギー、アントワープ生まれ。メキシコシティ在住。社会的危機を抱いた都市空間を舞台にヴィデオや抽象絵画によって世間を挑発し続けるアーティスト。(はてなキーワード「フランシス・アリス」
SANAA
妹島和世(せじまかずよ)と西沢立衛(にしざわりゅうえ)による日本の建築家ユニット。プリツカー賞、日本建築学会賞2度、金獅子賞他多数受賞。(Wikipedia「SANAA」

【楽天ブックス】「「なぜ?」から始める現代アート」

「ブレイズメス1990」海堂尊

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
1990年、天才心臓外科医天城雪彦(あまぎゆきひこ)が東城医大へ赴任する。新しい天城(あまぎ)の医療スタイルや考え方は東城医大の医師たちに衝撃を与える。
同じく数十年前を扱った「ブラックペアン1988」の3年後の物語。その中では古くからいる医師を追い出す結果となった高階(たかしな)が、今回は天城(あまぎ)の日本医療と相容れない考え方に猛然と反発する。簡単に言えば、天城(あまぎ)は医療を進歩させて医療を維持するためには、お金を缶から受け取る必要があり、医師の数は限られているのだから、多くの金を払える人から治療すべき、というのに大して、高階(たかしな)は医療にカネの話を持ち出すべきではないというのである。

真実は、腕があってもカネがなければ命は救えない。だから医療は独自の経済原則を確立しておかないと、社会の流れが変わった時、干からびてしまう。

著者はもちろん、この作品を社会の流れが変わって、「医療崩壊」という言葉が広まったあとに本作品を書いているのである。つまり、天城(あまぎ)の本作品中で見せる態度は、医療界が本来20年前にやるべきだったこと、として描かれているのだろう。高階(たかしな)と天城(あまぎ)の議論が非常に深みを感じさせるのは、今の状況があるがゆえである。
そして天城(あまぎ)は自らの言葉を実践すべく公開手術へと向かっていく。

「天城先生は、医療現場においては命とお金と、どちらが大切だとお考えですか?」
「カネよりも命のほうが大切だ、という青臭い戯言には同意しますが、カネがなければ命も助けられないという現実から目を逸らすわけにもいきません。

東城医大の物語の歴史をさらに深くする一冊である。
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「ルワンダの大虐殺 世界で一番悲しい光景を見た青年の手記」レヴェリアン・ルラングァ

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
1994年の4月から7月にかけて総計100万人のツチ族が同じルワンダに住むフツ族によって殺された。幸運にもその虐殺のなかで生き残った青年ルラングァがその様子とその後を語る。
ルワンダの虐殺といえば、アウシュビッツなどと並び世界史において「ジェノサイド」という言葉を用いられる数少ない例の一つ。「ルワンダの涙」「ホテル・ルワンダ」などでもそのエピソードは知られている。
本書ではそんな1994年の大虐殺のまさにその「迫りくる死」を描いている。目の前で多くの知り合いが殺され、そして妹や母までもが無残に殺されていくのである。信じ難いのは当時公共のラジオ放送が人々にツチ族を殺すように呼びかけていたことである。

「僕はまだ八歳なんですが、もうツチ族を殺してもいいんですか?」
「かわいらしい質問だね!誰でもやっていいんだよ!」

最初は、生き残ったのはどこかに隠れていて運良く見つからなかったからだろう、と思っていたのだが、実際には、肩を砕かれ、鼻を削ぎ落とされ、左手を失ってその苦しさのあまり「殺してくれ」と叫んでいたから、逆に殺されなかったのである。「殺さないでくれ」と叫んでいたらきっと殺されていただろう。
そして、その虐殺の後についても描かれている。スイスの慈善団体の助けで生き延びた彼は、その後またルワンダに戻って、自らの腕を切り落とした男と再会するのである。自らを生死のふちに追い込み、親や妹達を殺した殺人鬼が普通に日常を送っていることに耐えられないルラングァ。終盤はその心のうちを描いている。読んでいて感じるのは、僕とほとんど変わらない年齢にも関わらず人生の苦難の多くを経験してしまった彼の荒んだ心のうちである。
全体的に文章から強い怒りを感じ、冷静に分析されて描かれた内容とはいえないが、その狂気の様子を知るひとつの手がかりにはなるだろう。
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「リッツ・カールトンの究極のホスピタリティ」四方啓暉

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
リッツ・カールトン大阪の開業に携わり、開業後は副総支配人としてその運営に関わった著者がそのホスピタリティについて語る。
実際僕自身リッツ・カールトンは足を踏み入れたこともないのだが、「クレド」というものについて語るとき必ず挙がるのがリッツ・カールトンであり、その徹底されたサービスはよく知られているところである。
しかし、世の中に多くのサービスがあって、そのどれもが顧客目線でサービスの質を向上しようとしているにも関わらず、そんな中でもリッツ・カールトンが際立って高い評価を受ける理由はなんなのか。そんな疑問に本書はわずかではあるが答えてくれることだろう。
なかにはもちろん高いお金をかけるからこそ実現するものもあるが、いくつかは異なる業種にも適用できるようなものであり、それだけでなく、単純に人と人とのコミュニケーションの際にも利用できそうな考え方まで示されている。
以前読んだ、オリエンタルワールドのサービスについて書かれた本の内容と類似点がある印象を受けた。どちらもあらゆる過程で根本となるポリシーをもとに判断を下しているのである。こんなことが実現できるならぜひそんな会社で働いてみたい、と思わせる一冊である。
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「On the Island」Tracey Garvis-Graves

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
高校生T.J.とその家庭教師のAnnaがモルジブに向かう途中、航空機が墜落し、やがて2人は小さな島に流れ着く。
過去いくつもの物語が作られている、無人島漂流記という題材。本作品は先生と生徒という男女でその物語が展開していく。飲み水の確保や、火をおこすことに悪戦苦闘する姿は比較的予想されているもの。その土地特有の病気もまたその一つであって、男女であればやがて恋愛関係になるのも予想通りかもしれない。
本作品で予想外のことと言えば、過去、無人島漂流記という物語は島から脱出して物語を終えるのにもかかわらず、本作品ではその後の2人の様子も描かれている点だろう。島での生活と、都会の最先端の文化での生活のギャップや、飛行機事故の生存者として有名になってしまったが故の2人の苦悩するさまなどが新しい。
すべてがフィクションではなくて、9.11やスマトラ沖地震を物語に絡めている点も面白い。

「暗号解読」サイモン・シン

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
人には秘密があり、誰かにそれを伝える際にその秘密を守るために暗号がある。人は暗号を考案してはそれを破ってきた。暗号の進化の歴史をそれに関連するエピソードを交えて描く。
著者の代表作でもある「フェルマーの最終定理」。こんな難しい題材をどうやって読者に面白く伝えるのだろう?という疑問を見事に吹き飛ばしてくれたサイモン・シンが暗号について書いたのだからおのずと期待は増してしまう。実際その内容はその期待を裏切らないものであった。
多くの暗号エピソード同様、初期のアルファベットをずらした暗号から、第二次大戦中のドイツの暗号機エニグマ。いずれもその仕組みとそれを解読した人々の努力を非常に面白く描かれている。いずれのエピソードもその暗号の歴史的重要性を示しながら展開するので物語性も十分である。

ポーランドがエニグマ暗号を解読できたのは、煎じ詰めれば三つの要素のおかげだった。恐怖、数学、そしてスパイ行為である。侵略の恐怖がなければ、難攻不落のエニグマ暗号に取り組もうなどとは、そもそも思いもしなかっただろう。

また、暗号だけでなく、古代のヒエログリフの解読についても触れている。ヒエログリフは文字であって暗号ではないのだが、その解読の手順は非常に似通っている。現代の人間が誰もその当時の声を聞いたことがないにもかかわらず、ヒエログリフがどのような音で発音されていたかまで明らかになっているという話は、本書を読むまで信じられなかったのだが、解読者たちのその思考の流れを本書とともに追うことで納得することができた。
そして、中盤を過ぎると暗号の伝達方法も手紙からメールとなり、公開鍵、RSA非対称暗号へと移っていく。一方向関数を利用したRSA暗号のエピソードはいろいろな書籍で目にするが、何度読んでも面白いしそれを作り上げた人々に感心してしまう。
終盤では、現代の暗号もいつか破られることがあるのか?という考えで、量子コンピュータに触れるとともに、犯罪をも助ける暗号技術を国が規制すべきか否か、という点についても語っている。
理系の人間にとっては大満足の一冊となるだろう。

線文字B
紀元前1450年から紀元前1375年頃までミュケナイ時代に、ギリシャ本土からエーゲ海諸島の王宮で用いられていた文字である。(Wikipedia「線文字B」
鉄仮面
フランスで実際に1703年までバスティーユ牢獄に収監されていた「ベールで顔を覆った囚人」。その正体については諸説諸々。これをモチーフに作られた伝説や作品も流布した。(Wikipedia「鉄火面」
エニグマ
第二次世界大戦のときにナチス・ドイツが用いていたことで有名なロータ式暗号機のこと。幾つかの型がある。その暗号機の暗号も広義にはエニグマと呼ばれる。(Wikipedia「エニグマ」

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「クラウド化する世界 ビジネスモデル構築の大転換」ニコラス・G・カー

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
Googleのサービスに見られるように、世の中はクラウドというスタイルへと移行しつつある。本書の序盤はそんな「クラウド」について、過去にクラウド化された物を例にとって初心者にもわかりやすく説明している。
その例に使用されているのが、「電力」である。発電機が発明されて、電気にガスよりも多くの利点があると世の中が認識すると、すぐにお金のある企業は発電機を買って電気を利用し始めるが、やがて「電力」はおのおのの企業や家庭がその敷地内で発電するものではなく、現在の「発電所」と呼ばれるような、ひとつの場所で多くの電力を発電し必要とされる場所に送られることが一般的になっていった。
この電力の進化の流れは、現在の「クラウド」と呼ばれるものと同じ流れであり、そう考えると「クラウド」という言葉こそインターネット向けに使われ始めたものではあるが、その進化の流れは決して特別新しいものではないことがわかる。遠距離に送ることができて、その送るインフラが整備されていれば、それはひとつの場所で大量に生産するほうが効率的で、利用者にとっても余計な知識や維持費が不要になるのである。
そんなクラウドの流れを説明するとともに、中盤以降ではセールスフォースなど現在あるクラウドサービスについて解説し、終盤にかけてはクラウド化が人に及ぼす影響に対して疑問を投げかけている。

インターネットで入手できる豊富な情報は、過激主義を抑えるのではなく、むしろ拡大するかもしれない。人間は自分の見解を裏付ける情報を得ると、自分の考えこそが正しく、自分とはことなる考えを持つ人は間違っているのだと、確信してしまう。
我々が技術を作り上げるのと同じくらい確実に、技術も我々を形成する。

翻訳のせいか若干読みにくく、また全体的に著者が言いたいことや本全体としての焦点が「Google」なのか「インターネット」なのか「クラウド」なのか、はっきりしないと感じる部分もあるが今のインターネットの流れを把握するには非常にわかりやすい内容である。
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「グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた」辻野晃一郎

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
ソニーでVAIO、スゴ録などを生み出し、その後グーグル日本代表取締役を務めた著者がソニーと、グーグルについて語る。
タイトルにグーグルの名前があるが、内容の大部分は著者のソニー時代のエピソードで占められている。入社当時、すでに立派な企業であったソニーはすでに大企業病に陥っており、過去の人々が築き上げた栄光にすがって努力をしない人々がいた。本書のなかで語られるエピソードからは、そんな組織のなかで著者が悪戦苦闘する様子が伝わってくる。

「まあ、ソニーだからなぁ。出せば売れるんだよ」
こういう連中が偉そうな顔をしてふんぞり返り、過去の栄光にすがって何もしないからソニーはどんどん駄目になっていくんだ。

第七章では「ウォークマンがiPodに負けた日」としてAppleのiPodとiTunesについても語っている。著者が言うにはインターネットで最初に音楽配信をやったのはソニーだったということ。にもかかわらず、人々の音楽の楽しみ方の変化についていけなかったゆえにアップルとの差は開く一方。すでにいろんなメディアで語られたアップルの成功物語であるが、それをソニーの内部という違った目線から語られるので新鮮である。

当時の旧ウォークマン部隊の人達は、iPod対抗を議論するときに、依然として「音質の良さ」とか「バッテリーの持ち時間」、果ては「ウォータープルーフ(防水加工)」などの話を主題として持ち出してくるので唖然とした。
新商品発表会でスピーチをする直前、スタッフが入手してきたiPod nanoが手元に届いた。彼等の新製品を一目見た瞬間に、私は敗北を悟った。

最後に、自らの体験を振り返って、これから日本の企業がどうあるべきかを語る部分が非常に印象的である。異なるタイプの世界的な企業に勤めた経験がある著者が語るからこそ非常に重みを持って響いてくる。

まず日本でうまくいったら次はアジア、そして欧米、といったような順次拡大の発想をするのではなく、最初からいきなりグローバルマーケットに打って出る、といった大胆なアプローチを考えて欲しいものだ。それが世界に貢献する日本を取り戻す未来に繋がる唯一の道であると思う。

今のこの変化の激しい時代を生きることを大変と思う人もいるだろうが、むしろ、様々な生活を楽しむことのできる貴重な時代に生きている、と前向きに受け取ることもできる。著者が締めくくったそんな内容のエピローグにはなんか元気をもらえた気がした。
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「プラナリア」山本文緒

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第124回直木賞受賞作品。
無職の人々を扱った5つの物語。それぞれ無職になった理由はさまざまである。乳がんと診断された人や、社内結婚のすえに離婚して社内にいずらくなった人、単純に主婦だったり、学生だったり。
直木賞という賞を取るにはやや地味な印象もあるが、むしろこういう内容の本が共感され、評価されるのは、世の中の多くの人が実際には、テレビのドラマのなかに出てくるように、実際にはばりばり仕事をしているわけでもなく、青春を謳歌している訳でもなく、思うようにならない現実に悶々としているからだろう。
僕自身が共感できたかというと首を捻らざるをえないのだが、共感を集める理由も判る気がする。もっと人生経験を積む必要がきっとあるのだろう。

啓蟄(けいちつ)
二十四節気の第3。二月節(旧暦1月後半 – 2月前半)。
現在広まっている定気法では太陽黄経が345度のときで3月6日ごろ。暦ではそれが起こる日だが、天文学ではその瞬間とする。平気法では冬至から5/24年(約76.09日)後で3月8日ごろ。期間としての意味もあり、この日から、次の節気の春分前日までである。(Wikipedia「啓蟄」

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「1995年のスモーク・オン・ザ・ウォーター」五十嵐貴久

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
真面目に生きていた主婦美恵子(みえこ)は、息子が高校受験に失敗したのを機にアルバイトを始める。そこでの出会いからやがてバンドをやることになる。
「青春に年齢制限はない」的な、陽気な青春小説で、物語の持つメッセージ性はある意味、すでに使い古されたもの。それでもいろいろ心に訴えかけてくるものがある。本作品の特長はその舞台を1995年に設定している点だろう。オウム真理教や阪神大震災が起こったのがまさに1995年なのである。
親友であるかおりの離婚を繰り返す自由奔放の生き方と、美恵子(みえこ)の堅実な生き方を対照的に描きながら、幸せの形に絶対的なものはなく、どんな人でも人を羨みながら生きていることを訴えてくる。
そして、そこに万引きして美恵子(みえこ)に見つかった雪見(ゆきみ)と元プロの新子(しんこ)が加わってディープパープルを演奏することになる。少しずつ本音をさらけ出すなかでそれぞれの人生観が見えてくるのが面白い。
特に、堅実に生きてきた美恵子(みえこ)がバンドの練習に打ち込むうちに、過去の自分の行き方に思いを馳せるシーンが印象的である。高校のころ、バンドを組んでいた先輩に憧れながらも、当時は女子がバンドを組むなんて考えられなかった、と。
きっと、誰もが今の自分と違う自分に憧れながらも、自分という殻を敗れずに退屈した日々に埋もれていくのだろう。それでも失敗を恐れずに動き出せば、そこにはきっと新しい何かが待っている。そんなメッセージが感じられる一冊である。
【楽天ブックス】「1995年のスモーク・オン・ザ・ウォーター」

「Howl’s Moving Castle」Diana Wynne Jones

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
帽子屋の姉妹3人は、父親の突然の死によってそれぞれの道を歩むこととなる。2人の妹が家をでたあとに、帽子屋を受け継いだ長女のSophieは、突然やってきた西の魔女の魔法で年老いた女性となってしまう。
ハウルの動く城の原作である。映画のなかでSophieの見た目が若くなったり年老いたりする理由を知りたくて手に取った。そんな動機なのでどうしても映画と比較しながら読み進めてしまったが、後半はかなり内容が異なっていて十分に楽しむことができた。
物語はハウルの城で過ごすことにしたSophieとHowlに弟子入りした少年Michael、そしてHowlと火の悪魔Calciferうを中心に繰り広げられていく。とはいえそんななかにも不思議な因果関係がある。CalciferとHowlは契約を交わしており、その契約によってCalciferは城の暖炉から動くことができない。そして、Calciferは自分のHowlとの契約を解除してくれれば、西の魔女がSophieにかけた魔法を取り除くことを約束する。しかし、その契約を解除する方法はCalciferもHowlも契約によって口にすることはできないのである。
城のなかで過ごしながらSophieはなんとか、その契約を解く方法を探る。その一方で、Howlは西の魔女との一騎打ちを避けようといろいろ思考を凝らす。Sophieの2人の妹も物語に大きくかかわってくる点が印象的である。
原作を読めばいろいろなぞは解けるだろうと思っていたが、解けた部分もあれば一段と深まった部分もあり、思ったのは、もう一度映画を見なければならない、ということ。

「ふちなしのかがみ」辻村深月

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
5つの少し不思議で少し怖い物語。
個人的に好きなのは最初の「踊り場の花子」。どんな学校にでもある七不思議。それは「七不思議」と呼ばれてはいるけれど実際には七つ誰も言えなかったり、人によって微妙に異なるように覚えていたりする。そもそも七不思議は誰が言い始めたのか、実際に起こった出来事に由来しているのか。そんな疑問をうまく物語に仕上げている。
また、2話目の「ブランコをこぐ足」で生徒たちがやったとされる「キューピッド様」もなんか懐かしさを感じさせる。
ややわかりにくい物語もあるが、「学校の怪談」的な程よい怖さ、程よい不気味さが夏に向かうこの時期にマッチしている気がする。残念なのはあまり辻村深月らしい鋭い描写がなかった点だろうか。
【楽天ブックス】「ふちなしのかがみ」

「生きながら火に焼かれて」スアド

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
ヨルダン川西岸のある村で生まれ育ったスアドが、その村の慣習ゆえに家族の恥として、火あぶりにされた経験を描く。
前半はスアドの火あぶりにされるまでの生活を中心に進む。そこに描かれているのは血のつながった家族でありながらも、女性の扱いは家畜以下の奴隷同然といった慣習である。世の中にはまだまだ女性軽視の考え方の強い国があることは理解しているつもりでいたが、描かれる内容はそんな僕らが想像できる非道さをさらに上回るものであった。それは「虐待」という程度のものではなく、家畜以下、奴隷同然の扱いなのである。そして、家族を殺しても大して罪に問われることがないというのだから驚くばかりである。実際スアドは妹が兄によって電話のコードで首を絞められる様子を見ているという。
幼い頃からそういう社会で育ったスアドは、学校にいくこともないため学ぶことも、そういう考え方以外を知ることもなかった。そんな何一つ安らぐ瞬間のない生活の中で、やがて一人の男性と恋をして妊娠してしまうのだ。お腹が大きくなってきて妊娠を隠せなくなったスアドを、家族は「家族の恥」として殺す決断をするのである。
後半は、そんな大やけどを負ったスアドがひとりの女性、ジャックリーニと出会ったことで別の国へ移り済み、そこで過去と向き合って幸せをつかむまでを描く。印象的なのは、大人になってからもスアドはユダヤ人の店を避ける点だろう。彼女は頭ではユダヤ人に何一つひどいことをされた覚えがないと理解していながらも、幼い頃から「ユダヤ人はブタだ」と刷り込まれたせいで論理的に行動できないのである。ほかにもいくつか同様のことがスアドの行動の記述から見て取れる、成長過程の考え方、教育がはその人の一生に大きく影響を与えてしまうのである。
本書のなかでも書かれているが、スアド自身が本書を書くのに強い意志が必要だったのもわかるし、内容からもそんな強い思いが伝わってくる、いろんな人に読んで欲しい作品である。

参考サイト
Fondation SURGIR – Accueil

【楽天ブックス】「生きながら火に焼かれて」

「桐島、部活やめるってよ」朝井リョウ

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
バレー部のキャプテン桐島が部活を辞めた。同じときに同じ高校で生活を送っている生徒達の物語。
男子生徒、女子生徒だけでなく、クラスの中心人物、誰からも相手にされないような目立たない生徒など、さまざまな生徒の視点から物語を展開する点が面白い。
クラスでの上下を意識して、自分は「下」だと考える映画部の生徒の視点がある一方で、「上」に位置付けられるサッカー部でクラスの目立つ存在である生徒が、映画部が映画について語る時の生き生きした表情にあこがれるシーンが印象的だ。
他人から見たらどんなにうらやましがられるような、例えばスポーツ万能、容姿端麗な存在であったとしても、悩みを抱え、自分以外の境遇をうらやみながら生きているのだということを認識させられる。
【楽天ブックス】「桐島、部活やめるってよ」

「War Horse」Michael Morpurgo

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
イギリスの牧場でその牧場主の息子、Archureと共に畑を耕していた馬Joey。幸せな生活を送っていたJoeyだが、国が戦争へと向かう中でやがて、騎兵隊の一員として戦争に参加することとなる。第一次世界大戦の混乱を駆け抜けた一匹の馬の物語。
物語が馬Joeyの目線で進む点が面白い。戦争によって飼い主の思いも関係なく戦争に参加することを強いられる。戦争という混乱の中ゆえにJoey自身にも多くの出会いと別れがある。尊敬できる馬との出会い。嫌いな馬との出会い。頑張り屋のポニーとの出会い。馬の気持ちを理解してくれる将校や、若い兵士、やさしい少女との出会い。
もちろんJoey自身は動物なのでいななくことしかできないが、その周囲で同じように戦争に参加する人々がひとり言のようにJoeyに向かって語る言葉が、戦時中の人々の本音を表しているようだ。

俺にはわかる。俺だけた唯一この部隊のなかで正気な人間だって。おかしいのは他の奴らさ。でも彼らはそれがわからない。彼らは理由も知らずに戦うんだ。
どうしてなんだ・・・。どうして戦争はすばらしいもの、美しいものを何でも、何もかも壊してしまうんだ。

動物という純粋さのせいだろうか、人間同士の物語であれば見慣れた出会いや別れの物語が、動物目線にするとこんなにも感動的な物語になるのだ。

「V.T.R.」辻村深月

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
マーダーライセンス。つまり人を殺すことを許された男、ティーの物語。恋人であり同じくマーダーライセンスを持つR(アール)の行方を探して情報を集め始める。
最近、辻村深月(つじむらみづき)作品を読み漁っているのだが、本作品はやや雰囲気が異なる。というのも辻村作品でありながらも、著者チヨダコーキのデビュー作品という設定なのだ。チヨダコーキというのは、辻村作品の「スロウハイツの神さま」で登場するカリスマ作家である。その書かれた著作が青少年に影響を与えて大きな殺人事件が起きる、という設定だったと思うが、その作品が、本作品なのかどうかは定かではない。
したがって、残念ながら他の辻村作品に共通した、羨望と嫉妬など複雑な感情の入り交じった人々の心の描写は全くといっていいほどないのある。物語の展開がゆっくりなため、途中ややストレスを感じたのだが、終わってみると、「悪くない」と思ってしまった。続編かもしくは僕自身が気づかなかった背景があってもおかしくない。
【楽天ブックス】「V.T.R.」

「非選抜アイドル」仲谷明香

「非選抜アイドル」
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
AKB48の仲谷明香(なかやさやか)がAKB48とその夢を語る。
世の中をにぎわすAKB48のシステムについて少し興味があったので本書を取ったのだが、AKB48のファンというほどのものでもないので、この著者の名前すら知らなかったのだが、どうやらかなり初期の頃からAKBに参加している女性のようだ。
本書では仲谷明香(なかやさやか)の幼い頃の生活、夢、AKB48のオーディションを受けるための経緯と、その後のAKB48の活動が描かれている。声優になるのが夢、と公言しながら、AKB48での活動を通じてチャンスを待ち、やがてその夢が実現に近づいていく様子が面白い。
生まれてからようやく20年経過したばかりの女性の言葉にどれほど学ぶところがあるのだろう、などという気持ちもなかったわけでもなかったのだが、いろいろ考え試行錯誤しながら夢に近づいていくその姿勢は、見習うべき部分も大きい。組織で生き残る必要がある社会人にとっても多少刺激になるのではないだろうか。
【楽天ブックス】「非選抜アイドル」

「ヒトリシズカ」誉田哲也

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
暴力団が殺害された現場で目撃された中学生、伊東静加(いとうしずか)は、その後も家族のもとには戻らずに行方をくらました。
別々の時代の別々の警察関係者から、いくつかの事件が語られる。そんな中で浮上する一人の女性、伊東静加(いとうしずか)。警察や世間の男を忌み嫌う静加(しずか)の目的は何なのか。前後して展開される静加(いとうしずか)の母親の物語から、その過去が次第に明らかになっていく。
孤独に生きている女性を描きながら、常に外からの目線だけで、本人には決してその心情を語らせずに、その人間をより謎めいた雰囲気を演出する作品としては、すでに宮部みゆきの「火車」、東野圭吾の「白夜行」という名作が世に出ている。そのため二番煎じの感は否めないが、それでも全体的にかもし出される雰囲気は独特のものがある。「ジウ」シリーズでもお馴染だが、この暗く切ない雰囲気作りは誉田哲也の得意とするところである。
【楽天ブックス】「ヒトリシズカ」

「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。」辻村深月

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
母親を殺して行方をくらました幼馴染、チエコを探すライターのみずほ。チエコとの共通の知人や同僚を訪ねて情報を集めていく。何故彼女は母親を殺したのか、そしてどこにいるのか。
みずほがいろんな女性からチエコについての話を聞いていく過程のなかで、30歳という節目の年齢に差し掛かった女性の本音が見えてくる。友達との付き合いのこと。合コンでの振るまいでのこと。結婚のこと。例によってそんな読んでいる読者まで目をそむけたくなるような本音の描写が魅力といえるだろう。

あの頃の遊び仲間全員に共通していた。本当にためになること、言わなきゃならないことは絶対に言わない。無条件に相手の望む言葉をかける。

物語が進むにしたがって、何故みずほがそこまでチエミを見つけることに執着するのか、その理由が明らかになっていく。

どうして、お母さんを殺したの。何故それは私の家ではなく、あなたの家だったのだ。娘に殺されて死んだのは、何故、私の母ではなく、あなたの母なのだ。

悪くはないが、残念ながら辻村深月作品は、ある程度の長さと登場人物の多さあってこそ魅力的な作品に仕上がる傾向があるように感じた。
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「鉄の骨」池井戸潤

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第31回吉川英冶文学新人賞受賞作品。
中堅ゼネコンに勤める若手の富島平太(とみしまへいた)は業務課に異動になり公共事業の受注にかかわることになる。
一言で言ってしまえば本作品のテーマは「談合」である。一般的には悪とされる公共事業落札価格の操作であり、異動になった平太(へいた)もまたそういう認識でいるが、その中で働いていくにつれて次第に業界を守るために必要な悪、として受け入れていく。
その一方で、平太(へいた)の恋人である萌(もえ)は銀行に勤めている立場からゼネコンを見るから、また異なる視点が感じられるのである。そんななかで平太(へいた)の勤める一松組は生き残りをかけて大型公共事業を受注しようとするのだが、業界の調整役が動き出して待ったをかける。
「談合」という物に対して、いろんな視点から見た考え方が描かれている点が興味深い。「談合」は必要なものなのか、それとも本当に自由競争こそ世の中に明るい未来をもたらすのか。もちろん、明確な答えは本書の中にも世の中にもまだないが、ゼネコン業界にそんな興味を持って目を向けさせてくれる一冊。
【楽天ブックス】「鉄の骨」