「やがて、警官は微睡る」日明恩

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
横浜のホテルが犯人グループに占拠された。偶然居合わせた武本(たけもと)は状況を打開しようと、ホテルマン西島(にしじま)とともに行動を起こす。
「それでも警官は微笑う」シリーズの第3弾である。強面だが職務に忠実な武本(たけもと)と、饒舌だが切れ者のキャリア潮崎(しおざき)を中心に展開されるシリーズである。本作品はホテルの占拠と言うややシリーズの他の作品と比較すると派手な幕開けである。犯人グループの一人から手に入れた無線によって武本(たけもと)は潮崎(しおざき)と交信することになる。
犯人も無線を聞いているはず、という前提の中で武本(たけもと)に意思を伝えようと、潮崎(しおざき)はその饒舌さからくる世間話のなかに様々な情報を差し込んでいくのである。
そんな事件の渦中にありながらも、警察という組織の中で迅速な行動をできずにいる潮崎(しおざき)と同僚のやりとりが面白い。正義を全うしようとする警察間同士でも、それぞれ信じる方法は異なり、それが大きな組織の機能を弱めてしまうのである。そんなシリーズに共通して潮崎が持つ葛藤もまた物語の見所のひとつである。

技術はどんどん向上し、その恩恵に国民は積極的に与っている。同時に、技術の進歩に応じた、今までにはなかった犯罪も起こっている。そんな中、警察は取り残されつつある。その遅れをマンパワーと、団結力で補っている。それがこの国の現状だ。

全体的には日明恩らしさが所々に感じられつつも、事件自体を派手にしすぎたせいか、人間関係などの人と人との感情や世の中のシステムに対するやるせなさのようなものが他の作品と比較すると少なかった点が残念である。本作品の終わり方はまだまだ続編がありそうな雰囲気なので次回作に期待したい。
【楽天ブックス】「やがて、警官は微睡る」

「日暮らし」宮部みゆき

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
本所深川の同心平四郎(へいしろう)と甥っ子弓之助(ゆみのすけ)の繰り広げる物語。
序盤は平四郎(へいしろう)が弓之助(ゆみのすけ)やその友人のおでこの助けを借りながら諍いを解決していく。そんななかで次第に江戸の時代の人々の暮らしが見えてくる。
写真や動画という技術のなかった江戸のような時代の人々の生活を僕らはなかなか想像することができないが、本書はそんな生活を本当に現実味を帯びた形で見せてくる。生きている中で人間関係に悩み、将来に悩み、恋に悩むのはいつの時代も変わらないのだろう。
そして、そんな遠い時代のことを弓之助(ゆみのすけ)やおでこといった愛される登場人物を作り上げて、面白おかしく見せてくれるのは、やはり著者宮部みゆきの技術あってのことだろう。
【楽天ブックス】「日暮らし(上)」「日暮らし(中)」「日暮らし(下)」

「握る男」原宏一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
金森信二(かなもりしんじ)は生きていくために寿司職人になることを決意する。しかしそこで出会った年下の男ゲソこと徳武光一郎(とくたけこういちろう)はその才能と努力で彼を一気に追い抜きのし上がっていく。
序盤は寿司職人たちの厳しい生き方が描かれているが、同時に懐かしい昭和の時代を感じる事が出来る。その寿司屋が両国に位置する事から、1985年に現在の場所に両国国技館が完成した事で大きく変わっていくのである。
前半はそんななかで兄弟子の嫉妬やいろいろな人間関係のなかで努力する金森(かなもり)と、次第に頭角を現していくゲソの姿が描かれている。
後半では金森(かなもり)とゲソは社長とその右腕となってバブル時代をのし上がっていくのである。時に過剰ともおもえるゲソの行動や決断は一体どこへ向かっていくのか。
正直もう少し寿司職人の人生に迫った物を期待したのだが、どちらかというと寿司はただ物語に軽く味を添える素材の一つでしかなく、若い2人の成り上がり物語となっている。
タイトルから想像した内容とは若干異なるが、時代背景を反映しているのでそれなりに楽しむ事が出来るだろう。
【楽天ブックス】「握る男」

「Pretty Little Liars #3: Perfect」Sara Shepard

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
Aliが遺体となって発見され、犯人として疑っていたxxが殺された。一体Aとは誰なのか。不安に怯えながらAria、Spencer、Emily、Hannaは日々の生活を送る。
「Pretty Little Liars」のシリーズ第3弾である。毎度のごとく恋愛や十代の女性にありがちな女性同士の見栄の張り合いや、派閥意識のなか普段の生活を送りながらも、4人はAと名乗る人間から来るメールなどに怯え続ける。そんな中やがてEmilyは自分のAliとの記憶のなかに抜け落ちている部分があることに気づくのである。そして、両親に寄るとどうやら幼い頃にもそういう経験をしたことがあったという。どうやらその抜け落ちた記憶の部分に真相にたどり着く鍵があるようだ、と不安になっていくのだ。
大きく物語の動く第3弾。すぐに続きを読みたくさせる。

「翻訳の基本 原文通り日本語に」宮脇孝雄

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
翻訳家である著者が、翻訳者の間違えやすい英語表現、文や、翻訳者がやってしまいがちなことについて語る。

英語の本を読んでいるとたまに意味のとれない文章や表現に出会う。自分一人で読んでいる場合は、物語全体の流れに差し支えない限り特に問題はないのだが、翻訳をするとなるとそうも行かないだろう。本書を読んで最初に驚いたのが、プロである翻訳者もそこらじゅうで間違った訳をしてそれが売り物として世に出回っているのである。

序盤は翻訳者が陥りがちなよくない翻訳傾向について語っている。例えばやたらとカタカナ言葉を翻訳に使ってしまう訳。外来語がカタカナとして定着してきてはいるが、どこまでそれを用いるのかが難しいのだという。例えば現代ではすでに「wine」は「葡萄酒」ではなく「ワイン」と訳した方が通じやすいだろうが、「店がオープンした」とか「道がカーブしている」あたりから翻訳者としては許容できなくなってくるそうだ。この辺の感覚はまた何年か経つと変わっている事だろう。

中盤からは英語のなかの間違えやすい表現について紹介している。例えば

「midnight」などは僕ら日本人は「真夜中」と訳しがちがだ、僕自信は「真夜中」というと夜中の12時から3時ぐらいをさすような印象を持っているが、英語の「真夜中」は「深夜12時」のことなのだという。またイギリスの駅のシーンで「entrance」を「改札」と訳すのも間違いだそうだ。なぜならイギリスの駅には改札がないから、だとか。
読めば読むほど、もはや翻訳は英語力ではなく文化に対する知識と言う気がしてくる。また、海外の作家の本は出来る限り英語で読もうと本書を読んで決意させられた。
【楽天ブックス】「翻訳の基本 原文どおりに日本語に」

「小笠原クロニクル 国境の揺れた島」山口遼子

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
先日読んだ垣根涼介の「人生教習所」という物語が小笠原諸島を舞台としていたため島の歴史に興味をもって本書を手に取った。
戦争に大きく影響を受けた場所について考えると、どうしても沖縄がすぐに思い浮かぶが、小笠原の歴史も予想以上に興味深い。小笠原の所属している国がアメリカから日本に変わるときはもちろん、そこに住んでいいた人たちには国籍の選択権と3年という猶予が与えられたのだが、そのタイミングでどの段階まで教育を受けていたか、という点が、アメリカか日本かを選択するうえでとても重要だったようだ。
兄弟、家族で異なった国籍を持ち、違った文化で生きる事を強いられるというのはどんな気持ちなのだろう。
本書のなかでそんな時代を生きた人々が当時を語る様子が描かれている。その内容はいずれも印象的である。アメリカ支配から日本支配になったことによって、過去の方が現在よりも豊かだった。という時代がこの島には存在したのである。
遠い場所で行われた国同士の取り決めによって翻弄されてた島。そこでは一体どんな文化ができあがるのだろう。いつか小笠原にいってみたいと思った。
【楽天ブックス】「小笠原クロニクル 国境の揺れた島」

「最後の証人」柚木裕子

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
「検事の本懐」に登場する元検察官の佐方貞人(さかたさだと)を扱った物語。本作品では息子を交通事故で失ったにも関わらず、加害者の権力者が、何の罰を受けない事に復讐を誓った夫婦の事件を担当する。
佐方(さかた)が裁判に向かう様子と、時間を数ヶ月前に遡って息子の復讐をしようと計画する夫婦の様子が交互に描かれる。終盤に向かうにつれてその二つの物語が一つに重なっていく。復讐を誓った夫婦が何らかの事件を起こしたのだろうがその詳細が裁判が始まるまで伏せられている点が面白い。
復讐は成功したのか、裁判の被告人は誰で佐方(さかた)は誰の弁護をしているのか。そして、裁判の行方を左右する最後の証人とは一体誰なのか。予想を越える展開だけでなく、正義感の強い佐方(さかた)の、胸に響く言葉は本作品でも健在である。

誰でも過ちは犯す。しかし、一度ならば過ちだが、二度は違う。二度目に犯した過ちはその人間の生き方だ

著者柚木裕子は今個人的に注目している作家である。佐方(さかた)弁護士を扱った作品だけでなく、今後の作品すべてが楽しみである。
【楽天ブックス】「最後の証人」

「デパートへ行こう!」真保裕一

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
いつから「デパート」という言葉を耳にしなくなったのだろう。いつから「デパート」という言葉は古くさい響きを持つようになったのだろう。本書の登場人物の一人である加治川(かじかわ)も幼い頃のデパートの思い出を持つ一人。大人になった今娘をデパートに誘うが、「ダサい」と一蹴され、それでも良き日の思い出を捨てきれずに深夜のデパートにやって来たのである。同じように複雑な事情を抱えた人々がデパートに集ってひと騒動繰り広げるのである。
かつては街を見下ろせたデパートの屋上は、いつのまにかオフィスビルに見下ろされるようになり、自殺を防止のためにフェンスが張り巡らされて眺めを楽しめる場所ではなくなった。物語中に散りばめられているそんな現代のデパート事情が興味深い。
物語としては登場人物が多いのとめまぐるしく変わる視点や舞台にやや追いつかない部分もあったが雰囲気が楽しむ分には問題ないだろう。喜劇として作られているとはいえやや作られすぎたエピソードや人間関係に抵抗を感じた。それでも幼い頃両親や友人と行ったデパートにもう一度足を運びたいと思わせる内容である。
【楽天ブックス】「デパートへ行こう!」

「水底フェスタ」辻村深月

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
村から出た芸能人、織場由貴美(おりばゆきみ)が戻ってきた。小さな村ではうわさばなしが人々の娯楽であり、広海(ひろみ)もまたそんな村で生きている一人だった。
小さな村という小さなコミュニティで生きる人々を描いた物語。村から出て行かないかぎり何においても選択肢の少ない場所。そんな場所だから、東京へ出て行って芸能人になった女性織場由貴美(おりばゆきみ)が戻ってきた事が少しずつ周囲に影響を与えていくのである。

彼女について声を荒げる人々は、皆、結局彼女を無視できない。身近だった彼女の存在に寄って浮き彫りになってしまう自分自身の矮小さを持て余し、だからこそ過剰に自分を防衛しようとしてあがいて、攻撃するのだ。

彼女の目的は何なのか、広海(ひろみ)の知らないところで、村には何が起こっているのか、少しずつ開けてくる現実に苦しむ広海(ひろみ)と小さな村が抱える問題点が描かれている。
小さな村に住んだ事がないのでこの物語がどれほど現実的に描かれているのだかわからないが、著者辻村深月の長所はむしろ人々の抱える複雑な感情の表現であり、それを期待したのだが、残念ながら期待には沿う内容ではなかった。
【楽天ブックス】「水底フェスタ」

「鋼鉄の叫び」鈴木光司

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
テレビ局に勤める雪島忠信(ゆきしまただのぶ)は父親からの影響で戦時中の特攻についての番組を思い立つ。そこに、特攻を直前で辞めて生き延びた人がいるという不確かな情報を得る。生の声を聞くためにその人間を探そうとする。
本書のなかでも語られているが、戦争を経験した人の多くが他界し、戦争の生の声を聞けるのもあと数年なのだろう。きっとその後は戦争に対する関心も一気に薄れていくのだ。本書はそんな戦争における、日本のとった特攻という悲劇の作戦について読者に示してくれる一冊である。
忠信(ただのぶ)は戦争を体験している父親から一度戦時中の父親の体験を聞かされた事があり、それゆえに特攻という出来事へ執着する。そして、そんな忠信(ただのぶ)が得た特攻の生存者の情報。忠信(ただのぶ)はその情報の真偽を確かめるため奔走するのである。
一方で忠信(ただのぶ)の父親和広(かずひろ)の戦時中の体験も描かれる。そのつらい体験と、病気療養中に海軍病院で出会いその後特攻で亡くなった上官峰岸(みねぎし)の話。
そんな忠信(ただのぶ)とその父親のつながりをもって、戦争を遠い昔の出来事ではなく、世代を超えて現代に繋がる悲劇として巧みに伝えてくれる。
2,3年前に同じく特攻を描いて話題になった「永遠の0」といくつか共通する部分があるが、本作もまた鈴木光司らしく緻密に考え抜かれた深く感動的な作品に仕上がっている。
【楽天ブックス】「鋼鉄の叫び」

「人生教習所」垣根涼介

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
両親の勧めで人生再生セミナーに参加することになった東大生の浅川太郎(あさかわたろう)。会場である小笠原に向かうフェリーにそれぞれの参加者がぞれぞれの想いを抱えて集う。
3人の人生に悩む参加者に焦点があてられている浅川太郎(あさかわたろう)と、ヤクザとしての人生に疲れきった柏木真一(かしわぎしんいち)、自分の容姿に自信がないライターの森川由香(もりかわゆか)である。それぞれが出会った当初はそれぞれを蔑んだり敬遠したりしながらも、セミナーを通じてともに過ごす事に寄って少しずつ打ち解けていく。
著者が本書をもって何を訴えたいのかはわからないば、個人的に印象に残ったのはむしろ、そんな登場人物たちのエピソードではなく、舞台である小笠原の人々の経験談である。セミナー中に、戦時中の人々に当初の経験を話してもらうのだが、そこではアメリカから日本になった小笠原という場所に生きた人々の苦悩が見て取れる。彼らにとってはどこか遠くの地で決められたどうしようもないこと。その決定によって兄妹や友人とは離ればなれになってしまうだけでなく、日々使用する言葉までも変えなければならないのだ。

それまで学校に上がっていた星条旗がするすると降ろされると、代わりに日章旗が揚げられました。そしれそれまでハワイから来ていた先生に代わり、日本の本土から来た先生が日本語で言いました。
みなさん、おめでとう。『返還』により、小笠原は『日本』になりました。
アメリカ人が支配していた頃は、よかったなあ。物資が豊富でなんでもかんでもグアムから運んでくれた。

このような問題を語る時、人々の頭に浮かぶのは沖縄なのではないだろうか。小笠原という場所の歴史に興味を向けさせてくれる一冊。
【楽天ブックス】「人生教習所」

「The Sins of the Father」Jefferey Archer

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
アメリカにたどり着いたHarry、Harryの子を宿したEmma、そしてHarryの親友であるGile。それぞれの人生が分岐し始める。
前作「Time Will Tell」の続編である。結婚を約束したEmmaが実は兄妹の可能性があることを知り、戦死した事にして他人の名義を乗っ取ってアメリカに入ったHarryだが、そこでは乗っ取ったアメリカ人の罪を被って服役する事と成る。一方でEmmaはHarryの戦死という事実に疑いを持ちその事実叙調査を独自に始めていく。Emmaの兄でありHarryの親友であるGileは兵役に志願しドイツとの戦地に赴いていく。
なかなか前作を読んでいない人にとって楽しむ事は難しいかもしれない。前作を読んでいる人には、前作では脇役に過ぎなかった登場人物たちが、それぞれ活躍していく様子を楽しむ事ができるだろう。
やがて物語は後継者選びへと発展していく。Barrington家を継ぐのはその息子のGileなのか、それとも別の男の息子として育てられたが産まれるのが数ヶ月早かったHarryなのか。すぐに続編へと手を伸ばしたくなる一冊。

「私の男」桜庭一樹

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第138回直木賞受賞作品。
婚約者と結婚することになった花(はな)。長年一緒に過ごしてきた養父の淳悟(じゅんご)ともこれからは別々に生活する事になる。そんな微妙な親子の関係を描く。
序盤は花(はな)の、社会人であるにも関わらず、若すぎる父親淳悟(じゅんご)との親密な関係が同僚たちの目から描かれる。そして、物語が進むに従って2人の持つ過去が少しずつ明らかになっていくのである。
個人的にはあまり印象的といえる箇所はなかった。というのも親子の禁断の関係というのは、昨今ではあまりにもそこらじゅうで使われており、特に新しさを感じないのである。
むしろ花(はな)が奥尻島の震災孤児という設定なので、その2年後に起こった阪神大震災によって、人々の記憶から薄れてしまった災害について再び目を向けさせてくれた点が印象的である。
【楽天ブックス】「私の男」

「歓喜の仔」天童荒太

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
借金を抱えて父親がいなくなった。母は二階から飛び降りて寝たきりになった。誠は犯罪に手を染めながらも、中学生の正二(しょうじ)、小学生の香(かおり)とともに植物状態の母を介護しながら生きていく。
3人は借金を返すために暴力団から与えられた仕事をこなしつづける。自らを英雄化した幻想にのめりこむことで現実を耐えようとする誠(まこと)の心が痛々しい。正二(しょうじ)はその家庭環境故に学校で孤立しつづける。色彩を失ったような毎日を淡々とこたしつづける兄妹の様子を、物語時代も淡々と描き続ける。そんななか、死んだ人が見えるという香(かおり)の存在が物語に彩りをそえている。
上下二冊にわたって、そんな希望もない日々を淡々と描いているため、とても読んでて面白いとは言えないが、それはそれでその不毛な日々をしっかり描写しているともいえるのかもしれない。「歓喜の仔」というタイトルから、天童荒太の出世作「永遠の仔」との物語的なつながりを期待したが、残念ながらそれらしい箇所は見られなかった。
【楽天ブックス】「歓喜の仔(上)」「歓喜の仔(下)」

「約束の地」樋口明雄

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大藪春彦賞受賞作品。
環境省の七倉航(ななくらわたる)は娘とともに八ヶ岳に赴任してきた。そこでは様々な人々が自然と関わって生きていた。
都会の文化のなかで育った七倉(ななくら)が次第に自然と向き合い、いくつもの苦難を経て、次第に引き込まれていく様子が描かれている。そんななかで今の日本が抱える自然保護の問題が見えてくる。後継者のいない猟師。密猟や乱獲による野生動物の減少。飢えて人里に降りてくる野生動物と人間のトラブルなど、いずれも都会に住んでいては意識しないことばかりではあるが、人々がもっと目を向けるべきことなのだろう。

人はむかし、山の動物と棲み分けをしていた。多少の干渉はあったにしろ、基本的には互いの生活圏を侵害しないという不文率を守り、それぞれが暮らしていた。そんなルールを一方的な都合で破棄し、山や動物をさながら所有物のように好き勝手に蹂躙し始めたのは人間なのである。自然がそんな人間を赦すはずがない。

本書ではそんな長年の人間の行いに対する自然の怒りの象徴のように、い「稲妻」と呼ばれるツキノワグマと「三本足」と呼ばれるイノシシが登場する。彼らの生き様、人間に対する振る舞いには感銘を受ける部分がある。自然に対する人間のありかたに目を向けさせてくれる作品。
【楽天ブックス】「約束の地(上)」「約束の地(下)」

「エス」鈴木光司

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
ネット上にある人物の自殺する様子を撮影した動画がアップロードされていた。プロダクションで働く孝則(たかのり)はその真相を探ろうとする。
「リング」シリーズの鈴木光司が久しぶりにあたらしいホラー小説を描いたのか、とあまり期待せずに読み始めたの。四人の少女を連続して誘拐して殺人した殺人鬼のその動機はなんだったのか。序盤はすこし謎めいた殺人事件にしか見えなかった物が、読み進めるに従って読者は「リング」と無関係ではない事に気づくだろう。
孝則(たかのり)はその自殺映像を託されてその謎を解明しようとする一方で、婚約者である、丸山茜(まるやまあかね)が最近見知らぬ人につけられていると訴える。幼いころに事件に巻き込まれた経験のある茜(あかね)にとっては無視できない出来事なのである。
そうした複数の不思議な出来事がやがて一本の流れへと繋がっていくのである。「リング」シリーズで、「ループ」を読んだときの驚きがここにもあった。かつての人気歌手や人気漫画かが、過去の人気作品にこだわりすぎると見苦しさを感じてしまうが、ここまで見事に過去の名作を蘇らせてくれると、そのすごさに感心してしまう。
まだまだ続編がありそうな内容。生き返った「リング」はどこへいくのか、今後の展開が楽しみである。
【楽天ブックス】「エス」

「阪急電車」有川浩

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
関西圏の私鉄グループ阪急の路線の今津線で繰り広げられる人々のドラマを描く。
阪急電車はドラマを描く舞台を電車や駅に限定しただけにすぎない。電車のなかには通勤、通学など、送り迎えなど様々なドラマが繰り広げられる。本書が描くのはそんななかでも強く生きようとしている女性たちに焦点をあてているように感じる。
本書が扱う10人ほどの女性のなかでも特に印象的なのは、婚約者を同僚に奪われてその相手の結婚式に復讐を決意して参加する翔子(しょうこ)の生き方であるが、そのほかにも女子高生悦子(えつこ)と年上の馬鹿な彼氏の話や、ランドセルを背負った誇り高き少女の話など、魅力的な登場人物があふれている。
ローカル線ののんびりとした雰囲気を、強い女性たちの信念で味付した見事な一冊。
【楽天ブックス】「阪急電車」

「Different Seasons」Stephen King

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
四つの作品を集めた短編集であるが、一作目の「Rita Hayworth and the Shawshank Redemption」は映画「ショーシャンクの空に」の原作であり、三作目の「The Body」は映画「スタンドバイミー」の原作という短編集ながらもそれぞれの物語は非常に濃密で完成度の高い出来となっている。映画が非常に忠実に描かれているので、いまさらこの二つの作品の素晴らしさは語る必要もないが、四作目の物語「The Breathing Method」もまた強烈な作品に仕上がっている。
主人公である男性は、ある物語を語る会に通うようになる。そこでは毎回参加者の一人がほかの参加者に向けて物語を語るのだが、あるクリスマスの晩に参加者の一人の医師が過去を思い返してある女性の物語を語るのである。その女性は役者を夢見てニューヨークに出てきたが、出会った男と恋に落ちて妊娠し、男が去ったあとも一人でその子を産んで育てようとして、医者であるその語り手のもとを訪ねたのだと言う。彼女の産まれてくる子供のための強い意志は、その語り手である医師の心に永遠に刻まれることとなったのである。
出版されたのが1983年という本であるが、30年を経た今読んでも決して不満に思う事はないだろう。長く心に残るであろう作品。

「スリー・アゲーツ 三つの瑪瑙」五條瑛

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第3回大藪春彦賞受賞作品。
北朝鮮の工作員チョンが日本に潜入した。葉山(はやま)はチョンの残したものを分析してその足取りを追ううちにしだいにチョンの人間性が明らかになっていく。
北朝鮮、日本、アメリカと国をまたいで繰り広げられる諜報活動。そんな中で生きる人々を描く。僕らは諜報活動やスパイと言った言葉を聞くと、そこに関わる人々は、どこか冷血で非人間的な印象をもっているが、むしろ本書で中心となるのはその生まれ育った境遇故に、国家間の陰謀に巻き込まれていったむしろ不幸な人々である。
物語はチョンと、チョンを追う人々と、人間としてのチョンと関わる事に成った、その家族の視点で描かれる。北朝鮮に住む、チョンの家族の目線では、その言論統制の厳しさが見え、また日本に潜入したチョンの目線からは日本の物質的な豊かさが感じられるだろう。
諜報活動を扱った物語は、往々にしてわかりやすい展開にはならず、どこか難しい印象が常にあり、そういう点では本書も例外ではない。ただ、国の違いに置ける文化や豊かさの違いなどが感じられる点が新しい。
【楽天ブックス】「スリー・アゲーツ 三つの瑪瑙」

「Agent6」Tom Rob Smith

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
ロシアでKGBの一線を退いたLeoと妻のRaisa、そして容姿にとった2人の姉妹の4人は質素だが平和な生活を送っていた。教師としてArisaは国際交流のイベントのために、2人の娘を連れてアメリカにいくこととなる。
「Child44」「SecretSpeech」に続く、冷戦時代のロシアを描いた第3弾。誰もが秘密警察KGBの目を恐れて生活しているロシア。前二作品でKGBの第一線から退いて両親を殺された姉妹ZoyaとElenaとともに暮らしていた。思春期を迎えた ZoyaとELenaを連れて、妻であり教師のRaisaがアメリカでアメリカの生徒たちとの交流イベントに向かうところから物語は大きく動き出す。
アメリカ人歌手Austinは、かつて共産主義を支持していたためCIAから睨まれてその活動の場所を失ったが、ソ連は彼を共産主義の象徴として再び表舞台に立つように説得しようとする。そんな陰謀に巻き込まれるRaisaとElena。そうしてアメリカで起こった出来事がその後のLeoをアフガニスタン、アメリカへと向かわせるのである。
僕ら日本人がアフガニスタンやタリバンについて意識したのはきっと9.11テロ以降であろう。本書はそんな混沌に陥るアフガニスタン、そしてそれを引き起こした冷戦時代のソ連、アメリカの関係を見せてくれる。太平洋を越えた3国にまたがって、前2作品以上に大きなスケールで展開される物語。
おそらくシリーズラストとなるであろう、むしろ終わりに近づくにつれて、読み応えのあるシリーズが終わってしまう事にさみしささえ覚えてしまう作品。