「犯人に告ぐ」雫井脩介

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第7回大藪春彦賞受賞作品。
6年前に起こった幼児誘拐殺人事件の失態の責任を取って地方に退いた巻島史彦(まきしまふみひこ)は、神奈川県内で起きた連続児童殺害事件の捜査の指揮ために呼び戻された。巻島(まきしま)は状況を打開すべくテレビを利用した公開捜査に踏み切る。
物語前半は、連続殺人事件を題材としながら、テレビというメディアと、それに反応する大衆という方向への展開が、宮部みゆきの「模倣犯」を思い起こさせたが、中盤に差し掛かかる頃にはそんな気配も薄れ、この物語の独自性が際立っていく。
物語の視点は、現場捜査指揮官であり主人公の巻島(まきしま)とその上司にあたる課長の植草(うえくさ)の間を行き来する。2人という少ない視点であるがゆえに、その両者についての心情描写は深く掘り下げられ、同じ刑事と言う職業ながら、仕事に対するその対照的な姿勢が2人の個性をそれぞれ際立たせていく。巻島(まきしま)の事件に対する姿勢には執念や覚悟が、植草(うえくさ)の姿勢からは「本気」を嫌う現代の若者らしさがにじみ出てくる。そこにさらに、娘や昔の恋人とのやり取りを挟むことで、それぞれ人間らしさもしっかりと表現され、読者はさらに物語にひきこまれていくこどたろう。
描かれる刑事たちの地道な捜査と、それが進展しないことによって生じる刑事間の軋轢は、刑事と言う職業がドラマなどで描かれるほど、華やかでも格好良いものでもないということを伝えてくれる、この徒労感ともいえるような現場の空気は、小説と言う媒体だからこそここまでしっかりと伝わってくるものなのだろう。
そして、メディアを利用した「劇場型捜査」というこの物語の特長ゆえに、そこにテレビ局の視聴率獲得競争という側面も取り入れた点も、この物語の個性的な味付けの一つと言えるのではないだろうか。
その一方で、この物語の中ではテレビと言う多くの人が目にするメディアに姿を晒すことで、否応もなく多対一という状況になることの恐ろしさも描かれている。そして、犯罪者に対しても犯罪者に味方するものに対しても一切の言い分も許さず「悪」というレッテルを貼り、それを全否定する世の中の風潮や、「正義」という名の下には何をしても許されるという、世間が時々見せる危険な思想も取り入れられている。

犯罪被害者に非があるとは思わないが、世の中の事件において、犯罪を起こした者の事情が往々にして聞くに値しない言い訳のように扱われ、その切実な心情が一切汲み取られることなく、ただただ人道にもとる行為のみが一方的に非難されるのは一種の民衆ファッショであり、決していい風潮とは思っていない。

さらに、やり場のない被害者家族の心の怒りや悲しみや罪悪感を、どこかに導いてくれるような印象も受けた。

あの事件の犯人が誰であろうと、その人間はその後、本当に悲惨で悲惨で仕方がない人生を送っているんだろうと思います……間違いなく、そうなんだと思います

読み終えた雫井脩介作品は「火の粉」「虚貌」に継いで本作品で三冊目であるが、次第に心情描写の表現が多く、そしてリアルさを増してきたように感じる、それはつまり自分好みの作品になってきたと言うことだ。もう少し心を強くえぐる何かが文章中から感じられれば、ずっと読み続ける作家の一人になるだろう。
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「サウスバウンド」奥田英朗

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
小学六年生の主人公の上原二郎(うえはらじろう)とその父親の一郎(いちろう)の物語。二郎(じろう)は大きくなるにつれて、どうやら父親の一郎は普通の父親ではないと気づき始めた。実は父親の一郎(いちろう)は元過激派で、各地に数々の伝説を残している男だったのだ。

社会に合わす事をしない父親の一郎(いちろう)が学校や警察と揉める過程で、そんな特異な環境に育っている二郎(じろう)の気持ちと、それを取り巻く大人たちの考え方が描かれる。ありがちな考え方から、極端な思想まで様々で、思想形成過程の二郎(じろう)たちは漠然と世の中の矛盾や複雑さを理解していく。そしてその端々で大人たちもまた葛藤していく。

あのね、人にはいろんな意見があって、それは尊重するべきなんだけど、上原君はまだ六年生なんだし、一つの色に染まっちゃいけないと思うの。
通学路しか通っちゃいけないなんて、明らかに意味のない決め事でしょ。国は国民を、大人は子供を、それぞれ管理したいだけなんだから。
協調性も大事ですが、悪いことに協調していては意味がありません。

そんな二郎(じろう)の成長と並行するように、一郎(いちろう)を取り巻く環境から世の活動家についても触れている。

革命は運動ではない。個人が心の中で起こすものだ。集団は所詮、集団だ。権力を欲しがりそれを守ろうとする。個人単位で考えられる人間だけが、本当の幸福と自由を手にできるんだ。
左翼運動が先細りして、活路を見出したのが環境と人権だ。つまり運動のための運動だ。ポスト冷戦以降、アメリカが必死になって敵を探しているのと同じ構造だろう
いい大人がろくに仕事もしないで、運動を生きがいにしているんだから。働かないことや、お金がないことや、出世しないことの言い訳にしている感じ。正義を振りかざせばみんな黙ると思ってる。

前半部分では口先だけの父親という描かれ方をしていた一郎(いちろう)が、後半部分では行動も伴ってきたため、その言葉が強く二郎の心に響くようになる。

平等は心やさしい権力者が与えたものではない。人民が戦って勝ち得たものだ。誰かが戦わない限り、社会は変わらない。
世間なんて小さいの。世間は歴史も作らないし、人も救わない。正義でもないし、基準でもない。世間なんて戦わない人を慰めるだけのものなのよ
負けてもいいから戦え。人とちがってもいい。孤独を恐れるな。理解者は必ずいる。

いつか子供ができたとき、どんな風に世の中の必要性と、その一方でその不要性を教えるべきか考えさせられた。ただ、思ったのは、この物語で描かれている二郎(じろう)や妹の桃子(ももこ)を含めた子供達のように、世間の大人たちが思っているよりもずっと、子供達は賢く、外に出ていろんな人や物事に触れ、経験し、時には怪我をしたりして、世の中の仕組みを理解していくのだろう。そして、その機会を逃した人間が、学歴、マイホームといった、小さな尺度でしか物事を考えられない人間になり、退屈な世の中を作っていくのかもしれない。ということ。

こんな言葉で生き方を教えてあげたい。と思わせる台詞がたくさん詰まっている一冊である。

サーターアンダーギー
砂糖を多めに使用した球状の揚げドーナツ。(Wikipedia「サーターアンダーギー」)
警備部
各都道府県警察本部に存在する部署のこと。主に思想的背景のある犯罪者や、テロリストへの対処、暴動鎮圧や災害対策、要人警護、各種情報・調査活動等を担当する。(Wikipedia「警備部」)
外事課(がいじか)
日本の警察組織の1部局。たいていは各道府県にある警察本部の警備部の下に置かれ、公安警察の末端を担う。ただし、東京都は例外で、警視庁公安部の下に置かれている。主に海外の過激派、スパイの逮捕を目的としている。(Wikipedia「外事課」)
幇助
実行行為以外の行為で正犯の実行行為を容易にする行為一般を指す。物理的に実行行為を促進する行為はもとより、行為者を励まし犯意を強化するなど心理的に実行行為を促進した場合も幇助となる。(Wikipedia「幇助」)
パイパティローマ
波照間の南に存在するという伝説の島。

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「てのひらの闇」藤原伊織

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
20年勤めた飲料会社で希望退職の決まった堀江(ほりえ)は、会長の石崎博久(いしざきひろひさ)から偶然移したビデオ映像をCMに使いたいと打ち明けられるが、CGであるために使えないことを告げる。そして翌朝未明、石崎(いしざき)は自殺した。石崎(いしざき)の死の謎を解くことが堀江(ほりえ)の最後の仕事となる。
藤原伊織の代表作で直木賞受賞作品でもある「テロリストのパラソル」が個人的にそれほど評価できる内容ではなかったので以後敬遠しており、この作品もあまり期待をしていなかったのだが、今回はその予想を良い方に裏切ってくれた。
主人公の堀江(ほりえ)は暴力団の長の息子という異色の経歴を持っているため、企業に籍を置きながらも、企業に属する人たちを客観的に見つめる。そんな堀江(ほりえ)を視点として終始物語が展開するからこそ、企業とそこに関わる人間の在り方がリアルに表現されているのだろう。
信念を持って会社を辞めるもの、経営者が変わってもその企業の中で巧に生き続けるもの。無能と自覚しても家族のために会社にしがみつく者。管理職であるがゆえに路頭に迷うとわかっていながらも年配の社員を解雇する者。

きのう、彼は解雇の件を家族にどう告げたのだろう。社会人として失格の烙印を押された屈辱を、彼は妻にどんなふうに話したのだろう。子どもたちにはどう伝えたのだろう。

パブ効果
「パブリシティ効果」のこと。メディアに取り上げられることによって生み出される宣伝効果。
無配転落
前の決算期末には、配当があったが今期の決算期末では、配当金が支払われないこと。
司法解剖
日本では刑事訴訟法168条1項「鑑定人による死体の解剖」、及び229条「検視」の規定に基づいて、刑事事件の処理のために行う解剖。犯罪死体もしくはその疑いのある死体の死因などを究明するため、検察などの司法当局によって捜査活動の一環として行われることから、こう呼ばれる。
Wikipedia「司法解剖」
行政解剖
刑事訴訟法以外の法律に基づいて処理される事件(行政事件)の処理のために監察医が行う解剖で、死体解剖保存法8条に基づく。法的には家族の承諾がなくても行えるが、24時間以内に医師の診断を受けないで病死した場合に行われる解剖が多い。(Wikipedia「行政解剖」
収益還元法
欧米で主流になっている不動産鑑定評価の手法のひとつ。不動産の運用によって得られると期待される収益=賃料を基に価格を評価する方法。
コルドン・ブルー
1895年にフランス・パリに開校された高級な料理学校。日本では東京(代官山)・横浜・神戸にある。
殺人教唆
人を殺人へとそそのかすこと。
ドゥカティ
イタリアのモーターサイクルメーカーの一つ。 ドカティーとかドカとかドゥカッティとか読む人もいる。車検証ではドカテイ。
MBA
Master of Business Administrationで、日本でいう経営学修士課程。
PhD
Doctor of Philosophyの略語で、博士号のことをいう。
根抵当権
抵当権の一種。普通抵当権が住宅ローンを借りる時など特定債権の担保として設定されるのに対して、根抵当権は、将来借り入れる可能性のある分も含めて、不特定の債権の担保としてあらかじめ設定しておく抵当権のこと。
ロンソン
ライターのメーカー。
参考サイト
Le Cordon Bleu
Yahoo!不動産

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「千里眼 岬美由紀」松岡圭祐

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
4年ぶり2回目の読了。前作「千里眼 メフィストの逆襲」と2冊で一つの物語となっており、北朝鮮問題を題材とした物語の完結編である。岬美由紀(みさきみゆき)や蒲生誠(がもうまこと)は東京カウンセリングセンターの研修生となった謎の女性、李秀卿(リ・スギョン)を北朝鮮の工作員と疑って身辺警護する。
北朝鮮で生きてきた李秀卿(リ・スギョン)と美由紀(みゆき)は物語中で何度も言い争いをする。信じるものや育った環境によってどんなに理論的な会話を重ねようともお互いに理解することは難しいものだと感じさせるが、それを辛抱強く続けることによってそれは可能になるということもまた教えてくれる。
そして、物語中盤から、正体を現した李秀卿(リ・スギョン)によって、日本と北朝鮮の関係の中で多くの日本人が誤解している一つの真実の形を見せている。

日本国内の犯罪。だが、容疑者扱いされた外国の関係者はそれによって迷惑を被る。ところが、その疑いを晴らす機会を日本政府は外部の人間には与えない。それが結果的に非協力態勢を生む。相互の信頼関係を遠ざける。
日本も過去に嘆かわしい行為の数々をはたらいているだろう。アメリカと手を結び、アジアに強大な軍事力を展開させている。原子力発電所も数多く建設している。それらについては朝鮮民主主義人民共和国になんら事情を説明しようとしない。一方で、わが国が防衛のためにミサイル開発をしたり、発電所建設のために原子力の研究施設を築こうとすると、すぐに核ミサイルを配備するかもしれないといって喧嘩ごしになる。きみらは自分たちが正しく、わが国が間違っていると信じ込んでいる。
北朝鮮も紆余曲折を経て、近代化の波のなかで平和を維持しようとしつづける。内乱を防止するために人々に一つの統一された思想を持たせる。日本ではそれを”洗脳”と呼ぶ。だが彼らにとっては、それはひとつの平和維持のための手段だ。それが正しかったかどうかうかは、数十年後の歴史の判断に委ねられる

もちろんこの物語は松岡圭祐の作り出したフィクションなのだから、必ずしも真実が描かれているとは限らない、しかし、僕らが「真実」として受け止めていること。つまり、ニュースや新聞から得られる情報によって僕らが持っている北朝鮮に対する印象も、必ずしも真実とは限らないのである。北朝鮮に対する考え方を変えてくれる作品である。


チュチェ思想
北朝鮮のいわゆる「主体思想」。1960年代の中ソ対立の中で北朝鮮の自主性を守るために、金日成〔キムイルソン〕が打ち立てた。マルクス・レーニン主義を下敷きに、人間観、歴史観、領導論、自主路線政策、関係理論などを粗描したもの。
参考サイト
アメリカ大使館爆破事件(Wikipedia)

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「千里眼 運命の暗示」松岡圭祐

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
4年ぶり2回目の読了。「千里眼」第1シリーズ第3作である。前作「ミドリの猿」の続編。岬美由紀(みさきみゆき)と嵯峨敏也(さがとしや)、そして刑事の蒲生誠(がもうまこと)は日本への宣戦布告間近の中国奥地に降り立つ。
集団マインドコントロールを行っているメフィストコンサルティングのトリックに迫っていく。フィクションということで、深く考えずにその手法は「可能」と受け止めて読み進めるしかないが、美由紀(みゆき)の解決手段は読者に大きな驚きを与えてくれるだろう。


プラシーボ効果
あなたの病気を治す薬だと何の薬利作用も無い錠剤を与え、その人の病気が治癒、または改善する事。
ジャイロ効果
回転体(自転車の場合は車輪)が角運動量を保存しようとする働きで、回転体の回転数および質量が大きいほど効果が大きい。日常的に触れているジャイロ効果としては、自転車の車輪などが挙げられる。

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「交渉人」五十嵐貴久

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
三人組のコンビニ強盗が総合病院に人質をとって立てこもった。交渉人の石田修平(いしだしゅうへい)警視正が現場に到着するまでの間、遠野麻衣子(とおのまいこ)は現場を守る任務に就く。
海外では一般的となりつつあり、日本でも「踊る大捜査線」のシリーズ「交渉人 真下正義」などによって認知されつつある交渉人という職業。この物語では交渉人の第一人者とされる石田修平(いしだしゅうへい)が犯人との巧みな交渉を中心に展開されていく。

ネゴシエーターにとって一番重要なことは、喋らないということなんです。自分は話さずに、相手の話を聞く。それがすべてだ。

仕事でもプライベートでも、社会は人間関係を無視して生きることなどできない。多くの読者は物語中で展開する交渉術を自身の淀みない人間関係を構築するために役立てたいと思うことだろう。
また、捜査の合間に触れている警察の最新技術もまた非常に興味を掻き立てられる。

昔ならともかく、今はいちいち警察の担当者が番号を書き写したりはしない。並べた札をビデオカメラで撮影しておけば後は警視庁装備課の画像解析機で紙幣の番号を読み取ることが出来る。さらに警察はすべての札に特殊塗料を塗布していた。一定時間以上が経過すると札の表面に模様が浮き出すため、使用することは不可能になる。

圧倒的なスピード感、一切中だるみすることなく終わりまで完結する作品である。そして、スピード感だけでなく現代社会を蝕み見過ごされている大きな問題もしっかりと物語中に取り入れているところを評価したい。


医療過誤
医療に関わる場所で発生する人身事故を医療事故という。そのうち人為的ミスに起因し、医療従事者が注意を払い対策を講じていれば防げるケースを医療過誤という。病院側が素直に過失を認めることは少なく、被害者が病院側に謝罪・賠償を求めるには、告訴(医療過誤訴訟)するしかないのが現状。原告の主張が認められた割合は一般的な民事訴訟の約3分の1。一審が終わるまで最低5年かかるという。当然、弁護士費用もかかる
心筋炎
心臓の筋肉(心筋)に主にウイルスが感染し炎症がおこり心筋自体の破壊が生じて、結果として心臓の収縮機能を低下させる疾患。
返報性の原理
人間が何か人からもらったり、手伝ってもらった際に自然と感じてしまう「お礼をしなくては」心理のこと。
ドア・イン・ザ・フェイス
初めに誰もが拒否するような負担の大きな要請し、一度断らせる。その後に、それよりも負担の小さい要請をすると、それが受け入れられやすくなるというもの。
フット・イン・ザ・ドア
初めに小さいお願い事を受け入れてもらうことで、次に大きなお願い事を受け入れてもらいやすくする方法。販売活動でよく使われる技術で、販売員は、商品を購入する気持ちのない主婦に、最初は「あいさつ だけでも・・・」と玄関に入れてもらえるように頼む。あいさつを受け入れれば(小さな承諾)、 次の機会に商品購入の同意(大きな承諾)が得られやすくなる。

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「幻夜」東野圭吾

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
阪神淡路大震災の混乱の中、主人公の雅也は、地震で両親を亡くして天涯孤独となった新海美冬(しんかいみふゆ)と出会う。二人は協力して平成不況の世の中を生き抜いていく。
この作品は昨年ドラマにもなった「白夜行」の続編とされている。「白夜行」の登場人物であった雪穂(ゆきほ)と亮司(りょうじ)のような、その善悪は別として、法律や世間の常識に対して決して揺らぐことのない強い生き方に触れたくて手に取った。その期待にはしっかりと応えてくれた言えるだろう。
物語の展開のみを頼りにし、舞台や題材は想像で補うことの多い東野圭吾にしては珍しく、物語の舞台となる時代や、鍵となる細かい題材が現実に基づいており、展開以外にも今まで知らなかった世の中の一面を僕に見せてくれた。

父の自殺を予期しながら考えまいとしていた、というのは正確ではなかった。自殺の気配に気付かない演技をしていた、というのが正しい。父の生命保険のことも知っていた。だから首を吊っている父を見た時の最も正直な気持ちは、これで助かった、というものだった。

平成不況の中、その大きな影響を受ける町工場で働く人たちの気持ちや、美しくなることにこだわリ続ける女性は、現代の社会の病を象徴しているようだ。
「白夜行」の続編ではありながらも一つの作品としてしっかりと成立しており、「白夜行」を知らなくても十分楽しめるが、「白夜行」の読者であれば読み進めるににしたがってその関連に気付くことだろう。
人以上に不幸な境遇に育ったからこそ、人以上に幸せ求める。そんな彼らの行き着いた先は他人を蹴落としてでも幸せになろうという生き方。富と美しさを手に入れても決して人に心を開くことのできない生き方はやはり悲しいくつらい生き方でしかない。世間で言われる幸せの大きな要素、富と美しさ。それは本当に必要なものだろうか。そんな問いかけこそがこのシリーズで東野圭吾が伝えたいテーマなのかもしれない。


日本遊戯銃協同組合
エアソフトガン、モデルガンなどの遊戯銃(トイガン)の改造防止などを図ることにより遊戯銃の安全対策の確立に努めるとともに、組合員の取り扱う遊戯銃の適正な使用方法に関する啓蒙、普及を図る団体。

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「龍は眠る」宮部みゆき

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第45回日本推理作家協会賞受賞作品。10年ぶり2回目の読了である。
雑誌記者の高坂昭吾(こうさかしょうご)は、車で東京に向かう途中で、自転車をパンクさせ立ち往生していた高校生の少年、稲村慎司(いなむらしんじ)を拾った。これが高坂(こうさか)と超能力者との出会いであり、不思議な体験の始まりであった。

宮部みゆきの初期の作品には超能力者が多く登場する。「魔術はささやく」「蒲生邸事件」「クロスファイア」などがそれである。超能力者を描いた作品と言えば筒井康隆の七瀬が印象に残っているが、宮部みゆきの描く超能力者の物語もまた例外なく面白い。この物語に登場するのは二人のサイコメトラーである。

稲村慎司(いなむらしんじ)は超能力を持ったからこそ他の人にはできない何かをしなければいけないと考え、さらに優れた超能力を持った織田直也(おだなおや)は超能力を持ってしまったからこそ人生を狂わされ、その力を隠して普通の人間として生きようとする。そんな二人の過去の経験がリアルに描かれているためどちらの考え方にも共感できることだろう。二人の周囲の人間の考え方もまた印象的である。
稲村慎司(いなむらしんじ)の父親は言う。

信じる、信じないの問題ではなのですよ。私と家内にとっては、それがそこにあるんです

織田直也(おだなおや)の友人で幼い頃に声を失った女性は言う。

わたしみたいに、あったはずの能力が消えてしまったからじゃなくて、余計な能力があるから、あの人は苦労しているんです

物語展開の面白さ以外にも随所に宮部みゆきらしい心に突き刺さる表現が見られる。

男でも女でも、傷ついて優しくなるタイプと、残酷になるタイプとがいるそうだ。おまえは前の方だ
信じてやりたい、などと逃げてはいけない。そんなふうに思うのは、彼らに本当に騙されていた場合、自分に言い訳したいからです。それでは駄目だ。信じるか、信じないか、あるいはまったくデータを集めるだけの機械になりきって、すべての予断や感情移入を捨てるか、どれかに徹することです

人間としての心構えまで教えてもらっているようだ。

すぐうしろに立っている主婦が、怪しまれずに姑を殺してしまうにはどうしたらいいかしきりと考えている−−その人たちを追いかけていって、そんな恐ろしいことはやめなさいって言ったところで、どうにもならないでしょ?黙って見過ごすしかなかったんです。それだけだって、死ぬほど辛いことだった

過去アニメやドラマなどで数多くの超能力者が描かれてきた。それらを目にして、誰でも一度は超能力というものに憧れを持ったことだろう。しかし本作品を読めば、それが決して羨ましいものではないことがわかるはずだ。10年ほど前、この作品で宮部みゆきに初めて触れた。今思うと、これが僕を読書の世界へ引き込んだきっかけだったかもしれない。
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「リング」鈴木光司

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
10年ぶり2回目の読了である。初めて「ループ」を読んだときの衝撃をもう一度味わいたくて、三部作(「リング」「らせん」「ループ」)を最初から読み直すことにした。
出版社に勤める浅川和行(あさかわかずゆき)は姪の死をきっかけに、同じ日のほぼ同じ時刻に起こった4人の男女の突然死に興味を抱く。4人に共通した行動を洗い出すうちに、4人が死んだ一週間前の夏休みに貸し別荘に宿泊していたことを突き止める。そして、その場所に赴いた浅川(あさかわ)は1本のビデオテープと出会う。浅川(あさかわ)は友人の高山竜司(たかやまりゅうじ)と共にビデオテープの真相に迫る。
物語の中で視点は常に移り変わる。それぞれの登場人物の恐怖に対して抱く気持ちは、誰もが身に覚えのあるもので非常に共感できる。そして、そんな心情描写によりすぐに物語にひきこまれていった。
また、物語中では随所に科学では説明できない小さな出来事が散りばめられており、読者の心の中には非現実的なものを受け入れる体制が作られていくだろう。そのため読み進めるうちに嫌でも心の中にある恐怖心は膨らんでいく。

捜査員も含めあの場所にいた人々の間に広がった雰囲気。それぞれ似たりよったりのことを考えているにもかかわらず、そして、そのことが喉まで出かかっているというのに、誰ひとり言い出そうとしない。あの雰囲気。一組の男女がまったく同時に心臓発作で死亡することなどありえないのに、医学的なこじつけで自分を納得させてしまう。

人の恐怖に対する行動を見事に表現しているように感じる。特に竜司(りゅうじ)が語るこの2つの言葉は初めて読んで10年以上経過した今でも頭の中にしっかり残っている。

高校の頃、陸上部の合宿中、あの野郎、部屋に飛び込むなり、顎をがくがく揺らせて『幽霊を見た!』って大声で喚きやがった。トイレのドアを開けようとしたら小さな女の子の泣き顔を見たんだとよ。怪奇映画とかテレビの世界だと、最初は皆信じなくて、そのうち一人一人怪物に襲われて・・・、というパターンだ。しかしなあ、現実は違う。だれひとり例外なく、彼の話を信じたんだ。十人ともな。
オマジナイを実行すれば、死の運命から逃れられる、としたら、たとえ信じなくとも実行してみようかという気にならないか。

物語は無駄な箇所を一切省いてテンポ良く進んでいく。そんな中、ビデオテープの謎を解明する浅川(あさかわ)と竜司(りゅうじ)の行動には、ホラーの登場人物にありがちな「愚かさ」は微塵も感じさせない。むしろわずかな映像から的確に判断して少しずつ真実に近づいていく過程はこの物語を面白くさせている大きな要素と言えるだろう。
物語中盤で、山村貞子(やまむらさだこ)という超能力者の存在が浮かび上がる。そして、貞子(さだこ)からも超能力という特異なものを持ってしまったこと以外は夢を追う普通の女性の生き方が感じられ、共感していくだろう。
ドラマや映画で脚色された「リング」の物語が一人歩きする中、やはり原作が一番だということを改めて感じた。一番の違いは山村貞子(やまむらさだこ)が「恐怖の対象」というよりも、「並外れた能力を持ったがゆえに普通の人生を送ることができなかった可哀想な女性」として描かれている点である。間違ってもテレビの中から這い出てくるような真似はしない。


天然痘
感染すると9〜14日の潜伏期の後に、突然の高熱、頭痛、背および四肢の強直と特徴的な腰部の激痛で発病する。3日ほどで一旦解熱するが再び発熱し多数の痘疹を伴い激烈な痒みと痛みを訴える。この時期を乗り切れば、一生免疫が得られるが死亡率も高い。世界的に種痘が廃止された現在、およそ30歳以下の人は天然痘に対する免疫がなく感染すれば、死亡率は30〜400%に達すると考えられている。
睾丸性女性化症候群
外見上は全く女性であり、ごく普通の女性として育ち結婚して不妊治療などで病院を訪れて発覚するケースがほとんどである。遺伝子的には完全に男性であるが、何らかの原因で男性化が働かず人間の体の基本形である女性型のまま生まれそのまま女性として育ったもの。子供が産めないことをのぞけば完全に女性である。

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「虚貌」雫井脩介

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
1980年、運送会社を経営する一家が襲われた。社長夫妻は惨殺され、長女は半身不随、長男は大火傷を負う。間もなく、解雇されたばかりの三人が逮捕されて事件は終わったかに見えた。それから21年、事件の主犯とされていた荒勝明(あらかつあき)の出所をきっかけとして再び悲劇は起こる。
この物語の視点はさまざまな登場人物に切り替わる。襲撃を企てる若者たち、事件を追う刑事たちなど、それによって多く人物の心情が描写されている。自分とは全く考えの違う人物の気持ちに対してもところどころ共感できる部分があるだろう。その視点の多さに、最初は誰が主人公かすらわからないかもしれない。
襲撃を企てる若者たちの間に共通の意識として上った「人を殺したら人間として成長する」という考え方は否定できないものを感じた。事の善悪は別にして実行するまでに強い気持ちを必要とする行動は、達成すれば後に大きな自分の財産になるだろう。もちろんだからといって僕は犯罪に手を染めるつもりなどない。
物語のテーマは「顔」。そう一言で表現しても言い過ぎではないだろう。それぐらい「顔」に関連する内容が多々見られた。事件を追う滝中守年(たきなかもりとし)は人の顔を憶えるのが苦手な刑事。守年(もりとし)の人を見る目。それは顔よりも立ち振る舞いや全体的な風貌、雰囲気でその人間性を判断する考え方である。非常に自分に似ているものを感じた。
また、守年(もりとし)と共に行動することになる刑事、辻薫平(つじくんぺい)は顔の青痣をコンプレックスとして抱え、それが鬱病の原因となっているという。その他にも、似顔絵作成、醜形恐怖症、カバーマーク、整形手術、人口皮膚など、何度も顔について触れている。
守年(もりとし)の娘でありアイドルの滝中朱音(たきなかあかね)の生活と心情の描写には、芸能界が人を惹きつける理由と、そこで生きる厳しさを感じる。そして朱音(あかね)は自分の顔の醜さに悩む。

私は本当にこんな顔をしているのか?こんな醜い顔を・・・。ひどい。なぜ今まで気づかなかったのだろう。自分の顔は顔の形を成していない。

そういえば僕も中学生の頃は鏡で自分の顔を眺めては人生の不公平を恨んだりしたこともあったっけ。そんな昔のことをつい思い出してしまう。
そんな中で、辻(つじ)のセラピストである北見宣之(きたみのぶゆき)先生の話は特に興味深く心に響くものがある。

心とは切り離されたところに顔は存在している。いや、心が独立して存在していると言った方がいいでしょう。顔などというのは世の中を渡っていくための認識票に過ぎない。素顔でも化粧でも整形でも、自分に都合のいい仮面をつければいい。

心を表情に表さない人が多い日本社会の中だからこそ、「顔は仮面」と言い張れるのだろう。また、前向きに生きるためであれば、整形手術という手段もまた偏見を抱かれることなく認められるべきだと改めて感じた。
自分が思っている顔、人から見える顔、顔が心に与える作用、表情の重要性など、「顔」についていろいろ考えさせられた。前回読んだ雫井脩介作品の「火の粉」が注目を浴びている割に満足の行く内容ではなかったので、今回もあまり期待しないで読み始めた。しかし、この物語は展開にやや強引さを感じなくもないが、しっかりとテーマを含んだ作品に仕上がっていた。「火の粉」よりはるかに評価できる作品であった。


醜形恐怖症
自分の顔の表情が人から変に思われていると気になってしまう症状。
参考サイト
飛騨川バス転落事故

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「リミット」野沢尚

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2000年7月から9月まで日本テレビ系で放送されたドラマの原作である。ドラマの記憶が薄れた今になって、ようやく小説という形で改めてこの物語を味うことにした。
各地で連続幼児失踪事件が発生する中、世田谷区と川崎市高津区の県境で幼児誘拐事件が発生した。警視庁捜査一課特殊犯捜査係の主人公有働公子(うどうきみこ)は被害者宅に派遣される。事件発生から二週目に入ったとき、公子(きみこ)の携帯電話に犯人から直接電話がかかってくる。「お宅の息子さんを預かっています。一億円をあなたの手でこちらに届けてください」と。公子(きみこ)は息子を取り戻すために、犯人のみならず警視庁4万人を敵に回すことになる。
物語が進む過程で、事件を見つめる視点は常に切り替わるため、登場人物によってはその過去の描写から現在の人格形成の原因が見える。特に主犯の澤松知永(さわまつともえ)や、同じ犯行グループのチャイニーズ系タイ人であるグレイ・ウォンが犯罪に手を染めるまでの過程には、家庭などの生まれ育った環境が人格に与える影響や、現在の日本及びタイなど東南アジア諸国が抱える社会問題が見えてくるようだ。
中でも日本の臓器移植法があるためにこの犯罪が成り立つという考え方が印象的である。脳死と臓器移植について改めて考えさせられ、臓器売買という現実にも目を向けさせられる。

腎臓や肝臓疾患で苦しむ日本人の患者。中でも先天的な障害を持つ子供の場合、親はどんなに高い金を払っても子供に健康な臓器を移植させたいと願うが、臓器提供者は少なすぎる。親は闇ルートに頼ってでも何とかしたいと考える。

また、犯罪捜査の過程で繰り広げられる神奈川県警と警視庁の縄張り争い、ライバル意識もまた物語を面白くさせている一つの要素だろう。
気がつけば、母親として息子を取り戻そうとする公子(きみこ)よりも主犯の知永(ともえ)の冷静に物事を分析する目やその感情に非常に興味を覚えながら読み進めていた。
物語の展開から、それぞれ登場人物の心情の描写、各国の社会問題まで、最後まで読者を飽きさせることがない要素が充分に詰まった作品に仕上がっている。


ペドフィリア(pedophilia)
精神医学用語で異常性欲の一つ。幼児を性的欲求の対象とする性的倒錯。小児性愛。この性質を持つ人を、ペドファイル(pedophiles)という。

【Amazon.co.jp】「リミット」

「千里眼 背徳のシンデレラ」松岡圭祐

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
岬美由紀(みさきみゆき)の活躍する千里眼シリーズ。「千里眼」でテロを実行した友里佐知子(ゆうりさちこ)の後継者である鬼芭阿諛子(きばあゆこ)が能登の白紅神社で宮司を務めているという。能登に急行した美由紀は、恐るべき内容が綴られた友里(ゆうり)の生涯を記録した日記を入手する。
物語の大半が友里佐知子(ゆうりさちこ)の日記で占められていて若干本編の内容に物足りなさを覚えた。それでも友里(ゆうり)の日記には波乱万丈な人生とともに共産主義の理想国家をつくるために揺れ動く考え方などが描かれていて、「全共闘」やよど号ハイジャック事件をリアルタイムで知らない僕等の世代には新鮮かつ刺激的でページをめくっていて飽きさせることがない。
そして相変わらず能力を持ったことによって悩む美由紀(みゆき)の考え方やその葛藤も今後の展開を楽しみにさせてくれる。

真の意味での千里眼は存在しない。だから人は、心を通わそうと努力する。理解しあおうと人を思いやる。そこに人の温かさがある。人の心が見えないからこそ、人に優しくなれるのだろう。

次回作にまた期待する。


コリオリの力
地球は自転しているため、北極点上空から見ると反時計回り、南極点上空から見ると時計回りに回っている。そのため、北半球では右向き、南半球では左向きのコリオリの力が働く。地球が(ほぼ)球体のため、その大きさは緯度によって異なる。そのため、大砲やロケットなどの弾道計算にはコリオリの力による補正が必要である。台風が北半球で反時計回りの渦を巻くのは、風が中心に向かって進む際にコリオリの力を受けるためである。また、大気だけでなく、海流の運動もコリオリの力の影響を受けている。
全共闘
全学共闘会議の略称。大学の学生自治会の全国連合組織が「全学連(全国大学自治会総連合)」であるが、それとは異なり、基本的には、70年安保闘争あるいは、個別大学闘争勝利のために、学部やセクトを越えた連合体として各大学に作られたのもの。
リストラ
事業再編成(リストラクチャリング Restructuring)に由来する略語。現在では解雇の意味で用いるのが通常となっている。

【Amazon.co.jp】「千里眼 背徳のシンデレラ(上)」「千里眼 背徳のシンデレラ(下)」

「地下鉄に乗って」浅田次郎

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第16回吉川英治文学新人賞受賞作品。
小沼真次(こぬましんじ)はクラス会の帰り道。永田町駅と赤坂見附駅の間にある階段を上がった。するとそこは三十年前だった。ワンマンだった父とその父に反発して自殺した兄の昭一(しょういち)、そして恋人のみち子。タイムスリップという奇跡が真次(しんじ)人の記憶や出来事を塗り替えていく。
父親とは子供にとって頑固でわからずやだったりするものだ。そしてそれが父親が子供に見せているほんの一つの顔だということを子供は気付かずに生きていく。ひょっとすると一生父親の他の顔を見ずに終わることが大部分なのかもしれない。物語中で真次(しんじ)は憎かった父の過去にタイムスリップし、過去の父と出会うことで、父も苦労を重ねて生き抜いてきたと理解していくのである。
そして、タイムスリップという奇跡は、真次(しんじ)と父親の間だけでなく、恋人であるちか子との間にも大きく影響し、ラストには悲しく切ない結末が用意されている。

おかあさんとこの人とを、秤にかけてもいいですか。私を産んでくれたおかあさんの幸せと、私の愛したこの人の幸せの、どっちかを選べって言われたら・・・

しっかりとコンパクトにまとめられた一冊だった。
【Amazon.co.jp】「地下鉄に乗って」

「ストロボ」真保裕一

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
今回で二回目の読了である。50歳を迎えた写真家喜多川光司(きたがわこうじ)は今、人生の転機となった過去を振り返る。愛し合った女性カメラマンを失った42歳、昔の師と再会した37歳、病床の少女の撮影を思い出した31歳、若かった学生時代の22歳と時代を遡って行く。
一人の写真家の人生の光と影を強烈なまでに見せられた。写真家としてのキャリアや名声と手にする一方で失われていく情熱。刺激よりもお金を優先する仕事を受けて葛藤する姿。人生を送る上で得るものと失うものがあることがリアルに描かれている。そうやって割り切らなければ長いこと同じ業界では仕事を続けていくことはできないのだろう。

今は仕事を選べる立場になった。採算とは無縁の誠意ある支援のおかげで地位をてにしながら、今は報酬を優先した仕事を当然のような顔で引き受けている。

仕事だけではなく、プライベートにおいても長い間生活を共にすることで夫婦間が冷え込む様子が描かれる。

長い年月、気持ちのすれ違いの生じない夫婦などありはしない。こうやっていまずい時さえやり過ごしてしまえば、あとはもとの平穏な暮らしに戻っていける。

あらゆる面で納得のいく人生を送ることはやはり難しいことなのだろう。
小さな偶然がその後の人生を大きく変えることもある。そして若い頃の過ちを清算することもできずにずっと心の奥に背負っていかなければならないこともある。僕自身、身に覚えのあることばかりである。
そして物語中では主人公の喜多川(きたがわ)だけでなく彼に関わった多くの人達の生き方もまたしっかりと描かれている。そしてその生き方もまた小さな出来事に大きく左右され揺れ動いて進んでいくのである。
そんな人生を強烈に見せられて、結局人生やみくもに今目の前にある道を信じて進むしかないのだと感じた。というよりも実際にそうやって手抜きせずに自分の人生と向き合うことがもっとも大切なことなのだろう。大きな転機や出会いは一生懸命人生を生きていれば自然と付いてくるものなのだ。
人生を考える上でいいきっかけを与えてくれる一冊である。
【Amazon.co.jp】「ストロボ」

「シーズ・ザ・デイ」鈴木光司

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2年ぶり2回目の読了である。17年前、ヨットで大平洋を横断途中に沈没というアクシデントに見舞われ、それ以来満足の行く人生が送れていなかった主人公の船越達哉(ふなこしたつや)41歳。そこに、沈没したヨットの正確な位置を記した海図をもった女性、稲森裕子(いなもりゆうこ)が現れ、船越はもう一度その夢に再挑戦することとなる。そしてその過程で17年前の沈没の原因が少しずつ明らかになっていく。
ヨットによる航海というあまり馴染みのないものを題材にしながらも、広い海の上で何ヶ月も集団生活を送るという難しさ。大海原に昇る朝日や沈む夕日、著者のリアルな描写によりその困難や魅力は存分に伝わってくる。そしてその魅力を読者に止むことなく伝えながら物語は進み、船越(ふなこし)の生まれる前に失踪した父親と、娘の陽子(ようこ)を絡めて見事に物語は見事に完結される。父と子の辿った運命、沈んだ船にもう一度出会う運命。そんな抗うことのできない強い運命を感じずにはいられない。

その瞬間、ぞくりと背筋に悪寒が走った。直感がもたらされたのだ。文明の利器によって与えられる情報より確かに、彼はこの世にないことを知った。

そして、もちろん本人の意識次第ではあるが、41歳という年齢でここまで青春を謳歌できる船越(ふなこし)とその友人たちの生き方もまた僕の心を強く刺激するのである。久しぶりに余韻に浸れるような本に巡り合えたと言った感じである。
【Amazon.co.jp】「シーズザデイ(上)」「シーズザデイ(下)」

「邪魔」奥田英朗

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第4回大藪春彦賞受賞作品。今回で二回目の読了である。
過去に最愛の妻を事故で亡くした九野薫(くのかおる)は現在警部補として所轄勤務をしている。同僚の花村(はなむら)の素行調査を担当し、逆恨みされる。及川恭子(おいかわきょうこ)はサラリーマンの夫と子供二人と東京郊外の建売住宅に生活している。平凡だが幸福な生活が、夫の勤務先で起きた放火事件を期に揺らぎ始める。

30代半ばという人生の中間地点。それは「もはや人生にやり直しが効かない」という事を少しずつ実感する世代なのか。そんな中で人はどう現実と折り合いをつけて生きてくのだろう。

自分はいつから現実をみないようにしてきたのだろう。心の中にシェルターをこしらえ、そこに逃げ込むようになったのだろう。

現実を直視しないようにすることも幸せに生きる術なのかもしれない。中には、目の前にある幸せに気づずに生きている人もいるのかもしれない。

先月までは何不自由ない暮らしをしていた。家計を助ける程度のパートをして、家で子供や夫の帰りを待っていた。退屈だが特に不満はなかった。それがどこで歯車が狂ったのか。

幸福とはこんなにも儚いものなのか。リアルに描かれるその様子はただただやりきれない。九野薫(くのかお)と及川恭子(おいかわきょうこ)の二人を中心としながらも、いろんな要素を絡めて展開するこの物語には読者を夢中にさせるに十分な力があった。
【Amazon.co.jp】「邪魔(上)」「邪魔(下)」

「ルパンの消息」横山秀夫

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
15年前に自殺として処理された女性教師の墜落死は、実は殺人事件だった。そんなタレ込み情報が警視庁にもたらされた。時効まで24時間。当時不良高校生だった喜多芳夫(きたよしお)と竜見譲二郎(たつみじょうじろう)と橘宗一(たちばなそういち)の三人組が決行した悪戯がその事件に大きく関わっていた。喜多(きた)と竜見(たつみ)の供述により二転三転しながら次第に15年前の真実が明らかになっていく過程がスリリングに描かれている。
一気に読ませるストーリー展開はさすが横山秀夫作品といった感じである。そして物語中においても、聡明だったが現在はホームレスとなり公園のベンチで寝ている男、不良だったがある女性との出会いを期に進学を志し、しっかりした家庭を持った男など、事件関係者の人生が適度に描かれていて、十人十色の生き方があるのだと感じさせてくれる。そしてそんな人生をつくった昭和という時代に疑問をも投げかけてくれるのだ。

戦争も戦後も薄れた昭和の後半という奴は確かにそんな時代だったかもしれない。何もかもが膨れて、伸びて、伸びきって・・・。なぜ豊かになったのかみんな次第にわからなくなっていった。アポロの仕組みも技術も何もわからずに、テレビの映像で月面を跳ね回る男たちを繰り返し見せられる、あの奇妙な感覚が昭和の後半、ずっと続いていたような気がする・・・

ただの刑事物語では決して終わらない。これが横山作品の魅力である。この作品は横山秀夫の処女作であるが、後に書かれた「半落ち」「顔」以上の傑作だと感じた。
【Amazon.co.jp】「ルパンの消息」

「4TEEN」石田衣良

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第129回直木賞受賞作品。
太って大きなダイ、小柄でメガネで賢いジュン、ウェルナー症という病気を抱えたナオト、そして読書が趣味の主人公テツロー。東京湾に浮かぶ島。月島を舞台に14歳の中学生4人の青春を描く。

友情、恋、性、暴力、病気、死。彼らの生活の中で多くの出来事が展開する。そんな4人の前で起こるバリエーションに豊かさに、若干作られたストーリーという面を強く感じないでもない。それでも自分が14歳だった頃、何をして楽しんでいたかをつい考えてしまう物語であった。時代は違えど、目の前で起こる出来事、興味の対象に対してストレートに感情を表現する彼らの姿に、読者は昔の自分との共通点など、忘れていたものをいろいろ思い出すことだろう。

ウェルナー症候群
ウェルナー症候群は、早老症の一種で、遺伝子の異常によって、体の老化が通常よりも早く進んでしまう病気

【Amazon.co.jp】「4TEEN」

「光射す海」鈴木光司

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
入水自殺をはかって病院に入院することになった若い女性のさゆりは記憶を失っていた。同じ病院に入院していた砂子健史(すなこたけし)はさゆりがたまに口ずさむハミングに聞き覚えがあり、さゆりのことを調べ始める。そして物語は、遺伝子病を絡め、太平洋を航海中のマグロ漁船まで広がっていく。
今回で約5年ぶり2回目の読破となったが内容を知っていても十分に楽しむことが出来た。僕自身は、現状から逃げ出してマグロ漁船で人生を模索する真木洋一(まきよういち)にもっとも感情が多く重なる。真木洋一(まきよういち)は同じようにマグロ漁船に初めて乗り込んだ水越(みずこし)をこう表現する。

道そ捜そうとする「あがき」においては、五歳年下の水越に負けると常々感じていた。持って生まれた体力、知力は人それぞれ異なる。与えられた領域の中で、精一杯あがかなければ生きる意味がないことを、水越(みずこし)から学んだつもりだ。

ハンティントン舞踏病という逃れられない運命に悩む女と、逃げようと思えば逃げられる現実を突きつけられた男。自分だったらどうするか、そんなことを考えてしまう内容である。全体としては、普段の生活からは想像もつかないマグロ漁船での生活と、実在する恐ろしい遺伝病を絡めた物語の展開が非常に上手い。そして結論への導き方も無駄がなくすっきり読ませてくれたうえで、さまざまな興味を掻き立ててくれる。


ケースワーカー
福祉事務所で現業を行う職員の通称。現業員とは、相談援助の第一線で働く職員のことで、これには生活保護だけではなく、障害者や児童、高齢者の相談業務を担当する職員も含まる。通称ですから、本来なら役所内での言葉で終わりそうなのだが、行政機関で福祉関係の相談業務に従事する人数が相対的に多いため、「福祉を中心に生活の相談にのる人」の通り名として一般的に使われるようになっている。
ハンチントン舞踏病
錐体外路障害のうちの運動増加筋緊張低下症候群の一つで、顔面筋・眼筋・舌筋、頚部・四肢などの筋に踊るような不随意運動がみらる。中年すぎに発症し、遺伝性家族性があり、精神障害や痴呆を伴う。有病率は人種によって異なり、欧米では人口10万人あたり4〜7人と比較的多い疾患とされているが、東洋人、アフリカ人では少なく、我が国では人口10万人あたり0.4人となっている。

【Amazon.co.jp】「光射す海」

「半落ち」横山秀夫

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2003年このミステリーがすごい!国内編第1位

現職警察官の梶聡一郎(かじそういちろう)がアルツハイマーを患う妻を殺害し自首した。動機などを素直に話すが殺害から自首までの2日間の行動がはっきりしない。その2日間の謎を解くために関わる人々の物語である。
物語は事件の処理に関わる6人の人物の別々の視点によって時系列に展開していく。6人とは、W県警本部操作第一課の志木和正(しきかずまさ)、W地方検察庁の検察官である佐瀬銛男(させもりお)、東洋新聞の記者である中尾洋平(なかおようへい)、弁護士の植村学(うえむらまなぶ)、裁判官の藤林圭吾(ふじばやしけいご)、そして刑務官の古賀誠司(こがせいじ)である。
そのため、物語の展開だけでなく、普段あまり縁のない職業に就く6人の心の葛藤、所属する組織内の軋轢、仕事に対する誇りにも触れることができる。W県警の志木和正(しきかずまさ)は取り調べを次のように例える。

取り調べは一冊の本だ。被疑者はその本の主人公なのだ。彼らは実に様々なストーリーを持っている。しかし、本の中の主人公は本の中から出ることはできない。こちらが本を開くことによって、初めて何かを語れるのだ。

東洋新聞の中途採用者で「傭兵」という隠語をあてられる中尾(なかお)はこんな思いを抱いている。

傭兵は必ず這い上がる。だが、それは他人の二倍三倍働き、二倍三倍抜いてこそだ。人並みでは駄目なのだ。

物語は、6人の心を描写し、視点を変えながらも一本のしっかりとした筋をもって読者を飽きさせることなく展開していく。そんな中で物語に関わるアルツハイマーという病気の怖さを改めて知り、「生きる」ことの意味さえ考えさせられる。
梶(かじ)はアルツハイマーを発病した妻のことを語る。

物忘れがひどくなり、ミスを防ごうとメモをするようになったが、そのメモをしたことを忘れる。そして、後で忘れたことに気づき、深く傷つく。恐怖に戦(おのの)く。自分はいつまで人間でいられるのか−−

横山秀夫作品の「顔」にも同様のことがいえるが、本書も物語の展開のうえで不必要な場面描写や説明が極力省かれており、ページ数の割に内容が濃いという印象を受け、非常に読みやすい。そして謎が解けるラストは泣ける展開だった。急性骨髄性白血病、ドナー登録など考えさせられることの多い作品であった。


検察庁へ身柄付送致
警察は、被疑者を逮捕したときには逮捕の時から48時間以内に被疑者を事件記録とともに検察官に事件を送致しなければならない。被疑者を起訴するか否かを決定するのは公訴の主宰者である検察官だけの権限。
嘱託(しょくたく)殺人
死にたいと思っていても死ぬことができない重病人等が第三者に依頼して、殺してもらうことによって成り立つ行為のこと。
グリーニッカー橋
ベルリンとポツダムを結ぶ橋梁。冷戦時代、スパイ捕虜を交換する際に使われた。

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