「ロードス島攻防記」塩野七生

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
イスラム世界に対してキリスト教世界の最前線にあたるロードス島。1522年オスマントルコのスレイマン1世は聖ヨハネ騎士団を相手にロードス島攻略を開始する。
先日観光にいってきたトルコという国に興味を持ったため本書を読み始めたのだが、読み始めてみると自分の無知さに驚かされる。十字軍、オスマントルコ、神聖ローマ帝国などなど、いずれも世界史で聞きかじったことなある内容ではあるものの、それがなんで、どういう理由で行われ、結果どうなったかをまったく知らないのである。
物語の焦点がトルコとロードス島の戦いであるから、当時の防衛の技術、地雷や大砲といった戦争の技術から、それぞれの軍隊の国民やそこで話される言語など、当時の生活の様子や人々の考え方も含めて、わずかではあるがいろいろなものが伝わってくる。
どうしても歴史について知識を得ようとして本を読み始めると退屈だったり、物語を読むと極端な展開に辟易したりするが、本書は知識を退屈しない程度に楽しみながら得たい、という読者にはぴったりである。著者「塩野七生」という名を実は何度か目にしたことがあって実際その作品を読んだのは今回が初めてだったのだが、こういうスタイルで多くの歴史的事実について書いているのであればぜひもっとたくさん読んでみたいと思った。

聖ヨハネ騎士団
11世紀に起源を持つ宗教騎士団。テンプル騎士団、ドイツ騎士団と共に、中世ヨーロッパの三大騎士修道会の1つに数えられる。本来は聖地巡礼に訪れたキリスト教徒の保護を任務としたが、聖地防衛の主力として活躍した。ホスピタル騎士団(Knights Hospitaller)ともいい、本拠地を移すに従ってロードス騎士団、マルタ騎士団とも呼ばれるようになった。(Wikipedia「聖ヨハネ騎士団」)
十字軍
中世に西ヨーロッパのキリスト教、主にカトリック教会の諸国が、聖地エルサレムをイスラム教諸国から奪還することを目的に派遣した遠征軍のことである。(Wikipedia「十字軍」)

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「彼女が追ってくる」石持浅海

オススメ度 ★★★★☆ 4/5

コテージ村で年に1度開催される親睦会。それを数少ないチャンスと捉えて、中条夏子(なかじょうなつこ)は死んだ恋人の復讐として黒羽姫乃(くろはひめの)を殺害する。そして罪の問われないために策を練るのだが、参加者の一人の碓氷優香(うすいゆか)が立ちはだかる。
石持浅海らしい作品と言えるだろう。世界を限定し、登場人物を限定し、その中で特に大きな行動を起こす訳ではなく、会話と推測、駆け引きだけで物語をすすめるのである。現実感がないと切り捨ててしまう事もできるが、どこか中毒性のあるミステリーである。
本作品でも殺人者となった夏子(なつこ)が自分の無実を示すためにいろいろな策を練り、姫乃(ひめの)の死体が発見されて親睦会の人たちと何が起こったかを論じている間も、自らの思い描く方向に状況をすすめるために、慎重に言葉を選んで行動するのだ。
何度か石持作品を読んだ事のある人には結末は見えているのだが、その過程に期待するのだ。碓氷優香(うすいゆか)はどうやって謎を解き、どういう結論へ導いていくのか、と。
好みは別れるだろうが、今回はこれを期待して本書を読み始めたのでしっかりと期待に応えてくれたと言える。
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「世界でいちばん長い写真」誉田哲也

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
仲の良かった友人が引っ越してしまった事で沈んでいた写真部は宏伸(ひろのぶ)はある日不思議なカメラに出会う。それは長い写真の撮れるカメラだった。
全体を見れば単純な青春小説というカテゴリに収まってしまうのかもしれないが、印象的だったのは、主人公である中学生宏伸(ひろのぶ)の心のうちの描写である。宏伸(ひろのぶ)はクラスの中心的存在でもなければいじめられっこでもない。当たり障りのない、というもっとも目立たないタイプの生徒。将来何をやりたいかがまだ見つからないのは、この年代であれば珍しい事でもないが、自分が何が楽しいかすらわかっていない。そんなことにある日気づくのである。

よく考えたら、僕ができることでこんなに楽しいことって、一つもないんだよな。いや。よく考えなくても、ちょっと考えただけで分かってたけど。

そんな宏伸(ひろのぶ)が不思議なカメラに出会ったことで少しずつそれに夢中になっていく様子が微笑ましい。宏伸(ひろのぶ)の従姉妹の美人でクールなあっちゃんや写真部の怖い女子部長の三好(みよし)が物語を面白くしている。
放課後の部活の喧噪、校庭の砂埃、そんな懐かしいものが漂ってくるような作品。読むと何か新しいことを始めたくなる。
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「ハング」誉田哲也

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
警視庁捜査一課の堀田班は津村(つむら)を含む同年代の男性刑事で構成されていた。しかし、ある殺人事件の再捜査を機に死の連鎖が始まる。
著者誉田哲也は「ストロベリーナイト」「ジウ」「武士道シックスティーン」などいくつかのスタイルを使い分ける勢いのある著者という印象を個人的に持っているが、本作品はそんななかでも「ジウ」に近く、平和な日本のどこかにある金と権力をめぐる暗く悲しい争い続くをめぐる争いを見せてくれる。
捜査一課の堀田班は、班長の堀田以下、誰もが認めるいい男、植草(うえくさ)。植草(うえくさ)の妹遥(はるか)に思いを寄せる大河内(おおこうち)、小沢(おざわ)そして津村(つむら)という5人の刑事からなる。仲良く海水浴にいって仲間同士の恋人作りを応援するシーンから始まるが、物語が進むにつれて、次第に不気味な空気が物語を包んでいく。そんな明暗の使い分けが非常に印象が強い。
「ジウ」のときも感じたのだが、何がここまで強い印象を与えるかというと、それはきっと物語の非情さにあるのではないだろうか。この人は死ぬはずないとか、死ぬにしてもある程度の敬意をある最期であるべき、とか僕らがどこか心の奥に持っている常識を、あっさりと覆してしまうのだ。いい人も悪い人も死ぬときは虫けらのように一瞬。ドラマのようにかっこいい死に方なんてない、と。
この物語でも、刑事たちの運命はまさにそんな抗いようもない大きな力によって翻弄されていく。それでもそんななか津村(つむら)は、すべてを捨てて信念に従って生きていく事を選ぶのだ。
続編がありそうな終わり方をしたので、そちらも楽しみにしたい。
「ハング」

「ツナグ」辻村深月

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
生者が死んだ人に会う事ができる。死者にとっても、生者にとっても一度だけの機会。そんな機会をあたえてくれる人を「ツナグ」と呼ぶ。
「ツナグ」に依頼して死んだ人に会う人のいくつかの物語で構成されている。自殺したアイドルに会う女性の話。死んだ母親に会う男性の話。結婚を約束したまま行方不明になった女性を、生きているか死んでいるかもわからずにあ会う事を依頼した男性の話。友人を交通事故で失った女子高生の話。いずれも生と死の境目を扱う物語なだけに、心に訴えてくるものは多い。自分のことを忘れて欲しくない死者、しかしそれでも生者には次の人生のステップに向かってほしい…。生者と死者の出会いというと、生者が死者に感謝の言葉を伝えるような印象を勝手に持ってしまうが、本書ではむしろ、死者が生者の人生を心配し、新たな一歩を踏み出すようにと配慮する言動が印象的である。

そして多分、私は今度こそ、踏み出さざるをえなくなる。望むと望まざるとにかかわらず、止まっていた時が動き、流れ、それが、きっと私を変えてしまう。
それが、生者のためのものでしかなくとも、残された者には他人の死を背負う義務もまたある。失われた人間を自分のために生かすことになっても、日常は流れるのだから仕方ない。

そして締めくくりは、そんな、生者と死者の橋渡しとなった「ツナグ」自身の物語。祖母から「ツナグ」を引き継ぐことを決意した歩美(あゆみ)もまた何度か生者と死者の出会いを見ることで、変化を見せていくのだ。
この世とあの世の間で行われる人と人との助け合いの物語。想像を超えるような展開はないかもしれないが優しい気持ちにさせてくれるだろう。
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「星々の舟」村山由佳

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第129回直木賞受賞作品。
母の死後、父重之(しげゆき)は家政婦として働いていた2人の娘を連れた女性志津子(しづこ)と結婚する。兄貢(みつぐ)、次男の暁(あきら)腹違いの妹、沙恵(さえ)と美希(みき)。そんな複雑な家庭で生活するそれぞれの思いを描く。
短編集のような体裁をとっているが、目線が違うだけでどの章も同じ家庭を描いており、全体として一つの物語になっている。最初は兄弟としらなかったゆえに愛し合ってしまった暁(あきら)と沙恵(さえ)。家族全員と血が繋がっているのは自分だけだということを誇りに育った妹の美希(みき)など、各々の深い心のうちが明らかになっていく。誰もがおもいどおりにならない人生と時の早さに迷いながら生きているのだろうか。

何かが欲しいと願いながら、そのじつ何が欲しいのかわからない。生ぬるい飢餓感ばかりをもてあまし、いつかは何かいいものが見つかるような気がして探すのをやめられないでいる。

人から見たら「なんであいつは・・・」と強く非難したくなるような言動も、本人の心の内側に触れるとなんとも理解できそうな気がするから不思議である。そして、そんな理解できそうな心を持つ人々の集まりでも、多くの衝突を生んでしまうのだ。僕らはもっと会話を重ねるべきなのだろうか。僕らはもっと人の気持ちに敏感であるべきなのだあろうか。そんな人や家族の奥深さを感じさせてくれる点が本物語の魅力なのだろう。
最終的に6人の目線で語られるが、最後を締めるのが父重之(しげゆき)である。子供や妻に手をあげる重之(しげゆき)は序盤ではもっとも理解し難い人間のようにも見えるが、その人間性もまた、その心のうちがあらわになるにつれて不思議と同情できるように思えてくる。それは太平洋戦争中のその体験と結びついていくのだ。すでに死が遠くないと悟った重之(しげゆき)の思いは、物語を締めくくるにふさわしい。

消えない罪悪感と、誰かを愛し執着しすぎることへの怖れから家族に優しくもできず、かといって失うことを思うとなおさら怖ろしくて束縛せずにはいられない。胸の内で暴れ狂う獣を自ら抱えておくことのできなかった夫の弱さを、彼女らはかわりにその背中で受け止めてくれていたのだ。

幸せとは何なのか、家族とは、人とは、心に染み入るような作品である。
【楽天ブックス】「星々の舟」

「私が弁護士になるまで」菊間千乃

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
元フジテレビアナウンサーの著者が30代から弁護士になることを目指し、新司法試験の合格を目指す様子を描く。

正直、アナウンサーとしての著者をまったく覚えてないのだが、30代になって人生を大きく変えようとするエネルギーはきっと大きな刺激になるだろうと思って読み始めた。キー局のアナウンサーというと誰もが憧れる職業の一つだろう。プロ野球選手と結婚して裕福な家庭を築いていく、というようなイメージを僕自身も持っていた。しかし、それはやはり他人から見た印象であって、当人はやはりいろいろ悩んでいるようだ。本書ではそんな著者の悩みから決断、その過程で出会った困難やよき友人たちが時系列に語られている。旧司法試験や新司法試験、その教育制度、現状のシステムの問題点などにも簡単に触れている点も面白い。

さて、著者は最初は仕事をしながら大宮の学校に通い3時間睡眠で勉強をし、仕事を辞めてからは1日14時間から15時間勉強し続けたという。きっと社会人になってから、日々の生活の忙しさに流されていくうちに、好きな事を本当に一生懸命勉強する事の楽しさを懐かしく、羨ましい気持ちが芽生えた人も少なくないだろう。僕自身もそんな人間の1人なだけに毎日勉強づくしの彼女がなんとも羨ましい。もちろん、3回限りの試験で合格しなければいけないというプレッシャーはつらいものだったのだろうが。切磋琢磨の状態に身をおくからこそ生まれる強い人間関係もまた魅力的である。

過去の出来事や発言から著者に対してはいくつかの批判があるようだが、それは本書から伝わってくる彼女のエネルギーを否定するものではない。30代にして弁護士を目指し、40歳にして弁護士。強い意志さえあれば僕らはまだなんだってできる。そんなエネルギーをくれる一冊。

それでも、今は、これから始まる第二の人生にわくわくしている。この高揚感を安定と引き換えに手に入れたのだとしたら、それも悪くない。私らしいと思う。一度きりの人生、限りある命、今日も精一杯生きたなと思って眠りにつき、朝は、今日はどんなことが待っているんだろうとわくわくしながら目覚める、これが私の理想。
私のこのつたない記録が、同じように人生に迷っている人に、少しでも参考になれば、これほどうれしいことはない。

【楽天ブックス】「私が弁護士になるまで」

「Sarah’s Key」Tatiana de Rosnay

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
パリに住むアメリカ人ジャーナリストのJuliaは第二次世界大戦中のパリで起こったユダヤ人迫害事件について調べ始める。やがて彼女は当時の一人のユダヤ人の女の子Sarahにたどりつく。
ホロコーストは世界史上の指折りの悲劇なだけに、それを扱った作品は世の中に多く存在している。本書もそのうちの一つだが、その舞台をパリに据えている点がやや異質かもしれない。実際僕も本書を読むまで、パリでパリの警察によってユダヤ人たちがポーランドに送られるたということを知らなかったのである。
本書では、現代のJuliaが当時を調べる様子と並行して、第二次大戦中のパリのユダヤ人たちの様子が一人の女の子目線で描かれる。彼女こそそのSarahなのである。ある朝、パリの警察によって家を出るように促されたSarahだが、すぐに迎えに帰ってこれると思って、弟を秘密の戸棚に隠して鍵をかけておいたのだ。2人はその後無事に再開を果たすことができたのか。そしてSarahのその後は。
また、物語が進む過程で、アメリカ人でありながらフランス人と結婚して家庭を築いたJulia目線でその2つの国民性の違いが見えてくる点も面白い。
大戦中の悲劇が現代によみがえる。忘れてはいけない負の歴史に目を向けさせてくれる一冊。

Vel’ d’Hiv’(ヴェロドローム・ディヴェール大量検挙事件)
第二次世界大戦下のフランスで行われた最大のユダヤ人大量検挙事件である。本質的には外国から避難してきた無国籍のユダヤ人を検挙するためのものだったとされる。1942年の7月、ナチスの「春の風」作戦として計画されたもので、ヨーロッパ各国でユダヤ人を大量検挙することを目的とした。(Wikipedia「ヴェロドローム・ディヴェール大量検挙事件」
anti-Semtism(反ユダヤ主義)
ユダヤ人およびユダヤ教に対する差別思想をさす。(Wikipedia「反ユダヤ主義」
Drancy internment camp(ドランシー通過収容所)
ナチス・ドイツがフランス・パリの北東のドランシー市(セーヌ=サン=ドニ県)に設置したユダヤ人移送のための収容所。フランスのユダヤ人をポーランドの絶滅収容所へ移送するまで仮に収容しておく通過収容所だった。1941年8月の設立から1944年8月の解放までの間におよそ7万人のユダヤ人がドランシーからアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所などへ移送されている。フランスにおけるホロコーストの鍵となる地であった。(Wikipedia「ドランシー収容所」
Yad Vashem(ヤド・ヴァシェム)
ナチス・ドイツによるユダヤ人大虐殺(ホロコースト)の犠牲者達を追悼するためのイスラエルの国立記念館である。イスラエルの首都エルサレムのヘルツルの丘にある。(Wikipedia「ヤド・ヴァシェム」

「対岸の彼女」角田光代

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第132回直木賞受賞作品。
3歳の娘あかりを育てる主婦小夜子(さよこ)は同い年の女性が経営する会社で働くことになった。人と関わる事を避けていた小夜子(さよこ)の生活が少しずつ変わっていく。
本書では2つの物語が平行して進む。娘を育てながらも働くことにした主婦小夜子(さよこ)の物語と、高校生葵(あおい)とナナコの物語である。小夜子(さよこ)は、過去の経験から、常に仲間はずれを作り仲間はずれにされないために必死で笑顔を取り繕うわなければならない女性社会に疲れ果てて、人との関わり合いを避けて生きてきた。しかし、面接で意気投合した女社長の経営する会社で働く事となる。また、女子高生の葵(あおい)はイジメが原因で横浜から田舎に引っ越してそこでナナコという風変わりな生徒と出会い次第に仲良くなっていく。
小夜子(さよこ)の勤める会社の社長が葵(あおい)という名前である事から、おそらくこの高校生と同一人物なのだろう、と予想し、どうやって繋がるのか、と期待しながら読み進めることになるだろう。
全体から伝わってくるのは、年をとって大人になっても、逃げているだけでは何一つ変わらない人生である。高校のときはいじめられるのを恐れて笑顔を取り繕い、大人になって子供を持っても、公園で出会う主婦たちから仲間はずれにされないように必死で話を合わせる。小夜子はときどき自らに問いかけるのだ。

私たちはなんのために歳を重ねるんだろう。

それでも、葵(あおい)にとってはナナコが、そして小夜子にとっては大人になった葵(あおい)が世の中の新たな見つめ方を示してくれているようだ。

ひとりでいるのがこわくなるようなたくさんの友達よりも、ひとりでいてもこわくないと思わせてくれる何かと出会うことのほうが、うんと大事な気が、今になってするんだよね。

個人的に心に残ったのは、高校時代のナナコとの思い出を胸に、いつかまたそんな瞬間を、と求めながら孤独に生きていく葵(あおい)の姿である。

信じるんだ。そう決めたんだ。だからもうこわくない。

じわっと染み込んでくる作品。若い頃には理解できない何かが描かれている気がする。
【楽天ブックス】「対岸の彼女」

「Dead Zone」Stephen King

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
高校の教師のJohn Smithは幼いころの出来事によって未来が見える事がある。それでも恋人と普通の生活を送っていたが、交通事故によって4年半もの間昏睡状態に陥る。
予知能力を持った青年の物語。超能力を持つ人間の物語というのは決して珍しくない。人にはない力を持った故に起きるJohnnyの心の中の葛藤も他の多くの超能力者を扱った作品と共通する部分がある。「人には知られたくない」「普通の人間として生きたい」と思いながらも、予知能力ゆえ、知人が不幸にあうことを黙っていることはできないのだ。
本書ではそんな超能力者に対する大衆の行動も面白く描かれている。その力を利用して自らの知人や家族を捜してほしいと願うもの。スターとしてビジネスに利用しようとするもの。そのタネを見破ろうとするもの。それでも世間はすぐに忘れていくのである。
本作品で重要な役となるのは、恋人SarahとJohnnyの母Veraだろう。SarahはJohnnyが昏睡状態の間に新しいパートナーを見つけて家族を築いていたが、その後はJohnnyの良き友人となる。心身深いVeraはJohnnyのその力を見て、「神が目的を持って与えたもの」という。その言葉を強く意識するJohnnyは、最後までその力を使ってどうやって生きるべきか考え続けるのである。
そしてJohnny自身が政治に強く関心を持っていることもあり、物語は次第に大統領選へと移っていく。アメリカ国民の未来を左右しかねない大統領選。そこでJohnnyは何を見たのか。超能力者を扱った作品のなかでも傑作と言えるだろう。

Kent State Shooting
ケント州立大学で1970年5月4日起こった事件。ガードマンが67発の弾丸を放ち、4人の生徒が亡くなった。(Wikipedia「Kent State shootings」
IRS(アメリカ合衆国内国歳入庁)
アメリカ合衆国内国歳入庁(アメリカがっしゅうこくないこくさいにゅうちょう) またはIRS (The Internal Revenue Service)は、アメリカ合衆国の連邦政府機関の一つで、連邦税に関する執行、徴収を司る。日本でも、そのままIRS(アイアールエス)と呼称されることもあるが、内国歳入庁や米国国税庁などと翻訳される。連邦政府の機構上は財務省の外局であり、日本の省庁になぞらえれば財務省の外局である国税庁に相当する。ワシントンD.C.に本部を置く。(Wikipedia「アメリカ合衆国内国歳入庁」

「下町ロケット」池井戸潤

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第145回直木賞受賞作品。
かつてロケット開発に情熱を注いだ佃(つくだ)は、父の跡を継いでエンジン開発の工場を経営する。しかし数々の試練が訪れる。
元銀行員という経歴を持つ著者池井戸潤(いけいどじゅん)らしい視点が他の作品と同様、本作品でも見られる。会社を維持し、従業員の生活を守るためには、ただいい製品をつくるだけでなく、訴訟や特許、資金繰りなどあらゆる面にしっかりと取り組まなければならないのである。
本作品では佃(つくだ)の経営する、佃製作所が大型取引を打ち切られるところから始まり、その後、競合他社から特許を侵害したとして訴えられるなど試練が続いていく。しかし、そんな苦難のなか信頼できる弁護士やベンチャーキャピタルの助けを借りて、さらに成長していく姿が描かれている。
会社の生き残りに四苦八苦していた前半から、後半は、現実的である従業員の現在の生活かそれとも会社としての夢か、といったことが佃(つくだ)の懸念事項となる。
佃(つくだ)が仕事に情熱を注ぐ姿は本当に輝かしく、仕事とはどうあるべきか、人生とはどう生きるべきか。そんなことを考えさせてくれる。
【楽天ブックス】「下町ロケット」

「いちばんやさしいオブジェクト指向の本」井上樹

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
現代のプログラミングで頻繁に聞く「オブジェクト指向」という言葉。その意味はあらゆるところで解説されており、その名のとおり「オブジェクトを中心とした考え」なのだが、ではそれで実際その意味を理解できたかというとおそらく違うのだろう。
そんな考えで本書を手にとったのだが、まさに痒いところに手が届く内容だった。過去のプログラム言語を例に挙げてその不都合な部分を明確にし、その不都合さゆえに次第に「オブジェクト指向」という考えが根付いていく過程を示してくれる。プログラム言語の進化の過程を含めて理解することで、より説得力のある形で「オブジェクト指向」という考えを受け入れることが出来る。
おそらくプログラムを仕事にしている人にとっては当たり前の話ばかりなのだろうが、BASICやCなど昔プログラムをちょっとかじったけど最近のプログラムはなんだかよくわからない。という人にはぴったりかもしれない。

Smalltalk
Simulaのオブジェクト(およびクラス)、Lispの機能、LOGOのエッセンスを組み合わせて作られたクラスベースの純粋オブジェクト指向プログラミング言語、および、それによって記述構築された統合化プログラミング環境の呼称。(Wikipedia「Smalltalk」
Simula
最初期のオブジェクト指向言語の一つである。(Wikipedia「Simula」)

【楽天ブックス】「いちばんやさしいオブジェクト指向の本」

「ふたりの距離の概算」米澤穂信

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
毎年5月に行われる神山高校長距離走大会。これから走る20キロを前にして、折木奉太郎(おれきほうたろう)は、仮入部届けを出したにも関わらず、古典部に入部しないことを決めた新入生大日向友子(おおひなたともこ)のその理由に思いを巡らす。
本作品は著者米澤穂信(よねざわほのぶ)の古典部シリーズの第5作目であり、折木奉太郎(おれきほうたろう)や千反田える(ちたんだ)は2年生になって新入生を勧誘するという立場になっている。物語の舞台としては、長距離走大会の20キロのなかで主に、奉太郎(ほうたろう)の回想シーンで展開するというもの。恩田陸の「夜のピクニック」を思い出す人も多いのではないだろうか。
各所に散りばめられた伏線を奉太郎(ほうたろう)が真実に結びつけていくのが面白い。例によってその対象の出来事が、殺人事件などではなく、友人同士の仲違い、といったものであるから気楽に読み進められるのだろう。シリーズの他の作品と同じく、主要な登場人物のなかで繰り広げられるテンポのいい会話もまた魅力の一つである。

「折木さんって真夜中の赤信号は無視するタイプですか」
「真夜中には出歩かないタイプだ」
「お前は守りそうだな」
「わたしは、真夜中に出歩く範囲に信号がないタイプです」

物語の場面の少なさから石持浅海(いしもちあさみ)の「扉は閉ざされたまま」にどこか共通するものを感じた。この本から多くを学べる、というような内容ではないが、著者の技術やこだわりを感じさせる内容である。

ずいぶん楽をしたし、寄り道もした。けれどもいつかはゴールまで行かなくてはいけない。

【楽天ブックス】「ふたりの距離の概算」

「ロード&ゴー」日明恩

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
恵比寿出張所の救急隊員生田温志(いくたあつし)が運転する救急車は搬送していた一人の負傷者によってハイジャックされる。
著者日明恩(たちもりめぐみ)は「鎮火報」「埋み火」で消防隊隊の様子を克明に描いていて、本作品も非常に共通する部分を感じる。周辺の道路事情に詳しい様子や、負傷者を搬送し、搬送中に治療を行うがゆえにその救急車の運転には非常に気を使わなければならないことなどが、運転手目線で描かれている。

一分一秒を争う重症外傷の現場において、生命にかかわる損傷の観察と処置のみを行い、その他は省略して5分以内に現場を出発し病院に搬送する。それがロード&ゴー──救急における非常事態宣言だ。

序盤はそんな救急隊員の日常に始まり、やがてその日常の秒無のなかで搬送した、負傷していると思われた男によって救急車は乗っ取られることになる。言うことに従わなければ爆弾を爆発させるという犯人。そんな犯人自身も家族を人質にとられているゆえに犯行に及んでいるという。
その目的はなんなのか。物語が進むにつれ次第に見えてくる犯人の意図や、現在の救急医療の矛盾、社会制度の歪み。さすがに日明恩(たちもりめぐみ)、ただの犯罪小説には終わらない。

救急救命士の資格を持っていても、傷病者がどれだけ状態が悪くて危険な状態だとしても、何も出来ないんです。それが今の法律です。
救急隊員は重篤度の高い傷病者を優先する。その次に優先する、いやせざるを得ないのは、痛みを強く訴える傷病者だ。もっとも後回しとなってしまうのは、痛みを訴えない人となる。我慢強く、謙虚な人であるほど、ときに搬送で後回しになったり、場合によっては搬送を辞退してしまうことも、珍しくない。

物語を面白くしているのは女性の救命救急士の森栄利子(もりえりこ)である。震災で身内を亡くしたために救急士を志し、自分だけでなく他人にも厳しいゆえに周囲と軋轢を抱える。男性が大部分を占める救急というなかで生きていくゆえの難しさや、人を救うことが仕事にもかかわらず、その容姿ゆえに広報役を担わなければならないために、複雑な思いを抱えている。
また、すでに著者日明恩(たちもりめぐみ)の本を読んでいるひとには嬉しいことに、途中、「鎮火報」や「埋み火」の登場人物も活躍する。一気に読める内容と言えるだろう。
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「The Help」Kathryn Stockett

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
1960年代のミシシッピ州。そこでは黒人差別が未だに色濃く残っていた。黒人女性たちが家政婦として白人に仕えるなかで、ジャーナリストになる夢を持つ白人女性Skeeterは、黒人女性たちの声をまとめた本を作ろうと思い立つ。

物語は2人の黒人家政婦の生活から始まる。子供を愛するAibileenと、口は悪いがケーキを作らせたら右に出るもののいないMinnyである。

Aibileenは子供が好きで、仕えた過程の元で世話した子供たちの人数を誇りに思っていて、2人の幼い子供のいる家庭に勤めている。Minnyはとある出来事によってそれまでの雇い主から解雇され、白人のコミュニティのなかで孤立した風変わりな女性Celiaの元で働くことになる。Aibileenとその勤め先の子供達の関係も面白いが、MinnyとCeliaのおかしな関係も心を和ませる。

それほど遠い昔ではない1960年代にまだこれほどの差別が残っていたということに驚かされる。白人と黒人は、食事を同じテーブルですることもなければ、トイレやバスタブまで別のものを使うべきと信じられていたのだ。途中想起したのはルワンダのツチ族とフツ族のこと。彼らの差別は結果として大虐殺という事態に発展してしまったが、1960年代のミシシッピの黒人と白人もきっかけがあれば大きな混乱になっていたであろう。

こう書くと、当時の白人達はみんなが黒人を害虫のように扱っていたように思うかもしれないが、白人のなかにも差別を悪として親身になって黒人の家政婦たちに接していた人がいたということは知っておくべきだ。

さて、若い白人女性Skeeterは何か今までにない読み物を書こうと思い立ち、白人家庭に勤める家政婦達の声を本にすることを思いつき提案するのだが、思うように進まない。なぜなら、白人のSkeeterには簡単な決断に思えるものが、MinnyやAibileenにとっては大きな危険に自分の家族をさらすものなのである。その温度差が物語が進むにつれてひとつの目的の達成へと向かっていくのが面白い

私は周囲を見回した。私達は誰にでも見えるひらけた場所にいる。彼女にはこれがどれだけ危険なことかわからないのか...。公衆の面前でこんなことを話すということが。

本が出版されたら白人女性たちは誰のことが書かれているかわかるだろうか。黒人の家政婦たちを解雇するだろうか。そんな不安を抱えながらもSkeeter、Minny、Aibileenは秘密裏に出版に向けて奔走する。

日本は差別という現実にあまり向き合うことのない平和な国。それゆえに自分の無知さを改めて思い知らされた。物語中で引用されている人物名や組織名にも改めて関心を持ちたい。多くの人に読んで欲しい素敵な物語である。

公民権運動
1950年代から1960年代にかけてアメリカの黒人(アフリカ系アメリカ人)が、公民権の適用と人種差別の解消を求めて行った大衆運動である。(Wikipedia「公民権運動」
モンゴメリー・バス・ボイコット事件
1955年にアメリカ合衆国アラバマ州モンゴメリーで始まった人種差別への抗議運動である。事件の原因は、モンゴメリーの公共交通機関での人種隔離政策にあり、公民権運動のきっかけの一つとなった。(Wikipedia「モンゴメリー・バス・ボイコット事件」

「宇宙創生」サイモン・シン

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
宇宙はいつどのように始まったのか。この永遠の謎とも思えるこの問いに、人類は長い間かけて挑んできた。その奇跡をサイモン・シンが描く。
「フェルマーの最終定理」「暗号解読」で人々の知性が過去繰り広げてきた挑戦をわかりやすく、そして面白く見事に描いてきたサイモン・シン。そんな彼が今回選んだのが宇宙の物語である。
僕らは義務教育ゆえに地球は自転しながら太陽の周りを廻っていることを知っている。夜空の星が信じられないほど遠くにあることを知っている。しかし、人類がそれを常識として認識するまでには、何千年もの時が必要で、時には間違った方向に進んだりしたのである。
コペルニクスやガリレオ、誰でも知っている有名な物語からほとんど知られていないレアな物語まで、人類が地球の大きさ、月の大きさ、太陽の大きさ、夜空に見える星までの距離。最初は永遠に明らかになるはずがないと思われていた謎が、科学の発展と、天体に心を奪われた人々の執念深い観察と突飛な発想によって少しずつ明らかになっていく過程が描かれている。真実が真実として人々の中に定着するのに必要なのは論理的な推論と、観測によって裏付けられた事実だけでなく、政治的な問題や宗教的な問題も多くを占めることがわかるだろう。そのような問題をドラマチックに描いてくれるから本書は面白いのだ。

死は、科学が進歩する大きな要因のひとつなのだ。なぜなら死は、古くて間違った理論を捨てて、新しい正確な理論を取ることをしぶる保守的な科学者たちを片づけてくれるからだ。

前半はどこかで聞いたような古代の人々の物語が中心で、しっかりと理解しながら読み進められるが、後半は次第に理解を超えた話になる点が面白い。僕が初めて宇宙の物語を知ったときから「ビッグバン」というものが常識のように語られていたので、僕が生まれる数年前まで宇宙創生に関して、ビッグバン理論だけでなく、定常宇宙理論も多くの科学者によって支持されていた事実には驚かされた。

ビッグバンは、空間の中で何かが爆発したのではなく、空間が爆発したのである。同様に、ビッグバンは時間の中で何かが爆発したのでなく、時間が爆発したのである。空間と時間はどちらも、ビッグバンの瞬間に作られたのだ。

登場人物の多さで混乱してしまう部分もあるが、人類が長年かけて明らかにした宇宙の仕組みを非常に面白く描いているお勧めの一冊。

クエーサー
非常に離れた距離において極めて明るく輝いているために、光学望遠鏡では内部構造が見えず、恒星のような点光源に見える天体(Wikipedia「クエーサー」
CMB放射(宇宙マイクロ波背景放射)
天球上の全方向からほぼ等方的に観測されるマイクロ波である。そのスペクトルは2.725Kの黒体放射に極めてよく一致している。(Wikipedia「宇宙マイクロ波背景放射」
定常宇宙論
1948年にフレッド・ホイル、トーマス・ゴールド、ヘルマン・ボンディらによって提唱された宇宙論のモデルであり、(宇宙は膨張しているが)無からの物質の創生により、任意の空間の質量(大雑把に言えば宇宙空間に分布する銀河の数)は常に一定に保たれ、宇宙の基本的な構造は時間によって変化する事はない、とするもの。(Wikipedia「定常宇宙論」

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「「なぜ?から始める現代アート」長谷川祐子

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
東京現代美術館のチーフ・キュレーターである著者が現代アートについてわかりやすく語る。
現代アートというと、西洋絵画や日本画と比べるとどうしても「わかりにくい」というイメージがあるが、著者は多くの現代アートを例にとって、それが制作された考え方などをわかりやすく語ってくれるので初心者にとっても非常にわかりやすい。現代アートというと「アートとは何か?」という定義への挑戦、的なイメージを僕は持っているのだが、そんなアートの定義として本書で著者が書いている次の言葉が印象に残った。

アートは、時を越えて生き残る「通時性」と、共有する現在をときめかせる「共時性」の、二つの力をあわせもっている。

いろんなアートやその考え方を説明する過程で出てくる作品やそのアーティストの考え方に魅了されてしまうだろう。「政治性」を持ったアートを説明している章では、「ゲルニカ」や「お腹が痛くなった原発くん」を例に挙げている。
アートを見る目を少し肥えさせてくれる一冊

フランク・ステラ
戦後アメリカの抽象絵画を代表する作家の1人。マサチューセッツ州、ボストン郊外モールデンに生まれ、プリンストン大学で美術史を学ぶ。(Wikipedia「フランク・ステラ」
ドナルド・ジャッド
20世紀のアメリカ合衆国の画家、彫刻家、美術家、美術評論家。当初は画家・版画家であり美術評論でも高い評価を受けたが、次第に立体作品の制作に移った。箱型など純粋な形態の立体作品は多くの美術家や建築家、デザイナーらに影響を与えている。抽象表現主義の情念の混沌とした世界の表現に反対し、その対極をめざすミニマル・アートを代表するアーティストの1人。(Wikipedia「ドナルド・ジャッド」
エルネスト・ネト
ブラジルを代表する現代美術家の一人で、布や香辛料など自然の素材を用いた作品で知られるアーティスト。2001年のヴェネチア・ビエンナーレではブラジル館の代表となるなど、既に世界的な評価は高く、出身地であるリオ・デ・ジャネイロを拠点にしながら、多くの展覧会、プロジェクトに参加している。(はてなキーワード「エルネスト・ネト」
マシュー・バーニー
アメリカの現代美術家。現在はニューヨーク在住。コンテポラリー・アートを代表する作家のひとりとして近年、台頭してきた。
フランシス・アリス
1959年ベルギー、アントワープ生まれ。メキシコシティ在住。社会的危機を抱いた都市空間を舞台にヴィデオや抽象絵画によって世間を挑発し続けるアーティスト。(はてなキーワード「フランシス・アリス」
SANAA
妹島和世(せじまかずよ)と西沢立衛(にしざわりゅうえ)による日本の建築家ユニット。プリツカー賞、日本建築学会賞2度、金獅子賞他多数受賞。(Wikipedia「SANAA」

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「ブレイズメス1990」海堂尊

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
1990年、天才心臓外科医天城雪彦(あまぎゆきひこ)が東城医大へ赴任する。新しい天城(あまぎ)の医療スタイルや考え方は東城医大の医師たちに衝撃を与える。

同じく数十年前を扱った「ブラックペアン1988」の3年後の物語。その中では古くからいる医師を追い出す結果となった高階(たかしな)が、今回は天城(あまぎ)の日本医療と相容れない考え方に猛然と反発する。簡単に言えば、天城(あまぎ)は医療を進歩させて医療を維持するためには、お金を缶から受け取る必要があり、医師の数は限られているのだから、多くの金を払える人から治療すべき、というのに大して、高階(たかしな)は医療にカネの話を持ち出すべきではないというのである。

真実は、腕があってもカネがなければ命は救えない。だから医療は独自の経済原則を確立しておかないと、社会の流れが変わった時、干からびてしまう。

著者はもちろん、この作品を社会の流れが変わって、「医療崩壊」という言葉が広まったあとに本作品を書いているのである。つまり、天城(あまぎ)の本作品中で見せる態度は、医療界が本来20年前にやるべきだったこと、として描かれているのだろう。高階(たかしな)と天城(あまぎ)の議論が非常に深みを感じさせるのは、今の状況があるがゆえである。

そして天城(あまぎ)は自らの言葉を実践すべく公開手術へと向かっていく。

「天城先生は、医療現場においては命とお金と、どちらが大切だとお考えですか?」
「カネよりも命のほうが大切だ、という青臭い戯言には同意しますが、カネがなければ命も助けられないという現実から目を逸らすわけにもいきません。

東城医大の物語の歴史をさらに深くする一冊である。
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「暗号解読」サイモン・シン

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
人には秘密があり、誰かにそれを伝える際にその秘密を守るために暗号がある。人は暗号を考案してはそれを破ってきた。暗号の進化の歴史をそれに関連するエピソードを交えて描く。
著者の代表作でもある「フェルマーの最終定理」。こんな難しい題材をどうやって読者に面白く伝えるのだろう?という疑問を見事に吹き飛ばしてくれたサイモン・シンが暗号について書いたのだからおのずと期待は増してしまう。実際その内容はその期待を裏切らないものであった。
多くの暗号エピソード同様、初期のアルファベットをずらした暗号から、第二次大戦中のドイツの暗号機エニグマ。いずれもその仕組みとそれを解読した人々の努力を非常に面白く描かれている。いずれのエピソードもその暗号の歴史的重要性を示しながら展開するので物語性も十分である。

ポーランドがエニグマ暗号を解読できたのは、煎じ詰めれば三つの要素のおかげだった。恐怖、数学、そしてスパイ行為である。侵略の恐怖がなければ、難攻不落のエニグマ暗号に取り組もうなどとは、そもそも思いもしなかっただろう。

また、暗号だけでなく、古代のヒエログリフの解読についても触れている。ヒエログリフは文字であって暗号ではないのだが、その解読の手順は非常に似通っている。現代の人間が誰もその当時の声を聞いたことがないにもかかわらず、ヒエログリフがどのような音で発音されていたかまで明らかになっているという話は、本書を読むまで信じられなかったのだが、解読者たちのその思考の流れを本書とともに追うことで納得することができた。
そして、中盤を過ぎると暗号の伝達方法も手紙からメールとなり、公開鍵、RSA非対称暗号へと移っていく。一方向関数を利用したRSA暗号のエピソードはいろいろな書籍で目にするが、何度読んでも面白いしそれを作り上げた人々に感心してしまう。
終盤では、現代の暗号もいつか破られることがあるのか?という考えで、量子コンピュータに触れるとともに、犯罪をも助ける暗号技術を国が規制すべきか否か、という点についても語っている。
理系の人間にとっては大満足の一冊となるだろう。

線文字B
紀元前1450年から紀元前1375年頃までミュケナイ時代に、ギリシャ本土からエーゲ海諸島の王宮で用いられていた文字である。(Wikipedia「線文字B」
鉄仮面
フランスで実際に1703年までバスティーユ牢獄に収監されていた「ベールで顔を覆った囚人」。その正体については諸説諸々。これをモチーフに作られた伝説や作品も流布した。(Wikipedia「鉄火面」
エニグマ
第二次世界大戦のときにナチス・ドイツが用いていたことで有名なロータ式暗号機のこと。幾つかの型がある。その暗号機の暗号も広義にはエニグマと呼ばれる。(Wikipedia「エニグマ」

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「グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた」辻野晃一郎

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
ソニーでVAIO、スゴ録などを生み出し、その後グーグル日本代表取締役を務めた著者がソニーと、グーグルについて語る。
タイトルにグーグルの名前があるが、内容の大部分は著者のソニー時代のエピソードで占められている。入社当時、すでに立派な企業であったソニーはすでに大企業病に陥っており、過去の人々が築き上げた栄光にすがって努力をしない人々がいた。本書のなかで語られるエピソードからは、そんな組織のなかで著者が悪戦苦闘する様子が伝わってくる。

「まあ、ソニーだからなぁ。出せば売れるんだよ」
こういう連中が偉そうな顔をしてふんぞり返り、過去の栄光にすがって何もしないからソニーはどんどん駄目になっていくんだ。

第七章では「ウォークマンがiPodに負けた日」としてAppleのiPodとiTunesについても語っている。著者が言うにはインターネットで最初に音楽配信をやったのはソニーだったということ。にもかかわらず、人々の音楽の楽しみ方の変化についていけなかったゆえにアップルとの差は開く一方。すでにいろんなメディアで語られたアップルの成功物語であるが、それをソニーの内部という違った目線から語られるので新鮮である。

当時の旧ウォークマン部隊の人達は、iPod対抗を議論するときに、依然として「音質の良さ」とか「バッテリーの持ち時間」、果ては「ウォータープルーフ(防水加工)」などの話を主題として持ち出してくるので唖然とした。
新商品発表会でスピーチをする直前、スタッフが入手してきたiPod nanoが手元に届いた。彼等の新製品を一目見た瞬間に、私は敗北を悟った。

最後に、自らの体験を振り返って、これから日本の企業がどうあるべきかを語る部分が非常に印象的である。異なるタイプの世界的な企業に勤めた経験がある著者が語るからこそ非常に重みを持って響いてくる。

まず日本でうまくいったら次はアジア、そして欧米、といったような順次拡大の発想をするのではなく、最初からいきなりグローバルマーケットに打って出る、といった大胆なアプローチを考えて欲しいものだ。それが世界に貢献する日本を取り戻す未来に繋がる唯一の道であると思う。

今のこの変化の激しい時代を生きることを大変と思う人もいるだろうが、むしろ、様々な生活を楽しむことのできる貴重な時代に生きている、と前向きに受け取ることもできる。著者が締めくくったそんな内容のエピローグにはなんか元気をもらえた気がした。
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