「ガウディの伝言」外尾悦郎

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
スペインのサグラダファミリアの建築に関わる日本人外尾悦郎(そとおえつろう)がサグラダファミリアやガウディ、そしてその仕事の内容について語る。
未だ建築中のサグラダファミリア。最近になって2026年に完成するとされているが、その長い間どのようにその建築は進められているのだろうか。もともとガウディは設計図を書いたりせずに建築を進めることが多かったという。サグラダファミリアも例外ではなく、建築家や彫刻家たちはガウディの思いを汲み取って建築を進めなければならない。序盤では著者がそのような過程を経てガウディの思いを形にするまでのエピソードが綴られている。
その中で著者が繰り返し語っているのが、機能と装飾が互いに補い合うガウディの建築の理念である。サグラダファミリアの装飾は単純に装飾としての意味だけでなく、建物の弱い構造を補う意味ももっているのだという。この考え方は建築だけでなく、機能と美しさを同時に考えなければならないデザインのすべてにおいて重視すべき事なのだろう。
また、ガウディの生涯が語られる中で思ったのは、大富豪エウセビオ・グエルとの出会いがどれほど大きかったかということ。天才は努力だけでなく多くの運に恵まれているのだと改めて思い知った。グエルとの出会いがなければガウディは誰の記憶にも残らずに歴史に埋もれていった事だろう。
さて、これだけ長い間建築が続けられていくと、なかには建築開始当初の理念から逸脱する部分もあるようで、後半ではそのいくつかが語られている。本来石で作られるはずだったものが途中からコンクリートになってしまったのもその1つである。確かに実際僕が訪れた際にどこか期待した重厚さが感じられずハリボテのような印象を受けてしまったのもそのせいかもしれない。
今や世界でもっとも有名な建物の1つ、サグラダファミリアについて理解するのに最適な一冊。

今日、一人の若者に建築家としての資格を与えた。彼の中に宿っているのは天才だろうか、狂気だろうか。それはまだわからない。しかし、時間が答えを出すだろう。

【楽天ブックス】「ガウディの伝言」

「ローマ人の物語 ローマは一日にして成らず」塩野七生

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
古代ローマの物語。
ずっと読みたかったがその長さになかなか最初の一歩を踏み出せずにいたが、必ずしも一気読みする必要もなく気長に読み進めていければと思った。文庫版の最初の2冊で「ローマは一日にして成らず」という副題を持つこの2冊は、紀元前753年のローマの建国から紀元前270年前後のイタリア半島の統一までを描く。
グループや会社やチームなどの団体をうまく機能させようとするのは難しいことだがとてもやりがいのあることで、国というのはもっとも大きい団体と考えれるかもしれない。そして国をうまく機能するように作り上げることは興味深いことだが、それは人間の一生の数十年の間にできることではないのだ。だからこそ、本書が見せてくれる、ローマ人が国として試行錯誤をしてその機能をつくりあげていく様子は面白い。
歴史的事実はもちろん著者がスパルタやギリシャなど周辺国と比較してローマを語りその形態をわかりやすく解説してくれる。王政や共和制についての理解が深まるだけでなく、団体や組織が陥りがちな混乱や困難が見えてくるだろう。
まだ始まったばかりだが続きが楽しみだ。
【楽天ブックス】「ローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず(上)」「ローマ人の物語(2) ローマは一日にして成らず(下)」

「世界はひとつの教室」サイマル・カーン

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
ここ数年話題になっているカーン・アカデミーの創始者である著者サイマル・カーン氏がその設立までの経緯と現在の教育に関する考え方を語る。
カーン・アカデミーは、著者がいとこの教育のためにアップしたYouTubeの動画が多くの人に視聴されことから始まる。そのエピソードについてはいろんな雑誌やメディアで取り上げられているから聞いた事がある人も多いだろう。本書ではそんなきっかけを経て大きくなっていく過程でカーン・アカデミーに起こったことや著者が感じたことを書いている。
カーン氏によると、どうやら教育というのはもう100年以上も現在のスタイルで続いているのだそうだ。それは1人の教師が語り、数十名の生徒が聞くというスタイルである。カーン氏が主張するのは、世の中の変化にあわせて、いろいろなものが改善され進歩していく中で、教育も同様に発展していくべきだということである。

私が言いたいのは、私たちが受け継いできた教育上の慣習や前提をもっと疑ってみませんか、ということです。

今の教育スタイルでは早く理解した人は先に進む事を許されずただ退屈な時間を過ごし、理解が遅い人は授業のスピードについていけずに落伍者となるのである。また、カーン氏は現在の理解度をはかるテストについても疑問を投げかけている。例えば80点や90点で合格とするテストがあるが、それはつまり1割、2割を理解していないということで、そのまま次に進んでしまうのは大きな問題だという。
そして後半では、若い生徒たちだけでなく、社会人となってからの教育についても触れている。一生学び続けることの重要性かそのための環境づくりなど、いろいろ考えさせられることが多いだろう。

大切なのは何を教えるかではなく、どのように独学の姿勢を身につけさせるかなのです。

授業料が払えない学生やいじめ問題など、教育が注目を集める中、カーン氏の世の中の教育を少しでも良くしようという気持ちが伝わってくる。自分でも何か世の中に役立つことを始めたくさせてくれる一冊。
【楽天ブックス】「世界はひとつの教室」

「ウルトラマラソン マン」ディーン・カーナゼス

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
46時間で320km走り抜いた経験を持つ著者が、学生時代のマラソンの経験や、社会人になって再びマラソンにのめり込み、その中で経験したレースや生活について語る。

著者はいくつものマラソンレースに参加しているがなかでもウェスタンステーツ100、バッドウォーターウルトラマラソン、南極マラソンは面白い。僕らはマラソンというとせいぜい42kmの距離でしか考えないが、本書で語られるマラソンを知るとフルマラソンが可愛く思えてくる。距離が長いだけでなく標高差の激しいマラソンは、場所に寄っては冬のように寒くも夏のように暑くもなるのである。

バッドウォーターでは、高い気温で熱せられたアスファルトによってシューズが溶けてしまうというから驚きである。また、南極マラソンでは下手をすると気管支が凍ってしまうというのだから、そんな環境でマラソンをしようとすることがどれほどの挑戦か想像できるだろう。

きっと多くの人から変人扱いされているのだろうが、著者の人生はものすごい充実感あふれるものに違いない。
【楽天ブックス】「ウルトラマラソン マン」

「Wizard and Glass」Stephan King

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
暴走し始めた知能を持った機関車との対決を終えたRolandは旅する3人の仲間にSusanという女性との出来事を語り始める。
前作「The Waste Lands」の最後に暴走する機関車Blaineになぞなぞ対決を挑まれたRolandの一行だが、Eddieの機転でその場を勝利する。本書はむしろその後にRolandがJake、Eddie、Susuannahの要望に答えて語る自らの過去、Rolandの14歳の時の出来事が中心となる。
Rolandは同じ訓練をつんだCuthbert、AlainとともにHambryという町の調査に赴くのだが、その町にはBig Coffin Huntersと呼ばれる3人組が権力を持っていて、やがて外部から来たRoland達3人との対立を深めていく。また、RolandはSusanという、すでに町の権力者と結婚を約束した美しい女性と出会い恋に落ちるのである。使命を果たそうとするなかで恋に溺れるRolandに、CuthbertやAlainは不信感を強めていく。
今までその過去はほとんど謎に包まれたままだったRolandだが、本書でようやくその辛い過去が明らかになっていく。あまり感情を見せないRolandだが、若き日Rolandからはその感情の揺れ動く様子が見て取れる。
SusanやBig Coffin Huntersの存在は言うまでもないが、物語を面白くしている要因の1つは、Hanbryの町に住む赤い水晶を持った老婆Rheaの存在である。本書のタイトルはまさにそれであり、おそらくシリーズの今後含めて水晶も老婆の存在も大きな鍵となっていくだろう。
今後の感動的で壮大な展開を予感させる。日本人の間にももっと読まれて欲しいと思える作品。

「踊りませんか? 社交ダンスの世界」浅野素女

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
パリに移り住んで社交ダンスの魅力に取り憑かれた著者が、それぞれのダンスの起源や魅力について語る。
冒頭で語られていることではあるが、著者は別に社交ダンスの先生でも技術の優れたダンサーでもない。多くの人と同じように社交ダンスが好きな一人の女性である。本書には技術的なことはほとんど書かれていないのである。むしろだからこそ社交ダンスの本としては珍しいかもしれない。

モダンが重力から解き放たれ、天空を翔ることを目ざすなら、ラテンは大地の存在を呼び起こす。

僕自身社交ダンスをここ3年ほど楽しんではいるが、考えてみると10ダンスと言われるモダン5種目(ワルツ、タンゴ、スローフォックストロット、ヴェニーズワルツ、クイックステップ)、ラテン5種目(ルンバ、チャチャチャ、サンバ、ジャイブ、パソドブレ)がどうやって生まれてどのように今の形になったのかまったく知らなかったのである。
例えば社交ダンスのなかでおそらく最初に習い、もっとも時間をかけて練習するだろうワルツについてさえも、きっと発祥はヨーロッパだろうと思いながらも正確なところは知らなかったのだ。本書が語るのはまさにそんな部分。どうやらワルツは多くの歴史を乗り越えて今の形になっていったのだという。
それぞれのダンスについて語る中で、著者のダンスについての考え方も見えてくる。

五十歳のカップルに、二十歳のカップルのダンスは踊れない。その反対も成り立つ。年齢に応じた味わいがニュアンスがあるということだ。肉体のはかなさや人の心の弱さを意識した時にしか醸し出せない味わいというものもあるだろう。

きっと本書を読む事でそれぞれのダンスにさらに深い姿勢で臨む事ができるようになるだろう。社交ダンスをしたことがなくて本書を読んだ人は社交ダンスを始めたくなるかもしれない。
【楽天ブックス】「踊りませんか? 社交ダンスの世界」

「天才!成功する人々の法則」マルコム・グラッドウェル

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
世の中で成功した人々のその成功の理由はどこにあったのか。多くの場合「天才」という言葉で片付けられてしまう成功者の要因を過去のデータから分析し新しい視点で解説する。

著者はまずカナダのアイスホッケーの選手で1月から3月生まれが圧倒的に多い事に注目し、驚くべき仮説を導き出す。さらに世界のあらゆる場所に同じ法則が集まっていくことを示していく。冒頭から一気に引き込まれてしまう。

馬鹿げていると思いますね。たまたま決められた期日のせいで、その影響がずっと続くなんて。それなのに、誰もそのことを気にしている様子がないなんて本当に変ですよ。

著者は天才と呼ばれる程に1つの分野で成功するまで、少なくとも10000時間費やす必要があり、そのためには生まれ持った才能だけでなく時間や環境など運に左右される部分が大きいというのである。何人かの著名人を例にとってその仮説を実証していく。ビル・ゲイツはどうだっただろう、ビートルズはどうっただろう、と。

どれも完全に数値的に検証できる物ではないので、疑ってかかろうと思えばいくらでもできるが、納得のいく面も多くある。改めて気づかされるのが、世の中の仕組みが公平にはできていないということである。一見、公平に思える社会の制度のいくつかは意図せず一部の人間に有利に働いているのである。

本書を読んだことで、将来、自分たちの子供たちをどのような環境に置くべきかわかってくる。少なくとも日本においては、子供が4月1日の深夜に産まれたなら、それは4月2日生まれにすべきなのである。学年のなかでもっとも早い生まれか遅い生まれかは、その後の人生に与えられる機会に影響を及ぼすのである。
【楽天ブックス】「天才!成功する人々の法則」

「巨鯨の海」伊東潤

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
紀伊半島にある太地(たいじ)。そこは江戸から明治にかけて捕鯨が盛んに行われていた。そんな時代に生きた人々を描く。
有名な「白鯨」にあるように捕鯨という文化が世界に存在していたことは知っていても、日本で捕鯨によって栄えた町がある事は知らなかった。本書はそんな人々の様子を数編に分けて描いている。厳しい規則や鯨漁に献身する人々への保障など、生死をかけた仕事ゆえに形成される社会制度が見えてくる。
そうして数編にわたって当時の捕鯨の様子を読むうちに、自分がどれほどこの時代のの日本について知らないかが見えてくる。実際江戸や東京で起こった事はいろんな書物で見る機会があるが、なかなか地方の町の歴史について知る機会はないのである。また、舟の動力のように、僕らが現在その存在を当然のこととして受け入れている物がないことによって生じる当時の人々の苦労は想像できない。
物語の最後を締めくくる「大背美流れ」は実際に起こった出来事で、太地(たいじ)の捕鯨を衰退させるきっかけにもなったのだという。
まだまだ知らない事がたくさんあることを認識させてくれる一冊。国内の文化や歴史にももっと目を向けていきたいと思った。
【楽天ブックス】「巨鯨の海」

「職業は武装解除」瀬谷ルミ子

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
著者は紛争地帯で平和のために武装解除の手助けをしている。本書ではそのきっかけと、これまでの仕事の内容やそこで直面する問題について語っている。

そもそも「武装解除」がなぜ職業になるのか、武装解除になぜ手助けが必要か、普通の生活をしている人にはその部分がわからないのではないだろうか。

紛争地帯だった場所では紛争が終わっても、長い間武装して戦争をしていた人たちは働くための知識や技術を持たないため、平和な社会で生きる術がない。しかし手元には相変わらず武器が残っているから、彼らは再び武器を手に取ろうとする。そういう人々が大勢いる限りその国はいつまでたっても平和にならないというのである。著者が職業として言う「武装解除」はそんな長年戦闘に明け暮れて教育も受けてない人々に、武器と引き換えに教育や援助を与え平和な社会に適応させることなのである。

著者は高校のときに見た報道写真を見たことをきっかけに、世界を飛び回るようになったのだ。ルワンダ、アフガニスタン、コートジボアール、シエラネオネなどアフリカを中心に活動しており、本書ではそんななかでの経験の一部を紹介しているのだが、もちろん生死の境で生きてきた人々を、裕福な国から訪れた女性が簡単に説得できるはずもなく、そこでは多くの問題が生じる。

要は、若造の私には、彼らの問題を解決するスキルが何もなかったのだ。好奇心だけで人々の心のなかを土足で踏み荒らした挙げ句、「良いことをした」と自己満足して帰国しようとしていた。
皆が手を取り合って仲良しでなくても、殺し合わずに共存できている状態であれば、それもひとつの「平和」の形であり得る。
犯罪に問われる恐れがあるのに武装解除や和平に応じるお人好しはいない。和平合意の際は、武装勢力が武器を手放して兵士を辞めることと引き換えに無罪にすると明記される。平和とは、時に残酷なトレードオフのうえで成り立っている。
日本は、原爆まで落とされて、ボロボロになったんだろう?なのに、今は世界有数の経済大国で、この国にも日本車が溢れているし、高級な電化製品はすべて日本製だ。どうしたら、そうやって復興できるのか、教えてくれないか?

生死の危険に隣り合わせの場所で、著者の直面する現実や葛藤はどれも新鮮である。世界のありかただけでなく、著者の選んだ生き方と行動力に触れることで、自らの生き方まで見つめ直すきっかけになるだろう。
【楽天ブックス】「職業は武装解除」

「翻訳教室」柴田元幸

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
東大の文学部で行われた翻訳の授業をほとんどそのまま収録している。教師である著者と生徒、ときにはゲストを交えて翻訳について議論する。
英語にある程度自信がある人は、何度か翻訳まがいの事をやったことはあるだろう。わずかな英語の文を訳したり、時には長い文章を訳したりといった程度かもしれない。そんな人はすぐに気づくだろう。英語から日本語への翻訳に必要なのは英語の能力よりもむしろ日本語の能力なのである。そして僕自身たくさんの本を読む習慣があることから日本語の能力には自信を持っていたのだが、本書が描く授業の内容はさらにその上をいくもの。翻訳なんて意味が伝わればそれでいいと思うかもしれないが、もっと突き詰めて考えているひとたちがいるのである。

sheという言葉と「彼女は」という言葉では重さが違う。sheの方が軽い。sheを五回繰り返すのに対して「彼女は」は三回くらいで、ちょうど重さ的に同じくらいかな。

単に意味を知っていたり、辞書をひいたりするだけでは決してわからない言語と言語の差について考えさせられる。

不自然な英語を訳すときに、あまりに自然な日本語には直したくないわけだけど、こっちは工夫して不自然な日本語にしているつもりが、読者には単に下手な日本語に見えてしまうって可能性は大いにある。

中程に村上春樹をゲストとして迎えたときの授業の様子も収録されている。正直村上春樹の作品は僕の好みではなく理解の及ばないものだが、その話の内容は面白い。
また、翻訳の題材として採用されているヘミングウェイなどもぜひ読んでみたいと思った。
【楽天ブックス】「翻訳教室」

「Hotel on the Corner of Bitter and Sweet」Jamie Ford

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
1986年、シアトルにあるホテルのオーナーが変わって長い間地下室に眠っていた物が発見される。年老いてすでに妻を亡くしたHenryの過去の辛い思い出を呼び起こす。
太平洋戦争中にシアトルに住んでいた中国人Henryと日系2世のKeikoの物語。2人は白人が多数を占める小学校に通っていたため、他の生徒からいじめられ、孤立していたために次第に仲良くなっていく。
Henryの父は中国からアメリカに渡ってきたため、Henryには中国語を話す事を禁じ、アメリカ人として育つ事を求める。同時に戦争によって日本人を忌み嫌うのである。Keikoは日本人の容姿を持ちながらもアメリカで生まれ育ったために国籍はアメリカ人で英語しか話す事ができない。そんな2人の社会と自らの個性の間で悩む姿が物語のなかから感じられる。
やがて太平洋戦争は激化し、迫害やスパイとしての活動を懸念したアメリカ政府は、日本人街から日本人は内陸部の場所へ移動を命じ、KeikoとHenryは合う事さえ困難になっていく。

Henry!君は希望をくれたんだ。希望さえあればどんな困難でも乗り越えられる。

本作品はフィクションであるが、あの戦時中の混乱のなか、おそらく似たような出来事はあったのだろう。歴史の本では決して語られないが、戦争という人間の起こす愚行によってもたらされる不幸な側面に目を向けさせてくれる。

「64」横山秀夫

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2012年このミステリーがすごい!国内編第1位作品。

未解決に終わった少女誘拐殺人事件。警察庁長官の遺族への訪問を前に刑事部、警務部に不穏な動きが起こり始める。

三上義信(みかみよしのぶ)は広報官という役職で、それは警察の花形である刑事とは異なりむしろ刑事から忌み嫌われる存在。元々は刑事として誘拐事件に関わった事もあり、刑事に戻りたいという想いを抱えながら広報官という仕事を努めている。そして、さらに娘のあゆみが行方をくらましているという家庭事情も抱えているのである。そんな厚い人物設定がすでに横山秀夫らしく期待させてくれる。

物語は警察庁長官がすでに14年もの間未解決状態にある少女誘拐殺人事件の遺族のもとを訪れるという、世間向けの警察アピールを意図する事から動き出す。どうやらその誘拐事件の影には隠蔽された警察の不手際があったらしいという事実が浮かんでくる。

隠蔽された事実を巡って、組織内の権力争いが激化する。刑事部と警務部、地方と東京、あらゆる側面で対立が起こり、利害を一致する者同士が一時的に協力し、そしてまた敵対する。また、広報官役割である故にマスコミ対策についても描かれる。報道協定や、各メディアのあり方についても考えさせられるだろう。
深く分厚い印象的な物語。世界のどこを切り取ってもその場所にはその場所の人の深いドラマがある。そう感じさせてくれる作品。
【楽天ブックス】「64」

「スリジエセンター1991」 海堂尊

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
東城医大へ赴任した天才外科医天城雪彦(あまぎゆきひこ)は常識はずれな行動で注目を浴びる。それに対抗しようとする未来の病院長高階(たかしな)や佐伯(さえき)病院長など病院内の権力争いは熾烈をきわめていく。
「ブラックペアン1988」「ブレイズメス1990」に続くチームバチスタの10年以上前を描いた物語。「チームバチスタの栄光」など現代のシリーズの方を読んでいる読者は、高階(たかしな)は病院長になるはずだし、本書では生意気な新人の速水(はやみ)は天才外科医になるということを知っているから、きっと物語とあわせてその関連性を楽しむ事ができるだろう。
本書では高階(たかしな)、佐伯(さえき)、天城(あまぎ)など、それぞれの思惑で病院内の主導権を握ろうとする。ただ単純に多くの支持を集めるために医療のあるべき姿を語るだけでなく、それぞれが状況に応じて手を組んだり裏切ったりしながら地位を固めようとする様子が面白い。
医療はすべての人に平等であるべき、という高階(たかしな)や看護婦たちの語る内容も正しいと思うが、一方で天城(あまぎ)の主張するように、お金がなければ高い技術の医療は提供できないという意見にもうなずける。そこに正しい答えはないのだ。その時の世間の意識が医療の形を変えていくのだろう。

患者を治すため、力を発揮できる環境を整えようとしただけなのに関係ない連中が罵り、謗り、私を舞台から引きずり下ろそうとする。

【楽天ブックス】「スリジエセンター1991」

「プロジェクトマネジメント 実践編」中憲治

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
仕事で関わるプロジェクトが少しずつ大きくなってきたために、どうすればプロジェクトというのは巧く進められるのかを考えるようになった。そんな中、PMBOKという言葉に出会った。
本作品はPMBOKの考え方の基本的な部分を説明している。PMBOKの考え方をすべて説明しようとすると何冊もの本になるというが、本書はそのほんのさわりの部分だけである。しかし普段プロジェクト管理について考える事が少ない人にとっては十分の内容である。クリティカル・パス、ガントチャート、マイルストーンなど普段何気なく使っていてわかったようになっている言葉も、本書によってより深くその背景と重要性が理解できるだろう。
年齢を重ねるに従って人は作業者から管理者へと変わっていく。そんな過程で常に手元に置いておきたい一冊。
【楽天ブックス】「プロジェクトマネジメント 実践編」

「あかんべえ」宮部みゆき 

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
生死の境を乗り得たおりんにはなぜか幽霊が見えるようになる。両親が開いた料理屋「ふね屋」に住み着く5人の幽霊。同い年の女の子お梅、美男子の玄之介(げんのすけ)、色っぽいおみつなど、彼らはなぜこの家に住み着いているのか、そしてなぜおりんにだけ5人全員が見えるのか。
江戸の時代を描きながら幽霊という存在を巧みに使って面白おかしく当時の人々の人間関係を描く。なんとも宮部みゆきらしい作品。本作品を面白くさせているのはそんな5人の幽霊たちだけじゃなく、純粋で真っすぐなおりんの言動だろう。

なによ、あの言いっぷりは!あんな意地悪なこと言うのなら、さっさと出ていってくれればいいのに!そうよ、あたしたちがこんなに苦労しているのは、みんなお化けさんたちのせいじゃないの!

きっと本当は誰もが心のうちを素直に表に出して、心の赴くままに行動したいのだろう。しかし、実際には大人になるに従ってそれは難しくなっていく。だからこそおりんに魅力を感じるのである。
そして次第に幽霊たちがその家に住み着いている理由が明らかになっていく。

どうしてあなたはお父とお母に大事にされて、どうしてあたしはお父に殺められて、井戸にいなくちゃならなかった?

産まれた場所や両親など、人にはどんなに強い意志を持とうと選べない物があり、それに翻弄されてしまう人生もまたあることを改めて認識させられる。
【楽天ブックス】「あかんべえ(上)」「あかんべえ(下)」

「海賊とよばれた男」百田尚樹

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
石油会社「国岡商店」を率いる国岡鐵造は社員は家族という信念を持って戦後の混乱期を乗り越えていく。
読み始めるまで知らなかったのだが、この物語は出光興産の創業者・出光佐三をモデルにして書かれている。石炭から石油へとエネルギーが移行していく時代にいち早く石油に目をつけて自ら会社を起こし、時代の流れにのって大きくなっていくのだ。
本書で描かれている出来事はフィクションの体裁をとってはいるが、いずれも実際に起こった出来事を描いている。そんな数ある出来事のなかでも、なんといってもイギリスの脅威のなかイランに向かった大型タンカー日章丸のエピソードは、単に「面白い」という言葉では説明しきれない。信念と誇りをもって物事に立ち向かうことの素晴らしさと尊さを改めて感じるだろう。

辛かった日々は、すべて、この日の喜びのためにあったのだ。

「信念」とか「誇り」という言葉は、戦争などの争乱の時代にしか語られないような印象があるが、そんなことはない、日々の仕事に大してもそんな心を忘れずに常に全力で立ち向かった人がいるのである。
僕らはなぜこんな偉大な出来事をもっと語りついでいかないのだろうか。本書を読めばきっとみんなそう感じるだろう。著者百田尚樹がこの物語を書かなければいけないと思った理由は読者には間違いなく伝わるだろう。

【楽天ブックス】「海賊とよばれた男(上)」「海賊とよばれた男(下)」

「小暮写真館」宮部みゆき

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
高校生の花菱英一(はなびしえいいち)の父親が引っ越し先として選んだのは、元写真屋さん「小暮写真館」の建物。ある女子高生が「小暮写真館」で撮ったとされる心霊写真を持ち込んでくる。
「小暮写真館」という看板のかかったままの家に住む事になったため、英一(えいいち)のもとには、心霊写真が持ち込まれ、それを基にいろんな形の人間関係やそれぞれの心のうちを描かれる。高校生ゆえに、同じ高校の登場人物たちも個性豊かで気楽に読み勧められるなかに、心に刺さる内容があるのが非常に巧い。

人は語りたがる。秘密を。重荷を。
いつでもいいというわけではない。誰でもいいというわけではない。時と相手を選ばない秘密は秘密ではないからだ。
僕を責めたりなんかしない。まず第一に自分の浅はかさを責めるだろう。そういう人なんだ。僕はよく知ってた。知りすぎるくらい知ってた
泣かせようなんて、これっぽっちも思わないんだよ。幸せにしようって、いつも本気で思ってるんだよ。だけどね、何でか泣かせちゃうことがあるんだ。

そして花菱(はなびし)家も複雑な事情を抱えている。現在は英一(えいいち)とその8歳年下の光(ひかる)との2人兄弟だが、7年前に妹の風子(ふうこ)が亡くなっているのである。そして常に家族の頭にはその亡くなった妹の存在が残っているのだ。物語が終盤に差し掛かるに連れて英一(えいいち)の向き合うものは、亡くなった妹を含めた自分自身の家族や友人との人間関係になっていく。
手に取った瞬間に挫けそうになるような分厚い本だが、読む価値ありである。
【楽天ブックス】「小暮写眞館」

「ヤバい経済学」スティーブン・D・レヴィット/スティーブン・J・ダブナー

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
1990年代の後半のアメリカ。誰もが犯罪の増加を予想する中、殺人率は5年間で50%以上も減少した。多くの人がその理由を語り始めたという。銃規制、好景気、取り締まりなど、しかしどれも直接的な理由ではない。犯罪が激減した理由はその20年以上前のあるできごとにあったのだ。
わずか数ページで心を引きつけられた。経済学と聞くと、どこか退屈な数学と経済の話のように感じるかもしれないが本書で書かれているのはいずれも身近で興味深い話ばかりである。大相撲の八百長はなぜ起こるのか。なぜギャングは麻薬を売るのか。子供の名前はどうやって決まるのか。こんな興味深い内容を、数値やインセンティブの考え方を用いて、今までになかった視点で説明する。
個人的には冒頭のアメリカの犯罪率の話だけでなく、お金を渡したら献血が減った話や、保育園で迎えにくる母親の遅刻に罰金を与えたらなぜか遅刻が増えた話などが印象的だった。お金を使って物事を重い通りに運びたいならそこで与えるお金の量は常に意識しなければならないのだろう。
なんだか世の中の仕組みが今まで以上に見えてくるような気にさせてくれる一冊。
【楽天ブックス】「ヤバい経済学」

「心を動かすリーダーシップ」鈴木義幸

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
一親から会社を引き継いだ社長を例にとって、社長のあるべき姿を描く。
大きな組織を動かそうとするとき、そこには様々な障害が予想される。企業にとってもっとも厄介なのは、社員が社長の意図した通りに動いてくれない事なのだろう。
本書では、これからの時代は社員一人一人の想像力を生かす経営を行う必要があるという。そして、そんな社員それぞれが自ら考えて行動するような企業を創るために、社長がするべきこと、とるべき態度を対話形式で説明している。必ずしも企業の社長だけでなく、部下に指示を出す立場の人にとっては役に立つであろう内容ばかりである。

チーダーといえども、時にはミスを犯す。
そのとき率直に謝ることで、かえって部下やメンバーの信頼とやる気を獲得することができる

タイトルを読むと何か古くさいリーダー像を押し付けられるのではないか、といった不安とともに読み始めたが、いい方向に裏切ってくれた。
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「ウェブで学ぶ オープンエデュケーションと知の革命」梅田望夫/飯吉透 

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
現在アメリカを中心に教育機関がインターネット上で高品質な授業を無料で受けられる仕組みが整いつつある。その背景と現状、問題点を語る
1年ほど前にカーンアカデミーの取り組みを知ってオープンエデュケーションに非常に興味を持った。本書は手にとったのもそんな理由からだ。
面白いのはその発端となった出来事である。最初、アメリカの各大学は、利益を見込んでオンライン上で授業を公開しようとしたのだが、あまり収益があがらないと気付き各大学が撤退するなか、マサチューセッツ工科大学が「であればいっその事無料で公開しよう」となったというのだ。これはまさに日本では起こりえない発想なのだろう。そして、そんな流れは、iTunesやYoutubeなどさまざまなインターネットやIT技術の発展によって加速する事になったのだ。
CourseraやEdX、Udacityといった様々なオープンエデュケーションフォーマットについて語るとともに今後の課題についても語っている。
そんな中でも興味ひいたのは大学などの教育機関が持つ「強制力」の話。誰もが無料で勉強できるようになったかといってすべてが解決する訳ではないというのだ。つまり、宿題をやってこなければ怒る先生がいて、落ちこぼれになったら馬鹿にする嫌な生徒がいて、ある程度の点を試験でとらなければ落第するシステムがある。そういうシステムがあって初めて勉強を全う出来る人が世の中の大部分だと言うのである。オープンエデュケーションの今後の課題は、無料であるなかでどうやってその強制力をつけるか、ということなのだ。
とても勉強したくさせてくれる一冊。そして、改めて今後のオープンエデュケーションの流れを考えると、英語ができない日本人のハンデは世界との知識の格差を広げていくだろうと実感させられた。
【楽天ブックス】「ウェブで学ぶ オープンエデュケーションと知の革命」