「ドンナビアンカ」誉田哲也

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
40歳目前で独身の村瀬は配送の仕事で出入りのある店で若い中国人女性と知り合いになる。また警視庁練馬警察署の魚住久江(うおずみひさえ)は誘拐事件に関わる事になる。
魚住久江(うおずみひさえ)が登場する事なのでおそらく同じ著者の別作品「ドルチェ」の続編になるのであろう。「ドルチェ」では、その仕事のなかで扱う様々な細かい事件を通して、いろんな人々の生活や心の内を描いていたが、本作品では基本的に1つの誘拐事件に焦点をあてている。久江(ひさえ)目線から少しずつ犯人や真実に迫っていく様子と、村瀬(むらせ)目線で若い女性と知り合ってそれまでの人生が少し明るくなっていく様子が交互に描かれる。
村瀬(むらせ)目線で物語を見ることによって、社会的には下位にいるであろう人々の考え方や生き方、そして社会の問題点が見えてくる。世の中の犯罪の多くは、人が起こしているのではなく、社会のシステムが創り出しているのではないだろうか。
【楽天ブックス】「ドンナビアンカ」

「A Prisoner of Birth」Jeffrey Archer

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
結婚目前だったDannyは親友のBernieを殺した罪を着せられて終身刑を言い渡される。Dannyの刑務所生活と真犯人への復讐の計画が始まる。
もともと読み書きのできないDannyは刑務所で同じ部屋になったNickによって多方面の教育を受けてその才能を開花させていく。そして、偶然の出来事によって刑務所の外へ出る機会を得たDannyは、真犯人グループへの復讐を始めるのだ。
やや出来過ぎの感もあるが、全体的には目覚ましく動き続ける物語は読者を飽きさせる事はないだろう。また、物語自体が、ロンドンからスコットランド、スイスのジュネーブなど、いろんな場所へ展開される点も面白い。イギリス人でもスコットランドの発音に戸惑う場面など、日本にいてはわからない現地の人々の感覚が見えてくる。
Jeffrey Archerの物語は法廷の場面が多いという印象があるが、本書も同様に緊張感あふれる法廷シーンを見せてくれる。
個人的には物語の終わり方が好きだ。もちろんここで詳しく書く事ができないのが読んでもらえればこの余韻に浸れる終わり方をわかってもらえるかもしれない。
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「宮本武蔵(六)」吉川英治

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
宮本武蔵の第六巻。武蔵は旅の途中で一人で暮らしている少年と出会う。彼に請われて武蔵はその少年を弟子にして一緒に過ごしはじめる。
決闘の場面こそ少ないが、伊織(いおり)という少年とともに生活を始める武蔵を描く本書は違った意味で印象的な場面が多い。特に強盗集団に教われている村の人々を助け、村人に武器をとらせて戦わせる場面は爽快である。
そして、伊織を育てる上で、剣の技術だけでなく礼儀作法についても厳しく教えようとする。かつでは城太郎という少年と旅をともにしながらも自由奔放にさせたがゆえに何も遺せなかったという武蔵の後悔がそうさせるのだ。

人間の本来の性質の中には、伸ばしていい自然もある。だが、伸ばしてはならない自然もある。放っておくと、得て、伸ばしてはならない本質は伸び、伸ばしてもいい本質はのびないものだった。

そんな武蔵の新たな視点は、読者にも何か考えさせるものがある。
また、現在おそらく日本人で知らない人はないないだろいうというぐらい有名な武蔵ですら当時「生まれたのが20年遅かった」と思っているところが印象的だ。17歳で時代の節目と成る関ヶ原の合戦を経験し、それい以降、武蔵のような野生の人間を世の中が必要としなくなっていったのである。きっといつの時代も人は前の時代の人々に憧れを抱くのだろう。賞賛すべきはそれをそうぞうして描いた著者吉川英治の方かもしれない。
また、一方で佐々木小次郎もその強さを見せ始める。物語の終わりを期待とともに予感させる一冊。
【楽天ブックス】「宮本武蔵(六)」

「ローマ人の物語 ハンニバル戦記」塩野七生

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
ローマ人の物語の第二章である。紀元前264年から紀元前133年までの130年間を描く。
ハンニバル戦記と名付けられたこの章は、その名の通りカルタゴの名将ハンニバルによって大きな変化を強いられたローマを描いている。アフリカ大陸で栄えたカルタゴのハンニバルはスペインへ侵攻し、やがてローマへと向かうのである。
著者も冒頭で書いているが、学校の教科書ではこの時代をわずか5行程度で済ませてしまうという。しかし、それではわずかな事実が伝わるのみで、過程を知らずに、その時代に生きた人々は見えてこない。本書を読むと、祖国から遠くは慣れて孤立していくハンニバル。ハンニバルへの対抗手段をめぐって対立するローマ国内など、2000年以上も前に生きていた人々が信じられないほど現実感を伴って見えてくる。
実は僕自身本書を読むまで、カルタゴという国の場所や名前や、ハンニバルがどこの国の人物かすら知らなかった。当時の人々の崇高な生き方に触れるほどに、知るべき歴史を知らない自分の無知を感じてしまうのである。
さて、何度も戦いに勝利しながらもやがてハンニバルはローマを後にせざるを得なくなる。一方で、ハンニバルの引き起こしたポエニ戦役によってローマは一段と力を増し、一層帝国主義の傾向を強めていく。
なにより印象的なのは、700年も栄えたカルタゴの滅亡だろう。過去の歴史だけを見ると、それが必然だったように見えるが、歴史的事実のいくつかは偶然の重なりによって覆ったこと。著者はカルタゴの滅亡をまさにそんな一例と捉えている。栄枯盛衰を感じずにはいられない。
【楽天ブックス】「ローマ人の物語(3) ハンニバル戦記(上)」「ローマ人の物語(4) ハンニバル戦記(中)」「ローマ人の物語(5) ハンニバル戦記(下)」

「光圀伝」沖方丁

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
世の中が徳川幕府によって安定に向かうなか、水戸徳川家の次男として生を受けた水戸光圀(みとみつくに)の生涯を描く。
日本の歴史に疎い僕にとって水戸光圀と言えば水戸黄門、本当にそれぐらいしか知識がなかった。本書が描くのはそんな一人の男の物語である。
すでに戦国時代は過去の話で世の中は一気に生活を向上する方向に動いている。人々が学べる環境を作り税の制度を整備していくなど、それは戦後の日本の復興と似ているような印象を受けた。
光圀は次男として生まれたのに理由も知らされずに水戸徳川家を引き継ぐとされた。序盤はなぜ自分が選ばれたのかわからないというなかで成長する光圀の苦悩が中心と成る。本来水戸家を背負うはずだった優しい兄に対する罪悪感や、それでも良き理解者として接してくれることに対する感謝の気持ち、それが初期の光圀の人間性を形作ったように見える。
若いうちは、よくある良家の跡継ぎと同様、父から何度も厳しい試練を与えられ、外ではそれなりの粗暴な行為を行いながらも学び成長していく。そんななか書物を重視し、常に学ぶ事を怠らないその姿勢には感銘を受ける。どこまでが事実に基づいているのかわからないが、宮本武蔵との出会いも本書の読みどころの1つである。「書で天下をとる」という光圀の野望は武蔵との出会いから生まれた物だろう。
そのようにして、光圀は、妻の死や将軍との不和など、徳川水戸家を背負って密度の濃い人生を送っていくのだ。
もっとも印象に残ったのは、決断をするときに「これは義か?」と自らに問い続ける生き方である。僕らに現代人にとっては「大義」の方が聞き慣れているのかもしれないが、「義」とは「人の踏み行う正しい道筋」のことで、光圀は常に世のため人のためになることを優先して決断をするのだ。
争乱の時代の後のあの時代に、水戸光圀が果たした役割の大きさが見えてくるだろう。そして、現代に生きる僕らも光圀と同じように、日々信念を持って決断しているか、つまり「義」を行えているかと、改めて考えさせられる。時代は違えど、現代にもそれぞれが果たせる「大義」はきっとあるはず。
【楽天ブックス】「光圀伝」

「富士見高原Iターン物語」村上方子

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
横浜で編集者として働いていた著者が、結婚11年目の37歳のときに夫と長野県の富士見高原に移り住む。そのきっかけや苦労、新しい土地での生活を描く。
偶然にも著者がその決断をしたのは現在の僕と同じ年齢。多くの人にとって「どう生きるべきか」「幸せとは何か」自らに問いかけ、行動を起こそうと思う年齢なのかもしれない。それでも実際に行動が起こせる人はわずかなのだろう。本書はそんな迷っている人の背中を押してくれるかもしれない。

ここが終わり、ここからが始まり。毎日の暮らしの中でそんなふうに感じられる場面は滅多にない。でも、あの日の町の原っぱでのワンシーンは私たちのとって、確かに終わりであり、始まりであったと思う。

序盤では、著者と夫もが、2人の子供を抱えながらもその人生の一大決心をする過程が描かれている。もちろんそこには、仕事、住居、友達、両親、子供の学校など様々な問題が発生する。そんな問題をひとつづつ乗り越えていくのだ。その様子から、行動を起こすには、ある程度の決意と覚悟とある程度の無鉄砲さが必要だと思えてくる。

今の仕事は仮の姿と思いながら仕事をするのはもう嫌なんだ

印象的なのは、著者が何度も繰り返し言っているように、どこにいっても人間関係にわずらわされずに生きる事などできないということ。
後半はまさにそんな地域の人間関係に入り込んで地域に貢献しようと生き生きと毎日を送る著者の様子が描かれる。「こんな生き方もあるのだ」と改めて自分の生き方を見つめ直
す機会になるだろう。
【楽天ブックス】「富士見高原Iターン物語」

「宮本武蔵(四)」吉川英治

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
吉岡清十郎(よしおかせいじゅうろう)との勝負に勝った武蔵に、その弟伝七郎(でんしちろう)が再び試合を申し込む。後がなくなった吉岡道場がなりふり構わない行動に走り出す。
宮本武蔵の第4弾である。本書の見所はやはり武蔵と吉岡道場ということになるが、個人的には再開を果たした武蔵とお通(つう)の場面が特に印象に残った。武蔵はお通(つう)の武蔵に対する想いを受け入れつつも自らの剣に対する想いを吐露する。

わしはお通さんに囚われていた。無性に恋していた。けれどそんな時でも人知れず剣を抜いてみると、狂おしい血も水のように澄んでしまい、お通さんの影も、霧のようにわしの脳裏から薄れてしまう・・・・

1つの道を極めようとしながらも、その過程で思い悩み葛藤する武蔵の姿は、長い時を隔てた現代の人でも共感できることだろう。読者は何か忘れていた情熱を思い出すかもしれない。
そして、吉岡道場との対決は佳境に入っていく。
【楽天ブックス】「宮本武蔵(四)」

「島はぼくらと」辻村深月

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
冴島という瀬戸内海にある架空の島で生活する4人の高校生、朱里(あかり)、衣香(きぬか)、源樹(げんき)、新(あらた)を描いた物語。
冒頭では登場人物達の様子から、日本で島に住むということがどういうことかがわかるだろう。朱里(あかり)、衣香(きぬか)、源樹(げんき)、新(あらた)は毎日島の外の高校へ通い、フェリーの時間のせいで部活に所属する事が難しくなる。子供達は、大学になる島の外へ出て行くので島の大人達は「一緒にいられるのは18年」という思いで子供を育てる。また、小さな子供を持つ母親にとっては医者が島にいるかいないかが非常に重要なのである。
本作品では単純に島の人々の文化や生活だけでなく、そこに移住してくるIターンの人々を物語に取り入れている。どこからかやってきたウェブデザイナーや、かつでのオリンピック水泳選手などが島に住んでいて、彼らの様子も物語を面白くしている。
離島とはいえ技術などの変化の波には逆らえず、それゆえにさまざまな問題が起こる。本書はそんななかで島の人々の様子を高校生の4人を中心に描くのである。
印象的だったのが地域の活性化の仕事の一部として島に訪れる若い女性ヨシノの存在である。自らの利益を度外視して人に尽くすように見えるヨシノの振る舞いに朱里(あかり)、衣香(きぬか)には理解できないのである。

朱里のことを、ヨシノはたくさんたくさん、知っているだろう。だけど朱里は、この人のことを何も知らない。愚痴も不満も、聞いたことが何もない。ヨシノはいつだって、朱里たちを受け止めてくれたけど、彼女の方から話してくれたことは一度だってない。

辻村作品からは特に新しい情報が得られる訳でもないが、いろんな立場の人の気持ちが見えてくる気がする。悩みを持たない人はいないし、人をうらやまない人もいない。本書もそんな人の心が見えてくる温かい作品に仕上がっている。
【楽天ブックス】「島はぼくらと」

「ガウディの伝言」外尾悦郎

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
スペインのサグラダファミリアの建築に関わる日本人外尾悦郎(そとおえつろう)がサグラダファミリアやガウディ、そしてその仕事の内容について語る。
未だ建築中のサグラダファミリア。最近になって2026年に完成するとされているが、その長い間どのようにその建築は進められているのだろうか。もともとガウディは設計図を書いたりせずに建築を進めることが多かったという。サグラダファミリアも例外ではなく、建築家や彫刻家たちはガウディの思いを汲み取って建築を進めなければならない。序盤では著者がそのような過程を経てガウディの思いを形にするまでのエピソードが綴られている。
その中で著者が繰り返し語っているのが、機能と装飾が互いに補い合うガウディの建築の理念である。サグラダファミリアの装飾は単純に装飾としての意味だけでなく、建物の弱い構造を補う意味ももっているのだという。この考え方は建築だけでなく、機能と美しさを同時に考えなければならないデザインのすべてにおいて重視すべき事なのだろう。
また、ガウディの生涯が語られる中で思ったのは、大富豪エウセビオ・グエルとの出会いがどれほど大きかったかということ。天才は努力だけでなく多くの運に恵まれているのだと改めて思い知った。グエルとの出会いがなければガウディは誰の記憶にも残らずに歴史に埋もれていった事だろう。
さて、これだけ長い間建築が続けられていくと、なかには建築開始当初の理念から逸脱する部分もあるようで、後半ではそのいくつかが語られている。本来石で作られるはずだったものが途中からコンクリートになってしまったのもその1つである。確かに実際僕が訪れた際にどこか期待した重厚さが感じられずハリボテのような印象を受けてしまったのもそのせいかもしれない。
今や世界でもっとも有名な建物の1つ、サグラダファミリアについて理解するのに最適な一冊。

今日、一人の若者に建築家としての資格を与えた。彼の中に宿っているのは天才だろうか、狂気だろうか。それはまだわからない。しかし、時間が答えを出すだろう。

【楽天ブックス】「ガウディの伝言」

「ローマ人の物語 ローマは一日にして成らず」塩野七生

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
古代ローマの物語。
ずっと読みたかったがその長さになかなか最初の一歩を踏み出せずにいたが、必ずしも一気読みする必要もなく気長に読み進めていければと思った。文庫版の最初の2冊で「ローマは一日にして成らず」という副題を持つこの2冊は、紀元前753年のローマの建国から紀元前270年前後のイタリア半島の統一までを描く。
グループや会社やチームなどの団体をうまく機能させようとするのは難しいことだがとてもやりがいのあることで、国というのはもっとも大きい団体と考えれるかもしれない。そして国をうまく機能するように作り上げることは興味深いことだが、それは人間の一生の数十年の間にできることではないのだ。だからこそ、本書が見せてくれる、ローマ人が国として試行錯誤をしてその機能をつくりあげていく様子は面白い。
歴史的事実はもちろん著者がスパルタやギリシャなど周辺国と比較してローマを語りその形態をわかりやすく解説してくれる。王政や共和制についての理解が深まるだけでなく、団体や組織が陥りがちな混乱や困難が見えてくるだろう。
まだ始まったばかりだが続きが楽しみだ。
【楽天ブックス】「ローマ人の物語(1) ローマは一日にして成らず(上)」「ローマ人の物語(2) ローマは一日にして成らず(下)」

「世界はひとつの教室」サイマル・カーン

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
ここ数年話題になっているカーン・アカデミーの創始者である著者サイマル・カーン氏がその設立までの経緯と現在の教育に関する考え方を語る。
カーン・アカデミーは、著者がいとこの教育のためにアップしたYouTubeの動画が多くの人に視聴されことから始まる。そのエピソードについてはいろんな雑誌やメディアで取り上げられているから聞いた事がある人も多いだろう。本書ではそんなきっかけを経て大きくなっていく過程でカーン・アカデミーに起こったことや著者が感じたことを書いている。
カーン氏によると、どうやら教育というのはもう100年以上も現在のスタイルで続いているのだそうだ。それは1人の教師が語り、数十名の生徒が聞くというスタイルである。カーン氏が主張するのは、世の中の変化にあわせて、いろいろなものが改善され進歩していく中で、教育も同様に発展していくべきだということである。

私が言いたいのは、私たちが受け継いできた教育上の慣習や前提をもっと疑ってみませんか、ということです。

今の教育スタイルでは早く理解した人は先に進む事を許されずただ退屈な時間を過ごし、理解が遅い人は授業のスピードについていけずに落伍者となるのである。また、カーン氏は現在の理解度をはかるテストについても疑問を投げかけている。例えば80点や90点で合格とするテストがあるが、それはつまり1割、2割を理解していないということで、そのまま次に進んでしまうのは大きな問題だという。
そして後半では、若い生徒たちだけでなく、社会人となってからの教育についても触れている。一生学び続けることの重要性かそのための環境づくりなど、いろいろ考えさせられることが多いだろう。

大切なのは何を教えるかではなく、どのように独学の姿勢を身につけさせるかなのです。

授業料が払えない学生やいじめ問題など、教育が注目を集める中、カーン氏の世の中の教育を少しでも良くしようという気持ちが伝わってくる。自分でも何か世の中に役立つことを始めたくさせてくれる一冊。
【楽天ブックス】「世界はひとつの教室」

「ウルトラマラソン マン」ディーン・カーナゼス

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
46時間で320km走り抜いた経験を持つ著者が、学生時代のマラソンの経験や、社会人になって再びマラソンにのめり込み、その中で経験したレースや生活について語る。

著者はいくつものマラソンレースに参加しているがなかでもウェスタンステーツ100、バッドウォーターウルトラマラソン、南極マラソンは面白い。僕らはマラソンというとせいぜい42kmの距離でしか考えないが、本書で語られるマラソンを知るとフルマラソンが可愛く思えてくる。距離が長いだけでなく標高差の激しいマラソンは、場所に寄っては冬のように寒くも夏のように暑くもなるのである。

バッドウォーターでは、高い気温で熱せられたアスファルトによってシューズが溶けてしまうというから驚きである。また、南極マラソンでは下手をすると気管支が凍ってしまうというのだから、そんな環境でマラソンをしようとすることがどれほどの挑戦か想像できるだろう。

きっと多くの人から変人扱いされているのだろうが、著者の人生はものすごい充実感あふれるものに違いない。
【楽天ブックス】「ウルトラマラソン マン」

「Wizard and Glass」Stephan King

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
暴走し始めた知能を持った機関車との対決を終えたRolandは旅する3人の仲間にSusanという女性との出来事を語り始める。
前作「The Waste Lands」の最後に暴走する機関車Blaineになぞなぞ対決を挑まれたRolandの一行だが、Eddieの機転でその場を勝利する。本書はむしろその後にRolandがJake、Eddie、Susuannahの要望に答えて語る自らの過去、Rolandの14歳の時の出来事が中心となる。
Rolandは同じ訓練をつんだCuthbert、AlainとともにHambryという町の調査に赴くのだが、その町にはBig Coffin Huntersと呼ばれる3人組が権力を持っていて、やがて外部から来たRoland達3人との対立を深めていく。また、RolandはSusanという、すでに町の権力者と結婚を約束した美しい女性と出会い恋に落ちるのである。使命を果たそうとするなかで恋に溺れるRolandに、CuthbertやAlainは不信感を強めていく。
今までその過去はほとんど謎に包まれたままだったRolandだが、本書でようやくその辛い過去が明らかになっていく。あまり感情を見せないRolandだが、若き日Rolandからはその感情の揺れ動く様子が見て取れる。
SusanやBig Coffin Huntersの存在は言うまでもないが、物語を面白くしている要因の1つは、Hanbryの町に住む赤い水晶を持った老婆Rheaの存在である。本書のタイトルはまさにそれであり、おそらくシリーズの今後含めて水晶も老婆の存在も大きな鍵となっていくだろう。
今後の感動的で壮大な展開を予感させる。日本人の間にももっと読まれて欲しいと思える作品。

「踊りませんか? 社交ダンスの世界」浅野素女

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
パリに移り住んで社交ダンスの魅力に取り憑かれた著者が、それぞれのダンスの起源や魅力について語る。
冒頭で語られていることではあるが、著者は別に社交ダンスの先生でも技術の優れたダンサーでもない。多くの人と同じように社交ダンスが好きな一人の女性である。本書には技術的なことはほとんど書かれていないのである。むしろだからこそ社交ダンスの本としては珍しいかもしれない。

モダンが重力から解き放たれ、天空を翔ることを目ざすなら、ラテンは大地の存在を呼び起こす。

僕自身社交ダンスをここ3年ほど楽しんではいるが、考えてみると10ダンスと言われるモダン5種目(ワルツ、タンゴ、スローフォックストロット、ヴェニーズワルツ、クイックステップ)、ラテン5種目(ルンバ、チャチャチャ、サンバ、ジャイブ、パソドブレ)がどうやって生まれてどのように今の形になったのかまったく知らなかったのである。
例えば社交ダンスのなかでおそらく最初に習い、もっとも時間をかけて練習するだろうワルツについてさえも、きっと発祥はヨーロッパだろうと思いながらも正確なところは知らなかったのだ。本書が語るのはまさにそんな部分。どうやらワルツは多くの歴史を乗り越えて今の形になっていったのだという。
それぞれのダンスについて語る中で、著者のダンスについての考え方も見えてくる。

五十歳のカップルに、二十歳のカップルのダンスは踊れない。その反対も成り立つ。年齢に応じた味わいがニュアンスがあるということだ。肉体のはかなさや人の心の弱さを意識した時にしか醸し出せない味わいというものもあるだろう。

きっと本書を読む事でそれぞれのダンスにさらに深い姿勢で臨む事ができるようになるだろう。社交ダンスをしたことがなくて本書を読んだ人は社交ダンスを始めたくなるかもしれない。
【楽天ブックス】「踊りませんか? 社交ダンスの世界」

「天才!成功する人々の法則」マルコム・グラッドウェル

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
世の中で成功した人々のその成功の理由はどこにあったのか。多くの場合「天才」という言葉で片付けられてしまう成功者の要因を過去のデータから分析し新しい視点で解説する。

著者はまずカナダのアイスホッケーの選手で1月から3月生まれが圧倒的に多い事に注目し、驚くべき仮説を導き出す。さらに世界のあらゆる場所に同じ法則が集まっていくことを示していく。冒頭から一気に引き込まれてしまう。

馬鹿げていると思いますね。たまたま決められた期日のせいで、その影響がずっと続くなんて。それなのに、誰もそのことを気にしている様子がないなんて本当に変ですよ。

著者は天才と呼ばれる程に1つの分野で成功するまで、少なくとも10000時間費やす必要があり、そのためには生まれ持った才能だけでなく時間や環境など運に左右される部分が大きいというのである。何人かの著名人を例にとってその仮説を実証していく。ビル・ゲイツはどうだっただろう、ビートルズはどうっただろう、と。

どれも完全に数値的に検証できる物ではないので、疑ってかかろうと思えばいくらでもできるが、納得のいく面も多くある。改めて気づかされるのが、世の中の仕組みが公平にはできていないということである。一見、公平に思える社会の制度のいくつかは意図せず一部の人間に有利に働いているのである。

本書を読んだことで、将来、自分たちの子供たちをどのような環境に置くべきかわかってくる。少なくとも日本においては、子供が4月1日の深夜に産まれたなら、それは4月2日生まれにすべきなのである。学年のなかでもっとも早い生まれか遅い生まれかは、その後の人生に与えられる機会に影響を及ぼすのである。
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「巨鯨の海」伊東潤

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
紀伊半島にある太地(たいじ)。そこは江戸から明治にかけて捕鯨が盛んに行われていた。そんな時代に生きた人々を描く。
有名な「白鯨」にあるように捕鯨という文化が世界に存在していたことは知っていても、日本で捕鯨によって栄えた町がある事は知らなかった。本書はそんな人々の様子を数編に分けて描いている。厳しい規則や鯨漁に献身する人々への保障など、生死をかけた仕事ゆえに形成される社会制度が見えてくる。
そうして数編にわたって当時の捕鯨の様子を読むうちに、自分がどれほどこの時代のの日本について知らないかが見えてくる。実際江戸や東京で起こった事はいろんな書物で見る機会があるが、なかなか地方の町の歴史について知る機会はないのである。また、舟の動力のように、僕らが現在その存在を当然のこととして受け入れている物がないことによって生じる当時の人々の苦労は想像できない。
物語の最後を締めくくる「大背美流れ」は実際に起こった出来事で、太地(たいじ)の捕鯨を衰退させるきっかけにもなったのだという。
まだまだ知らない事がたくさんあることを認識させてくれる一冊。国内の文化や歴史にももっと目を向けていきたいと思った。
【楽天ブックス】「巨鯨の海」

「職業は武装解除」瀬谷ルミ子

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
著者は紛争地帯で平和のために武装解除の手助けをしている。本書ではそのきっかけと、これまでの仕事の内容やそこで直面する問題について語っている。

そもそも「武装解除」がなぜ職業になるのか、武装解除になぜ手助けが必要か、普通の生活をしている人にはその部分がわからないのではないだろうか。

紛争地帯だった場所では紛争が終わっても、長い間武装して戦争をしていた人たちは働くための知識や技術を持たないため生きる術がない。しかし手元には相変わらず武器が残っているから、彼らは再び武器を手に取ろうとする。そういう人々が大勢いる限りその国はいつまでたっても平和にならないというのである。著者が職業として言う「武装解除」はそんな長年戦闘に明け暮れて教育も受けてない人々に、武器と引き換えに教育や援助を与え平和な社会に適応させることなのである。

著者は高校のときに見た報道写真を見たことをきっかけに、世界を飛び回るようになったのだ。ルワンダ、アフガニスタン、コートジボアール、シエラネオネなどアフリカを中心に活動しており、本書ではそんななかでの経験の一部を紹介しているのだが、もちろん生死の境で生きてきた人々を、裕福な国から訪れた女性が簡単に説得できるはずもなく、そこでは多くの問題が生じる。

要は、若造の私には、彼らの問題を解決するスキルが何もなかったのだ。好奇心だけで人々の心のなかを土足で踏み荒らした挙げ句、「良いことをした」と自己満足して帰国しようとしていた。
皆が手を取り合って仲良しでなくても、殺し合わずに共存できている状態であれば、それもひとつの「平和」の形であり得る。
犯罪に問われる恐れがあるのに武装解除や和平に応じるお人好しはいない。和平合意の際は、武装勢力が武器を手放して兵士を辞めることと引き換えに無罪にすると明記される。平和とは、時に残酷なトレードオフのうえで成り立っている。
日本は、原爆まで落とされて、ボロボロになったんだろう?なのに、今は世界有数の経済大国で、この国にも日本車が溢れているし、高級な電化製品はすべて日本製だ。どうしたら、そうやって復興できるのか、教えてくれないか?

生死の危険に隣り合わせの場所で、著者の直面する現実や葛藤はどれも新鮮である。世界のありかただけでなく、著者の選んだ生き方と行動力に触れることで、自らの生き方まで見つめ直すきっかけになるだろう。

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「翻訳教室」柴田元幸

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
東大の文学部で行われた翻訳の授業をほとんどそのまま収録している。教師である著者と生徒、ときにはゲストを交えて翻訳について議論する。
英語にある程度自信がある人は、何度か翻訳まがいの事をやったことはあるだろう。わずかな英語の文を訳したり、時には長い文章を訳したりといった程度かもしれない。そんな人はすぐに気づくだろう。英語から日本語への翻訳に必要なのは英語の能力よりもむしろ日本語の能力なのである。そして僕自身たくさんの本を読む習慣があることから日本語の能力には自信を持っていたのだが、本書が描く授業の内容はさらにその上をいくもの。翻訳なんて意味が伝わればそれでいいと思うかもしれないが、もっと突き詰めて考えているひとたちがいるのである。

sheという言葉と「彼女は」という言葉では重さが違う。sheの方が軽い。sheを五回繰り返すのに対して「彼女は」は三回くらいで、ちょうど重さ的に同じくらいかな。

単に意味を知っていたり、辞書をひいたりするだけでは決してわからない言語と言語の差について考えさせられる。

不自然な英語を訳すときに、あまりに自然な日本語には直したくないわけだけど、こっちは工夫して不自然な日本語にしているつもりが、読者には単に下手な日本語に見えてしまうって可能性は大いにある。

中程に村上春樹をゲストとして迎えたときの授業の様子も収録されている。正直村上春樹の作品は僕の好みではなく理解の及ばないものだが、その話の内容は面白い。
また、翻訳の題材として採用されているヘミングウェイなどもぜひ読んでみたいと思った。
【楽天ブックス】「翻訳教室」

「Hotel on the Corner of Bitter and Sweet」Jamie Ford

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
1986年、シアトルにあるホテルのオーナーが変わって長い間地下室に眠っていた物が発見される。年老いてすでに妻を亡くしたHenryの過去の辛い思い出を呼び起こす。
太平洋戦争中にシアトルに住んでいた中国人Henryと日系2世のKeikoの物語。2人は白人が多数を占める小学校に通っていたため、他の生徒からいじめられ、孤立していたために次第に仲良くなっていく。
Henryの父は中国からアメリカに渡ってきたため、Henryには中国語を話す事を禁じ、アメリカ人として育つ事を求める。同時に戦争によって日本人を忌み嫌うのである。Keikoは日本人の容姿を持ちながらもアメリカで生まれ育ったために国籍はアメリカ人で英語しか話す事ができない。そんな2人の社会と自らの個性の間で悩む姿が物語のなかから感じられる。
やがて太平洋戦争は激化し、迫害やスパイとしての活動を懸念したアメリカ政府は、日本人街から日本人は内陸部の場所へ移動を命じ、KeikoとHenryは合う事さえ困難になっていく。

Henry!君は希望をくれたんだ。希望さえあればどんな困難でも乗り越えられる。

本作品はフィクションであるが、あの戦時中の混乱のなか、おそらく似たような出来事はあったのだろう。歴史の本では決して語られないが、戦争という人間の起こす愚行によってもたらされる不幸な側面に目を向けさせてくれる。

「64」横山秀夫

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2012年このミステリーがすごい!国内編第1位作品。

未解決に終わった少女誘拐殺人事件。警察庁長官の遺族への訪問を前に刑事部、警務部に不穏な動きが起こり始める。

三上義信(みかみよしのぶ)は広報官という役職で、それは警察の花形である刑事とは異なりむしろ刑事から忌み嫌われる存在。元々は刑事として誘拐事件に関わった事もあり、刑事に戻りたいという想いを抱えながら広報官という仕事を努めている。そして、さらに娘のあゆみが行方をくらましているという家庭事情も抱えているのである。そんな厚い人物設定がすでに横山秀夫らしく期待させてくれる。

物語は警察庁長官がすでに14年もの間未解決状態にある少女誘拐殺人事件の遺族のもとを訪れるという、世間向けの警察アピールを意図する事から動き出す。どうやらその誘拐事件の影には隠蔽された警察の不手際があったらしいという事実が浮かんでくる。

隠蔽された事実を巡って、組織内の権力争いが激化する。刑事部と警務部、地方と東京、あらゆる側面で対立が起こり、利害を一致する者同士が一時的に協力し、そしてまた敵対する。また、広報官役割である故にマスコミ対策についても描かれる。報道協定や、各メディアのあり方についても考えさせられるだろう。
深く分厚い印象的な物語。世界のどこを切り取ってもその場所にはその場所の人の深いドラマがある。そう感じさせてくれる作品。
【楽天ブックス】「64」