「クローズド・ノート」雫井脩介

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大学で音楽サークルに所属する堀井香恵(ほりいかえ)は部屋のクローゼットの中で一冊のノートを見つけた。小学校の先生の日記で、そこにはその先生の日常や悩みが描かれていた。
沢尻エリカの「別に」騒動で映画化時に話題になっていたこの作品。僕はむしろ雫井脩介らしくないラブストーリーテイストな作品ということで注目していた。刑事事件やミステリーに定評のある作家なので、ある程度ハズレ作品であることも覚悟して手に取った。
物語は大学生である加絵(かえ)の友人関係や恋愛、アルバイトなど日常を描いている。内容として特に大きなテーマがあるわけでもないが、加絵(かえ)の文房具屋でのアルバイトの風景から万年筆というもに非常に興味を掻き立てられた。
多くの読者は物語中盤でその結末に気づくことだろう。ありふれた結末とありふれた泣かせの手法。他の読者がこれをやると途中で醒めてしまうのだが、本作品についてはしっかりと泣かせてもらうことができた。

アウロラ
イタリアの文具メーカー
スーベレーン
文具メーカーペリカンの万年筆の1シリーズ
サンテグジュペリ
フランスの作家・飛行機乗り。郵便輸送のためのパイロットとして、欧州-南米間の飛行航路開拓などにも携わった。読者からは、サンテックスの愛称で親しまれる。
マーク・トウェイン
アメリカ合衆国の作家、小説家。「トム・ソーヤーの冒険」の作者。
参考サイト
アウロラ
星の王子さまファンクラブ

【楽天ブックス】「クローズド・ノート」

「イコン」今野敏

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
有森恵美(ありもりめぐみ)というアイドルのイベントの最中に殺人事件が起きた。警察は事件の解決に動き出すが、肝心の有森恵美(ありもりめぐみ)というアイドルの実態を関係者の誰も知らないという不思議な事態に戸惑う。
本作品はインターネットが日常になる以前の1990年代中ごろを舞台としているため、キーとなるオンラインのやりとりはもちろん「インターネット」ではなく「パソコン通信」とである。そして、そのコミュニケーションはほんの一部の人間のみが楽しむものとして描かれている。
そして、有森恵美(ありもりめぐみ)というオンライン上から広まったアイドルの奇妙な存在を描くことで、アイドルという存在の変化、ファンにとってアイドルという存在の意味を考えさせられる。
物語の二つの主な視点である安積(あづみ)は事件を担当する所轄の刑事として捜査を行い、偶然第一の犯行に居合わせた少年課に勤める宇津木(うつぎ)は、旧友である安積(あづみ)の仕事に対する姿勢への嫉妬と、初めて触れる文化への興味から事件を調べ始める。
宇津木(うつぎ)は実在が確認できていないのにアイドルが多くのファンを抱えることに戸惑うが、自分が若かったころのアイドルもテレビを通じて顔が見れて声が聞けただけで、実際にあったことがあるわけではないのだと、思い至る。
そして真実に迫る過程で、新しい文化と向き合ったときの、とても柔軟とは言い切れない対応に走る警察組織の脆さも描かれている。容疑者としてネットアイドルの名前を挙げただけでその人物をタレント名鑑から探そうとした警視庁刑事の大下(おおした)の行動などはその典型と言えるだろう。

刑事たちはどんな怨恨の話を聞かされようが平気だ。だが、、非現実的な話にはそっぽを向いてしまう傾向がある。警察というのは、法律で縛られている世界だ。そして、法律というのは、きわめて現実的なものなのだ。

特異な事件を中心に、変化する若者文化を変化するメディアへと関連付けて描いている。80年代にベストテンやトップテンなどの番組に代表されるようなアイドルをもてはやした番組が90年代に入ってなくなり、アイドルがゴールデンタイムから姿を消す、そんな文化の変化を説得力のある形で説明しており、ただの刑事物語とは一線を画す作品に仕上がっている。
本作品は「時代が今野敏に追いついた」のキャッチコピーの帯とともに店頭にひだ積みされていた1冊。確かに本作品の内容は、初版発行の1998年よりも、インターネットが人々の生活に広まった今だからこそ理解される作品なのかもしれない。

【楽天ブックス】「イコン」

「サヨナライツカ」辻仁成

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
入籍を控えた東垣内豊(ひがしがいとうゆたか)は、バンコクで真山沓子(まやまとうこ)という女性と出会う。日本で待つ婚約者、光子(みつこ)に対する罪悪感を感じながらも、豊かは沓子(まとうこ)に惹かれて行く。
名作と呼ばれながら読んでいない本が、僕にもたくさんある。本作品も自分にとってはそんな中の一つで、タイトルだけはかなり前からたびたび耳にしていた。
一言で言うなら、時代を超えたラブストーリーと言えるだろう。中盤までは1975年の出会いを描き、中盤以降は2000年以降の物語となっている。「二股」とか「不倫」と言うと汚らわしいイメージがあるが、「立場や体裁を気にせず誰かを好きになる」と言うとなんだか美しく聞こえてくるから不思議である。そして、終盤には涙を誘う展開が待っている。
「世界の中心で愛を叫ぶ」など、この類の本と出会うと必ずといっていいほど僕は思うことであり、今回も同様に言わせてもらうが、涙を誘うだけの物語を創るのはそれほど難しいことではない。悲しい人生をその主人公に感情移入できる形で描けばいいのだから。涙を誘ったうえで心の中に何か大きなものを残してこそ傑作といえるのだと僕は思うのだ。残念ながらこの作品は、涙を何ccか外に出しただけで心の中にはほとんど何も残らない作品だった。
しかしそれではあまりにも悲しいので、本作品の肝となる言葉を引用する。

人間は死ぬとき、愛されたことを思い出すヒトと
愛したことを思い出すヒトとにわかれる。
私はきっと愛したことを思い出す

【楽天ブックス】「サヨナライツカ」

「名もなき毒」宮部みゆき

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5

連続無差別毒殺事件が世間を騒がしていた、そんなとき、大企業の社内報編集部に勤める杉村三郎(すぎむらさぶろう)を含めた社員たちは、アルバイトである原田(げんだ)いずみの感情的過ぎる行動に悩み解雇することを決意する。
世の中で大きな連続殺人事件が起きているとはいえ、多くの人は自分は無関係なのだと、どこか他人事で過ごしている。なぜなら誰もが多少なりとも悩みを抱えているからだ。娘の喘息のこと、母親の介護のこと、職場の人間関係など、世間的に見れば小さな悩みでも本人にとってはそれが悩みの大部分を占める大問題なのである。
それでも物語の視点となる杉村(すぎむら)は、毒殺被害者の孫で女子高生の美知子と出会うことによって、それは他人事ではなくなる。そして関係者と会話を重ねるうちに気づいていく。世の中の多くの場所に、人の体を蝕む物質が、人の心を蝕む空気や環境が存在するということに。この物語はそれを総称して「毒」と読んでいる。名もなき、正体不明の「毒」だ。
そして、そんな「毒」はふとした瞬間に人の心に悪意を芽生えさせ、さらには悪へと走らせる。本来ならそれを周囲の人間が気づいて止めてやらなければならないのだろう。

正義なんてものはこの世にないと思わせてはいけない。それが大人の役目だ。なのに果たせん。我々がこしらえたはずの社会は、いつからこんな無様な代物に落ちてしまったんだろう。

でも、都会で生きている僕らは周囲に無関心で、塀を一枚隔てた先で何が起きているか、誰が住んでいるかを知らない。悪意を咎めてくれる友達も、大人もいなければ、その悪意は犯罪という形の悪へと変わっていき、不幸の連鎖が始まる。

なんで、僕だって少しは楽をしたいと思わなくちゃならないんだろう。少しどころか山ほどの楽をしている若者が、この世の中には掃いて捨てるほどにいるのに。何も願わなくても、すべてかなっている人たちが大勢いるのに。

この物語は世の中の何かが悪いと訴えているわけではない、しかし、世の中には犯罪因子がいくつも存在するという事実を突きつけてくる。ふとしたきっかけで世間を騒がす事件に変わる。僕らが普段目を向けていないだけだ。
宮部みゆきらしい視点と展開。悪くはないが、期待値はもっと大きいのだ。
【楽天ブックス】「名もなき毒」

「セリヌンティウスの舟」石持浅見

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
年齢も職業もバラバラの6人は石垣島のダイビング中に起きた遭難事故によって絆を深める。しかしそれから数ヶ月、そのうちの1人である米村美月(よねむらみつき)が自殺を遂げた。彼女は仲間を裏切ったのだろうか。鎮魂のために、その死の疑問点について残された5人が考え始める。
物語の大半は、ダイビングメンバーの1人で最年長者の三好(みよし)の部屋の中でのみ展開することとなる。小さな世界の中で、知性あふれる人たちが問題や謎を解決するために言葉を交わして真実に近づいていくのが石持浅見作品の特徴である。今回の物語も登場人物は死んだ美月(みつき)を除けばわずか5人で、そのうち真実への近づくための牽引役となるのは、どちらも冷静で論理的思考回路を持つ磯崎義春(いそざきよしはる)と吉川清美(よしかわきよみ)である。
発端は、なぜ美月(みつき)は自殺の際に青酸カリの入った瓶のふたを閉めることができて、なぜその瓶は転がっていたのか。ということである。小さな不審点に対して異常とも思えるこだわりを持ってすべての可能性を検討する5人。そのやや強すぎるこだわりと、すべての人間が合理的な行動をするはずだという考え方の2つの不自然さにさえ目をつぶれば、石持浅見作品は大いに楽しむことができる。
そして往々にしてこの著者の物語の結末には、ゾクリとするような瞬間が用意されている。だからこそ僕は、やや広がりに欠けるという不満をこの著者の世界観に感じながらも、繰り返し作品に手を伸ばすのだろう。また、今回は「セリヌンティウス」という言葉も僕の目には新鮮に映ったのだ。

わからない。セリヌンティウスには、メロスがどうやって帰ってきたのかがわからない。

今回も石持浅見らしいラストが用意されていた。残念ながら僕の心をわしづかみにするほどのものではなかったが…。
【楽天ブックス】「セリヌンティウスの舟 」

「破滅への疾走」高杉良

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大手自動車メーカーとその労働組合の間の抗争を描いている。
何万人もの社員を抱えるほどの大企業であれば、そこに勤める人にとってはそれは世界も同然であり、生活の中の大きな割合を占めることだろう。だからこそ人事権を持っている人間の決定が人生をも左右する。そうやって大企業の中の恐怖政治は進んでいくのだろう。
そしてそんな企業の中で、各幹部たちは、各々の権力や情報を武器に、社内の人間関係を渡り歩く。人によっては企業や社員のために働く立派な人間もいるが、一方で、自分の財産や権力を守るためという人間もまた少なくない。
本作品は、労働組合の長となり、企業の人事権にも影響を及ぼすまでに力をつけた塩野(しおの)という男を主に描いている。自らの権力に執着するその行動はにわかには信じられないほどの徹底ぶりだが、これが現実に起こった日産自動車の労働組合との抗争をモデルにしているというから興味深い。そして、物語の登場人物の多くも実在した人間をモデルに描かれており、物語の軸となる塩野(しおの)も現実に存在した塩路一郎(しおじいちろう)に由来する。だからこそ単にフィクションとしては片づけられないリアリティを醸し出すのだろう。
物語自体は大きな山や谷もなく進められており、客観的な目線で終始展開するため登場人物の深い心情描写などはされていない。そのため詳細に描写された歴史年表を見ているような感覚であり、読者を引き込む巧みな描写力などとはとてもいえないが、一つの大企業内で起こる問題点やそれに対する対策や駆け引きなど、おおいに興味を喚起させられる作品だった。

【楽天ブックス】「破滅への疾走」

「少年の輝く海」堂場瞬一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
瀬戸内海の瀬戸島に山村留学にきた中学二年生の鳥海浩次(とりうみこうじ)は、娯楽のない島の生活に飽き飽きしていた。それでも同級生の水谷計(みずたに)が海に沈んだ財宝の地図を見せてから、退屈な生活が動き出す。本作品はそんな島で過ごす少年たちの生活を描いている。
僕の半分も生きていない中学二年生の彼らだが、いろいろな悩みを抱えて日々の生活を送っている。同じクラスの女の子と口を喧嘩したり、沈没船を探して海に潜ったり、と、大人になった僕らから見れば、彼らの悩みはとても「悩み」と呼べるような類のものではなく、彼らの経験する大事件も些細な出来事に見えてしまうのだが、14年しか生きていない彼らにとっては、その経験のうちの何個かが一生心に残る大切な思い出になるのだろう。
そんなふうに、自分の中学生時代を思い出して、少し懐かしく、少しそんな彼らに嫉妬させてくれるような作品であった。もう何年も前に読んだ氷室冴子の「海が聞こえる」と似た匂いを感じた。
時には肩の力を抜いたこんな読書も悪くない。

サルベージ
沈没船の引揚作業。海難救助。(はてなダイアリー「サルベージ」

【楽天ブックス】「少年の輝く海」

「迷走人事」高杉良

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
離婚後、大手アパレルメーカーに復職した竹中麻希(たけなかまき)は、広報部の戦力としその力を発揮する。社内の人間関係や将来に悩む女性視点で企業の内部を描いている。
物語の中には大きな山場もなく、一つの企業の日常が淡々と展開されていく。社長の交代劇や業務提携に伴うマスコミ対策などの、上場企業ゆえの業務のほか、訪問販売大手との提携、カタログ販売への進出などアパレルメーカーの企業戦略も盛り込まれている。
また業務以外では、竹中麻希(たけなかまき)と次期社長と目される松岡浩太郎(まつおかこうたろう)そして、麻希(まき)に思いを寄せる営業のホープ、秋山弘(あきやまひろし)の3人の人間関係が軸となって展開する。
ラストは若干物足りなさも覚えたが、アパレルメーカーなど、自分のかかわりのない業界に大しても十分に興味を掻き立ててくれた作品である。
【楽天ブックス】「迷走人事」

「告白倒産」高任和夫

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大手百貨店の総務部長の倉橋(くらはし)は百貨店の業務に関連して警察に任意同行を求められる。執拗な取調べに対して対応するうちに次第に、会社の対応が厳しくなっていく。
序盤の警察での取調べシーンでは、百貨店の総会屋との付き合いについて書かれている。

わたしらつきあっている範囲の総会屋は、べつに怖くないんですよ。怖いのは暴力団でね。警察は頼りにならないが、総会屋はそんなときおさえてくれる。はっきりしているのは、こんな便利な人間を雇っておけるなら、二千万円なんて安いもんだ。役立たずの社員二人分だ。

理想ばかりでは大きな会社の経営維持的ないというのは事実なのだろう。どこまでが罰せられる犯罪で、どこからが見逃してもらえる犯罪なのかを探りながら、世の中を渡っていくしかないのだろう。それは言い換えれば、警察を含めた世の中のさじ加減でそれらの罪はいつでも「罰せられる罪」に変わるのである。
世の中に認知され、そのイメージが大きく業績を左右するような企業は、その判断ミスが命取りになる。ライブドア事件や、最近では日本教職員組合の会合を拒否したプリンスホテルの対応を思い出した。
百貨店業界の裏を濃密に描いた経済小説を期待して読み始めたのだが、残念ながら期待に応えてくれたのは最初だけで、後半はあまり個性のないミステリーで終わってしまった。高任和夫という作家自体、経済小説を思わせる題名の書籍を多く出版しているようだが、この内容を考えると、今後もその作品に手を伸ばすかどうかは悩むところである。
【楽天ブックス】「告発倒産」

「ギャングスター・レッスン」垣根涼介

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
渋谷で若者たちを率いていたアキはチーム解散後、裏金窃盗集団の一員になると決めた。柿沢(かきざわ)、桃井(ももい)という2人の犯罪プロフェッショナルの下で、訓練と必要な知識を学び始める。
時間的には「ヒートアイランド」と「サウダージ」の間に位置する。アキを描いたこの作品は垣根涼介のほかの作品に比べて、社会問題や人間の内なる悩みなどのテーマ性が薄いが、気軽に読める手軽さがある。
表の顔を裏の顔を持つアキを含む3人。法律の及ばない生活だからこそ、口にしたことは必ず守ろうと努力する姿勢と、いつでも冷静に物事に対応できる者が信用を勝ち取る。戸籍を売っているホームレスや武器の密輸を手伝うコロンビアの日本人たちとのエピソードから見えるのは、結局どんな状況にも共通する人間の重要な部分である。
アキ以外にも、未来に悩むヤクザの柏木(かしわぎ)や、コンパニオンのバイトをしているアケミにも目線が移る。肩で風を切って歩くヤクザも、綺麗な顔をしたコンパニオンも、みんな理想と現実のギャップに悩みながら生きている。読んでいるうちに世の中のすべての人が可愛い憎めない存在に思えてしまうから面白い。このどこか爽快な感じは垣根涼介作品に共通する空気である。
【楽天ブックス】「ギャングスター・レッスン」

「償い」矢口敦子

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
ホームレスとなった元医者の日高は、たどり着いた町で、一人の少年と出会う。その少年は13年前に日高(ひだか)が命を救った人間だった。時を同じくしてその町では社会的弱者を狙った連続殺人事件が起こっていた。日高は刑事に依頼されて真相の解明に一役買うことになる。
本作品では幼いころに日高(ひだか)が命を救った少年、真人(まさと)と日高(ひだか)が人間の生き方についてお互いの考えを言い合う展開が多く描かれている。複雑な家庭環境の中で育ったがゆえに、少し風変わりな人生観を持つ真人(まさと)、そして、その過去ゆえに自分の送ってきた考え方を「正しい」とは言い切れない日高(ひだか)。正解のないそんな問いかけが最後まで物語を包んでいる。
特に、この作品の中で繰り返し行われている問いかけは、命を救うことが必ずしも本人にとっていいことなのか?ということである。結果的に不幸になるのであればあえて命を繋ぎ止めないどころか、時にはその命を終わらせてあげることも必要、と主張する真人(まさと)の考え方を、日高(ひだか)は否定することができない。
そして、日高(ひだか)は連続殺人事件と真人(まさと)の関連に気づき始める。

私はとんでもない過ちを犯したのだろうか。善だと信じた行為が、悪への加担だったのだろうか。

ホームレスとなった日高(ひだか)の過去が少しづつ明らかになるとともに、真人(まさと)の家庭環境も少しづつ見えてくる。
興味深いテーマではあるが、ラストは、そんな少しづつ物語を覆ってくる不穏な空気に見合う結末とは言いがたい。読むタイミングが異なればもっと感動できたのかもしれない。
【楽天ブックス】「償い」

「扉は閉ざされたまま」石持浅見

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大邸宅で行われた同窓会の最中に、伏見亮輔(ふしみりょうすけ)は新山(にいやま)を事故に見せかけて殺した。しかし、参加者の中には並外れた洞察力を持つ碓氷優佳(うすいゆか)がいた。
登場人物は7名のみで、ほとんど殺人の舞台となる大邸宅のみで物語が完結する王道のミステリー。犯人である伏見(ふしみ)が新山(にいやま)を殺すところから物語は始まり、そのまま犯人である伏見(ふしみ)の目線で展開していく。
同窓会参加者の優佳(ゆか)がずば抜けた洞察力の持ち主であることも早い段階で描かれるため、多くの読者が早々に物語の最後を推測できることだろう。最終的には優佳(ゆか)が真相を解明し、犯人が伏見(ふしみ)であることに気づくのだろう、と。
だからこそ、多くの読者は伏見(ふしみ)の言動を注意しるのだ。一体どこで優佳(ゆか)が真相を突き止めるためのボロを出すのか、と。僕もそうやって物語を読み進んでいったが、残念ながら優佳(ゆか)の気づいた小さなてがかりに僕自身は気づくことができなかった。(もちろん小説ゆえになせる業だと信じたいところだが)そして、そんなミステリーの王道ともいえる物語展開に加えて、本作品は臓器提供という未だ日本では広まっているとはいえない文化についても言及しており、個人的にはその考え方も物語に負けず劣らず印象的であった。
久しぶりにミステリーらしいミステリーを読んだ。石持浅見作品は本作品で3作目の読了になるが、いずれも非常に狭い範囲で物語が完結する点が特徴的である。例えば「月の扉」はハイジャックされた飛行機と飛行場のみで物語が終わり、「水の迷宮」は水族館という狭い建物の中だけであった。もう少し広く現実世界をうまく取り込んだ作品もあるのであれば読んでみたいものだ。
【楽天ブックス】「扉は閉ざされたまま」

「上陸」五條瑛

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
会社勤めを辞めた兄貴分の金満(かねみつ)、若い前科者の安二(やすじ)、本国の家族のために働く不法滞在者のアキム。3人は共同生活を送りながら建設現場で働く。そんな3人の少し変わった生活を綴った。
格差社会の底辺とも言えそうな3人の生活。そこには僕らが知らない出来事が毎日のように起こり、そして彼らには彼らのルールと常識がある。
特に、不法滞在者であるアキムの生活や人間関係の中には、アジア諸国の人たちの生活が見える。そして本国へお金を送金するつもりで日本に密入国したが、日本にある多くの誘惑の中で、信仰をなくし、質素な生活から離れていく不法滞在者が多く存在するこエピソードが描かれていて、なぜ不法滞在者が犯罪に走るのかがわかるような気がする。彼らは悪ではなく、弱いだけなのだ。

どんな金でも、金は金です。それがなければ生きていけない。ボクも家族も

日本で生まれ育った人は、弱ければ誰かに頼って生きようとするだろう。しかし、彼らは、犯罪に走ることしか知らない。彼らの育った国がそういう文化だったのだから。そんな海外の事情とあわせて、日本がアジアの特殊な存在であることも改めて感じさせてくれた。

俺は家族に話すよ。東の果てにはいろいろなものがあった。見たこともない物で溢れていた。俺の言葉じゃ説明できないくらい、いろいろあったんだよって、そして、いろいろな人間がいたよって。いい人も悪い人もいた。でも俺は幸運だった。

HALAL
コーランの用語で、 「許された」または「合法の」という意味。HALAL食品は、アラー(神)により食べることを許されたもので、HALAL食品を摂ることは すべてのイスラム教徒の義務とされている。

【楽天ブックス】「上陸」

「邂逅の森」熊谷達也

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第131回直木賞受賞作品。
大正から昭和の始め。マタギという生き方をした松橋富治(まつはしとみじ)という男の人生を描く。
この時代を扱った物語に触れる機会が少ないためか、物語中の多くの出来事が新鮮に映った。なによりも富治(とみじ)とその仲間の猟の様子は非常に細かく描写されており、山や獣といった、現代ではないがしろにされているものに、多くの読者が関心を抱くだろう。
山の神の存在を心のそこから信じているわけではないが、山の神を怒らせるようなまねを敢えてしようとも思わない。急速に近代化へと進む時代の中で、富治(とみじゅじ)の考え方も少しずつ変化していった。ただ、それでも何か説明できない大きな力が働いているのだという思いは捨てきれない。そんな不思議な感覚は、現代に生きている人間の中にもあるのではないだろうか。
現代人が忘れてしまった大切なものの存在を訴えかけてくるような作品である。
【楽天ブックス】「邂逅の森 」

「曙光の街」今野敏

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
お金もなくロシアの冬を過ごしていた元KGB諜報員ヴィクトルの元へ、昔の上司で今はロシアンマフィアとなったオギエンコが、日本のヤクザを一人殺してほしいという依頼をする。ヴィクトルは仕事のために日本へ渡り、また日本の公安もその情報をキャッチする。
物語中には3人の目線が用意されている。日本にやってきたヴィクトルと、日本の公安警察の倉島(くらしま)、そして、ターゲットとなるヤクザの下に就いている暴力団の兵藤(ひょうどう)である。
国のための諜報活動、プロ野球、3人はいずれも、かつては何かに本気で取り組んでいた男。それが時の流れとともに、惰性で生きるようになっていた。そんな彼らだが、ヴィクトルという男の生き方に触れることで、少しずつ「自分が求めていた何か」に気づいていく。
そしてその過程で日本とロシアが比較される。日本は不況と言えども飢えることなどない。不幸な生い立ちといえども生きていける。あらゆる面で日本という国で生きている人は甘えた考えを持っているということが繰り返し描写される。実際、ヴィクトルや、娼婦として日本に連れてこられたエレーナの生き方や過去は僕ら日本人の想像できる範囲をはるかに超えていて、逆にかっこよくすらある。
ヴィクトルも何度も日本の未来を嘆く。

平和な国だ。だが、自ら血を流して手に入れた平和ではない。生まれたときから与えられていた平和だ。そうした平和は人を腐らせる。危機感を失った国民。本当の危機がやってきたとき、対処する方法がなくてただ慌てふためくだけに違いない。

実際その通りなのだろう。この国は見栄さえ張らなければ何もしなくても生きていける国。そんな国に生きて危機感を常に持っているというほうが無理なのかもしれない。しかしそんなぬるま湯のような生活に浸っていても何か自分の内なるものを磨くような生き方は出来るはず。ヴィクトルと対峙した公安の倉島(くらしま)や暴力団の兵藤(ひょうどう)が見せた心の変化がそのためのヒントなのかもしれない。
【楽天ブックス】「曙光の街 」

「TVJ」五十嵐貴久

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
お台場にあるテレビ局が生放送中に武装集団によって占拠された。経理部に勤める女性社員の岡本由紀子(おかもとゆきこ)も事件に巻き込まれるが、恋人を救うために行動を起こす。
「女性版ダイハード」とか「女性版ホワイトアウト」と聞いていた本作品だが、感想はというとどちらとも言えない新しい物語という印象。なぜなら、ダイハードのブルースウィルスもホワイトアウトの織田裕二も賢かったのだが、本作品のヒロイン、由紀子(ゆきこ)は時々賢そうな素振りを見せることはあっても、プラスチック爆弾どころかパソコンも操作できないどこにでもいそうな無知な女性なのだ。
本作品は最初に由紀子(ゆきこ)の結婚願望から始まる。

あの頃までは、本当に心からお祝いが言えたと思う。幸せになってね、と祈ることが出来た。ちょっと待ってよ、と思うようになったのは、次の年の六月から秋にかけていきなり四人の友達が結婚した時だ。

これで多くの読者が彼女の味方になってしまったのだろう。相変わらず五十嵐貴久の読者を一気に物語に引き込む技術には感心するばかりである。
また、犯人グループの警察を欺くその手口も本作品の大きな魅力の一つである。五十嵐貴久作品に触れたのはこれで4回目だが、この著者の作品にハズレはないと感じた。


参考サイト
金嬉老事件

【楽天ブックス】「TVJ」

「孤狼 刑事・鳴沢了」堂場瞬一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
1人の刑事が自殺し、1人の刑事が失踪した。鳴沢了(なるさわりょう)と今敬一郎(こんけいいちろう)は失踪した刑事を探すことを命じられる。
今回、「寝不足書店人続出?」というキャッチの帯に魅せられ、こうやって「刑事・鳴沢了シリーズ」を初めて手に取った。しかし、本作品中の事件が原因か、それとも、堂場瞬一(どうばしゅんいち)という作家の個性なのか、とりたてて物語にスピード感が感じられなかった。むしろ地道な捜査を続けて真実に少しずつ近づいていくという印象を受けた。
鳴沢了(なるさわりょう)という刑事にもそれほどの魅力は感じなかった。むしろ、昔の相棒とされる小野寺冴(おのでらさえ)という元女性刑事に魅力を感じたのは、単に自分が男だからだろうか。
物語の中でいくつか警察内部の派閥が出てくる。派閥に属して自分の派閥の人間をトップに推すからこそ、警察内部で安心して仕事に取り組むことができるという考えを持つ刑事と、派閥などくだらないと考える鳴沢(なるさわ)や今(こん)。もちろんそこに明確な答えなどなく、著者も鳴沢(なるさわ)も「こうあるべき」と考えを読者に押し付けないところに、好感が持てた。
そして、終盤の鳴沢(なるさわ)のように「今の自分の行動は正しいのか」と葛藤する姿は、読者に共感を与えるために必須な人間味であり、この辺が「刑事・鳴沢了シリーズ」の魅力の一つなのではないだろうか。
今回、刑事・鳴沢了シリーズに初めて触れたのだが、どうやら本作品はシリーズの中では4作目であり、中途半端なところから読み始めてしまったようだ。物語中の会話などから推し量ると、本作品の前の3冊にも大きな動きがあったのだろう。機会があったらそちらも読んでみたい。ただ、本作品に限っていえば「寝不足書店人続出?」というのは褒めすぎだろう。
【楽天ブックス】「孤狼 刑事・鳴沢了」

「イントゥルーダー」高嶋哲夫

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
コンピュータ開発のスペシャリストである羽嶋浩司(はしまこうじ)は、ある日、数年前に別れた女性から松永慎二(まつながしんじ)という自分の知らない息子の存在を告げられる。しかもその息子はひき逃げにあって生死の境を彷徨っているという。会話さえしたことのな息子は一体事故の直前に何をしていたのだろう。
著者の高島哲夫の別の作品である「原発占拠」と同様に、この作品でも原子力発電所という人類のエネルギー減でありながら危険性のある施設をテーマにしている。主人公である羽嶋浩司(はしまこうじ)が一流のエンジニアであるため、原発に肯定的な考え方を持つ。しかし、物語中では「完璧なものなどありえない」という、科学への過信を警戒するような意見が散りばめられているから。「では最終的に物語はどこに落ち着くのか」と読者の興味を喚起するのだろう。

科学でなんでもわかるのはけっこうだが、それがどうしたと言いたいね。冬は寒い、夏は暑い。昔からそうだった。それに反して、冬でも夏でも同じように暮らそうとするから無理が生まれるんだ。
絶対に安全でなければならない。百パーセントの安全性。そんな技術は存在しない。だから原発には反対すべきなんだ。

新しい事実を知るにつれて少しずつ羽嶋(はしま)の心の中で形を成して息子・慎二の人間性。それは少しずつ羽嶋(はしま)の内面にも変化が起こす。

部長の優しさは、相手をいたわるのではなく、能力のない者をあわれむ優しさでした。それって、百倍も傷つくってことご存知でしたか

高島哲夫らしく、映像が浮かんでくるようなスピード感あふれる物語展開は本作品でも健在。ただ、後半はやや二転三転させすぎた感がある。あまりにも物語をもてあそび過ぎると真実味が薄れ、「つくられた話」感が強調されてしまうという印象を受けた。
高島哲夫は本作品でも一貫して一つの立場を取っている。技術は人類を幸せにするもので破壊するものではない。チェルノブイリなどのような出来事は、利益に走った権力者やうぬぼれた科学者の心が招くものだ。そういう考え方である。
原発に対して僕自身は否定の立場も肯定の立場も取っていないが、原子力発電によって電力を供給しておいて、「ほら、あなた方が使うから原発は必要なんだ」と訴えるのはいかがなものかと思う。僕らがそのエネルギーを利用しているのは、原発が必要だという意思の現われではなく、単にそこにエネルギーがあるからなのだ。本当に原発の是非を問うには国民投票を行う以外にないのだろう。
【楽天ブックス】「イントゥルーダー」

「査察機長」内田幹樹

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
新米機長の村井知洋(むらいともひろ)は成田発ニューヨーク息の敏で社内のチェックを受ける。チェッカーは仲間から恐れられる氏原政信(うじはらまさのぶ)であった。
物語の視点は、新米機長である村井(むらい)と、ベテラン機長である、大隈(おおすみ)の間を行き来する。僕を含めた読者には日付変更線を日常的に超える環境にいる人間の考え方がとても新鮮に感じることだろう。
著者にとっては日常的なのだろうが、コックピットのやりとりなどのすべてが興味深く読むことができた。美しい飛び方を追求しようとする村井(むらい)と、乗客の年齢からほんのわずかな揺れにまで気を使って飛行機を飛ばすべきという氏原(うじはら)。僕の人生にほとんど接点のない生き方であるにもかかわらず、そんな中にも個々の仕事へのこだわりが見えるところが面白い。
特別引き込むような文章力は感じられず、淡々と物語が進んでいくが、航空会社で働いていたという題材だけでそれを補うだけの物語になるから面白い。


マッキンリー山
北米最高峰の山、標高は6194m。
バシキール航空2937便空中衝突事故
2002年7月1日深夜、ドイツ南部の上空において、ロシア民間旅客機のバシキール航空2937便と国際宅配会社DHLの貨物機DHL611便が空中衝突し、墜落した事故である。(Wikipedia「バシキール航空2937便空中衝突事故」
杉原千畝(すぎはらちうね)
ナチスによる迫害からおよそ6000人にのぼるユダヤ人を救ったことで世界中に広く知られている。(Wikipedia「杉原千畝」

【楽天ブックス】「査察機長」

「空中ブランコ」奥田英朗

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第131回直木賞受賞作品。
やたらと注射をしたがる妙な精神科医伊良部一郎(いらぶいちろう)と彼の病院を訪れる患者の物語の第2弾。
全体で5編から成り、それぞれブランコで飛べなくなった空中ブランコ演技者。尖ったものが怖くなったヤクザ。送球ができなくなったプロ野球の三塁手。羽目をはずしたい医者。ネタに困った恋愛小説家。という患者を描いている。それほど重いテーマというわけでもなく、伊良部一郎(いらぶいちろう)という主人公がそれほど魅力的なわけでもない、それでも読者を引き込むテンポの良さは、奥田英雄の作品には常にあり、今回も例外ではない。
しかし、ただのドタバタ劇という感じがして、途中、このまま読み終わって、自分の中になにも残らない「読書のための読書」で終わりそうな予感を抱いたりもしたが、ラストの恋愛小説家を描いた物語にはメッセージを感じた。
小説家を描いているだけに、きっと奥田英朗自身の過去なども反映していることだろう。周囲に流される人が多いからいいものが評価されない。大したものでなくてもメディアが飛びつけば売れるし、評価される。いいものを作っても評価されるわけでもなく売れるわけでもない。かといって売れるものを作っても自分の中の満足感は満たせない。そんなクリエイターなら誰もが感じたことのあるジレンマを見事に描いている。
恋愛小説家の友人のフリーの編集者が言う台詞が印象的である。

この国で映画の仕事をやっているとこんなのばっかだよ。ここで報われないとこの人だめになる、だから神様お願いですからヒットさせてくださいって天に手を合わせるんだけど、それでも成功することの方がはるかに少ない。わたしは彼らを前にして思うよ。せめて自分は誠実な仕事をしよう、インチキだけには加担すまい、そして謙虚な人間でいようって──

作者でなく、編集者という作品と作者を客観的に見れる立場の人間の台詞なだけに見事に世の中の矛盾を言っているように感じる。それぞれの人たちが自分の目、自分の耳で、いいモノわるいモノを判断できればこんなジレンマはなくなるはずなのに、日本という国の国民はその意識が極端に低い。それは国民性として受け入れるしかないが、自分のモノに対する姿勢については考えさせられる。
直木賞という評価も最後の作品に因るところが大きいのではないだろうか。


イップス
精神的な原因などによりスポーツの動作に支障をきたし、自分の思い通りのプレーができなくなる運動障害のことである。本来はパットなどへの悪影響を表すゴルフ用語であるが、現在では他のスポーツでも使われるようになっている。(Wikipedia「イップス」
キュレーター
美術館の学芸員。

【楽天ブックス】「空中ブランコ」