オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第3回大藪春彦賞受賞作品。
北朝鮮の工作員チョンが日本に潜入した。葉山(はやま)はチョンの残したものを分析してその足取りを追ううちにしだいにチョンの人間性が明らかになっていく。
北朝鮮、日本、アメリカと国をまたいで繰り広げられる諜報活動。そんな中で生きる人々を描く。僕らは諜報活動やスパイと言った言葉を聞くと、そこに関わる人々は、どこか冷血で非人間的な印象をもっているが、むしろ本書で中心となるのはその生まれ育った境遇故に、国家間の陰謀に巻き込まれていったむしろ不幸な人々である。
物語はチョンと、チョンを追う人々と、人間としてのチョンと関わる事に成った、その家族の視点で描かれる。北朝鮮に住む、チョンの家族の目線では、その言論統制の厳しさが見え、また日本に潜入したチョンの目線からは日本の物質的な豊かさが感じられるだろう。
諜報活動を扱った物語は、往々にしてわかりやすい展開にはならず、どこか難しい印象が常にあり、そういう点では本書も例外ではない。ただ、国の違いに置ける文化や豊かさの違いなどが感じられる点が新しい。
【楽天ブックス】「スリー・アゲーツ 三つの瑪瑙」
カテゴリー: ★3つ
「光媒の花」道尾秀介
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第23回山本周五郎賞受賞作品。
人々の人生を切り取った6つの短編から成る物語。
母と息子、兄と妹、先生と生徒。この世界にある様々な人間関係のなかの6つを描いている。想い通りにいかないやり切れなさや希望のない未来は、自然と人の心を過去に向かわせるのだろうか。どの物語も、楽しいわけでも悲しい訳でも、希望を与えてくれるわけでもないが、なにか染み入ってくるものがある。
特徴的なのは、どの物語も植物や昆虫が象徴的に登場する点だろう。笹の花、キタテハチョウ、シロツメクサ、カタツムリ。幼い頃は昆虫や植物と触れる機会も多かったのに大人に成るに連れてそんな時間もとれなくなる。だからこそ植物や昆虫は過去の思い出とリンクするのだろうか。
この物語全体に漂うしみじみとした雰囲気は、周五郎賞受賞を納得させてくれる。
【楽天ブックス】「光媒の花」
「ALONE TOGETHER」本多孝好
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
殺した女性の娘を守って欲しいという依頼を受けた「僕」はその中学生の女性、立花サクラに近づいく。
一度は医者を志しながらもその道を諦めて塾の講師として働く「僕」はその特殊な能力で人の心に踏み込んでいく。誰もが自分自身が一番大切でありながらも人との関係を求めるのはなぜなのだろう。人間関係というものについて考えさせられるかもしれない。
独特なリズムと雰囲気を持った本多孝好の世界。簡素な台詞や控えめの感情描写で、物語中の意味の多くを読み手に委ねてしまっている点は読者に寄って好みの別れる部分だろう。
【楽天ブックス】「ALONE TOGETHER」
「Before I Go To Sleep」S J Watson
短期記憶しかもつことのできないChristineは一晩眠ると前の日の記憶を失ってしまう。だから毎日日記をつけることで前の日に起こった事がわかるようにした。彼女の毎日は、隣で眠る知らない男を夫と認識する事から始まる。
ここ数年短気記憶を扱った物語をたびたび目にする。「博士の愛した数学」「50回目のファーストキス」など、どちらかといえば、短期記憶しか持たないということを、毎日毎日を大切に生きる、ということにつなげる内容が多いように思うのだが、本書はもっとそれをミステリアスに使っている。
医者が言う事と、夫が言う事、そして自分が日記に書いている事に矛盾があるためにChrristineは悩む。そして同時に、今知った事を明日には忘れてしまうという恐怖も味わうのである。息子がいるのかいないのか、息子は生きているのか死んでいるのか、そもそも自分が記憶を失ったのは、交通事故なのか暴行をうけたからなのか。ときどき脳裏に浮かぶ記憶の断片が、少しずつChristineの過去を明らかにしていく。
もはや展開としてはどんな結末にもできる流れだったので驚きはなかったが、一つの物語の試みとしては面白い。
「ブルー・マーダー」誉田哲也
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
池袋で暴力団などを狙った殺人事件が連続して起きる。やがてその殺人者は「ブルーマーダー」と呼ばれるようになる。
姫川玲子シリーズの第6弾にあたり長編となっている。シリーズ第4弾「インビジブルレイン」の出来事によって所轄書に移動になり、それまでの姫川班とも離れる事になった玲子(れいこ)。そこで発生した殺人事件、「ブルーマーダー」を追う事になる。
シリーズすべてに共通する事であるが、事件を解決しようとする玲子(れいこ)だけでなく、犯罪者の側からも物語が描かれている点が面白い。犯罪者には犯罪者の、そういう行動に走らなければならなかった理由があるのだ。
そして事件だけでなく、警察内の人間関係も面白く描かれている。今回は特に、かつでの部下で玲子に想いを寄せていた菊田(きくた)とのやりとりにも焦点があてられている。
このシリーズは短編集と長編が交互にしばらく展開されているが、短編集の方が深みを感じる。もちろん、長編によって積み重ねられた人物設定があってこそ短編が生きるのかもしれないが。
【楽天ブックス】「ブルーマーダー」
「Sleeping Doll」Jeffery Deaver
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
人の心を自在に操るカリスマ的犯罪者Daniel Pellが脱獄した。人間の所作や表情を読み解く「キネシクス」分析の天才でカリォルニア州捜査局捜査官のKathryn Danceがその行方を追う事となる。
Rincoln Rhymeシリーズで何度か登場したKathryn Danceを主人公に据えたシリーズの第一弾。会話する人のわずかな動作からその真偽を見抜く技術に長けているゆえに、聞き込みや取り調べでその技術が発揮される。目の動き、手足の動作など、人の感情は実はかなりの部分が表面に現れているのだ。
そうして次第にDanceはPellを追いつめていくのであるが、同時にDanceの夫を失って1人で2人の子供を育てる姿も描かれており、そんな人間らしさがRincoln Rhymeのシリーズとは違って共感できるかもしれない。
やや結末は予想のついた部分もあったが全体的に無難な出来である。ただ、Danceのもつ技術の特異性で読者を引きつけられるのはおそらく一作目だけで、2作目、3作目と続くなかでどのようにシリーズを魅力的なものにしていくのかというのが、個人的には気になるところである。
「家族狩り オリジナル版」天童荒太
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第9回山本周五郎賞受賞作品。
都内で起こる一課殺人事件。非行に走った少年が起こしたものと考えられていたが、同様の事件が続く事となる。刑事馬見原(まみはら)、教師巣藤俊介(すどうしゅんすけ)、児童カウンセラーの氷崎游子(ひざきゆうこ)などそれぞれの悩みを抱えた人々が事件に関わる事になる。
物語の主な登場人物たちはいずれも家族に問題を抱えている。馬見原(まみはら)は息子を失い、それによって妻は精神を病み、娘は馬見原(まみはら)を憎む事となった。俊介(しゅんすけ)は美術教師であるために問題を抱えた生徒たちの対応しなければならない。游子(ゆうこ)は過去の経験から、子供たちを救う事を使命として仕事に打ち込んでいる。そんなそれぞれの思いを順々に描きながら、物語は進んでいく。
家族のあり方、子供の育て方、年老いた両親への接し方。いずれも正解のないものだが、結果だけで周囲には判断されかねないもの。そして、家族というつながりがあるゆえに、決して逃げ出す事のできないものである。本書はまさにそんな現実に改めて目を向けさせてくれる。
そういう意味では物語の発端として起こっている残虐な事件は、人々に家族のありかたに目をむけさせるための一つの要素に過ぎない。
【楽天ブックス】「家族狩り オリジナル版」
「「アラブの春」の正体」重信メイ
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2010年にチュニジアから起こったデモがアラブ諸国に大きな動きをもたらした。そんな「アラブの春」と呼ばれる出来事の実態をアラブ社会で育った著者が語る。
「アラブの春」という言葉は知りながらもその実情はほとんどの日本人は知らないだろう。もともと日本と交流の多い欧米の国々のメディアはアラブ社会での出来事についてあまり多くを報道しようとはしないし、なんといっても日本は時を同じくして東北大震災に見舞われていたのだから。
本書を読むと、そんなアラブ社会に対する偏見が見えてくる。アメリカやヨーロッパのメディアは常にアラブ諸国での出来事を、視聴者に意図した形でねじ曲げて伝えようとする。アルジャジーラでさえも物事を完全に客観的に報道してはいないのである。それはスポンサーなくしては存在し得ないメディアにおいては避けられない事なのだろう。
さて、本書ではアラブ諸国について、チュニジア、エジプト、リビアだけでなく、カタール、サウジアラビア、シリアなど多くのアラブ諸国についてその実情を語っている。本当に表面的な部分だけなので、本書だけで理解できるとは言えないだろう。それでもアラブ諸国の実情や、イスラム教などの宗派など興味を喚起させてくれる内容である。
印象的だったのは、革命後の国々の多くの人々が革命前よりも不幸になるだろうという著者の見解である。
革命後のアラブ諸国にもしっかり目を向けていきたいと思った。
【楽天ブックス】「「アラブの春」の正体」
「さよなら渓谷」吉田修一
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
幼児の殺害の容疑をかけられていた実の母親立花里美(たちばなさとみ)は隣に住む尾崎俊介(おざきしゅんすけ)との関係を示唆した。別の女性と同棲している俊介(しゅんすけ)は過去に強姦事件を起こしていたのである。
幼児殺人事件という体裁をとって物語は始まるが、その焦点は過去にその殺害事件そのものではなく、関係者の過去を洗っていたマスコミに寄って明らかになった、隣人尾崎俊介(おざきしゅんすけ)の起こした過去の集団強姦事件と、その関係者のその後の様子である。
同じ強姦事件の場にいながらも、そのことを忘れたように成功している人も入れば、それを機にその苦しみから逃れられない人もいる。同じ出来事でもそれを受け止める人に寄って、その記憶はよくもわるくも、長くも短くもなるのだろう。
幸せになるというのが怖い、という行き方があることはなんとなく分かっているがなかなか、それを描いてくれる物語は少ないように思う。そういう意味では貴重で印象に残る内容である。
【楽天ブックス】「さよなら渓谷」
「それがぼくには楽しかったから 全世界を巻き込んだリナックス革命の真実」リーナス・トーバルズ
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
リーナス・トーパルズはヘルシンキ大学在学中にOSを作り始めた。インターネット上でソースコードを公開し、ネット経由でたくさんのプログラマーの強力を得てLinuxを作り上げていった。その過程やリーナス・トーパルズの考え方などをまとめている。
そもそも「オープンソース」とは何なのか、単純に「ソースを公開する」とはいうけれど、それをどうやって管理するのか、そんな点の興味から本書に入った。残念ながらオープンソースの管理という面では、どうやら本書を読むと結構行き当たりばったりな部分が多かったようで、期待にそう内容とは言えない。しかし、本書で触れられているリーナスのプログラムに対する情熱にはとても刺激を受けた。何よりお金に執着しないで楽しみを求めるリーナスの行き方に感銘をうけるだろう。
専門用語も多く残念ながらとてもすべてを理解できたとは言いがたいが、読み終わった後、久しぶりにプログラミングがしたくなる。寝る間も惜しんでパソコンの前にへばりつき、プラグラムに明け暮れる。そんな時間が恋しくなる一冊。
「虹の谷の五月」船戸与一
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第123回直木賞受賞作品。
フィリピン、セブ島のガルソボンガ地区に祖父と住むトシオ・マナハン13歳。ある日、日本人と結婚したクイーンと呼ばれる女性が、故郷であるガルソボンガ地区に戻ってきた。それをきっかけにトシオは内紛に巻き込まれていく。
その描写からはずいぶん昔を舞台とした物語のようにも感じるが、実際には1998年の現代を描いている。祖父とともに強い軍鶏(しゃも)を育てることに夢中になっているトシオ・マナハンが少しずつ大人になっていく様子が描かれる。
日本人とフィリピン人の間に生まれたがゆえに「ジャピーノ」と呼ばれるトシオ。そんなトシオの生活の様子から、フィリピンの田舎町での生活が見えてくるだろう。電気もなく、警察や役人は汚職に手を染め、貧富の格差によって生活が大きく異なる。そんななかで信念を持って生きる事はきっと大変な事なのだろう。
本書のタイトルにもなっている「虹の谷」はガルソボンガ地区でトシオのみが行き方を知っているという不思議な虹のできる谷のこと。しかし、トシオはそれゆえに悲劇に巻き込まれていくのである。
フィリピンの歴史についてもっと知りたくさせてくれる一冊。
【楽天ブックス】「虹の谷の五月(上)」、「虹の谷の五月(下)」
「一冊でわかる名画と聖書」
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
旧約聖書、新約聖書に沿って、その場面場面を表した名画を紹介していく。
「最後の晩餐」「受胎告知」など、多くの絵画は宗教の一場面を描いていて、絵画を深く理解する上で、宗教への理解は避けて通れないもの。そんなニーズに応えてくれる一冊。そして同時に改めて聖書への理解も深まるだろう。
個人的には子供の頃からピーテル・ブリューゲルの「バベルの塔」には強く惹かれるものがあり、本書にもその2作品が選ばれていて改めてその絵画の背景にある物語を理解する事が出来た。
それにしても聖書がなぜこんなにも理解しにくいかというと、それはきっと同じ名前の登場人物の多さのせいなのかもしれない。ユダ、ヨハネ、マリア…。きっと長く繰り返し物語に触れる事に寄って理解していくものなのだろう。
【楽天ブックス】「一冊でわかる名画と聖書」
「ビブリア古書堂の事件手帖3 栞子さんと消えない絆」三上延
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
もはや御馴染みの、古本屋の店主栞子(しおりこ)と、そこでバイトをする五浦(ごうら)の繰り広げる本に関わる物語。
シリーズ3作目となる本作品でも面白そうな本がいくつか触れられて、きっと読みたくなるだろう。栞子(しおりこ)ほどではないにしても、読書好きを自負する僕としては、もっと古い作品にも触れてみるべきなのだろうと、本シリーズを読むたびに思う。
さて、本書でも過去と同様に、栞子(しおりこ)と五浦(ごうら)は、店に持ち込まれるお客さんの本に関わる悩みを解決していく。過去の2作品と異なるのは、少しずつ失踪している栞子(しおりこ)の母親の存在が前面にでてきた点だろうか。突然失踪した母に腹を立てながらも、栞子(しおりこ)は母親が残した本を探し続けるのだが、本書では、お客や顔見知りの同業者によって、母の話を聞く事になるのだ。
本の話のなかで印象的だったのは宮沢賢治の推敲の話。きっと世の中で売れている本もそうでない本も、多くの本が、作者にとっては大きな愛情を注いで作り上げた、忘れがたいものなのだろう。
正直、前作まで読んだ段階で、シリーズすべてを読みつづけるほどのものではないと思ったのだが、本書第3作を読んで逆に辞められなくなってしまった。
【楽天ブックス】「ビブリア古書堂の事件手帖3 栞子さんと消えない絆」
「Pretty Little Liars #2: Flawless」Sara Shepard
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
行方不明だったAliが遺体となって発見され、葬儀で一緒になったAria、Hanna、Emily、Spencer。4人はそこでようやく、4人ともAと名乗る人物から脅迫めいたメールを受け取っていた事を知る。誰もがAliをAだと思っていたが、Aliは死んでいたという事実が分かった今、再び疑心暗鬼が始まる。
前作同様Aria、Hanna、Emily、Spencerの4人に視点を展開して進んでいく。前作から呪いの言葉のようにそれぞれが口にしていた「Jenna thing」の内容も本作品で明らかになる。それはJennaとTobyという近所に住む兄妹に関する出来事だった。ある晩のAliのいたずらによってJennaは失明することになったが、翌日にはJennaの兄のTobyがその罪を被ったのである。一体死んだAliはTobyにあの夜何を言ったのか。
そして同時に4人それぞれの日常が展開していく。1作目ではなかなか理解が、登場人物の個性を認識していなかったが2作目となると次第にそれぞれの個性を理解していくのを感じる。Hannaは、父親が再婚しようとしている先には美人で同年代のKateがいるために、自らのルックスにコンプレックスを持っている。姉の恋人を奪う事になったSpencerは家族との関係を悪化させていく。AriaはHannaの元恋人のSeanと接近していく。そしてEmilyはTobyと近づいていくのである。
まだまだシリーズ序盤らしいが、少しずつ物語が面白くなっていくのを感じる。
「レパントの海戦」塩野七生
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
レパントの海戦とは、1971年オスマン帝国のキプロス遠征に対して、カトリック教国の連合艦隊が挑んだ戦いのこと。本書はカトリック教国側に焦点をあててその歴史的海戦を描く。
「ロードス島攻防記」で初めて塩野七生の著書に触れて、その一冊の読書から見えてくる歴史の面白さに驚いた。本書は僕にとって塩野作品2冊目となるが、こちらも同様にカトリック教国とイスラム教国の歴史的物語を面白く描いている。
今回印象に残ったのは「ヴェネチア共和国」という国名。オスマン帝国は歴史の教科書に必ずと言っていいほど登場するが、「ヴェネチア共和国」という名前を聞いたのはおそらく今回が初めてで、調べてみると「歴史上最も長く続いた共和国」ということで、大いに興味をそそられた。またヴェネチアという町自体、いつか行ってみたい場所でもあるので、本書を読んだことで、きっとヴェネチア旅行がまた違った角度から楽しめることになるだろう。
さて、本書はキプロスに向かって勢いを増すオスマン帝国に対抗するために四苦八苦する連合艦隊の様子が描かれている。当時は櫂と帆で船を動かしていた時代。そのため大量の人員を必要とし、乗船するだけでもかなりの時間がかかるという。
また、スペイン王国の微妙な立場も面白い。連合艦隊に属しながらも、ヴェネチア共和国の勢いは弱まってほしい、そのため連合艦隊に参加しながら、必死で戦争の開始を遅らせようとする。こういったところが歴史の教科書からはわからない一面だろう。
前後の歴史にもさらに興味を抱かせる一冊。
【楽天ブックス】「レパントの海戦」
「しゃべれどもしゃべれども」佐藤多佳子
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
落語家今昔亭三つ葉(こんじゃくていみつば)のもとに、話し方が巧くなりたいという男女が集まった。仕方がないので三つ葉(みつば)は彼らに落語を教える事にする。
なによりも落語を扱った書籍に初めて出会った。その点ですでに本書は新鮮である。落語界の仕組みなどをおそらく丁寧に本書も説明しているのだが、落語家は似たような名前が多くてしっかり理解できたとは言えない。しかしそれでも漠然とではあるが伝わってくるものがある。例えば、落語にも古典落語というような伝統的なものとそうでないものがあり、また、古くからある話は、人々の生活様式がその落語の基盤となる時代と異なってくるにしたがって人々に伝えにくくなっているなど。落語を一度聞きにいってみよう、と思うには十分の内容。
しかし本書が描くのは、そんな落語界の実情だけではなく、話す事を苦手とする共通点を持った男女4人の物語である。クラスでいじめに会っている小学生の村林(むらばやし)、テニスのインストラクターだったがうまく話す事が出来ずに辞めた良(りょう)、元プロ野球選手で、解説がうまく出来ずに悩む湯河原(ゆがわら)、そして女性、十河(とかわ)。いずれも話す事が苦手なだけでなく、人と打ち解ける事もしようとしない性格ゆえに場を仕切る三つ葉(みつば)は困り果てる、しかし、それでも次第に4人が、落語を通じてそれぞれのコンプレッスをさらけ出しつつ、少しずつ心を通わせていく様子が面白い。
少しずつ落語の面白さを知っていく4人。三つ葉(みつば)自信も自らの落語に対して試行錯誤を重ねていく。そんな落語への取り組みがそれぞれの生活まで少しずついい方向に変えていくようだ。面白く温かい物語。
佐藤多佳子の作品は本書で2冊目だが、どちらも何かに対して努力し、そこから得られる達成感、仲間との一体感が描かれている点が魅力である。他の作品にもぜひ触れてみたい。
【楽天ブックス】「しゃべれどもしゃべれども」
「特等添乗員αの難事件II」松岡圭祐
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
ラテラルシンキングの才能を開花させた浅倉絢奈(あさくらあやな)だが、仕事の悩みだけでなく、家族や恋愛の悩みもつきまとう。
ラテラルシンキングに特化した前作と異なり、今回はむしろ恋人で政治家でもある壱条那沖(いちじょうなおき)や絢奈(あやな)の姉でありフライトアテンダントでもある乃愛(のあ)との関係に焦点があてられている。前作の物語でより溝が深くなった母や姉、乃愛(のあ)との関係だが、今回は偶然にも同じ飛行機に添乗員、フライトアテンダントとして乗り合わせる事から大きく動いていく。
例によっりトリビアいっぱいの一冊。もう少し物語り自体を深めて欲しいとも思うが、こういう軽い内容というのが世の中の読者が求めているものなのかもしれない。
【楽天ブックス】「特等添乗員αの難事件II」
「オーダーメイド殺人クラブ」辻村深月
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5中学2年生の小林アンは日本中が注目するような、過去になかった方法で自分を殺して欲しいと同じクラスの昆虫系男子徳川(とくがわ)に依頼する。
新鮮なのは死を望むアンは、どちらかと言えば容姿も美しく、彼氏を作る事のできる女子であるという点である。友人の芹香(せりか)と幸(さち)とともに行動をともにしながらも、理不尽で狭い人間ん関係のなかで、
中学二年生の揺れ動く心のうちを描いている。女性特有の教室でのイジメ、無視、派閥争いなどの描写は他の辻村作品と同様に相変わらず力を感じる。
もう、嫌なのだ。あの日常に、外され続ける教室に、色をなくしたような毎日に、戻るのなんか、嫌なのだ。
最初は、お互いがどこまで本気なのか不信に思っていた、アンと徳川(とくがわ)は、徐々に具体的な方法を考え始める。場所はどうするのか、いつにするのか、死体はどこに置くのか。彼らが重点をおいているのは、「過去に例がないこ」である。そうやって彼らの視点で過去を振り返ってみると、考えうる限りの残酷、凶悪な犯罪の大部分はすでに起きてしまっているような気がする。
未来に希望を見いだせない現代の若者。若い辻村深月ならではの物語といえるかもしれない。
知覚における現象のひとつ。 全体性を持ったまとまりのある構造 (Gestalt, 形態) から全体性が失われ、個々の構成部分にバラバラに切り離して認識し直されてしまう現象をいう。幾何学図形、文字、顔など、視覚的なものがよく知られるが、聴覚や皮膚感覚においても生じうる。(Wikipedia「ゲシュタルト崩壊」)
「悪者見参」木村元彦
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5残念なのは本書のタイトルや表紙はその内容を的確に伝えてないということ。むしろストイコビッチがJリーグでイエローカードをもらいながらも、すばらしい実績を残していく様子を描いていそうな、タイトルと表紙だが、実際にはユーゴ紛争を描いていてサッカー選手もそのうちの一つの要素に過ぎない。
しかし、紛争の悲劇を伝えるために、本書は何人かのサッカー選手の体験を紹介する。印象的なのは悪魔の左足と恐れられた正確無比なフリーキックで有名なミハイロビッチがようやく自らの家に帰ったときの体験である。
散々荒らされた室内に足を踏み入れ、眼を凝らすと真っ先に飛び込んできたのは、壁に飾られた旧ユーゴ代表の集合写真だった。そこには彼の顔だけがなかった。銃弾で打ち抜かれていたのだ。
「あの時の悲しさ、淋しさは一生忘れない。僕は帰らなければよかったとさえ思った。帰らなければ思い出が何もなかったように、僕の中でそのまま残っていただろう。
とはいえ、本書の焦点はむしろアメリカ、イギリスなどNATOが中心となって、その空爆の正当性を訴えるためにつくりあげる、セルビアの悪者のイメージである。10万人のアルバニア系住民を監禁したと報道されたスタジアムは実際には8000人も入れそうもない大きさだったという。報道によって世の中に「悪者はセルビア」のイメージが徐々に世の中に刷り込まれていくのに、それに対して何も出来ない著者の歯がゆさが伝わってくる。
絶対的な悪者は生まれない。絶対的な悪者は作られるのだ。
味方なんかじゃない。あんたたちが思っているような国じゃない。
アメリカの戦争に協力する法案を国会で通し、ユーゴ空爆に理解を示した国なんだ、我が日本は!
本書を読んで感じるのは、「僕らが見ている真実とは何なのだろう?」ということ。僕自身それほどあの当時コソボ紛争に関心があったわけではないが、サッカースタジアムで、クロアチアの選手であるズボニミール・ボバンが警官に飛び蹴りして、国内で英雄視されていたのを知っているし、それを疑いもなく信じていたのだ。
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「ユーゴ紛争 多民族・モザイク国家の悲劇」 千田善
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
分裂したユーゴスラビア。あの悲劇はどんな理由で始まって、どんなものだったのか。長い取材から著者がユーゴ紛争について語る。
そもそもこの本に至ったのは、サッカー関連の本を読んでいて、セルビア出身のストイコビッチ、そして元日本代表監督で同じくセルビア出身のイビチャ・オシムについて読み、彼らを振り回した戦争とは一体なんだったのか、と興味を抱いたからだ。
信じられるだろうか、かつて一緒に学校に通い、一緒に授業を受けていた友人同士があるときを境に憎み合い殺し合うのである。日本でいうなら埼玉県と東京都の住人が殺し合いを始めるようなものだろうか。
本書を読んでわかるのは、発端は南部と北部の経済の格差だったという。経済の格差が不満を呼び、わずかに生じた疑心暗鬼が衝突を生み、衝突がさらなる民族間での疑心暗鬼を呼ぶのである。この負のスパイラルは、60年代のアメリカ南部の人種差別問題や、ルワンダのフツ族とツチ族の間に起こった出来事など世界中で共通する事で、一度始まってしまったら止めるのは非常に難しいことなのだろう。
僕らはどこか気恥ずかしくて「祖国」などという言葉は使わないが、本書を読むと国というものの維持というのは、非常に微妙なバランスの上に成り立っているような気がしてくる。僕らはもっと平和に生きる事のできる日本という国のありがたみを感じるべきなのかもしれない。
この一冊ですべてがわかったなどとはとても言えないが、少しずつあの場所で何が起こっていたのか見えてきたような気がした。
【楽天ブックス】「ユーゴ紛争 多民族・モザイク国家の悲劇」