「SCRUM BOOT CAMP THE BOOK【増補改訂版】 スクラムチームではじめるアジャイル開発」西村直人、永瀬美穂、吉羽龍太郎

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
スクラムを導入することになった組織でスクラムマスターに任命されたボクを中心に、物語形式でスクラムの導入を説明する。

ここ10年ほど僕自身3つの組織でスクラムの導入を経験してきたが、デザインタスクをどう扱うか、見積もりに時間がかかりすぎる、などなかなか実際スクラムを体験してみると教科書通りにはいかないことは多々あり、そんなよく陥りがちな状況を解決するヒントがあるのではないかと期待して本書にたどり着いた。

書いてあることの多くはスクラムを経験のある人にとっては知っていることばかりだろう。それでも異なる説明に触れると違ったものが見えてくるもの。そんな中今まで比較的疎かにしていたと感じたのがインセプションデッキである。インセプションデッキとは10の質問という形でまとめられていり、その中でも本書では

  • 我々はなぜここにいるのか?
  • エレベーターピッチ
  • やらないことリスト

の3つに触れている。何事もそうだが、細かいところが気になると全体が見えなくなるもの。定期的にミッション等、一歩離れてプロジェクト全体を確認する機会が必要である。

そのほかに、これまた身に覚えのある長くなりがちなデイリースクラムについても繰り返し触れている。

デイリースクラムは、問題解決の場ではないことに注意してください。
デイリースクラムは、全員がその目的を理解していないとうまくいかない。たとえば、デイリースクラムが誰かへの進捗報告になっている場合だ。

全体的に実践形式で説明してくれている点がありがたい。明日からぜひこの新しい視点を持って関わっているプロジェクトを見てみたいと思った。

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「28歳で政治家になる方法」田村亮

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
選挙戦術研究科と名乗る著者が政治家になる方法を語る。

最近残りの人生を考えて、もう少し人生を楽しむために何をしようかと考えたときに、政治家も面白そうと思っている。そんなわけでより現実的に政治家ってどんなものだろうと知りたくなって、本書に辿り着いた。

序盤は、政治家のメリットや面白さ、そして、誰もが政治に関わっているということを説いている。限られた人しかなれないという印象の政治家という職業も、実際には全ての人に開けているという意味では他の職業よりもずっと公平で、また、全ての人が少なからず政治に関わっているという意味では身近な職業だと気づくだろう。

序盤では現実の数値とともに政治家の実態を見せてくれるので、政治家という職業も結構面白そうだと感じるだろう。

中盤以降はより具体的なプランを語っている。本書では繰り返し市議会議員を狙うことを勧めている。そして市議会議員のなかでも当選しやすい選挙区の探し方を具体的に説明している。つまり出馬する地域を選べば、当選するのは一般的に思われているほど難しくないということである。もちろん、本書では当選をより確実にするために心がけることやるべきことを書いている。

興味深いのは落選する人としてあげている次の4つのタイプである。

  • 選挙と政治を区別していない人
  • すぐにブレる人
  • 高齢者層をあなどっている人
  • 頭のいい人

一つ目の「選挙と政治を区別していない人」というのは、いろんな分野で似たようなことが言えるが非常に面白い。つまり、選挙は当選するためのベストを尽くし、政治は当選してから考えろ、ということなのだろう。

後半からは実際に立候補した後にやるべき行動を、さらに具体的に説明している。実際にやるべきことがより具体的にイメージできることだろう。

本書を読んで、政治家になることは難しくないし、面白そうだと思った。とはいえすぐに次のステップとして市議会議員に立候補は飛躍しすぎだが、選挙の手伝いなど、もう少し深く関わって近くで政治というものを感じてみたいと思った。

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「El libro negro de las horas」Eva García Sáenz de Urturi

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
40年前に死んだはずの母親を、ある本と引き換えに返すという電話を受けたKrakenは、母と言われる人を救うためにその本を探すこととなる。

物語は、本と真実の追求に奔走する現代のKrakenが様子と、1970年代に孤児として育てられたItacaという女の子が成長していく様子を描く。

現代の物語では、Krakenの周囲に、古本屋を営んでいた人々の周りで不審死の報告が届く。Karakenは自らの出自を確認するために、祖父と共に亡き父の遺品を確認し始める。一方で70年代のItacaは捨てられたベラクルス学校でその美術の才能を発揮し始め、教師であるAquilinaにその才能を見出されて古書の複製の世界へと入り込んでいく。

なんといっても古書の複製という世界に引き入れてくれる点が面白い。世の中には本のコレクターという人々が存在し、本に大金を払う人がいるから、価値のある本を複製しようとする人たちもいるのである。しかし、そこにはさまざまなジレンマも同時に存在する。真実を知るためにKrakenは古書についての知識も得ていく。

そんななか古本屋から通常の本屋に転向したAlistairの言葉が深い。

¿Por qué lo dejó?
Porque amo los libros, pero los amo por su contenido, por las letras, por las palabras, por las historias que cuentan, por la que hacen sentir a un lector. Esa es la ecencia de los libros.
なぜ古本屋をやめたんですか?
なぜなら僕は本が好きだから、でもその内容が好きだからです。文字や言葉や本が語る物語や、本が読者に伝える感情が好きだからです。それこそが本の本質です。

En cuanto un coleccionista me dice que tiene más de cinco mil ejemplares en su bibliotecas, le perdo el respeto. Sé que es un fraude como lector un impostor un simple acumulador, un poseedor.
コレクターが本棚に5,000冊以上の本を持っていると聞いた途端にその人への敬意を失ってしまう。その人は偽の読書家で、詐欺師か、収集家か提供者です。

やがて現代ではKrakenは自らの実の母に近づいて行き、70年代のÍtacaは古書の複製の世界にどっぷりつかりながらも、愛する人と出会って、自らの人生を見つけようと動き出すのである。古書を扱った物語なだけにそこでさまざまな美しい言葉が登場する点が印象的である。

Hogar no es donde naciste, hogar es el lugar donde tus intentos de escapar cesan.
我が家とは生まれた場所ではない、我が家とは、逃れようという思いが消えた場所である。
Ese es el poder de la historias: advertirnos.Todo está en libros. Todo está ya escrito.
それが物語の力です。すべては本の中にあります。すべてはすでに書かれています。

Krakenシリーズの中途半端な作品から読み始めてしまったようだ。物語を楽しめるだけではなくまざまなスペインの文化を知ることができるので今後もこの著者の本を読んでみたいと思った。

スペイン語慣用句
a lo sumo 多くても
de bruces 腹這いに
hacer tiempo 時間を潰す

「精神科医が教える 幸せの授業 お金・仕事・人間関係・健康 すべてうまくいく」樺沢紫苑


オススメ度 ★★★★☆ 4/5
精神科医である著者が幸せについて語る。

僕自身、幸せを感じていないわけではないが、さらに幸せの純度を上げたいと思い、本書を読むことにした。

本書では、脳内の幸せを感じる幸福物質として、ドーパミン、セロトニン、オキシトシンの3つを挙げ、それぞれ、成功、健康、つながりに強く関連づいていると説明している。そして、この3つの幸せをもたらす要素は必ずしも並列ではなく、健康、つながり、成功の順に積み上げるべきとしている。

そんななか印象的だったのは、ドーパミン的幸福は長くは続かないとしている点である。つまり成功は幸福には繋がるもの、持続的な幸せを求めるなら、健康とつながりをもっと重視すべきだということである。成功を追い求めた結果虚しさを感じる男性にありがちな人生がしっかりと説明されていると感じる。

後半は、それぞれの幸せの要素を手に入れるためのアドバイスを語っている。どの説明も自分の体験と一致しており、今まで漠然と感じていたものを言語化してもらったという印象である。人生で迷った時に読み直すといいだろう。

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「汝、星のごとく」凪良ゆう

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2023年(第20回)本屋大賞受賞作品。瀬戸内海の島で生まれ育った井上暁海(いのうえあきみ)と、都会から母と共に島に移り住んだ青埜櫂(あおのかい)の二人の高校生男女の物語である。

序盤は高校生時代の暁海(あきみ)と櫂(かい)の出会いから始まる。櫂(かい)は恋愛に依存した母親に、暁海(あきみ)は浮気をして家を出た父親に悩み、そんな共通する悩によって少しずつ暁海(あきみ)と櫂(かい)は近づいていくのである。

中盤以降は、高校を卒業して漫画のシナリオライターとして東京での生活に染まっていく櫂(かい)と、島に残って男女差別の色濃く残る企業で退屈な毎日を送る暁海(あきみ)を描く。生活の違いから少しずつ二人の心は離れていくのである。

一見、これまでにもよくある恋愛小説のようにも見えるが、ところどころに現代の新しい考え方が入っている。特に存在感を放っているのが、暁海(あきみ)の父の浮気相手である瞳子(とうこ)と、暁海(あきみ)と櫂(かい)の高校の化学教師である北原(きたはら)先生の言葉や考え方である。

瞳子(とうこ)は暁海(あきみ)の母から夫を奪ったにもかかわらず、自分の生き方を恥じることもせず、やがて暁海(あきみ)の仕事の指導者であり助言者となっていく。

いつになったら、あなたは自分の人生を生きるの?

高校の化学教師である北原(きたはら)先生もまた、島の閉鎖的な空気の中で、革新的な考え方を暁海(あきみ)にもたらしてくれる。

ぼくが言っているのは、自分がなにに属するかを決める自由で明日。自分を縛る鎖は自分で選ぶ。

そして、東京で生活する櫂(かい)の周囲にも、絵を担当するゲイの尚人(なおと)や、二人の漫画を愛する担当編集者の植木(うえき)さんや小説を書くことを勧める二階堂絵里(にかいどうえり)など、魅力的な登場人物で溢れている。

物語は、東京で生活する櫂(かい)と島で生活する暁海(あきみ)の視点を交互に物語が行き来することで、島の閉鎖的な空気と生きにくさが伝わってくる。

その年で恋人と別れてどうするの?

書籍に限らず映画や漫画なども含めて、著名な賞の受賞作品はその受賞理由も含めて考えるとより鑑賞の深みが増す。高校生の恋愛という使い古された展開にもかかわらず本屋大賞という評価を受けた理由は、瞳子(とうこ)や北原(きたはら)先生が発する、世間体よりも自分の気持ちを大事にする生き方、過去の結婚の概念に縛られる必要がない新しい結婚の考え方なのではないかと感じた。

本屋大賞受賞も納得の一冊である。

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「正欲」朝井リョウ

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第34回柴田錬三郎賞受賞作品。水に魅力を感じる人々、自分の性癖がおかしいと知りながらも悩みながら生きていく様子を描く。

さまざまな性癖を持つ人物を並行して描いていく。水に魅力を感じる桐生夏月(きりゅうなつき)男性に恐怖心を抱く八重子(やえこ)を中心に、物語が進むに従って、同じように水に魅力を感じる人たちが描かれる。そんななか唯一、一般人の目線として描かれる検事寺井啓喜(てらいひろき)は、本書では理解力のない頑固な父親として描かれている部分もあるが、非常に論理的でありわかりやすいと感じた。

どんなに満たされない欲求を抱えていたって、法律が定めたラインを越えたのならば、それは、罰せられなければならない。

子となる性癖や価値観の存在を理解しようと努めることは大事だし、ネットによる晒しの私刑など社会的制裁は否定されるべきである。しかし法治国家として機能するためには結局これが許容範囲と犯罪を分ける境界線なのだろう。世の中はそれができているだろうか。不必要に非難したりしていないだろうか。

僕自身LGBTQの人々に理解がある方だと感じているが、では児童性愛者に対してはどうかというと自信を持って答えられない。しかし、好みは人の自由であり、法律を逸脱しない限り尊重されて良いのだと感じた。

凪良ゆう本屋大賞受賞作品「流浪の月」が児童性愛者を描いていて評価されたときに驚かされたが、本書も性癖の特殊性を物語にした点が似ているなと感じた。世の中が、このようなテーマを受け入れて世の中に出そうという風潮がになってきたのだろう。

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「運動脳」アンデュ・ハンセン

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
身体を動かすことによる脳への好影響を語る。

運動が脳に与える効果を、さまざまな科学的論拠や実話とともに説明している。すでにタイトルから明らかなので、簡単に結論を言ってしまうと、薬を飲むよりも運動した方が脳には良いということである。具体的に本書で語っているのは、記憶力向上うつを防ぐモチベーションアップ学力向上などである。

少し前に読んだ「脳を鍛えるには運動しかない」と、言っていることは大部分同じではある。すでに体験的にわかっている人にとってどれほど新しい情報かというと疑問だが、「脳を鍛えるには運動しかない」では、ジョギングなどの単純な運動よりも、ダンスや格闘技などの適度に複雑さを伴う運動の方が良いとしていた。しかし、本書では徹底的にジョギングを勧めている。

週7回(ジョギング4回、スカッシュ2回、ダンス1回)の運動をする僕にとって、本書を読んで何か学びがあったかというと、ジョギングした直後に勉強をしたほうが記憶への定着の効果が高いらしい。つまり、現在は朝勉強して、夜ジョギングしている部分のルーティンはさらに最適化でるということである。

上にも語ったように、内容としては「脳を鍛えるには運動しかない」とあまり大差ない。しかし、こういう本は繰り返し読んですでにある運動に対する意識を強める必要があるのだろう。改めて、家族にも運動習慣を強く勧めたくなった

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「風間八宏の戦術バイブル サッカーを「フォーメーションで語るな」」風間八宏

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
川崎フロンターレや名古屋グランパスを監督として率いた著者が、サッカーの戦術について語る。

サッカーについてもっと深く理解したいと思っている中で、著者風間八宏氏のボールを止めることの重要性に出会い、著者の考え方に興味を持った。

序盤ではチームとしてセンターバックを攻撃することの重要性について語っている。そして次の4つの攻撃方法をそれぞれ例を交えて説明している。

  • 裏へ飛び出す
  • センターバックの背中側に立つ
  • センターバックに向かって突っかけ、突然方向を変える
  • 動きすぎない、それでいて背中をとり続ける

フォワードの動きを考えた時に、ボールをもらう動きの重要性を強調しがちだが、無駄に動かないことの重要性を、メッシなどの世界的有名な選手の動きと共に説明しているので説得力があってわかりやすい。

中盤以降は実際の選手の動きや、著者自身の監督経験から選手の性格や改善点などを語る。そのなかで大久保嘉人や小林悠の選手としての性格や進歩についても語っている、実際に成績が伸びていることを知っているからこそその裏のエピソードが面白い

最終章では日本サッカーの育成ための提言を書いている。日本のサッカーは早い段階で才能のある子供たちを一つの場所に集めすぎで、上手な人と一緒にプレーして刺激を受ける機会を大事にしつつも、それぞれのチームでチームの中心である状況を大事にすることも必要だという。実際にスペインのセビージャや昔の清水のサッカーでも似たようなことをやっていたという。この野球に例えると「将来の四番候補」をいろんなチームに分散させると方法は納得できるる部分もあり新鮮な考え方である。

サッカーの見方をまた一段階レベルアップしてくれる内容だった。

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「5A73」詠坂雄二

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
体にある文字のある自殺遺体が都内で数件発生し、刑事部の山本(やまもと)と早川(はやかわ)は事件を追う。その文字は「暃」という読みも意味もない幽霊文字と呼ばれるものだった。

刑事室別室の女性警部山本(やまもと)と警部補早川(はやかわ)が、不思議な文字のついた自殺事件を追うのと並行して、時間を遡って自殺者たちが幽霊文字「暃」と出会う様子が描かれる。そして、その過程で幽霊文字「暃」に対してさまざまな考察がされる点が面白い。

この暃(もじ)は手足をばたつかせている人に見えるから、暃(くるしむひと)と読むのではないか、とか
日(うえ)の部分は貝を省略した形、非(した)の部分は甲殻類で、全体としてはやどかりを象ったものかも

たった12画の漢字に対してこれほど多くの解釈ができることに驚いた。また、漢字の発祥の地である中国と、それに平仮名という文化を加えた日本の漢字に対する意識の違いについても新たな視点を与えてくれた。物語の結末自体に納得できたわけではないが、特に漢字の起源や意味、解釈などについて新しい考え方を運んできてくれる内容である。

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「ユルゲン・クロップ 選手、クラブ、サポーターすべてに愛される名将の哲学」エルマー・ネーヴェリング

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
ドイツのマインツ、ドルトムント、イングランドのリヴァプールを率いた名将ユルゲン・クロップについて語る。

クロップについては最近知ったのだが、モウリーニョやグアウディオラとは異なるスタイルでチームを率いながらも、結果を出し、そしてかつクラブに愛されているという点に興味を持った。

序盤はクロップが選手から監督になるまでの経緯を描いている。多くの選手が引退してから監督になるのに対して、クロップの場合は、チームから選手兼監督を打診されたにもかかわらず、選手として限界を感じていたクロップが監督専任という道を選んだという点が他の監督の経歴と大きく異なる点で印象的である。

以降は、マインツ、ボルシア・ドルトムントとそれぞれ7年の監督期間を経てチームを一定の成功と呼べる地位に引き上げるまでの様子が描かれている。7年は、監督の1つのクラブへの在籍期間としては長いという印象である。クラブチームという大きな組織を試合結果だけでなく若手の育成や経営面も含めて改善するためには、経営側も短期の成績に振り回されるのではなく、監督という人間にある程度の期間信頼して委ねることが必要なんだと感じた。

後半は、リバプールでチャンピオンズリーグ優勝を勝ち取るまでの物語である。クロップのサッカーのスタイルはゲーゲンプレスと呼ばれており、守備時に強くプレスをかける戦術で、選手には高い走力が求められるのだという。実際本書でもリバプールの監督に就任した際、過酷なプレミアムリーグの日程とその戦術ゆえに多くの選手が肉離れで離脱する様子が描かれている。

その点で、ゲーゲンプレスはまさに若手主体というチームの強みを活かした戦術とも言えるが、リーグの特徴に合わせて戦術を変えなければならない点も監督業の面白いところだろう。また、グァルディオラであればボールポゼッション、というようにチームの色だけでなく監督の色が最近際立ってきた点が面白い。日本のサッカーにもクラブの文化、サポーターの文化、監督の文化が根付きくまではまだ時間がかかるのだろう。

また、サッカーのスタイルだけでなく、長期視点で若手を時間をかけて育てるというクロップの監督のスタイルがどんなクラブに向いているか、という点について語っている点も興味深い。例えばレアル・マドリードは監督交代が頻繁に行われるのでクロップ向きではないが、「ノーマルワン」と一般人であることを主張するクロップは労働者階級にサポーターの基盤があるリヴァプールのようなチーム向きだと説明している。

監督の色、サポーターの色、サッカーのスタイルの色、など様々な要素が絡み合ってプロのチームのサッカーという文化が出来上がるということを改めて感じた。改めてサッカーについての視点を広げてもらった。

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「サッカーシステム大全」岩政大樹

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
元日本代表の岩政大樹がサッカーのシステムについて解説する。

昨今4バックや3バックなど、サッカーの議論のなかでシステムが頻繁に語られるようになったが、それぞれの長所や短所などもあわせて深く理解したくて本書に辿り着いた。

本書は基本的なシステムと共に、どのような長所と短所があるのか、また、最近流行りの可変システムなど、日本だけでなく世界のサッカーでよく見られるシステムを解説しており、まさに知りたかったことに答えてくれる内容である。

4バックでは「5人目の守備をどういれるのか」をチームとして定めなければいけません。もし5人目を下げない場合は、失点のリスクが増えるデメリットを承知の上で、逆にカウンターに出る人数を増やすなど、リスクを上回るメリットが必要になります。

もちろん、システムの長所や短所が試合中に現れるには、長所を活かした、または弱点をついた素早いプレーをチームとして実現できてこそ可能である。つまり個人としてすぐに実践できるわけではないし、少年サッカーやひょっとしたらJ2、J3レベルでもすぐに役立つ知識なのかはわからない。しかし、間違いなくサッカーを見る視点は広がるだろう。

サッカーを見るときに常に手元に持っておきたい一冊である。

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「琥珀の夏」辻村深月

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
<ミライの学校>の敷地から白骨死体が見つかった。小学校時代<ミライの学校>で過ごした経験のある弁護士の法子(のりこ)は真実を突き止めようとする。

序盤は法子(のりこ)の、小学校時代の<ミライの学校>での様子が描かれる。友達を作るのが苦手だった法子(のりこ)が、<ミライの学校>での出会いによって甘い記憶を作っていく様子が描かれる。

<ミライの学校>ではただ単に正しいことを教えるのではなく、子供たちに問いかける「問答」という時間を大切にしている。そんな<ミライの学校>の理念の中に理想の教育が見える一方で、結局社会で生きるためには社会から離れた場所で教育を行なっても意味がないという意見もあり、教育のあるべき姿についても考えさせられる。

中盤以降は、現代に戻り、娘が<ミライの学校>に関わったという両親からの依頼により法子(のりこ)は発見された白骨死体の身元を知ろうとする。

そんななか、世間では白骨肢体の発見によって<ミライの学校>自体の存在を貶める発言が溢れていく。1つの不幸な出来事や犯罪によって、組織や団体の全てが悪い捉え方をし始めるのは実際にありそうな話だと感じた。

<ミライの学校>をカルト教団のように危険な宗教団体として描く側面もあれば、そこで楽しい時を過ごした人々の意見として、優しい思い出として描く場面もあり、多くの意見を描いている点に著者の優しさを感じた。きっと、世の中で物議を醸した多くの宗教団体も、信者にとってはとても大切で暖かい場所なのだろう。改めて、世間の評判に振り回されて物事を断じるべきではないと感じた。

最近、著者辻村深月作品が少し丸くなった印象を持っているが、久しぶりに初期の作品、たとえば「冷たい校舎の時は止まる」「子どもたちは夜と遊ぶ」のような鋭さを感じた。

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「ペップ・グアルディオラ キミにすべてを語ろう」マルティ・パラルナウ

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
FCバルセロナで最強のチームを作った監督グアルディオラがドイツの強豪バイエルン・ミュンヘンの監督に就任した後の様子を描く。

リーダーシップやマネジメントのヒントがあることを期待して、個性の強い選手たちをまとめるサッカーの監督の本を読み漁っている。本書もその流れでたどり着いた。

グアルディオラ(以下ペップ)についてはサッカー選手としてよりも監督としての印象が強い。2000年代前半成績が低迷していたバルセロナが、ライカールと監督の元で、ロナウジーニョやエトーとともに強豪チームへと変貌し、その後を引き継いだペップ時代には手のつけられない無敵なチームとなったことは記憶に新しい。ただ、その後、ペップがバイエルンやマンチェスターシティそ指揮していることは知っていたが、その成績やサッカーのスタイルについてはほとんど着いていってなかった。本書はペップのバイエルン時代の1年目を詳細に描いている。

興味深いのは、すでに前の年に三冠を獲得しているバイエルンをさらに良いチームにするという挑戦である。すでに三冠を獲得しているチームをさらに良くするとはどのようなチームを言うのか、その達成にどのように挑むのか。そんな無謀とも思える挑戦に対するペップを、選手、周囲の関係者の視点も含めて描かれている。

シーズンが始まると、試行錯誤を繰り返しながら、ペップはバイエルンのサッカーを作り上げていく。バルセロナのサッカーをバイエルンに持ち込むのではなく、バイエルンの文化、ドイツ、ミュンヘンの文化のなかで、バイエルンの選手に合わせた新しいバイエルンのサッカーを作り上げていく過程が面白い。

また、自らがバイエルンに持ち込むサッカーを、カウンターカルチャーと言い続けている点も印象的である。つまりドイツ国民、ミュンヘン市民に受け入れてもらえるサッカーの範囲で、これまでやってきたことと異なることをする。ということなのだろう。

全体的に、もっとも印象的だったのは、選手たちの声を聞いて戦術を決めた結果ホームで0-4で惨敗したチャンピオンズリーグのレアルマドリード戦である。

メアクルパなんだ。自分のアイデアで行かず、代わりに選手たちのアイデアでいった。そこに自分のアイデアはなかった。私は間違いを犯した。

周囲の声に自分の信念を曲げそうになるのは誰しも身に覚えがあるだろう。そうすることによって周りの納得感が簡単に得られるし言い訳が簡単に言えるのだ。しかし、リーダーたるものはそれをやってはならない。それをやっていたら新しいものは生み出せないのである。改めて周囲の意見と闘い自分のアイデアを通すことの重要性を感じた。

また、周囲の信頼を勝ち取るためには、間違ったことを認めること、他人のせいにしないことが重要だと改めて感じた。

改めていろいろリーダーという役割について感じるところがあった。引き続きペップのその後のサッカーを追っていきたいと思った。

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「Pachinko」Min Jin Lee

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
1911年、日本の占領下の釜山にある島で家族の経営する宿を手伝っていた少女Sunjaの物語である。

母親の経営する宿を手伝っていたSunjaは市場である男性と恋に落ち、子供を身篭ったことで人生が大きく変わっていく。やがて、キリスト教信者のIsakとともに日本に渡りそこで新たな人生を送ることとなる。

歴史として過去を振り返って見ると日韓併合は日本が一時的に韓国を支配下に置いた時代にしか見えない。しかし、本書を読むと、当時を生きていた韓国の人々にとっては、それまで我が国として信じてきた国や文化が消滅するという不安のなかで生きてきたことが伝わってくる。本書はそんな混乱の時代の中で、自分自身や家族の最良の未来を考えて生きてきた韓国の人々の物語である。

日本で在日韓国人として育ったSunjaの子供たちであるNoaやMozasuの生き方はより複雑になっていく。日本で日本の教育を受けて育ったにもかかわらず、韓国人として差別されつづけるのである。

Living every day in the presence of those who refuse to acknowledge your humanity takes great courage.
自分の人間性を受け入れてくれない人たちとともに毎日暮らすのは本当に勇気がいることです。

やがて、ヤクザなどの犯罪集団やパチンコ店の経営に関わってくこととなる。そこでも韓国人の評判を傷つけないために綺麗な商売をして誠実に生きていきたいという思いと、手を汚さずには生きていけないという思いのなかで揺れ動く様子が描かれる。

… she knew that many of the Koreans had to work for the gangs because there were no other jobs for them. The government and good companies wouldn't hire Koreans.
彼女はたくさんの韓国人がヤクザと一緒に働かなければならないのを知っていました。なぜなら他に仕事がないから。政府や良い会社は韓国人を雇おうとしないからです。
..

基本的には在日として生きていく韓国人の物語であるが、日本人もたくさん登場する。正直、若い世代の人はともかく、上の世代の韓国人はみんな日本人を嫌っていると思っていたので、親切な日本人もたくさん登場することに驚かされた。また、本書のタイトルにもなっているパチンコは、日本と韓国にのみ広がっている文化だということを本書を読むまで知らなかった。

韓国人と比べて几帳面な日本人のいい部分も描かれているが、一方で、日本の他者を受け入れようとしない閉鎖的な考え方にも繰り返し触れている。終盤は、ニューヨークなどのアメリカ文化と比較されて描かれている。韓国、日本、アメリカの文化を体験している著者ならではの視点と言えるだろう。

日本に生まれ育ちながらも韓国籍を捨てない韓国人のことを不思議に思っていたが、そんな彼らの生き方を知ることができた。同時に日本の良いところや悪いところ、日本の韓国人の受け入れ方などいろいろ考えさせた。

英語慣用句
lion's share もっとも大きい部分
the pick of the litter 一番良いもの
blanket statement 曖昧で包括的な意見
pipe dream 叶うことのない夢
pin money 少額のお金
marionette lines 唇の両脇から顎に向かって伸びる2本の線
is game for 〜 〜に乗り気である
flunk out of school 学校を退学する
get into hot water 厄介なことになる

和訳版はこちら

「サッカーの見方は一日で変えられる」木崎伸也

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
スポーツライターである著者がサッカーの見方を語る。

日本代表がアジアカップで惨敗したことをきっかけに、サッカーの戦術をより深く知りたくなって本書にたどり着いた。本書は著者がサッカーを見るための見方をチーム、選手、監督という3つの軸で語っている。どの見方も覚えるだけで今日から適用できるぐらい簡単なものである。いくつかその視点を挙げると次のようなものがある。

攻撃は「水」のように、守備は「氷」のように

いいチーム、悪いチームの見分け方としては次の4点、

  • ボール保持者を追い越す選手がいるか?
  • クロスに対して、ゴール前に3人以上が飛び込んでいるか?
  • 攻撃の布石として、ボールの後ろに素早く戻れているか?
  • 守備のスタートラインが決まっているか?

良い選手、悪い選手の見分け方では次の2点を覚えておきたいと思った。

  • 走っている選手の足元にパスを合わせられるか?
  • 「止める」「運ぶ」「蹴る」がひとつの動作でできるか?

僕自身サッカー経験あるのでそれなりに目は肥えているつもりでいたが、新たな視点を得ることができた。テレビではなくサッカー場でサッカーを観戦したくなった。

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モウリーニョのリーダー論 世界最強チームの束ね方

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
モウリーニョの幼馴染の著者が、モウリーニョのリーダー論を語る。

モウリーニョのリーダーシップの考え方が知りたくて本書にたどり着いた。

自らをスペシャル・ワンと公言するモウリーニョの生き方が存分に伝わってくる。そんな中でも速さについてモウリーニョが語った言葉が印象に残った。

デコ(元ポルトガル代表)を見ろ、もしあいつがボルトと100メートルを競争したら、悲惨な結果になるのは間違いない。だが、フィールド上では俺が知る中でも有数の“速い”選手だ。状況をすばやく分析し、それに対してすぐに対応できる“速さ”をもっている。

複数の速度を考えることで上を目指せるのは、様々な分野に言えることなのだろう。例えば、ある技術の習得するのが速い人がいて、その人に習得速度でかなわないとしても、一つの技術の習得からから次の技術の切り替えを速くするなど、別の速度を上げることで全体的にはそれ以上のパフォーマンスを出すことができる、などである。身体能力で敵わない人や記憶力で敵わない人などと出会った時に持ちたい視点である。

冒頭で書いたように、モウリーニョという人物について、自分がもっとも知りたいのは、どのようにして選手のモチベーションを高めるか、であり。それについてはランパードに語った言葉がヒントになるだろう。

お前はジダンやヴィエイラ、あるいはデコと同格だよ。ただ、それを証明するには勝たなければならない。お前が世界最高の選手であることを、優勝して証明するんだ。

この本人の実力を認めつつ新たな目標を提示するセリフは秀逸で、どんな人にも応用できると思った。サッカーの監督の中ではアーセナルの一時代を築いたアーセン・ベンゲルも有名だが、彼とモウリーニョの違いについても書いている。

本書を読んでモウリーニョも成功から、周囲のモチベーションを高める方法について学べる点を挙げるとしたら次の3点になるだろう。

  • 言語化(試合中だけでなく練習や日常生活におけるまで24時間)
    試合や練習だけでなく、選手が理想のキャリアを描けるよう最適な過ごし方を論理的に説明する。
  • 自分自身のモチベーションと感情を表現する
    誰よりも感情を表現し共感する。
  • 選手のキャリアや人生の向上のためのモチベーションを高めるためのセリフ・気遣い
    プライベートには立ち入らないのではなく、選手の家族との時間などプライベートも含めてベストな人生を送れるよう行動する

使える考え方はすぐに実践してみたいと思った。最近はサッカーの戦術についても改めて面白さを感じているので、リーダーシップと合わせて学ぶことができるサッカーの監督の考え方に触れられる本を、引き続き読んで行きたいと思った。

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「踏切の幽霊」高野和明

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
心霊現象の記事を書くこととなった、松田法夫(まつだのりお)は、列車の緊急停止が多い都内のある踏切を取材することとなり、過去に起こった殺人事件に行き着く。

踏切で女性を目撃したという心霊現象を取材するうちに、数年前に起こった殺人事件に行き着く。被害者の女性の姿が心霊現象として現れる女性と酷似していることから、心霊現象と並行して、事件について調べるのである。やがて本名も家族もわからなかった女性の人生が浮かび上がってくる。

ホラーの要素と生々しい殺人事件、そして孤独な女性の人生までを描いた作品である。心霊現象や事件とは別に、それを松田法夫(まつだのりお)自身の人生も厚みを持って描かれる。

元々は全国紙の社会部の記者でありながらも、現在は女性誌の取材を務める松田(まつだ)は、40代で妻を失ったため、その限られた妻との人生を思い返し悔やむ点が印象的である。

どうして妻を、もっといい家に住まわせてやらなかったんだろうと。妻の人生は、たった四十七年しかなかったというのに。
仕事熱心な夫。疑いも諍いもない、心安らぐ過程。窓からのそよ風に気持ちが和む毎日。その方が浮かべていらっしゃるのは、そんな笑顔です。

松田(まつだ)は、取材を重ねる中で不思議な現象の助けも借りて。名前も知られず孤独に亡くなった女性の人生を解き明かす過程で、自分自身の人生とも向き合っていくのである。

ホラーというのが、著者高野和明のこれまでの作品になかったので、どのような作品なのか楽しみだったが、読んでみると、しっかりとした下調べと人間への優しを感じられる高野和明らしい作品である。

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「マーガレット・サッチャー 政治を変えた「鉄の女」」冨田浩司

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
イギリスの政治家サッチャー時代について描く。

先日読んだ「シャギー・ベイン」がサッチャー政権時代の物語だったことで、当時のイギリスの様子や当時の政治の様子を知りたくて本書にたどり着いた。

本書ではサッチャーが首相になる経緯から、その政権において取り組んだこと、そして退任までを順を追って説明している。

印象的だったのはフォークランド戦争である。サッカーW杯などでイングランドとアルゼンチンが対決する際必ず持ち上がる出来事であるが、どのような経緯で発生したことなのかは知らなかった。本書を読んで、フォークランド戦争のアルゼンチン側の思惑や、イギリス側の民意などを理解すると、日本と韓国の間の竹島問題やロシアとの北方領土問題でも似たようなことは起こりうると感じた。

サッチャーという人物については、思っていた以上に感情的に物事に取り組んだ人物だという印象が強くなった。そんなサッチャーの政治家らしからぬ人間性が、当時の行き詰まっていたイギリスの政治に良い方向に作用したのだろう。

外交の専門家は、本能的に外交というものを、異なる主張についてどこかで折り合いをみつけるプロセスだと考えがちである。…サッチャーの交渉スタイルはこのような外交専門家の「職業病」とは無縁で、…いわば「玉砕型」と呼べるものであった。

また、サッチャーを含む当時の政治家たちの駆け引きや政策を知るにつれて、政治という仕事においても新たな視点をもたらしてくれた。

政治指導者には、時として、政策的には正しくても、政治的に機能しない選択肢を捨て、政策的には不十分でも、政治的に実現可能な選択肢を選ぶ懐の深さが求められる。

これまで政治家の本はバラック・オバマやジョージ・W・ブッシュなどアメリカ大統領に関するものしか読んだことがなかったが、他の政治家の考え方にも触れてみたいと思った。

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「リボルバー」原田マハ


オススメ度 ★★★★☆ 4/5
パリのオークション会社に拳銃が持ち込まれた。それはゴッホを撃った拳銃だという。高遠冴(たかとおさえ)は真実の裏付け調査を始める。

高遠冴(たかとおさえ)は会社の上司、仲間と共に、拳銃を持ち込んだサラという女性に拳銃が委ねられた経緯からゴーギャンの家系にそのヒントがあると考え、家族や愛人などの関係者を調べていく。その過程でゴーギャンの生き方や当時の感情に少しずつ触れることとなる。

そんな調査の中で高遠冴(たかとおさえ)はゴーギャンのさまざまな感情を想像しながらその思考に近づこうとする。ゴッホの絵が大きく進歩していくのを目にして、焦りや羨望を感じるあたりは、何かに秀でた人間を目の当たりにした時に誰もが覚えのある感情だろう。

遅くに画家を志したという点では似ていながらも、2人はかなり異なる人生を送ってきた。ゴーギャンは結婚して妻子がある一方、ゴッホは弟のテオをのぞけばほとんど孤独の身なのである。家族との関係も含めて二人の人生を想像することで真実に迫ろうとする。

ゴッホは家庭を築くことはできなかったが、弟テオとその妻ヨーの不屈の情熱に支えられて世に出た。一方ゴーギャンは家庭を築き、五人もの子供を授かっていたにもかかわらず、彼のために親身になって尽くしてくれる身内は存在しなかった。

ゴッホとゴーギャンという二人の画家が一時期一緒に過ごしたことは有名だが、そんな2人の関係に新たな視点を与えてくれる。そして、そんな新たな視点を持つことで改めて、それぞれの絵画を見直したくさせてくれる。ゴッホの「ひまわり」だけでなく、ゴーギャンの「マンゴーを持つ女」「かぐわしき大地」「死霊が見ている」「マリア礼賛」など、本書で触れられているさまざまな絵画を改めてじっくり鑑賞したいと思った。

ゴッホが自殺したというのが通説だが、それ自体も実は噂の域を出ないことを知った。いつものように著者原田マハはその経歴ゆえに絵画が絡むと見事にその知識を発揮するが、本作もこれまでの作品と同様に絵画と画家の人生を見事に物語に落とし込んでいる。

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「ピエタ」大島真寿美

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
18世紀のヴェネチア、孤児たちを引き取って育てていたピエタ慈善院を描く。

ピエタとは、現在でいう赤ちゃんポストであり捨てられた子供たちが、職業訓練をして過ごす場所だという。本書はそのなかでも、合奏・合唱の才能を伸ばした女性たちと、作曲家ヴィヴァルディの関わりを中心とした物語である。

語り手となるエミーリアはピエタのなかで人生を生きた一人の女性であるが、そのほかにもピエタに関わるさまざまな人物が描かれ、いろんな人間の生き方があることが伝わってくる。貴族に生まれピエタで共に音楽を学んだヴェロニカ、ピエタで音楽の才能を開花させたアンナ・マリーニ、音楽の才能を開花できずに薬剤師として独立したジーナなど、どの人生にも200年という時を隔てているにもかかわらず、現代に通ずる人生の厚みが感じられる。

大きく展開する物語ではないが、18世紀のヴェネチアという遠い地の遠い昔に生きた人々の人生がしっかり伝わってくる作品で、ヴェネチアという国や当時の音楽に対する考え方に興味を抱かせてくれた。

読み終わってから、ピエタの存在をあらためて調べてみると、かなり史実に近いことに驚かされた。ヴィヴァルディについては「四季」という曲名についてしか知らなかったが、ヴェネチア出身でかつピエタ慈善院に大きく関わっていたというのは本書を通じて初めて知ることとなった。

著者大島真寿美氏は「」で、浄瑠璃の世界を描いたことが印象に残っており、温かい人物描写、さまざまな立場の人物を良い面と悪い面の両面だけでなく、生きがいや悩みまで描くというのはどの作品にも共通しているようだ。他にも異国の地、遠い過去を身近に感じさせてくれる作品がありそうである。今後も大島真寿美氏の作品は読み続けていきたいと思った。

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