「重力ピエロ」伊坂幸太郎

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
主人公の泉水(いずみ)と父親の違う弟、春(はる)。あるとき放火事件が立て続けに起こり、春(はる)が次の放火場所を予測した。闘病中の父親と、すでに亡くなっている母親。少し変わった家族の物語。

物語自体に大きな流れがあるわけでもなく、取り上げているのは探せば世の中のどこかにありそうで目立たぬ人間関係である。ただ、そんな物語の中に散りばめられた、泉水(いずみ)と春(はる)の計算されつくした言葉のやり取り。それこそがこの物語の見所なのだろう。随所に溢れる、世の中を見透かしたような台詞の数々を読者は楽しむべきなのかもしれない。

政治がわからぬ。けれども邪悪に対しては人一倍に敏感であった。

個人的には僕の好みの作品ではないが、これはもはや好みの問題である。世間的な評価は非常に高い作品であるので手にとって各自が自分で評価してみるのも面白いだろう。

p53遺伝子
RB遺伝子とともに最もよく知られている癌抑制遺伝子。
テロメア
真核生物の染色体の末端部にある構造。染色体末端を保護する役目をもつ。
ローランド・カーク
1950〜1970年代に活躍したアメリカ合衆国のサックス奏者。
ボノボ
チンパンジーと同じPan属に分類される類人猿である。別名を、ピグミーチンパンジーともいう。

【楽天ブックス】「重力ピエロ」

「真夜中の神話」真保裕一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
主人公の栂原晃子(つがはらあきこ)は研究のためインドネシアに赴くが、その途中で飛行機の墜落事故に遭う。カリマンタンの山奥で瀕死の彼女を救ってくれたのは、文明から距離を置いて生活する人々と、歌声でコウモリを操る少女であった。
国内の問題や、発展途上国との格差からくる国際問題などを鋭く描く、真保裕一であるが、今回の作品はは吸血鬼伝説に始まり、他の作品とはやや異なる印象を受けた。
それでも、魔女狩りや世界各地にある伝説や逸話を、過去の歴史や宗教科学的な根拠と結びつけて説明していく展開は非常に面白い。吸血鬼がなぜ、人の血を好み、太陽の光に弱いとされるのか、など、多くの伝説は人々の不安が作り出した必然的産物だったのではないかと考えさせてくれる。

迷信の中には、よく真実がまぶされている。のろいの山には近づくな。そう言われてきた山には、まず毒蛇の巣があったり、有毒な火山ガスが噴出していたりする。昔の人は、経験則から、仲間を戒めるために迷信をつくり上げていったわけです。

インドネシアを舞台としているため、真保裕一の他の作品で、ベトナムを舞台とした「黄金の島」やフィリピンを舞台とした「取引」のように、発展途上国からみる先進国への妬みや、自国の未熟な社会秩序への諦めなどがリアルに描かれることを期待したが、本作品ではわずかな描写にとどまっていた。

彼等はGDPの差が、そのまま国民の優劣につながると信じて疑わない選民思想に縛られた人種なのだ。国際援助という金のばらまきによって得られる日本人への特別扱いに慣れきっている。

そして、各地に広まる宗教と、宗教によっておきる紛争や社会問題に触れる。

貧しいから人は信仰心を抱いて神にすがりたがり、その宗教が人の痛みを踏みつけにして勢いを増し、国家と人種に亀裂をつくって貧困の輪をさらに広げていく。
神は我とともにある。祈りは願望を実現させるための行為ではなく、願望に近づけるように自分を戒め、勇気を得るためにある、と理解はしている。だが、国民の多くが、ただ涙を堪えて祈るしかない現実がある。不平不満を抑えるためにのみ、宗教が機能しているかのようだ。国の貧しさが、人の心をさらに蝕み、宗教がその行為に手を貸している。

見方を変えれば、宗教を必要としない日本人は恵まれているともいえるのだろう。
物語自体は、最後までカリマンタン島の少女の不思議な力とそれに関わる人々に焦点をあてて進められていった。
真保裕一らしく、しっかりとした下調べの上で物語を展開していることはわかるのだが、やはり、彼の長所は社会問題や国際問題を独自の視点で物語にと取り入れる手法であり、そういう意味では、本作品は最終的にどこにでもありそうな物語という形でまとまっており、物足りなさを覚えた。


バレッタ
髪の毛をはさんで留めるヘアアクセサリーのこと。
死蝋
死体が何らかの理由で腐敗菌が繁殖しない条件の下に置かれ、かつ外気と長期間遮断された結果、腐敗を免れ、死体内部の脂肪が変性し死体全体が蝋状・チーズ状になったもの。(Wikipedia「死蝋」)
エコーロケーション
超音波を発し跳ね返ってくる超音波を受信することによって、周囲の餌や障害物などを認識する能力のこと。

【Amazon.co.jp】「真夜中の神話」

「千里眼 堕天使のメモリー」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
千里眼第2シリーズ第6作。ハローワークに職探しに現れた女性は「千里眼の水晶体」で自殺を図り行方不明となっていた西之原夕子(にしのはらゆうこ)であった。岬美由紀(みさきみゆき)は自己愛性人格障害と見られる夕子(ゆうこ)を救うべく奔走する
この物語の中では、基本的に「千里眼の水晶体」で、人格障害とみなされながらも犯罪に走り、結局、美由紀(みゆき)が救うことのできなかった夕子(ゆうこ)を中心として物語が進む。
第2シリーズも6作目になるが、第1シリーズのような深いテーマが未だに感じられない。個人個人の小さな精神的な苦痛を軽んじていいとは言わないが、社会に巣食った問題や矛盾に興味を覚える僕にとっては、やはり全体的に物足りなさを感じる。


フォールス・コンセンサス効果
自分の意見を根拠無く多数派だと思い込んでしまう心理的作用。
反動形成
好きなものを嫌いと言ってしまう心理的作用。
ブリッグ症候群
自分は汚くても他人の汚さは許せない心理。

【Amazon.co.jp】「千里眼 堕天使のメモリー」

「ランドマーク」吉田修一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大宮の地に建設中の高層ビルO-miyaスパイラルに関わる建築士の犬飼(いぬかい)と建設作業員、隼人(はやと)の生活を描く。
基本的に吉田修一の作品は、読者に解釈を委ねる部分が多く、僕が小説に求めるものとは異なるという認識を持っている。それでも、大宮という、僕が生まれ育った街を舞台にしていることや、「パレード」で受けたような奇妙かつ、強烈な衝撃をもう一度味わいたいと思って久しぶりに手に取った。
本作品も、ほかの吉田修一作品と同様に、吉田修一らしい視点を物語の中に断片的に散りばめ、最終的な解釈は読者にお任せ、というスタンスである。一つ一つの小さなエピソードや台詞は物語の本筋とは一切関係ないようで、それでいて何か重要なものを訴えているようにも感じられる。これぞまさに吉田修一ワールドといった感じである。

与えられた場所に満足できないのが人間の本性だろうか。それとも与えられた場所に、愚痴をこぼしながらも満足してしまうのが人間の本性なのだろうか。満足できないから生きていくのか。それとも、満足してしまうから生きられるのか。

「東京」でもなければ「地方」でもない大宮という地。その位置的な中途半端さを、なかなか自分の気持ちにに正直に生きることの出来ない男たちの生き方と対比させているようである。
そしてまた、物語のタイトルにもなっているランドマーク、O-miyaスパイラル。超高層ビルという物理的には最も目立つ存在でありながら、冷たく存在感がない。それはまさに、豊かな日本のなかで、大きな目標も生き甲斐も無く生きている、世の中の多くの人々を象徴しているようだ。
著者が物語の中に埋め込んだテーマをそれなりに斟酌したつもりでも、やはり物足りなさが残る。これはもはや好みの問題だろう。


ヘルツォーク&ド・ムーロン
スイス出身の建築家。スイスのバーゼル出身のジャック・ヘルツォークとピエール・ド・ムーロンの2人からなるユニットで、日本ではプラダ青山店などを手がけた。
丹下建三(たんげけんぞう)
日本の建築家。新宿パークタワー、フジテレビ本社、東京都庁舎、代々木体育館、ほか多数をてがけた。

【Amazon.co.jp】「ランドマーク」

「Fake」五十嵐貴久

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
興信所の調査員であり主人公の宮本と東大生の加奈は、芸術の才能はあるものの学力は最低レベルの昌史を東京芸術大学に合格させるため、最先端の技術を駆使してカンニングの手助けをする。しかしその先には大きな罠が待ち構えていた。

前回読んだ五十嵐貴久作品である「交渉人」が物語の展開とともに世の中の問題点をうまく描いていたので、今回もそれを期待して手にとったのだが、今回は少し趣が違った。

最終的に宮本らは、10億円をかけて、自分たちを罠に嵌めたカジノのオーナーとポーカーで勝負することになる。そのポーカーのシーンで描かれるブラフ(はったり)による駆け引きやカードチェンジの枚数によってよそうされる相手の役など、ポーカーを知っている人には非常に面白いだろう。

上でも述べたように、僕が物語に求めているような、世の中の矛盾や問題点を見事に描く。というような内容ではなかったが、1ヶ月ほど前に読んだ同名の作品、楡周平の「フェイク」と同様に、多くのお金を持っている人からお金を奪うという内容が共通している点が非常に興味を惹いた。

格差社会と呼ばれる今、どんなに努力しても豊かな生活を得ることはできず、才能を発揮して誰もやったことのない事業に手を出しても、いずれ法律に阻まれる。今、ジャパニーズドリームとされるのは、弱者を蹴落として大金を稼いでいる人からお金を騙し取ることなのかもしれない。

ジャンフランコ・フェレ
自身のコレクションを手がける一方、1989年から1996年までクリスチャン・ディオールのチーフデザイナーを務めた。
ハリー・ウィンストン
アメリカの宝飾デザイナー、宝石商、またそのブランドである。父親のヤコブ・ウィンストンも宝石商。

【Amazon.co.jp】「Fake」

「フェイク」楡周平

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
銀座の高級クラブの新米ボーイである主人公の岩崎陽一(いわさきよういち)は常にお金に困った生活を送っている。ところが年収1億の雇われママ、上条麻耶(かみじょうまや)と出会って人生は大きく動き出す。
銀座の高級クラブを舞台としているため、ホステスという僕の生活の中ではまったく縁のない世界について、物語を通じていくらか理解することができる。永久指名や同伴、ホステスが店を頻繁に移る理由など、ホステス同士が売り上げを競いながらもクラブのイメージを崩さないためにその長い歴史の中で考え出された仕組みだとわかる。
そして、物語中盤から、陽一(よういち)は麻耶(まや)と組んで、は高級クラブ通いのお金に無頓着な人々を相手に一儲け企む。100万単位でお金が動く展開はどこか現実離れしたものを感じながらも、格差の広がった現代、こんな人たちもいるのだろう、と納得のできるものではある。そして終盤にかけては、競輪というギャンブルとそれを利用するノミ屋なども関わってきて、またいくつか、今まで知らなかった社会の仕組みに強く興味を喚起させられた。
物語全体を通じた感想を言うと、非常に読みやすい作品であった。ただ、物語を通じて一貫して主人公の岩崎陽一(いわさきよういち)の一人称で進んだのが少し残念である。高級クラブに勤めているという以外はどこにでもいそうな青年の陽一(よういち)だけでなく、複雑な事情を抱えてホステスという世界に踏み込んだ上条麻耶(かみじょうまや)などの心情表現にももっと深く踏み込んで欲しかったと感じた。


ポプリ
花に、ハーブやスパイス、香料を混ぜ合わせ、さらにそれを瓶やポットのなかで熟成させた香りのこと
リトグラフ
リトグラフとは石版画のこと。リトグラフの「リト」とはギリシア語で「石」、「グラフ」とは「図版」です。水と油が反発しあうことを応用したもの。
デカンタージュ
ワインを飲む際に、「おり(滓)」と呼ばれる酵母の残りを取り除くために、清潔な別の容器に1度ワインを移す作業のこと。
ヘネシー
Hennessy。世界的に有名なブランデーメーカー。

【Amazon.co.jp】「フェイク」

「千里眼の教室」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
千里眼第2シリーズ第5作。氏神高校の体育館で爆発が起こった。そして爆発の後、生徒達は突然氏神高校国の設立を政府に向かって宣言する。
例によってやや現実離れしたストーリーである。学校という小さな面積と少ない人数で独立した国を作ろうとする生徒達の行動は、小さな国の成り立ちを見ているようだ。
インターネットを利用することで、土地が無くても頭脳で外貨を稼ぐことができ、国に役立つ情報や技術にはそれ相応の通貨を支払うなど、国民のモチベーションを上手く国へ還元させようとする。その一方で医療技術の進歩が遅れていれば、国民の生命を守るために、医療技術の進んだ他国に頼らざるを得ない。小国であるが故の長所と短所をこの題材の中でうまく表現している。
生徒達の知識が、高校生という設定にしては豊富すぎる印象もあるがこのへんの非現実感は千里眼シリーズだから描けるものなのだろう。そんな非現実なストーリーの中で発せられる疑問や台詞には現代の真実を的確に言い表したものもある。

実力行使こそが子供たちにとって唯一の対話法だったのよ。いつものらりくらりと問題から目をそむけてばかりの大人たちに対し、子供たしは発言の自由など感じてはいなかった。それで、どうあってもわたしたちが逃れられない状況をつくりだしてきた。

どんなに学のない大人であっても、中学生や高校生と比較すれば多くの知識を持っているのは当然である。それであるがゆえにその行動が正しくなかったり子供にとって納得の行かないものであったとしても言い争えば大人が勝ったり上手くはぐらかすことができるものである。それだけの理由で、大人には「自分たちのほうが正しい」という思い込み、子供には「大人は話しても無駄」という思い込みが生まれ、双方の溝は深まっていく。
いつか大人の立場になったとき、子供達の間に、そんな不都合な溝の生じない関係をつくれる大人になりたいものだ。


適応規制
私たちの心が、緊張や不安などの不快な感情をやわらげ、心理的な安定を保とうとする働き。
適応規制 合理化
一見もっともらしい理由をつけて、自分を正当化しようとする機制
適応規制 退行
たえがたい事態に直面したとき、発達の未熟な段階にあともどりして自分を守ろうとする機制
村八分
十分の交際のうち、葬式と火事の際の消火活動の二分以外は付き合わないという意味からとされ、のけ者にすることを「八分する」とも言われていた。十分のうちの八分は、「冠・婚礼・出産・病気・建築・水害・年忌・旅行」である。

【Amazon.co.jp】「千里眼の教室」

「千里眼 メフィストの逆襲」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
4年ぶり2回目の読了。「千里眼」第1シリーズ第5作である。「千里眼 ミドリの猿」と「千里眼 運命の暗示」では中国と日本の問題を題材に取り上げていたが、本作品では北朝鮮問題を題材に取り入れている。「千里眼 岬美由紀」と2冊で一つの物語を構成する。
物語冒頭では岬美由紀(みさきみゆき)の自衛隊時代のエピソードが描かれている。自衛隊という矛盾した存在を現場の目線で語っている。

軍人と同様の責務を求められながら、軍人であることを公に否定され、公務員であることを自覚せねばならない立場。そんな自衛隊員のアイデンティティの矛盾が、やがては有事の際にとりかえしのつかない失策につながるのではないか。
われわれはいったいなんのために存在するというのだ。自衛隊に先制攻撃が許されないのはわかる。が、防御のための応戦さえできないというのでは、存在意義がないではないか。自衛隊は文字通り、憲法上あいまいにされてきた解釈の泥沼にはまってしまっている。

物語途中から李秀卿(リ・スギョン)という北朝鮮工作員と疑われる女性が大きく関わってくる。李秀卿(リ・スギョン)と美由紀(みゆき)の議論は双方とも祖国の正当性を主張するもので、育った環境によってお互い理解することの難しさを見せてくれる。

日本人は、外国人がたどたどしい日本語でしゃべるというだけで、まるで知性が同等でないかのような錯覚を抱きやすい

拉致問題など、北朝鮮問題に興味を抱かずにはいられない作品である。
【Amazon.co.jp】「千里眼 メフィストの逆襲」

「千里眼 洗脳試験」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
4年ぶり2回目の読了。「千里眼」第1シリーズ第4作である。奥多摩の山中で行われていた自己啓発セミナーの参加者4,000人が人質に取られた。「千里眼」で凶悪なテロを画策し、「千里眼 運命の暗示」で死んだとされた友里佐知子(ゆうりさちこ)が企てた陰謀である。
世間で認識されているような、人を思いのまま操る”洗脳”は現実にはあり得ない。という立場に立ちながらも、4,000人ものセミナー参加者が抵抗も見せずに施設の中に人質として留まってしまった状況に、「洗脳」の存在を信じる世間に対して、美由紀(みゆき)や嵯峨敏哉(さがとしや)は心理学的立場から真実を探ろうとする。
世にはびこる凶悪事件について、その犯人を「異常」とか「洗脳された」という一言で片付け、それ以上理解しようとしない現在の世の中にに疑問を投げかけているのがこの物語のテーマと言えるだろう。

意識の変調を、異常とかおかしいのひとことで切り捨てていたんじゃ、進歩も発展もない。あの参加者のようなひとたちと理解しあえるときは、永遠にやってこない

どんな凶悪な犯罪者だろうと、そのような行為を働く過程、育った環境にその心を育む土壌があったはず。そんな考え方は普段の人間関係にも当てはめることができる。理解し難い行動に走る人、仲良くなることはできないかもしれないがその気持ちを理解することはできるかもしれない。
物語終盤では友里佐知子(ゆうりさちこ)と岬美由紀(みさきみゆき)が向き合って言い争う場面がある。決して知ることのできな人間の本質、生きる意味。お互いの信念を言葉にしてぶつけ合う、その台詞の数々はどれも心に響く。結局その人生に悲観するか希望を見出すかは本人次第なのである。そこに、間違っているとか正しいとかいうものはない。


ダッチロール
機体の傾きと機首の方向が左右に変化を繰り返し、進行方向が安定しなくなる現象。
メソッド演技
せりふを抑揚で意味づけしたり、外見の動きで演技を説明したりせず、内面的な心を大切にする演技技法。
レム睡眠
浅い眠りを指す。体の骨格筋は弛緩状態だが、脳は覚醒に近い状態で活動し、まぶたの下で目がキョロキョロと動き、「体は眠っているのに脳は起きている」という状態。一般的には、入眠してから最初のレム睡眠出現までは60〜120分。その後、ノンレム睡眠とレム睡眠をおよそ90分周期で繰り返す。ちなみに、夢を見るのはたいていこのレム睡眠のときが多い。
ノンレム睡眠
いわゆる深い眠りを指す。脳の温度は下がり、体は弛緩して心拍のテンポも遅くなり、眼球は上転してほとんど動かない、「脳も体も休んでいる」状態。さらにノンレム睡眠にも深い時期と浅い時期がある。このノンレム睡眠の深さは睡眠の質とも関係しており、熟睡感に影響すると考えられている。
ブランチ・ダビディアン事件
1993年、アメリカ・テキサス州ウェイコで起きた、宗教団体ブランチ・ダビディアン(Branch Davidian)による武装立て籠もり、および集団自殺事件。ただし、『自殺』という見方には異議・疑問も呈されている。
人民寺院
牧師ジム・ジョーンズが創設した宗教団体。もともとはアメリカ合衆国インディアナ州に存在した団体であったが、反社会的なカルト宗教として急成長。南米・ガイアナのジョーンズタウンに自給自足のコミュニティを作ったが、1978年11月18日、ジム・ジョーンズを含む900人以上が集団自殺。そのうちの300人以上が他殺だった。
参考サイト
日本航空350便墜落事故(Wikipedia)
羽田沖日航機墜落事故体験記
人民寺院事件/信者900人の集団自殺事件人民寺院事件/信者900人の集団自殺事件
御船千鶴子(Wikipedia)

【Amazon.co.jp】「千里眼 洗脳試験」

「千里眼 ミドリの猿」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
4年ぶり2回目の読了。「千里眼」第1シリーズ第2作である。岬美由紀(みさきみゆき)がODA査察中に戦火に巻き込まれているアフリカの子供を救ったことが、中国の対日感情を悪化させ、開戦の気運を高める。追われる身となった美由紀は、同様に追われている立場で優秀なカウンセラーの嵯峨敏也(さがとしや)と出会う。
第1シリーズ第2作である本作品は、第3作の「千里眼 運命の暗示」とあわせて一つの話を形成している。本作品は「催眠」シリーズと「千里眼」シリーズの世界が交わる作品である。この作品では、美由紀(みゆき)と嵯峨(さが)の周囲の奇妙な出来事の謎を、倉石勝正(くらいしかつまさ)というベテランのカウンセラーを加えた3人で解いていく。
読み進めていくうちに「催眠」というものに対する世間一般的な誤解と、正しい解釈をわずかであるが知ることができるだろう。人を意のままに操るなど不可能ということを繰り返しながら、それを可能にしている陰謀の真相に迫っていく。本作品は次作「千里眼 運命の暗示」の序章といった感じである。


クロム
原子番号24の元素。元素記号はCr。金属としての利用は、光沢があること、固いこと、耐食性があることを利用するクロムめっきとしての用途が大きい。また、鉄とニッケルと10.5%以上のクロムを含む合金(フェロクロム)はステンレス鋼と呼ぶ。
アンチモン
原子番号51の元素。元素記号はSb。アンチモン化合物は古代より顔料(化粧品)として利用され、最古のものでは有史前のアフリカで利用されていた痕跡が残っている。
公安調査庁
破壊活動防止法や無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律に基づき、日本に対する治安・安全保障上の脅威に関する情報収集(諜報活動)を行う組織。
ガムラン
東南アジア・インドネシア・ジャワ島中部の伝統芸能であるカラウィタンで使われる楽器の総称。
ナルコレプシー
日中において場所や状況を選ばず起きる強い眠気の発作を主な症状とする精神疾患(睡眠障害)である。笑う、怒るなどの感情変化が誘因となる情動脱力発作(カタプレキシー)を伴う人が多い。入眠時もしくは起床時の金縛り・幻覚・幻聴の経験がある人も多い。夜間は頻回の中途覚醒や、幻覚や金縛りを体験するなど、むしろ不眠となる。1日の睡眠時間の合計は健常者とほとんど変わらない。
ヒエロニムス・ボス
ルネサンス期のネーデルラント(フランドル)の画家。

【Amazon.co.jp】「千里眼 ミドリの猿」

「千里眼 ミッドタウンタワーの迷宮」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
自衛隊の航空祭で最新ヘリが盗まれた。六本木にそびえるミッドタウンタワーには毎晩侵入者が現れる。中国大使館の敷地で企てられた陰謀に岬美由紀(みさきみゆき)が挑む。
今回も話題のオープン間近のミッドタウンを舞台に設定しており、最近の話題や社会問題を物語に取り入れようとしている姿勢が松岡圭祐らしい。山場の一つとなるギャンブルのカードゲーム「愛新覚羅」は物語を盛り上げ、同時に中国の歴史にまで興味を向けさせてくれる。また、そんな知識欲を刺激する内容以外で、本作品の中で印象的だったのが、岬美由紀(みさきみゆき)、雪村藍(ゆきむらあい)、高遠由愛香(たかとおゆめか)という、一見どこにでもいるような女性の仲良し三人組の人間関係についての描写である。

「友人同士らしい、由愛香(ゆめか)はいつも、藍(あい)を見下した態度でからかっている。」
ふたりの関係はその指摘とは逆に見えた。からかっているのはむしろ藍(あい)のほうだ。由愛香(ゆめか)のセレブ気取りを内心で嘲笑している。藍はときおり、その態度をあからさまにちらつかせるが、由愛香(ゆめか)のほうはそれを皮肉と気付かず、ますますのぼせあがるといった図式だ。

高遠由愛香(たかとおゆめか)は精神的に追い詰められて、美由紀(みゆき)に本音をぶつける。

そもそもあなたと付き合っていること時代、わたしにとっちゃ高級車を持ってるのと同じことだったの。クルマなんて走りゃいいけど、だからといって軽自動車じゃ世の中になめられるでしょ。岬美由紀(みさきみゆき)と友人だってうそぶいて、ずいぶん社交や取引で役に立ったわ。でも本心ではあなたって人、嫌い。

人間関係は必ず双方によってなんらかのメリットがあってこそ成り立つもの。それは僕自身が常々思っていることであるが、世間の人は「無償の愛」が存在すると考えたがり(もちろん「無償」が「金銭的のやり取りのない」を意味するのであればそれは存在するのだが)、この事実を認めたがらないようだ。本作品では美由紀(みゆき)の友人である高遠由愛香(たかとおゆめか)がそれをはっきりと表現しており、もちろんそれは世間一般的には受け入れられ難い行動なのだろうが、僕はその潔さは逆に良い印象を受けた。


光岡自動車
富山県に本拠地を持つ、日本第10番目の自動車メーカー。
ウィーン条約
ウィーン条約と呼ばれているものは多いが、国際法上最も重要かつ基本的なものが「外交関係に関するウィーン条約」である。1961年にウィーンで開かれた外交関係会議で採択された多国間条約で、53条から成り、外交関係の開設、外交使節団の派遣と接受、外交特権や免除など外交に関する諸問題を規定。外交特権では公館や公文書の不可侵や、外交官がいかなる方法でも抑留、拘禁されないことなどを定めている。
セルフ・ハンディキャッピング
失敗したときにその原因が自分の能力や意欲にあることがはっきりすると自尊心が傷ついてしまう。それを避けるために、あらかじめ自分自身にハンディキャップをつけて自尊心を守ること。

【Amazon.co.jp】「千里眼 ミッドタウンタワーの迷宮」

「千里眼の水晶体」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
旧日本軍の生物化学兵器、冠摩(かんま)が温暖化によって猛威を振るいだした。岬美由紀(みさきみゆき)の友人、雪村藍(ゆきむらあい)もそのウイルスに感染され命の危険にさらされる。
地球温暖化と極度の潔癖症という現代の社会が生む問題を重要な鍵として物語を展開している。

「最近じゃ東北地方も含めて真夏には四十度前後に達する地域も増えた。水温が上がって水蒸気となる回数の寮が増え、スコールを思わせる豪雨が降って洪水を引き起こす。このところ上野公園ではジャージャーというクマゼミの鳴き声が聞こえるが、ああいう南方原産の虫も、以前なら関東で生きられるはずはなかった」
「八王子の高尾山にもツマグロヒョウモンという蝶が飛んでいる。熱帯魚のクマノミは本州では産卵しないと言われていたが、いまでは相模湾で繁殖している」

悪意と罪に対する社会の対処の仕方について深く考えさせられる。物語中では小さな悪意が結果的に、ウイルスを広めて人々を恐怖に追いやることとなるのだが、小さな悪意が、その人の思惑以上に多くの人に被害を与える結果になった場合、その罪と責任はどこにあるべきなのだろうか。

本当に不幸なのは誰なのか知ってんの?わたしがどれだけ孤独な人生を歩んできたか、知りもしないくせに。

世の中の多くの犯罪者は、現代の社会が生み出した犠牲者なのである。しかし、昨今増え続ける凶悪犯罪に対して、その犯罪者を裁判にかけて、被害者と世間を納得させるだけ。決して凶悪犯罪が減っているとは思えない。本当に目を向けるべき場所は他にあるのだということをみんな気付いているはずだ。
【Amazon.co.jp】「千里眼の水晶体」

「真夜中のマーチ」奥田英朗

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
横山健司(よこやまけんじ)は仕込んだパーティで三田総一郎(みたそういちろう)と出会う。さらに、ひょんなことから二人でヤクザの金を盗もうとして黒川千恵(くろかわちえ)と出会う。ヨコケン、ミタゾウ、クロチェの3人は一つの計画のために協力することとなる。
読みやすさを維持しながら登場人物と共に。読者を混乱の渦中にひきこんで行くテンポのよさは、著者の別の作品「最悪」に似たものがある。特に深い知識や思想を得られるわけではないが、もやもやしたものを吹き飛ばすエネルギーをもった作品である。
【Amazon.co.jp】「真夜中のマーチ」

「千里眼 ファントム・クォーター」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
日本企業の株価が一斉に値を下げ、岬美由紀(みさきみゆき)の元には航空自衛隊の幹部から、「目に見えないミサイルが日本を狙っている」という情報が入る。そんな中で美由紀(みゆき)は拉致され、奇妙な街、ファントムクォーターへ送り込まれる。
ワンセグやHDDレコーダーなど最新機器をトリックに取り入れており、それ以外にも多くの物事に興味を引き起こす要素に事欠かない。そしてラストは目に見えないトマホークを防ぐために美由紀が奔走する。前シリーズに比べやや大人しい印象を受けたのは前作と変わらないが、そんな中、早くも話の展開に現実離れした感覚を覚えた。


トマホーク
水上艦艇や潜水艦から発射可能な長距離巡航ミサイル。有人攻撃・爆撃機を危険にさらすことなく、敵地深くの戦略目標に攻撃を行う精密誘導陸上攻撃兵器。速度は最大でマッハ0.75と、ロケット推進のミサイルマッハ2以上で飛行するのに比べて遅いが射程は1000kmを超える。小型で、低空を飛行するため、戦闘機や地対空ミサイルで迎撃するのは難しい。
マトリョーシカ
ロシアの代表的な民芸品の一つ。木製の人形で、胴の部分で上下に二分され中から同形の小さな人形がいくつも出てくる入れ子式の構造になっている。この構造から子孫繁栄や開運の象徴として親しまれている。名前の由来はロシア女性の名前、マトリョーニャから。

【Amazon.co.jp】「千里眼 ファントム・クォーター」

「影踏み」横山秀夫

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
主人公の真壁修一(まかべしゅういち)はノビカベと呼ばれる泥棒。15年前に焼死した双子の弟の啓二(けいじ)の魂と共に生きている。二年前に逮捕された真壁が、出所してからの出来事を7編収録してある。
真壁(まかべ)の耳に響く啓二(けいじ)の声が物語を面白くさせている。泥棒という視点も勿論面白いが、双子という視点からの独特な考え方もまた興味をそそる。そしてその人間関係の中に、啓二と真壁の二人が愛した女性、久子(ひさこ)が絡んでくる。

双子というものは、互いの影を踏み合うようにして生きているところがある。真壁(まかべ)が自分ならそうするであろうと思うことは即ち、啓二(けいじ)がそうする確率が極めて高いことを意味していた。

泥棒同士の人間関係、刑事との駆け引き。「第三の時効」に登場する刑事たちが見せたような、鋭い観察力を持つ男を、今回は泥棒である真壁が務める。ただ、「泥棒」という題材のせいか、やはり現実から程遠い感じは否めない。とはいえ実生活の中で、経験やメディアを通じてもまず触れることのない世界を見せてくれるという点では秀作と言えるだろう。


ニコイチ
2台のクルマを各々の使用できる部分を利用して1台のクルマにする修理方法

【Amazon.co.jp】「影踏み」

「千里眼 TheStart」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
小学館文庫で刊行されていた千里眼シリーズの続編という位置づけではなく、新たなシリーズとなっている。過去十二作を刊行する際に7年の月日が経ち、その間、心理学の分野にも考え方もまた少し変わってきたことがその理由であると。著者の松岡圭祐があとがきで書いている。
物語は主人公の岬美由紀(みさきみゆき)が自衛隊を除隊して、臨床心理士を目指すところから始まる。飛行機の墜落をもくろむ犯人の計画を防ぐことがメインとなって展開し、美由紀の恋愛にまで触れるところが今回は新鮮である。また航空機の構造やそれを墜落させる難しさに触れているが、基本的には心理学に関する内容が多い。
松岡圭祐が本作品のあとがきで書いているように、前シリーズよりも真実に近い形にすることを重視したせいか、少し大人しい印象も受ける。とはいえ前シリーズはやや行き過ぎな印象もかなり多くそのたびに興ざめすることもあったのでこれからの展開に期待したいところである。岬美由紀(みさきみゆき)の知識や頭の回転の速さは前シリーズと変わらず大きな刺激を与えてくれることだろう。(もちろん空想の人物であるがゆえにできることではあるのだが)


意味飽和
同一の単語を繰り返し見たり読んだりしているとき、一時的にその言葉の意味が曖昧になったり思い出せなくなったりする現象。
適応機制
緊張や不安などの不快な感情をやわらげ、心理的な安定を保とうとする働き。適応機制の種類にはつぎのようなものがある。
 代償・・・欲求が満たされないとき、似通った別のもので満足しようとする機制
 同一化・・自分にない名声や権威に近づくことによって、自らの価値を高めようとする機制
 合理化・・もっともらしい理由をつけて、自分を正当化しようとする機制
 逃避・・・直面している苦しく辛い現実から逃避することにより安定を求める機制
 抑圧・・・実現困難な欲求を心の中におさえこんでしまう機制
 退行・・・耐え難い事態に直面したとき、発達の未熟な段階にあともどりして自分を守ろうとする機制
 攻撃・・・他人や物を傷つけるなどして、欲求不満を解消しようとする機制

【Amazon.co.jp】「千里眼 TheStart」

「バリアセグメント 水の通う回路[完全版]」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
ゲームメーカーフォレストの人気ゲームである「シティ・エクスパンダー4」をプレーした小学生が、黒いコートの男の幻覚を見るという事件が全国に拡大した。フォレストの社長である桐生直人(きりゅうなおと)を含めた各分野の専門家たちが真相解明へと動き出す。
物語は2001年に発刊された「バグ」の改訂版である。かなりの部分に加筆されているとは言え、一度「バグ」を読んでいる人にはある程度展開に予想がつくかもしれない。
音声認識アプリケーション、ポリゴン、テクスチャーなど、最先端ではないが、CG技術の発展したゲーム業界で用いられる言葉を多く物語中に取り入れて展開していく。個人的にはゲームプログラマーが音声認識アプリケーションなど使うのかという疑問はあるのだが、それ以外にも「2ちゃんねる」ならぬ「Nちゃんねる」、「ミクシィ」ならぬ「メクシィ」、ライブドア粉飾決算などニュースをいち早く物語の中に取り入れるあたりはさすが松岡圭祐という印象を受けた。
ゲームの中で「死」という表現を用いないことをポリシーとする桐生直人(きりゅうなおと)とそれに対する意見も興味深く、また一つ僕の中にテーマを植えつけてくれた。

死という概念がない世界では、人間はどうなると思うかね?釣り人が釣った魚をまた川に逃がすことでヒューマニストをきどったりするが、私にいわせればそのほうが残酷趣味だよ。逃がされた魚はまた釣られる運命にある。一生、人間さまにもてあそばれる

最終的には「水の通う回路」という言葉についても理解できることだろう。ただ、松岡作品に時々感じられる「突飛すぎる展開」をこの作品でも感じてしまった。数年前に「バグ」を読んでおり、そのときもやや強引な印象を受け、今回大幅に加筆されたというのでその辺りの改善を期待していたのだが、相変わらずやや強引な印象を受けた。


光感受性発作
光源癇癪ともいい、通常、大脳の異常から、激しく点滅する光の刺激を受けると、痙攣などの発作が誘発される癇癪とされ、テレビ画面などの閃光や点滅(1秒間に10回程度点滅する赤い光のような強い刺激)を直視すると既往歴のない人でも発作が起こる「光感受性反応」(PPS)が原因で、4000人に1人に発祥する。
トリクロロエチレン
無色透明の液体でクロロホルムに似た匂いを有し、揮発性、不燃性、水に難溶。ドライクリーニングのシミ抜き、金属・機械等の脱脂洗浄剤等に使われるなど洗浄剤・溶剤として優れている反面、環境中に排出されても安定で、地下水汚染の原因物質となっている。
アタリショック
ゲームソフトの供給過剰や粗製濫造により、ユーザーがゲームに対する興味を急速に失い、市場需要および市場規模が急激に縮退する現象を指す。
マキャベリスト
目的達成のために手段を選ばない人のこと。15世紀末から16世紀初頭に活躍したイタリアの外交官マキャベリが「君主論」の中で述べた政治思想。
サージ
短い時間、過電圧の状態になること。

【Amazon.co.jp】「バリアセグメント 水の通う回路[完全版]」

「ハサミ男」殊能将之

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第13回メフィスト賞受賞作品。すでに3人の少女を殺害し、殺人の際には研ぎ上げたハサミを被害者の首に突き刺すハサミ男である主人公の「わたし」。3人目の獲物を求めて歩き回が、ハサミ男の模倣犯が現れてしまう。

「わたし」は妄想癖を持っているため常に博識な「医師」と呼ばれる想像上の人との会話を繰り返す。その博識ぶりはや考えの斬新さは、物語の展開以外の刺激を与えてくれる。

自殺未遂者が嫌われる理由はふたつある。ひとつは、自殺未遂によって他人を支配しようとするからだ。別れるくらいなら死んでやる、とか叫んで、剃刀で手首を切って見せるやつが典型的な例だね。わたしは自殺という普通の人間にはできない行為を試みた。ゆえに他人はわたしの言うことを聞かなければならない。そんな馬鹿げた論理を押しつけようとする

加えて、事件の真相を追うフリーライターやハサミ男を追う警察関係者達の会話も面白い。

高校生の男の子が年上の女性と何人もつきあったら、かっこいい、あいつもやるなあ、って言われるのに、女の子だといきなりインランだもの。やってることは、なんにも変わらないのにね
犯罪を犯す「普通の動機」なんて、本当にあるのだろうか。それに、保険金殺人は納得できるが、快楽作人は納得できないというのも妙な話です。まるで、金のためなら人を殺してもしかたがない、と言っているみたいだ

物語は、警察関係者目線、「わたし」目線を交互に繰り返していく、読者の誰もが終盤には「わたし」に一杯くわされることだろう。

この手の手法を用いる作品は、この状況を作り出すために、話の展開だけに重点を置きすぎて、心理描写などが薄くなりがちだが、この作品はそんなことがなかった。ただ、唯一この物語のために作られた「偶然」は、あまりにも確率の低いもので、「作られた物語」という感覚は読んでいる最中に常に付きまとわれてしまった。

また、妄想癖と自殺願望を持つ「わたし」を主人公にした以上、そのような心理を持った原因などにも少し言及して欲しかった。

ポルシチ
ウクライナからロシアに入った色に特長のあるスープの一種。スビヨークラ(赤い砂糖大根)が入っている。
バゲット
フランスパンの一種で、細長い形をしたパンのこと。バゲットはフランス語で杖や棒という意味。
ハインリヒ・ハイネ
ドイツの著名な詩人、作家、ジャーナリスト。1797年12月13日-1856年2月17日

【Amazon.co.jp】「ハサミ男」

「博士の愛した数式」小川洋子

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第55回読売文学小説賞受賞作品。第1回本屋大賞受賞作品。
家政婦を務める主人公は、家政婦紹介組合からの紹介でとある男性の世話をすることになった。その男性はその男性は数学の博士で、交通事故により80分間しか記憶を保持することができない。博士と主人公の私、そしてその息子のルート、3人の不思議な物語である。
素数、友愛数、完全数など昔習ったような記憶を持ちながらも忘れてしまった数学の言葉が多々出てくる。この物語は理系の人間が読むか、文型の人間が読むかで大きく印象が異なるかもしれない。また、80分しか記憶が持たない人間がどのような気持ちになるのか物語を読み進めるうちに考えることだろう。たった80分間のために何かを学ぼうと思うだろうか、向上心がわくだろうか。人と会話をしようと思うだろうか、と。普段考えないことを考えさせてくれる作品ではあったが、この物語が世間で受けている評価ほどすばらしい作品とは思えなかった。
【Amazon.co.jp】「博士の愛した数式」

「バトル・ロワイアル」高見広春

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
映画を先に見ているので「殺し合い」という物語に抵抗があったのだが、あるところで「読まず嫌いが多いが、いつの時代にも読みつがれる青春小説」という書評を目にして手にとった。西暦1997年、東洋の全体主義国歌、大東和共和国。城岩中学3年B組の生徒42人は、修学旅行バスごと無人の島へと拉致され、政府主催の殺人実験を強制される。
「相手を殺さないと生き残れない」という現実の中で、42人が様々な生き方を見せる。誰も信用しない者、生き残ることを諦めて信念を貫く者、欲望に走る者、人を信じて助かる道を探る者。読者は42人のいずれかに自分を重ねることだろう。個人的には桐山和雄(きりやまかずお)と杉村弘樹(すぎむらひろき)の生き方に共感した。僕も同じ立場に立たされたならこの2人のどちらかの生き方をすることだろう。桐山(きりやま)の言葉が印象的だ。

俺には、時々、何が正しいのかよくわからなくなるよ

他にも死という現実に直面した生徒達の、恐怖、欲望、友情、愛情など多くの感情の間で揺れ動く感情が緻密に描かれている。この心情描写こそがこの作品の最大の見所なのだろう。映画ではただの「殺し合い」で終わってしまったが、小説ではこの心情描写が救いである。

いつの場合でもそうだが、善人が救われるかっていうとそうじゃない、調子のいいやつの方がうまくやっていくもんだ。でも、誰に認められなくても失敗しても、自分の良心をきちんと保っているやつっていうのは偉いよ。

全体的には、もう少し現実の世界と繋げて欲しいと言う感想を持った。というのも、舞台は香川県の瀬戸内海に浮かぶ島で明らかに日本を題材にしているが物語中では大東和共和国という空想の世界である。殺人実験が行われる物語としては山田悠介の「スイッチを押すとき」が思い浮かぶが、あの物語のように未来の話という設定にして何故このような殺人実験が行われているのかをもう少し説得力を持たせて描けたらもっと評価ができる気がした。また生徒達が、人によっては専門分野に対して豊富な知識を持っており、また恋愛に対しても一貫した考え方を持っている人もいることから中学3年生という年齢設定に違和感を感じた。高校生もしくは大学生という設定であればもう少し受け入れやすかった気がする。
最終的に「人を信じることの難しさ」「信念を貫くために真実を知ることの大切さ」を問題として投げかけられた気がした。作者自信が何を意図してこの作品を描いたのかは分からないが、文庫本上下2冊に渡って42人の生徒が一人一人死んでいく様を詳細に描かないと、著者の訴えたいことを描くことはできなかったのだろうか。


マリーセレスト号
1972年11月5日ニューヨークからイタリアに向けて出港した船。12月5日に大西洋を無人で漂流しているのを発見されたときには、マリー・セレスト号の船長室の朝食は食べかけのままで暖かく、コーヒーは、まだ湯気を立っていた。
バードコール
鳥の声を真似た音を出して、野生の鳥たちを誘い出す道具。

【Amazon.co.jp】「バトル・ロワイアル(上)」「バトル・ロワイアル(下)」