「まほろ駅前多田便利軒」三浦しをん

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第135回直木賞受賞作品。
便利屋の多田(ただ)のもとに、高校時代の同級生行天(ぎょうてん)が転がり込んでくる。居候となった行天(ぎょうてん)とともに便利屋を続ける。
仕事を通じて多くの人と接し、出会う人々それぞれにある人間物語を描く、というのはよくある話題の構成だが、本作品がそれらの作品と一線を画すのは、多田(ただ)も行天(ぎょうてん)も、正義など貫く気はまったくないどころか、信念すら持っていないという点だろう。
自分の目の前や自分のせいで誰かが不幸になるのは嫌だが、知らないところで知らない人がどうなろうが知ったこっちゃない。そういう態度ゆえにむしろ抵抗なく彼らの考え方を受け入れられる。
そしてそんな中でも変人の行天(ぎょうてん)の言動はさらに際立つ。変人ゆえに常識にまどわされない真実を語る。

不幸だけど満足ってことはあっても、後悔しながら幸福だということはないと思う。

そんな行天(ぎょうてん)と行動を共にするうちに、多田(ただ)も、忘れられない過去と向き合うようになる。軽快なテンポで進みながらも多田(ただ)が過去を語るシーンでは人間の複雑な心を見事に描き出す。読みやすさと内容の深さの両方をバランスよくそなえた作品である。
【楽天ブックス】「まほろ駅前多田便利軒 」

「ジウI 警視庁特殊犯捜査係」誉田哲也

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
警視庁特殊犯捜査係、通称SITに所属する二人の女性警察官、門倉美咲(かどくらみさき)と伊崎基子尾(いさきもとこ)。二人は都内で起きた人質篭城事件を期に、別々の道を歩むこととなる。
物語は2人の女性警察官の視点を交互に行き来する。2人は対象的な性格で、門倉(かどくら)は感受性豊かで犯人の気持ちにさえ共感できる優しい女性。そして、伊崎(いさき)は男顔負けの格闘センスで凶悪犯を何度も取り押さえてきたものの複雑な過去を抱える。
多くの読者はきっと、どこにでもいそうな優しい女性である門倉(かどくら)よりも、自分を追い込むように、闘いの場を求める伊崎(いさき)と、その性格の育まれた原因に興味を抱くのではないだろうか。
物語が進むにしたがって、未解決な誘拐事件の首謀者として、「ジウ」と呼ばれた国籍のない男の存在が浮かび上がる。共犯者がそのジウの不気味さを刑事に語って聴かせ場面がなんとも印象的である。
お金を払って物を買うという常識すら持たない人間が、お金を奪って一体何に使うのだろう。そう、法律を犯してお金を奪う強盗だって、「何かを手に入れるためにはそれ相応のお金を払う必要がある」という常識が根底にあるからこそお金を奪おうとするのだ。世の中のルールを犯す犯罪が人間らしさの表れであるという不思議な矛盾に気付かされた。
そして、「ジウ」にはその人間らしさがない・・・。語は本作品では完結せず次回作へと続く。お互い意識し合う門倉(かどくら)と伊崎(いさき)、そして「ジウ」。今後の展開を期待せずにはいられない。「ジウII」の文庫化が待ち遠しい。


黒孩子(ヘイハイズ)
中華人民共和国において、一人っ子政策に反して生まれたことを原因とする、戸籍を持たない子供達のこと。(Wikipedia「黒孩子」

【楽天ブックス】「ジウI 警視庁特殊犯捜査係」

「北緯四十三度の神話」浅倉卓弥

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大学で研究を続ける姉の菜穂子(なおこ)とラジオのパーソナリティを勤める妹の和貴子(わきこ)。2人は中学生のときに両親を交通事故で失い、妹の和貴子(わきこ)は2年前に恋人を失った。そんな2人の姉妹愛を描く。
回想シーンを交えながら姉の菜穂子(なおこ)目線で物語は進む。和貴子(わきこ)の亡くなった恋人が、菜穂子(なおこ)の元クラスメイトであったことが、二人の間の溝を広げていく。
それぞれ、自分の嫉妬や怒りの原因を探し、時には相手が悪くはないとわかっていてもお互いに怒りをぶつけずにはいられない…。1まわり大きな「大人」になるための大事な葛藤や衝突を本作品は描いている。
印象的なのは、自分の本当にやりたいことを見つけるために、自分の名前の書いたおもちゃ箱の中からいらないものを一つずつ捨てていって最後に何が残るか考える、という行動だろう。僕の場合、一体何が残るだろうか…。
人に嫉妬したことのない人などいない、人に八つ当たりしたことの人などいない。嫌な感情で、出来ればしたくない振る舞いだけど、きっとそういう行動をして、そんな行動を後悔して受け入れて、他人のそんな行動を許せる、優しく諭せる大人になるのだろう。
【楽天ブックス】「北緯四十三度の神話」

「白夜街道」今野敏

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
警視庁公安部の倉島(くらしま)警部補は、元KGB所属のロシア人ヴィクトルが日本に入国したという情報を得る。
物語は「曙光の街」の5年後という設定である。「曙光の街」のエピソードの中で、ヴィクトルの強さを肌で感じ、平和に見える日本の中でも、裏では命をかけたやりとりがあり、だからこそ公安という仕事の必要性を肌で感じた倉島(くらしま)が、5年を経て成長した姿を本作品で見ることができる。
本作品でも物語の視点は主に、ヴィクトルと倉島(くらしま)で展開していく。前作では、日本を舞台にした闘いや本当の強さにあこがれる男達の人間物語であったが、本作品の半分近くがロシアでの物語りとなっていて、僕ら日本人にはあまりなじみのないロシアの文化や、その周辺国の歴史を中心に進められているため、ロシア、中央アジアの歴史、文化などに興味をかきたてられる作品に仕上がっている。
ヴィクトルと倉島(くらしま)、お互い多くの人間と同じように、自分の良心に背かないように生きていこうとしながらも、その生まれ育った国や文化が異なるために異なる考え方をするその人生の差と、その2人が合間見えて何かを感じ合う展開がこのシリーズの魅力なのだろう。
そしてロシアと日本を比較することで、日本にある安全がかならずしも永遠に続くものではない、言い換えるならいつ終わってもおかしくない貴重なものであることを訴えてくる。

すべての人々は平和で安全な日常の中で暮らす権利がある。だが、その日常は実に危ういバランスの上に成り立っていることを、倉島はすでに知ってしまった。

ただ、前作を読んでない読者にはやや理解しにくいのかもしれない。


バラ革命
2003年にグルジアで起こった、エドゥアルド・シェワルナゼを大統領辞任に追い込んだ暴力を伴わない革命。(Wikipedia「バラ革命」
オレンジ革命
2004年ウクライナ大統領選挙の結果に対しての抗議運動と、それに関する政治運動などの一連の事件の事。(Wikipedia「オレンジ革命」
ペチカ
ロシアで普通のスタイルの暖炉を想定しつつその全般を指す。日本では、特にロシア式暖炉のことをいう。(Wikipedia「ペチカ」

【楽天ブックス】「白夜街道」

「ロンリー・ハート」久間十義

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
松島早紀(まつしまさき)巡査部長とその上司の永倉(ながくら)警部補の所属する所轄警察署は、拉致事件と中国人によるキャバクラ強盗事件を扱っていたる。その一方で、落ちこぼれの高校生3人組みは日々の鬱憤をナンパなどで晴らしていた。
高校生三人組の生活と、警察の捜査を交互に見せることで、いつかこの2つの物語が重なっていくのだろうという期待を持たせる。そして、高校生三人組の目線でも、他の二人の行き過ぎた悪さに戸惑う博史(ひろし)、自分を他の二人のおろかな行為の尻拭いをしなければならない被害者としか思わない、亮(あきら)など常に目線は移り変わり、一見自分勝手にしか見えない人間にもそれぞれポリシーがあり言い分があるのだということを認識させられる。
そして、捜査の忙しさによって家庭のケアに時間を割けない永倉(ながくら)とその高校生の娘、絢子(あやこ)のやりとりも重要な要素となっていく。そして、キャバクラ強盗事件から、中国人組織と、日本国内における、中国人、日本の暴力団、警察組織の駆け引きにも触れられている。
そんな捜査の過程で刑事達は嘆く…

オレたちが若いときは犯罪は貧困から始まると教えられた。貧乏と差別。それに当てはまらないものは、犯罪以前の”異常”の範疇だったんだ。それがどうだ。いまはぜんぶが”異常”だよ。

終盤の、目の前で起こる出来事に戸惑い暴走する少年と、恐怖によって判断力を失った少女の行動を共にするシーンは個人的にはもっとも印象に残っている部分である。前半の展開の遅さにはややストレスを感じたが、後半は十分によみごたえがあった。
ただ、個人的には、松島(まつしま)巡査部長の女性被害者を守る立場と、犯人を逮捕したいという気持ちや、女性蔑視がはびこる警察組織内ゆえの葛藤をもっと表現して欲しかったと感じる。


ユトリロ
近代のフランスの画家。(Wikipedia「ユトリロ」
ニール・セダカ
アメリカ合衆国のポピュラー音楽の シンガーソングライター。森口博子のデビュー曲でもある「機動戦士Ζガンダム」のテーマ曲「水の星へ愛をこめて」などを作曲。(Wikipedia「ニール・セダカ」
ポール・アンカ
カナダ出身のポピュラー・シンガーソングライター。(Wikipedia「ポール・アンカ」

【楽天ブックス】「ロンリー・ハート(上)」「ロンリー・ハート(下)」

「サスツルギの亡霊」神山裕右

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
カメラマンの矢島拓海(やじまたくみ)は一枚の絵葉書を受け取った。その差出人は2年前南極で死亡したはずの義理の兄だった。期を同じくして拓海は南極越冬隊への仕事の依頼を受ける。
この作品の魅力は、その舞台を南極という地に設定している点だろう。その土地自体がすでに僕らにとっては未知の土地であるし、常に雪に覆われている点や、時に太陽さえも昇らないその場所はそれだけで十分に魅力的な素材となっている。しかし、本作品の仔細な描写と通じて、その生活の様子を知ることによって、南極という地に対して、僕ら一般の人間がどれほど偏見と幻想を抱いているか知るだろう。

昭和基地には郵便局、水道局、歯科を含めた病院施設など、人間が生活に必要なあらゆるものがあるのに、警察と刑務所だけがない。

物語は、南極へ向かう航路から不可解な事件が起こり始め、次第に2年前の義理の兄の死亡の裏に隠された真実に迫っていく、という流れであるが、個人的にはミステリーや謎解きの色合いよりも、南極という地特有の厳しさや不思議。そして、少人数社会ゆえに起こる諍いや各人が感じる存在意義などに焦点を当てているように感じた。
とはいえ、物語展開としての面白さが欠けているというわけでもなく、特に、鍵となる登場人物の背景がしっかり描かれていることに好感が持てる。そして、もちろん南極で過ごし、少しずつ義理の兄の生きてきた足跡に触れることによって変化する拓海(たくみ)の心情も描いている。

美しい景色をフィルムの中に閉じこめ、永遠に自分の物にしたいと思って、今までカメラを握ってきた。だが、誰かに何かを伝えたくて写真を撮りたいと思ったのは、初めてのことだった。

南極という地特有の出来事を要所要所に小道具として盛り込んでいるため、ややイメージしにくい部分もあるが、本作品を通じて得られる知識や、歓喜された好奇心という点では十分に満足のいく作品である。


ルッカリー
ペンギンやアザラシが、みんなで集まって子育てをする場所。(Weblio「ルッカリー」
アデリーペンギン
中型のペンギン。南極大陸で繁殖するペンギンはこの種とコウテイペンギンのみである。(Wikipedia「アデリーペンギン」
サスツルギ
風が作る雪の模様こと。
タイドクラック
潮の干満により海氷が動いてできる割れ目。
インマルサット
国際移動衛星機構(International Mobile Satellite Organization)という名称の組織で、 4つの静止衛星を運用して船舶や地上のインマルサット端末へさまざまな通信サービスを提供いる。(Wikipedia「インマルサット」
太陽フレア
太陽の大気中に発生する爆発現象。(Wikipedia「太陽フレア」
デリンジャー現象
電離層に何らかの理由で異常が発生する事により起こる通信障害の事。(Wikipedia「デリンジャー現象」
参考サイト
南極観測のホームページ
南極-ANTARCTICA

【楽天ブックス】「サスツルギの亡霊」

「千里眼 優しい悪魔」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
千里眼第2シリーズ第9作。スマトラ島自信で記憶を失った女性を治療するためにインドネシアに趣いた岬美由紀(みさきみゆき)はそこで、世界を操る闇の集団メフィスト・コンサルティング・グループのダビデと出会う。因縁の戦いが再び始まる。
例によって、時事ネタや、感心するような小話を随所に散りばめて展開しており、物語の面白さ以外にも楽しめる作品に仕上がっている。
本作品は、小学館の千里眼シリーズからたびたび登場するメフィスト・コンサルティング・グループのダビデと「千里眼 ファントム・クォーター」などで登場するジェニファーレイン、そして「千里眼 シンガポールフライヤー」で表に出てきた人の心を信じない集団、ノン=クオリアの間で繰り広げられる争いを描いており、角川文庫のシリーズの大きな区切りとなるような構成となっている。
中盤から利害が一致したことによってダビデと美由紀(みゆき)は行動を供にして、ジェニファーレインの悪事を阻もうと試みる。美由紀(みゆき)はいつのもとおりその正義感から、そして、ダビデは、かつての部下だったジェニファーレインを思ってか、仕事としてか…、今まで、そのおどけた表情の裏に隠されたダビデの本性だが、本作品ではダビデ目線で描かれるシーンもあり、過去のシリーズの流れとは少し違った空気を感じる取ることができるかもしれない。

きみが過食症の女性のカウンセリングをしているとき、地球の裏側では五人の子供が飢えによって死んでいる。

本作品では、登場人物だけでなく、過去の事件などが何度か引用される。僕自身この千里眼シリーズは小学館と角川文庫で10年近く、ほぼすべてを読んでいるが、それでもその引用される登場人物や事件の前後関係が思い出せない。このあたりに松岡圭祐のおごりを感じてしまう。
物語的にはやや物足りない印象も受けるが、今後の展開に対する期待を感じさせる作品である。

参考サイト
メフィストフェレス
ドイツにて民間に伝えられる悪魔。(Wikipedia「メフィストフェレス」
タリホー
アメリカ合衆国のメーカーであるU.Sプレイング・カード社によって製造されているトランプのひとつ。バイスクルと並ぶ同社の人気商品。(Wikipedia「タリホー」
マホガニー
センダン科の広葉樹で、古くから知られる世界的な銘木のひとつ。
参考サイト
エレベーターのキャンセル技

【楽天ブックス】「千里眼 優しい悪魔(上)」「千里眼 優しい悪魔(下)」

「ミッキーマウスの憂鬱」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
夢を支える仕事がしたいという思いから、ディズニーランドでの勤務が決まった青年、後藤大輔(ごとうだいすけ)の職場での姿を描いている。
松岡圭祐の初期の作品ということで、ずいぶん前からタイトルだけは耳にしていたが、なかなか触れる機会がなく、今回ようやく書店で目に止まり読むことができた。
本作品はもちろん、ディズニーランドを扱った作品である。物語中にはたくさんのアトラクション名が出てくるため、ディズニーランドに何度も足を運んだことのある人には非常に楽しめる作品かもしれない。残念ながら僕は2度しか行ったことがないので、そのイメージが湧いたのは、シンデレラ城、カリブの海賊、ビッグサンダーマウンテンなどわずか数点で、ディズニーシーに話が及ぶとまったくイメージできない、という具合であった。とはいえ物語はディズニーランドの舞台裏もかなり詳細に描いているので、夢は夢のままでとっておきたかった、と後悔する人もいるのかもいれない。
物語中でも、夢の世界の舞台裏に入ったことで、現実を突き付けられ、失望する後藤(ごとう)の姿が描かれる。

夢のディズニーキャラクターを演じる者たちの葛藤。そんなものが存在するなんて、できることなら知りたくなかった。夢は夢のまま、そのほうがどれだけよかったかわからない。

それでもやがて後藤(ごとう)は、周囲の人に支えられて、夢を支える仕事に自分の存在意義を見出していく。
物語の過程で描かれる、キャストたちの着付けの様子や、来場者の夢を壊さないためにキャストに強いられるさまざまなルールに、ディズニーランドの成功の秘訣を見ることができる。
また、物語の中で描かれる複雑な人間関係や、そこで発生する諸問題によって、東京ディズニーランドという、世界で唯一ディズニーカンパニーが経営権を持たないディズニーランドという企業としての利害関係についても理解を深めることができるだろう。
夢の舞台の裏側を描いたという展では本作品を読む意義はあっても、物語としてはややありきたりな印象を受けた。

【楽天ブックス】「ミッキーマウスの憂鬱」

「ストロベリーナイト」誉田哲也

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
溜池近くの植え込みから発見された惨殺死体から、捜査一課の警部補、姫川玲子(ひめかわれいこ)はその遺体損壊の必要性に気づく。類まれなる勘によって真実に近づいていく玲子の前に現れた謎の言葉は「ストロベリーナイト」。
最近では特に珍しくもなくなったが、本作品も、事件解決へ向かうとともん、警察組織内の縄張り争いや、刑事同士の足の引っ張り合いなどもしっかり描いている。
何か過去のトラウマを抱えていると思われる玲子(れいこ)の言動、そして、次第に浮かび上がる死体遺棄事件の関連性。それでいて読みにくさを感じさせないテンポや思わず笑ってしまう喜劇タッチも随所にちりばめられている面白さにも事欠かない。

…死後の損壊は、なんのため?主に、死体損壊は、なんのため?
「れれ、れ、玲子ちゃん」
…死体損壊は、死体損壊は……。
「玲子ちゃん、ワシの、この気持ち、受け止めて……」
…死体損壊は、死体損壊は……。
「玲子ちゃん、抱いてェーッ」
「やかましいッ」

前半部分で期待値は絶頂に達するが、残念ながら後半はあっけないほどあっさり事件が解決。やや拍子抜けである。
本作品では玲子(れいこ)の真実を見抜く力は、犯罪者に近い嗜好回路ゆえと結ばれている。しかし、それならば読者にも、犯罪者が犯罪者に走らざるを得なかったと納得させるような、苦悩や葛藤の描き方をして欲しかった、というのが個人的な感想である。
とはいえ総合的に評価すれば、今までにない刑事物語という印象を受けた。徐々に明らかになる玲子の過去と刑事になるまべのいきさつのくだりは、少々出来すぎな感もあるが、全体的には新しい警察物語で、読んでも損にはならないだろう。


ネグレリアフォーレリ
正式名はフォーラー・ネグレリア。温かい淡水中で増殖し、鼻の粘膜から脳に侵入する。その後1日‐2週間のうちに急激に悪化する。脳組織を破壊する。日本では1996年に鳥栖市で発生した。
二号警備
警備業務の種類。
一号警備
事務所、住宅、興行場、遊園地等における盗難等の事故の発生を警戒し、防止する業務
二号警備
人や車両の雑踏する場所またはこれらの通行に危険のある場所における負傷等の事故の発生を警戒し防止する業務
三号警備
運搬中の現金、貴金属、美術品等に係る盗難等の事故の発生を警戒し、防止する業務
四号警備
人の身体に対する危害の発生を、その身辺において警戒し、防止する業務
ロボトミー手術
前頭葉切断の手術。難治性の精神疾患患者に対して熱心に施術されたが、現在は精神疾患に対してロボトミーを行うことは禁止されている。

【楽天ブックス】「ストロベリーナイト」

「カディスの赤い星」逢坂剛

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第96回直木賞受賞作品。
1975年、楽器メーカーを得意先に持つPRマン漆田亮(うるしだりょう)はスペインから来日したギター製作家から、一人の男を捜すように依頼される。その調査はやがて独裁政権末期のスペインへと繋がっていく…。
以前より気になっていた逢坂剛(おうさかごう)という作家に触れるためとりあえず直木賞受賞作品から手に取った。
物語の舞台は日本とスペインに渡っているのだが、物語中では終始スペイン文化が溢れている。日本を舞台とした序盤では、メインとなる調査のほか、漆田の恋愛やPRマンという仕事の様子にも触れられていて、刑事物語と似た雰囲気を感じる。
一方舞台をスペインに移した後半では、独裁政権下のスペインの様子がよく描かれていて、冒険物のような絵がかれ方をしている。スペインというどちらかというとクールな印象を抱くヨーロッパの国が、実はわずか30数年前までヨーロッパ最後の独裁政権と呼ばれていたというのは新しい驚きであり、ヨーロッパ各国の時代背景をほとんど知らないことに気づかされる。
やや内容を詰めすぎた感は否めない。もう少しコンパクトにまとめられたのではないか、とも思うが、多くのスペインの都市の名前が挙がり、余裕があればGoogleストリートビューなどで町並を感じながら読むのもいいだろう。スペイン好きにはたまらない一冊かもしれない。


イサーク・アルベニス
スペインの作曲家・ピアニストであり、スペイン民族音楽の影響を受けたピアノ音楽の作曲で知られる。(Wikipedia「イサーク・アルベニス」
セヒージャ
カポタストのこと。
ソレア
苦悩や孤独を表現するフラメンコの代表的な歌のこと。(Wikipedia「フラメンコ」
種痘
天然痘の予防接種のこと。(Wikipedia「種痘」
ETA
バスク語で「バスク祖国と自由」を意味する言葉 Euskadi Ta Askatasuna を略したものであり、バスク地方の分離独立を目指す急進的な民族組織。(Wikipedia「ETA」
参考サイト
VentureView「「広報」と「広告」、その根本的な違いとは」

【楽天ブックス】「カディスの赤い星(上)」「カディスの赤い星(下)」

「仇敵」池井戸潤

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
地方銀行である東都南銀行で庶務行員として働く恋窪商太郎(こいくぼしょうたろう)は基は都市銀行のエリート行員。商務行員としての優雅な日を満喫しながら、時々若い行員に助言を与えて日々を送る。そんな恋窪(こいくぼ)を中心とした銀行の出来事を描いている。
池井戸潤(いけいどじゅん)の経験からリアルに描かれた銀行を舞台とした物語。
序盤は地方銀行の一般的ともいえる業務の様子を通じて、地域に根ざした企業と銀行員の物語を描いている。大企業を相手にできない地方銀行は、行員たちが必死で歩き回って融資先を探すしかない。経営者と親しくなることによって、経営に関して的確な助言を与えられることもあれば、逆に融資先として適当かどうかを客観的に判断できなくなることもある。
そして一方では、かつては壮大な夢を語って自信に満ちていた経営者たちが資金繰りに苦しんで会社をたたんだり、時には親友さえも裏切って会社を守ろうとする。
恋窪(こいくぼ)の仕事を通して見えてくる、夢や希望や努力だけではどうしようもない人生の厳しさが感じられる。
そして後半は、都市銀行の幹部たちが絡む陰謀へと焦点が移っていく。人の弱みに付け込んだり、意図的に会社を倒産させて設けようとするその企みの、細かい部分まで理解しようとするのは、その専門性ゆえにやや難しい印象も受けたが、その雰囲気を理解していくだけでも楽しめることだろう。


ベンチャー・キャピタリスト
将来性のある企業を発掘し、株式投資することで成長する可能性のある企業に資金を提供し、さらに事業を伸ばすためにアドバイスを行なう。

【楽天ブックス】「仇敵」

「ララピポ」奥田英郎

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
格差社会の底辺で生きる6人の男女を描いている。
人に頼まれたら断ることができないために徐々に泥沼にはまっていく男。作家という栄光にすがって生きていたらいつのまにか官能小説しか書いていない男。そのほかにも対人恐怖症のフリーライターや風俗専門のスカウトマンなど、僕にとってはあまり縁のない類のかなり刺激的な日常を描いている。
この物語の主人公はみんな自分の才能をみかぎってしまったひとばかり。そして、普通に会社で働いている人たちに気後れして生きていて、だからこそどんどん世間に認められる生き方からはずれていく。そして追い詰められた生活をしているからこそ人を思いやる余裕を持てない。それはもはや不幸のスパイラルである。

互いに尊敬できない人間関係は、なんて悲惨なのか。

そんな希薄な人間関係の中で生活するから、寂しく、風俗などのつかの間の人との触れ合いにわずかなお金と時間を費やして、更なるどの沼へと落ちていくのだろう。
それでもこの物語を読みながら感じたのはこんなこと。平和な日本では、プライドさえ捨てれば生きていくことはできる、ということだ。ホームレスとしてでも、体を売ってでも。
また、人間は意図するしないにかかわらず同じような境遇の人間と近付いていくのだとも改めて思った。お金のある人はお金のある人同士。そしてこの物語のようにお金も希望もない人たちは、お金も希望もない人となぜか近づいていく。だから、視野を広げるには無理をしてでもその人間関係の自然の法則に逆らうしかない。
最後に裏ビデオ女優がが嘆く言葉が心に響く。

世の中には成功体験のない人間がいる。何かを達成したこともなければ、人から羨まれたこともない。才能はなく、容姿には恵まれず、自慢できることは何もない。それでも、人生は続く。この不公平に、みんなはどうやって耐えているのだろう。

こういう人間が世の中に存在するということを僕たちはもっと意識しなければいけないのかもしれない。「一生懸命生きれば幸せになれる。」などという言葉は彼らにとっては幻想でしかないのだ。
ふと魔が差したことを発端として人生を転がり落ちるそのスピード感はもはや奥田英郎の最大の売りと言えるかもしれない。「最悪」「真夜中のマーチ」で存分に繰り広げられたその展開力は本作品でも健在である。
【楽天ブックス】「ララピポ」

「容疑者xの献身」東野圭吾

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第134回直木賞受賞作品。2006年このミステリーがすごい!国内編第1位

一人娘と暮らす靖子(やすこ)のもとに、別れた夫である富樫(とがし)が現れる。口論の末に富樫(とがし)を殺してしまった靖子(やすこ)は、隣にすむ石神(いしがみ)の指示でアリバイ工作をする。
本作品の面白さは、犯罪を犯して犯罪を隠蔽しようとする靖子(やすこ)や石神(いしがみ)といった犯人側の目線をメインに描きながらも、その偽装工作の詳細が最後まで明らかにならない点である。
そして、そんな数学者である石神の考え抜かれた偽装工作に、これまた数学者でありドラマ化された「ガリレオ」の主人公としても名をはせた湯川学(ゆかわまなぶ)が挑む。湯川(ゆかわ)の追及によって少しずつ危機感を抱く石神。2人の天才の対決がこの物語の見所であるが、それだけでは終わらないのが東野圭吾ワールドである。最後は読者の想像のさらに上を行ってくれることだろう。
直木賞受賞作品ということでかなり期待したのだが、残念ながら、過去の東野作品の面白さの範囲を出ない。むしろ前回読んだ「さまよう刃」や名作「白夜行」のほうがはるかに強烈な物語だった。


エルデシュ
ハンガリーの数学者。
四色定理
いかなる地図も、隣接する領域が異なる色になるように塗るには4色あれば十分だという定理。(Wikipedia「四色定理」

【楽天ブックス】「容疑者xの献身」

「1985年の奇跡」五十嵐貴久

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
高校の弱小野球部にすごいピッチャー沢渡(さわたり)がやってきた。勝利の味と悔しさを知った野球ことで部員達とその周囲に少しずつ変化が起こり始める。
舞台となっているのは1985年である。「キャプテン翼」によってサッカーの人気が出てきたあの時代。弱小野球部の野球部員はおニャン子倶楽部に夢中だった。そんな、僕自身よりも10歳ほど上の世代の青春時代を描いた作品。
この時代に対する僕らのイメージは、この時代に世にでていた漫画やドラマのせいだろうか、「根性」とか「青春」とか、なんかどこか敬遠してしまうようなイメージばかり抱いてしまうが、時代は違えど、高校生などどの時代も似たようなものなのだろう。手を抜くことと女の子と仲良くなることばかり考えていたのかもしれない。
本作品で描かれる野球部員達も、そんな種類の人間。「努力」と「根性」はせずに目の前の人生を楽しく生きたいという考え方。それでもそんな彼らが、野球とその仲間を通じて、少しずつ変化していく様子を描いている。

ただ、あいつが見せてくれた夢があまりに美しかったから、それがやっぱり夢だとわかった瞬間、どうしていいのかわからなくなっただけなのだ。

夏休みのこの時期にぴったりな爽快な物語。
【楽天ブックス】「1985年の奇跡」

「ガラス張りの誘拐」歌野晶午

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
連続婦女誘拐殺人事件が発生した。佐原を含む刑事たちの努力によって事件は終結したかに見えたが不振な点を残す。そして第二の事件が起きる。
物語の目線である佐原(さわら)は娘との関係に悩む刑事である。彼を中心として2つの事件が描かれていて、それぞれの事件は単純な刑事物語のように感じられるが、少しずつ不振な点を残して最終的に一つの大きな意図が見えてくる。
特に大きなテーマがあるわけではなく、数ある刑事事件を扱ったミステリーの中に、一つの回答例を挙げているような印象を受けた。ただその意外性だけに頼りすぎてしまった感が否めない。例えば佐原と娘の関係など、もうすこしリアルな心情描写、読者が感情移入できるような表現が盛り込まれていたならもっと強烈な何かを感じることができたのではないだろうか。


ハッブルの法則
天体が我々から遠ざかる速さとその距離が正比例することを表す法則。(Wikipedia「ハッブルの法則」

【楽天ブックス】「ガラス張りの誘拐 」

「それでも、警官は微笑う」日明恵

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第25回メフィスト賞受賞作品。
刑事の武本(たけもと)と麻薬取締官の宮田(みやた)は違う組織に所属しながらも一人の麻薬常習犯の起こした事件で遭遇し、事件の全貌を追求するために協力しあうことになる。
物語の目線の大部分は刑事である武本に置かれている。武本は強い正義感と曲げることのない信念を持った、どちらかというと頑固で融通の利かない古い刑事という描かれ方をする。彼のモットーとしている父親の台詞が印象的だ。

「石橋を叩いて渡る」ということわざがある。しかし、ただ叩くだけでなく爆薬まで使って橋を試し、結果自ら叩き壊してしまう奴もいる。そして、「やっぱり壊れた」と、橋を渡らなかった自分の賢さに満足する。それは俺から見れば、ただの臆病者だ。

そして武本だけではどうしても事件の謎解きだけに焦点があたってしまっただろう警察内部の登場人物に、潮崎(しおざき)という、これまた個性的な人間をペアとして組ませることで、本作品の大きな魅力の一つとなっている。
潮崎(しおざき)はその由緒ある家系のせいで、警察上層部さえも扱いに困る存在。しかしそれゆえに本人は自分の実力を正当に評価されないという悩みにぶつかる。家系に恵まれているからこそ陥る葛藤。「シリウスの道」の新入社員、戸塚英明(とつかひであき)を思い出してしまったのは僕だけだろうか。悪い環境に悩む人間もいれば、いい環境に悩む人間もまた存在するのである。
物語は序盤から宮田ら麻薬取締官と武本ら警察官がたびたび衝突し、ここでも警察の高慢さや柔軟性の乏しさが言及される。

お前らポリ公は、専門性なんて言い方をすりゃぁ格好もつくだろうが、実際はただの融通の利かない分業制だ。しかも内部で妙な権力闘争や意地の張り合いがある。そうして捕まえられるものすら、取り逃がしちまう。

正義を全うするという共通の目的を持ちながらも、その方法も権力の範囲も異なる麻薬取締官と警察。少しずつお互いを理解し認めていくその過程をリアルに描くからこそ、現実の問題点が浮き彫りになるのだろう。

この情に厚く職務に誠実な男は、誠実であるがために、どれだけ辛く悔しい思いをしてきたのだろうか。しかもそうさせたのは他ならぬ警察、自分たちなのだ。

さらに、個人的に印象に残っているのは、潮崎(しおざき)が情報を得るために行った掲示板への書き込みが、特定の個人への攻撃へと発展し、潮崎(しおざき)がきっかけを作った自分の行動を悔やむシーンである。

自分を正義だとでも思っているんですかね。見当違いも甚だしい。正義を語って自分の悪意を正当化しているだけなんだ。なのに…僕という人間は…悪意の行方がどこに行き着くのか、すでに知っていたのに。…

深い。物語に取り入れられているすべてが深くしっかり描かれている。本作品だけでなく「鎮火報」についても同様だが、僕にとって魅力的な物語を創るために必要な、人の心に対する深い洞察力と、現実に起こっている問題を読者に伝える優れた表現力。日明恵という作者にはその2つの能力がしっかり備わっていると感じた。またすべての作品を読まなければならない作家が増えてしまったようだ。


警察法六十三条
警察官は、上官の指揮監督を受け、警察の事務を執行する。(警察法
参考サイト
Wikipedia「動物の愛護および管理に関する法律」
Wikipadia「保税施設」

【楽天ブックス】「それでも、警官は微笑う」

「クローズド・ノート」雫井脩介

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大学で音楽サークルに所属する堀井香恵(ほりいかえ)は部屋のクローゼットの中で一冊のノートを見つけた。小学校の先生の日記で、そこにはその先生の日常や悩みが描かれていた。
沢尻エリカの「別に」騒動で映画化時に話題になっていたこの作品。僕はむしろ雫井脩介らしくないラブストーリーテイストな作品ということで注目していた。刑事事件やミステリーに定評のある作家なので、ある程度ハズレ作品であることも覚悟して手に取った。
物語は大学生である加絵(かえ)の友人関係や恋愛、アルバイトなど日常を描いている。内容として特に大きなテーマがあるわけでもないが、加絵(かえ)の文房具屋でのアルバイトの風景から万年筆というもに非常に興味を掻き立てられた。
多くの読者は物語中盤でその結末に気づくことだろう。ありふれた結末とありふれた泣かせの手法。他の読者がこれをやると途中で醒めてしまうのだが、本作品についてはしっかりと泣かせてもらうことができた。

アウロラ
イタリアの文具メーカー
スーベレーン
文具メーカーペリカンの万年筆の1シリーズ
サンテグジュペリ
フランスの作家・飛行機乗り。郵便輸送のためのパイロットとして、欧州-南米間の飛行航路開拓などにも携わった。読者からは、サンテックスの愛称で親しまれる。
マーク・トウェイン
アメリカ合衆国の作家、小説家。「トム・ソーヤーの冒険」の作者。
参考サイト
アウロラ
星の王子さまファンクラブ

【楽天ブックス】「クローズド・ノート」

「イコン」今野敏

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
有森恵美(ありもりめぐみ)というアイドルのイベントの最中に殺人事件が起きた。警察は事件の解決に動き出すが、肝心の有森恵美(ありもりめぐみ)というアイドルの実態を関係者の誰も知らないという不思議な事態に戸惑う。
本作品はインターネットが日常になる以前の1990年代中ごろを舞台としているため、キーとなるオンラインのやりとりはもちろん「インターネット」ではなく「パソコン通信」とである。そして、そのコミュニケーションはほんの一部の人間のみが楽しむものとして描かれている。
そして、有森恵美(ありもりめぐみ)というオンライン上から広まったアイドルの奇妙な存在を描くことで、アイドルという存在の変化、ファンにとってアイドルという存在の意味を考えさせられる。
物語の二つの主な視点である安積(あづみ)は事件を担当する所轄の刑事として捜査を行い、偶然第一の犯行に居合わせた少年課に勤める宇津木(うつぎ)は、旧友である安積(あづみ)の仕事に対する姿勢への嫉妬と、初めて触れる文化への興味から事件を調べ始める。
宇津木(うつぎ)は実在が確認できていないのにアイドルが多くのファンを抱えることに戸惑うが、自分が若かったころのアイドルもテレビを通じて顔が見れて声が聞けただけで、実際にあったことがあるわけではないのだと、思い至る。
そして真実に迫る過程で、新しい文化と向き合ったときの、とても柔軟とは言い切れない対応に走る警察組織の脆さも描かれている。容疑者としてネットアイドルの名前を挙げただけでその人物をタレント名鑑から探そうとした警視庁刑事の大下(おおした)の行動などはその典型と言えるだろう。

刑事たちはどんな怨恨の話を聞かされようが平気だ。だが、、非現実的な話にはそっぽを向いてしまう傾向がある。警察というのは、法律で縛られている世界だ。そして、法律というのは、きわめて現実的なものなのだ。

特異な事件を中心に、変化する若者文化を変化するメディアへと関連付けて描いている。80年代にベストテンやトップテンなどの番組に代表されるようなアイドルをもてはやした番組が90年代に入ってなくなり、アイドルがゴールデンタイムから姿を消す、そんな文化の変化を説得力のある形で説明しており、ただの刑事物語とは一線を画す作品に仕上がっている。
本作品は「時代が今野敏に追いついた」のキャッチコピーの帯とともに店頭にひだ積みされていた1冊。確かに本作品の内容は、初版発行の1998年よりも、インターネットが人々の生活に広まった今だからこそ理解される作品なのかもしれない。

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「サヨナライツカ」辻仁成

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
入籍を控えた東垣内豊(ひがしがいとうゆたか)は、バンコクで真山沓子(まやまとうこ)という女性と出会う。日本で待つ婚約者、光子(みつこ)に対する罪悪感を感じながらも、豊かは沓子(まとうこ)に惹かれて行く。
名作と呼ばれながら読んでいない本が、僕にもたくさんある。本作品も自分にとってはそんな中の一つで、タイトルだけはかなり前からたびたび耳にしていた。
一言で言うなら、時代を超えたラブストーリーと言えるだろう。中盤までは1975年の出会いを描き、中盤以降は2000年以降の物語となっている。「二股」とか「不倫」と言うと汚らわしいイメージがあるが、「立場や体裁を気にせず誰かを好きになる」と言うとなんだか美しく聞こえてくるから不思議である。そして、終盤には涙を誘う展開が待っている。
「世界の中心で愛を叫ぶ」など、この類の本と出会うと必ずといっていいほど僕は思うことであり、今回も同様に言わせてもらうが、涙を誘うだけの物語を創るのはそれほど難しいことではない。悲しい人生をその主人公に感情移入できる形で描けばいいのだから。涙を誘ったうえで心の中に何か大きなものを残してこそ傑作といえるのだと僕は思うのだ。残念ながらこの作品は、涙を何ccか外に出しただけで心の中にはほとんど何も残らない作品だった。
しかしそれではあまりにも悲しいので、本作品の肝となる言葉を引用する。

人間は死ぬとき、愛されたことを思い出すヒトと
愛したことを思い出すヒトとにわかれる。
私はきっと愛したことを思い出す

【楽天ブックス】「サヨナライツカ」

「名もなき毒」宮部みゆき

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5

連続無差別毒殺事件が世間を騒がしていた、そんなとき、大企業の社内報編集部に勤める杉村三郎(すぎむらさぶろう)を含めた社員たちは、アルバイトである原田(げんだ)いずみの感情的過ぎる行動に悩み解雇することを決意する。
世の中で大きな連続殺人事件が起きているとはいえ、多くの人は自分は無関係なのだと、どこか他人事で過ごしている。なぜなら誰もが多少なりとも悩みを抱えているからだ。娘の喘息のこと、母親の介護のこと、職場の人間関係など、世間的に見れば小さな悩みでも本人にとってはそれが悩みの大部分を占める大問題なのである。
それでも物語の視点となる杉村(すぎむら)は、毒殺被害者の孫で女子高生の美知子と出会うことによって、それは他人事ではなくなる。そして関係者と会話を重ねるうちに気づいていく。世の中の多くの場所に、人の体を蝕む物質が、人の心を蝕む空気や環境が存在するということに。この物語はそれを総称して「毒」と読んでいる。名もなき、正体不明の「毒」だ。
そして、そんな「毒」はふとした瞬間に人の心に悪意を芽生えさせ、さらには悪へと走らせる。本来ならそれを周囲の人間が気づいて止めてやらなければならないのだろう。

正義なんてものはこの世にないと思わせてはいけない。それが大人の役目だ。なのに果たせん。我々がこしらえたはずの社会は、いつからこんな無様な代物に落ちてしまったんだろう。

でも、都会で生きている僕らは周囲に無関心で、塀を一枚隔てた先で何が起きているか、誰が住んでいるかを知らない。悪意を咎めてくれる友達も、大人もいなければ、その悪意は犯罪という形の悪へと変わっていき、不幸の連鎖が始まる。

なんで、僕だって少しは楽をしたいと思わなくちゃならないんだろう。少しどころか山ほどの楽をしている若者が、この世の中には掃いて捨てるほどにいるのに。何も願わなくても、すべてかなっている人たちが大勢いるのに。

この物語は世の中の何かが悪いと訴えているわけではない、しかし、世の中には犯罪因子がいくつも存在するという事実を突きつけてくる。ふとしたきっかけで世間を騒がす事件に変わる。僕らが普段目を向けていないだけだ。
宮部みゆきらしい視点と展開。悪くはないが、期待値はもっと大きいのだ。
【楽天ブックス】「名もなき毒」