「英語で自分をアピールできますか?」アンディ・バーバー、長尾和夫

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
よくある自己紹介を例にとって解説している。辞書で英単語の意味から調べても文章の中でのその単語の使い方がわからない。英語の文章の意味が理解できても実際の会話で使うタイミングがわからない、というのは英語を勉強しているとしばしば感じることだが、「社内の人間関係」「自分の趣味について」など、自己紹介で話されると思われる40のテーマについて、それぞれ10?20程度の文章で構成された自己紹介を掲載しているので、丸暗記してしまえばかなり応用の利く内容だろう。
中には目からウロコの表現も多々あった。

I wanted my apartment to be on the same train line as my office.
(わたしはアパートは会社と同じ路線であってほしかった)
It’s important to see things from their point of view.
(彼らの目線で物事をみつめることが大切である)
Catty-corner from the police box is a bakery.
(交番の斜向かいはパン屋です)

また、それぞれのあとには、自己紹介を順序だてたりわかりやすく説明するためによく使われる表現も解説している。一度読んだだけですべてを覚えられるものではないが、しばらく繰り返し読むことになりそうだ。
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「アイルランドの薔薇」石持浅海

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
南北アイルランドの統一を目指す武装勢力NCSの1人が、とある宿で殺される。同行していたNCSのメンバー2人と、同じ日に宿泊していた一般客数人が、事件が解決するまで宿にとどまることを決める。
限られた空間で物語を最後まで展開する流れは、石持浅海(いしもちあさみ)作品の特長である。本作品ではその空間はアイルランドのスライゴーという場所にある宿である。他の石持作品と異なる点は、日本以外を舞台としている点と、その国の歴史的背景を物語に取り入れている点だろう。
実際、本作品では、アイルランドとグレートブリテン王国(いわゆるイギリス)の悲劇的な歴史について触れている。中途半端な位置にある国境の理由や、それぞれの宗教の違いについて理解を深めることになるだろう。
さて、本作品ではたまたま宿泊していた中にいた日本人、フジが事件の解決への大きな役を担う。今回も最後で読者の想像を見事に裏切ってくれる。

スライゴ
アイルランド共和国スライゴ州の州都。コノート地方においてはゴールウェイに次いで人口の大きな町である。(Wikipedia「スライゴ」)
ベルファスト合意
イギリス北アイルランドのベルファストで1998年4月10日にイギリスとアイルランド間で結ばれた和平合意。(Wikipedia「ベルファスト合意」
参考サイト
Wikipedia「アイルランド」

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「6時間後に君は死ぬ」高野和明

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
人の未来が見えるという青年、圭史(けいし)。その周辺で起きる5つの物語である。
5つの物語はいずれも、いろいろなことに悩みながら生きている女性を描いている。そこで起こった不思議な出来事によってその生きかたを見つめなおすのである。印象的だったのは表題作の「6時間後に君は死ぬ」や同じ女性と、予言者圭史(けいし)を描いた「3時間後に君は死ぬ」ではない2作品「時の魔法使い」と「ドールハウスのダンサー」である。
「時の魔法使い」は、脚本家を目指して貧乏生活を続ける女性、未来(みく)が20年前の幼い自分と出会うというもの。幼い自分と一日一緒にすごすことで、自分の人生を、つまりそれは目の前にいる20年前の自分である女の子がこれから体験するであろう人生を、改めて考えるのである。そして、女の子と別れるときになって、今、園子に何かを伝えれば自分の過去、現在を変えられることに気付くのだ。

過去を変えたら、自分の心はどう変わってしまうのだろう。挫折を知らず、望む物が苦もなく手に入る人生を送っていたら、貧しい人々を見下すような人間になっていたのではないか。

そして、「ドールハウスのダンサー」。こちらはなぜか涙が溢れてきてしまった。真っ直ぐにプロのダンサーになるという夢を追いかけて生きる女性、美帆(みほ)を描く、そして夢をかなえられる人間はわずかであり、努力が必ずしも報われるものではないという現実さえも容赦なく見せてくれる。そんな中、美帆(みほ)の記憶の奥に眠ってデジャビュのように現れるドールハウス。その世界観がなんとも印象に残る。
上に挙げた2作品の他が、ややありきたりの物語となってしまった点だけが残念。
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「ガーディアン」石持浅海

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
勅使河原冴(てしがわらさえ)にはガーディアン、つまり守護者が憑いている。どうやらそれは死んだ父親らしい。だから怪我もしないし、誰かが冴(さえ)に対して悪意をもって攻撃しようとするとガーディアンはその悪意の大きさに応じた対応をしてくれる。
ガーディアンと、女性を主人公としていることから、過去の石持浅海作品とは若干異なる作品かもしれないと考えていたのだが、ガーディアンという不思議な存在以外は石持ワールド全快である。
ガーディアンは冴(さえ)の意識に関係なく、冴(さえ)に危害を加えようとした人に相応の報復をする。たとえそれが、冴(さえ)の友達だろうと関係なく。この非現実手はありながらも一貫したガーディアンの行動指針が物語に不思議な面白さを与えてくれる。
さて、物語では、同じプロジェクトに参加していた6人のうちの男性の1人が不自然に階段から落ちて死んだことにより、その人間関係が一変する。ある人は、ガーディアンの容赦ない仕打ちに、冴(さえ)から距離を取ることを選び、また冴(さえ)自身も、ガーディアンが、男を殺したということから、男が自分に殺意を持ったに違いないという結論に至り、人から殺意をもたれるほど憎まれた、という事実に悩む。
例のごとく、登場人物の何人かがやたらと洞察力、推理力に優れていたり、と突っ込みどころは満載なのだが、石本作品5作品目にして、その中毒性を改めて認識させてくれる作品である。「扉は閉ざされたまま」「セリヌンティウスの舟」など、タイトルの美しさもその魅力の一つだろうか。
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「交渉人・爆弾魔」五十嵐貴久

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
交渉人である遠野麻衣子の携帯に、シヴァと名乗る人物から、宗教団体の幹部を釈放するよう要求があった。時を同じくして都内で爆弾事件が発生する。
「交渉人」の続編であり、遠野麻衣子も前作で活躍したヒロインであり、前作の2年後を描いている。交渉人という言葉は、すでにその名を使った数多くのドラマや映画が存在していることからも分かるとおり、一般的なものとなっている。
そんな中、僕らが持っているイメージはおそらく、立てこもり犯などと電話で交渉する姿だろう。ところが本作品の「交渉」はメールと、警視庁のウェブサイトへのメッセージのアップロードという形を取っている。どちらかというと「交渉人」というより、優れた洞察力を持つ女性刑事の事件といった印象が強い。
物語では中盤、爆弾が仕掛けられているという情報をメディアが流したことによって、都内は逃げようとする人々でパニックになり、交通網は麻痺していく様子が描かれている。そこには物語の展開という以上に、日本の大都市の大規模なテロに対する備えに対する作者の危惧が見て取れるような気がする。
ただ個人的にはやや違和感を覚えた。たった一つの爆弾の存在だけで、人々は電車から勝手に降りようとするだろうか、と。物語に必要な展開だったから、と言ってしまえばそれまでだが。
ケチをつけられるところはいくつかあったが、物語の演出として受け入れられる程度のもの、五十嵐貴久のほかの作品と同様に、一気に読ませるそのスピード感は評価できる。
ちなみに本作品は米倉涼子主演のドラマ「交渉人」とはまったく関係がない。
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「永遠のとなり」白石一文

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
まもなく50歳に届く青野誠一郎(あおのせいいちろう)。うつ病をきっかけに会社を辞めて生まれ故郷で小学校時代からの親友の敦(あつし)と過ごす。
部下の自殺を期にうつ病になり、誠一郎(せいいちろう)は過去の含めて自分の人生を考える。また、敦(あつし)は、肺がんと闘いながら、年寄りの話し相手となることを生きがいとしている。
どたばたするわけでもなく、寝る間を惜しんで動き回るわけでもないが、誠一郎(せいいちろう)と敦(あつし)が、その人生に陰り、もしくは終りを意識したがゆえに、その人生の意味を探そうとする心の焦りが見えてくる。
それはただ他人の世話を焼いたり、金銭的な援助をしたりといった形で現れてくる。それでも答えのない人生の意味。2人は嘆く、世の中は一体なんなのか、なんのために生まれてきたのか、と。それでも生きていく、小さな出来事に一喜一憂しながら。
決して読み手を強く引き込むようなエピソードがあるわけでもないが、読んでいるうちにじわじわしみこんでくるものを感じる。
この物語が教えてくれるのは、幸せな生きかたでも、運命をいい方向に変える方法でもなく、ただ、どうしようもなく不公平な運命の受け入れ方なのかもしれない。
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「日本人の英語」マーク・ピーターセン

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
日本人が間違えがちな単語の使い方を分かりやすく解説している。
冠詞の「a」と「the」と「my」の使い方や、副詞(off、out、over、around)などのニュアンスの説明はどれも目からうろこである。
中でも印象的だったのが「over」と「around」の違いである。本書ではこういっている、「over」も「around」も回転を表す副詞だが「over」はその回転軸が水平で「around」はその回転軸が垂直だというのである。
なるほど、だから人が「turn around」したらスピンだし、「turn over」なら「寝返りを打つ」なのか、「get over」なら「乗り越える」だし「get around」なら「回避する」なのだ。
副詞と組み合わさった慣用句をすべて日本語の意味とつなげようとするのではなく、副詞の意味を直感的に理解して全体をイメージするほうがずっと早いに違いない。
同じように「車に乗る」は「get in the car」なのに「電車に乗る」は「get on the train」。こんな違いの理由についても解説している。
「この一冊を読めばもう完璧」などということは決してないが、今までの理解度を50%増しぐらいにはしてくれるだろう。
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「1/2の騎士」初野晴

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
高校のアーチェリー部主将の円(まどか)はある日、オカマの幽霊サファイアと出会う。時を同じくして中高生の間に広まる不思議な噂。円(まどか)はサファイアとともに見えない犯罪に立ち向かうことになる。
読み終わったときは「まあまあ」という評価でも、時が経つに従って、印象を強めていく物語がある。僕にとってはそれが吉田修一の「パレード」と初野晴の「水の時計」なのだ。そんなわけで、期待とそれを裏切られる不安とともに購入した本作品。
女子高生を中心に据えた物語のため、「時をかける少女」のようなさわやかな物語を想像したが、読んでみると、もちろんさわやかなテンポで描かれているものの、それぞれの犯罪者と、そこで登場する人たちの間で描かれる妬みや失望などの表現にはときどきハッとさせられた。
かといって、そんなに重い内容というわけではない。一方では円(まどか)とその友人たちの友情の物語という側面も持っていて、ときにはおっちょこちょいで、ときには熱い物語が繰り広げられている。
基本的に5つの章に分かれているが、個人的には障害者たちとともに真相に迫っていく4番目の物語が心に残った。特に、障害者の近くで生きている人間が言ったこんな台詞。

ひとりでトイレに行けるようになりたい。それが叶うなら、歩けないことも口がきけないことも我慢する。本気でそう願っていた十六歳の少女を、私は二年前に看取った。

少し怖くなるような生々しい表現に「水の時計」との共通点を感じた。しばらくこの著者の作品は見逃さないように、と思った。

四色型色覚
色情報を伝えるために4つの独立したチャンネルを持つ状況をいう。(Wikipeida「4色型色覚」

【楽天ブックス】「1/2の騎士」

「臨床真理」柚木裕子

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第7回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作品。
臨床心理士の佐久間美帆(さくまみほ)は、患者として藤木司(ふじきつかさ)という青年を担当することとなった。美帆(みほ)に心を開き始めたように見えた司は「声の色が見える」と言う。
著者柚木裕子のデビュー作品ということらしい。昨今注目が集まる心のケアという分野と、共感覚という一般の人にはおそらく一生かけても出会うことのないだろう特殊能力を組み合わせて、物語を構成している。
物語の中で、信頼を築いた美帆(みほ)と司(つかさ)は手首を切って死んだ女の子、彩(あや)の死の本当の理由を探ろうとするのだが、彩(あや)もまた失語症という普通の生活を送りにくい症状を抱えているため、彼らの生きかたやその特異な能力ゆえの生活のしかたや考え方が見えてくる点は面白いだろう。

失語症患者がパソコンをなかなか使わない理由のひとつに、感じよりもひらがなのほうが判別しにくいということがある。漢字ならば文字を見ただけでイメージが頭の中に浮かびやすいが、ひらがなはひつつひとつ読んでいかないと意味がわからない。

若い著者であろうことをうかがわせるようなIT用語もいくつか出てきて、新しさを感じさせてくれたが、共感覚や福祉施設、臨床心理士など、掘り下げようと思えばいくらでも掘り下げられる題材が揃っていただけに、全体的にちょっと変わったミステリーに過ぎない程度の作品で終わってしまった点が残念である。

【楽天ブックス】「臨床真理(上)」「臨床真理(下)」

「Down River」John Hart

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2008年エドガー賞受賞作品。
5年前に町を離れたAdamの元へ、旧友のDannyから連絡が入り、Adamは生まれ育った町に戻ることを決める。殺人の容疑をかけられた町、そして母が自殺した町へ。
舞台となるのはノースカロライナ州シャーロット。大きなブドウ園を所有する地元の名士の下に生まれ幸せな子供時代をすごしながらも、母親が目の前で拳銃自殺を図ってから家族の歯車が狂い始める、Adamの行動の中からときどきそんなトラウマが見え隠れする。
5年ぶりに故郷に戻ったAdamは、義理の兄弟や旧友、昔の恋人との再会するなかで、その5年という月日の中で変わってしまったもの、そして未だ変わらないものと向き合い、自分だけでなく、多くの人が同じように5年間苦しみながら過ごしてきたことに気付く。
本作品からは、家族でブドウ園を切り盛りしようとするアメリカの一つの家庭の様子が見えてくる。これはそんな家族の中で起こった小さな間違いから生じた大きな悲劇の物語といえよう。
登場人物それぞれが持っている苦悩の描き方が印象的である。誰もが人は弱く、間違いを犯すものだと知りながらも、自分の不幸を他人のせいにしたり、自分を正当化したり、とその心は常に揺れ動いているのである。そしてそれでも月日は流れていく。近くを流れる、子供時代から親しんだ川、そしてなにかを伝えるかのように表れる白いシカ。いったい何を意味するのだろう。

シャーロット(ノースカロライナ州)
ノースカロライナ州南西部に位置する商工業、金融都市。(Wikipedia「シャーロット(ノースカロライナ州)」

「南アフリカの衝撃」平野克己

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
1ワールドカップが近づくにあたって関心の南アフリカ。本書ではその歴史や経済、そしてアパルトヘイトについて書いている。
アパルトヘイトの撤廃からすでに15年近くが経過しながらも未だに犯罪天国と呼ばれ、大きな貧富の格差がある南アフリカ。章ごとに、南アフリカの経済、歴史、日本との関係、と余計な話でページを稼いだりせずに無駄のない構成となっている。ボーア戦争などの植民地時代の歴史から、マンデラ後の、大統領ムベキ、ズマの政策などにも触れている。南アフリカといえばアパルトヘイト。それ以外に大したイメージを持たない僕には多くの興味を与えてくれた。
団体名が最初以外はすべて略称になってしまうので、そのたびにいちいち読み返さなければならないなど、お世辞にも読みやすいとは言い難かったが、内容の濃さを感じた。また、歴史的事実だけでなく南アフリカに在住経験のある著者の視点からだからこそ見えてくるその激動っぷりが見えてくる。
しかし南アフリカのみならず他国の実情を見て、そこに国の自由や平和だけに人生をささげた人のエピソードを知るたびに、自由の認められている国に生まれたことの幸運を感じる。

SADC(南部アフリカ開発共同体) 
南部アフリカ開発調整会議を改組し1992年に設立された地域機関。経済統合や域内安全保障を目指している。(Wikipedia「南部アフリカ開発共同体」
アフリカーナー 
南アフリカ共和国に居住する白人のうち、ケープ植民地を形成したオランダ系移民を主体に、フランスのユグノー、ドイツ系プロテスタント教徒など、宗教的自由を求めてヨーロッパからアフリカ南部に入植したプロテスタント教徒が合流して形成された民族集団である。(Wikipedia「アフリカーナー」
プラチナ 
装飾品に多く利用される一方、触媒としても自動車の排気ガスの浄化をはじめ多方面で使用されている。自動車産業の発達している日本はアフリカからのプラチナの最大の輸入国である。
ボーア戦争  
イギリスと、オランダ系ボーア人(アフリカーナー)が南アフリカの植民地化を争った二次にわたる戦争。南アフリカ戦争、ブール戦争ともいう。(Wikipedia「ボーア戦争」
ナント勅令 
1598年4月13日にアンリ4世が発布。プロテスタント(ユグノー)などの新教徒に対してカトリック教徒とほぼ同じ権利を与え、近代ヨーロッパでは初めて個人の信仰の自由を認めた。1658年の、フォーテヌブローの勅令によりこの勅令は廃止され、迫害を恐れたプロテスタント(ユグノー)の一部が南アフリカに入植する。

【楽天ブックス】「南アフリカの衝撃」

「サクリファイス」近藤史恵

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第10回大藪春彦賞受賞作品。
ロードレースチームに所属する白石誓(しらいしちかう)は、チームのエースを優勝に導くためのアシストとなることに魅力を感じる。しかしチームのエースには嫌なうわさが囁かれていた。
過去自転車を職業としている人の物語というのは読んだことがあってもロードレースをメインに扱ったものは記憶にない。それぐらい自転車競技というのは日本ではマイナーな存在なのだ。それを裏付けるように、最初の数ページで僕らがどれだけロードレースというものに対する知識がないか知るだろう。そして同時にロードレースが単にマラソンの自転車版という程度の単純なものではなく、他のスポーツにはない魅力をもったものであることも。
さて、物語中では誓(ちかう)が次第にレースで力を発揮できるようになるのだが、そこでチームのエースである石尾(いしお)にまつわる噂が頭から離れなくなる。強い若手に対する嫉妬から過去、若手の一人の大怪我をさせているという噂。
タイトルとなっている「サクリファイス」つまり「犠牲」。これがどんな意味を含んでいるのか。そんなことを考えて読むのも面白いだろう。
最終的にはやや誓(ちかう)の刑事なみの洞察力に違和感を感じながらも、心地よい汗のにおいを感じさせるような青春小説として読むことができた。
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「警官の血」佐々木譲

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2008年このミステリーがすごい!国内編第1位

昭和23年。警察官として人生を歩み始めた安城清二(あんじょうせいじ)。そんな父親の警察官としての生きかたを見て、息子の民雄(たみお)、そしてその息子の和也(かずや)も警察官として生きることを選ぶ。
” >笑う警官」以降、今野敏と並んで警察小説の雄とされる佐々木譲の長編である。物語の始まりは、戦後の混乱の続く、昭和23年である。家族を支えるために警察官になろうという清二(せいじ)の決意から、60年にも及ぶ親子3代の警察物語が始まるのである。
面白いのはその時代背景の描き方だろう。時代は大きく移りながらも、基本的にはその舞台は上野周辺を描いているため、その時代の日本人の生活事情が大きく反映されている。昭和の清二(せいじ)の時代からは、戦後の混乱ゆえに、多くのホームレスが上野周辺で生活しており、多くの人々が生きることにすら不安を覚えている、今からは考えられないような生活である。そして、そこで起きる、窃盗や殺人事件に対応しながら治安を守るのが、清二(せいじ)の主な仕事であったのに対して、二代目の民雄(たみお)の捜査の対象は赤軍派というテロ組織へと変わる。そして三代目の和也(かずや)の任務は、同じ警察組織の刑事の汚職を疑った内部調査となる。
警察の組織が大きくなるに従い、対応しなければいけない犯罪の規模も大きくなるとともに、大きくなったがゆえに内側から汚職が発生する、というように、時代に伴って変化する警察組織が見て取れる。
警察物語としては特に大きな事件が発生するわけでも、興味深い謎が発生するわけでもなく、読者を寝不足にさせるほどの吸着力もないが、警察という職業に対する、3人の強い気持ちと、それと同時に、組織の大きさゆえに人生を大きく狂わせてしまうような、圧倒的な、その組織や時代の流れの大きさを感じさせるような作品である。

ノンポリ
英語の「nonpolitical」の略で、政治運動に関心が無いこと、あるいは関心が無い人。(Wikipedia「ノンポリ」
Wikipedia「共産主義者同盟赤軍派」
Wikipedia「巣鴨拘置所」
Wikipeida「キューバ革命」
Wikipeida「谷中五重塔放火心中事件」

【楽天ブックス】「警官の血(上)」「警官の血(下)」

「ひまわりの祝祭」藤原伊織

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
自殺した妻と瓜二つの女性と出会った秋山(あきやま)は、その後、数人の男たちに監視されていることに気付く。それは亡くなった妻が残した謎に拘わることだった。
本作品はゴッホの作品を物語の鍵として扱っている。秋山(あきやま)やその亡くなった妻も美術に造詣が深く、おのおののエピソードには、ゴッホだけでなく、多くの画家の名前や、用語がちりばめられている点が、非常に面白く、その方向に興味のある人には物語の面白さをさらに深く味わえるのではないだろうか。
物語は藤原伊織の作品らしく、年配の少し浮世離れした男性を主人公として扱っていて、その生きかたがまたかっこよく、思春期を過ぎた僕らに「まだまだこれからだ」と思わせてくれるような力がある。
前回読んだ「シリウスの道」があまりにも傑作だったために、本作品は読む前にハードルが上がりすぎていた感があるが、悪くないできである。

人間を動かす要素は三つあるそうです。カネ、権力、それに加えて、美。つまり欲望の要素ですね。だけど、僕はその逆もあるんじゃないかと考えた。この時代、人はまだ誠実によって動かされることがあるかもしれない。
コルサコフ症候群
側頭葉のウェルニッケ野の機能障害によって発生する健忘症状である。(Wikipedia「コルサコフ症候群」
デ・クーニング
20世紀のオランダ出身の画家。主にアメリカで活動した。抽象表現主義の画家で、具象とも抽象ともつかない表現と激しい筆触が特色である。(Wikipedia「ウィレム・デ・クーニング」
アーシル・ゴーキー
20世紀のアルメニア出身のアメリカの画家。(Wikipedia「アーシル・ゴーキー」
国吉康雄
洋画家。岡山県岡山市中出石町(現・岡山市北区出石町一丁目)出身。 20世紀前半にアメリカを拠点に活躍、国際的名声を博した。(Wikipedia「国吉康雄」
アンドリュー・ワイエス
アメリカン・リアリズムの代表的画家であり、アメリカの国民的画家といえる。日本においてもたびたび展覧会で紹介され、人気が高い。(Wikipedia「アンドリュー・ワイエス」

【楽天ブックス】「ひまわりの祝祭」

「千里眼キネシクス・アイ」松岡圭祐

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
ゲリラ豪雨に襲われている能登半島で岬美由紀(みさきみゆき)はノン=クオリアのステルス機に出会う。ゲリラ豪雨はノン=クオリアが意図して起こした災害だった。
今回は「シンガポールフライヤー」で登場した人の感情の存在を否定しする集団ノン・クオリアの陰謀を阻むことが主な目的となる。
序盤は美由紀(みゆき)の小学生時代のエピソードが描かれており、小学生でありながら日経を読むことを習慣にしていたりその異質な存在感も面白いが、美由紀(みゆき)をライバル視するクラスメイトの黒岩裕子(くろいわゆうこ)のエピソードにも楽しませてもらった。
また家族思いの美由紀(みゆき)の父親が、まだ幼くいながらも現在と同じように暴走しがちな美由紀(みゆき)の行いを優しく諭すシーンが温かい。

こんなことを言ってはどうかとも思うけど、人間少しはみ出してもいいと、お父さんは考えてる。それが絶対に正しいことだと自分が感じるのなら

上巻の中盤以降は舞台を現代に戻して話は進む。例によって時事ネタを取り入れた物語展開は期待を裏切らないが、かといって、世の中の問題点などを浮き彫りにするような内容の深さがあったかというと、今回はその点ではやや物足りなさを覚えた。
僕の記憶ではノン・クオリアは「シンガポール・フライヤー」から本作品までの間には登場していないように感じているし、松岡圭祐のサイトを見てもその認識で間違いないようだが、内容からは別のエピソードがその間起こっているような表現が見られた。小学館から発刊されていた初代千里眼シリーズと、角川から発刊されている千里眼シリーズで、多くの過去の作品が「完全版」の名を持って書き直されることによって若干の混乱を感じている。

カクテル・パーティ効果
たくさんの人が雑談している、カクテルパーティーのような雑踏のなかでも、自己に興味のあるヒトの会話、自分の名前などは、自然と聞き取ることができる。(Wikipedia「カクテルパーティー効果」

【楽天ブックス】「千里眼キネシクス・アイ(上)」「千里眼キネシクス・アイ(下)」

「転落」永島恵美

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
ホームレスとして生きていた「ボク」はある日、小学生の女の子と出会う。彼女が持ってきてくれる食べ物と引き換えに、彼女の言うことを聞くことになった。
ホームレスである「ボク」目線で物語は進む。生まれ育った街から遠く離れた場所でホームレスになった「ボク」は小学生の女の子から食べ物をもらいながら生活し、あるとき一人の年配の女性と遭遇する。その人は顔見知りであり過去つらい体験を共有した女性であった。
中盤以降は、その女性目線で物語は展開し、少しずつその女性と「ボク」の関係が明らかになっていく。「ボク」もその女性も、慣れ親しんだ街や友人たちと決別して遠く離れた都会でひっそりと生きることを選んだ。彼らの体験からは、僕ら男性が普段無関心だったり「大した問題ではない」と軽んじている、女性ならではのいさかい、子育て、人づきあいなどの、人の心に深い傷を刻みかねない深刻さが見えてくる。

何もかも話せる相手がいるというのは恐ろしいことだ。言葉にした瞬間、曖昧にしておきたかった事実がはっきりとした輪郭を表す。気づかずにいたほうがいいことまで、気づかされてしまう。

【楽天ブックス】「転落」

「日本人の英語力」マーシャ・クラッカワー

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
近年、インターネットの普及によって生の英語に触れられる機会が増えてきて、それは、英語を学習する人にとっては決して悪い環境ではないのだが、多くの人がアメリカ人を含むネイティブスピーカーのしゃべり方を疑いも持たずに真似してしまうことを懸念しているのである。
日本の若者たちが使う「…みたいな」「…な感じ」のように、アメリカでも「kind of」「sort of」「like」などのあいまい表現が浸透してきていて、実際に多くのアメリカ人がそのような話し方をするのだが、それを「正しい英語」と信じている日本人の英語学習者が多く見られるのだとか。英語のあいまい表現は日本語のあいまい表現と同じように、決して知的には聞こえず、どちらかというとはっきりとした信念や考えを持っていない、自分の考えに自信を持たないように聞こえ、ビジネスの場だけでなくプライベートな場でさえも高く評価されないだろう、というのだ。
また、「let me know」「I mean」「you know」などのような、隙間を埋める言葉を多用するのもそのような人の悪い傾向だという。考える必要があるならば、その旨を相手に伝えてしっかり時間をおいてから意見を言うべきだと。
僕たちは日本人なのだから、日本人の美学があり、ぼくらが話すべき英語のスタイルがあるはず。英語を話すからと言って、美学や文化までアメリカになる必要はないということだ。
考えてみれば僕自身も、たとえ日本語でも決して多くを語る方ではなく、「しっかりと考えたうえで言葉を発する」という生き方をしてきたはず。英語を話している最中とてそれは変わらないはず。

「赤い指」東野圭吾

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
妻からの連絡で家に急いで帰ると、庭には少女の死体があった。息子の犯罪を隠すために共謀することとなる。
久しぶりの東野圭吾作品である。息子の犯した犯罪を隠すために共謀する家族と、それを捜査する刑事の側の2つの視点から物語は展開する。面白いのはその家族には痴呆症を患っている祖母が同居している点だろう。息子が親である自分に対しての態度を「親への感謝の気持ちがない」と嘆く一方で、痴呆症である母を疎んじる自分自身を恥じるのである。
そして一方で、本件を捜査する刑事、松宮(まつみや)と加賀(かが)の物語も本作品の魅力である。刑事になる前から加賀(かが)と顔見知りだった松宮(まつみや)は、父親の命がもう長くないことを知りながら会おうとしない加賀(かが)に不満を持っていた。
最終的に親と子の在り方を見せてくれるクライマックスが用意されていた。少し作りすぎの印象を受けたが、楽しむことができた。以前は読書のための読書にしかなりえなかった東野圭吾作品だが、ここ2,3年の作品からは、以前になかった現実社会を反映した深みのようなものが感じられるようになった気がする。
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「獣の奏者」上橋菜穂子

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
そこは闘蛇(とうだ)と王獣(おうじゅう)と呼ばれる獣たちが住む世界。獣を操ることが国を治めることに大きく貢献する世界。母を失ったエリンはやがて王獣(おうじゅう)という美しく強い獣に興味を持つようになる。

ファンタジーに挑戦したのは久しぶりである。獣を操るという点で、スタジオジブリの名作「風の谷のナウシカ」を思い起こさせるが、単なる焼き直しではなくオリジリティに溢れている。メインとなる2つの獣、闘蛇(とうだ)と王獣(おうじゅう)はいずれも人には決して慣れない生き物で、一歩間違えれば平気で人を飲み込む危険な生き物である。しかし、その強さゆえに操ることができれば強力な戦力となる。人は「音なし笛」を吹くことによってのみコントロールしてきた。

ファンタジーというと、どうしてもその世界観ゆえに、空想の人物名や地名の多さに辟易し、また、話を分かりやすくしようとすると対立の構造が単純すぎてリアルさに欠けるという問題があり、リアルさと分かりやすさのバランスというのは常に難しい部分ではあるのだが、本作品は非常にわかりやすく読みやすく、それでいて単純になりすぎずに少しずつ世界の複雑さが読者に見えてくる点が好感がもてた。

「闘蛇編」と「王獣編」はシリーズ全4作の最初の2作であるが、物語としては一度完結している。今後さらに広がっていくであろうその世界観に期待したい。