「試練が人を磨く 桑田真澄という生き方」桑田真澄

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
日本での活躍を経てメジャーリーグに挑戦したプロ野球選手、桑田真澄がその野球人生を振り返って心のうちをつづる。
派手さやみなぎるエネルギーはないが信念を感じさせる選手。人に寄っては周囲まで巻き込むようなエネルギッシュな熱い人を好む人もいるのだろうが、僕にとっては野球選手で言えば桑田のように感情をまき散らさず、冷静に自らと向き合って行動で自らの信念を示す人間が好みである。
本書では高校時代の話やメジャーリーグでの話はもちろんだが主に読売巨人軍での話が中心となる。当時はプロ野球には関心があったものの、黄金時代の西武ライオンズ中心で、セリーグの巨人という球団の一選手であった著者のことは名前ぐらいしか知らなかったのだが、本書を読むと、そういえばそんな話があったな、と思い出される事も多い。裏金疑惑や清原とのドラフト騒動、記憶にある人もきっといるだろう。野球の技術的な向上のための思いだけでなく、そんな騒動などを通じてメディアや周囲に対する態度についても語っている。
読んでて感じるのは、本当に著者は、自らが努力するのが好きで、人がどう自分を見るかよりも、自分自身が自分に対してどう感じるかを重視するという事。ひょっとしたら、物事を長く突き詰める上でそんな「自らと向き合う」的な考え方は必ず持っていなければいけないことなのかもしれないが、そんな考えを改めて再認識させてもらった。
内容的にそんなに面白かったり特別新しいことが書かれているわけではない。日本シリーズや中日とのペナントレース最終決戦についても書かれているので、きっと巨人ファンにはもっと楽しめるのだろうが、むしろ、「読者を楽しませる」というよりも「書く事で自らの過去を顧みる」的な、本書で書かれた本人の心のもちかたが、全体の雰囲気からも感じられる構成である。
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「風が強く吹いている」三浦しをん

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
天才ランナー走(かける)と出会った清瀬(きよせ)は走(かける)を、古い寮に誘い込む。そこでは同じ大学の生徒たち10人が、清瀬(きよせ)を中心に生活していた。やがて10人は駅伝で箱根を目指すことになる。
いろいろあって箱根駅伝を目指す事になったほぼ駅伝素人の10人が箱根駅伝を目指す事が現実的かどうかという意見はあるだろうが、そういった細かい部分を気にしすぎなければ、爽やかな青春小説として楽しむことができるだろう。
10人はいずれも個性豊かだが、なかでも走(かける)と清瀬(きよせ)は存在感でも郡を抜いている。どちらも走ることは好きでも、所属した部の監督やその指導方法、仲間にめぐまれずに仲間と一緒に走る場所を失っていた。そんな2人がやがて信頼し合い一つの目的にむかっていくのである。青春小説としてはありがちな展開なのかもしれないが、それでもそれぞれが積み重ねた努力の成果を本番に向けるそれぞれの姿はなにか心をかき立てるものがある。

いまは走ろう。好きだから。楽しくて苦しかったこの1年に、出会ったすべてのひとのために。心からの応援も、心ない中傷も、すべて受け止めて弾き返せるほど強く。

最期は1秒を争う展開に。信頼と努力の成果が一つの結果へとつながっていく。

止めることはできない。走るなと言うことはできない。走りたいと願い、走ると決意した魂を、とどめられるものなどだれもいない。

読んだ人までも走りたくさせる一冊。
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「The Hunger Games」Suzanne Collins

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
その地域を支配していた一つの地区、その権力を誇示するために、ほかの12の地区から男女1人ずつを選び、計24人の男女による生き残りゲーム、「ハンガーゲーム」を開いていた。Katnessはクジで選ばれてしまった妹Primの代わりにHunger Gameに出る事を決意する。
一言で言ってしまえばバトルロワイヤルの焼き直し、ということになってしまうのかもしれないが、それが地域間での争いの果てに起こったという背景設定や、未来の物語であるという点が異なる。また、参加者24人それぞれが異なる地域の出身であるがゆえに、その地域の属している産業や自然環境によって、得意とするもの、知識が異なるという点も面白い。
スポンサーというシステムも物語を面白くしている要素の一つである。スポンサーは自らが勝たせたい参加者に贈り物をすることができるのだ。それは水だったり食べ物だったり武器だったり薬だったりと、ハンガーゲームの戦況を左右するものになりうる。だから、参加者たちはハンガーゲーム開始前のデモンストレーションやインタビューで、可能な限りスポンサーを得ようとアピールするのだ。ハンガーゲームの趣旨に賛同しようがしまいが、それが自らの生死を左右するからである。
さて、物語の性質上優勝するのはこのKatnessなのだろう、と誰もが予想するので、興味の対象はその過程になる。ハンガーゲームの途中で仲良くなった女性とは最終的に殺し合わなければならないのか。同じ地区から出場した男性とは恋愛関係になるのか。
最後は若干行き過ぎな印象もあるが、常にスリリングな展開で、読者を一気に読ませる力のある物語。すでに2つの続編が書かれているということなので、機会があったら読んでみたい。

「「みんなの意見」は案外正しい」ジェームズ・スロウィッキー

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
人は集団だと愚かな行動をし、実際には数人の賢い人間たちに導かれていると考えている人は多いが、本書が訴えるのはそれとは正反対のこと。序盤はいくつか身近な例をあげてそれを示している。
例えば、検索エンジンに革命をもたらしたGoogleのページランク(ペイジランクが正しいらしいが)がある。ページランクは、それぞれまったく関係のない個人が、自らの価値のあると思ったサイトにリンクを張り、そのリンクがされた数によってそのページの価値をはかるというものである。一人一人は特別インターネットに詳しい人というわけでも最新の情報に常に触れているような知識人でもないだろう。それでもそんなシステムによって検索結果を表示するGoogleの検索エンジンが、当時シェアをにぎっていたYahooを超えたのである。
また、行方不明になった船の行方を、わかっている前後の事実という情報だけを与えてある程度の数の人に予想させ、その結果を平均したところ、そこから数百メートると離れていない場所でその沈没した船が見つかった、などの例も挙げている。本書はそんな、集団の意見は個人の意見より正しい、という主張をベースに展開するが、その過程で強調している。もちろん決してすべての事例についてあてはまるものではないというは理解しなければならない。
後半にかけては、集団の意見が正しいにも関わらず、その集団の意見を拾い上げることの難しさを語っている。そこで挙がる悪い例には、世の中の多くの状況があてはまるように見える。重要なのは、それぞれの個人の意見が影響し合わないような状態にしなければならないということだ。例えば、集団の平均的な意見が正解にもっとも近いだろうという予想で、同じ部屋に集まってそれぞれの意見の平均を取ろうとしても、それぞれの立場に寄って、相互の意見は影響し合い、やがてその全体の意見は、上司や専門家の意見に偏る事になってしまうのだ。
集団の傾向を示す手段として、最後通牒ゲームなどが触れられている点が、先日読んだゲーム理論と繋がってきて個人的には面白い。語り口が淡々としているためにやや読むのに根気がいるが、集団をどのように機能させるべきか、という点では非常に興味深い内容である。会社の会議などをうまく運びたい考える人には参考になるのではないだろうか。

マンハッタンプロジェクト
第二次世界大戦中、枢軸国の原爆開発に焦ったアメリカ、イギリス、カナダが原子爆弾開発・製造のために、科学者、技術者を総動員した計画である。計画は成功し、原子爆弾が製造され、1945年7月16日世界で初めて原爆実験を実施した。さらに、広島に同年8月6日・長崎に8月9日に投下、合計数十万人が犠牲になり、また戦争後の冷戦構造を生み出すきっかけともなった。(Wikipedia「マンハッタン計画」

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「エコイック・メモリ」結城充孝

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
動画投稿サイトに現れた残酷な殺人の映像。この動画の殺人は本物なのか。クロハは捜査を命じられる。
「プラ・バロック」に続く、女性刑事クロハの物語の第2弾。もはや女性刑事が活躍する物語など珍しくなんともないが、本シリーズで新鮮なのは、人によっては抵抗感を抱きそうなインターネット上の技術まで物語に取り入れている点だろう。前作ではそれは仮想現実の世界であったし、今回は、もうすでに世の中に浸透してきたであろう動画投稿サイトをその物語のきっかけとして使用している。動画投稿サイトやMMO(Massively Multiplayer Online)を絡めて犯罪を行うだけでなく、捜査する側もそれを利用するあたりは、何か、現実と非現実の境界が曖昧になっていく事に対する、著者の警告のようにも思えてくる。
そして、そんな異常な環境で育ったゆえに何かが欠けている犯罪者たち。どの部分の描写によるものなのかわからないが、前作と同様、どこか暗い都会のイメージを印象づける。煌(きら)びやかな都会のイメージがあふれる中、むしろ都会の闇を見せるような本シリーズは他の作品とは一線を画している。
次回作にも期待したい。
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「王妃の離婚」佐藤賢一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第121回直木賞受賞作品。
1498年フランス。弁護士フランソワがルイ12世が王妃ジャンヌに起こした離婚訴訟でジャンヌの弁護をすることになる。国王を相手にする訴訟故に数々の問題がフランソワに襲いかかる。
物語としては数ある法廷物語同様、検察の厳しい追及をかわして弁護をすすめる駆け引きや、重要な証言をするであろう証人の安全の確保など、予想を超えるものではないが、やはり当時の文化的な要素が物語を面白くしている。いつの時代であれ、正義と権力の間で弁護士は葛藤するのだろうか。

不正な裁判をしてはならない。弱い者におもねり、また強いものにへつらってはならない。あなたの隣人を正しくさばかなければいけない。

そもそも日本の作家が書いた作品でフランスの中世を舞台にした小説に出会った事がなかったので、読み始める前は抵抗感を抱いていたりもしたのだが、読み始めると好奇心をかき立てられることばかり。そもそも、ルイとかヘンリーとかよく聞くが、その家系はどこから来てどのような重要性を持つものなのか、マリーアントワネットは、ジャンヌ・ダルクは、と。
興味の向かう世界をまた一つ広げてくれた一冊。

教会法
広義においては、国家のような世俗的権力が定めたキリスト教会に関する法とキリスト教会が定めた法を包括した概念であるが、狭義においては、キリスト教会が定めた法のことをいい、世俗法(ius civile)と対比される概念である。最狭義においては、カトリック教会が定めた法のことをいい、カノン法ともいう。(Wikipedia「教会法」
カノッサの屈辱
聖職叙任権をめぐってローマ教皇グレゴリウス7世と対立していた神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世が、1077年1月25日から3日間、教皇による破門の解除を願って北イタリアのカノッサ城に赴いて許しを願ったことをいう。(Wikipedai「カノッサの屈辱」
サン・ドニ大聖堂
歴代フランス君主の埋葬地となった教会堂。1966年よりカトリック教会のサン=ドニ司教座が置かれている。パリ北側の郊外に位置するサン=ドニにある。(Wikipedai「サン=ドニ大聖堂」
アンボワーズ城
フランスのロワール渓谷、アンドル=エ=ロワール県のアンボワーズにある城。シャルル7世、ルイ11世、シャルル8世、フランソワ1世らヴァロワ朝の国王が過ごした。フランソワ1世がレオナルド・ダ・ヴィンチを呼び寄せたクロ・リュッセはすぐ近くにある。(Wikipedai「アンボワーズ城」

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「あかね空」山本一力

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第126回直木賞受賞作品。
豆腐屋として成功するという大きな決意を胸に、京から江戸に出てきた永吉(えいきち)。彼はそこでおふみという女性と出会い助け合いながら生きていく。
時代は宝暦12年(1762年)からの数十年間の江戸の町を舞台に描かれる。正直、あまり時代小説を読む機会がないので、すぐにそれがどのような時代なのだかわからないのだが、どうやらこの時代の天皇は桃園天皇、後桜町天皇で、江戸幕府将軍は徳川家重、徳川家治ということである。
そして物語は永吉(えいきち)という一人の男が京で修行をした上で江戸で豆腐屋を開こうとするところから始まる。おふみという生涯の伴侶と出会い、やがて3人の子供に恵まれ、それでもさまざまな問題を抱えながら、家族や周囲の人々と協力して豆腐屋を大きくしていく様子が描かれている。
物語の面白さだけではなく、江戸の人々の生活や社会の制度についても興味を喚起させられるだろう。
【楽天ブックス】「あかね空」

「プレッシャーを味方にする心の持ち方」清水宏保

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
スピードスケートの金メダリスト清水宏保が自身の経験を基にプレッシャーとの付き合い方を語る。
スピードスケートの世界では、清水宏保の身長は非常に小さく、彼はスケードで成功するのは無理と言われ続けてきた。そんな彼が最終的に金メダルを獲得するまでにはどんな過程を踏んだのだろう。序盤はその生い立ちや家族構成、スケートを始めるきっかけなどについて描かれている。スピードスケートのような、4年に1回しか注目を浴びないスポーツにすべてをかける人生というのはなかなか見聞きする機会がないので、彼の生活は非常に面白い。

私に誇れるものがあるとすれば、たぶんそれは自分自身を「客観的」に捉える力があったことです。試合前で興奮している自分に、離れたところから見つめている”もう一人の自分”が冷静な指示を出してくる。

そして中盤以降は彼の競技生活のなかで出会ったいくつかのエピソードとともに彼のプレッシャーに対する対処の方法が書かれている。そのいくつかは日常生活のなかの緊張するような場面でも役立つかもしれない。
個人的に刺激になったのが、清水は現在とある大学院で医療経営学を学んでいるというくだり。僕より年上の彼が学校で勉強してまた新たな人生を始めようとしている事実はなにか心に語りかけるものがある。もちろんその先もきっと平坦な道ではないだろうが、困難に挑戦しつづけてきたが故に持っている考え方があるように感じる。
全体的には、そんなに無理に「ビジネスに活かせます」という方向に持っていかなくてもよかったのではないかな、ということ。もっと単純に清水の考え方や生き方に触れてみたいと思った。
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「もっとも美しい数学ゲーム理論」トム・ジーグフリード

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
自分の利益を最大にするには、どう行動すればいいか。そんな社会で生きるすべての人間の考えに応用できると言われている「ゲーム理論」。実際にそれはどういうものなのか。著者がわかりやすく説明する。
ゲーム理論というのに最初に興味をもったのは有名な「囚人のジレンマ」の話を聞いたときだろう。しかし、それだけではなく僕にとって「ゲーム」という言葉は学校の授業とは正反対な場所にあって、「理論」と「ゲーム」という相反する言葉によってできた「ゲーム理論」という響きも印象的だった気がする。本書ではゲーム理論の歴史や進化の過程を説明した後、具体的な例をあげてそれがどのような状況に適応できるのかを説明している。
例えば、アヒルの群れがいて、1箇所で一切れのパンを10秒に1回投げ入れる、もう1箇所では5秒に1回投げ入れる。その場合、アヒルたちはどっちにいったほうが多くの餌を食べる事ができるか。というもの。もちろん、1匹であれば、5秒に1回投げ入れる方に行った方がたくさん食べられるのだが、ほかにもアヒルはたくさんいてほかのアヒルも同じ事を考えるかもしれない。結果的にこの均衡点は3分の1と3分の2で、実際の実験でもアヒルは時間が経てばその状態になるのである。
印象的だったのは、テニスのサーブの話。サーブを相手のフォア側に打つかバック側に打つか。強い選手ほど、ゲーム理論が導きだした答えに近いサーブの組み立てになるのだという。強いからそうなのか、それともそうだから強いのか。ほかにもいくつかの日常的な例を挙げてゲーム理論を説明していく。
しかし、本書の焦点は、ゲーム理論の簡単な説明ではなく、むしろ、ゲーム理論は本当に現実に役に立つのか。という点である。例えば上にあげた2つの例はいずれも非常に単純化したもの。現実世界では常にさまざまな要素が同時、かつ複雑に影響し合っている。そして人間も一様ではないし、ゲーム理論がこう、と予想したらあえてそれを避けようとする人間もいるのである。
それでも本書はそんなあらゆる反論に対して、「こういうふうに考える事もできる」と繰り返し示している。そこからわかるのは、まだまだゲーム理論は進化の過程にあるということ。今後の発展にも関心を持っていたいと思わせてくれる。ゲーム理論の最初の入り口として読むにはちょうどいい内容である。

ナッシュ均衡
ゲーム理論における非協力ゲームの解の一種であり、いくつかの解の概念の中で最も基本的な概念である。数学者のジョン・フォーブス・ナッシュにちなんで名付けられた。ナッシュ均衡は、他のプレーヤーの戦略を所与とした場合、どのプレーヤーも自分の戦略を変更することによってより高い利得を得ることができない戦略の組み合わせである。ナッシュ均衡の下では、どのプレーヤーも戦略を変更する誘因を持たない。(Wikipedia「ナッシュ均衡」

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「僕には数字が風景に見える」 ダニエル・タメット

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
サヴァン症候群の著者ダニエルには、数字が色や雰囲気を伴って見える。そんな不思議な能力を持った彼がその人生を語る。
本書では幼い頃の彼の生活の様子から描かれている。世の中から受け取る感覚が一般の人とは異なるゆえに、人とのコミュニケーションが苦手で、また数字や文字から必要以上の感覚を受け取ってしまう。その感覚ゆえに彼が行う遊びなどのエピソードはいずれも面白い。序盤はそんな変わった少年時代と、それでも普通の生活を送ることに対する両親への感謝である。
そして中盤以降は、その努力の結果社会に適応し、自らの能力を生かして多くのことに挑戦する様子が描かれる。その特異な言語感ゆえの記述はいずれも脅威深い。本書のなかで彼は、彼のような言語共感覚は誰もがもっているものだという。例えばまるみのある滑らかな形と鋭く尖った形を魅せて、「ブーバ」と「キキ」という名前をそのうちどちらかに割り当てさせると多くの人が尖った方に「キキ」、まるみのあるほうを「ブーバ」とするというのである。
そんな彼の特殊な言語感ゆえに、彼はその能力で円周率を暗唱したり、一週間でもっとも難しい言語と言われるアイスランド語をマスターする事に挑戦するのだ、エスペラント語や手話についての話も興味深い。言語学習に興味のある僕としても非常に楽しめる内容だった。
人と違っていることで障害者にされる必要はない、だれのからだも違っているのだから。

エスペラント語
ルドヴィコ・ザメンホフが考案した人工言語。エスペラントを話す者は「エスペランティスト」と呼ばれ、世界中に100万人程度存在すると推定されている。(Wikipedia「エスペラント」
キム・ピーク
恐らく先天性脳障害による発育障害で、小脳に障害があり、また脳梁を欠損している。そのため、生活には父親の介護を必要とする。その一方で写真または直感像による記憶能力を持ち、9000冊以上にも上る本の内容を暗記している。また、人が生年月日を言えばそれが何曜日であるか即座に答えることができる。映画「レインマン」で、ダスティン・ホフマン演じるレイモンド・バビットのモデルとなった。(Wikipedia「キム・ピーク」

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「リストラされた100人の貧困の証言」門倉貴史+雇用クライシス取材班

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2008年のリーマン・ショック以降、世界同時不況の波が押し寄せ、日本の経済・社会が混乱に陥った。その結果、非正規雇用者の人員カットだけでなく正社員のリストラ、そして新卒社会人の内定取り消しなどが起こっている。本書はそんな不況の流れの中の犠牲となった低所得者層の証言をまとめている。
派遣切りにあった人々。内定取り消しになった学生、リストラにあった正社員の証言を複数まとめて掲載している。最終的にそのような過程を経て、ワーキングプアと呼ばれる生活に陥った人々は、多くの人が言うように、貯金できない、ギャンブルが好き、同じ仕事が長続きしない、などの負の条件を備えてはいたりもするが、必ずしもそれだけが原因ではないのがわかるだろう。証言の合間に筆者が語るその問題点の一つとして、国のセーフティネットの整備不足をあげている。(もちろんそれも簡単なものではないが)。おそらくすでに会社や国が生活を守ってくれる時代は終わったことを知るべきなのだろう。そしてそれは、解雇されたらどうなるか、会社が倒産したらどうするか、などを常に念頭に置いておかなければいけないということだ。
終盤では、そんなワーキングプアの人々を狙った悪質なビジネスについても触れている。組織的な犯罪だけでなく、低所得者層が生きるためにする万引き、置き引きなどの小さな犯罪が世間で増えていることが伝わってくる。例えば、そんな人々が出入りするネットカフェの席にパソコンをおいたまま席を立つなどというのは論外なのだろう。決して読むことで楽しくなるような内容ではない、むしろ引用されている人々の生活は、読んでて不快な思いさえさせる。しかし、電車で隣に座った人が、図書館ですれ違った人が、本書で登場する人間である可能性は決して低くないのである。
【楽天ブックス】「リストラされた100人の貧困の証言」

「To Kill a Mockingbird」Harper Lee

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
1961年ピューリッツァー賞受賞作品。
アメリカ南部アラバマ州。未だ黒人差別が色濃く残る町で生活する一家を描く。弁護士のAtticusは息子Jemと娘のScoutを信念を持って育てていく。そんなある日、彼は白人女性に対する暴行の容疑を受けた黒人男性の弁護を担当することになった。
「アラバマ物語」で知られている物語で日本でも知られており、おそらくアメリカでは知らない人はいないのではないかというぐらい有名な物語。実際、先日読んだ「The Help」の物語のなかでも取り上げられている。信念を持って弁護士を務める父、いつも一緒に遊ぶJemを、娘のScoutの目線で語る。序盤は自然の豊かで毎日外で面白いことを探して過ごす兄弟と近所のDillの様子が描かれていてほのぼのと進むが、やがて物語は黒人差別へと焦点を移していく。同時に外でいつも一緒に遊んでいたJemとScoutも年齢があがるに従って、次第に異なる生活を送るようになる。そんな多感な兄弟に、黒人の弁護を引き受け町の人々から「黒人の味方」として蔑まれる父親はどう映るのか。揺れ動きながらも成長していく様子が見て取れる。
現代から見ると、その黒人蔑視の社会はいいものとは言えないが、家族を愛する父親の信念がしっかりとその子供たちに根付いていく様子が伝わってくる。

でも、これだけは言わせてくれ、そして決して忘れないでくれ。どんな時であろうと白人がそういうことを黒人に対してするとき、それが誰であれ、どんな裕福な人だろうが、どんな権威ある家系の出身だろうが、そんな白人はクズだ。

毎日家族と過ごす時間を持てる古き良き時代の理想の父親像としても本作品を楽しむことができるのではないだろうか。

「空想オルガン」初野晴

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
穂村千夏(ほむらちか)は吹奏楽部の高校2年生。吹奏楽に青春を注ぎ込む過程で彼女の周囲に起こるできごとを描く。
読み始めてすぐに気づいたのだが、どうやら本作品は主人公である穂村千夏(ほむらちか)とその幼馴染である上条ハルタが繰り広げる「ハルチカシリーズ」の第3弾ということで、最初の2作品をすっ飛ばしていきなり第3弾から読み始めるということになってしまった。もちろん内容は本作品から読み始めた読者にもわかるように登場人物の紹介などがされているのだが、おそらく順番どおりに読んだほうが楽しめたのだろう。
物語は高校の吹奏楽部を中心としてコミカルに描かれるドタバタ劇。同じ吹奏楽に情熱を注ぐ他校の生徒との出来事や、部員のトラブルの解決、練習場所の確保などのエピソードである。パっと読んでパっと忘れる、的な物語かとも思ったいて、それは基本的に間違ってはいないのだが、終盤に差し掛かるにしたがって少しずつ考えさせる文章がちりばめられている。
シリーズのほかの作品も読んでみようと思える内容である。

手回しオルガン
ピンの出た円筒に接続されたハンドルを手で回し、円筒に隣接した鍵盤をピンで押さえる仕組みの自動オルガン。
紙腔琴
手回し式の小型オルガンの一種。1890年(明治23年)、戸田欽堂が発明し、栗本鋤雲が命名した[1]。西川オルガン製作所で製作し、東京銀座の十字屋楽器店で売り出した。
駿府城
静岡県静岡市葵区(駿河国安倍郡)にあった城。別名は府中城や静岡城など。江戸時代には駿府藩や駿府城代が、明治維新期には再び駿府藩(間もなく静岡藩に改称)が置かれた。
チベタン・マスティフ
チベット高原を原産地とする超大型犬。俗にチベット犬とも呼ばれ、希少種である。

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「安藤忠雄仕事をつくる 私の履歴書」安藤忠雄

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
建築家安藤忠雄(あんどうただお)がその半生を描く。
安藤忠雄(あんどうただお)と言えば、丹下健三(たんげけんぞう)、黒川記章(くろかわきしょう)と並んで、建築など素人である僕にも知っている建築家の一人。そんな有名な建築家でありながら彼のその知識は独学によって身につけられたものだというから興味深い。
本作品は、そんな安藤(あんどう)の学生時代から、建築家になり、現代に至るまでの仕事や生活を描く。安藤の今までの作品とその制作秘話だけでなく、安藤が勉強のために訪れたという日本の建造物もいくつか紹介されているから面白い。
安藤(あんどう)もまた、パソコン、携帯電話という大きな変化のなかで生きている。昭和の経済の絶頂期を知りながら今の不況を生きている。そんな安藤(あんどう)の語るところによるとやはり現代の若い人間が元気がないとか。この世代の人は、自分達の若かったころを美化し、今を嘆く傾向が強い。実際にどうなのかがわからないが、東北大震災後に描かれたらしく、今を嘆く記述が随所に見られた。建築だけでなくいろいろな面で考えさせられる部分はあった。

東大寺南大門
国宝。平安時代の応和2年(962年)8月に台風で倒壊後、鎌倉時代の正治元年(1199年)に復興されたもの。東大寺中興の祖である俊乗坊重源が中国・宋から伝えた建築様式といわれる大仏様(だいぶつよう、天竺様・てんじくようともいう)を採用した建築として著名である。(Wikipedia「東大寺」
倉俣史朗
日本のインテリアデザイナーである。空間デザイン、家具デザインの分野で60年代初めから90年代にかけて世界的に傑出した仕事をしたデザイナー。(Wikipedia「倉俣史朗」
田中一光
昭和期を代表するグラフィックデザイナーとして活躍した。グラフィックデザイン、広告の他、デザイナーとして日本のデザイン界、デザイナーたちに大きな影響を与えた。作風は琳派に大きな影響を受けている。(Wikipedia「田中一光」

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「6TEEN」石田衣良

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
月島を舞台にした、4人の16才の少年の物語。
直木賞を受賞した「4TEEN」の2年後を描く。正直「4TEEN」を読んだのはもう10年以上前だから、前作のエピソードと絡めて本作品を楽しむことはできなかったが、本作品も同じ4人の少年、テツロー、ナオト、ダイ、ジュンがその日々の生活のなかでお金もなく限られた範囲で与えられた自由のなかで、楽しいことを探してすごしていく中で、いろいろなことを経験し成長する姿が描かれている。
当然といえば当然だが、それぞれのエピソードがかなり作られた感じが出てしまったが、清々しい読了感を与えてくれる。

「今日はいい天気だね」とか「涼しくなったね」とかいう会話が、なによりも一番贅沢な世界というのは、案外悪くないんじゃないだろうか。豊かさとか生涯賃金とか経済成長率なんかに、いつまでもこだわっていても意味などないのだ。
クラインフェルター症候群
男性の性染色体にX染色体が一つ以上多いことで生じる一連の症候群。(Wikipedia「クラインフェルター症候群」

【楽天ブックス】「6TEEN」

「女の子のための現代アート入門」長谷川祐子

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
20年間展覧会やプロジェクトで現代アートを紹介してきた著者が現代アートについて語る。
同じ著者の別の作品「「なぜ?から始める現代アート」がいろいろな側面から現代アートの楽しみ方を語っているのに比べると、こちらはひたすら現代アートを紹介している。重なる部分も多く、どちらか迷っtている人がいるなら僕は、「「なぜ?から始める現代アート」の方をお勧めする。
もちろん、本作品からもいろいろな興味深いアーティストを知ることができた。黄色の顔を描くオスジェメオスなどはまさにその一つである。

登場人物たちの顔が黄色いのは黒人でもアジア人でも白人でもない、人種が特定できない顔にしたかったからだ。

終わりに著者が書いたこんな言葉が印象に残った。

考えることは、見聞きしたものをフレームに入れてあなたの体のなかにしまっておくプロセスです。起きている間に見たものの97パーセントは、眠っている間に記憶をつかさどる脳の海馬という場所で選別され、捨てられます。

アンテナを常に張って、感性を刺激し続けたいものである。
【楽天ブックス】「女の子のための現代アート入門」

「時をかける少女」筒井康隆

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
すでに原作より、ドラマやアニメの方が有名になってしまったこの物語。考えてみれば原作を読んでなかったなと思って手に取った。
驚いたのは「時をかける少女」はこの本に含まれる3つの物語のうちひとつということで、予想外に短い物語なのだ。アニメではなんどもタイムリープする主人公だが本作品では和子(かずこ)は自らの意思でタイムリープするのはわずか一回だけなのである。
読み終えてから感じたのは、本作品が何度も何度も繰り返し映画やドラマやアニメになる理由は、その内容ゆえではなくそのタイトル「時をかける少女」というどこかミステリアスでわくわくさせるネーミングにあるのだろうということである。
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「The Burning Wire」Jeffery Deaver

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
Lincoln Rhymeシリーズの第9弾。今回の犯人は電気を自由自在に操る。
電気を使って感電させたりすることで殺害するという今回の犯人。読み進めていくうちに感じるのは、ものすごい効率的な殺人兵器と化すにも関わらず、人々の生活にあふれている「電気」という存在に対する違和感である。極悪非道で進出機没な犯人だが、Rhymeはいつものごとく現場に残されたわずかな手がかりから犯人を追跡していく。AmeliaやPulunskiが失敗を重ねながら悪戦苦闘する姿も毎度のことながら面白い。
さて、そんな電気使いの犯人の追跡とあわせて、メキシコでは「The Cold Moon」以来、逃亡し続けている通称「Watch Maker」の追跡も逐一連絡がRhymeの元に入ってくる。遂にWatch Makerは捕らえられるのか?そんな楽しみも味わえるだろう。
パターン化している部分も感じないことはないが、相変わらずテンポよく読めるのが辞められない一因だろう。

「無理」奥田英朗

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
市町村合併によって生まれたとある地方都市。多くの男女が悶々とした日々を送っている。そんな人々を描く。
物語は同じ地方都市で生きる男女を行き来する。女子高生。市の政治家。生活保護を担当する役員。宗教にはまりこむ主婦。暴走族あがりのセールスマン。いずれも現状に不満を抱きながら、すこしでもよりよい未来を求めて日々悪戦苦闘しているのだがなかなか思うように進まない。
そして次第に5人の悲惨な人生はひとつの出来事へと向かっていく。生活保護や老人を狙った詐欺など、現代の話題を適度に盛り込み意図せず悪循環へと陥っていく不幸な人々をテンポよく描いている。いずれもどこか他人事として見れないリアルさを感じてしまうから面白い。まさに一気読みの一冊。
【楽天ブックス】「無理(上)」「無理(下)」

「ルワンダの大虐殺 世界で一番悲しい光景を見た青年の手記」レヴェリアン・ルラングァ

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
1994年の4月から7月にかけて総計100万人のツチ族が同じルワンダに住むフツ族によって殺された。幸運にもその虐殺のなかで生き残った青年ルラングァがその様子とその後を語る。
ルワンダの虐殺といえば、アウシュビッツなどと並び世界史において「ジェノサイド」という言葉を用いられる数少ない例の一つ。「ルワンダの涙」「ホテル・ルワンダ」などでもそのエピソードは知られている。
本書ではそんな1994年の大虐殺のまさにその「迫りくる死」を描いている。目の前で多くの知り合いが殺され、そして妹や母までもが無残に殺されていくのである。信じ難いのは当時公共のラジオ放送が人々にツチ族を殺すように呼びかけていたことである。

「僕はまだ八歳なんですが、もうツチ族を殺してもいいんですか?」
「かわいらしい質問だね!誰でもやっていいんだよ!」

最初は、生き残ったのはどこかに隠れていて運良く見つからなかったからだろう、と思っていたのだが、実際には、肩を砕かれ、鼻を削ぎ落とされ、左手を失ってその苦しさのあまり「殺してくれ」と叫んでいたから、逆に殺されなかったのである。「殺さないでくれ」と叫んでいたらきっと殺されていただろう。
そして、その虐殺の後についても描かれている。スイスの慈善団体の助けで生き延びた彼は、その後またルワンダに戻って、自らの腕を切り落とした男と再会するのである。自らを生死のふちに追い込み、親や妹達を殺した殺人鬼が普通に日常を送っていることに耐えられないルラングァ。終盤はその心のうちを描いている。読んでいて感じるのは、僕とほとんど変わらない年齢にも関わらず人生の苦難の多くを経験してしまった彼の荒んだ心のうちである。
全体的に文章から強い怒りを感じ、冷静に分析されて描かれた内容とはいえないが、その狂気の様子を知るひとつの手がかりにはなるだろう。
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