「イクサガミ 天」今村翔吾

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大金を求めて多くの武芸に秀でるものが京都の寺に集まった。そこで始まったのは、命をかけた戦いであった。

すでにこちらの物語はドラマにもなっているらしく、今村翔吾作品のなかではめずらしく、ややフィクションの要素が強いドラマ向きの物語である。家族を救うためにお金が必要な嵯峨愁二郎(さがしゅうじろう)と同じくそこに参加していた12歳の少女双葉(ふたば)とともに、主催者から与えられた掟にしたがって、東京を目指す様子を描く。

その掟とは、与えられた札を奪い合うというもので、関門ごとに指定の枚数以上の札を持っていないと通過できないという、つまり実質の殺し合いである。

愁二郎(しゅうじろう)と双葉(ふたば)は他の参加者と協力などもしながら、可能な限り人を殺さずにゴールを目指すこととする。そして、その過程で、愁二郎(しゅうじろう)の過去が明らかになっていくとともに、他の参加者たちの素顔が明らかになっていく。

まだ物語が始まったばかりなので全体的な感想は言いようがないが、とりあえず続きも読もうと思った。

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「El mentiroso」Mikel Santiago

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
数日の記憶を失ってた庭師のAlexは、記憶をとりもどすために自分の足取りを辿り始める。

金曜日の夜からの記憶のないAlexだが、わずかな記憶の中で隣で見知らぬ男が死んでいたことを覚えていた。自分の足取りを辿ると、記憶通りの使われなくなった工場があり、そこでは記憶と同じ男の遺体があった。そして、その男は著名な作家Félixという男であることを知る。自分が殺したかもしれないという不安のなか記憶の回復に努めるAlexは、少しずつその作家Félixが、地元の地域の秘密を小説として暴露しようとしていたことを知るのである。

記憶喪失モノというと宮部みゆきの「レベル7」や真保裕一の「奇跡の人」、最近だと「Project Hail Mary」など、小説では使い古された題材ではあるが、ハズレの少ない題材だけに、本作品も程よく楽しませてもらった。ただ、学びは残念ながらほとんどない。

スペイン語新表現
contra las cuerdas 窮地に立たされて、絶体絶命で、追い詰められて
tomar a pecho 深刻に受け止める、気に病む
morder el polvo (戦いなどで)敗れる、打ち負かされる、屈辱を味わう
de segunda fila 二流の、目立たない
bala perdida 厄介者、無責任なやつ、問題児、ろくでなし
hablar por los codos べらべらとしゃべる、とめどなく話し続ける

「東大卒キックコーチが教える本当に正しいキックの蹴り方」田所剛之

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
サッカーにおける正しいキックの蹴り方を、科学的に分析して説明する。

すでにサッカー歴を超えて長くプレーしているスカッシュで、最近理想に近いスイングに近づいたと感じている際、著者の登場しているYouTubeにたまたま出会い、改めてサッカーにおいてももっと効率の良い蹴り方があったのではないかと思い、将来の指導目的もふまえ本書にたどり着いた。

なかなか言葉だけで理論的に理解するのは難しいし、理論的に理解できたからといって即実践できるとは限らない。ただ、結局のところすべての野球のバッティング、サッカーのキック、ラケットスポーツのスイング等おいて必要なのは次の3点の考え方だろう。

  • 自然な振り子運動とムチのような動き
  • 回転と狙った方向を実現するための打点
  • 打点の重さ(本書では重さとしているが、実際には「硬さ」のほうがしっくりくる)
  • 空気抵抗によるマグヌス効果

印象的だったのは、スパイクの傾向なども考慮した利用的なインサイドキックの蹴り方である。スパイクに遊びがあるインサイドよりも踵よりで蹴った方が、足が硬いため、正確なインサイドキックが蹴れるというのである。

子供がサッカーをはじめたら、戦術だけでなく蹴り方も含めて、もう一度サッカーを理論的にやり直してみたいと思った。現在サッカーをしている人にもなにかしら一方上に進むためのヒントがあるかもしれない。

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「記憶に残る人になる トップ営業がやっている本物の信頼を得る12のルール」福島靖

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
リッツ・カールトン、アメリカン・エキスプレスを経て営業コンサルティングとなた著者が良い営業になるための秘訣を語る。

著者自身の営業としての哲学は一貫して、得るものやサービスを語るよりも、信頼できる人間になるということである。そして、同時にタイトルにあるように記憶に残る人になるということである。そのための方法として著者が実践していることを本書では解説しているが、なかでも印象に残ったのは「感謝」の方法を決めないの章である。

僕自身謝罪を感謝に置き換えられるなら可能な限り感謝の言葉を伝えたい、という考えではあるが、感謝を伝えようとすると、どうしても言葉で「ありがとう」と伝える以外の方法が思いつかず、その形の制約から伝えられる相手や状況が限られてしまっていた。だからこそ本書の

感謝の方法や対象にこだわってはいけない

は非常に印象的でぜひとも取り入れたい考え方である。実際、本書では名刺に感謝のメッセージを書いて渡したり、ゴミ箱に清掃員への感謝のメモを貼ったりするシーンが描かれていて、決して難しい行動ではないと感じた。

著者は次のようにも語っている。

  • 感謝されるようなことをするよりも、小さな感謝を伝えることで人の心は動く…
  • 「すべての人」に、感謝を伝えているだろうか?

もちろん人は感謝されるために行動しているわけではない。だからといって感謝を伝えない理由はない。ぜひ実践していきたいと思った。

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「国宝」吉田修一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
長崎の極道の家に生まれた立花喜久雄(たちばなきくお)は、抗争で父を失ったのち、歌舞伎の家で生活しながらその道へと進んでいくこととなる。

すでに本作品は映画化されており、すでに複数の人からその映画を勧められた。同じ物語の本と映画があったら本から入るべきという哲学から、本書を読むに至った。

物語は極道の過程に生まれ育った立花喜久雄(たちばなきくお)が、父親の死をきっかけに勢力を失っていくなか、知り合いの歌舞伎役者の花井(はない)家の下に預けられる。元々演技をすることが嫌いではなかった喜久雄(きくお)は、本家の息子である俊介(しゅんすけ)とともに、歌舞伎の未来を担う役者として成長していく。

一般的には本と映画があったら本のほうが良い作品であることが多い。それはそもそも良い物語を2時間の尺に詰め込むのはむずかしいし、人の心情を表情などの映像で伝わる表現だけで表現するのは不可能だということからだろう。しかし、本書に関しては、歌舞伎の描写の説明が多く含まれており、よっぽどの歌舞伎愛好家でなければ理解できないような内容が多く、映画の方が多くの人にとって入りやすいだろうと感じた。

歌舞伎の歴史や描写以外でも、喜久雄(きくお)を中心にした人間の物語はそれなりに読み応えはあるのだが、歌舞伎の描写の部分になかなかついていけなかったこともあり、物語を存分に満喫したような感じは味わえなかった。

【楽天ブックス】「国宝(上)青春篇」「国宝(下)花道篇」
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「Red Rising」Pierce Brown

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
将来移住してくる人類のために、火星の地下を掘り続けるRedと呼ばれる人々、そんななかの一人Darrowは、妻のEoが処刑されたことを機に、自分達を欺いてきた世の中の仕組みに気づく。

序盤は火星の地下の開拓のために、重労働を強いられる人々が描かれる。そんななかDarrowの妻は体制に歯向かって処刑される。Darrowは自暴自棄になったところでようやく現実に気づくこととなる。それは、すでに火星の地表には多くの人々が移住して快適に生活しており、将来の人類のために地下を開拓する、というのはRedの人々を働かせるための方便だったのである。

表向きには処刑されて死んだことになったDarrowは、肉体改造を経て、火星の頂点の種族であるGoldとして、将来のRedの反乱を確実に成功させるために、Goldの社会へと潜入する。そして、Goldの社会の中での地位を手に入れるためにGold同士の生き残りのゲームに参加することとなるのである。

火星を舞台にしたサバイバルということで、「The Hunger Games」のような印象である。未来の火星を舞台としているだけでなく、道具や技術も架空のものが多いので、なかなかその世界観についていくのが難しい。架空の世界の物語については常に言えることだが、世の中に活かせるような学びはほとんどない。本書は三部作の最初の作品ということで、物語はまだ道半ばではあるが、この労力を費やしてまで続きを読むのかは悩ましいところである。

以前よりよく名前を聞く作品で、完成度の高いファンタジー作品を期待していたのだが、若干期待はずれという印象である。

英語新表現
a game of merit 実力主義のゲーム
square up with … …と決着をつける
bent on … …に夢中になっている。
standard deviation 標準偏差
buck for … …を得ようと躍起になる
get their jollies off 楽しむ、満足感を得る、喜びを得る

「シューメーカーの足音」本城雅人

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
ロンドンで靴職人として働く斉藤良一(さいとうりょういち)と、日本で靴職人を夢見る榎本智哉(えのもとともや)の二人を描く。

すでにロンドンで靴職人として独り立ちしながらも、さらにそのブランド価値を高めようとする斉藤良一(さいとうりょういち)を描くとともに、日本で、靴の修理という小さな対応を重ねながら、将来を夢見て自らの技術の向上に励む榎本智哉(えのもとともや)を描く。

物語が進むに従って少しずつ二人の過去が明らかになっていく。現在は成功している斉藤良一(さいとうりょういち)だが現在の地位を掴むための苦労が見えてくる。そんな斎藤の過去からは、靴づくりにかける情熱と並行して、狂気のようなものも見えてくる。

一方で、榎本智哉(えのもとともや)の日常からは、斉藤良一(さいとうりょういち)を過剰なまでに意識していることがわかる。そこには父親の最期が大きく関わっていた。

やがて、智哉(ともや)の計画が功を奏して、二人は対決することとなる。

若干物語の展開が少ない。一方で靴職人の靴づくりにかける思いは十分に伝わってきて、ものづくりに没頭することのすばらしさを改めて感じた。

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「地雷グリコ」青崎有吾

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第37回(2024年)山本周五郎賞、第77回(2024年)日本推理作家協会賞受賞作品。勝負ごとに滅法強い女子高生の射守矢真兎(いもりやまと)がさまざまな勝負に挑む様子を描く。

グリコのおまけ、坊主捲り、じゃんけん、だるまさんがころんだ、ポーカーなど、誰もが知っている勝負に、少し異なるルールを加えて勝負する射守矢真兎(いもりやまと)が、最後は想像の一つ上をいく様子を描く。

一見勝負師同士の心理戦のようにも見えるが、勝負のルールも勝負が行われている部屋もすべて著者の都合のいいように作られているので、ミステリーの要素も多い。そういう意味ではこれまでにない斬新な作品と言えるだろう。

特に現実世界に行かせそうな学びは一才ないが、重いテーマの物語を読んだ直後の一服にはちょうどいいかもしれない。

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「蹴球学 名称だけが実践している8つの真理」Leo the football

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
著者がさまざまなサッカーを研究し、また自分のチームで実践する中で身につけた理論を説明する。

本書は8つの真理としてサッカーにおいて意識すべき次の内容を説明する。

  • 正対理論
  • ポイント論
  • サイドバックは低い位置で張ってはいけない
  • アピアリング
  • ファジーゾーン
  • トゥヘルシステム
  • プレパレーションパス
  • 同サイド圧縮

いずれも自分が現役のときに知りたかった内容ばかりである。今できることとして、息子がサッカーを始めた際には伝えたいと思った。こうやって日本のサッカーがレベルアップしていくのだ感じ、実際に日本のサッカーが国際舞台で結果を出していくのを目の当たりにすると、このような書籍の貢献度の大きさを感じる。

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「動機」横山秀夫

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
刑事、社会復帰中の犯罪者、女性新聞記者、裁判官、犯罪に関わる4つの物語を集めた短編集である。

最近、短編ほど著者の小説家としての力量を如実に示す媒体はないと悟り、これまで軽視してきた短編集を読み漁っている。なかでも横山秀夫は、好きな作家であるにもかかわらずその作品の半数ほどを短編集が占めるために、読んでいなかった作品が多い。本書もそんななかの一冊である。

本書は、期待した通り、良い小説家にかかれば、登場人物の人間を真実味を伴って描くのにページ数は必要ないということを証明してくれる。個人的には表題作となっている最初の「動機」が印象的である。警察という組織の中にも、立場に固執する者、職務に誇りを持っている者、将来を期待されている者、などさまざまな人間がいることが伝わってくる。そして表面的には異なる目的を持っているようで、結局誰もが家族を最優先に生きているのである。

今回も期待通りの著者の描写力を味わうことができた。

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「解像度を上げる」馬田隆明

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
曖昧な思考をより明確にする作業を「解像度を上げる」として、その方法について語る。

もちろん本書でいう解像度は、画像のピクセル数の密度、という元々の意味ではない。本書でいう「解像度を上げる」とは、表現や考えの曖昧な部分がより具体的で明確な状態に近づけるということである。

本書では解像度を

  • 深さ
  • 広さ
  • 構造
  • 時間

という4つの軸で考え、それぞれの軸で向上させていく方法を語る。

全体的にかなり網羅的な内容になっている。正直網羅的すぎて、他の書籍と重なる部分も多い。例えば、解像度を深くする章ではユーザーインタビューの手法にまで触れている。本書一冊ですべてを理解したい人には良いかもしれないが、実際にはそのような読者は少ないだろう。核心となる考え方に絞って、他の書籍で語られている内容は削ぎ落としたほうが良い本になったのではないだろうか。

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「夜に星を放つ」窪美澄

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第167回(2022年上半期)直木賞受賞作品。さまざまな人間関係を扱った5つの物語。

双子の妹を亡くした婚活中の女性、離婚調停中の男性、父親と二人暮らしの女子高生など、少し変わった人々の様子を描く。

全体的に優しい物語ではあるが、直木賞受賞作品となるほどの個性や良さがあったかというと疑問である。自分には見出せなかった良さがあるのかもしれない。

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「黛家の兄弟」砂原浩太朗

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第35回(2022年)山本周五郎賞受賞作品。筆頭家老をつとめる黛(まゆずみ)家の様子を、三兄弟、栄之氶(えいのじょう)、荘十郎(そうじゅうろう)、新三郎(しんさぶろう)を中心に描く。

大きく前編と後編に分かれており、前編は黛家のはみ出しもので行き場を失った次男の荘十郎(そうじゅうろう)の事件をめぐるできごとを中心に展開する。黛(まゆずみ)家を存続させることを優先する父、長くともに過ごしてきたことで決断しきれない栄之氶(えいのじょう)と新三郎(しんさぶろう)の苦悩を描く。

後編は前編の13年後の物語である。黒沢家で織部正(おりべのしょう)として生きるかつでの新三郎(しんさぶろう)と、父の跡を継いで清左衛門(せいざえもん)となった栄之氶(えいのじょう)が、表向きには疎遠になったように見せながらも、その立場を利用して黛(まゆずみ)家のために生きる様子を描く。

江戸時代における男の人生を非常に巧みに描く。一方で、当時の立場や役職などに詳しくないとなかなか理解が追いつかず、物語に没頭しにくいのを感じる。登場人物の多さや改名が一般的であることから名前が固定されていないのも要因の一つであり、この辺のわかりやすさと忠実度のバランスが物語の書き手として難しいところだろうと感じた。

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「Cause of Death」Patricia Cornwell

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
海軍の船の近くを潜水中に亡くなったジャーナリストは毒殺されたことが判明した。調査の過程で少しずつKay Scarpettaの周辺で不審な出来事が起き始める。

Kay Scarpettaシリーズの第7弾である。「The Bone Collector」シリーズに飽きて、事件捜査だけでなく家族や恋人との人間的な側面の描写の多いこちらを読み続けており、今回もそんななか惰性で手に取った。今回も、事件捜査と同じぐらいKay自身の複雑な人間関係についての悩みが描かれる。不倫関係にあるWesleyとの関係、長年のパートナーで離婚とともに少しずつ堕落していく様子を隠さないMarinoとの関係、成人して少しずつ危険な警察組織としての道へと進んでいく姪のLucyとの関係などである。

事件自体は警察の汚職なども絡んでくるが若干深みに欠けて物足りない。このシリーズの良い点は事件が解決した後にダラダラその後の物語を描かない点である。前作品と今回の作品は、事件解決の余韻に浸る間も無く終わってしまった。

英語新表現
pass on 亡くなる
run-in 口論、衝突、いざこざ
have my head in the sand 見て見ぬふりをする
blow off steam 不満を発散する
do a number on … …に損害を与える

「国を蹴った男」伊東潤

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第24回吉川英治文学新人賞受賞作品。信長、秀吉、家康と天下の情勢が大きく移り変わる戦国時代において、自らの生き方を貫いた6人の男たちを描く。

本書はいずれも1600年近辺の戦国時代に生きた男たちに焦点をあてた短編集である。牢人、茶人、職人など、後の世に名を残すことのない男たちの、誇り高い生き方を描いている。

個人的に印象的だったのは茶人山上宗二(やまのうえそうじ)を扱った「天に唾して」の章である。美しさがわからない秀吉を卑下する茶人と、嫉妬しつつ権力で支配しようとする秀吉という構図は「利休にたずねよ」などでも描かれているが、本書でも権力に屈しず信念を貫く茶人たちを描いている。

この辺は、CEOの意見の前に譲歩しなければならない現代のデザイン作業にも通じるところがあるのを感じる。異なるのは切腹しなくても良いというところだろう。

自分の印象では秀吉は農民から成り上がった人間として好意的に受け取っているのだが、本書ではどちらかというと、その出自ゆえのコンプレックスからか、権力とともに傲慢になっていくように描かれている。先日読んだ「八本目の槍」の描き方とはまた、大きく異なっていたので、あらためて、史実に忠実でありながらも人格についてはさまざまな解釈があるのだと感じた。

短編集という難しいスタイルでありながらも、どれも登場人物に深みを感じたので、引き続き著者伊東潤の他の作品にも触れてみたいと思った。

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「El jardín de las mujeres Verelli」Carla Montero

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
祖母のNonnaが亡くなったことで、バルセロナの祖母のレストランを片付けていたとGiannaとCarlosの兄妹はイタリアにも家があることを知る。それをきっかけに、祖母Aniceの人生に興味を持ち始める。

物語は現代のGiannaとCarlosが、店主を失ったレストランの片付けをするなかで見つけた遺品からイタリアの田舎町の風車小屋の鍵と古い日記を見つけたことで、自分の祖先である曽祖母Aniceの過去に興味を持ち始める。

一方、日記からは第一次世界大戦前の祖父母の生き方が少しずつ明らかになっていく。物語はそんなふうに現代と戦時の二つの時代を行き来しながら、また地理的にもバルセロナとイタリア北部の田舎町をを行き来しながら展開していく。

Giannaは交際していた結婚している男性との間に子供ができてしまったことで、建築家としてのキャリアを諦めるべきか子供を中絶すべきか悩むこととなる。そんななか少しずつ明らかになっていくAniceの生き方がGiannaに大きな刺激となるのである。

世の中の男女の不平等に触れながらも、女性らしい強い生き方を描く。

スペイン語新表現
la boca muere el pez 口は災いの元
estar patas arriba はめちゃくちゃである(足が上である)
patear las calles 徹底的に街を歩き探す
sin rodeos 単刀直入に
dar rienda suelta a 〜を思う存分発揮する(〜に自由な手綱を与える)

「まるまるの毬」西條奈加

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
吉川英治文学新人賞受賞作品。江戸で和菓子屋の南星屋(なんぼしや)を営む家族、治兵衛(じへい)、娘のお永(えい)、孫娘のお君(きみ)を描く。

物語は和菓子屋である南星屋(なんぼしや)を中心に進む。物語が進むに従って治兵衛(じへい)の和菓子作りだけでなく、お永(えい)の元夫との関係や、武家出身伝ある治兵衛(じへい)の過去など、家族の物語や、老舗和菓子屋との確執などにも広がっていく。

江戸時代という200年以上昔を描いているにも関わらず、人々の毎日の様子が生き生きと伝わってくる。このゆな人間のさまざまな感情を描いた時代小説に出会うと、いつの世も人間というのは変わらないのだと感じた。

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「コロナと潜水服」奥田英朗

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
5編の少し不思議な物語。

どの物語も引っ越したり、リストラされたり、閑職に追い込まれたり、コロナ禍で世の中が大きく変わったり、と人生の転機を描いている。また、それぞれの物語で少し不思議なことが起きるので、昔懐かしい「世にも奇妙な物語」のほっこり版といった印象である。

5編のうち3編が50歳前後の男性を描いているということで、僕自身と年齢が近く、必ずしも共感ではないが暖かい気持ち読むことができた。一方で特に強くお勧めするほど何か学びや新鮮な描写があるわけではない。気楽な読書を楽しみたい人にはいいかもしれない。

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「しろがねの葉」千早茜

しろがねの葉

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第168回(2023年)直木賞受賞作品。両親とはぐれたウメは銀の採掘で栄えていた石見で喜兵衛(きへい)のもとで生きることとなる。

石見で少しずつ大人になっていくウメの様子を描く。子供の頃は周囲の子供たちと同じように、大人たちをみてやがて銀山で働く人間になろうとする。しかし、成長するに従って、自分が女であり、石見では男と女の生き方は大きく異なることに気づいていく。男は多くの銀を掘り当てることて周囲からの尊敬を集めるが、その過酷な労働環境から長くは生きられない。一方、女は労働力となる男をたくさん産むことを求められ、夫が早死にすれば、またべつの夫と再婚して子供をもうけることを求められるのである。

そんな環境でウメは、幼い頃は喜兵衛(きへい)のもとで銀の採掘に関する多くのことを学びながらも、やがて、幼馴染の隼人(はやと)の妻となって多くの女性と同じように生きることとなる。

石見銀山については地理も歴史もほとんど知識がなかったので新鮮ではある。一方で、一人一人の登場人物、特にウメ、喜兵衛(きへい)、隼人(はやと)などの生き方や考え方をもっと深掘りできたら、もっと良い作品になったのではないだろうか。

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「Nightcrawling」Leila Mottley

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
父が亡くなり、母もいなくなった家庭で、兄のMarcusと生活をする17歳のKiaraの様子を描く。

Kiaraは兄のMarcusとともに生活していたが、家賃の値上げをきっかけに、アルバイトを探し始める。兄のMarcusは音楽家になる夢を捨てられずに仕事が続かないことから、やがてKiaraは自分の体を売ることとなる。そして少しずつ、大きな売春へと関わることとなっていく。

これまであまり黒人女性を描いた物語に触れたことがなかったので新鮮だった。Kiaraが自分や友人のために少しずつ体を売る生活をせざるを得なくなる点が印象的で、映画などで見る白人の豊かな生活はアメリカ社会の一部でしかないのだと感じた。あまり描かれることのないアメリカの貧困層の生活を知ることができるだろう。

英語新表現
neighborhood staple 近所になくてはならない存在
zip-tie 結束バンドで結ぶ
take a beat 一拍置く、少し間を置く
tug-of-war 綱引き