「対岸の彼女」角田光代

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第132回直木賞受賞作品。
3歳の娘あかりを育てる主婦小夜子(さよこ)は同い年の女性が経営する会社で働くことになった。人と関わる事を避けていた小夜子(さよこ)の生活が少しずつ変わっていく。
本書では2つの物語が平行して進む。娘を育てながらも働くことにした主婦小夜子(さよこ)の物語と、高校生葵(あおい)とナナコの物語である。小夜子(さよこ)は、過去の経験から、常に仲間はずれを作り仲間はずれにされないために必死で笑顔を取り繕うわなければならない女性社会に疲れ果てて、人との関わり合いを避けて生きてきた。しかし、面接で意気投合した女社長の経営する会社で働く事となる。また、女子高生の葵(あおい)はイジメが原因で横浜から田舎に引っ越してそこでナナコという風変わりな生徒と出会い次第に仲良くなっていく。
小夜子(さよこ)の勤める会社の社長が葵(あおい)という名前である事から、おそらくこの高校生と同一人物なのだろう、と予想し、どうやって繋がるのか、と期待しながら読み進めることになるだろう。
全体から伝わってくるのは、年をとって大人になっても、逃げているだけでは何一つ変わらない人生である。高校のときはいじめられるのを恐れて笑顔を取り繕い、大人になって子供を持っても、公園で出会う主婦たちから仲間はずれにされないように必死で話を合わせる。小夜子はときどき自らに問いかけるのだ。

私たちはなんのために歳を重ねるんだろう。

それでも、葵(あおい)にとってはナナコが、そして小夜子にとっては大人になった葵(あおい)が世の中の新たな見つめ方を示してくれているようだ。

ひとりでいるのがこわくなるようなたくさんの友達よりも、ひとりでいてもこわくないと思わせてくれる何かと出会うことのほうが、うんと大事な気が、今になってするんだよね。

個人的に心に残ったのは、高校時代のナナコとの思い出を胸に、いつかまたそんな瞬間を、と求めながら孤独に生きていく葵(あおい)の姿である。

信じるんだ。そう決めたんだ。だからもうこわくない。

じわっと染み込んでくる作品。若い頃には理解できない何かが描かれている気がする。
【楽天ブックス】「対岸の彼女」

「プラナリア」山本文緒

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第124回直木賞受賞作品。
無職の人々を扱った5つの物語。それぞれ無職になった理由はさまざまである。乳がんと診断された人や、社内結婚のすえに離婚して社内にいずらくなった人、単純に主婦だったり、学生だったり。
直木賞という賞を取るにはやや地味な印象もあるが、むしろこういう内容の本が共感され、評価されるのは、世の中の多くの人が実際には、テレビのドラマのなかに出てくるように、実際にはばりばり仕事をしているわけでもなく、青春を謳歌している訳でもなく、思うようにならない現実に悶々としているからだろう。
僕自身が共感できたかというと首を捻らざるをえないのだが、共感を集める理由も判る気がする。もっと人生経験を積む必要がきっとあるのだろう。

啓蟄(けいちつ)
二十四節気の第3。二月節(旧暦1月後半 – 2月前半)。
現在広まっている定気法では太陽黄経が345度のときで3月6日ごろ。暦ではそれが起こる日だが、天文学ではその瞬間とする。平気法では冬至から5/24年(約76.09日)後で3月8日ごろ。期間としての意味もあり、この日から、次の節気の春分前日までである。(Wikipedia「啓蟄」

【楽天ブックス】「プラナリア」

「鉄の骨」池井戸潤

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第31回吉川英冶文学新人賞受賞作品。
中堅ゼネコンに勤める若手の富島平太(とみしまへいた)は業務課に異動になり公共事業の受注にかかわることになる。
一言で言ってしまえば本作品のテーマは「談合」である。一般的には悪とされる公共事業落札価格の操作であり、異動になった平太(へいた)もまたそういう認識でいるが、その中で働いていくにつれて次第に業界を守るために必要な悪、として受け入れていく。
その一方で、平太(へいた)の恋人である萌(もえ)は銀行に勤めている立場からゼネコンを見るから、また異なる視点が感じられるのである。そんななかで平太(へいた)の勤める一松組は生き残りをかけて大型公共事業を受注しようとするのだが、業界の調整役が動き出して待ったをかける。
「談合」という物に対して、いろんな視点から見た考え方が描かれている点が興味深い。「談合」は必要なものなのか、それとも本当に自由競争こそ世の中に明るい未来をもたらすのか。もちろん、明確な答えは本書の中にも世の中にもまだないが、ゼネコン業界にそんな興味を持って目を向けさせてくれる一冊。
【楽天ブックス】「鉄の骨」

「この胸に深々と突き刺さる矢を抜け」白石一文

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第22回山本周五郎賞受賞作品。
雑誌社の編集長であるカワバタは胃ガンと診断される。そんなカワバタが死を意識しながらも世の中を見つめながら生きていく。
最近の白石一文の作品はどれも死と隣り合わせの場所で生きている人の目線で世の中を語るものが多く、本作品もそんな物語である。胃ガンと診断され手術を受けた後も再発を恐れ、死を意識し続けるからこそ見えてくる世の中の形が描かれている。
それは、僕らがもはや疑問も持たずに受け入れている人生の形や、社会のシステムなどに対して、もう一度疑いの目を向けさせてくれる内容である。

結婚というのは人間関係じゃないのよ。純然たる経済行為。繁殖や相互扶助という目的はあるにしても、この社会は夫婦や家族を単位として動いたときに最も経済効率が高くなるように作られているから。
どうして誰も彼も金が入ると豪勢な家に住みたがるんだろう?家がでかくなればなるだけ家族はバラバラになるってのに

ネットカフェ難民や、貧困問題など現在の社会問題や、その一方で使い切れないようなお金を手にしている有名人にも触れ、世の中の矛盾を指摘していく。カワバタの目線で語られるから、何か無視できない重みを感じてしまう。
ページをめくる手を加速させるような面白さはないが、世の中について考えさせる内容に溢れている。似たような本ばかりが溢れるなかちょっと違う本を読んでみたい、という方は、一度読んでみるべき本かもしれない。
【楽天ブックス】「この胸に深々と突き刺さる矢を抜け(上)」「この胸に深々と突き刺さる矢を抜け(下)」

「廃墟に乞う」佐々木譲

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第142回直木賞受賞作品。
過去の事件によって精神病を患い休職中の刑事、仙道孝司(せんどうたかし)はその有り余る時間ゆえに知り合いから依頼される未解決の事件や、警察が動けない事件の捜査の依頼を受ける。
他の佐々木譲の作品同様、本作品も北海道を舞台とした警察物語。過去の強烈なトラウマゆえにその回復を待つ、という設定ながらもその過去の事件についてはあまり触れられないままいくつかの物語が展開する。いずれも派手な事件ではない点や、余計な説明や描写が少なく展開の速さは非常に佐々木譲らしい。
直木賞というと、どちらかというと多くの心を掴みやすい物語という印象があるのだが、本作品はどちらかというと地味で玄人好みなのではないだろうか。

ニセコ
北海道後志支庁管内にあるニセコ町、倶知安町、蘭越町などをまたぐ地域の総称のこと。(Wikipedia「ニセコ」
参考サイト
ニセコリゾート観光協会

【楽天ブックス】「廃墟に乞う」

「月と蟹」道尾秀介

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第144回直木賞受賞作品。
転向してきた慎一(しんいち)と春也(はるや)はクラスで孤立し、やがて2人だけで遊ぶようになる。2人はヤドカリを火であぶりながら願い事をつぶやく。
10歳の小学生慎一(しんいち)を中心に据えた物語。母と祖父との3人で暮らし、学校では春也(はるや)というただ一人の友達と遊ぶ。そんな生活のなかで、慎一(しんいち)は周囲の小さな変化を敏感に感じる。変化を恐れながらも好奇心を抑えられず、そのうえで小学生という自分の無力さも感じている。そんな世の中のことを知りつつも大人になりきれない中途半端な年齢の心をうまく描いている気がする。
物語のなかで何度も登場するシーンでもあるが、そんな彼らの気持ちを象徴しているのが、ヤドカリを焼くシーンだろう。何の根拠もなく、ヤドカリを焼いて願い事をつぶやく。彼らはそれで願いが叶うなどと信じているわけでもなく、ただ単に自分の思い通りにいかない世の中に対して何もできない自分の不甲斐ない思いをなだめているのだろう。
自分の小学生のころを思い出してしまった。そういえばそうやって、今考えるとありえないようなことに願いをかけたりしたな、と。
さて、「向日葵の咲かない夏」という作品で本作品の著者道尾秀介からは距離を置こうと思ったのだが、本作品はまったく別の著者が書いたような雰囲気の異なる作品に仕上がっている。機会があったら別の作品も読んでみたいと思った。
【楽天ブックス】「月と蟹」

「誘拐児」翔田寛

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第54回江戸川乱歩賞受賞作品。
終戦翌年に誘拐事件が発生し、5歳の男の子は戻ってこなかった。そして15年後とある殺人事件が起きる。また時を同じくして、母親をなくした、良雄(よしお)は5歳より前の記憶がないことに気づく。
きっかけとなる事件が戦後に発生したということで、戦後の混乱の様子が描かれている。本作品はそんな混乱に便乗した事件を発端としている。物語中の主な舞台となっている時代も、戦後の混乱の15年後ということで、とても今「現代」と言えるような時代ではないだろう。パソコンも携帯も普及していなかった時代の物語である。
江戸川乱歩賞ということで期待したのだがよくある小説という印象であまり個性が感じられない。著者はいろいろ考え抜いて本作品を作り上げたのだろうが、残念ながら1ヶ月もすれば読んだことすら忘れてしまうだろう。

ノモンハン事件
1939年(昭和14年)5月から同年9月にかけて、満州国とモンゴル人民共和国の間の国境線をめぐって発生した日ソ両軍の国境紛争事件。(Wikipedia「ノモンハン事件」
大政翼賛会
1940年(昭和15年)10月12日から1945年(昭和20年)6月13日まで存在していた公事結社。国粋主義的勢力から社会主義的勢力までをも取り込んだ左右合同の組織である。(Wikipedia「大政翼賛会」

【楽天ブックス】「誘拐児」

「九月が永遠に続けば」沼田まほかる

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第5回ホラーサスペンス大賞受賞作品。
息子である高校生の文彦が失踪してから、佐知子(さちこ)の周囲で不幸なことが連続するようになる。文彦の行方を捜しながら、佐知子(さちこ)はその因果関係に疑いを持つ。
まず人間関係を把握する必要がある。佐知子(さちこ)の元夫雄一郎(ゆういちろう)との間に文彦(ふみひこ)という息子がいて、雄一郎は精神課の医師であり、そこの患者であった亜沙実(あさみ)と結婚して現在1人の娘冬子(ふゆこ)がいる。
そんな中で、本書の際立っている部分は、亜沙実(あさみ)とその娘、冬子(ふゆこ)の存在感だろう。繰り返し強姦されるという経験から精神を病む亜沙実(あさみ)。周囲の人間は「なぜ彼女ばかりが?」と疑問に思い、その理由については本作品ではまったく触れられていないのだが、なにか読者を納得させるものがある。
きっとそれは、誰もがそうやってただそこにいるだけで男性を性的に惹きつけるような魅力を持った女性の存在を信じているからだろう。そして同様にその娘、女子高校生冬子(ふゆこ)もまた異彩を放っている。
なにより佐知子の別れた夫で精神科意思である雄一郎と、その現在の妻で度重なる不幸ゆえに精神に異常をきたした亜沙実(あさみ)の不思議な関係は何か異世界観のようなものを感じさせる。
全体的漂う空気は非常に異色で際立っているものの、今ひとつ「よくある小説」の域から抜け出しきれていない気がする。次回作に期待する。
【楽天ブックス】「九月が永遠に続けば」

「天地明察」冲方丁

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第31回吉川英治文学新人賞受賞作品。第7回本屋大賞受賞作品。
江戸時代、碁打ちである渋川春海(しぶかははるみ)はその一方で数学や星にも興味を持って精進する。そんな多方面に精進するその姿勢ゆえにやがて、国を揺るがす大きな事業に関わることになる。
物語は指導碁をしていた折に、老中酒井に「北極星を見て参れ」と命を受けて、春海(はるみ)の人生は動き出す。その北極出地の最中に聞いたこんな言葉が、その後春海(はるみ)の人生に大きく関わることになる。

お主、本日が実は明後日である。と聞いて、どう思う?

実はこのくだりを読む瞬間に初めて、いままで暦の歴史というものを考えたことがなかったことに気づいた。現在使われている暦が、グレゴリウ暦と呼ばれることや、閏年の適用方法などは知っているが、ではそれが過去どのような経緯を経て世界共通の正しい暦として浸透したかは考えたことがなかったのである。それでも、今持っている知識。たとえば、一日の長さや、地球の楕円形の公転軌道から、それが非常に複雑な計算と、何年物太陽の観察なしには成し遂げられないものだということはわかる。
ある意味「掴み」としては十分である。僕のような理系人間はそのまま一気に物語に持っていかれてしまうことだろう。
物語は渋川春海(しぶかわはるみ)がその生涯に成し遂げた多くのことを非常に読みやすく面白く描いているが、そこで強調されるのは、春海(はるみ)の探究心や好奇心といった物事に対する姿勢だけでなく、春海(はるみ)の物事の達成をするのに欠かせなかった、多くの人々との出会いである。
水戸光国、関孝和、本因坊道策、保科正之、酒井忠清。いずれもどこかで聞いたことあるような名前ではあるが、正直、本作品を読むまでほとんど知らない存在だった。彼らの助けがあってこと、借りて春海(はるみ)が偉大なことを成し遂げたということで、それぞれの当時の立場や実績などにも非常に興味をかきたてられた。
「明察」という言葉は僕らにとって馴染みのある言葉ではない。本作品中でその言葉が使われるのは、数学者同士が問題を出し合い、自分の出した問題に対して、正答という意味で「明察」という言葉が使われている。
そして、本書のタイトルの「天地明察」とは。それは、天と地の動きを明確に察するという意味。現代においてでさえそれはもはや神の領域のような響きさえ感じるその偉業。当時それはどれほど困難なことだったのだろうか。また、世の中を変えるような偉業に一生かけて挑み続ける生涯のなんと充実していることだろう。情熱と充実感、人生の意味などについて考えさせる爽快な読み心地の一冊。

授時暦
中国暦の一つで、元の郭守敬・王恂・許衡らによって編纂された太陰太陽暦の暦法。名称は『書経』尭典の「暦象日月星辰、授時人事」に由来する。(Wikipedia「授時暦」
大統暦
中国暦の一つで、元の郭守敬・王恂・許衡らによって編纂された太陰太陽暦の暦法。(Wikipedia「大統歴」
渋川春海
江戸時代前期の天文暦学者、囲碁棋士、神道家。(Wikipedia「渋川春海」

【楽天ブックス】「天地明察」

「謎解きはディナーのあとで」東川篤哉

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2011年本屋大勝受賞作品。
国立署の女性刑事宝生麗子(ほうしょうれいこ)は宝生グループのお嬢様。それを知るものは警察署内の一握りのみ。そんな彼女が関わることとなったいくつかの事件を描く。
本作品で面白いのは言うまでもなくその警部でありお嬢様という主人公の特異な設定だろう。さらに、麗子(れいこ)の上司である風祭(かざまつり)警部も同じくお金持ちの出身というありえない設定。そして、鍵となるのは宝生家の執事影山(かげやま)の存在、謎めいたこの執事はたぐいまれなる推理能力を発揮する。それゆえに育ちだけがよくて頭の足りない麗子(れいこ)、風祭(かざまつり)警部の2人が解決できない事件を、話を聞いただけでことごとく解決してしまうのである。読んでて癖になるのはそのお嬢様としてのプライドの高い麗子(れいこ)と、執事のわりにときどき見せる麗子に対する蔑んだ影山(かげやま)の態度。

「どう、影山?なにか思いつくことある?どんな些細なことでもいいのよ」
「では、率直に思うところを述べさせていただきます。失礼ながらお嬢様ーーこの程度の真相がお判りにならないとは、お嬢様はアホでいらっしゃいますか。」
「・・・・・・・・、クビよ、クビ!このあたしが執事に馬鹿にされるなんてあり得ない!」

本書では6つの事件が扱われているが、今回はどんなやりとりになるのか、と楽しみになってしまうだろう。現実感などまったくないが、独特のテンポで楽しく読ませてくれる。
【楽天ブックス】「謎解きはディナーのあとで」

「Affinity」Sarah Waters

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
2001年このミステリーがすごい!海外編第1位作品。
引きこもりだったMargarettは人の勧めで、刑務所を訪れて囚人の女性たちと話をするようになる。そこで出会った霊媒師の女性Selina。会話を重ねるにつれて2人は惹かれ合っていく。
すでに成人していた、兄弟が結婚して巣立っていく中、働くこともなく引きこもり生活を続けているため居場所を見つけることができない。そんなMargarettが囚人たちの生き方に自分を重ねあわせていく。刑務所で彼女が体験したことを家に帰ってきて日記に書く、という形態をとっているため、ひたすらMargarettの一人称で進んでいき、その心のうちが描かれる。そこが本作品の個性であり魅力である。
同時に、Selinaの視点に立って2年遡った状態からも物語は描かれる。一体どんな状況で彼女は罪を犯したのか。そして、その2年前のSelinaの周囲の出来事がどのようにして今の刑務所へと結びついていくのか、と想像しながら読み進めていくことになるだろう。
「ミステリー」というカテゴリに本書を分類することにまったく違和感がないが、どうも今ひとつ何か期待していたレベルには達していない気がする。

「ほかならぬ人へ」白石一文

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第142回直木賞受賞作品。
本作品は2つの物語で構成されている。1つ目は宇津木明生(うつぎあきお)という、名家に生まれながらも才能豊かな2人の兄にコンプレックスを抱きながら生きてきた男の物語。2つ目は結婚を目前に控えたOLみはるの物語である。
どちらの物語にも、生きていくことの目的や意義や、幸せの形や、そういった答えのないもの(もしくは各自答えの異なるもの)に対する疑問を読者のなかにじわじわと染みこませてくるような世界観を漂わせている。
たとえば1つ目の物語では宇津木明生(うつぎあきお)の周囲には叶わぬ恋に突き進む2人女性がいて、恋愛についての考えを語る。

みんな徹底的に探してないだけだよ。ベストの相手を見つけた人は全員そういう証拠を手に入れてるんだ。

年をとろうとも、結婚しようともベストな相手を見つけることが人生の目標…、そんな考え方にどきっとさせられてしまう。
そして2つめの物語も結婚を目前にもほかの男性と関係をもちながらゆれる女性を描く。

足元の地面が固まれば固まるほど、その硬い地面をほじくり返したい衝動に駆られるのはなぜだろう?

目的を達成することが幸せなのか、目的を達成できないから幸せなのか。安定しているから幸せなのか、安定していないから幸せなのか。長生きすることが幸せなのか、もっと生きたいと思って死ぬから幸せなのか…。
残念なのは2つの物語に関連性があまり見出せなかった点だろう。過去にもいい作品がありながら(特に「私という運命について」は傑作)本作品で初めて直木賞を受賞したということでいままでとは違う何かを期待したのだが、そういう意味での新しさは残念ながら感じられなかった。
【楽天ブックス】「ほかならぬ人」

「The Cold Moon」Jeffery Deaver

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
Lincoln Rhymeシリーズの第7弾。2つの殺人現場には古風な時計が置かれていた。Rhymeと犯人、通称Watchmakerとの知恵比べが始まる。
犯罪の現場にわずかに残された微粒子から犯人につながる手がかりを見つけけだして犯人を追い詰める流れは本シリーズに共通し、本作品でも例外ではない。
そんなシリーズの中で、本作品で新しいのは、Amelia Sachsが自らRhymeとは別の犯罪捜査にも専念している点だろう。しかし、それはやがて同じく警察官だったSachsの父の過去へと繋がって行く。
また、本作品は、会話中の相手のしぐさや表情からその真偽を読むスペシャリスト、Katheryn Danceが登場し、Rhymeとの2人の主役級が登場する稀有な物語とも言える。証拠しか信じないRhymeは次第にKatherynを認め、その能力を頼るようになる。
前作「The Twelfth Card」でルーキーとして登場したRon Pulunskiが失敗しRhymeにしかられたりしながらも次第に成長していく姿も物語を面白くさせている。
一方で犯人の追跡劇は一転二転三転と引っくり返る。現場に置かれた時計は何を意味するのか。なぜこの人々が被害者として選ばれたのか。ややいろいろな要素を詰め込みすぎた感がある。そして、本作品に関してはその終わり方も少し異質である。賛否両論あるのではないだろうか。

Red Stripe
ジャマイカのビール(Wikipedia「Red Stripe」

「アヒルと鴨のコインロッカー」伊坂幸太郎

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
引っ越してきたアパートで出会った青年は一緒に本屋を襲うことを誘ってきた。
例によって伊坂幸太郎のつむぎだす独特な世界。「ちょっと変わった人」と「一応普通の人」で進められるコミカルな会話は、「オーデュポンの祈り」のなかで繰り返された会話と非常に近いものを感じた。
物語は「現在」と「2年前」が交互の進んでいく。「現在」では本屋を襲うことを持ちかけた河崎(かわさき)と僕。そして「2年前」では琴美(ことみ)とブータン人のドルジが近所で発生している動物の虐殺事件に関心を持つ。
「現在」からは過去に少しずつ話が広がっていき、やがて2年の空白の期間が埋まっていく。この独特な世界観は、好きな人にはたまらないのだろう。伊坂幸太郎好きの友人から「これだけは読んでみて」と言われて挑戦したのだが、やはり僕の好みとは若干異なるようだ。
決して退屈ではないのだが、なにか、著者の訴えたいことを十分に理解できていないような読後感を毎回感じてしまうのだ。
【楽天ブックス】「アヒルと鴨のコインロッカー」

「The Power of The Dog」Don Winslow

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2010年このミステリーがすごい!第1位。
1970年代から30年近くにわたり、メキシコ、アメリカ国境付近で広がるアメリカへの麻薬を密輸する組織と、それを摘発しようと奮闘するアメリカ人Artを描く。
なんといっても注目すべきはこの物語が実話をベースに描かれているということだろう。もちろん組織の名前などは架空のものが付けられているが、事実に詳しい人間が読めば、物語のなかの誰が実在した誰を描いているのかすぐにわかるのではないだろうか。。
メキシコの地名やアルファベットの頭文字だけで表現される多くの組織名など、お世辞にも読みやすいとは言いがたいが、メキシコとアメリカの国境付近の歪んだ空気が伝わってくる。
裏切りと制裁の組織のなかで地位を固めていくAdanとRaul。そしてニューヨークから成り上がったCallan。友人を拷問のすえ殺されたことで麻薬組織撲滅を使命としていきるArt。コールガールとして成功したがゆえに組織と深くかかわることになったNora。それぞれの視点からその犯罪を見つめて言うr。
平和な日本に生きている僕らには想像もできないような現実がそこにあることに驚くだろう。アメリカ、メキシコ国境で、なぜ何年もの間お金は北から南に流れ、麻薬は南から北へ流れるのか、その理由がわかるだろう。

DEA
アメリカ合衆国の麻薬取締局(まやくとりしまりきょく、Drug Enforcement Administration、略称:DEA)は司法省の法執行機関であり、1970年規制物質法の執行を職務とする連邦捜査機関である。(Wikipedia「麻薬取締局」

「レディ・ジョーカー」高村薫

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
1999年このミステリーがすごい!国内編第1位

競馬仲間として知り合った男たち5人はある日、企業を脅して大金を得ることを思いつく。お金の使い道も、目的もなく。
久しぶりの高村薫作品である。競馬場通いの男たちが、明確な目的もなく企画したビール会社相手の誘拐恐喝事件。面白いのは、犯人たちの誰一人として、お金が必要な切迫した理由があったわけでもなく、ただ退屈な毎日とすでにこの先にもなんの期待も持てない自分の人生を悟った上で「なんとなく」と犯罪に走ってしまったことだろう。
一方で誘拐されたビール会社社長の城山(しろやま)の、社会における企業の立場、社内における自分の立場。企業の利益を優先するがゆえに警察に嘘の証言をしなければならない葛藤や罪の意識なども見所である。
そして、「マークスの山」や「照柿」など、高村作品にはおなじみの刑事。合田刑事も本作品で重要な役どころを演じている。
さて、これは高村作品においてはどの作品にも共通した世界観と言えるかもしれないが、思い通りにならない世の中、そして、それでも生きていかなければならないむなしさ。そんな空気が作品全体に漂っている。犯人の追跡劇や、優れた刑事の推理劇に焦点をあてたよくある警察物語とは大きく一線を画しているといえるだろう。
一方で、決してスピーディではない本作品の展開は読者によって好みの分かれるところである。僕自身も、この展開で3冊ものページ数を費やすのはやや受け入れがたいものがあった。
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「プラ・バロック」結城充考

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第12回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作品。
冷凍コンテナのなかで集団自殺した14人の男女。女性刑事クロハは事件の深部へと迫っていく。
女性刑事を主人公にした小説は決して少なくない。そして、そのどれもが小説という容姿を見せない媒体ゆえに、読者の頭のなかで魅力的な女性へと変わるから、強く賢く美しい女性が生まれるのだ。そんな競争率の激しい枠に本作品も挑んでいるのだが、本作品の女性刑事クロハも決してほかの作品のヒロインに負けてはいない。
クロハは捜査の第一線で働きたいがゆえに、自動車警邏隊から機動捜査隊の一員となる。事件の捜査に明け暮れるクロハの息抜きは、仮想現実の世界である。その世界は、SecondLifeと印象が重なるように思う。一般的にはいまだ抵抗があるであろう仮想現実の世界を、犯人側だけでなく、刑事である主人公の側も日常の一部として描いている点に、本作品の斬新さを感じる。
また、クロハがたまに会う精神科医の姉の存在も面白い。姉が犯人像について語る言葉はどれも印象的である。

集団に参加するのは、死ぬことの責任感を自分に植えつけて、逃げられないようにするため。

そして、次第にクロハは犯人に近づいていく。読みやすく読者を引き込むスピード感。そんな中でも見えない犯人に対する不気味さが広がってくる。非常に完成度の高い作品である。
気になるのは本作品に続編があるのか、というところ。クロハの存在が本作品だけで終わってしまうのであれば非常にもったいない気がする。
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「The Last Child」John Hart

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2010年バリー賞長編賞受賞作品。2010年エドガー賞受賞作品。
双子の妹が誘拐されて行方不明になってから、13歳のJohnnyの世界は変わってしまった。父親は失踪し、母親は失意の日々を送っていた。それでもJohnnyは強くいき続けた。
「Down River」に続いて、John Hartは本作品で2冊目となる。彼の作品はどうやら家族のありかたを常に意識しているように見え、本作品にもそんな要素が詰まっているように感じた。母と子、父と子、Johnnyとその母Katherineだけでなく、彼らに対して親身になって接する刑事Huntとその子Allenや、Johnnyの親友であるJackとその父Cross。
いずれも家族として崩壊しているわけではないが、どこか歯車のかみ合わない関係を続けている。ところどころでお互いに対する不満がにじみ出てきて、その予想外の不満に戸惑い、それでも修復して「家族」であり続けようとする意思が根底に見えるあたりに、何か著者のうったえたいものがあるような気がする。
一気に物語に引き込むような力強さはないが、じわじわと読者の心を覆い尽くしていくような独特な世界観がある。そんな世界観に多くの人が涙するのではないだろうか。

「新世界より」貴志祐介

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
第29回日本SF大賞受賞作品。1000年後の日本。そこはサイコキネシスを自在に操る超能力者たちの世界。厳しい規律によって秩序は保たれていた。
貴志祐介の久しぶりの作品は、上、中、下と三冊にわたる大作。物語は渡辺早紀(わたなべさき)が過去の悲しい記憶を振り返って書く手記という形をとっている。
最初はどこかのまったく現実と関係ない想像の世界を描いているようにも見えたが、次第にそれは、人類があるときを境に、超能力の存在を受け入れ、何人かがそれを自由に扱えるようになったがゆえに起こった混乱の後の世界であることが明らかになっていく。
サイコキネシスによって、つまり対象に一切触れたり、道具を使用することなく念じるだけで人を殺すことのできる人間の存在によって起こる混乱としては、なかなか納得できるものがある。
さて、物語はそんな世界のなかで自らの力をはぐくんでいく早紀(さき)とその友人たちを描いていく。その過程で、人間が住む場所の外には、多くの未知なる生物が潜んでいることがわかる。そして、鍵となるのは、人間同士が殺しう事をしないためにそれぞれの人間が心のなかに持つ攻撃抑制である。それゆえに、超能力を自在に操りながらも人間同士の殺し合いが起こることがない。そんな世界で生きている早紀(さき)が過去の歴史を知るにつれて、現代の核爆弾や殺人平気を知り、「古代人は狂っている」と感じるあたりには考えさせられるものがあるだろう。
やがて、物語は、ほかの生き物たちから「神」とあがめられる人間たちと、そんな「神」である人間の支配から逃れようとする動物たちの間の対立へと変わっていく。最終的に、何を訴えたいのかよくわからないが、なんにしても、不毛な殺し合いや逃走、追跡劇に非常に多くのページを費やしているため、全体のページ数に見合うだけの内容はないように個人的には感じたがほかの人はどう思うのだろう。

炭疽菌
炭疽(炭疽症)の原因になる細菌。病気の原因になることが証明された最初の細菌であり、また弱毒性の菌を用いる弱毒生菌ワクチンが初めて開発された、細菌学の歴史上で重要な位置付けにあたる細菌である。また第二次世界大戦以降、生物兵器として各国の軍事機関に研究され、2001年にはアメリカで同時多発テロ事件直後に生物兵器テロに利用された。(Wikipeida「炭疽菌」
久留子(くるす)
家紋。別名十字架紋。ポルトガル語で十字架のことをクルスと呼んだからことに由来する。(家紋の湊
テロメア
真核生物の染色体の末端部にある構造。染色体末端を保護する役目をもつ。(Wikipedia「テロメア」

【楽天ブックス】「新世界より(上)」「新世界より(中)」「新世界より(下)」

「悼む人」天童荒太

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第140回直木賞受賞作品。
その場所で亡くなった人が、誰に愛され、誰を愛していたかを尋ねて、記憶にとどおめておくために旅をしている男、「悼む人」を描いた物語。
「悼む」という行為を行いながら日本を旅する坂築静人(さかつきしずと)の行動はなんとも奇異に映る。無意味なのか自己満足なのか、偽善なのか、とにかく近づいてはいけないもののように感じる。そして、「その行動にどんな意味があるのか・・・」そんな読者が当然のように抱く疑問を、静人(しずと)が旅先で出会う人は問いかける。
そして、また静人(しずと)の母、巡子(じゅんこ)は娘の妊娠を機に、静人(しずと)の生き方の理由を家族に知ってもらおうとする。巡子(じゅんこ)の語りによって、過去の静人(しずと)の経験してきた、親しい人の死など、「悼む」という行為に駆り立てたできごとが明らかになっていく。きっと、読者もその行為自体に、なにか意味を感じることができるようになるのではないだろうか。
よく言われることだが、たとえどんなに印象的な凶悪な事件さえも、一週間ほどワイドショーや新聞の紙面をにぎわせればすぐに人々の記憶から薄れていく。凶悪犯だろうが、殺人犯だろうが、区別なく記憶にとどめようとしていきていく静人(しずと)「悼む人」の行動とその動機を描くことで、逆に、人の死がどれほど簡単に忘れ去られていくかを際立たせて訴えかけているようだ。「人の存在」というものについて考えさせられる何かが本作品に感じられる。

或る人の行動をあれこれ評価するより……その人との出会いで、わたしは何を得たか、何が残ったのか、ということが大切だろうと思うんです。

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