「漂砂のうたう」木内昇

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第144回直木三十五賞受賞作品。

根津遊郭で働いている定九郎は大きな時代の流れに飲まれながらも、そこで働く花魁や遣手たちとともに生きていく。

そもそも遊郭とはどういう場所なのか。吉原という言葉やその話を聞いた事はあるけれど、実際にそれがどういったものでどうやって営業されるのか、そこで働く花魁たちはどのようにそこで働く事になったか、などわからないことばかりである。本書はまずそんな僕らには馴染みのない当時の遊郭の様子を見せてくれる。

そしてまた、本書の舞台は明治時代のはじめの頃。それまで武士として生きていた人々が他の生き方を探さなければいけないという大きな変革期。ちまたでは福沢諭吉の「学問のすすめ」が広まり学ぶことの重要性を世の中が意識し始める。そんな変化のなかで自らの生き方を考える人々の心のうちに、どこか現代の人々の悩みと共通したものを感じるだろう。

日本画のような非現実的な状態でしか知らない時代の人々の生活を、より現実味を帯びてみせてくれる作品。

学問のすすめ
福沢諭吉の著書のひとつ。原則的にそれぞれ独立した17つのテーマからなる、初編から十七編の17の分冊であった。最終的には300万部以上売れたとされ[1]、当時の日本の人口が3000万人程であったから実に10人に1人が読んだことになる。(Wikipedia「学問のすすめ」

【楽天ブックス】「漂砂のうたう」

「光媒の花」道尾秀介

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第23回山本周五郎賞受賞作品。
人々の人生を切り取った6つの短編から成る物語。
母と息子、兄と妹、先生と生徒。この世界にある様々な人間関係のなかの6つを描いている。想い通りにいかないやり切れなさや希望のない未来は、自然と人の心を過去に向かわせるのだろうか。どの物語も、楽しいわけでも悲しい訳でも、希望を与えてくれるわけでもないが、なにか染み入ってくるものがある。
特徴的なのは、どの物語も植物や昆虫が象徴的に登場する点だろう。笹の花、キタテハチョウ、シロツメクサ、カタツムリ。幼い頃は昆虫や植物と触れる機会も多かったのに大人に成るに連れてそんな時間もとれなくなる。だからこそ植物や昆虫は過去の思い出とリンクするのだろうか。
この物語全体に漂うしみじみとした雰囲気は、周五郎賞受賞を納得させてくれる。
【楽天ブックス】「光媒の花」

「家族狩り オリジナル版」天童荒太

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第9回山本周五郎賞受賞作品。
都内で起こる一課殺人事件。非行に走った少年が起こしたものと考えられていたが、同様の事件が続く事となる。刑事馬見原(まみはら)、教師巣藤俊介(すどうしゅんすけ)、児童カウンセラーの氷崎游子(ひざきゆうこ)などそれぞれの悩みを抱えた人々が事件に関わる事になる。
物語の主な登場人物たちはいずれも家族に問題を抱えている。馬見原(まみはら)は息子を失い、それによって妻は精神を病み、娘は馬見原(まみはら)を憎む事となった。俊介(しゅんすけ)は美術教師であるために問題を抱えた生徒たちの対応しなければならない。游子(ゆうこ)は過去の経験から、子供たちを救う事を使命として仕事に打ち込んでいる。そんなそれぞれの思いを順々に描きながら、物語は進んでいく。
家族のあり方、子供の育て方、年老いた両親への接し方。いずれも正解のないものだが、結果だけで周囲には判断されかねないもの。そして、家族というつながりがあるゆえに、決して逃げ出す事のできないものである。本書はまさにそんな現実に改めて目を向けさせてくれる。
そういう意味では物語の発端として起こっている残虐な事件は、人々に家族のありかたに目をむけさせるための一つの要素に過ぎない。
【楽天ブックス】「家族狩り オリジナル版」

「舟を編む」三浦しをん

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第9回本屋大賞受賞作品。
出版社につとめる馬締光也(まじめみつなり)はその名の通り真面目で、変人として通っていたが、ある日辞書編集部へと配属される。馬締(まじめ)はそこで辞書の編集に取り組む事となる。
最近でこそ調べ物はインターネットで片付いてしまうが、小学生の頃には母がプレゼントしてくれた辞書をよく使っていたのを覚えている。本書が描くのは、そんな辞書を作る側の物語である。
辞書編纂メンバーの言葉に対する取り組みに触れると、言葉についていろいろ考えさせられる。そもそも言葉は辞書によって定義されるものではなく、僕らの生活やその言葉を繰り返し使う中で人々の心のなかに共通の意識として染み付いていくものなのだ。例えば本書で分かりやすくも印象深いのが、「愛」という言葉の説明に対して議論をする場面である。

「異性を慕う気持ち。性欲を伴うこともある。恋」となっています。
なんで異性に限定するんですか。じゃあ、同性愛のひとたちが、ときに性欲を伴いつつ相手を慕い、大切だと思う気持ちは、愛ではないと言うんですか。

言葉とは時間によっても変化していくものなのだろう。編纂メンバーはそうやって一つ一つの言葉を、哲学を持って定義していく。
そして、彼らは言葉だけでなく、辞書の素材についても気を配るのである。本書の中では、紙の選び方についても触れている。辞書はページ数が多いから一枚一枚の紙は薄くなくてはならないが、薄いことによって裏の文字が見えてしまったも行けない、もちろん手触りも非常に大切なのである。
こうやって見てみると、辞書を作るというのはなんとやりがいのある仕事なのだろうか。本書を読むと、今まで考えてこなかった、一つ一つの言葉の意味、重さを改めて考えさせられる。辞書というものの見方を変えてくれる一冊。

有限の時間しか持たない人間が、広く深い言葉の海に力を合わせて漕ぎだしていく。こわいけれど、楽しい。やめたくないと思う。真理に迫るために、いつまでだってこの舟に乗りつづけていたい。

【楽天ブックス】「舟を編む」

「虹の谷の五月」船戸与一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第123回直木賞受賞作品。
フィリピン、セブ島のガルソボンガ地区に祖父と住むトシオ・マナハン13歳。ある日、日本人と結婚したクイーンと呼ばれる女性が、故郷であるガルソボンガ地区に戻ってきた。それをきっかけにトシオは内紛に巻き込まれていく。
その描写からはずいぶん昔を舞台とした物語のようにも感じるが、実際には1998年の現代を描いている。祖父とともに強い軍鶏(しゃも)を育てることに夢中になっているトシオ・マナハンが少しずつ大人になっていく様子が描かれる。
日本人とフィリピン人の間に生まれたがゆえに「ジャピーノ」と呼ばれるトシオ。そんなトシオの生活の様子から、フィリピンの田舎町での生活が見えてくるだろう。電気もなく、警察や役人は汚職に手を染め、貧富の格差によって生活が大きく異なる。そんななかで信念を持って生きる事はきっと大変な事なのだろう。
本書のタイトルにもなっている「虹の谷」はガルソボンガ地区でトシオのみが行き方を知っているという不思議な虹のできる谷のこと。しかし、トシオはそれゆえに悲劇に巻き込まれていくのである。
フィリピンの歴史についてもっと知りたくさせてくれる一冊。

浮塵子
イネの害虫となる体長5mmほどの昆虫を指す。(Wikipedia「ウンカ」
タイタン・アルム
インドネシア、スマトラ島の熱帯雨林に自生する。7年に一度2日間しか咲かない、世界最大の花。(Wikipedia「スマトラオオコンニャク」

【楽天ブックス】「虹の谷の五月(上)」「虹の谷の五月(下)」

「The Lock Artist」Steve Hamilton

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2011年バリー賞長編賞受賞作品。2011年エドガー賞受賞作品。

幼い頃のできごとによって話す事をしなくなったMikeだが、2つの才能を持っていた。一つは絵を描く事、そしてもう一つはどんな鍵でも開けてしまうこと。そんなMikeは金庫破りになっていた。

最近よく見られる手法ではあるが、本作品もある程度のときを隔てた2つの時間を交互に描いていく。片方はまだ学生のMikeを描き、話さないがゆえに周囲の人々から孤立していながらも、その才能で少しずつ自らの存在感を示していく。もう一方では、すでに金庫破りとして仕事を受けて、犯罪者たちに加わって行動する。物語を読み進めるに従ってこの2つの時間の間の出来事が少しずつ埋まっていく。
金庫破りを描いているので、Mikeが金庫を開ける際の描写がやはり新鮮である。そもそもダイヤル錠がどのような仕組みになっているのか、どれほどの人が理解しているのだろうか。軽くでもダイヤル錠の仕組みを知ってから読むともった楽しめるかもしれない。
Mike自身もなりたくて金庫破りになったわけではなく、その過程にはいくつかの運命的出会いがある。その一つが、Mikeと同じように絵を描く事を得意とするAmeliaとの出会いである。Ameliaと話すことのできないMikeは絵でお互いの意思を伝える。小説ゆえに、そんな絵による会話が文字でしか見えないのが残念であるが印象的なシーンのひとつである。
さて、仕事中でもかたくなに話そうとしないMikeの言動から、「幼い頃何があったのか」「なぜ彼は話せないのか」という疑問が読み進めるうちにわいてくるだろう。そんな好奇心が読者の心を物語を最後まで引っ張っていくのである。
しだいに打ち解け心を許し合うMikeとAmeliaだが幼い頃のできごとを話そうとしないMikeの言動もAmeliaの心にブレーキをかける。また、Mike自身も金庫破りという仕事ゆえに次第に危険な出来事に巻き込まれるようになる。
悲しくも温かい物語。

「砂のクロニクル」船戸与一

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第5回山本周五郎賞受賞、1993年このミステリーがすごい!国内編1位作品。

独立国家の建設を求めて放棄しようとするクルド人。イランはホメイニ体制の下でそれを抑えようとする。そんな混乱のなかの中東に2人の「ハジ」と名乗る日本人がいた。

イランイラク戦争。まだ政治に関心を持つような年齢でもなかった僕は、その名前しか知らない。しかし、戦争というのは、他の国で豊かな暮らしを送っている人にとっては他人事でも、当人にとっては人生を左右するもの、人に寄っては人生そのものでもあったりする。本書が描いているのはまさにそんな人達である。

本書は「ハジ」と名乗る2人の日本人のほかに、イランの共和国軍である革命防衛隊に属するサミル・セイフ、クルド人でクルド国家の樹立を目指すハッサン・ヘルムートの視点からも語られる。サミル・セイフは国を守るためにそのすべてを注いでいるが、革命防衛隊内の腐敗に葛藤を続ける。また、ハッサン・ヘルムートもクルドの聖地マハバードの奪還を目指す中で、イランクルドとイラククルドの諍いなどの不和にも頭を悩まされる。

そんな状況のなか、「ハジ」と名乗る日本人の一人駒井雄仁によって2万梃のカラシニコフがカスピ海をわたってクルド人に届けられようとしている。そしてその後武器を得たクルド人たちはマハバードへ向かうこととなる。

かなりの部分が史実に基づいているのだろう。これほど大きな混乱を知らずに今まで生きていた自分がなんとも恥ずかしくも感じた。

本書はハッピーエンドとは言えないだろう。そもそも戦争とは悲しみしか生まないのなのかもしれない。それでも、そんな時代だからこそすべてをかけて人生を全うする登場人物たちが羨ましく思えてしまう。

イスラム革命防衛隊
1979年のイラン・イスラム革命後、旧帝政への忠誠心が未だ残っていると政権側から疑念を抱かれた従来の正規軍であるイラン・イスラム共和国軍への平衡力として創設されたイラン・イスラム共和国の軍事組織。(Wikipedia「イスラム革命防衛隊」
ルーホッラー・ホメイニー
イランにおけるシーア派の十二イマーム派の精神的指導者であり、政治家、法学者。1979年にパフラヴィー皇帝を国外に追放し、イスラム共和制政体を成立させたイラン革命の指導者で、以後は新生「イラン・イスラム共和国」の元首である最高指導者(師)として、同国を精神面から指導した。(Wikipedia「ルーホッラー・ホメイニー」
イラン・イラク戦争
イランとイラクが国境をめぐって行った戦争で、1980年9月22日に始まり1988年8月20日に国際連合安全保障理事会の決議を受け入れる形で停戦を迎えた。(Wikipedia「イラン・イラク戦争」

【楽天ブックス】「砂のクロニクル(上)」「砂のクロニクル(下)」

「ダイナー」平山夢明

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大藪春彦賞受賞作品。
退屈な人生に嫌気がさし、ちょっと魔が差した末に殺されかけて、最終的に、殺し屋が集まる会員制のダイナーでウェイトレスをすることなったオオバカナコ。下手な事をしたらその場で殺されかねない日々を送り始める。
設定が設定なだけにそのレストランで起きること、そこを訪れる人、いずれも小説だからこそできるような残酷さ、醜悪さを持っている。したがって、物語自体は非常に現実離れしたものになっている。
しかし、ダイナーを訪れる殺し屋たちも、もちろんなんの理由もなく殺し屋になったわけではなく、物語中で語られるその「殺し屋になったきっかけ」は、まだ「正常な生活」の範囲にいる僕らが見ないようにしている現実世界の暗い部分を見せつけてくれるようだ。今の状況を放っておいたらこんなことにもなるかもよ、こんな人が生まれるかもよ、と。
そんななかで、オオバカナコはコックであるボンベロとその飼い犬でこれまた殺し屋の菊千代とダイナーを切り盛りしていくのだが、少しずつ過去のつらい経験が明らかになっていく。
なにか訴えるものが感じられるかもしれない。
【楽天ブックス】「ダイナー」

「龍神の雨」道尾秀介

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第12回大藪春彦賞受賞作品。
添木田連(そえきだれん)と妹の楓(かえで)は事故で母を亡くし、継父と暮らしている。また、溝田辰也(みぞたたつや)とその弟の圭介(けいすけ)は母に続いて父を亡くし、父の再婚相手とともに暮らしている。家庭に不和を抱えた2組の兄弟が少しずつ近づいていく。
2組の兄弟がそれぞれ、添木田連(そえきだれん)目線と、溝田圭介(みぞたけいすけ)目線で展開する。添木田連(そえきだれん)と楓(かえで)は、働きに出ない継父の行為に嫌悪感を抱いている一方で、溝田辰也(みぞたたつや)と圭介(けいすけ)は、必死に本当の母親になろうとしてくれる、父親の再婚相手の里江(さとえ)に心を開けないでいる。2組の兄弟は似たような境遇に置かれながらあるいみ対照的なところが面白い。前半はそんな家庭の不和のなかで思い悩み、葛藤するそれぞれの心のうちが非常にいい空気を醸し出している気がする。
後半は一点物語が大きく動き出すのだが、個人的にはむしろ物語前半の雰囲気が気に入っていて、むしろ後半の大きな展開は物語全体の質を落としてしまったようにも感じる。
今回で著者道尾秀介の作品に触れるのは3回目だが、その内容の変化に驚かされる。まだ独自のスタイルが確立されていないような印象はあるが、この先が楽しみでもある
【楽天ブックス】「龍神の雨」

「一瞬の風になれ」佐藤多佳子

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2007年本屋大賞受賞作品。
神谷新二(かみやしんじ)は高校に入ってからそれまで打ち込んできたサッカーを辞めて陸上部に入部することを決めた。一緒に入部したのは天性の才能を持つスプリンター連(れん)。陸上にかける高校生たちの青春物語。
最近陸上を扱った物語というと、マラソンか駅伝であることが多いが、本作品は、短距離100メートル走と、400メートルリレーを扱っている点が新しい。著者は実際にある陸上部を長い間かけて取材し、その結果本作品を書いたという事なので、物語中で語られる理論や練習法はいずれも非常に興味をひかれる内容である。そもそも、陸上経験者でない人にとっては、100メートル走を走る選手がどんな理論でトレーニングを積み重ね、どのように意識しては知っているのかについて触れる機会がない。読んでいるだけで少し自分も速く走れるのではないか、という気がしてしまうから面白い。
もちろん、そんな陸上理論は物語の一部分でしかなく、高校生らしいいろいろなドラマを繰り広げてくれる。部活内の恋愛や、顧問の先生の過去などはもちろんであるが、1年ごとに後輩から先輩へと立場が変わり、やがて引退を迎えるという部活動ならではのエピソードも懐かしい。結果を残せずに引退をすることになった先輩を見送る場面は印象的である。

ここで何回、トラックの白線を引き、何回その線に沿って走ったのだろう。どんな試合の喜びの涙も、みな、ここから生まれてきたものだ。かけがえのない場所だ。俺たちに皆にとって。

そんななかで、神谷(かみや)もまた一時期心を折りそうになるが、それでも再び陸上へと戻ってくるのだ。

短距離でも長距離でも、タイムにも順位にもかかわらず、限界にチャレンジして走ることが、単純に尊い。その苦しさと喜びを共有できるのだ。走るのは一人ひとりでも、バトンや襷がなくても、俺たちは分かち合うことができる。

そして物語は終盤にかけてライバル校との直接対決へと向かっていく。全身全霊をかけて物事に取り組むことの尊さを改めて感じさせてくれる。力を与えてくれる青春小説。
【楽天ブックス】「一瞬の風になれ(第1部)」「一瞬の風になれ(第2部)」「一瞬の風になれ(第3部)」

「鍵のない夢を見る」辻村深月

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第147回直木賞受賞作品。
辻村深月がついに直木賞を受賞した作品ということで期待したのだが残念ながら短編集である。5編ともそれぞれの年代の女性を主人公とした物語で、それぞれの物語から見えてくる女性の視点、考え方は、いずれも新鮮で、世の中で女性が生きていくことの難しさまで伝わってくる気がする。
5編のなかで印象的だったのは最初の2編。1編目は社会人になって小学校時代の友人と再会する物語で、ほとんど女性だけで構成される物語でありながら、周囲に流されがちな小学生の残酷さや、若さゆえの甘酸っぱさが漂う。確かに小学校や中学校のころは学校が違えば世界はまったく違っていて、人によってはその世界の違いを切り捨て、また人によってはその世界の違いをうまく利用していたのだろう。
2編目は狭い町に住む故に合コンで知り合った男性と再会する社会人の女性の物語。どちらも30歳を過ぎているために結婚に焦り、周囲に蔑まれている事を薄々感じながら生きている。そんな2人の言動や考え方がどこか他人事ではなく心に残る。
やはり直木賞ということで期待しすぎてしまったせいか、普段の辻村深月の他の短編集とそう変わらない印象だったのが残念である。
楽天ブックス】「鍵のない夢を見る」

「永遠の仔」天童荒太

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2000年このミステリーがすごい!国内編第1位。

幼い頃の経験ゆえにトラウマを抱えた3人の少年少女、優希(ゆうき)、笙一郎(しょういちろう)、梁平(りょうへい)は初年時代を四国の病院で過ごした。17年後、大人になった彼らは再び出会うことになる。
優希(ゆうき)は看護師、笙一郎(しょういちろう)は弁護士、そして梁平(りょうへい)は刑事として生活しているが、過去のトラウマゆえにそれぞれ社会の中で苦しみながら生きている。彼らは心を開いて人と付き合う事ができないゆえに、幼い頃その心の傷をさらけ出してつきあったお互いの存在を強く意識しているのである。
笙一郎(しょういちろう)も梁平(りょうへい)も優希(ゆうき)のことを想っているが、「自分にはその資格はない」と言って、一歩を踏み出せずにいる。物語が進むにしたがって、2人をそう思わせている理由は、四国の病院で3人が過ごした時期にその病院で行われていた登山中、優希(ゆうき)の父親が死亡した事件に関連しているらしいことがわかってくる。
病院での幼い3人の様子と、現代を交互に展開していき、いくつもの悲劇が次第に明らかになっていく。何が起こったのか。父親はどうして死んだのか。
物語を通じて見えてくるのが、すべての人が被害者であるということ、読み進めるにつれてタイトルの持つ「永遠の仔」の意味が見えてくる気がする。僕らは年齢を重ねるにつれて大人になる事を当然のように思っている。大人とはつまり、理性的に生きなければならない。強くなければならない、などであるが、世の中の多くの人は大人になっても弱さを抱えていて、ときにはそのはけ口を求めているのだ。そんな結果生まれた負の連鎖こそ、まさに本書が描いているものだろう。生きたいように生きる事ができず、生きている事で苦しみしか感じられず、そんな彼らはどうするのだろうか。
印象に残ったシーンはいくつかあるが、なかでも梁平(りょうへい)が久しぶりに叔父と再会するシーンが個人的に涙を誘ってくれた。父親に捨てられ、母親に幼い頃からタバコの火を何度も押し付けられてそだったゆえに、人を信用できない梁平(りょうへい)。そこに現れた叔父夫婦だったから最初は「何が目的なんだ」と思っていたのだが、大人になって再会してその本音を晒す。

おれは・・・あなたたちに、似たかったですよ。おれなんかに精一杯、気をつかってくれて・・・。おれは、あなたたちのように生きたかった・・・。

もっと前に読んでおくべきだった作品。最近「歓喜の仔」というおそらく続編と思われるタイトルが書店に並んでいたのを見て、本書を手に取った。

わたしたちは、世界的な惨事と比べて、自分たちの日常的な悲しみや過ちを、つい、つまらないことと言いがちです。けれど、きまりきった平凡な暮らしをしていても、次から次にふりかかってくる問題は、本当に世界的な惨事とかけ離れているのでしょうか。もしかしたらふかいところでは、同じ根でつながっている場合も少なくないのではないかと、疑います。
日本七霊山
日本古来の山岳信仰や信仰登山の盛んな7つの山。単に「七霊山」、あるいは「七霊峰」ともいう。一般的に、日本三霊山とされる、富士山(静岡県、山梨県)、立山(富山県)、白山(石川県、岐阜県)の3つの山に、大峰山(奈良県)、釈迦ヶ岳(奈良県)、大山(鳥取県)、石鎚山(愛媛県)の4つの山を加えたものである。(Wikipedia「日本七霊山」

【楽天ブックス】「永遠の仔(1)」「永遠の仔(2)」「永遠の仔(3)」「永遠の仔(4)」「永遠の仔(5)」

「小さいおうち」中島京子

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第143回直木三十五賞受賞作品。

昭和の初めに東京に出て、平井家という家庭で「女中」として過ごしたタキが、今、当時を振り返って綴る。
戦前から戦時にかけても物語は数多くあるが、本作品のタキのように戦争を「どこか他人事」として描いた物語は珍しいのではないだろうか。だからこそ、極端に当時を批判したり美化したりする事もなく、その当時の人々の自然な生活の雰囲気が伝わってくる。
一方で、そのタキが書いているものを、甥の息子である健史がときどき読んでしまってタキに対して意見を述べるのが面白い。その健史の視点こそ、僕ら現代に生きる人々の、当時に対する印象を代表しているように思う。
僕らは歴史的事実としてしか当時を知らない。例えば、その当時、東京でオリンピックが開催される事が決まって、人々がどこかわくわくしていたことを知らないのだ。なぜなら結果的にそのオリンピックは戦争によってなくなり、20年遅れて1960年に開催される事になったのだから。僕らが見る過去は、最終的な結果としてのこった過去であり、それが作られる過程はその時代を生きている人にしかわからないのだろう。
2.26時間や太平洋戦争など、まちがいなく激動の時代ではあったのだろうが、当時の人々は決して不幸ではなかったと、伝わってくる作品である。
【楽天ブックス】「小さいおうち」

「The Shadow of the Wind」Carlos Ruiz Zafon

オススメ度 ★★★★★ 5/5

2005年バリー賞新人賞受賞作品。

1945年、10歳になったDanielは父に「本の墓場」と呼ばれる場所に連れて行かれて自分だけの一冊を選ぶように言われる。そこでであった本「The Shadow of the Wind」に取り憑かれたDanielはその著者Julián Caraxの他の本を探そうとするが、その著者の本はすべて燃やされてしまったと知る。いったい著者Julián Caraxに何があったのか。

一冊の本との出会いから始まる壮大な物語。Danielの心を「本の墓場」で出会った「The Shadow of the Wind」が掴んで話さなかったのと同じように、僕の心をこの「The Shadow of the Wind」は夢中にしてくれた。主人公Danielの友情、親子の絆、恋愛だけではなく、彼をとりこにした著者、Julián Caraxの恋愛や人間関係のもつれからうまれた壮絶な人生にまでが次第に明らかになっていく。地理的にもバルセロナからパリに広がり、当時の世界情勢も反映された見事な内容に仕上がっている。

一冊の本との出会いをきっかけに始まる物語であると同時に、Daniel自身も父とともに本屋を営む故に、読書というものの人生に与える大きさを考えさせてくれるだろう。終盤に書いてある言葉が重く響いてくる。

読む人に、その人自身の内側を見せてくれるような、全身全霊をもって取り組むような、読書の美学というのは次第に失われつつあるのだろう。すばらしい読者は月日とともに少なくなっていくのだろう。

読み終えた瞬間の喪失感のなんと大きな事か。読書の大好きな人にぜひ読んでほしい。出会えた事を感謝したくなる物語。

和訳版はこちら。

「ふがいない僕は空を見た」窪美澄

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第24回山本周五郎賞受賞作品。高校一年生の斉藤くんは年上の主婦と関係を持つ。そんな斉藤くんの母親は助産院を営む。斉藤くんとその周囲の人々のその人生を描く。

とりたてて個性のない5人の視点から物語は語られる。姑から人工授精を迫られる主婦。かわいいけど身長の小ささに悩む女子高生など、いずれも日常のどこにでも存在しそうで、ドラマになったり人々の記憶に残るような印象的な物語ではないが、それでも当人にとってはそんななかに楽しみがあり、毎日の悩みがあり試練があるのだ。

そして、そんな各々の視点で語られる物語の、最期を締めくくるのは助産院を営む斉藤くんの母親の視点である。命が生まれる瞬間に立ち会う職業ゆえに人とは少し違った少し深みのある視点を持っている。

自然、自然、自然。ここにやってくる産婦さんたちが口にする、自然という言葉を聞くたびに、私はたくさんの言葉を空気とともにのみこむ。乱暴に言うなら、自然に生む覚悟をするということは、自然淘汰されてしまう命の存在をも認めることだ。

それでも生きていかなければならない、劇的になにか改善するわけではないけれど、少しずつ人生は進んでいくのだ。そんな風にちょっと前向きにさせてくれる空気がある。
【楽天ブックス】「ふがいない僕は空を見た」

「ツナグ」辻村深月

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
生者が死んだ人に会う事ができる。死者にとっても、生者にとっても一度だけの機会。そんな機会をあたえてくれる人を「ツナグ」と呼ぶ。
「ツナグ」に依頼して死んだ人に会う人のいくつかの物語で構成されている。自殺したアイドルに会う女性の話。死んだ母親に会う男性の話。結婚を約束したまま行方不明になった女性を、生きているか死んでいるかもわからずにあ会う事を依頼した男性の話。友人を交通事故で失った女子高生の話。いずれも生と死の境目を扱う物語なだけに、心に訴えてくるものは多い。自分のことを忘れて欲しくない死者、しかしそれでも生者には次の人生のステップに向かってほしい…。生者と死者の出会いというと、生者が死者に感謝の言葉を伝えるような印象を勝手に持ってしまうが、本書ではむしろ、死者が生者の人生を心配し、新たな一歩を踏み出すようにと配慮する言動が印象的である。

そして多分、私は今度こそ、踏み出さざるをえなくなる。望むと望まざるとにかかわらず、止まっていた時が動き、流れ、それが、きっと私を変えてしまう。
それが、生者のためのものでしかなくとも、残された者には他人の死を背負う義務もまたある。失われた人間を自分のために生かすことになっても、日常は流れるのだから仕方ない。

そして締めくくりは、そんな、生者と死者の橋渡しとなった「ツナグ」自身の物語。祖母から「ツナグ」を引き継ぐことを決意した歩美(あゆみ)もまた何度か生者と死者の出会いを見ることで、変化を見せていくのだ。
この世とあの世の間で行われる人と人との助け合いの物語。想像を超えるような展開はないかもしれないが優しい気持ちにさせてくれるだろう。
【楽天ブックス】「ツナグ」

「星々の舟」村山由佳

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第129回直木賞受賞作品。
母の死後、父重之(しげゆき)は家政婦として働いていた2人の娘を連れた女性志津子(しづこ)と結婚する。兄貢(みつぐ)、次男の暁(あきら)腹違いの妹、沙恵(さえ)と美希(みき)。そんな複雑な家庭で生活するそれぞれの思いを描く。
短編集のような体裁をとっているが、目線が違うだけでどの章も同じ家庭を描いており、全体として一つの物語になっている。最初は兄弟としらなかったゆえに愛し合ってしまった暁(あきら)と沙恵(さえ)。家族全員と血が繋がっているのは自分だけだということを誇りに育った妹の美希(みき)など、各々の深い心のうちが明らかになっていく。誰もがおもいどおりにならない人生と時の早さに迷いながら生きているのだろうか。

何かが欲しいと願いながら、そのじつ何が欲しいのかわからない。生ぬるい飢餓感ばかりをもてあまし、いつかは何かいいものが見つかるような気がして探すのをやめられないでいる。

人から見たら「なんであいつは・・・」と強く非難したくなるような言動も、本人の心の内側に触れるとなんとも理解できそうな気がするから不思議である。そして、そんな理解できそうな心を持つ人々の集まりでも、多くの衝突を生んでしまうのだ。僕らはもっと会話を重ねるべきなのだろうか。僕らはもっと人の気持ちに敏感であるべきなのだあろうか。そんな人や家族の奥深さを感じさせてくれる点が本物語の魅力なのだろう。
最終的に6人の目線で語られるが、最後を締めるのが父重之(しげゆき)である。子供や妻に手をあげる重之(しげゆき)は序盤ではもっとも理解し難い人間のようにも見えるが、その人間性もまた、その心のうちがあらわになるにつれて不思議と同情できるように思えてくる。それは太平洋戦争中のその体験と結びついていくのだ。すでに死が遠くないと悟った重之(しげゆき)の思いは、物語を締めくくるにふさわしい。

消えない罪悪感と、誰かを愛し執着しすぎることへの怖れから家族に優しくもできず、かといって失うことを思うとなおさら怖ろしくて束縛せずにはいられない。胸の内で暴れ狂う獣を自ら抱えておくことのできなかった夫の弱さを、彼女らはかわりにその背中で受け止めてくれていたのだ。

幸せとは何なのか、家族とは、人とは、心に染み入るような作品である。
【楽天ブックス】「星々の舟」

「王妃の離婚」佐藤賢一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第121回直木賞受賞作品。
1498年フランス。弁護士フランソワがルイ12世が王妃ジャンヌに起こした離婚訴訟でジャンヌの弁護をすることになる。国王を相手にする訴訟故に数々の問題がフランソワに襲いかかる。
物語としては数ある法廷物語同様、検察の厳しい追及をかわして弁護をすすめる駆け引きや、重要な証言をするであろう証人の安全の確保など、予想を超えるものではないが、やはり当時の文化的な要素が物語を面白くしている。いつの時代であれ、正義と権力の間で弁護士は葛藤するのだろうか。

不正な裁判をしてはならない。弱い者におもねり、また強いものにへつらってはならない。あなたの隣人を正しくさばかなければいけない。

そもそも日本の作家が書いた作品でフランスの中世を舞台にした小説に出会った事がなかったので、読み始める前は抵抗感を抱いていたりもしたのだが、読み始めると好奇心をかき立てられることばかり。そもそも、ルイとかヘンリーとかよく聞くが、その家系はどこから来てどのような重要性を持つものなのか、マリーアントワネットは、ジャンヌ・ダルクは、と。
興味の向かう世界をまた一つ広げてくれた一冊。

教会法
広義においては、国家のような世俗的権力が定めたキリスト教会に関する法とキリスト教会が定めた法を包括した概念であるが、狭義においては、キリスト教会が定めた法のことをいい、世俗法(ius civile)と対比される概念である。最狭義においては、カトリック教会が定めた法のことをいい、カノン法ともいう。(Wikipedia「教会法」
カノッサの屈辱
聖職叙任権をめぐってローマ教皇グレゴリウス7世と対立していた神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世が、1077年1月25日から3日間、教皇による破門の解除を願って北イタリアのカノッサ城に赴いて許しを願ったことをいう。(Wikipedai「カノッサの屈辱」
サン・ドニ大聖堂
歴代フランス君主の埋葬地となった教会堂。1966年よりカトリック教会のサン=ドニ司教座が置かれている。パリ北側の郊外に位置するサン=ドニにある。(Wikipedai「サン=ドニ大聖堂」
アンボワーズ城
フランスのロワール渓谷、アンドル=エ=ロワール県のアンボワーズにある城。シャルル7世、ルイ11世、シャルル8世、フランソワ1世らヴァロワ朝の国王が過ごした。フランソワ1世がレオナルド・ダ・ヴィンチを呼び寄せたクロ・リュッセはすぐ近くにある。(Wikipedai「アンボワーズ城」

【楽天ブックス】「王妃の離婚」

「あかね空」山本一力

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第126回直木賞受賞作品。
豆腐屋として成功するという大きな決意を胸に、京から江戸に出てきた永吉(えいきち)。彼はそこでおふみという女性と出会い助け合いながら生きていく。
時代は宝暦12年(1762年)からの数十年間の江戸の町を舞台に描かれる。正直、あまり時代小説を読む機会がないので、すぐにそれがどのような時代なのだかわからないのだが、どうやらこの時代の天皇は桃園天皇、後桜町天皇で、江戸幕府将軍は徳川家重、徳川家治ということである。
そして物語は永吉(えいきち)という一人の男が京で修行をした上で江戸で豆腐屋を開こうとするところから始まる。おふみという生涯の伴侶と出会い、やがて3人の子供に恵まれ、それでもさまざまな問題を抱えながら、家族や周囲の人々と協力して豆腐屋を大きくしていく様子が描かれている。
物語の面白さだけではなく、江戸の人々の生活や社会の制度についても興味を喚起させられるだろう。
【楽天ブックス】「あかね空」

「号泣する準備はできていた」江國香織

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
第130回直木賞受賞作品。
本書は12の小さな物語からなる。いずれもすでに人生を謳歌する若い時代を終えて、どう生きていくか、と考える世代の男女の目線をとらえているように見える。一つ一つの物語がとても唐突に始まり、短いがゆえに唐突に終わる。それでもそんな12の物語全体が漂うなにか共通した空気があるようにも感じる。恋愛感が多く描かれているのはやはり女性作家ならではだろうか。
直木賞を受賞したという事はすくなくとも複数名の人にこの作品は強い印象を与えたという事なのだが、正直、なかなかしっかり伝わってきたとは言えない。いつかこのよさが理解できる日が来るのだろうか。本著者の作品は初めて触れたのだがもう何冊か試してみたいところだ。
【楽天ブックス】「号泣する準備はできていた」