「ゴールデンスランバー」伊坂幸太郎

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第21回(2008年)山本周五郎賞受賞作品。2008年本屋大賞受賞作品。首相がラジコンヘリによって殺害された。犯人の濡れ衣を着せられた青柳雅春(あおやぎまさはる)はそんな陰謀から友人たちの力を借りて逃れようとする。

首相の暗殺から始まり。青柳雅春(あおやぎまさはる)の過去の恋人の様子を描きながら、少しずつ青柳雅春(あおやぎまさはる)自身の逃亡する様子へ物語がシフトしていく。

ジョン・F・ケネディの暗殺についても様々な憶測が語られており、現在どこまで明らかになっているのかわからないが、真実もひょっとしたらこの物語のようなことだったのかもしれない。

主人公の逃亡劇というスタイルはすでに使い古されてはいるものの個人的には楽しめたが、物語に特に新鮮さや深みは感じなかった。また、これまでの伊坂幸太郎の作品とは少しスタイルが異なるような印象を受けた。古くからの伊坂幸太郎ファンはこの作品をどのように受け止めたのだろう。

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「アーモンド」ソン・ウォンピョン

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2020年本屋大賞翻訳小説部門受賞作品。感情を感じることができない「僕」ソン・ユンジェの物語。

子供が感情表現のできない人間だと気づいたユンジェの母は、社会に溶け込むために一般的に人間がするであろう言動をユンジェに教え込む。そんな少年時代を過ごしたユンジェは、やがて高校生になってゴニという悪友や、ドラという女性と知り合うこととなる。

正直、可もなく不可もなくという印象である。感情の感じ方が乏しいというだけでサヴァン症候群というわけでもない、そんな不思議な少年を描いた作者の意図がわからない。実際に著者の周囲に存在した人をモデルに描いているのか、何か別の意図があるのかもしれない。

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「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」リリー・フランキー

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2006年本屋大賞受賞作品。子供の頃わずか3年だけ一緒に住んだオトンとオカンとボクの3人の人生を描く。

著者自身の家族の物語、ボクの幼い頃から、やりたいことが見つからずにダラダラと過ごす学生時代など、その成長を描く。そんななか繰り返し描かれるのは、父と母、つまりオトンとオカンとの関係である。早いうちからオトンとオカンは別居することとなり、ボクはオトンとの連絡はとり続けながらもオカンとともに生活する。

やりたいことが定まらないまま、東京に出て美大に進むことを選び、なかなか勉学に集中できないにも関わらず友人に囲まれて日々を過ごす様子が描かれる。ボクを中心とした出来事だけではなく、当時起こった記憶に残る出来事が描かれているので世代が重なっている人は楽しめることだろう。

先日読んだ「錨を上げよ」に似ているなと感じた。この高度経済成長期に子供時代を過ごした人々が40代、50代になってあくせく働く時代を過ぎて、経済的に安定期に突入して、ちょっと人生を振り返って自分の体験を物語にしてみよう、と思うタイミングなのかもしれない。したがって、似たような本を読んだばかりのせいかあまり本屋大賞受賞作品というほど強い印象は感じなかった。読むタイミングが異なればまた違った印象を受けたかもしれない。ダラダラ生きてきた人生もつまらなくはないが、むしろしっかり生きてきた人の人生にもっと触れてみたいと感じた。

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「汝、星のごとく」凪良ゆう

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2023年(第20回)本屋大賞受賞作品。瀬戸内海の島で生まれ育った井上暁海(いのうえあきみ)と、都会から母と共に島に移り住んだ青埜櫂(あおのかい)の二人の高校生男女の物語である。

序盤は高校生時代の暁海(あきみ)と櫂(かい)の出会いから始まる。櫂(かい)は恋愛に依存した母親に、暁海(あきみ)は浮気をして家を出た父親に悩み、そんな共通する悩によって少しずつ暁海(あきみ)と櫂(かい)は近づいていくのである。

中盤以降は、高校を卒業して漫画のシナリオライターとして東京での生活に染まっていく櫂(かい)と、島に残って男女差別の色濃く残る企業で退屈な毎日を送る暁海(あきみ)を描く。生活の違いから少しずつ二人の心は離れていくのである。

一見、これまでにもよくある恋愛小説のようにも見えるが、ところどころに現代の新しい考え方が入っている。特に存在感を放っているのが、暁海(あきみ)の父の浮気相手である瞳子(とうこ)と、暁海(あきみ)と櫂(かい)の高校の化学教師である北原(きたはら)先生の言葉や考え方である。

瞳子(とうこ)は暁海(あきみ)の母から夫を奪ったにもかかわらず、自分の生き方を恥じることもせず、やがて暁海(あきみ)の仕事の指導者であり助言者となっていく。

いつになったら、あなたは自分の人生を生きるの?

高校の化学教師である北原(きたはら)先生もまた、島の閉鎖的な空気の中で、革新的な考え方を暁海(あきみ)にもたらしてくれる。

ぼくが言っているのは、自分がなにに属するかを決める自由で明日。自分を縛る鎖は自分で選ぶ。

そして、東京で生活する櫂(かい)の周囲にも、絵を担当するゲイの尚人(なおと)や、二人の漫画を愛する担当編集者の植木(うえき)さんや小説を書くことを勧める二階堂絵里(にかいどうえり)など、魅力的な登場人物で溢れている。

物語は、東京で生活する櫂(かい)と島で生活する暁海(あきみ)の視点を交互に物語が行き来することで、島の閉鎖的な空気と生きにくさが伝わってくる。

その年で恋人と別れてどうするの?

書籍に限らず映画や漫画なども含めて、著名な賞の受賞作品はその受賞理由も含めて考えるとより鑑賞の深みが増す。高校生の恋愛という使い古された展開にもかかわらず本屋大賞という評価を受けた理由は、瞳子(とうこ)や北原(きたはら)先生が発する、世間体よりも自分の気持ちを大事にする生き方、過去の結婚の概念に縛られる必要がない新しい結婚の考え方なのではないかと感じた。

本屋大賞受賞も納得の一冊である。

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「同志少女よ、敵を撃て」逢坂冬馬

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2022年本屋大賞受賞作品。第二次世界大戦中のドイツの侵攻によって故郷を失ったセラフィマはロシアの女性狙撃手としての訓練を受けることなる。

進行してきたドイツ軍に村を焼き払われたセラフィマが、女性狙撃手の英雄リュドミラ・パヴリチェンコと共の同志であるイリーナに拾われ、狙撃兵となる訓練受けることとなる。そんなセラフィマの狙撃手としての訓練の様子と、戦場で仲間と共に狙撃兵として成長していく様子を描く。

コサックのオリガや貴族を嫌悪するシャルロッタなど、さまざま背景や歴史から集まった仲間たちの多様性も物語を面白くしている。

途中、セラフィマたち女性狙撃手と前線で戦う男性兵士の考え方や性格の違いなどに度々触れていて、同じ村の幼馴染のミハイルと再会するシーンでは、女性であるが故に、戦場で女性に暴行を加える男性兵士に嫌悪感を抱く様子が見てとれる。

同じ年にKate Quinnの「The Diamond Eyes」でもロシアの狙撃手を扱っており、かなり内容が重なっている。おそらく「The Diamond Eyes」を読んでいなかったら、もっと本書の新鮮さを感じられたことだろう。「The Diamond Eyes」の主人公で実在した人物であるリュドミラ・パヴリチェンコは本書でも登場しているので、引き続きロシアの狙撃手の物語にさらに触れたい人は「The Diamond Eyes」を読むのもいいだろう。

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「52ヘルツのクジラたち」町田そのこ

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2021年本屋大賞作品。過去から逃れてキナコは大分の田舎町で1人で生きていくことを決める。

キナコは1人で生きていくと決意しながらも、口のきけない男の子と出会い、その恵まれない家庭環境に過去の自分を重ね合わせ、その子を救おうと行動を始める。 そして、そんな現在の様子と並行して、キナコの過去が明らかになっていく。うまくいかない家族との関係、そしてアンさんと呼ぶ人との出会いよってそんな家族のしがらみから救われたことなどがわかる。

最近、日本で評価される本の多くが、家族や恋人など狭い人間関係と小さな地域のなかで起きる出来事を描いているような印象を持っており、本作品も似たような印象を受けた。もちろん、人の幸せは、身近な人との関係による部分が大きいし、人生で起きる大きな出来事よりも、それぞれの人間が物事をどう受け止めるかが重要で、そういう物語が評価されるのもわからなくもないが、最近はちょっと似通いすぎていて新鮮さをあまり感じなかった。

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「流浪の月」凪良ゆう

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2020年本屋大賞の受賞作品。

9歳の更紗(さらさ)両親が亡くなって親戚の家に引き取られることとなる。自らの居場所に悩むなか、あるとき公園で大学生の文(ふみ)と出会う。

9歳の更紗(さらさ)と大学生の(ふみ)の物語である。大学生の男と小学生の女の子なので、大学生の(ふみ)を見る世間の目は厳しい。そんな危険な関係がどのように展開していくかという点が緊迫感があって面白い。そんな2人はやがて離れ離れになり、15年の時を経て再び近づいていくのである。

周囲の人間の持つ先入観に振り回されながらも強く生きる更紗(さらさ)と(ふみ)の生き方が印象的である。幼い女性しか愛せないという、どちらかといえば世の中から敵意を持って見つめられがちな嗜好性を持つ人間を、物語の中心に据えている点に新鮮さを感じる。普通の人間として生きることのできない人間の、強く切ない物語である。

この感覚を言葉にするのは難しいが、こんな辛い生き方をしている人も世の中に入ることを理解し、、そんな人間が周囲にいるのだとしたら、応援できる人間でありたいと感じた。

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「Magpie Murders」Anthony Horowitz

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2019年このミステリーがすごい海外編第1位作品。2019年本屋大賞翻訳小説部門受賞作品。

ロンドンで名の知れた名探偵であるPundは助手のFraserと共に、Saxby-on-Avonで起こったSir Magnusの殺人事件の捜査にのりだす。

すでに人生の先が短いことを悟ったPundだが、Saxby-on-Avonからロンドンまでやってきた女性の依頼によって、心を動かされ、Saxby-on-Avonので領主であるSir Magnusが殺害されたことで事件の捜査に乗り出すのである。小さな町故にそれぞれの住人たちの交友関係も狭く、街の人間関係が少しずつ明らかになり、ほとんどすべての人にSir Magnus殺害の動機があることがわかる。

途中まではよくある振り時代の探偵ミステリーという雰囲気だが、後半物語は予想外の方向へ動き出す。細かいことは語ることはできないが、今まで読んだことないほどの斬新さを持っており、2つのミステリーを同時に楽しめたかのような分厚い満足感を感じられるだろう。このミステリーがすごい 海外編第1位も納得である。久しぶりに読書の面白さを感じさせてもらった。多くの読者にこの感覚をぜひ味わってほしい。

「そして、バトンは渡された」瀬尾まいこ

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2019年本屋大賞受賞作品。

3人の父、2人の母のなかで高校生になるまでにたびたび家族の形がかわるなかでいきてきた優子(ゆうこ)の物語。

父と母がたくさんいることをわかりながらも、優子(ゆうこ)の高校生活を中心に物語は進んでいく。そして、少しずつではあるが過去の父や母との出会いや別れが明らかになっていくのである。そんななかでも印象的なのは2番目の母で、自由奔放に生きる梨花(りか)の生き方、そして3番目の父、人のために生きることに生きがいをかじる森宮(もりみや)の姿だろう。

自分の明日と、自分よりたくさんの可能性と未来を含んだ明日が、やってくるんだって。親になるって、未来がに倍以上になることだよって
自分じゃない誰かのために毎日を費やすのって、こんなに意味をもたらしてくれるものなんだって知った

誰もが若い時は自分のために、そして年齢を重ねて、子供が生まれたり、自分の余生が短くなっていくに従って人のために生きるようになるが、その重視する比率や、変わっていくタイミングは人によって異なる。今回は早くして人のために生きるたくさんの人たちを描いている。この優しい世界にぜひ浸ってほしい。

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「Where the Crawdads Sing」Delia Owens

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2021年本屋大賞翻訳小説部門受賞作品。ノースカロライナ州の湿地帯に暮らすKyaの家族は、父のアルコール依存症と暴力の前に一人、また一人と家を出て行って、最後にはKyaと父の二人だけになった。やがて父も家に戻らなくなり、Kyaは一人で野生の生き物とともに生きていくこととなった。

狼少年など、幼い子供が文明と離れて生きていく物語はあるが、この物語のKyaの場合、幼い頃は両親がいたために言葉を話すこともでき、また、人間の文化から遠く離れて生きているわけではないので、ボートの燃料を買うためにとった貝を近所のお店で売ったりして生ききているのである。両親がいないために、学校のなじむこともできずに、やがて人々から「Marsh Girl」と蔑んで呼ばれ、様々なうわさが飛び交うこととなる。

前半は、Kyaの家族がいなくなったあとに一人で生きる様子を描いている。Kyaの様子だけでなく、その近隣で見られる、鳥や植物の描写が非常に細かく、物語の展開以外にも新たな視点を与えてくれるだろう。

十代後半になると、そんな不思議な存在に魅力を感じる男性たちと恋愛関係に陥る。教育や街の生活と離れて生きていくKyaの物語。後半はそんなときに起こった一つの事件を描いている。

一人の女性を中心として自然を描いたあまり類を見ない作品。物語の展開として面白いとは言えないかもしれないが一読の価値はありである。

「蜜蜂と遠雷」恩田陸

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第156回直木三十五賞、2017年本屋大賞受賞作品。

ピアノコンクールに集まったピアニストたちの様子を描いている。

マラソン大会だけを描いて1冊を終える「夜のピクニック」も驚きだったが、本作品も、数日間にわたって行われるピアノコンクールのみを扱っており、その前後の物語はほとんどない。参加者の視点、審査員の視点、参加者の妻や友達の視点に切り替わりながら、文庫本にして2冊の量を読者を飽きさせずに読ませ続ける。それぐらいピアノコンクールという多くの人にとって未知なイベントを、ドラマチックに仕上げているのである。

物語は、ピアノに情熱を注ぐ4人の人を中心に描いている。かつては天才少女として活躍したにもかかわらずピアノをやめていた栄伝亜夜(えいでんあや)20歳、サラリーマンの高島明石(たかしまあかし)28歳、優勝候補のマサル19歳、自宅にピアノを持っていないという異色の環境の風間塵(かざまじん)16歳である。

1次予選、2次予選、3次予選とコンクールは進み、少しずつ調子をあげていく人もいれば、緊張で実力を発揮できない人もいる。間違いなくシビアな世界で、多くの人が報われずに終わるとわかっていても、そんな舞台に出て戦うことを選んだ人生を羨ましくも感じてしまう。

音楽を奏でるということをやってこなかった読者にも、音楽を奏でることの魅力が十分に伝わってくる。きっと多くの人が本書を読んだ後に、その音楽を聴こうとYouTubeを彷徨うだろう。直木賞、本屋大賞のダブル受賞も納得の一冊。

【楽天ブックス】「蜜蜂と遠雷(上)」「蜜蜂と遠雷(下)」

「かがみの孤城」辻村深月

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2018年本屋大賞受賞作品。いじめられて学校にいけなくなった中学生の小川こころはある日、部屋の鏡が光っていることに気づく。鏡の中には、城がありそこには同じ世代の7人の男女が集まっていた。

鏡の中に集まった7人の中学生は、1年間の期限のなかで城のなかに隠された鍵をさがすことを依頼される。その鍵を見つけると一つだけ願いが叶うという。

なぜこの7人が選ばれたのか、城はなんのために作られたのか、さまざまな疑問を持ちながらも、城での時間を楽しむ中で少しずつ7人は秘密や悩みを共有し、親密になっていく。すでに辻村作品を読み慣れている人であれば早い段階で仕掛けに気づくかもしれない。それでも最後は優しい感動を感じることだろう。

【楽天ブックス】「かがみの孤城」

「Caraval」Stephanie Garber

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2018年本屋大賞翻訳小説部門。
ScarlettとDonatellaという姉妹の元に魔法の島、Caravalで行われるゲームへの招待状が届いた。結婚を目前に控えたScarlettとDoantellaは、迷いながらもCarabalへ向かうこととなる。
地元の権力者で2人の娘に厳しい父の教えを守って生きるScarlettと、外の世界に飛び出したい妹のDonatella、そんな対象的な2人を中心に物語は展開していく。
島にたどりついたScarlettを含む、ゲームの参加者すべてに課せられたのはScarlettの妹Donatellaを探すこと。そのためにScarlettは島まで案内してくれた船乗りの男性Julianと協力して行動することとなる。不思議な魔法を体験しながらScarlettはゲームに勝ち、妹のDonatellaを取り戻そうとする。
その過程で出会う多くの人々。Julianの本当の狙いは何なのか。2人に招待状を送ったCarabalの主Legendは善人なのか悪人なのか。Scarlettが少しずつ成長していく様子が面白い。
カテゴリとしてはファンタジーになるのだろうが、なかなか触れることない類の作品。好みの好き嫌いはあるだろうが、一読の価値ありである。

「羊と鋼の森」宮下奈都

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2016年本屋大賞受賞作品。高校生のときに、調律師の仕事に魅せられた男性外村(とむら)が、調律師として成長していく様子を描く。

調律師という仕事を、実際にその仕事に従事している人のの視点で見せてくれたことがありがたい。調律師という仕事があることは知っていたが、それはギターの音を合わせるように、一定の周波数に音を合わせる誰にでも機械的にできる作業かと思っていた。どんな仕事も毎日その作業を行う人のしか見えない深さがあるのだろう。それが、こうやって物語として触れると、自分がその仕事をしているかのように深く見えてくるから不思議である。

個人のピアノを調律するのと、コンサートのピアノの調律をするのは大きく違ことや、その会場の物の配置が変わっただけで音に影響が出るということが新鮮だった。また、物語中で語られるこんな言葉にも感動した。

持ち主に愛されてよく弾かれているピアノを調律するのはうれしい。一年経ってもあまり狂いのないピアノは、調律の作業は少なくて済むかもしれないが、やりがいも少ないと思う。

主人公である外村(とむら)のほかにも、同じ職場で調律師として働く人が出てくる。天才調律師の板鳥(いたどり)、元々はピアニストを目指していたが諦めて調律師となった秋野(あきの)、バンドでドラムをしている柳(やなぎ)である。調律師として生きる人にもいろんな過去があることが面白い。

毎日こつこつと技術を積み上げていく職人気質の仕事に改めて魅力を感じた。
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「村上海賊の娘」和田竜

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
戦国時代に瀬戸内海で勢力を誇っていた村上海賊を、戦に憧れる娘景(きょう)を中心に描く。
海賊という言葉はよく聞くけれども、どこか外国や物語の中にのみ登場する存在であって、日本の歴史にはそぐわない気がしていたのは僕だけだろうか。だからこそタイトルの「村上海賊」が不思議で魅力的に聞こえるのだろう。主人公が女性なのだが、残念なのが冒頭でいきなりその景(きょう)が嫁ぎ先に困るような醜女(しこめ)だと書かれているということだ。男性読者はいつもヒロインを理想の女性像と重ね合わせて読むからこれは非常に残念なのだが、本書を通じて景(きょう)の大活躍を見る事によってそんな考え方もくつがえされていく。
さて、物語は本願寺の地を狙う織田信長に対して、その地を守ろうとする本願寺側が兵糧を毛利家に求め、毛利家はその兵糧を運ぶために村上海賊を頼る、という構図である。しかし、本願寺、毛利、村上海賊もいずれも、異なる思いを抱えた人物が存在するために、いろんな駆け引きが発生するのである。
しかし、最初は「家の存続」や「地位の向上」を意識しながら行われていた細かい駆け引きが、やがて戦が本格化するにしたがって、潔よく、誇り高い行動に変わって行く様子が非常に爽快である。

大なるものに靡き続ければ、確かに家は残るだろう。だが、それで家を保ったといえるのか。残るのは、からっぽの容れ物だけではないか。

村上海賊の景(きょう)はもちろん、弱虫であった弟の景親(かげちか)や雑賀党(さいかとう)の鈴木孫一(すずきまごいち)などかっこいい人物ばかりである。極めつけは景(きょう)の最大の敵となった七五三兵衛(しめのひょうえ)である。どのように決着するのかぜひ楽しんでいただきたい。
また、本書のなかではわずかな登場しかしない織田信長が、とてつもないオーラを放つ人間として描かれているのも印象的である。もちろん歴史上重要な人物なだけにそのように描くことは特に驚きでもないが、「今だったら誰にあたるのだろう?」と考えてしまう。
物語自体が面白いのはもちろん、歴史を読み解くと「○○が勝った」「○○が負けた」だけで終わってしまう出来事を、ここまで分厚い物語にし、そこに関わった人物をここまで人間味あふれる存在として見せることのできる著者の描写の技術に感動する。
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「海賊とよばれた男」百田尚樹

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
石油会社「国岡商店」を率いる国岡鐵造は社員は家族という信念を持って戦後の混乱期を乗り越えていく。
読み始めるまで知らなかったのだが、この物語は出光興産の創業者・出光佐三をモデルにして書かれている。石炭から石油へとエネルギーが移行していく時代にいち早く石油に目をつけて自ら会社を起こし、時代の流れにのって大きくなっていくのだ。
本書で描かれている出来事はフィクションの体裁をとってはいるが、いずれも実際に起こった出来事を描いている。そんな数ある出来事のなかでも、なんといってもイギリスの脅威のなかイランに向かった大型タンカー日章丸のエピソードは、単に「面白い」という言葉では説明しきれない。信念と誇りをもって物事に立ち向かうことの素晴らしさと尊さを改めて感じるだろう。

辛かった日々は、すべて、この日の喜びのためにあったのだ。

「信念」とか「誇り」という言葉は、戦争などの争乱の時代にしか語られないような印象があるが、そんなことはない、日々の仕事に大してもそんな心を忘れずに常に全力で立ち向かった人がいるのである。
僕らはなぜこんな偉大な出来事をもっと語りついでいかないのだろうか。本書を読めばきっとみんなそう感じるだろう。著者百田尚樹がこの物語を書かなければいけないと思った理由は読者には間違いなく伝わるだろう。

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「舟を編む」三浦しをん

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第9回本屋大賞受賞作品。
出版社につとめる馬締光也(まじめみつなり)はその名の通り真面目で、変人として通っていたが、ある日辞書編集部へと配属される。馬締(まじめ)はそこで辞書の編集に取り組む事となる。
最近でこそ調べ物はインターネットで片付いてしまうが、小学生の頃には母がプレゼントしてくれた辞書をよく使っていたのを覚えている。本書が描くのは、そんな辞書を作る側の物語である。
辞書編纂メンバーの言葉に対する取り組みに触れると、言葉についていろいろ考えさせられる。そもそも言葉は辞書によって定義されるものではなく、僕らの生活やその言葉を繰り返し使う中で人々の心のなかに共通の意識として染み付いていくものなのだ。例えば本書で分かりやすくも印象深いのが、「愛」という言葉の説明に対して議論をする場面である。

「異性を慕う気持ち。性欲を伴うこともある。恋」となっています。
なんで異性に限定するんですか。じゃあ、同性愛のひとたちが、ときに性欲を伴いつつ相手を慕い、大切だと思う気持ちは、愛ではないと言うんですか。

言葉とは時間によっても変化していくものなのだろう。編纂メンバーはそうやって一つ一つの言葉を、哲学を持って定義していく。
そして、彼らは言葉だけでなく、辞書の素材についても気を配るのである。本書の中では、紙の選び方についても触れている。辞書はページ数が多いから一枚一枚の紙は薄くなくてはならないが、薄いことによって裏の文字が見えてしまったも行けない、もちろん手触りも非常に大切なのである。
こうやって見てみると、辞書を作るというのはなんとやりがいのある仕事なのだろうか。本書を読むと、今まで考えてこなかった、一つ一つの言葉の意味、重さを改めて考えさせられる。辞書というものの見方を変えてくれる一冊。

有限の時間しか持たない人間が、広く深い言葉の海に力を合わせて漕ぎだしていく。こわいけれど、楽しい。やめたくないと思う。真理に迫るために、いつまでだってこの舟に乗りつづけていたい。

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「一瞬の風になれ」佐藤多佳子

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2007年本屋大賞受賞作品。
神谷新二(かみやしんじ)は高校に入ってからそれまで打ち込んできたサッカーを辞めて陸上部に入部することを決めた。一緒に入部したのは天性の才能を持つスプリンター連(れん)。陸上にかける高校生たちの青春物語。
最近陸上を扱った物語というと、マラソンか駅伝であることが多いが、本作品は、短距離100メートル走と、400メートルリレーを扱っている点が新しい。著者は実際にある陸上部を長い間かけて取材し、その結果本作品を書いたという事なので、物語中で語られる理論や練習法はいずれも非常に興味をひかれる内容である。そもそも、陸上経験者でない人にとっては、100メートル走を走る選手がどんな理論でトレーニングを積み重ね、どのように意識しては知っているのかについて触れる機会がない。読んでいるだけで少し自分も速く走れるのではないか、という気がしてしまうから面白い。
もちろん、そんな陸上理論は物語の一部分でしかなく、高校生らしいいろいろなドラマを繰り広げてくれる。部活内の恋愛や、顧問の先生の過去などはもちろんであるが、1年ごとに後輩から先輩へと立場が変わり、やがて引退を迎えるという部活動ならではのエピソードも懐かしい。結果を残せずに引退をすることになった先輩を見送る場面は印象的である。

ここで何回、トラックの白線を引き、何回その線に沿って走ったのだろう。どんな試合の喜びの涙も、みな、ここから生まれてきたものだ。かけがえのない場所だ。俺たちに皆にとって。

そんななかで、神谷(かみや)もまた一時期心を折りそうになるが、それでも再び陸上へと戻ってくるのだ。

短距離でも長距離でも、タイムにも順位にもかかわらず、限界にチャレンジして走ることが、単純に尊い。その苦しさと喜びを共有できるのだ。走るのは一人ひとりでも、バトンや襷がなくても、俺たちは分かち合うことができる。

そして物語は終盤にかけてライバル校との直接対決へと向かっていく。全身全霊をかけて物事に取り組むことの尊さを改めて感じさせてくれる。力を与えてくれる青春小説。
【楽天ブックス】「一瞬の風になれ(第1部)」「一瞬の風になれ(第2部)」「一瞬の風になれ(第3部)」

「天地明察」冲方丁

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第31回吉川英治文学新人賞受賞作品。第7回本屋大賞受賞作品。
江戸時代、碁打ちである渋川春海(しぶかははるみ)はその一方で数学や星にも興味を持って精進する。そんな多方面に精進するその姿勢ゆえにやがて、国を揺るがす大きな事業に関わることになる。
物語は指導碁をしていた折に、老中酒井に「北極星を見て参れ」と命を受けて、春海(はるみ)の人生は動き出す。その北極出地の最中に聞いたこんな言葉が、その後春海(はるみ)の人生に大きく関わることになる。

お主、本日が実は明後日である。と聞いて、どう思う?

実はこのくだりを読む瞬間に初めて、いままで暦の歴史というものを考えたことがなかったことに気づいた。現在使われている暦が、グレゴリウ暦と呼ばれることや、閏年の適用方法などは知っているが、ではそれが過去どのような経緯を経て世界共通の正しい暦として浸透したかは考えたことがなかったのである。それでも、今持っている知識。たとえば、一日の長さや、地球の楕円形の公転軌道から、それが非常に複雑な計算と、何年物太陽の観察なしには成し遂げられないものだということはわかる。
ある意味「掴み」としては十分である。僕のような理系人間はそのまま一気に物語に持っていかれてしまうことだろう。
物語は渋川春海(しぶかわはるみ)がその生涯に成し遂げた多くのことを非常に読みやすく面白く描いているが、そこで強調されるのは、春海(はるみ)の探究心や好奇心といった物事に対する姿勢だけでなく、春海(はるみ)の物事の達成をするのに欠かせなかった、多くの人々との出会いである。
水戸光国、関孝和、本因坊道策、保科正之、酒井忠清。いずれもどこかで聞いたことあるような名前ではあるが、正直、本作品を読むまでほとんど知らない存在だった。彼らの助けがあってこと、借りて春海(はるみ)が偉大なことを成し遂げたということで、それぞれの当時の立場や実績などにも非常に興味をかきたてられた。
「明察」という言葉は僕らにとって馴染みのある言葉ではない。本作品中でその言葉が使われるのは、数学者同士が問題を出し合い、自分の出した問題に対して、正答という意味で「明察」という言葉が使われている。
そして、本書のタイトルの「天地明察」とは。それは、天と地の動きを明確に察するという意味。現代においてでさえそれはもはや神の領域のような響きさえ感じるその偉業。当時それはどれほど困難なことだったのだろうか。また、世の中を変えるような偉業に一生かけて挑み続ける生涯のなんと充実していることだろう。情熱と充実感、人生の意味などについて考えさせる爽快な読み心地の一冊。

授時暦
中国暦の一つで、元の郭守敬・王恂・許衡らによって編纂された太陰太陽暦の暦法。名称は『書経』尭典の「暦象日月星辰、授時人事」に由来する。(Wikipedia「授時暦」
大統暦
中国暦の一つで、元の郭守敬・王恂・許衡らによって編纂された太陰太陽暦の暦法。(Wikipedia「大統歴」
渋川春海
江戸時代前期の天文暦学者、囲碁棋士、神道家。(Wikipedia「渋川春海」

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「謎解きはディナーのあとで」東川篤哉

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2011年本屋大勝受賞作品。
国立署の女性刑事宝生麗子(ほうしょうれいこ)は宝生グループのお嬢様。それを知るものは警察署内の一握りのみ。そんな彼女が関わることとなったいくつかの事件を描く。
本作品で面白いのは言うまでもなくその警部でありお嬢様という主人公の特異な設定だろう。さらに、麗子(れいこ)の上司である風祭(かざまつり)警部も同じくお金持ちの出身というありえない設定。そして、鍵となるのは宝生家の執事影山(かげやま)の存在、謎めいたこの執事はたぐいまれなる推理能力を発揮する。それゆえに育ちだけがよくて頭の足りない麗子(れいこ)、風祭(かざまつり)警部の2人が解決できない事件を、話を聞いただけでことごとく解決してしまうのである。読んでて癖になるのはそのお嬢様としてのプライドの高い麗子(れいこ)と、執事のわりにときどき見せる麗子に対する蔑んだ影山(かげやま)の態度。

「どう、影山?なにか思いつくことある?どんな些細なことでもいいのよ」
「では、率直に思うところを述べさせていただきます。失礼ながらお嬢様ーーこの程度の真相がお判りにならないとは、お嬢様はアホでいらっしゃいますか。」
「・・・・・・・・、クビよ、クビ!このあたしが執事に馬鹿にされるなんてあり得ない!」

本書では6つの事件が扱われているが、今回はどんなやりとりになるのか、と楽しみになってしまうだろう。現実感などまったくないが、独特のテンポで楽しく読ませてくれる。
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