「Post Mortem」Patricia Cornwell

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
1991年エドガー処女長編賞受賞作品。バージニア州リッチモンドで発生する女性を狙った連続殺人鬼Stranglerの事件を解決するため検死官であるKay Scarpettaが真実に迫っていく。

すでに発行から30年が経っているので、描かれる捜査環境などは違うのだろうが、物語の面白さはまったく損なわれていない。少しずつ犯人に迫っていく点は予想通りであるが、面白いのはKayとその周囲の人との人間関係だろう。その筆頭は、Kayの家に頻繁に訪れる姪のLucyである。Kayの妹で母であるDrothyが頻繁に家を留守にすることからKayの家をたびたび訪れ親しくなったLucyだが、幼いながらもIQの高い彼女は、やがて事件解決のカギとなる行動をする。また、頼れる刑事だが、どこかぶっきらぼうなMarinoとのやりとりも面白い。そして犬猿のなかだった新聞記者のAbby Turnbullとも、Abbyの妹が殺人鬼の犠牲者となったことにより、すこしずつ近づいていき犯人逮捕のために協力しあうようになる

そんななか印象的だったのは犯人逮捕のために、被害者の共通点を探しすために、黒人の被害者であるCecile Tylerの妹と電話で話すシーンだろう。

「お姉さんもあなたみたいに話すのですか?」
「そうです。それが教育ってもんですよね。私たち黒人だって白人みたいに話しますよ」

白人と黒人で話し方にそれほど違いがあることを意識してこなかったので、話し方でそれを判断するのが普通だということに驚かされた。日本という民族の混ざりの少ない場所で生きている限りわからないことなのだろう。とはいえ繰り返しになるが本書がかかれてもう30年が経っているので、この辺の教育の偏りも解消されてきているのかもしれない。

そんな時代の変化もシリーズを読めばわかるのではないかと思った。続編も引き続き読んでいきたい。

「Still Life」Louise Penny

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2006年アーサー・エリス賞、ジョン・クリーシー・ダガー賞、2007年アンソニー新人賞、バリー新人賞、ディリス賞受賞作品。

先日読んだ、「All the Devils are Here」が実はArmand Gamacheシリーズの第16作品めということで、最初から読もうと、シリーズ最初の作品である本書にたどり着いた。

カナダケベック州のスリーパインズという田舎町で、年配女性Janeが自ら描いた絵画を初めて町の展覧会に出品した数日後弓矢が当たって亡くなった。Janeは周囲の人から好かれていたが、誰もJaneの自宅の二階に入ったことがないという。Janeにはどのような秘密があったのか、またその秘密は事件と関係があるのか、警察官のArmand GamacheとJean-Guy Beauvoirは見習いのNicholとともにThree Pinesで真実の解明に乗り出す。

田舎町ゆえに、そこに住んでいる人の背景も様々である。Gamacheが少しずつ人々から話を聞く中で、殺害されたJaneの背景と、凶器として使用された弓の存在が明らかになる。事件解決と並行して、警察官として未熟で失敗をしがちのNicholにいろんな振る舞いを諭すシーンが興味深い。続くシリーズでもNicholとGamacheとの師弟関係が見れるなら楽しみである。また、カナダというと英語圏のイメージがあるが、ケベック州はフランス語を公用語とする土地で、英語ネイティブに対する差別が存在していることは本書を読んで始めた知った。

やがて、物語は過去の町の人々の過去の行いまで明らかにしていくこととなる。Janeの過去と誰も足を踏み入れたことのない家の二階の様子が明らかになり、真犯人の解明につながっていく。

絵画と弓矢を絡めた物語。シリーズものは第1作品目が良いものであることが多いが、このシリーズもそれがあてはまるようだ。第1作と第16作を読了したという妙な状態になってしまったが、間を埋める残りの作品も少しずつ読み進めたいと思った。

「The Testaments」Margaret Atwood

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2019年ブッカー賞受賞作品。

Gileadという国を題材として、そこに関わる女性3人を主に描いている。Gileadでは女性は子供を産む存在として、一部をのぞいて女性たちは読み書きをす学ぶこともできず、家事に関する教育を受けた後、若くして選ばれだ男性との結婚をして子供を産むこととなる。LydiaはGileadの中の女性でトップに君臨する女性で、Gileadの男性の権力者との間で駆け引きをしながら自らの地位を盤石にしていく。また、AgnesはGileadのなかで育つ少女で自分の出自に疑問を持ちながらも優しい母の元に育つが、母が病死したことから少しずつ周囲の出来事に疑問を持つようになる。DaisyはGileadの外で生きる少女で、Gileadの悪い噂を見聞きしながら成長していくが、やがて両親の死をきっかけに大きく人生が動き出す。

1人の女性と2人の少女を中心に描いており、あまりにもリアルに描いているので、Gileadという街が実際に存在していたのではないかと調べてしまったが架空の国の物語である。

本書単独で読んでも十分に面白いが、実際にはこの作品は著者によって20年前に書かれた「The Handmaid’s Tale」の続編ということだそうで、そちらもぜひ読みたいと思った。順を追って読んだ方がさらにいろいろ見えてくることだろう。

「The Huntress」Kate Quinn

オススメ度 ★★★☆☆ 4/5
第二次世界大戦後、多くのドイツ人将校たちがニュルンベルク裁判で有罪判決を受けたが、小規模な戦争犯罪者たちは名前を変え、国外で普通の暮らしに戻っていた。そんな戦争犯罪者に弟を殺された戦争ジャーナリストのIanと仲間たちは世界中に逃亡した戦争犯罪者たちを正義のもとに引き出そうとしていた。

物語は三つの物語が織り混ざって進む。IanとTonyは戦争犯罪者を追い詰める組織を維持しながら、Ianの弟を殺したLorelei Vogtの足取りを探していく。一方、時代を遡ってソビエト連邦の東の果て、バイカル湖の近くの田舎町で育ったNinaは、やがてパイロットとを目指して西へと向かう。アメリカのボストンに父とクラス女性Jordanは父の再婚相手に不信を感じながらも少しずつ新しい生活に馴染んでいく。

まず何よりも戦争犯罪というと、ナチスのヒトラーや映画にもなったアドルフアイヒマンという大量殺戮に関わった人物しか考えたことがなく、本書で扱っている数人程度を殺害した戦争犯罪者という存在事態を考えたこともなかった。そんな小さな戦争犯罪者たちをIanとTonyは探し出し裁判を受けさせるようと活動しているのである。本書ではやがて、Lorelei Vogtという女性一人に絞って、Ianの妻Ninaと3人でアメリカに渡るのである。

一方で、ソビエト連邦のパイロットのNinaの物語が、この物語だけで一冊できそうなほどの濃密なのも驚きである。Ninaの物語は、バイカル湖周辺という首都モスクワから遠く離れた田舎で始まり、不時着した飛行機のパイロットに遭遇したNinaはパイロットになることを夢にみて西へ西へといくのである。日本から見たらどんな文化があるのかまったく想像できない地の描写も魅力的だが、戦時中のソビエト連邦の女性パイロットの物語としても秀逸である。Kate Quinnにはこの物語に絞ってぜひもう一冊描いて欲しいところである。

最初はなぜIanの書類上の妻でしかないNinaをここまで詳細に描くのかわからなかったが、物語が終盤に進み、Lorelei Vogtを追い詰める中で少しずつNinaの存在感が高まっていく。Kate Quinnの作品を全部読んでみたいと思わせてくれた一冊である。

和訳版はこちら。

「The Day of Jackal」Frederick Forsyth

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
1963年フランス、「アルジェリアは永遠にフランス」をモットーに活動する秘密軍組織OASは大統領シャルル・ド・ゴールの暗殺を企てる。すでに多くの幹部が警察に目をつけられている中、暗殺を実現するための唯一の方法が、外国人の殺し屋を雇うことだった。その殺し屋のコードネームこそジャッカルなのである。

空港の名前にもなっているシャルル・ド・ゴールだが、実際にはその在任中にどのような政策を行ったのかをほとんど知らなかった。また、アルジェリアがもともとはフランス領だったことは漠然とした知識としては持っていながらも、どのように独立したかをこれまで気にかけたこともなかった。

本書は暗殺を依頼されたジャッカルが暗殺のために入念な準備をする様子と、その暗殺を防ぐ任務を課せられたClaude Labelが、わずかな手がかりを元にすこじずつジャッカルを追い詰めていく様子が描かれている。いくつものパスポートを用意し、いくつもの変装を用意して厳重に警戒されているであろうド・ゴールに近づくための準備をするジャッカルも、また、外見的な特徴しかわからないじょうたいで、海外の警察のつながりをもとに暗殺者を絞り込んでいくLabelも、まるで本当に起こった真実を描写しているようで、とても1971年に書かれた小説とは思えない。

概要として語ってしまうと、「暗殺者とそれを捕まえる刑事」となってしまうが、その描写の緻密さは一読の価値ありである。

アルジェリア戦争
1954年から1962年にかけて行われたフランスの支配に対するアルジェリアの独立戦争。(Wikipedia「アルジェリア戦争」

「The Help」Kathryn Stockett

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
1960年代のミシシッピ州。そこでは黒人差別が未だに色濃く残っていた。黒人女性たちが家政婦として白人に仕えるなかで、ジャーナリストになる夢を持つ白人女性Skeeterは、黒人女性たちの声をまとめた本を作ろうと思い立つ。

物語は2人の黒人家政婦の生活から始まる。子供を愛するAibileenと、口は悪いがケーキを作らせたら右に出るもののいないMinnyである。

Aibileenは子供が好きで、仕えた過程の元で世話した子供たちの人数を誇りに思っていて、2人の幼い子供のいる家庭に勤めている。Minnyはとある出来事によってそれまでの雇い主から解雇され、白人のコミュニティのなかで孤立した風変わりな女性Celiaの元で働くことになる。Aibileenとその勤め先の子供達の関係も面白いが、MinnyとCeliaのおかしな関係も心を和ませる。

それほど遠い昔ではない1960年代にまだこれほどの差別が残っていたということに驚かされる。白人と黒人は、食事を同じテーブルですることもなければ、トイレやバスタブまで別のものを使うべきと信じられていたのだ。途中想起したのはルワンダのツチ族とフツ族のこと。彼らの差別は結果として大虐殺という事態に発展してしまったが、1960年代のミシシッピの黒人と白人もきっかけがあれば大きな混乱になっていたであろう。

こう書くと、当時の白人達はみんなが黒人を害虫のように扱っていたように思うかもしれないが、白人のなかにも差別を悪として親身になって黒人の家政婦たちに接していた人がいたということは知っておくべきだ。

さて、若い白人女性Skeeterは何か今までにない読み物を書こうと思い立ち、白人家庭に勤める家政婦達の声を本にすることを思いつき提案するのだが、思うように進まない。なぜなら、白人のSkeeterには簡単な決断に思えるものが、MinnyやAibileenにとっては大きな危険に自分の家族をさらすものなのである。その温度差が物語が進むにつれてひとつの目的の達成へと向かっていくのが面白い

私は周囲を見回した。私達は誰にでも見えるひらけた場所にいる。彼女にはこれがどれだけ危険なことかわからないのか...。公衆の面前でこんなことを話すということが。

本が出版されたら白人女性たちは誰のことが書かれているかわかるだろうか。黒人の家政婦たちを解雇するだろうか。そんな不安を抱えながらもSkeeter、Minny、Aibileenは秘密裏に出版に向けて奔走する。

日本は差別という現実にあまり向き合うことのない平和な国。それゆえに自分の無知さを改めて思い知らされた。物語中で引用されている人物名や組織名にも改めて関心を持ちたい。多くの人に読んで欲しい素敵な物語である。

公民権運動
1950年代から1960年代にかけてアメリカの黒人(アフリカ系アメリカ人)が、公民権の適用と人種差別の解消を求めて行った大衆運動である。(Wikipedia「公民権運動」
モンゴメリー・バス・ボイコット事件
1955年にアメリカ合衆国アラバマ州モンゴメリーで始まった人種差別への抗議運動である。事件の原因は、モンゴメリーの公共交通機関での人種隔離政策にあり、公民権運動のきっかけの一つとなった。(Wikipedia「モンゴメリー・バス・ボイコット事件」