「スカウト・デイズ」本城雅人

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
プロ野球選手からスカウトに転向した久米純哉(くめじゅんや)はスカウトの伝説的な存在である先輩の堂神(どうがみ)とチームとしてスカウトとしての生き方を学んでいく。

先日読んだ同著者の「ミッドナイト・ジャーナル」が報道についてのこれまで知らなかった視点をもたらしてくれたので、著者の他の作品も読んでみたいと思いこちらに辿り着いた。タイトルからスカウトの生き方を扱った作品だとはわかるので、映画にもなった「マネーボール」のような話を想像していたりもしたが、実際にはもっと古く泥臭い人間同士の駆け引きを描いている。

スカウトの目的はドラフトでいい選手を獲得すること、と一般の人は思いがちであるし、実際その通りである。しかし本書を読むと、その先まで考えて自分達のチームが強くなること、少しでも優勝に近づくことを考えて選択をするスカウトがいることがわかる。例えば、選手の実力よりも同じ大学の後輩との人脈を考慮して獲得したり、故障持ちとわかっている選手を情報操作でライバルチームにドラフト一位で獲得させる、などである。

本書はスカウト1年目の久米純哉(くめじゅんや)がスカウトとして成長していく様子を描くと共に、純哉(じゅんや)の上司であり、スカウト界でも有名な堂神(どうがみ)の予想もつかないスカウトの手法を描いていく。

スカウトという普通に生きていると関わることのない世界を、見事に描いた作品。他にも著者の作品を見ると面白そうなタイトルのものが並んでいるのでぜひ引き続き読んでみたいと思った。

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「嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか」鈴木忠平

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2004年から2011年まで中日ドラゴンズの監督を務め4度のリーグ優勝と1度53年ぶりの日本一に導いた落合博満を、当時のスポーツ新聞の担当記者が語る。

全12章のそれぞれの章で、著者である担当記者から見た落合と、落合が監督になったことによって変化を余儀なくされた選手目線で描かれている。

2000年以降プロ野球を見る機会がほとんどなかったため、落合といえば中日の主砲という印象が強い。しかし、本書を読むと非常に観察眼の優れた人間で、その能力によって常識や周囲の意見にブレることなく、その結果打者としても監督としても成功したのだとわかる。

それぞれの章の選手目線の物語はどれも面白い。落合の意見から新たな気づきを得てさらに優れた選手になる者もいれば、生き残りをかけて投げ方や打ち方をを大きく変える者もいる。落合自身は打者なので打者に与える影響が大きいようだ。打者目線から描いた福留孝介、和田一浩の章が面白かった。

この世界に好きとか嫌いを持ち込んだら、損するだけだよ

福留孝介のこの言葉には真のプロフェッショナルを感じる。

それはひとつのスイングを構成する一から十までの手順、すべてを繋げていくような作業だった。落合の言葉を耳にしていると、あの不思議なスイング動作の一つ一つに根拠があることがわかった。

和田一浩の気づきからは、どんな技術も終わりがなく、その道を突き詰めることの面白さを思い出させてくれる。

そんほかにも、日本シリーズでパーフェクト直前でピッチャーを変えたエピソードや、ヤクルトからの移籍後に怪我によって本来の力を発揮できなくなった川崎憲次郎を開幕投手にした際のやりとりなど、スポーツ好きなら間違いなく楽しめるであろう内容が溢れている。

報道が与える印象からは、どちらかというと冷徹な監督という印象があるが、本書を読むと、思っていた以上に感情に左右されて決断してきたことも伝わってくる。そして、改めて、先入観にとらわれず観察することの重要性を再認識させられた。

中日ファンでなくても、野球ファンでなくても、スポーツが好きでなくても、間違いなく気づきを得られるであろう一冊。

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「野球ノートに書いた甲子園」高校野球ドットコム編集部

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
高校野球に打ち込んだ高校生のなかに野球ノートというものがある。単純に自分のことやプレーを綴るだけのものだったり、チームについて綴って監督とコメントを交換するものだったりと様々である。本書はそんな野球ノートを扱っている。
驚いたのは、強豪チームの選手達がつけていた野球ノートの内容である。強いチームの中心選手なのだから、ある程度野球について深く考えているのは当たり前なのかもしれないが、チームへの貢献のための目線や、家族や周囲の人々への感謝の気持ちなど、20歳になる前に彼らがこの精神状態に達していたということに驚かされ、また同時に、この経験は彼らのその後の人生に大きく役立つだろうと思った。

ノートを書く作業とは、目標に向かって正しい努力をするために、正しい考え方を養うためのものです。それは高校生活での野球が終わった後にも役立つことだと思うんです。実際に卒業生たちが就職して、仕事への取り組み方が、高校時代にノートで書いてきたことと全く同じだったと話していました。

書くという行為の意味をもう一度見直したくなる一冊。
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「マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男」マイケル・ルイス

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
オークランド・アスレチックスの総年俸は全チームのなかで下から数えたほうが早い。にもかかわらずレギュラーシーズンの勝利数はトップレベルである。そんなメジャーリーグのなかで「異質な例外」であるアスレチックスの成功を描く。
正直、冒頭から一気に本書に惹き込まれてしまった。打率、勝利数、被安打率、超打率、防御率、出塁率、決定率、打点、得点、セーブ…。数あるスポーツのなかでも圧倒的に数字の評価が多い野球。しかし、本当にそれぞれの数字は、僕らが語るほどに意味のあるものなのか。
きっと誰もがそれに似たような疑問を一度ならずと考えたことがあるに違いない。たとえば僕が昔思ったことがあるのが、「本当にチャンスに強い人を4番打者にすることがもっとも効率がいいのか?」という疑問である。1番から3番までがしっかり出塁すれば確かに塁がもっとも埋まった状態で打席にまわるがそんなことは早々起きるものではない…。などである。本書にその答えは残念ながらないが、世間を惑わしている数字のマジックにしっかりと切り込んでくれる。

足の速さ、守備のうまさ、身体能力の高さは、とかく過大評価されがちだ。しかし、だいじな要素のなかには、注目すべきものとそうでないものがある。ストライクゾーンをコントロールできる能力こそが、じつは、将来成功する可能性ともっともつながりが深い。そして、一番わかりやすい指標が四球の数なのだ。
スリーアウトになるまでは何が起こるかわからない。したがって、アウト数を増やす可能性が高い攻撃はどれも、賢明ではない。逆にその可能性が低い攻撃ほど良い。出塁率とは、簡単にいえば、打者がアウトにならない確率である。出塁率とは、その打者がイニング終了を引き寄せない可能性を表している。

特に気に入ったのは、得点期待値によって、個人の試合への貢献度を数値化する部分だろう。それは、たとえばタイムリーエラーをして敵に点を献上した選手は、ヒットを何本打てばその失敗を取り返せるのか、という問題を数値的に表すのである。
さて、本書はそんなアスレチックスのとっている数値的な解析をベースにした選手選びや戦術などのほか、そんな特異なアスレチックスの選手選別によって発掘された選手たちの生き方にも触れている。
スポーツ好きまたは理系人間には間違いなく楽しめる一冊である。サッカーでも近いことができないものだろうか。ついついそう考えてしまう。

最高の野手と最低の野手の差は、最高の打者と最低の打者の差にくらべ試合結果におよぼす影響がずっと小さいんです。

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「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」岩崎夏海

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
もはや説明もないぐらい今話題の本だが、改めて説明するなら、ドラッカーの「マネジメント」を読んだ弱小高校野球部のマネージャーみなみが、その内容を野球部に少しずつ取り入れていくという内容。
この本がなぜここまで人気があるのかは理解しがたいが、「マネジメント」と聞くと、会社経営に興味がある人向け、と思って敬遠してしまう人が多いであろう内容を、会社以外の身近な組織(ここでは野球部)で説明している点と、そのタイトルとはイメージとしてかけ離れた表紙絵、挿絵などによるところも大きいだろう。
実際僕自身、そのオリジナルのドラッカーの考えなど一切知らないが、抵抗なくその基本的な考えに触れられる。

あらゆる組織において、共通のものの見方、理解、方向づけ、努力を実現するには、「われわれの事業は何か。何であるべきか」を定義することが不可欠である。

こういう説明をするとただのドラッカーの「マネジメント」の初心者版、というような響きをもってしまうだろうが、繰り返しになるが、それを「高校野球」という非営利な組織に適用している点は単に「身近な例」という意味以外においても大きな意味を持つように思う。特に「顧客とは誰か」という問いを高校野球について問う、というのが新鮮で、読む人によっては、人間関係を損得で計ろうという考え方を嫌う人がいるのかもしれないが、僕自身にとっては好意的に捕らえられる。

「顧客は誰か」との問いこそ、個々の企業の使命を定義するうえで、もっとも重要な問いである。

また、そんな「マネジメント」だけでなく、高校野球の物語そのものも結構面白くて、感動的だったりするのはうれしい驚きだった。
さて、結局本作品ではそうやって高校野球を例にとって「マネジメント」の考え方はどんな組織にも応用できる、という内容なのだが、個人的には、組織に関わらず「個人」にも応用できると思った。
たとえば僕自身という「個人」に当てはめて、「われわれの事業は何か」との問いに、「人生を楽しく生きること」と定義するなら、その顧客は、生きるために必要なお金を与えくれる勤務先や、楽しい機会を与えてくれる友人だったりする。多少の悪行では見放さない親や兄弟は、筆頭株主といったところだろうか。
そうなるとマーケティングとはどういうことだろう。顧客が僕自身の商品である、「発言」や「雰囲気」や「外観」に何を求めているのか。個人にあてはめたときマーケティングだけが突然難しくなるのだが、それはきっと、飲み会のような砕けた場所に出向いて意見を聞いたりすることなのだろうか、自分の言動の直後の周囲の人の表情の変化、つまり「空気を読む」というのもマーケティングになるのだろう。
結局「マネジメント」なんて自分には縁のないもの、と切り捨てるのも読者次第。個人的にはただの話題性だけでなく、内容もオススメできる作品だと感じた。

ピーター・ドラッカー
オーストリア・ウィーン生まれのユダヤ系経営学者・社会学者。(Wikipedia「ピーター・ドラッカー」

「1985年の奇跡」五十嵐貴久

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
高校の弱小野球部にすごいピッチャー沢渡(さわたり)がやってきた。勝利の味と悔しさを知った野球ことで部員達とその周囲に少しずつ変化が起こり始める。
舞台となっているのは1985年である。「キャプテン翼」によってサッカーの人気が出てきたあの時代。弱小野球部の野球部員はおニャン子倶楽部に夢中だった。そんな、僕自身よりも10歳ほど上の世代の青春時代を描いた作品。
この時代に対する僕らのイメージは、この時代に世にでていた漫画やドラマのせいだろうか、「根性」とか「青春」とか、なんかどこか敬遠してしまうようなイメージばかり抱いてしまうが、時代は違えど、高校生などどの時代も似たようなものなのだろう。手を抜くことと女の子と仲良くなることばかり考えていたのかもしれない。
本作品で描かれる野球部員達も、そんな種類の人間。「努力」と「根性」はせずに目の前の人生を楽しく生きたいという考え方。それでもそんな彼らが、野球とその仲間を通じて、少しずつ変化していく様子を描いている。

ただ、あいつが見せてくれた夢があまりに美しかったから、それがやっぱり夢だとわかった瞬間、どうしていいのかわからなくなっただけなのだ。

夏休みのこの時期にぴったりな爽快な物語。
【楽天ブックス】「1985年の奇跡」