オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
親戚の家で世話になっていたため肩身の狭い思いをしながら成長し、どこにも居場所を見つけることのできなかった高校生のみすずは、立ち寄った喫茶店で新しい仲間とで会う。そしてそれはやがて「権力への挑戦」として3億円事件へとつながっていく。
宮崎あおい主演の映画になった作品で、映画は観ていないがあまり評判がよくなかったのは覚えている。それでも1960年代と3億円事件を舞台にした独特な雰囲気はその映画のプロモーションCMからも感じることができた。
物語自体はそれほど大きく予想外の展開が起きるわけではない。ジャズ喫茶で仲間と出会うことによって、みすずがやがて3億円事件に関わるまでの過程とその後を描いている。
世間の大きな流れや、年齢とともに衰えていく行動力。みすずを含めた若者達の、大きな流れに飲み込まれていく様子を描いているようにも感じる。恋愛小説と見る向きもあるだろうが、個人的には、一人の思春期の女性が、世の中を理解し、ある程度割り切りながらも受け入れていく・・・、そんな大人になる過程を描いているように思える。
好みが分かれる作品だとは思うが、淡々と進むその物語の合間にただよう独特な空気。思いのほか強く心に残った。
【楽天ブックス】「初恋」
カテゴリー: 和書
「まほろ駅前多田便利軒」三浦しをん
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第135回直木賞受賞作品。
便利屋の多田(ただ)のもとに、高校時代の同級生行天(ぎょうてん)が転がり込んでくる。居候となった行天(ぎょうてん)とともに便利屋を続ける。
仕事を通じて多くの人と接し、出会う人々それぞれにある人間物語を描く、というのはよくある話題の構成だが、本作品がそれらの作品と一線を画すのは、多田(ただ)も行天(ぎょうてん)も、正義など貫く気はまったくないどころか、信念すら持っていないという点だろう。
自分の目の前や自分のせいで誰かが不幸になるのは嫌だが、知らないところで知らない人がどうなろうが知ったこっちゃない。そういう態度ゆえにむしろ抵抗なく彼らの考え方を受け入れられる。
そしてそんな中でも変人の行天(ぎょうてん)の言動はさらに際立つ。変人ゆえに常識にまどわされない真実を語る。
そんな行天(ぎょうてん)と行動を共にするうちに、多田(ただ)も、忘れられない過去と向き合うようになる。軽快なテンポで進みながらも多田(ただ)が過去を語るシーンでは人間の複雑な心を見事に描き出す。読みやすさと内容の深さの両方をバランスよくそなえた作品である。
【楽天ブックス】「まほろ駅前多田便利軒 」
「遠くて浅い海」ヒキタクニオ
オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
第8回大藪春彦賞受賞作品。
人を人知れず殺すことを仕事とする正将司は沖縄で、「天才」と称される一人の男を自殺させる依頼を受ける。
本作品で最初に読者の想像を超えるのは、自殺させる対象である天願(てんがん)に対して、将司(しょうじ)が、自らの素性と、目的を早々に明らかにする点だろう。また、「人を自殺させるためにはその人を誰よりも深く理解しなければならない」という将司(しょうじ)のスタンスゆえに、天才であるが故に孤独な天願(てんがん)の過去も見えてくる。
僕自身はそれほど大きな衝撃を受けたわけではないが、新鮮さを感じさせる場面は多々あった。きっとこういう物語が好きな人もいるのだろう。
【楽天ブックス】「遠くて浅い海」
「アクセス」誉田哲也
オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
親友の死を境に高校生の可南子(かなこ)の元に奇妙な電話がかかってくるようになる。可南子(かなこ)の従姉妹の雪乃(ゆきの)も不思議な出来事に悩んでいた。共通点は2人が契約したプロバイダだった。
最初は、友人と共通して思いを寄せる男子生徒との間に起こるありがちな女子高生の恋愛模様を描く物語のような印象を受けたのだが、中盤から一変。一気にホラーの様相を呈してくる。
冒頭の美男、美女でありながらも何か空虚さを感じている雪乃(ゆきの)と翔矢(しょうや)の描写によって、物語中に彼らの過去やその性格の生成過程が描かれることを期待したのだが、残念ながら深く掘り下げられることはなかった。
全体的に筋や著者の訴えたいテーマというのが感じられない物語ではあったが、あえてそのテーマを見出そうとするなら、匿名性の守られたネットの世界に吐き出される人々の悪意や残虐性と、現実との間のギャップを表現しているようにも感じられる。
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「ジウI 警視庁特殊犯捜査係」誉田哲也
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
警視庁特殊犯捜査係、通称SITに所属する二人の女性警察官、門倉美咲(かどくらみさき)と伊崎基子尾(いさきもとこ)。二人は都内で起きた人質篭城事件を期に、別々の道を歩むこととなる。
物語は2人の女性警察官の視点を交互に行き来する。2人は対象的な性格で、門倉(かどくら)は感受性豊かで犯人の気持ちにさえ共感できる優しい女性。そして、伊崎(いさき)は男顔負けの格闘センスで凶悪犯を何度も取り押さえてきたものの複雑な過去を抱える。
多くの読者はきっと、どこにでもいそうな優しい女性である門倉(かどくら)よりも、自分を追い込むように、闘いの場を求める伊崎(いさき)と、その性格の育まれた原因に興味を抱くのではないだろうか。
物語が進むにしたがって、未解決な誘拐事件の首謀者として、「ジウ」と呼ばれた国籍のない男の存在が浮かび上がる。共犯者がそのジウの不気味さを刑事に語って聴かせ場面がなんとも印象的である。
お金を払って物を買うという常識すら持たない人間が、お金を奪って一体何に使うのだろう。そう、法律を犯してお金を奪う強盗だって、「何かを手に入れるためにはそれ相応のお金を払う必要がある」という常識が根底にあるからこそお金を奪おうとするのだ。世の中のルールを犯す犯罪が人間らしさの表れであるという不思議な矛盾に気付かされた。
そして、「ジウ」にはその人間らしさがない・・・。語は本作品では完結せず次回作へと続く。お互い意識し合う門倉(かどくら)と伊崎(いさき)、そして「ジウ」。今後の展開を期待せずにはいられない。「ジウII」の文庫化が待ち遠しい。
【楽天ブックス】「ジウI 警視庁特殊犯捜査係」
「北緯四十三度の神話」浅倉卓弥
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大学で研究を続ける姉の菜穂子(なおこ)とラジオのパーソナリティを勤める妹の和貴子(わきこ)。2人は中学生のときに両親を交通事故で失い、妹の和貴子(わきこ)は2年前に恋人を失った。そんな2人の姉妹愛を描く。
回想シーンを交えながら姉の菜穂子(なおこ)目線で物語は進む。和貴子(わきこ)の亡くなった恋人が、菜穂子(なおこ)の元クラスメイトであったことが、二人の間の溝を広げていく。
それぞれ、自分の嫉妬や怒りの原因を探し、時には相手が悪くはないとわかっていてもお互いに怒りをぶつけずにはいられない…。1まわり大きな「大人」になるための大事な葛藤や衝突を本作品は描いている。
印象的なのは、自分の本当にやりたいことを見つけるために、自分の名前の書いたおもちゃ箱の中からいらないものを一つずつ捨てていって最後に何が残るか考える、という行動だろう。僕の場合、一体何が残るだろうか…。
人に嫉妬したことのない人などいない、人に八つ当たりしたことの人などいない。嫌な感情で、出来ればしたくない振る舞いだけど、きっとそういう行動をして、そんな行動を後悔して受け入れて、他人のそんな行動を許せる、優しく諭せる大人になるのだろう。
【楽天ブックス】「北緯四十三度の神話」
「水の時計」初野晴
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
暴走族の幹部だった高村昴(たかむらすばる)は、暴行事件の罪を逃れる代わりに脳死状態の少女の臓器を、それを必要としている人に運ぶ役目を受ける。
物語は6章で構成されている。章ごとに視点が異なり、最初と最後はそれぞれ昴(すばる)視点で展開する。昴(すばる)視点に立った展開では、彼の言動からは、世の中に絶望して周囲に当り散らす、礼儀も知らない若者にしか感じられなかったが、章を追って、視点がその周囲の人間に移るにつれて、昴(すばる)の悲しい過去や、辛く強い生き方が見えてくる。
物語は一章で、昴(すばる)が脳死状態の少女と対面することで大きく動き出す。脳死判定、臓器移植法、未だ日本の中では結論を見ない問題に本作品も踏み込んでいく。
そして第二章から視点は臓器を必要としている人、不公平な病気に苦しんでいる人に移る。不明熱、白血病、すい臓がん、そして、そんな不公平な不幸から逃れたいという思いにつけこむ悪意ある人間達。人の気持ちや葛藤、社会問題をバランスよく織り込みながら物語は展開していく。
物語が進むにつれ、昴(すばる)の過去が見えてくる。自分ではどうしようもできない社会の偏見という壁に未来を阻まれ、それでも自分には誠実に生きようとする姿。強くなりたくて強くなったのではなく、彼が生きるためには強くならなければならなかったのだ。
そしてそんなテーマをさらに掘り下げるのが、脳死状態の少女、葉月(はづき)の存在である。
昴(すばる)の絶望的で悲しい世間に対する視線。こんな人間の気持ちさえも理解できる人間になりたいものだ。社会問題や死生観について改めて考えさせられただけでなく、人々の織り成すドラマにもたっぷり涙させてもらった。
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「オーデュポンの祈り」伊坂幸太郎
オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
コンビニ強盗を試みて逃亡の身となった伊藤(いとう)は小さな島に辿り着いた。そこは少し変わった人々と言葉を喋るカカシがいた。帰ろうとしても逃亡生活が待っている伊藤(いとう)はしばらくこの島で生活することにした。
序盤から伊坂ワールド全快である。どこかで伊坂幸太郎を小説界のシュールレアリストと称していたがまさにその言葉のとおり現実感の薄い物語。前々から伊坂幸太郎の紡ぐ物語と僕の読書に対して求めているものとのギャップは感じていたのだが、先日たまたま手に取った「魔王」が思いのほか良く、再び彼の作品を読んでみようとおもっての本作品だったのだが、ページをめくる手は遅くなるばかり。
物語はその見知らぬ不思議な島で展開していく。1人(?)のカカシの言葉を信じて島から出ようとしない人々の言葉は、時に人々が忘れかけている幸せの形や、しばしばフィルターを通してみている真実を、端的にあらわしている。
個人的に印象的だったのは、生まれながらに足の不自由な人間を見ながら、島のペンキ塗りが言う言葉。
伊藤(いとう)が島に着てから少しずつ起こる変化。そして島に伝わる言い伝え。
多くのものが足りないように感じられるにもかかわらず、あえて一つ挙げようとするとその答えがわからない。その答えを島の人々は、島の外から来た伊藤(いとう)に期待する。
印象的な言葉をいくつか得ることができたものの、全体として評価すれば、この長い布石が最終的な結末に対して必要だったのか疑問を感じてしまう。このあたりが感覚の違いなのだろう。また機会があったら別の作品も手にとってみたい。
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「白夜街道」今野敏
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
警視庁公安部の倉島(くらしま)警部補は、元KGB所属のロシア人ヴィクトルが日本に入国したという情報を得る。
物語は「曙光の街」の5年後という設定である。「曙光の街」のエピソードの中で、ヴィクトルの強さを肌で感じ、平和に見える日本の中でも、裏では命をかけたやりとりがあり、だからこそ公安という仕事の必要性を肌で感じた倉島(くらしま)が、5年を経て成長した姿を本作品で見ることができる。
本作品でも物語の視点は主に、ヴィクトルと倉島(くらしま)で展開していく。前作では、日本を舞台にした闘いや本当の強さにあこがれる男達の人間物語であったが、本作品の半分近くがロシアでの物語りとなっていて、僕ら日本人にはあまりなじみのないロシアの文化や、その周辺国の歴史を中心に進められているため、ロシア、中央アジアの歴史、文化などに興味をかきたてられる作品に仕上がっている。
ヴィクトルと倉島(くらしま)、お互い多くの人間と同じように、自分の良心に背かないように生きていこうとしながらも、その生まれ育った国や文化が異なるために異なる考え方をするその人生の差と、その2人が合間見えて何かを感じ合う展開がこのシリーズの魅力なのだろう。
そしてロシアと日本を比較することで、日本にある安全がかならずしも永遠に続くものではない、言い換えるならいつ終わってもおかしくない貴重なものであることを訴えてくる。
ただ、前作を読んでない読者にはやや理解しにくいのかもしれない。
【楽天ブックス】「白夜街道」
「TENGU」柴田哲孝
オススメ度 ★★★★★ 5/5
第9回大藪春彦賞受賞作品。
死を目前にした元警察職員の依頼によって、ジャーナリストの道平(みちひら)は、26年前に群馬県沼田市の村で起きた連続殺人事件に再び向き合うこととなる。天狗の仕業とされたその事件の真犯人は誰だったのか、そして、何かを知っていたはずの目の見えない美しい女性はどこへいったのか。
舞台となる沼田市は、天狗の伝説が伝わる村。だからこそ常に天狗の影が背後にちらつく。
本作品中では26年の時を隔てた物語が交互に展開していく。事件当時、まだ新聞記者の駆け出しだった道平(みちひら)が取材の中で遭遇した出来事の回想シーンと、現代の再び事件の真相を突き止めようとするシーンである。回想シーンでは、現場に残された凄惨な死体と大きな手形。人間がたどり着くことのできない場所に放置された死体によって、何か未知の生物の存在を感じさせると共に、ベトナム戦争末期という時代背景も手伝って、大きな陰謀の気配さえも漂う。ゴリラやオランウータンのような獣の仕業なのか、アメリカがベトナム戦争のために遺伝子操作で作り出した兵器なのか。枯葉剤によって生まれた奇形児なのか。それとも本当にそれは天狗の仕業なのか…。
現代の真実に少しずつ近づいていく様子ももちろん面白いが、回想シーンの中の展開についても先が気になって仕方がない。そして、そんな凄惨な物語に彩りを添えているのは、その村に住んでいた目の見えない美しい女性、彩恵子(さえこ)の存在である。
マタギなどの日本の伝統的な習慣から、ベトナム戦争、遺伝子操作やDNAなどの最先端の生物学から人類学まで、物語の及ぶ範囲は実に広く、それでいてじれったさを感じさせない。そして極めつけのラストでは多くのものを改めて考えさせてくれる。人間の尊厳とは何なのか、社会の倫理とは、人権とは…。
そして僕らに問いかける。僕ら人間は世の中のすべてを知っているのか、多くの研究者達が説明した真実が、本当の真実なのか…。
年末迫るこの時期。もう今年は鳥肌が立つような本には出会えないと思っていたが、このタイミングでいい読書をさせてもらった。
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「シャイロックの子供たち」池井戸潤
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
都内の銀行の支店で起こるできごとを描いた物語。
他の池井戸潤の作品と同様に本作品も銀行を舞台としている。本作品は短編集の形を取っているが、各章でそれぞれ別の行員の視点から眺めているだけで、全体として物語はつながっている。支店長になるために部下に檄を飛ばす副支店長、良心に従うために上司に反抗する若手行員。支店の稼ぎ頭など、銀行という閉鎖的な世界で生きる人々を描く。
10章で構成されているため10人の銀行員の視点で描かれる。それぞれが銀行というシステムの中、それぞれの価値観で生きている。他人から見ればそれは、「悪」だったり「見栄」だったり、「嘘」だったりしても、本人にはそこにしがみつかなければいけない理由があるのだ。それぞれの生き方について「こんな生き方、考え方もあるのか・・・」とその存在を肯定的に受け入れることができれば本作品を読む意味は大きいだろう。
本作品と同様に「銀行を中心とした、多くの人間物語が作品を通じて感じられたらいい」そう思っていて、それ以上の期待をしていたわけではないのだが、本作品は少し予想を裏切ってくれた。物語を読み進めるうちに全体を包みこんでい不穏な空気に、次第に飲み込まれていってしまった。
【楽天ブックス】「シャイロックの子供たち 」
「クーデター」楡周平
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
日本海の北朝鮮領海付近でロシア船が爆発炎上したのとときを同じくして、正体不明の武装集団が能登で警察車両を銃撃した。戦場カメラマンの雅彦(まさひこ)とその恋人でジャーナリストの由紀は、真実を知るため、そしてそれを伝えるために現場へ急行する。
まず最初に思ったのは、これは過去読んだ楡周平作品とはやや異なるということである。たとえば「フェイク」「再生巨流」などは、会話が多く、とにかく読みやすく、それによって物語の中に一気に引き込まれる作品であったのだが、本作品の序盤には、ややじれったささえ感じるほどに、兵器などの緻密な描写が続き、さらに視点も多くの登場人物の間で移り変わっていた。しかし、逆にそれが、全体的にこれから何かが起こるという不穏な空気を感じさせていったのだと思う。(もちろんそれは「クーデター」ということはタイトルからも想像がつくのだが。)。
序盤は潜水艦が登場することもあって、そのめまぐるしく変わる視点や自らの死を察する瞬間の兵士たちの描写は福井晴敏の「終戦のローレライ」を思い起こさせる。そしてテーマに関しても平和な国で生きているがゆえに、自分の身を守ることに危機管理能力のない人々として日本人は描かれていて、これまた福井晴敏の「亡国のイージス」を連想してしまった。
また、メディアが人々に与える影響の大きさや、伝えるべきことと、視聴者が求めるもののギャップ。メディアも視聴率あってのものだけに、抱く現場の人間達の葛藤。このあたりは真山仁の「虚像の砦」や、野沢尚の「破線のマリス」「砦なき者」などと通じるものがある。
そして楡周平は、クーデターを物語の中とはいえ起こすことで、現在の自衛隊の無能さ、そして自衛隊を役に立たないものとした、政治家達の無能さを真実味を帯びた形で読者に見せてくれる。
多くの要素や矛盾、葛藤など、僕が好むあらゆるものが取り入れられている気がするが、残念なのは、最後の結末への流れだろうか。ここまで盛り上げたのだから最後はそれ相応の結末を用意して欲しかったというのが正直な感想である。
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「凍りのくじら」辻村深月
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
高校生の理帆子(りほこ)は、失踪した父を持ち、病気で入院している母の見舞いに病院へ通い続ける。そしてある日、図書館で一人の青年と出会う。
幼い頃から読書が好きだった理帆子(りほこ)は、周囲と自分との温度差を感じながら生きている。そして、そう意識するからこそさらに周囲に溶け込めない自分を感じる。それでも周囲の雰囲気を乱すようなことはせずに、自分の求められる役割を演じることに努める。
そして、心の奥では場を楽しめない自分を感じながらも、自分なりの退屈しのぎに周囲の人間を観察してはSFの言葉を当てはめている。友人は「少し不安」「少し憤慨」、母親は「少し不幸」、そして理帆子(りほこ)自身は「少し不在」。
そうやって自分の居場所のないことを認識しながら、自分を含めて客観的に世の中を見つめるからこそ、その人間関係は次第に手遅れなほどいびつになっていく。そんんな、理帆子(りほこ)の招いた不幸によって、徐々に周囲にあるもの、あったものの大切さに気付いていく。
本作品で特徴的なのは、国民的なアニメであるドラえもんの道具やエピソードを物語に取り入れている点だろう。「先取り約束機」、「悪魔のパスポート」、「かわいそメダル」…、たびたび引用されるドラえもんの道具の数々、思わず「そんな道具もあったな」と懐かしさにまたドラえもんを読み直したくなってしまうだろう。
今まで読んだ二作品「冷たい校舎の時は止まる」「子どもたちは夜と遊ぶ」とはやや趣の違ったややゆっくりした展開。スリルやスピード感より、りほこのまわりを流れる「今」、今はいない父との思い出、という静かに存在する何かに重きを置いているように感じた。
主人公である理帆子(りほこ)から、視点を最後まで別の人間に移さない点も、他の辻村作品とは異なる点だろう。個人的には、この著者の、怖いほどにリアルに描き出してしまう心情描写が好きなだけに、もっと多くの登場人物へ目線を移して、各々にの気持ちやその結果として起こす行動までの過程を仔細に描いてほしかったと感じた。(本作品は設定上無理だったのかもしれないが)。
辻村作品らしく、終盤には心地の良い衝撃が待っていたが、それでも期待値が高いだけに、物足りなさを感じてしまった。
そういえば我が家のドラえもんのコミックはどこにいったのだろう。
【楽天ブックス】「凍りのくじら」
「ホームタウン」小路幸也
オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
親が殺人者という過去を背負って生きている行島柾人(ゆきしままさと)は、札幌の百貨店の特別室に勤務していた。そこへ、結婚をひかえた妹の木実(きみ)が失踪したという知らせを受ける。
失踪した木実(きみ)を、その特異な人間関係を活かして探そうとする様子は多少の個性は感じられるとはいえ、辛い過去を背負って生きているがゆえの展開や心情描写などはほとんど見られず、謎解きの物語として終始してしまう。
本人ではなく、肉親に殺人者がいるがゆえに、本人ではどうしようもない理不尽な社会の目や罪悪感に悩まされるという本作品の状況は、殺人事件の被害者の娘と加害者の娘が知り合うという設定の野沢尚の「深紅」を思い出させてくれたが、本作品の物語展開からは、主人公たちが背負ったそのような不幸な過去など必要ないのではないかと思えるほど、物語展開と過去の関連の薄さを感じてしまった。
それでもそんな中印象に残った言葉もある。
【楽天ブックス】「ホームタウン 」
「脳内出血」霧村悠康
オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
東京近郊のホテルで女性の変死体が発見される。同じころ有名科学誌に掲載された若手の研究者の論文に捏造疑惑が持ち上がっていた。
物語の多くは、論文の捏造疑惑を巡って、医師や教授たちのやりとりを中心とした部分と、身元不明の変死体の謎を追う刑事達を中心とした部分で構成されている。
刑事達が真相に迫っていく展開は、よくある刑事物語と比較して特に新しいなにかがあるわけではないが、その一方で、論文をめぐる展開の部分では、このまま生きていれば決して知ることのないはずの、科学の矛盾や、研究者達の葛藤などが新鮮である。
しかし、物語の結論は満足のいくものだったかというと残念ながらそうでもない。むしろ、事件の解決は、研究室内部の様子のおまけのような印象を受けるぐらい安っぽさと物足りなさを感じてしまった。
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「ファイナルシーカー レスキューウィングス」小川一水
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
レスキューの最高峰、航空自衛隊の救難飛行隊に所属する高巣英治(たかすえいじ)を描く。
本作品が一般的な人間物語と異なる点はやはり、英治(えいじ)の小学生時代に肩にとり憑いた少女の幽霊である。英治(えいじ)はその幽霊の力があるからこそ、救難飛行隊で遭難者の発見に誰よりも貢献できるが、それゆえに、他の隊員たちのように命を懸けていないという罪悪感や、自分の実力で今の地位を手にしたわけではないという満たされない達成感に悩むのである。
そんな英治(えいじ)と仲間達が悪戦苦闘する姿を描いた展開自体はもちろん魅力的だが、物語中で言及される自衛隊員としての自覚とその矛盾に対する葛藤が面白い。
また、遭難者と隊員を比較したときに明らかに隊員のほうが世の中のためになる存在だと誰もが認識しながも、自分勝手な行動から遭難した人々のために命をかけなければならないという葛藤も面白い。
いくらでも続編が作れそうだし、それを期待してしまうような作品であった。また、近いうちに「空へ 〜救いの翼」として映画化されるということだが、きっといい作品になるだろう。
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「魔王」伊坂幸太郎
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
安藤(あんどう)はあるとき、自分が念じれば他人を自分の思ったとおりの台詞を喋らせることができることに気付く。そして、同じころ一人の政治家が世の中を騒がしていた。
物語は二部で構成されている。前半は安藤(あんどう)目線に立った展開で、後半はその5年後、安藤(あんどう)の弟の恋人である詩織(しおり)目線で描かれている。
今まで、「重力ピエロ」「グラスホッパー」という2作品に触れて、正直、この著者、伊坂幸太郎の作品は自分とは合わないのだと思っていた。「良い」とか「悪い」ではなく、多くの鍵穴にしっかり合致するマスターキーが自分の心の鍵穴にだけは合わないような、そんな感覚であった。しかし、今回は届いてきた。なんかじわじわ伝わってきた。
他の作品同様、本作品も、物語の本筋と関係あるんだかないんだかいまいちはっきりしないエピソードや台詞で構成されいている。憲法第九条や自衛隊など、少しだけ現実の社会問題を含んでいるように感じられるそれらのエピソードを読みすすめるうちに、なんかいろいろ考えてしまうだろう。
だからつい僕もいろいろ考えてしまった。
人間が争うのはなんでだろう。
人間が物事を深く考えるからだろうか。
それとも、人間が物事を深く考えないからだろうか。
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「ロンリー・ハート」久間十義
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
松島早紀(まつしまさき)巡査部長とその上司の永倉(ながくら)警部補の所属する所轄警察署は、拉致事件と中国人によるキャバクラ強盗事件を扱っていたる。その一方で、落ちこぼれの高校生3人組みは日々の鬱憤をナンパなどで晴らしていた。
高校生三人組の生活と、警察の捜査を交互に見せることで、いつかこの2つの物語が重なっていくのだろうという期待を持たせる。そして、高校生三人組の目線でも、他の二人の行き過ぎた悪さに戸惑う博史(ひろし)、自分を他の二人のおろかな行為の尻拭いをしなければならない被害者としか思わない、亮(あきら)など常に目線は移り変わり、一見自分勝手にしか見えない人間にもそれぞれポリシーがあり言い分があるのだということを認識させられる。
そして、捜査の忙しさによって家庭のケアに時間を割けない永倉(ながくら)とその高校生の娘、絢子(あやこ)のやりとりも重要な要素となっていく。そして、キャバクラ強盗事件から、中国人組織と、日本国内における、中国人、日本の暴力団、警察組織の駆け引きにも触れられている。
そんな捜査の過程で刑事達は嘆く…
終盤の、目の前で起こる出来事に戸惑い暴走する少年と、恐怖によって判断力を失った少女の行動を共にするシーンは個人的にはもっとも印象に残っている部分である。前半の展開の遅さにはややストレスを感じたが、後半は十分によみごたえがあった。
ただ、個人的には、松島(まつしま)巡査部長の女性被害者を守る立場と、犯人を逮捕したいという気持ちや、女性蔑視がはびこる警察組織内ゆえの葛藤をもっと表現して欲しかったと感じる。
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「私という運命について」白石一文
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
以前から名作とは聞いていたが、そのタイトルから「人生を考えさせよう」という意図が見えるような説教臭い物語をイメージを抱いていたことも確かだ。しかし、実際読み始めてみると、描かれているのは、やや勝気ではありながらも一生懸命生きている自分と同年代の女性、亜紀(あき)の生活である。
亜紀(あき)は仕事や恋に悩み、理想と現実との間のギャップに違和感を覚えながら生きている。20代後半という年齢ゆえに、周囲は結婚という道を選び、そして自分の目の前にもそういう運命の選択が訪れるにもかかわらず、違う何かを求めて踏み出せない。女性だけでなく、将来を悩むすべての人に共感できるのではないだろうか。
そして人生には多くの喜びや悲しみがある。亜紀(あき)の人生も例外ではない。親しい友人の恋愛や、弟の結婚、そして身近な人の死、時に、空気の読み方すら知らない不条理な運命が襲いかかってくる。そしてあまりに不条理だからこそ、「運命」と思わずにはいられない。「何か意味があるのではないか」と願わずにはいられない。
そして亜紀(あき)の周囲で起こる小さな偶然。それは30年、40年と生きていれば誰でも数回は目にするような偶然ではあるが、運命を信じる者にはその偶然は運命として受け止められる。
死んだらどうなるんだろう?
運命って信じる?
誰でも一度は考えたことがある問いかけに対して、本作品もいくつか答えを提供している。
恋人を失ったがゆえの答え。
死を常に意識して生きてきたがゆえの答え。
その考え方はみんな少しずつ異なるけれど、それでもみんな見えない何かの力を信じている。
一体、何度この作品の中に「運命」という言葉が出てきただろう。読む前に心配したような説教臭さは微塵もなく、読んでいるうちにいろんな考え方が僕の中に優しくしみこんでくる。読む人によっては人生のバイブルにさえなりかねない作品である。
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「サスツルギの亡霊」神山裕右
オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
カメラマンの矢島拓海(やじまたくみ)は一枚の絵葉書を受け取った。その差出人は2年前南極で死亡したはずの義理の兄だった。期を同じくして拓海は南極越冬隊への仕事の依頼を受ける。
この作品の魅力は、その舞台を南極という地に設定している点だろう。その土地自体がすでに僕らにとっては未知の土地であるし、常に雪に覆われている点や、時に太陽さえも昇らないその場所はそれだけで十分に魅力的な素材となっている。しかし、本作品の仔細な描写と通じて、その生活の様子を知ることによって、南極という地に対して、僕ら一般の人間がどれほど偏見と幻想を抱いているか知るだろう。
物語は、南極へ向かう航路から不可解な事件が起こり始め、次第に2年前の義理の兄の死亡の裏に隠された真実に迫っていく、という流れであるが、個人的にはミステリーや謎解きの色合いよりも、南極という地特有の厳しさや不思議。そして、少人数社会ゆえに起こる諍いや各人が感じる存在意義などに焦点を当てているように感じた。
とはいえ、物語展開としての面白さが欠けているというわけでもなく、特に、鍵となる登場人物の背景がしっかり描かれていることに好感が持てる。そして、もちろん南極で過ごし、少しずつ義理の兄の生きてきた足跡に触れることによって変化する拓海(たくみ)の心情も描いている。
南極という地特有の出来事を要所要所に小道具として盛り込んでいるため、ややイメージしにくい部分もあるが、本作品を通じて得られる知識や、歓喜された好奇心という点では十分に満足のいく作品である。
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