「RYU」柴田哲孝

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
沖縄の川で無人のボートが発見された。そのボートに残されていたカメラには不思議な生物が写っていた。沖縄の伝説のクチフラチャは実在するのか、ルポライターの有賀雄二郎が動き出す。
「TENGU」「KAPPA」に続く、柴田哲孝の未確認生物シリーズの第3段である。さすがに3作目となると、その生物が醸し出す不穏な空気などで、マンネリな感を出してしまうかと思いきやそんなこともなくしっかり楽しませてもらった。
沖縄の文化やその土地の人柄、アメリカの支配下におかれた沖縄の歴史的背景にまで触れながら構成されるストーリー。科学と迷信や伝統を組み合わせるそのバランスの良さは本作品でも健在である。
ただ、今回は最終的にその生き物と地元の人間との戦いになることから、そのシーンには人間のエゴのようなものを感じてしまった。

【楽天ブックス】「Ryu」

「ぼくのメジャースプーン」辻村深月

オススメ度 ★★★☆☆
人を操る不思議な力をもつ「ぼく」は、学校で起きた事件のために言葉を失った幼馴染み「ふみちゃん」のために、その犯人と会うことなった。不思議な力を使って犯人に罰を与えるために。
基本的に物語は、不思議な力を持ちながらその力の使い方を知らない小学四年生の「ぼく」と、同じ力を持って過去に何度かその力をつかったことがある大学教授の秋(あき)先生との間の会話が軸となって進む。
学校のウサギを殺した犯人と一週間後に面会する約束をとりつけ、2人は犯人にどんな罰がふさわしいかを話し合う。
物語は大人である秋(あき)先生が、小学生の「ぼく」の気持ちに対して、いくつかの疑問をなげかけ、時にはいろんなたとえ話や経験談を交えながら進むのが、それが「ぼく」と20歳以上も歳の離れた僕の心にもここまで響くのは、その問題が決して答えの出ない問題だからだろう。物語の中でもその場にいないほかの人物の意見としていくつかの考えが紹介されている。

復讐しても、元通りにはならない。すごく悔しいし、悲しいけど、その感情に縛られてしまうこと自体が、犯人に対して負けてしまうことなんだ。
犯人を、うさぎと同じ目に遇わせる。自分のために犯人がひどい暴力を受けることは、その子だって望まないかもしれない。だけど、自分のために狂って、誰かが大声を上げて泣いてくれる。必死になって間違ったことをしてくれる誰かがいることを知って欲しい。

生きているうちに知らぬ間に組み立てられていた自分の心の中の常識、生命の価値だったり、正義の形だったり、強さの形だったり、人を想う坑道だったり、そういった、今までとりたてて疑問に想ってこなかったものに対して、「もう一度考え直してみよう…本当にこれでいいのか、本当にこれは正しいのか…」。そう思わせてくれる作品である。
【楽天ブックス】「ぼくのメジャースプーン」

「疾風ガール」誉田哲也

オススメ度 ★★★☆☆
タレント事務所で働く祐二(ゆうじ)はあるとき、バンドでギターを弾いている夏美(なつみ)というとびっきりの才能と出会う。事務所の方針とは相反するものの彼女を売り出すことを決意する。
一見軽率なイメージを与えがちな、タレント事務所であるが、本作品では最初から、そこで働く祐二(ゆうじ)の、優しいがゆえに、苦しむ様子が描かれている。

お前が食い潰したんだよ。彼女の2年をな。二度とは戻らない。十代の最後を、二年間もな。

普段接することのな世界で生きる人々のその一生懸命な姿、そこで生きるがゆえに感じる多くの矛盾や葛藤が描きながら進む夏美と雄二の夢物語を期待し、期待感は膨らんだのだのだが、夏美(なつみ)の所属するバンドのボーカル、薫(かおる)の自殺をきっかけに話は一気に動き出す。
どうして薫は自殺したのか…。
しんみりとしがちなテーマではあるが、自分の才能を知らずに思ったまま行動をする夏美(なつみ)の姿はとそれに振り回される祐二(ゆうじ)のやりとりはなんとも微笑ましくタイトルの「疾風ガール」を裏切らない。

一人でも輝けるあんたには、周りの人間が自分と同じぐらい輝いて見えちゃうのかもね。でも、それはあんたが照らしてるからであって、その人の背中は、実は真っ暗になってるってこと、あるんだよ。

幼い頃は「がんばればなんでもできる」なんて言われて育ったけど、20代も過ぎれば「才能」というものが世の中には存在することは誰もが理解している。生きる道によってはその「才能」の違いは努力で補えたりもするが、「才能」がなければいきていけない道もある。
そういう道で生きている人たちがどんなことを感じ、その道でそんな嫉妬や葛藤、そして絶望が生じるのか、ほんのすこし理解できたような気がした。
【楽天ブックス】「疾風ガール」

「Cの福音」楡周平

オススメ度 ★★★☆☆
ニューヨークで身元不明の東洋人の死体があがった。コカインの常習者だけが明らかとなったがそのまま身元不明として処理された…。
朝倉恭介(あさくらきょうすけ)は、頭脳明晰で格闘技にも長けでいながら、両親を事故で失った過去によるせいか、自分の心を満たす生き方を模索する。その結果の一つとして日本におけるコカインのネットワークシステムを確立した。
すでに何冊か発汗されている朝倉恭介(あさくらきょうすけ)のシリーズの第一作にあたる。本屋の楡周平の作品の売り場を見れば「朝倉恭介」とそのまま本のタイトルにこの登場人物の名前をすえたものも見かけた。登場人物の名前を本のタイトルにするような例はそれほど多くはない、思い浮かぶのでも、御手洗潔(島田荘司)、金田一耕助(横溝正史)、岬美由紀(松岡圭祐)、浅見光彦(内田康夫)ぐらいだろうか。
本シリーズの朝倉恭介(あさくらきょうすけ)が他の登場人物の違うのは、コカインネットワークを築くことからもわかるように、誰にも受け入れられるような「正義」ではないということだ。だからこそその社会のルールに反した生き方の信念がどうやって読者の心を惹きつけていくのかに興味がわく。なんにしても今後に期待である。
本作品は、どちらかというと物語自体よりも、その考え出されたコカインの密輸のシステムを読者に知らし目対のではないかと思えるような内容である。


ショーロ
ブラジルのポピュラー音楽のスタイル(ジャンル)の一つである。19世紀にリオ・デ・ジャネイロで成立した。ショーロという名前は、chorar(ポルトガル語、「泣く」という意味)からついたと言われている。(Wikipedia「ショーロ」
保税地域
外国から輸入された貨物を、税関の輸入許可がまだの状態で関税を留保したまま置いておける場所のことを指す。(Wikipedia「保税地域」

【楽天ブックス】「Cの福音」

「ゆりかごで眠れ」垣根涼介

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
日系二世としてコロンビアで生まれ育ちマフィアのボスとなったリキ・コバヤシは、日本の警察に捕らわれた仲間を助け出すために、ひとりの少女とともに日本にやってきた…。
久しぶりの垣根涼助作品の文庫化だが、もはや垣根作品には欠かせない題材である南米の文化が当然のように取り入れられている。
リキの部下であり警察に拘束された男を取り調べる警察の動向と、またその部下を救おうとするリキたち組織の人間の動きが本作品のメインではあるが、そんな中で随所に、その主要人物の回想シーンが挟み込まれている。
日本人の血をひくがゆえに生まれ持った知性によって、「豊か過ぎる国」、コロンビアだからこそ起きる混乱によって多くの親しい人を失いながらもマフィアのボスという地位を築いたリキ、そしてリキだけは自分を助けてくれると信じて疑わないその部下たち。
そんな暴力の支配する血なまぐさい世界を描いただけの作品になりそうだが、リキのそばを離れようとしない少女カーサの存在が彩(いろどり
を添えている。リキとカーサとの出会いのくだりは平和な日本という国しか知らない僕には興味深く、特に、絵を描くときに人の首まで描くことに込められた意味が語られる場面は非常に印象的であった。

世界は、人生は、決して辛く悲惨なものではなく、明るく喜びに満ちていることを、あなたが体感させてあげるのです。

一方で、物語は日本の警察官にもしばしば視点が移る。拘束された男の取調べを受け持つ武田(たけだ)と、その元恋人であった若槻妙子(わかつきたえこ)である。
裕福な家庭に生まれながらも自分と周りとの空気の違いに孤独感をぬぐえずに生きている妙子(たえこ)、正義を貫きたいがゆえに警察に入りながらもやがて麻薬に溺れていく武田(たけだ)、本作品を読み終わってこう振り返ってみると、人格をつくるのはその生まれ育った環境ばかりでなく、生れる前から心の中に巣食ったなにかなのかもしれない、そういう考えをもたらしてくれた。

あんたは、相変わらず泣かない子だね。
どんなに悲しくても、昔からそうだった。

【楽天ブックス】「ゆりかごで眠れ(上)」「ゆりかごで眠れ(下)」

「月光」誉田哲也

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
クラスメートの運転するバイクに撥ねられて死んだ姉、野々村涼子(ののむらりょうこ)の死の真相を知るために、妹の結花は、姉と同じ高校への入学を決め、姉と同じ写真部へ入部することを決める。
すでに死んでしまった姉、野々村涼子(ののむらりょうこ)の人物像が、物語を進めるうちに明らかになっていく。その過程ももちろん興味深いが、むしろ涼子(りょうこ)をバイクで撥ねてしまったクラスメイトの菅井清彦(すがいきよひこ)の、その悲しい生い立ちゆえにその心の中にはぐくまれた世の中に対する敵対心のようなものに心を揺さぶられるものがあった。

孤独、不安、諦め。確かにそういうのあったよ──

そしてだからこそ、涼子(りょうこ)の強い生き方も際立つのだろう。

何かを嫌うよりも、好きになることの方が、ずっと大切なんだって、思ってきた。少しくらいつらくても、嫌なことでも、それを乗り越えるのが大事なんだって……

ミステリーとしての要素だけでなく、学園を舞台とした青春小説のような色合いも持っている。「青春小説」なんて言葉を使ってしまうと、なんか恋愛とか、努力とか、すごい薄っぺらく現実とかけ離れた理想の物語のような印象を与えてしまうかもしれないが、本作品には、受け入れるべき自分の弱さや、生きるうえで持つべき信念のようなものを考えさせてくれる作品だった。
【楽天ブックス】「月光」

「カフーを待ちわびて」原田マハ

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
沖縄でお店を営む明青(あきお)の元に幸(さち)という女性から手紙が届いた。「私をお嫁さんにしてください。」それからしばらくして、幸(さち)と名のる女性が明青(あきお)の元に現れた。
典型的な恋物語という感じだが、舞台が沖縄ということもあって、ユタや模合(もあい)など沖縄の文化が取り入れられている。その恋物語はもちろんすべてがすんなりいくわけでもなく、恋に必要な障害もあり、温かいが排他的な沖縄の離島の様子も描かれている。
僕の好む小説とは明らかに異なる路線であるが、こんなすっきりとした読書もたまには悪くない。そう思わせてくれた。
【楽天ブックス】「カフーを待ちわびて」

「汝の名」明野照葉

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
若き女性社長である麻生陶子(あそうとうこ)は、引きこもりの妹である久恵(ひさえ)と一緒に暮らしていた。やがてそんな2人の関係も崩れ始める。
物語は1つの部屋で共同生活を送る2人の女性の生き方を描いている。冒頭は会社を経営する陶子(とうこ)の姿から入り、自らの求める理想の生活を自分の力で得ようとする世の中に対する姿勢のかっこよさに引き込まれていくだろう。そしてやがて、陶子(とうこ)と同居しながら家事の全般を担いながらも、過去の辛い経験から働くことができずに悩む久恵(ひさえ)の内面も徐々に描かれるようになる。
異なる生き方をしているからこそ、時に互いに羨み、時に互いに蔑みもする。そしてそんなやりとりが双方の生きるエネルギーへと変わっていく。
面白いのは陶子(とうこ)の経営する会社のくだりだろうか。顧客のニーズに応じて、現実の世界の演技者を派遣するビジネス。それは、真実か虚構かに関わらず、たとえ一時的なものであっても、自分の求めている環境や人に囲まれていたいという世の中の人々の心を風刺しているようだ。

人は完全に一人では決して満足できない。観客が要る。それが盛大な拍手を贈ってくれる観客ならばなお喜ばしい。自我はそれによって満たされる。

2人の生き方に共感できるか否かは別にして、その生き方の逞しさは昨今の女性たちにぜひ学んでほしい部分でもある。
【楽天ブックス】「汝の名」

「笑う警官」佐々木譲

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
女性警察官殺人の容疑者として挙げられた津久井(つくい)巡査部長。組織はその容疑を利用して津久井(つくい)の射殺許可を出す。かつて津久井(つくい)と苦難をともにした佐伯(さえき)警部補は独自に津久井(つくい)の潔白を証明しようと動き出す。
多くの人が理解しているとおり、警察というのは決して清廉潔白な組織ではない。単純に私腹を肥やしている警察官もいるだろうが、世の中の平和を維持するための行動ではあっても必ずしも規則に則っていることばかりではない。軽微な犯罪を見逃す見返りとして裏の情報を得ることで、より大きな犯罪を防いだりするのはその1例だろう。
そして時には大きな犯罪を防ぐために犯罪者に協力することもあるらしい。最終的に「平和を守る」という点では一致していても、どこまでが赦される行為か、という点ではそれぞれの警察職員によって異なる。
本作品では、公の場で、警察内部の真実を語ることを正義と信じて行動しようとする津久井(つくい)巡査部長と、その行為を「警察に対する裏切り」と受け止める派閥との争いである。個人の利益に直結するものではなくそれぞれの信念に委ねられるものだからこそ、どこに敵がいるかわからない。そんな環境の中で友人である津久井(つくい)を守ろうと行動する佐伯(さえき)の周到で機敏な判断と、その良きパートナーとを果たすことになる女性警察職員、小島百合(こじまゆり)の知性溢れる言葉の数々がなんとも魅力的である

もし、正義のためには警官がひとりふたり死んでもかまわないってのが世間の常識なら、おれはそんな世間のためには警官をやっている気はないね。

警察小説は、おそらく小説の中でももっとも多く書かれている小説だろうが、そんな警察小説の中でも際立って個性のある作品に仕上がっている。

「向日葵の咲かない夏」道尾秀介

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
ミチオは欠席した友人の家を訪れた際、首を吊って死んでいるその友人を見つける。しばらくしてその友人はミチオの元に、蜘蛛に姿を変えて現れる。蜘蛛になった友人の訴えを元にミチオは妹のミカとともに真相を知ろうとする。
幾ページも読まないうちに、その荒唐無稽さ、過去に読んだことのない不思議っぷりに戸惑った。自殺した友人が蜘蛛に生まれ変わってミチオの前に現れた時点で、かなりしんどくなったが、それでも読み続けたのは、物語をそこまで現実離れしたものにしてさえも訴えたい何かが最後にあるのではないか、そう思ったからだ。
最終的にその期待に応えてくれたかというと首をひねらざるを得ないが、まあ、こんな物語もありかな、と納得することはできた。
往々にして誰かの心に深く突き刺さる何かは、ほかの人から見ると逆にひどくくだらなく見えたりする。だから、僕がこういう評価をしたこの作品が、誰かの心を鷲掴みにする可能性もないとはいえないだろう。
【楽天ブックス】「向日葵の咲かない夏 」

「KAPPA」柴田哲孝

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
釣り人が上半身を引きちぎられた状態で発見された。目撃者は「河童を見た」という。ルポライターの有賀は真相を突き止めるために沼を訪れる。
前作「TENGU」が傑作だったゆえに、同じ未確認生物を題材とした本作品にも自然と手が伸びた。
本作品はそのタイトルが示すとおり沼にひそんだ謎の生物を追うことがメインであるが、大きな沼を舞台にしているため、その沼と長い間関わってきた地元の人々の生活の様子も描かれている。中でも放流されたブラックバスが与えた影響についてのくだりは印象深い。
内容については、やはりどうしても前作「TENGU」と比較してしまうのだが、「TENUG」ほど話の広がりは残念ながらないが、ルポライターで自由に生きている有賀(ありが)や、地元警察署の阿久沢(あくざわ)、沼でずっと生きてきた源三(げんぞう)の人間性に焦点を当てている。
そんな中、正反対の生き方を歩んできた、有賀(ありが)と阿久沢(あくざわ)が語りあうシーンはいろいろと考えさせてくれる。

おれも以前は、自由でいることは男の強さの証明だと考えていた時期もあった。つまり家庭とか、財産とか、社会的な信用とか、守るべきものがひとつずつ増すごとに男は少しずつ弱くなっていく。攻撃よりも守備に徹せざるを得なくなるからな。

タイトルこそ未確認生物として共通しているが前作「TENGU」とはかなり趣の異なる作品。期待値が高かっただけにやはり評価は厳しくなってしまう。


レッドテールキャット
体長は最大で約120cm。熱帯産大型ナマズの人気種であり、ペットショップでは5?程の幼魚が出回っている事が多い。(Wikipedia「レッドテールキャットフィッシュ」
キシラジン
麻酔前投与薬として使用される。牛、馬では鎮静薬や鎮痛薬としても用いられる。犬や猫ではケタミンと併用されることが多い。(Wikipedia「キシラジン」)
ケタミン
フェンサイクリジン系麻酔薬のひとつで、三共エール薬品[1]から塩酸塩としてケタラール®の名で販売されている医薬品。(Wikipedia「ケタミン」
参考サイト
熱川バナナワニ園ホームページ
Wikipedia「ミシシッピアカミミガメ」

【楽天ブックス】「KAPPA」

「ジウIII 新世界秩序」誉田哲也

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
「ジウ」シリーズの完結編。「ジウII」でジウと出会い、黒幕のミヤジなる人物と出会った伊崎基子(いさきもとこ)はそれまでになかった言動を見せるようになる。一方門倉美咲(かどくらみさき)は引き続きジウの足取りを追う。そんな中、新宿の歌舞伎町が封鎖される。
「ジウ」シリーズは常に2人の女性警察職員に焦点を当てて展開される。人の気持ち、ときには凶悪犯罪を犯した犯罪者の気持ちさえも理解しようと努める門倉美咲(かどくらみさき)と、闘いと危険な状況を好む伊崎基子(いさきもとこ)である。
完結編である本作品では、世の中を裏で操るミヤジとの出会いによって、人を殺すことさえ躊躇わなくなった伊崎(いさき)の心の変化が描かれている。
前作を読んだときに予想したとおり、三部作というのは常に全作品を上回らなければ、読者は満足しない。物語を完結させるためとはいえ「ジウI」「ジウII」とじっくりと時間をかけて作り出したこの不穏な空気を、まんぞくさせるような形で完結させるには、「ジウIII」のわずか1冊は少なすぎたといえるだろう。
【楽天ブックス】「ジウIII 新世界秩序」

「Op.ロ-ズダスト」福井晴敏

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
日本を守るために秘密裏に訓練された若者達。極限まで鍛え上げられたその戦闘能力は、その仲間が、国の愚行の犠牲になったことを期にその母国へ向く。
「終戦のローレライ」以来、久しぶりに文庫化された福井晴敏の作品である。今回は国家間の駆け引きの末に辛い生き方を選んだ者たちの物語である。
国の愚行により友人を失い、それでも国を守ることを選んだ丹原朋希(たんばらともき)、そして友人でもありながらも、自分達の人生を狂わせた日本に刃を向けることを選んだ入江一功(いりえかずなり)をリーダーとする若者達。物語の構造はただ単にその両者の対立だけに終わらず、自衛隊、刑事警察、公安警察、など多くの権力を巻き込んで展開する。
刑事警察、公安警察、自衛隊。人の生死どころか国家の生き死にに関わる組織だからこそ、しっかりした命令系統を維持するため厳格な上下関係が遵守される。そんな中で葛藤する現場の人間達の気持ちは福井晴敏作品に共通する心を動かす部分でもある。
そんな中、組織を維持するため、国家を守るためとはいえ、予想される非人道的な行為に加担することをできれば回避したいという思いから部下の前で土下座したキャリアに、部下が投げかける言葉が強烈である。

我慢してんだよ。みんな我慢してしがみついてんだよ!その結果がこれじゃ、割に合わないでしょう?いつもみたいにしゃきっとして、まわりの人間見下してさ、我こそは日本の官庁様だって顔してろよ!

どの人物も、お金や地位だけでなく、家族の安全、地位や名誉など、一度に得ることのできないさまざまな欲求の中で葛藤し生きている。テロリストとして国に刃を向けた若者達でさえも、そこにはシンプルな信念が見えてくる。誰一人適当に生きているものなどいない。それぞれが必死に自分の信念に従って生きているからこそ時に大きな火花となって僕らの前に姿を見せるのだろう。
そして、物語中の対立は、基本的には日本対テロリストでありながら、局面では一緒に長い時間をすごした仲の良い友達同士の命賭けの戦闘へと姿を変える。

「なぜ、殺した…?おれの目は節穴じゃないぞ。狙ってやったな。なんでだ」

「…友達だから」

終盤、それまでサイボーグのように見えていたテロリストたちの一人一人の人間らしさが見え隠れするシーンはなんとも悲しく、そして、多くの人から恨まれようともここまで自分が満足できるなら、こんな短くても熱く燃える人生もかっこいいかも…、そう思わせる説得力さえ感じた。
テロリストの一人である射撃の名手、留美(るみ)が飛び交う自衛隊ヘリと交戦するシーンなどは本作品で特に印象的な場面である。

一機と言わずコブラが横たわり、そのうちのひとつはいまだ黒煙を噴き上げていた。まるでヘリの墓場だ。これはもはや人間の所業ではない。鬼神の為さしめる業だ。なぜこんなことになった。なぜ彼女が鬼にならなければならない。

期待に裏切らない作品だった。発端となった北朝鮮と日本の間の出来事から、最終的な対立構造を生み出すまでの出来事の推移まで、しっかりと描かれており、著者の力の入れ具合が伺える。文庫本で3冊、かつ文字のいっぱい詰まったページに圧倒されることもあるかもしれないが、読んで決して後悔することのない作品である。

撃たれるのが怖いからって、先手先手で撃ちまくってたら、そのうち自分以外誰もいなくなっちゃうわよ

【楽天ブックス】「Op.ロ-ズダスト(上)」「Op.ロ-ズダスト(中)」「Op.ロ-ズダスト(下)」

「螺鈿迷宮」海堂尊

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
借金を背負った天馬大吉は終末医療で注目を集めている病院への潜入を依頼される。そこでは次々と患者が死を遂げる。
「チームバチスタの栄光」から1年半後を描く。物語事態の面白さより、拡大する海堂尊(かいどうたける)の世界が興味深い。今回の舞台はチームバチスタの栄光の舞台となった東城大学病院と同じ自治体に属する碧翠院(へきすいいん)桜宮病院である。
物語は東城大学病院と桜宮病院の因縁に、終末医療を軽視する日本の医療問題にも触れながら展開する。

僕の脳裏に、チューブで雁字搦めにされた祖母の姿が浮かぶ。あれこそ医療の現実。だが、あの光景は果たして、人の生の最後の姿として、ふさわしいのだろうか。

海堂尊(かいどうたける)作品にはもはや馴染みのキャラクターであるロジカルモンスター白鳥や「ジェネラル・ルージュの凱旋」で強烈なインパクトを残した看護師、姫宮(ひめみや)も登場するため、シリーズを読み続けている読者にはそれだけで楽しめる作品と言えるだろう。とはいえ、他の海堂作品と比較すると、やや物足りなさを感じてしまった。もっと現代の日本の医療問題をリアルに反映するか、(もちろん終末医療の問題点については触れているのだが)、そうでなければ物語の面白さをもっと深めるか、他の作品ほど登場人物に魅力を感じなかったことも物足りなさの一つの原因だろう。
【楽天ブックス】「螺鈿迷宮(上)」「螺鈿迷宮(下)」

「制服捜査」佐々木譲

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
元刑事の川久保篤(かわくぼあつし)は十勝平野の農村に駐在警官として単身赴任することとなった。
最近「警官の血」のドラマ化などでよく耳にする佐々木譲という著者。本作品は僕にとって初めて触れる彼の作品となった。
単に犯罪を未然に防ぎ、犯罪者を司法の手にゆだねるまでが駐在員としての仕事ではなく、時には犯罪を黙認しても、町の平穏を守ることが必要となる。

「被害者を出さないことじゃない。犯罪者を出さないことだ。それが駐在警官の最大の任務だ。

田舎町という閉鎖的かつ排他的な地域で、どこまでを見過ごすべき犯罪とするか、時に地元の警察と、地域の権力者の声に板ばさみに合いながらも正義を守ろうと奔走する姿が描かれる。世の中に多く出回っている警察物語とは一線を画す作品である。
正直、もっと一気に物語に引き込むような、例えば横山秀夫作品のような力強さを期待したのだが、やや期待がはずれた。どちらかというと玄人好みの刑事物語と言えるのではないだろうか。とはいえ他の作品にも近いうちに触れてみたいとは思った。
【楽天ブックス】「制服捜査」

「ナイチンゲールの沈黙」海堂尊

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
大学病院の小児科病棟での出来事を描く。美しい歌声を持つ看護師の浜田小夜(はまださよ)の担当は目を摘出しなければならない子供たち。
次の作であるがすでに読了した「ジェネラルルージュの凱旋」とほぼ同じ時間を描く。「ジェネラルルージュの凱旋」が1階の救急救命センターを舞台としているのに対して本作品は2階の小児科を舞台としている。海堂尊のウェブサイトや、「ジェネラルルージュの凱旋」の末尾に付属している病院のマップなどを見るとさらに楽しめるだろう。
小児科病棟を舞台としているゆえに、そこの患者達は若いというだけでさまざまな症状に悩む。そこで自分の病気やそれに対する姿勢のありかたに悩む少年達の言動は本作品でもっとも印象に残る部分である。特に、牧村瑞人(まきむらみずと)は中学三年生という微妙な年齢。自分のことは自分で決められると本人は思いながらも、親の承諾なしに手術を決定することはできない。そして多くのその年代の少年達同様、周囲に弱音をはかないためにその内側が見えにくい。
そのような患者に囲まれて、少しでも患者達の幸せを願って従事する看護師、浜田小夜(はまださよ)の姿からは医療現場の多くの深刻な問題が見て取れる。

小児科診療にはマンパワーが必要だ。子供は小さな獣で、注射一つにも力ずくで押さえつけることが必要な時もある。一般患者なら本人聴取で済むが、小児科は両親の話も聞き、その上本人の聴取に途方もない根気が要る。愛情が深い分だけ、両親に客観的事実を納得させるのに、手間がかかる。子供と医療を軽視する社会に未来なんてない…

小児科病棟の患者の人手である杉山由紀(すぎやまゆき)は白血病を患っていて、自分の未来が短いことを知っている。そんな由紀(ゆき)と生きるためには両目を摘出しなければならない瑞人(みずと)の会話がなんとも強く心に響いた。

「たぶん、もう駄目」
「そんなこと言わないで。がんばって。きっと大丈夫だよ」
「そんなありきたりの言葉を瑞人(みずと)くんからもらえるなんて、思ってもいなかった。何とかなるのにしようとしないひとに慰めてもらえるなんておかしな話ね」

物語はそんな小児科病棟と、その関係者の間で起こった殺人事件に焦点をあてて展開する。本作品では、多くの関係者達が、ルールを守ることを重視するばかりでなく、人間関係やその事象がその後長きに渡って及ぼすであろう影響まで、広い視野で考えて対応する姿に、好感が持てた。
そんな病院関係者たちの行動をあらわすかのような次の言葉を大切にしたい。

ルールは破られるためにあり、それが赦されるのは、未来によりよい状態を返せるという確信を、個人の責任で引き受ける時だ。

今まで読んだ海堂尊作品とはやや趣が異なり、少し現実離れした物語。そのため最初は少し嫌悪感を抱いたが、最終的には「こんな物語もありかな」と、納得することができた。


加稜頻伽(かりょうびんが)
極楽に住む架空の鳥の名前
網膜芽腫(もうまくがしゅ)
眼球内に発生する悪性腫瘍である。大部分は2〜3歳ころまでに見られる小児がんであり、胎生期網膜に見られる未分化な網膜芽細胞から発生する。(Wikipedia「網膜芽細胞腫」

【楽天ブックス】「ナイチンゲールの沈黙(上)」「ナイチンゲールの沈黙(下)」

「ジウII 警視庁特殊急襲部隊」誉田哲也

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
連続誘拐事件の主犯とされるジウなる男を追う警察。その中の2人の女性警察職員、門倉美咲(かどくらみさき)と伊崎基子(いさきもとこ)を中心にすえた物語。
タイトルから予想できるとおり本作は「ジウI」の続編である。門倉美咲(かどくらみさき)は前作「ジウI」の最後でSATを撃ち殺した元自衛隊員の取調べからジウへの足がかりにしようとする一方、SATでの活躍により昇進した伊崎基子(いさきもとこ)は昇進して異動となったが、そこで独自にジウを追うことになる。
基本的にはジウを追う警察の中で、二人の女性に焦点を当ててはいるが、その中でたびたび挟みこまれる、どこかの田舎町で育つ男のエピソードがなんとも興味深い。このエピソードは、いつの時代を描いているのか、どこなのか、この男は誰なのか、一体どこで本編とリンクするのか、そんな期待を読者に抱かせる。そして、その男の凄惨な生き方によって、僕らが世の中の大部分に適用されると思っている「常識」とか「世の中」という言葉が、実は一握りの小さな世界でしか通用しないのではないかという疑問を想起させられる。

ボコっという音がして、隣を見ると、私より小さかった女の子の頭に、鉈の柄が生えていた。でもまだ生きていた。私と目が合った。頭に刺さってるよ。私はそう、教えてやるべきだったのだろうか。

僕らが持っている社会通念や愛と思われるものが本当に人々の中から自然と発生したものなのか、それとも誰かが一部の特定の人間の利益のためだけに、人々の中に流布したものなのか、という問いかけは、ジウの共犯者たちが門倉(かどくら)たち刑事に強い違和感を与えた問いかけでもあり、僕らが本作品を読み進めるうちに考えさせられる一貫したテーマでもある。

”殺人を容認する社会”という、その言葉自体が破綻している。まるで、”黒い白””白い黒”というのと同じこと…

そんなテーマの中で、門倉(かどくら)が上司である東(ひがし)に思いをよせてぎくしゃくするシーンがなんとも微笑ましい。本シリーズ中で維持されるこの緊張と緩和のバランスが心地よく、著者誉田哲也(ほんだてつや)の作品の魅力といえるだろう。また、もう一人のヒロインで、闘いや危険な状態を好む伊崎基子(いさきもとこ)の活躍も見ごたえたっぷりである。
徐々にジウがどんな人間かみえては来るが、それでもとても本作品だけでは満足しきれない。そして最後は予想を上回る展開に。すぐにでも「ジウIII」を買って読みたい衝動に駆られるが、残念ながら「ジウIII」の文庫化は1ヶ月ほど先だろう。三部作は往々にして、最初か真ん中がもっとも面白いものだが、「ジウIII」を読む以前の現段階ですでに、本作品が一番面白いのではないかと思わせるほどの内容の濃さである。
【楽天ブックス】「ジウII 警視庁特殊急襲舞台」

「ジェネラル・ルージュの凱旋」海堂尊

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
リスクマネジメント委員会委員長田口公平(たぐちこうへい)のもとに匿名の告発分が届いた。内容は救急救命センター部長の速水晃一(はやみこういち)が特定業者と癒着をしているというもの。高階病院長からの依頼で田口(たぐち)は調査に乗り出す。
「チームバチスタの栄光」が実は世間で騒がれているほど僕の中ではヒットせず、そのためしばらく海堂尊(かいどうたける)作品を敬遠していた。今回再び手に取ったのは、ただ単にほかに読みたい作品が見当たらなかったというだけの理由である。
さて、本作品も「チームバチスタの栄光」同様、愚痴外来の田口公平に物語の目線をすえながら進んでいく。今回の舞台は、救命救急センターということもあって、その中心となる速水(はやみ)はもちろん、その周囲を固める看護師たちの姿が描かれていて、いずれも自分の信念を持った決断力のある魅力的な人物として描かれている。
告発文書の真偽の調査の過程で、例によって、病院という複雑な組織の中、上下関係、出世、建前などの駆け引きに各権力者たちが自分に利益をもたらすために行う駆け引きが描かれている。
他社を蹴落とすことだけを考えたこどもじみた主張を繰り返す人物も多かれ少なかれ存在はするが、そこで起こる衝突の多くは、病院の抱えるテーマ、つまり、採算を考えなければ病院経営はできないが、採算を考えていたら人命救助はできない。という答えのない問題の前でとった立ち位置の違いによって生じる。
それぞれ違った信念をもちながらそれを主張しつつ衝突する姿は、非常に興味深いだけでなく、僕自身にも考えの幅をもたらしてくれるように感じる。

収益だって?救急医療でそんなもの、上がるわけがないだろう。事故は嵐のように唐突に襲ってきて、疾風のように去っていく。在庫管理なんてできるわけもない。

それでも、「経営」よりも「人命救助」を主張する人間が最終的に英雄になるのはこの手の病院物語の約束事項。揉め事が一段落して再び救命救急センターの救助の様子に移った終盤はもう、そこで働く医師や看護師のかっこよさに興奮しっぱなしである。尊敬し合える人同士が協力し合って働ける職場に嫉妬してしまった。
読みながら感じた若干の違和感。いくつか未解決な問題や、中途半端な展開に感じた部分は、どうやらもう1作「ナイチンゲールの沈黙」と絡んでくるようだ。うまくハメられた気もするが、これでは読まないわけには行かないようだ。
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「ネクロポリス」恩田陸

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
アナザーヒルは、死者を迎える場所。人々はそこで故人との再会を楽しむ。ジュンはそんな不思議な場所に初めて訪れる。
タイトルからは壮大なファンタジーをイメージしたが、読み始めると予想以上に現実世界と陸続きな物語であることに気付く。もちろん、その舞台となっているアナザーヒルという場所は架空の場所であろうが、ジュンと同時期にアナザーヒルを訪れた人々は、いずれもヨーロッパやアメリカなどから来ている、というように現実世界とのつながりを感じさせてくれるため、その多くを想像力に頼らなければならない一般的なファンタジーよりもはるかに物語を受け入れやすい。
また、盟神探湯(くがたち)、鳥居、ヒガン、提灯行列、三位一体、ドルイドなど、日本を含む多くの国の風習が引用され、現実世界への興味を掻き立ててくれる点でも好感が持てる。
そして人の死を娯楽として楽しむアナザーヒルの人々の様子に触れるうちに、お墓を「幽霊の出る場所」として怖れ、葬式の場では歯を見せることを避ける僕らの感覚に違和感を感じるかもしれない。

死というものが残酷なのは、突然訪れ、別れを言う機会もなく全てが断ち切られてしまうからだ。せめて最後にひとこと言葉を交わせたら。きちんと挨拶ができたら。

死者を迎えるために窓や入り口を開けておくとか、アナザーヒルの家には窓の外側に死者が座れる椅子がついているとか、随所で著者の恩田陸が楽しみながら書いているのが伝わってくる。
ファンタジーでもありミステリーでもある。それでいて、多くの文化を取り入れた作品。ジャンルの枠を超えたほかに類を見ない作品である。


ベンガラ
赤色顔料のひとつ。(Wikipedia「弁柄」
盟神探湯(くかたち、くかだち、くがたち)
古代日本で行われていた神明裁判のこと。ある人の是非・正邪を判断するための呪術的な裁判法(神判)である。探湯・誓湯とも書く。(Wikipedia「盟神探湯」
三位一体
キリスト教で、父と子と聖霊が一体(唯一の神)であるとする教理。キリスト教の大多数教派における中心的教義の1つ。
Wikipedia「三位一体」
ルーン文字
ゲルマン語の表記に用いられた文字体系。ルーン(あるいはルーネ)とは、スカンジナビア語やゴート語が語源で「神秘」「秘儀」などを意味する。音素文字である。(Wikipedia「ルーン文字」
ドルイド
Wikipedia「ドルイド」

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「葉桜の季節に君を想うということ」歌野晶午

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2004年このミステリーがすごい!大賞

元探偵の成瀬将虎(なるせまさとら)は、愛子(あいこ)からある悪徳商法の調査を依頼される。そして、同時期に、線路に飛び込んで自殺を図ろうとしていた麻宮さくらと出会う。
物語は蓬莱倶楽部(ほうらいくらぶ)という、老人へ高価なものを売りつけている悪質な業者を中心として展開している。その業者の悪事を暴くために奔走する成瀬将虎(なるせまさとら)と、借金のために悪事に加担するしかなくなった女性、節子(せつこ)の姿が、双方の視点から描かれ、途中、成瀬(なるせ)の過去の探偵時代など回想シーンも交えながら進む。
全体的にはコミカルなノリだが、ところどころ心に響く言葉がある。

われわれは子供の頃、決して嘘をついてはいけませんと、家庭や学校で耳に胼胝(たこ)ができるほど聞かされるわけだが、その教えを大人になっても律儀に守っている人間がいたとしたら、そいつは正直者とは呼ばれない。ただのバカである。
人生は皮肉だね。焼き鳥屋での何気ない一言が、人生の最後の部分を大きく書き換えてしまった。

歌野晶午作品は本作品でまだ2作目であるが、その作品の大部分で、どこかに読者の想像の上をいく展開があるようなイメージを持っている。本作品でもそんな期待を裏切ることは内。多くの読者は、読み進めるうちにすこしずつ頭の中に広がっていく違和感を感じることだろう。そして、その違和感が僕らの先入観から生じることに気付けば、僕ら自信の未来に対しても明るい展望が開けるに違いない。
いつまでも楽しんで生きていこう、と思わせてくれる作品である。
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