「姑獲鳥の夏」京極夏彦

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
20ヶ月も妊娠したまま出産しない女性。そんな奇怪な事件を知り、関口(せきぐち)は古本屋の変わり者、京極堂に話を持ちかける。やがて事件に深く関わることになり、忘れていた過去の出来事にも気づいていく。
見た目の厚さのせいで完全な食わず嫌いであった京極夏彦だが、友人が進めてくれたのを期に、京極作品の中でもっとも薄くもっとも有名な本作品を手にとった。そしてそれは予想通りユニークな世界だった。分厚い本の最初の1/10にもわたって古本屋の京極堂と関口の不思議な会話で占められる。
たとえば「幽霊が存在するかしないか」と考えるなら、なによりもさきに「存在」という言葉の定義をはっきりさせる必要があるだろう…。短くたとえるならこんな感じだろうか。
実際京極堂は徳川家康と妖怪のダイダラホウシを例に挙げて、「なぜ、どちらも実際にみたわけではないのに、家康の存在は信じて、ダイダラホウシの存在は信じないのだ?」と関口に問いかける。読者はその問いに対する自分なりの答えを持とうとするだろう。
個人的に、今まで深く考えもせずに受け入れていたもの、つまり「常識」にもう一度疑問を投げかけて考え直させるような流れは嫌いではない。とはいえ、嫌悪するひとも、逆に病みつきになるひともいるのだろう。
本作品の面白さはそんな独特な視点だけでなく、京極堂を含む不思議な登場人物にもある。探偵の榎木津(えのきづ)などもその一人である。本作品では微妙な存在感だけを残すにとどまったが、シリーズのほかの作品では活躍したりするのだろうか?
物語の流れはやや複雑怪奇で受け入れがたい部分もあるが、京極ワールドに病みつきになる人も気持ちもなんとなくわかる。

ダチュラ
全草(根・茎・葉・花・種子などすべての部位)に幻覚性のアルカロイドを含む有毒植物。モルヒネのような直接的な鎮痛効果はないが、痛覚が鈍くなる為、麻酔薬や喘息薬として知られる。(ダチュラとは? 朝鮮朝顔
シャルル・ボネ症候群
打撲、脳卒中、脳溢血、薬物などによって起こる脳の障害などにより、脳の情報伝達が正常に行われないことから起こる現象の総称。(マルチメディア・インターネット事典「シャルル・ボネ症候群」

【楽天ブックス】「姑獲鳥の夏」

「悪人」吉田修一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
石橋佳乃(いしばしよしの)は携帯サイトで知り合った男と会った翌日、遺体となって発見される。容疑者としてあがった2人の男性。1人は男性からも女性からも人気のある大学生増田圭吾(ますだけいご)、もう一人は土木作業員として働き、車だけが趣味の清水祐一である。
物語の序盤は増田圭吾(ますだけいご)が逃亡中ということで、真犯人が誰かわからない状態でしばらく展開するが、、むしろ物語の面白さは単純な犯人探しではなく、その事件の周囲の人間たち内面にこそある。
犯人や被害者の友人、上司、親戚、家族など、多くの人の目線から物語が展開するため、その人の悩みや思いが見えて来る。そんな数ある登場人物の中の誰一人として、「こんな人間になりたい!」と思えるような人はいないが、むしろだかこそ現実的であると言えるだろう。周囲からはどんなに輝かしい人だろうと誰もが悩みを抱えていきているのだから・・・。読者の多くは、そんな数多くの登場人物のいずれかに自分を重ね合わせることができるのではないだろうか。
本作品から伝わってくるのは希望ではなく、悲しいむなしさである。多くの人がひしめきあってこんなに近くで生きているにもかかわらず、心は通じ合えない。だからこそ、単純に一人でいる以上にさびしい…。そんな現代の寂しさがにじみ出てくる。必ずしも悪意を持った人間や、際立って不幸な環境に育ったものだけが犯罪を犯すのではなく、世の中のどんな人にも殺人者となりうる可能性がある…。そんな、なんとも吉田修一らしい作品である。
【楽天ブックス】「悪人(上)」「悪人(下)」

「沈底魚」曽根圭介

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
第53回江戸川乱歩賞受賞作品。
中国のスパイが日本に潜んでいるという情報を得て、警視庁外事課は動き出す。
江戸川乱歩賞受賞作品ということで期待したのだが、残念ながら最近増えてきた公安警察小説のなかでも特に際立ったところはない。スパイものはどうしても2重スパイ、3重スパイ、騙し合いという展開になってしまって、その範囲内ではいくら裏をかこうとも読者の想像を超える面白さには繋がらないのだろう。もう少し何かスパイスがほしいところだ。
とはいえ、このような中国などを相手にしたスパイ物語を最近よく読むようになった気がする。つまりそれが現実のものとして受け入れ始めているからなのだろう。
本作品に限らずスパイ物語というのは登場人物の名前が多くなりすぎるうえ、おのおのの利害関係が複雑になりすぎるため、なかなか物語にしっかりと着いていきずらいのもよくあることで、いかにその多くの登場人物を個性を持って描けるかが、諜報活動を描く小説には求められるのではないだろうか。
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「テレビの大罪」和田秀樹

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
昨今のテレビ番組がどれだけ世の中に悪影響を及ぼしているか、という視点に立った内容である。昨今の若者のテレビ離れは、インターネットなど、テレビ以外のエンターテイメントの普及だけによるものではなく、発信者としての責任を負うことを恐れて、ひたすらクイズ番組に走る、というテレビ局側のモラルの低下も影響しているのだろう。
僕自身ここ数年で一気にテレビを見なくなったから、その「テレビ離れ」の裏にある原因や人の考え方にはおおいに興味があったので、本書を手にとったのだが、ところどころうなずける部分はあるものの、著者のかなり強引な論理と断定的な書き方にやや抵抗を抱きながら読み進めることになってしまった。
とはいえ、確かに、テレビ局が東京に集中していなかったらおそらく飲酒運転の取り締まりは今ほど厳しくはならなかっただろう、という考え方には納得できるものがあるし、自殺報道は規制すべき、という考え方もうなずける。
結局テレビの大罪が「大罪」になってしまう原因は、情報を取捨選択せずに鵜呑みにしてしまう視聴者の側にもあるのだということは、改めて今回思ったことである。
【楽天ブックス】「テレビの大罪」

「金持ち父さん貧乏父さん」ロバート・キヨサキ

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
先日参加したキャッシュフローゲーム会の主催者が「大きく衝撃を受けた」と言っていた本。人の人生を変えるほどの本といわれるととりあえず読まなければ、というわけで読んでみた。
実は結構有名な本らしく、内容は一言で言えば「お金の作り方」を書いたもの。「お金の稼ぎ方」ではなく「お金の作り方」である。そして、現在の教育の仕組みを真っ向から否定している。どんなに勉強してどんなに大きな企業に入っても、稼いだ分のお金は出て行って、一生働き続けなければならない。お金の心配をせずに生きるにはどうすればいいか、ということを書いている。
僕自身あまりお金に興味はなく、お金なんてなくても楽しく生きている自信はあるのだが、「働きたいか遊びたいか?」とたずねられれば答えは明確だろう。世の中の流れなどを考慮すると、単純にそのまま書かれている内容を受け入れるというわけにはいかないが、お金に対する新たな考え方を受け入れて選択肢を増やす、という意味においては非常に面白い内容だった。
【楽天ブックス】「金持ち父さん貧乏父さん」

「激流」柴田よしき

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
修学旅行の途中で行方不明になった女生徒冬葉(ふゆは)。20年後、彼女から、同じバスにのっていた同級生6人にメールが届く。「私を憶えていますか?」。大人になった彼らは再び20年前の出来事と向き合うことになる。
移動中のバスからいなくなる女生徒。こんな謎めいて、「真実を知りたい」と思わせる序章は、エンディングのハードルまで上げてしまうとはいえ、読者を引き込むには最良の方法だろう。
物語は不思議なメールをきっかけに、集まった6人。再会をそれぞれの目線から見つめることで、20年という決して短くない期間の人生が見えてくる。20年前に抱いていたお互いに対する気持ちや、20年前とのギャップ、夢を掴んだものとそうでないもの、想像通りの生き方をしているものとそうでないもの…。本作品の面白さは、行方不明になった女生徒というなぞの解明よりも、その過程で描かれるそれぞれの人生にあるといってもいいのではないだろうか。

どちらも若かったのだ。若く幼く、必死だった。自分が心地好いと感じる価値観にしがみつき、それ以外はすっぱりと否定してしまう。妥協、という言葉はあの頃の自分たちにはとても汚らわしい響きを持つ言葉だった。

その同級生の中でも、特に特徴をもって描かれているのが、芸能人として有名になった美弥(みや)と、中学生のころから誰もがうらやむ美貌をもった貴子(たかこ)である。個人的には、そんな恵まれた容姿をもちながらも決して幸せな生き方をしていない貴子の生き方が印象的だった。
ラストの展開が冒頭で引き上げた期待値に達したかどうかは疑問だが、決して悪い作品ではない。ただ、同級生6人のなかに刑事、芸能人、美人というありがちな人物設定しかできなかった点がやや残念である。
【楽天ブックス】「激流(上)」「激流(下)」

「世界は日本サッカーをどう報じたか」木崎伸也

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
ワールドカップが終わってすでに一ヶ月。期待以上の結果に日本は熱狂したが世界はそれをどのように見たのだろう。日本の4試合は、それが自分の国であるということそ除いて考えると、普段世界のサッカーを見慣れたファンにとっては退屈の試合だったに違いない。そして、それは世界各国が日本の試合に対して抱いた感想とそう大きくは違わない。
本書は、世界各国、特にサッカー大国と呼ばれる国々の紙面や解説者のコメントを通じて日本のサッカーの長所や短所を客観的に見せてくれる。
今の問題点や今後日本サッカーのレベルの向上のために取り組むべきことを知ることができるとともに、各国の評価の違いから、それぞれのサッカー大国が何を重んじてサッカーを見ているか、という文化的な違いまでも楽しめるだろう。

「オランダのGKに、ほとんどボールが飛んでません」
「日本は何もしたくないチームのようです。」

【楽天ブックス】「世界は日本サッカーをどう報じたか」

「ひかりの剣」海堂尊

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
医学部剣道部の大会で、今年も東城大と帝華大は優勝を狙う。東城大の主将は速水(はやみ)。帝華大の主将は清川(きよかわ)である。

チームバチスタの栄光」などの作品からなる世界の物語のひとつ。東城大の速水(はやみ)は後に「ジェネラルルージュの凱旋」で天才外科医となって活躍する。また清川(きよかわ)は「ジーン・ワルツ」で産婦人科医師として登場する。どちらも後に優れた医師となる。そんな2人がまだ学生で医者になるための勉強をしていたころ、物語としては「ブラックペアン1983」と時期を同じくしている。

そういった意味では、剣道を題材とした青春物語としても楽しめるが、海堂尊のほかの作品を読んでいればさらに楽しめるだろう。剣道部の顧問として速水(はやみ)や清川(きよかわ)とかかわる後の院長の高階(たかしな)先生の行動の理由も「ブラックペアン」を読んでいれば理解できるだろう。

さて、それにしても最近映画化された誉田哲也の「武士道シックスティーン」といい本作品といい、世の中は剣道ブームなのだろうか。実際に経験したことはないが、本作品の描写を素直に受け取ると、なんとも剣道というスポーツが魅力的に見えてしまう。そしてそんな剣道物語につきものなのが、すぐれた女性剣士の存在ではないだろうか。本作品でも帝華大にひかりという剣士が登場する。

また、本作品で面白いのは、数十年前を物語の舞台としているにもかかわらず、そこで活躍する剣道を愛した青年たちは、決して古い青春ドラマに出てくるような、頭の固い努力家ではない点ではないだろうか。清川(きよかわ)などは常に手を抜こうと考えている点が面白い。

そしてもうひとつ顧問の高階(たかしな)先生の言葉の奥深さも本作品の魅力である。

今の君は自分の才能を持て余し、その重さに押し潰されている。大きな才能は祝福ではない。呪いだよ。

余計なことを考えずに一気に読書の世界に没頭したい人にお勧めである。
【楽天ブックス】「ひかりの剣」

「長い腕」川崎草志

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
同僚の自殺と、故郷で起こった殺人事件に、ひとつのキャラクターグッズという共通点を見出した汐路(しおじ)は、故郷の閉鎖的な町に戻る。
タイトルや表紙、そのプロローグからややホラー系の物語を連想させるが、一般的なミステリーと言っていいだろう。それどころかネットの危険性や、ゲーム業界の話などの話も盛り込まれていて、超自然よりむしろ技術的な話も多い。
汐路(しおじ)は不思議な事件をたどって、生まれ故郷の閉鎖的な町に戻るのだが、都会で長年過ごした汐路(しおじ)と、その町で生きる人々のギャップが面白い。そんな中でも興味を惹かれたのは、その町にある2つの似ている大きな家の話である。
実は宮部みゆきの有名な作品「模倣犯」の中でも、犯罪者とその犯罪者が住んでいる家の構造の関係について触れられていておおいに興味を持ったのだが、本作品中でも内容は違えど、家の構造がそこに住む人の心に大きく影響を及ぼすということが書かれている、再び大きく好奇心を刺激された。
さて、全体的な内容はというと、それなりに楽しませてはもらったが、どうも全体的に不必要な内容があるようなややぎくしゃくした印象を受けた。たとえば汐路(しおじ)がゲーム会社の社員である必要は特にないような…。著者がゲーム会社勤務ということで現実感を持たせるために自分のいる職場の様子を描いたのかもしれないが、物語に関係のない箇所を描きすぎてやや物語の加速度が落ちているような気もする。
とはいえデビュー作ということを考えれば及第点をあげられるのではないだろうか。
【楽天ブックス】「長い腕」

「インシテミル」米澤穂信

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
破格の時給に惹かれて申し込んだ12人のアルバイト。その仕事は与えられたルールの元で施設内で数日間過ごすというもの。そのルールとは、人を殺せばボーナスが与えられ、施設内で起こったいかなることにもその後は責任を負わなくていいというものだった。
密閉された空間の中で数人の男女が過ごし、一人、また一人と減っていくというのは、現実味はなくても昔からよくミステリーで使われる手法である。代表的なのはなんといってもアガサクリスティの「そして誰もいなくなった」だろう。本作品もそれを強く意識しているように感じられる。
そんな使い古された手法を用いてはいながらも、新しいのは、本作品がミステリーの枠から微妙に逸脱している点ではないだろうか。たとえば本作品中で登場人物たちもいっているのだが、鍵のかからない部屋というのはミステリーにおいてはタブーなのだそうだ、なぜなら密室殺人ができないから・・・。雫井脩介の「虚貌」は犯人が指紋を偽造できるという点で、ミステリーとしての評価が低かったとか。つまり、ミステリーにおいては人物Aの指紋が現場についていたら、それは人物Aがそれを触った事実でなければならないのである。
読み手にもよるのだろうが、僕にとっては本作品は、知らず知らずのうちに自分の中で築いてきていたミステリーの暗黙のルールみたいなものを考えさせる作品となった。
ちなみに同様に閉鎖空間に複数の人間を放り込んでそこにルールを設けるというパターンの物語には高見広春の「バトル・ロワイアル」、貴志祐介「クリムゾンの迷宮」などが思い浮かぶ。比較してみるのも面白いだろう。
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「永遠の0」百田尚樹

オススメ度 ★★★★★ 5/5
祖母が亡くなって、実は祖父だと思っていた人が血の繋がらない人だと知った。本当の祖父は戦争中に特攻で死んだのだという。ニートの「ぼく」はライターの姉とともに、実の祖父のことを調べ始める。
太平洋戦争中に特攻で死んだ実の父宮部久蔵(みやべきゅうぞう)を探して、宮部(みやべ)を知る老人たちに話を聞くことで、少しずつ宮部(みやべ)の人柄が見えてくる。物語は存命中の老人たちが昔を語るシーンで大部分を占めている。そして、宮部(みやべ)はどうやら零戦のパイロットだったらしいと知る。
話を聞かせてくれる老人たちは必ずしも宮部(みやべ)に好意的な人たちばかりではない、「命の恩人」というものもいれば、宮部(みやべ)を「臆病者」と言うものもいる。いったい真実はどうだったのか。
数人の老人たちが異なる目線から太平洋戦争を語り進められていく。戦争とは多くの物語や映画などで何度も取り上げられるテーマではあるが、それでも今回またいくつもの新しいことを知ることができた。まずは、零(ゼロ)戦という戦闘機がどれだけずば抜けて優れていたかに驚くだろう。戦後の経済成長のずっと前の、まだ日本など小さな島国だったころに、その技術の結晶の戦闘機が大国の戦闘機を凌駕したのである。
そして、ミッドウェー、ガダルカナルの末に戦況は悪化し、その犠牲となった若者たち。そして特攻。経験者目線で語られる言葉に重みを感じる。

戦後になって、この時の状況が書かれた本を読んだ。士官の言葉に搭乗員たちが我先に「行かせてください」と進み出たことになっていたが、大嘘だ!そう、あれは命令ではない命令だった。考えて判断する暇など与えてくれなかった。

出世を意識するがゆえにアメリカへの勝機を逃しただけでなく、敗戦を認めることなく無意味な作戦を取り続け、結果として多くの若者たちが犠牲となった。
あの状況の中で「勇気」とはなんだったのだろう。「特攻は勇敢だ」と言うが、それが「勇気」なのだろうか。

しかし今、確信します。「志願せず」と書いた男たちは本当に立派だった──と。自分の生死を一切のしがらみなく、自分一人の意思で決めた男こそ、本当の男だったと思います。
死ぬ勇気があるなら、なぜ「自分の命と引き換えても、特攻に反対する」と言って腹を切らなかったのだ。

そして物語は終盤に進むにつれて、宮部(みやべ)の人柄と、その恐ろしいほどの零戦の操縦技術が見えてくる。

なぜ奴が真珠湾から今日まで生き延びてきたかがわかった。こんな技を持った奴が米軍のパイロットに堕とされるわけがない。まさに阿修羅のような戦闘機乗りだ。

読者に与えてくれる知識や、忘れてはならない歴史を再確認させてくれる。この悲劇は遠い昔の出来事ではなく、僕らが確かにその延長線上にいるのだということこを意識させてくれる。
戦後、民主主義の名の下に戦前の行為を否定し、今では日本をけなして外国を賞賛する人のほうがかっこいいという風潮まで出来上がっている。太平洋戦争の悲劇や、そこで生きた勇敢な人たちの生き様に触れて僕らは考えるだろう。「僕らの生き方はどうあるべきなのだろうか。」と。
物語の面白さだけでなく、読者に投げかけるテーマも含めてなんの文句もない。こういう本に出会うために読書をしているのだ、と思った。

瀬越憲作
大正、昭和時代の囲碁棋士。(Wikipedia「瀬越憲作」
ラバウル
パプアニューギニア領ニューブリテン島のガゼル半島東側、良港シンプソン湾を臨む都市。東ニューブリテン州の州都である。ラボールとも。(Wikipedia「ラバウル」
インパール作戦
1944年(昭和19年)3月に日本陸軍により開始され6月末まで継続された、援蒋ルートの遮断を戦略目的としてインド北東部の都市インパール攻略を目指した作戦のことである。 補給線を軽視した杜撰(ずさん)な作戦により、歴史的敗北を喫し、日本陸軍瓦解の発端となった。 無謀な作戦の代名詞として、しばしば引用される。(Wikipedia「インパール作戦」
桜花
大日本帝国海軍が太平洋戦争(大東亜戦争)中の昭和19年(1944年)に開発した特攻兵器。(Wikipedia「桜花」
参考サイト
Wikipedia「ガダルカナル島」
Wikipedia「F6F (航空機)」

【楽天ブックス】「永遠の0」

「霧のソレア」緒川怜

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
テロリストが仕掛けた時限爆弾によって成田空港に向かう289人の乗客を乗せた航空機が墜落の危機に瀕する。女性パイロットの高城玲子(たきれいこ)の手に乗客の命はゆだねられる。
トラブルに巻き込まれた航空機を生還させるという物語は決して少なくない。小説でも映画でも、その多くは、そこにいる人々の恐怖やそれを克服して協力し合う人間物語を描いており、本作品にもその要素は十分に入っているが、同時に、航空機に取り入れられている技術や、それに関わるスタッフの役割などに触れている点が新しい。
物語は墜落の危機に瀕した航空機だけでなく、機内に乗っている要注意人物の存在によって国家間の脅威にまで発展した展開になっていく。その過程で、過去の多くの航空機事故に触れている。内容としては、著者のデビュー作ということもあって、力のこもった作品に仕上がっている。
個人的な感想としては、航空機内のパイロットや一般乗客、そして爆弾を持ち込んだテロリスト、国の運命を担う各国政府。多くの視点があるのはいいと思うのだが、どれかをメインに扱って、はっきりと視点に優劣をつけたほうがよかったのではないだろうか。おそらく本作品でもメインは女性パイロット高城玲子(たきれいこ)など機体に穴の開いた状態で生還しようとする姿だろうが、テロリストから自衛隊など、すべてをその視点から頑張って描きすぎててしまって複雑になりすぎてしまった感がある。とはいえ、現在の問題点や過去の事件など多くの要素をまとめて一つの物語に仕上げるという姿勢は評価したい。今後の作品に対する。
【楽天ブックス】「霧のソレア」

「国境事変」誉田哲也

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
新宿で殺害された在日朝鮮人の吉男(よしお)。事件を担当する警視庁捜査一課は事件解決のために弟の英男(ひでお)を追求する。しかし英男(ひでお)は公安が長年かけて作った情報提供者であった。刑事と公安という同じ警察組織内の目的を異にする組織の思惑が交錯し始める。
公安嫌いの刑事東(あずま)と、公安でありながら、どこかその仕事に疑問を抱いて任務に就いている川尻(かわじり)。この2人の目線で物語は進む。印象的なのは、川尻(かわじり)の学生時代の経験や、在日朝鮮人であるがゆえに、普通の生活を送ることができない英男(ひでお)の過去やその経験から来る言葉だろう。

監視はときに楽しく、また悲しくもある。神のような気分になる場合もあれば、自己嫌悪で吐き気を催すこともある。
公安ってなんだ。警察ってなんだ。自分は本当に人間なのか。人命より優先して秘匿されるべき身分など、本当に存在するのか。

そして、物語はたびたび国境の島、対馬に向けられる。これほど重要な位置にありながらも、僕ら日本人がほとんど意識することのない島。その重要性を知るだろう。
いくつかの組織名称が登場するゆえに若干組織の利害関係がわかりにくく、スピード感にも欠ける部分があるが、それよりむしろ、すれ違いながらも少しずつ近づいていく、東(あずま)と川尻(かわじり)という二人の警察職員の緊張感が面白い。

【楽天ブックス】「国境事変」

「ジーン・ワルツ」海堂尊

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
曽根崎理恵(そねざきりえ)は、医学部の助教授であり講義を受け持つと同時に、閉院が決定しているクリニックで5人の妊婦を診る医師でもある。理恵(りえ)と妊婦たちを描いた物語である。
ここ数年医療崩壊が叫ばれており、その中でも小児科と産婦人科がもっとも人手不足に悩まされているという。本作品でも、現場を知らない政策とそれによって被害を拡大していく地域医療の現状に触れている。また、体外受精や代理母出産など、出産の方法が増えているにもかかわらず、父親、母親の定義すら明治時代から変えようとしない、現行法の問題点にも興味深く切り込んでいく。
とはいえ物語はそんな難しい話ばかりではなく、後半は出産を間近に控えて大きな決断を迫られる妊婦たちと、それを支える理恵(りえ)を含む医師たちの人間ドラマへと進んでいく。
生まれるとともに死ぬことが定まっている子を身ごもった女性。すでに片腕がないことを知りながら、中絶を迷う女性。何年も不妊治療を続けてきてようやく妊娠するにいたった女性など、いずれも考えさせられることばかりである。そうやってつらい決断を考えた末に出していく女性たちについつい涙腺を刺激されてしまった。

どうして女ってみんな、こんなにバカなの?

そして、地域医療の崩壊に抵抗しようと、水面下で動く理恵(りえ)がなんともかっこいい。こんな風に、人の幸せに貢献できる人生を、きっと誰もがうらやましく感じてしまうだろう。

奇跡ってみんなが思っているよりもずっと頻繁に起こるものなの。特に赤ちゃんの周りではね。
アプガー・スコア
出生後すぐの赤ちゃんの状態を見て、点数を付けたもの。Appearance(皮膚色)、Pulse(心拍数)、Grimace(刺激に反応)、Activity(筋緊張)、Respiration(呼吸)のそれぞれの頭文字をとって、アプガースコア(APGAR score) となっている。

【楽天ブックス】「ジーン・ワルツ」

「名残り火 てのひらの闇II」藤原伊織

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
堀江(ほりえ)の同僚の柿島(かきしま)が集団暴行を受けて死亡する。不信に思った堀江(ほりえ)が事件を探るうちに不信な点が見えてくる。
藤原伊織(ふじわらいおり)の遺作となった本作品。実際あとがきには本編の第8章まで著者校正を入れた、と書いてあるからなんともやるせない。
さて、内容はというと、本作品はタイトルからもわかるとおり「てのひらの闇」の続編として位置づけられている。「てのひらの闇」を読んだのだすでに2年以上も前の話で、同じく藤原伊織作品でお気に入りの一つでもある「シリウスの道」とかなり主人公のキャラクターがかぶっているため思い出すのにかなり時間がかかったが、歯に衣着せぬ物言いと、乱暴なバイクの運転が個性的なバーのオーナーのナミちゃんや、堀江(ほりえ)の元部下で行動力のある大原(おおはら)の振る舞いに触れるうちにぼんやりと思い出してきた。
とはいえ、本作品を楽しむ上で必ずしも前作品を読む必要はなく、本作品から入った人でも十分に楽しめるだろう。事件の真相に迫るにつれて、コンビニ業界の内部事情に話が及ぶ点も面白い。
例によって人を引き込むその物語と、読者を魅了する登場人物たちによって、改めて、藤原伊織の作品がこれ以上新しく世に出てくることがないことを残念に思うのである。
【楽天ブックス】「名残り火 てのひらの闇2」

「残光」東直己

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
札幌で起こった立てこもり事件をニュースで知って、榊原健三(さかきばら)は再び札幌に行くことを決意する。
読み進めて感じたのは、どうやらこの作品は、なにか別の作品の続編であって、十分にこの作品の良さを堪能するためには、その作品から読むべきではなかったか、というもの。物語の過程で、過去の出来事についていろいろ補足的に記述はあるのだが、どうも話に着いて行っていないような感覚は最後まで感じていたように感じる。
全体的には、榊原健三(さかきばらけんぞう)が警察内部に存在する犯罪組織から子供を守るために奮闘する、という物語。典型的なハードボイルドという印象を受けたが、ラストシーンだけは、その経過と比較すると現代の若者の姿を特異な状況を通じて描いており、かなり斬新な印象を受けたが、話の流れからは、少々受け入れ難い感じも受けた。ぜひ他の読者の意見も聞いてみたいところだ。
僕にとって東直己作品の初挑戦ということで、日本推理作家協会賞受賞作品を手にとったのだが、引きつづきこの著者の作品を読みたい、と思わせるほどではなかった。
【楽天ブックス】「残光」

「樹海に消えたルポライター?霊眼?」中村啓

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
山梨の山林に住むカラスの胃から大量の人骨が発見された。同時期に姿を消した友人の真弓(まゆみ)を探し始めた享子(きょうこ)の周囲で不吉なことが重なって起きるようになる。
開始わずか数ページで、赤子の遺体を破砕機にかける、という、久しく味わっていなかったと思えるような怖いシーンから始まり、ひょっとしたら「リング」のようなホラーかも、と思わせてくれるが、その後は、失踪した友人を探す、享子(きょうこ)を中心とする物語に落ち着く。
失踪した真弓(まゆみ)が占星術などのスピリチュアルな分野を担当していたため、その足取りを追う過程で、チベットのダライラマや前世との因縁など、非科学的な分野へと物語は広がり、最初は抵抗を見せていた享子(きょうこ)自身も、霊能者などと言葉を交わすことで次第に、そんな不思議な物の存在を受け入れ始める。
いくつかの非科学的な話が語られる中で、本作品では「第三の眼」の存在が鍵となっている。見えないものを見る第三の眼。それは人間が進化した形なのか、それとも人間が進化する過程で捨てたものなのか。物語の本筋と関連して描かれる不思議な逸話が非常に面白い。
個人的には「2つの目で見る世界が3次元なら、3つの目では4次元の世界が見えるかも」という言葉が、明らかに飛躍しすげてはいるが印象的だった。
若干、物理的な展開を多くしすぎて、また登場人物も多くなりすぎた感があるが、昨今こういう現実の物語と、非現実の話をバランスよく盛り込んだ作品にはなかなか出会えないだけに新鮮さを感じた。物語のややわかりにくい部分は著者の経験不足ということとして受け止めると、今後の作品での成長に注目したいところだ。

トレパネーション
頭皮を切開して頭蓋骨に穴を開ける民間療法の一種とされる。頭蓋穿孔ともいう。(Wikipedia「頭部穿孔」
カンブリア爆発
古生代カンブリア紀、およそ5億4200万年前から5億3000万年前の間に突如として今日見られる動物の「門(ボディプラン、生物の体制)」が出そろった現象であるとされる。(Wikipedia「カンブリア爆発」
参考サイト
Wikipedia「ダライ・ラマ」

【楽天ブックス】「樹海に消えたルポライター霊眼(上)」「樹海に消えたルポライター霊眼(下)」

「六月六日生まれの天使」愛川晶

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
目を覚ますと隣に全裸の男性が寝ていた。男の名前どころか自分の名前も思い出せない。どうやら記憶を失ってしまったらしい。
そんな意外と物語ではよく使われる記憶喪失を題材にした作品。本作品が他の作品と違うのは、その主人公となる記憶を失った女性だけでなく、そこにいた男性も「前向性健忘」という記憶の障害を抱えている点だろう。
「前向性健忘」は「博士の愛した数式」で有名になった病気で、ある時期以降の記憶を蓄積できないというもの。本作品でも冬樹(ふゆき)という男性は小一時間ごとに新しい記憶をリセットしてしまうために、そのたびに目の前にいる女性の名前どころかそこにいる理由さえも忘れてしまう。
それが本作品の面白さであり、布石なのだが、記憶を失ったもの同士のちぐはぐなやりとりがやや不必要に長く、また、あまりにも使い古された(そのわりに現実ではあまり見ない)「記憶喪失」という題材にかなりのチープさを感じてしまう。
しだいに女性は自分の記憶を取り戻して、自分の持っている醜い過去と直面していくわけだが、物語はそれだけでは終わらない。帯に「必ずもう一度読みたくなります」というのは決して嘘ではないが、それは「面白いから」ではなく、「よくわからないから」であり、もう少しシンプルな構成にできなかったものか、という印象が強かった。
【楽天ブックス】「六月六日生まれの天使」

「警官の紋章」佐々木譲

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
洞爺湖サミットを間近に控えているなか。勤務中の警察官が拳銃を所持したまま行方をくらました。その警察官の目的はなんなのか。津久井(つくい)巡査部長がその調査に充てられる。
「笑う警官」「警視庁から来た男」に続く、北海道警の大規模な汚職事件に続く物語の第3弾である。前2作と同様に、津久井(つくい)のほか、佐伯(さえき)警部補、そして、小島百合(こじまゆり)は本作品でも登場し、それぞれがそれぞれの任務を遂行しながらも、再び相互にかかわりあうことになる。
本作品は、途中かなり過去の事件に触れられて物語が進んでいくために、前2作品を読んでいないと少々着いていくのは厳しいかもしれない。とはいえ、複雑な捜査や内部事情だけでなく、このシリーズの独特なテンポも大きな魅力ではある。
さて、実は今回あとがきを読むまで本シリーズは完全なるフィクションだと思っていたのだが、どうやら実際にあった北海道警の汚職事件を題材にしているらしい。ひょっとしたら僕が無知だけだったのかもしれないが、ここにいたってようやくそれに気付き、最初からそれを知っていたら本シリーズは何倍も楽しめただろう、と反省している。

【楽天ブックス】「警官の紋章」

「告白」湊かなえ

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
第6回本屋大賞受賞作品。
娘を生徒に殺された女性教師は、最後の日のホームルームである告白をする。自分の行ったことに苦悩する生徒。子供の行動に悩む親や兄弟。一つの事件を機に見えてくる人の心を描く。

映画がヒットしているそのまっただなかで読むことになった。基本的に告白や日記という形で物語は進むため、ややスピード感に欠け、単調な印象を受けた。

娘を殺された教師の告白から始まり、その殺人に関わった生徒二人の目線、その親の日記と続く。物語に必要とはいえ、中学生の日記にしてはあまりにも長く、描写が上手すぎるという点は読みながら不自然さが拭えなかった。

最後まで非難と復讐の物語。現実の世界では、常に救いがあるわけではないので、必ずしも希望の見出せる作品にする必要はないが、それにしてももう少し上手い描き方はなかったのだろうか、と感じた。
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