「NO LIMIT 自分を超える方法」栗城史多

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
世界七大陸最高峰の単独・無酸素登頂に挑む登山家栗城史多(くりきのぶかず)の写真と声を集めている。
正直内容はお世辞にも濃いとは言えない。文字は大きいし写真ばかりだし、30分もあれば読み終えてしまえるような内容である。しかしだ、挑んでいることがことだけに、書かれている言葉が重いのだ。
僕らには、彼が挑んでいることがどれほど大変なのか想像すらできない、「無酸素登頂が普通の登頂とどのように違うのかもわからない。そんな状態で、言葉が重く伝わってくる、なんて軽々しく言うのもおこがましいが、彼が本書の中で「何かを伝えたい」の「何か」を部分的かもしれないが、受け取った。と考えていいのではないだろうか。
さて、本書のなかで、栗城史多(くりきのぶかず)の過去の挑戦のなかでいくつか心に残っていることをつづっているのだと思うが、なかでも印象的だったのは、2009年のエベレスト登頂の失敗を大きな糧として挙げている点だろう。

登頂の喜びは一瞬だ。下山、失敗、敗北のつらさのほうがよっぽど長く続いていく。でも山に負けたとき、自分とどう向き合うのか?
そこからの成長こそ、山登りの本質があるような気がする。

僕も比較的楽観的に物事を考え、苦難さえも楽しめる人間だから、考え方に重なる部分もあった。物事をマイナスに考えてしまう人が読めばいろいろ参考になるのではないだろうか。

そして不可能は自分が作り出しているもの、可能性は自分の考え方次第で、無限に広がっていくんだということに気づいた。

なんかもっと大きいことに挑戦したくなる一冊だ。

やがて冒険で得る一番の財産は、冒険の記録ではなく、人との出会いだと気づく。
アコンカグア
アンデス山脈にある南米最高峰の山である。標高 6,962 m(6,959m・6,952mとの文献もあり)。またアジア以外の大陸での最高峰でもある。(Wikipedia「アコンカグア」
アンナプルナ
ネパール・ヒマラヤの中央に東西約50kmにわたって連なる、ヒマラヤ山脈に属する山群の総称。サンスクリットで「豊穣の女神」の意。(Wikipedia「アンナプルナ」
ダウラギリ
ネパール北部のヒマラヤ山脈のダウラギリ山系にある世界で7番目に高い山である。ダウラギリはサンスクリット語で「白い山」という意味である。(Wikipedia「ダウラギリ」
マナスル
ネパールの山。ヒマラヤ山脈に属し、標高8163mは世界8位である。山名はサンスクリット語で「精霊の山」を意味するManasaから付けられている。(Wikipedia「マナスル」
チョ・オユー
ネパールと中国とに跨る標高、8,201 mで世界第6位の山。(Wikipedia「チョ・オユー」
栗城史多オフィシャルサイト エベレストからのインターネット生中継を目指す小さな登山家

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「九月が永遠に続けば」沼田まほかる

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第5回ホラーサスペンス大賞受賞作品。
息子である高校生の文彦が失踪してから、佐知子(さちこ)の周囲で不幸なことが連続するようになる。文彦の行方を捜しながら、佐知子(さちこ)はその因果関係に疑いを持つ。

まず人間関係を把握する必要がある。佐知子(さちこ)の元夫雄一郎(ゆういちろう)との間に文彦(ふみひこ)という息子がいて、雄一郎は精神課の医師であり、そこの患者であった亜沙実(あさみ)と結婚して現在1人の娘冬子(ふゆこ)がいる。

そんな中で、本書の際立っている部分は、亜沙実(あさみ)とその娘、冬子(ふゆこ)の存在感だろう。繰り返し強姦されるという経験から精神を病む亜沙実(あさみ)。周囲の人間は「なぜ彼女ばかりが?」と疑問に思い、その理由については本作品ではまったく触れられていないのだが、なにか読者を納得させるものがある。

きっとそれは、誰もがそうやってただそこにいるだけで男性を性的に惹きつけるほど魅力的な女性の存在を信じているからだろう。そして同様にその娘、女子高校生冬子(ふゆこ)もまた異彩を放っている。

なにより佐知子の別れた夫で精神科意思である雄一郎と、その現在の妻で度重なる不幸ゆえに精神に異常をきたした亜沙実(あさみ)の不思議な関係は何か異世界観のようなものを感じさせる。

全体的漂う空気感は非常に異色で際立っているものの、今ひとつ「よくある小説」の域から抜け出しきれていない気がする。次回作に期待する。
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「クドリャフカの順番」米澤穂信

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
伝統の文化祭。手違いで作りすぎた文集を売るために古典部の4人は思考錯誤する。その一方で学内で起きている連続盗難事件。そんな文化祭の3日間を描く。
古典部の物語の第3弾である。例によって物語の舞台も、そこで発生する問題も、登場人物たちの悩みも、読んでいるものの気持ちを落ち込ませるほどのものではない、という気楽な物語。お馴染みの古典部の4人を中心に物語は進む。省エネがポリシーの折木奉太郎(おれきほうたろう)、お嬢様の千反田える。漫研と古典部を掛け持ちする伊原麻耶花(いはらまやか)。楽しいことにはなんでも首をつっこみたがる里志(さとし)である。前2作と異なるのは、本作品は4人に等しく視点が移り、今まであまりその心情が表現されていなかった麻耶花(まやか)や里志(さとし)の人間性がしっかり描かれている点だろう。
特に麻耶花(まやか)が、彼女の所属するもうひとつの部活、漫画研究会において、その性格ゆえに意見の異なる女生徒と衝突するのは、比較的印象的に残るシーンである。
さて、米澤穂信作品といえば、つねに「ミステリー」について考えさえる要素を備えていて、本作品でもそういった部分がある。文化祭中に発生した盗難事件が50音順に部活をターゲットに進んでいるということで、奉太郎(ほうたろう)、里志(さとし)はアガサクリスティの「ABC殺人事件」を重要なヒントとしてあげるのだ。もちろんその本を読んでなくても本作品を楽しむのに問題ないと思うが、アガサクリスティの名作ぐらいは目を通しておくべきなのかも、と思わされてしまう。
のんびり読める1冊。古典部の前2作より完成度が高い印象を受けた。

ホイール・オブ・フォーチュン
タロットの大アルカナに属するカードの1枚。カード番号は「10」。(Wikipedia「運命の輪」

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「天地明察」冲方丁

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第31回吉川英治文学新人賞受賞作品。第7回本屋大賞受賞作品。江戸時代、碁打ちである渋川春海(しぶかははるみ)はその一方で数学や星にも興味を持って精進する。そんな多方面に精進するその姿勢ゆえにやがて、国を揺るがす大きな事業に関わることになる。

物語は指導碁をしていたが、老中酒井に「北極星を見て参れ」と命を受けたことで春海(はるみ)の人生は動き出す。その北極出地の最中に聞いたこんな言葉が、その後春海(はるみ)の人生を大きく変えることになる。

お主、本日が実は明後日である。と聞いて、どう思う?

実はこのくだりを読む瞬間に初めて、いままで暦の歴史というものを考えたことがなかったことに気づいた。現在使われている暦が、グレゴリウ暦と呼ばれることや、閏年の適用方法などは知っているが、ではそれが過去どのような経緯を経て世界共通の正しい暦として浸透したかは考えたことがなかったのである。それでも、今持っている知識。たとえば、一日の長さや、地球の楕円形の公転軌道から、それが非常に複雑な計算と、何年物太陽の観察なしには成し遂げられないものだということはわかる。

ある意味「掴み」としては十分である。僕のような理系人間はそのまま一気に物語に持っていかれてしまうことだろう。

物語は渋川春海(しぶかわはるみ)がその生涯に成し遂げた多くのことを非常に読みやすく面白く描いているが、そこで強調されるのは、春海(はるみ)の探究心や好奇心といった物事に対する姿勢だけでなく、春海(はるみ)の物事の達成をするのに欠かせなかった、多くの人々との出会いである。

水戸光国、関孝和、本因坊道策、保科正之、酒井忠清。いずれもどこかで聞いたことあるような名前ではあるが、正直、本作品を読むまでほとんど知らない存在だった。彼らの助けがあってこと、借りて春海(はるみ)が偉大なことを成し遂げたということで、それぞれの当時の立場や実績などにも非常に興味をかきたてられた。

「明察」という言葉は僕らにとって馴染みのある言葉ではない。本作品中でその言葉が使われるのは、数学者同士が問題を出し合い、自分の出した問題に対して、正答という意味で「明察」という言葉が使われている。

そして、本書のタイトルの「天地明察」とは。それは、天と地の動きを明確に察するという意味。現代においてでさえそれはもはや神の領域のような響きさえ感じるその偉業。当時それはどれほど困難なことだったのだろうか。また、世の中を変えるような偉業に一生かけて挑み続ける生涯のなんと充実していることだろう。情熱と充実感、人生の意味などについて考えさせる爽快な読み心地の一冊。

授時暦
中国暦の一つで、元の郭守敬・王恂・許衡らによって編纂された太陰太陽暦の暦法。名称は『書経』尭典の「暦象日月星辰、授時人事」に由来する。(Wikipedia「授時暦」
大統暦
中国暦の一つで、元の郭守敬・王恂・許衡らによって編纂された太陰太陽暦の暦法。(Wikipedia「大統歴」
渋川春海
江戸時代前期の天文暦学者、囲碁棋士、神道家。(Wikipedia「渋川春海」

【楽天ブックス】「天地明察」

「君の望む死に方」石持浅海

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
社長である日向貞則(ひなたさだのり)は、医師に余命6ヶ月と診断されたことによって、一つの計画を実行することにする。それは、自分に恨みを持つ社員梶間(かじま)に自分を殺させることだ。そして実行のために、その人物とカムフラージュのために何人かの幹部候補社員たちを熱海の保養所に集める。
なによりもその設定自体が面白いだろう。「誰かに自分を殺させる。」こんな設定はそうそうあるものではない。ひょっとしたらそんなあり得ない設定に抵抗を抱く人もいるかもしれないが、すでに何冊か石持浅海作品を読んでいる僕にとっては、これから展開される物語に対して期待感が高まるのを感じた。
本作品も石持浅海らしく保養所という狭い空間のなかで進んでいく。そこに集められた5人の幹部候補社員と、社長である日向(ひなた)。補佐役の専務。そして、その場をコントロールするために日向(ひなた)に招かれた3人である。その3人のうちの一人が、碓氷優佳(うすいゆか)なのである。読んだことある読者ならすぐに気づくことだろう。この物語は石持浅海の別の作品「扉は閉ざされたまま」と同じ世界で、その数年後を描いているのだ。そして「扉は閉ざされたまま」でも碓氷優佳(うすいゆか)が重要な役を演じた。
さて、二泊三日の研修という雰囲気でイベントは進みながらも、2人の駆け引きが進む。どうやって日向(ひなた)を合宿中に殺してなおかつ自分は警察に捕まらないように、と考える梶間(かじま)。そして、どうやって梶間(かじま)に「復讐を果たした」と思わせながら、自分を殺させて、そのうえで警察に捕まることなく会社を継いでもらおうかと考える日向(ひなた)。
とはいえ、「扉は閉ざされたまま」を読んだことのある人間には最後の展開が予想がついてしまうことだろうう。最終的に碓氷優佳(うすいゆか)がすべてを解決してしまうのだろう、と。それを知ったうえでなお先が楽しみなのは、2人の意図をどうやって碓氷優佳(うすいゆか)が上回って解決するかというその爽快感への期待ゆえなのだ。結果が見えているのにここまで楽しいのは、必ず事件が解決されるとわかっている探偵物語と似ているかもしれない。
そしてその期待は最後まで裏切られることはない。正直学ぶもののない物語のための物語と切って捨てることはできる、そんな人によって好みの分かれる作品ではあるが、それを補うだけの魅力を感じるのは、単に僕の好みが知的な女性、という理由のせいだけではきっとない。
過去の石持作品の雰囲気が好きで、それを再度味わいたくて本書を手に取った人には決して後悔させない一冊。個人的には先に「扉は閉ざされたまま」を読んでから挑戦して欲しいもの
【楽天ブックス】「君の望む死に方」

「チヨ子」宮部みゆき

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
幻覚や幽霊のような不可思議な出来事に絡めた5編の物語を収録した短編集。
短編集ということで、それぞれの物語は短く、とてもお腹いっぱいになる、というようなものではないが、ところどころに宮部みゆきらしさのようなものが感じられる。どこにでもありそうな物語のなかに不思議な出来事を盛り込んでいるため、宮部みゆきが超能力者を扱っていたような、そんな不思議な期待感を感じさせる。

何かを大切にした思い出。
何かを大好きになった思い出。
人は、それに守られて生きるのだ。それがなければ、悲しいぐらい簡単に、悪いものにくっつかれてしまうのだ。

個人的には4つめの物語「いしまくら」が好きだ。父と娘で、公園で殺された女性について調べる物語。その事件を発端として広まった、幽霊が出るといううわさ話。それは世の中の人々の不安と出来事を端的に説明しているようにも感じられる。
なにかの出来事に対して、誰かが行う動機付け。原因と状況をみて、「きっと彼女はこう感じたんだろう」。宮部みゆきの行う動機付けは僕らが思う、さらに一歩上をいく。
わずかであるが久しぶりにそんな空気に触れさせてもらった。しかし、やはり宮部みゆきにはこの世界観で長編を書いてほしい。
【楽天ブックス】「チヨ子」

「ピース」 樋口有介

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
埼玉の秩父で起こった連続猟奇殺人事件。犯人の目的は何なのか。被害者に繋がりはあるのか。
最近書店で平積みになっている本作品。物語は秩父にある一つの「ラザロ」というスナックを中心に進む。埼玉の奥地にあるスナックに集まってきた人々。若い大学生もいれば、熟年のカメラマンやピアニストもいる。みんなそれぞれ過去を明らかにしないまま、週に何度かそのスナックに集い、顔と名前だけは知っている関係になる。そんななかで周囲でおこった殺人事件。物語は必ずしも事件解決に勤める刑事たちに集中する訳でもなく、また、そのスナックに集まった人たちは必ずしもそんな殺人事件に明確な恐怖をいだくわけでもなく、そのまま疲れた日々を送り続ける。
猟奇殺人事件という本来スリリングな展開になるであろう題材でありながら、田舎町のゆっくりとした時間の経ち方を感じさせる。ハリウッド映画というよりもフランス映画。そういった意味では個性を感じさせる作品。読者は途中になって考えるだろう。そもそもタイトルとなっている「ピース」の意味とは?と。
個人的にはむしろ秩父という土地に非常に興味を抱いてしまった。機会があればのんびり訪れてそのゆっくりした時間の経過を楽しみたいものである。
【楽天ブックス】「ピース」

「もしもし、運命の人ですか。」 穂村弘

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
44歳になる著者が自信の経験などもふまえて男女の恋愛観を語る。
様々なエピソードやいろんなシチュエーションを想定して、この場合男はどうするべきか?こいういうとき女性はどう思っているのか、など、いろんな視点から男女の恋愛を見つめる。正直、イマイチぴんとこない話もたくさんあるのだが、なぜかぐさっと突き刺さるような話もちらほら。たまたま著者が男だからそう感じるのかもしれないが、恋愛においては女性は何倍も上手なのだなと、思ってしまう。
なるほど、そうか、女性に瓶を渡されたらそれはなにがなんでも力づくで開けなければいけないのか・・・・。気になるのは女性が本書を読んだらどのように感じるのか、ということ。
【楽天ブックス】「もしもし、運命の人ですか。」

「チーム」堂場瞬一

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
箱根駅伝への出場を逃した大学の中から選ばれて作られる学連選抜。複雑な思いを抱えて各大学から集まった選手たちが一つのチームとなって箱根駅伝での優勝を目指す。
真面目に見たことなどないが、箱根駅伝と言えばもはや知らないものはいないだろうともうぐらいの正月の一大イベントで、そこで起きる様々なドラマ。襷を繋ぐことにかける選手たちの熱い思いもなんとなく想像できる。しかし、そのイベントの知名度のわりにはそれを物語とした小説やドラマなど、本作品に出会うまで聞いたことすらなかった。本作品を読むと駅伝というのが非常に物語に向いていると感じるのだが、ひょっとしたらそれは著者の力量によるものなのかもしれない。
単純に箱根駅伝を扱うなら、それはおそらくそのなかの出場大学に焦点をあてるのだろうが、本作品が選んだのは「学連選抜」というチーム。どんなチームスポーツにおいても選抜チームのつくる記録というのは常に、チームスポーツの意義に疑問を投げかける可能性を持つ。単純に優れた選手だけを集めて勝ててしまうなら、はたしてそれはチームスポーツなのか?長年かけて育んだチームワークの勝利への貢献度が低いのであれば、それはもはや個人競技なのではないか、そんな疑問である。
さて、そんな学連選抜チームのなかでも、本作品は特に4人の選手を中心に描いている。昨年10区で失速し、今年こそリベンジを、と思いながらも大学自体は箱根出場を浦(うら)。「化け物」と呼ばれるほど優れていながらも所属した大学のほかの選手の力不足で箱根出場を逃した、山城(やましろ)。かつては浦(うら)と同じ陸上部に所属しながらも、進んだ大学のほかの選手の志の低さに流され、本気で気持ちを入れては知ることをしなくなった門脇(かどわき)、そして実力はありながらも1年生と経験の乏しい朝倉(あさくら)である。特に際立っているのは、箱根はいずれ走るマラソンへの調整と位置づけ、チームワークを軽んじる山城(やましろ)だろうか。
それでもそこはこういうった物語の常で、衝突を繰り返しながらも少しずつ一つにまとまっていくのであるが、その過程でみえる駅伝というスポーツの異質な面や、箱根駅伝というスポーツの奥深さが非常に好奇心を刺激する。

今まで俺は、駅伝はあらゆるスポーツの中で最も過酷な集団競技だと思っていた。アイコンタクトで華麗にパスをつなげたり、八人の力を一本の矢にしてスクラムを押したり、そういう目に見える形のチームワークが存在しないが故に過酷なのだ。走っているときは一人。しかし自分の前で必死になっていた選手、襷を待っている選手の思いを消し去ることはできない。

なんか来年の正月はちょっとテレビを見そうである。一気読みの一冊。
【楽天ブックス】「チーム」

「謎解きはディナーのあとで」東川篤哉

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2011年本屋大勝受賞作品。
国立署の女性刑事宝生麗子(ほうしょうれいこ)は宝生グループのお嬢様。それを知るものは警察署内の一握りのみ。そんな彼女が関わることとなったいくつかの事件を描く。
本作品で面白いのは言うまでもなくその警部でありお嬢様という主人公の特異な設定だろう。さらに、麗子(れいこ)の上司である風祭(かざまつり)警部も同じくお金持ちの出身というありえない設定。そして、鍵となるのは宝生家の執事影山(かげやま)の存在、謎めいたこの執事はたぐいまれなる推理能力を発揮する。それゆえに育ちだけがよくて頭の足りない麗子(れいこ)、風祭(かざまつり)警部の2人が解決できない事件を、話を聞いただけでことごとく解決してしまうのである。読んでて癖になるのはそのお嬢様としてのプライドの高い麗子(れいこ)と、執事のわりにときどき見せる麗子に対する蔑んだ影山(かげやま)の態度。

「どう、影山?なにか思いつくことある?どんな些細なことでもいいのよ」
「では、率直に思うところを述べさせていただきます。失礼ながらお嬢様ーーこの程度の真相がお判りにならないとは、お嬢様はアホでいらっしゃいますか。」
「・・・・・・・・、クビよ、クビ!このあたしが執事に馬鹿にされるなんてあり得ない!」

本書では6つの事件が扱われているが、今回はどんなやりとりになるのか、と楽しみになってしまうだろう。現実感などまったくないが、独特のテンポで楽しく読ませてくれる。
【楽天ブックス】「謎解きはディナーのあとで」

「ツイッターノミクス」タラ・ハント

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
本書で一貫して主張しているのは「ウッフィーを増やす」ということである。「ウッフィー」とは何か。明確に本書でそれが定義されているわけではないが、「信頼」とか「安心」とか「尊敬」といった言葉で置き換えられそうなもの。
著者が言うのは、現在ほど、SNSが浸透している今、利益をあげようとするなら、「ユーザー数を増やす」「利益をあげる」「価格をあげる」とか、過去の慣習に従うのではなく、ウッフィーを増やすことこそその近道だと説くのである。
この考え方には僕自身非常に納得できるものがある。例えば映画を例にとってみても、映画館に足を運ぶ人の多くはCMで観た映像だけを頼りに決断して、実際に面白かったかどうかを知る手段はほとんどなかったが、インターネットが浸透した今では、映画を観終わった人がすぐにその感想を情報を発信してしまうのである。「クチコミ」の広まるスピードがインターネット以前と以後では何倍にもあがってしまったのである。
つまりそれは、言い換えるならインターネット以前の時代では「印象」だけで顧客を得ることのできていたものが、今は「内容」を伴わなければ不可能になったおいうことなのだ。
著者の体験をもとに、あらゆるウッフィーの増やし方と、自らの成功例、そして、いくつかのアメリカの企業を例にとってウッフィーを増やすことに成功した例や失敗した例を挙げている。どの例もとても興味深い。

多くの企業がマーケティングで犯す過ちは、顧客獲得にエネルギーとリソースをすべて投じてしまうことだ。だがほんとうは、解約率の縮小に使うべきである。カスタマー・サービスの改善に努力すれば、満足した顧客はオンラインでクチコミを起こしてくれる。
大切なのは、「ターゲット顧客」を設定して売り込みの対象にするのではなく、本物の顧客とつながりを持つことだ。

またアメリカの企業のSNSに関する認知上は日本のそれよりはるかに進んでいることがわかる。日本にも速く追随して欲しいものだ。
さて、この「ウッフィーを増やす」という感覚。企業であれ個人であれ、その重要性を知っている人はすでにその何年も実践しているのだろう。そして、きっとその重要性を知らない人はいつまで経っても理解できないのだろう。結局それは人を信じるということに繋がってくるのだから。
なんにせよ、多くの企業がウッフィーの重要性を理解し、それを獲得することを第一に考え始めたら、すべてに人にとって過ごしやすい世界になるだろうと感じた。

クルートレイン宣言
米国のマーケティング・コンサルタントのクリストファー・ロックが新しい時代のマーケティングのための「95のテーゼ」を発表し、1999年に書籍として出版されたもの。インターネットによって組織と消費者の間に今までないレベルのコミュニケーションが生まれるようになり、組織は市場への反応して変化することが求められる。と言うもの。(Wikipedia「The Cluetrain Manifesto」
モレスキン
のモレスキン社(Moleskine, 旧社名:Modo & Modo)が販売する手帳のブランド。撥水加工の黒く硬い表紙と手帳を閉じるためのゴムバンドが特徴である。(Wikipedia「モレスキン」
TED(Technology Entertainment Design)
アメリカのカリフォルニア州モントレーで年一回、講演会を主催しているグループのこと。
TEDが主催している講演会の名称をTED Conference(テド・カンファレンス)と言い、学術・エンターテイメント・デザインなど様々な分野の人物が講演を行なう。講演会は1984年に極々身内のサロン的集まりとして始まったが、2006年から講演会の内容をインターネット上で無料で動画配信するようになり、それを契機にその名が広く知られるようになった。(Wikipedia「TED (カンファレンス)」

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「決断のとき」ジョージ・W・ブッシュ

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第43代アメリカ合衆国大統領ジョージ・W・ブッシュ。2001年から2009年の8年の8年の間に下した大きな決断を振り返って描く。
時系列ではなくいくつかのテーマを順に描いている。そのうちのいくつかはアメリカの政治や経済に詳しくないとなかなか理解するのが難しいものだったが、他は興味深く読むことができた。多くの人と同じように、僕にとって興味深かったのは、第7章「アフガニスタン」、第8章「イラク」、第9章「カトリーナ」、そして9.11を描いた第5章「炎の日」である。
いずれも、ニュースや新聞では見れなかった動きや、大統領の葛藤が見える。

群集には、瓦礫の山に登っていた私が見えるはずだ。それがつぶれた消防車だったというのは、あとで知った。
群集が叫んだ。「聞こえないぞ」私は言い返した。「こっちは聞こえてる!」歓声を浴びた。「聞こえるとも。世界中があなたがたの声を聞いている」私がいうと、荒々しい声が沸き起こった。

描かれている内容のいくつかは薄れた記憶を鮮明にしたし、いくつかは、当時まったく知らずすごしていた自分の無知さを知ることになり、そのうちいくつかは僕が知っている内容と実は微妙に異なっていて、メディアというフィルタを通じて日本に届けられる内容と、大統領という決断を下した当事者に見えている内容の見え方が大きく違うことに、改めて、「見え方の違う現実」というものを意識させられた。
全体を通じて感じたのは、ブッシュ大統領が、常に「自分がどう見えるか」「自分をどう見せるか」というのを強く意識しているということだ。こういう書き方をすると鏡ばかり見ている自意識過剰な人間のように聞こえてしまうかもしれないが、彼が常に気をつけているのは、自分の自信のなさを少しでもカメラの前で見せてしまうことが、国民に大きな影響を与えるということを知っているからである。
例えば、イラク問題について語る際、彼は常に4つのカテゴリーの視聴者を意識していたという。第一は戦争遂行と戦費の支えとして欠かせないアメリカ国民、第二は命の危険を冒している米軍兵士、第三はイラク国民。そして第四が敵であるテロリストである。そんな彼の注意深い言動が、結果的に成功したことも失敗したこともある。いずれも、表情やわずかな仕草が世界に影響を与えてしまう立場にいる人間にしか語れない内容で、非常に印象的である。
本書ではほかにも肝細胞問題などの簡単には答えの出ない問題に触れている。多くの人種や宗教を抱える国だからこそ起こる異なる考え、日本の政治が簡単そうに思えてしまう。

ときには私たちの意見の違いは非常に根深く、私たちが共有しているのはひとつの国ではなく大陸ではないかと思えるときがあります」

また、文章からはいまなお、その決断の瞬間、結果的に思い通りに進まなかった出来事を悲しみとともに振り返るブッシュの重いが読み取れる。

過ちは、イラクの大量破壊兵器に関する情報が間違っていたことだ。もう10年近くたっているから、フセインが大量破壊兵器を保有していたという仮説がどれほど浸透していたかを言い表すのは難しい。戦争支持派はむろん信じていた。反対派も信じていた。

そして、また、本書のなかで引用される言葉の数々。自分の決断が多くの人々に影響を与えるという立場で大きな責任を背負ってきた人間が言うだけに、どの言葉も重い。

崇高な大義が犠牲を避けられたことは、これまで一度もありません。代償がなにもないときだけ自由を護るという考え方であるなら、私たちは国家として絶望的な状況といえましょう。

そして、最後はホワイトハウスを出たあとのことも書かれている。世界の中心から、穏やかな生活へと。その変化の大きさはとても僕ら一般人が想像できるようなレベルのものではないだろう。

新聞を読んだら、ついどう対応しなければならないだろうかと考えてしまう。やがて、決断はもうほかの人間のデスクで下されるのだと思い出した。

多くの日本人は最終的にブッシュ大統領を好ましく思っていないのだと思う。その理由がなぜだかはわからないが、本書はその考えを多少なりとも変えることになるのではないだろうか。

ヒズボラ
レバノンを中心に活動しているイスラム教シーア派の政治組織。(Wikipedia「ヒズボラ」

【楽天ブックス】「決断のとき(上)」、】「決断のとき(下)」

「迷宮」清水義範

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
記憶を失った「私」は治療と称して、一人の男と会い、ひとつの犯罪に関する記事を読ませられる。その犯罪とは、ある猟奇殺人事件だった。
読み始めてすぐに、おそらくエンディングには大きなどんでん返しが待ってるだろうと推測できる。明かされない男と「私」の正体。きっとこの2人の招待が鍵なのだろう、と推測できる。
そして「私」は新聞記事や週刊誌の事件に関する記事を読ませられる。多くの読者と同じように僕自身もその結末として考ええられるあらゆる想像をしながら読み進めた…。
さて、残念ながら結末は納得のいくものではなかった。というよりも僕には理解の範囲を超えていた。例えば有名な乾くるみの「イニシエーション・ラブ」のように、ほかの情報を整理しないと理解できないものかと思い、検索して調べたりもしたが、1回読んだだけでは理解のできるものではなかった。
解説できる人がいるならぜひ解説して欲しいところだ。
【楽天ブックス】「迷宮」

「アマルフィ」真保裕一

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
イタリアで9歳の少女が誘拐された。身代金の受け渡し場所として指定されたのはアマルフィ。外交官の黒田(くろだ)は邦人保護として少女の母親に付き添うこととなる。
数年前に豪華キャストで映画化された作品。著者真保裕一のファンとしてその物語を味わいたいという思いからあえて映画は見ずに本作品に触れることとなった。
物語は真保裕一作品のなかでは珍しく海外、イタリアを舞台としている。外交官の黒田(くろだ)目線で物語を展開させることにより、日本とイタリアとの文化の違いがところどころに描かれる。また、外交官視点により、「滞在先での自国民の保護」という役割を担いながらも、現実にそのとおりにできない事情が見えてくる。
普段の真保裕一作品のような深みや物語の訴えたいテーマのようなものが見えてこない。最終的に世界の紛争に結びついているとは言え、どうも跡付け感が漂ってしまう。後記によると、どうやら本書は映画のプロットを小説化したもので、小説が先にあってそれが認められて映画化されたものではないということである。
残念ながらもともとの真保裕一ファンにとっては期待に沿える内容とは言えないだろう。

カラビニエリ
イタリアの国家憲兵。(Wikipedia「カラビニエリ」

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「風の中のマリア」百田尚樹

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
30日生きることのないオオスズメバチの物語。マリアは飛ぶのが速く「疾風のマリア」と呼ばれる。
百田尚樹は僕にとって注目の著者であるため、内容など確認せずに手にとったのだが、それにしてもハチの物語とは。読み始めてそれに気づいた後は、むしろこのハチをどのようにして200ページを越す物語に仕上げたのか、とそちらに俄然興味を抱いた。
序盤は巣のなかでワーカーという餌を捕獲する役割を担う一人のマリアの狩りの様子を描きながら、オオスズメバチの生態を説明している。30日という短い生涯ということで1日1日と上の立場になって、毎日戻らない仲間のハチたちの情報によって、自分も近いうちに命が尽き果てることを意識して狩を続ける。
周囲の昆虫と話すことにより一生餌を捕獲し続け、恋もせず子供も生まないということに疑問を持ち始めるあたりは、短い一生のなかに人並みの悩みを与えて、人生の縮図のようで面白い。
物語を楽しみながら、女王蜂による集中産卵の意味が見えてくる点も興味深い。昆虫にしゃべらせて擬人化させてしまっている時点で、小説としては難しい部類の構成になったと思うが及第点は十分に与える内容と言えよう。
むしろ本書を読んでさらに興味を持ったのが著者が今後どのような作品を手がけるのかということ。「永遠の0」で戦争を描き「ボックス」でさわやかなスポーツ物語。「輝く夜」でラブストーリーを描いたと思ったら今回は昆虫の話。まだまだ新しい方向から物語が生まれそうである。
さて、僕がハチ関連の本を読むことなど数年に一度だと思うが、意図せず連続してしまった(「ハチはなぜ大量死したのか?」)この偶然も面白い。本作品にもミツバチの話は出てくるのであわせて読んでみるのも面白いかもしれない。
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「ハチはなぜ大量死したのか」ローワン・ジェイコブセン

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2006年から各地で報告されたミツバチの失踪事件。本書はそんななぞ名が事件の原因を探ることでハチや自然、その進化を語る。
なんという魅力的なタイトルなのだろう。この本を手に取る人の多くは、むしろ農業や昆虫に興味ある人間よりもミステリーファンなのかもしれない。僕自身もタイトルと最初のプロローグで一気に心を掴まれてしまった一人である。

2007年の春までに、実に北半球のミツバチの四分の一が失踪したのである。

序盤は、ミツバチの習性について説明している。コロニーと呼ばれる蜂のグループにおける、女王蜂や採餌蜂、貯蜜蜂の役割などである。それによってミツバチのコロニーがどれほどシステム化されたものだか理解できるだろう。
同時に、世の中の植物の多くが、蜂の助けを借りて受粉することによって果実をつけること。蜜蜂が消えたら、僕らの食卓に毎朝並んでいるものの多くが消えてしまうことを強調することで、本書が扱っている内容の重要性を訴えている。
さてCCDと呼ばれる蜂の失踪。その原因は新種のウィルスなのかダニなのか、それとも農薬なのか、携帯電話の普及に原因があるのか。信憑性のある説から荒唐無稽なものまで、各地であげられた報告やその矛盾点を説明し、また、その過程で過去に起こった、ウィルスやダニ、農薬に起因する事件を取り上げている。
話が時系列に進まないのでお世辞にも読みやすいとは言えない。そして物語が後半へと進むにしたがって不安になったのは。「なぜ大量死したのか?」の回答は本作品に最終的に書かれるのか?ということ。そう、残念ながら本作品にその答えはない。というよりも現実世界でもその原因未だわかっていないのだ。
ミステリーではなく現実の話なのだからそういう可能性があることを考慮すべきだったのだろうが、個人的にはがっくり来た。罪なのは本書のタイトルだろう。原書のタイトルは「The Collapse of the Honey Bee」の方が内容にはるかに合致している気がする。僕と同じような思いをする日本の読者は多いに違いない。本書は蜂の失踪事件をきっかけに、自然への人間の接し方について再度深く考えさせる方向へ意図された内容なのである。
最初からそういう目線で見れば、本書は非常に面白い。最終的に本書が訴えているのは「回復力」の重要性である。自然界で動物や昆虫が大量に死ぬのは理由があり、やがてその耐性を持ったものが生き残って種は強くなっていく。それを人間が下手に手助けすれば弱いまま種が残り、いつかそのしっぺ返しを食らう時が来るのである。自然界のバランスを保とうとする「回復力」の範囲内の変化であれば介入せずに見守ることも重要なのだと説いているのだ。

人は芋虫なしに蝶だけを欲しがるが、そういうわけにはいかないのだ。

本書を通じてミツバチのすばらしさを知るだろう。著者も書いているが、僕も本書を読んでミツバチを飼いたくなってしまった。
【楽天ブックス】「ハチはなぜ大量死したのか」

「秋葉原事件 加藤智大の軌跡」中島岳志

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
記憶に新しい秋葉原連続無差別殺傷事件の犯人加藤智大(かとうともひろ)。彼はなぜ追い詰められていったのか、彼はなぜ事件を起こさなければならなかったのか、そんな視点で加藤智大(かとうともひろ)を見つめていく。
時系列で加藤の成長の過程が説明されていく。いきなりページをめくる手を鈍らせたのは、小学校、中学校時代の母親の虐待のような厳しいしつけである。

加藤は、母の罰に耐えかねて、よく泣いた。すると母はスタンプカードを作り、泣くたびにスタンプを1つ押した。そして、スタンプが10個たまるとさらなる罰を与えた。

虐待や厳しいしつけを受けたからといって、そんな人すべてが犯罪を起こすわけではないから結局本人の責任。という人もいるだろう。しかし、これほどその厳しいしつけの影響が加藤の性格に如実に現れているを目の当たりにすると、加藤が成人しているとはいえ両親への責任の追及をすべきなのではないかと感じてしまう。また、そこになにか負の連鎖のようなものも感じてしまった。大学に行かなかったことで自分たちの生活に満足していない両親が、過渡な期待を子供たちに押し付けることで、形は違えどやはり次の世代にも不幸な人生が形作られていくのだ。
しかし、高校以降の加藤の生活には、僕の思っていた以上に、素敵な友人たちがいたようだ。。「きっと悩みを打ち明ける相手もいなかったのだろう」と思っていただけに、その点は逆に驚かされた。
以降も、転々とする職場や、ネットの掲示板上にも加藤の気持ちを理解してくれようとしてくれる人がいるという事実になんだか救われた気がする。

「冗談抜きで友達になりたいと思うようになったよ。」
「それは嬉しいですけれど、私と友達になってもあなたにとっては何のメリットもないですよ。」
「じゃ今日から友達だから。」
「以前にもこんなやりとりした人がいましたっけ。どこへ行ってしまったんでしょうね。」

しかし、残念ながらそれらの好意に上手に甘えることのできない加藤。この性格もおそらく家庭での育てられかたによって、形作られたのだろう。そんなしつけを強要した母親や、同じ母親のもとで成長した加藤の弟は事件に対してどう思うのか、実際そのような手記が出ているということなので、そちらもぜひ機会があれば触れてみたいと思った。
終盤に差し掛かるにつれて、結局事件を起こした原因はなんだったのか。誰が悪いのか。何の罪なのか。今後同じような事件を起こさないためには世の中はどう変わるべきなのか、と考えてしまう。しかし、そこには当然明確な答えなどない。
次第に追い詰められていく加藤が、犯行直前にも掲示板に書き込みを続けていた。

店員さんいい人だった。
人間と話すのっていいね。
タクシーのおっちゃんともお話した。
そこにあったのは何気ない言葉だった。しかし、加藤はそんな言葉を通じて、世界を信じた。それがたとえ一時だったとしても、彼の心は動いた。自然と笑みがこぼれた。涙もこぼれた。言葉こそが彼の岩盤のような他者への防波堤を穿ち、頑なな姿勢を突破した。

きっと誰でも、彼に共感する部分を持っているのだと思う。自分の不幸の原因がわからなくて、何が自分を幸せにしてくれるのかわからなくて、そんな鬱憤を社会や人のせいにして、自分のなかの孤独を常に感じて、自分を理解してくれる誰かと話したくて・・・。誰しもきっとそんな感覚に覚えがあるだろう。それでもそういう人たちが「今のところ」このような事件を起こしたり自殺したりしないのは、その気持ちを一時的にであれやわらげてくれる存在、機会を周囲に持っているからだろう。
さて、僕はこの本を読んでどうすべきか・・・。なんか、僕は割と甘えている人間に冷たかったり厳しかったりするのだが、くだらない愚痴や、退屈な人の話でも、これからはもう少ししっかり聞いてあげようかな、と少し思った。
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「疑心 隠蔽捜査3」今野敏

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大森署の署長を務める竜崎伸也はアメリカ大統領来日の際、方面警備本部の本部長に任命される。
「隠蔽捜査」シリーズの第3弾である。このシリーズはいずれも竜崎伸也(りゅうざきしんや)という有能なエリート警察官を描いている点が、多くの警察物語と大きく異なる点である。
一切の不正を行わないだけでなく、キャリアでありながら、その立場に溺れて部下に不必要な指示を与えたりせず、常に事件解決、防止のための合理的な決断をし、それを実行する点が僕ら読者の持つ「キャリア」のイメージと大きく異なり、本シリーズの魅力となっている。
しかし、本作品では、補佐役として方面本部に参加してきた魅力的な女性キャリア畠山美奈子(はたけやまみなこ)に恋愛感情を抱いてしまい、竜崎(りゅうざき)の持つ倫理観と、それと相反する感情の葛藤のなかで、本部長という重要な役目をこなさなければならない、という過去2作品とはやや異なった展開になっている。
例によってテンポのいい迅速な展開で非常に読みやすい。このシリーズの魅力は、最終的に竜崎の見せてくれる芯の通った決断と合理的な判断が、しっかりと問題を解決してくれるという、その爽快感だろう。前2作に比べるとややその個性が薄れてしまった気もするが、一気読みさせてくれる展開力は健在である。
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「外科医 須磨久善」海堂尊

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
日本人でありながら世界からも注目を浴びる心臓外科医。日本初のバチスタ手術に挑んだ男でもある。その心臓外科医としての地位を固める過程が綴られる。
著者海堂尊はドラマや映画にもなった「チームバチスタの栄光」で一躍有名になり自信も医者であるという異例の経歴の持ち主である。そんな彼が出した実際の外科医についての本ということで興味を抱かずにはいられなかった。
本書では今までに須磨(すま)が越えてきたいくつかの壁について語っている。序盤に触れられているのは須磨(すま)が海外からのオファーによって経験することになった公開手術である。
似たような状況をドラマなどで見たことがあるからある程度は想像できるものの、実際にはそれは通常の手術とは比べ物にならないくらい多くのことを気にかけながら進めなければいけない手術で、緊張やプレッシャーも信じられないほどのものだということがわかるだろう。
それ以外のいくつもの困難とわずかなチャンスをものにしながらその地位を固めていく須磨(すま)。そこでは日本の医学会の保守的で異端児を嫌う風潮が何度となく触れられている。
そして後半はバチスタ手術について触れている。現在バチスタ手術の状況や、臓器移植が実質ほとんど行われていないという実情が、須磨にバチスタ手術の必要性を強く感じさせたこと。など、日本最初のバチスタ手術が本当に多くの人の助けを借り、また、費用いくつかの解決しなければいけない問題を越えてようやく実現されたものであることがわかる。

バチスタ手術を今、一番必要としているのは日本ではないのか。
当時の日本ではまだ脳死が認められておらず、心臓移植再開のメドも立っていなかった。なので、拡張型心筋症という難病に罹った日本人には希望がなかった。
現在、バチスタ手術が生き残っているのは世界中を見回しても日本だけだ。バチスタ手術は他国では全部死に絶えた、と言っていいだろう。なぜ須磨が有名なのかといえば、いまだにバチスタ手術をやっていて、しかも数多くの患者を助けているからだ。

医療現場の実情だけでなく、ぶれない須磨(すま)の生き方も本書を通じて見えてくる。自分を複雑化しないで単純に「外科医」という基本から逸脱しないで物事を考え決断するその姿勢には見習うべきものを感じた。
そのほかにも「本物」に対する須磨(すま)の考え方が印象的だった。

ニセモノは、できた直後にはきらびやかですが、その瞬間からすでに滅びに向かっている。本物は違う。年月とともにその威厳を増すものなんです。

人とは違う生き方をずっと続けていた人というのはやはりそれなりのものが身につくのだと、それが本書を読んでいて伝わってくる点に驚かされた。
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「知らないと恥をかく世界の大問題」池上彰

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
ジャーナリスト池上彰が世界の現状をわかりやすく語る。
「知らないと恥をかく」とタイトルにあるが、こういう本を読んでいると周知している時点ですでに多少恥を晒している気もする。正直言って割と経済や政治に疎い自覚はあるから本書を手に取ったのだ。
扱っている内容は、世界ではリーマンショックや各地の紛争、アメリカ一極集中の崩壊、そして日本国内の問題などであるが、少し読み進めると、本当に表面的な説明だけで、さらに詳しく知りたい人にとっては物足りない内容だと気づくが、世界で起きている多くの諸問題に対して興味を持つきっかけとして、本書は有用といえるのではないか。
たとえば、サブプライムローン問題などは、その問題の引き起こした出来事の大きさ故に多くのメデイアで説明されつくされたものではあるが、各国の低金利が原油価格の引き上げの大きな要因となっている問題などは正直まったく知らなかったことなので、なんとも恥ずかしい驚きであった。世の中をしっかり理解するためには一度しっかり経済学などを勉強すべきなのかも、と感じてしまう。
本書を読み終えたからといって「知らない」ことが「知っている」になるわけでは決してない。読み終えたあとも、世の中はわからないことだらけだという印象は大して変わらないが少しはハードルを下げてくれたような気がする。

パクスブリタニカ
イギリス帝国の最盛期である19世紀半ばごろから20世紀初頭までの期間を表した言葉。特に「世界の工場」と呼ばれた1850年頃から1870年頃までを指すことも多い。イギリスはこの時期、産業革命による卓抜した経済力と軍事力を背景に、自由貿易や植民地化を情勢に応じて使い分け覇権国家として栄えた。(Wikipedia「パクス・ブリタニカ」
ブレトンウッズ協定
第二次世界大戦末期の1944年7月、アメリカ合衆国のニューハンプシャー州ブレトン・ウッズで開かれた連合国通貨金融会議(45ヵ国参加)で締結され1945年に発効した国際金融機構についての協定である。(Wikipedia「ブレトンウッズ協定」

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